廃校を訪ねて..........羽鳥小学校 (2017年7月21日)(福島県岩瀬郡天栄村)
7月21日
福島旅行の2日目。
明神滝をあとにして、向かった先は...............天栄村立羽鳥小学校。
羽鳥小学校は、明治25年に創立した湯本尋常小学校の分教場が
その始まりのようです。
明治44年 辰目沢分教場開設
昭和22年 学制改革により、湯本村立湯本小学校辰目沢分教場と改称。
昭和30年 牧本村・湯本村・大里村と広戸村の一部が合併して天栄村が発足。
天栄村立 湯本小学校辰目沢分校と改称する。
昭和39年 湯本小学校より独立、天栄村立羽鳥小学校となる 。
平成14年 湯本小学校に統合され、廃校となる。
と、このような沿革となっています。
天栄村から下郷町へと繋ぐ国道118号線沿いに
廃校となった羽鳥小学校は在りました。
こちらが、羽鳥小学校の正門。
コンクリートブロック製の門柱。
表札は、しっかりと残っていました。
正門辺りからの羽鳥小学校の全景。
体育館がやけに目立ちます。
画面の真ん中よりちょっと右の水色の建物が校舎のようです。
こちらが、その校舎。
意外や意外。
木造の平屋建ての校舎でした。
廃材が積まれていた校庭の状態から
てっきり、鉄筋の校舎を解体したあとだと思っていたら
木造の校舎が残っていたんですね。
雪が深く、冬の寒さが厳しいことが
校舎の窓から出ているストーブの煙突で容易に計り知れます。
校舎の壁に掲げられた時計
体育館とプール。
プール脇の大きな木。
こちらが、シンボルツリーだったのかな?
校庭を徘徊する びいすけ 。
校庭の隅に記念碑を発見!。
碑の正面には、校歌と簡素な沿革が刻まれています。
裏面には、羽鳥小学校の卒業生一覧。
校庭に残る遊具類。
雲梯は、雑草に埋もれています。
小さなジャングルジムも雑草に埋もれています。
こちらの 棒あがり(?) も雑草の中。
校庭には、こんなモノもありました。
放射能計。
福島県って被災地なんだなぁと改めて考えさせられます。
果たして、この数値が良い数値なのか?
はたまた悪い数値なのか?
それには触れないでおきましょう。
正門近くの白樺の木。
小学校に白樺の木とは珍しい。
ひょっとしたら、こちらがシンボルツリーだったのかな?
福島旅行の2日目。
明神滝をあとにして、向かった先は...............天栄村立羽鳥小学校。
羽鳥小学校は、明治25年に創立した湯本尋常小学校の分教場が
その始まりのようです。
明治44年 辰目沢分教場開設
昭和22年 学制改革により、湯本村立湯本小学校辰目沢分教場と改称。
昭和30年 牧本村・湯本村・大里村と広戸村の一部が合併して天栄村が発足。
天栄村立 湯本小学校辰目沢分校と改称する。
昭和39年 湯本小学校より独立、天栄村立羽鳥小学校となる 。
平成14年 湯本小学校に統合され、廃校となる。
と、このような沿革となっています。
天栄村から下郷町へと繋ぐ国道118号線沿いに
廃校となった羽鳥小学校は在りました。
こちらが、羽鳥小学校の正門。
コンクリートブロック製の門柱。
表札は、しっかりと残っていました。
正門辺りからの羽鳥小学校の全景。
体育館がやけに目立ちます。
画面の真ん中よりちょっと右の水色の建物が校舎のようです。
こちらが、その校舎。
意外や意外。
木造の平屋建ての校舎でした。
廃材が積まれていた校庭の状態から
てっきり、鉄筋の校舎を解体したあとだと思っていたら
木造の校舎が残っていたんですね。
雪が深く、冬の寒さが厳しいことが
校舎の窓から出ているストーブの煙突で容易に計り知れます。
校舎の壁に掲げられた時計
体育館とプール。
プール脇の大きな木。
こちらが、シンボルツリーだったのかな?
校庭を徘徊する びいすけ 。
校庭の隅に記念碑を発見!。
碑の正面には、校歌と簡素な沿革が刻まれています。
裏面には、羽鳥小学校の卒業生一覧。
校庭に残る遊具類。
雲梯は、雑草に埋もれています。
小さなジャングルジムも雑草に埋もれています。
こちらの 棒あがり(?) も雑草の中。
校庭には、こんなモノもありました。
放射能計。
福島県って被災地なんだなぁと改めて考えさせられます。
果たして、この数値が良い数値なのか?
はたまた悪い数値なのか?
それには触れないでおきましょう。
正門近くの白樺の木。
小学校に白樺の木とは珍しい。
ひょっとしたら、こちらがシンボルツリーだったのかな?
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2017/08/20 Sun. 00:00 |
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