09 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 11

び・び・びのびいすけ

塙城址  (2014年3月19日)(茨城県稲敷郡阿見町) 

3月19日 公休日

この日は茨城県の牛久市に出掛けていました。
そのついでに、隣町である阿見町に足を伸ばし
阿見町の城址巡りもしちゃいました。

上条城址をあとにして、向かった先は 塙城址


塙城は

塙の小字たてを中心として、海抜30メートル近い台地の突端部に築かれた城で、
遺構が良い形で残っています。
特に、「たて」の地には本郭、二の郭があり、
土塁、空堀、帯郭、隅櫓跡などが見られます。
この北側には、低地をはさんで丘陵があり、この丘陵の北側は三重構造の空堀と土塁があります。
このことから、低地は家臣団の居住区と判断され、また地形から水の手とも考えられます。

「たて」の地名からみて、本郭、二の郭の地は古い時代に館として築かれ、
戦国後期の土岐氏の時代に、堅固な戦国様式の城郭に改造されたと考えられます。
本郭北方の三重の堀も新しい構築だと思われます。
土岐氏による改造の時期は、永禄5年に木原に近藤氏が入った後で現在の阿見町域が土岐領に帰した頃、
すなわち永禄前期と考えられます。

本城の城主は明らかではありませんが、たて(舘)時代の舘主は舘野氏の伝承もあります。
土岐領の頃は、土岐家臣が城番、もしくは城代として駐在したか、
土岐の一族の誰かが城主となった(慶長16年の湯原家文書にある土岐五郎のような存在)かもしれませんが、
文献不足のためわかっていません。

(阿見町HPより引用いたしました。)



こちらが塙城の縄張り図


      塙城址縄張り図

(余胡くんのホームページ よりお借りしました。)



こちらが、阿見町が準備した阿見町名所百選の説明板。

この塙城址も百選に選ばれています。

      20140319塙城址01



説明板の右手側の道をどこまでも真っ直ぐに行けば
やがて城址に辿り着きます。


      20140319塙城址02


どこまでも真っ直ぐに進軍した結果、空堀に突き当たります。

      20140319塙城址03


空堀に掛かる土橋。


      20140319塙城址04



土橋を渡れば、主郭。

画像では判りづらいですが、
こちらが、主郭虎口。


      20140319塙城址05



主郭内部から見た主郭虎口。

      20140319塙城址06


主郭には稲荷神社が祀られていました。

      20140319塙城址12

やっぱり、土岐氏関連の城郭のようですね。






こちらは、腰郭。

腰郭から画面左手方向に降れば、そこは根古谷地区。

      20140319塙城址07




手前には竪堀もあり、竪堀を下り腰郭を見上げてみます。

      20140319塙城址14


びいすけ が置いていかれるのか?
不安顔で覗き込みます。

      20140319塙城址08


私と目が合って安心したのか?
草の匂いを嗅いでいます(笑)。


      20140319塙城址09



さらに二郭へと進みます。
空堀が確認できますが、やたらと下草が多く、行く手を阻みます。
遺構はそれなりに残っているのですが、
定期的に下草を刈るとかの管理はされていないようです。
もっとも、公園でもないから仕方ないことなんですが..............。


      20140319塙城址10


      20140319塙城址11



もう一度、腰郭に戻り、
根古谷地区から車を停めた空き地に戻りましょう。

      20140319塙城址13


この日は城址だけでも、牛久城址、牛久陣屋跡、東林寺城址
岡見城址、小坂城址、下小池城址、上条城址、そして、この塙城址と
朝から8ケ所も巡った計算になります。

さすがに歩き疲れた感もどっぷりと現れ、車に戻って暫し小休止。

冷たい缶コーヒーと一服の煙草。
あ〜美味い!





 
関連記事
スポンサーサイト
2014/04/06 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit