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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

佐倉の桜  (2020年3月27日) 

3月27日

この日は、公休日。


明日辺りから月末にかけて、天気が悪くなるような話だし
29日は、雪が降るとか降らないとか
そんな話題も天気予報は告げている。

新型コロナウイルス騒ぎで、今年の花見は自粛ムードが強い。
って言うか、都内の上野公園では、一部の区域を通行禁止にしているらしい。

佐倉市も、『桜に染まるまち 佐倉』と称したキャンペーンを行っているけれど
イマイチ盛り上がりに欠けると言うか、
代々的に『花見』とか『桜まつり』とするのは
やっぱり自粛ムードの流れに反するようです。

とは言え、佐倉の桜も徐々に見頃になって来ました。
自宅近くの桜も、見頃になって来ました。

     20200327桜01


     20200327桜02


     20200327桜03


     20200327桜04


まだ、一部のつぼみも、残っていて
7〜8分咲きと言った所でしょうか?

     20200327桜05


     20200327桜06


満開まで、もう少しですね。



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2020/04/30 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今宵の びいすけ   (2020年3月26日) 

3月26日

夜勤明けのこの日、お昼に帰って来たけれど
さすがに昨夜から仮眠無しの勤務はキツい。


結局、お昼過ぎに びいすけ の散歩に出かけ
熱いお風呂に入って、布団の中でバタンQ。

気が付いたら陽も暮れた19時過ぎ。


夕方、布団の中に入ってきた びいすけ は
いつしか布団から抜け出し、定位置のソファの上。

     320200326びいすけ01




大人しく、ソファーの上で寛いでいるみたい。
私が寝ていた数時間、何をしていたんだろう?

     320200326びいすけ02
 


ソファーの上で、ぼぉ〜っとしていたのだろうか?

     320200326びいすけ03



まぁ、いつも(?)とぼけた顔をしている びいすけ ですが...............

     320200326びいすけ04


     320200326びいすけ05


自宅にいる時は、寝ている事が多い びいすけ 。


テレビに夢中になって、小一時間ほったらかしていると
やっぱり、ソファーの上で眠りの態勢に入ります。

     320200326びいすけ06

体を丸めて、体勢は万全。


やがて、寝息が聞こえてきて...............

     320200326びいすけ07



いつしか、それが鼾に変わっていきます。

     320200326びいすけ08



屈託のない寝顔。

     320200326びいすけ09

どんな夢を見ているんだろう?
オヤツをいっぱい貰っている夢なんだろうか...............?




2020/04/30 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉の桜  (2020年3月26日) 

3月26日

夜勤明け。

前日の17時から、今朝の10時まで
17時間拘束の夜勤仕事を終え、
自宅の最寄り駅に帰って来ました。

仮眠もないから、さすがに眠い。

眠い目を擦りながら電車からホームに降り立つと
駅名の看板が目に入った...............

     20200326桜01

『 あれ?  おかしくない? 』

『京成佐倉』駅が 『京成桜』駅になっている。


駅舎の看板も『京成桜』になっている。

     20200326桜02



知らなかったのですが、3月20日から
我が町、佐倉市が観光キャンペーンを行なっているらしい。

     20200326桜.03

『桜に染まるまち 佐倉』と称したキャンペーン。
その一環で、この期間だけ駅名を『京成桜』と称しているようです。ら


暖冬だった今年。
当然、桜の花も例年より早く開花した。
確か、東京は3月14日に開花宣言をしたんじゃなかったっけ?



佐倉の桜もそろそろ見頃。
自宅近くの桜ももう少しで見頃を迎えます。

     20200326桜04


     20200326桜05


     20200326桜06


     20200326桜07



『桜に染まるまち 佐倉』と京成電鉄とタイアップしたキャンペーンを企画したものの
毎年開催されていた『歴博夜桜鑑賞の夕べ』は、どうやら中止のようです。
ライトアップされた佐倉城址公園の夜桜も今年は中止みたいですね。

やっぱり、寂しいですね。





2020/04/29 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

神門神社   (2020年3月24日)(千葉県佐倉市) 

3月24日

この日出かけた千葉市からの帰り道。
馬渡の八坂神社をあとにして、向かって先は...............神門神社。


神門神社は、佐倉市神門に鎮座する神社です。


ネットで色々と調べてみたのですが、
神門神社の創建時期や由緒はわかりませんでした。


国道51号線沿いに鎮座する神門神社。
神門交差点からも近く、51号線を通るたびに見える
この鳥居の一部が気になっていました。

     20200324神門神社01


初めて、その鳥居をマジマジと見ることが出来ました。

     20200324神門神社02


手水舎。

     20200324神門神社03



拝殿。

     20200324神門神社04



そして、こちらが本殿。

     20200324神門神社05



びいすけ も参拝。

     20200324神門神社06



神社としての敷地は広くなく、境内も狭い。
それでも境内社は鎮座しています。

     20200324神門神社07


     20200324神門神社08


     20200324神門神社09


小さな祠も建ち並ぶ。

     20200324神門神社10



こちらは、御輿庫。

     20200324神門神社11

かつての神門村の鎮守であったとされる神門神社。
その由緒が不明なのが、残念です。


2020/04/29 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

馬渡八坂神社   (2020年3月24日)(千葉県佐倉市) 

3月24日

この日は、千葉市に出かけました。

その帰り道、国道51号線沿い、佐倉市馬渡の八坂神社に立ち寄ってみました。


馬渡八坂神社は、佐倉市馬渡に鎮座する神社です。

創建年代は不詳ですが、大日本知名辞典』によれば
馬渡は「千葉より佐倉に往来する大路之を貫き、
馬渡を以て駅付けとする」とあり、
江戸時代には、馬渡宿と称し街道の宿場町として栄え、
他村より早く開けた土地でありました。
その宿場の南北に一貫する大路を見下ろす東南の丘山に
社殿は鎮座しています。

御祭神は、須佐之男命、天照皇大神



神社社頭。

     20200324馬渡八坂神社01



鳥居に掲げられた神額。

     20200324馬渡八坂神社02



手水舎。

     20200324馬渡八坂神社03


定番の龍の吐出口。

     20200324馬渡八坂神社04



参道。

     20200324馬渡八坂神社05

急な石段を上った先が拝殿。



元気良く駆け上がっていく びいすけ 。

     20200324馬渡八坂神社06



石段を上りきれば、狛犬がお出迎え。

     20200324馬渡八坂神社07


     20200324馬渡八坂神社08



拝殿正面。

     20200324馬渡八坂神社09



別アングルからの拝殿。

     20200324馬渡八坂神社10


     20200324馬渡八坂神社11



そして、こちらが本殿。

     20200324馬渡八坂神社12



びいすけ も参拝。

     20200324馬渡八坂神社13



境内社。

     20200324馬渡八坂神社14


     20200324馬渡八坂神社15


     20200324馬渡八坂神社16


板碑。

     20200324馬渡八坂神社17


社務所は境内には無く、無人の神社です。
千葉市の稲荷神社の兼務社のようですが、
残念ながら、御朱印の対応はされていないようです。

隣接する敷地に地域の集会所があり、
祭礼の時には社務所代わりになるのでしょう。
     




2020/04/28 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

瀧蔵神社   (2020年3月24日)(千葉県千葉市中央区) 

3月24日

この日は、千葉市中央区にある千葉寺を訪れました。


千葉寺の境内に、神社が鎮座していました。

創建年代は不詳ですが、「稿本千葉県誌」には「高瀧神社」として
名社の一社に記載され、戦前まで村社に列格していたそうです。
千葉寺の龍権とも称されていて、千葉氏5守護神(曽場鷹大明神、堀内牛頭天王、
結城の神明、御達報の稲荷大明神、千葉寺の龍権)の一つとされています。


御祭神は、海津見神。



神社社頭。

     20200324瀧蔵神社01



狛犬。

     20200324瀧蔵神社02


     20200324瀧蔵神社03



社殿。

     20200324瀧蔵神社07



社殿正面

     20200324瀧蔵神社05

千葉氏の家紋である月星紋、九曜紋が一際目立ちます。




     20200324瀧蔵神社06


びいすけ も参拝。

     20200324瀧蔵神社04



境内社。

     20200324瀧蔵神社08


     20200324瀧蔵神社09


元々は、神仏習合の時代に千葉寺の境内に鎮座していた神社。
現在は、寒川神社が兼務されている神社のようです。

まあ、寒川神社も九曜紋の残る千葉氏関連の神社だから
ある意味、寒川神社が兼務することは間違いはないですね。


2020/04/28 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り 《 千葉寺 》 (2020年3月24日)(千葉県千葉市中央区) 

3月24日

この日は、千葉市中央区に出かけました。

そもそも、この日の最たる目的は千葉市中央区にある千葉寺へ行く事でした。
千葉市中央区には、千葉神社、千葉寺と在り、
千葉神社は既に訪れていますが、千葉寺は訪れた事がありませんでした。

千葉寺は、『せんようじ』と称し、
千葉市中央区にある真言宗豊山派の寺院です。
山号は海上山と称し、正式名称は、海上山 千葉寺です。
本尊は十一面観音であり、坂東三十三観音霊場の第28番札所になります。

寺伝によれば、和銅2年(709年)にこの地を訪れた東国巡錫中の行基が
十一面観音を安置したのに始まり、
聖武天皇の命により千葉寺と称したとされています。
千葉氏の居城である亥鼻城址に近いことから
千葉氏の祈願所となったとされ、
境内には千葉氏5守護神の一つである千葉寺の龍権、瀧蔵神社が鎮座しています。



千葉寺山門。

     20200324千葉寺01


     20200324千葉寺07



坂東三十三観音霊場と記された寺号標。

     20200324千葉寺02



こちらは、千葉寺大師の碑。

     20200324千葉寺03




山門の彫刻。

     20200324千葉寺04


山門の仁王像。
阿形像。

     20200324千葉寺05


吽形像。

     20200324千葉寺06



千葉寺の説明板。
 

     20200324千葉寺32



こちらには、境内について触れている。
    
     20200324千葉寺08



境内の手水舎。

     20200324千葉寺09

よく見ると、屋根が倒壊している。
昨年の秋の台風の影響でしょうか?



本堂(観音堂)

     20200324千葉寺10



本堂正面。

     20200324千葉寺11



本堂正面に掲げられた扁額(山号)。

     20200324千葉寺12



別アングルからの本堂。

     20200324千葉寺13


     20200324千葉寺14



本堂前に置かれた常香炉。

     20200324千葉寺16


出ました!

千葉氏の家紋。
千葉宗家の月星紋。

     20200324千葉寺17


こちらは、九曜紋。

     20200324千葉寺18



史跡の碑。

     20200324千葉寺15




境内には大イチョウ。

     20200324千葉寺19


     20200324千葉寺31



この大イチョウは、『千葉寺ノ公孫樹』と称し、
千葉県の指定記念物となっています。

     20200324千葉寺30




こちらは、納経所(本坊)。

     20200324千葉寺20



納経所正面。

     20200324千葉寺21



こちらにも千葉氏の家紋。

     20200324千葉寺22

月星紋と九曜紋。


天水桶にも九曜紋。

     20200324千葉寺23


こちらには月星紋。

     20200324千葉寺24



鐘楼。

     20200324千葉寺25



堂宇。

     20200324千葉寺26



大師堂。

     20200324千葉寺27



千葉弁財天。

       20200324千葉寺28
     20200324千葉寺29


   
境内には土塁も残る。

     20200324千葉寺33



地蔵堂

     20200324千葉寺43



板碑。

     20200324千葉寺34


墓碑。

     20200324千葉寺35


小さな社も鎮座している。

     20200324千葉寺36


本堂脇には瀧蔵神社が鎮座している。
そちらは、別な機会にでも触れる事にいたしましょう。


境内には、桜の花がそろそろ見頃を迎えようとしています。

     20200324千葉寺37


     20200324千葉寺38


     20200324千葉寺39


     20200324千葉寺40



御朱印は、納経所にて拝受出来ます。

     20200324千葉寺41



こちらが、千葉寺の御朱印。

     20200324千葉寺42

寺院の御朱印ってやっぱり神社とは違うのか?
千葉氏の家紋(月星紋、九曜紋)の印も期待していたんだけど
オーソドックスと言うか、坂東三十三観音霊場を前面に出しているから
ちょっぴり意外だったと言うことにしておこう。








2020/04/27 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

蘇我小学校発祥の地   《 福正寺 》   (2020年3月24日)(千葉県千葉市中央区) 

3月24日

この日は千葉市中央区にある今井神社に出かけました。

以前から今井神社の近くに寺院の前を車で通っていましたが
非常に気になる寺院です。

その寺院は、福正寺。

福正寺は、千葉市中央区今井にある寺院です。
浄土釋氏斎蓮廣譽春源嘉善が開山となり、薬師山高巌院福秀寺と号して開山しました。
元禄13年(1700年)に西山本門寺21世日意上人が宗旨を改めて開山したとされています。

山号は、富士山。
正式には、富士山福正寺と称すようです。



福正寺山門。

     20200324福正寺01


     20200324福正寺02



山門の扉には気になる紋。

     20200324福正寺03

この紋が先日より気になっていました。



九星に月紋。

     20200324福正寺04

千葉氏の家紋である九曜紋には、星が一つ多い。
確かに十曜紋。
そして、真ん中に月紋。

真ん中の月が三日月になっていれば、三日月と九曜紋。
千葉一族の家紋の一つである。



とりあえず、寺院は敷居が高いので
びいすけ は、ここまで。
車の中で待機してもらいましょう。




手水舎。

     20200324福正寺05

 

本堂。

     20200324福正寺06


     20200324福正寺07



本堂正面に掲げられた扁額(山号)。

     20200324福正寺08



本堂の鬼瓦。

     20200324福正寺09



こちらにも、同じ紋。

     20200324福正寺10


     20200324福正寺11


     20200324福正寺12


     20200324福正寺13


     20200324福正寺14



天水桶にも同じ紋。

     20200324福正寺15

やはり、千葉氏関連の寺院なんだろうか?




鐘楼。

     20200324福正寺16



鐘楼脇に、古い鐘が置かれていました。

     20200324福正寺17



鐘楼の奥に、何かの碑が在るようです。

     20200324福正寺18


近付いて見て、びっくり!

     20200324福正寺19

何と、『蘇我小学校発祥の地』の碑です。


裏面の碑文から、明治6年に創設された今井小学校の跡地のようです。

     20200324福正寺20

調べてみると、蘇我小学校はいつから蘇我小学校と称するようになったのかは不明ですが
昭和22年の学制改革時には、千葉市立蘇我小学校と称していたようです。
また、昭和28年に現在の場所に移転したそうです。
それ以前は、現在の蘇我中学校の敷地に明治48年から昭和28年まで在ったそうです。
そして、明治48年に移転するまでこの地に今井小学校が在ったようです。


御住職の奥様と話す事ができ、色々と訊いてみた所
千葉氏とは関わりがないとの事で、元々の寺紋だと言う事らしい。

また、蘇我小学校(今井小学校)については、
旧・本堂を校舎代わりにしていたらしい。

いずれにしても、偶然にも蘇我小学校(今井小学校)跡地を見つけてしまった。
これも何かの縁だと思い、御朱印を拝受出来ればと訊いてみたら、
御朱印の応対はされていないとの事。

誠に残念です。


2020/04/27 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今井神社   (2020年3月24日)(千葉県千葉市中央区) 

3月24日

この日は、公休日。

3月19日から、夜勤、明け、公休日、夜勤、明け、公休日.........
こんなシフトが続き、月末まで3日おきの休みとなっています。
しかしながら、仮眠無しの17時間拘束の夜勤を終え
明けで帰ってくるとフラフラ状態。
結局、取れなかった睡眠を貪るように爆睡して
公休日を迎えますが、寝溜めをしても動きはイマイチ。
結局、昼までウダウダしていて、
出かけるにしても近場となってしまいます。


昼過ぎに自宅を出て、向かった先が...............今井神社。


先日、ある方のブログを拝見して、今井神社の御朱印を目にしました。
今井神社の御朱印は、何種類かを拝受していますが
私の拝受していない御朱印を見かけて、ぜひ拝受してみたいものだと
おそらく、社務所は閉まっていて、無人であろうかとは思うけれど
万が一でも開いていればシメたもの。

期待を胸に出かけてみました。



神社社頭。

     20200324今井神社01



手水舎。

     20200324今井神社02



参道。

     20200324今井神社03


二の鳥居。

     20200324今井神社04



拝殿。

     20200324今井神社05



拝殿正面。

     20200324今井神社06



拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200324今井神社07



びいすけ も参拝。

     20200324今井神社08



さて、社務所ですが...............

     20200324今井神社09

やはり、閉まっていて無人。


一応、書置きの御朱印が置かれているので
システムに沿って拝受いたします。

     20200324今井神社10


猫の七福神の御朱印も頒布されているようですが
この日は、この赤龍の御朱印が置かれていました。

1日、15日に来れれば良いんですが
休みがなかなか合わないし、御朱印も先着順限定と言う事らしいので
なかなか希望する御朱印を拝受するのは難しそうですね。




2020/04/26 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪 馬渡分校   (2020年3月20日)(千葉県佐倉市) 

3月20日

この日、千葉市の今井神社に出かけ
その帰り道、馬渡分校に立ち寄ってみました。


馬渡分校に訪れるのは、これで2回目。
( 前回の訪問記は、 こちら )



正門跡。

     20200320馬渡分校01


     20200320馬渡分校02


以前訪れた時には、表札は何も掲げられて無かったけれど
今は、『馬渡公園』の表札が嵌っている。

     20200320馬渡分校03


     20200320馬渡分校04


     20200320馬渡分校05



廃校後、一時期は馬渡保育園として木造の校舎も活用されていましたが
保育園も、すぐそばに移転し校舎は解体されてしまいました。

現在は、前述の通り 『馬渡公園』となっています。

     20200320馬渡分校06


以前訪れた時に、見落としたのか?
はたまた、後日に建立されたのか?
ある方のブログを拝見したら、学校跡碑が載っていました。

     20200320馬渡分校07



こちらが、その碑。

     20200320馬渡分校08


     20200320馬渡分校09

碑文によれば、校舎が解体されたのは、平成24年。
当然、解体後にこの碑が建てられたわけだから
少なくても平成24年以降に建てられたことになる。


前回訪れたのは、平成25年。
解体して1年経つか経たないかの時期だったのでしょう。

7年前の写真を見ると、
碑の建つ場所には、遊具が置かれていたようですね。


今思えば、7年前にあと1年早く訪れていたら
この場所に校舎が建っていたんだろう。

     20200320馬渡分校10


     20200320馬渡分校11


     20200320馬渡分校12


     20200320馬渡分校13


でも、学校跡地の碑を確認出来たから
再訪したのも正解だった気がします。





2020/04/26 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪 今井神社   (2020年3月20日)(千葉県千葉市) 

3月20日

今月から新しい配属先で日々仕事に精を出しています。
その新しい配属先で、昨夜から夜勤のシフトに組み込まれ
17時から今朝の10時まで仮眠無しの17時間勤務。
要は2日分働いて、明け、休みとなる。

とりあえず、慣れるまでは夜勤の5連チャン。
久しぶりの夜勤はやはり体に応えます。

当初、この日は予定を組んでいましたが
さすがに遠出は辛い。
ならば、近場を! と千葉市へと足を伸ばしました。

向かった先は、千葉市中央区の今井神社

しかしながら、世の中は3連休。
新型コロナウイルスの感染騒ぎで自粛モードだったはずが
出かける人は多いみたい。
国道51号や国道16号は混んでいたなぁ。



こちらが、今井神社の社号標。

     20200320今井神社01



神社社頭。

     20200320今井神社02



手水舎。

     20200320今井神社03



参道。

     20200320今井神社04



二の鳥居。

     20200320今井神社05



拝殿。

     20200320今井神社06



拝殿前の獅子山の狛犬。

     20200320今井神社07


     20200320今井神社08



びいすけ も参拝。

     20200320今井神社09



こちらの今井神社。
オリジナリティ溢れる御朱印が魅力。
毎月、1日と15日には御朱印帳に墨書きをしていただけるようですが
人数は限られて居るようです。

その日以外は、書置きの御朱印を独自のシステムで拝受出来る。
贅沢は申しません。
書置きで構いません。


と言う事で、本日拝受した御朱印がこちら。



猫と桜。

     20200320今井神社10



青龍。

     20200320今井神社11



赤龍。

     20200320今井神社12


いずれも大判の見開きサイズ。
なかなか洒落た御朱印ですね。




2020/04/25 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御城印を求めて   《下小池城》  (2020年3月18日)(茨城県稲敷郡阿見町) 

3月18日

この日は、御城印を求めて、茨城県の阿見町に出かけました。


御城印は、阿見町の『だんごの やまだ』で手に入れ、
向かった先は...............下小池城址。


     20200318下小池城01




下小池城址は以前、訪れた事があります。
( その時の攻城記は こちら )

     20200318下小池城02




下小池城の城の歴史については不明ですが
北条氏傘下の土岐氏によって天正期に築城されたと推測されます。

敵対する牛久城主・岡見氏や佐竹氏・多賀谷氏に対抗するための境目の城であったとされ、
天正十八年(1590年)、秀吉の小田原征伐の際の江戸崎城落城とともに
下小池城も落城したとされています。

     20200318下小池城03



阿見町が建てた説明板。

     20200318下小池城04


     20200318下小池城05



下小池城址の一部は、小池城跡公園として整備されています。

     20200318下小池城06



三郭の空堀。

     20200318下小池城07


     20200318下小池城08


     20200318下小池城09


  

こちらは、二郭の空堀。

     20200318下小池城10



二郭虎口。

     20200318下小池城12



二郭内部から、虎口の土塁。

     20200318下小池城11


     20200318下小池城13



二郭。

     20200318下小池城14




主郭虎口。

     20200318下小池城15



主郭空堀。

     20200318下小池城16


     20200318下小池城17



主郭。

     20200318下小池城18


     20200318下小池城19


     20200318下小池城20


主郭周辺は、相変わらず下草が多い。
もう少し整備されていれば、言うことは無いんですが............

     20200318下小池城21


     20200318下小池城22


     20200318下小池城23



こちらが、下小池城の御城印。

     20200318下小池城24


牛久市、阿見町と順に御城印が頒布され、
龍ケ崎市でも御城印のイベントが計画されていたようですが
昨今の新型コロナウイルスの感染防止のためのイベントの自粛で中止になってしまったようです。
一日も早くコロナウイルスが終息して、龍ケ崎市の城郭の御城印のイベントが
開催されるのを期待するところです。


2020/04/25 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

福田城址  (2020年3月18日)(茨城県稲敷郡阿見町) 

3月18日

この日は、御城印を求めて茨城県の阿見町にやって来ました。


阿見町の団子屋さん(だんごのやまだ)で御城印を手に入れます。

     20200318福田城01


向かった先は、福田城址。



福田城は、築城時期等詳細は不明ですが、
元々は上杉氏の城であったという事ですが
後には岡見氏の城となり、さらに天正年間になると、
江戸崎城の土岐氏の城館となったとされています。



こちらが、福田城の縄張り図。

      20200318福田城25

   ( 余湖さんのHPよりお借りしました )




台地下部より眺める高照寺の建つ台地。

     20200318福田城02

高照寺も福田城の一部とされています。



高照寺脇の切り通し。

     20200318福田城03



その両脇の土壇。

     20200318福田城04


     20200318福田城06




竹林に覆われ見づらいが、奥に空堀らしきものも見て取れる。

     20200318福田城05



この奥が高照寺。

     20200318福田城07

こちらは北参道口のようです。



高照寺山門。

     20200318福田城08

こちらが表参道になるようです。


この辺りは城址っぽい雰囲気。

     20200318福田城09



境内。

     20200318福田城10


     20200318福田城12


     20200318福田城13


高照寺本堂。

     20200318福田城14



本堂の扁額。

     20200318福田城15



境内に建つ高照寺の説明板。

     20200318福田城11

こちらの説明板に福田城について記されています。




高照寺の向かいにある阿弥陀堂。

     20200318福田城16



福田城址の一角である古城と呼ばれる地区。
その地区の民家と民家の間の細い道を進むと鳥居が現れる。

     20200318福田城17



鳥居の背後は土塁。

     20200318福田城18



その土塁の上には稲荷社が鎮座しています。

     20200318福田城19

稲荷社が在ると言うことは、江戸崎・土岐氏の城郭の証になるようです。



土塁の先は削平地。

     20200318福田城20

おそらく郭跡でしょう。


そして、その奥には竹藪。

     20200318福田城21



さらに、その奥には空堀。

     20200318福田城22



横矢の掛かった空堀。

     20200318福田城23

福田城址の1番の見所かもしれない。


こちらが、福田城の御城印。

     20200318福田城24

全国的にも無名で、さほど広大でもない城郭だけど
こうやって御城印が出来ると、うれしく感じるのは
やっぱり城好きなんだからでしょうね。



2020/04/24 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御城印を求めて   《塙城》 (2020年3月18日)(茨城県稲敷郡阿見町) 

3月18日

この日は御城印を求めて土浦市、そして阿見町へと出かけました。


土浦城址(亀城公園)をあとにして、阿見町へと向かいます。
先ずは、御城印の頒布先である団子の山田屋にて御城印を手に入れます。

     20200318塙城01



御城印を手にした後に向かった先は................塙城址。


塙城址には、以前に訪れた事があります。
(その時の攻城記は こちら



塙城の築城時期等、詳細は不明ですが、
江戸崎城主である土岐氏の支城とされています。
館野氏が城主であったという伝承もありますが、
城址には土塁や空堀などの遺構が確認出来、
それらの遺構は土岐氏時代のものだとされています。




塙城の登城路入口。

     20200318塙城02



以前は無かった城址の案内看板。

     20200318塙城03

手作り感が満載でちょっぴり微笑ましい。


こちらは、阿見町の説明板。

     20200318塙城04



それでは、塙城へ進軍いたしましょう。


以前は、この先へと進みましたが、現在は立入禁止。

     20200318塙城05



その代わりに矢印の看板が立てられ、順路を導いてくれます。

     20200318塙城06



下草などを刈り、順路も整備され、
以前と比べるとかなり手入れが行き届いています。

     20200318塙城07



以前は雑草に覆われていた空堀も
今はその姿をハッキリと確認出来ます。

     20200318塙城08


     20200318塙城09


     20200318塙城10



矢印の看板に導かれ堀底道を上って行きます。

     20200318塙城11


     20200318塙城12



稲荷神社。

     20200318塙城13

千葉氏関連の城郭に妙見神社が鎮座するように
土岐氏関連の城郭には稲荷社が鎮座する。
五穀豊穣を祈い、屋敷神として祀られているようです。


前回は、下草等の雑草に覆われ、この稲荷社辺りで進軍を断念しましたが
今はかなり整備され、先に進むのに躊躇しなくて済みます。



稲荷社のある辺りは二郭になります。

     20200318塙城18


     20200318塙城17


     20200318塙城16




ニ郭の土塁もしっかりと確認できる。

     20200318塙城14



先程の立入禁止を進めば、この虎口に辿り着くのでしょうか?

     20200318塙城15




空堀。

     20200318塙城19




この先は主郭。

     20200318塙城20



土塁。

     20200318塙城21



二郭から主郭への虎口。

     20200318塙城22



主郭の空堀。

     20200318塙城23



塙城の搦手口の登城口。

     20200318塙城24



この台地が塙城。

     20200318塙城25



この登城路を進めば、直接主郭へと続く。

     20200318塙城26

おそらく、後世に作られた登城路ではないのだろうか?




こちらが、塙城の御城印。

     20200318塙城27



茨城県下の御城印、頒布される城郭が着々と増えてきています。
城好きにはたまりません。


2020/04/24 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景   《 桜川堤と亀城公園 》   (2020年3月18日)(茨城県土浦市) 

3月18日

この日は、土浦市に出かけました。

御城印を求めて訪れた土浦城址。
城址の一部は、現在『亀城公園』となっていますが
その亀城公園が茨城百景の一つとなっています。

茨城県は、昭和25年に選定された茨城県内の100ヶ所の景勝地。
その茨城百景の選定地には、茨城百景の碑が建てられています。
数年前から、茨城百景に訪れ、その碑を探すのも楽しみの一つにしています。

土浦市内には、4ヶ所の茨城百景の地がありますが
どうした訳か? そのうちのの3ヶ所で茨城百景の碑が無くなってしまいました。
土浦市のHPでもその件については正式に公表しています)
唯一残っている碑もオリジナルでなく、後日建立されたもののようです。

従って、『茨城百景 桜川堤と亀城公園 』の碑はありません。



土浦市民博物館の横、亀城公園の入口です。

     20200318茨城百景 亀城公園01



ここにも自粛の案内。
『土浦桜まつり』も中止。
新型コロナウイルスの影響ですね。

     20200318茨城百景 亀城公園02


 

亀城公園は土浦城址でもある。

     20200318茨城百景 亀城公園03

江戸時代末期まで現存し、明治初期に廃城となった土浦城。
その土浦城の太鼓櫓門。



太鼓櫓門の前には城址碑。

     20200318茨城百景 亀城公園04



太鼓櫓門の先は本丸跡。

     20200318茨城百景 亀城公園06


     20200318茨城百景 亀城公園07


     20200318茨城百景 亀城公園08


     20200318茨城百景 亀城公園14



西櫓(再建)。

     20200318茨城百景 亀城公園09


東櫓(再建)。

     20200318茨城百景 亀城公園10


本丸土塁から見る水堀。

     20200318茨城百景 亀城公園05


     20200318茨城百景 亀城公園24

     


二の丸跡の芝生広場。

     20200318茨城百景 亀城公園11


     20200318茨城百景 亀城公園12


     20200318茨城百景 亀城公園13




     
茨城県の天然記念物に指定されたシイの木。

       20200318茨城百景 亀城公園17
     20200318茨城百景 亀城公園18

『亀城のシイ』と呼ばれ、
胸高周は約7m、樹高は約16m、枝振り約21m、
樹齢は約500年とされ、県下有数の巨木です。

こちらは、ミニ動物園。

     20200318茨城百景 亀城公園19



檻だけで、何も飼育されていないかと思っていたら
びいすけ が何かに気付いたようです。

     20200318茨城百景 亀城公園20



よく見ると、檻の中には日本猿が居ました。

     20200318茨城百景 亀城公園21



犬猿の仲って言うからね。
近付かない方が無難でしょう。

檻の裏手、本丸土塁の上に移動しても
びいすけ は猿が気になるようです。

     20200318茨城百景 亀城公園22


     20200318茨城百景 亀城公園23




「噴水池」

     20200318茨城百景 亀城公園15


     20200318茨城百景 亀城公園16

     

     

「噴水池」の源になるのか?『亀城の泉』

     20200318茨城百景 亀城公園25



この泉の水が噴水池に流れている。

     20200318茨城百景 亀城公園26


土浦城は広大であり、亀城公園は土浦城の一部。
その城址の一部を茨城百景の地に選定したのに、記念のその碑が無い。
何とも残念ですね。



2020/04/23 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御城印を求めて   《土浦城》  (2020年3月18日)(茨城県土浦市) 

3月18日  

この日は、茨城県の土浦市に出かけました。

ここ1〜2ヶ月で茨城県下に於いて、数種類の御城印が発行されています。
元々は牛久市の牛久市城跡めぐり運営委員会(LOCAL ACTIVATE)が始めたイベントで
牛久市内の4つの城郭の御城印を発行したのが始まりです。
その後、阿見町の城郭で3種、そして土浦市でも御城印が発行されることになりました。

今回、土浦市・阿見町の御城印巡りに奔走いたしました。

その第1弾。
土浦市の土浦城です。


土浦城には、以前訪れた事があります。
( その時の記事は こちら )


土浦城は、室町時代の永享年間(1429年〜1441年)に
常陸守護、八田知家の後裔である豪族の小田氏に属する若泉三郎が築いたとされています。
永正13年(1516年)に小田氏の部将・菅谷勝貞が若泉五郎右衛門を滅ぼし、
その家臣が城に入りました。
その後、菅谷氏が勝貞、政貞、範政の三代にわたって土浦城を守り、
戦国時代に佐竹氏が勢力を広げると、佐竹によって本拠の小田城を追われた小田守治が入城しました。
戦国時代が終わると、土浦は結城城の結城秀康のものになり、
小田氏はその家臣になり、代わって多賀谷村広が城代を務めます。
慶長6年(1601年)に結城秀康が越前国に転封になると、
藤井松平氏の松平信一が土浦城に入ります。
信一と子の信吉が、現在の城のおよその形を作ったとされています。
以後、土浦城には西尾氏、朽木氏、土屋氏、松平氏と城主が代わり
明治6年に、太政官符令で土浦城は廃止されました。

幅の広い二重の堀で守る平城であり、土浦が度々水害に遭っているが、
その際にも水没することがなく、水に浮かぶ亀の甲羅のように見えたことから
亀城とも呼ばれました。

土浦城址は、現在『亀城公園』として、桜の名所でもあり、
土浦市民の憩いの場となっています。


城址(亀城公園)に隣接する土浦市立博物館。

     20200318土浦城01

現在、こちらでは『土浦城展』が開催されています(〜5月6日)
この土浦城展に合わせて、土浦城の御城印が頒布される事になったようです。


御城印は、博物館の受付で頒布されています。

     20200318土浦城02

御城印も手に入れました。


では、土浦城を攻略いたしましょう。

     20200318土浦城21



太鼓櫓門

     20200318土浦城03

何と言っても、この門が土浦城の象徴と言っても過言では無い。



太鼓櫓門の前には、土浦城址の碑。

     20200318土浦城04



太鼓櫓門の先は、本丸跡。

     20200318土浦城05


     20200318土浦城06


     20200318土浦城08


     20200318土浦城20



本丸跡に建つ西櫓(復元)。

     20200318土浦城09


     20200318土浦城07




こちらは、東櫓(復元)     

     20200318土浦城12


     20200318土浦城13



本丸土塁。

     20200318土浦城14


     20200318土浦城11


     20200318土浦城15


     20200318土浦城16



本丸土塁からの水堀。

     20200318土浦城17


こちらは二の丸の水堀。

     20200318土浦城18


     20200318土浦城19



こちらが、御城印。

     20200318土浦城22


『土浦城展』が開催されなかったら、
発行(頒布)されなかったかもしれない土浦城の御城印。
とりあえず、手に入れる事が出来ました。



2020/04/23 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今宵の びいすけ   (2020年3月17日) 

3月17日

18時までの日勤の仕事を終えて、
20時前に自宅に戻って来ました。

さすがに都内への(中央区八重洲)通勤は流石に疲れます。

自宅に帰ってから、 びいすけ の散歩、びいすけ のご飯。
そして自分の夕食、その後はお風呂と.........
時間はあっという間に過ぎていきます。

気が付けは、22時過ぎ。

やれやれ、これでやっと落ち着ける。

ふと、目をソファーに向ければ、 びいすけ は寝落ち状態。

      20200317びいすけ01


睡眠モードに入る直前。
iPhoneのシャッター音が気になるようです。

      20200317びいすけ02



どうやら、寝ているのを起こしちゃったみたい。

      20200317びいすけ03



眠いんだけど、こちらが気になる様子。

      20200317びいすけ04



目が合ったりしちゃって.........

      20200317びいすけ05



こちらは、慌てて視線を逸らします。

      20200317びいすけ06



しばらくすると、体勢を入れ替える びいすけ 。

      20200317びいすけ07



瞼が重くなってきたようです。

      20200317びいすけ08



物音を立てないようにしていると...............


やがて、寝息が聞こえ、それが鼾に変わっていきます。

      20200317びいすけ09
 
さて、明日は公休日。


びいすけ を連れて、何処へ行こうかな...............?




  
2020/04/22 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉の坂道散歩 《 八軒町の坂 》  (2020年3月15日) 

3月15日

この日は、公休日。

夕方の散歩にはちょっと早いけれど、
いつもと違ったコースで市内散歩。
教安寺、麻賀多神社と御朱印拝受の散歩から
佐倉の坂道散歩となります。


麻賀多神社をあとにして、『うるし坂』方向へ進みます。

     20200315八軒町坂01



ここから『うるし坂』。

     20200315八軒町坂02



うるし坂の坂道を下って行きます。

     20200315八軒町坂03


うるし坂は、このまままっすぐ。
左折して、『猿が脇の坂』方向へと足を向けます。

     20200315八軒町坂04


     20200315八軒町坂05


『猿が脇の坂』との分岐点。
左折すれは、『猿が脇の坂』。
でも今日は、このまま直進します。

     20200315八軒町坂06



この辺りは、佐倉の旧市街地の中でも里山の風情が漂う地区。

     20200315八軒町坂07



確か、数年前(?)まで田んぼが在ったような記憶があります。

     20200315八軒町坂08



狭い道は、緩やかな傾斜の道となって行きます。

     20200315八軒町坂09



ここから坂道の始まり。

     20200315八軒町坂10



石段の先に分岐点があります。

     20200315八軒町坂11



石段の頂部。ここが分岐点。
画面奥に進めば『玉屋の坂』。

     20200315八軒町坂12

右方向に進めば、『八軒町の坂』。


今回は、『八軒町の坂』に向かいます。

     20200315八軒町坂13



八軒町の坂は、現在の『袋町』をその昔、『八軒町』と言ったことから
その名が付いたそうです。
現在の肴町角から袋町へ至る坂道です。



この道は、殆ど通らないから町並みが新鮮に感じます。

     20200315八軒町坂14



地区の集会所もあります。

     20200315八軒町坂15


     20200315八軒町坂16



自分のペースで進む びいすけ 。

     20200315八軒町坂17



ときには、匂い付けのおしっこも。

     20200315八軒町坂18



この辺りが八軒町の坂の1番勾配のきつい所。

     20200315八軒町坂19



頑張って坂道を上りましょう。

     20200315八軒町坂20


     20200315八軒町坂21


まもなくゴール。

     20200315八軒町坂22



成田街道の旧道に合流。

     20200315八軒町坂23



八軒町の坂の頂部です。

     20200315八軒町坂24


佐倉の坂道、また一つ制覇しました。


2020/04/22 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉の御朱印散歩  《 麻賀多神社 》(2020年3月15日) 

3月15日

この日は、公休日。

夕方の散歩には少し早いけど、いつもと違うコースの市内散歩。
教安寺をあとにして、散歩は続きます。

     20200315麻賀多神社01


     20200315麻賀多神社02


向かった先は、鏑木町に鎮座する麻賀多神社。

実は、花見などの自粛ムードが反映されている時期ですが
当初より計画されている「桜に染まるまち、佐倉」のキャンペーンが
3月20日から始まります。
これに合わせて、佐倉の麻賀多神社では、
3月15日からコラボの御朱印が頒布されるそうです。
地元の神社だから、限定御朱印は押さえておきましょう。


神社社頭。

     20200315麻賀多神社03



鳥居。

     20200315麻賀多神社04



鳥居に掲げられた神額。

     20200315麻賀多神社05



社号標。

     20200315麻賀多神社06



手水舎。

     20200315麻賀多神社07



手水舎にも、限定御朱印の貼り紙が貼られています。

     20200315麻賀多神社08



こちらが、拝殿。

     20200315麻賀多神社09



拝殿正面。

     20200315麻賀多神社10



別アングルからの拝殿。

     20200315麻賀多神社11


     20200315麻賀多神社12



びいすけ も参拝。

     20200315麻賀多神社13



こちらは、授与所。

     20200315麻賀多神社14

御朱印は、こちらで頒布されています。




そして、こちらが御朱印。

     20200315麻賀多神社15


毎回思うのだが...............


佐倉七福神麻賀多神社は、普通サイズのオリジナルの御朱印帳を頒布しているのに
限定御朱印は大判サイズの半紙の書置き。
オリジナルの御朱印帳(普通サイズの御朱印帳)に貼れないんだけど.........

その事に気付いているんだろうか...............?



2020/04/21 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉の御朱印散歩 《 教安寺 》 (2020年3月15日) 

3月15日

この日は公休日。

午前中に富里市の富里香取神社へ参拝に行き、
一度自宅に戻り、午後は夕方の散歩を兼ねて
自宅近くの佐倉の市内散歩。

     20200315教安寺01


向かった先は...............教安寺。


教安寺は、佐倉市新町に在る浄土宗の寺院です。
『二尊山東専院教安寺』。
山号を二尊山、院号を東専院、寺号を教安寺と号します。

花井左門(浄徳院殿雲竜心白居士)の夫人東専院殿松誉春貞大姉を開基として、
欣蓮社厭道波大和尚を開山に迎え、
寛永2年(1625)創建したとされています。



寺号標。

     20200315教安寺02


     20200315教安寺03



山門。

     20200315教安寺04



本堂に続く境内の参道。

     20200315教安寺05



参道には説明板。

     20200315教安寺06



手水舎。

     20200315教安寺07



本堂。

     20200315教安寺08


本堂前の香炉(?)

     20200315教安寺10



本堂内部。

     20200315教安寺09



本殿前の天水桶。

     20200315教安寺11



こちらは、金銅地蔵菩薩坐像。

     20200315教安寺12


     20200315教安寺14


     20200315教安寺13



青面金剛刻像 。

     20200315教安寺15


太子堂。

     20200315教安寺16


鐘楼。

     20200315教安寺17


本堂裏手の石仏群。

     20200315教安寺18



こちらが、教安寺の御朱印。

     20200315教安寺19

この辺りの寺院は、佐倉七福神の寺院が多く、
御朱印をお願いしたら、『佐倉七福神ではないけれど、それでも良いですか?』と言われました。
はい、良いんです。お詣りした証しとして頂ければ良いんです。






2020/04/21 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

富里香取神社   (2020年3月15日)(千葉県富里市) 

3月15日

この日は15日。
毎月、1日と15日に富里の香取神社では
月替わりの御朱印とは別に、西瓜の図案をモチーフにした特別御朱印が頒布されます。
その御朱印は2種類あり、西瓜の皮バージョンと西瓜の実バージョンがあるそうで
以前に西瓜の実バージョンは拝受していましたが、
西瓜の皮バージョンはまだ拝受していませんでした。
今月の1日に参拝した時に確認したら、
今月の15日(すなわち今日)は、西瓜の皮バージョンを頒布すると言う事で、
たまたま公休日となったこの日、参拝に訪れました。



富里香取神社駐車場前。
日曜日と言う事と、15日の限定御朱印の頒布日と言う事もあって
参拝に来ている車は数台停っている。

     20200315冨里香取神社01

平日の参拝が多いから、ちょっと雰囲気が違う。


前回、気が付かなかったけれど、
鳥居脇に掲示板が建てられています。

     20200315冨里香取神社02



神社社頭。

     20200315冨里香取神社03



いつもの干支の看板。

     20200315冨里香取神社04

この場所は、毎月の定点ポイントとなっています。



狛犬と参道。

     20200315冨里香取神社05



参道。

     20200315冨里香取神社06


参道に置かれたアルコール。

     20200315冨里香取神社13

新型コロナウイルスの対策ですね。




既に参拝している人が多いから
今日は、この場所で参拝する びいすけ 。

     20200315冨里香取神社07



拝殿。

     20200315冨里香取神社08


拝殿正面。

     20200315冨里香取神社09



授与所で御朱印を授与していく人も多い。

     20200315冨里香取神社10



本日頒布される御朱印は4種類。

     20200315冨里香取神社11

お目当ては、西瓜の御朱印。



西瓜の御朱印、いただきました!

     20200315冨里香取神社12



こちらが、その御朱印。

     20200315冨里香取神社14


やっと西瓜の皮の御朱印、授与出来ました。




2020/04/20 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

神明神社    (2020年3月7日)(千葉県夷隅郡大多喜町) 

3月7日

この日は、大多喜町に出かけました。
最たる目的である大多喜城の御城印を手に入れ、
夷隅神社を参拝して帰路に着きました。
大多喜町の市街地を国道297号に向けて車を走らせていると
視界に鳥居が入って来た。
ナビを見ると、しっかり鳥居のマーク ⛩
ナビには『神明神社』と表示されている。

神明神社って天照大神だよね?
せっかくだから、立ち寄って行きましょう。



神明神社は大多喜町横山に鎮座する神社です。


創建時期は不明ですが、口碑では『伊勢皇大宮をまつる』とあって
延長2年(924年)の再建、文明元年(1469年)に社殿造立、
天正15年(1587年)正木氏が小田喜根古屋居城の時、
臨時大祭を行ったなどとされています。
その後、本多氏・稲垣氏・松平氏など歴代の城主が
篤く崇敬した神社と言われています。

御祭神は、天照大御神。




神社社頭。

     20200307神明社01



鳥居脇に立つ神明神社の説明板。

     20200307神明社18


鳥居脇に置かれた手水鉢。

     20200307神明社02



参道。

     20200307神明社03


石段の先に社殿。

     20200307神明社04


     20200307神明社05

 

手水鉢。

     20200307神明社06



拝殿正面。

     20200307神明社07


拝殿の背後には本殿。

     20200307神明社08


びいすけ も参拝。

     20200307神明社09



本殿奥に建つ由緒書きの碑。

     20200307神明社11

大正時代に建てられた碑。
残念ながら碑文は良く読めない。



境内社。

     20200307神明社10


     20200307神明社12


     20200307神明社13


     20200307神明社14


板碑。

     20200307神明社17



御神木。

     20200307神明社15
     20200307神明社16


社務所もなく、無人の神社のようです。





2020/04/20 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

夷隅神社   (2020年3月7日)(千葉県夷隅郡) 

3月7日

この日は、大多喜町に行ってきました。

大多喜城址をあとにして、向かった先は...............夷隅神社。


夷隅神社は、大多喜町新丁に鎮座する神社です。

早創は明らかになっていませんが、長久2年(1041年)に再建し天正15年(1587年)に正木大膳亮が再築したと言われています。
 
 その後、天正18年』1590年に本多忠勝が大多喜城に入城、城下町を整備するなかで、祇園院大円寺から牛頭(ごず)天皇を勧進し、牛頭天王社を奉斎したのが始まりです。
 
その後代々大多喜城主に崇敬・加護されてきたという歴史をもつ由緒ある神社です。


御祭神は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)
     稲田姫命(いなだひめのみこと)
     大己貴命(おおなむちのみこと) 。



神社社頭。

     20200307夷隅神社01



参道口の狛犬。

     20200307夷隅神社02


     20200307夷隅神社03



社殿に向けて長い石畳の参道が続いています。

     20200307夷隅神社04



参道の神橋。

     20200307夷隅神社06



写真を撮り忘れましたが、神橋の下には水路があり
こんな説明板も立てられています。

     20200307夷隅神社05



手水舎。

     20200307夷隅神社07



定番の龍の吐出口。

     20200307夷隅神社08



参道のニの鳥居。

     20200307夷隅神社09



拝殿。

     20200307夷隅神社10



拝殿正面。

     20200307夷隅神社11


     20200307夷隅神社12


     20200307夷隅神社13



拝殿天井。

     20200307夷隅神社14



別アングルからの拝殿。

     20200307夷隅神社15


     20200307夷隅神16



そして、こちらが本殿。

     20200307夷隅神社17



びいすけ も参拝します。


     20200307夷隅神社23


拝殿前の由緒書き。

     20200307夷隅神社24



境内社・子安大明神。

     20200307夷隅神社18


     20200307夷隅神社19



諏訪神社。

     20200307夷隅神社20



板碑。

     20200307夷隅神社21



忠魂碑。

     20200307夷隅神社22

忠魂碑が在ると言う事は、この場所が古き大多喜町のランドマークでもあったんですね。



御輿庫。

     20200307夷隅神社25



こちらが社務所。

     20200307夷隅神社26


どうやら、普段は無人の神社のようで、
残念ながら、御朱印の対応は行われていないようです。




2020/04/19 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御城印を求めて   《大多喜城址》  (2020年3月7日)(千葉県夷隅郡大多喜町) 

3月7日  

この日は、大多喜町に出かけました。

熊野神社をあとにして、向かった先は...............大多喜城址。

実は、3月1日から大多喜城の御城印が頒布される事になりました。
佐是城址、猪鼻城址に次いで千葉県内で3番目の御城印になります。
元々、城址巡りが好きでしたし、最近は御朱印巡りにどっぷりハマり、
その二つを足したようなモノが御城印。
御朱印ブームにあやかってか?
最近は御城印を頒布する自治体の観光協会も増えてきました。
これはもう集めるしかないですね。



と言う事で、先ずは大多喜城の御城印の頒布先である『観光本陣』へと向かいます。

御城印もゲットです。

     20200307大多喜城址24

御朱印と違って、実際に登城しなくても御城印は手に入ります。
ましてや、以前に大多喜城址に訪れたことはありますが
( その時の記事は こちら )
御城印だけ手に入れ、城は攻略しない。
それでは城好きの名がすたります。

それでは、大多喜城を攻略いたしましょう。



駐車場に車を停めて...............


登城路に建つ城址碑。

     20200307大多喜城址01


     20200307大多喜城址02



NHKの大河ドラマの勧誘の幟。

     20200307大多喜城址03

数年前から続くこの活動。実ると良いですね。



説明板の一部。

     20200307大多喜城址04

縄張り図が載っています。


大多喜城は、別名を大滝城とも書きますが、
最初は小田喜城(おだきじょう)と名づけられたようです。
戦国時代の1521年に真里谷信清が小田喜城を築城したのが始まりとされています。
真里谷朝信が小田喜城主だった1544年に、里見義堯の家臣・正木時茂((正木時綱子)が、
真里谷朝信を討って、小田喜城を居城としました。
その後、正木信茂、正木憲時と続きますが、
1574年、里見義堯の死後は里見義弘に従っています。
しかし、北条氏政の支援を受けた里見義頼が反乱を起こし、
里見義弘に従っていた正木憲時・太田康資などは家臣らに殺害されてしまいます。

その後、小田喜城(大喜多城)には、里見義頼の家臣が城代として入りますが
里見義頼の長男・里見義康は、1590年の小田原攻めの際に、
独自に行動したことから惣無事令違反に問われ、
秀吉の命にて、上総国を没収され安房4万石に減封されてしまいます。
その上総国を拝したのが駿河から関東に移封された徳川家康です。
家康は江戸城に入城すると、徳川四天王の一人である本多忠勝を
10万石で大多喜城主に命じました。
その背景には、安房の里見氏への牽制も含めたものです。
そして、この時に大多喜城の大改修を行ったとされています。
3層4階の天守を持つ近世城郭へと大改築を行い、
麓に城下町の建設を行い、以後、この城は大多喜藩の拠点として
幕末まで重要な役割を果たしてきました。



ニの丸付近の空堀。

     20200307大多喜城址05



二の丸。

     20200307大多喜城址09

現在は、二の丸公園となっています。


そして、二の丸公園の奥には梵鐘があります。

     20200307大多喜城址06




こちらが、その梵鐘。

     20200307大多喜城址07

この梵鐘は、煩悩を断って悟った無上の境地を弔うために、
大多喜城下の人々が托鉢し、金銭の施しを受け、
藤原勝行によって造られたモノらしい。



二の丸の竪堀。

     20200307大多喜城址08


大多喜城の復興天守閣は、近世大多喜城の本丸跡に城郭様式で建設した
県立中央博物館大多喜城分館。
いわゆる、歴史的博物館です。

コロナ騒ぎで、この時期は臨時に休館となっていましたが
『房総の城と城下町展』が開催されていたようです。

     20200307大多喜城址22


     20200307大多喜城址10



こちらが、本丸跡に建つ復興(模擬)天守閣。

     20200307大多喜城址11


     20200307大多喜城址12


     20200307大多喜城址13


     20200307大多喜城址14



本丸奥に残る土塁。

     20200307大多喜城址15



二の丸の井戸。

     20200307大多喜城址16


二の丸跡に建つ千葉県立大多喜高校の校庭には
大多喜城の井戸が残っています。

     20200307大多喜城址17



二の丸の大多喜高校から見上げる復興天守閣。

     20200307大多喜城址18



大多喜高校の敷地内には、大多喜城の薬医門も残る。

     20200307大多喜城址19


     20200307大多喜城址20



大多喜高校内に残る土塁。

     20200307大多喜城址21



こちらが、大多喜城の御城印。  

   20200307大多喜城址23



猪鼻城、大多喜城と続いて発行された御城印。
いずれも復興天守閣(歴史博物館)の建つ近世の城址。
この流れから行くと、次に御城印が発行(頒布)されるのは
館山城か久留里城になるんだろうか?




2020/04/19 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

熊野神社  (2020年3月7日)(千葉県夷隅郡大多喜町) 

3月7日

この日は、大多喜町に出かけました。

大多喜町に向かう途中、市原市の佐是城址に立ち寄り
幸福禅寺をあとにして、国道297号(大多喜街道)を進みます。
市原市と大多喜町の境になる峠道を一気に下った先で
ナビに神社のマークが現れた。
横目でチラッと見て通り過ぎたけど、立派そうに見えたからUターン。
立ち寄ったのは、熊野神社。


熊野神社は大多喜町横山に鎮座する神社です。

詳細な由緒は不明ですが、天禄元年(970年)に勧請され、
創建されたとのことです。

御祭神は、伊弉册命。




神社社頭。

     20200307熊野宮01



参道の狛犬。

     20200307熊野宮02


     20200307熊野宮03



参道。

     20200307熊野宮04



参道の手水鉢。

     20200307熊野宮05



境内の手水舎。

     20200307熊野宮06



拝殿。

     20200307熊野宮07


拝殿正面。

     20200307熊野宮09


     20200307熊野宮10




拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200307熊野宮08

『熊野宮』と記されています。


別アングルからの拝殿。

     20200307熊野宮11


     20200307熊野宮12



そして、本殿。

     20200307熊野宮13




びいすけ もしっかりと参拝。

     20200307熊野宮14



境内社。

     20200307熊野宮15



板碑。

     20200307熊野宮16


     20200307熊野宮17


     20200307熊野宮18


御輿庫(?)。

     20200307熊野宮19


御神木。

     20200307熊野宮21
     20200307熊野宮22



社務所。

     20200307熊野宮20

社務所でもあるが、横山農村共同館の看板も掲げられている。
普段は無人の神社のようです。









2020/04/18 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................光福禅寺   (2020年3月7日)(千葉県市原市) 

3月7日  

御城印を求めて訪れた佐是城址。
その佐是城址の一角にある幸福禅寺。

基本、御朱印は神社が専門ですが、そうは言っても最近では
御城印なるモノにも熱が入っているし
せっかく訪れたのだから、お詣りついでに、
幸福禅寺の御朱印も拝受することにいたしました。

     20200304光福禅寺01


幸福禅寺は、曹洞宗(禅宗)の寺院です。
延宝3年(1675年)の開山で、山号を『延命山』と称します。
本尊は、東方瑠璃光如来。
木更津市真里谷の妙泉寺の末寺になるようです。



こちらが、山門。

     20200304光福禅寺02

表参道かお詣りいたしましょう。


何かの記念碑かと思ったら、寺号標(寺号碑?)でした。

     20200304光福禅寺03



表参道の石段。

     20200304光福禅寺04



表参道にも城址の雰囲気は満載。

     20200304光福禅寺05

プンプン匂います(笑)。



幸福禅寺の本堂。

     20200304光福禅寺06



本堂正面。

     20200304光福禅寺07



本堂正面に掲げられた扁額。

     20200304光福禅寺08

その扁額には、山号が記されています。



本堂内部。

     20200304光福禅寺09


     20200304光福禅寺10



大きな般若の面にちょっぴり驚きました。

     20200304光福禅寺11



別アングルからの本堂。

     20200304光福禅寺12



裏参道の山門。

     20200304光福禅寺16


     20200304光福禅寺17



白衣堂。

     20200304光福禅寺13



愚痴聞き観音。

     20200304光福禅寺14


     20200304光福禅寺15



境内の石仏。

     20200304光福禅寺18


     20200304光福禅寺19



境内の城址碑。

     20200304光福禅寺20



境内奥には羅漢の森。

     20200304光福禅寺21


     20200304光福禅寺22


     20200304光福禅寺23




こちらが、幸福禅寺の御朱印。

     20200304光福禅寺24


何故か? 『幸福禅寺』のはずが、『幸福寺』となっている。
ご住職さんが書き間違えたのだろうか?
まあ、コレもご愛機。




2020/04/18 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御城印を求めて   《佐是城址》  (2020年3月7日)(千葉県市原市) 

3月7日  

この日は、大多喜町に出かけました。
でも、大多喜町に向かう前に市原市でちょっと寄り道。

以前、訪れたことのある市原市の佐是城(址)で
( その時の記事は こちら )
御城印が頒布されていると知り、訪れてみました。


市原市佐是にある幸福禅寺周辺が佐是城跡とされています。

     20200307佐是城址01


佐是城は、真里谷武田氏の支城です。
伝承によれば、元々の創築は、鎌倉時代に佐是禅師円阿が館を構えたとされ
真里谷武田信興の弟である三郎国信が天文年間(1532~55年)にこの地に分封され、
佐是城を築いたとされています。
その後、国信の子孫は、1552年の椎津合戦で籠城軍と参陣し討死したと伝えられる。
その後の佐是城主武田氏の事績は不明であるが、現在残る遺構からは、その後も城は改修されたと考えられている。




光福禅寺へと上がる虎口
いわゆる堀之内から内曲輪へと向かう虎口の標柱。

     20200307佐是城址02


     20200307佐是城址03



その虎口。

     20200307佐是城址04



土塁のように見える土壇。
実は、前方後円墳。

     20200307佐是城址05



幸福禅寺の境内入口近くに建つ説明板。

     20200307佐是城址06

佐是城址について記されていて、縄張り図も記載されているけれど
カスれて読みづらい。



すぐ近くには、縄張り図が記された佐是城址の碑。

     20200307佐是城址07



幸福禅寺の墓地側の山門付近の土塁。

     20200307佐是城址08



墓地の中の土塁。

     20200307佐是城址09


     20200307佐是城址19



こちらは、幸福禅寺の本堂。

     20200307佐是城址10



佐是城の御城印は、こちらの幸福禅寺にて頒布されています。

     20200307佐是城址11

どうやら、千葉県初の御城印と言う事です。


幸福禅寺の境内に建つ、佐是城の碑。

     20200307佐是城址12

『佐是城内戦国末期の館跡』となっています。


境内奥の羅漢の森。
実は、こちらは櫓台跡。

     20200307佐是城址13


     20200307佐是城址14


     20200307佐是城址15


     20200307佐是城址16



櫓台の下方にも、もう一つの櫓台跡。

     20200307佐是城址17



この佐是城址、特に幸福禅寺の敷地内には二重櫓台跡が
一つの見所となっています。

     20200307佐是城址18



実は、ここまでは佐是城址のほんの一部。
城域は広く、三郭、二郭、そして主郭は幸福禅寺から離れた場所になる。
主郭を目指して進みます。

     20200307佐是城址20



二郭近くに建つ城址の標柱。

     20200307佐是城址21


     20200307佐是城址22



この標柱の右奥が主郭へと繋がっている。

     20200307佐是城址23

前回、行きそびれてしまったため、今回は主郭目指して進軍します。



しかし、前日の雨で泥濘んだ道を進みます。
空堀も泥濘んでいる。

     20200307佐是城址24


主郭への登城路から見下ろす空堀。

     20200307佐是城址31



主郭虎口。

     20200307佐是城址30



主郭の虎口の先には、説明板。

     20200307佐是城址27


     20200307佐是城址25


     20200307佐是城址26



整備(?)されていると思われるのはココまで。

     20200307佐是城址28

この先は竹藪状態。


コレ以上先は、今日は断念。

     20200307佐是城址29





こちらは、明(妙)性印。

     20200307佐是城址32

以前、こちらが主郭と勘違いしていました。
今は、立ち入り禁止のロープが張られています。


こちらが、佐是城の御城印。

     20200307佐是城址33

幸福禅寺にて、拝受いたしました。




2020/04/17 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの通勤・途中下車.........月詣 大原神社    (2020年3月2日)(千葉県習志野市) 

3月2日  

この日は、新しく配属先になる現場に行くのに
一度都内文京区本郷の本社に13時に集合。
でもその前に、通勤電車の途中下車。
ここ1年、月詣と称している津田沼駅近くの菊田神社に参拝し、
御朱印待ちの時間も考慮していたんですが、待ち時間はなく
1時間近く時間が余ってしまいました。

逆方向にはなるけれど、京成電車で実籾駅まで戻り、
訪れたのが.........大原神社。


神社社頭。

     20200302大原神社01



鳥居に掲げられた神額。

     20200302大原神社02



参道。

     20200302大原神社03


参道の狛犬。

     20200302大原神社04


     20200302大原神社05



手水舎。

     20200302大原神社06



新型コロナウイルスの影響で、手水鉢の中の水は無い。

     20200302大原神社07



拝殿。

     20200302大原神社08



拝殿正面。

     20200302大原神社09


     20200302大原神社10



授与所。

     20200302大原神社11

朝から降っている小雨のせいなのか?
はたまた、先日発表された諸々の外出規制(?)の影響か?
いつもと違って御朱印待ちの人が少ない。


今月も何種類かの御朱印が頒布されているようです。

     20200302大原神社12



それでも朝から25人目になるんでしょうか?

     20200302大原神社13



この日、拝受した御朱印。

     20200302大原神社14

書置きではなく、御朱印帳に墨書きしてくれた御朱印。
『桃ひらき』と言うタイトルの見開きの御朱印です。



2020/04/17 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの通勤・途中下車.........月詣 菊田神社    (2020年3月2日)(千葉県習志野市) 

3月2日   

個人事ですが、2月末まで幕張に勤務していましたが
3月より都内千代田区(東京駅八重洲口)の職場に異動となり、
この日は、午後に本社(文京区本郷)に集合となりました。

いわゆる午後出社。

せっかくだから、早めに家を出て
出勤前の途中下車。
京成本線津田沼駅で途中下車して、菊田神社への参拝です。


社号標。

     20200302菊田神社01



神社社頭。

     20200302菊田神社02


鳥居脇では、何やら工事中。

     20200302菊田神社03



狛犬と参道。

     20200302菊田神社04


     20200302菊田神社05



参道の先は拝殿。

     20200302菊田神社06



手水舎。

     20200302菊田神社10



拝殿正面。

     20200302菊田神社07



別アングルからの拝殿。

     20200302菊田神社08



そして、本殿。

     20200302菊田神社09


小雨に濡れた社殿はちょっと雰囲気が変わって
何か神々しいモノを感じます。


小雨のせいか、参拝者は私の他に居ない。

     20200302菊田神社11

いつもなら御朱印待ちの人が多いのに
この日は御朱印待ちも居ない。


たった1人なのに、番号札を渡されて御朱印待ち。

     20200302菊田神社12



こちらが、月替わりの御朱印。

     20200302菊田神社13

弥生、3月、ひなまつり。

お内裏様とお雛様。
こちらもシールとなっている。
1月の七福神、2月の狛犬前掛と
今年はシールの御朱印で攻める菊田神社。

今後のトレンドになるのでしょうか?



2020/04/16 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

不動堂八幡神社   (2020年3月1日)(千葉県山武郡九十九里町) 

3月1日

この日は、九十九里町に出かけました。

久しぶりに九十九里の砂浜を満喫して
家路を向かう道すがら、『 ←不動堂八幡神社 』と言う、
小さな看板を見つけました。

その看板に導かれるように、通りを左折。
向かった先は..................不動堂八幡神社。


不動堂八幡神社は、九十九里町不動堂鎮座する神社です。

創建時期等詳細は不明ですが
赤松家代々の旧宅内の氏神として崇められ、
古くから近隣の尊崇を集めていたそうです。

御祭神は、品陀和気命(応神天皇)。


社号標。

     20200301不動堂八幡神社01


     20200301不動堂八幡神社02



鳥居。

     20200301不動堂八幡神社03



鳥居に掲げられた神額。

     20200301不動堂八幡神社04



境内の説明板。

     20200301不動堂八幡神社06


     20200301不動堂八幡神社07



手水舎。

     20200301不動堂八幡神社08



拝殿。

     20200301不動堂八幡神社05


     20200301不動堂八幡神社09



拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200301不動堂八幡神社10



別アングルからの拝殿。

     20200301不動堂八幡神社11


     20200301不動堂八幡神社12




そして、こちらが本殿。

     20200301不動堂八幡神社13



拝殿前の狛犬。

     20200301不動堂八幡神社14


     20200301不動堂八幡神社15



びいすけ も参拝。

     20200301不動堂八幡神社16



記念碑。

     20200301不動堂八幡神社17



境内の河津桜も見頃。

     20200301不動堂八幡神社18



境内の御神木。

       20200301不動堂八幡神社19
     20200301不動堂八幡神社20



この御神木はイヌマキの木。

      20200301不動堂八幡神社21
     20200301不動堂八幡神社22


     20200301不動堂八幡神社23
     20200301不動堂八幡神社24
     20200301不動堂八幡神社25


イヌマキの大樹は、
古くから八幡神社同様に近隣の尊崇を集めていたそうです。




2020/04/16 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

九十九里不動堂海岸   (2020年3月1日)(千葉県山武郡九十九里町) 

3月1日

この日は、東金市の日吉神社に月詣の参拝の後、
九十九里に足を伸ばしてみました。

そういえば、久しく九十九里の海にも行っていないなぁ〜と
そんな事を思い、向かった先は..........九十九里浜 不動堂海岸。

     20200301九十九里不動堂海岸01



久しぶりの海。
潮の香りを感じたのか?
砂浜の匂いを嗅ぎ始める びいすけ 。

     20200301九十九里不動堂海岸02


     20200301九十九里不動堂海岸04



よほど、気になる匂いなんでしょうか?
一心不乱に匂い嗅ぎに専念しています。

     20200301九十九里不動堂海岸09


     20200301九十九里不動堂海岸08


     20200301九十九里不動堂海岸10



匂い嗅ぎをしていた びいすけ が立ち止まり、
何かに注視しています。

     20200301九十九里不動堂海岸03


     20200301九十九里不動堂海岸05


  
びいすけ の視線の先は、白い波。

     20200301九十九里不動堂海岸06



波が苦手な びいすけ 。

     20200301九十九里不動堂海岸07



スルッとUターン。
久しぶりの海なのに、しっかりと覚えている。
波は苦手なんですね。

     20200301九十九里不動堂海岸23


     20200301九十九里不動堂海岸24     




せっかく、砂浜に来たんだから
少しくらい走って欲しいなぁ。

ロングリードに付け替えているんだし...............

     20200301九十九里不動堂海岸11


     20200301九十九里不動堂海岸12



砂浜を歩いていた びいすけ 。
こちらの気持ちが通じたのか?

いつしか、小走り状態。

     20200301九十九里不動堂海岸13



テンションが上がって来たのか?
いつの間にか走ってる!

     20200301九十九里不動堂海岸14



気持ち良さそうに走る びいすけ 。

     20200301九十九里不動堂海岸15



そう言えば、久しくドッグランにも行ってないし、
そもそも、びいすけ が走る姿を最近は見ていない。

     20200301九十九里不動堂海岸16


     20200301九十九里不動堂海岸17


     20200301九十九里不動堂海岸18


     20200301九十九里不動堂海岸19




砂浜に弧を描き、4〜5周したら満足したのか?
またまた、オヤツに釣られて大人しいのか?

     20200301九十九里不動堂海岸20



カメラの前で大人しくポージング。

     20200301九十九里不動堂海岸21


     20200301九十九里不動堂海岸22


     
久しぶりの海。
春の海はやっぱり気持ち良い。


また、この砂浜に遊びに来よう!!



2020/04/15 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

権現滝    (2020年3月1日)(千葉県東金市) 

3月1日

この日は、毎月恒例の月詣。
富里市の富里香取神社から東金市の東金日吉神社へと
参拝に出かけました。


東金市の八鶴湖から東金日吉神社に通じる
参道を山王坂と言うらしい。
いつもは、表参道の社頭脇の駐車場に車を停めて
参拝後、そのまま駐車場から帰ってしまいますが
今日は山王坂を歩いてみましょう。

     20200301権現滝01



道幅が狭くなり、石段の坂道となり車輌は侵入禁止。

     20200301権現滝02



その山王坂の切り通しに小さな滝がありました。

     20200301権現滝03


ほとんど知れ渡っていないその滝は
『権現滝』と言うようです。

     20200301権現滝04


     20200301権現滝05


水量は少なく、干ばつ期には枯れ滝になってしまうのでは?

     20200301権現滝06


そんな感じの滝です。

     20200301権現滝07



権現滝の先はS字の切り通し。

     20200301権現滝08



切り通しの上方から下方を眺めてみます。

     20200301権現滝09


この道は、家康が鷹狩りと称し江戸から船橋御殿。
そして船橋御殿から東金御殿までの御成街道を造った時に出来た道らしい。
(東金日吉神社が八鶴湖近くから現在地に遷座した際に造られたと言う説もある。)

     20200301権現滝10



そして、S字の切り通しの先に、『道陸神』が鎮座しています。

     20200301権現滝11


     20200301権現滝12

古来よりこの神様は道路の悪霊を防ぎ、
道行く人の安全を願って祀られたとされています。


この『道陸神』の近くにあるから、権現滝と呼ばれたのか?
またまた、八鶴湖から日吉神社へ向かう参道の途中にあるから
権現滝と呼ばれたのでしょうか?

いずれにしても、小さな発見。
そして、余り知れ渡っていない滝をみつけた
小さな喜びの瞬間を感じたひと時でした。




2020/04/15 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

月詣.........東金日吉神社 (2020年3月1日)(千葉県東金市) 

3月1日

毎月、抱き合わせの行動パターン。
月詣の富里香取神社を参拝した後は
東金市の日吉神社へと向かいます。


神社社頭。

     20200301東金日吉神社01



鳥居と社号標。

     20200301東金日吉神社02



毎回、圧倒される参道の杉の古木。

       20200301東金日吉神社03
     20200301東金日吉神社04


      20200301東金日吉神社05
     20200301東金日吉神社06


そして、参道の杉並木。

     20200301東金日吉神社07


     20200301東金日吉神社08



杉並木の先は拝殿。

     20200301東金日吉神社09



こちらが拝殿。

     20200301東金日吉神社10



拝殿正面。

     20200301東金日吉神社11


     20200301東金日吉神社12



拝殿前の神使いの猿。

     20200301東金日吉神社13


     20200301東金日吉神社14



びいすけ も参拝。

     20200301東金日吉神社15



授与所で御朱印を拝受します。

     20200301東金日吉神社16



こちらが月替わりの御朱印。

     20200301東金日吉神社17


別バージョン。

     20200301東金日吉神社18

今月は見開きの御朱印も頒布予定ですが
3月28日に境内で開催されるマルシェに合わせて
頒布される予定らしい。



2020/04/14 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

月詣.........富里香取神社 (2020年3月1日)(千葉県富里市) 

3月1日

毎月、月詣に出かけている富里香取神社。

今月は、月初の1日が公休日と言うこともあり
日曜日ですが、参拝に出かけました。

     20200301冨里香取神社01


いつもの看板の前で定点撮影。

     20200301冨里香取神社02



手水舎に貼り紙。

     20200301冨里香取神社03

ここにもコロナウイルスの影響が.............。

手を清める筈の水が、衛生面で使えないって
悲しいですね。



狛犬と拝殿。

     20200301冨里香取神社04


     20200301冨里香取神社05



そして拝殿。

     20200301冨里香取神社06


     20200301冨里香取神社07



びいすけ も参拝。

     20200301冨里香取神社08


毎月1日、15日は、西瓜の絵柄の特別御朱印が頒布されるし
この日は日曜日。いつもはほとんど参拝者を見かけないけれど
この日は、何人かの参拝者を見かけました。


こちらが、月替わりの御朱印。

     20200301冨里香取神社09

1日限定の西瓜の絵柄の御朱印は
欲しかった西瓜の皮の御朱印じゃなかったから
次回に期待します。






2020/04/14 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今宵の びいすけ   (2020年2月24日) 

2月24日

成田市〜香取市へと出かけたこの日。

午後3時過ぎに自宅へ戻り、テレビを見たりして
まったりモードに突入した17時過ぎ。

ソファーの上では、 びいすけ が高鼾。

     20200224びいすけ01


iPhoneのシャッター音で一瞬目を開けましたが
この日は、昼寝をしていない びいすけ 。

     20200224びいすけ02



やがて、体を動かし位置を変え
ベストなポジションを見つけると
体を丸めて、再び高鼾モードに入ります。

     20200224びいすけ03


気持ち良さそうに眠りの底に着きました。

     20200224びいすけ04


何て言うんだろうか?
まぁ親バカと言うのが一番的を得ているけれど...............

     20200224びいすけ05

やっぱり、寝顔が可愛い。



『起こさないように!』と思ってはいるんだけど
ついつい、何度もシャッターを押して...............

     20200224びいすけ06

その音で目を開けてしまいます。


ごめん! ごめん!
いっぱい寝て良いからね。




2020/04/13 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

道の駅 水の郷さわら (2020年2月24日)(千葉県香取市) 

2月24日

この日は、成田市から香取市へと出かけました。
香取神宮をあとにして、向かった先は..............道の駅 水の郷さわら 。


香取市から銚子市へと利根川沿いに下っていく県道、通称『利根水郷ライン』。
何度もこの道を車で走り、何度もこの道の駅の前を通っていますが
この道の駅に立ち寄るのは初めてになります。

     20200224道の駅さわら01



     20200224道の駅さわら02



舟運で栄えた商都・交易都市である佐原。
その佐原の利根川入江にある道の駅が『水の郷さわら』です。
地域特産品の直売や河川を利用した各種レクリエーション、
また防災教育や観光情報など、「水」と「人」とのふれあいの場を提供すると共に、
様々な情報を発信する総合施設として展開する道の駅です。

     20200224道の駅さわら03


     20200224道の駅さわら04



普通車152台の駐車場。

     20200224道の駅さわら05



祝日と言う事もあって、駐車場に入ってくる車は多い。

     20200224道の駅さわら06



施設入口に置かれた道の駅のスタンプ。

     20200224道の駅さわら07



こちらは、フードコート。

     20200224道の駅さわら08



地場特産品販売所。

     20200224道の駅さわら09

やっぱり、道の駅は地元の特産品が必須アイテム。



佐原(香取市)と言う地理的な背景で農産物が多く売られている。

     20200224道の駅さわら10


     20200224道の駅さわら11


     20200224道の駅さわら13


     20200224道の駅さわら14


惣菜類も豊富。

     20200224道の駅さわら16



生産者の顔写真も貼られています。

     20200224道の駅さわら15



こちらは、地域物産館。

     20200224道の駅さわら17



いわゆる、千葉県や香取市周辺のお土産品が売られています。

     20200224道の駅さわら18



地酒。

     20200224道の駅さわら19



銘菓。

     20200224道の駅さわら20



そして、チーバくんのぬいぐるみ。

     20200224道の駅さわら21

     20200224道の駅さわら22



地域物産館のある建物は『川の駅 水の郷さわら』と呼ばれているようで
防災関連の教育展示が行われています。

この時期は、『さわらの雛めぐり』の時期はだから
こちらにもひな人形が飾られています。

     20200224道の駅さわら23


     20200224道の駅さわら24



なぜか、藁で作られた大きな鯉のオブジェも飾られていました。

     20200224道の駅さわら25



駐車場の一画を利用して、フリーマーケットが開催されていました。

     20200224道の駅さわら26


     20200224道の駅さわら27



ベンチもあって、売店やフードコートでテイクアウトして
こちらで、楽しむ人も居るようです。

     20200224道の駅さわら28



こんな舟が飾られていたり...............

     20200224道の駅さわら29


ちょっとした散策路があり、川辺に近寄る事も出来ます。

     20200224道の駅さわら30


     20200224道の駅さわら33


     20200224道の駅さわら34


     20200224道の駅さわら35



また、ちょっとした芝生広場もあり.............

     20200224道の駅さわら31


びいすけ は例のごとく、芝生に転がって
『ウゲッ! ウゲッ!』っと奇声を発します。

     20200224道の駅さわら32


こちらが道の駅の切符。

     20200224道の駅さわら36


     20200224道の駅さわら37


そして、道の駅のスタンプ。

     20200224道の駅さわら38


人気のある道の駅と聞いていましたが、
初めて訪れてその理由が分かった気がします。

佐原に行った時は、迷わず立ち寄るのが正解ですね。




2020/04/13 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪  香取神宮  (2020年2月24日)(千葉県香取市) 

2月24日

この日は、成田市に出かけました。
成田に出掛けたついでに、香取市に足を伸ばしてみました。

向かった先は.................香取神宮。


香取神宮に来たのは、これで2回目。
( 以前の参拝記は  こちら )

その時は、まだ香取神宮の奥宮は御朱印対応をされていなかったですが
最近(と言っても半年ほど前)になって、
土日祝日ならば奥宮も御朱印対応をしていると知り、
この日は、天皇誕生日の振替休日。
祝日です。
時代も令和になった事だから、改めて参拝にやって来ました。



こちらは、社号標。

     20200224香取神社01



神社社頭。

     20200224香取神社02

香取神宮の境内へは犬連れ禁止だから
びいすけ はここまで。
車の中で、お留守番、お願いします。



改めて、一の鳥居。

     20200224香取神社03



境内案内図。

     20200224香取神社04



参道を進めば、二の鳥居。

     20200224香取神社05


     20200224香取神社06



二の鳥居に掲げられた神額。

     20200224香取神社07




二の鳥居の先は、総門。

     20200224香取神社08



そして総門の先には、手水舎。

     20200224香取神社09



その脇には由緒書き。

     20200224香取神社10



こちらは、楼門。

     20200224香取神社11



さすが、祝日。
拝殿前には参拝客の列が出来ています。

     20200224香取神社12



参拝者の列の末尾に並びます。

     20200224香取神社13


     20200224香取神社14



拝殿正面。

     20200224香取神社15


     20200224香取神社16



参拝を済ませ、御朱印を拝受します。

     20200224香取神社17



香取神宮の本宮の御朱印いただきました。

     20200224香取神社18



こちらが、奥宮。

     20200224香取神社19



手水鉢。

     20200224香取神社20



そして、奥宮。

     20200224香取神社21



奥宮の授与所。

     20200224香取神社22



以前は無かったのですがこの建物が出来て、
御朱印もこちらで頒布されるようになったそうです。
当初は、土日祝日限定でしたが、現在は偏実も頒布されているそうです。

     20200224香取神社23



考えたら、こちらは一応香取神宮雨の敷地内ではあるけれど
境内では無い!

そんな解釈で、びいすけ も社号標まではOKでしょう。

     20200224香取神社24



びいすけ は、こちらで参拝。

     20200224香取神社25



無事、奥宮の御朱印も拝受できました。

     20200224香取神社26



こちらが、今回拝受した御朱印。


香取神宮(本宮)

     20200224香取神社27



奥宮。

     20200224香取神社28


今回は敢えて拝受しませんでしたが、このほかに『要石』の御朱印が在りました。
時代も令和になり、相場が決まってきたのか?
ついに香取神宮も御朱印の初穂料が500円になりました。
最近のパターンとして、御朱印の種類を増やすのを機に
初穂料を上げると言う事が多い。
由緒ある古社、諸国の一之宮には
そんな風にはなって欲しくないなぁ..................




2020/04/12 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............医王寺    (2020年2月24日)(千葉県成田市) 

2月24日

この日は成田市に出かけました。


毎年、2月24日に例祭が催される成田市宝田の宝田愛宕神社に訪れたのですが
神社には駐車場が無いため、公民館前の路上の臨時駐車場に車を停め
その宝田愛宕神社へ向かう途中、大型の観光バスが停まっていた。

     20200224医王寺01

どうやら、神社ではなく、その手前の寺院に
貸し切りバスに乗って参拝者が訪れたようです。



当初の目的は宝田愛宕神社。
宝田愛宕神社の参拝をすませ、
駐車場に戻る道すがら、その寺院に立ち寄ることにしました。


寺院前に、七福神の乗った木製の船が置かれている。
ここは七福神で有名なお寺なのか?

     20200224医王寺02



こちらが山門。

     20200224医王寺03



山門の表札。

     20200224医王寺04


『元愛宕大権現 別当 天台宗 光照山 医王寺』と記されています。


調べてみると...........

医王寺はもと天台宗修験山田三郎兵衛が開基した行屋で般若院と称していたが、
寛永三年(1626年)延命寺にいた覚伝が住職となったときに寺に取り立てられ、
光照山般若院医王寺と号し、円融寺の末寺に加わった。

と、ネットでは出てきましたが、
これ以上詳しいことは分かりません。

しかしながら、江戸時代以前の神仏習合の時代に宝田愛宕神社は愛宕権現と称し
その別当寺が医王寺であったようです。

なるほど、別当寺であれば、火伏せの祭礼のこの日に
医王寺でも、こんな幟が立つのが分かります。

     20200224医王寺07


本堂正面。

     20200224医王寺05


別アングルから。

     20200224医王寺06



こちらは、地蔵堂。

     20200224医王寺08



境内の石仏。

     20200224医王寺14


     20200224医王寺13



板碑。

     20200224医王寺12



書置きですが、御朱印も頂けました。

     20200224医王寺09


     20200224医王寺10


     20200224医王寺11



こちらが、その御朱印。

     20200224医王寺15


偶然、知り得た医王寺。
宝田愛宕神社も参拝したし
その別当寺だった医王寺にもこうしてお詣り出来た。

しばらくは、火災の難が無いことを期待しよう。




2020/04/12 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............宝田愛宕神社     (2020年2月24日)(千葉県成田市) 

2月24日   

この日は成田市に出かけました。
と言うのも、昨年の10月に訪れた成田市の埴生神社で
毎年2月24日に成田市の宝田愛宕神社で祭礼があり
その日に限り、御朱印を頒布されているという話を聞きました。

ならば、いかなくては!と、この日に公休を取り
訪れたのは................宝田愛宕神社。


宝田愛宕神社は、成田市宝田に鎮座する神社です。


元亀元年(1570年)山城国愛宕神社を奉還し創建したとされ、
社殿が建立されたのは、文禄三年(1594年)との事です。

火伏せの神様として昔から信仰を集め、

第二次世界大戦の空襲による火災が
この神社のお札が貼ってある家の前で鎮火したとの言い伝えがあり、
この神社の祭礼には遠くからも参詣客が訪れるという事です。

また、この地区では祭礼の日(2月24日)は、
一日中『お酒を飲まない、おさけを出さない』という風習があります。
江戸時代初期、隣村の押畑村と土地を巡って争論のあったとき、
愛宕神社に酒断ちをして祈願したことから、この風習が生まれたとされています。


御祭神は、火結神(ホムスビノカミ)。



神社には駐車場は無いので、公民館前の路上の
臨時の仮設駐車場に車を停め、徒歩で神社へと向かいます。

神社の近くには、この日のための幟が立てられている。

     20200224宝田愛宕神社01



この道の奥の台地頂部に愛宕神社は鎮座しています。

     20200224宝田愛宕神社02



お祭りの屋台も数軒、軒を連ねている。

     20200224宝田愛宕神社03



台地へと上っていく参道の途中に建つ石碑。

     20200224宝田愛宕神社04

「戰役記念碑」です。


こちらは手水舎。

     20200224宝田愛宕神社05

既に幾人かの参拝者が訪れています。



鳥居の先には石段。
そして、その石段を上がった先に社殿が鎮座しています。

     20200224宝田愛宕神社06



こちらが拝殿。

     20200224宝田愛宕神社07



拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200224宝田愛宕神社08



別アングルからの拝殿。

     20200224宝田愛宕神社10


     20200224宝田愛宕神社11



拝殿正面に飾られた提灯。

     20200224宝田愛宕神社14




御祈祷を依頼される方も多く、氏子さんも対応に追われている。

     20200224宝田愛宕神社12


     20200224宝田愛宕神社13


     20200224宝田愛宕神社09



台地頂部の境内はそんなに広くは無い。
御祈祷に来られる方も多く、犬連れではそんなに長居は出来ない。

     20200224宝田愛宕神社15



びいすけ も邪魔にならないように参拝。

     20200224宝田愛宕神社16



普段は無人の神社。
この日は本務社の埴生神社から宮司さんも来られ
授与所にも氏子さんが集まって対応されています。

     20200224宝田愛宕神社17

御朱印は、こちらで頒布されています。



いただいた御朱印で記念写真。

     20200224宝田愛宕神社18


     20200224宝田愛宕神社19



邪魔になっても申し訳ないので、
台地頂部の境内から一旦離れましょう。



麓の民家の庭先には、梅の花が満開。

     20200224宝田愛宕神社20

春ですねぇ〜。






こちらが、宝田愛宕神社の御朱印。
書体の違いの2種類の中から選べますが
折角だから、両方を頂く事にしました。

     20200224宝田愛宕神社21


     20200224宝田愛宕神社22

年に一度きり頒布される貴重な御朱印。
無事、授与する事が出来ました。


2020/04/11 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩..................御朱印巡り   《代々木八幡宮》(2020年2月21日)(東京都渋谷区) 

2月21日

この日は、都内で健康診断(再検査)。
終わった後は、御朱印巡りの都内散歩。

信濃町駅からスタートした御朱印散歩。
東郷神社をあとにして、向かった先は.........代々木八幡宮。。


代々木八幡宮は、渋谷区代々木に鎮座する神社です。


建暦2年(1212年)の創建とされ、
鎌倉幕府の二代将軍・源頼家が修善寺で暗殺されたことを悼み、
家来の一人であった荒井外記智明が出家し、
名を宗祐と改めて菩提を弔っていたところ、
ある夜、霊夢の中でご神鏡を授かったことから、「鶴岡八幡宮」を勧請し、
代々木の地に祠を建てたのが神社の始まりとされています。


境内からは縄文時代の住居跡などが発見され、
「代々木八幡遺跡」として渋谷区の史跡に指定されたため、
境内には竪穴式住居を復元したものが置かれています。
また、近年では境内社の「出世稲荷」が、
パワースポットの地として注目を集めています。


御祭神は、応神天皇。
相殿神として、天照大神・白山媛之命が祀られています。




こちらが社号標。

     20200221代々木八幡宮01



神社社頭。

     20200221代々木八幡宮02



神社社頭の狛犬。

     20200221代々木八幡宮03


     20200221代々木八幡宮04



一の鳥居。

     20200221代々木八幡宮06


  

ニノ鳥居。

     20200221代々木八幡宮07



参道の記念碑。

     20200221代々木八幡宮08



参道。

     20200221代々木八幡宮09
     20200221代々木八幡宮10



参道の狛犬。

     20200221代々木八幡宮11


     20200221代々木八幡宮12



由緒書き。

     20200221代々木八幡宮13



手水舎。

     20200221代々木八幡宮14



こちらが拝殿。

     20200221代々木八幡宮15



拝殿正面。

     20200221代々木八幡宮16


     20200221代々木八幡宮18



拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200221代々木八幡宮17


別アングルからの拝殿。

     20200221代々木八幡宮19


     20200221代々木八幡宮20



そして、こちらが本殿。

     20200221代々木八幡宮21



拝殿前の狛犬。

     20200221代々木八幡宮22


     20200221代々木八幡宮23



拝殿前の天水桶。

     20200221代々木八幡宮24



境内社

     20200221代々木八幡宮25



左が三社殿、右が出世稲荷社。

     20200221代々木八幡宮26


三社殿。(稲荷社、天神社、榛名社)

     20200221代々木八幡宮27

本殿に合祀された神明社・白山社と共に、合わせて五社と称されるらしい。



小さな祠も健在。

     20200221代々木八幡宮28




こちらは、拝殿左手に通じる参道口。

     20200221代々木八幡宮29



境内案内図。

     20200221代々木八幡宮30



神楽殿。

     20200221代々木八幡宮31



神輿庫。

     20200221代々木八幡宮32


     20200221代々木八幡宮33



拝殿脇の創建八百年の記念碑。

     20200221代々木八幡宮34



表参道の記念碑。

     20200221代々木八幡宮35



昭和25年(1950年)に境内の発掘調査が行われ、
縄文時代の遺跡が発見されました。

     20200221代々木八幡宮05


     20200221代々木八幡宮36



「代々木八幡遺跡」として渋谷区の史跡に指定されました。

     20200221代々木八幡宮37



縄文時代の住居跡などが発見されたため、境内に復元されました。

     20200221代々木八幡宮38



境内の御神木。

     20200221代々木八幡宮39
     20200221代々木八幡宮40



こちらが、授与所。

     20200221代々木八幡宮41




御朱印は、こちらで頒布されています。

     20200221代々木八幡宮42



そして、その御朱印。

     20200221代々木八幡宮43


鎌倉時代に創建された由緒ある神社。
パワースポットであり、遺跡でも神社。
いろいろな顔を持った趣のある神社のようですね。




2020/04/11 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩..................御朱印巡り   《東郷神社》(2020年2月21日)(東京都渋谷区) 

2月21日

この日は、都内で健康診断(再検査)。
終わった後は、御朱印巡りの都内散歩。

信濃町駅からスタートした御朱印散歩。
鳩森八幡神社をあとにして、向かった先は.........東郷神社。



東郷神社は、渋谷区神宮前に鎮座する神社です。

明治時代の日本海軍の指揮官として日清及び日露戦争の勝利に大きく貢献し、
日本の国際的地位を引き上げた一人でもある東郷平八郎元帥を祀る神社です。

昭和9年(1934年)5月30日に東郷平八郎が亡くなると、
全国から海軍省に東郷を顕彰する神社の創建の要望と献金が相次ぎました。
当時の海軍大臣大角岑生が財団法人東郷元帥記念会を設立し、
寄せられた献金によって神社の創建が計画されました。

昭和12年(1937年)9月に地鎮祭、
昭和15年(1940年)5月27日(海軍記念日)に御鎮座祭が行なわれ、
東郷神社は創建いたしました。


御祭神は、東郷平八郎命。


こちらが、社号標。

     20200221東郷神社01


2020年2月21日現在、社頭は工事中。

     20200221東郷神社02



どうやら、鳥居を新しくするようです。

     20200221東郷神社03



表参道。

     20200221東郷神社04



愛犬家には、あまり見たくない看板。

     20200221東郷神社05



表参道を進むと右側に90°反転。
目の前には神門がお出迎え。

     20200221東郷神社06



神門手前左側には手水舎。

     20200221東郷神社07



こちらは、由緒書き。

     20200221東郷神社08



神門の先には拝殿。

     20200221東郷神社09



こちらが拝殿。

     20200221東郷神社10



拝殿正面。

     20200221東郷神社11



別アングルからの拝殿。


     20200221東郷神社14


     20200221東郷神社15




そして、こちらが本殿。

     20200221東郷神社24


拝殿前の狛犬。

     20200221東郷神社12


     20200221東郷神社13



こちらは、西参道口。

     20200221東郷神社16



西参道の御神木。

     20200221東郷神社22
     20200221東郷神社23



こちらは、竹下通り側の参道口。

     20200221東郷神社17



鳥居に掲げられた神額。

     20200221東郷神社18



西参道や竹下通り側の参道からは、この石段を上がれば拝殿となる。

     20200221東郷神社19


     20200221東郷神社20



石段の幟。

     20200221東郷神社21



境内霊社・海の宮。

     20200221東郷神社25


     20200221東郷神社26



東郷蔵。

     20200221東郷神社27


     20200221東郷神社28



西参道の海軍特年兵の碑。

     20200221東郷神社29

海軍史上最年少、14歳の海軍兵士の殉国碑となっている。



こちらは、海軍経理学校の正門敷石。

     20200221東郷神社30



御朱印は、拝殿脇の授与所にて頒布されています。

     20200221東郷神社31



こちらが東郷神社の御朱印。

     20200221東郷神社32


シンプルな御朱印ですが、達筆で味のある御朱印です。



2020/04/10 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩..................御朱印巡り   《鳩森八幡神社》(2020年2月21日)(東京都渋谷区) 

2月21日

この日は、都内で健康診断(再検査)。
終わった後は、御朱印巡りの都内散歩。

信濃町駅からスタートした御朱印散歩。
須賀神社をあとにして、次なる目的地を目指します。

信濃町から千駄ヶ谷、黄色い電車で一駅区間。
歩いてもそんなに苦でもないし、
歩いて行くから、都内散歩。


工事中の国立競技場の脇を通ります。

     20200221鳩森八幡神社01



かなり出来上がってきましたね。

     20200221鳩森八幡神社02



そんな訳で、国立競技場の脇を通りながら
向かった先は...............鳩森八幡神社。



鳩森八幡神社は、渋谷区千駄ヶ谷に鎮座する神社です。

社伝によると、貞観二年(860年)慈覚大師(円仁)が関東を巡錫した際に当地を訪れました。
慈覚大師へ村民たちが御神体を請い求めたため、神功皇后・応神天皇・春日明神の神像を奉安し、
「正八幡宮」として祀ったと云うのが創建とされています。

武運の神である八幡神をご祭神とする神社で、正式名は八幡神社ですが
創建以前より「鳩森(はとのもり)」と名付けられた祠があったことから
「鳩森八幡神社」と呼ばれています。

江戸時代になると、江戸では富士講と呼ばれる、富士信仰(浅間信仰)が流行し、
寛政元年(1789年)、境内に富士塚が築造とされます。
この富士塚は、江戸市中の著名な富士塚である「江戸八富士」の一つにも挙げられたそうです。


御祭神は、応神天皇・神功皇后。



こちらが、表参道の社号標。

     20200221鳩森八幡神社03



神社社頭。

     20200221鳩森八幡神社04



鳥居に掲げられた神額。

     20200221鳩森八幡神社05



参道。

     20200221鳩森八幡神社06



境内案内図。

     20200221鳩森八幡神社07



参道の狛犬。

     20200221鳩森八幡神社08


     20200221鳩森八幡神社09



手水舎。

     20200221鳩森八幡神社10



こちらが、拝殿。

     20200221鳩森八幡神社11



拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200221鳩森八幡神社12



拝殿正面。

     20200221鳩森八幡神社13



別アングルからの拝殿。

     20200221鳩森八幡神社14



そして、こちらが本殿。

     20200221鳩森八幡神社15



拝殿前の天水桶。

     20200221鳩森八幡神社16




こちらが、富士塚の鳥居。

     20200221鳩森八幡神社17

都内最古の富士塚で、通称『千駄ヶ谷富士』と呼ばれているらしい。



その富士塚を登って行きましょう。

     20200221鳩森八幡神社18



幾つかの社が登山道に鎮座している。
その一つ、里宮の浅間神社。

     20200221鳩森八幡神社19


     20200221鳩森八幡神社20



富士塚頂部の祠。

     20200221鳩森八幡神社21



富士塚頂部からの眺め。

     20200221鳩森八幡神社22


     20200221鳩森八幡神社23



こちらは境内社の甲賀稲荷社。

     20200221鳩森八幡神社24


     20200221鳩森八幡神社25


     20200221鳩森八幡神社26




境内社の神明社。

     20200221鳩森八幡神社27



境内の一画には将棋堂。

     20200221鳩森八幡神社28


     20200221鳩森八幡神社29

鳩森八幡神社に隣接するように将棋会館があるため、
この将棋堂が建てられました。



こちらが、北参道口。

     20200221鳩森八幡神社30


北参道の狛犬。

     20200221鳩森八幡神社31


     20200221鳩森八幡神社32



神楽殿。

     20200221鳩森八幡神社33



御輿庫。

     20200221鳩森八幡神社34



境内には慰霊碑も建つ。

     20200221鳩森八幡神社35



今年は暖冬。
例年より早く、境内の河津桜は咲き誇る。

     20200221鳩森八幡神社36


     20200221鳩森八幡神社37



御神木。

     20200221鳩森八幡神社38
     20200221鳩森八幡神社39



こちらが、授与所。

     20200221鳩森八幡神社40

御朱印は、こちらで拝受出来ます。
番号札を貰って、御朱印待ち。


鳩森八幡宮の御朱印。

     20200221鳩森八幡神社41



そして、境内社になる浅間神社の御朱印。

     20200221鳩森八幡神社42


都内で富士塚のある神社は幾つかあるけれど
御朱印を頒布している神社は少ない。
かつ、山開きの時期に頒布される神社が多いから
ある意味、通年拝受できるのは嬉しい事です。



2020/04/10 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩..................御朱印巡り   《須賀神社》(2020年2月21日)(東京都新宿区) 

2月21日

この日は、都内で健康診断(再検査)。
終わった後は、御朱印巡りの都内散歩。

信濃町駅からスタートした御朱印散歩。
陽運寺をあとにして、向かった先は.........須賀神社。

須賀神社は、新宿区須賀町に鎮座する神社です。

須賀神社は江戸初期より四谷の地に鎮座する、四谷十八ヵ町の鎮守様です。

現在は須賀神社と称していますが、元々は稲荷神社でした。
寛永11年(1634年)、赤坂一ツ木村の鎮守稲荷神社を、
江戸城外堀普請のため現在地を替地として拝領し、遷されたと伝えられます。

その後、神田明神境内に鎮座していた日本橋伝馬町の守護神・牛頭天王社を
稲荷神社と合祀して稲荷天王合社、四谷天王社と称されるようになりますが、
明治の神仏分離令により社号を須賀神社に改称しました。

御祭神は、須佐之男命・宇迦能御魂命




こちらが、社号標。

     20200221須賀神社01



神社社頭。

     20200221須賀神社02


  
鳥居に掲げられた神額。

     20200221須賀神社03



鳥居脇の由緒書き。

     20200221須賀神社04



参道の狛犬。

     20200221須賀神社05


     20200221須賀神社06



手水舎。

     20200221須賀神社07



定番の龍の吐出口。

     20200221須賀神社08



こちらが、拝殿。

     20200221須賀神社09



拝殿正面。

     20200221須賀神社10


     20200221須賀神社15




拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200221須賀神社11



拝殿正面に飾られた提灯。

     20200221須賀神社12



別アングルからの拝殿。

     20200221須賀神社13


     20200221須賀神社14



そして、こちらが本殿。

     20200221須賀神社16



こちらは、相殿になるのか?
大国社。

     20200221須賀神社17



境内社の天白稲荷神社。

     20200221須賀神社20



同じく、境内社の祖霊社。

     20200221須賀神社21



こちらは、慰霊碑

     20200221須賀神社18



その碑の横には、須賀神社の旧・総代の銅像。

     20200221須賀神社27

(須賀神社の戦災の復興に尽力をされた方らしい。)



本殿左手。
位置的には南になるから、南参道口?の鳥居。

     20200221須賀神社19



神楽殿。

     20200221須賀神社22



御輿庫?

     20200221須賀神社23



須賀神社の「三十六歌仙絵」の説明板。

     20200221須賀神社24



レプリカの「三十六歌仙絵」。

     20200221須賀神社25



火消し「く組」の梯子塚。

     20200221須賀神社26





こちらが、須賀神社の御朱印。

     20200221須賀神社28

ちょうどお昼に時間で宮司さんも不在。
女性の神職さん(巫女さん? 禰宜さん?)が居らしたから
書置きの御朱印をいただく事ができました。



2020/04/09 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩..................御朱印巡り       《於岩稲荷 長照山 陽運寺》 (2020年2月21日)(東京都新宿区) 

2月21日

この日は、健康診断(再検査)。
都内に出たので、その帰りに御朱印巡りの都内散歩。


於岩稲荷田宮神社をあとにして、信濃町駅方面に足を進めたら
こんな幟を目にした。

     20200221陽運寺06

『於岩稲荷霊神』とある。
於岩稲荷田宮神社とは違うのか?



どう見ても寺院のような雰囲気。
山門前にはこんな寺号標。

     20200221陽運寺01

四谷怪談 お岩さま縁の寺 長照山 陽運寺 とある。



陽運寺は、江戸時代に「東海道四谷怪談」が世に広まり、
お岩様が庶民の畏敬を集めました。
この地にあったお岩様の霊堂が戦災にあったため
栃木県沼和田から薬師堂を移築再建し、開山されました。

境内にある秦山木の下にお岩様縁の祠があったと伝えられ、
陽運寺の起源とされています
薬師堂は250年以上の歴史ある建物で、堂内にはお岩様の立像が奉祀され、
厄除け、ご縁事、芸能事に霊験があると多くの参拝者の信仰を集めています。




こちらが山門。

     20200221陽運寺02



山門に掲げられた扁額。

     20200221陽運寺03


山門には於磐城稲荷の提灯も飾られています。

     20200221陽運寺04



こちらの陽運寺、縁切り寺としても有名ですか
お岩さんを祀っている関係からか縁結びの寺院としても知れ渡っているらしい。

     20200221陽運寺05



山門の先、参道のキツネ。

     20200221陽運寺07


     20200221陽運寺08

稲荷神社の場合、神使いのキツネと称しますが
寺院の場合はどういう扱いなのか?
この辺りの神仏習合は難しい、



手水舎。

     20200221陽運寺09



こちらが本堂。

     20200221陽運寺10



本堂正面。

     20200221陽運寺11


     20200221陽運寺12



赤い提灯が一際目立ちます。

     20200221陽運寺13



本堂前の狛犬。

     20200221陽運寺14


     20200221陽運寺15



境内の祠。
この場合も境内社と言って良いのだろうか?

     20200221陽運寺16


     20200221陽運寺17



お岩様 縁の井戸。

     20200221陽運寺18



水掛け福寿菩薩。

     20200221陽運寺19



お岩稲荷霊堂再建記念碑。

     20200221陽運寺20



百度石。

     20200221陽運寺21



こちらが授与所。

     20200221陽運寺22


拝受した御朱印がこちら。

     20200221陽運寺23


こちらも書置き版ですが、こちら以外にも
月替わりの御朱印も頒布されているようです。



2020/04/09 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩..................於岩稲荷田宮神社   (2020年2月21日)(東京都新宿区) 

2月21日 

この日は公休日でしたが、都内に行かなくてはならなくなりました。

1月に受診した職場の健康診断に
バリウム検査で引っかかってしまいました。

バリウム検査の結果、胃に影があるという事で
胃の内視鏡検査を行うことになりました。
(って言うか、この日の9時に勝手に予約されていました。)

前日夜、21:00から水以外の飲食を禁止されて
空腹を我慢しながら、朝9:00前に御茶ノ水駅に着きました。

     20200221健康診断01


指定された健保の医療施設へと向かいます。

     20200221健康診断02


     20200221健康診断03



受付を済ませ、しばらく待った後
内視鏡検査を行いました。

     20200221健康診断04


     20200221健康診断05



結果は、問題無し。

但し、慢性的な胃炎と十二指腸に炎症が見受けられると言われました。
それって、問題じゃないの?(笑)

おかげさまで、来年度以降の健康診断は、
胃の内視鏡検査がセットと言うことになってしまいました。



無事、内視鏡検査もおえ、お茶の水駅に戻ります。


さて...............、
このまままっすぐ家に帰るのも能がない。
せっかく都内まで来たのだから、ちょっとだけ都内を散策、
散歩と洒落込みましょう。

という事で、黄色い電車にのりこみ、信濃町駅で電車を降りて
向かった先は...........於岩稲荷田宮神社。


於岩稲荷田宮神社は、新宿区左門町に鎮座する神社です。


この地には、幕府の御先手組同心・田宮家の武家屋敷があり、
元々は、田宮家の邸内社として奉斎されていました。

田宮家初代・又左衛門の娘・お岩は、この社を篤く信仰しており、
薄給であった夫を支え、商家に奉公に出るなどして
家勢を再興したと言われています。

お岩は、寛永13年(1636年)に逝去しましたが、
近隣の人々は田宮家復興が邸内社の御利益にあるとして
「お岩稲荷」と呼び信仰する者が多かったという事です。
その評判は高まり、田宮家内でも邸内社の傍らに祠を設け
『お岩稲荷』と称して崇敬しましたが、参詣を望む者が後を絶たず、
一般町人にも参拝を許したとされています。

文政8年(1825年)、歌舞伎狂言「東海道四谷怪談」が江戸中村座で初上演され
さらに多くの参詣者を集めたとされ、明治3年頃「於岩稲荷田宮神社」と改称されました。
明治12年の火災により社殿が焼失し、「芝居小屋の近くに移転してほしい」という要望もあり、
土地の寄進を受け遷座しました。(これが中央区新川の於岩稲荷田宮神社です。)

遷座した跡地に、昭和27年に再建され現在に至っているそうです。


御祭神は、豊受比賣大神(とようけひめのおおかみ)
     田宮於岩命(たみやおいわのみこと)

 


東京都の史跡である於岩稲荷田宮神社。  

     20200221於岩稲荷田宮神社01



神社社頭。

     20200221於岩稲荷田宮神社02



鳥居に掲げられた神額。

     20200221於岩稲荷田宮神社03



由緒書きかと思ったら、東京都教育委員会の設置した
田宮稲荷神社跡の説明板でした。

     20200221於岩稲荷田宮神社04



こちらが由緒書き。

     20200221於岩稲荷田宮神社05



手水舎。

     20200221於岩稲荷田宮神社06



定番の龍の吐出口。

     20200221於岩稲荷田宮神社07



拝殿正面。

     20200221於岩稲荷田宮神社08



拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200221於岩稲荷田宮神社09



別アングルからの拝殿。

     20200221於岩稲荷田宮神社10



拝殿前の神使いのキツネ。

     20200221於岩稲荷田宮神社11


     20200221於岩稲荷田宮神社12



境内社。

     20200221於岩稲荷田宮神社13


     20200221於岩稲荷田宮神社14


こちらが社務所ですが、どうやら閉まっています。
平素は無人の神社なのでしょうか?

     20200221於岩稲荷田宮神社15



社殿にはこんな張り紙が貼られていました。

     20200221於岩稲荷田宮神社16

書き手が居ないと言うことは、
もう御朱印の対応はしないんでしょうか?

新たな書き手が現れることを期待いたします。




 
2020/04/08 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉・城下町ひなめぐり   (2020年2月18日) 

2月18日

千葉市内に色々と出かけたこの日。


15時過ぎに自宅へ戻り、夕刻に散歩へと出かけました。

     20200218佐倉ひな祭り01



休日の夕刻に散歩だから、普段より足を伸ばしてみるか.......?

     20200218佐倉ひな祭り02



いつもとちょっとだけコースを変えて進みます。

     20200218佐倉ひな祭り03



そういえば、2月も中旬。
佐倉市でも規模は小さくなるけれど
ひなまつり(雛めぐり)が行われているはず。
城下町商店街へと足を運びます。


商店街といっても、今ではお店も少なくて
シャッター通り商店街。

     20200218佐倉ひな祭り04



年々、営業している店舗が少なくなってきている。

     20200218佐倉ひな祭り05



でも、その商店街の活性化。
今年で11年目になる『佐倉・城下町ひなめぐり』が
今年も開催されています。


勝浦や真壁のような規模ではありませんが
一応、地元だし...............

びいすけ と雛人形のコラボといきましょう。

     20200218佐倉ひな祭り06


     20200218佐倉ひな祭り07


     20200218佐倉ひな祭り09


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     20200218佐倉ひな祭り15


     20200218佐倉ひな祭り16


     20200218佐倉ひな祭り17


     20200218佐倉ひな祭り18



こちらは、かつての「旧駿河屋」。

     20200218佐倉ひな祭り10

数年前まで、『佐倉一里塚』(NPO法人)の事務所のあった場所。
いわば、『佐倉のひなめぐり』の中心的な場所でした。
今は、そのNPO法人の本部も移転しちゃいました。


こちらが、そのNPO法人が移転した先の『旧・平井家住宅』。
こちらが、メイン会場とも言える。
数種類のひな人形が飾られています。

     20200218佐倉ひな祭り19


     20200218佐倉ひな祭り20


     20200218佐倉ひな祭り21


     20200218佐倉ひな祭り22


     20200218佐倉ひな祭り23


     20200218佐倉ひな祭り24


     20200218佐倉ひな祭り25




とにかく、店舗が少ない事が、
今一歩盛り上がりに欠けるのかも知れない。

     20200218佐倉ひな祭り26


     20200218佐倉ひな祭り27


     20200218佐倉ひな祭り28


     20200218佐倉ひな祭り29


     20200218佐倉ひな祭り30


     20200218佐倉ひな祭り31


     20200218佐倉ひな祭り32


毎年、町興しの一環で開催される『ひなまつり』を楽しみにしていて
勝浦、真壁、佐原の『ひなまつり』は、
私と びいすけ にとって欠かせない存在でしたが
真壁は近くまで行ったけど、雨で断念。
勝浦はコロナの影響で開催中止。
佐原も近くまで行ったけど.............


結果的には、佐倉だけになっちゃいました。
ひな人形を飾るのは、約30店舗と規模では負けちゃうけど
地元の『ひなまつり』もしっかりと応援したいモノです。



2020/04/08 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

懐かしのヒーロー   (2020年2月18日)(千葉県佐倉市) 

2月18日

千葉市内を色々と駆け巡ったこの日、佐倉市の自宅へと戻る途中、
以前から、何人かのブログで目にしていた
懐かしのヒーローに会いに行きました。



佐倉市大篠塚。
センターラインの無い片道1車線の細い道。

     20200218仮面ライダー01



この道路沿いにそのヒーローは居ました。

     20200218仮面ライダー02



びいすけ と一緒にパチリ☆。

     20200218仮面ライダー03


その名は、『仮面ライダーV3』。

     20200218仮面ライダー04

『仮面ライダーV3』は、1973年(昭和48年)2月17日から1974年(昭和49年)2月9日まで、
現在のテレビ朝日系列で放送された特撮テレビドラマ作品です。
全52話の作品で、仮面ライダー1号・2号の後を継ぐライダー3号・V3と、
ショッカーやゲルショッカーに続く第3の組織・デストロンの戦いを描いています。

リアルタイムで放送を見ていた世代だから、
間違いなく私たち世代のヒーロー。
今でも、番組始まりのテーマソングを口ずさむ事ができます。

『♪〜赤い、赤い。赤い仮面のV3。〜♪』と言った感じの歌でした。


今から約46年前のヒーロー。

     20200218仮面ライダー05

数年前の他の方のブログを見ると、色褪せていたけれど
近年、色を塗り直したようです。



しかしながら、右腕の先ぐ無くなっている。

     20200218仮面ライダー06

大丈夫か? V3。
大丈夫か? 風見志郎。

♪〜 敵は地獄のデストロン。
戦え、僕らの仮面ライダーV3。 〜♪

リフレインのように頭の中をよぎってきます...............






2020/04/07 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御城印を求めて   《亥鼻城》 (2020年2月18日)(千葉県千葉市中央区) 

2月18日

この日は、千葉市に出かけました。

最近、御城印なるものがにわかに脚光を浴びるようになってきました。
昨今の御朱印ブームにあやかり、町興しの一環で
御城印を頒布すると言う事も多いようです。

実は、千葉市中央区の亥鼻城址。
復興天守ではありませんが、小田原城を参考にして
昭和42年に模擬天守閣が建てられました。
その亥鼻城址の御城印が、この2月15日から頒布される事になりました。

地元(千葉県)だし、城好きだし、御朱印好きだし、
何と言っても千葉一族の城の御城印。
手に入れない訳にはいかないでしょ?

と言う事で、亥鼻城址にやって来ました。



こちらが亥鼻城。

     20200218亥鼻城01



立派な天守閣ですが復刻版。
いや、小田原城を参考にして建てられたから
厳密には復刻天守閣ではない。

     20200218亥鼻城02



千葉市立郷土博物館として建てられたもの。

     20200218亥鼻城03


     20200218亥鼻城22




その亥鼻城の御城印が2月15日から頒布される事になりました。

     20200218亥鼻城05



千葉市立郷土博物館の目の前にある『いのはな亭』で頒布されています。

     20200218亥鼻城04



『いのはな亭』にて亥鼻城の御城印を手に入れました。

     20200218亥鼻城06


     20200218亥鼻城07


千葉市立郷土博物館の建つ亥鼻城の主郭。

     20200218亥鼻城08



千葉常胤がお出迎え。

     20200218亥鼻城09



この千葉常胤の騎馬像は、千葉市市制80周年と政令指定都市移行10年を記念して
平成13年に建立されました。

     20200218亥鼻城10



亥鼻城址は、現在『亥鼻公園』と称した歴史公園となっています。

     20200218亥鼻城11



公園内には亥鼻城時代の土塁も残っています。

     20200218亥鼻城12



千葉開府800年記念碑

     20200218亥鼻城13


  
亥鼻城の守護神として鎮座していつ神明社。

     20200218亥鼻城15



その社号標。

     20200218亥鼻城14



手水鉢。

     20200218亥鼻城16

なぜか、破損したバラバラになった灯籠が手水鉢の中に入っている。



神明社。

     20200218亥鼻城17



境内の一角に『亥鼻城址碑』。

     20200218亥鼻城18


     20200218亥鼻城19



この辺りにも土塁の一部が残っている。

     20200218亥鼻城20



千葉開府850年記念碑。

     20200218亥鼻城21

昭和51年に建立されました。




こちらが、亥鼻城の御城印。

     20200218亥鼻城23


千葉氏の家紋の月星紋と九曜紋が泣かせますね。


2020/04/07 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

稲荷神社  (2020年2月18日)(千葉県千葉市中央区) 

2月18日


この日は、千葉市に出かけました。
 
今井神社をあとにして、本来の目的地へと向かう道中に、
古めかしい(?)神社を見かけ、Uターン。

立ち寄ったのは.........稲荷神社。

稲荷神社は、千葉市中央区稲荷町に鎮座する神社です。

おそらく、古くから稲荷神社が在るから
地番も稲荷町になったのでしょう。

創建年代は不詳ですが、日本武尊が東国征伐の際に
駒原神社として豊宇受大神を祀ったとされています。
また、史書によれば千葉常兼が大治元年(1126年)猪鼻に居館を構え、
当社(御達報の稲荷大明神)を、千葉氏の守護神として崇敬したとされています。
江戸時代には旗本深尾八太夫が当社を復興したとされています。

御祭神は、豊宇気比売命、久久能知命。



社号標。

     20200218稲荷神社01



神社社頭。

     20200218稲荷神社02



由緒書き。

     20200218稲荷神社03



鳥居脇の神使いのキツネ。

     20200218稲荷神社04


     20200218稲荷神社05



手水舎。

     20200218稲荷神社06



参道の狛犬。

     20200218稲荷神社07


     20200218稲荷神社08



拝殿。

     20200218稲荷神社09



拝殿正面。

     20200218稲荷神社10


     20200218稲荷神社11



別アングルからの拝殿。

     20200218稲荷神社12


     20200218稲荷神社13



そして、こちらが本殿。

     20200218稲荷神社14



拝殿前の天水桶。

     20200218稲荷神社18



拝殿前の神使いのキツネ。

     20200218稲荷神社16


     20200218稲荷神社17




びいすけ も参拝します。

     20200218稲荷神社15




境内社。

     20200218稲荷神社25


拝殿脇には、小さな祠も建ち並ぶ。

     20200218稲荷神社19



忠魂碑などの板碑。

     20200218稲荷神社20



甘藷澱粉製造記念碑。

     20200218稲荷神社21



枝打ちされたごしんぼく。

     20200218稲荷神社22


       20200218稲荷神社23
   20200218稲荷神社24


枝打ちされた御神木が数本立つ境内。
きっと以前は、鬱蒼とした境内だと思うけれど
今は陽も良くあたり、明るい境内になったんでしょう。


社務所は在るものの、閉ざされていて無人。
連絡先の宮司さん宅に電話しても不在。
御朱印の有無の確認は取れませんでした。



2020/04/06 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪  今井神社  (2020年2月18日)(千葉県千葉市中央区) 

2月18日

この日は、千葉市に予定があり出かけました。

千葉市のお隣に住んでいても、なかなか千葉市には足が向きません。
と言うのも2年前、千葉駅近くを車で走っていてトイレに行きたくなり、
たった3分路駐してコンビニのトイレに駆け込んで戻って来たら、
しっかり駐車違反のシールがフロントガラスに貼られていた事がありました。

以来、千葉駅近くの千葉市内は都会。
車で行くところでは無い。
そんな意識がしっかり根付きました。

そうは言っても、先日参拝した千葉市中央区の今井神社。
他の方のブログを拝見すると、
定期的に新しい御朱印を頒布しているようです。
せっかく、近く(? 同じ千葉市中央区なだけ)に行くのだから、
今井神社にも立ち寄りました。



社号標。

     20200218今井神社01



神社社頭。

     20200218今井神社02



手水舎。

     20200218今井神社03



ニノ鳥居。

     20200218今井神社04



こちらが拝殿。

     20200218今井神社05



拝殿正面。

     20200218今井神社08



拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200218今井神社07




びいすけ も参拝します。

     20200218今井神社06



そして、こちらが御朱印。

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書置きになりますが、凝ったデザインの御朱印。
こう言ったイラストの御朱印って好きだなぁ。



2020/04/06 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit