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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............大六天榊神社 (2019年3月14日)(東京都台東区) 

3月14日

この日は、都内台東区の神社巡り。
御朱印拝受の散歩となります。


鳥越神社をあとにして、向かった先は..................第六天榊神社。


第六天榊神社は、東京都台東区蔵前に鎮座する神社です。


景行天皇の時代に日本武尊が東夷征伐の折に創祀したとされています。
古くから「第六天神宮」と呼ばれてきました。
創建当初は、鳥越山に鎮座していましたが
元和6年(1620年)、江戸幕府が全国の天領からの米を収蔵するため、
隅田川沿いに蔵(浅草御蔵)を造営することとし、
この埋め立て用に鳥越山を切り崩すことになり、
土地を没収されてしまい、森田町(現・蔵前3丁目)に遷座されました。
享保4年(1719年)には、現:柳橋一丁目の地に遷座し、
明治6年に、社号を『榊神社』へ改称しました。
そして、昭和3年に現在の地に遷座しました。


御祭神は、榊皇大神(第六天榊大神/天神第六代坐榊皇大御神)
     面足尊
     惶根尊。



こちらが社号標。

      20190314榊神社01



神社社頭の鳥居。

      20190314榊神社02



手水舎。

      20190314榊神社03



簡素な由緒書き。

      20190314榊神社15



拝殿。

      20190314榊神社04



拝殿正面。

      20190314榊神社05


      20190314榊神社06



別アングルからの拝殿。

      20190314榊神社07


      20190314榊神社08



そして、こちらが拝殿。

      20190314榊神社09



拝殿前の狛犬。

      20190314榊神社10


      20190314榊神社11


拝殿前の天水桶。

      20190314榊神社12



境内社。
七福稲荷神社。

      20190314榊神社13



同じく境内社。
事比羅神社・豊受神社。

      20190314榊神社14



こちらも、境内社。
繁盛稲荷社。

      20190314榊神社19






拝殿西側の参道口。

      20190314榊神社16



狛犬。

      20190314榊神社17


      20190314榊神社18




玉垣沿いには『蔵前工業学園跡』碑。

      20190314榊神社20

ここって、学校跡地?


説明板にその経緯が記されています。

      20190314榊神社21

かつて官立の図書館浅草文庫が在りましたが、
浅草文庫は、明治14年(1881年)5月に閉館しました。
その後は、東京職工学校(後の東京高等工業学校、現:東京工業大学)の校地となりました。
関東大震災後に東京高等工業学校が目黒区大岡山へ移転し、
昭和3年、その跡地の一部(同校正門付近)に榊神社が遷座しました。




境内の石碑。

      20190314榊神社22


      20190314榊神社23



神楽殿。

      20190314榊神社24



この奥が社務所。

      20190314榊神社25



そして、こちら御朱印。

      20190314榊神社26

社務所にて拝受いたしました。




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2019/05/10 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............鳥越神社 (2019年3月14日)(東京都台東区) 

3月14日

この日は、都内台東区の神社巡り。
御朱印拝受の散歩となります。


蔵前をあとにして、向かった先は..................鳥越神社。


鳥越神社は台東区鳥越に鎮座する神社です。


景行天皇の御代に、この地に日本武尊が良き斎庭と定めて
皇祖二柱の大御神を祀り、その後白鳥村と呼ばれました。
白雉2年(651年)、村民が日本武尊を祀って、
「白鳥明神」として奉祀したのが始まりとされています。

そのご、前九年の役征圧のため源頼義、義家父子がこの地を通った際、
白い鳥が飛ぶのを見て浅瀬を知り大川(隅田川)を渡ることが出来ました。
それを白鳥明神の加護と称え、『鳥越大明神』の社号を奉りました。

江戸時代まで、この地には三社の神社が鎮座し、
約2万坪の広大な敷地を一帯に所領していましたが、
元和6年(1620年)、江戸幕府が全国の天領からの米を収蔵するため、
隅田川沿いに蔵(浅草御蔵)を造営することとし、
この埋め立て用に大明神のある鳥越山を切り崩すことになり、
土地を没収されてしまいます。

三社のうち熱田神社は今戸に遷座され、
第六天榊神社は森田町(現・蔵前3丁目)に遷座され、
残った大明神が、現在の鳥越神社となります。


御祭神は、日本武尊



社号標。

      20190314鳥越神社01



神社社頭。

      20190314鳥越神社02



由緒書き。

      20190314鳥越神社03



社頭の白鳥橋(神橋)。

      20190314鳥越神社04


やはり、観光地である浅草地区でもメジャーな神社。
外国人観光客用のお洒落な案内板。

      20190314鳥越神社05



手水舎。

      20190314鳥越神社06


      20190314鳥越神社07



拝殿正面。。
鬼瓦にいきなりの『七曜紋』。

      20190314鳥越神社08

これって、『千葉氏』(千葉一族)の家紋じゃない?



拝殿正面。

      20190314鳥越神社09


賽銭箱にも七曜紋。

      20190314鳥越神社11

テンションが上がります。

      

拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190314鳥越神社10



よく見ると、拝殿屋根には『七曜紋』のオンパレード。

      20190314鳥越神社12


      20190314鳥越神社13

やっぱり、テンションが上がります。



別アングルからの拝殿。

      20190314鳥越神社14



そして、こちらが本殿。

      20190314鳥越神社15


      20190314鳥越神社22




本殿にも『七曜紋』。

      20190314鳥越神社16



拝殿前の天水桶。

      20190314鳥越神社17

やはり、こちらにも『七曜紋』。


何故、七曜紋が多いのか?
調べてみると、鳥越神社の神紋は『七曜紋』と『月星紋』。
『七曜紋』は、鳥越神社の宮司が、千葉氏の系譜の『鏑木氏』という事から使われているようです。

鏑木家という千葉氏の中でも重宝された家系であり、
千葉氏は妙見信仰であり、九曜紋系の御神紋を好んで使ったため、
その流れで鳥越神社の御神紋も『七曜紋』となっているようです。

確かに、実際に千葉氏と繋がりの深い神社では、
こうした九曜紋系の御神紋を使用している事が多い。





こちらは、本殿裏手の裏参道口。

      20190314鳥越神社18


鳥居に掲げられた神額。

      20190314鳥越神社19



境内社。
福寿神社。

      20190314鳥越神社20


同じく境内社。
志志岐神社。

      20190314鳥越神社21


こちらは、祖霊社。

      20190314鳥越神社23




神輿庫。

      20190314鳥越神社24

鳥越神社と言えば、『千貫神輿』ですね。



こちらが、社務所。

      20190314鳥越神社25



授与所。

      20190314鳥越神社26

御朱印は、こちらで拝受出来ます。



そして、こちらが御朱印。

      20190314鳥越神社27

『七曜紋』と『月星紋』の朱印も押されています。
コレもテンションが上がりますね(笑)。



2019/05/10 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit