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び・び・びのびいすけ

八雲神社 (2018年9月23日)(千葉県富津市) 

9月23日

この日は、房総半島の富津市に出かけました。


八幡分校をあとにして、向かった先は...............八雲神社。



八雲神社は、富津市岩坂に鎮座する神社です。

八雲神社の歴史は古く、景行天皇40年(110年)、日本武尊が東征の折、
この地に神籬磐境を立てて、『素盞鳴命』を祀ったそうです。

のちの景行天皇53年(123年)に、景行天皇が東国巡幸の際に、
この地に素盞鳴命を祭神とした社殿を造営し、八雲大神の神号を与え、
磐鹿六葛命に命じて祭祀を行わせ、天羽郡総鎮守と称したとされています。

時は流れ中世になると、源氏、上杉氏、真里谷武田氏、里見氏などの崇敬を受けたとされています。


御祭神は、素盞鳴命、奇稲田姫命、大巳貴命。



こちらが、八雲神社の社号標。

       20180923八雲神社01


ここから参道が始まります。

      20180923八雲神社02


社号標の先には鳥居。

      20180923八雲神社03


鳥居の先は石段。

      20180923八雲神社04


石段を上がれば、手水舎。

      20180923八雲神社05


社殿が見えてきました。

      20180923八雲神社06


石段の先には狛犬。

      20180923八雲神社07


      20180923八雲神社08



こちらが、拝殿。

      20180923八雲神社09


拝殿正面。

      20180923八雲神社10


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180923八雲神社11


拝殿正面の提灯。

      20180923八雲神社12


別アングルからの拝殿。

      20180923八雲神社13


      20180923八雲神社14


拝殿廊下の欄干には、絵馬が飾られています。

      20180923八雲神社15


そして、こちらが本殿。

      20180923八雲神社16


本殿裏手の参道口。

      20180923八雲神社17


鳥居の先には小さな祠が並ぶ。

      20180923八雲神社18


境内にある立て看板。

      20180923八雲神社19


この八雲神社の境内には東照宮が在ります。

      20180923八雲神社20

佐貫城も近いし、里見氏の崇拝も受けたと言うこともあるのに
家康公とは、ちょっと驚き。
この地では珍しいんじゃないのかなぁ?


こちらは、御神木のようですが管理はイマイチのような気がします。

      20180923八雲神社21


こちらは、社務所。

      20180923八雲神社22

普段は無人の社務所。
当然、閉まってます。

宮司さんと連絡を取ってみると、
この日は埼玉県に出かけているとの事で
御朱印は拝受することは出来ませんでした。

まあ、世の中3連休だし、
宮司さんも人の子。
連休で出かける用事もあるでしょう。

と、言いながらも富津市の神社の御朱印、連続して空振り。
ちょっとだけ残念です。






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2018/10/31 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............天神山小学校八幡分校 (2018年9月23日)(千葉県富津市) 

9月23日

この日は、房総半島の富津市に出かけました。


富津市には、Wikipediaにも記載されていない廃校があります。
(正式には、廃校跡になりますが...............)

旧・富津町立佐貫小学校八幡分校と言う小学校の分校でした。

でも詳しい情報はネットでも確認出来ず、
その場所さえ分からない状態でした。
唯一の手掛かりは、八幡と言う地名。
明治期の八幡村、おそらく鶴峯八幡神社があるから八幡村ということになったのでは?
勝手な予想と推理。

鶴峯八幡神社の前で、地元の御老人に尋ねたら
大正解。意外に簡単に探し当てる事が出来ました。



八幡分校の詳しい沿革は分かりませんが
本校である佐貫小学校のHPの沿革を見ると、

明治6年   八幡村に小学校が設立される。

とあります。この小学校が八幡分校の始まりだと思われます。
幾多の町村合併をへて、変遷し
いつの時代に佐貫小学校の分校になったのかは不明ですが.........

昭和46年   本校に統合されて廃校となる   

と言った沿革になるようです。


鶴峯八幡神社から徒歩わずか。
一目で廃校跡だと分かる空き地がありました。

こちらが、かつての正門。

      20180923八幡分校01



門柱には、『鶴峯八幡宮 駐車場』(鶴峯八幡神社)の看板。

      20180923八幡分校02


コンクリート製の門柱。

      20180923八幡分校03

おそらく、昭和の初期あたりに作られた門柱でしょう。


門柱の裏には寄贈者の名が刻まれています。

      20180923八幡分校04

おそらく、当時の地元の有力者だったんでしょう。


昭和46年に廃校。
今から47年前の事だから、校舎は既に解体済み。

      20180923八幡分校05


何もない更地。
チェーンが掛けられて、普段は勝手に乗り入れ出来ませんが
鶴峯八幡神社の臨時の駐車場として利用されているようです。

      20180923八幡分校06


廃校記念碑や二宮像も、子供たちが遊んだ遊具もない。

      20180923八幡分校07



本当に学校遺構らしきモノが校庭には残されていない。

      20180923八幡分校08



敷地の片隅には、古井戸。

      20180923八幡分校09

分校時に使われていたモノだろうか?



門柱脇の楠の木。

      20180923八幡分校10

幹周りを見れば、それなりに立派だが
上部を伐採されて、見る影もない。
きっと、かつてのシンボルツリーだったと思うんだけど。


この場所を見て、かつての分校跡だと気付く人は何人いるのだろうか...............?






2018/10/30 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

鶴峯八幡神社 (2018年9月23日)(千葉県富津市) 

9月23日

この日は、房総半島の富津市に出かけました。

佐貫日枝神社をあとにして、向かった先は..................鶴峯八幡神社。


鶴峯八幡神社は、富津市八幡に鎮座する神社です。


社伝によれば、養老年間(717年〜724年)に創建とされる歴史のある神社です。

この辺りの海(八幡浦)は大風濤に見舞れ、いつなぎるともなく漁師は大変困窮しました。
この時、八幡大神の神助を祈願したところ、その御加護があって忽ち風濤が収まったと言う事です。
そこで土地の人々は、京都の岩清水八幡を勧請し、神社を創建し、御神徳に奉謝したのか始まりとされています。

また、源頼朝が安房から鎌倉へと北上する際に、上総のこの地にて篤く奉賽し、
武運長久を祈願したとされ、鎌倉時代初期に源頼朝・上総介広常による神領の寄進があったそうです。

中世には、歴代の佐貫城主である上総武田氏、里見氏の尊崇を受けたそうです。。

千葉県には鶴を冠する八幡神社が多く、他に館山市八幡の鶴谷八幡宮、市原市中高根の鶴峯八幡宮などがあります。
関東の三鶴、いわゆる三鶴八幡には諸説ありますが、
市原市中高根の鶴峯八幡宮ではなく、こちらの鶴峯八幡神社、館山市八幡の鶴谷八幡宮、
鎌倉の鶴岡八幡宮を三鶴八幡とする説もあるようです。


御祭神は、誉田別尊、玉依姫命、神功皇后



駐車場も何ヶ所も用意され、地域の鎮守としての位置付けが高いようです。
二の鳥居前の駐車場には、由緒書き。

      20180923鶴峯八幡神社 01


さらには、境内案内図も完備。

      20180923鶴峯八幡神社02


こちらが、社号標。

      20180923鶴峯八幡神社03


そして、二の鳥居。

      20180923鶴峯八幡神社04

この時点では、さらに海側に一の鳥居が有るとは知りませんでした。


二の鳥居の神額。

      20180923鶴峯八幡神社05

こちらは、『鶴峰八幡宮』

確か、社号標には『鶴峯八幡神社』と記されていたはず?

どうやら、鶴峯八幡神社が本来の社号のようですが
鶴嶺八幡宮とか、鶴峰八幡宮とも呼ばれているらしい。


参道口右手側の由緒書き。

      20180923鶴峯八幡神社06


参道口の左手側には、鶴の像。

      20180923鶴峯八幡神社07



そして、狛犬。

      20180923鶴峯八幡神社08


      20180923鶴峯八幡神社09


石段の先にも狛犬。

      20180923鶴峯八幡神社10


      20180923鶴峯八幡神社11


      20180923鶴峯八幡神社12


さらに、別な対の狛犬。

      20180923鶴峯八幡神社13


      20180923鶴峯八幡神社14

都合、参道には3対の狛犬が鎮座しています。



社殿が見えてきました。

      20180923鶴峯八幡神社15


こちらは、手水舎。

      20180923鶴峯八幡神社16


定番の龍の吐出口。

      20180923鶴峯八幡神社17


手水舎の脇には祓幣。

      20180923鶴峯八幡神社18

「手水舎で身を清め、祓幣で心を清めよ」と言うことでしょうか?



こちらが、拝殿。

      20180923鶴峯八幡神社19


      20180923鶴峯八幡神社20


拝殿正面。

      20180923鶴峯八幡神社21


拝殿正面口に掲げられた扁額。
こちらは、『鶴峯八幡神社』。

      20180923鶴峯八幡神社22


さらに、拝殿内にも別な扁額。
こちらは、『鶴峰八幡宮』。

      20180923鶴峯八幡神社23


別アングルからの拝殿。

      20180923鶴峯八幡神社24


      20180923鶴峯八幡神社25



拝殿前の提灯。

      20180923鶴峯八幡神社26


そして、こちらが本殿。

      20180923鶴峯八幡神社27


境内社の浅間神社。

      20180923鶴峯八幡神社28

鳥居の奥に富士塚があり、その両脇にも碑が建っています。



富士嶽大神。

      20180923鶴峯八幡神社29


富士◯◯神社。(◯が判別出来ませんでした)。

      20180923鶴峯八幡神社30


境内社・祖霊社。

      20180923鶴峯八幡神社34



境内社・粟島社。

      20180923鶴峯八幡神社35


境内社。

      20180923鶴峯八幡神社31


境内社。

      20180923鶴峯八幡神社32


境内の末社。

      20180923鶴峯八幡神社33



御神木。

      20180923鶴峯八幡神社36
      20180923鶴峯八幡神社37



境内には、大きな錨も奉納されています。

      20180923鶴峯八幡神社38

さすが、漁師の町の鎮守様。


こちらが、社務所。

      20180923鶴峯八幡神社39

なぜか閉まっていて、9時半を過ぎてもこの日は無人。


駐車場の脇、二の鳥居の近くに鎮座する厳島神社(弁天宮)。

      20180923鶴峯八幡神社40



浜辺(新舞子海岸)の方へ進めば、一の鳥居。

      20180923鶴峯八幡神社41

ら9時半過ぎまで社務所に人が現れるのを待ちましたが
結局、誰も現れず御朱印は断念。

まあ、御朱印巡りをしていれば、こんな事もあるでしょう。


2018/10/30 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐貫日枝神社 (2018年9月23日)(千葉県富津市) 

9月23日

この日は、房総半島の富津市に出かけました。

佐貫城址をあとにして、次なる目的地へと車を走らせると
すぐさま、説明板の建つ鳥居が目に留まった。

ひょっとしたら、何かの文化財?
ちょっと気になる.............

すぐさま、Uターン。
適当な路肩に車を停めて、立ち寄った先は.............佐貫日枝神社。


佐貫日枝神社は、富津市佐貫に鎮座する神社です。
御祭神は、誉田別尊・倉稲魂命・菅原道真。



こちらが、その説明板。

      20180923佐貫日枝神社01


富津市の教育委員会が設置したモノかと思ったら
氏子総代の個人の方が建てた説明板。
御祭神には触れているけれど、由緒には余り触れていない。


ネットで調べても詳しい由緒は不明。
明治四十三年に旧・城内に鎮座していた天神社を合祀したようです。
寛永七年の佐貫城古図に、本丸の東南に神社マークらしき印が見えるそうです。
一説だは、創建は1630年らしいとのことです。




佐貫日枝神社の鳥居。

      20180923佐貫日枝神社02


鳥居には立派な注連縄。

      20180923佐貫日枝神社03


手水舎の代わりに、小さな手水鉢。

      20180923佐貫日枝神社04



社殿もそんなに大きくはなく、意外に質素。

      20180923佐貫日枝神社05


正面の注連縄がなければ、社殿に見えないかもしれない。

      20180923佐貫日枝神社06



独特の表情の狛犬。

      20180923佐貫日枝神社07


石の風化具合いから見て、それなりの年代物のようにも見える。

      20180923佐貫日枝神社08


とりとめて、特徴のある神社ではないけれど
数百m先には、佐貫城が在り身近な存在として
歴代の佐貫城址の加護を受けていたのかもしれない。

おそらく、再び参拝に訪れる事はないかと思うけれど、
ここもまた、八百万の神の一つ。
佐貫城址に訪れなければ、その存在さえも知らなかった小さなお宮。
これも、一つの縁でしょう。





2018/10/29 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐貫城址 (2018年9月23日)(千葉県富津市) 

9月23日

この日は、房総半島の富津市に出かけました。


富津岬をあとにして、向かった先は...............佐貫城址。



佐貫城は、応仁年間(1467年〜1468年)に武田義広により築城されたとされています。
(それより以前に関東管領上杉氏の家宰・長尾氏によって築かれていたとの説あるようです。)

天文6年(1537年)、真里谷氏に跡目争いが生じ、真里谷信隆の拠った佐貫城は、
真里谷信応を支援する足利義明・里見義堯等により攻められ落城します。

天文14年(1545年)、上総・安房の攻略を目指す北条氏康が佐貫城を占領します。
以後、佐貫城は上総・安房における要の地として、里見氏と後北条氏の争奪の舞台となります。

永禄5年(1562年)、上杉謙信に古河御所を追われた古河公方足利義氏が、
北条氏康の保護の下に佐貫城に仮の御所を置きます。

永禄6年(1563年)、里見義弘が再度佐貫城を奪還して、
足利義氏は鎌倉へと退避します。

天正6年(1578年)、里見義弘が佐貫城で病死すると、里見家の内紛が勃発します。
安房国にいた里見義頼が、嫡男・梅王丸と佐貫城城代・加藤信景を攻めて屈服させ、
里見家の家督を継承します。以後、里見氏の本拠は安房に移ります。

天正18年(1590年)、小田原征伐後、里見氏は安房一国に減封され、
関東を与えられた徳川家康の家臣である内藤家長が入城します。
徳川幕府成立後、佐貫藩は松平、柳沢、阿部と城主が変わり、廃藩と立藩を繰り返しながらも、
明治4年(1871年)、廃藩置県に伴い、佐貫城は廃城となりました。




明治4年(1871年)、廃藩置県に伴い佐貫城は廃止されました。


こちらは、佐貫城の縄張り図。

      佐貫城址縄張り図


(余湖さんのHPにてお借りしました。)



城址入口に建つ説明板。

      20180923佐貫城址01

こちらが、大手にあたります。



では、北条と里見の房総半島の覇権を巡っての争いの
要の地となった佐貫城を びいすけ と共に攻略いたしましょう。

      20180923佐貫城址02


城址碑の建つ三の丸虎口。

      20180923佐貫城址03


こちらが、三の丸。

      20180923佐貫城址04


以前は下草もキチンと刈られ、しっかりと管理されていたようですが
今は、雑草の宝庫。

      20180923佐貫城址05

藪化している曲輪内に入って行く勇気はありません。



大手櫓門。
      20180923佐貫城址06

千葉県内では唯一の石垣による虎口遺構ということですか、
雑草に覆われていて、その石垣が見えない。


三の丸から二の丸へと向かいます。

      20180923佐貫城址07


登城路は、数日前の雨でちょっとぬかるみ状態。

      20180923佐貫城址08

滑って転ばないように慎重に歩きたいんだけど
この子が先へ先へと行きたがるんだなぁ(笑)。



二の丸虎口。

      20180923佐貫城址09


二の丸も登城路はあるものの、一歩外れれば下草の中。

      20180923佐貫城址10


鬱蒼と木々も繁る。

      20180923佐貫城址11


二の丸から本丸への土橋。

      20180923佐貫城址12

綺麗に土橋が遺っています。


土橋とくれば、当然『空堀』。

      20180923佐貫城址13

見事な空堀です。


本丸虎口。

      20180923佐貫城址14


そして、本丸。

      20180923佐貫城址16



本丸も下草+雑木林状態。

      20180923佐貫城址15


まあ、廃城から140年の時が流れているんだから
雑木林にもなることでしょう。

      20180923佐貫城址21



本丸の土塁。

      20180923佐貫城址22



本丸の奥は尾根。

      20180923佐貫城址17


尾根伝いに進んで行けば...............

      20180923佐貫城址18



北の物見台。

      20180923佐貫城址19


なかなかの眺望です。

      20180923佐貫城址20

戦国時代、里見家の家臣は
この場所で北条家の侵略を見張っていたのでしょうか?
     


本丸から東へ進めば............

      20180923佐貫城址23


東の物見台。

      20180923佐貫城址24


こちらは、海がバッチリ見える。

      20180923佐貫城址25


相模の三崎半島からの北条水軍をこの場所で見張っていたのでしょうか?


久しぶりの城址攻略。
薮のような草さえなければ、三の丸、二の丸も
もっと探索できたのだか、仕方がない。

やっぱり城址攻略は、草の枯れた時期が良いですね。


でも、この佐貫城、なかなかの城だったのは
歩いてみて分かりました。


2018/10/29 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

関東の富士見百景 《 房総半島(富津市)からの富士 》 (2018年9月23日)(千葉県富津市) 

9月23日

この日は、房総半島の富津市へ出かけました。

個人的に富士山は好きで、
富士山の景勝地はなぜかテンションが上がります。

富士山への良好な眺望を得られる地点を選定し、
周辺の景観の保全や活用への支援を通じて、
美しい地域づくりの推進を目的として
平成17年に、国土交通省関東地方整備局が主催して選定したのが、
『関東の富士見百景』です。
百景と言いながらも、富士山への良好な眺望が得られる128景233地点となります。

その『関東の富士見百景』の一つか、富津市にもあります。


房総半島にニョイと突き出た富津岬。
その富津岬の先端が『関東の富士見百景』になります。


その富津岬の先端には、近代的(?)な構造の展望台が建っています。
その名もズバリ、『富津岬展望台』。

      20180923富津岬01



展望台前には案内看板。

      20180923富津岬02


この看板にも、『関東の富士見百景』に触れている。

      20180923富津岬03


そして、別な説明板。

      20180923富津岬04

こちらは、大平洋戦争の遺構になる『東京湾海堡』について触れています。



あらため、展望台前にて。

      20180923富津岬05


      20180923富津岬06


あいにくの曇り空で富士山は期待出来ないけれど、
展望台に上がってみましょう。

      20180923富津岬07


意外に風が強い。

      20180923富津岬08

びいすけ の耳も風にたなびいてます。


展望台頂部まで、あと少し。

      20180923富津岬09


頂部に到着。

      20180923富津岬11

残念ながら、完璧すぎる曇り空。
富士山は全く見えません。


展望台の手摺りには、例のプレート。

      20180923富津岬10

やっぱり、コレがなくっちゃ!!


      
おそらく、この方向に富士山が見えるはずなんだと思うだけど.........

      20180923富津岬12

厚い雲で影も形も確認できません。


東京湾の対岸。

      20180923富津岬13

横浜あたりでしょうか?



こちらが、東京湾第1海堡。

      20180923富津岬14

明治時代に富国強兵を目ざして建設された人工島。



こちらは、東京湾第2海堡。

      20180923富津岬15

太平洋戦争では、共に東京湾防備の要とされた海上砲台です。


そして、こちらは富津市側(背後側)。

      20180923富津岬16

そびえ立つ、東京湾観音。


東京湾観音は富士山を眺めながら
末長い日本の平和を願っているのだろうか.........?


しかし、この日も富士山を眺めることが出来ず、
富士山との相性の悪さを改めて思い知らされました............。




2018/10/28 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今週はコレ!    SEIKO Sportsmatic (2018年9月17日) 

9月17日  

毎週、月曜日に着け替えている腕時計。
今週は こちら ↓

      20180917SEIKO Sportsmatic01



SEIKO Sportsmatic 5


ご存知、日本が世界に誇れる腕時計メーカーのSEIKO。
そんなSEIKOの60年代を代表する腕時計です。

SEIKO Spotsmaticは、SEIKO maticの発展系とでも言うか
SEIKO maticが発売された翌年の1961年に登場します。

やがて、1963年にSEIKO Spotsmatic5と変遷して行ったようです。

とにかく、この時代のSEIKOの腕時計はSEIKO maticから派生した数多くのモデルが存在し、
ケース内に入っている機械(ムーブメント)も数種類存在しているようです。

併せて、文字盤種類まで含めたらかなりの品数になり
それがまた、SEIKOファンには堪らなかったみたいです。

こちらは、シンプルな文字盤ながら、汚れも余り無く
とても50年以上前の方がモノとは思えません。

文字盤にはSEIKO のロゴ文字の代わりに独楽マーク。
古きSEIKOの象徴たるマークです。



ベルトは残念ながら社外品。

      20180917SEIKO Sportsmatic02


      20180917SEIKO Sportsmatic03


竜頭は1つ.

      20180917SEIKO Sportsmatic04



ケース裏ブタには、班別出来ないけれど、イルカのマーク。

      20180917SEIKO Sportsmatic05


久しぶりに腕に着けてみましょう。

      20180917SEIKO Sportsmatic06


      20180917SEIKO Sportsmatic07


さあ、今週も頑張りましょう!!



2018/10/27 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉の坂道を歩こう! 《 薬師坂 》 (2018年9月16日) 

9月16日

散歩の続きです。


弥勒町の八幡神社から、細い裏道を通って散歩を続けます。
普段は、滅多に通らない道。

      20180916薬師坂01


見慣れない場所だから、 びいすけ も新鮮な感覚?
リードを引っ張り気味に先へと進みます。

      20180916薬師坂02


この辺りは、教安寺の裏手。
初めて通る道。

      20180916薬師坂03



狭い道を進めば、やがて知ってる道に合流する。

      20180916薬師坂04

これが新たな発見で、ちょっと得した気分。



目的がなくブラブラしているわけではなく
確か、この先に看板の立っている坂道があったはず。

      20180916薬師坂05



坂道が見えてきました。

      20180916薬師坂06


坂の入り口に立つ看板。

      20180916薬師坂07

佐倉の有名(?)な坂道には、この看板が立っているようです。


看板によれば、薬師坂と言うらしい。

      20180916薬師坂08

坂の途中に薬師堂があったそうですが、
昭和4年に焼失してしまい、本尊は難を免れて
200m先の周徳院に安置されているそうです。


現在は、坂の入口に子安地蔵堂が建っています。

      20180916薬師坂09


TVの深夜番組では、若いお姉ちゃんが全力でダッシュしますが
御歳9歳のシニア世代のビーグル。

      20180916薬師坂10

無理はいたしません。

ゆっくり、坂道を歩きましょう。

      20180916薬師坂12



竹藪がある切り通し。

      20180916薬師坂11

風情のある坂道です。



坂そのものは、200mくらい。
適度な勾配で、散歩にはちょうど良い。
     

坂を上りきれば、二又路。
左へ行けば、武家屋敷。

      20180916薬師坂13

今日は、右に進路を取り、
麻賀多神社の前を通って自宅へと向かいましょう。


佐倉の坂道散歩。
意外に楽しかったりして.......................。



2018/10/27 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

弥勒八幡神社の祭礼 (2018年9月16日) 

9月16日

午前中に富里香取神社に行って自宅に戻り、
昼からは思い切り昼寝で惰眠を貪っていました。

開け放した窓の向こうからピーヒャラ、ピーヒャラと笛の音。
威勢の良い掛け声も聞こえ、バックには太鼓の音も聞こえてくる。

あれっ? 佐倉の秋祭りには、まだ早いんじゃない?
ひょっとして佐倉の秋祭りの練習?

ちょっと気になる。

気になり出すと、確認したくなる。

と言うわけで、急遽散歩に出発!。

      20180916弥勒八幡神社01


さっきまで、音のなっていた方へと足を進めます。

この先にあるのは、弥勒八幡神社。

      20180916弥勒八幡神社02


弥勒八幡神社には、大勢の人が居て
祭りの法被を着ている若い衆が多い。

      20180916弥勒八幡神社03

鳥居にも新しい注連縄が巻かれている。
どうやら、弥勒八幡神社の祭礼のようです。


由緒書きを見てみると、祭礼日は9月14日、15日とあるが
土日の絡みで今年は15日、16日のようです。

      20180916弥勒八幡神社04



社務所の前の人だかりを押し避けて、
境内の奥に進みます。

手水舎。

      20180916弥勒八幡神社13


こちらが、拝殿。
     
      20180916弥勒八幡神社05


拝殿正面。

      20180916弥勒八幡神社06


拝殿の中には、氏子の役員さんがいて
参拝者にお祓いをしてくれました。

元々、こちらの神社は鏑木町の麻賀多神社が本務社で
この日は、宮司さんが不在らしい。



拝殿に掲げられた扁額。

      20180916弥勒八幡神社07


別アングルからの拝殿。

      20180916弥勒八幡神社08


      20180916弥勒八幡神社09


そして、こちらが本殿。

      20180916弥勒八幡神社10


拝殿前の天水桶。

      20180916弥勒八幡神社11


     
拝殿前には、祭礼の主役である神輿。

      20180916弥勒八幡神社14

この神輿が先ほど、私の自宅近くを威勢の良い掛け声と共に
練り歩いていたんですね。


弥勒町には、佐倉の秋祭りで使われる御神酒所があるのは知っていたけど
(佐倉の秋祭りでは、山車の事を御神酒所と言います。)
神輿もあったんですね。

      20180916弥勒八幡神社15


生粋の弥勒町の生まれ育った人間じゃないけど
10年ちょっと住んでいる地元民としては神輿燃えてちょっぴり嬉しい。

      20180916弥勒八幡神社16
      20180916弥勒八幡神社17



しかし、境内は人でいっぱい。

      20180916弥勒八幡神社18


焼きそばとかを売っているテントの前は人だかり。

      20180916弥勒八幡神社19

犬連れは顰蹙を買ってしまいそう。


ひょっとしたら、祭礼に日だから
御朱印も貰えたりして.........?
なんて、甘い考えもあって、御朱印帳も密かに忍ばせていたんだけど
氏子の偉いさんと話をしたら、元々御朱印を作っていないと言われ
ちょっぴり残念。


せめてもの記念にと、若い衆に頼んで
背中の『弥勒』の文字を撮らせてもらいました。

      20180916弥勒八幡神社20


隣接地には、稲荷神社。

      20180916弥勒八幡神社21


境外社になるのだろうか?

      20180916弥勒八幡神社22



すぐ近くのトタンの塀に貼られていたポスター。

      20180916弥勒八幡神社23

今年の佐倉の秋祭りは、10月12日(金)、13日(土)、14日(日)のようですね。
楽しみです。






2018/10/26 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪 富里香取神社 (2018年9月16日)(千葉県富里市) 

9月16日

9月も15日を過ぎると、巷には新米もチラホラ出始める時期。

そういえば、富里の香取神社の御神田は、どうなったんだろう?
ちょっと気になったので、覗きに行ってみました。


富里界隈の田圃は、稲刈りのシーズンに突入していました。

      20180916富里香取神社01



香取神社の御神田は................

      20180916富里香取神社02

既に、稲刈りの終わった後でした。
今年も豊作だったのでしょうか?



せっかくだから、香取神社にも参拝して行きましょう。


      20180916富里香取神社03


      20180916富里香取神社04


      20180916富里香取神社05


      20180916富里香取神社06


拝殿。

      20180916富里香取神社07



二礼、二拍、一礼でしっかりとお参りしました。

      20180916富里香取神社08


      20180916富里香取神社09



そして、前回も気になっていたんだけど.............

香取神社に隣接する青年館。

      20180916富里香取神社10


見るからに学校っぽく見える。
まるで、ちょっとした山奥の分校跡地のように見える。

      20180916富里香取神社11


遊具も残っているから尚更、っぽく見えてしまいます。

      20180916富里香取神社12

おそらけ、古くから地域の公民館的な役割をしていた施設でしょう。



こちらが、今回の参拝の御朱印。

      20180916富里香取神社13


      20180916富里香取神社14

書き置きですが、月詣の御朱印。
長月は9月。
と言うことは、毎月月替わりの御朱印を発行しているみたい。

これは、毎月参拝に来て!!ってことかな........?




2018/10/25 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今週はコレ!   BULOVA   (2018年9月10日) 

9月10日   

毎週、月曜日に着け替えている腕時計。
今週は こちら ↓

      20180910BULOVA 01


BULOVA

BULOVAの時計は、コレで何本目になるのかな?
何気にBULOVAの時計は気に入っていたりする。

こちらは、モデル名は不明。

文字盤にはBULOVAのロゴとSELF WINDING の表記のみ。
AUTOMATICと同じか意味で自動巻の時計を表しています。


ケースサイズはメンズサイズより一回り小ぶり。
いわゆるBoy’sサイズ。
文字盤は程よく焼けもあり、何とも言えない雰囲気をだしている。

      20180910BULOVA02


      20180910BULOVA03


竜頭には、BULOVAのシンボルマークである音叉の刻印もなく
至って、シンプル。

      20180910BULOVA04


ケース裏蓋にも余分な刻印はなく、シンプルそのもの。

      20180910BULOVA05

おそらく、廉価版の量販モデル。
ベルトも社外品。
でも、このグレーの革ベルトが気に入っていたりする。
10年近く前に、ヤフオクで手に入れた中古品だけど
お気に入りの1本でもある。

では、腕に着けてみましょう。

      20180910BULOVA06

 
      20180910BULOVA07

至ってシンプルな腕時計。
でも、そのシンプルさが魅力の一つでもある。


さぁ、今週も頑張りましょう!!



2018/10/24 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............新田稲荷神社 (2018年9月8日)(神奈川県相模原市) 

9月8日 新田稲荷神社

亀ヶ池八幡宮の兼務社巡りは続きます。

淵野辺日枝神社をあとにして、向かった先は.............新田稲荷神社。



新田稲荷神社は、相模原市共和に鎮座する神社です。


文政元年(1818年)に久保沢道下に創建されたとされ、
淵野辺新田地区の鎮守であったそうです。


御祭神は、宇迦之御魂神。


こちらが社号標。

      20180908新田稲荷神社01


一の鳥居。

      20180908新田稲荷神社02


鳥居に掲げられた神額。

      20180908新田稲荷神社03



鳥居前には道祖神の像。

      20180908新田稲荷神社04


微笑ましい像ですね。

      20180908新田稲荷神社05


参道口の説明板。

      20180908新田稲荷神社06


その脇には、小惑星探査機「はやぶさ 」について触れた貼り紙。

      20180908新田稲荷神社07

小惑星探査機「はやぶさ」が消息を絶った際、
当時、はやぶさのリーダーを務めていた川口淳一郎JAXA教授が「発見祈願」に毎夜訪れ、
その後、発見されて感動の帰還を果たしたことから、
呼ばわり山は、新聞等で取り上げられ、パワースポットとしても脚光を浴びているそうです。


参道。

      20180908新田稲荷神社08



たまたまかも知れないけれど
びいすけ の表情も最高。

      20180908新田稲荷神社09
      20180908新田稲荷神社10
      20180908新田稲荷神社11



こちらは、二の鳥居。

      20180908新田稲荷神社12



境内に建つ由緒書き。

      20180908新田稲荷神社13



こちらが拝殿。

      20180908新田稲荷神社14


拝殿手前の手水舎。

      20180908新田稲荷神社15


拝殿正面。

      20180908新田稲荷神社16


      20180908新田稲荷神社17


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180908新田稲荷神社18



別アングルからの拝殿。

      20180908新田稲荷神社19


      20180908新田稲荷神社20


そして、こちらが本殿。

      20180908新田稲荷神社21



拝殿に向かって左には、境内社の細戈(くわしほこ)神社。

      20180908新田稲荷神社22


      20180908新田稲荷神社23


そして、拝殿に向かって右側には『呼ばわり山』。

      20180908新田稲荷神社24

高さ7~8メートルの丘で、迷子や行方不明の者が出た時に
鐘や太鼓を叩いて呼ばわると必ず現れるという民間信仰の場所です。
開拓される以前は、草や茅の生い茂る草深い原野に入り込んで、
行方不明になってしまう事がしばしばあったそうです。


相模原市の史蹟に指定されているようです。

      20180908新田稲荷神社26


呼ばわり山 の頂部には、今熊野神社が鎮座しています。

      20180908新田稲荷神社25


      20180908新田稲荷神社27



こちらは神楽殿。

      20180908新田稲荷神社28


無人の社務所。

      20180908新田稲荷神社29


社務所の一角は授与所になっているけれど、閉まっています。

      20180908新田稲荷神社30



こちらが、新田稲荷神社の御朱印。

      20180908新田稲荷神社31


本務社の亀ヶ池八幡宮の社務所にて拝受いたしました。



2018/10/23 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............淵野辺日枝神社 (2018年9月8日)(神奈川県相模原市) 

9月8日

相模原市にある亀ヶ池八幡宮の兼務社巡りは続きます。

村富神社をあとにして、向かった先は.........淵野辺日枝神社。


淵野辺日枝神社は、相模原市淵野辺本町に鎮座する神社です。


鎌倉末期から南北朝時代にかけての創祀とされ、
徳治2年(1307年)、出家した執権北條貞時が当地を遊歴した折に
山王大権現を祈願して、地頭淵野辺伊賀守義博に大蛇退治を命じたとの言い伝えがあるそうです。
また、地頭武将淵辺義博が、境川に巣くう大蛇に苦しむ農民のために
暦応年間(1338年〜1342年)に退治したとも言い伝えられているそうです。

御祭神は、大山咋命。


こちらが、社号標。

      20180908淵野辺日枝神社01


鳥居。

      20180908淵野辺日枝神社02

鳥居には祭礼用の提灯が飾られている。


鳥居脇の掲示板には、こんなポスターが貼られています。

      20180908淵野辺日枝神社03

何と、この日は日枝神社の例祭日。


参道には、縁日の屋台も準備中。

      20180908淵野辺日枝神社04



神社の入口にも提灯。

      20180908淵野辺日枝神社05


そして、手水舎も祭礼モード。

      20180908淵野辺日枝神社06


手水舎の横にはテントも設営されてます。

      20180908淵野辺日枝神社07


      20180908淵野辺日枝神社08


境内の由緒書き。

      20180908淵野辺日枝神社09



こちらが、拝殿。

      20180908淵野辺日枝神社10


      20180908淵野辺日枝神社11



拝殿正面。

      20180908淵野辺日枝神社12


拝殿も祭礼モード。

      20180908淵野辺日枝神社13


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180908淵野辺日枝神社14


奥にももう一枚の扁額。

      20180908淵野辺日枝神社15


別アングルからの拝殿。

      20180908淵野辺日枝神社16


      20180908淵野辺日枝神社17


そして、こちらが本殿。

      20180908淵野辺日枝神社18


拝殿前の狛犬。

      20180908淵野辺日枝神社21


      20180908淵野辺日枝神社22



拝殿脇の境内社。

      20180908淵野辺日枝神社20


本殿裏手にも末社や石祠が並んでいます。

      20180908淵野辺日枝神社19


     
こちらは、神輿庫。

      20180908淵野辺日枝神社23

普段は閉まっている筈ですが、祭礼のために開けられています。


神楽殿。

      20180908淵野辺日枝神社25


神楽殿の脇にもテントが張られ、祭礼の準備は着々と進んでいるようです。

      20180908淵野辺日枝神社24

この時期は、秋の祭礼が多いですね。


     
こちらが、御朱印。

      20180908淵野辺日枝神社26


本務社の亀ヶ池八幡宮にて拝受いたしました。

2018/10/23 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............村富神社 (2018年9月8日)(神奈川県相模原市) 

9月8日

この日は多摩市に出かけ、
午後からは亀ヶ池八幡宮の兼務社巡りとなりました。

天縛皇神社をあとにして、向かった先は...............村富神社。


村富神社は、相模原市矢部に鎮座する神社です。


江戸の商人である相模屋助右衛門が当地周辺の上矢部新田村を開発するにあたり
村の鎮守として寛文年間(1661年〜1672年)に稲荷社として創建し、
慶応2年(1866年)に伏見稲荷大社から勧請したのが始まりとされています。
当初は村富稲荷社と称していましたが、
昭和27年に村富神社に改称したとされています。


御祭神は、倉稲魂命。


こちらが社号標。

      20180908村富稲荷神社01


一の鳥居。

      20180908村富稲荷神社


鳥居脇の玉垣には、境内案内図。

      20180908村富稲荷神社



参道口には庚申塔。

      20180908村富稲荷神社04

神仏習合の名残りですね。



手水舎。

      20180908村富稲荷神社05


拝殿までの参道は思っていたより長い。

      20180908村富稲荷神社06


参道を進めば、二つ目の手水舎。

      20180908村富稲荷神社07


社伝がはっきりと見えて来ました。

      20180908村富稲荷神社08



鳥居の前には狛犬(神使い)。

      20180908村富稲荷神社09


      20180908村富稲荷神社10

イタズラ防止なのか? 転倒防止なのか?
金柵がちょっと気になります。


こちらが、二の鳥居。

      20180908村富稲荷神社11


二の鳥居の神額。

      20180908村富稲荷神社12

記されているのは『村富神社』。


鳥居脇には、古い社号標。

      20180908村富稲荷神社13


その近くには、相模原市観光協会による説明板。

      20180908村富稲荷神社14



境内の石燈籠にも金柵。

      20180908村富稲荷神社15



こちらが、拝殿。

      20180908村富稲荷神社16


拝殿正面。

      20180908村富稲荷神社17


      20180908村富稲荷神社18


拝殿に掲げられた扁額。

      20180908村富稲荷神社19

こちらには、『村富稲荷神社』と記されています。



別アングルからの拝殿。

      20180908村富稲荷神社20


      20180908村富稲荷神社21


      20180908村富稲荷神社22
      20180908村富稲荷神社23


そして、こちらが本殿。

      20180908村富稲荷神社24



拝殿前の狛犬(神使い)。

      20180908村富稲荷神社25


      20180908村富稲荷神社26

やはりこちらにも金柵が施されている。



境内社・祖神社。

      20180908村富稲荷神社27


同じく境内社。

      20180908村富稲荷神社28


      20180908村富稲荷神社29


      20180908村富稲荷神社30


      20180908村富稲荷神社31


      20180908村富稲荷神社32



本殿裏手の参道口。

      20180908村富稲荷神社33


      20180908村富稲荷神社34



本殿脇には、『力くらべ石』。

      20180908村富稲荷神社35



社務所。

      20180908村富稲荷神社38


授与所。

      20180908村富稲荷神社36

普段は無人の神社ですから社務所も授与所も閉まっています。



参集殿。

      20180908村富稲荷神社37


神輿庫。

      20180908村富稲荷神社39


境内の記念碑。

      20180908村富稲荷神社40


神仏離合の際に移設されたのか?
外塀沿いに鎮座する石塔、地蔵。

      20180908村富稲荷神社41


      20180908村富稲荷神社42


こちらが、村富神社の御朱印。

      20180908村富稲荷神社43

現在の社号は村富神社ですが、御朱印には旧・社号である
『村富稲荷神社』と墨書きされていました。



※おまけ


村富神社での お気に入りの1枚

      20180908村富稲荷神社44




2018/10/22 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............天縛皇神社 (2018年9月8日)(神奈川県相模原市) 

9月8日

この日は、多摩市に出かけました。

当初の目的だった連光寺白山神社も参拝し、御朱印もいただいた。
さて、午後からどうしょう?
午前中に参拝した相模原市の亀ヶ池八幡宮の兼務社巡りの続きをしてみましょう。

と言うことで、向かった先は...............天縛皇神社。

      20180908天縛皇神社16


天縛皇神社は、相模原市宮下本町に鎮座する神社です。


創建年代等は不詳ながら、天文元年(1532年)の創建とも伝えられ、
天縛明神社と称し、旧・小山村の鎮守だったと言われています。
明治期の神仏分離令により祭神を帝釈天から伊邪那岐命・伊邪那美命へ変更し、
天縛皇神社と改称しました。
明治42年足穂神社を合祀したとされています。



鳥居。

      20180908天縛皇神社01



鳥居に掲げられた神額。

      20180908天縛皇神社03



鳥居脇には由緒書き。

      20180908天縛皇神社02



鳥居をくぐった先には狛犬。
     
      20180908天縛皇神社04


      20180908天縛皇神社05



手水舎。

      20180908天縛皇神社06



こちらが、拝殿。

      20180908天縛皇神社07



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180908天縛皇神社08


別アングルからの拝殿。

      20180908天縛皇神社09


      20180908天縛皇神社10


そして、こちらが本殿。

      20180908天縛皇神社11


本殿脇には境内社。

      20180908天縛皇神社12



境内の記念碑。

      20180908天縛皇神社13


古い手水鉢も置かれている。

      20180908天縛皇神社14


こちらは、戦没者慰霊碑。

      20180908天縛皇神社15


      
神楽殿。

      20180908天縛皇神社17



神輿庫。

      20180908天縛皇神社18


社務所は無人。

      20180908天縛皇神社19



小粒な神社ですか、旧・小山村の鎮守様。

      20180908天縛皇神社20
      20180908天縛皇神社21
      20180908天縛皇神社22



こちらが、天縛皇神社の御朱印。

      20180908天縛皇神社23


本務社の亀ヶ池八幡宮の社務所にて拝受しました。


2018/10/22 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

マンホールカードを集めよう! 東京都多摩市② (2018年9月8日)(東京都多摩市) 

9月8日

この日は、多摩市にやって来ました。

多摩市では、2種類のマンホールカードが発行されていました。
その2種類のマンホールカードは、すでに手に入れ入れていました。
( その時の記事は こちら )

今年の8月11日に、マンホールカードの第8段が
初参画となる63自治体を含めた全国の自治体から76種類のカードが発行されました。
その中に多摩市としては3種類目となるカードが発行されました。

ならば、手に入れなくっちゃ!


そのマンホールカードの配布先がこちら。

      20180908マンホールカード01

聖蹟桜ケ丘駅前にあるヴィータ・コミューネ。

こちらの7階にある関戸公民館が配布場所。

      20180908マンホールカード02


簡単なアンケートに答えれば
マンホールカードはゲット出来ます。

      20180908マンホールカード03


      20180908マンホールカード04


カラーマンホールの設置場所の案内地図ももらったから
カラーマンホールを探しましょう。

      20180908マンホールカード05



設置場所はすぐ近く。

      20180908マンホールカード06



在りました! カラーマンホール。

      20180908マンホールカード07


ラスカルのデザインですね。

      20180908マンホールカード08


      20180908マンホールカード09

カードのデザインは『おすい(汚水)』のマンホール。

ラスカルのマンホールカードは1種類ですが
ラスカルのカラーマンホールは2種類あります。


こちらが、もう1種類のカラーマンホール。

      20180908マンホールカード10

『うすい(雨水)』バージョン。



せっかくだから、こちらのカラーマンホールでも1枚、パチリ☆。

      20180908マンホールカード11


こちらが、今回入手したマンホールカード。

      20180908マンホールカード12


      20180908マンホールカード13


多摩市と地域活性化に関する連携協定を締結するしている
「日本アニメーション(株)」の代表的なキャラクターである『あらいぐまラスカル』と
多摩市の木である『イチョウ』を描いたりデザインです。

また1枚、マンホールカードのコレクションが増えました。





2018/10/21 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............連光寺白山神社 (2018年9月8日)(東京都多摩市) 

9月8日

この日は、12時半に多摩市で予定がありました。


相模原市の下九沢御嶽神社をあとにして
本来の目的地へと向かいます。

向かった先は...........連光寺白山神社。


連光寺白山神社は、多摩市連光寺に鎮座する神社です。


寛永3年(1626年)に創建したとされ、
御神体は延宝8年(1680年)に奉遷したものだとされています。

御祭神は、伊邪那岐命、伊邪那美命、白山比咩尊。


実は、この日は連光寺白山神社の例祭日。
(9月8日、9日が例祭日)

以前、宮司さんに電話で問い合わせをしたら、
例祭の日であれば、御朱印を拝受出来ると言う事でした。
例祭日は、いろいろと多忙だろうと思い、都合の良い時間を尋ねたら
『12時半頃が良い』との事で、約束を取り付けていました。


この先が連光寺白山神社。

      20180908白山神社01


祭礼の証、神社幟も立っている。

      20180908白山神社23


こちらが、鳥居。

      20180908白山神社02


鳥居に掲げられた神額。

      20180908白山神社28



こちらが、拝殿。

      20180908白山神社03


拝殿正面。

      20180908白山神社04


      20180908白山神社05



拝殿正面に掲げられている扁額。

      20180908白山神社06



別アングルからの拝殿。

      20180908白山神社24


そして、こちらが本殿。

      20180908白山神社25



拝殿前の白山神社の提灯。

      20180908白山神社08



拝殿前の狛犬。

      20180908白山神社14


      20180908白山神社15




境内はお祭りムード一色。


拝殿前に置かれた飾り。

      20180908白山神社07

どうやら、神輿の飾りの一部のようです。


神輿。

      20180908白山神社10


神輿と一緒に繰り出される太鼓。

      20180908白山神社09


      20180908白山神社11



普段は無人と思われる社務所の中には
氏子の幹部(祭礼の役員)も集まっている。

      20180908白山神社12

社務所の中にいた宮司さんに御朱印をお願いします。


御朱印を待つ間、改めて境内を眺めてみます。


社務所に貼られた、例祭の日程表。

      20180908白山神社13

どうやら、境外社の八坂神社と合同の祭礼のようです。



氏子さんたちも既にかなり集まって来ている。

      20180908白山神社16
      20180908白山神社17


      20180908白山神社18


      20180908白山神社19


      20180908白山神社20


      20180908白山神社21

どうやら、地域に根付いた鎮守様と言うのが
氏子さんたちの顔を見ていれば判る気がします。



境内の記念碑。

      20180908白山神社22



こちらは、本殿裏手の参道口。

      20180908白山神社26



そして、こちらが連光寺白山神社の御朱印。

      20180908白山神社27

この御朱印を拝受したくて、この日多摩市にやって来ました。
念願叶って良かったです。



      
2018/10/21 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............下九沢御嶽神社 (2018年9月8日)(神奈川県相模原市) 

9月8日

この日は、多摩市並びに相模原市の御朱印巡りに出かけました。

亀ヶ池八幡宮をあとにして、向かった先は...............下九沢御嶽神社。

      20180908下九沢御嶽神社20




下九沢御嶽神社は、相模原市下九沢に鎮座する神社です。

九沢山金泉寺を開いた源秀が、応永年間(1394年~1428年)に勧請したと伝えられ、
当初は、蔵王権現社と称していたとされています。
江戸期には社領6石1斗の御朱印状を受領したとされ、
明治2年に御嶽神社と改称し、大神社・天満宮・日枝神社などを合祀したとされています。


御祭神は、日本武尊。


こちらがわ、御嶽神社の社号標。

      20180908下九沢御嶽神社01


一の鳥居。

      20180908下九沢御嶽神社02


参道には小さな神橋。

      20180908下九沢御嶽神社03


参道脇の蔵王池。

      20180908下九沢御嶽神社04



境内には、相模原市観光協会が建てた御嶽神社の説明板。

      20180908下九沢御嶽神社19

手水舎。

      20180908下九沢御嶽神社05


手水舎の脇には古い手水鉢。

      20180908下九沢御嶽神社06


社殿を囲む玉垣前の狛犬。

      20180908下九沢御嶽神社07


      20180908下九沢御嶽神社08


二の鳥居と拝殿。

      20180908下九沢御嶽神社09


拝殿正面。

      20180908下九沢御嶽神社10


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180908下九沢御嶽神社11


別アングルからの拝殿。

      20180908下九沢御嶽神社12


      20180908下九沢御嶽神社13


そして、本殿。

      20180908下九沢御嶽神社14



拝殿を囲む玉垣の前には由緒書き。

      20180908下九沢御嶽神社15


境内社。

      20180908下九沢御嶽神社16


      20180908下九沢御嶽神社17


      20180908下九沢御嶽神社18


こちらは、神楽殿。

      20180908下九沢御嶽神社30



無人の社務所。

      20180908下九沢御嶽神社31



境内の記念碑。     

      20180908下九沢御嶽神社21


      20180908下九沢御嶽神社22


      20180908下九沢御嶽神社23


      20180908下九沢御嶽神社24



誰もが居なくて、静寂な空気が漂う境内。

      20180908下九沢御嶽神社287
      20180908下九沢御嶽神社25
      20180908下九沢御嶽神社26



こちらが、下九沢御嶽神社の御朱印。

      20180908下九沢御嶽神社29


本務社の亀ヶ池八幡宮の社務所にて拝受しました。




      


      


2018/10/20 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

七福神巡り...............亀八なでなで七福神 (2018年9月8日)(神奈川県相模原市) 

9月8日

この日、御朱印巡りで訪れた相模原市の亀ヶ池八幡宮。
こちらには、『亀八なでなで七福神』なるものがあります。

七福神と聞いては見過ごす訳には参りません。

『亀八なでなで七福神』巡りです。



亀ヶ池八幡宮の境内の鳥居。

      20180908亀八なでなで七福神01


その神額には、七福神の名が連なっています。

      20180908亀八なでなで七福神02


幟も何本もたっています。

      20180908亀八なでなで七福神03


こちらが、表参道口。

      20180908亀八なでなで七福神05



極め付けは、七福神の看板。

      20180908亀八なでなで七福神04

亀ヶ池八幡宮も、この七福神にかなり力を入れているようです。



最初に登場するのは、大黒天。      

      20180908亀八なでなで七福神06


      20180908亀八なでなで七福神07



続いての登場は、毘沙門天。

      20180908亀八なでなで七福神08


      20180908亀八なでなで七福神09



続いては、布袋尊。

      20180908亀八なでなで七福神10


      20180908亀八なでなで七福神11



さらには、弁財天。

      20180908亀八なでなで七福神12


      20180908亀八なでなで七福神13



そして、寿老人。

      20180908亀八なでなで七福神14


      20180908亀八なでなで七福神15


さらには、えびす神。

      20180908亀八なでなで七福神16


      20180908亀八なでなで七福神17


しんがりを務めるは、福禄寿。

      20180908亀八なでなで七福神18


      20180908亀八なでなで七福神19


どの七福神も可愛い表情。
思わず、撫で撫でしたくなりそう。

あっ、そうか!

亀八なでなで七福神って、これが狙いだったのね(笑)

やっは、 びいすけ を連れての七福神巡りは
こう言った像のある七福神巡りが楽しいなぁ。




2018/10/20 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............亀ヶ池八幡宮 (2018年9月8日)(神奈川県相模原市) 

9月8日

この日は、多摩市に出かけました。
元々、12時半に立ち寄る場所があるのですが
その時間にはまだ早い、って言うかかなり早い。

と言うことで、一気に神奈川県の相模原市に移動。
向かった先は.............亀ヶ池八幡宮。


亀ヶ池八幡宮は、相模原市上溝に鎮座する神社です。


創建は不詳ですが、古くより上溝の地に鎮座し、
八幡大菩薩と称せられ、北相模の農耕開拓の守護神として
往古より朝野の御信仰篤いことが知られているそうです。
中世期以降、武士の崇敬は殊に篤く、
源頼朝の重臣侍所別当の和田義盛が八幡宮の北に位置する横山城に向かう折り、
武運長久必勝を大前にて祈願し、御神助を得たと言われています。

かつて、境内の裏手東側に池があり、そこに亀がたくさんいたことから
亀ヶ池八幡宮と称するようになったと言われています。


御神祭は、応神天皇。


こちらが、亀ヶ池八幡宮の社号標。

      20180908亀ヶ池八幡宮01


鳥居。

      20180908亀ヶ池八幡宮02


鳥居に掲げられた神額。

      20180908亀ヶ池八幡宮03



参道には、相模原市観光協会の建てた説明板。

      20180908亀ヶ池八幡宮04



参道右手には祓戸大神。

      20180908亀ヶ池八幡宮05


その向かいには手水舎。

      20180908亀ヶ池八幡宮06

手水舎で身を清め、祓戸大神で心を清めて参拝すると言う
一連の流れが確認できます。



参道。

      20180908亀ヶ池八幡宮07

注連縄の飾られた門のような二本の樹は御神木。


御神木の標柱。

      20180908亀ヶ池八幡宮08


この御神木は、夫婦銀杏と呼ばれるイチョウの木。

      20180908亀ヶ池八幡宮09
      20180908亀ヶ池八幡宮10



御神木前の狛犬。

      20180908亀ヶ池八幡宮11


      20180908亀ヶ池八幡宮12



御神木越しに見える神門。

      20180908亀ヶ池八幡宮13


参道の看板。

      20180908亀ヶ池八幡宮14

以前は八百万の神の存在を知らなかったけれど
今は、その言葉が意味することを少しは理解できる。



こちらが神門。

      20180908亀ヶ池八幡宮15

檜造切妻屋根の神門。高さはおよそ6m。



神門前の狛犬。

      20180908亀ヶ池八幡宮16


      20180908亀ヶ池八幡宮17


神門をくぐろうとすると、こんな看板。

      20180908亀ヶ池八幡宮18

残念ながら、これより先は びいすけ はNG。
申し訳ないけれど、車の中でお留守番。

でも、こうやってはっきり書いて貰えると
分かり易くて良いし、下手なトラブルも未然に防げます。



こちらが、拝殿。

      20180908亀ヶ池八幡宮19

平成26年に竣工された立派な社殿。


拝殿正面。

      20180908亀ヶ池八幡宮22


      20180908亀ヶ池八幡宮23


      20180908亀ヶ池八幡宮20



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20180908亀ヶ池八幡宮21


      
別アングルからの拝殿。

      20180908亀ヶ池八幡宮24


      20180908亀ヶ池八幡宮25


こちらは、神楽殿。

      20180908亀ヶ池八幡宮26

こちらは、平成13年に竣工されたモノ。



こちらは境内社・招福稲荷神社。

      20180908亀ヶ池八幡宮27


      20180908亀ヶ池八幡宮28


      20180908亀ヶ池八幡宮29


      20180908亀ヶ池八幡宮30

御祭神は宇迦之御魂神(倉稲魂神)。
当八幡宮では亀八招福稲荷大明神と称し商売繁盛、五穀豊穣、家運隆昌の神様として崇め奉り、先の亀ヶ池八幡宮御鎮座800年奉祝記念事業において、旧

同じく境内社。
左から子安社、淡島神社、三嶋神社。

      20180908亀ヶ池八幡宮31


豊受神社。

      20180908亀ヶ池八幡宮32


ゴールド神社。

      20180908亀ヶ池八幡宮33


      20180908亀ヶ池八幡宮34

交通安全の神様。
無事故無違反の証であるゴールド免許証にあやかって、
八幡大神様の御分霊をお祀りして創建された神社です。

ちなみに、私の免許証は、ゴールド免許です。(ちょっぴり自慢)(笑)


絵馬奉納所。

      20180908亀ヶ池八幡宮35


こちらが、社務所。

      20180908亀ヶ池八幡宮36

中に授与所があり、御朱印はそちらで拝受出来ます。



こちらが、亀ヶ池八幡宮の御朱印。

      20180908亀ヶ池八幡宮37


そして、境内社・招福稲荷神社の御朱印。

      20180908亀ヶ池八幡宮38


授与所の禰宜さんに話を伺ったら、亀ヶ池八幡宮の兼務社は23社あり
希望があれば、参拝記念の御朱印もこちらの社務所で拝受出来るらしい。


2018/10/19 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit