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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

再訪...............鶴峯八幡宮 (2018年11月9日)(千葉県市原市) 

11月9日

この日は、市原市に出かけました。

以前訪れたことのある鶴峰八幡宮。
その際に御朱印を拝受したのですが
( 前回の訪問記事は こちら )
ネットを見ていたら、境内社の御朱印もあるらしい。
知らなかったぁ...................


と言うことで、この日の目的の一つである鶴峰八幡宮にやってきました。

      20181109鶴峯八幡宮01



社頭の鳥居。

      20181109鶴峯八幡宮02



由緒書き。

      20181109鶴峯八幡宮03


参道の神橋。

      20181109鶴峯八幡宮05



手水舎。

      20181109鶴峯八幡宮07



こちらが、拝殿。

      20181109鶴峯八幡宮08



拝殿正面。

      20181109鶴峯八幡宮09



拝殿正面の扁額。

      20181109鶴峯八幡宮10



境内社 若竹之宮。

      20181109鶴峯八幡宮11


同じく、境内社 弁天社。

      20181109鶴峯八幡宮12


こちらが、弁財天。

      20181109鶴峯八幡宮13



そして、拝受した御朱印。

      20181109鶴峯八幡宮14


     20181109鶴峯八幡宮15

この日は、書き手の方が不在のため、書き置き対応。
なにせ、30社を兼務されているようで、不在も多いらしい。
普段は墨書きをしていただけるそうです。




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2018/12/31 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今週はコレ! 《 QIONG HUA 》   (2018年11月12日) 

11月12日  

毎週月曜日に着け替えている腕時計。

今週は、こちら ↓

      20181112QIONG HUA01



QIONG HUA

この時計メーカーについて色々と調べてみましたが、良くわかりません。

QIONG HUA とは、瓊花(けいか)と言う中国の江蘇省揚州市が原産の花を表しているようです。

スイカズラ科ガマズミ属の半常緑低木で、
学名は Viburnummacrocephalum f. keteleeri。
英名は Qiong-hua, Baxian-hua。
ガクアジサイに似ていますが、大きな違いは香り。
瓊花は果物のようなたいへん良い香りがするらしい。



肝心の腕時計は、経年の劣化は動かせない事実。
文字盤はかなり汚れて掠れている。
文字の表記も一部分は判読しづらい。

      20181112QIONG HUA02


      20181112QIONG HUA03


竜頭には文字盤と同じような花びら。
おそらく、瓊花の花でしょう。

      20181112QIONG HUA04



ケース裏蓋には、いくつかの刻印。

      20181112QIONG HUA05


『YANGZHOU SHOUBIAO CHANG』(揚州手表廠)
『全鋼』『瓊花』『防震』

どうやら、揚州市にある『揚州手表廠』と言う、時計工場で作られた
『全鋼』で『防震』』の『瓊花』と言うブランドの腕時計と言うことになるようです。



それでは、腕に付けてみましょう。

      20181112QIONG HUA06


      20181112QIONG HUA07


文字盤だけを見ると、それ相応の使用感を感じるけれど
まだまだ実用には十分。
思った以上に日差も無く、やっぱり、古き良き中国製機械式手巻き腕時計。
侮れません!!。




2018/12/31 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉の坂道を歩こう! 《 海隣寺坂 》 (2018年11月5日) 

11月5日

この日は、朝から富里市の富里香取神社に行ったり、
印西市に北千葉導水路のダムカードを貰いに行ったりしていましたが
夕方は地元の散歩。
平日と言うか、仕事の日には朝夕の散歩も
そんなに時間を掛けたりは出来ないから、
せめて休みの日ぐらいは、散歩も時間を掛けてあげましょう。



いつもの散歩コースをとりあえず進みます。

      20181105海隣寺坂01


佐倉高校前を進みます。

      20181105海隣寺坂02


今日は、ちょっと違う道を進みましょう。

      20181105海隣寺坂09


今は寂れてしまった城下町商店街。
『さくら・時代まつり』の幟も立てられている。

      20181105海隣寺坂04


11月11日に 『さくら・時代まつり』が開催されるようです。

      20181105海隣寺坂05


      20181105海隣寺坂06



佐倉の秋まつりの時は人がいっぱいのこの通りも
普段は人通りもなく、静かなものです。

      20181105海隣寺坂07




佐倉藩11万石の城下町・佐倉。

もともと城は高台にあるもの。
と言うことは城下町には坂が多いことになる。

我が町佐倉も意外に坂が多い。
台地と谷津から城下町が成り立っているため、どこに出るにも必ず坂を通らなければならない。
坂は、佐倉らしさ感じさせる重要な景観アクセントだと、佐倉市商工観光課HPにも謳われている。


と言うことで、本日の散歩は坂道散歩。
『海隣寺坂』を歩きます。

      20181105海隣寺坂08



田町商店街から市役所に上る坂道は、坂上に海隣寺があったことから
『海隣寺坂』と呼ばれています。
この坂道は、旧成田街道になり、当時荷車が上れないので、
後押し(おっぺす)人夫がいたことから、おっぺし坂と言われていたそうです。

現在の市役所の下にあり、成田街道が台地上の町へと上る坂となています。
街道筋の要地であり、当時は木戸があり、土手や竹矢来で守られていたそうです。

      20181105海隣寺坂09



坂の途中に建つ案内板。

      20181105海隣寺坂10


佐倉の市内にはこんな看板がいくつも建てられています。

      20181105海隣寺坂11


      20181105海隣寺坂12


      20181105海隣寺坂13



この辺りに住むワンちゃん達の散歩コースなのか?
やたらと匂い嗅ぎに夢中になる びいすけ 。

      20181105海隣寺坂14


      20181105海隣寺坂15



坂の途中には、こんな民家も。

      20181105海隣寺坂16


この先は市役所。

      20181105海隣寺坂17


ゴールは、あと少し。

      20181105海隣寺坂18


こうやって、休みの日にいつもと違うコースを散歩するのも楽しい。
佐倉の坂道散歩、楽しいです。





2018/12/31 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ダムカードを集めよう! 《 北千葉導水路 》 (2018年11月5日)(千葉県印西市) 

11月5日

この日は、北千葉導水路のダムカードを手に入れるために
印西市の北千葉楊排水機場に行ってきました。


北千葉導水路は、利根川と江戸川を結ぶ水路(流況調整河川)です。

1. 手賀川及び坂川の内水排除
2. 江戸川の都市用水の確保
3. 手賀沼等の水質浄化      の3つを目的としています。

利根川河口堰と共同運用する事により、河口堰によって貯められた水の一部を
北千葉導水路を通じて江戸川へ送水できるます。
すなわち、利根川下流部の水を埼玉県と東京都に送水することを可能にしています。


いつの間に、北千葉導水路でダムカードが発行されるとは.................
そもそも北千葉導水路がダム?

そんな疑問が頭によぎりますが、まぁ印旛沼だって、霞ヶ浦だって
ダムカードを発行しているし、
水量を調整して、洪水対策をしているわけだから
ダムの持つ機能の一つを担っているわけになる。
広義の意味で受け入れましょう(笑)。



北千葉導水路 北千葉楊排水機場前にて。

      20181105ダムカード01



こちらが、北千葉導水路管理事務所。

      20181105ダムカード08

こちらの2階でダムカードは配布されています。


2階から覗くことができた揚水機。

      20181105ダムカード09

いわゆるポンプです。

大型のポンプが何台も並んでいました。



ダムカード、ゲットしました。

      20181105ダムカード10


      20181105ダムカード11



ダムカードは手に入れたけれど、肝心の北千葉導水路を見ていない。
立ち入り禁止区画もあるけれど、行ける所まで行ってみましょう。

      20181105ダムカード02


      20181105ダムカード03


      20181105ダムカード04


      20181105ダムカード05



こちらが北千葉導水路のダムカード。

      20181105ダムカード03


      20181105ダムカード07


これで、また一枚だむのコレクションが増えました。

そうそう、千葉県内のダムカード、制覇していたんだけど
いつの間にか、この『北千葉導水路』と『三島ダム』のダムカードが発行されている。

三島ダムもダムカードを貰いに行かなくっちゃ!!。



2018/12/30 Sun. 20:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

月詣 《 富里香取神社 》 (2018年11月5日)(千葉県富里市) 

11月5日

毎月、月替わりの御朱印を出している富里香取神社。

今月も御朱印拝受の月詣に行って来ました。

自宅からは、車で20分くらい。
おそらく、道路が空いていれば10分ちょっとで行ける距離。
そんなに遠い場所でもない。

      20181105富里香取神社01



鳥居前にて。  

      20181105富里香取神社02
   



狛犬。

      20181105富里香取神社03


      20181105富里香取神社04



そして、拝殿。

      20181105富里香取神社05


      20181105富里香取神社06



別アングルからの拝殿。

      20181105富里香取神社08


そして、本殿。

      20181105富里香取神社07


    
今月もしっかりお詣りいたしました。  



こちらが、月替わりの御朱印。

      20181105富里香取神社09

霜月(11月)限定の御朱印になります。

師走の12月もお詣りに来ることにいたしましょう。








    
2018/12/30 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今週はコレ! 《 上海 》   (2018年11月5日) 

11月5日

毎週月曜日に着け替えている腕時計。
最近は、中国製の手巻き式腕時計好んで使用しています。

と言うことで、今週は こちら ↓

      20181105上海01


上海。

この上海ブランドの腕時計もこれで2本目。

前回の記事は  こちら



正式には、『上海 牌』

もちろん中国の有数の世界都市であり、
商業・金融・工業・交通などの中心地であり、
香港・北京と並ぶ中国最大の都市の一つである上海の事です。

その上海に存在した、国営(中国国産)腕時計のブランドでもある『上海 牌』。
(中国語で 牌 は、商標、マーク、ブランドを表す言葉です。)

1955年の創立で、国営企業「上海手表廠」として活動してきましたが
現在は、民間企業「上海新世紀表業有限公司」に改組となってしまったようです。

ちなみに、中国国内向けの各旧型機械式腕時計は、
平成7年(1995年)前後にいずれも生産中止となってしまったそうです。


文字盤には、19 ZUAN(19石)、FANG ZHEN(防震)の表記。


ベルトは金属の中にゴムが入っていて、伸びるタイプ。

      20181105上海02

この時期に作られた中国製の腕時計ではよくあるパターン。


意外に時計の取り外しが楽だったりする。

      20181105上海03



竜頭には『上海』の表記。

      20181105上海04



ケース裏蓋には、中央に大きく『上海』。

      20181105上海05

その周りには、『全鋼』、『防震』の文字。
そして 『71201203』はロットNo.か?
さらには、『FANG ZHEN』(防震の意味)
『SHANGHAI SHOUBIAO CHANG』(上海手表廠)

すなわち、『上海手表廠』と言う国営企業の工場で作られた
『19石』の『全鋼』で『防震』の腕時計と言うことになります。



それでは、腕に付けてみましょう。

      20181105上海06


      20181105上海07


オーソドックスなデザイン。
派手さは無いけれど、嫌いじゃない。

そんなこと言ってると、上海の時計がまた増えたりして..............(笑)。



2018/12/30 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩 《 神明山天祖神社 》 (2018年11月1日)(東京都大田区) 

11月1日  

この日は、遅番勤務の日。
12時出勤だから、出勤前に酉の市に行ったりして...............

大森鷲神社をあとにして、大森駅に向かったら
大森駅の反対側に神社があった。

せっかくだから、立ち寄ってみよう。

と言うことで、訪れたのは.............神明山天祖神社。


神明山天祖神社は、大田区山王に鎮座する神社です。

正式名称は、天祖神社ですが、通称として神明山天祖神社、
八景天祖神社と呼ばれているそうです

享保年間(1716~1735年)、当地の庄屋・年寄・百姓らが伊勢講を組織し、
皇大神宮で御分霊を受け祭祀したのが創建とされています。
当時は神明社と称され、別当は円能寺が務めたそうです。
神仏分離令にともない、明治5年に円能寺から分離し、
「神明山天祖神社」と改称したそうです。



御祭神は、天照大御神。



こちらが、社号標。

      20181101八景天祖神02


大森駅と社頭の間にある坂は八景坂と言うらしい。
八景天祖神社と言われる由縁もそこにある。

      20181101八景天祖神01



社殿へと続く石段。

      20181101八景天祖神03



石段を上がった先には拝殿。

      20181101八景天祖神04


  

参道の狛犬。

      20181101八景天祖神05


      20181101八景天祖神06


手水舎。

      20181101八景天祖神07


由緒書き。

      20181101八景天祖神08


拝殿正面。

      20181101八景天祖神09


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20181101八景天祖神10



別アングルからの拝殿。

      20181101八景天祖神11


      20181101八景天祖神12


拝殿正面に飾られた提灯。

      20181101八景天祖神19



拝殿前の天水桶。

      20181101八景天祖神13


こちらは、境内社の伏見稲荷社。

      20181101八景天祖神14

石段途中の斜面に鎮座していました。


伏見稲荷社の由緒書き。

      20181101八景天祖神15


こちらは、八景の碑。

      20181101八景天祖神16


その説明板。

      20181101八景天祖神17



境内の力石。

      20181101八景天祖神18


こちらは神楽殿。

      20181101八景天祖神20


以前は御朱印も拝受されていたようですが
現在は、拝受されていないようです。

      20181101八景天祖神21

近年の御朱印ブームで訪れる人が多いのでしょうか?
閉まっている社務所に貼り紙がありました。


でも、神社に営業日って?
ちょっと違和感を感じてしまうなぁ。
     





2018/12/29 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り...................大森 鷲神社 (2018年11月1日)(東京都大田区) 

11月1日

この日は、酉の日、一の酉。
仕事は遅番の12時勤務。

出勤前のひと仕事(?)。
朝早くから酉の市のはしご。
この日限定の御朱印を拝受するために
目黒から大森へと移動します。

向かった先は..............大森鷲神社。


大森鷲神社は、大田区大森北に鎮座する神社です。

鷲神社は日本武尊を祀り、江戸中期より武運開運商売繁盛の神として
多くの人々の信仰を集めています。
毎年11月の酉の日には、祭礼(酉の市)が行われます。
お守札を結んだ縁起の熊手はこれを求めた人に賊宝をもたらし、
供に添えられた稲の穂は五穀豊穣の恵みにあづかると言われています。

御祭神は、日本武尊。


大森駅からしばらく歩くと、やがてアーケードのある商店街。
この掌底街には既に多くの屋台が並んでいる。

屋台の並びに導かれるように歩いていけば
やがて鷲神社に辿り着きます。

こちらが社号標。

      20181101大森凰鷲神社01



鳥居。

      20181101大森凰鷲神社02


鳥居に掲げられた神額。

      20181101大森凰鷲神社03



こちらは、取りに飾られた提灯。

      20181101大森凰鷲神社04



そんなに敷地も広くはなく、神社そのものも大きくはない。

      20181101大森凰鷲神社05



こちらが、拝殿。

      20181101大森凰鷲神社06


拝殿正面。

      20181101大森凰鷲神社07


参拝客が多く、参拝するにも順番待ち。

      20181101大森凰鷲神社08


      20181101大森凰鷲神社09


      20181101大森凰鷲神社10


何とか参拝もできました。

  

こちらが、神楽殿。

    20181101大森凰鷲神社11


所狭しと飾られた奉納提灯。

      20181101大森凰鷲神社12

その奥は社務所のようですが、本日は閉められています。


こちらの鷲神社も酉の市。
縁起物の熊手が売られています。

      20181101大森凰鷲神社13


      20181101大森凰鷲神社14


      20181101大森凰鷲神社15


熊手の売り手も気合が入っている。

      20181101大森凰鷲神社16



何やら、人の列。

      20181101大森凰鷲神社17



実はこれ、御朱印の順番待ち。

      20181101大森凰鷲神社18


こちらでは、御朱印帳に一つずつ墨書き。

      20181101大森凰鷲神社19

最初は書き手が一人でしたが、その内に一人追加。



10分ほど待って、やっと私の番。

      20181101大森凰鷲神社20



こちらが、拝受した御朱印。

      20181101大森凰鷲神社21

惚れ惚れするような達筆。


大森鷲神社の御朱印も酉の市日限定。
普段は無人の神社なので御朱印は拝受されていないようです。

こちらも無事に拝受できて大満足です。



2018/12/29 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩・御朱印巡り...................目黒大鳥神社 (2018年11月1日)(東京都目黒区) 

11月1日

この日は、酉の日。
よく言う一の酉。

この日は遅番勤務。
酉の日の遅番だから、午前中の空いてる時間を使って
酉の市にお詣りに行ってきましょう。


東京都内でメジャーな酉の市は、浅草の鷲神社。
新宿の花園神社の名前はよく聞くけれど
敢えて、そちらはパス。

逆に、酉の市の日にしか御朱印を発行しない神社へと行ってきました。
向かった先は..................目黒大鳥神社。


目黒大鳥神社は、目黒区下目黒に鎮座する神社です。


社伝によれば、景行天皇の時代に当地に国常立尊を祀った社があり、
日本武尊が東夷平定の折に当社に立ち寄って祈願した。
その後、日本武尊の霊が白鳥として当地に舞い降り鳥明神として祀られ、
大同元年(806年)に社殿が完成したということです。
大鳥神社では、この時を創建の年としているそうです。


御祭神は、日本武尊。


目黒駅から山手通りに向かって権之助坂を下っていきます。
目黒通りの街路灯には酉の市の案内。

      20181101目黒大鳥神社01


目黒通りと山手通りの交差点。
その名もズバリ、大鳥神社交差点。

      20181101目黒大鳥神社02



提灯が並び、酉の市の雰囲気は満載。

      20181101目黒大鳥神社03



こちらが、社号標。

      20181101目黒大鳥神社04


山手通りに面した鳥居。

      20181101目黒大鳥神社05

社殿正面になるから、こちらが表参道になるにでしょう。



鳥居脇に吊るされた提灯。

      20181101目黒大鳥神社06


鳥居の側には由緒書き。

      20181101目黒大鳥神社07



こちらが拝殿。

      20181101目黒大鳥神社08

午前9時前だけど、参拝者が多い。
さすが酉の市。



拝殿正面。

      20181101目黒大鳥神社09


      20181101目黒大鳥神社10



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20181101目黒大鳥神社11

なぜか、ピンぼけ。
写真の腕はまだまだ未熟です。


別アングルからの拝殿。

      20181101目黒大鳥神社12


      20181101目黒大鳥神社13



そして、こちらが本殿。

      20181101目黒大鳥神社14



拝殿脇の境内社。

      20181101目黒大鳥神社15


その近くには石庚申塔が建ち並ぶ。

      20181101目黒大鳥神社16



拝殿前には、目黒区教育委員会が設置した大鳥神社の説明板。

      20181101目黒大鳥神社17


酉の市と言えば、熊手。
こちらの大鳥神社でも大小の熊手が縁起物として売られている。

      20181101目黒大鳥神社18


      20181101目黒大鳥神社19


      20181101目黒大鳥神社20



熊手を眺めながら進んでいくと、目黒通り側の鳥居。

      20181101目黒大鳥神社21

こちらの参道が酉の市の熊手が並ぶエリアとなっています。




こちらが、大鳥神社の御朱印。

      20181101目黒大鳥神社22

書き置き対応ですが、酉の市の日にか拝受されない貴重品。


お目当ての御朱印もゲットできたので、
目黒駅に向かう上り坂も足取りが軽く感じられました。





2018/12/28 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて.................小田倉小学校台上分校 (2018年10月30日)(福島県西白河郡西郷村) 

10月30日

1泊2日の福島旅行。
2日目のこの日は、西郷村の廃校巡り。

かつて、西郷村には6つの分校があり、いずれも廃校となってしまいました。
今回、その6つの分校跡を巡っています。

そのオーラス、第6弾は..............西郷村立小田倉小学校台上分校。


台上分校は、

昭和34年開校。
昭和40年に本校に統合されて廃校となる。

と、たった6年間しか開校していなかった分校になります。



正直、この場所はわかりませんでした。
今回だけは、分校名の『台上』をヒントに色々と探して見ましたが
随分と見当違いな場所にあたりを付けていたようです。

広い道を走ってのアプローチですが、
山の中を延々と4kmほど走った場所。
まさか。、こんな所だとは思いもしなっかた場所でした。
西郷村の村役場の税務課の方に教えてもらわなければ、
辿り着かなかったでしょう。

廃校跡は、『伯母沢コミュニティセンター』という、
思いもつかない地名の地域の集会所でした。

      20181030台上分校01



こちらが、コミュニティセンター。

      20181030台上分校02

廃校から既に、53年。
当然、当時の校舎ではなく跡地に建てられた物。



こちらが、かつての校庭?

      20181030台上分校03



広い。

      20181030台上分校04



本当に校庭だったのか?
って言うか、本当に廃校跡?

      20181030台上分校05


こちらの木の根元に何かある?

      20181030台上分校06



生い茂った雑草を掻き分けて、覗いてみると
そこには碑が在りました。

      20181030台上分校08



碑文を見ると、『台上分校跡記念碑』と刻まれている。

      20181030台上分校07


   
裏面には、たった2行であるけれど
その沿革が刻まれている。 

      20181030台上分校09


紛れもなく、この地は台上分校跡地。


たった6年間しか存在しなかった分校跡だから
正直言って、碑以外の学校遺構は全くない。

でも、何とか台上分校に辿り着けただけでも良しとしよう。


2018/12/28 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて.................小田倉小学校一の又分校 (2018年10月30日)(福島県西白河郡西郷村) 

10月30日

1泊2日の福島旅行。
その2日目は西郷村の廃校巡りです。


西郷村の廃校巡り、その第5弾は.............西郷村立小田倉小学校一の又分校。


一の又分校は、

終戦後の混乱期の昭和21年、仮校舎で授業を開始。

昭和22年     学制改革により、西郷村立小田倉小学校一の又分校として開校。
昭和46年     本校に統合されて廃校となる。

と、このような沿革となっています。



こちらが、正門跡。

      20181030一の又分校01


こちらも、現在は地域の集会所施設となっています。

      20181030一の又分校02


      20181030一の又分校03


  

敷地奥に、分校跡の記念碑。

      20181030一の又分校04


      20181030一の又分校05



敷地の隅に残された遊具類。

      20181030一の又分校06


      20181030一の又分校07


      20181030一の又分校08



そして、別な一角には火の見櫓と、消防倉庫。

      20181030一の又分校09


      20181030一の又分校10

地方の廃校跡地でよく見かける光景です。

たった20数年間の学校でしたが、
西郷村の一の又地区の入植者の歴史でもあるでしょう。
この20数年間は、入植者の厳しい戦いの歴史でもあったのでしょう。







2018/12/27 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて.................熊倉小学校追原分校 (2018年10月30日)(福島県西白河郡西郷村) 

10月30日

1泊2日の福島旅行。
その2日目は西郷村の廃校巡り。

その第4弾は...............西郷村立熊倉小学校追原分校。



追原分校は、

明治34年    西郷第一尋常小学校追原分教場として設立される。
昭和22年    学制改革により西郷村立熊倉小学校追原分校と改称する。
昭和37年    本校に統合されて廃校となる。


と、このような沿革となっています。



こちらも、他の廃校と同じように大字の『追原』を頼りに
追原地区の公民館等の施設にあたりをつけます。
こちらも見事に大当たり。


こちらが、追原分校の正門跡。

      20181030追原分校01


門柱は昭和5年製。

      20181030追原分校02


現在は『追原コミュニティセンター』となった追原分校。
明らかに、学校跡に見える景観。

      20181030追原分校03


      20181030追原分校04



こちらも昭和37年の廃校。
既に57年の月日が流れている。

当然、後者は解体され、現在はコミュニティセンターの建物が建つ。

      20181030追原分校05


      20181030追原分校06



プールの前にポツンと建つ碑。

      20181030追原分校07



追原分校跡の碑です。

      20181030追原分校08


裏面には簡素な沿革が記されています。

      20181030追原分校09



とても57年前のものには見えないプール。

      20181030追原分校10

きっと、地域のプールとしてコミュニティセンターに作られたのでしょう。



二宮像も無く、遊具も残っていなくてポツンと碑だけが残っている。

      20181030追原分校11



フェンス沿いの桜の木。

      20181030追原分校13



敷地内の消防倉庫。

      20181030追原分校13

これも廃校のお約束事(?)のようにも感じてしまう。



分校と言う割には、ちょっぴり敷地も広く、
ヘタ な山村の小学校より大きかったのかもしれない追原分校でした。




2018/12/27 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて.................熊倉小学校鶴生分校 (2018年10月30日)(福島県西白河郡西郷村) 

10月30日

1泊2日の福島旅行。
その2日目は、西郷村巡りです。

西郷村の廃校巡り、その第3弾は...............西郷村立熊倉小学校鶴生分校。


鶴生分校は、

明治14年    鶴生村に真船小学校鶴生分教場が設立される。
明治15年    中等科真船小学校鶴生分教場と改称する。
明治16年    真船小学校から独立して鶴生小学校と改称する。
明治20年    鶴生簡易小学校改称する。
明治22年    米村、長坂村、柏野村、羽太村、熊倉村、鶴生村、真船村、
         小田倉村が合併して西郷村が誕生する。
         合併を機に、熊倉に西郷尋常簡易小学校を設立。
         西郷尋常簡易小学校鶴生分教場となる。
明治26年    西郷尋常小学校鶴生分教場と改称する。
明治34年    西郷第一尋常小学校鶴生分教場と改称する。
昭和22年    学制改革により西郷村立熊倉小学校鶴生分校と改称する。
昭和37年    本校に統合されて廃校となる。

と、このような沿革となっています。


こちらも事前に大字の『鶴生』を頼りに、鶴生地区の公民館等の施設を
Google MAPで調べ上げ、あたりを付けていましたが
役場の人の説明で確信。見事に的中(?)です。


鶴生分校の正門前。

      20181030鶴生分校01


門柱は残っているけれど、表札は外されている。

      20181030鶴生分校02


      20181030鶴生分校03



こちらも、昭和37年はいこうと、すでに57年の月日が流れている。
当然、校舎は既に解体され、新しい施設の建物がたてられている。

      20181030鶴生分校04



その建物の前に嬉しい物が....................

      20181030鶴生分校05

二宮像と学校跡碑です。



こちらが、二宮像。

      20181030鶴生分校06


      20181030鶴生分校07



こちらが、学校跡碑。

      20181030鶴生分校08

確かに、一時期独立していて、鶴生小学校ではあったが
その歴史の多くは鶴生分校だったはず。
鶴生小学校するのは、地元のこだわりなんだろうか?


裏面には、沿革も刻まれているが、かなり風化している。

      20181030鶴生分校09




敷地内に残る遊具。

      20181030鶴生分校10


      20181030鶴生分校11


その遊具で遊ぶ、遥か昔は小学生だった もっちゃん 。

      20181030鶴生分校12



明治新政府になって、教育令により急遽、各村単位で学校が開設されました。
その多くは、神社やお寺の境内や建物を仮校舎にして開設されてきました。

こちらの分校も敷地内に神社があるということは
神社の敷地に学校が出来たのだろうか?

      20181030鶴生分校13


      20181030鶴生分校14



敷地の片隅には桜の木。
きっと分校時代からこの場所にあるのでしょう。

      20181030鶴生分校15


廃校から57年。
当時と変わらず、桜の季節には見事な花を咲かせているのでしょう。




2018/12/26 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて.................熊倉小学校真船分校 (2018年10月30日)(福島県西白河郡西郷村) 

10月30日

1泊2日の福島旅行。
その2日目は、西郷村を巡ります。


西郷村の廃校巡り、その第2弾は..............西郷村立熊倉小学校真船分校



真船分校は、

明治8年     真船村に真船小学校が創設される。
明治15年     中等科真船小学校と改称する。
明治20年     鶴生簡易小学校真船分教場となる。
明治22年    米村、長坂村、柏野村、羽太村、熊倉村、鶴生村、真船村、
         小田倉村が合併して西郷村が誕生する。
         合併を機に、熊倉に西郷尋常簡易小学校を設立。
         西郷尋常簡易小学校真船分教場となる。
明治26年    西郷尋常小学校真船分教場と改称する。
明治34年    西郷第一尋常小学校真船分教場と改称する。
昭和22年    学制改革により西郷村立熊倉小学校真船分校と改称する。
昭和37年    本校に統合されて廃校となる。

と、このような沿革となっています。


とにかく、廃校は昭和37年と今から56年前。
ネットで調べても、詳しい場所は分からない。

大字の『真船』を頼りに、真船地区の公民館等の施設をGoogle MAPで探していて、
目星を付けていた『真船コミュニティセンター』。
村役場の方からも、そちらだと教わり、辿り着けました。



かつての校門跡でしょうか?

      20181030真船分校01



何も無い更地。
こちらは、校庭跡になるのか?

      20181030真船分校02


      20181030真船分校03



コミュニティセンターの建物は一段高い場所に建っている。

      20181030真船分校04


      20181030真船分校09



かつての校舎も、こんな感じで建っていたのだろうか?
57年前に廃校だから、往時の校舎は既に在りません。

      20181030真船分校08






校庭(?)隅に何かの碑。

      20181030真船分校05



廃校記念碑だと思い、喜びながら近寄ってみたら..............

      20181030真船分校06



地区改良の記念碑でした。

      20181030真船分校07

考えてみれば、この真船の地区に戦後の食料不足を補うために
多くの人が入植してきたと言われています。
多くの人たちの苦労があり、それが実って現在の西郷村の基盤があるのでしょう。。


  
残念ながら、学校跡を示す遺構が全く残っていない。
校門の門柱、二宮像、廃校記念碑、遊具類などが無い。

ちょっぴり残念だなぁ。




2018/12/26 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

マンホールカードを集めよう! 福島県・西郷村 (2018年10月30日)(福島県西会津郡西郷村) 

10月30日

1泊2日の福島旅行。
その2日目は、西郷村を巡ります。


西郷村では、今年(2018年)の4月28日にマンホールカードが発行されました。
マンホールカードのコレクターとしては、西郷村に居て素通りは出来ません。

という事で、マンホールカードを入手しに出かけます。

向かった先は...................まるごと西郷館。


地元の産直品の販売所。
いわば、道の駅のような施設です。

      20181030マンホールカード西郷01


地元産の野菜が豊富。

      20181030マンホールカード西郷02


      20181030マンホールカード西郷03



こちらのレジでマンホールカードを配布しています。

マンホールカード、ゲットです。




では、カードのモデルになったカラーマンホール蓋は................


歩いて数秒。
同じ敷地内の歩道に設置されていました。

      20181030マンホールカード西郷04



カラーマンホール と びいすけ 。

      20181030マンホールカード西郷05



カラーマンホール と びいすけ と マンホールカード。

      20181030マンホールカード西郷06



こちらが、にしごうむらのマンホールカード。

      20181030マンホールカード西郷07


      20181030マンホールカード西郷08


村の木「カシワ」、村の鳥「キジ」、そして那須連峰がデザインされています。

カシワは新芽が出るまで一部の葉が枯れたまま落葉せずに残る様子が、
「代が続いて子孫繁栄」に通じるとして縁起の良い木とされています。
また、キジは日本の国鳥であり、古代から詩歌や民話などに登場し、人びとに親しまれてきました。

カシワの木々とキジの合間に、西郷村から望む雄大な那須の峰々が描かれ、
「さわやか高原都市」の名の通り豊かな自然を感じさせるデザインであり、
中央の村章は西郷の「に」の字を図案化したもので、
限りない前進をスクリューの形で表現してい流そうです。



じつは、こちらの配布場所に来る前に、
配布場所を勘違いして村役場に行ってしまいました。
場所が違うことに教えられて気付きましたが、
ついでだからと、場所の分からない分校の事を尋ねたら
なぜか、税務課の方が対応してくれて、完璧にその場所を教えてくれました。
この後に訪れる廃校探しに多いに役立ちました。

間違えて村役場に行ったことが、却って好結果になったようです。







2018/12/25 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

雪割橋 (2018年10月30日)(福島県西会津郡西郷村立) 

10月30日

1泊2日の福島旅行。
2日目は西郷町を巡ります。

堀川ダムをあとにして、向かった先は.................雪割橋。


雪割橋は、西郷村西部の山間部にて一級河川阿武隈川の源流部に架かる道路橋で、
西郷村市街地と由井ヶ原地区を結ぶ唯一の通行経路です。

戦後の食料増産のため国鉄食糧増産本部の直轄農場として由井ヶ原地区の開拓が始まり、
入植や資材運搬のために雪割渓谷を渡河する必要がありました。
当初は深い渓谷に縄梯子を架けて命がけで川を渡っていたそうです。

昭和21年に初代雪割橋が架橋されました。
それは、全長81m、幅員約90cmの吊橋でした。

現在の橋は4代目になり、昭和32年に架橋されたものです。

グランドキャニオンのように深くえぐられた雪割渓谷をまたぐ雪割橋は、
谷底からの高さが約50mあり、紅葉の名所としても 有名らしい。




雪割橋の説明板。

       20181030雪割橋01



こちらが、雪割橋。

      20181030雪割橋02

車が何台も走っていくが、橋幅が狭くて危なっかしい。
とにかく、昭和32年に架けられた橋だから、老朽化は否めない。


実は現在、すぐ隣に新しい橋を建設中。

      20181030雪割橋03

平成32年度って、平成は今年で終わりじゃん。
2020年度に完成予定らしい。


      20181030雪割橋04

平成32年度に完成予定って...................

平成は今年で終わりじゃん。
2020年度に完成予定らしい。



橋から眺めた上流側。

      20181030雪割橋05


橋を渡った先には、こんな碑が建っている。

      20181030雪割橋06

熊供養塔。


104頭の熊の供養塔という事らしい。
この辺りは熊がいっぱい出たんですね。



再びはしにもどり、今度は下流側を眺めます。
      
      20181030雪割橋07



柱状節理の発達した絶壁と紅葉の見事な調和。

      20181030雪割橋08

これが雪割橋の景勝地と言われる由縁でしょう。



50m下の眼下を眺めてみます。

      20181030雪割橋09

ちょっぴり怖い。


なぜか、真似をして(?)下を覗き込む びいすけ 。

      20181030雪割橋10

危ないよ〜! って言うか落っこっちゃうよ。


良い子は決して真似しないで下さいね。


2018/12/25 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ダムカードを集めよう! 《 堀川ダム 》 (2018年10月30日)(福島県西会津郡西郷村) 

10月30日  


1泊2日の福島旅行。
その2日目は西郷村を巡ります。


真名子分校をあとにして、向かった先は....................堀川ダム。


堀川ダムは、福島県西白河郡西郷村真船流れる一級河川阿武隈川水系の堀川に建設されたダムです。

堀川総合開発事業の一環として、洪水調節・河川維持・上水道を目的に
1982年に工事着工、2000年に竣工したロックフィルダムです。

そして、ダムカードを配布しているダムです。
ダムカードコレクターとしては
ダムカードを配布しているダムがあれば、見逃す手はありません。


ちょっぴり道に悩み、とんでもない所に辿り着いたりしましたが
何とか、堀川ダムに到着。

管理事務所の前に駐車場も完備され、車の置き場所に悩む問題はありません。

駐車場の先に、堀川ダムの説明板。

      20181030堀川ダム01

西郷村やお隣の白河市の小学生の社会科見学も多く
こう言った案内板も設置されているんでしょう。



ダム提体
典型的なロックフィルダム。

      20181030堀川ダム18

ロックフィルダムの場合、単なる斜面にしか見えなくもない。


ダム上流側。

      20181030堀川ダム03

ダム湖の名称は不明。


ダム天端は、車両通行止め。

      20181030堀川ダム04

歩行者のみが楽しめる、まるで散策路。


  
ダム下流側。

      20181030堀川ダム05

ススキの穂が秋をしみじみと感じさせてくれます。


ダム湖の奥には紅葉の山。

      20181030堀川ダム06


      20181030堀川ダム10



紅葉とダム湖。

      20181030堀川ダム11

やっぱり、この時期のダムは見応えがある。


ダム1次側の取水口。

      20181030堀川ダム09


ダム2次側の放水口。

      20181030堀川ダム08


  


  
周辺にも色々と見所があるようです。    

      20181030堀川ダム12



こちらが、堀川ダム管理事務所。

      20181030堀川ダム13



ダムカードはこちらで配布しています。
ただし、配布方法がユニークです。

      20181030堀川ダム14

詳しくは、現地の貼り紙で確認を........................



堀川ダムのダムカード、ゲットしました。

      20181030堀川ダム15



こちらが、堀川ダムのダムカード。

      20181030堀川ダム16


      20181030堀川ダム17


また1枚、福島県のダムカードのコレクションが増えました。



2018/12/24 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて.................羽太小学校真名子分校 (2018年10月30日)(福島県西白河郡西郷村) 

10月30日

1泊2日の福島旅行。
その2日目は西郷村を巡ります。

西郷村には、かつて6つの分校が在りました。
今回、その6つの
分校を巡るのも、この旅行の一つの目的でした。

西郷村の廃校巡り、その第1弾は、...............西郷村立羽太小学校真名子分校。

真名子分校は............

明治39年      西郷第四尋常小学校(後の羽太小学校)に真名子季節分校が開設される。
明治42年      西郷第四尋常小学校真名子分教場としてかいせつされる。
昭和22年      学制改革により、西郷村立羽太小学校真名子分校と改称する。
昭和46年      本校に統合されて廃校となる。

詳しい沿革は分かりませんが、概略はこのような沿革となっているようです。




福島交通の真名子バス停。

      20181030真名子分校01


このバス停前に、真名子公民館。
この公民館のある場所が、真名子分校の跡です。


かつての校門跡。

      20181030真名子分校02



敷地には真名子公民館。

      20181030真名子分校03

廃校後に建て替えられたものにようです。


敷地の一角に記念碑。

      20181030真名子分校04


記念碑も裏には沿革が刻まれているけれど
かなり風化していて読みづらい。

      20181030真名子分校05

って言うじか。判読は難しい。



門柱も無いし、二宮像もない。
遊具も無く、学校跡地の記念碑だけが
この場所が分校跡だと認識させてくれる。


この木も分校当時からの木だろう。

        20181030真名子分校06
      20181030真名子分校07


この木によじ登って遊んだ、ヤンチャな子供もいたのだろうか....................?






2018/12/24 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

本日のお泊り@エンゼルフォレスト那須白河 (2018年10月29日〜30日)(福島県岩瀬郡天栄村) 

10月29日

1泊2日の福島旅行。


会津若松市かこの日の宿泊先へと移動します。

会津若松市からは車で1時間ほどの天栄村へと向かいます。


本日の宿泊先には、17時に到着。
10月も末になると、陽もかなり短くなってくる。

     20181029エンゼルフォレスト17



さて、宿泊先ですが..............このドームを見れば、一目瞭然。

エンゼルフォレスト那須白川。( 旧レッジーナ羽鳥湖 )

      20181029エンゼルフォレスト01

数年前に初めて泊まって、お気に入りの宿になりました。


今回で3回目。
今回の部屋は、レストハウス近くの245号室。

      20181029エンゼルフォレスト02


ピンぼけですが、室内。

      20181029エンゼルフォレスト03



      20181029エンゼルフォレスト04


必ず、ベッドに飛び乗るから、ベッドカバーを持参。
すぐさまベッドに掛けて、さあ どうぞ。!

      20181029エンゼルフォレスト05



この日も朝早くから動き回っていたから
びいすけ もそのうち、昼寝モードになるでしょう。

      20181029エンゼルフォレスト06



その隙に、お風呂に入っちゃいます。

      20181029エンゼルフォレスト47



  羽鳥湖温泉、じっくり堪能しました。

      20181029エンゼルフォレスト07



時刻は18時。

夕食の時間です。
レストハウスへ移動します。


テーブルに着くや否や、晩御飯が待ちきれない びいすけ 。
『早く、くれ〜!!』と言わんばかりの びいすけ 。

      20181029エンゼルフォレスト08


はいはい、分かりましたよ。


びいすけ の晩御飯です。

      20181029エンゼルフォレスト09

このエンゼルフォレストの気に入っているところは食事にあります。
人間はブッフェ方式で食べ放題ですが
ワンちゃん用も数種類のフードが食べ放題。


さぁ、遠慮なく食べなさい!!

      20181029エンゼルフォレスト10


      20181029エンゼルフォレスト11


      20181029エンゼルフォレスト12


びいすけがご飯を食べている間に人間も交代でよそってきます。


マグロの刺身に甘エビ、そしてステーキ。

      20181029エンゼルフォレスト13


お供は、コレです。

      20181029エンゼルフォレスト14


オプションの90分飲み放題、しっかり堪能しました。

      

朝も早かったし、風呂上がりだし、しこたま酔っ払ったから
この日は、早々にダウン、
おそらく21時過ぎには爆睡していたみたいです。



翌30日。 

二度寝、三度寝を繰り返し、外が明るくなるのを待ちます。

明るくなったところで、朝の散歩に行きましょう。

      20181029エンゼルフォレスト15


クンクンクンと匂い嗅ぎ。
   
      20181029エンゼルフォレスト16


びいすけ の朝は、散歩のオシッコから始まると言っても過言では無い。


    
10月末の福島の夜明けは、肌寒い。
気温もぐっと冷えるのか?

人工池からも水蒸気が上がっている。

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朝から、テンションの高い びいすけ 。
やたらとリードを引っ張って先に行こうとしています。

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池の前の芝生では絶好調。

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やたらと匂いを嗅ぎ回っています。

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朝の散歩を終え、朝御飯までは、また二度寝?

びいすけ 外が気になるようです。

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そして、8時になったら、朝食の時間。
レストハウスで朝食もバイキング。

人間より先に、まずは、 びいすけ の朝御飯から。

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こちらも、わんこ用の食べ放題のフードからセレクト。

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さぁ、食べなさい!!。

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朝御飯に貪りつく びいすけ 。

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人間だって負けません。

食べ放題で、おかわり自由。
まずは、洋食バージョン。

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そして、和食バージョン。

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食べ放題っていう言葉は魔法の言葉。
ついつい、食べ過ぎちゃいます(笑)。


チェックアウトまで時間があるから、
敷地内の散歩と洒落込みましょう。

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紅葉はまさにピーク。
見ごろですね。

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ドッグウォークに入りましょう。

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枯葉をカサカサと音を立てて歩く びいすけ 。

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昔から、枯葉の上を歩くのが好きなんだよなぁ。



ドッグウォークから。エンゼルフォレストのランドマークでもある池の周りを
ぐるっと散歩します。

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この季節なら問題ないけれど
夏の時期はご用心。

池の周りにブヨみたいな小さな羽虫がいっぱいて
それに刺されると、とんでもないことになります。
数日後に痒くて痒くて堪らなくなります。



池のほとりで、はいポーズ!。

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顔出しパネルにも挑戦です。

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レストハウスの前で日付入りの記念写真。

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多少の雲はあるけれど、秋晴れの良い1日になりそうです。

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荷造りも終えてチェックアウト。

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今日は、羽鳥高原から下った西郷村を巡りましょう。
2日目の行動開始。

出発進行!!


2018/12/23 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

足湯に入ろう! 《 東山温泉・足湯処 》 (2018年10月29日)(福島県会津若松市)  

10月29日

1泊2日の福島旅行。
初日は会津若松市をめぐります。

東山ダムをあとにして、向かった先は................東山温泉。


東山温泉は、天平年間に行基によって開湯されたと伝えられています。
伝承によれば、三本足の烏に導かれて発見したということです。
江戸時代には会津藩の湯治場として栄え、会津若松の奥座敷として発展しました。

会津民謡に登場する小原庄助ゆかりの温泉とされています。
また、新撰組副隊長・土方歳三が戦傷を癒した湯としても知れ渡っています。

東山温泉と言えば、会津若松市の奥座敷。
いや、奥座敷と言うほど、市街地から離れているわけでは無い。
鶴ヶ城から南東に約3km、湯川沿いにあり、湯量は毎分1,500リットル。
市街地から簡単にアクセスできる温泉街。

せっかく温泉街に立ち寄ったのだから、ひとっ風呂と行きたいところですが
びいすけ と一緒だから、温泉は無理。
ならば、せめて足湯にでも浸かりましょう。


東山温泉の足湯処へ向かいます。

      20181029東山温泉 足湯処01


      20181029東山温泉 足湯処02


足湯処 の案内板。

      20181029東山温泉 足湯処03

なぜか、思いっきりピンぼけ。


一度に10人くらい入れる足湯が両サイドに2面。

      20181029東山温泉 足湯処04


      20181029東山温泉 足湯処06



右側行くほどぬるくなっている。

      20181029東山温泉 足湯処05


      
真ん中辺りで足湯につかります。

      20181029東山温泉 足湯処07



これ以上は近寄れないように びいすけ を固定して
ゆったりと足湯につかります。

      20181029東山温泉 足湯処08



朝から、結構動き回っているから足湯が心地良い。

      20181029東山温泉 足湯処09



訪れた人が自由に記帳できるノートが置いてありました。
ちょっぴり覗いて見ましょう。

      20181029東山温泉 足湯処10


新撰組の土方歳三も戊辰戦争で傷ついた体を癒したと言われている。
なぜかm、土方歳三のイラスト多い。
そして、良く特徴を捉えている。

皆さん、絵心がありますね。

      20181029東山温泉 足湯処11



なんて、思っていたら................

何と、川向うのホテルの壁面に、土方歳三が居た!!(笑)。

      20181029東山温泉 足湯処12


      20181029東山温泉 足湯処13


思わず爆笑。
心も癒されました。



2018/12/23 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit