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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............下落合氷川神社    (2019年3月24日)(東京都新宿区) 

3月24日

この日は、都内・豊島区並びに新宿区の散歩。

山手線の目白駅から下落合方面へと足を伸ばし
御朱印拝受の神社巡りです。


東山稲荷神社をあとにして、向かった先は..................下落合氷川神社。


下落合氷川神社は、東京都新宿区下落合に鎮座する神社です。


第5代天皇・孝昭天皇の時代(紀元前5世紀)の創建とされ、(それ以前との説もあるようです)
江戸時代には旧・下落合村の鎮守で、氷川明神社と言われていたそうです。
その頃、高田氷川神社の祭神が素盞嗚命一座で『男体の宮』と称されていて、
氷川明神社の祭神が妻にあたる奇稲田姫命一座であったので『女体の宮』と称され、
二つ合わせて、『夫婦の宮』と称されていたそうです。


御祭神は、素盞嗚命
奇稲田姫命
大己貴命



表参道口に建つ社号標。

      20190324下落合氷川神社01


鳥居の前には神橋。

      20190324下落合氷川神社02



表参道口の鳥居。

      20190324下落合氷川神社03



手水舎。

      20190324下落合氷川神社04


境内に建つ由緒書き。

      20190324下落合氷川神社19




こちらが、拝殿。

      20190324下落合氷川神社05


      20190324下落合氷川神社06


拝殿正面。

      20190324下落合氷川神社07



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190324下落合氷川神社08



別アングルからの拝殿。

      20190324下落合氷川神社09


      20190324下落合氷川神社10



そして、こちらが本殿。

      20190324下落合氷川神社11



拝殿前の狛犬。

      20190324下落合氷川神社12


      20190324下落合氷川神社13



境内社。

      20190324下落合氷川神社14

三峰社、天祖社、稲荷社、諏訪社、浅間社の5社の合殿です。



こちらは、本殿右側の参道口。

      20190324下落合氷川神社16



こちらは、本殿左側の参道口二建つ社号標。

      20190324下落合氷川神社17


新目白通りに面しているから、立派な鳥居も建っています。

      20190324下落合氷川神社18


     
境内の記念碑。

      20190324下落合氷川神社20


      20190324下落合氷川神社21



神楽殿。

      20190324下落合氷川神社22



こちらは、社務所。

      20190324下落合氷川神社23



御朱印は社務所にて拝受出来ますが
書置き版の対応となっています。

      20190324下落合氷川神社24

いえいえ、書置き版でも構いません。
頂いた御朱印は大事に扱わせていただきます。



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2019/05/31 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り............. 東山稲荷神社    (2019年3月24日)(東京都新宿区) 

3月24日

この日は、都内・豊島区の散歩。

豊島区の巣鴨から舞台を目白に移動し
目白駅から新宿区の下落合方面へと移動しながら
御朱印拝受の神社巡りをいたします。


目白豊坂稲荷神社をあとにして、向かった先は..................東山稲荷神社。


東山稲荷神社は、東京都新宿区下落合に鎮座する神社です。

高田馬場に近いこの辺りに来ると、豊島区と新宿区の境界近く。
いつのまにか、新宿区に入っていました。


東山稲荷神社は、延長5年(927年)武蔵介として赴任した清和源氏の祖・源経基が、
京都稲荷山より勧請・創建したとされています。
東山稲荷の神から受けた御神託によって、平将門の謀反を察知し
朝廷に報告した功が認められ、天皇より源姓を賜った経基は、
源氏一族の守護神として崇敬したとの伝承があるそうです。

藤の大木があったことから『藤稲荷神社』『富士稲荷神社』『東山藤稲荷神社』と称され、
武家のみならず、庶民の崇敬も厚かったそうです。


御祭神は、宇迦之御魂大神
大宮能売大神
佐田彦大神



おとめ坂の上り口近く、マンションの敷地内に建つ社号標。

      20190324東山稲荷神社01


その脇には、由緒書き。

      20190324東山稲荷神社02



えっ! まさか.........
マンションの中に神社がある?

      20190324東山稲荷神社03



なんて、思っていたら、その先の路地奥に鳥居が見えました。

      20190324東山稲荷神社04

どうやら、以前はこのマンションの辺りまでが
東山稲荷神社の境内地だったようですね。



一の鳥居。

      20190324東山稲荷神社05



一の鳥居の先は石段。
石段途中には、由緒書き。

      20190324東山稲荷神社06



石段を上った先に二の鳥居。

      20190324東山稲荷神社07



二の鳥居の脇には神使いの狐。

      20190324東山稲荷神社08


      20190324東山稲荷神社09



参道の手水鉢。

      20190324東山稲荷神社10


こちらが、拝殿。

      20190324東山稲荷神社11



拝殿正面。

      20190324東山稲荷神社12


      20190324東山稲荷神社13


   
こちらが、本殿。

   20190324東山稲荷神社14



板碑も多く並びます。

      20190324東山稲荷神社16



こちらが社務所。

      20190324東山稲荷神社15

こちらは、普段は神職の方が常駐されない神社。



      
そして、こちらが東山稲荷神社の御朱印。

      20190324東山稲荷神社17


本務社の下落合氷川神社にて拝受いたしました。


東山稲荷神社の背後は新宿区立のおとめ山公園。
自然が残り、綺麗な水辺もあり、
夏には蛍も確認出来るらしい。(本当なの?)

近隣の方も犬を連れて散歩に来ている姿を見て見かけました。
ちょっぴり、この近くに住んでいる人を羨ましく思ったりして..................



2019/05/31 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り............. 目白豊坂稲荷神社    (2019年3月24日)(東京都豊島区) 

3月24日

この日は、都内・豊島区の散歩。

巣鴨で当初の予定をこなし、山手線に乗って目白へ移動。
改めて、豊島区目白界隈の散歩。
御朱印拝受の神社巡りとなります。


目白駅から徒歩数分。
向かった先は..................目白豊坂稲荷神社。


目白豊坂稲荷神社は、東京都豊島区目白に鎮座する神社です。


創建年代は不詳ですが、元々は学習院の構内に祀られていたそうで、
此花咲耶姫稲荷と称していたそうです。
また宮守が八兵衛という人物だったため、
『八兵衛稲荷』とも呼ばれていたそうです。

明治41年、旧・四谷区尾張町にあった学習院が
目白の現校地へ移転する際に、現在地に遷座したそうです。
『豊坂』という坂の途中が遷座地だったため、
豊坂稲荷神社と称されるようになったそうです。


御祭神は、若宇賀女命
木花咲耶姫命



玉垣の基礎部には小さな看板。

      20190324目白豊坂稲荷神社01



神社社頭。

      20190324目白豊坂稲荷神社03



鳥居。

      20190324目白豊坂稲荷神社04



狭い境内に建つ社号標。

      20190324目白豊坂稲荷神社02



水の枯れた手水鉢。

      20190324目白豊坂稲荷神社11



社殿。

      20190324目白豊坂稲荷神社05



社殿正面。

      20190324目白豊坂稲荷神社06



社殿正面に掲げられた扁額。

      20190324目白豊坂稲荷神社07



別アングルからの社殿。

      20190324目白豊坂稲荷神社08



社殿の前には神使いの狐。

      20190324目白豊坂稲荷神社09


      20190324目白豊坂稲荷神社10



百度石。

      20190324目白豊坂稲荷神社12



板碑。

      20190324目白豊坂稲荷神社13


境外社?
すぐ隣に鎮座する市来嶋神社。

      20190324目白豊坂稲荷神社14



こちらが、目白豊坂稲荷神社の御朱印。

      20190324目白豊坂稲荷神社15


本務社の高田氷川神社にて拝受いたしました。


2019/05/30 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............高岩寺(巣鴨とげぬき地蔵 )    (2019年3月24日)(東京都豊島区) 

3月24日   

この日は、都内・豊島区の巣鴨に出かけました。


この日は24日。
毎月4のつく日(4日・14日・24日)は、巣鴨地蔵通り全体に露店が出る縁日の日です。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵01


      20190324巣鴨とげぬき地蔵02



その巣鴨地蔵通り商店街のランドマークは、やはり巣鴨とげぬき地蔵。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵03


縁日だから、おばあちゃん達の原宿である巣鴨には人が多い。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵04



『とげぬき地蔵通り』は、まるで『竹下通り』?

      20190324巣鴨とげぬき地蔵05


      20190324巣鴨とげぬき地蔵06



せっかく、とげぬき地蔵の前を通るんだから
ちょっぴり立ち寄ってみましょう。


巣鴨とげぬき地蔵は、正式には『高岩寺』と称し
東京都豊島区巣鴨にある曹洞宗の寺院です。

山号は萬頂山。
本尊は地蔵菩薩(延命地蔵、通称とげぬき地蔵と言われ秘仏となっています)




こちらが山門。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵07


山門の扁額。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵08



意外に参拝者が多い。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵09



手水舎。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵11



常香炉からの煙が半端なく多い。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵10


      20190324巣鴨とげぬき地蔵12


      20190324巣鴨とげぬき地蔵13




とにかく、境内は煙が凄い。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵14



本堂内に避難しましょう(笑)。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵15


でも、本堂内にも参拝者がいっぱい。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵16



こちらは、境内にある『洗い観音』に並ぶ列。

     20190324巣鴨とげぬき地蔵17



治癒したい部分の観音像を洗ったり、
濡れタオルで拭くと御利益があるとされています。

     20190324巣鴨とげぬき地蔵18


     20190324巣鴨とげぬき地蔵19



縁日と言うこともあるし、日曜日だから人が多い。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵20



本堂内で御朱印を拝受する事も出来ます。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵21


こちらが、その御朱印。

      20190324巣鴨とげぬき地蔵22


こちらが、当初の目的地ではないけれど.........
.........

おじいちゃん、おばあちゃんの聖地である
巣鴨のとげぬき地蔵、制覇です!!


2019/05/30 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............巣鴨猿田彦大神庚申堂    (2019年3月24日)(東京都豊島区) 

3月24日

この日は、都内・豊島区の巣鴨に出かけました。


巣鴨と言えば、とげぬき地蔵が有名ですが
この日の目的は、そこじゃ無い。

巣鴨駅から地蔵通り商店街を抜け、
目指す場所は こちら ↓

      20190324猿田彦大神庚申堂06

そこは、巣鴨にある猿田彦大神庚申塚。

巣鴨猿田彦大神庚申堂は、東京都豊島区巣鴨に鎮座する神社です。


文亀2年(1502年)、高さ八尺(約2.4m)の庚申塔を当地に造立したのが創祀とされます。
明暦3年(1657)に、材木が倒れて庚申堂が五つに砕けてしまったため、
これを土中に埋め、その上に現在の塔が建てられました。
明治の初めに、千葉県銚子市の猿田神社より猿田彦大神を勧請し、
合祀したとされています。

御祭神は、天津祖庚申猿田彦大神
       地津主甲子大己貴神
       人津霊己巳小彦名神。



実は、2月の節分の日に一度訪れているのですが
その時は、御朱印をいただく事が出来ませんでした。
(その時の記事は こちら )。

この日は、猿田彦大神庚申塚の例祭日。
例祭日なら御朱印をいただく事が出来ると聞いたので
この日を待ちわびての参拝です。

巣鴨地蔵通り全体に露店が出る四の日の縁日は、
毎月4のつく日(4日・14日・24日)は、巣鴨地蔵通り全体に露店が出る縁日。

巣鴨猿田彦大神庚申堂の前も人が多い。

      20190324猿田彦大神庚申堂01


社号標。

      20190324猿田彦大神庚申堂02



社頭。

      20190324猿田彦大神庚申堂03


      20190324猿田彦大神庚申堂04


      20190324猿田彦大神庚申堂05



手水舎。

      20190324猿田彦大神庚申堂09


参拝客も並んでいます。

      20190324猿田彦大神庚申堂07



社殿。

      20190324猿田彦大神庚申堂08


      
社殿正面に飾られた提灯。

      20190324猿田彦大神庚申堂10



社殿の前には、神使いの猿。

      20190324猿田彦大神庚申堂11


      20190324猿田彦大神庚申堂12



史跡『巣鴨の庚申塚』の標柱。

      20190324猿田彦大神庚申堂13



例祭日のこの日は、氏子さんたちも揃いの半纏を着て勢揃い。

      20190324猿田彦大神庚申堂14


こちらは、御朱印に並ぶ列。

      20190324猿田彦大神庚申堂15



書き手の氏子さんが丁寧に対応して下さります。

      20190324猿田彦大神庚申堂16



待つ事10数分。
頂いた御朱印がこちら。

      20190324猿田彦大神庚申堂17

まあ、この日は、この御朱印が目的で巣鴨に来た訳だから
とりあえず、目的達成です。



2019/05/29 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・城址巡り.............(伝) 道灌山城 (2019年3月24日)(東京都荒川区) 

3月24日

この日は、都内・豊島区巣鴨に出かけました。

巣鴨に向かう途中、京成線から山手線に乗り換えるターミナル駅の日暮里で
何ヶ所かのスポットにちょっと寄り道します。

富士見坂から向かった先は.........道灌山城。


道灌山はその名の通り、太田道灌の砦跡だと『江戸志』には記されているそうです。
その一方では、『新編武蔵国風土記稿』には、小田原北条氏家臣の関道閑の屋敷跡とされていると、
日本城郭大系は説明しているようです。

現在『道灌山』と伝わる一帯は、JR西日暮里駅の西側の丘陵地になり、
西日暮里公園から諏方神社にかけての一帯が太田道灌の砦跡だと伝えられています。

そもそも道灌山の名の由来として、中世、新堀(日暮里)の土豪、関道閑が屋敷を構えたとか、
江戸城を築いた太田道灌が出城を造ったなどの伝承によるものです。



こちらが、諏方神社。

      20190324道灌山城01

諏訪神社ではなく、諏方神社と言うことですが何故か社号標は『諏訪神社』。


諏方神社の境内。

      20190324道灌山城02

削平地。
郭跡と言ってもおかしくはない。



この削平地は『諏訪台』と言うらしい。

      20190324道灌山城03


諏訪台から東方面への視界は拓けている。

      20190324道灌山城04

高い建物は日暮里駅前の高層住宅。



諏方神社の先には西日暮里公園。

      20190324道灌山城05



公園中央には、いくつかの説明板。

      20190324道灌山城06



その中には、道灌山と砦跡について触れています。

      20190324道灌山城07



確かに、ここも削平地。

      20190324道灌山城08


郭跡に見えなくも無い。

      20190324道灌山城09

残念ながら、遺構は全く無い。


しかしながら、伝承の域を出ない道灌山城。
何となく、城址に訪れた感が無く、満足感も得られない。

単に遺構が無いからだけではなく、
伝承の域を出ないからなんだろうなぁ..................


2019/05/29 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・関東の富士見百景.............富士見坂 (2019年3月24日)(東京都荒川区) 

3月24日

この日は、都内・豊島区巣鴨に出かけました。

巣鴨に向かう途中、京成線から山手線に乗り換えるターミナル駅の日暮里で
何ヶ所かのスポットにちょっと寄り道します、ら

日暮里小学校跡から向かった先は.........富士見坂。


都内に富士見坂と称して、富士山の眺望に長ける場所が
何ヶ所か在るようです。
荒川区の富士見坂もその一つ。


日暮里小学校跡地から、諏方神社に向かって進んで行くと
こんな看板が目に留まります。

      20190324富士見坂01


      20190324富士見坂02



こちらが、富士見坂。

      20190324富士見坂03


荒川区のHPによると..................

江戸の頃から観光の名所であり、
この富士見坂は、通称「花見坂」または「妙隆寺坂(みょうりゅうじざか)」と呼ばれていました。

この富士見坂からは、天気のよい日には富士山を眺める事ができました。
都心にいくつかある富士見坂のうち、地上から富士山の形がよく見える坂であり、
平成16年11月に国土交通省関東地方整備局より「関東の富士見百景」に選定されました。


と記載されています。


そうなんです。
この富士見坂が『関東の富士見100景』の一つになるんです。


坂の頂部には、こんな碑(?)が建っています。

      20190324富士見坂04



その説明文。

      20190324富士見坂05



そして、最たる目的物。
『関東の富士見100景』のプレート。

      20190324富士見坂06



富士見坂から眺めてみましょう。

      20190324富士見坂07



270mmの望遠レンズの威力発揮。

      20190324富士見坂08


      20190324富士見坂09



ググッと寄ってみましたが、富士山は見えません。

      20190324富士見坂10



よく見ると、説明板にも追記が有りました。

      20190324富士見坂11

どうやら、平成25年6月頃から新しく建てられた建物により
その姿は見えなくなったそうです。


う〜む、残念。
やっぱり、富士山とは相性が悪いようです。



2019/05/28 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・廃校を探して.............日暮里小学校 (2019年3月24日)(東京都荒川区) 

3月24日

この日は、都内・豊島区の巣鴨に出かけました。

私の住む千葉県からは、京成線で都内に出るのですが
その京成線の都内でのターミナル駅が日暮里駅。

日暮里駅周辺には、色々と見所もあって
本当は、 びいすけ を連れて来て一緒に散歩でもしたいのだけど
電車に びいすけ を乗せるのは大変だし..................
(過去、八王子のさ実家まで電車[京成線、都営地下鉄、京王線]
を乗り継いで行きましたが、そりゃもう大変でした。)
かと、言って車で来たら、駐車場に苦労しそうだし..................

と言うことで、 びいすけ は今日も留守番。
びいすけ父さんの都内散歩です。


以前、日暮里駅前の周辺の案内地図で、
『日暮里小学校跡』なるモノを見つけました。

非常に気になっていたので、ちょっぴり覗いてみましょう。



地図によれば、この建物の建つ場所が日暮里小学校跡のようようです。

      20190324日暮里小学校01

完全な住宅街です。


コンクリート塀に掲げられた説明板。

      20190324日暮里小学校02


      20190324日暮里小学校03



説明板の文面によれば..................

日暮里小学校は、
明治11年谷中天王寺門前の瑞輪寺境内にあった寺子屋が
日暮里6番地に分離移転する
明治18年東京府知事の認可を受け、公立日暮里小学校となる。
大正2年日暮里尋常高等小学校と改称する。
昭和11年校地を新築移転する(現:荒川区立第一小学校)。

と、このような沿革となっているようです。



昭和11年まで、この地は小学校だったようです。
現在、跡地は公共の施設、児童館となっています。

      20190324日暮里小学校04


      20190324日暮里小学校05



元々、敷地はそんなに広くはなかったのでしょう。
住宅街の中に、ポツンと児童館が建っています。

      20190324日暮里小学校06

とは言え、この辺りは寺町だから寺院も多く、
寺子屋だったらそんなに広い敷地も要らなかったのでしょう。




こちらが、昭和11年に移転した、現在の小学校。

      20190324日暮里小学校07



荒川区立日暮里第一小学校の校舎。

      20190324日暮里小学校08

現役の小学校だから、勝手に中に入れないから
校門からそっと眺めます。


校門前には、フクロウ(?)のオブジェ。

      20190324日暮里小学校09



オブジェの横には『正直 親切』の碑文。
高村光太郎の直筆らしい。

      20190324日暮里小学校10


都内も特に山手線の内側は、空洞化で人口が減り
廃校も多いと聞きます。
多分、この先都内を散歩していれば、
多くの廃校、学校跡に出会うんだろうなぁ。




2019/05/28 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............福森稲荷神社神社 (2019年3月18日)(東京都葛飾区) 

3月19日

この日は、遅番勤務。
12時からの勤務です。

そして、3月25日から新しい職場に異動するため
今の職場での遅番は、この日が最後。

異動しちゃうと、なかなか都内には出て来れないだろうし、
午前中だけ、ちょっと都内を散歩!

.........なんて訳にも行かなくなっちゃいます。

と言うことで、この日出勤前に立ち寄ったのは..................福森稲荷神社。


福森稲荷神社は、東京都葛飾区青戸に鎮座する神社です。

寛政8年(1796年)に創建したと伝えられています。

この辺りは、元禄年間(1688年~1703年)に立石村より分離して、淡之須村となり
その淡之須村の鎮守として、淡之須神社と称していました。
今でも、毎年7月に骨董市が開催され、そのポスターなどには
『淡之須神社』(福森稲荷神社)と会場名として記載されています。

ネットで調べてみると、旧・福森村の鎮守と記されている方が多いようですが
どうも、その福森村と言うのが、よく分からない。
従って、いつ頃から福森稲荷神社と称するようになったのか?
詳細は分かりません。


御祭神は、倉稲魂命。


京成青砥駅近く。
以前から気になっていた神社でした。


神社社頭。

      20190319福森稲荷神社01


鳥居。

      20190319福森稲荷神社02



鳥居の神額。

      20190319福森稲荷神社03

確かに『福森稲荷神社』とある。



境内の隅っこに一対の狛犬。

      20190319福森稲荷神社04



それぞれの足を細いロープで結ばれている。
それも朱色。

      20190319福森稲荷神社05


いわゆる、赤い紐と言ったところでしょうか?
しかし、何の意味があるのだろう?

      20190319福森稲荷神社06



手水舎。

      20190319福森稲荷神社13



こちらが、拝殿。

      20190319福森稲荷神社07



拝殿正面。

      20190319福森稲荷神社10


      20190319福森稲荷神社08


      20190319福森稲荷神社09


      
別アングルからの拝殿。

      20190319福森稲荷神社11



そして、こちらが本殿。

      20190319福森稲荷神社12




板碑。
      
      20190319福森稲荷神社14


      20190319福森稲荷神社15



神輿庫。

      20190319福森稲荷神社16



こちらが社務所。

      20190319福森稲荷神社17

地区の集会所も兼ねているようですが
普段は神社の常駐されない神社です。


御朱印は、年に1回の骨董市の時に頂く事が出来るという事が
ネットに記載されていましたが、
本務社の小岩神社の社務所に問い合わせてみたら
実際に管理されている青砥神社にて拝受出来るとのことです。


と言うことで青砥神社にて、拝受してきた御朱印がこちら。

      20190319福森稲荷神社18

対応していただいた禰宜さんが、スタンプを押し間違えてしまい
なぜか、青砥神社の社印まで押されています。

まあ、これも愛嬌。
こんな縁もあるものだと、思うことにいたしましょう。



2019/05/27 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............久ヶ原西部神社 (2019年3月18日)(東京都大田区) 

3月18日

この日は、都内大田区の蒲田界隈を散歩。
御朱印拝受の神社巡りです。

蒲田から、多摩川を北上するように矢口方面へと向かい、
さらには、池上から久ヶ原へと足を進めます。


久が原東部八幡神社をあとにして、向かった先は..................久が原西部八幡神社。


奈良時代の天平神護元年(765年)、豊前国・宇佐神宮より御分霊を勧請し、
久が原台地の一番の高所に奉斎し創建されたとされています。

徳川家康が江戸に入府した天正18年(1590年)、
旧・久が原村が東の馬込領と西の六郷領に分村され、
村民らは両村を向、原と呼び分けたそうです。
久が原西部八幡神社は、六郷領久ヶ原村(原)の鎮守とされ、
別当は安詳寺が担いました。
ちなみに馬込領の久が原村(向)の鎮守は
現在の久が原東部八幡神社となります。


御祭神は、誉田別命。



こちらが社号標。

      20190318久が原西部八幡神社01



神社社頭の鳥居。

      20190318久が原西部八幡神社02



鳥居に掲げられた神額。

      20190318久が原西部八幡神社03



石段を上がれば拝殿がお出迎え。

      20190318久が原西部八幡神社04



手水舎。

      20190318久が原西部八幡神社05



こちらが、拝殿。

      20190318久が原西部八幡神社06



拝殿正面。

      20190318久が原西部八幡神社07


      20190318久が原西部八幡神社08



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190318久が原西部八幡神社09



別アングルからの拝殿。

      20190318久が原西部八幡神社10


      20190318久が原西部八幡神社11



そして、こちらが本殿。

      20190318久が原西部八幡神社12



拝殿正面に飾られた提灯。

      20190318久が原西部八幡神社13



拝殿前の狛犬。

      20190318久が原西部八幡神社14


      20190318久が原西部八幡神社15



境内社・稲荷神社。

      20190318久が原西部八幡神社16



境内社右脇の参道口。

      20190318久が原西部八幡神社17



そこには鳥居はありませんが、
門柱の上に狛犬が鎮座しています。

      20190318久が原西部八幡神社18


      20190318久が原西部八幡神社19



神楽殿。

      20190318久が原西部八幡神社20



神輿庫。

      20190318久が原西部八幡神社21



板碑。

      20190318久が原西部八幡神社22



拝殿の左側に置かれた力石(歓喜石)。

      20190318久が原西部八幡神社23

何故か、力石の傍らには大黒天と恵比寿。



こちらが社務所。

      20190318久が原西部八幡神社24

こちらも平素は神職の常駐されない神社。
当然、無人です。



こちらか、久が原西部八幡神社の御朱印。

      20190318久が原西部八幡神社25

本務社の徳持神社にて拝受いたしました。




2019/05/27 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............久が原東部神社 (2019年3月18日)(東京都大田区) 

3月18日

この日は、都内大田区の蒲田界隈を散歩。
御朱印拝受の神社巡りです。

蒲田から、多摩川を北上するように矢口方面へと向かい、
さらには、池上から久ヶ原へと足を進めます。


徳持神社を後にして、向かった先は..................久が原東部八幡神社。


久が原東部八幡神社は、東京都大田区久ヶ原に鎮座する神社です。


奈良時代の天平神護元年(765年)、豊前国・宇佐神宮より御分霊を勧請し、
久が原台地の一番の高所に奉斎し創建されたとされています。

徳川家康が江戸に入府した天正18年(1590年)、
旧・久が原村が東の馬込領と西の六郷領に分村され、
村民らは両村を向、原と呼び分けたそうです。
久が原東部八幡神社は、馬込領久が原村(向)の鎮守とされ、
別当は本光寺が担いました。
ちなみに、六郷領の久が原村(原)の鎮守は、
現在の久が原西部八幡神社とされています。


御祭神は、誉田別命。



道に迷いながらも、この看板で何とか辿り着けました。

       20190318久が原東部八幡神社01


こちらが、社号標。

       20190318久が原東部八幡神社



神社社頭。

       20190318久が原東部八幡神社03



鳥居。

       20190318久が原東部八幡神社04



鳥居に掲げられた神額。

       20190318久が原東部八幡神社05



手水舎。

       20190318久が原東部八幡神社06



こちらが、拝殿。

       20190318久が原東部八幡神社07



拝殿正面。

       20190318久が原東部八幡神社08



拝殿正面 向拝。

       20190318久が原東部八幡神社09



別アングルからの拝殿。

       20190318久が原東部八幡神社10


       20190318久が原東部八幡神社11



そして、こちらが本殿。

       20190318久が原東部八幡神社21




拝殿前の天水桶。

20190318久が原東部八幡神社12




拝殿前の狛犬。

       20190318久が原東部八幡神社13


       20190318久が原東部八幡神社14



拝殿脇に建つ説明板。

       20190318久が原東部八幡神社15

久が原東部八幡神社の社殿は、
大田区の文化財に指定されているようです。


その脇には由緒書き。

       20190318久が原東部八幡神社16



境内社。

       20190318久が原東部八幡神社17


       20190318久が原東部八幡神社18



神楽殿。

       20190318久が原東部八幡神社19


神輿庫。

       20190318久が原東部八幡神社20



境内の板碑。
       
       20190318久が原東部八幡神社22


       20190318久が原東部八幡神社23


      20190318久が原東部八幡神社24



御神木。

      20190318久が原東部八幡神社25
      20190318久が原東部八幡神社26


      20190318久が原東部八幡神社27
      20190318久が原東部八幡神社28



こちらが、社務所。

      20190318久が原東部八幡神社29

普段は神社が常駐しない神社。
池上の徳持神社が本務社となっています。



こちらか、御朱印。

      20190318久が原東部八幡神社30

本務社の徳持神社にて拝受いたしました。





2019/05/26 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............徳持神社 (2019年3月18日)(東京都大田区) 

3月18日

この日は、都内大田区の蒲田界隈を散歩。
御朱印拝受の神社巡りです。

蒲田から、多摩川を北上するように矢口方面へと向かい
その後、池上方面へと足を向けます。

新田神社をあとにして、向かった先は..................徳持神社。


徳持神社は、東京都大田区池上に鎮座する神社です。


鎌倉時代中期の建長年間(1249年~1255年)の創建とされ、
旧・徳持村の南地区に豊前国・宇佐八幡宮より御分霊を勧請して創建されたと伝えられています。
旧別当は御幡山眞勝寺徳乗院で、その山号から御幡山八幡宮とも称され、
旧・徳持村の鎮守として崇敬されてきました。

明治39年、旧社地一帯に池上競馬場が開設されることになり、
現在地に遷座したとされています。

御祭神は、誉田別之大神(応神天皇)
相殿神として、宇迦之御魂大神。



こちらが、社号標。

      20190318徳持神社01



神社社頭。

      20190318徳持神社02



参道。

      20190318徳持神社03



参道の狛犬。

      20190318徳持神社04


      20190318徳持神社05



手水舎。

      20190318徳持神社06



由緒書き。

      20190318徳持神社24




こちらか、拝殿。

      20190318徳持神社07


      20190318徳持神社08



拝殿正面。

      20190318徳持神社09


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190318徳持神社10



別アングルからの拝殿。

      20190318徳持神社11


      20190318徳持神社12



そして、こちらが本殿。

      20190318徳持神社13



拝殿前に飾られた提灯。

      20190318徳持神社14



境内社・徳持田中稲荷神社。

      20190318徳持神社15


      20190318徳持神社16


      20190318徳持神社17



本殿裏手の参道口の社号標。

      20190318徳持神社18



裏参道口の鳥居。

      20190318徳持神社19



裏参道口の狛犬。

      20190318徳持神社20


      20190318徳持神社21



神楽殿。

      20190318徳持神社22



神輿庫。

      20190318徳持神社23




板碑。


      20190318徳持神社25



社務所。

      20190318徳持神社26



こちらが、徳持神社の御朱印。

      20190318徳持神社27


社務所にて、拝受いたしました。






2019/05/26 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............新田神社 (2019年3月18日)(東京都大田区) 

3月18日

この日は、都内大田区の蒲田界隈を散歩。
御朱印拝受の神社巡りです。

蒲田から、多摩川を北上するように矢口方面へと向かいます。

矢口氷川神社をあとにして、向かった先は..................新田神社。


新田神社は、東京都大田区矢口に鎮座する神社です。

御祭神である新田義興は、父の義貞・兄の義顕の戦死後も南朝方の中心として、
弟の義宗や従兄弟の脇屋義治ら新田一族を率いて武蔵野合戦など各地を転戦していました。
正平13年/延文3年(1358年)義興は、足利尊氏が亡くなったことを時期到来とばかりに
鎌倉奪還のため挙兵、鎌倉をめざしました。
これに対し尊氏の子で鎌倉公方の足利基氏と関東管領の畠山国清は
竹沢右京亮と江戸遠江守に義興の迎撃を命じます。
『矢口の渡し』の対岸(川崎側)の茂みで待ち伏せし、
船頭を買収して舟底に穴を開けさせ、さらには両岸から挟撃し、
新田義興と家来13人を謀殺してしまいます。

義興の謀殺後、矢口付近には夜ごと光り物が現れ、
往来の人々を悩ますようになったので、
近隣の住民が義興の霊を鎮めるために墳墓の前に新田明神社を創建し、
後に新田大明神として尊崇されるようになりました。
これが新田神社創建の由緒であるとされています。


御祭神は、新田義興公。


こちらが、社号標。

      20190318新田神社01



神社社頭。

      20190318新田神社02



御祭神の記された掲示板。

      20190318新田神社03



手水舎。

      20190318新田神社04



社史の記された由緒書き。

      20190318新田神社05



御神木と拝殿。

      20190318新田神社06
    20190318新田神社07



拝殿正面のが向拝。

      20190318新田神社08


別アングルからの拝殿。

      20190318新田神社09


      20190318新田神社10


こちらが、本殿。

      20190318新田神社11



境内社・稲荷神社。

      20190318新田神社12



宝物殿。

      20190318新田神社13



神輿殿。

      20190318新田神社14



神輿殿には、矢口氷川神社の神輿も奉納されています。

      20190318新田神社15


      20190318新田神社16



境内には碑が多く建っています。

      20190318新田神社17



その中には、1体の狛犬。

      20190318新田神社18


      20190318新田神社19

戦災で1体は破損してしまいましたが、唸る狛犬だったそうです。



こちらは『矢口新田神君之碑』。

      20190318新田神社20

大田区の指定文化財。
江戸時代の延享3年(1746年)に石城国守山藩主の松平頼寛が
新田義興の事績と新田神社の創建の由来を記されています。




新田神社の本殿の奥は『御塚』。

      20190318新田神社21



新田義興を埋葬した場所とされています。

      20190318新田神社22



『御塚』の前には、『新田大明神道標』。

      20190318新田神社23

現在の第二京浜国道(国道1号線)に建てられていた新田神社への道標です。



かつての一の鳥居。

      20190318新田神社24

武蔵新田駅前に石造りの一の鳥居が建てられていたそうです。



昭和45年の下水道工事の際に、やむなく解体され
こちらで保管されていると言うことです。

      20190318新田神社25



境内には、破魔矢の元祖となる『矢守』。

      20190318新田神社26



拝殿側からの御神木。

        20190318新田神社27
      20190318新田神社28
      20190318新田神社29



こちらが社務所。

      20190318新田神社30

御朱印は、こちらで授与出来ます。



こちらが新田神社の御朱印。

      20190318新田神社31

この日は、宮司さんが不在で書置き対応。
多摩川七福神の御朱印もあるのですが(恵比寿尊)
たまたま書置き版の在庫が切れていて、この日は拝受出来ませんでした。

兼務社の矢口氷川神社の御朱印も書置き版の在庫が切れていたから
いずれにしても、いつか再訪しなくては..................


2019/05/25 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り............多摩川七福神 〈大黒天〉.矢口氷川神社 (2019年3月18日)(東京都大田区) 

3月18日

この日は、都内大田区の蒲田界隈を散歩。
御朱印拝受の神社巡りです。

蒲田から、多摩川を北上するように矢口方面へと向かいます。


十寄神社をあとにして、向かった先は..................矢口氷川神社。


矢口氷川神社は、東京都大田区矢口に鎮座する神社です。

創建年代や御由緒については不詳ですが
大田区唯一の氷川神社となっています。
すぐ近く(同じ氏子地区)に新田神社が鎮座し、そちらが本務社となっていますが
一説によれは、新田神社の創建以前から、この地に鎮座していたともされています。

江戸時代の文政13年(1830年)の文献『新編武蔵風土記稿』には
矢口村の「氷川社」として記され、その頃から創建年代は不詳のようです。


御祭神は、素盞鳴尊、


こちらが、社号標。

      20190318矢口氷川神社01



鳥居。

      20190318矢口氷川神社02


手水鉢。

      20190318矢口氷川神社03



拝殿
      
      20190318矢口氷川神社05




      20190318矢口氷川神社06



拝殿正面。

      20190318矢口氷川神社07



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190318矢口氷川神社08



別アングルからの拝殿。

      20190318矢口氷川神社09


      20190318矢口氷川神社10



拝殿前の天水桶。

      20190318矢口氷川神社11



境内社。

      20190318矢口氷川神社12



こちらの矢口氷川神社は、多摩川七福神の大黒天になるそうです。

      20190318矢口氷川神社13


      20190318矢口氷川神社14



神輿庫。


      20190318矢口氷川神社15



板碑。

      20190318矢口氷川神社16



境内は、ラジオ体操の会場にもなっているようです。

      20190318矢口氷川神社17



そして、多摩川七福神 大黒天の御朱印。

      20190318矢口氷川神社18


本務社の新田神社にて御朱印を拝受出来ます。
この日は、宮司さんが不在のため、書置き対応。
矢口氷川神社の御朱印(書置き)の在庫を切らしていたようで
大黒天の御朱印だけの拝受となりました。

改めて、また訪れたいと思います。



2019/05/25 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............十寄神社 (2019年3月18日)(東京都大田区) 

3月18日

この日は、都内大田区の蒲田界隈を散歩。
御朱印拝受の神社巡りです。

蒲田から、多摩川を北上するように矢口方面へと向かいます。


矢口の渡し跡 をあとにして向かった先は..................十寄神社。


十寄神社は、東京都大田区矢口に鎮座する神社です。




御祭神は、新田義興命
       世良田右馬助義周命
       井伊弾正左衛門直秀命
       大嶋周防守義遠命
       由良兵庫助命
       由良新左衛門命
       進藤孫六左衛門命
       堺壱岐権守命
       土肥三郎左衛門命
       南瀬口六郎命
       市河五郎命


社伝によると、正平13年〈南朝〉/延文3年〈北朝〉(1358年)の創建とされています。
南北朝時代の南朝方の武将であり、『矢口の渡し』にて謀殺された新田義興と、
同様に討ち死にした御家来衆を祀る神社として創建されました。

新田義興って誰?って聞かれそうですが..................

鎌倉幕府を倒したとされる新田義貞の次男です。
南北朝時代に北朝方の足利尊氏と対抗した新田義貞。
不運にも南朝方の新田義貞は越前国・藤島の戦いで戦死し、
徐々に南朝の劣勢へと傾いていきます。
父義貞の戦死後、義興は越後に潜伏したと見られています。
そして、敵対する足利尊氏の死後、
南朝方の劣勢を巻き返そうと、鎌倉の奪還の為に義興は挙兵し
鎌倉を目指しますが、尊氏の子で鎌倉公方の足利基氏と関東管領の畠山国清の策略で
竹沢右京亮と江戸遠江守によって矢口の渡しにて謀殺されてしまいました。

その新田義興と10人の家来たちを祀るのが十寄神社です。

(一般には、新田義興を祀るのか新田神社で、
その家来を祀るのが十寄神社と言われているようです。)



社号標。

      20190318十寄神社01



由緒書き。

      20190318十寄神社02


この駐車場の奥が十寄神社となります。

      20190318十寄神社03



鳥居。

      20190318十寄神社04



手水鉢。

      20190318十寄神社14


拝殿。

      20190318十寄神社05



狛犬。

      20190318十寄神社06


      20190318十寄神社07



拝殿正面。

      20190318十寄神社08


      20190318十寄神社09



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190318十寄神社10



別アングルからの拝殿。

      20190318十寄神社11


      20190318十寄神社12



そして、こちらが本殿。

      20190318十寄神社13



境内社

      20190318十寄神社15


御神木。

      20190318十寄神社16
      20190318十寄神社17
     20190318十寄神社18



こちらは、多摩川七福神の一つ、毘沙門天になるようです。

      20190318十寄神社19



社務所。

      20190318十寄神社20

こちらも普段は神職の常駐されない神社。



そして、こちらが十寄神社の御朱印。

      20190318十寄神社21

本務社の徳持神社にて拝受いたしました。



2019/05/24 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............矢口の渡し跡 (2019年3月18日)(東京都大田区) 

3月18日

この日は、都内・大田区に出かけました。
蒲田界隈を散歩します。

蒲田駅前から矢口方面へと足を伸ばし、
訪れた東八幡神社。

      20190318矢口の渡し01


      20190318矢口の渡し02


その境内で、こんな碑を見つけました。

      20190318矢口の渡し03

『矢口の渡し跡』の碑。



江戸中期以降、この付近に「矢口の渡し」と呼ばれる渡し場があったそうです。

今でこそ河川が整備されていますが、
『矢口の渡し』の位置は、多摩川の流れの変化に従って変わりました。

昭和24年に多摩川大橋が完成するまで、
この付近が区内で最後の渡船場として利用されていたそうです。





多摩川の堤防から眺める多摩川大橋。
橋の向こう側は神奈川県川崎市。

      20190318矢口の渡し04



ここから1kmほど北に「新田神社」があります。
新田義貞の子である義興 が, 『矢口の渡し』で命を落とし、
この地に埋葬され, その墓前に建てられたのが新田神社と言われています。

新田義興が『矢口の渡し』で討死したといわれる延文3年(1358年)頃の渡し場は,
現在の新田神社付近であったとされ、多摩川は,今より東へ大きく 迂回していたそうです。
渡し場がこの付近になったのは、江戸中期からであるとされています。

      20190318矢口の渡し05


      20190318矢口の渡し06



堤防から河岸に降りて、多摩川の流れに近づいてみましょう。



この場所に『矢口の渡し』の説明板が建っていたのですが
説明板そのものは、破損のため外されていました。

      20190318矢口の渡し07



河川の護岸も整備された多摩川。
古くは旧鎌倉街道の渡しであった『矢口の渡し』。

      20190318矢口の渡し08


      20190318矢口の渡し09


      20190318矢口の渡し10


今では、その面影もないようです..................,。





2019/05/24 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............東八幡神社 (2019年3月18日)(東京都大田区) 

3月18日

この日は、都内大田区の蒲田界隈を散歩。
御朱印拝受の神社巡りです。

蒲田から、多摩川を北上するように矢口方面へと向かいます。
多摩川諏訪神社をあとにして、向かった先は..................東八幡神社。


東八幡神社は、東京都大田区矢口に鎮座する神社です。


東八幡神社の創建は建長2年(1250年)と伝えられ、
矢口の古市町会地区(旧・古市場村)の鎮守として氏子の崇拝を集めています。
江戸期には湯坂八幡神社と呼ばれていたそうです。
元々、旧・古市場村には西八幡神社(領家八幡宮)がありましたが、
明治44年(1911)に当社と合祀して東八幡神社と称するようになったそうです。


御祭神は、誉田別命。


多摩川の堤防沿いに鎮座する東八幡神社。
その社号標。

      20190318東八幡神社01



神社社頭。

      20190318東八幡神社0102



鳥居。

      20190318東八幡神社0103



鳥居に掲げられた神額。

      20190318東八幡神社0104



手水舎。

      20190318東八幡神社0105



こちらが、拝殿。

      20190318東八幡神社0106



拝殿正面。

      20190318東八幡神社0107



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190318東八幡神社0108



別アングルからの拝殿。

      20190318東八幡神社0109


      20190318東八幡神社0110



そして、こちらが本殿。

      20190318東八幡神社0111



拝殿前の狛犬。

      20190318東八幡神社0112


      20190318東八幡神社0113



拝殿前に立てられた幟も風にたなびく。

      20190318東八幡神社0114



この東八幡神社は、多摩川七福神の弁財天であるようです。

      20190318東八幡神社0115

って言うか、『多摩川七福神』って知らなかったんだけど..................



神輿庫。

      20190318東八幡神社0116


      20190318東八幡神社0117



板碑。

      20190318東八幡神社0118



そして、社務所。

      20190318東八幡神社0119

こちらも、平素は神職の常駐しない神社です。


そして、こちらが御朱印。

      20190318東八幡神社0120


本務社の徳持神社にて拝受いたしました。




2019/05/23 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............多摩川諏訪神社 (2019年3月18日)(東京都大田区) 

3月18日

この日は、都内大田区の蒲田界隈を散歩。
御朱印拝受の神社巡りです。

蒲田から、多摩川を北上するように矢口方面へと向かいます。
向かった先は..................多摩川諏訪神社。


多摩川諏訪神社は、東京都大田区多摩川に鎮座する神社です。


創建は承和年間(834年~848年)と伝えられ、
信濃諏訪大社のご分霊をお祀りしています。
元々は旧・原村には諏訪神社が二座があり、
上社、下社として村人の尊崇を集めていました。
明治13年上社に下社を合祀して、現在の諏訪神社となったそうです。



御祭神は、建御名方命
     八坂刀売命



社号標。

      20190318諏訪神社01



神社社頭。

      20190318諏訪神社02



表参道の鳥居。

      20190318諏訪神社03


こちらが、拝殿。

      20190318諏訪神社04



拝殿正面。

      20190318諏訪神社05


      20190318諏訪神社06



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190318諏訪神社07



別アングルからの拝殿。

      20190318諏訪神社08


      20190318諏訪神社09



そして、こちらが本殿。

      20190318諏訪神社10



境内社。
鳥居の奥には祠が二つ。

      20190318諏訪神社11



向かって右側の稲荷社。

      20190318諏訪神社12



向かって左側。
御嶽神社・氷川神社・天祖神社の合殿。

      20190318諏訪神社13



境内中央には御神木。
その脇には写真に撮り忘れた手水舎。

      20190318諏訪神社14
   20190318諏訪神社15



板碑。

      20190318諏訪神社16



本殿裏手の裏参道口の鳥居。

      20190318諏訪神社17



こちらが、社務所。

      20190318諏訪神社18

普段は神職の常駐の無い神社です。


そして、こちらが御朱印。

      20190318諏訪神社19

本務社の徳持神社にて拝受いたしました。




2019/05/23 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............蒲田八幡神社 (2019年3月18日)(東京都大田区) 

3月18日

この日は、都内・大田区の蒲田周辺の散歩。
御朱印拝受の神社巡りです。


蒲田駅前周辺には、蒲田八幡神社を本務社とする神社が5社鎮座しています。
いずれも、本務社の蒲田八幡神社にて
御朱印を拝受する事が出来ると言う事なので、
その5社を含め、計6社を巡ってみる事にしました。

北野神社をあとにして、向かった先は..................蒲田八幡神社。


この日、これまでに巡ってきた5社の本務社になる蒲田八幡神社。
東京都大田区蒲田に鎮座する神社です。


創建時期は不詳ながら、慶長5年(1600年)頃に蒲田村より新宿村が
分村に当たり、鎮守の神として蒲田村の薭田(稗田)神社から
行基作の神体三座のうち、春日の像一体を分かち祀ったところ、
霊験あらたかであったとされ、その時期に鎮座されたものとされているようです。
元々、境内となった地には小円墳があったことから、
口伝などから、古くから聖地として村人の信仰の場であったとされています。


御祭神は、誉田別命(応神天皇)



こちらが社号標。

       20190318蒲田八幡神社01



神社社頭。

       20190318蒲田八幡神社02

何と、現在工事中!
社務所の新築工事の為、表参道からは入れません。



表参道口の仮囲いの隙間から、鳥居に掲げられた神額を覗きこみます。

       20190318蒲田八幡神社03



玉垣には、工事の概要が掲げられています。

      20190318蒲田八幡神社04



本殿裏手。
工事期間中の参道口となります。
こちらにも社号標。

      20190318蒲田八幡神社05



鳥居が建っていると言うことは、元々の裏参道口なんですね。

      20190318蒲田八幡神社06



工事エリアの仮囲いがあるため、
拝殿全体を正面から写真を撮るスペースが無い。

      20190318蒲田八幡神社07



と言いながらも、拝殿正面。

      20190318蒲田八幡神社08


      20190318蒲田八幡神社09



別アングルからの拝殿。

      20190318蒲田八幡神社10



そして、こちらが本殿。

      20190318蒲田八幡神社11



拝殿前の狛犬。

      20190318蒲田八幡神社12



境内社・天祖神社。

      20190318蒲田八幡神社13


      20190318蒲田八幡神社14



板碑。

      20190318蒲田八幡神社15



こちらが、御朱印。

      20190318蒲田八幡神社16

仮設の社務所にて、拝受いたしました。

社務所の新築工事中の為、境内の多くが仮囲いで規制されていたため
今一歩な感は否めない。
いずれ、落ち着いた頃を見計らって再度訪れているみたいものです。



2019/05/23 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............北野神社 (2019年3月18日)(東京都大田区) 

3月18日

この日は、都内・大田区の蒲田周辺の散歩。
御朱印拝受の神社巡りです。


蒲田駅前周辺には、蒲田八幡神社を本務社とする神社が5社鎮座しています。
いずれも、本務社の蒲田八幡神社にて
御朱印を拝受する事が出来ると言う事なので、
その5社を含め、計6社を巡ってみる事にしました。

椿神社をあとにして、向かった先は..................北野神社。


北野神社は、東京都大田区南蒲田に鎮座する神社です。


寛文元年(1661年)、北蒲田村の杉原重右衛門が、
その邸内に諏訪神社を奉斎したのを創始とされています。
と言うのも、矢口村天神森に鎮守として祀られていた天神様の御神体が、
呑川の洪水により、杉原邸前に度々流れ着いていたそうです。

都度天神森へ返していましたが、七度目に至った嘉永2年(1849年)に
矢口村と交渉し、諏訪神社の傍らに社を造営・奉斎する事になりました。
当初は、井府天神と称されていましたが、
明治年間に諏訪神社と合祀して北野神社と改称したそうです。


御祭神は、菅原道真
     建御名方神


呑川のほとりに鎮座する北野神社。
こちらは、社号標。

      20190318北野神社01



神社社頭。

      20190318北野神社02



鳥居。

      20190318北野神社03



鳥居に掲げられた扁額。

      20190318北野神社04



こちらが拝殿。

      20190318北野神社05



拝殿正面。

      20190318北野神社06


      20190318北野神社07



別アングルからの拝殿。

      20190318北野神社08


      20190318北野神社09



そして、こちらが本殿。

      20190318北野神社10



拝殿前の狛犬。

      20190318北野神社11


しっかりと防護ネットで覆われています。

      20190318北野神社12



境内社・稲荷神社。

      20190318北野神社13


      20190318北野神社14


板碑。

      20190318北野神社15



こちらは神輿庫でしょうか?

      20190318北野神社16



そして、こちらが北野神社の御朱印。

      20190318北野神社17

本務社の蒲田八幡神社にて拝受いたしました。




2019/05/22 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit