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び・び・びのびいすけ

日光街道すぎと七福神めぐり⑦  《 福正院  福禄寿 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日  公休日

この日は、埼玉県の杉戸町に出かけました。

毎年、1月の恒例行事である七福神巡り。
今回は、日光街道すぎと七福神巡りにチャレンジです。

日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。


日光街道すぎと七福神巡り、いよいよその最終章。
福正院の福禄寿です。




福禄寿は
長寿・幸福の徳を持ち、招徳人望の神様として信仰されています。
ご神名は伊装諾尊。長寿の神ですが、
一般には人々の幸福、授かる財物、人々の寿命を司る神様として親しまれています。


福正院は、正式名称は薬王山宝光寺福正院と言い、本尊は薬師如来です。



こちらが福正院。

      20170111福正院 福禄寿01


山門前の説明板。

      20170111福正院 福禄寿02

よくよく振り返ってみると、七福神で巡った寺院のほとんどに
杉戸町教育委員会が建てた説明板がある。
杉戸町って、文化財を大切にしよう!と言う気持ちがら高いんだなぁ。


こちらが山門。

      20170111福正院 福禄寿03



そして、本堂。

      20170111福正院 福禄寿04



本堂に掲げられた扁額。

      20170111福正院 福禄寿05

山号である『薬王山』の名がしっかりと記されています。




お目当の七福神は境内の一角、本堂前に在ります。

こちらが、日光街道すぎと七福神の福禄寿。

      20170111福正院 福禄寿06


      20170111福正院 福禄寿07


実は、境内に入ると、思い切り犬に吠えられました。

福正院の守り神(?)
二歳の芝犬(雌)、ももちゃん。



びいすけ の匂いを察して吠えていたんでしょう。
お寺の方が、 びいすけ の近くへ連れて来たら
びいすけ も尻尾を振って対応。

      20170111福正院 福禄寿08


      20170111福正院 福禄寿09



名残り惜しいですが、ももちゃん に見送られるように、福正院をあとにします。


これで日光街道すぎと七福神も制覇。

果たして、今年は良い年になるのだろうか...............?



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2017/01/31 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日光街道すぎと七福神めぐり⑥  《 永福寺  寿老人 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日  公休日

この日は、埼玉県の杉戸町に出かけました。

毎年、1月の恒例行事である七福神巡り。
今回は、日光街道すぎと七福神巡りにチャレンジです。

日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。

日光街道すぎと七福神巡り、その第6回目。
永福寺の寿老人です。


寿老人とは
中国出身の神で、不老不死の霊薬を所持しているといわれています。
人々の健康と長寿の神様として、広く崇敬されています。

永福寺は、正式名称は龍燈山永福寺といい、本尊は阿弥陀如来像。真言宗豊山派に属する寺で天平勝宝5年に行基菩薩によって開かれたそうです。
関東三大施餓鬼の一つと言われ、「どじょう施餓鬼」は神秘的で厳かな雰囲気が魂を揺さぶります。
生前の殺生や悪事により地獄に落ちたものを供養する為、
境内の池に経文を唱えてもらいどじょうを放す習慣があるそうです。
毎年8月22日・23日の2日間、 大施餓鬼修行をしているそうです。



こちらが、永福寺の寺号標

      20170111永福寺 寿老人01



門前に建つ説明板。

      20170111永福寺 寿老人02


永福寺の文化財の説明板。

      20170111永福寺 寿老人03

それなりに由緒ある文化財が多くあるようです。



こちらが、山門。

      20170111永福寺 寿老人04



山門に掲げられた扁額。

      20170111永福寺 寿老人05

山号が記されているようですが、とても『龍燈山』とは読めない。




こちらが本堂。

      20170111永福寺 寿老人06


本堂に掲げられた扁額。

      20170111永福寺 寿老人07

こちらは、寺号でもなく、山号でもなく
扁額に書かれている内容が全く読めない。



お目当の七福神を発見。

      20170111永福寺 寿老人08



こちらが、日光街道すぎと七福神の寿老人。

      20170111永福寺 寿老人09


      20170111永福寺 寿老人10



こちらは鐘楼。

      20170111永福寺 寿老人11



以前の本堂の鬼瓦なのだろうか?

      20170111永福寺 寿老人12

境内に在る建物のガラスの扉の奥に展示されています。



山門脇には閻魔堂。

      20170111永福寺 寿老人13


境内には、それなりの年代を経た大銀杏の樹。

      20170111永福寺 寿老人14


      20170111永福寺 寿老人15

残念ながら危険防止なのか?枝は切り落とされてしまっているが
かなりの年代物だと思われます。




永福寺の門前にある説明板。

      20170111永福寺 寿老人16



「西行法師見返りの松」とその碑らしい。

      20170111永福寺 寿老人17


こちらが、その碑。

      20170111永福寺 寿老人18

説明板によれば、
西行法師が東北地方への旅の途中、この地で病に倒れてしまいました。
その時、村人達の親切な看護を受け、静養中にこの松を愛し、
治癒すると村人達にお礼を言って、この松振り返りしながら旅だったそうてす。
その後、村人達はこの松を西行法事見返りの松と呼んだそうです。


おそらく、この松は大きさから言って当時のモノではなさそうですが
伝承を今に伝え、数代経っても伝説の松の木を大切にする
地元の方の信仰心が垣間見れます。
(ネットで調べたら、3代目の松になるらしい。)

杉戸町の永福寺。
やっぱり由緒あるお寺のようです...............。




2017/01/30 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日光街道すぎと七福神めぐり⑤  《 全長寺  布袋尊 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日  公休日

この日は、埼玉県の杉戸町に出かけました。

毎年、1月の恒例行事である七福神巡り。
今回は、日光街道すぎと七福神巡りにチャレンジです。

日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。


日光街道すぎと七福神巡り、その第5発目。
全長寺  布袋尊です。



布袋尊は
笑門来福、夫婦円満、子授けの神様として信仰されています。
中国出身の禅僧で、唯一実在した人物。
その容姿から知恵を授け、福徳と円満な暮らしを与えてくると言われています。

全長寺は、正式には高埜山全長寺と言います。
本尊は聖観世音菩薩で、宗派は曹洞宗。
開山は元和2年(1616年)で、一色善十郎直春が幸手城主であり、
兄でもある一色宮内大輔直朝の意を受けて
一色氏累代の菩提を弔うために建立したものとされています。



ナビの案内通りに車を走らせると、なぜか運送会社(?)の奥に進み、
全長寺の裏手(墓地)に着いてしまいました。

一応、表札の入った石造りの門もあるから、間違いじゃない。

      20170111全長寺 布袋尊01



こちらが本来と言うか、全長寺の表参道。

      20170111全長寺 布袋尊02



そして、こちらが全長寺の山門。

20170111全長寺 布袋尊04


山門に掲げられた扁額

      20170111全長寺 布袋尊05





山門脇には、説明板。

      20170111全長寺 布袋尊03



こちらが本堂。

      20170111全長寺 布袋尊06




そして、鐘楼

      20170111全長寺 布袋尊09


そして、こちらがお目当の七福神。

      20170111全長寺 布袋尊07


日光街道すぎと七福神 全長寺の布袋尊です。

      20170111全長寺 布袋尊08


     
これで、日光街道すぎと七福神 の布袋尊も制覇。
日光街道すぎと七福神 の5福神を制覇したことになります。
残すはあと2つ。
頑張りましょう。






2017/01/29 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日光街道すぎと七福神めぐり④  《 宝性院  毘沙門天 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日  公休日

この日は、埼玉県の杉戸町に出かけました。

毎年、1月の恒例行事である七福神巡り。
今回は、日光街道すぎと七福神巡りにチャレンジです。

日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。

日光街道すぎと七福神巡り、その第4ヶ所目。
宝性院の毘沙門天です。




毘沙門天はインド出身の神様です。
仏教四天王の一人。多聞天とも言われており、
さらに金毘羅の別名もあり、
招福利財・融通招福の神として広く親しまれています。

宝性院は、正式名称を杉戸山宝性院不動寺と言います。
本尊は胎蔵界大日如来です。
永禄3年(1562年)に徳川家から幸手庄内を賜った一色宮内大輔義直が開山したと伝えられています。
境内にある不動堂は嘉永2年(1849年)9月に再建されたもので、
安産不動明王、成田山不動明王、菅谷不動明王の3体が祀られています。


日光街道の旧道沿いにある宝性院。

      20170111宝性院 毘沙門天01


旧道が本来の日光街道だから、旧道沿いに鎮座しているのが本筋かも知れない。
何せ、日光街道すぎと七福神って言うぐらいだから、
やっぱり日光街道沿いに無くっちゃ!

幟も日光街道沿いに立ってこそ意義がらある(?)

      20170111宝性院 毘沙門天02


杉戸は日光街道の宿場町の一つ。
杉戸町も町を挙げて、日光街道の宿場町杉戸としてPRしているようです。

こんな案内板も宝性院の門前に建てられていました。
宿場町を びいすけ と一緒に歩く...............

これも楽しいテーマかも知れない。
宿場町杉戸を散歩するのは、いずれかの機会にするとして
今日は『日光街道すぎと七福神巡り』に精を出しましょう。

      20170111宝性院 毘沙門天03



こちらが、宝性院の山門。

      20170111宝性院 毘沙門天04



境内に建てられた説明板。

      20170111宝性院 毘沙門天05

宝性院は別名、杉戸不動尊と呼ばれているようです。
地元では、杉戸不動の方が馴染みがあるのかも知れない。



こちらが本堂。

      20170111宝性院 毘沙門天06



本堂に掲げられた扁額。

      20170111宝性院 毘沙門天07

山号の『杉戸山』の文字が確認出来ます。



こちらが、成田山不動堂。

      20170111宝性院 毘沙門天08



扁額はズバリ!

      20170111宝性院 毘沙門天09

『不動』でした(笑)。


こちらが鐘楼。

      20170111宝性院 毘沙門天12




お目当の七福神はこちら。

      20170111宝性院 毘沙門天10



日光街道すぎと七福神 宝性院の毘沙門天です。

      20170111宝性院 毘沙門天11




本堂前には、スタンプ台も置かれていたようです。

      20170111宝性院 毘沙門天13



七福神の毘沙門天も制覇して、この地をあとにしようとしたら
こんな説明板を見つけちゃいました。

      20170111宝性院 毘沙門天14

何と! この宝性院が杉戸学校(後の杉戸小学校)の跡地らしい。


確かに明治の初め、明治政府が発令した『学制』によって各村単位で学校が創立されました。
その際、寺院の敷地を校舎として使用される事が多くありました。
この杉戸学校もその一つでした。

明治7年に杉戸宿、清地村、倉松村の子どもたちの教育のために
この宝性院に杉戸学校が設立されたとのことです。
多少の変遷はありましたが、明治34年までこの地に杉戸学校が在ったそうです。


今は、宝性院の駐車場と化しているこの辺りに、小さな学び舎が建っていたのだろうか?

      20170111宝性院 毘沙門天15



七福神巡りで思わぬ見っけモノ。
ちょっぴり得した気分です。

自宅に帰って来て、杉戸小学校の事を調べていたら
明治34年に宝性院から移転した杉戸小学校は、
昭和42年に再び移転して、旧・校地は公民館となったらしい。

いつか、その旧・杉戸小学校跡にも訪れてみたいなぁ...............





2017/01/28 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日光街道すぎと七福神めぐり③  《 延命院  弁財天 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日  公休日

この日は、埼玉県の杉戸町に出かけました。

毎年、1月の恒例行事である七福神巡り。
今回は、日光街道すぎと七福神巡りにチャレンジです。

日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。


日光街道すぎと七福神巡り、その第3ヶ所目。
延命院の弁財天です。


弁財天とは唯一の女神で、知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があるといわれます。
インドの水の神、音楽の神、知恵の神。
本来の姿は、八臂で金剛杵・弓矢・刀などを持ち、水の恵みを与え、
河の怒りをもって水を供給してくれる五穀豊穣の神様でもある。
中世以降では、琵琶を抱える姿が多くなり、音楽や芸能、弁舌の神様となったそうです。

延命院は、正式には倉松山延命院と言います。
本尊は延命地蔵菩薩です。
開山は長亨元年(1487)に領主一色丹波守直基の帰向によるものとされています。



門前に建つ説明版

      20170111延命院 弁財天01

こちらもかなり掠れていてほとんど読めない。


こちらが延命院の山門。

      20170111延命院 弁財天02



山門に掲げられた扁額。
山号でもないし、寺号でもない。
『照遍』?『遍照』?

      20170111延命院 弁財天03

これってどんな意味?
僧侶の名前か?
はたまた、単純に『辺り一面を照り映やす』と言う意味なのか?




こちらは鐘楼。

      20170111延命院 弁財天04


本堂前でも、大黒天のあった馬頭院で出会った老夫婦に
こちらでも出会った。
おそらく、日光街道すぎと七福神巡りをしているんでしょう。
御朱印を貰っていたけれど、それも一つの楽しみ方でしょうね。



こちらが、本堂。

      20170111延命院 弁財天05


      20170111延命院 弁財天06



本堂に掲げられた扁額。

      20170111延命院 弁財天07

こちらは山号ですね。



境内にある梅の木。
白い花を咲かせるらしいが、時期にはまだ早い。

      20170111延命院 弁財天08



こちらがお目当の、日光街道すぎと七福神の弁財天。

      20170111延命院 弁財天09



ちょっぴり、ふくよかに見えるのは気のせい?(笑)

      20170111延命院 弁財天10



鐘楼前の小僧の像。

      20170111延命院 弁財天11

びいすけ と並ぶのには手頃な大きさ。


さて、これで日光街道すぎと七福神の弁財天も制覇。
順調(?)に七福神巡りは続きます...............。







2017/01/27 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日光街道すぎと七福神めぐり②  《 来迎院  恵比寿 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日  公休日

この日は、埼玉県の杉戸町に出かけました。

毎年、1月の恒例行事である七福神巡り。
今回は、日光街道すぎと七福神巡りにチャレンジです。

日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。


日光街道すぎと七福神巡り、その第2発目。
来迎院の恵比寿です。


恵比寿とは
日本の神様で、漁業、商売繁盛の神として、信仰されています。
日本古来の神様でご神名は小彦名命(疱瘡神社)。
海の守護と商売繁盛、医療医薬、庶民救済の神として、崇敬されています。


来迎院は、正式には花光山来迎院と言います。
本尊は不動明王で、約800年ほど前に作られたものだそうです。
眼病を治す不動明王として知られているそうです。


この来迎院には、ナビが案内を間違えるから
なかなか辿り付けず、かなり苦労しました。
とにかく日光街道の旧道とバイパスの間にある寺院で
狭い道を入って行かないと辿り着けない。
車を停める場所を探すのにも苦労しました。


こちらが、来迎院の山門。

      20170111来迎院 恵比寿01


山門脇には木製の説明板。

      20170111来迎院 恵比寿02

長い間、風雪に打たれたのか
文字が擦れて、内容が把握出来ない。



こちらが、鐘楼。

      20170111来迎院 恵比寿03


そして、本堂。

      20170111来迎院 恵比寿04


本堂に掲げられた扁額。

      20170111来迎院 恵比寿05

しっかりと山号の『花光山』の文字。


本堂脇にも説明板。

      20170111来迎院 恵比寿08


この来迎院は不動明王が本尊。

こちらは、本尊ではないけれど不動明王像。
レプリカなんだろうか?

      20170111来迎院 恵比寿09

仏教に精通している訳でもないし、信心している訳でもないけれど
不動明王って右手に利剣、左手に縄を持ち、岩上に座して火炎に包まれた姿で、
怒りの形相に表しているから、何と無く力強さを感じて嫌いではない。



さて、肝心の七福神は...............

山門脇に祀られていました。

      20170111来迎院 恵比寿06


こちらが、日光街道すぎと七福神 恵比寿。

      20170111来迎院 恵比寿07


     
とりあえず、これで日光街道すぎと七福神 恵比寿 を制覇しました。





2017/01/26 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日光街道すぎと七福神めぐり①  《 馬頭院  大黒天 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日 公休日

毎年、1月に集中的に行っている七福神巡り。
今年は元旦の日に原町田七福神巡りをしましたが
1ヶ所(町田天満宮 恵比寿)を残し未達となっています。

その七福神巡りの第2弾。
今回は場所を埼玉県に移し、埼玉県北葛飾郡杉戸町。

日光街道すぎと七福神巡りです。


日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。


その第1発目。
日光街道すぎと七福神 馬頭院の大黒天 です。


大黒天は、梵語で摩訶迦羅(マハーカーラ)。
マハー(大いなる)カーラ(黒)を漢訳して大黒天または大黒神といい、
仏教に採りいれられ、悪鬼と戦う勇猛な護法の軍神となる。
もともとは甲を付け、右手に鉾、左手に宝塔を持ち邪鬼か岩座の上にたっていた。
鎌倉時代から室町時代にかけて、字音が大黒と大国が同じ事から、
出雲大社の大国主命と結びつき、現在のような打ちでの小槌を持ち、
大きな袋を担ぎ、福徳円満な純和風な大黒天となったとされています


馬頭院は、正式には旦照山馬頭院と言い、
本尊は馬頭観世音菩薩です。
開山は行基菩薩によるものと伝えられています。



こちらが、馬頭院。

      20170111馬頭院大黒天01

あれっ?
確か、馬頭院ってどこかで聞いたような...............?

それは、後ほど記するとして、
こちらが、馬頭院の説明板。

      20170111馬頭院大黒天02



こちらが、馬頭院の山門。

      20170111馬頭院大黒天03


山門には山号の扁額が掲げられています。

      20170111馬頭院大黒天04



こちらが本堂。

      20170111馬頭院大黒天05


      20170111馬頭院大黒天06


お目当の七福神を発見。

      20170111馬頭院大黒天07


こちらが、馬頭院の大黒天です。

      20170111馬頭院大黒天08



この馬頭院には、杉戸町最古の石塔婆もあります。

文永七年の作とされる石塔婆。

      20170111馬頭院大黒天09


こちらが、その石塔婆。

      20170111馬頭院大黒天10

青石で高さは1mほど。


本堂脇の石仏(?)

馬頭院だから、馬の像?

      20170111馬頭院大黒天11

でも何故か河童と向き合ってます(笑)。



こちらは、護摩

      20170111馬頭院大黒天12

てっきり鐘楼かと思っていたら違っていました。


そして、馬頭観音の碑。

      20170111馬頭院大黒天13

『 馬のこと悪と厄とを食い尽くす 旅をも守る馬頭観音 』



ここからが馬頭院の真骨頂。
七福神巡りで訪れた馬頭院ですが
杉戸町立南小学校の記事でも触れましたが
明治6年(7年の説もあるらしい)に南小学校の前身でもある
『新知学校』の跡でもあります。

      20170111馬頭院大黒天14


境内のこの辺りに新知学校は建てられていたのでしょうか?

      20170111馬頭院大黒天15



墓地の脇にはこんな石碑が建っています。

      20170111馬頭院大黒天16


馬頭院教育史。

      20170111馬頭院大黒天17


この地がかつての堤郷村の教育の発祥の地だったんですね。

かつて、この地に在った学校が移転先で廃校になってしまったのは
やっぱり大黒天も淋しい思いなんだろうなぁ...............。





2017/01/25 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..........杉戸町立南小学校   (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日  公休日

個人的な3連休の2日目。

さずがにこの日も自宅で待機って言うのも辛いから
何かあった時にすぐ駆けつけられるように、
少しでも実家である八王子に近い埼玉県の杉戸町に出かけました。

昨年の暮れに近くまで来たんだけど時間が無くて、
立ち寄る事が出来なかった廃校にってみました。

と言うことで、訪れたのは...............杉戸町立南小学校跡



南小学校は

明治7年      堤根村の馬頭院に新智学校として開校する。
明治17年     清地学校分校となる。
明治25年     堤郷尋常小学校として九品寺に移転。
明治28年     再び馬頭院に移転。
明治35年     現在地に移転。
明治44年     高等科を併設し、堤郷高等尋常小学校と改称する。
昭和31年     町村合併により杉戸町立南小学校と改称する。
昭和54年     東小学校と合併して新たに杉戸町立第三小学校が開校。
           南小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっています。


こちらが南小学校跡地。

      20170111南小学校跡01



現在は、杉戸町の南公民館となっています。

      20170111南小学校跡02



敷地の一角には、説明板。

      20170111南小学校跡03

杉戸町の学校跡には、このような説明板が建てられているから
親切この上ない。


説明板の隣には、南小学校の校歌の碑。

      20170111南小学校跡04


      20170111南小学校跡05


校歌の碑以外には、これと言った遺構は見当たらない。

      20170111南小学校跡06


公民館の庭が、かつての校庭だったのだろうか?

      20170111南小学校跡07


      20170111南小学校跡08



公民館の隣には、杉戸町立南幼稚園。

      20170111南小学校跡09

公民館の職員の方に話を聞いたら、幼稚園は昨年閉園となってしまったようです。


こちらが、幼稚園跡地。

      20170111南小学校跡10

古めかしい園舎。

もしや?、幼稚園の園舎は昔の南小学校の校舎?
と思って公民館の職員の方に聞いてみたが、
着任してまだ数年で昔の事は分からないらしい。

しかし、園庭に残る遊具は園児には大きすぎないか?

      20170111南小学校跡11

ひょっとしたら?
疑問は多いに残ります。


隣接するテニスコート。

      20170111南小学校跡12


実は、このテニスコートのある場所が
かつての堤郷中学校の跡地らしい。

テニスコートのフェンス沿いに、こんな説明板が建っていました。

      20170111南小学校跡13



テニスコートの奥に見える建物が南公民館。

      20170111南小学校跡14

中学校より気持ち高台に南小学校は在ったようです。


テニスコートに居た年配の方に話を伺ったら

①小学校と中学校は隣接していたらしい。
②幼稚園は当時は無く、小学校が無くなってから
小学校の敷地に幼稚園が出来たらしい。
③幼稚園の園舎は小学校の校舎か否かは分からない。


いずれにしても、園庭に残された遊具類は
南小学校の遊具であったかもしれません。


偶然にも中学校跡まで確認することが出来、
杉戸町の教育委員会が設置した説明板のおかげです。

小学校に限らず、教育の場、学び舎であった学校跡。
その場所を後世にはしっかりと伝えて行く杉戸町教育委員会の姿には脱帽です。




2017/01/24 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

手作りに挑戦............チョーカー編 第19作目  (2017年1月10日) 

1月10日  公休日

個人的な3連休初日。

午前中にチョーカーを1本作り、何故かテンションが高い。
勢いと言うか、
ついでと言うか、
何故か びいすけ 用のチョーカーも作ってみたくなった。


改めて工具と材料を取り出し、気合いを入れます。

      20170110チョーカー19作目01


びいすけ の普段用のチョーカーを作りましょう。

ベースとなる材料はこちら。

      20170110チョーカー19作目02

以前、日暮里で買ってきた革テープ。
幅は20mm。
厚みも3mmほど有り、チョーカー用にと300円ぐらいで買ってきたモノ。
長さは90cmほど有り、チョーカー用には申し分無い。


仕上がりを32cm。
カシメ金具用の折り返し4cm×2
都合40cmでカットします。

      20170110チョーカー19作目03


両端を4cm折り返し、位置がズレないようにテープで仮固定。

      20170110チョーカー19作目04



穴開けペンチでカシメ金具用の穴を開けます。

      20170110チョーカー19作目05



今回は、わざと使い古した感を出したいので
アンティーク調のカシメ金具と飾りカシメを使います。

      20170110チョーカー19作目06


チョーカー金具のD環に革テープを通してカシメ金具で固定します。

      20170110チョーカー19作目07



躊躇せず、ハンマーでカシメます。

      20170110チョーカー19作目08


両端の計4ヶ所をカシメてチョーカー金具を取り付ければ、ほぼ完成。

      20170110チョーカー19作目09


      20170110チョーカー19作目10


      20170110チョーカー19作目11



これだけじゃ味気ないから、飾りカシメでアクセントを付けましょう。

飾りカシメ用のカシメ穴を開けます。

      20170110チョーカー19作目12



カシメ台座の特大サイズを利用して、カシメポンチを使ってカシメます。

      20170110チョーカー19作目13



反対側にも同じように飾りカシメを取り付けます。

      20170110チョーカー19作目14


びいすけ の首の位置になる箇所にも飾りカシメを取り付けましょう。

      20170110チョーカー19作目15


躊躇なく、ハンマーを持つ手に力を入れて叩いてカシメます。

      20170110チョーカー19作目16


飾りカシメの取り付け完了。

      20170110チョーカー19作目17



すなわち、完成です。

      20170110チョーカー19作目18


金具の色合いが中々良い。(自画自賛)(笑)

      20170110チョーカー19作目19


      20170110チョーカー19作目21


ワンポイントのイカリマーク⚓️の飾りカシメもちょっぴりいい感じ。

      20170110チョーカー19作目20


      
さっそく、 びいすけ に装着してみましょう。

      20170110チョーカー19作目22


      20170110チョーカー19作目23


トライカラーの びいすけ には目立たず、派手でも無く
落ち着いた感じで良いんではないかい?

と言うことで、また一つチョーカーが増えました。






2017/01/23 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

手作りに挑戦............チョーカー編 第18作目  (2017年1月10日) 

1月10日  公休日

1月10日から12日まで個人的な3連休。
当初は伊豆に2泊で旅行に行く予定だったんだけど
先週、父親が病気になり緊急入院と緊急手術。
一応、命には問題は無かったけど、1ヶ月ほどの入院になるらしい。
旅行はキャンセルし、この日は自宅で待機。


特に家に居てもすることは無いので
頼まれて居た(?)チョーカーを作ることにしました。

チョーカー作り、その第18作目です。


いつものように、工具、材料を並べて
チェックを兼ねてテンションを高めます。

      20170110チョーカー18作目01



白い革テープがちょうど40cmの余りがある。
この革テープでチョーカーが1本作れます。

      20170110チョーカー18作目02



仕上がりは32.5cmが理想なんだけど、余りの材料だから文句は言えない。
カシメ用の折り返し部を4cmにして2ヶ所。
仕上がりを32cmにすれば、40cmで計算通りになる。

      20170110チョーカー18作目03


この白い革テープ、コバ処理が施してあるから楽です。

革用ペンチでカシメ穴を開け、カシメ作業に入りましょう。

      20170110チョーカー18作目04


端切れを丸めて保管していたから、
ちょっぴり丸まった癖がついてカシメ辛い。

      20170110チョーカー18作目05



まっすぐに伸ばしながら、カシメ作業です。

      20170110チョーカー18作目06



チョーカー金具の片側の取り付け完了。
反対側もカシメ金具でカシメて取り付けます。

      20170110チョーカー18作目07


      20170110チョーカー18作目08



これで一応、チョーカーとしては完成。

      20170110チョーカー18作目09



余りにも殺風景だから、飾りカシメでアクセントをつけましょう。

      20170110チョーカー18作目10



アルファベットの飾りカシメで名前を入れます。

      20170110チョーカー18作目11


アルファベットの文字によってはカシメ穴の位置が違うから
バランスを取りながら、穴開けペンチで穴開けします。

      20170110チョーカー18作目12


文字の傾き、ズレに注意しながらカシメます。
専用ポンチって言うモノが無いから、硬質ゴム板をポンチ代わりにして
ハンマーで叩き込みます。

      20170110チョーカー18作目13


名入れ完了。

      20170110チョーカー18作目14



さらに一手間。
飾りカシメ用のカシメ穴を開けます。

      20170110チョーカー18作目15


飾りカシメも専用のポンチが無いから、ゴム板で代用。

      20170110チョーカー18作目16


     

ここでふと、特大サイズの台座に平丸用のポンチでカシメられることが判った。

      20170110チョーカー18作目18

無事、飾りカシメもカシメ完了。


これで完成。

      20170110チョーカー18作目19


      20170110チョーカー18作目20



ワンポイントに肉球の飾りカシメ。

      20170110チョーカー18作目21


      20170110チョーカー18作目22


このチョーカーは、ダックの元へと渡ります。
実は、ダックの飼い主さんは、私の犬服作りのお師匠さん。

先日、 びいすけ の服を作ってくれる(最初はセーターと言う話だったのだが...............)
と言うになり(犬用のロンパースタイプ)、そのお礼として作ることになりました。

どうやら、お礼の方が先に出来ちゃったかな?
首を長くして、びいすけ の服、待ってますから...............(笑)。





2017/01/22 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

メール便が届きました (2017年1月4日) 

1月4日 公休日

12月29日〜1月4日まで、八王子の実家に居ました。1月4日の深夜に佐倉の自宅に戻ると、
郵便受けにメール便が届いていました。
約1週間留守にしていたので、おそらく年末に届いていたのでしょう。


いつもお世話になっている宇都宮の金具屋さんからです。

      20170104メール便01



中身はチョーカー用の金具とアルファベットの飾りカシメ。

      20170104メール便02


伝票には、チョーカー用金具Mサイズ 1ケ
アルファベットの飾りカシメ 『C』『D』『K』『U』が各1ケ。

      20170104メール便03


      20170104メール便04


これで、頼まれていたチョーカー作りに入れます。
とは言え、1月前半はバタバタしているから
もうちょっとお待ちくださいませ...............。






2017/01/21 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

原町田七福神⑥ 大黒天  《 カリオン広場 》(2017年1月1日)(東京都町田市) 

1月1日 公休日

毎年、個人的な1月の恒例行事である七福神巡り。
今年は原町田七福神巡りからスタートです。

「原町田七福神」は、平成21年に祀られた比較的新しいものですが、
既に都内・相模地区で人気の注目コースとなっているようです。
小田急線町田駅の南側に展開する原町田七福神は、
総距離約3キロと短く気軽に廻れ、中央商店街を通るため、
行き帰りにお食事や喫茶、買物が楽しめるのも魅力のひとつです。
しかしながら、犬連れで巡る際は、楽しみが半減しちゃいそうですが
ワンちゃんと一緒に散歩感覚で巡れるのも魅力の一つではないでしょうか...............?


原町田七福神は

弁財天       母智丘神社
毘沙門天      浄運寺
大黒天        カリオン広場
布袋尊        宗保院
福禄寿        町田商工会議所前
寿老人       勝楽寺
恵比寿       町田天満宮

と、このような構成となっています。


それでは、原町田七福神の第6弾。
カリオン広場の 大黒天です。

大黒天は、梵語で摩訶迦羅(マハーカーラ)。
マハー(大いなる)カーラ(黒)を漢訳して大黒天または大黒神といい、
仏教に採りいれられ、悪鬼と戦う勇猛な護法の軍神となる。
もともとは甲を付け、右手に鉾、左手に宝塔を持ち邪鬼か岩座の上にたっていた。
鎌倉時代から室町時代にかけて、字音が大黒と大国が同じ事から、
出雲大社の大国主命と結びつき、現在のような打ちでの小槌を持ち、
大きな袋を担ぎ、福徳円満な純和風な大黒天となったとされています



原町田七福神の大黒天が祀られている(設置されている)のはカリオン広場。

町田街道を小田急線の線路を渡った先、
すなわち、小田急線町田駅前の広場がカリオン広場です。

      20170101町田七福神⑥大黒天01



そんなに広くないカリオン広場。
原町田七福神の幟はすぐ目に入ります。

      20170101町田七福神⑥大黒02



こちらが、原町田七福神 大黒天。

      20170101町田七福神⑥大黒03


      20170101町田七福神⑥大黒04


      20170101町田七福神⑥大黒05



町田街道に面するカリオン広場。
広場の一角には、絹の道の説明板。

      20170101町田七福神⑥大黒06


そして、絹の道の碑。

      20170101町田七福神⑥大黒07

北は、八王子。


南は、横浜。

      20170101町田七福神⑥大黒08




幕末に横浜が開港すると生糸の輸出が盛んとなり、
八王子に集められた生糸は、片倉・鑓水・を経て町田を通って横浜へ出荷されて行きました。
そして、明治には「絹の道」として栄えた八王子と横浜を結ぶ南北交通の要であったようです。
その絹の道が現在の町田街道です。


これで、原町田七福神の大黒天も制覇。



残すは、原町田七福神の恵比寿のみ。


原町田七福神の恵比寿は、町田天満宮に置かれています。

町田天満宮の前に来て、びっくり!
元旦の初詣客の長蛇の列。

      20170101町田七福神⑥大黒09




五列横並びでも、かなりの行列。

      20170101町田七福神⑥大黒10


さすがに犬連れでは無理があります。
町田天満宮で恵比寿を確認出来れば、
原町田七福神巡りは完了なのですが、
この人混みじゃ、それも無理っぽい。

ここは素直に撤退いたしましょう。


まあ、正月気分も抜けて落ち着いた頃にでも
また訪れることにいたしましょう。









2017/01/20 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

原町田七福神⑤  毘沙門天 《 浄運寺 》(2017年1月1日)(東京都町田市) 

1月1日 公休日

毎年、個人的な1月の恒例行事である七福神巡り。
今年は原町田七福神巡りからスタートです。

「原町田七福神」は、平成21年に祀られた比較的新しいものですが、
既に都内・相模地区で人気の注目コースとなっているようです。
小田急線町田駅の南側に展開する原町田七福神は、
総距離約3キロと短く気軽に廻れ、中央商店街を通るため、
行き帰りにお食事や喫茶、買物が楽しめるのも魅力のひとつです。
しかしながら、犬連れで巡る際は、楽しみが半減しちゃいそうですが
ワンちゃんと一緒に散歩感覚で巡れるのも魅力の一つではないでしょうか...............?


原町田七福神は

弁財天       母智丘神社
毘沙門天      浄運寺
大黒天        カリオン広場
布袋尊        宗保院
福禄寿        町田商工会議所前
寿老人       勝楽寺
恵比寿       町田天満宮

と、このような構成となっています。



それでは、原町田七福神の第5弾。
浄運寺の 毘沙門天です。

毘沙門天は、インド出身の神様。
仏教四天王の一人。多聞天とも言われており、
さらに金毘羅の別名もあり、
招福利財・融通招福の神として広く親しまれています。


町田駅からほど近い商店街沿いに浄運寺があります。

こちらが浄運寺。
山門前にて。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天01


浄運寺は、法要山と号します。
日明が天正5年(1577)に開創したとされ、
矢部淡路(法善院日証、慶長5年1600年没)を開基とし、
淡路の後嗣として武藤佐次右衛門(浄運院日徳)とその母(法用院日運)が入寺、
寛永14年(1637)に一寺としたといいます。


山門脇に、原町田七福神の毘沙門天を見つけました。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天02


こちらが、原町田七福神の毘沙門天。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天03


      20170101町田七福神⑤毘沙門天04


実は、七福神の中では『毘沙門天』が一番好きです。

こちらの毘沙門天は『強さ』よりも『可愛いさ』が溢れています。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天05



こちらが、浄運寺の本堂。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天06



本堂の扁額には、山号の『法要山』の文字。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天07



境内にある野盗塚(武藤塚)

      20170101町田七福神⑤毘沙門天08

町田市には、こんな民話があります。

野盗塚物語
これは武藤家が名主のときの話である。
ある日、武士の一隊が武藤家を訪ね、御用長持ちを預ってくれるよう申し入れ、
家の中に置いて立ち去った。
その夜半ごろ、下女が勝手にいた時、長持ちの蓋がギギーッと持ち上がった。
下女が主人にこのことを話すと、大石を運ばせ、長持ちの上に置かせたので、
隠れていた武士はなすこともなく、翌日空しく長持ちは運び出された。
しかし武藤家では、いつか必ず復讐に来ると思い、警備を厳重にしていた。

はたして数日の後に、五、六名の武士がのりこんできて主人に面会を求め、
いかめしい様子で金子の借用を申しいれた。
ものかげで待ちかまえていた家人や村役人、剣術指南の侍が、槍、刀を振るって突き入った。
野盗達も大いに防ぎ戦ったが、逃げ出した。
ところが路地や家の角は、大石をゆわえつけた梯子でふさがれていた。
そこへ竹槍を持った村人達も駆けつけ、戦に加わった。
戦はしばらく続いたが、野盗達は枕を並べて倒されてしまった。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天10



野盗塚(武藤塚ともいう)は、この武士達の亡骸を弔い、
塚を築いて供養したものであると言われています。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天09


      
その野盗塚の隣には、小さな二基の墓石。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天11


一つは、大須賀明の墓。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天12

明治二十年代に三多摩壮士により自由民権運動の政治活動が展開された頃、
政党の対立から鶴川村の壮士十余名により大蔵(鶴川村)の医師である大須賀明は襲撃され殺されました。
大須賀医院は明治の始め、原町田四丁目で開業していたこともあり、尊敬する有志一同により
墓が建てられたそうです。
この事件は、大須賀医師事件と言われています。



そして、もう一つは長岡織部の墓。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天13

長岡織部は、弟子100人以上もいたという神道無念流の剣士だったそうで、
この墓は多くの門人達によって明治24年に建立されたそうです。




境内に置かれた鬼瓦。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天14



そして、こちらが鐘楼。

      20170101町田七福神⑤毘沙門天15



この浄運寺の境内で、毎年暮れ近くに酉の市が開催されるらしい。
『まちだの酉の市』と言われ、それなりに地元では有名らしい。

知らなかったなぁ...............




2017/01/19 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

芹ヶ谷公園 (2017年1月1日)(東京都町田市) 

1月1日 公休日

この日は、原町田の七福神巡りに出かけました。

弁財天のある『母智丘神社』の近くでこんな看板を見かけました。

      20170101芹ヶ谷公園01


ただ、七福神を探すだけの散歩もちょっぴりつまらない。
せっかくだから、ちょっぴり足を伸ばして、公園散策も気分転換にもなります。
と言うことで、向かった先は...............芹ヶ谷公園




芹ヶ谷公園は、町田市にある町田市立の都市公園(特殊公園)です。
町田駅から程近いところに位置し、台地と台地の間の谷戸の南北に広がる公園で
園内の南側に町田市立国際版画美術館があります。



こちらが、母智丘神社側の芹ヶ谷公園の入口。

      20170101芹ヶ谷公園02



公園入口から台地を下るように降りて行くと
谷戸沿いに園地が広がっています。

      20170101芹ヶ谷公園08



その公園には適度に木が生い茂り、遊歩道もあって
いかにも びいすけ 好みの公園です。

      20170101芹ヶ谷公園03


雑木林の中に四阿も有ったりして、なかなか雰囲気は良い。

      20170101芹ヶ谷公園04



犬連れで散歩に来る人も多いようで、
この日も何組かの犬連れを見ました。
当然、他のワンちゃんの匂いが残っているから、
びいすけ は匂い嗅ぎ。

      20170101芹ヶ谷公園05


あっちでクンクン。

      20170101芹ヶ谷公園06


こっちでもクンクン。
     
      20170101芹ヶ谷公園12



この地域は湧き水も豊富のようで
公園に隣接する高台(母智丘神社)の隣には、
町田市の緊急時の給水所があったりします。

そのせいか、園内には湧き水の水路や
ちょっとした池もあります。

      20170101芹ヶ谷公園07



こんな感じで湧水が小川になっています。
     
      20170101芹ヶ谷公園10


その小川や池にワンちゃんを入れてしまう飼い主が多いのでしょう。
悲しいかな、こんな看板が立てられていました。

      20170101芹ヶ谷公園09


      
やっぱり、公園の散歩はゆっくり歩くに限ります。

      20170101芹ヶ谷公園11


  
景色を眺め、たまには写真を撮ったりして楽しみましょう。    

      20170101芹ヶ谷公園13



市道を挟んで、芹ヶ谷公園はさらに続きます。

何なのか良く分からないオブジェ。

      20170101芹ヶ谷公園14


元旦だからでしょうか?
こちらの多目的広場では、子供連れの親子が凧揚げをしていました。

      20170101芹ヶ谷公園15


多目的広場の隣の斜面は、雑木林を利用した冒険広場。
いわゆるアスレチックのミニ版。
当然、犬が入ったら顰蹙を買いそうなので、ここはスルーいたします。

      20170101芹ヶ谷公園16



またまた、嫌な看板が目に入ります。

      20170101芹ヶ谷公園17

ひょっとして、この公園を利用する犬連れの人は
余りにもモラルが欠けているのか?


こちらが、その噴水池。

      20170101芹ヶ谷公園18


確かに子供が水遊びするために作られた感が強い。

      20170101芹ヶ谷公園19


噴水池の前で写真を撮るだけでも絵になるのにねぇ。

      20170101芹ヶ谷公園20


      20170101芹ヶ谷公園21



噴水池のさらに先は美術館エリア。

こんなオブジェも飾られています。

      20170101芹ヶ谷公園22


美術館の建物の前には、ひっそりと芹ヶ谷公園の園内図板が置かれていたりします。

      20170101芹ヶ谷公園23



町田市立国際版画美術館前にて。

      20170101芹ヶ谷公園24

今日は元旦で美術館も休館日。
ひっそりとしています。
美術館が芹ヶ谷公園の南端であり、ここで公園は終わり。


芹ヶ谷公園を南北に縦断したことになるから、町田駅方面に戻りましょう。

      20170101芹ヶ谷公園25



石段を台地へと上がって行けば、再びオブジェ。

      20170101芹ヶ谷公園26


こちらが、美術館の門(...............かな?)

      20170101芹ヶ谷公園27


こちらが芹ヶ谷公園の西口(入口)になるのかな?

      20170101芹ヶ谷公園28



偶然、立ち寄った芹ヶ谷公園。
町田市には薬師池公園とか相原中央公園とか
管理の行き届いた公園があって気に入っているんだけど
この芹ヶ谷公園もお気に入りの公園の一つに加わりました...............。



2017/01/18 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

原町田七福神④ 弁財天  《 母智丘神社 》(2017年1月1日)(東京都町田市) 

1月1日 公休日

毎年、個人的な1月の恒例行事である七福神巡り。
今年は原町田七福神巡りからスタートです。

「原町田七福神」は、平成21年に祀られた比較的新しいものですが、
既に都内・相模地区で人気の注目コースとなっているようです。
小田急線町田駅の南側に展開する原町田七福神は、
総距離約3キロと短く気軽に廻れ、中央商店街を通るため、
行き帰りにお食事や喫茶、買物が楽しめるのも魅力のひとつです。
しかしながら、犬連れで巡る際は、楽しみが半減しちゃいそうですが
ワンちゃんと一緒に散歩感覚で巡れるのも魅力の一つではないでしょうか...............?


原町田七福神は

弁財天       母智丘神社
毘沙門天      浄運寺
大黒天        カリオン広場
布袋尊        宗保院
福禄寿        町田商工会議所前
寿老人       勝楽寺
恵比寿       町田天満宮

と、このような構成となっています。



それでは、原町田七福神の第4弾。
母智丘神社の 弁財天です。

弁財天とは唯一の女神で、知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があるといわれます。
インドの水の神、音楽の神、知恵の神。
本来の姿は、八臂で金剛杵・弓矢・刀などを持ち、水の恵みを与え、
河の怒りをもって水を供給してくれる五穀豊穣の神様でもある。
中世以降では、琵琶を抱える姿が多くなり、音楽や芸能、弁舌の神様となったそうです。


母智丘神社は、大正8年(1919)3月に黒木昇、ハナ両氏によって、
日向國の北諸県郡庄内の石峯山上に鎮座する豊受姫大神と大歳大神を奉遷して
御分霊を勧請し、近在の尊崇を得て創建したものです。
始めは母智丘協会といい、昭和21年宗教法人となり協会を廃止して神社と社名を変更したそうです。


こちらが、母智丘神社の入口。

と、思っていたら裏だった。

      20170101町田七福神④弁財天01



神社の入口は、こちらでした。
小さな鳥居がお出迎え。

      20170101町田七福神④弁財天02



母智丘神社は住宅街の一角にある小さな神社。
境内もさほど広くはない。

      20170101町田七福神④弁財天03



境内の片隅に、原町田七福神の弁財天。

      20170101町田七福神④弁財天04


      20170101町田七福神④弁財天05


      20170101町田七福神④弁財天06



境内の真ん中に大きな藁(?)の輪。

      20170101町田七福神④弁財天07


『茅の輪』と言うらしい。
輪をくぐる順番もあるみたいです。

      20170101町田七福神④弁財天08



こちらが拝殿。

      20170101町田七福神④弁財天09



そして本殿。

      20170101町田七福神④弁財天10



小さな神社ですが、地元の氏子さんが多いのか?
10人ぐらいの参拝者がいて、輪っかの前は順番待ちでした。

原町田七福神の弁財天、これにて制覇です。




2017/01/17 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

原町田七福神③ 寿老人  《 勝楽寺 》(2017年1月1日)(東京都町田市) 

1月1日 公休日

毎年、個人的な1月の恒例行事である七福神巡り。
今年は原町田七福神巡りからスタートです。

「原町田七福神」は、平成21年に祀られた比較的新しいものですが、
既に都内・相模地区で人気の注目コースとなっているようです。
小田急線町田駅の南側に展開する原町田七福神は、
総距離約3キロと短く気軽に廻れ、中央商店街を通るため、
行き帰りにお食事や喫茶、買物が楽しめるのも魅力のひとつです。
しかしながら、犬連れで巡る際は、楽しみが半減しちゃいそうですが
ワンちゃんと一緒に散歩感覚で巡れるのも魅力の一つではないでしょうか...............?


原町田七福神は

弁財天       母智丘神社
毘沙門天      浄運寺
大黒天        カリオン広場
布袋尊        宗保院
福禄寿        町田商工会議所前
寿老人       勝楽寺
恵比寿       町田天満宮

と、このような構成となっています。



それでは、原町田七福神の第3弾。
勝楽寺の 寿老人です。

寿老人とは
中国出身の神で、不老不死の霊薬を所持しているといわれています。
人々の健康と長寿の神様として、広く崇敬されています。


こちらが、勝楽寺の寺号碑。

      20170101町田七福神③寿老人01

勝楽寺は、三寶山と号します。
勝楽寺は、三橋新右衛門(勝楽寺殿清誉浄正居、天正3年1575年没)が開基となり、
源蓮社光誉が天正元年(1573)に開山したといいます。


こちらが、勝楽寺の山門。

      20170101町田七福神③寿老人02


山門に掲げられた扁額。

      20170101町田七福神③寿老人03

山号である『三寶山』と記されています。


この勝楽寺は、平成20年に都道(都市計画道路)開通工事の着工のため
墓地・境内移転事業が始まり、本堂は曳き屋により現在の場所に移動されました。
納骨塔『無量寿の塔』が建設され、本堂地下には誕生殿(ホール)
および蓮華殿、舎利堂などが作られたそうです。
境内の一部が都道になり、昔とはかなり変わってしまったらしい。

確かに、タワーのような納骨堂です。

      20170101町田七福神③寿老人04


境内で見つけた、原町田七福神 寿老人

      20170101町田七福神③寿老人05


幟もしっかりと立てられています。

      20170101町田七福神③寿老人06


こちらが、町田七福神 寿老人。

      20170101町田七福神③寿老人07


      20170101町田七福神③寿老人08


      20170101町田七福神③寿老人09



こちらが、本堂。

      20170101町田七福神③寿老人11


勝楽寺では、本殿の事を『紹隆殿』と言うらしい。

      20170101町田七福神③寿老人10


本堂に掲げられた扁額。

      20170101町田七福神③寿老人12

こちらにも『紹隆堂』と記されています。


本堂地下には、イベント会場となる『誕生堂』もあるらしい。

      

こちらが、鐘楼。
      
      20170101町田七福神③寿老人13

背後には高層マンション。
町田っていつの間にかに都会になっていたんだねえ。
ちょっとびっくり。

とりあえず、これにて原町田七福神、3つ目制覇です。





2017/01/16 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

原町田七福神② 布袋尊  《 宗保院 》(2017年1月1日)(東京都町田市) 

1月1日 公休日

毎年、個人的な1月の恒例行事である七福神巡り。
今年は原町田七福神巡りからスタートです。

「原町田七福神」は、平成21年に祀られた比較的新しいものですが、
既に都内・相模地区で人気の注目コースとなっているようです。
小田急線町田駅の南側に展開する原町田七福神は、
総距離約3キロと短く気軽に廻れ、中央商店街を通るため、
行き帰りにお食事や喫茶、買物が楽しめるのも魅力のひとつです。
しかしながら、犬連れで巡る際は、楽しみが半減しちゃいそうですが
ワンちゃんと一緒に散歩感覚で巡れるのも魅力の一つではないでしょうか...............?


原町田七福神は

弁財天       母智丘神社
毘沙門天      浄運寺
大黒天        カリオン広場
布袋尊        宗保院
福禄寿        町田商工会議所前
寿老人       勝楽寺
恵比寿       町田天満宮

と、このような構成となっています。



それでは、原町田七福神の第2弾。
宗保院の 布袋尊です。

布袋尊は、笑門来福、夫婦円満、子授けの神様として信仰されています。
中国出身の禅僧で、唯一実在した人物。
その容姿から知恵を授け、福徳と円満な暮らしを与えてくると言われています。


JR横浜線町田駅南口。
JRの線路脇にある宗保院。

こちらが宗保院の寺号碑。

      20170101町田七福神②布袋尊01

宗保院は、大河伊与(元亀元年1570年没、光雪院安心宗保居士)が開基となり、天文年間(1532-1555)に創建、吸江呑恕和尚(天正18年1590年寂)が開山したといいます。慶安2年には寺領7石3斗の御朱印状を拝領したといいます。


山門前にて。

      20170101町田七福神②布袋尊02


こちらが総門。

      20170101町田七福神②布袋尊03


総門に掲げられた扁額。
山号の『金森山』と記されています。

      20170101町田七福神②布袋尊04



総門脇にある原町田七福神 布袋尊。

      20170101町田七福神②布袋尊05


      20170101町田七福神②布袋尊06


      20170101町田七福神②布袋尊07



こちらが、鐘楼。

      20170101町田七福神②布袋尊08

背後の建物は、町田ターミナルプラザ。



こちらが本堂。

      20170101町田七福神②布袋尊09



本堂に掲げられた扁額。

      20170101町田七福神②布袋尊10



こちらが、秋葉殿。

      20170101町田七福神②布袋尊11



秋葉殿に掲げられた扁額。

      20170101町田七福神②布袋尊12



古くから在る寺院のようですが、本堂も秋葉殿も割と新しく
厳かな感が少ない気がしますが、気のせいかな?

とりあえず、原町田七福神の布袋尊。
これにて制覇です。




2017/01/15 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

原町田七福神① 福禄寿  《 町田商工会議所前 》(2017年1月1日)(東京都町田市) 

1月1日 公休日

新しい年がやって来ました。
今更ながらですが...............

新年明けましておめでとうございます。


さて、ここ数年は毎年1月1日は公休日。
そして、1年のスタートの日に七福神巡りをしています。
これが意外に楽しくて、毎年1月は手頃な七福神巡りに精を出しています。



2017年の七福神巡り。
今年は 原町田七福神巡り からスタートです。


「原町田七福神」は、平成21年に祀られた比較的新しいものですが、
既に都内・相模地区で人気の注目コースとなっているようです。
小田急線町田駅の南側に展開する原町田七福神は、
総距離約3キロと短く気軽に廻れ、中央商店街を通るため、
行き帰りにお食事や喫茶、買物が楽しめるのも魅力のひとつです。
しかしながら、犬連れで巡る際は、楽しみが半減しちゃいそうですが
ワンちゃんと一緒に散歩感覚で巡れるのも魅力の一つではないでしょうか...............?

原町田七福神は

弁財天       母智丘神社
毘沙門天      浄運寺
大黒天        カリオン広場
布袋尊        宗保院
福禄寿        町田商工会議所前
寿老人       勝楽寺
恵比寿       町田天満宮

と、このような構成となっています。


それでは、原町田七福神の第1弾。
町田商工会議所前の 福禄寿。

福禄寿は
長寿・幸福の徳を持ち、招徳人望の神様として信仰されています。
ご神名は伊装諾尊。長寿の神ですが、
一般には人々の幸福、授かる財物、人々の寿命を司る神様として親しまれています。


町田駅前は1980年代から長い期間をかけ再開発が進み、
昔の町田駅前を知っている身としては、随分と様変わりの感がします。
と言っても30年以上も前の町田駅周辺を語っても、もはや知らない人ばかりでしょうね。

町田商工会議所は、この先。

      20170101町田七福神①福禄寿07



こちらが、町田商工会議所の前。

      20170101町田七福神①福禄寿01

原町田七福神の幟も立っています。


こちらが、原町田七福神 福禄寿。

      20170101町田七福神①福禄寿02


      20170101町田七福神①福禄寿03


      20170101町田七福神①福禄寿04


七福神の像の台座には、簡単な福禄寿の説明文。

      20170101町田七福神①福禄寿05


一応、こんな案内板もあるから、七福神には力を入れているみたいです。

      20170101町田七福神①福禄寿06


神社や寺院に祀られている訳じゃないから
何となく有り難みに欠けると言うか、重きを置いている感が沸かないけれど
秘仏として公開されていない社寺仏閣よりはマシかな?

こんな感じの七福神の像があって、それを巡る手軽さがやっぱり良いですね。



2017/01/14 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さん、うどん職人に挑戦 (2016年12月31日) 

12月31日 夜勤明け

久しぶりの夜勤明けでちょっぴり疲れているけれど
この日は大晦日。

大晦日と言えば年越し蕎麦ですが、今年はちょっと趣向を変えて
こちらの年越しにいたしましょう。

      20161231うどん作り01



実は、妹の もっちゃん がゲットした、イトーヨーカドーの限定品らしい。
(限定2000ケ、完売済み)

どん兵衛の生麺タイプが入っていると思っていたらしく、箱を開けてびっくり!
『手打ちって、こう言うことか...............』と妙に納得したらしい。
ならば、年末にやってくる兄貴に任しちゃえ! と私にお鉢が回ってきました。

      20161231うどん作り02


そうです。
びいすけ父さん、うどん職人にチャレンジです。

      
まずは、箱に入っていた説明書をじっくり読みましょう。

      20161231うどん作り03



箱の中身を取り出すと、こんな感じです。

      20161231うどん作り04

思いのほか、麺を捏ねる時の鉢と麺棒が立派です。
材料は4人前。
うどん用の特製粉、お揚げ、スープとカップ。
麺以外はほとんど『どん兵衛』です。


その他に準備するのは、4人前で水160cc、食塩12g。

      20161231うどん作り05

さらに、ポリ袋、まな板(または、ラップ)、包丁などが必要です。


用意した水160ccに、食塩12gを溶かします。

      20161231うどん作り06


      20161231うどん作り07


では、麺作りに入ります。
特製粉を鉢に入れます。
そして、食塩水の2/3をまんべんなく入れ
粉がそぼろ状態になるように混ぜます。

      20161231うどん作り08


      20161231うどん作り09


残りの食塩水を加え、全体に馴染ませます。

      20161231うどん作り10


均一に混ざったところで生地を一まとめにします。

      20161231うどん作り11


ここからが、手打ちうどんの真骨頂。
10分を目安に手のひらに体重と想いをのせて
しっかりと捏ねていきます。

      20161231うどん作り12


実は、これがなかなか難しい。

      20161231うどん作り13


目標は10分で生地が耳たぶぐらいの柔らかさになれば良い。

      20161231うどん作り14


しかし、なかなか柔らかくなってくれない。

      20161231うどん作り15



しっかり体重をかけているんだけど、耳たぶの柔らかさには程遠い。
この頃には、額にうっすら汗が浮かんで来たりして...............
見守る びいすけ も心配顔?

      20161231うどん作り16


結局、説明書では10分(だから10分どん兵衛?)と言う事ですが
約20分しっかり捏ねました。

      20161231うどん作り17


生地をうどん玉にして、ポリ袋に入れて10分寝かせます。

      20161231うどん作り18


      20161231うどん作り19



なぜか、気になって匂いを嗅ぐ びいすけ 。

      20161231うどん作り20



うどん玉を寝かせたあとは、平たく伸ばす作業です。
専用の伸ばし台が無いので、テーブルにラップを敷きつめて、簡易作業台とします。

      20161231うどん作り21


うどん玉を取り出し、伸ばし棒(麺棒)で平たく伸ばしていきます。

      20161231うどん作り22


これまた手強い。

      20161231うどん作り23


正直言うと、耳たぶの柔らかさになっていなかったため
うどん玉が硬いのってなんの。
なかなか綺麗に伸びてくれません。

      20161231うどん作り24


とりあえず、縦方向に45cmぐらいまで伸ばします。

      20161231うどん作り25



90°ズラして、再び伸ばし作業。
打ち粉を打つのも忘れずに...............。

      20161231うどん作り26



とにかく、体重をかけて、伸ばし棒を転がし
少しづつ伸ばしていきます。

      20161231うどん作り27

やはり、額にはうっすらと汗が浮かんできます。



少しづつ円形の形になってきます。

      20161231うどん作り28


      20161231うどん作り29


時折、 びいすけ が『何してるの〜?』っと覗きこみます。

      20161231うどん作り30



一応、厚さが均等になるように伸ばします。

      20161231うどん作り31


完全な円にはなりませんでしたが、これもご愛嬌。
伸ばし作業、完了です。

      20161231うどん作り32



伸ばした生地を三つ折りにします。

      20161231うどん作り33


今度は、うどん切り。
菜っ切り包丁のような、まっすぐな平たい刃の包丁が有れば良いのですが
あいにく、文化包丁しかない。
仕方ないので、さらに生地を折り曲げ、切り作業に入ります。

      20161231うどん作り34


これまた、うどん切りが難しい。
なかなか、上手くうどんが切れない。

      20161231うどん作り35



力任せに切ろうとしても、生地を押しつぶしてしまいます。

      20161231うどん作り36

思わず、専用の切り包丁が欲しいと思っちゃいました。


悪戦苦闘の末、うどん切りも完了。

      20161231うどん作り37



麺の茹で時間も10分。
さすが10分どん兵衛。
10分と言う時間にこだわります(笑)。

      20161231うどん作り38


揚げ と 粉末のスープの素を入れ、熱湯を注げば完成。

      20161231うどん作り39



手打ち10分どん兵衛の実食です。

      20161231うどん作り40


さすが、手打ち。
コシがあってモチモチしていて美味し!

      20161231うどん作り41



当然、完食です。

      20161231うどん作り42



初めてチャレンジした 手打ちウドン。
こんなに大変だとは思いませんでした。

普通の小麦粉で打ったら、どんな感じになるんだろう。
ちょっぴり興味が湧いたりして...............







2017/01/13 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ワクチン接種 (2016年12月29日) 

12月29日 公休日

12月初めに、 びいすけ のワクチン接種の案内をハガキで貰っていたんだけれど
ついついバタバタしていて、この日までワクチンの事はすっかり忘れていました(汗)。

久しぶり(約1年振りに)12月30日と新年の1月2日に24時間勤務の夜勤に入るため
その間の びいすけ の世話と年末年始でもあるから、
何年か振りに、年末に実家に帰ることにしました。
今回は12月29日〜1月4日までお世話になります。

そんな訳で、12月29日の午後、帰省渋滞の始まる前に高速をひとっ走り。
実家に到着してひと息をつき、実際は日が暮れて暗くなってしまいましたが...............)
びいすけ のワクチン接種に行って来ました。


飼い主(親)孝行の びいすけ 。
7歳になっても大きな病気、怪我も無く
最近は年2回(春のフィラリア検査、この時期のワクチン)と病院に来る回数も少ない。

お久しぶりの主病院である八王子の『いまい動物病院』のドアを開けます。
年末と言うこともあって、午後の診察(16:00〜)の1番を狙っていたけど
既に先客がいて、待合室で待機です。

      20161229ワクチン01


      20161229ワクチン02



5分ほど待って、 びいすけ の名前が呼ばれます。

診察台に乗って体重測定。


      20161229ワクチン03

12.9kgでした。
気持ち痩せたかな?

簡単なチェックをして、8種混合のワクチン接種です。

      20161229ワクチン04

これで、1年は犬のポピュラーな病気の予防になるでしょう。





ここからは記録として残します。

ワクチン証明書。

      20161229ワクチン05


レシート。

      20161229ワクチン06


病気や怪我など無ければ、次回 いまいさんに来るのは
5月頃のフィラリア検査になるのかな?
そうであることを期待しています。










2017/01/12 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit