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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

御朱印巡り.......................常名神社 (2019年9月21日)(茨城県土浦市) 

9月21日

この日は、茨城県の土浦市に出かけました。

青麻神社をあとにして、向かった先は.................常名神社。


常名神社は、土浦市常名町に鎮座する神社です。

創立年代は不詳です
大正2年に敷地内に鎮座していた東天神社、西天神社、八幡神社を合祀したそうです。
常名神社鎮座地一帯は、常名天神山古墳として土浦市指定文化財に指定されているそうです。


御祭神は、菅原道真公、誉田別命。



社号標。

      20190921常名神社01



神社社頭。

      20190921常名神社02

草が茫々。
お世辞にもきちんと管理されているとはいえないようです。




鳥居。

      20190921常名神社03



参道。

      20190921常名神社04

倒れた竹が行く手を阻みます。
青々とした竹ではなく、かなり変色しているということは
かなりの期間、ほったらかし状態?



急な石段を登ります。

      20190921常名神社05



城址っぽい雰囲気満載。

      20190921常名神社06

実は、この近くに常名城もあったそうです。
もっとも、この神社のような高台ではなく
国道6号線の高架バイパスの下、今の田園地帯に常名城はあったらしい。




      20190921常名神社07



手水鉢。

      20190921常名神社08



社殿が見えてきました。

      20190921常名神社09



拝殿正面。

      20190921常名神社10



別アングルからの拝殿。

      20190921常名神社11


      20190921常名神社12



こちらが、本殿。

      20190921常名神社13



拝殿から一段下がった削平地。
城郭の郭のようにも見える。

      20190921常名神社16



その奥の土壇に社が見えます。

      20190921常名神社17




こちらが、その境内社。

      20190921常名神社14



同じく境内社の八幡神社。

      20190921常名神社15




実は、この土壇が『常名天神山古墳』。
土浦市教育委員会の設置した標柱が光ります。

      20190921常名神社18


その脇には説明板。

      20190921常名神社19



古墳は前方後円墳。

      20190921常名神社20

前方部頂部には碑と宝筐印塔が建ち、後円部には常名神社が建つ。



その碑と宝筐印塔。

      20190921常名神社21


社務所もなく無人の神社ですが、以前問い合わせをしたら
御朱印をいただけるそうです。



こちらが、その御朱印。

      20190921常名神社22

神社から1kmほど離れた宮司さんの自宅にて拝受いたしました。
宮司さんは、問い合わせがあってから一向に来ないので
どうしちゃったのか?と心配していたそうです。
却って気遣いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。

御朱印、ありがとうございました。





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2019/10/31 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り.......................青麻神社 (2019年9月21日)(茨城県土浦市) 

9月21日

この日は、茨城県の土浦市に出かけました。

先日、ネットを見ていて



青麻神社は、土浦市木田余に鎮座する神社です。

創建時期は不明ですが、宮城県仙台市にある青麻神社を総本社としており、
全国各地に点在する青麻神社の一社のようです。

御祭神は、天之御中主神・天照大御神・月読神。



社号標。

      20190921青麻神社01


神社社頭。

      20190921青麻神社02



参道。

      20190921青麻神社03


神門。

      20190921青麻神社04


門内に貼られた由緒書き。

      20190921青麻神社05

字が細かくて、老眼の身には辛い。
はっきり言って読めません(笑)。




門に貼られた案内。
色々、ご祈祷していただけるようです。

      20190921青麻神社06


      20190921青麻神社07


手水舎。

      20190921青麻神社08


こちらは、拝殿。

      20190921青麻神社09


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190921青麻神社10



別アングルからの拝殿。

      20190921青麻神社11


      20190921青麻神社12


そして、こちらが拝殿。

      20190921青麻神社13



境内社。

      20190921青麻神社14


参道の板碑。

      20190921青麻神社15


      20190921青麻神社16


      20190921青麻神社18



こちらが社務所になるようです。

      20190921青麻神社17

宮司さんの自宅が社務所を兼ねているようです。
御朱印は、こちらで拝受となります。



いただいた御朱印がこちら。

      20190921青麻神社19

後で気が付いたんだけど、
この日は、9月21日。

宮司さん、日付けが違うんですけど.........
しかし、もうあとの祭り。

これも愛嬌の一つだと思うことにいたしましょう。






2019/10/30 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪  真延寺  《 常陸七福神 七福神 》  (2019年9月21日)(茨城県土浦市) 

9月21日

この日は、茨城県の土浦市に出かけました。

寺院巡りは、そんなに好きではありませんが
七福神絡みとなると、話は別格。

以前訪れた土浦市の真延寺。
こちらは、常陸七福神の七福神との事でした。

『常陸七福神の七福神』.........?

要するに、恵比寿とか大黒天が単体で祀られているのではなくて
七福神そのものを祀っているようです。
そもそも、常陸七福神は七福神全てが点在して成り立っているんだから
わざわざ常陸七福神に組む込まなくても良いんじゃない? なんて思うんだけど、
そこは大人の事情があるんでしょう。


真延寺 山門。

      20190921真延寺七福神01



こちらの門柱は寺号標を兼ねている。

      20190921真延寺七福神02


反対側には、常陸七福神。

      20190921真延寺七福神03



石段を上がります。

      20190921真延寺七福神04


手水舎(手水鉢)。

      20190921真延寺七福神06


本堂。

      20190921真延寺七福神05


      20190921真延寺七福神07


前回は気付かなかったのか?
はたまた、今回は特別?

本堂前に書き置きの御朱印が置かれています。

      20190921真延寺七福神08

お代は(寺院の場合も初穂料と言うんだろうか?)賽銭箱へ。


本堂は閉まっているけど、お詣りは済ませ
境内の七福神の碑にもご挨拶。

      20190921真延寺七福神09


      20190921真延寺七福神10



こちらが、真延寺の常陸七福神の御朱印。


七福神。

      20190921真延寺七福神11


恵比寿。

      20190921真延寺七福神12


布袋尊。

      20190921真延寺七福神13


大黒天。

      20190921真延寺七福神14


弁財天。

      20190921真延寺七福神15


毘沙門。

      20190921真延寺七福神16


寿老人。

      20190921真延寺七福神17


福禄寿。

      20190921真延寺七福神18


常陸七福神。
個別の七福神はあと3つほど残っている。
全て巡りきるまで頑張りましょう。



2019/10/30 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの通勤・途中下車.........月詣 大原神社    (2019年9月20日)(千葉県習志野市) 

9月20日

この日は、遅番勤務。
午後からの出勤だから、ゆっくり出来る。
出勤前にちょっと道草。

通勤電車の途中下車。
京成電鉄実籾駅から徒歩5分。
大原神社への参拝です。


神社社頭。

      20190920大原神社01



鳥居に掲げられた神額。

      20190920大原神社02



鳥居前の狛犬。

      20190920大原神社03


      20190920大原神社04



参道。

      20190920大原神社05



手水舎。

      20190920大原神社06



拝殿。

      20190920大原神社07



しっかりと参拝を済ませて、授与所に立ち寄ります。
今月も新たな御朱印が拝受されているようです。

      20190920大原神社08


7〜8人の御朱印待ち。

      20190920大原神社09


番号札を渡されて、呼ばれるのを待ちます。

      20190920大原神社10

朝から54番目って事?


待つ事15分ほど。
無事、御朱印を拝受出来ました。



こちらが、その御朱印。

『月の御恵(みめぐみ)』(直書き)

      20190920大原神社11


『お月見詣り』

      20190920大原神社12


カラフルな御朱印。
大原神社のカラフルな御朱印は人気のようです。









2019/10/29 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今週はコレ!!...............  (2019年9月16日) 

9月16日

毎週、月曜日に着け替えている腕時計。
今週は こちら ↓

      20190916rolex01



ROLEX SUBMARINER #Ref.14060

私にとって、初めてのROLEX。
今から25年ほど前、当時勤めていた会社の社員旅行でグァムに行った時に
勢いで買ってしまった腕時計。
本当はTUDORのサブマリーナを買うつもりで、免税店の時計屋に入って
たまたま試着で腕に着けてみたら、欲しくなってしまいました。
当時1$=約100円で、2000$だったから約20万円。
今じゃ考えられない値段でした。

近年のブームで値段は高騰し、
今じゃ新品どころか中古でも手が出ません。

当然、自動巻。
1秒間に8振動のCal.3000。
すなわち28800ビートのキャリパー。

クリスタルガラスにオイスターケース。
水深は300mの耐圧使用。
ダイバーウオッチのスタンダードとも言えるモデルになります。

      20190916rolex02



ベルトはオリジナルのステンレス無垢の3連ベルト。
フリップには王冠マーク。

      20190916rolex03



竜頭にも王冠マーク。

      20190916rolex04


久しくご無沙汰。
久しぶりに腕に着けてみましょう。

      20190916rolex05


ずっしりとした重量感。
これぞ、機械式腕時計。

      20190916rolex06


やっぱり、天下に名を馳せたメーカーの腕時計。
その腕時計を所有していると言う満足感。
完全なる自己満足の世界に浸ってます(笑)。


さぁ、今週も頑張りましょう!!


2年以上に渡り、毎週月曜日に腕時計を着け替えてきましたが
そろそろ所有している機械式の腕時計が底をつき始めました。
今後は不定期にアップしていこうと思っています、





2019/10/29 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り.......................繁昌 鹿嶋神社 (2019年9月15日)(茨城県行方市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市へ廃校巡りに出かけていました。
その帰り道、鉾田市からは行方市を抜けて、
潮来市から国道51号線で帰ります。

せっかくだから、行方市の繁昌鹿嶋神社に立ち寄ってみました。


繁昌鹿嶋神社は、行方市繁昌に鎮座する神社です。

社伝によれば、神代の昔、経津主大神が御東征のおり、
この小高の地に寄られて大祖高皇産霊尊をまつり、
石槌の剣を捧げて戦勝を祈られました。
この石槌の剣が側鷹神社の御神宝となり、
この祭が創祀となったと言われているそうです。


御祭神は、主祭神として高皇産霊尊が祀られ
経津主命、武甕槌命、倉稲魂命、天照皇大神、猿田彦命、
彦火火出見命、伊弉諾尊、菅原道真公の8柱が合祀されている。



こちらが、社号標。

      20190915繁昌鹿嶋神社01


鳥居。

      20190915繁昌鹿嶋神社02



鳥居に掲げられた神額。

      20190915繁昌鹿嶋神社03

社号標は『鹿島神社』、神額は『鹿嶋神社』
神社庁のHPには『鹿島神社』で記載されています。



手水舎。

      20190915繁昌鹿嶋神社04


記念碑。

      20190915繁昌鹿嶋神社

こちらには『鹿嶋神社』と刻まれている。



参道。

      20190915繁昌鹿嶋神社06



拝殿。

      20190915繁昌鹿嶋神社07



拝殿正面。

      20190915繁昌鹿嶋神社08



別アングルからの拝殿。

      20190915繁昌鹿嶋神社09


      20190915繁昌鹿嶋神社10



そして、こちらが本殿。

      20190915繁昌鹿嶋神社11



拝殿前の狛犬。

      20190915繁昌鹿嶋神社12


      20190915繁昌鹿嶋神社13



境内社。

      20190915繁昌鹿嶋神社14


      20190915繁昌鹿嶋神社15



板碑。

      20190915繁昌鹿嶋神社16


      20190915繁昌鹿嶋神社17



こちらは授与所。

      20190915繁昌鹿嶋神社18

普段は閉められているようです。
連絡先が貼られていますが、宮寺さん宅は神社の近く。
そちらが社務所を兼ねているみたいです。

こちらが御朱印。

      20190915繁昌鹿嶋神社19

宮寺さんの自宅にて頂きました。

御朱印にも『鹿嶋神社』。
と言う事で『鹿嶋神社』で統一します。






2019/10/28 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................串挽小学校 (2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市へ出かけました。

平成17年に鉾田町と大洋村と旭村が合併して誕生した鉾田市ですが
平成28年に5校、平成31年に7校と数年間で12校の小学校が廃校となりました。
その鉾田市の廃校を巡ります。

鉾田市廃校ツアー、その最終章...............鉾田市立串挽小学校。



串挽小学校は、

明治10年     地蔵院敷地を借用して串挽小学校を開校する。
明治25年     秋津第三尋常小学校となる。
明治25年     秋津第二尋常小学校と改称する。
大正5年      現在地に移転する。
昭和22年     学制改革により.秋津村立串挽小学校と改称する。
昭和30年     秋津村が鉾田町、徳宿村、新宮村、巴村と合併して、新たな鉾田町となる。
         鉾田町立串挽小学校と改称する。
平成17年     鉾田町が大洋村、旭村と合併して鉾田市となる。
         鉾田市立串挽小学校と改称する。
平成31年     近隣の7小学校が統合して鉾田市立鉾田南小学校が開校する。
         串挽小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっています。





こちらが、串挽小学校の正門。

      20190915串挽小学校01


門柱には表札も残る。

      20190915串挽小学校02

どうやら、幼稚園も併設されていたようですね。




校舎。

      20190915串挽小学校03


別アングルから。

      20190915串挽小学校04


      20190915串挽小学校05


      20190915串挽小学校06


      20190915串挽小学校07


      20190915串挽小学校08



校舎前の国旗掲揚ポール。

      20190915串挽小学校09



こちらが、体育館。

      20190915串挽小学校10


      20190915串挽小学校11



校庭。

      20190915串挽小学校12



校庭に残る遊具類。

      20190915串挽小学校13


      20190915串挽小学校14


      20190915串挽小学校15


      20190915串挽小学校16




朝礼台。

      20190915串挽小学校17



ブロンズ像。

      20190915串挽小学校18


校訓の碑。

      20190915串挽小学校19


校歌の碑。

      20190915串挽小学校20


残念ながら二宮像はありませんでした。

これで、鉾田市の廃校(小学校)12校を巡ってみましたが
ほとんどの学校に廃校記念碑や学校跡碑と言う碑が見かけられなかった。
地元に愛された小学校のはずなのに.................

一度に多くの学校が廃校になったから
行政で補助するにしても予算採りが難しかったのだろうか...............?





2019/10/28 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

烟田城址  (2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市に出かけました。
鉾田市ては廃校を巡っていましたが、
訪れた新宮小学校は烟田城址の主郭だったようです。

烟田城は、徳宿氏の庶流である烟田氏の居城です。
大掾氏の庶流で鹿島氏の一族の更に分流に当たります。
烟田氏の祖である烟田幹秀は徳宿秀幹の次男であるとされています。

鎌倉時代に徳宿氏2代秀幹の次男である朝秀は、
烟田村他3ヶ村に分封されて烟田氏の祖となりました。

その後、烟田氏は鹿島郡北部の有力豪族となり、
南北朝の動乱や小山の乱(14世紀末)に活躍しました
室町時代には、鹿島氏を惣領家とする一門として鹿島氏に従って活躍しましたが
1486年に、徳宿氏が水戸城主・江戸通雅に攻められ、
徳宿城は落城して徳宿氏は滅び、援軍として参戦した烟田入道父子も討死しました。

大正18年(1590年)小田原の役の際、城主・烟田通幹は佐竹氏に従って小田原へ参陣。
しかし、翌1591年の「南方三十三館の仕置き」により、
他の鹿行地区の領主共々、佐竹義宣に誘殺されてしまいます。
その直後、烟田城は佐竹勢に攻められ、徹底抗戦するも落城してしまいます。
こうして、鎌倉時代より続く烟田氏は滅亡してしまいました。




こちらが、烟田城の縄張り図。

      20190915烟田城址01

( 余湖さんのHPにてお借りしました。)



小学校正門へと続く道。
かつての登城路だったのだろうか?

      20190915烟田城址02


この辺りから、城址の雰囲気を感じ取れる。

      20190915烟田城址0



横矢がった曲がり角には、社が残る。

      20190915烟田城址26


縄張り図によれば、権天神と言うらしいが
祠も草と同化しちやいそうな状態。

      20190915烟田城址27




こちらは、台地下から氷川神社へ続く道。

      20190915烟田城址04


主郭へと続くから搦手口の登城路かも知れない。

      20190915烟田城址05


少し登れば削平地。

      20190915烟田城址06


氷川神社裏手に出ました。

      20190915烟田城址07



氷川神社裏手の空堀。

      20190915烟田城址08


      20190915烟田城址09


祠のあるこの辺りは崖近く。

      20190915烟田城址10


眺望は良い。
ひょっとしたら、物見台だったかも知れない。

      20190915烟田城址11



氷川神社の裏手から、新宮小学校の体育館にかけて
わずかであるが土塁が残っています。

      20190915烟田城址13



その土塁の近くに立つ説明板。

      20190915烟田城址14



こちらが、その土塁。

      20190915烟田城址15


      20190915烟田城址16



      20190915烟田城址19


      20190915烟田城址20





主郭に鎮座するのは氷川神社。

      20190915烟田城址17


      20190915烟田城址18




こちらは、西光院。

      20190915烟田城址21



新宮小学校に隣接する寺院。
こちらの境内奥にも土塁や空堀が残ると言う事です。

      20190915烟田城址22



墓地奥の土塁。

      20190915烟田城址23



この先に空堀があるのですが、薮状態で進めません。

      20190915烟田城址24




境内の土塁。

      20190915烟田城址25



城址の中心部である主郭が新宮小学校になった際に
かなり改変されてしまったようで、遺構そのものは少なくて
見所はそう多くはない。
でも、鹿行地区の歴史を語る上で、重要な位置付けになる烟田氏。
その烟田氏の居城として見逃せない城郭だと思います。





2019/10/27 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................新宮小学校 (2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市へ出かけました。

平成17年に鉾田町と大洋村と旭村が合併して誕生した鉾田市ですが
平成28年に5校、平成31年に7校と数年間で12校の小学校が廃校となりました。
その鉾田市の廃校を巡ります。

鉾田市廃校ツアー、その第11弾は................鉾田市立新宮小学校。

新宮小学校は、

明治22年     烟田十王地に新宮尋常小学校を開校する。
明治25年     新宮第一尋常小学校と改称する。
明治44年     現在地に移転。
大正6年      新宮尋常高等小学校と改称する
昭和22年     学制改革により、新宮村立新宮小学校と改称する。
昭和30年     新宮村が鉾田町、徳宿村、巴村、秋津村と合併し新たな鉾田町となる。
          鉾田町立新宮小学校と改称する。
平成17年     鉾田町が大洋村、旭村と合併して鉾田市となる。
           鉾田市立新宮小学校と改称する。
平成31年     近隣の7小学校が統合し、鉾田市立鉾田南小学校が開校。
          新宮小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっています。





こちらが、新宮小学校の正門。

      20190915新宮小学校01



コンクリートの門柱に表札。

      20190915新宮小学校02



校舎。

      20190915新宮小学校03



別アングルからの校舎。

      20190915新宮小学校04


      20190915新宮小学校05


校舎正面玄関。

      20190915新宮小学校06


正面玄関の庇には校章。

      20190915新宮小学校07



こちらは、体育館。

      20190915新宮小学校08


校庭。

      20190915新宮小学校09



校庭に残る遊具類。

      20190915新宮小学校10


      20190915新宮小学校11


      20190915新宮小学校12


      20190915新宮小学校13



遊具に隠れるように置かれた朝礼台。

      20190915新宮小学校14


校庭には、こんな看板塔も建っています。
表面は、『たのしい学校』

      20190915新宮小学校15


裏面は、『綺麗な学校』。

      20190915新宮小学校16


校舎の前にはブロンズ像。

      20190915新宮小学校17

一瞬、二宮像かと見間違えました。
残念ながら、二宮像はありませでした。


子供たちの卒業記念の製作と思われるオブジェ。

      20190915新宮小学校18


なぜか、校庭に鳥居。

20190915新宮小学校19

      
実は、新宮小学校の建つ台地は、かつての烟田城址。
その烟田城址の主郭に当たる地に新宮小学校がある。
校庭脇に鎮座するのは氷川神社。

烟田城址については、別な機会に触れたいと思います。


城郭が廃城となり、明治期に学校の敷地となる。
これはよくあるパターン。
最近は、城郭から小学校や中学校へと変貌した学校が
廃校になると言うパターンが多い。

これも時代の流れでしょうか.............?





2019/10/26 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................鉾田小学校 (2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市へ出かけました。

平成17年に鉾田町と大洋村と旭村が合併して誕生した鉾田市ですが
平成28年に5校、平成31年に7校と数年間で12校の小学校が廃校となりました。
その鉾田市の廃校を巡ります。

鉾田市廃校ツアー、その第10段は................鉾田市立鉾田小学校。



鉾田小学校の詳しい沿革は分かりません。
明治7年の開校から144年になる今年(平成31年)の春、
近隣の7校が統合して、新たに鉾田市立鉾田南小学校が開校し、
鉾田小学校は廃校となりました。



こちらが、正門。

      20190915鉾田小学校01



この石が門柱として置かれているようですね。

      20190915鉾田小学校02



校舎。

      20190915鉾田小学校03



別アングルから。

      20190915鉾田小学校15


      20190915鉾田小学校16



校庭からの校舎。

      20190915鉾田小学校04


      20190915鉾田小学校05


      20190915鉾田小学校06


      20190915鉾田小学校07


      20190915鉾田小学校08



校舎前の国旗掲揚ポール。

      20190915鉾田小学校09


校舎正面玄関。

      20190915鉾田小学校10


      20190915鉾田小学校11



玄関の表札。
      20190915鉾田小学校12



玄関の庇には校章。

      20190915鉾田小学校13


      20190915鉾田小学校14




校舎前には、二宮像もありました。

      20190915鉾田小学校17


      20190915鉾田小学校18



こちらは、ブロンズ像。

      20190915鉾田小学校19



校訓の碑。

      20190915鉾田小学校20



百葉箱。

      20190915鉾田小学校21



こちらは、体育館。

      20190915鉾田小学校22



校庭に残る遊具類。

      20190915鉾田小学校23


      20190915鉾田小学校24


      20190915鉾田小学校25


      20190915鉾田小学校26



これも、台風15号の強風の影響でしょうか?

      20190915鉾田小学校27

バスケットゴールが倒れていました。



鉾田小学校の建つ台地は、文教地区になるのか?
近くには、鉾田南中学校、鉾田第一高等学校、
鉾田第二高等学校と学校が建ち並ぶ。

文教地区の唯一の小学校が廃校とは.........
複雑な思いですね。



2019/10/25 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 北浦の景観と水郷鉾田 》(2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市に出かけました。

数年前から追っかけているって言うか、
機会があれば訪れることにしている『茨城百景』。

その『茨城百景』が、ここ鉾田市にもあるという事で
茨城百景の碑を探しに来ました。


『茨城百景』は、昭和25年に茨城県観光審議会が選定した
茨城県内の100の景勝地のことです。
選定された景勝地には、『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探して百景の地を巡っている人もいるようです。
まぁ、私もその一人になるんですが..................

鉾田市の茨城百景は、『北浦の景観と水郷鉾田』という名称で
包括風景として『烟田城址』が指定されています。


碑のある場所は、おおよそ分かるのですが
なかなか行きづらい場所にあるようです。


この建物の建つ敷地内にあるそうです。

      20190915茨城百景01

そうです。学校です。


茨城県立鉾田第二高等学校の敷地内にあるそうです。

      20190915茨城百景02


廃校ならいざしれず、現役の高校だと、中々敷地内には入りづらい。

      20190915茨城百景03



事務室に声を掛けようと、中に入るも
この日は日曜日で事務室には人が居ない。

部活で登校している高校生に、声を掛けて中に入ります。
ネットの情報では、体育館裏のがけ近くに在ると言う。


体育館の裏手の崖。
フェンスの向こうに碑がありました。

      20190915茨城百景04


      20190915茨城百景05


残念ながら、碑は崖側が正面になり、碑文が読めません。

      20190915茨城百景07



しかし、独特な形状。
そして、側面に刻まれた茨城県知事の名前。

      20190915茨城百景06

これが茨城百景の碑で間違いないでしょう。



さて、その景観ですが................

      20190915茨城百景08

      20190915茨城百景09


茨城百景が選定されたのは、昭和25年。

その当時は、この場所から眺める鉾田の町並みも
今とは違っていただろうし、北浦の眺望も違っていたでしょう。

高台の場所だから、ちょっぴり期待しちゃったけど、
時代の流れは否めない。仕方のない事ですね。







2019/10/24 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

鉾神社 (2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は茨城県の鉾田市に出かけました。

鉾田市にある12の廃校を巡るべく鉾田市内を廻っていますが
せっかくだから神社も巡っちゃいましょう!!

って事で、訪れたのは..................鉾神社。


鉾神社は、鉾田市鉾田に鎮座する神社です。

創建は天正4年(1576年)とされ、鉾田城主・田山東市正保胤が
行方郡小牧村(現・行方市小牧)の鉾神社より分霊勧請したのが始まりとされています。
天正19年(1591年)、佐竹氏により城主滅亡により荒廃してしまいました。
江戸時代になり、寛文四年(1672年)に再興し、
弘化三年(1846年)に改修されているそうです。



御祭神は、大己貴命(おおなむちのみこと)
 武甕槌命(たけみかずちのみこと)
 日本武尊命(やまとたけるのみこと)


ネットで他の方の参拝記を読むと、皆さん道に迷られたようですが
かく言う私も、しっかり道に迷い、同じ道を三度通ると言う始末。
住宅街の中にある神社だとは知っていましたが
辿り着くのに、こんなに苦労するとは思いませんでした。


この鳥居を見つけた時は、ちょっとだけ感動(笑)。

      20190915鉾神社01



手水舎。

      20190915鉾神社02


定番の龍の吐出口。

      20190915鉾神社03


住宅街だから、そんなに敷地は広くはない。
境内の参道を進みます。

      20190915鉾神社04


狛犬。

      20190915鉾神社05


      20190915鉾神社06


二の鳥居。

      20190915鉾神社07


二の鳥居に掲げられた神額。

      20190915鉾神社08



こちらが、拝殿。

      20190915鉾神社09


拝殿正面。

      20190915鉾神社10


      20190915鉾神社11


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190915鉾神社12



別アングルからの拝殿。

      20190915鉾神社13


      20190915鉾神社14



こちらが、本殿。

      20190915鉾神社15



逆アングルから。

      20190915鉾神社16



拝殿正面に飾られた提灯。

      20190915鉾神社17


拝殿前には、さざれ石。

      20190915鉾神社18



境内社。

      20190915鉾神社19


      20190915鉾神社20


      20190915鉾神社21



小さな祠も建ち並ぶ。

      20190915鉾神社22



板碑。

      20190915鉾神社23


      20190915鉾神社24


宝物殿(?)

      20190915鉾神社25


こちらは神輿庫。

      20190915鉾神社26


こちらが社務所(授与所)。

      20190915鉾神社27


普段は開いているはずの社務所が、この日は閉まっていて無人。
どうやら、神職さんは外出されているようですね。

御朱印のいただける神社という事だったので、楽しみにしていましたが
この日は、御朱印は無理のようでした。

またの機会に期待いたしましょう。



2019/10/24 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................野友小学校 (2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市へ出かけました。

平成17年に鉾田町と大洋村と旭村が合併して誕生した鉾田市ですが
平成28年に5校、平成31年に7校と数年間で12校の小学校が廃校となりました。
その鉾田市の廃校を巡ります。

鉾田市廃校ツアー、その第9段は................鉾田市立野友小学校。


野友小学校は、

明治23年     秋津村野友の花蔵院を仮校舎として
          秋津尋常小学校野友分校として創立される。
明治25年     秋津第二尋常小学校と改称する。
明治35年     高等科が設置され、秋津尋常高等小学校と改称する。
昭和22年     学制改革により、秋津村立野友小学校と改称する。
昭和30年     秋津村が鉾田町、徳宿村、巴村、新宮村と合併して新たな鉾田町となる。
          鉾田町立野友小学校と改称する。
平成17年     鉾田町が大洋村、旭村と合併して鉾田市となる。
          鉾田市立野友小学校と改称する。
平成31年     近隣の7小学校が統合されて、鉾田市立鉾田南小学校が誕生する。
          野友小学校は廃校となる。


と、このような沿革となっています。



こちらが正門。

      20190915野友小学校01



コンクリート製の門柱には表札が残っています。

      20190915野友小学校02



正面玄関。

      20190915野友小学校03


      20190915野友小学校04



校舎全景。

      20190915野友小学校05



別アングルから。

      20190915野友小学校06


      20190915野友小学校07


      20190915野友小学校08


      20190915野友小学校09


      20190915野友小学校26




校舎に掲げられた校章。

      20190915野友小学校10



こちらは、体育館。

      20190915野友小学校11



校庭。

      20190915野友小学校12



台風15号の被害は、こちらにも。

      20190915野友小学校13

敷地内の木の枝が折れてしまったようです。



校庭に残る遊具類。

      20190915野友小学校14


      20190915野友小学校15


      20190915野友小学校16


      20190915野友小学校17



校庭の端っこには、こんな小さなステージもありました。

      20190915野友小学校18



今では見かけるこのが少なくなったトーテムポール。

      20190915野友小学校24



朝礼台。

      20190915野友小学校25



創立百周年記念碑。

      20190915野友小学校19



この下にはタイムカプセルが埋められているようです。

      20190915野友小学校20



頌徳碑。

      20190915野友小学校27




校地周辺の森を使ってフィールドアスレチックの遊具もあり
それが表彰されたみたいです。
その記念碑。

      20190915野友小学校21


      20190915野友小学校22


せっかく表彰された学校なのに、その遊具類で遊ぶ子供たちも
ここには通わなくなってしまったんですね。
寂しいものです。








2019/10/23 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................当間小学校 (2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市へ出かけました。

平成17年に鉾田町と大洋村と旭村が合併して誕生した鉾田市ですが
平成28年に5校、平成31年に7校と数年間で12校の小学校が廃校となりました。
その鉾田市の廃校を巡ります。

鉾田市廃校ツアー、その第8段は................鉾田市立当間小学校。


当間小学校は、

明治26年     旧・廃寺を小学校にあて、茨城県鹿島郡巴第三尋常小学校として開校する。
昭和22年     学制改革により、巴村立第三小学校となる。
昭和30年     巴村が鉾田町、徳宿村、秋津村、新宮村と合併して新たな鉾田町となる。
         鉾田町立巴第三小学校と改称する。
昭和45年     鉾田町立当間小学校と改称する。
平成17年     鉾田町が大洋村、旭村と合併して鉾田市となる。
         鉾田市立当間小学校と改称する。
平成31年     近隣の7小学校が統合されて、鉾田市立鉾田南小学校が誕生する。
         当間小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっています。




こちらが、当間小学校の正門。

      20190915当間小学校01



コンクリートの門柱。

      20190915当間小学校02



門柱に掲げられた表札。

      20190915当間小学校03



校舎。

      20190915当間小学校04


別アングルから。

      20190915当間小学校05


      20190915当間小学校09


      20190915当間小学校10


      20190915当間小学校11


校舎正面玄関。

      20190915当間小学校12




校舎の窓には、廃校時の貼紙。

      20190915当間小学校06


      20190915当間小学校07


      20190915当間小学校08




こちらが、体育館。

      20190915当間小学校13





校庭。

      20190915当間小学校21



校庭に残る遊具類。

      20190915当間小学校14


      20190915当間小学校15


      20190915当間小学校16


      20190915当間小学校17


      20190915当間小学校22



校舎前には、『とうま 』の碑。

      20190915当間小学校18



碑文は、当時の茨城県知事の直筆みたいですね。

      20190915当間小学校19



こちらは記念碑。

      20190915当間小学校20

残念ながら廃校記念碑でありません。


こちらの小学校も地域の少年野球にグランド(校庭)を解放しているようで
この日も少年野球の試合が行われていて、
10人ほどの父兄がいらっしゃいました。
廃校を犬を連れて歩き回る男は珍しいようで(当たり前ですが.............)
怪訝そうな視線をいっぱい感じました。


決して怪しいものではありませんから......................(笑)




2019/10/22 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................青柳小学校 (2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市へ出かけました。

平成17年に鉾田町と大洋村と旭村が合併して誕生した鉾田市ですが
平成28年に5校、平成31年に7校と数年間で12校の小学校が廃校となりました。
その鉾田市の廃校を巡ります。

鉾田市廃校ツアー、その第7段は................鉾田市立青木小学校。


青柳小学校の詳しい沿革は不明です。
したがって、その創設時期は分かりません。
平成28年に近隣の5校が統合されて、鉾田市立鉾田北小学校が開校すると
青木小学校は廃校となりました。



こちらが、正門。

      20190915青柳小学校01



石造りの門柱。

      20190915青柳小学校02


門柱に残された表札。

      20190915青柳小学校03



校舎。

      20190915青柳小学校04


別アングルからの校舎。

      20190915青柳小学校05


      20190915青柳小学校06


玄関の窓ガラスには、あいさつの言葉。

      20190915青柳小学校07



校舎前には、二宮像。

      20190915青柳小学校08


      20190915青柳小学校09



こちらは、体育館。

      20190915青柳小学校10



校舎裏手の通用門。

      20190915青柳小学校11

石造りの門柱の古さからすれば、その昔、正門だったのでは?



校庭。

      20190915青柳小学校12

残念ながら、遊具類は残されていませんでした。




創立六十周年記念碑。

      20190915青柳小学校13

昭和39年と刻まれている。すなわち、1964年で60周年。
と言うことは1904年、つまり明治37年の創立と言うことのようですね。


こちらは、校歌の碑。

      20190915青柳小学校14

創立百周年の記念で建てられたようです。



タイムカプセルの碑。

      20190915青柳小学校15

1984年に埋められて、掘り起こすのは2004年。
果たして、掘り起こされたんでしょうか?



校庭に聳える1本の木。

      20190915青柳小学校16


きっと、シンボルツリーだったんでしょうね。







2019/10/21 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................巴第一小学校 (2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市へ出かけました。

平成17年に鉾田町と大洋村と旭村が合併して誕生した鉾田市ですが
平成28年に5校、平成31年に7校と数年間で12校の小学校が廃校となりました。
その鉾田市の廃校を巡ります。

鉾田市廃校ツアー、その第6段は................鉾田市立巴第一小学校。


巴第一小学校の詳しい沿革は不明です。
校地の所在地が明治期には巴村と称していたことや
後ほど訪問する当間小学校が明治26年に
巴第三尋常小学校と称して創設されたことから推測すると
明治の初めに創立したものと思われます。

平成28年に近隣の5校が統合されて、鉾田市立鉾田北小学校が開校すると
巴第一小学校は廃校となりました。




こちらが、校門。

      20190915巴第一小学校05

古い石造りの門柱ですが、表札は無い。



こちらは、校庭側(?)の校門。

      20190915巴第一小学校01



石造りの門柱。

      20190915巴第一小学校02



こちらには、表札が残っている。

      20190915巴第一小学校03

おそらく、こちらが正門として使われていたんでしょう。



敷地内に入ると.................





こちらも、校舎は解体されていて、ほぼ更地状態。

      20190915巴第一小学校08


      20190915巴第一小学校09


      20190915巴第一小学校10


      20190915巴第一小学校11

校舎も無ければ、記念碑、二宮像、遊具類も無い。



唯一残るのは、体育館。

      20190915巴第一小学校04



      20190915巴第一小学校06


      20190915巴第一小学校07





敷地の片隅に建てられた消防倉庫。

      20190915巴第一小学校12

廃校跡地の定番利用ですね。


ここも、いずれ何かの土地として利用されるのか?
はたまた民間企業に払い下げられたりしちゃうんだろうか?


民間企業の所有地になっちゃったら
もう足を踏み入れることも出来なくなりそうだから
今の内に、びいすけ と一緒に写真に収めちゃいましょう。

      20190915巴第一小学校13


平成28年、3年前に廃校となった小学校5校の内、
これで3校の校舎が取り壊されている。
少しばかり、解体するのが早い気もするが...................
どうなんでしょうね?



2019/10/20 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

主石神社 (2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市に出かけました。





主石神社は、鉾田市大和田に鎮座する神社です。


社伝によれば、第29代欽明天皇(在位:540年-571年)の時代に創祀されたとのことです。

村人が、成長する石を発見したとされ、その石は4-5尺あまりの大きさとなり、
光を放ったという事です。さらに、そこへ老翁が出現し、
「吾は大山祇神」と名乗って消失したそうです。
村人は、この石を神と崇め、石上に祠を建てて祀ったということです。
この御神石の上に社殿が建てられ、石の成長は続いている、とされています。


御祭神は、大山祇神。



こちらが社号標。

      20190915主石神社01



神社社頭。

      20190915主石神社02



鳥居。

      20190915主石神社03



鳥居に掲げられた神額。

      20190915主石神社04


参道口には、由緒の記された説明板。

      20190915主石神社05



参道には、先日の台風15号で枝が折れ、横たわっています。

      20190915主石神社06


   

ここにも被害が出ているんですね。

      20190915主石神社07



手水舎。

      20190915主石神社11



参道の狛犬。

      20190915主石神社09


      20190915主石神社10




こちらが、拝殿。

      20190915主石神社08


      20190915主石神社12



拝殿正面。

      20190915主石神社13


びいすけ も参拝します。

      20190915主石神社14



別アングルからの拝殿。

      20190915主石神社15



そして、こちらが本殿。

      20190915主石神社16




社殿背後に聳えるは、御神木。

      20190915主石神社17
      20190915主石神社18



その根元には多くの神像(?)が置かれている。

      20190915主石神社19



神社の西側の丘。
古墳か何かだろうか?

      20190915主石神社20



小さな祠も数基祀られている。

      20190915主石神社21



丘の頂部。

      20190915主石神社22

ちょっとした削平地。
まるで郭のようだが、ここは城址ではなさそうです。



鳥居に脇には青面金剛刻像 。

      20190915主石神社23

神仏習合時の名残りですね。


この主石神社。
歴史のある神社ですが、現在は無人の神社。
茨城町の宮ヶ崎鹿島神社が兼務されているらしい。
御朱印も宮ヶ崎鹿島神社で頂けるようなので、
機会があれば拝受させていただければと思っています。



2019/10/19 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................大和田小学校 (2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市へ出かけました。

平成17年に鉾田町と大洋村と旭村が合併して誕生した鉾田市ですが
平成28年に5校、平成31年に7校と数年間で12校の小学校が廃校となりました。
今回、その鉾田市の廃校を巡ります。

鉾田市廃校ツアー、その第5弾................鉾田市立大和田小学校。



大和田小学校は、

明治8年     学制発布後、松崎旧・寺堂を借用し、
         大和田小学校と称して開校する。
明治19年     鳥栖尋常小学校紅葉分教場として紅葉に移転する。
明治25年     大和田に移転して、巴第二尋常小学校と改称する。
大正9年      児童数増加のため、現在地に移転する。
昭和22年     学制改革により、巴村立巴第二小学校と改称する。
昭和30年     巴村が鉾田町、徳宿村、新宮村、秋津村と合併して新たな鉾田町となる。
         鉾田町立巴第二小学校と改称する。
昭和45年     鉾田町立大和田小学校と改称する。
平成17年     鉾田町が大洋村、旭村と合併して鉾田市となる。
         鉾田市立大和田小学校と改称する。
平成28年     近隣の5小学校が合併して鉾田市立鉾田北小学校が開校する。
         大和田小学校は廃校となる。


と、このような沿革となっています。



県道沿いに建つ校門。

      20190915大和田小学校01

この門柱は石造りだけど、比較的新しい。


当然、表札も新しく見える。

      20190915大和田小学校02



台地へと続く坂道を上っていくと、その先にも校門。

      20190915大和田小学校03



こちらの門柱も比較的新しく見える。

      20190915大和田小学校04



こちらも既に校舎は解体されていて、ほぼ更地状態。

      20190915大和田小学校11


      20190915大和田小学校12




体育館だけが残っている。

      20190915大和田小学校05


      20190915大和田小学校06



その体育館。

      20190915大和田小学校07


      20190915大和田小学校08



体育館の正面玄関の庇には、大和田小学校の校章。

      20190915大和田小学校09



窓には、文字が貼られている。

      20190915大和田小学校10

おそらく、廃校時に貼られたモノでしょうね。



体育館の脇には藤棚。

      20190915大和田小学校13

廃校後、この藤棚に訪れる人は居るのだろうか?


  

藤棚の奥にはシンボルツリー。
 
      20190915大和田小学校14



廃校記念碑、二宮像、百葉箱に朝礼台、そして遊具類。
よく見かける廃校遺構は見かけられないのは残念。

校舎が解体されているということは
いずれ、何かの施設が建てられるのか?
はたまた、民間企業に貸し出されてしまうのでしょうか?



2019/10/18 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................舟木小学校 (2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日  

この日は、茨城県の鉾田市へ出かけました。

平成17年に鉾田町と大洋村と旭村が合併して誕生した鉾田市ですが
平成28年に5校、平成31年に7校と数年間で12校の小学校が廃校となりました。
その鉾田市の廃校を巡ります。

鉾田市廃校ツアー、その第4段は................鉾田市立舟木小学校。


舟木小学校の詳しい沿革は不明です。
ネットで調べてみましたが、詳しい情報は見つかりませんでした。
明治期にこの辺りは舟木村と称していたことから
明治期に創立された小学校ではないかと思われます。

平成28年春、近隣の5小学校が統合され、新たに鉾田市立鉾田北小学校が開校し
舟木小学校は廃校となってしまいました。




こちらが、舟木小学校の正門。

      20190915舟木小学校01



コンクリート造りの門柱。

      20190915舟木小学校02



門柱には、表札が残っています。

      20190915舟木小学校03



敷地内に入ってびっくり、ほぼ更地です。

      20190915舟木小学校04


      20190915舟木小学校09




2019年9月15日時点でのYahoo!マップの衛星写真では、
しっかりと校舎が映っているんだよなぁ。

      20190915舟木小学校05

ちょっぴり、いや、かなり残念です。



唯一、残っているのがこの体育館。

      20190915舟木小学校06



体育館の前には、記念碑。

      20190915舟木小学校11



校地の中には取り残されたような感じで
ポツンと木が立っている。

      20190915舟木小学校07

シンボルツリーだったのか?



こちらにももう一本。

      20190915舟木小学校10



シンボルツリーをバックに、はいパチリ☆

      20190915舟木小学校12


      20190915舟木小学校13



ほぼ更地の匂い嗅ぎをする びいすけ 。

      20190915舟木小学校08



フェンスに立て掛けられた交通標語。

      20190915舟木小学校14

県道沿いに校地だから、車の往来が多かったのでしょうか?


でも、もう必要がなくなってしまったみたい。
残念と言うか、ちょっびり寂しいですね。


校舎が解体されているということは
いずれ、何かの土地に転用される予定でしょうか?
県道沿いと言う地の利から、民間企業に貸し出されたり
売却してしまうのでしょうか?



2019/10/17 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................徳宿小学校 (2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市に出かけました。

平成28年に5校、平成31年(今年の春ですね)に7校、
ここ数年で12校の小学校が廃校になってしまった鉾田市。
その鉾田市の廃校を巡ってみました。

鉾田市廃校巡り、その第3弾は.................鉾田市立徳宿小学校。


徳宿小学校の沿革は良く分かりません。
残念なことにネット上には、既に徳宿小学校のHPは無くなってしまい
そちらから沿革を確認することは出来ませんでした。

ただ、鉾田市の歴史を紐解き、色々と遡って行くと、
校地のあるこの辺りは、昭和30年に鉾田町と合併する前は徳宿村でした。
その徳宿村は明治初期より存在していたため、
おそらく明治初期に創設された学校ではないかと推薦されます。

いずれにしても、平成28年3月に、近隣の舟木小学校、
巴第一小学校、大和田小学校、青木小学校と統合して、
新たに鉾田市立鉾田北小学校が誕生しました。
その結果、各校は廃校となりました。


こちらが、徳宿小学校の正門。

      20190915徳宿小学校01



門柱。

      20190915徳宿小学校02


この日は、日曜日。
校庭で正念野球の試合が行われていて、駐車場に多くの人車が停まっていました。
ひょっとしたら、普段は門扉は固く閉ざされているのかも知れません。



校舎玄関。

      20190915徳宿小学校03



校舎の玄関を覗き込むとトロフィーが飾られている。

      20190915徳宿小学校17




校舎。

      20190915徳宿小学校04



別アングルから。

      20190915徳宿小学校05


      20190915徳宿小学校06


      20190915徳宿小学校07



水飲み場。

      20190915徳宿小学校09



足洗い場。

      20190915徳宿小学校08



校舎前の国旗掲揚ポール。

      20190915徳宿小学校10



こちらは体育館。

      20190915徳宿小学校11



中庭(駐車場)から校舎を眺めていると........

      20190915徳宿小学校12



二宮像、発見!!

      20190915徳宿小学校13



二宮像の近く、花壇の前には掲示板。

      20190915徳宿小学校18



掲示板には賞状が飾られています。

      20190915徳宿小学校19


      20190915徳宿小学校20



校舎前には、こんな碑も在りました。

      20190915徳宿小学校14



こちらは『経緯度標』。

      20190915徳宿小学校15

校地の緯度・経度表示って茨城県や山梨県の小学校に多いような気がする。



親子のふくろうの像。

      20190915徳宿小学校16





校庭。

      20190915徳宿小学校21

廃校後、遊具は撤去されてしまったようです。



現在は、少年野球のグランドとして利用されているようです。

      20190915徳宿小学校22


この日も、ここで少年野球の試合が行われるようで
数名のお母さん方が応援に来ていました。



そのお母さん方が木陰で陽射しを避けていた立派な木。

      20190915徳宿小学校23


この木は、徳宿小学校のシンボルツリーだったんでしょうね。




2019/10/16 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit