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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............巣鴨猿田彦大神庚申堂    (2019年3月24日)(東京都豊島区) 

3月24日

この日は、都内・豊島区の巣鴨に出かけました。


巣鴨と言えば、とげぬき地蔵が有名ですが
この日の目的は、そこじゃ無い。

巣鴨駅から地蔵通り商店街を抜け、
目指す場所は こちら ↓

      20190324猿田彦大神庚申堂06

そこは、巣鴨にある猿田彦大神庚申塚。

巣鴨猿田彦大神庚申堂は、東京都豊島区巣鴨に鎮座する神社です。


文亀2年(1502年)、高さ八尺(約2.4m)の庚申塔を当地に造立したのが創祀とされます。
明暦3年(1657)に、材木が倒れて庚申堂が五つに砕けてしまったため、
これを土中に埋め、その上に現在の塔が建てられました。
明治の初めに、千葉県銚子市の猿田神社より猿田彦大神を勧請し、
合祀したとされています。

御祭神は、天津祖庚申猿田彦大神
       地津主甲子大己貴神
       人津霊己巳小彦名神。



実は、2月の節分の日に一度訪れているのですが
その時は、御朱印をいただく事が出来ませんでした。
(その時の記事は こちら )。

この日は、猿田彦大神庚申塚の例祭日。
例祭日なら御朱印をいただく事が出来ると聞いたので
この日を待ちわびての参拝です。

巣鴨地蔵通り全体に露店が出る四の日の縁日は、
毎月4のつく日(4日・14日・24日)は、巣鴨地蔵通り全体に露店が出る縁日。

巣鴨猿田彦大神庚申堂の前も人が多い。

      20190324猿田彦大神庚申堂01


社号標。

      20190324猿田彦大神庚申堂02



社頭。

      20190324猿田彦大神庚申堂03


      20190324猿田彦大神庚申堂04


      20190324猿田彦大神庚申堂05



手水舎。

      20190324猿田彦大神庚申堂09


参拝客も並んでいます。

      20190324猿田彦大神庚申堂07



社殿。

      20190324猿田彦大神庚申堂08


      
社殿正面に飾られた提灯。

      20190324猿田彦大神庚申堂10



社殿の前には、神使いの猿。

      20190324猿田彦大神庚申堂11


      20190324猿田彦大神庚申堂12



史跡『巣鴨の庚申塚』の標柱。

      20190324猿田彦大神庚申堂13



例祭日のこの日は、氏子さんたちも揃いの半纏を着て勢揃い。

      20190324猿田彦大神庚申堂14


こちらは、御朱印に並ぶ列。

      20190324猿田彦大神庚申堂15



書き手の氏子さんが丁寧に対応して下さります。

      20190324猿田彦大神庚申堂16



待つ事10数分。
頂いた御朱印がこちら。

      20190324猿田彦大神庚申堂17

まあ、この日は、この御朱印が目的で巣鴨に来た訳だから
とりあえず、目的達成です。



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2019/05/29 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・城址巡り.............(伝) 道灌山城 (2019年3月24日)(東京都荒川区) 

3月24日

この日は、都内・豊島区巣鴨に出かけました。

巣鴨に向かう途中、京成線から山手線に乗り換えるターミナル駅の日暮里で
何ヶ所かのスポットにちょっと寄り道します。

富士見坂から向かった先は.........道灌山城。


道灌山はその名の通り、太田道灌の砦跡だと『江戸志』には記されているそうです。
その一方では、『新編武蔵国風土記稿』には、小田原北条氏家臣の関道閑の屋敷跡とされていると、
日本城郭大系は説明しているようです。

現在『道灌山』と伝わる一帯は、JR西日暮里駅の西側の丘陵地になり、
西日暮里公園から諏方神社にかけての一帯が太田道灌の砦跡だと伝えられています。

そもそも道灌山の名の由来として、中世、新堀(日暮里)の土豪、関道閑が屋敷を構えたとか、
江戸城を築いた太田道灌が出城を造ったなどの伝承によるものです。



こちらが、諏方神社。

      20190324道灌山城01

諏訪神社ではなく、諏方神社と言うことですが何故か社号標は『諏訪神社』。


諏方神社の境内。

      20190324道灌山城02

削平地。
郭跡と言ってもおかしくはない。



この削平地は『諏訪台』と言うらしい。

      20190324道灌山城03


諏訪台から東方面への視界は拓けている。

      20190324道灌山城04

高い建物は日暮里駅前の高層住宅。



諏方神社の先には西日暮里公園。

      20190324道灌山城05



公園中央には、いくつかの説明板。

      20190324道灌山城06



その中には、道灌山と砦跡について触れています。

      20190324道灌山城07



確かに、ここも削平地。

      20190324道灌山城08


郭跡に見えなくも無い。

      20190324道灌山城09

残念ながら、遺構は全く無い。


しかしながら、伝承の域を出ない道灌山城。
何となく、城址に訪れた感が無く、満足感も得られない。

単に遺構が無いからだけではなく、
伝承の域を出ないからなんだろうなぁ..................


2019/05/29 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit