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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの都内散歩.............御朱印巡り  《 日本橋日枝神社 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

小網神社にて日本橋七福神巡りも完了。
小網神社をあとにして、向かった先は...............日本橋日枝神社 山王御旅所。

日本橋日枝神社は、中央区日本橋茅場町に鎮座する神社です。


天正十八年(1590)、徳川家康公が江戸城に入城し、
日枝大神を崇敬されて以来、御旅所のある「八丁堀北嶋(鎧島)祓所」まで
神輿が船で神幸された事に始まります。

元々は独立した神社でしたが、「山王日枝神社」(千代田区永田町)が
官幣大社に昇格した際に「山王日枝神社」の摂社に指定されました。

古くは「山王御旅所」と称されていましたが、「日本橋日枝神社」の他、
「摂社日枝神社」「日枝神社日本橋摂社」などと称される事も多いようです。



御祭神は、日枝大神(大山咋神・国常立神・伊弉冉神・足仲彦尊)
相殿神として、菅原大神(菅原道真公)・稲荷大神(宇氣母智神)・浅間大神(木花佐久夜比売命)。



神社社頭。

     20200105日本橋日枝神社01



参道口に建つ由緒書き。

     20200105日本橋日枝神社02



参道の鳥居。

     20200105日本橋日枝神社03
 


手水舎。

     20200105日本橋日枝神社04



狛犬。

     20200105日本橋日枝神社05


     20200105日本橋日枝神社06




神社社頭ではなく境内、それも拝殿の斜め前に建つ社号標。

     20200105日本橋日枝神社14



戦前に建てられた社号標には、
「官幣大社日枝神社 摂社日枝神社」の文字が刻まれています。

     20200105日本橋日枝神社07



そして、こちらが拝殿。

     20200105日本橋日枝神社08



拝殿正面。

     20200105日本橋日枝神社09


     20200105日本橋日枝神社10



別アングルからの拝殿。

     20200105日本橋日枝神社11



そして、こちらが本殿。

     20200105日本橋日枝神社12



拝殿前の天水桶。

     20200105日本橋日枝神社13





境内社・明徳稲荷神社。

     20200105日本橋日枝神社15


     20200105日本橋日枝神社16




社殿と御神木。

     20200105日本橋日枝神社17
     20200105日本橋日枝神社18
     20200105日本橋日枝神社19


御朱印は、授与所にて拝受出来ます。

     20200105日本橋日枝神社20



こちらが、日枝神社の御朱印。

     20200105日本橋日枝神社21

赤坂の日枝神社もそうですが、御朱印込みで御朱印帳が千円の初穂料。
当然、御朱印帳を頂きました。


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2020/02/16 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 日本橋七福神  弁財天 福禄寿 小網神社 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

茶の木神社をあとにして七福神巡りも終盤。
その最後の神社へと向かいます。
日本橋七福神巡り、その最終章。

向かった先は..............小網神社。

小網神社は、中央区日本橋小網町に鎮座する神社です。

社伝によると、文正元年(1466年)の創建と伝わります。


社地には、古くから恵心僧都の開基と伝わる「万福庵」と云う寺院があったとされ、
「万福庵」は、観世音菩薩と弁財天を安置していて、後に「万福寺」と号されました。
文正元年(1466年)に「万福庵」の周辺で悪疫が流行しました。
その頃、網師の翁が海上で網に掛かった稲穂を持ち「万福庵」を訪問し、数日滞在したそうです。
ある夜「万福庵」の庵主の夢枕に、庵の開基である恵心僧都が現れ、
「網師の翁を稲荷大神として崇めるように」と告げたため、
翌朝になって翁を訪ねると、既にその姿はなかったそうです。
そこで網師の翁を「小網稲荷大明神」として祀ったところ、
暫くして村の悪疫が鎮まったと云うことです。
この網師の翁を小網稲荷大明神として祀ったのが、「小網稲荷社」であり、
のちに小網神社と改称したそうです。


御祭神は、倉稲魂神・市杵島比売神・福禄寿


また、日本橋七福神の弁財天と福禄寿が祀られています。


日本橋七福神は、東京の中央区にある神社8社で構成される七福神巡りです。
多くの七福神めぐりは神社とお寺が混ざっていますが、
神社だけで構成される日本でも珍しい「七福神巡りです。

その構成は

恵比寿神    寳田恵比寿神社
恵比寿神    椙森神社
布袋尊     茶の木神社
大黒天     松島神社
毘沙門天    末廣神社
弁財天     水天宮
弁財天     小網神社
福禄寿     小網神社
寿老人     笠間稲荷神社

と、恵比寿神と弁財天が重複していますが8社を巡っての七福神となります。

弁財天は、七福神の中で、唯一の女神です。
元々はインド河(水)の神でしたが、やがて音楽の神、言語の神となり、
日本に伝わった当初は、弁才天と呼ばれていました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収されて、弁財天と呼ばれるようになり、
財宝を授けてくださる神へとなったとされています。
知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があると言われています。

また、福禄寿は、幸福の福、身分をあらわす禄、寿命を表わす寿の三文字からなり、
中国、道教の長寿神です。南極老人星の化身であり中国の村や町に住み、
人々の信仰を集めたと言われる仙人です。
長い頭、長い顎鬚、大きな耳たぶをもち年齢は千歳と言われ、長寿、幸福の徳を持ち、
鶴と亀を連れて、左手に宝珠、右手に巻物を括り付けた杖をもつ姿が特徴です。
招徳人望の神様として信仰されています。



茶の木神社から小網神社へと向かい、
小網神社に近付き、曲がり角を曲がるといきなりの行列。

目の前には参拝のために並ぶ長い列が出来ていました。

     20200105小網神社01


しかも、その列は半端ない。
神社の前からまっすぐにここまで並び、
ここで、画面右側に列が移動します。

     20200105小網神社02


さらに列は伸びて、次の(手前の)交差点でまた右に移動する。

     20200105小網神社03


さらに列は続き...............

     20200105小網神社04


こちらが、最後尾。

     20200105小網神社05

最後尾まで、ざっと300mほど。



この小網神社。
参拝用の列の他にも列が出来ている。


こちらが、お守りや札を拝受する為の人の列。

     20200105小網神社06

参拝用の列よりは短い。


そして、こちらが七福神巡り(色紙)と御朱印の列。

     20200105小網神社07

実は、この列の並びが1番短い。



それでも、御朱印待ちは10分ぐらい。

     20200105小網神社08



本来は、参拝用の列に並んで参拝するのが筋ですが
この行列に並ぶ勇気と言うか、根性は既に失せています。
列の奥に見えるのが拝殿。

     20200105小網神社09

通りから拝殿を眺め、手を合わせて参拝といたします。



鳥居に飾られた神額。

     20200105小網神社10



鳥居脇に飾られた提灯。

     20200105小網神社11



参拝者の奥に見えるのが神楽殿。

     20200105小網神社13



列の奥が授与所。

     20200105小網神社12

御朱印は、こちらで頒布されています。



そして、こちらが御朱印。

こちらが通常版。

     20200105小網神社14


正月限定。

     20200105小網神社15


正月限定の見開き。

     20200105小網神社16


日本橋七福神 弁財天。

     20200105小網神社17



日本橋七福神 福禄寿。

     20200105小網神社18


いずれも正月のこの時期ですから、書置き対応となります。
まあ、あの列を見たら、書置き対応も仕方がないでしょう。

日本橋七福神巡り、これにて満願となりました。



2020/02/16 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit