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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 隅田川七福神  寿老人 白鬚神社 》 (2020年1月7日)(東京都墨田区) 

1月7日

この日は、都内に出かけました。
1月7日のこの日で、今年の七福神巡りが最終日と言う所は多い。
そんな中で訪れたのは、隅田川七福神巡り。

その隅田川七福神、寿老人の白鬚神社です。

白鬚神社に訪れるのも、これで2度目。
前回は、隅田川沿いの神社を巡った時に訪れました。
( その時の参拝記事は こちら )


こちらの白鬚神社は、隅田川七福神の寿老人にあたります。

隅田川七福神は、江戸時代の文化年間に向島百花園に集まる文人たちが、
百花園主の福禄寿を中心に始まった6寺社を巡る七福神巡りです。
全ての寺社が墨田区にあります。

その構成は、
福禄寿       向島百花園
寿老人       白鬚神社
恵比寿 大黒天   三圍神社
布袋尊       弘福寺
弁財天       長命寺
毘沙門天      多聞寺

となっています。


そして、寿老人は福禄寿と同じく星の化身で、
にこやかな微笑みをたたえ、手には巻物を括り付けた杖、
そして団扇や桃などを持ち、鹿を従えた姿が一般的に知られています。
団扇は難を払い、桃は長寿のしるしで、鹿もまた長寿の象徴です。
長寿延命、富貴長寿の神として信仰されています。     




社号標。

     20200107白髭神社01



こちらでも、隅田川七福神の看板がお出迎え。

     20200107白髭神社18



神社社頭。

     20200107白髭神社02



一の鳥居。

     20200107白髭神社03



一の鳥居に掲げられた神額。

     20200107白髭神社04



二の鳥居。

     20200107白髭神社05



手水舎。

     20200107白髭神社2



そして、拝殿。

     20200107白髭神社06



拝殿正面。

     20200107白髭神社07

     20200107白髭神社09



別アングルからの拝殿。

     20200107白髭神社10


     20200107白髭神社11



拝殿正面に飾られた提灯。

     20200107白髭神社13



御輿庫。

     20200107白髭神社14



授与所。

     20200107白髭神社15

以前は、こちらで御朱印をいただきましたが
この時期は特設場所に変更のようです。


御朱印は、こちらの社務所にて拝受出来ます。

     20200107白髭神社16


こちらが、隅田川七福神 寿老人の御朱印。

     20200107白髭神社17


本来なら、三圍神社からの順路だと長命寺の次は向島百花園なんだけれど
どうやら間違って、白鬚神社に来ちゃったみたい。
隅田川七福神巡り、まだまだ続きます。




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2020/02/19 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 隅田川七福神  弁財天 長命寺 》 (2020年1月7日)(東京都墨田区) 

1月7日  

この日は、都内に出かけました。
1月7日のこの日で、今年の七福神巡りが最終日と言う所は多い。
そんな中で訪れたのは、隅田川七福神巡り。

その隅田川七福神、弁財天の長命寺です。

長命寺の開山は明らかではありませんが、
元和元年(1615年)頃の創建とも伝えられています。
もとは常泉寺と号してたそうです。

寛永年間(1624~44年)に、3代将軍家光が鷹狩の途中、
不意の腹痛のためこの寺に休憩した際、
境内の井戸水を汲み、薬を服用したところ、
たちどころに痛みが消え快癒しました。
喜んだ家光がその井戸に長命水の名を与えたところから、
以後、寺号を長命寺と改めたといいます。
今も残る長命水石文や洗心養神の石碑が、それを物語っています。

境内には、他にも様々な石碑が立ち並んでいます。

こちらの長命寺は、隅田川七福神の弁財天にあたります。

弁財天は、七福神の中で唯一の女神で、元はインド河(水)の神でしたが、
やがて音楽の神・言語の神となり、日本に伝わった当初は、弁才天と呼ばれていました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収され弁財天と呼ばれるようになり、
財宝を授けてくださる神へとなったものとされ、知恵財宝、
愛嬌縁結びの徳があると言われています。


隅田川七福神は、江戸時代の文化年間に向島百花園に集まる文人たちが、百花園主の福禄寿を中心に始まった6寺社を巡る七福神巡りで、全ての寺社が墨田区にあります。

その構成は、
福禄寿       向島百花園
寿老人       白鬚神社
恵比寿 大黒天   三圍神社
布袋尊       弘福寺
弁財天       長命寺
毘沙門天      多聞寺

となっています。



弘福寺からもすぐ近く、道沿いに人の集まりがあるから、何かと思ったら
長命寺の参拝を終えたおじいちゃん、おばあちゃんたちが
門前にたむろしていました。おかげで行き過ぎることもなく到着です。


こちらが、山門。

      20200107長命寺01


やはり、こちらでも七福神の看板がお出迎え。

      20200107長命寺02



寺号標は特になく、石造りの門に寺号が掲げられています。

      20200107長命寺03



手水舎。

      20200107長命寺04


こちらが、本堂。

      20200107長命寺05



本堂正面。

      20200107長命寺07


      20200107長命寺08



弁財天。

      20200107長命寺06

この時期だけの御開帳。

    

境内には碑が多く建ち並ぶ。

      20200107長命寺10


      20200107長命寺12



向かって左側が芭蕉の雪見の句碑。

      20200107長命寺11



筆塚の碑。

      20200107長命寺13



成島柳北の石碑。

      20200107長命寺14



こちらは、橘守部の墓。

      20200107長命寺15


      20200107長命寺16



幼稚園を併設されているようで、こちらは園舎。

      20200107長命寺17

お寺さんに幼稚園が併設されているのって、
地方都市に多いパターンだと思っていたけれど
都心でもあるんですね。

実は、私の通った幼稚園も愛知県のとある地方都市の
お寺に併設された幼稚園でした。





御朱印は、こちらの庫裏の玄関で拝受出来ます。

      20200107長命寺18

臨時の御朱印の授与所になっています。



こちらが、御朱印。

      20200107長命寺19


隅田川七福神 弁財天の御朱印。

      20200107長命寺20



隅田川七福神巡り、まだまだ続きます。


2020/02/19 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 隅田川七福神  布袋尊 弘福寺 》 (2020年1月7日)(東京都墨田区) 

1月7日

この日は、都内に出かけました。
1月7日のこの日で、今年の七福神巡りが最終日と言う所は多い。
そんな中で訪れたのは、隅田川七福神巡り。

その隅田川七福神、布袋尊の弘福寺です。

弘福寺は、黄檗宗大本山、宇治の黄檗山萬福寺の末寺で、
同宗の名僧・鉄牛和尚の手で延宝2年(1673年)に、創建されました。
同じ禅宗の中でも最も中国に近い宗派として名高く、
その建築も重層の屋根、大棟の宝珠、鴟尾、廂の蛇腹天井、細棧の扉、
両翼の円窓、堂前の月台、柱にかかる聯額などを持つ中国風の特色多い寺院です。

境内右手の小祠には咳の爺婆尊の石像が祀られており、
この像は、寛永年間(1624~44年)に風外和尚が真鶴山中で修業中に、
父母に孝養を尽せぬことをいたんで刻んだものと伝えられます。
後に、弘福寺に移されました。風外和尚の両親の像だから風邪にも強かろうと、
爺像は喉頭の病に、婆像は咳止めにご利益あるとして、
今でも風邪除けの信仰を集めています。

佐原菊塢の百花園に集う文人墨客らは、
禅宗に関わりの深い布袋和尚木像が本堂に祀られていることに注目し、
隅田川七福神のひとつとしました。
そんなことから、こちらの弘福寺は隅田川七福神の布袋尊にあたります。

隅田川七福神は、江戸時代の文化年間に向島百花園に集まる文人たちが、
百花園主の福禄寿を中心に始まった6寺社を巡る七福神巡りで、
全ての寺社が墨田区にあります。

その構成は、
福禄寿       向島百花園
寿老人       白鬚神社
恵比寿 大黒天   三圍神社
布袋尊       弘福寺
弁財天       長命寺
毘沙門天      多聞寺

となっています。

布袋尊は、弥勒菩薩の化身と言われ、
いつも笑顔を絶やさず人々に接していた人で、
大きな袋には宝物がいっぱい入っていて、
信仰の厚い人に与えられたということです。
笑門来福、夫婦円満、子宝の神として信仰されています。



三圍神社の前の道を隅田川を上っていくように5分ほど進めば
やがて、弘福寺に到着します。


こちらが寺号標。

     20200107弘福寺01


隅田川七福神の看板がお出迎え。

     20200107弘福寺02



弘福寺の山門。

     20200107弘福寺03

確かに、見た感じも日本の寺院よりも中国の寺院っぽい雰囲気はある。



山門の扁額。

     20200107弘福寺04

余りにも達筆すぎるので判別できないけれど
山号の『牛頭山』と記されているんでしょうか?



山門の先には本堂。

     20200107弘福寺05

弘福寺では大雄寶殿と言うらしい。



屋根瓦の上に掲げられた扁額。

     20200107弘福寺06



本堂正面。

     20200107弘福寺07


     20200107弘福寺08


     20200107弘福寺09



こちらにも扁額。

     20200107弘福寺10

これは何と読むのだろう?




別アングルからの本堂。

     20200107弘福寺11



 
本殿前の天水桶。

     20200107弘福寺17






鐘楼。

     20200107弘福寺13

特徴のある瓦屋根。
両脇の鯱鉾で良いんだろうか?
このアクセントが一際目立っている。



鐘楼の近くには本堂の鬼瓦。

     20200107弘福寺14

以前のものだとは思うけれど、立派な鬼瓦。


こちらが、咳の爺婆尊の石像が祀られた小祠。

     20200107弘福寺15


その説明板。

     20200107弘福寺23




こちらは、隅田川七福神の碑。

     20200107弘福寺16


その近くには、隅田川七福神の案内板。

     20200107弘福寺12

かなり、隅田川七福神に力を入れているようですね。



境内奥の石仏。

     20200107弘福寺18




こちらは、越後与板藩主 井伊家墓所。

     20200107弘福寺19



本堂裏手の門。
寺院の門って基本的には山門と言うようだから
こちらは、裏山門とでも言うべきなんでしょうか?

     20200107弘福寺20




こちらは客殿。

     20200107弘福寺21


御朱印はこちらの授与所で拝受します。

     20200107弘福寺22




この日、弘福寺で拝受できる御朱印は4種類。
全て頂くことにしました。

弘福寺関連の御朱印。


     20200107弘福寺24


     20200107弘福寺25


     20200107弘福寺26



そして、こちらが隅田川七福神 布袋尊の御朱印。

     20200107弘福寺27


隅田川七福神巡り、まだまだ続きます。




2020/02/19 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit