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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

月詣.........《 東金日吉神社 》(2019年11月11日)(千葉県東金市) 

11月11日

数ヶ月前から、毎月参拝することにした東金市の日吉神社。
今月も月詣と称して参拝に出かけました。



神社社頭。

      20191111東金日吉神社01



鳥居。

      20191111東金日吉神社02



参道。

      20191111東金日吉神社03



いつ訪れても、こちらの参道には何か神々しさを感じる。

      20191111東金日吉神社04


      20191111東金日吉神社05



こう言う所をパワースポットって言うんだろうね。

      20191111東金日吉神社06


 

初めて訪れた時は、この参道の杉並木に圧倒されてしまいました。

      20191111東金日吉神社07



      20191111東金日吉神社08



今でも凄さを感じるんだけどね。

      20191111東金日吉神社09



拝殿。

      20191111東金日吉神社10



いつもは開いていると拝殿が今日は閉まっている。

      20191111東金日吉神社11



でも、参拝はしっかりといたしましょう。

      20191111東金日吉神社12



社務所は今日は閉まっている。

      20191111東金日吉神社13



書置きの御朱印をいただきました。

      20191111東金日吉神社14


      20191111東金日吉神社15


      20191111東金日吉神社16


また来月の参拝が楽しみです。

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2019/12/31 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

月詣.........《 富里香取神社 》(2019年11月11日)(千葉県富里市) 

11月11日

毎月行っている月詣。
今月も富里市の香取神社に出かけました。

      20191111冨里香取神社01



神社社頭。

      20191111冨里香取神社02



見慣れた、今年の干支の猪の看板。

      20191111冨里香取神社03

毎月、この場所で写真を撮っているから、言わば定点ポイント。




七五三の大きな看板。

      20191111冨里香取神社04

最近思うんだけど、愛犬って言葉は喋れないけれど
長年一緒に住んでいると、言葉を覚えてくる。
そういう意味では、喋ることは出来ないけれど
3歳とか5歳の子供のような感覚になる。
いわゆる、可愛い我が子って言う感じです。



そういう意味では、この時期の参拝って七五三をしたくなるような感覚です。

      20191111冨里香取神社05



拝殿。

      20191111冨里香取神社06


      20191111冨里香取神社07



じゃぁ、びいすけ 。
今月もしっかりとお参りして下さいね。

      20191111冨里香取神社08




私もしっかりとお参りいたしました。
『 びいすけ と一緒に、長生きできますように! 』ってね。



こちらが、今月の御朱印。

      20191111冨里香取神社09


      20191111冨里香取神社10


そう言えば、3日後の14日は大嘗祭。
いろんな神社で特別御朱印と称して領布されるんでしょうね。



2019/12/31 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............市守神社 (2019年11月8日)(東京都八王子市) 

11月8日

この日は一の酉。
午前中に相模原市の大鷲神社を2社巡り
御朱印をしっかりと頂いてきました。

午後からは、相模原市から八王子に戻ります。
向かった先は................市守神社。


市守神社は、八王子市横山町に鎮座する神社です。


元々、八王子は小田原北条氏の領地でありましたが、
秀吉の小田原征伐で北条氏が滅亡すると
関東に移封された徳川家康の直轄地となり、
やがて江戸幕府が成立すると、江戸からの各街道を整備する幕府の政策により、
八王子は甲州街道の宿場町として発展していきます。
特にの横山之庄(現在の横山町・八日町・八幡町一帯を指す地名)は、
甲州街道最大の宿場町「八王子十五宿」(八王子横山十五宿)として栄えました。

横山宿では毎月四の付く日に、八日市宿では八の付く日に
「六斎市」という市が開かれるようになります。
この市を守護する市神として倉稲魂命が奉斎されたのが、市守神社の創祀とされています。


御祭神は、 倉稲魂命  天日鷲命




社号標。

       20191108八王子大鳥神社01



神社社頭。

      20191108八王子大鳥神社02

朱色の鳥居が目を引きます。



鳥居の神額には『市守神社』『大鳥神社』と併記されています。

      20191108八王子大鳥神社03

社号標には市守神社だけなんですけどね。

大鳥神社が合祀されていることから
『市守・大鳥神社』とも紹介されているようです。



この日は、11月8日、一の酉です。

      20191108八王子大鳥神社04



こちらの神社も酉の市で賑わっています。

      20191108八王子大鳥神社05



神社社頭の説明板。

      20191108八王子大鳥神社06

八王子市教育委員会が建てたものですが、由緒書き同等だと思いましょう。




参道の狛犬。

      20191108八王子大鳥神社07


      20191108八王子大鳥神社08



酉の市と言ったら、やっぱり熊手。

      20191108八王子大鳥神社09



狭い敷地、境内ですが、数軒の熊手の屋台もある。

      20191108八王子大鳥神社10


      20191108八王子大鳥神社11


      20191108八王子大鳥神社12


手水舎。

      20191108八王子大鳥神社13

この場合、屋根がないから手水鉢と言うんだろうか?
いまいち、手水舎と手水鉢の区分けがよく分からない。




さすが、酉の市。

      20191108八王子大鳥神社14



多くの人が参拝の列に並んでいる。

      20191108八王子大鳥神社15


      20191108八王子大鳥神社16



そう言いながらも、しっかりと参拝させていただきました。

      20191108八王子大鳥神社17



こちらが由緒書き。

      20191108八王子大鳥神社18



授与所。

      20191108八王子大鳥神社19

御朱印はこちらで拝受いたします。


番号札をもらって、御朱印の順番待ち。

      20191108八王子大鳥神社20



御朱印を待っている間、粋な姐さんを見かけたので
無理を言って写真を撮らせて貰いました。

      20191108八王子大鳥神社21



市守神社の提灯。

      20191108八王子大鳥神社22



そして、こちらが御朱印。

      20191108八王子大鳥神社23

普段は無人の神社。
八幡八雲神社の兼務社のようですが、
御朱印は氏子さんたちが応対されていたようでした。




2019/12/30 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

自販機がいっぱい (2019年11月8日)(神奈川県相模原市) 

11月8日


この日は、相模原市に出かけました。
一の酉の日だから、上溝の大鳥神社へ行くのが目的でしたが
もう一つの目的地がありました。

テレビのバラエティ番組で何度か紹介されている自動販売機の聖地、
中古タイヤ市場相模原店 自販機コーナー。


中古タイヤ販売店の自販機コーナー?
何やら、よく分からない繋がり。



そうなんです。
こちらのお店は、本業は中古タイヤ販売で
お客さんの待ち時間に休める場所を提供したいということで
自販機コーナーが設置したそうです。

そして、その自販機がレトロと言うか
ひと昔、いやそれ以上前の懐かしい自動販売機が横一列に並んでいます。

      20191108自販機01


 

テレビで観たけれど、実物を見ると圧巻。

      20191108自販機02


      20191108自販機03



ネットの情報によれば..............

こちらの会社の社長は、数年前からこつこつと自販機を集め
何とそれを自分で修理改造し、さらには、自販機コーナーの屋根や配管なども
すべて自己流でやってしまったそうです。

      20191108自販機04


      20191108自販機05


      20191108自販機06


      20191108自販機07


やっぱり、横一列に並んだ自販機は『圧巻』の一言に尽きる。



じっくりと、その自販機を眺めてみましょう。



ガムの自販機。

      20191108自販機08

『チウインガム』と言う表現が懐かしい。
この自販機は、子供の頃に見た記憶があります。


  

アメリカンポップコーンの自販機。

      20191108自販機09

ポップコーンってすごくアメリカっていう感じがするから
アメリカンポップコーンってある意味、正解!!



そして、もっちゃん のお目当てのトーストの自販機。

      20191108自販機10



メニューは、ハムチーズトーストとコンビーフトーストの2種類。

      20191108自販機13





ハムチーズトーストを選んだようです。



40秒間、じっくり焼かれて
アツアツの状態で下の取り口に落ちてきます。

      20191108自販機11



あ火傷をしないように、トングで取り出します。

      20191108自販機12




こちらが、アツアツのハムチーズトースト。

      20191108自販機14



この微妙な焦げ具合が美味そう。

      20191108自販機15



しっかり、半分貰っちゃいました。

      20191108自販機16

「味はどうか ? 」って?
びいすけ の、この欲しそうな顔を見れば分かりますよね(笑)



お昼で小腹も空いているから、
ご飯物をセレクトします。

      20191108自販機17

天ぷらうどんっていう選択肢もあったんだけど
ここはあえて、ご飯物。



天丼をセレクトします。

      20191108自販機18



おそらく、冷凍の物を温めているんだけれど
出来上がりまでに3分ぐらいかかる。
その待つ時間がワクワクするんだけどね。

取り出し口から取り出すと................

      20191108自販機19

形が予想外。
丼じゃないし.............


箱を開けると、こんな感じ。

      20191108自販機20



ピンボケ写真だから、美味しそうには見えないけれど..............

      20191108自販機21

実際は美味しい天丼でした。
ただ、成人男子じゃ、ちょっと量が物足りない。

まぁ、自販機だから、そこまで求めるのはやめましょう。



噂によれば、ハンバーガーの紙箱や
生産中止となったトーストサンドの純正アルミを復活させるなど、
こちらのお店(?)の社長の熱い想いが形となって
古き良き時代の自販機が並ぶパラダイス。

今度は天ぷらうどんを食べに来よう!







2019/12/30 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............浅間神社 (2019年11月8日)(神奈川県相模原市) 

11月8日

この日は、相模原市に出かけました。


当麻の日枝神社をあとにして、向かった先は.................浅間神社。


浅間神社は、相模原市南区当麻に鎮座する神社です。

宝永4年(1707年)に富士山が大噴火した後の正徳3年(1713年) の創建とされています。
元々は、現在地より40mほど西の山中に鎮座していましたが、
昭和45年に現在地に遷座したとされ、
境内社の秋葉神社は、その際に観心寺より移設したとされています。


御祭神は、木花咲耶媛命。



社号標。

      20191108浅間神社01



神社社頭。

      20191108浅間神社02



鳥居に掲げられた神額。

      20191108浅間神社03



手水鉢。

      20191108浅間神社04



こちらが、拝殿。

      20191108浅間神社12


      20191108浅間神社05



拝受正面に掲げられた扁額。

      20191108浅間神社06



別アングルからの拝殿。

      20191108浅間神社07


      20191108浅間神社08



そして、こちらが本殿。

      20191108浅間神社09



拝殿前の狛犬。

      20191108浅間神社10


      20191108浅間神社11




境内社・秋葉神社

      20191108浅間神社13



神楽殿(?)

      20191108浅間神社14

鉄骨造りですが、老朽化なのか?
立ち入り禁止になっています。



こちらが、当麻の浅間神社の御朱印。

      20191108浅間神社15


こちらも普段は無人の神社。
本務社の亀ヶ池八幡宮にて拝受いたしました。


2019/12/29 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............日枝神社 (2019年11月8日)(神奈川県相模原市) 

11月8日

この日は、相模原市に出かけました。


三嶋神社をあとにして、向かった先は...........日枝神社。


日枝神社は、相模原市南区当麻に鎮座する神社です。

明治40年の大洪水により被災した当地域の住民が、
災害の起こらないことを願って、明治41年当地に創建したとされています。
明治45年(1912)に防火の神として、秦野市の白笹稲荷から分霊を受けて
日枝神社の社殿に合祀したとされています。

御祭神は、大山祇命。
相殿に白笹稲荷大神を祀ります。

完全な住宅街に宅地化された場所に鎮座する日枝神社。
道に迷い、探すのに手間取り、ぐるぐると周辺を回っていました。

思っていたより、かなり狭い敷地。
小さな神社って言う表現がピッタリ。


こちらが神社社頭。

      20191108日枝神社01



普段は無人の神社。
手水鉢も水が枯れている。

      20191108日枝神社02



社殿も正面からだと鳥居が邪魔をしちゃうので
別アングルから。

      20191108日枝神社03


      20191108日枝神社04


      20191108日枝神社05



社殿正面の扁額。

      20191108日枝神社06

相殿に祀られた白笹神社の社号も併記されています。


境内社。

      20191108日枝神社07



こちらが、日枝神社の御朱印。

      20191108日枝神社08


本務社の亀ヶ池八幡宮にて拝受しました。

2019/12/29 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............三嶋神社 (2019年11月8日)(神奈川県相模原市) 

11月8日

この日は、相模原市に出かけました。

当麻天満宮をあとにして、向かった先は...................三嶋神社。


三島神社は、相模原市南区当麻に鎮座する神社です。


創建時期は不明ですが..................
社伝によれば、承久の乱で敗れて奥州に配流された河野通信の一子がこの地に隠れ住み、
その縁から通信の孫の一遍が無量光寺を開きました。
その際に三嶋大権現を祀ったとされています。


御祭神は、大山祇命。



神社社頭。

      20191108三島神社01



鳥居。

      0191108三島神社02




こちらが社殿。

      0191108三島神社03



別アングルから。

      0191108三島神社04



社殿に掲げられた扁額。

      0191108三島神社05

こちらには『三島社』と記されている。



由緒書き。

      0191108三島神社06

由緒書きには『三嶋神社』。




境内社。

      0191108三島神社07




三嶋神社の御朱印。

      0191108三島神社08


こちらも普段は無人の神社。
本務社の亀ヶ池八幡神社にて拝受しました。


2019/12/28 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............当麻天満宮 (2019年11月8日)(神奈川県相模原市) 

11月8日

この日は、相模原市に出かけました。


上溝大鷲神社をあとにして、向かった先は..................当麻天満宮。


当麻天満宮は、相模原市南区当麻に鎮座する神社です。

近江国三井寺座主だった妙音が、延久5年(1073年)に世を逃れて当地に隠棲、
天満宮を勧請し、さらには山王権現社を建立したとされています。
江戸期には当麻村の鎮守として祀られていました。

御祭神は、菅原道真公。



こちらが社号標。

      20191108天満宮01

かなり年季の入った社号標ですね。



神社社頭。

      20191108天満宮02



鳥居に掲げられた神額。

      20191108天満宮03



参道には、例祭の予定表。

      20191108天満宮04


   

こちらは手水舎。

      20191108天満宮05



由緒書き。

      20191108天満宮06



こちらが、拝殿。

      20191108天満宮07



拝殿正面。

      20191108天満宮08



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20191108天満宮09



別アングルからの拝殿。

      20191108天満宮10


      20191108天満宮11


   

そして、こちらが本殿。

      20191108天満宮12



拝殿前の狛犬。

      20191108天満宮13


      20191108天満宮14




境内社の稲荷社。

      20191108天満宮15



こちらが神楽殿。

      20191108天満宮16



普段は無人の神社で、亀ヶ谷八幡宮の兼務社になります。


こちらが、当麻天満宮の御朱印。

      20191108天満宮17


本務社の亀ヶ池八幡宮にて拝受いたしました。






2019/12/28 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............上溝大鷲神社 (2019年11月8日)(神奈川県相模原市) 

11月8日

この日は、相模原市に出かけました。

この日は酉の日。
昨年、休みを取っていてんだけど、行けなかった酉の市が幾つかあります。
その中の一つが上溝大鷲神社の酉の市。

今年の酉の市は外しません。
この日、相模原に来た最たる目的はこちらの酉の市です。

向かった先は.................上溝大鷲神社。



上溝大鷲神社は、相模原市中央区上溝に鎮座する神社です。


創建は明治時代の末頃とされ、地元の上溝本町の商店主らが勧請した神社であり、
神社の管理も上溝本町自治会で行なっている神社です。

より多くの方々に足を運んでもらおうと、
数年前から、酉の市開催時の日限定で、御朱印の頒布を始めたそうです。
すなわち、年に2日、ないしは3日しか御朱印を拝受する事が出来ません。

御祭神は、大鳥祖神。


商店会の駐車場がこの日は酉の市のために使用禁止。
駐車場探しに手こずりましたが、大鷲神社に到着。

境内と言うか、公園の敷地になるのか?
酉の市の屋台の準備が始まっています。

      20191108上溝大鷲神社01


      20191108上溝大鷲神社02


熊手がめあてではなく、あくまでも参拝が目的。
そして、参拝の証である御朱印を頂くことが最課題。
まずは、社殿へと進みます。

      20191108上溝大鷲神社03



社殿に掲げられた扁額。

      20191108上溝大鷲神社04



飾られた提灯。

      20191108上溝大鷲神社05



社殿に大きく御朱印の案内。

      20191108上溝大鷲神社06


どうやら、参拝した後、社殿にて氏子さんに初穂料を納め
参拝証をもらって、特設テントに御朱印帳を提出すると言うシステムのようです。


今年は、色違いの御朱印の2種あるとのことで
一緒に出かけた妹の もっちゃん の分もお願いしちゃいます。

      20191108上溝大鷲神社07


      20191108上溝大鷲神社08



一番乗りだったのに、なぜか引換券は4番と5番。

      20191108上溝大鷲神社09

先に御朱印帳を預けてズルした人が居るようです。



妹の もっちゃん と交代で参拝。



御朱印を待つ間、改めて境内(?)をじっくり眺めてみます。


社殿脇の由緒書き。

      20191108上溝大鷲神社10

文字が擦れて、ほとんど判別不能。



熊手の売店はこれから準備するみたい。

      20191108上溝大鷲神社12


      20191108上溝大鷲神社13



社殿脇で『ひなたぼっこ』する びいすけ 。

      20191108上溝大鷲神社14




      20191108上溝大鷲神社15



こちらが、上溝大鷲神社の御朱印。

      20191108上溝大鷲神社16


      20191108上溝大鷲神社17

今年は、二の酉までだから、一の酉のこの日と、
二の酉の11月20日だけしか授与できない御朱印。

そして、昨年休みを取っていたのに、来る事ができなかった大鷲神社。
一年越しになる御朱印です。



2019/12/27 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............大鷲神社 (2019年11月8日)(神奈川県相模原市) 

11月8日

この日は、神奈川県の相模原市に出かけました。

11月8日は酉の日。
一の酉になります。

前日、八王子の実家に転がり込んで
この日は朝から実家近くの酉の市巡りをいたします。
酉の市って言っても、とくに熊手を買う訳でもなく
普段は無人の神社が、この日は賑わうと言うこともあって
意外に酉の市に行くのも面白い。


と言う事で、向かった先は..................橋本神明大神宮。


実は、こちらに来るのはこれで2回目。
( 前回の訪問記事は、 こちら



橋本神明大神宮の境内に大鷲神社が鎮座しています。
橋本神明大神宮の境内社になるようです。
ネットの記事で、酉の市の日に御朱印をいただいたと言う記事を見て
あわよくば! と期待してやってきました。


まだ、酉の市の準備はこれからのようで
氏子さんたちがようやく集まって、これから飾り付けなどをするようです。

      20191108橋本大鷲神社01


      20191108橋本大鷲神社02



せっかくだから、お参りしちゃいましょう。

      20191108橋本大鷲神社03



鳥居に掲げられた神額。

      20191108橋本大鷲神社04



拝殿。

      20191108橋本大鷲神社05



拝殿に掲げられた扁額。

      20191108橋本大鷲神社06



拝殿前に飾られた提灯。

      20191108橋本大鷲神社07



熊手の準備は、まだまだこれからのようです。

      20191108橋本大鷲神社08



拝殿でせわしなく準備をしていた氏子さんに
御朱印について尋ねたら...........

昨年、氏子さんが中心になって御朱印を拝受したら
予め本務社の了承を得てなかったらしく、後で問題となり
今年は御朱印の拝受は氏子さんたちでは対応しないらしい。

本務社の亀ケ池八幡宮に別件で行く用事があったので
御朱印について尋ねて見たら、本務社で対応していただけました。


と言う事で、橋本大鷲神社の御朱印がこちら。

      20191108橋本大鷲神社09

酉の市の表記は無いけれど、
無理を言って(?)墨書きしてもらったから、感謝しなくちゃ!!





2019/12/27 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

マンホールカードを集めよう! 神奈川県相模原市② (2019年11月7日)(神奈川県相模原市) 

11月7日


山梨県の大月市に出かけたこの日、八王子の実家にたちよることにしました。
最近、こちらの方に足を伸ばしていないので
久しぶりに大月からは国道20号で相模湖に出て、津久井経由で帰ることにしました。


そう言えば、相模原市(と言っても相模湖になりますが.......)で
新たなマンホールカードが発行されたらしい。

マンホールカードのコレクターとしては、見過ごすわけにはいきません。
と言う事で、立ち寄った先は、JR中央本線 相模湖駅前の相模湖観光案内所。

      20191107マンホール相模原01



      20191107マンホール相模原02



簡単なアンケートに記入して
マンホールカードいただきました!

      20191107マンホール相模原03




さて、肝心のモデルとなったカラーマンホール。
相模湖駅の近くにあるのかと思ったら、ちょっと離れた場所にありました。


国道20号を八王子方面にちょっと走り、相模川の桂橋を目指します。
カラーマンホールは、桂橋の手前の県道の歩道に設置されていました。


こちらが、そのマンホール。

      20191107マンホール相模原04



カードと一緒に。

      20191107マンホール相模原05



びいすけ と一緒に。

      20191107マンホール相模原06



最強のコラボ。
カード と びいすけ と マンホール。

      20191107マンホール相模原07




こちらが、相模原市タイプBのマンホールカード。

      20191107マンホール相模原08



カードには、相模ダム、相模湖大橋、桂 、山ゆり、オシドリが描かれています。

      20191107マンホール相模原09

相模ダムは神奈川県の重要な水源である相模湖を形成し、
その相模湖に架かる相模湖大橋は『神奈川の橋100選』にも選ばれています。
そして、桂、山ゆり、オシドリは、旧・相模湖町の木、花、鳥に選ばれていたそうです。

今は、相模原市となっていますが、
旧・相模湖町のこだわりを感じるマンホールカードですね。



2019/12/26 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて................強瀬小学校 (2019年11月7日)(山梨県大月市) 

11月7日

この日は、山梨県の大月市に出かけました。

この日の大月市廃校巡り、その最終章は.................大月市立強瀬小学校。



強瀬小学校は、

明治6年      安楽寺を教場として創立。
明治7年      都留郡第九区強強瀬学校と称する。
明治8年      浅利村・奥山村・畑倉村・岩殿村・強瀬村が合併して賑岡村となる。
明治25年     強瀬尋常小学校となる。
          岩殿分教場を置く。
昭和5年      強瀬尋常高等小学校と改称する。
昭和22年     学制改革により賑岡村立強瀬小学校と改称する。
昭和29年     大月町・七保町・猿橋町・梁川村・笹子村・初狩村・賑岡村と合併して大月市が発足する。
          大月市立強瀬小学校と改称する。
平成28年     大月東小学校に統合されて廃校となる。



こちらが、校門跡。

      20191107強瀬小学校01



門柱。

      20191107強瀬小学校02



門柱の表札。

      20191107強瀬小学校03



校舎全景。

      20191107強瀬小学校04


別アングルから。

      20191107強瀬小学校05


      20191107強瀬小学校06



校庭の一角にまとめられた石碑群。

      20191107強瀬小学校07



経緯土標。

      20191107強瀬小学校08



校歌の碑。

      20191107強瀬小学校09



少年と少女の像。
タイトルは『元気な子』。

      20191107強瀬小学校10



『 真心 』の碑。

      20191107強瀬小学校11



そして、こちらが閉校記念碑。

      20191107強瀬小学校12

裏面には、しっかりと沿革も刻まれています。



こちらが体育館。

      20191107強瀬小学校13



校舎前の国旗掲揚ポール。

      20191107強瀬小学校14



校舎の壁には、校章。

      20191107強瀬小学校15



校庭の遊具類。

      20191107強瀬小学校16


      20191107強瀬小学校17


      20191107強瀬小学校18




朝礼台。

      20191107強瀬小学校19



ポツンと置かれた机。

      20191107強瀬小学校20



そして、百葉箱。

      20191107強瀬小学校21



こちらは、防災収納庫。

      20191107強瀬小学校22



そして、避難場所の案内板。

      20191107強瀬小学校23


こちらも地域の避難場所に指定されているようです。

地域の避難場所としてしか、活路がないみたいな感じで
ちょっぴり残念です。



2019/12/26 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて................旧・七保小学校 (2019年11月7日)(山梨県大月市) 

11月7日

この日は、山梨県の大月市に出かけました。


大月市の廃校・旧校巡り、その第10弾は..............大月市立 旧・七保小学校。


お断り; 七保小学校は未だ現役の小学校で廃校ではありません。


七保小学校は明治7年に創設された葛野学校がその始まりとなっています。

明治7年     葛野学校創設。
        (下和田・葛野・林・奈良子・瀬戸・駒宮・浅川の7村を所属とし、葛野村に本校を置く)
明治8年     下和田村・葛野村・林村・奈良子村・駒宮村・浅川村・瀬戸村が合併して七保村となる。
明治19年     七保尋常小学校と改称する。
         下和田と浅川に分校を設置する。
明治25年4月   七保尋常小学校を分割し、葛野尋常小学校と改称し、各分校を独立校とする。
同年5月     下和田尋常小学校、浅川尋常小学校が創設され、奈良子に分校が設置される。
明治26年     葛野尋常高等小学校と改称する。
昭和22年     学制改革により七保村立葛野小学校と改称する。
昭和29年4月   七保村が町制施行して七保町となる。
         七保町立葛野小学校と改称する。
同年8月      七保町が、大月町・猿橋町・梁川村・笹子村・初狩村・賑岡村と合併して大月市が発足する。
         大月市立葛野小学校と改称する。
昭和40年     浅川小学校、浅川小学校奈良子分校を統合する。
         大月市立七保小学校と改称する。
平成21年     上和田小学校、瀬戸小学校を統合する。
         新校舎竣工、現校地に移転する。

と言う沿革です。


すなわち、平成21年まで、この地が学び舎でありました。

      20191107旧・七保小学校01



かつての正門の門柱には、表札が残っています。

      20191107旧・七保小学校02



この門柱は昭和47年の卒業生から贈られたモノのようです。

      20191107旧・七保小学校20




校舎全景。

      20191107旧・七保小学校03


      20191107旧・七保小学校04



別アングルから。

      20191107旧・七保小学校05


      20191107旧・七保小学校06


      20191107旧・七保小学校07


      20191107旧・七保小学校08



正面玄関にも立派な表札が残っている。

      20191107旧・七保小学校09



ピロティって言うんだっけ?
玄関の庇も立派。
学校の玄関って言うよりも病院の玄関みたい。

      20191107旧・七保小学校10


      20191107旧・七保小学校11



校舎を覗き込むと、そこは放送室だったようです。

      20191107旧・七保小学校14




校舎前の国旗掲揚ポール。

      20191107旧・七保小学校12



少年と少女のモニュメント。

      20191107旧・七保小学校13




経緯土標。

      20191107旧・七保小学校16



創立百周年の記念碑。

      20191107旧・七保小学校17

こちらに、七保小学校の沿革が刻まれています。




こちらは、体育館。

      20191107旧・七保小学校15




校庭。

      20191107旧・七保小学校18



これと言った遊具は残っていない。
新しい校地に持っていってしまったんでしょうか?

地面に埋められた古タイヤ。

      20191107旧・七保小学校19

確認できた遊具はこれのみ。



プール。

      20191107旧・七保小学校21



新しい校地は、この場所から100mほど離れた場所。
すぐ近くの場所になるけど、旧校地がこのまま使われていないのも
もったいない気がするんだけど................


2019/12/25 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて................奈良子分校 (2019年11月7日)(山梨県大月市) 

11月7日 

この日は、山梨県の大月市に出かけました。

大月市の廃校巡り、その第9弾は............大月市立浅川小学校奈良子分校。


奈良子分校は、

明治25年      浅川尋常小学校が創立。その分校として奈良子分校が創設される。
昭和22年      学制改革により七保村立浅川小学校奈良子分校と改称する。
昭和29年      七保村が町制施行して七保町となる。
           七保町立浅川小学校奈良子分校と改称する。
同年8月       七保町が、大月町・猿橋町・梁川村・笹子村・初狩村・賑岡村と合併して大月市が発足する。
           大月市立浅川小学校奈良子分校と改称する。
昭和40年      葛野小学校に統合されて廃校となる。

 
こちらが奈良子分校跡地。

     20191107奈良子分校01

廃校後、奈良子保育所として再利用されたようですが
その保育所も現在では廃止されてしまいました。


敷地は、地域の避難場所に指定されているようです。

      20191107奈良子分校02



山間の分校だけあって、敷地はそんなに広く無い。

      20191107奈良子分校03


校舎も平屋の小さな校舎が二棟。

      20191107奈良子分校04


      20191107奈良子分校05


      20191107奈良子分校06


   

玄関は保育所開設の時に改装されたみたいです。

      20191107奈良子分校07



時代を感じさせる木造校舎。
色々なアングルから眺めてみましょう。

      20191107奈良子分校08


      20191107奈良子分校09


      20191107奈良子分校10


      20191107奈良子分校11


      20191107奈良子分校12


      20191107奈良子分校13



手前の校舎は、外観の塗装も保育所時代に施されているようですね。

      20191107奈良子分校14



狭い校庭には、遊具も残されている。

      20191107奈良子分校15


      20191107奈良子分校16


      20191107奈良子分校17


      20191107奈良子分校18



元々、山間の集落でそんなに多くの世帯数もなかったとおもわれる奈良子集落。
分校も保育所も廃校、廃所となってしまうのは時代の流れ、
定めだったのかもしれない。

この地に学校ができることなんて、もう無いんだろうなぁ...................


2019/12/25 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて................瀬戸小学校 (2019年11月7日)(山梨県大月市) 

11月7日

この日は、山梨県の大月市に出かけました。

大月市の廃校巡り、まだまだ続きます。


上和田小学校をあとにして、向かった先は........大月市立瀬戸小学校。


瀬戸小学校は、

明治8年      葛野学校から独立。瀬戸学校地蔵堂に開設する。
明治20年      瀬戸尋常小学校と改称する。
明治25年      和田分校を設置する
明治42年      瀬戸村宮原に新築校舎建設移転。
大正7年      七保高等尋常小学校瀬戸分教場を設置。
昭和2年      瀬戸尋常高等小学校と改称する。
昭和22年      学制改革により七保村立瀬戸小学校と改称する。
昭和29年4月    七保村が町制施行して七保町となる。
          七保町立瀬戸小学校と改称する。
同年8月      七保町が、大月町・猿橋町・梁川村・笹子村・初狩村・賑岡村と合併して大月市が発足する。
          大月市立瀬戸小学校と改称する。
昭和39年      和田分校が大月市立上和田小学校として独立する。
平成21年      七保小学校に統合されて廃校になる

と、このような沿革となっています。




こちらが、正門跡。

      20191107瀬戸小学校01


赤煉瓦を使った門柱だったようです。

      20191107瀬戸小学校02

往時の表札もしっかりと残っています。



こちらも地域の避難場所に指定されているようです。

      20191107瀬戸小学校03



廃校から既に10年。
校舎は解体されていて、更地に近い状態。

      20191107瀬戸小学校04

実は、2年前の秋。
ここからさらに山間に進んだ深城ダムを訪れた時に
瀬戸小学校が在る事は(その存在は)知っていました。

記憶がまちがいなければ、
その時はまだ校舎が在ったような気がするんだけど............
ここ2年間で解体されてしまったのでしょうか?


体育館は残っていますが、老朽化はかなり激しい。

      20191107瀬戸小学校05


      20191107瀬戸小学校06

なにせ、カマボコ型の屋根の体育館ですからね。
建てられてから、相当な月日が経っているんでしょう。



夜間照明の設備もあるから、少年野球のグランドとして活用されているのか?

      20191107瀬戸小学校07


      20191107瀬戸小学校08



校庭の一角に、記念碑がまとめられています。


閉校記念碑。

      20191107瀬戸小学校09

裏面には沿革がくざまれていて、大変参考になりました。




こちらは、創立百周年記念碑。

      20191107瀬戸小学校10



無造作に置かれた記念碑。

      20191107瀬戸小学校11



少し離れた場所に、七保第二中学校の碑も在りました。

      20191107瀬戸小学校12

かつて、この場所には中学校も併設されていたんですね。



そして、別な一角には遊具類がまとめられていました。

      20191107瀬戸小学校13


      20191107瀬戸小学校14



こちらは、大月市の備蓄倉庫。

      20191107瀬戸小学校15



ネット先にはゲートボール場。

      20191107瀬戸小学校16


いずれ、体育館も解体されることになるでしょう。
ちょっと山間になってしまう土地だけに、
更地になっても有効活用できるのだろうか?

ちょっぴり気になっちゃいますね。



2019/12/24 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて................上和田小学校 (2019年11月7日)(山梨県大月市) 

11月7日

この日は、山梨県の大月市に出かけました。

大月市の廃校巡り、その第7弾.は................大月市立上和田小学校。


上和田小学校は、

明治25年      瀬戸尋常小学校和田分校として設立される。
昭和22年      学制改革により、七保村立瀬戸小学校和田分校と改称する。
昭和29年4月     七保村が町制施行して七保町となる。
           七保町立瀬戸小学校和田分校と改称する。
同年8月       七保町が、大月町・猿橋町・梁川村・笹子村・初狩村・賑岡村と合併して大月市が発足する。
           大月市立瀬戸小学校和田分校と改称する。
昭和39年      瀬戸小学校より独立、大月市立上和田小学校となる。
平成21年      七保小学校に統合されて廃校になる

と、このような沿革となっています。



こちらが、かつての正門。

      20191107上和田小学校01



コンクリート製の門柱には往時の表札が残っています。

      20191107上和田小学校02



この門柱は昭和41年の卒業生から贈られたモノのようです。

      20191107上和田小学校03


    

こちらも地域の避難場所に指定されています。

      20191107上和田小学校04

大月市の場合、避難場所に旧・小学校名が記されていたりするから
他に転用されずに更地になっても、学校跡地をさ探し易いような気がする。





こちらが、校舎。

      20191107上和田小学校05


もともと、丹波山村の方へと抜ける県道と葛野川沿いの
敷地を利用した校地だから、そんなに広くは無い。

      20191107上和田小学校06



別アングルからの校舎。

      20191107上和田小学校07


      20191107上和田小学校08



この辺りのデザインはちょっと凝っている。

      20191107上和田小学校09



とても山深き場所に在る小学校の建物には見えない。

      20191107上和田小学校10



玄関庇には校名が掲げられている。

      20191107上和田小学校11



そして、壁面には校章が掲げられている。

      20191107上和田小学校12



窓ガラスには、閉校時に貼られた感謝の気持ちを示した張り紙が
日焼けしながらも、その想いを今も伝えている。

      20191107上和田小学校13



こちらは、用具室?
それとも、旧・校舎?

      20191107上和田小学校14



僅かに残る遊具類。

      20191107上和田小学校15


      20191107上和田小学校16


      20191107上和田小学校17


    

そして、使われることのない赤錆びたローラー。

      20191107上和田小学校18



校舎の前には、ポツンと小さな机が置かれている。

      20191107上和田小学校19


廃校から10年。
10ねんか、この机は雨風に晒されてきたのだろうか..............?




2019/12/24 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて................畑倉小学校 (2019年11月7日)(山梨県大月市) 

11月7日

この日は、山梨県の大月市に出かけました。

大月市の廃校巡り、その第6弾は...................大月市立畑倉小学校。


畑倉小学校の詳しい沿革は残念の事に不明です。
って言うか、現地に在った閉校記念碑の裏面に沿革が刻まれていたんですが
転記する事なく、写真を撮って後で見ればなんて思っていたら
撮った写真がピンボケ。

唯一わかっていることは、
明治7年創立。
平成20年大月東小学校に統合されて廃校となったと言う事です。



こちらが、かつての正門。

      20191107畑倉小学校01



石造りの門柱には往時の表札が残っています。

      20191107畑倉小学校02



こちらも地域の避難場所に指定されています。

      20191107畑倉小学校03



正門の門扉は閉ざされていますが
脇から中に入れるので、ちょっぴり失礼して見学いたしましょう。


どうやら、校舎は既に解体されてしまったようです。
と言っても、廃校から既に11年経っていますからね。


利用はされていないようですが
体育館は未だに残っています。

      20191107畑倉小学校04




カマボコ型の屋根が時代を物語っています。

      20191107畑倉小学校05


      20191107畑倉小学校06




敷地の一角に記念碑等がまとめられています。

      20191107畑倉小学校08



二宮像。

      20191107畑倉小学校09


      20191107畑倉小学校10



昭和53年に建立された記念碑。

      20191107畑倉小学校11




畑倉小学校創立百周年記念碑。

      20191107畑倉小学校12



顕彰碑。

      20191107畑倉小学校13




畑倉小学校跡地の碑。

      20191107畑倉小学校14

要するに閉校記念碑のようなモノですね。


裏面にはしっかりと沿革が刻まれているんだけど...............

      20191107畑倉小学校16

ピンボケ写真じゃ、確認も出来ない。



こちらは、校歌の碑。

      20191107畑倉小学校15



遊具は全く残っていない校庭。

      20191107畑倉小学校17



その割には、残り香が気になる びいすけ 。

      20191107畑倉小学校18

匂い嗅ぎには余念がありません。



何も無い分、広く感じる校庭。

      20191107畑倉小学校07


      20191107畑倉小学校19


取り残されたようにポツンと放置された、
赤錆びたローラーが印象的でした.................。


2019/12/23 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............三嶋神社 (2019年11月7日)(山梨県大月市) 

11月7日


この日は、山梨県の大月市に出かけました。

大月市には廃校巡りが目的ですが
御朱印をいただく事ができる神社があると言うことなので
素通りは出来ません。

立ち寄った先は....................三嶋神社。


三嶋神社は、大月市駒橋に鎮座する神社です。

平安時代の初期(794~)この地方が開拓された頃、
富士山の噴火により田畑山林は荒廃してしまいました。 
大同元年(806)富士の神・木花咲耶姫命を鎮める為、
大三島の大山祇神社(伊予国)を勧請したのが創建とされています。


御祭神は、大山祇命。



国道20号線沿いに鎮座する三嶋神社。
社号標も国道沿いに建つ。

      20191107三嶋神社01



朱色の立派な鳥居。

      20191107三嶋神社02



その鳥居に掲げられた神額。

      20191107三嶋神社03



境内の参道。

      20191107三嶋神社04



手水舎。

      20191107三嶋神社05



定番の龍の吐出口。

      20191107三嶋神社06



なぜか、手水舎にも扁額が掲げられている。

      20191107三嶋神社07



こちらが、拝殿。

      20191107三嶋神社08



拝殿正面。

      20191107三嶋神社09



別アングルからの拝殿。

      20191107三嶋神社11



そして、こちらが本殿。

      20191107三嶋神社12



拝殿正面に飾られた提灯。

      20191107三嶋神社10



拝殿前の狛犬。

      20191107三嶋神社13


      20191107三嶋神社14



境内社。

      20191107三嶋神社15



神楽殿。

      20191107三嶋神社16



こちらが社務所。

      20191107三嶋神社17

御朱印はこちらで拝受しました。


こちらが、三嶋神社の御朱印。

      20191107三嶋神社18

社号は三嶋神社のようですが、御朱印には三嶋大明神と記されています。



2019/12/23 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて................浅利小学校 (2019年11月7日)(山梨県大月市) 

11月7日

この日は、山梨県の大月市に出かけました。

大月市の廃校巡り、その第5弾は...................大月市立浅利小学校。


浅利小学校の詳しい沿革は不明です。
現地に在った閉校記念碑によれば
明治7年創立。
平成20年に大月東小学校に統合されて廃校となりました。

地域から福祉関係の事業者に活用して欲しいとの要望を受けて、
平成25年に福祉施設を運営する社会福祉法人に売却され
平成26年春、介護、障害者デイサービス施設となりました。



こちらが、浅利小学校跡。

      20191107浅利小学校01


      20191107浅利小学校02



たまたま、介護・障害者デイサービス施設の職員の方と話が出来て
小学校の事を尋ねたら、5年前までは校舎も全くそのまま残っていたそうです。

      20191107浅利小学校03

5年前に校舎の外観は、ほぼそのままで
内部をリノベーションされたそうです。

確かに、校舎っぽく見える。

      20191107浅利小学校07




こちらも地域の指定避難場所。

      20191107浅利小学校04


現在の介護、障害者デイサービス施設の名称のあとに
(旧・浅利小学校)としているのは、地元のこだわりでしょうか?

      20191107浅利小学校05



先ほどの職員の方に敷地内に記念碑が残っていると教えてもらい
見学させてもらいました。
流石に犬連れで中に入るのは気が引けます。
びいすけ は車の中でお留守番。

      20191107浅利小学校08



こちらが、閉校記念碑。

      20191107浅利小学校09



こちらは、校歌の碑。

      20191107浅利小学校10



校舎の建っていた場所より一段と高い場所にプール。

      20191107浅利小学校11



県道を挟んだ先の駐車場。

      20191107浅利小学校12

この場所に体育館が在ったらしい。
残念ながら体育館は解体されてしまったようです。




2019/12/22 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて................大月西小学校 (2019年11月7日)(山梨県大月市) 

11月7日

この日は、山梨県の大月市に出かけました。

大月市の廃校巡り、その第4弾は..................大月市立大月西小学校。


大月西小学校の詳しい沿革は不明です。

現地に在った閉校記念碑によれば
明治6年に創立され、
平成28年に大月東小学校に統合されて廃校となり
142年の歴史に幕を降ろしました。


こちらが、正門。

      20191107大月西小学校01


石造りの古い門柱には、まだ表札が掲げられています。

      20191107大月西小学校02



地域の避難場所に指定されているようです。

      20191107大月西小学校03



校舎全景。

      20191107大月西小学校04



別アングルから。

      20191107大月西小学校05


      20191107大月西小学校06


      20191107大月西小学校07


      20191107大月西小学校08




玄関庇には、校章が掲げられています。

      20191107大月西小学校10



校舎前の国旗掲揚ポール。

      20191107大月西小学校09

そして、その足元には記念碑が建ち並ぶ。



閉校記念碑。

      20191107大月西小学校11

実はこの記念碑の裏側を覗くのを忘れていました。
ひょっとしたら、沿革が刻まれていたかもしれません。



こちらは、校舎竣工記念碑。

      20191107大月西小学校12



山梨県学童野球大会の優勝記念碑。

      20191107大月西小学校13


おそらく地元選出の議員さんが贈られた石碑。
『誠心』『努力』『信念』
最近、忘れがちな言葉ですね。

      20191107大月西小学校14


  

こちらは、標高を示す碑。

      20191107大月西小学校15





こちらは、体育館。

      20191107大月西小学校16




校庭の遊具類。

      20191107大月西小学校17


      20191107大月西小学校18


      20191107大月西小学校19


      20191107大月西小学校20


      20191107大月西小学校21




朝礼台。

      20191107大月西小学校22


明治6年に創立した伝統のある小学校。
歴史のある小学校が、ここでも廃校になったんですね。





2019/12/22 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit