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び・び・びのびいすけ

宍倉城址  (2014年5月24日)(茨城県かすみがうら市) 

5月24日 公休日

この日は茨城県かすみがうら市城址巡りに出かけました。

笠松城址、志筑城址、戸崎城址と巡り、
最後に訪れたのは..............

         宍倉城址



宍倉城は

1429~1440年の頃は野田遠江守の所轄でしたが、
後の1501~1503年には、小田氏家臣の菅谷隠岐守貞次が城主となり、
周辺を統治していました。
しかし佐竹氏の南進政策によって徐々に小田氏の勢力は衰退していき、
1573年、佐竹氏に攻め込まれると菅谷氏は佐竹氏に降伏。
以降は佐竹氏に従いますが、
佐竹氏の秋田移封に伴って宍倉城も廃城となりました。


こちらが宍倉城の縄張り図

      宍倉城縄張り図

          ( 余胡くんのホームページ よりお借りしました )


こちらが、県道118号線からの城址入口。
近くには駐車スペースがないため、
かなり離れた空き地に停めました。


      20140524宍倉城址01
 

      20140524宍倉城址21


この細い路地を150mほど歩けば宍倉城址となります。

      20140524宍倉城址22




住宅街を抜けると、いきなり一気に雰囲気は様変わりします。
この先が土橋。

      20140524宍倉城址02



土橋を渡って反対側から眺めてみます。

      20140524宍倉城址03


茂みの奥に空堀が広がりますが、よく見えません。

      20140524宍倉城址04




主郭虎口
それっぽい雰囲気が漂います。

      20140524宍倉城址05



虎口に建つ城址の説明看板

      20140524宍倉城址06


その脇には城址の標柱

      20140524宍倉城址07


      20140524宍倉城址08




こちらが主郭。
そのほとんどが耕地され完全な畑。

      20140524宍倉城址09



麦の穂がたわわに実っています。

      20140524宍倉城址10



主郭の北西端に鎮座する城ノ内稲荷神社

      20140524宍倉城址11


稲荷神社背後の空堀

      20140524宍倉城址12



広くて深い空堀
下草も刈られていて、『すごい!』の一言に尽きます

      20140524宍倉城址13


主郭から空堀へ移動しようと試みますが
麦畑の中に入っていくのはちょっぴり躊躇、
さらに麦畑の奥は茂みがあって、やむなく断念

左側が二郭、右側が主郭となります。

      20140524宍倉城址17


主郭の城塁
この辺りは帯曲輪が耕地化されて改変されてしまったようです。

      20140524宍倉城址14


こちらが往時の登城口でしょうか.....?
横矢のかかった上り道。
右側の土壇をぐるっと回って主郭方面へと続きます


      20140524宍倉城址15


      20140524宍倉城址16



その道を主郭へ向かって進んで行けば、堀切
空堀沿いに主郭虎口へと続きます

      20140524宍倉城址18



茂みで空堀も画像では見えません。
(近寄って肉眼だとわかるんですがねぇ.......)


      20140524宍倉城址19


この右側も空堀なんですが........
やっぱり画像じゃ確認できませんね

      20140524宍倉城址20


それなりに城域の広い宍倉城址ですが
主郭と主郭背後の空堀以外はあまり見所がないような気がします。
主郭虎口手前の土橋や空堀
もうちょっと手入れ(草刈り・伐採等)がなされていれば
それなりに見応えがあるんだけれど............

文化財の保護に力を入れている『かすみがうら市』の
今後の対応に期待いたしましょう......................









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2014/06/18 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit