FC2ブログ

01 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.» 03

び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの都内散歩・七福神巡り...............《 千住七福神 弁財天 》 (2019年1月4日)(東京都足立区) 

1月4日

毎年、新年にチャレンジしている七福神巡り。
今までは、 びいすけ と一緒にお詣り出来る七福神をメインに巡っていましたが
俗に言う 『近場』の七福神巡りも、ある程度巡ったし
遅番出勤(12時〜)の前に立ち寄れる七福神めぐりも良いんじゃない?

と言う事で、遅番勤務のこの日。
出勤前に立ち寄った仲町氷川神社は、千寿七福神の弁財天になります。

千寿七福神は、千住の町おこしを願って、平成5年に近隣の神社・寺院に七福神の石造を安置して、
「千寿七福神」と命名したのが始まりです。

平成18年に諸般の事情(いわゆる大人の事情って言うやつヤツですかね?)で
七福神の内、布袋尊、寿老人、福禄寿、毘沙門天の設置場所が変更され、全て神社となりました。


その構成は、

大黒天    千住本氷川神社
布袋尊    大川町氷川神社
寿老神    元宿神社 
恵比寿天   千住神社
毘沙門天   白幡八幡神社
福禄寿    河原町稲荷神社
弁財天    仲町氷川神社

となっています。


それでは、千寿七福神 弁財天 の仲町氷川神社です。




社号標。

      20190104仲川町氷川神社01



社頭の鳥居。

      20190104仲川町氷川神社02




社殿。

      20190104仲川町氷川神社04




社頭の千寿七福神 弁財天の看板。

      20190103千寿七福神 弁財天01



こちらは、千寿七福神の弁財天の幟。

      20190104仲川町氷川神社17



そして、説明板。

      20190103千寿七福神 弁財天02





こちらが、千寿七福神 弁財天。

      20190103千寿七福神 弁財天03

弁財天は、七福神の中で唯一の女神であり、
元はインド河(水)の神であったが、やがて音楽の神、言語の神となり、
日本に伝わった当初は弁才天と呼ばれました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収されて、弁財天と言われるようになり、
財宝を授けてくださる神へとなったものです。
知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があるとされています。





元禄2年(1689年)に造立された庚申塔を兼ねている珍しい形式の弁財天像です。
足立区有形民俗文化財に指定されています。
剣と宝珠を持った弁財天の坐像。
その台座部に三猿が彫り込まれており、
弁財天を主尊とする庚申塔は都内でもこの一基だけという珍しいモノ。
足立区有形民俗文化財に指定されています。

      20190103千寿七福神 弁財天04


   

こちらが、千寿七福神 弁財天の御朱印。

       20190103千寿七福神 弁財天05


社務所にて拝受しました。


これにて、千寿七福神、無事巡る事ができました。
御朱印も全て頂くことができました。

今年は、良い事があるかな.............?




スポンサーサイト



2019/02/28 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り...............仲町氷川神社 (2019年1月4日)(東京都足立区) 

1月4日

この日も12時からの遅番勤務。
昨日の取りこぼしとなる千寿七福神の神社巡り。

都内足立区、御朱印拝受の出勤前の散歩です。

千住本氷川神社をあとにして、向かった先は................仲町氷川神社。


仲町氷川神社は、足立区千住仲町に鎮座する神社です。


仲町氷川神社は、牛田にあった氷川神社が始まりとされ、
本宮である牛田の地には、延喜年間(901年~923年)から鎮座していたと言われています。

江戸時代初期の元和2年(1616年)、遠江国出身の領主・石出掃部介吉胤が建設した掃部堤の用地に
旧社地が含まれることとなり、このため、現在地に遷され社殿が造営される事になりました。
その際に、改めて武蔵国一宮氷川神社より御分霊を勧請し、千住掃部宿の鎮守とされたそうです。


御祭神は、素盞嗚尊。


社号標。

      20190104仲川町氷川神社01


社頭の鳥居。

      20190104仲川町氷川神社02


鳥居の脇には掲示板。

      20190104仲川町氷川神社03

例の『定』が記されています。



手水舎。

      20190104仲川町氷川神社06




社殿前。

      20190104仲川町氷川神社04

さすが、千住掃部宿の鎮守。
新年ということもあるけれど、参拝客が多い。


茅の輪まで参拝の列が出来ている。

      20190104仲川町氷川神社05



拝殿正面。

      20190104仲川町氷川神社07


  

別アングルからの拝殿。

      20190104仲川町氷川神社08


こちらが本殿。

      20190104仲川町氷川神社09



拝殿正面に掲げられた提灯。

      20190104仲川町氷川神社10


      20190104仲川町氷川神社11



拝殿前の狛犬。

      20190104仲川町氷川神社12


      20190104仲川町氷川神社13



拝殿前の天水桶。

      20190104仲川町氷川神社14



こちらは、境内社の関谷天満宮。

      20190104仲川町氷川神社15


      20190104仲川町氷川神社19


      20190104仲川町氷川神社16


この関谷天満宮が境内に鎮座しているから
仲町氷川神社は東都七天満宮の一つとされています。

ちなみに、東都七天満宮とは................
湯島天満宮、亀戸天満宮、平河天満宮、五條天神社、西向天神社
牛天神北野神社、仲町氷川神社の7つとなっています。



こちらは、千寿七福神の弁財天の幟。

      20190104仲川町氷川神社17

千寿七福神の弁財天については別の折に触れたいと思います。



こちらも境内社。
三峯神社と稲荷神社の合殿となっています。

      20190104仲川町氷川神社18



こちらは、神輿庫。

      20190104仲川町氷川神社20



こちらが社務所。

      20190104仲川町氷川神社21

中に授与所があり、そちらで御朱印をいただく事ができます。
早くも、御朱印町の列が出来ています。



こちらが、仲町氷川神社の御朱印。

      20190104仲川町氷川神社22

社務所にて拝受いたしました。


2019/02/28 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り...............《 千住七福神 大黒天 》 (2019年1月4日)(東京都足立区) 

1月4日

毎年、新年にチャレンジしている七福神巡り。
今までは、 びいすけ と一緒にお詣り出来る七福神をメインに巡っていましたが
俗に言う 『近場』の七福神巡りも、ある程度巡ったし
遅番出勤(12時〜)の前に立ち寄れる七福神めぐりも良いんじゃない?

と言う事で、遅番勤務のこの日。
出勤前に立ち寄った千住本氷川神社は、千寿七福神の大黒天になります。

千寿七福神は、千住の町おこしを願って、平成5年に近隣の神社・寺院に七福神の石造を安置して、
「千寿七福神」と命名したのが始まりです。

平成18年に諸般の事情(いわゆる大人の事情って言うやつヤツですかね?)で
七福神の内、布袋尊、寿老人、福禄寿、毘沙門天の設置場所が変更され、全て神社となりました。


その構成は、

大黒天    千住本氷川神社
布袋尊    大川町氷川神社
寿老神    元宿神社 
恵比寿天   千住神社
毘沙門天   白幡八幡神社
福禄寿    河原町稲荷神社
弁財天    仲町氷川神社

となっています。


それでは、千寿七福神 大黒天 の千住本氷川神社です。




社頭。

      20190104千住本氷川神社01


一の鳥居に掲げられた神額。

      20190104千住本氷川神社02


こちらが、拝殿。

      20190104千住本氷川神社08



社頭には、千寿七福神の看板。

      20190103千寿七福神 大黒天01



境内には、千寿七福神の碑。

      20190103千寿七福神 大黒天02



こちらが、千寿しの大黒天が祀られた旧・本殿。

      20190103千寿七福神 大黒天03



旧・本殿のこの彫刻もなかなかのモノ。

      20190103千寿七福神 大黒天04



そして、大黒天。

      20190103千寿七福神 大黒天06

大黒天は、大自在天の化身とも言われ、大国主命と神仏習合したものです。
一度仏となりましたが、人々に福徳を授けるために再びこの世に現れたと言われ、
大地を掌握する神様(農業)でもあります。
大きな袋を背負い、打出小槌を持ち、頭巾をかぶられた姿が一般によく知られていて
財宝、福徳開運の神様として信仰されています。




そして、こちらが 千寿七福神 大黒天 の御朱印。

      20190103千寿七福神 大黒天07


千住本氷川神社の社務所にて拝受しました。


2019/02/27 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り...............千住本氷川神社 (2019年1月4日)(東京都足立区) 

1月4日

この日も12時からの遅番勤務。
昨日の取りこぼしとなる千寿七福神の神社巡り。

都内足立区、御朱印拝受の出勤前の散歩です。

大川町氷川神社をあとにして、向かった先は................千住本氷川神社。


千住本氷川神社は、足立区千住に鎮座する神社です。

徳治2年(1307年)、千葉氏が牛田の地に千葉山西光院(旧別当寺)と
氷川社を創建したと伝えられています。
また、千住町が宿場町として発展し始めた江戸時代の初期、
当地の地主が社地を寄進し、現在地に牛田の氷川社の分社を創建したとされています。
その後、明治44年に牛田氷川神社は、その社地が荒川放水路の用地となったため、
分社であった当社に合祀されたとされています。


御祭神は、素盞鳴尊。



社頭。

      20190104千住本氷川神社01



一の鳥居に掲げられた神額。

      20190104千住本氷川神社02



同じく、一の鳥居に掲げられた提灯。

      20190104千住本氷川神社03


こちらは、二の鳥居。

       20190104千住本氷川神社04



手水舎。

       20190104千住本氷川神社05


境内の狛犬。

      20190104千住本氷川神社06


      20190104千住本氷川神社07



こちらが、拝殿。

      20190104千住本氷川神社08



拝殿正面。

      20190104千住本氷川神社09


      20190104千住本氷川神社10


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190104千住本氷川神社11

社号ではなく、素盞嗚尊。



別アングルからの拝殿。

      20190104千住本氷川神社12



境内社の稲荷神社。

      20190104千住本氷川神社13


境内には、社殿の前に茅の輪があったけれど
こうやって、その茅の輪の説明板が設置されていると言うことは
茅の輪は常設されているのだろうか。

      20190104千住本氷川神社14



さらには、旧社殿についての説明板。

      20190104千住本氷川神社15

千住本氷川神社の旧社殿は、足立区の指定文化財のようですが
現在は千寿七福神の大黒天が祀られています。
千寿七福神の大黒天については、別の機会に触れたいと思います。




神示殿。

      20190104千住本氷川神社16

いわゆる神楽殿ですね。


 
境内の神輿庫。

      20190104千住本氷川神社17



境内にひっそりと建つ碑。

      20190104千住本氷川神社19

『ラジオ体操発祥の地』と刻まれています。



こちらが、社務所。

      20190104千住本氷川神社18

御朱印はこちらで拝受できます。



そして、こちらが千住本氷川神社の御朱印。

      20190104千住本氷川神社20


社務所にて拝受いたしました。






2019/02/27 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り...............《 千住七福神 布袋尊 》 (2019年1月4日)(東 

1月4日

毎年、新年にチャレンジしている七福神巡り。
今までは、 びいすけ と一緒にお詣り出来る七福神をメインに巡っていましたが
俗に言う 『近場』の七福神巡りも、ある程度巡ったし
遅番出勤(12時〜)の前に立ち寄れる七福神巡りも良いんじゃない?

と言う事で、遅番勤務のこの日。
実は、昨日の遅番勤務の出勤前に七福神を回るつもりでいたんですが
思いも寄らず時間がかかり、昨日は途中で断念。
今日は残りを巡っちゃいましょう。

出勤前に立ち寄った大川町氷川神社は、千寿七福神の布袋尊になります。

千寿七福神は、千住の町おこしを願って、平成5年に近隣の神社・寺院に七福神の石造を安置して、
「千寿七福神」と命名したのが始まりです。

平成18年に諸般の事情(いわゆる大人の事情って言うやつヤツですかね?)で
七福神の内、布袋尊、寿老人、福禄寿、毘沙門天の設置場所が変更され、全て神社となりました。


その構成は、

大黒天    千住本氷川神社
布袋尊    大川町氷川神社
寿老神    元宿神社 
恵比寿天   千住神社
毘沙門天   白幡八幡神社
福禄寿    河原町稲荷神社
弁財天    仲町氷川神社

となっています。


それでは、千寿七福神 布袋尊 の大川町氷川神社です。



こちらが社号標。

      20190104大川町氷川神社01



一の鳥居。

      20190104大川町氷川神社02



こちらが拝殿。

      20190104大川町氷川神社11



年季の入った七福神の看板。

      20190103千寿七福神 布袋尊01



こちらにも立て看板。

      20190103千寿七福神 布袋尊02



一際目を惹く、赤い幟。

      20190103千寿七福神 布袋尊03



こちらが、千寿七福神の布袋尊。

      20190103千寿七福神 布袋尊04


      20190103千寿七福神 布袋尊05

布袋尊は、弥勒菩薩の化身といわれ、いつも笑顔を絶やさず人々に接していた人で、大きな袋には宝物がいっぱい入っていて、信仰の厚い人に与えられたという。笑門来福、夫婦円満、子宝の神として信仰が厚い。



そして、こちらが千寿七福神 布袋尊の御朱印。

      20190103千寿七福神 布袋尊09

なかなかの達筆ですね。
達筆な墨書きの御朱印は、見ていても気持ちの良いものですね。






2019/02/26 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り...............大川町 氷川神社 (2019年1月4日)(東京都足立区) 

1月4日

この日も12時からの遅番勤務。
昨日の取りこぼしとなる千寿七福神の神社巡り。

都内足立区、御朱印拝受の出勤前の散歩です。

京成電鉄の千住大橋駅より歩いて、北千住の街へと向かいます。


向かった先は................大川町氷川神社。


大川町氷川神社は、足立区千住大川町に鎮座する神社です。


永仁2年(1294年)、土地の鎮守として創建されたことに始まるとされます。
日光道中の初宿として千住宿が成立すると、千住五丁目の鎮守とされました。
大正4年(1915年)、荒川放水路の開削工事のため現社地に遷座しました。


御祭神は、素盞嗚尊 倉稲魂命。



北千住駅からでも徒歩15分ほど。
それを千住大橋駅から歩いて行ったから、結構歩き応えがありました。



こちらが社号標。

      20190104大川町氷川神社01



参道口は2ヶ所あって、こちら側が社殿正面に続く表参道口。
一の鳥居。

      20190104大川町氷川神社02



手水舎。

      20190104大川町氷川神社03



こちらが、二の鳥居。

      20190104大川町氷川神社04



参道の狛犬。

      20190104大川町氷川神社05


      20190104大川町氷川神社06



こちらが拝殿。

      20190104大川町氷川神社11



      20190104大川町氷川神社07



拝殿正面。

      20190104大川町氷川神社08



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190104大川町氷川神社10


その右脇には奉納扁額。

      20190104大川町氷川神社09


      

別アングルからの拝殿。     

      20190104大川町氷川神社12


      20190104大川町氷川神社13




こちらが、もう一つの参道口。
さしずめ裏参道になるのか?

      20190104大川町氷川神社14



裏参道口(?)の鳥居に掲げられた提灯。

      20190104大川町氷川神社16



鳥居の先には富士塚。

      20190104大川町氷川神社15


    
この富士塚は江戸時代のもので、足立区に文化財登録されているそうです。

      20190104大川町氷川神社17


拝殿てまえにhs、紙すきの碑 。

      20190104大川町氷川神社18

江戸時代後期の天保14年(1843年)幕府の命により、地すき紙を献上した際の記念碑です。
かつて、この地域で紙すき業が盛んだったことを物語っています。



表参道口にはこんなモノも置かれています。

      20190104大川町氷川神社19



旧千住新橋の柱。

      20190104大川町氷川神社20

昭和51年に架け替えられた旧千住新橋の柱です。




神輿庫。

      20190104大川町氷川神社21



社務所。

      20190104大川町氷川神社22

普段は無人の神社。
正月の七福神の期間は開いているみたいです。



こちらが臨時の授与所。

      20190104大川町氷川神社23

仮設テントですが、御朱印はこちらで拝受できます。



朝の9時すぎですが、早くも御朱印の順番待ちです。      

      20190104大川町氷川神社25


こちらが、大川町氷川神社の御朱印。

      20190104大川町氷川神社26

実は、こちらの御朱印は氏子さんが対応してくれています。
従って、御朱印を拝受できるのは正月の七福神の期間のみ。

貴重な御朱印、ありがとうございました。




2019/02/26 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り...............《 千住七福神 寿老神 》 (2019年1月3日)(東京都足立区) 

1月3日

毎年、新年にチャレンジしている七福神巡り。
今までは、 びいすけ と一緒にお詣り出来る七福神をメインに巡っていましたが
俗に言う 『近場』の七福神巡りも、ある程度巡ったし
遅番出勤(12時〜)の前に立ち寄れる七福神巡りも良いんじゃない?

と言う事で、遅番勤務のこの日。
出勤前に立ち寄った元宿神社は、千寿七福神の寿老神になります。

千寿七福神は、千住の町おこしを願って、平成5年に近隣の神社・寺院に七福神の石造を安置して、
「千寿七福神」と命名したのが始まりです。

平成18年に諸般の事情(いわゆる大人の事情って言うやつヤツですかね?)で
七福神の内、布袋尊、寿老人、福禄寿、毘沙門天の設置場所が変更され、全て神社となりました。


その構成は、

大黒天    千住本氷川神社
布袋尊    大川町氷川神社
寿老神    元宿神社 
恵比寿天   千住神社
毘沙門天   白幡八幡神社
福禄寿    河原町稲荷神社
弁財天    仲町氷川神社

となっています。


それでは、千寿七福神 寿老神 の元宿神社です。



元宿神社の社号標。

      20190103元宿神社12


社頭にはこんな立て看板。

      20190103千寿七福神 寿老神01

 


鳥居。

      20190103元宿神社13



社殿。

       20190103元宿神社03



さて、いよいよ寿老人の登場です。

      20190103千寿七福神 寿老神02



こちらが寿老人(寿老神)。
七福神が神社系の場合、この寿老人を寿老神と表する事が多い。
こちらの千寿七福神も寿老神と表現しています。

      20190103千寿七福神 寿老神03



寿老人は、福禄寿と同じく星の化身で、にこやかな微笑みをたたえ、
手には巻物を括り付けた杖、そして団扇や桃などを持ち、
鹿を従えた姿が一般的に知られています。

団扇は難を払い、桃は長寿のしるしで、鹿もまた長寿の象徴です。
長寿延命、富貴長寿の神として信仰されています。

      20190103千寿七福神 寿老神04



そして、こちらが千寿七福神 寿老神 の御朱印。

      20190103千寿七福神 寿老神05


こちらも急いでいたため、予め準備されていた書き置き版を授与。
でも、これも昨日売れ残り?

明らかに一月二日の二の文字に横棒を一本付け足したのが分かる。
こう言うのって縁起もんだからねぇ。
如何なものでしょうか.................?





2019/02/25 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り...............元宿神社 (2019年1月3日)(東京都足立区) 

1月3日


個人的に仕事始めのこの日。
勤務は12時からの遅番勤務。

新年早々の都内散歩。
種菌前の神社巡り。
御朱印拝受の散歩です。

本宿堰稲荷神社で思いもかけず時間を取られ
予定はちょっぴり狂っちゃったけけれど
向かった先は...................元宿神社。



元宿神社は、足立区千住元町に鎮座する神社です。

元宿神社は、甲州に住んでいた因幡守貞宗の長男蔵人が
大永六年(1526年)武州安達郡への移住を経て陸羽街道「元宿」に転居し、
その子である左エ門尉信義が、天正元年(1573年)に当地を開拓し、
翌年(1574年)八幡社を奉斎したのが始まりとされています。
明治末年千住四丁目氷川神社に合祀されたものの、
昭和五年に稲荷神を合祀して再び元宿の鎮守となったとされています。


御祭神は、誉田別命、宇迦之御魂命。



こちらが社号標。

      20190103元宿神社12



神社社頭。

      20190103元宿神社01



鳥居。

      20190103元宿神社13



鳥居に掲げられた神額。

      20190103元宿神社14



境内に建つ元宿神社の説明板。

      20190103元宿神社11




手水舎。

      20190103元宿神社02



こちらが拝殿。

      20190103元宿神社03



拝殿正面。

      20190103元宿神社04



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190103元宿神社05



別アングルからの拝殿。

      20190103元宿神社06



そして、こちらが本殿。

      20190103元宿神社07



拝殿前に飾られた提灯。

      20190103元宿神社08



拝殿前の狛犬。

      20190103元宿神社09


      20190103元宿神社10



境内社。

      20190103元宿神社15




      20190103元宿神社17



こちらは、境内に鎮座する太子堂。

      20190103元宿神社16



こちらが授与所。      

      20190103元宿神社18



御朱印は墨書きにて対応してくれていましたが
待っている人も数名いて時間がかかりそう。
12時からの仕事に遅刻しそうだから
本当は墨書きして欲しかったんだけど、時間が無いから
予め準備されている書き置き版にて拝受。

      20190103元宿神社19

よく見ると、昨日の分の使い回し?
一月二日 の二の上に明らかに横一本足して三にしている。

なんだかなぁ.............



2019/02/25 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り...............元宿堰稲荷神社 (2019年1月3日)(東京都足立区) 

1月3日

この日は、出勤前に都内・足立区の神社巡り。
御朱印拝受の散歩となります。

千住神社をあとにして、向かった先は................本宿堰稲荷神社。


本宿堰稲荷神社は、足立区千住桜木に鎮座する神社です。


第116代桃園天皇の御代、宝暦4年(1754年)の創建と伝えられますが、
詳細は不明となっています。

古来より現在地に鎮座して、信仰心の篤い郷民により
地域の鎮守として、年中の祭祀も継続されてきました。
昭和20年に元宿神社の飛地境内社に編入されました。
しかし、この辺りには他に独立した神社が無く
奉祭する社を欲した住民は鎮守社の設立を願います。
元宿神社の諒解を得て、昭和22に設立を願い出、
昭和23年に承認され、千住桜木町の鎮守として復祀されたそうです。


御祭神は、宇迦之御魂命・大国主大神。



堤墨通り沿いに鎮座する小さな神社です。

      20190103元宿堰稲荷神社01



社号標。

      20190103元宿堰稲荷神社02


真新しい(?)赤い幟が一際目に映えます。

      20190103元宿堰稲荷神社03


赤い鳥居が連なるのは、いかにも稲荷神社。

      20190103元宿堰稲荷神社04



手水鉢。

      20190103元宿堰稲荷神社05


神使いの狐。

      20190103元宿堰稲荷神社06


      20190103元宿堰稲荷神社07



拝殿。

      20190103元宿堰稲荷神社08


拝殿正面。

      20190103元宿堰稲荷神社09



よく見ると、数人の人が座っている。
てっきり氏子さんたちの集まりだと思っていたら、
御朱印を待っている人たちでした。

      20190103元宿堰稲荷神社10





別アングルからの拝殿。

      20190103元宿堰稲荷神社11


      20190103元宿堰稲荷神社12




拝殿前の天水桶。

      20190103元宿堰稲荷神社13





境内社・水神社(水速女命)。

      20190103元宿堰稲荷神社14



そして、こちらが御朱印。

      20190103元宿堰稲荷神社15


境内社・水神社(水速女命)の御朱印。

      20190103元宿堰稲荷神社16


一昨年前までに書かれていた『鳳祥』の御朱印。

      20190103元宿堰稲荷神社17

大人の事情で昨年から執りやめたそうですが、
今回無理を言って墨書きしていただきました。



実は、こちらの神社は毎年正月の三ヶ日だけ御朱印を拝受しています。
この御朱印を拝受するための待ち時間が40分。
私の前に4人待っていて................まさか、御朱印を貰うのに40分も待つなんて。
初めての経験です。

この後の予定がかなり変わっちゃいました。





2019/02/24 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り...............《 千住七福神 恵比寿 》 (2019年1月3日)(東京都足立区) 

1月3日

毎年、新年にチャレンジしている七福神巡り。
今までは、 びいすけ と一緒にお詣り出来る七福神をメインに巡っていましたが
俗に言う 『近場』の七福神巡りも、ある程度巡ったし
遅番出勤(12時〜)の前に立ち寄れる七福神巡りも良いんじゃない?

と言う事で、遅番勤務のこの日。
出勤前に立ち寄った千住神社は、千寿七福神の恵比寿天になります。

千寿七福神は、千住の町おこしを願って、平成5年に近隣の神社・寺院に七福神の石造を安置して、
「千寿七福神」と命名したのが始まりです。

平成18年に諸般の事情(いわゆる大人の事情って言うやつヤツですかね?)で
七福神の内、布袋尊、寿老人、福禄寿、毘沙門天の設置場所が変更され、全て神社となりました。


その構成は、

大黒天    千住本氷川神社
布袋尊    大川町氷川神社
寿老神    元宿神社 
恵比寿天   千住神社
毘沙門天   白幡八幡神社
福禄寿    河原町稲荷神社
弁財天    仲町氷川神社

となっています。


それでは、千寿七福神 恵比寿天 の千住神社です。




社号標。

      20190103千住神社02


鳥居。

      20190103千住神社07



社殿。

      20190103千住神社12



そして、こちらが千寿七福神 恵比寿天です。

      20190103千寿七福神 恵比寿01

恵比寿天は、七福神中で唯一の日本の神様です。
いざなみ、いざなぎの二神の第三子といわれ、満三歳になっても歩かなかったため、
船に乗せられ捨てられてしまい、やがて漂着した浜の人々の手によって手厚く祀れれたのが、
その信仰の始まりと伝えられています。
左手に鯛をかかえ、右手に釣竿を持った親しみ深いお姿で、
漁業の神であり、特に商売繁昌の神様としても信仰が厚い。




こちらの恵比寿天は廻転恵比寿とよばれ、願掛けの作法が決まっており、
男性は右、女性は左へ像を3回転させ、
祈願の内容毎に定められた部位を白いハンカチで撫でることとされています。

      20190103千寿七福神 恵比寿02

赤いマフラーがお洒落で、暖かそうですね。



こちらが、千寿七福神 恵比寿天の御朱印。

      20190103千寿七福神 恵比寿03

授与所にて拝受いたしました。


2019/02/23 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り...............千住神社 (2019年1月3日)(東京都足立区) 

1月3日

個人的な3連休も終わり、この日からまた勤務が始まります。

いわゆる、新年初勤務の日。
しかし、この日は遅番。
12時からの勤務。

世の中は、まだまだ新年の松の内。
まだまだ、今日あたりに初詣に行く人もいるし
人によっては、職場でこぞっての初詣も、仕事始めの日だと言う人もいる。


と言う事で、出勤前に都内の神社に散歩を兼ねて立ち寄ります。


白幡八幡神社をあとにして、向かった先は..............千住神社。


千住神社は、足立区千住宮元町に鎮座する神社です。


千住神社の創建は古く、
延長4年(926年)、土地鎮護と五穀豊穣を祈り、伏見稲荷より分霊を勧請し、
千崎稲荷神社が創建されたのが始まりとされています。

永承6年(1051年)、源義家が奥州征伐の際、荒川(現千住大橋付近)を渡り、
二ツ森(現 千住神社)に陣営し、戦勝祈願をしたとされています。
弘安2年(1279年)、武蔵国一ノ宮氷川神社より分霊を勧請し氷川神社を創立。

鎌倉時代より江戸時代にかけて、ここを二ツ森と呼んでいました。
寛永年間に至り、千住が日光街道の第一宿となり、
その西方にあることから西の森とも言われました。

明治6年(1873年)、千崎稲荷神社と氷川神社を合祀して西森神社と改称し
大正4年(1915年)に千住神社と改称したそうです。


御祭神は、宇迦之御魂命、須佐之男命。


白幡八幡神社から近い筈なのに、曲がる路地を間違えて
とんでもない方向へ行ってしまい、本来なら5分ほどで行ける筈が、
15分ほど掛かってしまいました。


この看板が見えた時は、ホッとしました。

      20190103千住神社01



こちらが、社号標。

      20190103千住神社02



八幡太郎・源義家の陣営の地の碑。

      20190103千住神社03



参道に建つ、千住神社の説明板。

      20190103千住神社04



その近くには、由緒書き。

      20190103千住神社05



参道。

      20190103千住神社06

仕事始めで職場の人と初詣に来る人も多い。


茅の輪の先には、一の鳥居。

      20190103千住神社07



一の鳥居に掲げられた神額。

      20190103千住神社08


こちらは、二の鳥居。

      20190103千住神社09

その奥には三の鳥居も見える。


手水舎。

      20190103千住神社10



三の鳥居。

      20190103千住神社11



こちらが、拝殿。

      20190103千住神社12



拝殿正面。

      20190103千住神社13



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190103千住神社14



別アングルからの拝殿。

      20190103千住神社15


      20190103千住神社16



そして、こちらが本殿。

      20190103千住神社17



拝殿前に掲げられている提灯。

      20190103千住神社18



拝殿前の天水桶。

      20190103千住神社19



拝殿前の狛犬。

      20190103千住神社20


      20190103千住神社21



境内社。

      20190103千住神社22


      20190103千住神社23


      20190103千住神社24


      20190103千住神社25


      20190103千住神社26


      20190103千住神社27


      28


      20190103千住神社29



招き猫の大きな絵馬。

      20190103千住神社30



御神木。

          20190103千住神社31
       20190103千住神社32



神楽殿。

      20190103千住神社33



神輿殿。

      20190103千住神社34



そして、こちらが社務所(授与所)。

      20190103千住神社35

御朱印は、こちらで拝受できます。



こちらが、千住神社の御朱印。

      20190103千住神社36


職場で初詣に来ている近隣の職場の方も多くそれなりに人も多い。
千住と名が付くだけあって、やはり千住の総鎮守なんですね。



2019/02/23 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り...............《 千住七福神 毘沙門天 》 (2019年1月3日)(東京都足立区) 

1月3日

毎年、新年にチャレンジしている七福神巡り。
今までは、 びいすけ と一緒にお詣り出来る七福神をメインに巡っていましたが
俗に言う 『近場』の七福神巡りも、ある程度巡ったし
遅番出勤(12時〜)の前に立ち寄れる七福神めぐりも良いんじゃない?

と言う事で、遅番勤務のこの日。
出勤前に立ち寄った白幡八幡神社は、千寿七福神の毘沙門天になります。

千寿七福神は、千住の町おこしを願って、平成5年に近隣の神社・寺院に七福神の石造を安置して、
「千寿七福神」と命名したのが始まりです。

平成18年に諸般の事情(いわゆる大人の事情って言うやつヤツですかね?)で
七福神の内、布袋尊、寿老人、福禄寿、毘沙門天の設置場所が変更され、全て神社となりました。


その構成は、

大黒天    千住本氷川神社
布袋尊    大川町氷川神社
寿老神    元宿神社 
恵比寿天   千住神社
毘沙門天   白幡八幡神社
福禄寿    河原町稲荷神社
弁財天    仲町氷川神社

となっています。


白幡八幡神社の社号標。

      20190103白幡八幡神社01


鳥居。

      20190103白幡八幡神社02


社殿。

      20190103白幡八幡神社04



社頭に掲げられていた提灯。

      20190103千寿七福神 毘沙門天01


その提灯の脇には、千寿七福神 毘沙門天の赤い幟。

      20190103千寿七福神 毘沙門02


そして、こちらが毘沙門天の像。

      20190103千寿七福神 毘沙門03


      20190103千寿七福神 毘沙門04


毘沙門天は、四天王の一仏で、別名「多聞天」とも呼ばれます。
七福神の中で、唯一の武将の姿をしていて、右手に宝棒、左手に宝塔を持ち、
足の下に邪鬼天の邪鬼を踏みつけています。
七福神では、融通招福の神として信仰されています。


個人的にも、七福神の中では毘沙門天が好きです。



こちらが、千寿七福神 毘沙門天の御朱印。

      20190103千寿七福神 毘沙門05

白幡八幡神社の社務所で拝受いたしました。




2019/02/22 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り...............白幡八幡神社 (2019年1月3日)(東京都足立区) 

1月3日

新年初勤務。
いわゆる『仕事始め』って言うやつ。
基本的には年末年始、日曜祝日も関係ない職場では交代制の勤務。
この日は遅番、12時からの勤務。

1月3日って言ったら、まだまだお正月気分。
世の中には、これから初詣に行く人もいるでしょう。
ならば、出勤前に都内の神社を参拝しちゃいましょう。
と言う事で、新年の参拝を兼ねて御朱印巡り。

河原町稲荷神社をあとにして、向かった先は.............白幡八幡神社。


白幡八幡神社は、足立区千住宮元町に鎮座する神社です。


源義家が奥州征伐の際、渡裸川の渡し(現在の千住大橋から上流200m付近)に
白幡を立て戦勝を祈願したそうでづ。
千住掃部宿を開発した石出掃部亮吉胤の子孫である名主・庄左衛門は、
先祖から伝えられたこの白幡を氷川神社(現・仲町氷川神社)に奉納し、
「白幡八幡社」として合祀されたそうです。

明治41年、現在地に社殿が造営され、白幡八幡神社と称し、
氷川神社の摂社として信仰されてきました。

御祭神は、誉田別命。


国道4号線(日光街道)沿いに鎮座する白幡八幡神社。

      20190103白幡八幡神社01

東向きの社殿なのに、なぜか社号標は南向き。
俗に言う、明後日の方向を向いている。


神社社頭。
東向きの鳥居。

      20190103白幡八幡神社02


手水舎。

      20190103白幡八幡神社03


コンパクトな社殿。

      20190103白幡八幡神社04


拝殿正面。

      20190103白幡八幡神社06



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190103白幡八幡神社05



別アングルからの拝殿。
      
      20190103白幡八幡神社07


      20190103白幡八幡神社08



そして、こちらが本殿。

      20190103白幡八幡神社09



拝殿正面に飾られて提灯。

      20190103白幡八幡神社10


拝殿前の天水桶。

      20190103白幡八幡神社11



普段は無人のように見える社務所も、
正月の七福神の時期は人がいるようです。

社務所にて御朱印をお願いすると、整理券。

      20190103白幡八幡神社12

順番待ちは1番です。

私の後にも御朱印をお願いする参拝者がいて
一応、3人くらい順番待ちをしていましたよ。


という事で、こちらが白幡八幡神社の御朱印です。

      20190103白幡八幡神社13


河原町からも近く、歩いて5分ちょっと。
この辺りには、千寿七福神の神社が多いから
歩いて、色々と巡るのも楽しくなりそうです。




2019/02/22 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・七福神巡り 《 千寿七福神 福禄寿 》(2019年1月3日)(東京都足立区) 

1月3日

毎年、新年にチャレンジしている七福神巡り。
今までは、 びいすけ と一緒にお詣り出来る七福神をメインに巡っていましたが
俗に言う 『近場』の七福神巡りも、ある程度巡ったし
遅番出勤(12時〜)の前に立ち寄れる七福神めぐりも良いんじゃない?

と言う事で、遅番勤務のこの日。
出勤前に立ち寄った河原町稲荷神社は、千寿七福神の福禄寿になります。

千寿七福神は、千住の町おこしを願って、平成5年に近隣の神社・寺院に七福神の石造を安置して、
「千寿七福神」と命名したのが始まりです。

平成18年に諸般の事情(いわゆる大人の事情って言うやつヤツですかね?)で
七福神の内、布袋尊、寿老人、福禄寿、毘沙門天の設置場所が変更され、全て神社となりました。


その構成は、

大黒天    千住本氷川神社
布袋尊    大川町氷川神社
寿老神    元宿神社 
恵比寿天   千住神社
毘沙門天   白幡八幡神社
福禄寿    河原町稲荷神社
弁財天    仲町氷川神社

となっています。


それでは、千寿七福神 福禄寿 の河原町稲荷神社です。



社号標。

      20190103河原町稲荷神社01



鳥居。

      20190103河原町稲荷神02



社殿。

      20190103河原町稲荷神社04


社殿前には千寿七福神の幟がはためいています。

      20190103千寿七福神 福禄寿01



こちらが、千寿七福神 福禄寿の像。

      20190103千寿七福神 福禄寿02


      20190103千寿七福神 福禄寿03


福禄寿は、幸福の『福』、身分をあらわす『禄』、寿命を表わす『寿』の三文字からなり、
中国、道教の長寿神です。
南極老人星の化身であり、中国の村や町に住み、人々の信仰を集めたといわれる仙人です。

長い頭、長い顎鬚、大きな耳たぶを持ち、年齢は千歳と言われています。
長寿、幸福の徳を持ち、鶴と亀を連れて、左手に宝珠、右手に巻物を括り付けた杖をもつ姿が特徴です。
招徳人望の神様として信仰されています。



そして、 昨年から七福神の御朱印も拝受することにしました。


こちらが、千寿七福神 福禄寿 の御朱印です。

      20190103千寿七福神 福禄寿04


河原町稲荷神社の社務所にて拝受いたしました。





2019/02/21 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り...............河原町稲荷神社 (2019年1月3日)(東京都足立区) 

1月3日

個人的な3連休も終わり、この日からまた勤務が始まります。

いわゆる、新年初勤務の日。
しかし、この日は遅番。
12時からの勤務。

世の中は、まだまだ新年の松の内。
まだまだ、今日あたりに初詣に行く人もいるし
人によっては、職場でこぞっての初詣も、仕事始めの日だと言う人もいる。


と言う事で、出勤前に立ち寄ったのは..............河原町稲荷神社。


河原町稲荷神社は、足立区千住河原町に鎮座する神社です。


創建年代は明らかではありませんが、河原町には1576(天正4)年より
青物市場(やっちゃば)が形成されていました。
この『やっちゃば』の守護神として崇敬されてきたことから、
創建はこの市場形成の頃と推測されるようです。

河原町の鎮守さまであり、食物の神・商売繁盛の神・出世の神さまとして、
千住市場の守護神として崇敬されてきたそうです。


御祭神は、倉稲魂命。



国道4号線(日光街道)沿いに建つ社号標。

      20190103河原町稲荷神社01


日光街道沿いの鳥居。

      20190103河原町稲荷神02

こちらが表参道になるのか?
はたまた、もう一つの参道が表参道になるのか?
鳥居と社殿が微妙な位置関係。



鳥居に掲げられた神額。

      20190103河原町稲荷神社03



そして、こちらがもう一つの参道口。

      20190103河原町稲荷神社14


鳥居の先には狛犬。

      20190103河原町稲荷神社15


      20190103河原町稲荷神社16

鳥居+狛犬となれば、こちらが本来の表参道口になるのか?



手水舎。

       20190103河原町稲荷神社17



こちらが、拝殿。

      20190103河原町稲荷神社04

日光街道沿いの参道にしろ、もう一つの参道(表参道?)にしろ 社殿の真正面ではない。
昭和43) 年に国道4号線(日光街道)の拡幅により社地の一部を供出したことによる
境内の配置が若干変わったからだろうか?


拝殿正面。

      20190103河原町稲荷神社05


      20190103河原町稲荷神社06


      20190103河原町稲荷神社08



正面に掲げられた扁額。

      20190103河原町稲荷神社07



別アングルからの拝殿。

      20190103河原町稲荷神社09


      20190103河原町稲荷神社10



そして、本殿。

      20190103河原町稲荷神社11



拝殿正面に飾られた提灯。

      20190103河原町稲荷神社12


拝殿前の天水桶。

      20190103河原町稲荷神社13



神楽殿。

       20190103河原町稲荷神社18



こちらは神輿庫。

       20190103河原町稲荷神社19


ガラスノ向こうに神輿が奉納されています。

       20190103河原町稲荷神社20
 


境内の記念碑。

       20190103河原町稲荷神社21



こちらは、句碑。

       20190103河原町稲荷神社22


そして、「千住青物市場創立三百三十年記念碑」。

       20190103河原町稲荷神社23

紛れもなく、『やっちゃば』の守護神であった証ですね。



こちらが、河原町稲荷神社の御朱印。

       20190103河原町稲荷神社24

社殿の隣の社務所にて拝受しました。


2019/02/21 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り................丹生神社 (2019年1月2日)(千葉県習志野市) 

1月2日

新年2日目。

この日も仕事は休み。
12月31日、1月1日、2日と近年では考えられない3連休。

もともと、正月休みって言う文化が無かったから
コレと言った予定もないから、この日も御朱印目的の初詣。
八千代・習志野界隈の神社を巡ります。


誉田八幡神社をあとにして、向かった先は................丹生神社。


丹生神社は、習志野市八津に鎮座する神社です。

承応4年(1654年)に紀伊国の丹生都比売神社の祭神である丹生比売命を勧請して
創建したされています。
大正7年(1918年)に旧・八津村の稲荷神社・水神社・蛭子神社を合祀したそうです。


御祭神は、丹生都比売尊(にうつひめのみこと)
     伊弉冉尊(いざなみのみこと)。



京成本線沿いに鎮座する神社。
電車からも見える神社で、以前から気になっていました。
昨年の12月に御朱印の事を問い合わせてみたら
何と、今年の元旦から御朱印を拝受してするとの事でした。


こちらも、満を持しての参拝です。


こちらが、社号標。

      20190102丹生神社01


神社社頭。

      20190102丹生神社02


鳥居に掲げられた神額。

      20190102丹生神社03


鳥居の先は石段。
20段ほどの石段を上がれば境内です。

      20190102丹生神社04


旧・谷津村の鎮守。
いやゆる地元の氏神様。
正月だからか? 近隣の初詣の参拝者がゾロリゾロリとやって来る。



手水舎。

      20190102丹生神社06


その脇に建つ丹生神社の説明板。

      20190102丹生神社05



こちらが、拝殿。

      20190102丹生神社07



拝殿正面。

      20190102丹生神社08



別アングルからの拝殿。

      20190102丹生神社09


      20190102丹生神社10



そして、こちらが本殿。

      20190102丹生神社11



拝殿前に鎮座する狛犬。

      20190102丹生神社16


      20190102丹生神社17



拝殿の屋根には、波型の瓦。

      20190102丹生神社12

なかなか珍しいですね。


鬼瓦にも波の紋章?

      20190102丹生神社18



拝殿脇では振る舞いの御神酒も用意されています。

      20190102丹生神社19

勧められましたが、流石に車の運転があるので
丁重にお断りいたしました。



境内社。

      20190102丹生神社13


     20190102丹生神社14


      20190102丹生神社15



さほど広くはない境内ですが
祠や板碑、記念碑が点在しています。

      20190102丹生神社20


      20190102丹生神社21


      20190102丹生神社22


      20190102丹生神社23


      20190102丹生神社24


      20190102丹生神社26




こちらが、漁業組合解散の記念碑。

      20190102丹生神社25

なぜ、丹生神社の境内に漁業組合解散の記念碑? と思うけれど
どうやら、昔は、この神社近くまで海だったらしい。
確かに、習志野市の谷津地区は干潟を埋立したと言う話はよく聞きました。
なるほど、すぐ近くまで海があったんですね。




神楽殿。

      20190102丹生神社27



こちらは社務所。

      20190102丹生神社28

普段は無人のようです。



こちらが、授与所。

      20190102丹生神社29

御朱印はこちらで拝受しました。




こちらが、丹生神社の御朱印。

      20190102丹生神社30

実は、元旦から御朱印の対応をする予定だったと言う事でしたが、
元旦が余りにも忙しかったので、1月4日から対応することにしたそうです。

『元旦をさけて、新年早々に休みが取れたらお邪魔します。』
そんな電話をさせていただいていた事を宮司さんも覚えていてくれて
何と、特別に墨書きしていただきました。

はい、丹生神社の御朱印、第1号となりました。
貴重な御朱印、ありがとうございました。


2019/02/20 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り................誉田 八幡神社 (2019年1月2日)(千葉県習志野市) 

1月2日

個人的な3連休の最終日。
そして、新年2日目。

この日も、御朱印目的の初詣。


米本神社をあとにして、向かった先は................誉田八幡神社。


誉田八幡神社は、習志野市大久保に鎮座する神社です。


誉田八幡神社は、大久保新田の開祖である市角頼母が延宝年間(1673年〜1680年)に、
河内国古市郡誉田村(現大阪府羽曳野市)の誉田八幡宮を勧請して創建したとされています。



御祭神は、誉田別命。


以前、御朱印について尋ねたら、
正月の三ヶ日であれば拝受出来ると聞いていたので
満を持しての参拝です。


風も無く、晴れ渡る空に颯爽と映える神社幟。

      20190102誉田八幡神社01



こちらが社号標。

      20190102誉田八幡神02



社頭。

      20190102誉田八幡神社03



見たくはなかった看板。
残念ながら、 びいすけ は、境内に行けません。

      20190102誉田八幡神社04

車の中で大人しく留守番です。



改めて仕切り直し。

一の鳥居。

      20190102誉田八幡神社05



鳥居に掲げられた神額。

      20190102誉田八幡神社06


こちらは、二の鳥居。

      20190102誉田八幡神社07


参道の狛犬。

      20190102誉田八幡神社08


      20190102誉田八幡神社09



手水舎。

      20190102誉田八幡神社10



拝殿。

      20190102誉田八幡神社11


地域の鎮守様で、正月ということもあってか
参拝客がなかなか切れない。

   

拝殿に掲げられた扁額。

      20190102誉田八幡神社12



向拝の彫刻。

      20190102誉田八幡神社13



別アングルからの拝殿。

       20190102誉田八幡神社14


      20190102誉田八幡神社15




そして、こちらが本殿。

      20190102誉田八幡神社16




拝殿に飾られた提灯。

       20190102誉田八幡神社17



拝殿前の天水桶。

      20190102誉田八幡神社18



拝殿前の狛犬。

      20190102誉田八幡神社19


      20190102誉田八幡神社20



こちらは、本殿奥の参道口。

      20190102誉田八幡神社21

裏参道になるのかな?



境内社。

      20190102誉田八幡神社22



神輿庫。

      20190102誉田八幡神社23

扉は開かれていて、神輿のお披露目です。


見事な神輿。

      20190102誉田八幡神社24



さらに、もう一つ神輿庫があります。

      20190102誉田八幡神社25

こちらは、ガラス張り。



こちらは神楽殿。

      20190102誉田八幡神社26



こちらは、社務所。
そして、その一角は授与所。

      20190102誉田八幡神社27

御朱印はこちらで拝受できます。


無事、御朱印も手に入れました。

      20190102誉田八幡神社28



こちらが、誉田八幡神社の御朱印です。

      20190102誉田八幡神社29



授与所に見本も置かれていたし、初穂料の掲示もあったから
正月の三が日だけの限定の御朱印になるみたいですね。



2019/02/19 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り................米本神社 (2019年1月2日)(千葉県八千代市) 

1月2日

新年2日目。

この日も仕事は休み。
12月31日、1月1日、2日と近年では考えられない3連休。

もともと、正月休みって言う文化が無かったから
コレと言った予定もないから、この日も御朱印目的の初詣。
八千代・習志野界隈の神社へ向かいます。


まず、最初に向かったのは....................米本神社。


米本神社は、八千代市米本に鎮座する神社です。

実は、米本神社に来るのはコレで2回目。
( 前回の訪問記事は こちら


米本神社は米本城(跡)の北北東約200mの所に鎮座しています。

この北北東と言うのがミソ。
戦国時代、下総の領主であった千葉氏。
その千葉氏の居城には守護神として、北北東に妙見宮を祀っていました。
米本城は、戦国時代に千葉氏家臣である村上氏の居城でした。
そう、こちらは米本城の鬼門に当たり、守護神として位置づけられ、
いわゆる妙見信仰の対象でした。
米本城の廃城後、他の妙見宮と同じく社号は変えられ、
村の名前がつけられて米本神社となったようです。
米本城が大田道灌に攻められ炎上した際、城主・村上綱清ら700名は、
現在の七百餘所神社の境内で自刃したという伝承が残っています。



御祭神は、天之御中主尊。


こちらが、社号標。

      20190102米本神社01

社号標には、千葉氏の家紋である月星紋が刻まれています。


社頭。

      20190102米本神社02



鳥居に掲げられた神額。

      20190102米本神社03



境内の狛犬。

      20190102米本神社04


      20190102米本神社05



手水舎。

      20190102米本神社06




こちらが、拝殿。

      20190102米本神社07


   
向拝の彫刻。

      20190102米本神社08


      20190102米本神社09



拝殿正面。

      20190102米本神社10



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190102米本神社11



別アングルからの拝殿。

      20190102米本神社12


      20190102米本神社13



そして、こちらが本殿。

      20190102米本神社14


      20190102米本神社15




はいでんに飾られた奉納額。

      20190102米本神社16



拝殿に飾られた提灯。

      20190102米本神社17



境内社。

      20190102米本神社18


      20190102米本神社19



神楽殿。

      20190102米本神社20



青面金剛刻像 。

      20190102米本神社21

神仏習合の名残りですね。



板碑も建ち並びます。

      20190102米本神社22



社頭には、天保7年の米本村の絵図。

      20190102米本神社23



こちらが、社務所。

      20190102米本神社24

普段は開いていないけれど、正月三ヶ日と祭礼の日は開いているようです。
げんざいは、七百餘所神社の兼務社になっていますが、
この日、宮司さんはいらっしゃらなかったですが
氏子さん達が集まって新年の祭礼を行なっていたようです。

どうやら、御朱印そのものを氏子さん達が管理されているようで
宮司さんは関与されていないようです。
この日、七百餘所神社にて宮司さんとお会いしましたが、
本務社を含め、御朱印は拝受していないと言うことでした。


たまたま、この日書き手が不在で、
準備していた書き置きの御朱印も終わってしまったので
後日、郵送で送って頂けることになりました。


1月8日。郵便受けに封書が届きました。

      20190102米本神社25



米本神社の氏子さんからです。

      20190102米本神社26


中身は、御朱印。
待っていました!

      20190102米本神社27



添えられた文面。

      20190102米本神社28



そして、米本神社の御朱印。

      20190102米本神社29


貴重な御朱印、ありがとうございました。



2019/02/19 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り................船形 麻賀多神社 (2019年1月1日)(千葉県成田市) 

1月1日

元旦のこの日、2019年の初詣ツアーと称して
普段、行けない神社。
行きづらい神社。
行きたいと思っていた神社。
宮司さんに会えず、御朱印を拝受し損なった神社。
諸々の神社を参拝しちゃいましょう。

と言うことで、助崎須賀神社をあとにして、向かった先は...............麻賀多神社 船形奥宮。

麻賀多神社 船形奥宮 は、成田市船形に鎮座する神社です。

印旛沼の南岸地区の、八千代市、佐倉市、成田市、富里市にのみ18社点在して鎮座する麻賀多神社。
その麻賀多神社の総社と言われるのが成田市台方に鎮座する麻賀多神社。
そちらを通常は本宮と呼び、台方より1kmほど奥まった地区である船形に鎮座する麻賀多神社を
奥宮と称しているようです。

印旛国の初代国造・伊都許利命が霊夢により杉の根元から
7個の玉と1枚の鏡を掘り出し、稚日孁命を祀ったのが奥宮の始まりと言われています。
その後、伊都許利命の八世子孫・広鋤手黒彦が台方に社殿を造営しました。
よって、船形の『麻賀多神社』を「奥宮」、台方の社を「大宮」とも言うそうです。


御祭神は、稚日女尊。


以前、本宮を参拝し御朱印を頂いていましたが
ネットを見ると、奥宮の御朱印をアップしている方もいる。
宮司さんに問い合わせてみると、奥宮の御朱印は出していないと言う。

あれっ!?
どう言う事?

ひょっとして、氏子さんが御朱印を出しているいるのか?
そう言う神社もかなり有ると聞きます。
(兼務社の場合、御朱印は氏子総代さんが管理していて、
宮司さんと言えども勝手に押印する事が出来ない場合があるようです。)

ならば、元旦のこの日ならば、氏子さん達も集まっているはず............

そんな意気込みで、麻賀多神社へと向かいます。



こちらが社号標。

      20190101麻賀多神社奥宮01


社頭の一の鳥居前にて。

      20190101麻賀多神社奥宮02


参道口の掲示板。
個人的な通称『定』(笑)

      20190101麻賀多神社奥宮03

一応、境内犬禁止って書いてないから、びいすけ も大丈夫そう。




参道の狛犬、      

      20190101麻賀多神社奥宮05


      20190101麻賀多神社奥宮06



二の鳥居。

      20190101麻賀多神社奥宮07



手水舎。

      20190101麻賀多神社奥宮08


拝殿へと向かいます。

      20190101麻賀多神社奥宮09



こちらが拝殿。

      20190101麻賀多神社奥宮10


拝殿正面。

      
20190101麻賀多神社奥宮11



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190101麻賀多神社奥宮12



別アングルからの拝殿。

      20190101麻賀多神社奥宮13


      20190101麻賀多神社奥宮14



そして、こちらが本殿。

      20190101麻賀多神社奥宮15



境内社。

      20190101麻賀多神社奥宮16


      20190101麻賀多神社奥宮17


      20190101麻賀多神社奥宮18


      20190101麻賀多神社奥宮19


      20190101麻賀多神社奥宮20



御神木の前には石祠。

      20190101麻賀多神社奥宮21



そして、こちらが御神木。

      20190101麻賀多神社奥宮22
      20190101麻賀多神社奥宮23
      20190101麻賀多神社奥宮24



成田市教育委員会が設置した標柱。

      20190101麻賀多神社奥宮25

式内社 麻賀多神社(手黒社)とあります。

麻賀多神社は、平安時代に編修された『延喜式』の「神名帳」に記載されている由緒ある神社で、
台方区稷山には本宮と、ここ船形区手黒の奥宮の二社があります。
台方の本宮と区分するため、手黒社とも称しているようです。



こちらは、境内社にはならないようですが............

伊都許利神社。

      20190101麻賀多神社奥宮26



手水鉢。

      20190101麻賀多神社奥宮27



こんもりと盛り上がってる台地は実は古墳です。

      20190101麻賀多神社奥宮28

すなわち、伊都許利神社は印旛国造・伊都許利命の墳墓に鎮座する神社になります。


由緒書き。

      20190101麻賀多神社奥宮29

ここで、気になるのは由緒書きの結び。
伊都許利神社社務所と記載されている。

てっきり、麻賀多神社の境内社だと思っていたら、
どうやら管理は別のようです。



こちらは、伊都許利命の墓石碑。

      20190101麻賀多神社奥宮30


その脇に建つ説明板。

      20190101麻賀多神社奥宮31



さらに、古墳の右側には別な社?
比較的新しい鳥居が建てられている。

      20190101麻賀多神社奥宮32


その鳥居には、『金刀比羅神社』の神額。

      20190101麻賀多神社奥宮33



こちらは、社号標。

      20190101麻賀多神社奥宮34



小さくても立派な神社。

      20190101麻賀多神社奥宮35


小さな祠もあります。

      20190101麻賀多神社奥宮36


と言うことは...........................
金刀比羅神社、伊都許利神社、麻賀多神社と3つの神社が隣接していることになる。




こちらが麻賀多神社 奥宮の社務所。

      20190101麻賀多神社奥宮37



一応、参集殿と書かれているが、授与所も併設された社務所。

      20190101麻賀多神社奥宮38



陽も傾きかけて、集まっていた氏子さん達も
仮設テントの撤収に取り掛かっている。

      20190101麻賀多神社奥宮39

慌てて、御朱印の事を尋ねると
一人の氏子さんが親切に応対していただき
墨書きの御朱印を手に入れることが出来ました。


こちらが、船形 麻賀多神社 (奥宮)の御朱印。

      20190101麻賀多神社奥宮40


やっぱり、この日に参拝に来て正解でした。




2019/02/18 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

助崎 須賀神社 (2018年1月1日)(千葉県成田市) 

1月1日

元旦のこの日、2019年の初詣ツアーと称して
普段、行けない神社。
行きづらい神社。
行きたいと思っていた神社。
宮司さんに会えず、御朱印を拝受し損なった神社。
諸々の神社を参拝しちゃいましょう。

と言う事で、山倉大神をあとにして、向かった先は................助崎 須賀神社。

助崎 須賀神社は、成田市名古屋に鎮座する神社です。


安政年間に社殿が全焼したために縁起が残っていないと言う事ですが、
仁寿3年(853年)に創建されたと伝えられる歴史ある神社となっています。
古くから「助崎の天王様」と呼ばれ、近隣のみならず、
常陸方面からも信仰を集めているそうです。


御祭神は、建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)。



神社社頭。

      20190101須賀神社01


手水舎。

      20190101須賀神社02


狛犬は、境内には見当たらない。


こちらが、拝殿。

      20190101須賀神社03

元旦だから、宮司さんや氏子さんら関係者がいらっしゃるかと思ったら
何と無人。
ちょっぴり拍子抜け。


拝殿正面。

      20190101須賀神社06



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190101須賀神社04


こちらは、正面左脇に掲げられた扁額。

      20190101須賀神社05



実は、こちらの須賀神社は、以前から訪れたいと思っていた場所でした。
その理由は、社殿の屋根に在ります。

      20190101須賀神社07


この神門です。

      20190101須賀神社08


鬼瓦にも同じ神門。

      20190101須賀神社09

そうです。
千葉氏の家紋である『月星紋』です。

よく見かける『月星紋』は右に三日月を配し、左に星を配していますが
(一般には「月に星」(左斜めに星を置く)と言われています。)
こちらは、「真向き月に星」と言われる『月星紋』です。

      20190101須賀神社10

一説では、千葉氏の家紋には、月星紋、九曜紋が有り
分家スジが九曜紋を用い、本家筋金入り月星紋を用いたとされ、
その月星紋も、宗家が「真向き月に星」の月星紋を用いたとされているようです。

この近くには、名古屋城と言う助崎城の支城が存りました。
(まだ未攻略だから、いつか登城しなくっちゃ!)
助崎城そのものは、千葉氏一族の助崎大須賀氏の居城でした。
でも、大須賀氏って千葉氏の宗家ではなくて、庶流なんだけどなぁ。

いずれにしても千葉氏関連の神社のようです。



別アングアからの拝殿。

      20190101須賀神社11



そして、こちらが本殿。

      20190101須賀神社12




拝殿前の天水桶。

      20190101須賀神社13


こちらは、神楽殿?

      20190101須賀神社14

中を覗くと、物が置かれていて倉庫にも見える。


一応、扁額は掲げられているんですが.........。

      20190101須賀神社15



こちらは社務所のようですが、残念ながら閉まっています。

      20190101須賀神社16



境内の記念碑。

      20190101須賀神社17



本殿裏手の一段下がった削平地に建つ祠。

      20190101須賀神社18



中には、青面金剛刻像 。

      20190101須賀神社19

おそらく、境内に点在していた物を1ヶ所にまとめたのでしょう。
神仏習合を払拭したい様な感じがします。




御神木。

      20190101須賀神社20
      20190101須賀神社21
      20190101須賀神社22


      20190101須賀神社23
      20190101須賀神社24
      20190101須賀神社25



こちらの宮司さんも千葉県神社庁のHPに登録されている方から代わられているようです。
以前、電話で御朱印の事を問い合わせた事はあるけれど
新年早々、連絡するのも何か申し訳ない。

また次の機会に、期待したしましょう。






2019/02/18 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit