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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

今週はコレ! 《 RADO STARLINER 》   (2019年2月4日) 

2月4日  

毎週、月曜日に着け替えている腕時計。
今週は、 こちら ↓

       20190204RADO STARLINER01


RADO STARLINER 


スイスの名門、RADO。

ご存知、スイスの名門老舗時計メーカーのRADO。
RADOと言えば、Horseシリーズが有名ですが
こちらは、シリーズ名(モデル名)は、STARLINER

このSTARLINERシリーズ、いろいろとバリエーションがあるようです.......が、
正直、RADOにおける位置付けがイマイチ分からない。

おそらくかなり初期のモノではなかろうか?


文字盤にも、あまり仕様(スペック)についての記載は無く、
情報量も乏しい。


しかしながら、RADOの時計はデザインが凝っている。
SEIKOやCITIZEnでも似たようなデザインはあるけれど
やはり、6時位置にカレンダーを配置するのは凝っている。


10年以上前にヤフオクで手に入れた中古の1本。

      20190204RADO STARLINER02



おそらく1970年代の製品だと思います。

      20190204RADO STARLINER03

残念ながらベルトは社外品の革ベルト。


竜頭には、RADOのシンボルである錨のマーク。

      20190204RADO STARLINER04



ケース裏蓋には、メダリオン。

      20190204RADO STARLINER05

STARLINE DAYMASTER とシンプルな刻印が入ってます。



それでは、腕に着けてみましょう。

      20190204RADO STARLINER06


      20190204RADO STARLINER


文字盤のダイヤルがアップライト仕様で、長針短針も同じような形。
これも一つのデザインの主張。

個人的には先が細くなる針の方が好きですが
コレはこれで、良しといたしましょう。




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2019/03/31 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り...............滝野川八幡神社 (2019年2月3日)(東京都北区) 

2月3日

遅番勤務のこの日、出勤前の都内散歩。
巣鴨近くの神社の御朱印巡りです。

しかしながら、巣鴨猿田彦大神庚申堂と
巣鴨大鳥神社・子育稲荷神社の御朱印拝受が空振りに終わり、
コレも縁だと、心の中で自分自身を納得させつつも
何となくスッキリしない。
巣鴨からちょっと歩くけれど、もう1社巡っちゃえ!
と言うことで、向かった先は...........................滝野川八幡神社。


滝野川八幡神社は、東京都北区滝野川に鎮座する神社です。


旧滝野川村の鎮守で、一説には鎌倉時代の建仁2年(1202年)の創建と言われています。
滝野川八幡神社の社務所は終戦直後まで、旧中山道に面した滝野川三軒家の種子問屋が中心となっていた
東京種子同業組合の会合場所として利用されていたそうです。
ここで野菜の種子相場(生産者からの引取価格)の協定をしたり、
東京府農事試験場に試作を依頼していた原種審査会の表彰などを行っていたそうです。


御祭は、品陀和気命(応神天皇)。



神社社頭。

      20190203滝野川八幡神社01



玉垣前に設置された説明板。

      20190203滝野川八幡神社02



板碑のような社号標。

      20190203滝野川八幡神社03



参道の由緒書き。

      20190203滝野川八幡神社05



手水舎。

      20190203滝野川八幡神社08



こちらが、拝殿。

      20190203滝野川八幡神社04


      20190203滝野川八幡神社09


      20190203滝野川八幡神社10


向拝。

      20190203滝野川八幡神社11


拝殿正面。

      20190203滝野川八幡神社12



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190203滝野川八幡神社13



別アングルからの拝殿。

      20190203滝野川八幡神社14


      20190203滝野川八幡神社15




      20190203滝野川八幡神社34



拝殿前の狛犬。

      20190203滝野川八幡神社06


      20190203滝野川八幡神社07



拝殿前に置かれた天水桶。

      20190203滝野川八幡神社16




こちらは、社殿右手奥の参道口。

      20190203滝野川八幡神社17



狛犬も鎮座しています。

      20190203滝野川八幡神社18


      20190203滝野川八幡神社19



境内社。
      20190203滝野川八幡神社20



神楽殿。

      20190203滝野川八幡神社21



神輿庫。

      20190203滝野川八幡神社22


      20190203滝野川八幡神社23



御神木。

      20190203滝野川八幡神社26
      20190203滝野川八幡神社27
      20190203滝野川八幡神社28


      20190203滝野川八幡神社29
      20190203滝野川八幡神社30
      20190203滝野川八幡神社31



こちらが社務所。

      20190203滝野川八幡神社24


御朱印は、3種あるようです。

      20190203滝野川八幡神社25

金文字の御朱印は毎月1日、15日の限定らしい。
滝野川八幡神社の御朱印は、社号の墨書き部がV字になっているから
Victoryの『V』と言うことで勝負事にご利益があるとも言われているそうです。
ましてや、それが金文字だと言う事だから、まさに無敵でしょうね。

本日頂ける2種の御朱印をいただきました。


こちらが、通常版。

      20190203滝野川八幡神社32


そして、こちらがこの時期限定。
節分バージョンの御朱印。

      20190203滝野川八幡神社33


本日、2種の御朱印を拝受して、空振りに終わった分の癒しに充分なりました。

2019/03/31 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩......................巣鴨大鳥神社・子育稲荷神社. (2019年2月3日)(東京都文京区区) 

2月3日

遅番勤務のこの日。
いつもの早番勤務より早く家を出て、巣鴨に向かいました。
しかしながら、早く着きすぎてしまったため、時間調整も兼ねて
巣鴨駅近くにある神社へと向かいました。


巣鴨猿田彦大神庚申堂から、巣鴨とげぬき地蔵通りを歩き、
向かった先は..............................巣鴨大鳥神社・子育稲荷神社、


巣鴨大鳥神社・子育稲荷神社は、東京都文京区千石に鎮座する神社です。


貞享5年(1688年)、巣鴨村民・所左衛門の勧請により創建された稲荷社です。
元禄9年(1696年)、日蓮宗霊感院が別当となりました。
一時荒廃した時期もあったようですが、嘉永2年(1849年)に霊感院大僧正が
「慈悲の手の内」なる文書を誌し、子育稲荷大明神と改称し、社殿の再建などを行いました。

明治の神仏分離により、霊感院と分離し、霊感院は廃寺となりました。
そして先の大戦の空襲で社殿をはじめ一切が灰燼に帰してしまいました。
昭和24年、豊島区・鬼子母神近くに住む武藤某氏の夢枕に白髪の老翁が立ち
「東方に稲荷大神坐す、住する社なし、汝速やかに建立せよ」と言われたそうです。
武藤某氏は驚きつつも、当地を探し当て私財を投じて仮社を造営したと言うことです。



御祭神は、保食神命・日本武尊命。


神社社頭。

      20190203巣鴨大鳥神社01



鳥居に掲げられた神額。

      20190203巣鴨大鳥神社02



こちらが、拝殿。

      20190203巣鴨大鳥神社03



拝殿正面。

      20190203巣鴨大鳥神社04



別アングルからの拝殿。

      20190203巣鴨大鳥神社05



境内社と呼んでよいのか?
こちらが、子育稲荷神社。

      20190203巣鴨大鳥神社06



手水舎。

      20190203巣鴨大鳥神社07


子育稲荷神社の社殿。

      20190203巣鴨大鳥神社08



神使いの狐(神狐)。

      20190203巣鴨大鳥神社09


      20190203巣鴨大鳥神社10



こちらが、社務所。

      20190203巣鴨大鳥神社11

御朱印は、こちらで拝受出来るとの事ですが
この日は不在。
どうやら、前日の2月2日に節分祭が行われたようで
それで神職さんは、この日は休養日になったのだろうか?

まあ、こう言うこともあるでしょう。
コレも縁だと思って次回に期待いたしましょう。





2019/03/30 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.......................巣鴨猿田彦大神庚申堂 (2019年2月3日)(東京都豊島区) 

2月3日

この日は遅番勤務。
12時からの勤務。

出勤前の時間を利用して、都内散歩。
今日は、巣鴨に出かけます。

京成町屋駅から今日も都電荒川線に乗り込みます。
流石に2日続けて都電荒川線に乗ると、多少は詳しくなったりします。

都電荒川線の『庚申塚』下車。
向かった先は..............................巣鴨猿田彦大神庚申堂。



巣鴨猿田彦大神庚申堂は、東京都豊島区巣鴨に鎮座する神社です。


文亀2年(1502年)、高さ八尺(約2.4m)の庚申塔を当地に造立したのが創祀とされます。
明暦3年(1657)に、材木が倒れて庚申堂が五つに砕けてしまったため、
これを土中に埋め、その上に現在の塔が建てられました。
明治の初めに、千葉県銚子市の猿田神社より猿田彦大神を勧請し、
合祀したとされています。

御祭神は、天津祖庚申猿田彦大神
地津主甲子大己貴神
人津霊己巳小彦名神。


都電の停留所からも歩いて1〜2分。
こちらが、巣鴨猿田彦大神庚申堂の山門。

      20190203巣鴨猿田彦大神庚申堂01



社号標。

      20190203巣鴨猿田彦大神庚申堂02



さほど広くない敷地に社殿が建っています。

      20190203巣鴨猿田彦大神庚申堂03



手水舎。

      20190203巣鴨猿田彦大神庚申堂04



こちらが神の使いである猿。
神猿です。

      20190203巣鴨猿田彦大神庚申堂05


      20190203巣鴨猿田彦大神庚申堂06


台座には、見ざる、聞かざる、言わざる、の三猿。

      20190203巣鴨猿田彦大神庚申堂07



巣鴨猿田彦大神庚申堂の由緒書き。

      20190203巣鴨猿田彦大神庚申堂12


こちらは、説明板。

      20190203巣鴨猿田彦大神庚申堂13




榎本留吉氏の顕彰碑。

      20190203巣鴨猿田彦大神庚申堂08

榎本留吉なる人物は、巣鴨で幕末から続く種苗問屋・榎本留吉商店(現・東京種苗株式会社)店主で、
付近の町会長だった人です。
明治から昭和初期にかけて、巣鴨から北区滝野川の旧中山道には、種子問屋が集中し、
『種子屋通り』と呼ばれましたが、その元祖となるのが榎本孫八・越部半右衛門・
榎本重左衛門の3家だったそうです。
その榎本重左衛門氏から分家したのが榎本留吉氏だそうです。

昭和20年に戦災で庚申堂は焼失してしまいます。
戦後の昭和24年、仮庚申堂本堂が再建されますが、
その時に尽力されたのが、榎本留吉氏だと言うことです。



江戸名所の碑。

      20190203巣鴨猿田彦大神庚申堂09

『江戸名所図絵』は江戸時代の観光案内書です。
その本にも描かれた絵と同じものが石碑になっています。
この地は、江戸時代には旧中山道と旧王子道が交差しており、
板橋宿に至る途中の立場(休憩所)として、賑わっていたそうです。





こちらが社殿。

      20190203巣鴨猿田彦大神庚申堂10


社殿正面。

      20190203巣鴨猿田彦大神庚申堂11



実は、この日(2月3日)は節分。
ここ、巣鴨猿田彦大神庚申堂でも大例祭(節分祭)が行われます。
そして、例祭日に限って境内に仮設の授与所が設置され、
御朱印が頂けると言うことで、朝早く(9時前)からやって来ました。
大例祭は11時から。
ちょっと(いや、かなり)早く来すぎてしまったみたい。

まだ準備もされていないようです。

仕方がないので、時間調整で他の神社に足を伸ばし
10時半過ぎに、再び戻って来ました。


山門には、半纏を着た関係者。
      
      20190203巣鴨猿田彦大神庚申堂14

多くの氏子さんが集まっています。


社殿にも参拝者。

      20190203巣鴨猿田彦大神庚申堂15



社殿には、提灯も飾られています。

      20190203巣鴨猿田彦大神庚申堂16


肝心の授与所はまだ設置されていない。
御朱印は何時から頂けるのか?
氏子さんのお偉いさん(?)に尋ねてみたら
今日は、書き手の方が具合が悪くて来れないらしくて
この日の御朱印の授与はないらしい。
ネットの情報だと書き手が来られない時は、書き置き対応らしいが
その書き置きも、今日は無いとの事で、
残念ながら御朱印は拝受出来ませんでした。

まあ、こんな事もあるでしょう。
コレも縁だと思って諦めましょう。


2019/03/30 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り............................ 江北氷川神社 (2019年2月2日)(東京都足立区) 

2月2日

この日は、都内の散歩、御朱印拝受の神社巡りです。

せっかく買った都営1DAYパス(都営1日乗車券)、もっと有効に使いましょう。
子安天満宮 菅原神社をあとにして、都電荒川線大塚駅前停留所から都電荒川線に乗り込み
熊野前にて下車。舎人ライナーに乗り換えて江北駅下車。

向かった先は..............................江北氷川神社。


江北氷川神社は、東京都足立区江北に鎮座する神社です。

出雲系氏族である武蔵氏が武蔵国造として移住して来た際に、
荒川を簸川(現在の島根県を流れる斐伊川)に見立てて信仰対象としたのが
氷川神社の創祀と推測されていて、ここから荒川流域に人の移動が発生し、
荒川流域には、数多く氷川神社が創建されました。
江北氷川神社は、この流れの中で創建されたと考えられているそうです。



御祭神は、素盞嗚尊。



神社社頭。
社号標の代わりに玉垣には、こんな看板。

      20190202 江北氷川神社 01




社頭の鳥居。

      20190202 江北氷川神社02



手水舎。

      20190202 江北氷川神社03



吐出口hs、かつての拝殿の鬼瓦。

      20190202 江北氷川神社04

龍のように見えるけれど、獅子らしい。



こちらが、拝殿。

      20190202 江北氷川神社05



拝殿正面。

      20190202 江北氷川神社06



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190202 江北氷川神社07



別アングルからの拝殿。

      20190202 江北氷川神社08



そして、こちらが本殿。

      20190202 江北氷川神社09



拝殿正面に飾られた提灯。

      20190202 江北氷川神社10



拝殿前に置かれた天水桶。

      20190202 江北氷川神社11



こちらは、境内社。
拝殿の手前に建つ大黒様・恵比寿様を祀る小祠

      20190202 江北氷川神社12



こちらは、拝殿右脇に建つ諏訪神社。

      20190202 江北氷川神社13



この一角には、稲荷社が建ち並ぶ。

      20190202 江北氷川神社14


       20190202 江北氷川神社15



小さな祠も多い。

       20190202 江北氷川神社16



こちらは、忠魂碑。

       20190202 江北氷川神社17



神輿庫。

       20190202 江北氷川神社18



社務所。

       20190202 江北氷川神社19



拝殿前には、御守りなどの授与品の見本が並べられている。

      20190202 江北氷川神社20



社務所前に置かれた大黒天と恵比寿像。

      20190202 江北氷川神社21



そして、こちらが江北氷川神社の御朱印。

      20190202 江北氷川神社22



こちらの御朱印は見開きの2ページを使用します。
短歌が書かれていて、その短歌が毎年変わるらしい。

       20190202 江北氷川神社23


      20190202 江北氷川神社24


この御朱印目当てで、毎年参拝に来る人も多いらしい。
ならば、私も来年も来ちゃおうかな..............?


2019/03/29 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り 子安天満宮菅原神社 (2019年2月2日)(東京都豊島区) 

2月2日

この日は都内の散歩。
御朱印拝受の神社巡りです。

当初の目的だった王子稲荷神社の初午関連の御朱印や
『都電神社めぐり』の神社を巡って御朱印をいただき、ホッと一安心。

安心ついでに更なる神社巡りは続きます。

大塚天祖神社をあとにして、向かった先は..................子安天満宮菅原神社。




子安天満宮菅原神社は、東京都豊島区北大塚に鎮座する神社です。



室町時代の天文年間(1532年~1555年)に、仁平三河守盛義が三河国から当地に移住し、
谷端川の畔に陣屋を構え、邸内の東西南北に屋敷神を奉斎しておりました。
北に氷川神社、南に熊野神社、西に稲荷神社、そして東に勧請したのが当社とされるそうです。



御祭神は、菅原道真公・宇迦之御魂神。



神社社頭。

      20190202菅原神社01

住宅街の中の神社。
いきなり、住宅街の中に鳥居が現れる..............
まさに、そんな感じです。



社号標。

      20190202菅原神社02

文字が読み辛いですが、『子安天満宮』と記されています。



      
こちらが、拝殿。

      20190202菅原神社04



拝殿前に置かれた手水鉢。

      20190202菅原神社05



拝殿正面。

      20190202菅原神社06



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190202菅原神社07



こちらは、拝殿正面に掲げられた由緒書き。

      20190202菅原神社08



別アングルからの拝殿。

      20190202菅原神社09


      20190202菅原神社10



そして、こちらが本殿。

      20190202菅原神社11



神輿庫。

      20190202菅原神社12



社務所。

      20190202菅原神社13

どうやら、普段から無人の神社のようです。
連絡先に電話を入れてみると、外出されていて、本日は戻らないとのことで
連絡先を教えてくれれば、後で郵送するとの温かいお言葉恐縮しながらも、
この日は連絡先を残して、あとにしました。


3日後、自宅のポストに1通の封書。

      20190202菅原神社14



届きました。

      20190202菅原神社15


      20190202菅原神社16



こちらが、子安天満宮 菅原神社の御朱印。

      20190202菅原神社17


わざわざ郵送頂き、ありがとうございました。
またいずれ、御礼を込めて、改めて参拝させていただきます。



2019/03/29 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り 大塚天祖神社 (2019年2月2日)(東京都豊島区) 

2月2日

この日は都内の神社巡り。
御朱印拝受の都内散歩です。

『都電神社めぐり』の都電スタンプの入った御朱印拝受も
残すは1社のみ。
都電荒川線の雑司が谷停留所から、再び都電に乗って
大塚駅前停留所にて都電を下車。

向かった先は...............大塚天祖神社。


大塚天祖神社は、東京都豊島区南大塚に鎮座する神社です。


創建は古く、鎌倉時代末期の元亨年間(1321年~1323年)とされています。

豊島氏中興の祖で、領主であった豊島景村により、
伊勢・皇大神宮が勧請されたのが起源とされています。

旧巣鴨村の総鎮守として崇敬され、江戸時代には鬼子母神の信仰が旺んになり
境内に十羅刹女神堂が併せ祀られたが、明治に入り神仏分離されました。
古くは、神明宮または神明社と称されていましたが、
明治6年(1873年)に天祖神社と改称されました。


御祭神は、天照皇大御神(あまてらすおおみかみ)。




社号標。

      20190202大塚天祖神社01



神社社頭。

      20190202大塚天祖神社02



狛犬。

      20190202大塚天祖神社03


      20190202大塚天祖神社04



由緒書き。

      20190202大塚天祖神社28



手水舎。

      20190202大塚天祖神社27



こちらが、拝殿

      20190202大塚天祖神社05



拝殿正面。

      20190202大塚天祖神社06



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190202大塚天祖神社07



別アングルからの拝殿

      20190202大塚天祖神社08


      20190202大塚天祖神社09



そして、こちらが本殿。

      20190202大塚天祖神社10



拝殿前の狛犬

      20190202大塚天祖神社11


      20190202大塚天祖神社12



境内社・稲荷社

      20190202大塚天祖神社13



境内社・三峯神社と榛名神社の合祀殿。
 
      20190202大塚天祖神社14


こちらも境内社。
合祀殿。左から菅原社、熊野社、厳島社。

       20190202大塚天祖神社15



境内のさざれ石。

      20190202大塚天祖神社16



御神木

       20190202大塚天祖神社17
      20190202大塚天祖神社18
    

       20190202大塚天祖神社19
       20190202大塚天祖神社20
     20190202大塚天祖神社21



神輿庫。

      20190202大塚天祖神社22



神楽殿。

      20190202大塚天祖神社24




社務所の一角は授与所。

      20190202大塚天祖神社25

御朱印は、こちらで拝受出来ます、



そして、こちらが御朱印。

      20190202大塚天祖神社26

至ってシンプルな御朱印。
本来の御朱印って、こういう感じかも?

都電の印もしっかりと入っていました。
これで、『都電神社めぐり』の都電スタンプの3社の御朱印が揃いました。





2019/03/28 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り 雑司が谷七福神 恵比寿神 (2019年2月2日)(東京都豊島区) 

2月2日

この日は都内の神社巡り。
王子から都電荒川線に乗って都電沿線の神社を回ります。

『都電神社めぐり』で訪れた雑司が谷大鳥神社は、
雑司が谷七福神の一つ、雑司が谷七福神 毘沙門天 でもありました。


雑司が谷七福神は、雑司ヶ谷の町興しのために、
2010年に『雑司が谷七福神の会』を結成されたことに始まり、
2011年初詣より『七福神巡り』がスタートしました。


正直、雑司が谷大鳥神社で赤い幟を見て
初めて、その存在を知りました。
と言うように、まだ歴史が浅い七福神となっています。

その構成は、

大黒天         鬼子母神堂    豊島区雑司ヶ谷3-15-20
恵比寿         大鳥神社     豊島区雑司が谷3-20-14
毘沙門天        清立院      豊島区南池袋4-25-6
吉祥天(寿老人の代替) 清土鬼子母神堂  文京区目白台2-16
弁財天         観静院      豊島区南池袋3-5-7
布袋尊         中野ビル     豊島区南池袋2-12-2
福禄寿         仙行寺      豊島区南池袋2-20-4

となっています。
寿老人の代わりに吉祥天を選ぶとは苦肉の策ですね。


それでは、雑司が谷七福神 雑司が谷大鷲神社の恵比寿です。


雑司が谷大鳥神社。
社頭の一の鳥居。

      20190202雑司が谷七福神01



玉垣の前で、はためく雑司が谷七福神の赤い幟。

      20190202雑司が谷七福神02


こちらが、雑司が谷七福神の恵比寿神。

      20190202雑司が谷七福神04

雑司が谷大鳥神社の境内社である西宮神社の御祭神が蛭児命。
平成22年(2010年)、雑司が谷七福神の創設に伴い、
兵庫県・攝津西宮神社より御分霊を勧請し、恵比須神を奉斎することになりました。



恵比寿神の赤い幟。

      20190202雑司が谷七福神03




その説明板。

      20190202雑司が谷七福神05



恵比寿像。

      20190202雑司が谷七福神06



境内社の西宮神社と大鳥神社の御神木。

      20190202雑司が谷七福神07
      20190202雑司が谷七福神08



大鳥神社の授与所には、雑司が谷七福神の専用色紙が飾られています。

      20190202雑司が谷七福神09

この七福神巡りの専用色紙って言うのが好きじゃない。
色紙の御朱印と御朱印帳に書かれる御朱印だと
全く違うものに感じてしまう(違うものに見えてしまう)のは気のせい?
それこそ、スタンプラリーのスタンプに見えてしまうのは、私だけ?


という事で、この日は七福神用の御朱印帳(今年から七福神巡り専用の御朱印帳を設けました)を
持ってくるのを忘れたので、無理を言って、半紙に書き置きしてもらいました。


こちらが、その御朱印。

      20190202雑司が谷七福神10


残りの6福神でも御朱印帳に記帳してくれるのかは判りませんが
雑司が谷七福神の満願成就を目指そうかと秘かに計画を立てています(笑)。


2019/03/28 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り 雑司が谷大鳥神社 (2019年2月2日)(東京都豊島区) 

2月2日

都内の北区王子周辺に出かけたこの日。
都電神社めぐりと称して、都電荒川線の沿線の神社を回りましょう。

なんと言っても、都営一日券をそのために買ったようなもの。
北区上中里から、飛鳥山公園の脇を通り、
都電飛鳥山停留所から都電に乗り込みます。

向かった先は......................雑司が谷大鳥居神社。


雑司が谷大鳥神社は、東京都豊島区雑司が谷に鎮座する神社です。


正徳2年(1712年)出雲藩主・松平出羽守の嫡男・万千代が疱瘡にかかり、
出雲国鷺浦・鷺大明神(現・伊奈西波岐神社)に祈願したところ平癒したため、
鬼子母神境内に鷺大明神を勧請し、手水舎の傍らに奉斎したのが創祀とされています。

以後、厄病除けの神として尊崇されていましたが、明治政府による神仏分離令により鬼子母神から分離し、
神社として存続し、大鳥神社と改称。現在地に遷座されました。



都電荒川線の鬼子母神前停留所にて下車。
線路脇を歩き、雑司が谷大鳥神社に到着です。

こちらが社号標。

      20190202雑司が谷大鳥神社01



神社社頭、一の鳥居。

      20190202雑司が谷大鳥神社02



鳥居奥には由緒書き。

      20190202雑司が谷大鳥神社03



玉垣前には、たなびく幟。

      20190202雑司が谷大鳥神社04

『都電神社めぐり』の幟です。


都電神社めぐり は都電荒川線沿線に鎮座する3社(七社神社、大塚天祖神社、雑司が谷大鳥神社)が、
漫画家 高橋カオリ女史デザインの都電印(都電9000形)を御朱印に用いて捺印すると言うイベント(?)

鉄ちゃんではありませんが、せっかくならその御朱印を集めてみましょう!
という事で、この日の神社巡りの目的の一つになっています。



参道の狛犬。

      20190202雑司が谷大鳥神社05


      20190202雑司が谷大鳥神社06



二の鳥居。

      20190202雑司が谷大鳥神社07



手水舎。

      20190202雑司が谷大鳥神社16



定番の龍の吐出口。

      20190202雑司が谷大鳥神社17



こちらが拝殿。

      20190202雑司が谷大鳥神社08



拝殿正面。

      20190202雑司が谷大鳥神社09



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190202雑司が谷大鳥神社10



別アングルからの拝殿。

      20190202雑司が谷大鳥神社11


      20190202雑司が谷大鳥神社12



拝殿正面に置かれた賽銭箱。

      20190202雑司が谷大鳥神社13

なぜか、巾着の形をしています。



拝殿前の狛犬。

      20190202雑司が谷大鳥神社14


      20190202雑司が谷大鳥神社15



境内社の三杉稲荷神社。

      20190202雑司が谷大鳥神社18


もう1社、西宮神社と言う境内社も祀られているのですが
こちらは、雑司が谷七福神になるらしいので、
別な機会にでも紹介します。



神楽殿。

      20190202雑司が谷大鳥神社19


神楽殿の向かいにも参道口。
こちらは、以前からの参道でしょう。
古い社号標も建っています。

      20190202雑司が谷大鳥神社25




境内の御神木。

   20190202雑司が谷大鳥神社20
20190202雑司が谷大鳥神社21


      20190202雑司が谷大鳥神社22
      20190202雑司が谷大鳥神社23



こちらが、社務所。

      20190202雑司が谷大鳥神社24

御朱印は、こちらで拝受出来ます。

      

そして、こちらが雑司が谷大鳥神社の御朱印。

      20190202雑司が谷大鳥神社26


しっかりと、都電のスタンプが押されています。
まあ、この都電のスタンプの押された御朱印目的ですから
当たり前ですけどね。(笑)

『都電神社めぐり』の御朱印もあと1社となりました。




2019/03/27 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り 上中里七福神 (2019年2月2日)(東京都北区) 

2月2日

この日は都内散歩、北区王子周辺に出かけていました。

平塚神社からJR上中里駅に向かう蝉坂の途中で
こんな幟を見かけました。

      20190202上中里七福神01

『 ん? 上中里七福神? 』

七福神巡りも、ちょいちょい 行う身としては
こんな幟を見たら、素通りは出来ません。


と言うことで、立ち寄ったのは...................上中里七福神

      20190202上中里七福神02

七福神の赤い幟の他にも青い幟。
よく見ると、上中里西方不動尊 と書かれています。


どうやら、石段の左側が上中里西方不動尊。
右側が上中里七福神のようです。

      20190202上中里七福神03


一際目立つ提灯。

      20190202上中里七福神04



上中里西方不動尊について、詳しいことは分かりませんが、
この付近には瀧があり行場になっていて、
不動明王像が置かれていたそうです。

      20190202上中里七福神05


現在は、人工の岩場となっていて、向かって左に摩利支天。
向かって右に不動明王像が鎮座しています。

      20190202上中里七福神06


鉄道工事や道路拡張等により度々移転され、
昭和2年にこの場所に遷座したそうです。

      20190202上中里七福神07


岩場の側面には日支事変の事が記載された板碑。

      20190202上中里七福神08



岩場の向かい側には、数基の石碑。

      20190202上中里七福神09


      20190202上中里七福神10


そして、大黒天と恵比寿の像。

      20190202上中里七福神11

これが七福神かと思ったら違っていた。


上中里七福神は、その隣に鎮座していました。

      20190202上中里七福神12


      20190202上中里七福神13


 

布袋尊。

      20190202上中里七福神14

布袋尊は、弥勒菩薩の化身と言われ、いつも笑顔を絶やさず人々に接していた人で、
大きな袋には宝物がいっぱい入っていて、信仰の厚い人に与えられたということです。
笑門来福、夫婦円満、子宝の神として信仰されています。




毘沙門天。

      20190202上中里七福神15

毘沙門天は、四天王の一仏で、別名「多聞天」とも呼ばれます。
七福神の中で、唯一の武将の姿をしていて、右手に宝棒、左手に宝塔、
足の下に邪鬼天の邪鬼を踏みつけています。
七福神では、融通招福の神として信仰されています。



弁財天。

      20190202上中里七福神16

弁財天は、七福神の中で唯一の女神で、元はインド河(水)の神でしたが、
やがて音楽の神・言語の神となり、日本に伝わった当初は、弁才天と呼ばれていました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収され弁財天と呼ばれるようになり、
財宝を授けてくださる神へとなったものとされ、知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があると言われています。




福禄寿。

      20190202上中里七福神17

福禄寿は、幸福の福、身分をあらわす禄、寿命を表わす寿の三文字からなり、
中国、道教の長寿神です。南極老人星の化身であり中国の村や町に住み、
人々の信仰を集めたと言われる仙人です。
長い頭、長い顎鬚、大きな耳たぶをもち年齢は千歳と言われ、長寿、幸福の徳を持ち、
鶴と亀を連れて、左手に宝珠、右手に巻物を括り付けた杖をもつ姿が特徴です。
招徳人望の神様として信仰されています。




恵比寿。

      20190202上中里七福神18

七福神中で唯一の日本の神様。いざなみ、いざなぎの二神の第三子と言われ、
満三歳になっても歩かなかったため、船に乗せられ捨てられてしまい、
やがて漂着した浜の人々の手によって手厚く祀れれたのが、信仰の始まりとされています。
左手に鯛をかかえ、右手に釣竿を持った親しみ深い姿の漁業の神で、
特に商売繁昌の神様としても信仰が厚いとされています。





寿老人。

      20190202上中里七福神19

寿老人は、福禄寿と同じく星の化身で、にこやかな微笑みをたたえ、
手には巻物を括り付けた杖、そして団扇や桃などを持ち、
鹿を従えた姿が一般的に知られています。
団扇は難を払い、桃は長寿のしるしで、鹿もまた長寿の象徴です。
長寿延命、富貴長寿の神として信仰されています。




大黒天。

      20190202上中里七福神20

大黒天は、大自在天の化身とも言われ、大国主命と神仏習合したものとされています。
一度仏となったが、人々に福徳を授けるために再びこの世に現れたとされ、
五穀豊穣、大地を掌握する神様(農業)です。
大きな袋を背負い、打出小槌をもち、頭巾をかぶられた姿が一般によく知られていて
財宝、福徳開運の神様として信仰されています。




一ヶ所で、七福神が全てお参りできる七福神。
七福神通の間では『1ヶ所七福神』と言うらしい。


たまには、こう言った七福神巡りも、良いんじゃない?




2019/03/27 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・城址巡り 平塚城址 (2019年2月2日)(東京都北区) 

2月2日

この日訪れた平塚神社。
この地は、平塚城の在った地として
後世にに伝えられています。


平塚城は、平安時代に豊島近義が築城したと伝えられています。
後三年の役の帰路に源義家、義光、義綱の兄弟がこの館に逗留し、手厚いもてなしを受けました。
そのもてなしに感謝した義家は鎧一領と十一面観音像を下賜しました。
後に、この鎧を城の守り本尊として埋めて塚を築き、鎧塚(甲冑塚)と呼んだそうです。
また、この塚が高くなく、『平だったことから「平塚」の地名が生まれた』ともされています。

豊島氏は秩父氏の一族であり、南武蔵で大いに栄えた一族でした。

1476年、山内上杉顕定の重臣長尾景春が謀反を起こすと、
平塚城の豊島泰明は、兄の豊島家の当主である石神井城主・豊島泰経とともに
長尾景春に同調して挙兵をします。

1478年、扇谷上杉氏の筆頭家老である太田道灌は平塚城を攻め、
これに対し豊島氏は平塚城救援のために石神井城と練馬城から出兵し、
豊島軍と太田軍は江古田・沼袋原で激突しました(江古田原の戦い)。
この戦いで豊島軍は大敗し、平塚城主・豊島泰明は討死にしてしまいます。
さらに、勢いに乗った太田道灌は石神井城、練馬城を攻め落とし、
豊島泰経は平塚城に逃れますが、平塚城も落城してしまいます。
こうして豊島氏は滅亡し、歴史の表舞台からその名を消す事になります。


そんな歴史的な背景を持つ平塚城跡は、現在の平塚神社とされています。




平塚神社の社号標。

      20190202平塚城址01



神社社頭、玉垣の前に建てられた説明板。

      20190202平塚城址02

平塚神社が平塚城跡の伝承地として記されています。



平塚神社社頭には、テレビドラマのロケで見かける甘味処があります。

      20190202平塚城址03

『平塚亭』。
おかしな刑事シリーズで伊東四朗と羽田美智子が団子を食べるシーンで
よく登場する場所ですね。


社殿へと続く参道は、かつての郭跡?

      20190202平塚城址04



こちらは、JR上中里駅から平塚神社(平塚城址)へと向かう坂道。

      20190202平塚城址05

『蝉坂』と呼ばれ、平塚城を攻略した太田道灌が攻め上った「攻め坂」から転訛したものとも言われています。



道灌のように蝉坂から平塚城へ進軍いたしましょう。

      20190202平塚城址06



『蝉坂』の途中にある石段。

      20190202平塚城址07

この石段を上がれば平塚神社。
すなわち、平塚城址です。



平塚神社の境内。

      20190202平塚城址08



都心のど真ん中。
郭跡になるけれど、遺構は残されていない。

      20190202平塚城址09



社殿裏手には、土壇が残っているように見えるけれど
フェンスの先は立ち入り禁止。

      20190202平塚城址10




この先に、平塚の名の由来となった鎧の埋められた塚があるのでしょうか?

      20190202平塚城址12

フェンスの向こうではその確認も出来ません。



同じく本殿背後の土手状の土盛り。

      20190202平塚城址11

土塁跡とも言われています。


都心の城郭跡の悲しい性(さが)。
残念ながら、遺構らしい遺構もないけれど
平塚城、ここに攻略いたしましたぁ!!



2019/03/26 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り 平塚神社 (2019年2月2日)(東京都北区) 

2月2日

この日は、都内の神社巡り。
都電神社巡りの途中ですが、七社神社の近くの神社も侮れません。
七社神社をあとにして、向かった先は...................平塚神社。


平塚神社は、東京都北区上中里に鎮座する神社です。


創建は平安時代後期の元永年間(1118年~1120年)とされるています。

八幡太郎源義家公が御兄弟とともに奥州征伐の凱旋途中にこの地を訪れ、
領主の豊島太郎近義に鎧一領を下賜されました。
近義は拝受した鎧を清浄な地に埋め、塚を築いて自分の城の鎮守としました。
築いた塚は甲冑塚と呼ばれ、高さがないために平塚ともよばれました。

さらに近義は源義家・源義綱・源義光の三兄弟を平塚三所大明神として祀り、
社殿を造営し、一族の繁栄を祈願したとされ、平塚神社の始まりとされています。


御祭神は、源義家命(八幡太郎)
     源義綱命(賀茂次郎)
     源義光命(新羅三郎)




神社社頭。

      20190202平塚神社01



社号標。

      20190202平塚神社02



参道の社号標。

      20190202平塚神社04



参道の貼り紙。

      20190202平塚神社05

やっぱり、びいすけ はダメだったのね。
連れて来なくて良かった。



一の鳥居。

      20190202平塚神社06



参道は続きます。

      20190202平塚神社07



二の鳥居。

      20190202平塚神社30

 

手水舎。

     20190202平塚神社08




こちらが、拝殿。

      20190202平塚神社09



拝殿正面。

      20190202平塚神社10



向拝の彫刻。

      20190202平塚神社11



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190202平塚神社12



別アングルからの拝殿。

      20190202平塚神社13


      20190202平塚神社14



奥にちょこんと屋根が見えるのが本殿。

      20190202平塚神社15


拝殿前に飾られた提灯。

      20190202平塚神社16


拝殿前に鎮座する狛犬。

      20190202平塚神社17


      20190202平塚神社18



境内社。

      20190202平塚神社19


      20190202平塚神社20


      20190202平塚神社21



神楽殿。

      20190202平塚神社23



神輿庫。

      20190202平塚神社22

      20190202平塚神社24




境内の御神木。

       20190202平塚神社25
      20190202平塚神社26



こちらが社務所。

      20190202平塚神社27



その一角は授与所。

      20190202平塚神社29



御朱印はこちらで拝受する事が出来ます。

      20190202平塚神社28


      

そして、こちらが平塚神社の御朱印。

      20190202平塚神社31





おまけ。

神社社頭の甘味処、平塚亭。

      20190202平塚神社03

王子を舞台にした伊東四朗と羽田美智子の共演している2時間ドラマ『おかしな刑事』で
二人が団子を食べているシーンに出てくる団子屋さん。

このドラマ、好きだからこの場所に前から来たかったんだよなぁ。
でもドラマの中の団子屋さんとはちょっとイメージが違う。
もっと賑やかだと思っていました。







2019/03/26 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り...............................七社神社 (2019年2月2日)(東京都北区) 

2月2日

この日は、王子稲荷神社の初午の日。
王子稲荷神社の初午目的で王子にやって来ました。

王子駅周辺(隣接駅を含む)にはそれなりに神社があるので
御朱印拝受の神社巡りとなります。

王子神社をあとにして、向かった先は.................七社神社。


七社神社は、東京都北区西ヶ原に鎮座する神社です。



寛政5年1793年)の火災により、古文書、古記録など、
すべての資料と共に焼失したため、創建時期や由緒は不明とされています。

仏宝山無量寺境内の高台に鎮座していたとされ、
寛政6年(1794年)に再建された後、明治元年の神仏分離令により神社として独立します。
その際に、紀伊国高野山四社明神を移し祀り、伊勢・春日・八幡の三座を合祀し、
七所明神と称しました。社号は七柱の神々を奉斎することに由来します。
明治2年に一本杉神明宮の社地(現在地)に遷座し、西ヶ原・栄町の総鎮守として奉祀されました。


御祭神は、伊邪那岐命
     伊邪那美命
     天児屋根命
     伊斯許理度賣命
     市寸島比賣命
     仲哀天皇
     応神天皇  の七柱となります。



本郷通り沿いに建つ一の鳥居。

      20190202七社神社01


一の鳥居に掲げられた神額。

      20190202七社神社02


一の鳥居の脇には参道の碑。

      20190202七社神社03

ここから、参道が始まる。


鳥居の脇の説明板。。

      20190202七社神社04



この場所は、西ヶ原の一里塚でもある。

      20190202七社神社05



参道を100mも進めば神社社頭。

こちらが二の鳥居。

      20190202七社神社06



由緒書き。

      20190202七社神社07



二の鳥居の先には手水舎。

      20190202七社神社08



定番の龍の吐出口。

      20190202七社神社09



こちらが拝殿。

      20190202七社神社10


向拝の彫刻。

      20190202七社神社12



拝殿正面。

      20190202七社神社11


      20190202七社神社13



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190202七社神社14



別アングルからの拝殿。

      20190202七社神社15


      20190202七社神社16



そして、こちらが本殿。

      20190202七社神社17



拝殿前には、七社神社の説明板。

      20190202七社神社18



拝殿前の狛犬。

      20190202七社神社19


      20190202七社神社20



拝殿に飾られた提灯。

      20190202七社神社21



拝殿前の天水桶。

      20190202七社神社22



境内社の稲荷神社。

      20190202七社神社23



同じく、境内社の菅原・三峯神社。

      20190202七社神社24



こちらも、境内社の天祖神社(一本杉神明宮)。

      20190202七社神社25


   
そして、こちらも境内社。
熊野神社。
 
      20190202七社神社26



神楽殿。

      20190202七社神社27


      20190202七社神社28



神楽殿には奉納された扁額が多く飾られています。

      20190202七社神社29


      20190202七社神社30


      20190202七社神社31


      20190202七社神社32



そして、明日は節分祭。
境内には、その特設ステージも設けられています。

      20190202七社神社35



御神木。

    20190202七社神社37
      20190202七社神社36



なぜか、境内には孔子像と孟子像。

      20190202七社神社38



こちらは、神輿庫

      20190202七社神社39



授与所。

      20190202七社神社40



こちらが社務所。

      20190202七社神社41


社務所内部。
御朱印はこちらで拝受いたしました。

      20190202七社神社43



こちらが、七社神社の御朱印。

      20190202七社神社44


都電のスタンプが押されています。
実は、都電荒川線沿線の3つの神社の御朱印に
漫画家の高橋カオリ女史デザインの都電印(都電9000形)を捺印しています。

飛鳥山停留所近くの七社神社
大塚駅前停留所近くの天祖神社
雑司ヶ谷停留所近くの大鳥神社

この3つの神社を巡るのを『都電神社めぐり』と称しているらしい。
この日、都営まるごときっぷ(一日乗車券)を買ったのも
この『都電神社めぐり』が目的の一つ。


さぁ、次なる神社を目指しましょう!!



2019/03/25 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り 王子神社 (2019年2月2日)(東京都北区) 

2月2日

この日は、都内の王子に出かけました。


王子稲荷神社をあとにして、向かった先は....................王子神社。



王子神社は東京都北区王子本町に鎮座する神社です。

創建時期は不詳ながら、当初は王子権現と称しており、
この地域の地名である「王子」の由来とされています。

康平年間(1058年〜1065年)に、源義家が奥州征伐のおり、
当地で金輪仏頂を修法、凱旋の日に甲冑を奉納したとされ、
また、文保年間(1317年〜1319年)および元弘年間(1331年 -〜1334年)に、
当地の領主である豊島氏が社殿を再興し、熊野新宮の浜王子より
「若一王子宮」を改めて勧請・奉斎したそうです。

戦国時代になると、当地の領主となった小田原北条氏も当社を篤く崇敬し、
徳川時代に入ると、初代将軍・家康公は天正19年(1591年)に朱印地二百石を寄進し、
将軍家祈願所と定めました。その後代々将軍の崇敬篤く、
「王子権現」の名称で江戸名所の1つとなったそうです。




御祭神は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
     伊邪那美命(いざなみのみこと)
     天照大御神(あまてらすおおみかみ)
     速玉之男命(はやたまのおのみこと)
     事解之男命(ことさかのおのみこと)の五柱です。



こちらが、社号標。

      20190202王子神社01



神社社頭。

      20190202王子神社02



大鳥居。

      20190202王子神社03



境内の由緒書き。

      20190202王子神社04



手水舎。

      20190202王子神社05



こちらが拝殿。

      20190202王子神社06



拝殿正面。

      20190202王子神社07


      20190202王子神社08


      20190202王子神社09



拝殿内部。

      20190202王子神社10



別アングルからの拝殿。

      20190202王子神社11


      20190202王子神社12



こちらが本殿。

      20190202王子神社13



拝殿前の狛犬。

      20190202王子神社14


      20190202王子神社15



境内社の関神社

      20190202王子神社16



全国でも珍しい髪の神様。

      20190202王子神社17

戦災で焼失したものを、髢、鬘、床山、舞踊、演劇などの関係業界の御尽力により、
昭和34年に再建されたそうです。



その脇には、『毛塚』。

      20190202王子神社18

毛髪報恩のために建立されています。
いかに、髪の毛の悩みを持った人が多かったかを物語っているようです。



関神社の脇には、板碑も並びます。

      20190202王子神社19



境内の片隅の説明板。

      20190202王子神社20

王子神社のイチョウの木。(大銀杏の木)
大正13年の実測によると、目通り幹周は6.36m、
高さは19.69mであったそうです。



こちらが、その大銀杏の木。

      20190202王子神社21
        20190202王子神社22



台地下側から眺める大銀杏の木。

      20190202王子神社23



大銀杏の木の下には句碑。

      20190202王子神社24



こちらが授与所。

      20190202王子神社25

なぜか、列が出来ている。。
嫌な予感...........



予感的中。
この列は御朱印を待つ人の列。

      20190202王子神社26

王子稲荷神社の初午の日だから
抱き合わせでお参りする人(私もその一人です)が多いのか?
書き手が一人だから、意外に待ち時間が長かった。



こちらが、王子神社の御朱印。

      20190202王子神社27


独特な書体の味のある御朱印。
並んで待った甲斐があるものです。



2019/03/25 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り 王子稲荷神社 (2019年2月2日)(東京都北区区) 

2月2日

この日は、王子に出かけました。

装束稲荷神社をあとにして、向かった先は................王子稲荷神社。


王子稲荷神社は東京都北区岸町に鎮座する神社です。


荒川流域が広かった頃、その岸に鎮座した事から、
古くはは岸稲荷と名付けられました。
また、治承四年に源頼朝より奉納を得たとされています。
(社伝には「康平年中、源頼義、奥州追討のみぎり、深く当社を信仰し、
関東稲荷総司とあがむ」 とあるそうです。)

「関東八州」の稲荷の総社と紹介されるようになっているようですが、
元来は東国三十三国の稲荷総司の伝承をもっていたそうです。

毎年大晦日の夜、諸国のキツネ、社地の東である古榎の辺り()に集まり、
装束を改めるといい、江戸時代は狐火で有名でした。




御祭神は、宇迦之御魂神・宇気母智之神・和久産巣日神。



この日は、初午。
王子稲荷神社の例祭日で、王子駅から王子稲荷神社に至る参道には
縁日の屋台が数多く並んでいます。

       20190202王子稲荷神社01


       20190202王子稲荷神社02


       20190202王子稲荷神社03

おまけに、土曜日だから人も多い。


こちらは社号標。

       20190202王子稲荷神社04



神門。

       20190202王子稲荷神社05



神門の先には鳥居。。
そして石段を上がれば社殿が待ち構えているが
今日は鳥居の前で警備員が待ち構えていて、参拝規制。

       20190202王子稲荷神社06



手水舎だと思うのだが、なぜかシートが掛けられている。

       20190202王子稲荷神社07



横に五人が並び、列を作って参拝の順番待ち。

       20190202王子稲荷神社08



順番が来て、石段を上がると、神使いの狐お出迎え。

      20190202王子稲荷神社09



でも社殿前はやはり、人、人、人..............。

       20190202王子稲荷神社10

正直、こうな感じで混んでいるのは苦手。



社殿前の狛犬。

      20190202王子稲荷神社11

稲荷神社だからって、狐だけじゃありません。
狛犬もしっかりと居ました。


社殿正面。

      20190202王子稲荷神社12



向拝の彫刻。

      20190202王子稲荷神社14



拝殿正面の扁額。

      20190202王子稲荷神社15



しかしながら、拝殿までの列は長い。
なかなか拝殿まで辿り着けない。

      20190202王子稲荷神社13



拝殿内部。

      20190202王子稲荷神社16



こちらが、本殿(だと思う。ちょっと記憶が曖昧。)

      20190202王子稲荷神社17




社殿脇にも参道口。

      20190202王子稲荷神社18

こちらから入れば、横入りの参拝が出来そうだけど
やっぱり、正面から行儀よく並びましょう。




こちらは、拝殿の右脇の本宮。

      20190202王子稲荷神社19


      20190202王子稲荷神社20

こちらも列が出来ている。

さらにその奥も行列。

      20190202王子稲荷神社21



この先には、『御石様』。
『御石様』目当ての行列です。

      20190202王子稲荷神社22



持ち上げた際に重く感じるか?
はたまた、軽く感じるか?
その結果で願い事の成就を占う「おもかる石」が在ります。

      20190202王子稲荷神社23


      20190202王子稲荷神社24


こちらの大きな石を持ったら、思った以上に重くて、腰に痛みが来た。

      20190202王子稲荷神社25

まだまだ努力が足りないようです。



御石様の脇には、境内社の亀山稲荷神社・嬉野森稲荷神社・北村稲荷神社の三社殿。

      20190202王子稲荷神社26


  
 
御石様の横に階段があり、その階段を上った先には小さな石祠。

      20190202王子稲荷神社27

この石祠の脇には、この地に住みついていた狐の住処だったという『お穴様』が在る。



『お穴様』の位置から『御石様』を見下ろします。

      20190202王子稲荷神社29

まだまだ、『御石様』の列は続きます。    



社殿前から見下ろす石段の行列。

      20190202王子稲荷神社30
      
ものすごい行列。
たった30分の差でこんなに並ぶとは...............



こちらは、社殿前の石段下に鎮座する市杵島神社。

      20190202王子稲荷神社28


王子稲荷神社初午の名物、初午祭凧市。

      20190202王子稲荷神社31

火除の凧が売られています。
風を切って空高く上がる凧に火除の願いをのせたのが、火除凧の始まりだったようです。


お札を求める人が多いのか?
授与所の前にも行列。

      20190202王子稲荷神社32



こちらが、王子稲荷神社の御朱印。

      20190202王子稲荷神社33

御朱印はあまり人気がないのか?
書き置き版でしたが、並ぶ人もいなくて、すぐに拝受出来ました。






2019/03/24 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り 王子装束神社 (2019年2月2日)(東京都北区) 

2月2日

この日は、びいすけ には申し訳ないけれど
留守番をしてもらい、都内に出かけました。

都営1日乗車券を買ったから、都電に乗りまくる予定です。
『宮の前』から都電にのって、『王子駅前』にて下車。

向かった先は................装束稲荷神社。


装束稲荷神社は、東京都北区王子に鎮座する神社です。


その昔、関東全域にいる稲荷のお遣いである狐たちが、
この地にある榎の木の下に集まり、衣装を整え
「王子稲荷神社」に向かった場所と言い伝えられています。



御祭神は。宇迦之御魂神。


こちらが、装束稲荷神社。
王子の商店街の片隅に鎮座する装束稲荷神社。
思っていたより小さい。

      20190202装束稲荷神社01


   
境内には幟が多く立つ。

      20190202装束稲荷神社02



比較的早めに訪れた(9時半ごろ?)つもりだけど
既に参拝客の列。

      20190202装束稲荷神社03



こちらが手水舎。

      20190202装束稲荷神社04


社殿正面。

      20190202装束稲荷神社05

普段は閉ざされている社殿。
この日は初午。年に数回しか開かない日の一つらしい。
よく見えないけれど、社殿中央には木造の像があるらしい。



社殿正面の扁額。

      20190202装束稲荷神社06


      20190202装束稲荷神社07



社殿前には、神使いの狐。

      20190202装束稲荷神社16



社殿脇には装束榎の碑。

      20190202装束稲荷神社08

榎の木は枯れてしまったようですが、
その昔、神使いである狐たちが、この場所に集まっとされています

現在では『王子 狐の行列』と称し、ここからスタートします。
 
『王子 狐の行列』とは..............

まいとし、12月31日の大みそか、除夜の鐘を合図に
キツネのお面や装束をまとった人々が来年の豊作と火防と併せて、
商売繁盛を祈願し、装束稲荷神社から王子稲荷神社まで練り歩く行事です。



『王子の狐』を詠んだ句碑。

      20190202装束稲荷神社18




装束稲荷神社は普段は無人。
初午祭、二の午祭のときだけ社務所が開いて
御朱印をいただけます。


時刻は9時半過ぎ。
既に社務所には列が出来ている。

      20190202装束稲荷神社09


 
授与品。

      20190202装束稲荷神社10



こちらが御朱印。

      20190202装束稲荷神社11

今年も書き置き版にて対応。
墨書きと違って待つ時間が短いから、
混んでいてもさほど苦ではない。


社務所の隣では、栃尾の油揚げも売られている。

      20190202装束稲荷神社12



こちらが、装束稲荷神社の御朱印。

例年、2月の初午の日に限られ、御朱印が拝受され
書き置き版になりますが、昨年は2種類でした。

今年は、何と3種類。


こちらが、『火防の凧』の御朱印。

      20190202装束稲荷神社13



書き手によって書体の違う御朱印。

      20190202装束稲荷神社14


      20190202装束稲荷神社15


2枚目と3枚目の違いは書体のようです。


実はこの日、王子に来たのはここ装束神社が目的。
なんと言っても年に1回しかないチャンスですからね。

とりあえず、当初の目標達成です。


2019/03/24 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り ............................ 尾久八幡神社 (2019年2月2日)(東京都荒川区) 

2月2日

この日は、公休日。
都内の王子に出かけれ予定があって、びいすけ はお留守番。

王子って、日暮里から京浜東北線で行くっていう選択肢しか知らなかったけれど、
職場の同僚が町屋から、都電に乗ってもいけるって聞き、
町屋から都電荒川線に乗ってみました。

今は、都電荒川線の事を、『東京さくらトラム』と言うらしい。
何ともお洒落なネーミング。

せっかくだから、都営1日乗車券(700円)を買って
1日動き回っちゃいましょう。
なんと言っても、都電、都営地下鉄、都バスが1日乗り放題になるからね。

      20190202尾久八幡神社13


      20190202尾久八幡神社14


という事で、先ずは都電で『宮の前』下車。
向かった先は................尾久八幡神社。


尾久八幡神社に来るのは、これで2回目。
前回は、書き手の方が外出されていて、
御朱印をいただく事ができませんでした。
( その時の記事は こちら )




こちらが社号標。

      20190202尾久八幡神社01


神社社頭の鳥居。

      20190202尾久八幡神社02



明日、2月3日は節分。
尾久八幡神社でも節分の祭礼が行われるようです。

      20190202尾久八幡神社03



手水舎。

      20190202尾久八幡神社04



拝殿。

      20190202尾久八幡神社05



拝殿正面。

      20190202尾久八幡神社06


別アングルからの拝殿。

      20190202尾久八幡神社07


      20190202尾久八幡神社08



尾久八幡神社に関する説明板。

こちらは、八幡掘について。

      20190202尾久八幡神社09

八幡掘は、王子・上中里・田畑・日暮里と流れる用水が
八幡神社をとり囲んでいたもので、
酒井新三郎抱屋敷と亀太郎屋敷との間(現在の西尾久3~4周辺)を経て、
荒川(現在の隅田川)に注いでいました。
川を往復する船が八幡堀まで進み、交易で賑い、
神社の西側では下肥の積みおろしも行っていたという事です。




こちらは、上尾久村村絵図について。

      20190202尾久八幡神社10

尾久八幡神社が所蔵する上尾久村村絵図は、神社を中心とする上尾久村の江戸時代の様子が分かります。
農業用水の流路、7名の領主名と各領主付農民、村内の寺社などが記され、
隣村の田端村や中里村との間で取り決められた用水に関する記述も3ヶ所あるそうです。



この説明板は前回見落としていたから
新たな発見。旧・尾久村の歴史を少しだけ垣間見たようです。




古い神額と手水鉢。

      20190202尾久八幡神社11

きっと、以前に鳥居に掲げられていた神額と
以前に使われていた手水鉢でしょう。



前回は空振りに終わったから、約半年振りのリベンジ。
無事、尾久八幡神社の御朱印も手に入れました。

      20190202尾久八幡神社12


数は少ないのですが、ネットで調べた限りの範囲内ですが、
荒川区の御朱印が拝受できる神社の御朱印。

これにてクリアとなりました。




2019/03/23 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

長熊城址    (2019年1月30日)(千葉県佐倉市) 

1月30日

千葉神社からの帰り道。
千葉市内からは、国道51号線を北上して佐倉へと向かいます。

そう言えば、国道51号線沿いに以前から気になっていた場所がある。
なかなか、立ち寄る機会が無かったけれど、待っていても機会は訪れ無い。
やっぱり自分から足を向けなくっちゃね!

と、言うことで向かった先は..............................長熊城址。


長熊城址について、詳細は不明ですが
千葉氏の家臣に長熊氏と言う者がいたそうです。
おそらく、その長熊氏の居城跡だと言うことです。


こちらが、長熊城の縄張り図。

       長熊城址縄張り図

                     ( 余湖さんのHPよりお借りいたしました。 )



縄張り図より、二郭にあたる養福寺後は、この先。

       20190130長熊城址 01



縄張り図の公園にあたる場所。

      20190130長熊城址02

この小屋のような建物が養福寺の施設の一部だったようです。



小さなお堂も二ヶ所あり、墓石も建っている。

      20190130長熊城址03


      20190130長熊城址04

公園と言うよりは、この場所が養福寺の後のように感じる、


縄張り図における、養福寺跡の場所。

      20190130長熊城址05



確かに削平地。
二郭に間違いない(と思う)。

      20190130長熊城址06



奥は崖となっていて、おまけに竹藪状態で行く先を阻みます。

      20190130長熊城址07

この上に主郭があるようですが、ここからでは登城出来ない。


民家の脇を回って、道沿いに坂を上がって行きます。

      20190130長熊城址08



坂の頂部から、台地へと向かう獣道。

      20190130長熊城址09

実は、これが登城路。



主郭虎口。

      20190130長熊城址10


主郭は、細長い削平地。

その一角に小さな社が鎮座。

      20190130長熊城址11

おそらく、台地下の民家の方が祀っているのでしょう。


主郭の奥の方は杉の木が並ぶ森状態。

      20190130長熊城址12


手入れされていると言うか、とくに耕作地として活用されているようでも無いけれど
余分な杉は伐採されています。

      20190130長熊城址13



JR総武本線が城址南部を走り、城址に南側は眺望に長ける。

      20190130長熊城址14


      20190130長熊城址15


主郭南側の城塁。

      20190130長熊城址16


逆に北方面は鬱蒼とした木々の先に国道51号線。



この竹藪の先は、崖になっていて、二郭の削平地へと続いている。      

      20190130長熊城址17


よく見ると、竹藪の手前にも小さな祠。

      20190130長熊城址18



国道51号線が台地を寸断してしまっているけれど
きっと国道を造成するときに、主郭の一部も削られてしまったのでしょう。


遺構らしいものも残されていなくて、面白味に欠けるのは否めないけれど
たまには、こんな感じで城跡巡りも楽しいものです。
やっぱり、城址巡りは下草の枯れたこの時期ですね。



2019/03/23 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪  千葉神社   (2019年1月30日)(千葉県千葉市) 

1月30日  

1月もそろそろ終わりの30日。
新年の始め、いわゆる初詣の月にあたる1月末までは
限定の御朱印が拝受出来ると知り、うかうかしてはいられません。
公休日であるこの日を逃すと、また1年後になってしまう。
という事で、訪れたのが....................千葉神社。

もう随分前から参拝したかったと言うか、訪れたかった千葉神社。
何せ、妙見信仰の千葉氏の名を冠する神社。
そして、その妙見信仰の頂点に立つ本妙見宮がこの千葉神社です。
実際は使用しませんでしたが、数年前に新しいカートを買ったのも
この千葉神社に びいすけ と来たかったから。

昨年初めて訪れた時に、拝殿内に入らなければ
他の参拝客の迷惑にならなければ、境内も犬連れOKと言われ、
そりゃもう、心の中は大騒ぎでした(笑)。

当然、参拝が目的だけど、神紋を見るのも目的の一つ。
なにせ、神紋も千葉氏の家紋である月星紋。
それも『三光紋』と言う千葉氏宗家が用いた月星紋。
それに付け加え、九曜紋だと思っていたら、
周りに9つの星があるから、正確には十曜紋。
こちらも千葉家宗家の家紋となります。
この二つの紋は、千葉神社と、千葉氏の惣領(千葉宗家)だけが
使う事を許された紋だということです。

戦国時代以前に多古町居を構えていた千葉宗家は、
分家である馬加氏により滅ぼされてしまったため、
宗家の家紋(三光紋、十曜紋)を用いる千葉氏は無くなり
現在では、この千葉神社しか許されていないという事になります。


北の天空不動の星、北極星。己の立ち位置を知るこの星は、古の時代「妙見(みょうけん)」として神格化されました。鎌倉幕府屈指の御家人千葉氏は、この「妙見」を全国に広がった一族結束の象徴とし、特徴的な菩薩像とともに星を表す紋様をあしらった建築や文化財を各地に残しました。



こちらが、分霊社・尊星殿。

      20190130千葉神社 01

神社建築では珍しい楼門と社殿の複合建築物です。


正面に掲げられた扁額。

      20190130千葉神社02



そして、鬼瓦に金色に輝く神紋。

      20190130千葉神社03

そうです。月星紋(三光紋)です。



こちらが、拝殿。

      20190130千葉神社04



拝殿正面の扁額。

      20190130千葉神社05

『妙見』
これぞ、千葉神社の代名詞。


北の天空不動の星、北極星。
己の立ち位置を知るこの星は、古の時代「妙見(みょうけん)」として神格化されました。
鎌倉幕府屈指の御家人千葉氏は、この「妙見」を全国に広がった一族結束の象徴とし、
特徴的な菩薩像とともに星を表す紋様をあしらった建築や文化財を各地に残しました。

まさに、千葉氏の妙見信仰の総本山とも言えるのが、この千葉神社です。



拝殿の鬼瓦にも、月星紋。

      20190130千葉神社06



拝殿正面には、月星紋と十曜紋。

      20190130千葉神社07


      20190130千葉神社09

一般的な九曜紋は、満月の周りに八つの星で形取られ、九曜としています。
千葉神社の十曜もんは、満月の周りに九つの星で形取られ、十曜紋と称されています。



別アングルからの拝殿。
     
      20190130千葉神社08


      
手水舎。

      20190130千葉神社10



神社には珍しい香炉もあります。

      20190130千葉神社11


摂社 千葉天神社。

      20190130千葉神社12



千葉天神社の正面。

      20190130千葉神社13

賽銭箱にも、月星紋(三光紋)と九曜紋(十曜紋)。



天神社の鬼瓦にも、光輝く金色の神紋。

      20190130千葉神社14



月星紋(三光紋)です。

      20190130千葉神社15



さて、お目当ての御朱印は............

      20190130千葉神社16

ちょっと面倒だけど、申し込み用紙に記入します。


この時期は書き置き版ですが、日付けを入れてくれるので
整理券をもらって順番待ち。

      20190130千葉神社17



頂いた御朱印が、こちら。

      20190130千葉神社18



千葉神社。『妙見』

      20190130千葉神社19


千葉天神社。

      20190130千葉神社20

月をよび、星を拾う。
すなわち、『ツキ(月)を呼び、勝(星)を拾う』と言う縁起の良い言葉。

さあ、今年も良いことが続くかな?






2019/03/22 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今週はコレ! 《 SEIKO 5ACTUS 》   (2019年1月28日) 

1月28日  

毎週、月曜日に着け替えている腕時計。

今週は、こちら ↓

      20190128SEIKO 5ACTUS01


SEIKO 5ACTUS


SEIKO 5ACTUSは、昭和44年(1969年)にSEIKO 5のシリーズとして発売されました。
SEIKO 5シリーズの中でも、通常の5より若干スポーティで
若者向けのデザインをしたモデルとなっているようです。
ちなみに、「ACTUS」はラテン語で行為とかアクションという意味です。
生産は昭和52年(1977年)まで行われていたようです。


こちらも、10年ほど前にヤフオクで手に入れた1本。


ベルトは、社外品に変更されています。

      20190128SEIKO 5ACTUS02


中国製の旧・機械式(手巻き式)腕時計でよく使われている万能ベルトですね。

      20190128SEIKO 5ACTUS03


竜頭は、4時位置。
SEIKOは、敢えてこの位置に竜頭を配しました。

      20190128SEIKO 5ACTUS04

あくまでも 自動巻ですよ! と言う、SEIKO のこだわりでしょうか?



ケース裏蓋に、何か刻まれているようです。

      20190128SEIKO 5ACTUS05


よく見ると................

      20190128SEIKO 5ACTUS06


1966
日本電信電話公社総裁 とあります。


よ要するに、1966年に日本電信電話公社(現:NTT)総裁から贈られた賞品と言うことになるようです。



ここで疑問が..................

たしか、SEIKO 5ACTUS は、1969年の発売のはず?
1966年の記念品って?
おかしくない?

考えていくと、夜も眠れなくなりそうです(笑)。



では、腕に着けてみましょう。

      20190128SEIKO 5ACTUS07



少なく見積もっても、50年以上も前の腕時計。

      20190128SEIKO 5ACTUS08


50年以上前の腕時計が50年以上経った男の腕で時を刻む。

う〜む、コレってある意味、ロマンを感じちゃいます(笑)。


さぁ、今週も頑張りましょう!!

2019/03/22 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit