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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

御朱印巡り...................岩井神社 (2018年12月19日)(千葉県南房総市) 

12月19日


この日は、館山市に出かけました。

館山市へと向かう前に富津市で寄り道しましたが
南房総市でも寄り道をしています。
八雲神社をあとにして、向かった先は.....................岩井神社。


岩井神社は、南房総市高崎に鎮座する神社です。


平安時代の後一条天皇の時代である治安三年六月磐井郷の総社として建立され、
当初は牛頭天王八雲大社と称したとされています。
後に明治初年「岩井神社」と改称し、明治9年に村社に列格されています。
昭和53年に「千葉県規範神社」に指定されました。

御祭神は、素盞鳴尊、大己貴命、少彦名神。




こちらが社号標。

      20181220岩井神社01



神社社頭でよく見かける『定』と記された掲示板。

      20181220岩井神社02



千葉県神社庁の規範神社の碑。

      20181220岩井神社03



社頭に建つ説明板。
岩井神社には、南房総市の指定文化財があるようです。

      20181220岩井神社04

説明板によれば.........

社宝に、鎌倉時代の「懸仏」(四面)が残っています。
「懸仏」というのは、平安時代の中頃に
神仏習合の信仰から生まれたもので柱や壁にかけて礼拝したそうです。
形はだいたい円形で、表面には仏像が彫ってあり、銅や鉄の板でできています。

また「獅子頭」(三頭)があります。
これは、昔の富山の「ふうり祭」(雨乞い祭)に使われたものだそうです
獅子頭をかぶり、鞨鼓(太鼓)を腹の前に付けて、軽快に舞うもので、
これを「鞨鼓獅子舞」というそうです。
富山の雨乞い祭も、明治時代の終り頃には行われなくなったようです。




こちらが手水舎。

      20181220岩井神社05



水は出ていないけれど、龍の吐出口。

      20181220岩井神社24



鳥居。

      20181220岩井神社06


鳥居に掲げられた神額。

      20181220岩井神社07



カスれて読み辛いのですが...............由緒書き。

      20181220岩井神社08


  

拝殿前にて。
  
      20181220岩井神社09



拝殿前の狛犬。

      20181220岩井神社10


      20181220岩井神社11



こちらが、拝殿。

      20181220岩井神社12



拝殿正面。

      20181220岩井神社13



拝殿内に掲げられた扁額。

      20181220岩井神社14



別アングルからの拝殿。

      20181220岩井神社16


      20181220岩井神社17



そして、こちらが本殿。

      20181220岩井神社18




びいすけ も、しっかりと参拝。

      20181220岩井神社15



境内社の金刀比羅宮。

      20181220岩井神社19



石祠も多く建ち並ぶ。

      20181220岩井神社25


      20181220岩井神社20


      20181220岩井神社21


石塔。
この辺りは神仏習合の名残りなのか?

      20181220岩井神社22


こちらは板碑。

      20181220岩井神社23


    
こちらは、神輿殿。

      20181220岩井神社26

どうやら、こちらに浜下屋台が奉納されているようです。




浜下屋台の説明板。

      20181220岩井神社30

浜下屋台は宮大工・青木松治郎の作で三年という長い年月を費やし、
明治24年(1892年)に完成したそうです。
その間、初代・後藤利兵衛義光は青木家に逗留して作成にあたり、
八岐の大蛇や竜などを彫刻したそうです。
初代・義光は、文化十二年(1815年)千倉町の朝夷に生まれた木彫り彫刻の名手で、
特に竜の作品に優れたものがあり、明治35年(1903年)八十八歳でその生涯を終わったそうです。
初代・義光の作品は現在も南房総市富山町ほか各地に残っているそうです。




こちらも神輿庫。

      20181220岩井神社27



特筆すべきは、社殿脇に弓道場があります。

      20181220岩井神社28

源頼朝が、治承4年(1180年)8月に伊豆の石橋山の合戦に敗れ、
真鶴岬から安房国へ逃げ延びました。その後、馬集(現在の富山町高崎)にて馬を集め、
不入斗牛頭天皇の社殿に戦勝を祈願しました。
当時の安房国は安西、神余、丸、東條、長狭の5氏がほぼ5分し領有支配していましたが、
長狭氏を除く4氏が敗戦の将である頼朝を擁立して鎌倉幕府創設の基礎を築きました。
建久3年(1192年)、頼朝が征夷大将軍になるに及び、懐かしの安房国を偲び、
不入斗に八幡宮を建立して、武士に弓術を奨励したそうです。
その後、安房国は里見氏により平定されましたが、6代当主の義堯は岩井神社修復に際し、
境内に矢場を造り弓術を奨励したそうです。

この故事にならい、昭和25年青少年の健全育成と精神修養の場として弓道場を作り、
広く一般にも解放し、清く明るい心の滋養を念じ「洗心館」と命名したそうです。 


う〜む、ここにも頼朝に関する逸話が現れた。
確かに、館山市、南房総市、鋸南町辺りには頼朝にまつわる逸話が多い。




こちらは、社務所。

      20181220岩井神社29

普段は閉ざされているようです。




      20181220岩井神社30



こちらが、岩井神社の御朱印。

      20181220岩井神社31

社務所は無人で閉まっていましたが、宮司さんのお宅で拝受できました。





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2019/01/31 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................八雲神社 (2018年12月19日)(千葉県富津市) 

12月19日

この日は、館山市に向かいましたが
その前に富津市でちょっぴり寄り道を...............

前回、空振りに終わった富津市の神社の御朱印巡り。
再びのチャレンジです。

鶴峰八幡神社を出る前に、宮司さんの在宅を確認した後に
向かった先は................八雲神社。


八雲神社は富津市岩坂に鎮座する神社です。


八雲神社も今回で2回目。
( 前回の訪問記は こちら )




こちらが、社号標。

      20181219八雲神社01



神社社頭。

      20181219八雲神社02

背後に見えるのが鳥居。


こちらが鳥居。

      20181219八雲神社03



緩やかな参道を進み、やがて石段を上がります。

      20181219八雲神社04



石段途中の手水舎。

      20181219八雲神社05




石段を上がりきった先は社殿。

      20181219八雲神社06


こちらが、拝殿。

      20181219八雲神社07



びいすけ もしっかりと参拝。

      20181219八雲神社08


こちらが東照宮。

      20181219八雲神社09



今回は隙間から内部もじっくりと覗いちゃいました。

      20181219八雲神社10

なにせ、上総の地に東照宮があるのは珍しい。

八雲神社の宮司さんからお話を伺うと
徳川時代が始まった頃、とにかく家康が気にしたいたのは南総の里見氏。
そのために、鷹狩りと称して東金の地に出向いたり
有力家臣の本多忠勝を大多喜城に配し、佐貫城には内藤家長を配し
里見氏への監視を強化していました。
そんな経緯もあって、この地には家康を崇拝する文化が在ったそうです。

なるほど.................



という事で、こちらが八雲神社の御朱印。

      20181219八雲神社11

宮司さんの自宅にて拝受いたしました。
このあとに訪問した神社で、こちらの御朱印を見て
『よく八雲神社の宮司さんに会えたね ! 』と言われました。
どうやら、八雲神社の宮司さんは大学の教授もなされていて、
滅多に昼間は在宅していないという事らしい。

まぁ、これも縁。
2回目の訪問でお会い出来たのも、神様の思し召しでしょう。









2019/01/31 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................鶴峯八幡神社 (2018年12月19日)(千葉県富津市) 

12月19日

この日は、午前9時過ぎに、急に気が向いて館山市に出かけました。

遠出をするにはちょっと遅い時間になるけど
それもご愛嬌。国道16号を南下。
木更津市からは、国道127号を走ります。

富津市に入ったら、ちょっとだけ寄り道。
ぜんかい、御朱印を拝受し損なった神社に立ち寄ることにしました。

立ち寄った先は.................鶴峯八幡神社。


( 前回の 鶴峯八幡神社 の訪問記は こちら )



こちらが、社号標。

      20181219鶴峰八幡神社01



社頭の鳥居。

      20181219鶴峰八幡神社02



それでは、さくさく〜っとお詣りしちゃいましょう。

      20181219鶴峰八幡神社03



参道。

      20181219鶴峰八幡神社04



手水舎。

      20181219鶴峰八幡神社05



拝殿。

      20181219鶴峰八幡神社06



拝殿正面。

      20181219鶴峰八幡神社07



びいすけ も、しっかりと参拝しました。

      20181219鶴峰八幡神社08



鶴峰八幡神社の授与所脇には、鶴の像。

      20181219鶴峰八幡神社09

やっぱり、鶴峰八幡神社には、コレがなくっちゃね!!



この日は、しっかりと授与所も開いていました。
念願の御朱印も拝受出来ました。

こちらが、鶴峰八幡神社の御朱印。

      20181219鶴峰八幡神社10


社号標は鶴峯八幡神社、拝殿の扁額も鶴峯八幡神社。
千葉県の神社庁のHPを見ても鶴峯八幡神社で登録されているけれど
鳥居の神額や御朱印には、鶴峰八幡宮。

一体どっちが本当なの?





2019/01/30 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今週はコレ! 《 SEIKO 5 》   (2018年12月17日) 

12月17日

毎週月曜日に付け替えている腕時計。
今週は、こちら ↓

      20181217SEIKO500


SEIKO 5

ご存知、世界のSEIKOが誇る、国民的腕時計 SEIKO 5。

実際、私も何本の SEIKO 5 を持っているんだろう?
しっかりと数えたことがないから正確な数は分からないけれど
おそらく5本ほど持っているんだろう。

今から10年近く前に手にした中古のSEIKO 5。
正直、あまり使っていなかったのは事実。
10年ぶりに表舞台に立ちましょう。。


SEIKO(セイコー)5は、1960〜1970年代に一世を風靡し、
国産腕時計の完成品といえるモデルになります。
このモデルが海外に出回り、日本時計の技術が高く評価され、
大きな支持を得ました。

「5(ファイブ)」という名の由来は、
当時セイコーが重視した5大機能から命名されたと言うことです。

①耐震装置(ダイヤショック)
②自動巻き
③日付表示
④曜日表示
⑤(生活)防水 を表し、とても人気の高いモデルになります。

SEIKO の普及機としてその地位を固めた SEIKO5 ですが、
残念ながら、現在は日本国内では生産されておらず
逆輸入品として日本国内でも販売されています。

ケースの形状、文字盤のデザインを含めると、かなりの種類になり
時計マニアの中には、『SEIKO 5』を主に集めている方もいるらしい。


ステンレス製のベルトは残念ながら社外品。

      20181217SEIKO502


プラスチック製の風防の細かな傷もご愛嬌。

      20181217SEIKO503



4時位置に付いた竜頭が自動巻腕時計の主張。

      04



ケース裏蓋の細かな傷とカスれた刻印が、この時計の歴史を物語る。

      20181217SEIKO505



さぁ、久しぶりに腕につけてみましょう。

      20181217SEIKO506


      20181217SEIKO507


チクタクと時を刻む秒針。
まさに機械式腕時計。

さぁ、今週も頑張りましょう!!


2019/01/30 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................素鵞熊野神社 (2018年12月11日日)(茨城県潮来市) 

12月11日

この日は、潮来市に出かけました。


長勝寺をあとにして、向かった先は...............素鵞熊野神社。


素鵞熊野神社は、潮来市潮来に鎮座する神社です。

辻の天王原に祭られていた小社を、文治4年(1188年)に潮来の天王河岸へ移し、
牛頭天王と呼んだのが素鵞神社の始まりとされています。
元禄9年(1696年)に牛頭天王は、一村一社の政策により現在地に移り、
熊野三社権現と相殿になりました。
さらに天保15年(1844年)、仏教色の強い呼称から、神道的な素鵞神社へと社号を改め、
同時に熊野三社権現も熊野神社と社号を改めました。
明治10年(1877年)に長く相殿であった両社は、素鵞熊野神社となり、現在に至っています。



御祭神は、須佐之男命、奇稲田比命、速王男命。


鹿嶋方面に向う国道に建つ、大きな看板。
実は、この看板は何度も目にしていて
この奥に神社があることは知っていました。

      20181211素鵞熊野神社01

この立派な看板は、今年の4月に氏子さん達によって寄贈されたモノらしい。



とは言え、こちらの神社に来るには初めて。

こちらが社号標。

      20181211素鵞熊野神社02


   

神社社頭の一の鳥居。

      20181211素鵞熊野神社03



一の鳥居の神額。

       20181211素鵞熊野神社04


一の鳥居の背後には、『潮来大欅』と呼ばれる樹齢780年とされる巨木。

       20181211素鵞熊野神社05
      20181211素鵞熊野神社06



その説明板。

      20181211素鵞熊野神社07


   
傍らには、碑も建てられている。

      20181211素鵞熊野神社08



参道の由緒書き。

      20181211素鵞熊野神社09



二の鳥居。

      20181211素鵞熊野神社10


二の鳥居脇の狛犬。

      20181211素鵞熊野神社11


      20181211素鵞熊野神社12



まだまだ、色づく葉を残す、境内のイチョウの木。

      20181211素鵞熊野神社13
      20181211素鵞熊野神社14



こちらは、三の鳥居。

      20181211素鵞熊野神社15

奥にもまだ鳥居は見える。
四の鳥居、五の鳥居になるのか?
まるで、稲荷神社のように鳥居が並ぶ。



三の鳥居の先の狛犬。

      20181211素鵞熊野神社16


      20181211素鵞熊野神社17



参道脇の神池。

      20181211素鵞熊野神社19



こちらは、神井戸。

      20181211素鵞熊野神社20



そして、手水舎。

      20181211素鵞熊野神社21



定番の龍の吐出口。

      20181211素鵞熊野神社23


一つ飛ばして五の鳥居。

      20181211素鵞熊野神社23

石段の先にも鳥居が見えます。
本当に鳥居が多い。


五の鳥居の脇の狛犬。

      20181211素鵞熊野神社24


      20181211素鵞熊野神社25



石段を上がった先には、社殿(拝殿)。

      20181211素鵞熊野神社26



拝殿正面。

      20181211素鵞熊野神社27



別アングルからの拝殿。

      20181211素鵞熊野神社28


      20181211素鵞熊野神社29


拝殿脇にも狛犬。
本当に狛犬も多い。

      20181211素鵞熊野神社30

と、言いながらも、拝殿前の狛犬を撮り忘れているし............




狛犬の先からの本殿。

      20181211素鵞熊野神社31



拝殿前には、鎮座800年の記念碑。

      20181211素鵞熊野神社40



拝殿前の天水桶。

      20181211素鵞熊野神社41


拝殿には奉納酒。

      20181211素鵞熊野神社42






こちらの素鵞熊野神社には境内社も多い。


境内社の数々。
まさにオンパレード。

      20181211素鵞熊野神社32


      20181211素鵞熊野神社33


      20181211素鵞熊野神社34


      20181211素鵞熊野神社35


      20181211素鵞熊野神社36


      20181211素鵞熊野神社37


      20181211素鵞熊野神社38


      20181211素鵞熊野神社39




こちらが社務所ですが、平素は無人のようです。

      20181211素鵞熊野神社43



社殿と社務所を繋ぐ渡り廊下には、素鵞熊野神社の歴史とも言える
氏子さん達の集合写真が数多く飾られています。

      20181211素鵞熊野神社44



社殿の左側。
こちらは東参道口(?)。

      20181211素鵞熊野神社45



境内の記念碑。

      20181211素鵞熊野神社46


境内に建つ説明板。

      20181211素鵞熊野神社47

この素鵞熊野神社にて奉納される御囃子は『潮来ばやし』と言われて
潮来市の無形文化財に指定されているようです。


こちらが、素鵞熊野神社の御朱印。

      20181211素鵞熊野神社48

書き置き版ですが、境内に貼り出された連絡先に連絡すると
5分待てばやって来るような旨が記されていますが
本当に宮司さんが5分後に車でやって来ました。

たった一人の参拝者のために駆けつけてくれる神職さん。
まさに宮司の鏡と言えるお方ですね。
(もし。、宮司さんじゃなかったら、ごめんなさい。)



2019/01/29 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

常陸七福神 長勝寺 《 福禄寿 》 (2018年12月11日)(茨城県潮来市) 

12月11日

この日は、潮来市にやって来ました。

最近は神社の御朱印巡りが主流な休日を過ごしていますが、
どっこい、七福神巡りも忘れてはいません。
とは言え、なかなか七福神巡りも1日で完遂出来ず、
中途半端な状態になっている七福神巡りも多い。

茨城県下に展開する常陸七福神もその1つ。
(七福神と言いながらも8ヶ所を巡ります。)

常陸七福神は、水郷・筑波国定公園に散在する8つの社寺からなる七福神の霊場会で、
「日本で一番長い巡路を持つ七福神詣」の霊場です。
この七福神のそれぞれの功徳をいただけばすべての福徳が授かるとされています。

その七福神は(と言っても8ヶ所あるのがちょっびり不思議。)

西光院 毘沙門天 (石岡市)
恵比寿 筑波山神社(つくば市)
弁財天 逢善寺 (稲敷市)
布袋尊 月山寺 (桜川市)
寿老人 西蓮寺 (行方市)
福禄寿 長勝寺 (潮来市)
大黒天 笠間稲荷 (笠間市)
七福神 真延寺 (土浦市) と、このような構成となっているようです。


今回訪れたのは、潮来市にある 長勝寺。

長勝寺は、潮来市にある臨済宗妙心寺派の寺院で
山号は海雲山。本尊は阿弥陀如来。
銅鐘は、国の重要文化財です。

潮来市内の稲荷山とよばれる丘を背にして、JR潮来駅にほど近い市街地内にある寺院。
文治元年(1189年)に源頼朝によって創建されたといわれており、
江戸時代に徳川光圀が諸堂宇を修復し、大獄祖清和尚に住持させたとされています。

そして、常陸七福神では、福禄寿にあたります。


こちらが寺号標。

      20181211長勝寺01

  
長勝禅寺 となっていますね。
  

山門。

      20181211長勝寺02



参道を進みます。

      20181211長勝寺03



参道の楼門。

      20181211長勝寺04

説明板には山門とありますが、寺号標の脇にも山門があるからややこしい。
こちらでは、あえて楼門と表記します。


説明板にはよれば、水戸光圀公が普門院から移築させたそうです。

      20181211長勝寺05


さらに参道を進みます。

      20181211長勝寺07



こちらが本堂。

      20181211長勝寺08

阿弥陀三尊を本尊とする入母屋造り茅葺の仏殿dr、
禅宗様建築の遺構で禅寺の風格を保っています。


この本堂も茨城県の指定文化財。
当然、説明板も設置されています。

      20181211長勝寺09


とにかく、茅葺屋根の本堂は珍しい。
日本でも数少ない茅葺き屋根のお寺としても知られているそうです。

      20181211長勝寺10



こちらが、鐘楼。

      20181211長勝寺12

国の重要文化財に指定されている銅鐘は、
鎌倉幕府第14代執権である北条高時の寄進で、
元徳2年(1330年)の鋳造とされています。


知らなかったのですが、この地は潮来八景の一つでもあるらしい。
江戸時代の後半の1839年に書かれた『潮来図誌』に記載されている

『鐘の音や 残る雲なき 秋の暮れ』

この句が、潮来八景の中の『長勝寺晩鐘』を謳ったという事です。




国の指定文化財ですから、銅鐘の説明板も設置されています。

      20181211長勝寺13



こちらは、勢至菩薩堂。

      20181211長勝寺14


こちらは文治梅。

      20181211長勝寺15

源頼朝のお手植えと伝わる古木の梅です。




そして、潮来市指定文化財の菩提樹。

      20181211長勝寺16


      20181211長勝寺17


こちらは、芭蕉句碑。

      20181211長勝寺18



境内に建つ長勝寺の説明板。

      20181211長勝寺19



肝心の常陸七福神は何処に?

どうやら、この奥に在るようです。
『方丈』と呼ばれる寺院の住居のようです。

      20181211長勝寺20



赤い幟が見えました。

      20181211長勝寺21



常陸七福神は正月期間のご開帳ではなくて
通年公開されているようです。

      20181211長勝寺22



小さく、貼紙も貼られています。

      20181211長勝寺23



こちらが、常陸七福神 福禄寿 です。

      20181211長勝寺24



福禄寿の奥には、ふれあい観音像。

      20181211長勝寺25



こちらが、長勝寺の御朱印。

      20181211長勝寺26


そして、常陸七福神 福禄寿 の御朱印。

      20181211長勝寺27

これで、常陸七福神も
毘沙門天   (石岡市 西光院)
布袋尊     (桜川市 月山寺)
寿老人    (行方市 西蓮寺)
福禄寿    (潮来市 長勝寺)と4ヶ所をクリア。

一つ(1ヶ所)ずつですが着実にお詣りしています。
頑張って結願いたしましょう。




2019/01/28 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................高田神社 (2018年12月11日)(茨城県稲敷市) 

12月11日

この日は、潮来市に向かいましたが、その前にちょっと寄り道。

美浦村の楯縫神社をあとにして、向かった先は...........高田神社。


高田神社、稲敷市高田に鎮座する神社です。


承平年間(931年~937年)に、紀伊国の熊野大社の分霊を勧請し、
平将門の乱の平定を祈願するために創建されたものと伝えられています。
その時、13人の供僧もこの地に来住したそうです。

その後寛治年中に勅願所となり、東条庄第一の総鎮守として崇敬されたと言われています。

南北朝の時代には、延元3年(1338)9月の北畠親房の神宮寺籠城の際に、
神官などが南朝方に味方したことから、神領が北朝方に没収されてしまったそうです。

そういえば、高田神社から1kmぐらいの距離に神宮寺城址が在りました。


御祭神は、熊野神王櫛御食野命
     伊邪奈伎命
     伊邪那美命
     撞榊嚴御魂天疎向媛命
     菊理比売命
     速玉之男命
     事解之男命 
     菅原道真公



県道沿いに建つ社号標。

      20181211高田神社01

何度か、この前を車で通過しているんだけど
神社があったなんて気が付きませんでした。


県道沿いに建つ鳥居。

      20181211高田神社02

独特な形の鳥居ですね。



苔生した参道は晩秋の紅葉と相成って、
中々の雰囲気を醸し出しています。

      20181211高田神社03



参道の大きな杉も、幻想的な景色の一役を担っている。

      20181211高田神社04



先に進みましょう。

      20181211高田神社05



こちらが、二の鳥居。

      20181211高田神社06



影になって見辛いけれど、境内の狛犬前。

      20181211高田神社07


狛犬。

      20181211高田神社08


      20181211高田神社09



手水舎。

      20181211高田神社10



拝殿前にて。

      20181211高田神社11


拝殿。

      20181211高田神社12



拝殿正面。

      20181211高田神社13



別アングルからの拝殿。

      20181211高田神社14


      20181211高田神社15



そして、こちらが本殿。

      20181211高田神社16



びいすけ もしっかりと参拝。

     20181211高田神社17



拝殿脇に建つ説明板。

      20181211高田神社18



拝殿には、由緒書きも掲げられています。

      20181211高田神社19

その由緒書きには『高田権現神社』と記されています。




境内社。

      20181211高田神社20


      20181211高田神社21


      20181211高田神社22



古い石塔。

      20181211高田神社23

高田大権現 と刻まれています。


記念碑。

      20181211高田神社24


板碑。

      20181211高田神社25


参道からちょっと離れた位置にある神池。

      20181211高田神社26



駐車場手前の石段にある紅葉。

      20181211高田神社27

12月の中旬を迎えても、色濃く朱色を主張している。
やっぱり、秋の紅葉の時期に紅葉の朱色と苔生した参道の緑色。
この2色のコントラストが最高でしょう。


こちらが、高田神社の御朱印。

      20181211高田神社28


500mほど離れた場所の宮司さんの自宅で拝受いたしました。




2019/01/27 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................楯縫神社 (2018年12月11日)(茨城県美浦村) 

12月11日

この日は、茨城県の霞ヶ浦周辺の御朱印巡りに出かけました。

とは言いながらも、最初に千葉県の富里市の香取神社に立ち寄り、
その後に向かった先は...................楯縫神社。


楯縫神社は、稲敷郡美浦村郷中に鎮座する神社です。


社伝によると、推古天皇十六年(608年)の創祀とされ、
御祭神である普都主命が兜楯を脱いで、この地に残された故事にちなんで
楯脱ぎ(楯縫)の社号となったと言われています。
式内社・楯縫神社に比定されている古社となります。

同名の神社が同じ美浦村信太にありますが、
郷中に鎮座するこちらの楯縫神社が
古来より信太郡一の宮として崇敬され、
境内北の方に、杉の巨木の根幹(径六メートル)があって、
「木原」の地名の起りともなったとされています。

御祭神は、普都主命。



こちらが社号標。


      20181211楯縫神社01


社頭の一の鳥居。

      20181211楯縫神社02



一の鳥居に掲げられた神額。

      20181211楯縫神社03



一の鳥居の脇には、美浦村教育委員会の設置した説明板。

      20181211楯縫神社04


鬱蒼とした木々が茂る中の参道。
奥に見えるのは二の鳥居。

      20181211楯縫神社05



さらにすすめば、社殿も見えて来ます。

      20181211楯縫神社06

って、完全に二の鳥居の写真を撮り忘れている...........



手水舎。

      20181211楯縫神社07


  

由緒書き。

      20181211楯縫神社08



拝殿前にて。

      20181211楯縫神社09



拝殿。

      20181211楯縫神社10



鬼瓦。

      20181211楯縫神社11



向拝の彫刻。

      20181211楯縫神社13


拝殿正面。

      20181211楯縫神社12


      
別アングルからの拝殿。

      20181211楯縫神社14


      20181211楯縫神社15



そして、こちらが本殿。

      20181211楯縫神社16



びいすけ
もしっかりと参拝。

      20181211楯縫神社17


境内社は祀られていないようですが
参道に小さな石祠が2つありました。

      20181211楯縫神社19



こちらは、小さな石仏。

       20181211楯縫神社18

石仏は1体だけ。
でもちょっとだけ神仏習合の名残りを感じます。
      



板碑。

      20181211楯縫神社20



古社であると同時に地域のランドマークのような存在だったのでしょう。
忠魂碑が建ち並びます。

      20181211楯縫神社21


      20181211楯縫神社22



拝殿脇の御神木。

      20181211楯縫神社23



この御神木が、『木原』の名の由来になった杉なのか?

        20181211楯縫神社24
      20181211楯縫神社25
          20181211楯縫神社26



こちらが、御朱印。

      20181211楯縫神社27


近くにお住まいの宮司さんの自宅にて拝受いたしました。




2019/01/27 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

月詣 富里香取神社 (2018年12月11日)(千葉県富里市) 

12月11日

気が付けば、12月も中旬に突入。
何気に、この日は私の誕生日だったりする。
また一つ、齢を重ね、あまり誕生日も嬉しくない年代に突入。


さて、この日は茨城県へと出かけますが
その前に、最近の月恒例行事。
富里香取神社への月詣です。

      20181211富里香取神社01



いつもの鳥居。

      20181211富里香取神社02



いつもの境内。

      20181211富里香取神社03



いつもの拝殿。

      20181211富里香取神社04



でも、ちょっと今日は雰囲気が違う。

      20181211富里香取神社05



白い玉石が敷かれている。

      20181211富里香取神社06


やっぱり、雰囲気が違います。

      20181211富里香取神社07



先月までは無かった、ビニールハウスに入った西瓜の苗木(?)。
    
      20181211富里香取神社08

正月に向けたプチリニューアル?




社殿隣に在った農協(?)の倉庫っぽい建物を解体しています。

      20181211富里香取神社10

境内のすぐ脇だから、意外に臨場感があって、迫力満載。


境内社は、静かに見守っています。

      20181211富里香取神社09




こちらが、月替わりの御朱印。

      20181211富里香取神社11

12月(師走)バージョン。
冬詣で(ふゆもうで)って言うのがお洒落ですね。





2019/01/26 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今週はコレ! 《 SEIKO Sportsmatic5 》   (2018年12月10日) 

12月10日

毎週月曜日に着け替えている腕時計。
今週は、こちら ↓

      20181210SEIKO01


SEIKO Sportsmatic5

1963(昭和38)年に発売されたSEIKO Sportsmatic5。
SEIKOの自動巻き腕時計です。

Sportsmatic5はセイコー5シリーズの初代と言われているモデルです。
実用機能(中3針・デイデイト(日付/曜日)・自動巻・防水)をフル装備した、
価格が手頃で斬新なデザインの腕時計「ファイブ」の登場は時計市場で衝撃的に受け止められ、
圧倒的な支持をうけ、発売直後から爆発的な大ヒット商品となった、
いわばSEIKOの代名詞のような存在です。

SEIKO5ってコスパも高くて何本か持っているんだよなぁ。


こちらも10年ほど前に中古品を購入。


このSportsmatic5はベゼルに特徴があり。

      20181210SEIKO02



このギザギザなベゼルが、ちょっとだけ大人しさから脱却。

      20181210SEIKO03

派手って言うわけじゃないけれど、
ちょっとだけ他とは違うんだよ!  と、主張を感じます。



竜頭の位置も面白い。
4時の位置に時刻合わせ。
2時の位置にはカレンダー。

      20181210SEIKO04

現行のSEIKO5とはちょっと違っている。


ケース裏蓋には防水時計の証しであるイルカ(?)の刻印。
    
      20181210SEIKO05

使い込まれているから、かなりカスれている。



では、久し振りに腕に着けてみましょう。

      20181210SEIKO06


      20181210SEIKO07



やっぱり、ベゼルのギザギザがちょっとだけ主張していますね(笑)。



2019/01/26 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

びいすけ 病院に行く (2018年12月8日) 

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2019/01/25 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................下溝八幡宮 (2018年12月8日)(神奈川県相模原市) 

12月8日

この日は、相模原市に出かけました。


磯部八幡宮をあとにして、向かった先は................下溝八幡神社。


下溝八幡宮は、相模原市南区下溝なな鎮座する神社です。

下溝八幡宮は、溝郷が上溝と下溝とに分村した天文年間(1532年〜1555年)に、
上溝の亀ヶ池八幡宮を勧請して創建したと伝えられます。
近くには、その当時北条氏照の娘貞心尼の屋敷があり、
当社地は、その屋敷の裏鬼門にあたる地だと言われています。


御祭神は、応神天皇。


社頭の鳥居。

      20181208下溝八幡宮01


鳥居に掲げられた神額。

      20181208下溝八幡宮02



参道の祭事板。

      20181208下溝八幡宮03


こちらは、相模原市教育委員会の設置した説明板。

      20181208下溝八幡宮04



参道。

      20181208下溝八幡宮05


参道の狛犬。

      20181208下溝八幡宮06


      20181208下溝八幡宮07



手水舎。

      20181208下溝八幡宮08



拝殿前にて。

      20181208下溝八幡宮09



拝殿。

      20181208下溝八幡宮10



拝殿前の狛犬。

      20181208下溝八幡宮11


      20181208下溝八幡宮12



拝殿正面。

      20181208下溝八幡宮13



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20181208下溝八幡宮14



別アングルからの拝殿。

      20181208下溝八幡宮15


      20181208下溝八幡宮16



そして、こちらが本殿。

      20181208下溝八幡宮17



びいすけ も、しっかりと参拝。

      20181208下溝八幡宮18



境内社。

      20181208下溝八幡宮19


神輿庫。

      20181208下溝八幡宮20



神楽殿。

      20181208下溝八幡宮21



参道の記念碑。

      20181208下溝八幡宮24


      20181208下溝八幡宮25


使われなくなった手水舎(手水鉢)。

      20181208下溝八幡宮26



こちらが、社殿東側の参道口。

      20181208下溝八幡宮27



社務所。

      20181208下溝八幡宮28

授与所を併設しているけれど、普段は無人のようです。



晩秋の表参道。

      20181208下溝八幡宮29
      20181208下溝八幡宮30



ちょっぴり遅い紅葉を、この日は びいすけ と堪能。

         20181208下溝八幡宮31
      20181208下溝八幡宮32
      20181208下溝八幡宮33


こちらが、下溝八幡宮の御朱印。

      20181208下溝八幡宮34


本務社の亀ヶ池八幡宮にて拝受いたしました。




2019/01/25 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................磯部八幡宮 (2018年12月8日)(神奈川県相模原市) 

12月8日

この日は、相模原市に出かけました。

磯部勝坂石楯尾神社をあとにして、向かった先は................磯部八幡宮。


磯部は、相模原市南区磯部に鎮座する神社です。

磯部八幡宮は、鎌倉から来訪した山伏祐圓(延文2年1537年没)が
佛像院磯幡山神宮寺を開創した際に、村鎮守として八幡宮を祀ったとされ、
江戸時代初期には火渡りの護摩や相撲で非常に賑わったと言われています。

御祭神は、応神天皇。


神社からは、ちょっと離れた位置に建つ、一の鳥居。

      20181208磯部八幡宮01



一の鳥居に掲げられた神額。

      20181208磯部八幡宮02

『正八幡宮』と記されています。



一の鳥居から300mほど離れた位置に建つ社号標。

      20181208磯部八幡宮03



社号標に先には神橋。

      20181208磯部八幡宮04

参道は神橋を渡り、さらにその先は歩道橋となっています。


県道を歩道橋で越えれば境内に入ります。


手水舎。

      20181208磯部八幡宮05


由緒書きの碑。

      20181208磯部八幡宮06



社殿は石段の先。

      20181208磯部八幡宮07



石段手前の狛犬。

      20181208磯部八幡宮08


      20181208磯部八幡宮09



石段の途中には二の鳥居。

      20181208磯部八幡宮10


石段を上がった先には社殿。

      20181208磯部八幡宮11



こちらが拝殿。

      20181208磯部八幡宮12



拝殿正面。

      20181208磯部八幡宮13



拝殿 向拝の彫刻。

      20181208磯部八幡宮14


 

拝殿正面に掲げられた扁額。

      20181208磯部八幡宮15



別アングルからの拝殿。

      20181208磯部八幡宮16


      20181208磯部八幡宮17



そして、こちらが本殿。

      20181208磯部八幡宮18



びいすけ もしっかりと参拝します。

      20181208磯部八幡宮19


境内社・疱瘡神社

      20181208磯部八幡宮20

 
同じく境内社の金比羅神社。

      20181208磯部八幡宮21



同じく境内社の稲荷神社。

      20181208磯部八幡宮22



こちらは、三社神社。

      20181208磯部八幡宮23


      20181208磯部八幡宮24



板碑。

      20181208磯部八幡宮25



不動明王殿。

      20181208磯部八幡宮26



中には、相模原市の指定文化財の不動明王像。

      20181208磯部八幡宮27



境内の御神木。

      20181208磯部八幡宮28
      20181208磯部八幡宮29



社殿の鎮座する台地は、鎮守の杜。

      20181208磯部八幡宮30
      20181208磯部八幡宮31



神楽殿。

      20181208磯部八幡宮32



授与所。

      20181208磯部八幡宮33



境内の片隅には、社号標のような看板。

      20181208磯部八幡宮34

磯部の総鎮守なんですね。


こちらが、御朱印。

      20181208磯部八幡宮35


本務社の亀ヶ池八幡宮にて拝受いたしました。



2019/01/24 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................磯部勝坂石楯尾神社 (2018年12月8日)(神奈川県相模原市) 

12月8日

この日は、相模原市に出かけました。


山王日枝神社をあとにして、向かった先は..............磯部勝坂石楯尾神社



磯部勝坂石楯尾神社の創建年代等は不詳ながら、
勝坂集落の旧家が守り神としてその鬼門の方角に建てたものではないかとされ、
羽黒権現社と称していたと言われています。
明治維新後に石楯尾神社と改称したとされています。

927年に編纂された「延喜式」神名帳に記録された
相模国の十三社のうちの一つ「石楯尾神社」の論社とされています。

「論社」とは、延喜式に記載された神社と同一、
もしくはその後裔と推定される神社のことをいいますが、
この『石楯尾神社』の論社については、諸説があるようで
神奈川県には石楯尾と名の付く神社が、少なくとも4社あり、
他にも現在は諏訪神社と称しているが、
かつては石楯尾神社だったのでは?と言われている社が3社あり、
延喜式内社の石楯尾神社はどれだったのか?と言う論争があったようです。

現在は、同じ相模原市緑区名倉に鎮座する石楯尾神社が
その式内社であるという説が有力視されているようです。


御祭神は、大己貴命。



社号標。

     20181208石楯尾神社01



参道脇に建つ石仏と石塔。

      20181208石楯尾神社02

参道脇に勝源寺が在るから、そちらの関係か?



参道沿いに建つ地区センター。

      20181208石楯尾神社03

社務所としても利用されているのだろうか?



こちらが参道。

      20181208石楯尾神社04

この先に鳥居があり、さらには100段以上の石段が在る。



鳥居。

      20181208石楯尾神社05



参道の狛犬の前にて。

      20181208石楯尾神社06



狛犬。

      20181208石楯尾神社07


      20181208石楯尾神社08


  
118段あると言われる石段。

      20181208石楯尾神社09



頑張って上りましょう。

      20181208石楯尾神社10



石段をあがりきれば、社殿が見えてきます。

      20181208石楯尾神社11



石灯篭。

      20181208石楯尾神社12



手水鉢。

      20181208石楯尾神社13



拝殿。

      20181208石楯尾神社14



拝殿正面。

      20181208石楯尾神社15



別アングルからの拝殿。

      20181208石楯尾神社16


      20181208石楯尾神社17



そして、こちらが本殿。

      20181208石楯尾神社18



びいすけ もしっかりと参拝。

      20181208石楯尾神社22



境内社。

      20181208石楯尾神社19


石祠。

      20181208石楯尾神社20



境内に隅に置かれた、古い石灯篭と手水鉢。

      20181208石楯尾神社21

      


こちらが、御朱印。

      20181208石楯尾神社23


本務社の亀ヶ池八幡宮にて拝受いたしました。



2019/01/23 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................山王日枝神社 (2018年12月8日)(神奈川県相模原市) 

12月8日

この日は、相模原市に出かけました。


下磯部御嶽神社をあとにして、向かった先は....................山王日枝神社。


山王日枝神社は、相模原市南区磯部に鎮座する神社です。

どうも、この神社は色々と通称があるようで
単純に日枝神社ですが、鎮座している場所柄か?
『磯部日枝神社』とか『東磯部日枝神社』と呼ばれていたりするようです。
まぁ、神奈川県の神社庁には日枝神社としてしか登録されていないようで
正式な社号は不明です。

境内に建立された由緒に書かれた石碑によれば..............

磯部東町内の産土神日枝大神は 大山咋神を祭神として祀り 
約百二十年前延文元年以前より山王宮として親しまれ 
また国土安泰家内安全 の守護神として氏子の崇敬をあつめ
護持をされて参りましたが 
正和二年再建の社殿が老朽化のため新らしく建立に決し 
昭和五十四年九月着工  氏子共有地を処分しこれに充て 
特志者奉納による鳥居その他境内諸設備と併せ十二月完成致しました 
新社殿には総本宮である大津市坂本  日吉大社より
大御霊を頂き奉遷されております。

とあります。


御祭神は、大山咋神。


台地への斜面沿いに石段があり、斜面の上に社殿が鎮座しています。

社頭の鳥居。

      20181208日枝神社01



鳥居に掲げられた神額。

      20181208日枝神社02

神額には『山王 日枝神社』と記されています。


神社幟の旗杭の基台には、猿の飾り物。

      20181208日枝神社03


日枝神社たる所以ですね。

      20181208日枝神社04

意外に、この猿が可愛らしい。


石段を上がって参拝いたしましょう。

      20181208日枝神社05



社殿前にて。

      20181208日枝神社06



手水舎。

      20181208日枝神社08



社殿。

      20181208日枝神社07


     
別アングルからの社殿。

      20181208日枝神社09


      20181208日枝神社10



境内社。

      20181208日枝神社11


社殿建立記念碑。

      20181208日枝神社12

こちらには『日枝大神』。
一体どれが正しいの?(笑)



由緒書き。

      20181208日枝神社13



社殿の脇には社務所を兼ねた神楽殿。

      20181208日枝神社14

こちらも普段は無人の神社です。



狭い境内には枝打ちされた御神木。

      20181208日枝神社15
      20181208日枝神社16
      20181208日枝神社17



こちらが、御朱印。

      20181208日枝神社18



本務社の亀ヶ池八幡宮にて拝受いたしました。






2019/01/23 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................下磯部御嶽神社 (2018年12月8日)(神奈川県相模原市) 

12月8日

この日は、相模原市に出かけました。


四ツ谷日枝大神をあとにして、向かった先は.....................下磯部御嶽神社。


下磯部御嶽神社は、相模原市南区磯部に鎮座する神社です。


創建年代等は不詳ながら、延文元年(1356年)以前より、
下磯部地区の総鎮守として祀られていたと言われています。


御祭神は、天児屋根命。


神社社頭の鳥居前にて。

      20181208御嶽神社01



鳥居に掲げられた神額。

      20181208御嶽神社02



参道の狛犬前にて。

      20181208御嶽神社03



狛犬。

      20181208御嶽神社04


      20181208御嶽神社05



手水舎。

      20181208御嶽神社06



こちらが拝殿。

      20181208御嶽神社07



朱色の屋根が際立つ拝殿。

      20181208御嶽神社08



拝殿正面。

      20181208御嶽神社09



別アングルからの拝殿。

      20181208御嶽神社10


      20181208御嶽神社11



拝殿正面に飾られた注連縄が、一際目立ちます。

      20181208御嶽神社12



そして、こちらが本殿。

      20181208御嶽神社13



本殿脇の境内社。

      20181208御嶽神社14



御囃子台。

      20181208御嶽神社15



神楽殿。

      20181208御嶽神社16



狭い境内ですが、神楽殿背後には御神木。

          20181208御嶽神社17
      20181208御嶽神社18



こちらが、下磯部御嶽神社の御朱印。

      20181208御嶽神社19



本務社の亀ヶ池八幡宮にて拝受しました。



2019/01/22 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................四ツ谷日枝大神 (2018年12月8日)(神奈川県相模原市) 

12月8日


この日は、町田市へ出かけ、その後は相模原市へと足を伸ばしました。


向かった先は...................四ツ谷日枝大神。


四ツ谷日枝大神は、相模原市南区磯部に鎮座する神社です。

日枝大神と称される 四ツ谷日枝大神。
創建年代等は不詳ながら、延文元年(1356年)以前より
下磯部四ツ谷地区の鎮守として祀られていたと言われています。


御祭神は、大山咋命。


古くからの民家が密集している地区で
道幅も狭い場所の民家と民家の間に鎮座する日枝大神。
車を停める場所を探すのに苦労しました。


意外に狭い敷地の日枝大神。

      20181208日枝大神01



鳥居。

      20181208日枝大神02


鳥居に掲げられた神額。

      20181208日枝大神03



社殿。

      20181208日枝大神04


社殿内部。

      20181208日枝大神05


      20181208日枝大神06


      20181208日枝大神07



社殿脇の境内社。

      20181208日枝大神08



こちらは社務所のようですが、閉まっています。

      20181208日枝大神09

平素は無人の神社です。


社殿と社務所の間には立派な御神木。

     20181208日枝大神10
20181208日枝大神11



こちらが、日枝大神の御朱印。

      20181208日枝大神12



本務社の亀ヶ池八幡宮にて拝受いたしました。




2019/01/22 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................野津田神社 (2018年12月8日)(東京都町田市) 

12月8日

この日は、町田市に出かけました。

飯守神社をあとにして、向かった先は.....................野津田神社。


野津田神社は、町田市野津田町に鎮座する神社です。

創建年代等は不詳ながら、元禄13年(1700年)に湯花神事が行われたとされ、
五社明神と称していたと言われています。
明治21年(1888年)御霊神社と改称し、
明治42年(1909年)には上ノ原の春日神社本村の幸山神社、
並木の伊勢神社、川嶋の御嶽神社を合併して、
野津田神社と改めたとされています。


御祭神は、伊邪那岐命、伊邪那美命、国常立尊、天照大神、天津児屋根命、日本武尊。



こちらが社号標。

      20181208野津田神社01



野津田神社社頭。

      20181208野津田神社02



参道口の狛犬。

      20181208野津田神社03


      20181208野津田神社04

なぜか、赤い前掛けが似合っている。



こちらは二の鳥居。

      20181208野津田神社05

二の鳥居の奥は社殿ではなく社務所。


社殿は二の鳥居の左奥。
一段高い位置になる。



由緒書き。

      20181208野津田神社06



手水鉢。

      20181208野津田神社07



こちらが拝殿。

      20181208野津田神社08



拝殿正面。

      20181208野津田神社09



向拝の彫刻と注連縄。

      20181208野津田神社10



別アングルからの拝殿。

      20181208野津田神社11


      20181208野津田神社12



そして、こちらが本殿。

      20181208野津田神社13



境内社。

      20181208野津田神社14


      20181208野津田神社15



神楽殿。

      20181208野津田神社16


神楽殿の裏手は授与所。

      20181208野津田神社17


神輿庫。

      20181208野津田神社18


梵字が刻まれている庚申塔(?)。

      20181208野津田神社19


      20181208野津田神社20

神仏習合の濃さを改めて実感。


こちらが、野津田神社の御朱印。

      20181208野津田神社21


本務社の菅原神社にて拝受しました。

これで、一応菅原神社が兼務されている9社(鶴川9社)も全て参拝して
御朱印も拝受いたしました。


結局、菅原神社には、何回通ったんだろう?(笑)



2019/01/21 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................飯守神社 (2018年12月8日)(東京都町田市) 

12月8日


この日は、町田市に出かけました。

広衿神明社をあとにして、向かった先は......................飯守神社。


飯守神社は、町田市真光寺町に鎮座する神社です。

領主である飯田次郎右衛門高家・観泉寺法印俊誉が飯森明神と称して、
慶安3年(1650年)に創建、文化7年(1810年)に遷座再建、
明治4年に飯守神社と改めたとされ、大正2年に境内社の神武天皇神明社、
諏訪神社、金毘羅神社、秋葉大権現、道了大権現、八雲神社、八坂神社、
日吉神社、東照宮を合祀したとされています。
なお、社号の「いいもり」は、武蔵国総社大国魂神社の例大祭時の献饌之儀に
御食を司って居たことによるとされています。


御祭神は、興津彦命。



飯守神社社頭。

      20181208飯守神社01



鳥居。

      20181208飯守神社02



鳥居に掲げられた神額。

      20181208飯守神社03


拝殿前の参道。

      20181208飯守神社04


小さな手水鉢。

      20181208飯守神社05



こちらが拝殿。

      20181208飯守神社06


拝殿正面。

      20181208飯守神社07



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20181208飯守神社08



別アングルからの拝殿。

      20181208飯守神社09


      20181208飯守神社10



そして、こちらが本殿。

      20181208飯守神社11



拝殿側面には由緒書き。

      20181208飯守神社12


こちらは社務所ですが、平素は無人。

      20181208飯守神社13


神社の板碑かと思ったら、詩碑でした。

      20181208飯守神社14

作者はよく分かりません。


境内にど〜んとそびえる御神木。

         20181208飯守神社15
      20181208飯守神社16
      20181208飯守神社17



そして、こちらが飯守神社の御朱印。

      20181208飯守神社18

本務社の菅原神社にて拝受いたしました。



2019/01/21 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...................広袴神明社 (2018年12月8日)(東京都町田市) 

12月8日

この日は、東京都下の町田市、そして神奈川県の相模原市へと出かけました。

まずは、町田市。
町田市に鎮座する菅原神社。
その兼務社は9社あり、鎮座している場所から
『 鶴川9社 』と呼ばれたりしています。

その『鶴川9社』を順に巡った参拝しているわけですが
今までに6社を巡り終え、残すは3社となりました。

その内の1社が、広袴神明社になります。


広袴神明社は、町田市広袴町に鎮座する神社です。


創建の年代は明らかではないが、嘉永7年(1854年)の「村差出明細帳」に神明社とあり、
『風土記稿』に小社の儀故旧来より神主無く、村内妙全院(別当)で守護していたとあります。
昭和22年氏子の労力奉仕により山を切り開き、現在の地に本殿覆宮、幣殿(洗心舎)、拝殿を建立して、
昭和24年十11月に遷宮祭並竣功奉祝祭が斎行されたそうです。



御祭神は、天照大御神。



駐車場がなく、車を停める場所を探すのが大変。
こちらが、社号標。

      20181208神明社01



社号標の近くには庚申供養塔。

      20181208神明社02

かなり、神仏の習合は色濃かったようです。


町田市指定の緑地の中に神明社は鎮座しているようです。

      20181208神明社03

裏を返せば、神明社が鎮座していたから、
あまり手の入らない緑地が残されていたのかもしれない。



畑の脇を通る参道。

      20181208神明社04

参道と言うよりは農道(畑の畦道)。



鳥居が先に見えてきました。

      20181208神明社05




鳥居が見えてくると、参道っていう感じがしますね。

      20181208神明社06



こちらが、鳥居。

      20181208神明社07



鳥居の先は石段。
その石段を上がれば社殿です。

      20181208神明社08



境内の狛犬。

      20181208神明社09


      20181208神明社10



拝殿。

      20181208神明社11



拝殿正面。

      20181208神明社12



別アングルからの拝殿。

      20181208神明社13


      20181208神明社14


拝殿背後の幣殿。

      20181208神明社15



そして、本殿覆宮。

      20181208神明社16


 
拝殿脇には石祠も建ち並ぶ。

      20181208神明社17


      20181208神明社18



拝殿壁面には由緒書き。

      20181208神明社22



そして。境内の御神木。

      20181208神明社19
        20181208神明社20



こちらが、広袴神明社の御朱印。

      20181208神明社21


本務社の菅原神社にて拝受しました。


2019/01/20 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit