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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

笠間城址 (2020年1月4日)(茨城県笠間市) 

1月4日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

香取小原神社をあとにして、向かった先は...............笠間城址。

以前、笠間市に来た時に、茨城百景の包括地として
笠間城址の一部に立ち寄りましたが、山城である笠間城の麓の部分。
家臣たちの屋敷が広がる笠間城の一部でした。
(その時の記事は  こちら  )

あの時は、急いでいたと言うこともあって
足早にその場をあとにしましたが、今回は時間をかけて、笠間城址を攻略します。


笠間城は、鎌倉時代に笠間時朝(1203~1265)が築城しました。

当時、この地域は真言宗の正福寺と徳蔵寺の勢力争いが盛んであり、
両寺院の僧兵たちが争っていました。
劣勢であった正福寺勢が下野守護宇都宮頼綱に援軍を求めたところ、
頼綱は甥の笠間時朝(塩谷時朝)を派兵しました。
時朝は元久2年(1205年)、徳蔵寺の僧兵と戦うための拠点として
佐白山山麓に麓城を築城し、徳蔵寺を討ちました。
ところが、麓城の規模があまりにも大きかったため、
味方のはずの正福寺の僧兵までも時朝に敵対してしまいます。
結局、時朝は正福寺と徳蔵寺を滅ぼすことになります。
そして、承久元年(1219年)堅固な城を佐白頂上に築城しました。
これが、笠間城の始まりです。
その後、笠間氏は18代にわたって笠間の地を治めます。
天正18年(1590年)の小田原征伐の際、18代笠間綱家が宗家の宇都宮氏に逆らい、
宇都宮氏に攻められ落城、替わって宇都宮氏の支配するところとなりました。
文禄元年(1592年)、宇都宮国綱の家臣・玉生勝昌が笠間城主として入城。
慶長3年(1598年)、蒲生郷成が3万石で封じられ笠間城に入城。
慶長6年松平康重が替わって入城した。
その後、諸氏が封じられて城主は目まぐるしく入れ替わり
永享4年(1747年)、牧野貞通が8万石で封じられ、
以後、牧野氏が明治の廃藩まで笠間の地を治めます。、

明治6年(1873年)の廃城令により廃城処分とされ、
建物は取り壊されました。





こちらが、笠間城の縄張り図。

      20200104笠間城址01



本来なら麓から攻略するのがセオリーですが、何せ山城ですから
車で行けるところまで行きましょう。


笠間百坊の近くにある大黒石の近くに車が10台ぐらい停められるスペースがあるので
そちらを起点とします。


こちらが大黒石

      20200104笠間城址02

正福寺と徳蔵寺の争いの際、佐白山の頂辺りから転がり込み落ちて、
優勢だった徳蔵寺の増兵は下じきになったり、
つぶされそうになったりして逃げ回ったそうです。



多黒石のちょっと先。
山の中に入っていく道がある。

      20200104笠間城址03


      20200104笠間城址04


笠間城関連だと思うのだが、本丸とは明後日の方向へ行っちゃうので
この先の進軍は諦めます。

      20200104笠間城址05




こちらが、千人溜り跡。

      20200104笠間城址06



別名、的場曲輪とも呼ばれ、かつての兵の溜まり場だったようです。
以前は、この場所が駐車場になっていたのですが
倒木などにより、駐車場は閉鎖されてしまいました。

      20200104笠間城址07


さあ、笠間城への攻略です。



大手門前の土橋。

      20200104笠間城址08



土橋の架かる空堀。

      20200104笠間城址09



大手門の在った場所には碑が建っています。

      20200104笠間城址10



大手門脇の石垣。

      20200104笠間城址11



城内には、観光用の道路(車両進入禁止)も整備されているけれど
旧来のものと思われる登城路を進みます。

      20200104笠間城址12


      20200104笠間城址13



本丸はもう少し。
この辺りにも石垣は残る。

      20200104笠間城址14


      20200104笠間城址15



本丸虎口。

      20200104笠間城址16



こちらが本丸。

      20200104笠間城址17



いきなり、転がり本丸の土の感触を味わう びいすけ 。

      20200104笠間城址18


本丸跡には、コレと言って特に何も無い。

      20200104笠間城址20



本丸奥に土塁(土壇)がある。

      20200104笠間城址30



ここから、上がって行けるようです。

      20200104笠間城址21



上がった先が八幡櫓。

      20200104笠間城址22



櫓と言ってもちょっとした曲輪(郭)になっている。

      20200104笠間城址23



八幡櫓から本丸を見下ろしてみます。

      20200104笠間城址24



再び、本丸に降りて行きます。

      20200104笠間城址25


本丸奥には笠間城址の碑。

      20200104笠間城址26


      20200104笠間城址27



さらに、ちょっと離れた場所に別な碑も建っています。

      20200104笠間城址28



そして、その脇には大きな案内板。

      20200104笠間城址29



本丸の土塁。

      20200104笠間城址31


      20200104笠間城址32



こちらは、ちとせまつ。

      20200104笠間城址33

おそらく、『千歳松』と言う意味だと思うけれど
碑文は平仮名で『ちとせまつ』。
碑は建っているものの、その名の由来は不明。



本丸から天守曲輪へと向かいます。



本丸奥の土橋。

      20200104笠間城址34


竪堀が天守への行く手を阻みます。

      20200104笠間城址35



この先ぐ天守跡。

      20200104笠間城址36



石段を登っていけば、石垣がお出迎え。

      20200104笠間城址37



天守跡には、佐志能神社が鎮座します。

      20200104笠間城址38



笠間城の天守は佐白山の頂部。
元々は佐志能神社が鎮座していましたが
笠間城築城の際に麓に遷座したと言うことですが
笠間城の廃城後、再び佐白山の頂部に遷座したそうです。

      20200104笠間城址39


さすが、佐白山の頂部。
見晴らしは良い。

      20200104笠間城址40



再び石段を下り、本丸へと戻ります。

      20200104笠間城址41



本丸西奥にも土塁が残る。

      20200104笠間城址42


本丸西郭にも櫓が在ったそうで、
この辺りに櫓が建っていたらしい。

      20200104笠間城址43


天守閣のような建築物は遺っていないけれど
立派な石垣が何ヶ所も遺る笠間城址。
続・日本の100名城に選ばれたらしい。

続・日本の100名城って言うのも如何なモノか?
と個人的には思ったりするんだけどねぇ。




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2020/02/07 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

香取小原神社 (2020年1月4日)(茨城県笠間市) 

1月4日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

旧・大原小学校跡地の目の前に神社があったので、ここはついでと立ち寄って参拝してみました。

訪れたのは...........香取小原神社。


香取小原神社は、笠間市小原に鎮座する神社です。

由緒について、詳細は不詳ですが、
伝承によれば、久寿二年(1155年)とされています。

御祭神は、経津主命、建速素盞鳴命。



旧・大原小学校跡を探しながら県道を走っていると、
こんな看板が目に留まった。

      20200104香取小原神社01

どうやら、地元の神社で元旦にちょっとした祭禮があったようです。



その、香取小原神社は、県道を挟んで大原小学校跡地の畑の向いに鎮座していました。
それなら、素通りは出来ませんね。
って言うか、神社の裏手に車を停めちゃっています(笑)。




こちらが社号標。

      20200104香取小原神社02

社号標には小原神社とある。



どうやら、文化財の残る神社のようです。
説明板には香取神社とある。

      20200104香取小原神社03

算額と言われる、和算家が算問を描いて神社仏閣に奉納した絵馬で、
神仏に問題の解決を感謝するとともに、問題を広く伝える意図があったそうです。
算額は江戸中期の明暦年間(1655~57年)の頃から始まり、
茨城県内には18面(江戸期のものは8面)ほど現存しているそうです。
香取神社の算額は、昭和2年(1927年)に奉納されたもので、
最も新しく、原形もきちんとしているそうです。




神社社頭。

      20200104香取小原神社04



参道。

      20200104香取小原神社05



参道の狛犬。

      20200104香取小原神社06


      20200104香取小原神社07


      20200104香取小原神社08



手水舎。

      20200104香取小原神社09



こちらが拝殿。

      20200104香取小原神社10



拝殿正面。

      20200104香取小原神社11



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20200104香取小原神社12

小原神社と記されていて、香取の一文字もない。




別アングルからの拝殿。

      20200104香取小原神社13


      20200104香取小原神社14


    

そして、こちらが本殿。

      20200104香取小原神社15




拝殿前の天水桶。

      20200104香取小原神社17




びいすけ も参拝。

      20200104香取小原神社16




境内社。

      20200104香取小原神社18



拝殿脇には小さな手水鉢。

      20200104香取小原神社19

傍らには招き猫?




こちらが、社務所。

      20200104香取小原神社23



どうやら、普段は無人の神社のようです。




神社から数十m離れた場所には、稲荷神社も鎮座している。

      20200104香取小原神社20



境外社になるのだろうか?

      20200104香取小原神社21


せっかくだから、こちらもお参りします。

      20200104香取小原神社22


こちらの神社も、大原小学校跡地に訪れなければ
立ち寄ることもなかっただろう。

これも、また縁ですね。




2020/02/07 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit