FC2ブログ

02 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 04

び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの都内散歩・御朱印巡り ............................ 尾久八幡神社 (2019年2月2日)(東京都荒川区) 

2月2日

この日は、公休日。
都内の王子に出かけれ予定があって、びいすけ はお留守番。

王子って、日暮里から京浜東北線で行くっていう選択肢しか知らなかったけれど、
職場の同僚が町屋から、都電に乗ってもいけるって聞き、
町屋から都電荒川線に乗ってみました。

今は、都電荒川線の事を、『東京さくらトラム』と言うらしい。
何ともお洒落なネーミング。

せっかくだから、都営1日乗車券(700円)を買って
1日動き回っちゃいましょう。
なんと言っても、都電、都営地下鉄、都バスが1日乗り放題になるからね。

      20190202尾久八幡神社13


      20190202尾久八幡神社14


という事で、先ずは都電で『宮の前』下車。
向かった先は................尾久八幡神社。


尾久八幡神社に来るのは、これで2回目。
前回は、書き手の方が外出されていて、
御朱印をいただく事ができませんでした。
( その時の記事は こちら )




こちらが社号標。

      20190202尾久八幡神社01


神社社頭の鳥居。

      20190202尾久八幡神社02



明日、2月3日は節分。
尾久八幡神社でも節分の祭礼が行われるようです。

      20190202尾久八幡神社03



手水舎。

      20190202尾久八幡神社04



拝殿。

      20190202尾久八幡神社05



拝殿正面。

      20190202尾久八幡神社06


別アングルからの拝殿。

      20190202尾久八幡神社07


      20190202尾久八幡神社08



尾久八幡神社に関する説明板。

こちらは、八幡掘について。

      20190202尾久八幡神社09

八幡掘は、王子・上中里・田畑・日暮里と流れる用水が
八幡神社をとり囲んでいたもので、
酒井新三郎抱屋敷と亀太郎屋敷との間(現在の西尾久3~4周辺)を経て、
荒川(現在の隅田川)に注いでいました。
川を往復する船が八幡堀まで進み、交易で賑い、
神社の西側では下肥の積みおろしも行っていたという事です。




こちらは、上尾久村村絵図について。

      20190202尾久八幡神社10

尾久八幡神社が所蔵する上尾久村村絵図は、神社を中心とする上尾久村の江戸時代の様子が分かります。
農業用水の流路、7名の領主名と各領主付農民、村内の寺社などが記され、
隣村の田端村や中里村との間で取り決められた用水に関する記述も3ヶ所あるそうです。



この説明板は前回見落としていたから
新たな発見。旧・尾久村の歴史を少しだけ垣間見たようです。




古い神額と手水鉢。

      20190202尾久八幡神社11

きっと、以前に鳥居に掲げられていた神額と
以前に使われていた手水鉢でしょう。



前回は空振りに終わったから、約半年振りのリベンジ。
無事、尾久八幡神社の御朱印も手に入れました。

      20190202尾久八幡神社12


数は少ないのですが、ネットで調べた限りの範囲内ですが、
荒川区の御朱印が拝受できる神社の御朱印。

これにてクリアとなりました。




スポンサーサイト



2019/03/23 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

長熊城址    (2019年1月30日)(千葉県佐倉市) 

1月30日

千葉神社からの帰り道。
千葉市内からは、国道51号線を北上して佐倉へと向かいます。

そう言えば、国道51号線沿いに以前から気になっていた場所がある。
なかなか、立ち寄る機会が無かったけれど、待っていても機会は訪れ無い。
やっぱり自分から足を向けなくっちゃね!

と、言うことで向かった先は..............................長熊城址。


長熊城址について、詳細は不明ですが
千葉氏の家臣に長熊氏と言う者がいたそうです。
おそらく、その長熊氏の居城跡だと言うことです。


こちらが、長熊城の縄張り図。

       長熊城址縄張り図

                     ( 余湖さんのHPよりお借りいたしました。 )



縄張り図より、二郭にあたる養福寺後は、この先。

       20190130長熊城址 01



縄張り図の公園にあたる場所。

      20190130長熊城址02

この小屋のような建物が養福寺の施設の一部だったようです。



小さなお堂も二ヶ所あり、墓石も建っている。

      20190130長熊城址03


      20190130長熊城址04

公園と言うよりは、この場所が養福寺の後のように感じる、


縄張り図における、養福寺跡の場所。

      20190130長熊城址05



確かに削平地。
二郭に間違いない(と思う)。

      20190130長熊城址06



奥は崖となっていて、おまけに竹藪状態で行く先を阻みます。

      20190130長熊城址07

この上に主郭があるようですが、ここからでは登城出来ない。


民家の脇を回って、道沿いに坂を上がって行きます。

      20190130長熊城址08



坂の頂部から、台地へと向かう獣道。

      20190130長熊城址09

実は、これが登城路。



主郭虎口。

      20190130長熊城址10


主郭は、細長い削平地。

その一角に小さな社が鎮座。

      20190130長熊城址11

おそらく、台地下の民家の方が祀っているのでしょう。


主郭の奥の方は杉の木が並ぶ森状態。

      20190130長熊城址12


手入れされていると言うか、とくに耕作地として活用されているようでも無いけれど
余分な杉は伐採されています。

      20190130長熊城址13



JR総武本線が城址南部を走り、城址に南側は眺望に長ける。

      20190130長熊城址14


      20190130長熊城址15


主郭南側の城塁。

      20190130長熊城址16


逆に北方面は鬱蒼とした木々の先に国道51号線。



この竹藪の先は、崖になっていて、二郭の削平地へと続いている。      

      20190130長熊城址17


よく見ると、竹藪の手前にも小さな祠。

      20190130長熊城址18



国道51号線が台地を寸断してしまっているけれど
きっと国道を造成するときに、主郭の一部も削られてしまったのでしょう。


遺構らしいものも残されていなくて、面白味に欠けるのは否めないけれど
たまには、こんな感じで城跡巡りも楽しいものです。
やっぱり、城址巡りは下草の枯れたこの時期ですね。



2019/03/23 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit