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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............稗田神社 (2019年3月18日)(東京都大田区) 

3月18日

この日は、都内・大田区の蒲田周辺の散歩。
御朱印拝受の神社巡りです。


蒲田駅前周辺には、蒲田八幡神社を本務社とする神社が5社鎮座しています。
いずれも、本務社の蒲田八幡神社にて
御朱印を拝受する事が出来ると言う事なので、
その5社を含め、計6社を巡ってみる事にしました。

女塚をあとにして、向かった先は..................稗田神社。


稗田神社は、東京都大田区蒲田に鎮座する神社です。


社伝によれば、和銅2年(709年)僧行基が天照、八幡、春日の三神体を刻んで安置し、
鎌倉時代に日蓮が村民の請いをいれて開眼したと伝えられています。

式内社と呼ばれる古い格式をもつ神社であり、
平安時代の『延喜式』の神明帳に記載され、
また『三代実録』に貞観6年(864年)「武蔵国従五位下蒲田神を以て
並びに官社に列す」とあるのが、この神社であろうと言われているようです。


御祭神は、誉田別命
     天照大神
     武内宿禰命
     荒木田襲津彦命
     春日大神



社号標。

      20190318稗田神社0101

社号碑には『延喜式内 薭田神社』の文字。
式内社の拘りか?
 

神社社頭の鳥居。

      20190318稗田神社0102



鳥居に掲げられた神額。

      20190318稗田神社0103



この石鳥居は、大田区の文化財に指定されているようです。

      20190318稗田神社0121



境内には、大田区教育委員会の設置した稗田神社の説明板も建てられています。

      20190318稗田神社0120



手水舎。

      20190318稗田神社0104



こちらが拝殿。

      20190318稗田神社0105



拝殿正面。

      20190318稗田神社0106


      20190318稗田神社0107



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190318稗田神社0108



別アングルからの拝殿。

      20190318稗田神社0109


      20190318稗田神社0110



そして、こちらが本殿。

      20190318稗田神社0111



拝殿前の狛犬。

      20190318稗田神社0112


      20190318稗田神社0113



境内社・三十番神社。

      20190318稗田神社0114


      20190318稗田神社0118




同じく境内社・薬祖神社

      20190318稗田神社0115


      20190318稗田神社0116



境内社・稲荷社。

      20190318稗田神社0117



天祖神社。

      20190318稗田神社0119



山野神社合祀碑。

      20190318稗田神社0124



板碑。

      20190318稗田神社0122


      20190318稗田神社0123



こちらが社務所。

      20190318稗田神社0125

普段は神職が常駐しない神社のようです。


こちらが、稗田神社の御朱印。

      20190318稗田神社0126


本務社の蒲田八幡神社にて拝受いたしました。



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2019/05/21 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............女塚神社 (2019年3月18日)(東京都大田区) 

3月18日

この日は、都内・大田区の蒲田周辺の散歩。
御朱印拝受の神社巡りです。


蒲田駅前周辺には、蒲田八幡神社を本務社とする神社が5社鎮座しています。
いずれも、本務社の蒲田八幡神社にて
御朱印を拝受する事が出来ると言う事なので、
その5社を含め、計6社を巡ってみる事にしました。

御園神社をあとにして、向かった先は..................女塚神社。


御園神社は、東京都大田区西蒲田に鎮座する神社です。

創建年代は不詳ですが、元々は旧女塚村・御園村の鎮守として
現在のJR蒲田駅東口付近に鎮座していた八幡社でした。

明治5年、新橋~横浜間に東海道線が敷設されることとなり、
その用地として社地が収容されてしまいます。
そこで明治21年、現在地に遷座し、女塚神社と改称しました。

ちなみに旧・御園村の鎮守は御園神社が担うこととなりました。



女塚神社の名の由来は、南北朝時代に新田義興に忠節を尽くしながらも
謀殺されてしまった少将局を祀る女塚がある事によります。

新田義興は、南北朝時代の武将であり、南朝総大将・新田義貞の次男でした。
足利尊氏が没した後、正平13年/延文三年(1358年)、義興は鎌倉奪還のため挙兵します。
これに対し尊氏の子である鎌倉公方の足利基氏と関東管領の畠山国清は、
義興の進出を畏れ、殺害を試みます。
新田の元家臣であり足利側に寝返った竹沢右京亮を使い、
再び新田側に寝返ったと装わせ近づかせ、謀殺の機会を伺います。
この暗殺計画から義興を救ったのが、侍女である少将局でした。
この事が露見して、少将局は竹沢一族郎党によって殺害されてしまいます。
殺害された少将局の遺骸は打ち捨てられたままでしたが、
村人が憐れんで、塚を建てて祀った塚が『女塚』であると言われています。

ちなみに、義興は後に謀殺されてしまいますが、その義興を祀った神社が『新田神社』であり、
義興の家来たちを祀った神社が『十寄神社』となり、同じく大田区に鎮座しています。



御祭神は、誉田別命


神社社頭の鳥居。

      20190318女塚神社01


鳥居に掲げられた神額。

      20190318女塚神社02


手水舎。

      20190318女塚神社03


こたたらが、拝殿。

      20190318女塚神社04


拝殿正面。

      20190318女塚神社05


別アングルからの拝殿。

      20190318女塚神社06


      20190318女塚神社07



そして、こちらが本殿。

      20190318女塚神社08



拝殿前の狛犬。

      20190318女塚神社09


      20190318女塚神社10



境内社。

      20190318女塚神社11



こちらは、女塚小祠。

      20190318女塚神社12


      20190318女塚神社13



境内には、板碑も建ち並ぶ。

      20190318女塚神社14


      20190318女塚神社15



神輿庫。

      20190318女塚神社16



境内全景。

      20190318女塚神社17
      20190318女塚神社18

見ての通り、境内もそんなに広くはない。



こちらが社務所。

      20190318女塚神社19

宮守の方は居るようですが、
神事に関しては本務社の蒲田八幡神社にて対応しているようです。


こちらが女塚神社の御朱印。

      20190318女塚神社20

本務社の蒲田八幡神社にて拝受いたしました。



2019/05/21 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit