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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............椿神社 (2019年3月18日)(東京都大田区) 

3月18日

この日は、都内・大田区の蒲田周辺の散歩。
御朱印拝受の神社巡りです。


蒲田駅前周辺には、蒲田八幡神社を本務社とする神社が5社鎮座しています。
いずれも、本務社の蒲田八幡神社にて
御朱印を拝受する事が出来ると言う事なので、
その5社を含め、計6社を巡ってみる事にしました。

稗田神社をあとにして、向かった先は..................椿神社。


椿神社は、東京都大田区蒲田に鎮座する神社です。


椿神社の創祀は不詳ですが、百日咳の治癒に御神験あらたかなりと、
古くから土地の人の信仰のある神社です。

御祭神である猿田彦神は、道案内の神であり、道陸神とも言われ、
道祖神(塞の神、障の神)と習合して村の境を守る関の神となり、
更に咳の神と信仰されるようになったものと思われます。

風邪をひき、咳が出る時に額堂に懸かっている麻を戴き首に巻き、
そして、風邪が治り咳が治ると麻を二倍にして額堂に返納して感謝します。
この特殊信仰が、土地の人を中心として、深く静かに信仰の輪を広げていったようです。


御祭神は、猿田彦命



神社社頭。

      20190318椿神社01



鳥居に掲げられた神額。

      20190318椿神社02



手水舎。

      20190318椿神社03



徐病習俗の説明板。

      20190318椿神社04



椿神社の社殿。

      20190318椿神社05



別アングルからの社殿。

      20190318椿神社06


      20190318椿神社07



社殿脇には麻が掛けられた額堂。

      20190318椿神社08



境内には、社号にちなんで椿の木が植えられている。

      20190318椿神社09


白い椿の花が目を引きます。

      20190318椿神社10



白い椿だけではありません。
      20190318椿神社11



赤い椿も花を咲かせています。

      20190318椿神社12



こちらが、椿神社の御朱印。

      20190318椿神社13


本務社の蒲田八幡神社にて拝受いたしました。






2019/05/22 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............稗田神社 (2019年3月18日)(東京都大田区) 

3月18日

この日は、都内・大田区の蒲田周辺の散歩。
御朱印拝受の神社巡りです。


蒲田駅前周辺には、蒲田八幡神社を本務社とする神社が5社鎮座しています。
いずれも、本務社の蒲田八幡神社にて
御朱印を拝受する事が出来ると言う事なので、
その5社を含め、計6社を巡ってみる事にしました。

女塚をあとにして、向かった先は..................稗田神社。


稗田神社は、東京都大田区蒲田に鎮座する神社です。


社伝によれば、和銅2年(709年)僧行基が天照、八幡、春日の三神体を刻んで安置し、
鎌倉時代に日蓮が村民の請いをいれて開眼したと伝えられています。

式内社と呼ばれる古い格式をもつ神社であり、
平安時代の『延喜式』の神明帳に記載され、
また『三代実録』に貞観6年(864年)「武蔵国従五位下蒲田神を以て
並びに官社に列す」とあるのが、この神社であろうと言われているようです。


御祭神は、誉田別命
     天照大神
     武内宿禰命
     荒木田襲津彦命
     春日大神



社号標。

      20190318稗田神社0101

社号碑には『延喜式内 薭田神社』の文字。
式内社の拘りか?
 

神社社頭の鳥居。

      20190318稗田神社0102



鳥居に掲げられた神額。

      20190318稗田神社0103



この石鳥居は、大田区の文化財に指定されているようです。

      20190318稗田神社0121



境内には、大田区教育委員会の設置した稗田神社の説明板も建てられています。

      20190318稗田神社0120



手水舎。

      20190318稗田神社0104



こちらが拝殿。

      20190318稗田神社0105



拝殿正面。

      20190318稗田神社0106


      20190318稗田神社0107



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190318稗田神社0108



別アングルからの拝殿。

      20190318稗田神社0109


      20190318稗田神社0110



そして、こちらが本殿。

      20190318稗田神社0111



拝殿前の狛犬。

      20190318稗田神社0112


      20190318稗田神社0113



境内社・三十番神社。

      20190318稗田神社0114


      20190318稗田神社0118




同じく境内社・薬祖神社

      20190318稗田神社0115


      20190318稗田神社0116



境内社・稲荷社。

      20190318稗田神社0117



天祖神社。

      20190318稗田神社0119



山野神社合祀碑。

      20190318稗田神社0124



板碑。

      20190318稗田神社0122


      20190318稗田神社0123



こちらが社務所。

      20190318稗田神社0125

普段は神職が常駐しない神社のようです。


こちらが、稗田神社の御朱印。

      20190318稗田神社0126


本務社の蒲田八幡神社にて拝受いたしました。



2019/05/21 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............女塚神社 (2019年3月18日)(東京都大田区) 

3月18日

この日は、都内・大田区の蒲田周辺の散歩。
御朱印拝受の神社巡りです。


蒲田駅前周辺には、蒲田八幡神社を本務社とする神社が5社鎮座しています。
いずれも、本務社の蒲田八幡神社にて
御朱印を拝受する事が出来ると言う事なので、
その5社を含め、計6社を巡ってみる事にしました。

御園神社をあとにして、向かった先は..................女塚神社。


御園神社は、東京都大田区西蒲田に鎮座する神社です。

創建年代は不詳ですが、元々は旧女塚村・御園村の鎮守として
現在のJR蒲田駅東口付近に鎮座していた八幡社でした。

明治5年、新橋~横浜間に東海道線が敷設されることとなり、
その用地として社地が収容されてしまいます。
そこで明治21年、現在地に遷座し、女塚神社と改称しました。

ちなみに旧・御園村の鎮守は御園神社が担うこととなりました。



女塚神社の名の由来は、南北朝時代に新田義興に忠節を尽くしながらも
謀殺されてしまった少将局を祀る女塚がある事によります。

新田義興は、南北朝時代の武将であり、南朝総大将・新田義貞の次男でした。
足利尊氏が没した後、正平13年/延文三年(1358年)、義興は鎌倉奪還のため挙兵します。
これに対し尊氏の子である鎌倉公方の足利基氏と関東管領の畠山国清は、
義興の進出を畏れ、殺害を試みます。
新田の元家臣であり足利側に寝返った竹沢右京亮を使い、
再び新田側に寝返ったと装わせ近づかせ、謀殺の機会を伺います。
この暗殺計画から義興を救ったのが、侍女である少将局でした。
この事が露見して、少将局は竹沢一族郎党によって殺害されてしまいます。
殺害された少将局の遺骸は打ち捨てられたままでしたが、
村人が憐れんで、塚を建てて祀った塚が『女塚』であると言われています。

ちなみに、義興は後に謀殺されてしまいますが、その義興を祀った神社が『新田神社』であり、
義興の家来たちを祀った神社が『十寄神社』となり、同じく大田区に鎮座しています。



御祭神は、誉田別命


神社社頭の鳥居。

      20190318女塚神社01


鳥居に掲げられた神額。

      20190318女塚神社02


手水舎。

      20190318女塚神社03


こたたらが、拝殿。

      20190318女塚神社04


拝殿正面。

      20190318女塚神社05


別アングルからの拝殿。

      20190318女塚神社06


      20190318女塚神社07



そして、こちらが本殿。

      20190318女塚神社08



拝殿前の狛犬。

      20190318女塚神社09


      20190318女塚神社10



境内社。

      20190318女塚神社11



こちらは、女塚小祠。

      20190318女塚神社12


      20190318女塚神社13



境内には、板碑も建ち並ぶ。

      20190318女塚神社14


      20190318女塚神社15



神輿庫。

      20190318女塚神社16



境内全景。

      20190318女塚神社17
      20190318女塚神社18

見ての通り、境内もそんなに広くはない。



こちらが社務所。

      20190318女塚神社19

宮守の方は居るようですが、
神事に関しては本務社の蒲田八幡神社にて対応しているようです。


こちらが女塚神社の御朱印。

      20190318女塚神社20

本務社の蒲田八幡神社にて拝受いたしました。



2019/05/21 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............御園神社 (2019年3月18日)(東京都大田区) 

3月18日

この日は、都内・大田区の蒲田周辺の散歩。
御朱印拝受の神社巡りです。


蒲田駅前周辺には、蒲田八幡神社を本務社とする神社が5社鎮座しています。
いずれも、本務社の蒲田八幡神社にて
御朱印を拝受する事が出来ると言う事なので、
その5社を含め、計6社を巡ってみる事にしました。

まず、最初に向かったのは..................御園神社。


御園神社は、東京都大田区西蒲田に鎮座する神社です。

創建年代は不詳ですが、その昔多摩川の洪水によって流れついた猿田彦命を祀りました。
おしゃもじ様と称え、村民の信仰厚き崇敬神社であったと言われています。

境内が、おしゃもじの形状をしていたから、おしゃもじ様と称え、
村民の信仰厚き崇敬神社であったと言われています。
明治21年境内地を広め、御園神社と改称して御園村の鎮守なったそうです。


御祭神は、天宇受売命
     猿田彦命



神社社頭。

      20190318御園神社01



鳥居。

      20190318御園神社02



鳥居に掲げられた神額。

      20190318御園神社03



手水舎。

      20190318御園神社04



こちらが拝殿。

      20190318御園神社05



拝殿正面。

      20190318御園神社06



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190318御園神社07



別アングルからの拝殿。

      20190318御園神社08


      20190318御園神社09



そして、こちらが本殿。

      20190318御園神社10



拝殿前の狛犬。

      20190318御園神社11


      20190318御園神社12

境内社の榮龍神社

      20190318御園神社13



同じく境内社のお福神社。

      20190318御園神社14


      

境内社の伏見稲荷神社。

      20190318御園神社15


      20190318御園神社16



神楽殿。

      20190318御園神社17


神輿庫。

      20190318御園神社18



板碑。

      20190318御園神社19


蒲田駅に近いから、周りには大きな建物が多い。

        20190318御園神社20
      20190318御園神社21



こちらが、社務所。

      20190318御園神社22

普段は無人の社務所。
社務所としてよりも地域の交流場所として活用されているようです。



そして、こちらが御朱印。

      20190318御園神社23

本務社の蒲田八幡神社にて拝受いたしました。




2019/05/20 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今週はコレ.................RADO GOLDEN SABRE(2019年3月18日) 

3月18日

毎週、月曜日に着け替えている腕時計。
今週は、こちら ↓

      20190318 RADO01


RADO GOLDEN SABRE。

ご存知、スイスの名門RADO。
RADOは、独特のデザインの時計を世に送り出しているから
個人的には好きな時計メーカーの一つ。
もっとも、現在のRADOではなく、
1970年代〜1980年代の頃のRADOになりますが.........。

とは言え、あまりRADOについては詳しくなくて
ヤフオクで聞き慣れない、見慣れないモデルを見つけると
ついつい、ポチッとクリックしちゃいます。

この腕時計もその一つ。
10年近く前にヤフオクで手に入れた1本。

文字盤にクロスしたサーベルの絵が描いてあります。
まあ、モデル名がGOLDEN SABRE。
SABREはオランダ語でサーベルを意味するそうです。

クッション型のケースに文字盤はラメの入った紫色と茶色の中間色。
いかにも昭和の時代の時計って言う雰囲気です。



錨マークもしっかり回ります。

      20190318 RADO02



ベルトは社外品。

      20190318 RADO03

この古めかしいベルトも嫌いじゃない。



竜頭にも錨マーク。

      20190318 RADO04



ケース裏蓋にはRADOの証、シーホース(タツノオトシゴ)のメダリオン。

      20190318 RADO05



では、腕に着けてみましょう。

      20190318 RADO06


      20190318 RADO07


さぁ、今週も頑張りましょう。





2019/05/20 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............染井稲荷神社 (2019年3月17日)(東京都豊島区) 

3月17日

この日は、都内・文京区界隈への散歩。
水道橋駅からスタートして、小石川、音羽方面へと移動し、
護国寺から白山方面へと足を伸ばし、さらには駒込方面へと向かい
御朱印拝受の神社巡りは、まだまだ続きます。


妙義神社をあとにして、向かった先は..................染井稲荷神社。



染井稲荷神社は、東京都豊島区駒込に鎮座する神社です。


創建時期は不詳ですが、社伝によれば霊元天皇の御宇、
延宝2年(1674年)以前の創建とされているようです。

往古よりこの地に鎮座し、染井村の鎮守であったとされています。
かつて境内に「染井」と呼ばれた泉があり、
これが染井と言う地名の由来となったといわれています。

隣接する藤林山西福寺が別当寺で、
江戸時代には西福寺の本堂と渡り廊下で繋げられていたということです。

この辺りには大名屋敷が多く、造園を行う植木屋が多数集まったことから
苗樹園が連なり、歴代将軍が遊覧に訪れる名所となりました。
幕末期にこの造園師達によって桜の代表である「染井吉野(ソメイヨシノ)」が創りだされ
明治以降、全国に広まったそうです。



御祭神は、保食神
大山祗命


妙義神社からも意外に近く、染井稲荷神社に近づくにつれ
『染井よしの桜祭り』の幟や提灯が目に付くようになります。

      20190317染井稲荷神社03

染井吉野は、まだ咲く気配などありませんが
地元では『染井よしの桜祭り』が始まっているようです,



社号標。

      20190317染井稲荷神社01



神社社頭。

      20190317染井稲荷神社02



境内にも、『染井よしの桜祭り』の提灯が張られています。

      20190317染井稲荷神社04



鳥居。

      20190317染井稲荷神社05



鳥居に掲げられた神額。

      20190317染井稲荷神社06



手水舎。

      20190317染井稲荷神社07



拝殿。

      20190317染井稲荷神社08



拝殿正面。

      20190317染井稲荷神社09


      20190317染井稲荷神社10



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190317染井稲荷神社11



別アングルからの拝殿。

      20190317染井稲荷神社12



拝殿前の狛犬。

      20190317染井稲荷神社13


      20190317染井稲荷神社14


稲荷神社と言う割には、神使いの狐が拝殿前に居ない。



拝殿正面左側には由緒書き。

      20190317染井稲荷神社15



こちらは、境内社の稲荷社。

      20190317染井稲荷神社16


      20190317染井稲荷神社18    



氏子さんの奉納した石祠も鎮座しています。

  20190317染井稲荷神社17


      

神輿庫。

      20190317染井稲荷神社19


      20190317染井稲荷神社20



こちらが、染井稲荷神社の御朱印。

      20190317染井稲荷神社21

社務所にて拝受いたしました。




2019/05/19 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............妙義神社 (2019年3月17日)(東京都豊島区区) 

3月17日

この日は、都内・文京区界隈への散歩。
水道橋駅からスタートして、小石川、音羽方面へと移動し、
護国寺から白山方面へと足を伸ばし、さらには駒込方面へと向かい
御朱印拝受の神社巡りは、まだまだ続きます。


駒込天祖神社をあとにして、向かった先は..................妙義神社。


妙義神社は、東京都豊島区駒込に鎮座する神社です。


社伝によれば、日本武尊が東征した際に当地に陣営を構えたとされ、
その後、飛鳥時代の白雉2年(651年)に社殿が創建され、
白鳥社と号したそうです。この伝承により、豊島区最古の神社とみられています。

また、文明3年(1471年)、太田道灌が参詣し神馬宝剣を寄進し
古河公方・足利成氏攻略の戦勝を祈願しました。
道灌はこの戦に勝ち凱旋した際、当時の通貨である15貫文を社領として寄進したそうです。
その後、文明9年(1477年)、平塚城を拠点とした豊島勘解由左衛門を討伐する際や
文明11年(1479年)、室町幕府に造反した千葉孝胤を攻める際にも道灌は必勝を祈願し、
見事勝利を収めたことから、「勝負の神様」「戦勝の宮(みや)」と呼ばれ、
人々より厚い信仰を集めたそうです。


御祭神は、日本武尊。

相殿神として、高御産霊神(タカミムスビノカミ)
神功皇后(ジングウコウゴウ)
応神天皇(オウジンテンノウ)


初めての場所だから、道に迷いそうですが
幟が立っているから、一安心。

      20190317妙義神社01



こちらが、社号標。

      20190317妙義神社02



神社社頭の一の鳥居。

      20190317妙義神社03



由緒書き。

      20190317妙義神社04



社殿へと続く石段脇には、奉納提灯。

      20190317妙義神社05



いしだを上れば、二の鳥居。

      20190317妙義神社06

鳥居の先には拝殿。



手水舎。
      20190317妙義神社07



定番の龍の吐出口。

      20190317妙義神社08

なぜか、この龍は兜を被っています。
太田道灌をかなり意識していますね(笑)。




拝殿正面。

      20190317妙義神社09



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190317妙義神社10



別アングルからの拝殿。

      20190317妙義神社11


      20190317妙義神社12



そして、こちらが本殿。

      20190317妙義神社13


      20190317妙義神社14



拝殿正面から飾られた提灯。

      20190317妙義神社15



境内社の道灌霊社。

      20190317妙義神社16

その名の通り、太田道灌が祀られています。



庚申塔。

      20190317妙義神社17

昭和40年に現在の社殿を再建する際に、
境内から発掘されたものらしい。


ちなみに、豊島区の有形文化財に指定されているそうです。

      20190317妙義神社18



こちらの標柱は、『太田道灌公戦勝祈願之誉趾』と記されています。

      20190317妙義神社19

道灌は、どんな思いでこの地で戦勝祈願をしたのだろうか?




境内の板碑。

      20190317妙義神社20


      20190317妙義神社21



神輿庫。

      20190317妙義神社22


桜の季節には、見事な花を咲かせる染井吉野。

        20190317妙義神社23
      20190317妙義神社24
   20190317妙義神社25

この辺りは、『染井』と言う、染井吉野の発祥の地も近い。


こちらが、社務所。

      20190317妙義神社26


そして、御朱印。

      20190317妙義神社27


社務所にて、拝受いたしました。



2019/05/19 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............駒込天祖神社 (2019年3月17日)(東京都文京区 

3月17日

この日は、都内・文京区界隈への散歩。
水道橋駅からスタートして、小石川、音羽方面へと移動し、
護国寺から白山方面へと足を伸ばし、さらには駒込方面へと向かい
御朱印拝受の神社巡りは、まだまだ続きます。


駒込富士神社をあとにして、向かった先は..................駒込天祖神社。


駒込天祖神社は、東京都文京区本駒込に鎮座する神社です。

創建は、文治5年(1189年)とされ、
源頼朝の奥州藤原氏征伐の時に霊夢のお告げがあり
神明を祀ると伝えられています。
その後、宮守もありませんでしたが、
慶安年間(1648年〜1652年)に堀丹後守年直が再興したとされています。
江戸時代には駒込神明宮と称され、駒込村総鎮守として厚く信仰されてきたそうです。。


御祭神は、天照皇大神。



独特な形の社号標。

      20190317駒込天祖神社01

四角い標柱が多い中、このかたはユニークですね。



神社社頭の鳥居。

      20190317駒込天祖神社02



参道。

      20190317駒込天祖神社03



ここにも、こんな看板。

      20190317駒込天祖神社04

こちらにも びいすけ は連れて来れないんてすね。



参道の手水舎。

      20190317駒込天祖神社05



狛犬。

      20190317駒込天祖神社06


      20190317駒込天祖神社07



由緒書き。

      20190317駒込天祖神社08



こちらが、拝殿。

      20190317駒込天祖神社09



拝殿正面。

      20190317駒込天祖神社10



別アングルからの拝殿。

      20190317駒込天祖神社11


      20190317駒込天祖神社12



そして、こちらが本殿。

      20190317駒込天祖神社13



境内社の三社合祭社。
戸隠熱田神社・須賀神社・榊神社が祀られています。

      20190317駒込天祖神社14



こちらも境内社の鎮火稲荷神社。

      20190317駒込天祖神社15



本殿裏手の参道口。

      20190317駒込天祖神社16


傍らには青面金剛刻像が建ち並び、神仏習合の名残りでしょう。

      20190317駒込天祖神社17



境内には碑も多い。

      20190317駒込天祖神社18


      20190317駒込天祖神社19


      20190317駒込天祖神社20


      20190317駒込天祖神社21



こちらは、神楽殿。

      20190317駒込天祖神社22



神輿庫。

      20190317駒込天祖神社23



神輿庫は参道にも多く建ち並ぶ。

      20190317駒込天祖神社24


      20190317駒込天祖神社25

多くの氏子の町会が有ると言うことは、
それだけ氏子地区(地域)が広いと言う事でしょうか?




御神木。

      20190317駒込天祖神社26
      20190317駒込天祖神社27
    20190317駒込天祖神社28



社務所。
その一角は授与所。

      20190317駒込天祖神社29



そして、こちらが御朱印。

      20190317駒込天祖神社30

授与所にて拝受いたしました。





2019/05/18 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............駒込富士神社 (2019年3月17日)(東京都文京区) 

3月17日

この日は、都内・文京区界隈への散歩。
水道橋駅からスタートして、小石川、音羽方面へと移動し、
護国寺から白山方面へと足を伸ばし、さらには駒込方面へと向かい
御朱印拝受の神社巡りは、まだまだ続きます。


白山神社をあとにして、向かった先は..................駒込富士神社。


駒込富士神社は、東京都文京区本駒込に鎮座する神社です。

天正元年(1573年)、本郷村の名主の夢枕に木花咲耶姫が立ち、
現在の東京大学の地に浅間神社の神を勧請しました 。
寛永5年(1628年)、加賀・前田氏が屋敷をその地に賜るにあたり、
浅間社を一旦、屋敷の外の本郷本富士町に移し、
時期は不詳ですが、その後現在地に合祀したそうです。

江戸時代の富士山信仰の拠点の一つであり、
拝殿は富士山に見立てた富士塚の頂部に鎮座しています。


御祭神は、木花咲耶姫、



こちらが、社号標(?)

      20190317駒込富士神社01

何故だか?一部が削り取られている。
旧・社号でも記されていたのでしょうか?



神社社頭の鳥居。

      20190317駒込富士神社02



鳥居に掲げられた神額。

      20190317駒込富士神社03



手水舎。

      20190317駒込富士神社04



正面は、富士塚。
石段手前に遥拝用の賽銭箱が置かれています。

      20190317駒込富士神社05



石段の両脇に、多くの富士講の碑が並びます。

      20190317駒込富士神社06


都内でも有数の富士塚。
江戸時代から続く富士講の聖域なのか?
数多くの講碑に圧倒されます。

      20190317駒込富士神社07


      20190317駒込富士神社08


      20190317駒込富士神社09



文京区教育委員会が設置した富士神社の説明板。

      20190317駒込富士神社10



急な石段を上った先にはニの鳥居。

      20190317駒込富士神社11

  

そして、その奥には拝殿。
     
      20190317駒込富士神社12



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190317駒込富士神社13



別アングルからの拝殿。

      20190317駒込富士神社14


      20190317駒込富士神社15



そして、こちらが本殿。

      20190317駒込富士神社16



拝殿と河津桜。

      20190317駒込富士神社17
20190317駒込富士神社18

どうやら、河津桜の名所でもあるようで、
こちらの河津桜をネットにアップされている方も多いようです。



こちらは、境内社。
駒込富士講社祠。

      20190317駒込富士神社19



こちらも境内社の曽我御霊社。

      20190317駒込富士神社20



小御嶽社。

      20190317駒込富士神社21



下浅間社。

      20190317駒込富士神社23



板碑。

      20190317駒込富士神社22



こちらが、社務所。

      20190317駒込富士神社24

普段は無人の神社。
社務所も閉まっています。



境内の御神木。

           20190317駒込富士神社25
      20190317駒込富士神社26
    20190317駒込富士神社27



境内では、地元の消防団(消防隊)が訓練をしていました。

      20190317駒込富士神社28



境内の端っこに設置された消防倉庫の脇に建つ碑。

      20190317駒込富士神社29



富士神社とその周辺の案内となっています。

      20190317駒込富士神社30




こちらが、駒込富士神社の御朱印。

      20190317駒込富士神社31

山開き(6月30日〜7月1日)の日にしか御朱印を拝受出来ないと思っていたら
富士神社で拝受出来るのが山開きの日であって、平素は本務社の駒込天祖神社で拝受出来ます。

はい、駒込天祖神社の社務所にて拝受いたしました。





2019/05/18 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............白山神社 (2019年3月17日)(東京都文京区) 

3月17日

この日は、都内・文京区界隈への散歩。
水道橋駅からスタートして、小石川、音羽方面へと移動し
さらには、護国寺から白山方面へと足を伸ばし、
御朱印拝受の神社巡りは、まだまだ続きます。


簸川神社をあとにして、向かって先は..................白山神社。


白山神社は、東京都文京区白山に鎮座する神社です。


古くは白山権現社と呼ばれた白山神社の創建は、天暦2年(948年)とされ、
加賀国の白山比咩神社から勧請を受けて、
武蔵国豊島郡本郷元町(現在の本郷1丁目)に創建されました。

元和年間(1615年〜1624年)に将軍徳川秀忠の命で巣鴨原に移りましたが
明暦元年(1655年)その地に館林藩主徳川綱吉(後の5代将軍)の屋敷が作られることになり、
現在地に遷座しました。その縁で綱吉とその母桂昌院の崇敬を受け、
以降、徳川将軍家から厚く信仰されました。



御祭神は、菊理姫命
伊弉諾命
伊弉冊命



社号標。

      20190317白山神社01



神社社頭の鳥居。

      20190317白山神社02



こちらも、鳥居なのか?

      20190317白山神社03



玉垣には、こんな看板。

      20190317白山神社20

やっぱり、都内の神社に びいすけ と一緒に来るのは難しい。




手水舎。

      20190317白山神社04

結ばれたおみくじが美観を損なう。
おみくじの結ぶ場所も考えモノ。


定番の龍の吐出口。

      20190317白山神社05



由緒書き。

      20190317白山神社06



こちらが、拝殿。

      20190317白山神社07



拝殿正面。

      20190317白山神社08


      20190317白山神社09



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190317白山神社10



別アングルからの拝殿。

      20190317白山神社11


      20190317白山神社12




そして、こちらが本殿。

      20190317白山神社23




拝殿前の狛犬。

      20190317白山神社13


      20190317白山神社14



拝殿前の天水桶。

      20190317白山神社15



白山神社の御神徳。

      20190317白山神社16



白山神社は東京十社の一つ。

      20190317白山神社17

東京十社とは、明治天皇が東京近郊の主だった神社を准勅祭社と定め、
東京の鎮護と万民の安泰を祈る神社としたもので、当初は12社でした。
(日枝神社・根津神社・芝神明宮・神田神社・白山神社・亀戸神社・品川神社
・富岡八幡神社・王子神社・赤坂氷川神社・六所神社・鷲宮神社)

昭和50年、昭和天皇即位50年を奉祝して関係神社が協議を行い
日枝神社・根津神社・芝神明宮・神田神社・白山神社・亀戸神社・品川神社
・富岡八幡神社・王子神社・赤坂氷川神社の10社を東京十社としたそうです。




こちらは、境内社の関東松尾神社。

      20190317白山神社18

神酒造の神様として信仰されているそうです。


その由緒書き。

      20190317白山神社19





こちらも境内社。
八幡神社。

      20190317白山神社21



同じく境内社。

      20190317白山神社22


      20190317白山神社24


      20190317白山神社25



社務所脇には、稲荷大明神。

      20190317白山神社26


      20190317白山神社27




こちらは、南参道口(?)に建つ社号標。
拝殿正面になるから、本来はこちらが表参道になるのかな?

      20190317白山神社28

でも、こちらには鳥居が無いんだよなぁ。




敷地内には神輿庫も多い。

      20190317白山神社29


      20190317白山神社30


      20190317白山神社31


      20190317白山神社32



境内の『白旗桜』。

      20190317白山神社33



こちらは、『孫文の碑』。

      20190317白山神社34

かつて、孫文も白山に住んでいたそうです。



こちらが、社務所。
その一角は授与所となっています。

      20190317白山神社35



そして、こちらが白山神社の御朱印。

      20190317白山神社36

現在は、書置き対応のみと言うことです。
授与所にて拝受いたしました。
2019/05/17 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............簸川神社 (2019年3月17日)(東京都文京区) 

3月17日

この日は、都内・文京区界隈への散歩。
水道橋駅からスタートして、小石川、音羽方面へと移動し
さらには、護国寺から白山方面へと足を伸ばし、
御朱印拝受の神社巡りは、まだまだ続きます。


吹上稲荷神社をあとにして、向かった先は..................簸川神社。


簸川神社と書いて『ひかわじんじゃ』と読みます。


簸川神社は、東京都文京区千石に鎮座する神社です。


孝昭天皇3年(473年)の創建と伝えられ、
源義家が祈願をしたとも伝えられています。

江戸時代は氷川大明神と称し、別当・宗慶寺を有し、
江戸七氷川に数えられていたそうです。
明治に入ると、氷川神社へ改称しましたが、
大正時代に「氷川」は出雲国「簸川」に由来するという説から、
『簸川神社』と改められたそうです。


御祭神は、素盞嗚命(すさのおのみこと)
大己貴命(おおなむぢのみこと)
稲田姫命(いなだひめのみこと)


社号標。

      20190317簸川神社01


      20190317簸川神社02



参道の由緒書き。

      20190317簸川神社03



一の鳥居。

      20190317簸川神社04



石段脇には今が旬の菜の花。

      20190317簸川神社05



こちらは、二の鳥居。

      20190317簸川神社06



参道の狛犬。

      20190317簸川神社07


      20190317簸川神社08



手水舎。

      20190317簸川神社09



定番の龍の吐出口。

      20190317簸川神社10




こちらが、拝殿。

      20190317簸川神社11


      20190317簸川神社12



拝殿正面。

      20190317簸川神社13



別アングルからの拝殿。

      20190317簸川神社14


      20190317簸川神社15



そして、こちらが本殿。

      20190317簸川神社16



拝殿前の天水桶。

      20190317簸川神社17




境内社。
五社神社。

      20190317簸川神社18

地域の五社を祀っています。


こちらも境内社。
左が水神社、右が白宝稲荷神社。

      20190317簸川神社19




手前の幟建は、善仁寺門前町氏子によって奉納されたモノ。

      20190317簸川神社20

奥の碑は、東宮殿下御来臨碑。



神楽殿。

      20190317簸川神社21

ガラス張りで、お洒落。



こちらが、社務所。

      20190317簸川神社22



こちらが、簸川神社の御朱印。

      20190317簸川神社23

社務所にて拝受いたしました。




2019/05/17 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............吹上稲荷神社 (2019年3月17日)(東京都文京区) 

3月17日

この日は、都内・文京区界隈への散歩。
水道橋駅から小石川、音羽方面へと足を伸ばし、
さらには護国寺方面へと向かいます。

腰掛稲荷神社をあとにして、向かった先は..................吹上稲荷神社。


吹上稲荷神社は、東京都文京区大塚に鎮座する神社です。

この辺りは池袋にも近いし、大塚っててっきり豊島区だと思っていたら
文京区にも大塚って地番があるんですね。
これが、また豊島区の大塚に近いからややこしい。


吹上稲荷神社は、元和8年(1622年)、江戸幕府二代将軍・徳川秀忠が
下野国日光山から賜った稲荷大神の御神体を、江戸城内の紅葉山吹上御殿内に奉斎し、
「東稲荷宮」と称したのが創祀であるとされています。

五代将軍・綱吉の頃、江戸城内から一橋外護持院ケ原に遷座し、
その後水戸徳川家の分家である松平大学頭家(守山松平家)が拝領し、邸内に遷されました。
さらには、宝暦元年(1751年)に石川山福寿院善仁寺に再遷座され、現社号に改称されました。
その後遷座を繰り返し、明治45年に現社地に鎮座しました。


御祭神は、保食之大神。



社号標。

      20190317吹上稲荷神社01



一の鳥居。

      20190317吹上稲荷神02



二の鳥居。

      20190317吹上稲荷神社03



二の鳥居に掲げられた神額。

      20190317吹上稲荷神社04



明治39年にたてらた碑。

      20190317吹上稲荷神社05

『皇威宣揚』と記されているけれど、
碑文はよく分からない。


由緒書き。

      20190317吹上稲荷神社06



稲荷神社って、赤い幟が多いけど
こちらは、紫色の幟。

      20190317吹上稲荷神社07



神使いの狐にも紫色の前掛け。

      20190317吹上稲荷神社08


      20190317吹上稲荷神社09



手水舎。

      20190317吹上稲荷神社10



定番の龍の吐出口。

      20190317吹上稲荷神社11



こちらが拝殿。

      20190317吹上稲荷神社12



拝殿正面。

      20190317吹上稲荷神社13



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190317吹上稲荷神社14



別アングルからの拝殿。

      20190317吹上稲荷神社15


      20190317吹上稲荷神社16



こちらは、境内社。

      20190317吹上稲荷神社17



社務所。

      20190317吹上稲荷神社18



こちらが、御朱印。

      20190317吹上稲荷神社19


社務所にて拝受いたしました。

2019/05/16 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............腰掛稲荷神社 (2019年3月17日)(東京都文京区) 

3月17日

この日は、都内・文京区界隈への散歩。
水道橋駅から小石川、音羽方面へと足を伸ばし
御朱印拝受の神社巡りとなります。


正八幡神社をあとにして、向かった先は..................腰掛稲荷神社。



腰掛稲荷神社は、東京都文京区目白台に鎮座する神社です。


徳川家康が鷹狩りの折、この地にあった榎の切株に腰掛けて休憩したとされ、
これに敬意を表して切株のそばに祠を創建し、
腰掛稲荷と称されるようになったとされています。

しかしながら、諸説が有って、徳川家康とされていますが
徳川家光とされる説もあり、その真偽は定かではないそうです。


御祭神は、豊受姫命。


社号標。

      20190317腰巻稲荷神社01



神社社頭。

      20190317腰巻稲荷神社02



手水舎。

      20190317腰巻稲荷神社03


社殿。

      20190317腰巻稲荷神社04



社殿に掲げられた扁額。

      20190317腰巻稲荷神社05



別アングルからの社殿。

      20190317腰巻稲荷神社06


      20190317腰巻稲荷神社07



社殿正面に飾られた提灯。

      20190317腰巻稲荷神社08


由緒書き。

      20190317腰巻稲荷神社10




社殿背後には、『菊花石』。

      20190317腰巻稲荷神社09


      
割った切面に菊花状の模様が現われる石で
崇敬者より奉納されたモノらしい。

      20190317腰巻稲荷神社11



こちらの御神木も数ヶ月前に枝を切り落としてしまったらしい。

      20190317腰巻稲荷神社12
         20190317腰巻稲荷神社13

さほど敷地も広くなく、ほとんどが駐車場のように感じられる。
まさに都心の神社と言った雰囲気。



境外社。

      20190317腰巻稲荷神社14


      20190317腰巻稲荷神社15



こちらか、社務所。

      20190317腰巻稲荷神社16



そして、腰掛稲荷神社の御朱印。

      20190317腰巻稲荷神社17


社務所にて拝受いたしました。


2019/05/16 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............正八幡宮 (2019年3月17日)(東京都文京区) 

3月17日

この日は、都内・文京区界隈への散歩。
水道橋駅から小石川、音羽方面へと足を伸ばし
御朱印拝受の神社巡りとなります。


今宮神社をあとにして、向かった先は..................正八幡神社。


正八幡神社は、東京都文京区関口に鎮座する神社です。


創建は、慶長11年(1611年)頃とされ、関口水道町の鎮守で、
竜泉山洞雲寺(現・豊島区池袋3-5-30)が別当寺であったそうです。
当初は、『関口八幡宮』と称され、『上の宮』とも称されていました。
それに対して、目白台の水神社の相殿に祀られた椿山八幡宮を
『下の宮』と称していたそうです。


御祭神は、品陀和気尊。



社号標。

      20190317正八幡神社01



神社社頭の鳥居。

      20190317正八幡神社02



手水舎。

      20190317正八幡神社03



こちらが、拝殿。

      20190317正八幡神社04



拝殿正面。

      20190317正八幡神社05



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190317正八幡神社06



別アングルからの拝殿。

      20190317正八幡神社07


      20190317正八幡神社08



そして、こちらが本殿。

      20190317正八幡神社09



拝殿正面に飾られた提灯。

      20190317正八幡神社10



拝殿前の天水桶。

      20190317正八幡神社11



拝殿前の狛犬。

      20190317正八幡神社12


      20190317正八幡神社13



拝殿前には、由緒書き。

      20190317正八幡神社14



さほど広くはない境内だけど、社殿は壮大さを感じさせる。

      20190317正八幡神社15
  20190317正八幡神社16



こちらが、社務所。

      20190317正八幡神社17



そして、こちらが正八幡神社の御朱印。

      20190317正八幡神社18


社務所にて拝受いたしました。




2019/05/15 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............今宮神社 (2019年3月17日)(東京都文京区) 

3月17日

この日は、都内・文京区の神社巡り。

水道橋駅から、小石川、音羽方面へと向かいます。

向かった先は..................今宮神社。


今宮神社は、東京都文京区音羽に鎮座する神社です。

五代将軍・徳川綱吉の生母、桂昌院の発願によって護国寺が建立された際、
同所に京都柴野・今宮神社より御分霊が勧請され鎮座したそうです。
「今宮五社」「五社今宮」とも称され、「五社」は伊勢神宮・今宮神社・春日大社
・岩清水八幡神社・熊野大社を表すそうです。

明治元年の神仏分離令により、幕府の祈願寺で檀家を持たなかった護国寺が
規模の縮小を余儀なくされるなどの影響もあり、
明治6年に田中八幡神社の鎮座地であった現在地に遷座しました。
そのこ、田中八幡神社は、氷川神社と合祀され小日向神社となり
この地には今宮神社が鎮座することになりました。


御祭神は、天照大御神(皇大神宮)
素盞嗚尊(今宮神社・熊野大社)
伊弉冉尊(熊野大社)
誉田別尊(石清水八幡神社)
天児屋根尊(春日大社)
大国主命(今宮神社)
事代主命(今宮神社)
速玉大神(熊野大社)
大宮比売命(春日大社)
少毘古那命
猿田彦命
菅原道真 となっています。



神社社頭。

      20190317今宮神社01



鳥居。

      20190317今宮神社02



手水舎。

      20190317今宮神社03



手水鉢。

      20190317今宮神社04



拝殿前の狛犬。

      20190317今宮神社05


      20190317今宮神社06



拝殿正面。

      20190317今宮神社07



拝殿正面に飾られた扁額。

      20190317今宮神社08



別アングルからの拝殿。

      20190317今宮神社09


      20190317今宮神社10



そして、こちらが本殿。

      20190317今宮神社11



拝殿正面に飾られた提灯。

      20190317今宮神社12



拝殿前の天水桶。

      20190317今宮神社13



境内社。

      20190317今宮神社14



神輿庫。

      20190317今宮神社15


      20190317今宮神社16



授与所には、こんな貼り紙が貼られていました。

      20190317今宮神社17


以前は、御朱印の対応をされていたようですが
現在は、諸般の事情により御朱印対応はされていないようです。

残念ですね。


2019/05/15 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............黒田小学校跡 (2019年3月17日)(東京都文京区) 

3月17日

この日は、都内・文京区界隈を散歩していました。

文京区小日向の小日向神社のすぐ近くで
こんな説明板(案内板)を目にしました。

      20190317黒田小学校跡07


黒田小学校跡?
文京区立第五中学校跡 ?


偶然にも、学校跡に遭遇したようです。


黒田小学校は、

明治11年第4中学区26番公立小学「黒田学校」として、この地に創立されました。

当時、水道端2丁目(現水道2丁目)に居住していた黒田長知(旧福岡藩主)が
明治維新の功労による政府賜米2000石を東京府に献納して、
小日向地区への学校設立を請願したそうです。
東京府はその篤志を伝えるため、校名を黒田学校としました。

 当初の校舎は、南北2棟の木造で8教室であり、
黒田家ゆかりの藤の花を校章とし、
質実剛健を校訓とした黒田小学校は、各界に多くの卒業生を送りだしました。
その卒業生には、永井荷風(小説家)、黒澤明(映画監督)などがいるそうです。
 
昭和20年、空襲で校舎は内部が全焼し、
翌年(昭和21年)3月31日をもって黒田小学校は廃校になりました。


一方、文京区立第五中学校は、昭和22年4月に六三制による区立中学校の一つとして、
文京区立小日向台町小学校内に設置されました。
旧黒田小学校の校舎は、戦災者の集団住宅となっていましたが、
昭和24年から内部の改修が行われると同時に生徒の移転が始まり、
翌年(昭和25年)には全生徒が移り、独立校舎となりました。

しかしながら、平成21年に生徒数の減少により第五中学校は第七中学校と統合し、
文京区立音羽中学校となり、第五中学校は廃校となったそうです。




小日向神社のすぐ下の敷地が、実は黒田小学校跡。
坂道を下ってきたけど、そんな雰囲気はありませんでした。

      20190317黒田小学校跡01





現在、跡地は『文京総合福祉センター』になっています。

      20190317黒田小学校跡02


      20190317黒田小学校跡03


校庭も改変され、新たな建物も建てられているようです。

      20190317黒田小学校跡04



現在は、文京区小日向と言うか地番ですが
以前は、『小日向水道町』と呼ばれていたようです。

      20190317黒田小学校跡05


確かに、小日向神社に隣接するように第五中学校が在ったようです。

      20190317黒田小学校跡11





坂を下ってくると、こんな感じ。

      20190317黒田小学校跡06

確かに、このアングルからだと学校跡に見えなくもない。



その坂は、『服部坂』と言うらしい。

      20190317黒田小学校跡12



歩道に面するように建つ碑。

      20190317黒田小学校跡08



そこには、黒田小学校の縁起が記されています。

      20190317黒田小学校跡09



校舎のようにも見える建物は、新たに建てられたもののようにも見える。

      20190317黒田小学校跡10

学校の校舎にしては、ちょっと斬新な外観。





さらに、こんな説明板も建っています。

      20190317黒田小学校跡13

神田上水の旧・白堀跡と記されています。



航空写真によれば、旧校舎の前に白堀が在ったようです

      20190317黒田小学校跡14


      20190317黒田小学校跡15


今は白堀も埋め戻され、歩道と建物の一部となっているようです。

      20190317黒田小学校跡16


      20190317黒田小学校跡17

 
かつての神田上水の白堀の脇に小学校が創設され
戦火により校舎は崩壊して廃校となり、
終戦後、その跡地には中学校が建てられた。

幾歳の月日が流れ、やがて少子化が進む中、中学校も廃校となり
新たに建設される福祉センターの建設工事で白堀も埋められてしまった。

この地は、色々な歴史を背負ってきたんですね..................。



     

2019/05/14 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............小日向神社 (2019年3月17日)(東京都文教区) 

3月17日

この日は、都内・文京区の散歩。
御朱印拝受の神社巡りです。

小石川諏訪神社をあとにして、向かった先は..................小日向神社。


小日向神社は、東京都文京区小日向に鎮座する神社です。


小日向神社は、明治2年(1869年)9月に氷川神社と八幡神社が合祀されて
小日向神社と称するようになりました。

氷川神社は、天慶3年(940年)、常陸国国司であった平貞盛が当地を平定し、
その奉賛として、曹洞宗日輪寺の蓮華山に創建された後、
太田道灌により再興され、小日向の鎮守として栄えました。
また、八幡神社は貞観3年(860年)の創建とされ、当初は「田中八幡」と称していて、
古くからこの地域の氏神さまとして里人に親しまれていました。


御祭神は、誉田別命(誉田天皇)(ほんだわけのみこと)
建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)



神社社頭の鳥居。

      20190317小日向神社01



鳥居の脇には、由緒書き。

      20190317小日向神社02



参道の手水舎。

      20190317小日向神社03



こちらが、拝殿。

      20190317小日向神社04



拝殿正面。

      20190317小日向神社05



拝殿向拝。

      20190317小日向神社07



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190317小日向神社06



別アングルからの拝殿。

      20190317小日向神社08



そして、こちらが本殿。

      20190317小日向神社12


別アングルから、もう一枚。

      20190317小日向神社13



拝殿正面に飾られた提灯。

      20190317小日向神社09



拝殿前の狛犬。

      20190317小日向神社10


      20190317小日向神社11




境内社。     

      20190317小日向神社14



境内の御神木。

      20190317小日向神社15



こちらは、神輿庫。

      20190317小日向神社16


      20190317小日向神社17



社務所と授与所。

      20190317小日向神社18



そしてこちらが、小日向神社の御朱印。

      20190317小日向神社19

授与所にて、拝受いたしました。





2019/05/14 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............小石川諏訪神社 (2019年3月17日)(東京都文教区) 

3月17日

この日は、都内・文京区の散歩。
御朱印拝受の神社巡りとなりました。


牛天神北野神社をあとにして、向かった先は.........小石川諏訪神社。


小石川諏訪神社は、東京都文京区後楽に鎮座する神社です。

実は、小石川諏訪神社に訪れるのも、これで2回目。
(前回の訪問記事は こちら )。
その時は、本務社の牛天神北野神社の宮司さんが不在だったため
御朱印が拝受出来ませんでしたが、
今回は事前に権禰宜さんに確認をしてからの訪問となります。



社号標。

      20190317諏訪神社01
      



神社社頭。

      20190317諏訪神社02



鳥居。

      20190317諏訪神社03



こちらが、拝殿。

      20190317諏訪神社04



拝殿正面。

      20190317諏訪神社05


別アングルからの拝殿。

      20190317諏訪神社06



そして、こちらが本殿。

      20190317諏訪神社07



参拝をしていないのに、御朱印を頂くことは
個人的なルールにも反するので、改めての参拝です。



そして、こちらが御朱印。

      20190317諏訪神社08


本務社の牛天神北野神社にて拝受しました。





2019/05/13 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り.............牛天神北野神社 (2019年3月17日)(東京都文教区) 

3月17日

この日は、都内の文京区に出かけました。


JR水道橋橋駅から春日方面へ歩き、二ヶ所ほど立ち寄りながら
向かった先は..................牛天神 北野神社。


牛天神 北野神社は、東京都文京区春日に鎮座する神社です。


創建は1184(元暦元)年とされ、元は金杉天神と号した。

寿永元年(1182年)、当地を訪れた源頼朝の夢に牛に乗った菅神(菅原道真)が現われ、
頼朝に二つの幸事が起きることと、成就の暁には必ず社を造営して報いるよう告げだそうです。
眠りから覚めた頼朝の傍らには、菅神が載っていた牛によく似た形の岩石があったそうです。
これを牛石と呼んだそうです。
その年、頼朝と北条政子の間に嫡男・頼家が誕生します。
寿永2年(1183年)には、宿敵・平家が都落ちし、
頼朝は東国支配権を朝廷より認められます。
これにより、頼朝は当地に大宰府天満宮の御分霊を勧請・神領等を寄進し、
牛石を御神体として創建されたと言われています。


御祭は、菅原道真公。



春日通り沿いに立つ幟。

      20190317北野神社01



春日通りから奥まった場所に建つ社号標。

      20190317北野神社02



神社社頭。

      20190317北野神社03


鳥居。

      20190317北野神社04



玉垣に吊るされた提灯。

      20190317北野神社05



由緒書き。

      20190317北野神社18



手水舎。

      20190317北野神社19



こちらが拝殿。

      20190317北野神社06



拝殿正面。

      20190317北野神社07


      20190317北野神社08


      20190317北野神社10




拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190317北野神社09



別アングルからの拝殿。

      20190317北野神社11


      20190317北野神社12



そして、こちらが本殿。

      20190317北野神社13



拝殿前には撫で牛。

      20190317北野神社14


      20190317北野神社15



そして、狛犬。

      20190317北野神社17


      20190317北野神社29
     


こちらは、境内社。     
太田神社と高木神社。

      20190317北野神社21



太田神社・高木神社の合祀殿。

      20190317北野神社24



その扁額。

      20190317北野神社25



太田神社の由緒書き。

      20190317北野神社22



高木神社の由緒書き。

      20190317北野神社31




こちらは、庚申塔の類いでしょうか?

      20190317北野神社26

下部に三匹の猿が居ます。



境内の一角には歌碑も置かれています。

      20190317北野神社23


      20190317北野神社27


      20190317北野神社28




こちらは、「おみくじ結び所」。

      20190317北野神社30

天神様の神使いである牛の形をしています。



      20190317北野神社34




境内の御神木。

      20190317北野神社32
      20190317北野神社33




授与所

      20190317北野神社35

御朱印はこちらで拝受できます。



こちらが御朱印。

牛天神北野神社。

      20190317北野神社36


高木神社。

      20190317北野神社37


太田神社。

      20190317北野神社38



牛天神北野神社は、東都七天神の内の一社とされ
亀戸天神社(江東区)
湯島天満宮(文京区)
平河天満宮(千代田区)
牛天神北野神社(文京区)
西向天神社(新宿)
五條天神社(台東区)
関屋天満宮(足立区)(氷川神社境内社) の7社。

これで、5社を参拝したことになり、
残すは亀戸天満宮と西向天神社の2社。

いずれも近い内に参拝することにいたしましょう。




2019/05/13 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・関東の富士見100景.............文京シビックセンター (2019年3月17日)(東京都文教区) 

3月17日

この日は、都内の文京区に出かけました。

当初の予定では、水道橋駅から春日方面へと向かいます。


出世稲荷神社から、本務社の牛天神北野神社へと向かう途中
目の前に大きなビルが現れました。

      20190317文京シビックセンター01



文京シビックセンターです。

       20190317文京シビックセンター02
      20190317文京シビックセンター03

確か、文京区の市役所のビルだったはす。


そういえば、25階が展望ラウンジとして公開されていて
その展望ラウンジが『関東の富士見百景』だったはず。


ちょっぴり、覗いてみましょう。

      20190317文京シビックセンター04



高速エレベーターで一気に25階まで昇ります。



25階の展望ラウンジ。

      20190317文京シビックセンター05



日曜日だけど、朝も早いから人はあまり居ない。

      20190317文京シビックセンター06


      20190317文京シビックセンター07


      20190317文京シビックセンター08


展望ラウンジからのスカイツリー。

      20190317文京シビックセンター09



こちらは、東京タワー。

      20190317文京シビックセンター10

ちょうど、手前のビルが工事中。
ビルの屋上のクレーンが東京タワーを隠してしまってます。



窓際に飾られた展望写真。

      20190317文京シビックセンター11



ちょうど、この方角に富士山が見えるそうです。

      20190317文京シビックセンター12



晴れているけど、見えない?

      20190317文京シビックセンター13



ぐっと、望遠レンズでズームアップ。

      20190317文京シビックセンター14


      20190317文京シビックセンター15


      20190317文京シビックセンター16


      20190317文京シビックセンター17

やっぱり、見えませんねぇ。


春先は霞で遮られてしまうのか?
雲が無い快晴のようなんですが..................

やっぱり、冬場でないと駄目なのかな?



展望ラウンジで見つけました。

      20190317文京シビックセンター18



『関東の富士見百景』のプレートです。

      20190317文京シビックセンター19

『関東の富士見百景』に訪れる目的は、やっぱり富士山の眺望が最重点なんだけど
どうも富士山とは相性が悪いようで、なかなか富士山の眺望に巡り逢えません。

せめて、『関東の富士見百景』のプレートだけでも
この目で見てみたい。

ある意味、目的が達成です。


2019/05/12 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit