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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

佐倉の桜  (2020年3月27日) 

3月27日

この日は、公休日。


明日辺りから月末にかけて、天気が悪くなるような話だし
29日は、雪が降るとか降らないとか
そんな話題も天気予報は告げている。

新型コロナウイルス騒ぎで、今年の花見は自粛ムードが強い。
って言うか、都内の上野公園では、一部の区域を通行禁止にしているらしい。

佐倉市も、『桜に染まるまち 佐倉』と称したキャンペーンを行っているけれど
イマイチ盛り上がりに欠けると言うか、
代々的に『花見』とか『桜まつり』とするのは
やっぱり自粛ムードの流れに反するようです。

とは言え、佐倉の桜も徐々に見頃になって来ました。
自宅近くの桜も、見頃になって来ました。

     20200327桜01


     20200327桜02


     20200327桜03


     20200327桜04


まだ、一部のつぼみも、残っていて
7〜8分咲きと言った所でしょうか?

     20200327桜05


     20200327桜06


満開まで、もう少しですね。



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2020/04/30 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今宵の びいすけ   (2020年3月26日) 

3月26日

夜勤明けのこの日、お昼に帰って来たけれど
さすがに昨夜から仮眠無しの勤務はキツい。


結局、お昼過ぎに びいすけ の散歩に出かけ
熱いお風呂に入って、布団の中でバタンQ。

気が付いたら陽も暮れた19時過ぎ。


夕方、布団の中に入ってきた びいすけ は
いつしか布団から抜け出し、定位置のソファの上。

     320200326びいすけ01




大人しく、ソファーの上で寛いでいるみたい。
私が寝ていた数時間、何をしていたんだろう?

     320200326びいすけ02
 


ソファーの上で、ぼぉ〜っとしていたのだろうか?

     320200326びいすけ03



まぁ、いつも(?)とぼけた顔をしている びいすけ ですが...............

     320200326びいすけ04


     320200326びいすけ05


自宅にいる時は、寝ている事が多い びいすけ 。


テレビに夢中になって、小一時間ほったらかしていると
やっぱり、ソファーの上で眠りの態勢に入ります。

     320200326びいすけ06

体を丸めて、体勢は万全。


やがて、寝息が聞こえてきて...............

     320200326びいすけ07



いつしか、それが鼾に変わっていきます。

     320200326びいすけ08



屈託のない寝顔。

     320200326びいすけ09

どんな夢を見ているんだろう?
オヤツをいっぱい貰っている夢なんだろうか...............?




2020/04/30 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉の桜  (2020年3月26日) 

3月26日

夜勤明け。

前日の17時から、今朝の10時まで
17時間拘束の夜勤仕事を終え、
自宅の最寄り駅に帰って来ました。

仮眠もないから、さすがに眠い。

眠い目を擦りながら電車からホームに降り立つと
駅名の看板が目に入った...............

     20200326桜01

『 あれ?  おかしくない? 』

『京成佐倉』駅が 『京成桜』駅になっている。


駅舎の看板も『京成桜』になっている。

     20200326桜02



知らなかったのですが、3月20日から
我が町、佐倉市が観光キャンペーンを行なっているらしい。

     20200326桜.03

『桜に染まるまち 佐倉』と称したキャンペーン。
その一環で、この期間だけ駅名を『京成桜』と称しているようです。ら


暖冬だった今年。
当然、桜の花も例年より早く開花した。
確か、東京は3月14日に開花宣言をしたんじゃなかったっけ?



佐倉の桜もそろそろ見頃。
自宅近くの桜ももう少しで見頃を迎えます。

     20200326桜04


     20200326桜05


     20200326桜06


     20200326桜07



『桜に染まるまち 佐倉』と京成電鉄とタイアップしたキャンペーンを企画したものの
毎年開催されていた『歴博夜桜鑑賞の夕べ』は、どうやら中止のようです。
ライトアップされた佐倉城址公園の夜桜も今年は中止みたいですね。

やっぱり、寂しいですね。





2020/04/29 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

神門神社   (2020年3月24日)(千葉県佐倉市) 

3月24日

この日出かけた千葉市からの帰り道。
馬渡の八坂神社をあとにして、向かって先は...............神門神社。


神門神社は、佐倉市神門に鎮座する神社です。


ネットで色々と調べてみたのですが、
神門神社の創建時期や由緒はわかりませんでした。


国道51号線沿いに鎮座する神門神社。
神門交差点からも近く、51号線を通るたびに見える
この鳥居の一部が気になっていました。

     20200324神門神社01


初めて、その鳥居をマジマジと見ることが出来ました。

     20200324神門神社02


手水舎。

     20200324神門神社03



拝殿。

     20200324神門神社04



そして、こちらが本殿。

     20200324神門神社05



びいすけ も参拝。

     20200324神門神社06



神社としての敷地は広くなく、境内も狭い。
それでも境内社は鎮座しています。

     20200324神門神社07


     20200324神門神社08


     20200324神門神社09


小さな祠も建ち並ぶ。

     20200324神門神社10



こちらは、御輿庫。

     20200324神門神社11

かつての神門村の鎮守であったとされる神門神社。
その由緒が不明なのが、残念です。


2020/04/29 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

馬渡八坂神社   (2020年3月24日)(千葉県佐倉市) 

3月24日

この日は、千葉市に出かけました。

その帰り道、国道51号線沿い、佐倉市馬渡の八坂神社に立ち寄ってみました。


馬渡八坂神社は、佐倉市馬渡に鎮座する神社です。

創建年代は不詳ですが、大日本知名辞典』によれば
馬渡は「千葉より佐倉に往来する大路之を貫き、
馬渡を以て駅付けとする」とあり、
江戸時代には、馬渡宿と称し街道の宿場町として栄え、
他村より早く開けた土地でありました。
その宿場の南北に一貫する大路を見下ろす東南の丘山に
社殿は鎮座しています。

御祭神は、須佐之男命、天照皇大神



神社社頭。

     20200324馬渡八坂神社01



鳥居に掲げられた神額。

     20200324馬渡八坂神社02



手水舎。

     20200324馬渡八坂神社03


定番の龍の吐出口。

     20200324馬渡八坂神社04



参道。

     20200324馬渡八坂神社05

急な石段を上った先が拝殿。



元気良く駆け上がっていく びいすけ 。

     20200324馬渡八坂神社06



石段を上りきれば、狛犬がお出迎え。

     20200324馬渡八坂神社07


     20200324馬渡八坂神社08



拝殿正面。

     20200324馬渡八坂神社09



別アングルからの拝殿。

     20200324馬渡八坂神社10


     20200324馬渡八坂神社11



そして、こちらが本殿。

     20200324馬渡八坂神社12



びいすけ も参拝。

     20200324馬渡八坂神社13



境内社。

     20200324馬渡八坂神社14


     20200324馬渡八坂神社15


     20200324馬渡八坂神社16


板碑。

     20200324馬渡八坂神社17


社務所は境内には無く、無人の神社です。
千葉市の稲荷神社の兼務社のようですが、
残念ながら、御朱印の対応はされていないようです。

隣接する敷地に地域の集会所があり、
祭礼の時には社務所代わりになるのでしょう。
     




2020/04/28 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

瀧蔵神社   (2020年3月24日)(千葉県千葉市中央区) 

3月24日

この日は、千葉市中央区にある千葉寺を訪れました。


千葉寺の境内に、神社が鎮座していました。

創建年代は不詳ですが、「稿本千葉県誌」には「高瀧神社」として
名社の一社に記載され、戦前まで村社に列格していたそうです。
千葉寺の龍権とも称されていて、千葉氏5守護神(曽場鷹大明神、堀内牛頭天王、
結城の神明、御達報の稲荷大明神、千葉寺の龍権)の一つとされています。


御祭神は、海津見神。



神社社頭。

     20200324瀧蔵神社01



狛犬。

     20200324瀧蔵神社02


     20200324瀧蔵神社03



社殿。

     20200324瀧蔵神社07



社殿正面

     20200324瀧蔵神社05

千葉氏の家紋である月星紋、九曜紋が一際目立ちます。




     20200324瀧蔵神社06


びいすけ も参拝。

     20200324瀧蔵神社04



境内社。

     20200324瀧蔵神社08


     20200324瀧蔵神社09


元々は、神仏習合の時代に千葉寺の境内に鎮座していた神社。
現在は、寒川神社が兼務されている神社のようです。

まあ、寒川神社も九曜紋の残る千葉氏関連の神社だから
ある意味、寒川神社が兼務することは間違いはないですね。


2020/04/28 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り 《 千葉寺 》 (2020年3月24日)(千葉県千葉市中央区) 

3月24日

この日は、千葉市中央区に出かけました。

そもそも、この日の最たる目的は千葉市中央区にある千葉寺へ行く事でした。
千葉市中央区には、千葉神社、千葉寺と在り、
千葉神社は既に訪れていますが、千葉寺は訪れた事がありませんでした。

千葉寺は、『せんようじ』と称し、
千葉市中央区にある真言宗豊山派の寺院です。
山号は海上山と称し、正式名称は、海上山 千葉寺です。
本尊は十一面観音であり、坂東三十三観音霊場の第28番札所になります。

寺伝によれば、和銅2年(709年)にこの地を訪れた東国巡錫中の行基が
十一面観音を安置したのに始まり、
聖武天皇の命により千葉寺と称したとされています。
千葉氏の居城である亥鼻城址に近いことから
千葉氏の祈願所となったとされ、
境内には千葉氏5守護神の一つである千葉寺の龍権、瀧蔵神社が鎮座しています。



千葉寺山門。

     20200324千葉寺01


     20200324千葉寺07



坂東三十三観音霊場と記された寺号標。

     20200324千葉寺02



こちらは、千葉寺大師の碑。

     20200324千葉寺03




山門の彫刻。

     20200324千葉寺04


山門の仁王像。
阿形像。

     20200324千葉寺05


吽形像。

     20200324千葉寺06



千葉寺の説明板。
 

     20200324千葉寺32



こちらには、境内について触れている。
    
     20200324千葉寺08



境内の手水舎。

     20200324千葉寺09

よく見ると、屋根が倒壊している。
昨年の秋の台風の影響でしょうか?



本堂(観音堂)

     20200324千葉寺10



本堂正面。

     20200324千葉寺11



本堂正面に掲げられた扁額(山号)。

     20200324千葉寺12



別アングルからの本堂。

     20200324千葉寺13


     20200324千葉寺14



本堂前に置かれた常香炉。

     20200324千葉寺16


出ました!

千葉氏の家紋。
千葉宗家の月星紋。

     20200324千葉寺17


こちらは、九曜紋。

     20200324千葉寺18



史跡の碑。

     20200324千葉寺15




境内には大イチョウ。

     20200324千葉寺19


     20200324千葉寺31



この大イチョウは、『千葉寺ノ公孫樹』と称し、
千葉県の指定記念物となっています。

     20200324千葉寺30




こちらは、納経所(本坊)。

     20200324千葉寺20



納経所正面。

     20200324千葉寺21



こちらにも千葉氏の家紋。

     20200324千葉寺22

月星紋と九曜紋。


天水桶にも九曜紋。

     20200324千葉寺23


こちらには月星紋。

     20200324千葉寺24



鐘楼。

     20200324千葉寺25



堂宇。

     20200324千葉寺26



大師堂。

     20200324千葉寺27



千葉弁財天。

       20200324千葉寺28
     20200324千葉寺29


   
境内には土塁も残る。

     20200324千葉寺33



地蔵堂

     20200324千葉寺43



板碑。

     20200324千葉寺34


墓碑。

     20200324千葉寺35


小さな社も鎮座している。

     20200324千葉寺36


本堂脇には瀧蔵神社が鎮座している。
そちらは、別な機会にでも触れる事にいたしましょう。


境内には、桜の花がそろそろ見頃を迎えようとしています。

     20200324千葉寺37


     20200324千葉寺38


     20200324千葉寺39


     20200324千葉寺40



御朱印は、納経所にて拝受出来ます。

     20200324千葉寺41



こちらが、千葉寺の御朱印。

     20200324千葉寺42

寺院の御朱印ってやっぱり神社とは違うのか?
千葉氏の家紋(月星紋、九曜紋)の印も期待していたんだけど
オーソドックスと言うか、坂東三十三観音霊場を前面に出しているから
ちょっぴり意外だったと言うことにしておこう。








2020/04/27 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

蘇我小学校発祥の地   《 福正寺 》   (2020年3月24日)(千葉県千葉市中央区) 

3月24日

この日は千葉市中央区にある今井神社に出かけました。

以前から今井神社の近くに寺院の前を車で通っていましたが
非常に気になる寺院です。

その寺院は、福正寺。

福正寺は、千葉市中央区今井にある寺院です。
浄土釋氏斎蓮廣譽春源嘉善が開山となり、薬師山高巌院福秀寺と号して開山しました。
元禄13年(1700年)に西山本門寺21世日意上人が宗旨を改めて開山したとされています。

山号は、富士山。
正式には、富士山福正寺と称すようです。



福正寺山門。

     20200324福正寺01


     20200324福正寺02



山門の扉には気になる紋。

     20200324福正寺03

この紋が先日より気になっていました。



九星に月紋。

     20200324福正寺04

千葉氏の家紋である九曜紋には、星が一つ多い。
確かに十曜紋。
そして、真ん中に月紋。

真ん中の月が三日月になっていれば、三日月と九曜紋。
千葉一族の家紋の一つである。



とりあえず、寺院は敷居が高いので
びいすけ は、ここまで。
車の中で待機してもらいましょう。




手水舎。

     20200324福正寺05

 

本堂。

     20200324福正寺06


     20200324福正寺07



本堂正面に掲げられた扁額(山号)。

     20200324福正寺08



本堂の鬼瓦。

     20200324福正寺09



こちらにも、同じ紋。

     20200324福正寺10


     20200324福正寺11


     20200324福正寺12


     20200324福正寺13


     20200324福正寺14



天水桶にも同じ紋。

     20200324福正寺15

やはり、千葉氏関連の寺院なんだろうか?




鐘楼。

     20200324福正寺16



鐘楼脇に、古い鐘が置かれていました。

     20200324福正寺17



鐘楼の奥に、何かの碑が在るようです。

     20200324福正寺18


近付いて見て、びっくり!

     20200324福正寺19

何と、『蘇我小学校発祥の地』の碑です。


裏面の碑文から、明治6年に創設された今井小学校の跡地のようです。

     20200324福正寺20

調べてみると、蘇我小学校はいつから蘇我小学校と称するようになったのかは不明ですが
昭和22年の学制改革時には、千葉市立蘇我小学校と称していたようです。
また、昭和28年に現在の場所に移転したそうです。
それ以前は、現在の蘇我中学校の敷地に明治48年から昭和28年まで在ったそうです。
そして、明治48年に移転するまでこの地に今井小学校が在ったようです。


御住職の奥様と話す事ができ、色々と訊いてみた所
千葉氏とは関わりがないとの事で、元々の寺紋だと言う事らしい。

また、蘇我小学校(今井小学校)については、
旧・本堂を校舎代わりにしていたらしい。

いずれにしても、偶然にも蘇我小学校(今井小学校)跡地を見つけてしまった。
これも何かの縁だと思い、御朱印を拝受出来ればと訊いてみたら、
御朱印の応対はされていないとの事。

誠に残念です。


2020/04/27 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今井神社   (2020年3月24日)(千葉県千葉市中央区) 

3月24日

この日は、公休日。

3月19日から、夜勤、明け、公休日、夜勤、明け、公休日.........
こんなシフトが続き、月末まで3日おきの休みとなっています。
しかしながら、仮眠無しの17時間拘束の夜勤を終え
明けで帰ってくるとフラフラ状態。
結局、取れなかった睡眠を貪るように爆睡して
公休日を迎えますが、寝溜めをしても動きはイマイチ。
結局、昼までウダウダしていて、
出かけるにしても近場となってしまいます。


昼過ぎに自宅を出て、向かった先が...............今井神社。


先日、ある方のブログを拝見して、今井神社の御朱印を目にしました。
今井神社の御朱印は、何種類かを拝受していますが
私の拝受していない御朱印を見かけて、ぜひ拝受してみたいものだと
おそらく、社務所は閉まっていて、無人であろうかとは思うけれど
万が一でも開いていればシメたもの。

期待を胸に出かけてみました。



神社社頭。

     20200324今井神社01



手水舎。

     20200324今井神社02



参道。

     20200324今井神社03


二の鳥居。

     20200324今井神社04



拝殿。

     20200324今井神社05



拝殿正面。

     20200324今井神社06



拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200324今井神社07



びいすけ も参拝。

     20200324今井神社08



さて、社務所ですが...............

     20200324今井神社09

やはり、閉まっていて無人。


一応、書置きの御朱印が置かれているので
システムに沿って拝受いたします。

     20200324今井神社10


猫の七福神の御朱印も頒布されているようですが
この日は、この赤龍の御朱印が置かれていました。

1日、15日に来れれば良いんですが
休みがなかなか合わないし、御朱印も先着順限定と言う事らしいので
なかなか希望する御朱印を拝受するのは難しそうですね。




2020/04/26 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪 馬渡分校   (2020年3月20日)(千葉県佐倉市) 

3月20日

この日、千葉市の今井神社に出かけ
その帰り道、馬渡分校に立ち寄ってみました。


馬渡分校に訪れるのは、これで2回目。
( 前回の訪問記は、 こちら )



正門跡。

     20200320馬渡分校01


     20200320馬渡分校02


以前訪れた時には、表札は何も掲げられて無かったけれど
今は、『馬渡公園』の表札が嵌っている。

     20200320馬渡分校03


     20200320馬渡分校04


     20200320馬渡分校05



廃校後、一時期は馬渡保育園として木造の校舎も活用されていましたが
保育園も、すぐそばに移転し校舎は解体されてしまいました。

現在は、前述の通り 『馬渡公園』となっています。

     20200320馬渡分校06


以前訪れた時に、見落としたのか?
はたまた、後日に建立されたのか?
ある方のブログを拝見したら、学校跡碑が載っていました。

     20200320馬渡分校07



こちらが、その碑。

     20200320馬渡分校08


     20200320馬渡分校09

碑文によれば、校舎が解体されたのは、平成24年。
当然、解体後にこの碑が建てられたわけだから
少なくても平成24年以降に建てられたことになる。


前回訪れたのは、平成25年。
解体して1年経つか経たないかの時期だったのでしょう。

7年前の写真を見ると、
碑の建つ場所には、遊具が置かれていたようですね。


今思えば、7年前にあと1年早く訪れていたら
この場所に校舎が建っていたんだろう。

     20200320馬渡分校10


     20200320馬渡分校11


     20200320馬渡分校12


     20200320馬渡分校13


でも、学校跡地の碑を確認出来たから
再訪したのも正解だった気がします。





2020/04/26 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪 今井神社   (2020年3月20日)(千葉県千葉市) 

3月20日

今月から新しい配属先で日々仕事に精を出しています。
その新しい配属先で、昨夜から夜勤のシフトに組み込まれ
17時から今朝の10時まで仮眠無しの17時間勤務。
要は2日分働いて、明け、休みとなる。

とりあえず、慣れるまでは夜勤の5連チャン。
久しぶりの夜勤はやはり体に応えます。

当初、この日は予定を組んでいましたが
さすがに遠出は辛い。
ならば、近場を! と千葉市へと足を伸ばしました。

向かった先は、千葉市中央区の今井神社

しかしながら、世の中は3連休。
新型コロナウイルスの感染騒ぎで自粛モードだったはずが
出かける人は多いみたい。
国道51号や国道16号は混んでいたなぁ。



こちらが、今井神社の社号標。

     20200320今井神社01



神社社頭。

     20200320今井神社02



手水舎。

     20200320今井神社03



参道。

     20200320今井神社04



二の鳥居。

     20200320今井神社05



拝殿。

     20200320今井神社06



拝殿前の獅子山の狛犬。

     20200320今井神社07


     20200320今井神社08



びいすけ も参拝。

     20200320今井神社09



こちらの今井神社。
オリジナリティ溢れる御朱印が魅力。
毎月、1日と15日には御朱印帳に墨書きをしていただけるようですが
人数は限られて居るようです。

その日以外は、書置きの御朱印を独自のシステムで拝受出来る。
贅沢は申しません。
書置きで構いません。


と言う事で、本日拝受した御朱印がこちら。



猫と桜。

     20200320今井神社10



青龍。

     20200320今井神社11



赤龍。

     20200320今井神社12


いずれも大判の見開きサイズ。
なかなか洒落た御朱印ですね。




2020/04/25 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御城印を求めて   《下小池城》  (2020年3月18日)(茨城県稲敷郡阿見町) 

3月18日

この日は、御城印を求めて、茨城県の阿見町に出かけました。


御城印は、阿見町の『だんごの やまだ』で手に入れ、
向かった先は...............下小池城址。


     20200318下小池城01




下小池城址は以前、訪れた事があります。
( その時の攻城記は こちら )

     20200318下小池城02




下小池城の城の歴史については不明ですが
北条氏傘下の土岐氏によって天正期に築城されたと推測されます。

敵対する牛久城主・岡見氏や佐竹氏・多賀谷氏に対抗するための境目の城であったとされ、
天正十八年(1590年)、秀吉の小田原征伐の際の江戸崎城落城とともに
下小池城も落城したとされています。

     20200318下小池城03



阿見町が建てた説明板。

     20200318下小池城04


     20200318下小池城05



下小池城址の一部は、小池城跡公園として整備されています。

     20200318下小池城06



三郭の空堀。

     20200318下小池城07


     20200318下小池城08


     20200318下小池城09


  

こちらは、二郭の空堀。

     20200318下小池城10



二郭虎口。

     20200318下小池城12



二郭内部から、虎口の土塁。

     20200318下小池城11


     20200318下小池城13



二郭。

     20200318下小池城14




主郭虎口。

     20200318下小池城15



主郭空堀。

     20200318下小池城16


     20200318下小池城17



主郭。

     20200318下小池城18


     20200318下小池城19


     20200318下小池城20


主郭周辺は、相変わらず下草が多い。
もう少し整備されていれば、言うことは無いんですが............

     20200318下小池城21


     20200318下小池城22


     20200318下小池城23



こちらが、下小池城の御城印。

     20200318下小池城24


牛久市、阿見町と順に御城印が頒布され、
龍ケ崎市でも御城印のイベントが計画されていたようですが
昨今の新型コロナウイルスの感染防止のためのイベントの自粛で中止になってしまったようです。
一日も早くコロナウイルスが終息して、龍ケ崎市の城郭の御城印のイベントが
開催されるのを期待するところです。


2020/04/25 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

福田城址  (2020年3月18日)(茨城県稲敷郡阿見町) 

3月18日

この日は、御城印を求めて茨城県の阿見町にやって来ました。


阿見町の団子屋さん(だんごのやまだ)で御城印を手に入れます。

     20200318福田城01


向かった先は、福田城址。



福田城は、築城時期等詳細は不明ですが、
元々は上杉氏の城であったという事ですが
後には岡見氏の城となり、さらに天正年間になると、
江戸崎城の土岐氏の城館となったとされています。



こちらが、福田城の縄張り図。

      20200318福田城25

   ( 余湖さんのHPよりお借りしました )




台地下部より眺める高照寺の建つ台地。

     20200318福田城02

高照寺も福田城の一部とされています。



高照寺脇の切り通し。

     20200318福田城03



その両脇の土壇。

     20200318福田城04


     20200318福田城06




竹林に覆われ見づらいが、奥に空堀らしきものも見て取れる。

     20200318福田城05



この奥が高照寺。

     20200318福田城07

こちらは北参道口のようです。



高照寺山門。

     20200318福田城08

こちらが表参道になるようです。


この辺りは城址っぽい雰囲気。

     20200318福田城09



境内。

     20200318福田城10


     20200318福田城12


     20200318福田城13


高照寺本堂。

     20200318福田城14



本堂の扁額。

     20200318福田城15



境内に建つ高照寺の説明板。

     20200318福田城11

こちらの説明板に福田城について記されています。




高照寺の向かいにある阿弥陀堂。

     20200318福田城16



福田城址の一角である古城と呼ばれる地区。
その地区の民家と民家の間の細い道を進むと鳥居が現れる。

     20200318福田城17



鳥居の背後は土塁。

     20200318福田城18



その土塁の上には稲荷社が鎮座しています。

     20200318福田城19

稲荷社が在ると言うことは、江戸崎・土岐氏の城郭の証になるようです。



土塁の先は削平地。

     20200318福田城20

おそらく郭跡でしょう。


そして、その奥には竹藪。

     20200318福田城21



さらに、その奥には空堀。

     20200318福田城22



横矢の掛かった空堀。

     20200318福田城23

福田城址の1番の見所かもしれない。


こちらが、福田城の御城印。

     20200318福田城24

全国的にも無名で、さほど広大でもない城郭だけど
こうやって御城印が出来ると、うれしく感じるのは
やっぱり城好きなんだからでしょうね。



2020/04/24 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御城印を求めて   《塙城》 (2020年3月18日)(茨城県土浦市) 

3月18日

この日は御城印を求めて土浦市、そして阿見町へと出かけました。


土浦城址(亀城公園)をあとにして、阿見町へと向かいます。
先ずは、御城印の頒布先である団子の山田屋にて御城印を手に入れます。

     20200318塙城01



御城印を手にした後に向かった先は................塙城址。


塙城址には、以前に訪れた事があります。
(その時の攻城記は こちら



塙城の築城時期等、詳細は不明ですが、
江戸崎城主である土岐氏の支城とされています。
館野氏が城主であったという伝承もありますが、
城址には土塁や空堀などの遺構が確認出来、
それらの遺構は土岐氏時代のものだとされています。




塙城の登城路入口。

     20200318塙城02



以前は無かった城址の案内看板。

     20200318塙城03

手作り感が満載でちょっぴり微笑ましい。


こちらは、阿見町の説明板。

     20200318塙城04



それでは、塙城へ進軍いたしましょう。


以前は、この先へと進みましたが、現在は立入禁止。

     20200318塙城05



その代わりに矢印の看板が立てられ、順路を導いてくれます。

     20200318塙城06



下草などを刈り、順路も整備され、
以前と比べるとかなり手入れが行き届いています。

     20200318塙城07



以前は雑草に覆われていた空堀も
今はその姿をハッキリと確認出来ます。

     20200318塙城08


     20200318塙城09


     20200318塙城10



矢印の看板に導かれ堀底道を上って行きます。

     20200318塙城11


     20200318塙城12



稲荷神社。

     20200318塙城13

千葉氏関連の城郭に妙見神社が鎮座するように
土岐氏関連の城郭には稲荷社が鎮座する。
五穀豊穣を祈い、屋敷神として祀られているようです。


前回は、下草等の雑草に覆われ、この稲荷社辺りで進軍を断念しましたが
今はかなり整備され、先に進むのに躊躇しなくて済みます。



稲荷社のある辺りは二郭になります。

     20200318塙城18


     20200318塙城17


     20200318塙城16




ニ郭の土塁もしっかりと確認できる。

     20200318塙城14



先程の立入禁止を進めば、この虎口に辿り着くのでしょうか?

     20200318塙城15




空堀。

     20200318塙城19




この先は主郭。

     20200318塙城20



土塁。

     20200318塙城21



二郭から主郭への虎口。

     20200318塙城22



主郭の空堀。

     20200318塙城23



塙城の搦手口の登城口。

     20200318塙城24



この台地が塙城。

     20200318塙城25



この登城路を進めば、直接主郭へと続く。

     20200318塙城26

おそらく、後世に作られた登城路ではないのだろうか?




こちらが、塙城の御城印。

     20200318塙城27



茨城県下の御城印、頒布される城郭が着々と増えてきています。
城好きにはたまりません。


2020/04/24 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景   《 桜川堤と亀城公園 》   (2020年3月18日)(茨城県土浦市) 

3月18日

この日は、土浦市に出かけました。

御城印を求めて訪れた土浦城址。
城址の一部は、現在『亀城公園』となっていますが
その亀城公園が茨城百景の一つとなっています。

茨城県は、昭和25年に選定された茨城県内の100ヶ所の景勝地。
その茨城百景の選定地には、茨城百景の碑が建てられています。
数年前から、茨城百景に訪れ、その碑を探すのも楽しみの一つにしています。

土浦市内には、4ヶ所の茨城百景の地がありますが
どうした訳か? そのうちのの3ヶ所で茨城百景の碑が無くなってしまいました。
土浦市のHPでもその件については正式に公表しています)
唯一残っている碑もオリジナルでなく、後日建立されたもののようです。

従って、『茨城百景 桜川堤と亀城公園 』の碑はありません。



土浦市民博物館の横、亀城公園の入口です。

     20200318茨城百景 亀城公園01



ここにも自粛の案内。
『土浦桜まつり』も中止。
新型コロナウイルスの影響ですね。

     20200318茨城百景 亀城公園02


 

亀城公園は土浦城址でもある。

     20200318茨城百景 亀城公園03

江戸時代末期まで現存し、明治初期に廃城となった土浦城。
その土浦城の太鼓櫓門。



太鼓櫓門の前には城址碑。

     20200318茨城百景 亀城公園04



太鼓櫓門の先は本丸跡。

     20200318茨城百景 亀城公園06


     20200318茨城百景 亀城公園07


     20200318茨城百景 亀城公園08


     20200318茨城百景 亀城公園14



西櫓(再建)。

     20200318茨城百景 亀城公園09


東櫓(再建)。

     20200318茨城百景 亀城公園10


本丸土塁から見る水堀。

     20200318茨城百景 亀城公園05


     20200318茨城百景 亀城公園24

     


二の丸跡の芝生広場。

     20200318茨城百景 亀城公園11


     20200318茨城百景 亀城公園12


     20200318茨城百景 亀城公園13




     
茨城県の天然記念物に指定されたシイの木。

       20200318茨城百景 亀城公園17
     20200318茨城百景 亀城公園18

『亀城のシイ』と呼ばれ、
胸高周は約7m、樹高は約16m、枝振り約21m、
樹齢は約500年とされ、県下有数の巨木です。

こちらは、ミニ動物園。

     20200318茨城百景 亀城公園19



檻だけで、何も飼育されていないかと思っていたら
びいすけ が何かに気付いたようです。

     20200318茨城百景 亀城公園20



よく見ると、檻の中には日本猿が居ました。

     20200318茨城百景 亀城公園21



犬猿の仲って言うからね。
近付かない方が無難でしょう。

檻の裏手、本丸土塁の上に移動しても
びいすけ は猿が気になるようです。

     20200318茨城百景 亀城公園22


     20200318茨城百景 亀城公園23




「噴水池」

     20200318茨城百景 亀城公園15


     20200318茨城百景 亀城公園16

     

     

「噴水池」の源になるのか?『亀城の泉』

     20200318茨城百景 亀城公園25



この泉の水が噴水池に流れている。

     20200318茨城百景 亀城公園26


土浦城は広大であり、亀城公園は土浦城の一部。
その城址の一部を茨城百景の地に選定したのに、記念のその碑が無い。
何とも残念ですね。



2020/04/23 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御城印を求めて   《土浦城》  (2020年3月18日)(茨城県土浦市) 

3月18日  

この日は、茨城県の土浦市に出かけました。

ここ1〜2ヶ月で茨城県下に於いて、数種類の御城印が発行されています。
元々は牛久市の牛久市城跡めぐり運営委員会(LOCAL ACTIVATE)が始めたイベントで
牛久市内の4つの城郭の御城印を発行したのが始まりです。
その後、阿見町の城郭で3種、そして土浦市でも御城印が発行されることになりました。

今回、土浦市・阿見町の御城印巡りに奔走いたしました。

その第1弾。
土浦市の土浦城です。


土浦城には、以前訪れた事があります。
( その時の記事は こちら )


土浦城は、室町時代の永享年間(1429年〜1441年)に
常陸守護、八田知家の後裔である豪族の小田氏に属する若泉三郎が築いたとされています。
永正13年(1516年)に小田氏の部将・菅谷勝貞が若泉五郎右衛門を滅ぼし、
その家臣が城に入りました。
その後、菅谷氏が勝貞、政貞、範政の三代にわたって土浦城を守り、
戦国時代に佐竹氏が勢力を広げると、佐竹によって本拠の小田城を追われた小田守治が入城しました。
戦国時代が終わると、土浦は結城城の結城秀康のものになり、
小田氏はその家臣になり、代わって多賀谷村広が城代を務めます。
慶長6年(1601年)に結城秀康が越前国に転封になると、
藤井松平氏の松平信一が土浦城に入ります。
信一と子の信吉が、現在の城のおよその形を作ったとされています。
以後、土浦城には西尾氏、朽木氏、土屋氏、松平氏と城主が代わり
明治6年に、太政官符令で土浦城は廃止されました。

幅の広い二重の堀で守る平城であり、土浦が度々水害に遭っているが、
その際にも水没することがなく、水に浮かぶ亀の甲羅のように見えたことから
亀城とも呼ばれました。

土浦城址は、現在『亀城公園』として、桜の名所でもあり、
土浦市民の憩いの場となっています。


城址(亀城公園)に隣接する土浦市立博物館。

     20200318土浦城01

現在、こちらでは『土浦城展』が開催されています(〜5月6日)
この土浦城展に合わせて、土浦城の御城印が頒布される事になったようです。


御城印は、博物館の受付で頒布されています。

     20200318土浦城02

御城印も手に入れました。


では、土浦城を攻略いたしましょう。

     20200318土浦城21



太鼓櫓門

     20200318土浦城03

何と言っても、この門が土浦城の象徴と言っても過言では無い。



太鼓櫓門の前には、土浦城址の碑。

     20200318土浦城04



太鼓櫓門の先は、本丸跡。

     20200318土浦城05


     20200318土浦城06


     20200318土浦城08


     20200318土浦城20



本丸跡に建つ西櫓(復元)。

     20200318土浦城09


     20200318土浦城07




こちらは、東櫓(復元)     

     20200318土浦城12


     20200318土浦城13



本丸土塁。

     20200318土浦城14


     20200318土浦城11


     20200318土浦城15


     20200318土浦城16



本丸土塁からの水堀。

     20200318土浦城17


こちらは二の丸の水堀。

     20200318土浦城18


     20200318土浦城19



こちらが、御城印。

     20200318土浦城22


『土浦城展』が開催されなかったら、
発行(頒布)されなかったかもしれない土浦城の御城印。
とりあえず、手に入れる事が出来ました。



2020/04/23 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今宵の びいすけ   (2020年3月17日) 

3月17日

18時までの日勤の仕事を終えて、
20時前に自宅に戻って来ました。

さすがに都内への(中央区八重洲)通勤は流石に疲れます。

自宅に帰ってから、 びいすけ の散歩、びいすけ のご飯。
そして自分の夕食、その後はお風呂と.........
時間はあっという間に過ぎていきます。

気が付けは、22時過ぎ。

やれやれ、これでやっと落ち着ける。

ふと、目をソファーに向ければ、 びいすけ は寝落ち状態。

      20200317びいすけ01


睡眠モードに入る直前。
iPhoneのシャッター音が気になるようです。

      20200317びいすけ02



どうやら、寝ているのを起こしちゃったみたい。

      20200317びいすけ03



眠いんだけど、こちらが気になる様子。

      20200317びいすけ04



目が合ったりしちゃって.........

      20200317びいすけ05



こちらは、慌てて視線を逸らします。

      20200317びいすけ06



しばらくすると、体勢を入れ替える びいすけ 。

      20200317びいすけ07



瞼が重くなってきたようです。

      20200317びいすけ08



物音を立てないようにしていると...............


やがて、寝息が聞こえ、それが鼾に変わっていきます。

      20200317びいすけ09
 
さて、明日は公休日。


びいすけ を連れて、何処へ行こうかな...............?




  
2020/04/22 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉の坂道散歩 《 八軒町の坂 》  (2020年3月15日) 

3月15日

この日は、公休日。

夕方の散歩にはちょっと早いけれど、
いつもと違ったコースで市内散歩。
教安寺、麻賀多神社と御朱印拝受の散歩から
佐倉の坂道散歩となります。


麻賀多神社をあとにして、『うるし坂』方向へ進みます。

     20200315八軒町坂01



ここから『うるし坂』。

     20200315八軒町坂02



うるし坂の坂道を下って行きます。

     20200315八軒町坂03


うるし坂は、このまままっすぐ。
左折して、『猿が脇の坂』方向へと足を向けます。

     20200315八軒町坂04


     20200315八軒町坂05


『猿が脇の坂』との分岐点。
左折すれは、『猿が脇の坂』。
でも今日は、このまま直進します。

     20200315八軒町坂06



この辺りは、佐倉の旧市街地の中でも里山の風情が漂う地区。

     20200315八軒町坂07



確か、数年前(?)まで田んぼが在ったような記憶があります。

     20200315八軒町坂08



狭い道は、緩やかな傾斜の道となって行きます。

     20200315八軒町坂09



ここから坂道の始まり。

     20200315八軒町坂10



石段の先に分岐点があります。

     20200315八軒町坂11



石段の頂部。ここが分岐点。
画面奥に進めば『玉屋の坂』。

     20200315八軒町坂12

右方向に進めば、『八軒町の坂』。


今回は、『八軒町の坂』に向かいます。

     20200315八軒町坂13



八軒町の坂は、現在の『袋町』をその昔、『八軒町』と言ったことから
その名が付いたそうです。
現在の肴町角から袋町へ至る坂道です。



この道は、殆ど通らないから町並みが新鮮に感じます。

     20200315八軒町坂14



地区の集会所もあります。

     20200315八軒町坂15


     20200315八軒町坂16



自分のペースで進む びいすけ 。

     20200315八軒町坂17



ときには、匂い付けのおしっこも。

     20200315八軒町坂18



この辺りが八軒町の坂の1番勾配のきつい所。

     20200315八軒町坂19



頑張って坂道を上りましょう。

     20200315八軒町坂20


     20200315八軒町坂21


まもなくゴール。

     20200315八軒町坂22



成田街道の旧道に合流。

     20200315八軒町坂23



八軒町の坂の頂部です。

     20200315八軒町坂24


佐倉の坂道、また一つ制覇しました。


2020/04/22 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉の御朱印散歩  《 麻賀多神社 》(2020年3月15日) 

3月15日

この日は、公休日。

夕方の散歩には少し早いけど、いつもと違うコースの市内散歩。
教安寺をあとにして、散歩は続きます。

     20200315麻賀多神社01


     20200315麻賀多神社02


向かった先は、鏑木町に鎮座する麻賀多神社。

実は、花見などの自粛ムードが反映されている時期ですが
当初より計画されている「桜に染まるまち、佐倉」のキャンペーンが
3月20日から始まります。
これに合わせて、佐倉の麻賀多神社では、
3月15日からコラボの御朱印が頒布されるそうです。
地元の神社だから、限定御朱印は押さえておきましょう。


神社社頭。

     20200315麻賀多神社03



鳥居。

     20200315麻賀多神社04



鳥居に掲げられた神額。

     20200315麻賀多神社05



社号標。

     20200315麻賀多神社06



手水舎。

     20200315麻賀多神社07



手水舎にも、限定御朱印の貼り紙が貼られています。

     20200315麻賀多神社08



こちらが、拝殿。

     20200315麻賀多神社09



拝殿正面。

     20200315麻賀多神社10



別アングルからの拝殿。

     20200315麻賀多神社11


     20200315麻賀多神社12



びいすけ も参拝。

     20200315麻賀多神社13



こちらは、授与所。

     20200315麻賀多神社14

御朱印は、こちらで頒布されています。




そして、こちらが御朱印。

     20200315麻賀多神社15


毎回思うのだが...............


佐倉七福神麻賀多神社は、普通サイズのオリジナルの御朱印帳を頒布しているのに
限定御朱印は大判サイズの半紙の書置き。
オリジナルの御朱印帳(普通サイズの御朱印帳)に貼れないんだけど.........

その事に気付いているんだろうか...............?



2020/04/21 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉の御朱印散歩 《 教安寺 》 (2020年3月15日) 

3月15日

この日は公休日。

午前中に富里市の富里香取神社へ参拝に行き、
一度自宅に戻り、午後は夕方の散歩を兼ねて
自宅近くの佐倉の市内散歩。

     20200315教安寺01


向かった先は...............教安寺。


教安寺は、佐倉市新町に在る浄土宗の寺院です。
『二尊山東専院教安寺』。
山号を二尊山、院号を東専院、寺号を教安寺と号します。

花井左門(浄徳院殿雲竜心白居士)の夫人東専院殿松誉春貞大姉を開基として、
欣蓮社厭道波大和尚を開山に迎え、
寛永2年(1625)創建したとされています。



寺号標。

     20200315教安寺02


     20200315教安寺03



山門。

     20200315教安寺04



本堂に続く境内の参道。

     20200315教安寺05



参道には説明板。

     20200315教安寺06



手水舎。

     20200315教安寺07



本堂。

     20200315教安寺08


本堂前の香炉(?)

     20200315教安寺10



本堂内部。

     20200315教安寺09



本殿前の天水桶。

     20200315教安寺11



こちらは、金銅地蔵菩薩坐像。

     20200315教安寺12


     20200315教安寺14


     20200315教安寺13



青面金剛刻像 。

     20200315教安寺15


太子堂。

     20200315教安寺16


鐘楼。

     20200315教安寺17


本堂裏手の石仏群。

     20200315教安寺18



こちらが、教安寺の御朱印。

     20200315教安寺19

この辺りの寺院は、佐倉七福神の寺院が多く、
御朱印をお願いしたら、『佐倉七福神ではないけれど、それでも良いですか?』と言われました。
はい、良いんです。お詣りした証しとして頂ければ良いんです。






2020/04/21 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit