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び・び・びのびいすけ

中沢城址 (2014年4月11日)(千葉県富里市) 

4月11日 公休日


富里市の中沢にある妙見神社から目と鼻の先
(と言っても数百mの距離ですが)にある 中沢城址 を訪れました。


ここで中沢城について........


地元の古老が「ジョウヤマ」と呼ぶ中沢城は、
中世の山城で、その特徴を示す「土塁」「空堀」「腰曲輪」「虎口」が
今でも確認できます。
舌状台地の先端部分の崖面には、周囲を土や石などで築き巡らした囲いが
三角形に整然と並びます。
山城の規模はおよそ60m×80mほどの広さです。
城山の南側斜面に生えている熊笹は、城に侵入者があれば、
熊笹に触れて「ガサガサ」と音が出るために植えられたもの、
城址の下の水田地帯は、泥田堀として利用されたと思われます。

中沢城は、室町時代後半に千葉氏の勢力下の城として築城されたと考えられ、
近くには、千葉氏の守護神である亀に乗った妙見立像を納めた妙見神社があります。
城というと大阪城や名古屋城など立派な城を想像しますが、
この時代の城は、城といっても天守閣や石積みがないもの、
そこに居住した武士たちも半分は農民のようなものだったといいます。

               (富里市HPより抜粋)


実は、この中沢城址の場所が良くわからず、
富里市では有名なスイカのガスタンクの隣の森の中を徘徊していましたが
どうやら違うと気付き、妙見神社まで戻り、再び車でゆっくり走ると
こんな説明看板を見つけました。


      20140411中沢城址01

富里市の建てた説明看板です。
何と、千葉氏の家紋、月星紋まで入れてくれています

富里市、お主もやるのォ(笑)





中沢城址に何とか辿りつけました。


      20140411中沢城址02



こちらが中沢城址の縄張り図。
説明看板から抜粋です。


      20140411中沢城址03


では、いざ登城です。

先ほどの説明看板から登城路を登れば、すぐに腰曲輪。


      20140411中沢城址04



腰曲輪の先は、堀底道のような登城路を登ります。


      20140411中沢城址05


      20140411中沢城址06



左手に主郭の高台を眺めながら、さらに先に進みます。   

こちらが、空堀。

      20140411中沢城址09


こちらも空堀。この先は森を抜けて、耕地化された畑となってしまいます。

      20140411中沢城址10





畑から、再び城内に戻ります。
こちらにも、富里市が建てた説明看板が建っていました。
こちらの方が古い説明看板です。


     20140411中沢城址07


      20140411中沢城址08



こちらが、主郭虎口。


      20140411中沢城址13


      20140411中沢城址14


主郭の土塁。

      20140411中沢城址11



主郭は思ったほど広くはなく、また思ったほど整備されていない。
一部は藪化していて、早々に主郭からも撤収することにします。

      20140411中沢城址12


      20140411中沢城址15



さあ、びいすけ。
車に戻るよ。


      20140411中沢城址16


再び腰曲輪まで戻り、最後の一枚。
うんうん、いい表情しているねぇ。



期待していた中沢城址。
なかなか辿り着くことが出来なくて苦労した割には
正直、今一歩感は拭えません。
確かに、虎口や土塁、そして空堀と城郭遺構は残っているけれど
藪が意外に多いって言うのが、ちょっと残念。
富里市で数少ない城址なんだから、もうちょっと整備されていたら.......

な〜んて思うのは私だけ?

せっかく新しい説明看板を建てたのだから、
もうちょっと頑張って欲しいなぁ。






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2014/05/05 Mon. 17:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit