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び・び・びのびいすけ

びいすけとお父さんと時々もっちゃん

日光街道すぎと七福神めぐり⑦  《 福正院  福禄寿 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日  公休日

この日は、埼玉県の杉戸町に出かけました。

毎年、1月の恒例行事である七福神巡り。
今回は、日光街道すぎと七福神巡りにチャレンジです。

日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。


日光街道すぎと七福神巡り、いよいよその最終章。
福正院の福禄寿です。




福禄寿は
長寿・幸福の徳を持ち、招徳人望の神様として信仰されています。
ご神名は伊装諾尊。長寿の神ですが、
一般には人々の幸福、授かる財物、人々の寿命を司る神様として親しまれています。


福正院は、正式名称は薬王山宝光寺福正院と言い、本尊は薬師如来です。



こちらが福正院。

      20170111福正院 福禄寿01


山門前の説明板。

      20170111福正院 福禄寿02

よくよく振り返ってみると、七福神で巡った寺院のほとんどに
杉戸町教育委員会が建てた説明板がある。
杉戸町って、文化財を大切にしよう!と言う気持ちがら高いんだなぁ。


こちらが山門。

      20170111福正院 福禄寿03



そして、本堂。

      20170111福正院 福禄寿04



本堂に掲げられた扁額。

      20170111福正院 福禄寿05

山号である『薬王山』の名がしっかりと記されています。




お目当の七福神は境内の一角、本堂前に在ります。

こちらが、日光街道すぎと七福神の福禄寿。

      20170111福正院 福禄寿06


      20170111福正院 福禄寿07


実は、境内に入ると、思い切り犬に吠えられました。

福正院の守り神(?)
二歳の芝犬(雌)、ももちゃん。



びいすけ の匂いを察して吠えていたんでしょう。
お寺の方が、 びいすけ の近くへ連れて来たら
びいすけ も尻尾を振って対応。

      20170111福正院 福禄寿08


      20170111福正院 福禄寿09



名残り惜しいですが、ももちゃん に見送られるように、福正院をあとにします。


これで日光街道すぎと七福神も制覇。

果たして、今年は良い年になるのだろうか...............?



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2017/01/31 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日光街道すぎと七福神めぐり⑥  《 永福寺  寿老人 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日  公休日

この日は、埼玉県の杉戸町に出かけました。

毎年、1月の恒例行事である七福神巡り。
今回は、日光街道すぎと七福神巡りにチャレンジです。

日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。

日光街道すぎと七福神巡り、その第6回目。
永福寺の寿老人です。


寿老人とは
中国出身の神で、不老不死の霊薬を所持しているといわれています。
人々の健康と長寿の神様として、広く崇敬されています。

永福寺は、正式名称は龍燈山永福寺といい、本尊は阿弥陀如来像。真言宗豊山派に属する寺で天平勝宝5年に行基菩薩によって開かれたそうです。
関東三大施餓鬼の一つと言われ、「どじょう施餓鬼」は神秘的で厳かな雰囲気が魂を揺さぶります。
生前の殺生や悪事により地獄に落ちたものを供養する為、
境内の池に経文を唱えてもらいどじょうを放す習慣があるそうです。
毎年8月22日・23日の2日間、 大施餓鬼修行をしているそうです。



こちらが、永福寺の寺号標

      20170111永福寺 寿老人01



門前に建つ説明板。

      20170111永福寺 寿老人02


永福寺の文化財の説明板。

      20170111永福寺 寿老人03

それなりに由緒ある文化財が多くあるようです。



こちらが、山門。

      20170111永福寺 寿老人04



山門に掲げられた扁額。

      20170111永福寺 寿老人05

山号が記されているようですが、とても『龍燈山』とは読めない。




こちらが本堂。

      20170111永福寺 寿老人06


本堂に掲げられた扁額。

      20170111永福寺 寿老人07

こちらは、寺号でもなく、山号でもなく
扁額に書かれている内容が全く読めない。



お目当の七福神を発見。

      20170111永福寺 寿老人08



こちらが、日光街道すぎと七福神の寿老人。

      20170111永福寺 寿老人09


      20170111永福寺 寿老人10



こちらは鐘楼。

      20170111永福寺 寿老人11



以前の本堂の鬼瓦なのだろうか?

      20170111永福寺 寿老人12

境内に在る建物のガラスの扉の奥に展示されています。



山門脇には閻魔堂。

      20170111永福寺 寿老人13


境内には、それなりの年代を経た大銀杏の樹。

      20170111永福寺 寿老人14


      20170111永福寺 寿老人15

残念ながら危険防止なのか?枝は切り落とされてしまっているが
かなりの年代物だと思われます。




永福寺の門前にある説明板。

      20170111永福寺 寿老人16



「西行法師見返りの松」とその碑らしい。

      20170111永福寺 寿老人17


こちらが、その碑。

      20170111永福寺 寿老人18

説明板によれば、
西行法師が東北地方への旅の途中、この地で病に倒れてしまいました。
その時、村人達の親切な看護を受け、静養中にこの松を愛し、
治癒すると村人達にお礼を言って、この松振り返りしながら旅だったそうてす。
その後、村人達はこの松を西行法事見返りの松と呼んだそうです。


おそらく、この松は大きさから言って当時のモノではなさそうですが
伝承を今に伝え、数代経っても伝説の松の木を大切にする
地元の方の信仰心が垣間見れます。
(ネットで調べたら、3代目の松になるらしい。)

杉戸町の永福寺。
やっぱり由緒あるお寺のようです...............。




2017/01/30 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日光街道すぎと七福神めぐり⑤  《 全長寺  布袋尊 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日  公休日

この日は、埼玉県の杉戸町に出かけました。

毎年、1月の恒例行事である七福神巡り。
今回は、日光街道すぎと七福神巡りにチャレンジです。

日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。


日光街道すぎと七福神巡り、その第5発目。
全長寺  布袋尊です。



布袋尊は
笑門来福、夫婦円満、子授けの神様として信仰されています。
中国出身の禅僧で、唯一実在した人物。
その容姿から知恵を授け、福徳と円満な暮らしを与えてくると言われています。

全長寺は、正式には高埜山全長寺と言います。
本尊は聖観世音菩薩で、宗派は曹洞宗。
開山は元和2年(1616年)で、一色善十郎直春が幸手城主であり、
兄でもある一色宮内大輔直朝の意を受けて
一色氏累代の菩提を弔うために建立したものとされています。



ナビの案内通りに車を走らせると、なぜか運送会社(?)の奥に進み、
全長寺の裏手(墓地)に着いてしまいました。

一応、表札の入った石造りの門もあるから、間違いじゃない。

      20170111全長寺 布袋尊01



こちらが本来と言うか、全長寺の表参道。

      20170111全長寺 布袋尊02



そして、こちらが全長寺の山門。

20170111全長寺 布袋尊04


山門に掲げられた扁額

      20170111全長寺 布袋尊05





山門脇には、説明板。

      20170111全長寺 布袋尊03



こちらが本堂。

      20170111全長寺 布袋尊06




そして、鐘楼

      20170111全長寺 布袋尊09


そして、こちらがお目当の七福神。

      20170111全長寺 布袋尊07


日光街道すぎと七福神 全長寺の布袋尊です。

      20170111全長寺 布袋尊08


     
これで、日光街道すぎと七福神 の布袋尊も制覇。
日光街道すぎと七福神 の5福神を制覇したことになります。
残すはあと2つ。
頑張りましょう。






2017/01/29 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日光街道すぎと七福神めぐり④  《 宝性院  毘沙門天 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日  公休日

この日は、埼玉県の杉戸町に出かけました。

毎年、1月の恒例行事である七福神巡り。
今回は、日光街道すぎと七福神巡りにチャレンジです。

日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。

日光街道すぎと七福神巡り、その第4ヶ所目。
宝性院の毘沙門天です。




毘沙門天はインド出身の神様です。
仏教四天王の一人。多聞天とも言われており、
さらに金毘羅の別名もあり、
招福利財・融通招福の神として広く親しまれています。

宝性院は、正式名称を杉戸山宝性院不動寺と言います。
本尊は胎蔵界大日如来です。
永禄3年(1562年)に徳川家から幸手庄内を賜った一色宮内大輔義直が開山したと伝えられています。
境内にある不動堂は嘉永2年(1849年)9月に再建されたもので、
安産不動明王、成田山不動明王、菅谷不動明王の3体が祀られています。


日光街道の旧道沿いにある宝性院。

      20170111宝性院 毘沙門天01


旧道が本来の日光街道だから、旧道沿いに鎮座しているのが本筋かも知れない。
何せ、日光街道すぎと七福神って言うぐらいだから、
やっぱり日光街道沿いに無くっちゃ!

幟も日光街道沿いに立ってこそ意義がらある(?)

      20170111宝性院 毘沙門天02


杉戸は日光街道の宿場町の一つ。
杉戸町も町を挙げて、日光街道の宿場町杉戸としてPRしているようです。

こんな案内板も宝性院の門前に建てられていました。
宿場町を びいすけ と一緒に歩く...............

これも楽しいテーマかも知れない。
宿場町杉戸を散歩するのは、いずれかの機会にするとして
今日は『日光街道すぎと七福神巡り』に精を出しましょう。

      20170111宝性院 毘沙門天03



こちらが、宝性院の山門。

      20170111宝性院 毘沙門天04



境内に建てられた説明板。

      20170111宝性院 毘沙門天05

宝性院は別名、杉戸不動尊と呼ばれているようです。
地元では、杉戸不動の方が馴染みがあるのかも知れない。



こちらが本堂。

      20170111宝性院 毘沙門天06



本堂に掲げられた扁額。

      20170111宝性院 毘沙門天07

山号の『杉戸山』の文字が確認出来ます。



こちらが、成田山不動堂。

      20170111宝性院 毘沙門天08



扁額はズバリ!

      20170111宝性院 毘沙門天09

『不動』でした(笑)。


こちらが鐘楼。

      20170111宝性院 毘沙門天12




お目当の七福神はこちら。

      20170111宝性院 毘沙門天10



日光街道すぎと七福神 宝性院の毘沙門天です。

      20170111宝性院 毘沙門天11




本堂前には、スタンプ台も置かれていたようです。

      20170111宝性院 毘沙門天13



七福神の毘沙門天も制覇して、この地をあとにしようとしたら
こんな説明板を見つけちゃいました。

      20170111宝性院 毘沙門天14

何と! この宝性院が杉戸学校(後の杉戸小学校)の跡地らしい。


確かに明治の初め、明治政府が発令した『学制』によって各村単位で学校が創立されました。
その際、寺院の敷地を校舎として使用される事が多くありました。
この杉戸学校もその一つでした。

明治7年に杉戸宿、清地村、倉松村の子どもたちの教育のために
この宝性院に杉戸学校が設立されたとのことです。
多少の変遷はありましたが、明治34年までこの地に杉戸学校が在ったそうです。


今は、宝性院の駐車場と化しているこの辺りに、小さな学び舎が建っていたのだろうか?

      20170111宝性院 毘沙門天15



七福神巡りで思わぬ見っけモノ。
ちょっぴり得した気分です。

自宅に帰って来て、杉戸小学校の事を調べていたら
明治34年に宝性院から移転した杉戸小学校は、
昭和42年に再び移転して、旧・校地は公民館となったらしい。

いつか、その旧・杉戸小学校跡にも訪れてみたいなぁ...............





2017/01/28 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日光街道すぎと七福神めぐり③  《 延命院  弁財天 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日  公休日

この日は、埼玉県の杉戸町に出かけました。

毎年、1月の恒例行事である七福神巡り。
今回は、日光街道すぎと七福神巡りにチャレンジです。

日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。


日光街道すぎと七福神巡り、その第3ヶ所目。
延命院の弁財天です。


弁財天とは唯一の女神で、知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があるといわれます。
インドの水の神、音楽の神、知恵の神。
本来の姿は、八臂で金剛杵・弓矢・刀などを持ち、水の恵みを与え、
河の怒りをもって水を供給してくれる五穀豊穣の神様でもある。
中世以降では、琵琶を抱える姿が多くなり、音楽や芸能、弁舌の神様となったそうです。

延命院は、正式には倉松山延命院と言います。
本尊は延命地蔵菩薩です。
開山は長亨元年(1487)に領主一色丹波守直基の帰向によるものとされています。



門前に建つ説明版

      20170111延命院 弁財天01

こちらもかなり掠れていてほとんど読めない。


こちらが延命院の山門。

      20170111延命院 弁財天02



山門に掲げられた扁額。
山号でもないし、寺号でもない。
『照遍』?『遍照』?

      20170111延命院 弁財天03

これってどんな意味?
僧侶の名前か?
はたまた、単純に『辺り一面を照り映やす』と言う意味なのか?




こちらは鐘楼。

      20170111延命院 弁財天04


本堂前でも、大黒天のあった馬頭院で出会った老夫婦に
こちらでも出会った。
おそらく、日光街道すぎと七福神巡りをしているんでしょう。
御朱印を貰っていたけれど、それも一つの楽しみ方でしょうね。



こちらが、本堂。

      20170111延命院 弁財天05


      20170111延命院 弁財天06



本堂に掲げられた扁額。

      20170111延命院 弁財天07

こちらは山号ですね。



境内にある梅の木。
白い花を咲かせるらしいが、時期にはまだ早い。

      20170111延命院 弁財天08



こちらがお目当の、日光街道すぎと七福神の弁財天。

      20170111延命院 弁財天09



ちょっぴり、ふくよかに見えるのは気のせい?(笑)

      20170111延命院 弁財天10



鐘楼前の小僧の像。

      20170111延命院 弁財天11

びいすけ と並ぶのには手頃な大きさ。


さて、これで日光街道すぎと七福神の弁財天も制覇。
順調(?)に七福神巡りは続きます...............。







2017/01/27 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日光街道すぎと七福神めぐり②  《 来迎院  恵比寿 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日  公休日

この日は、埼玉県の杉戸町に出かけました。

毎年、1月の恒例行事である七福神巡り。
今回は、日光街道すぎと七福神巡りにチャレンジです。

日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。


日光街道すぎと七福神巡り、その第2発目。
来迎院の恵比寿です。


恵比寿とは
日本の神様で、漁業、商売繁盛の神として、信仰されています。
日本古来の神様でご神名は小彦名命(疱瘡神社)。
海の守護と商売繁盛、医療医薬、庶民救済の神として、崇敬されています。


来迎院は、正式には花光山来迎院と言います。
本尊は不動明王で、約800年ほど前に作られたものだそうです。
眼病を治す不動明王として知られているそうです。


この来迎院には、ナビが案内を間違えるから
なかなか辿り付けず、かなり苦労しました。
とにかく日光街道の旧道とバイパスの間にある寺院で
狭い道を入って行かないと辿り着けない。
車を停める場所を探すのにも苦労しました。


こちらが、来迎院の山門。

      20170111来迎院 恵比寿01


山門脇には木製の説明板。

      20170111来迎院 恵比寿02

長い間、風雪に打たれたのか
文字が擦れて、内容が把握出来ない。



こちらが、鐘楼。

      20170111来迎院 恵比寿03


そして、本堂。

      20170111来迎院 恵比寿04


本堂に掲げられた扁額。

      20170111来迎院 恵比寿05

しっかりと山号の『花光山』の文字。


本堂脇にも説明板。

      20170111来迎院 恵比寿08


この来迎院は不動明王が本尊。

こちらは、本尊ではないけれど不動明王像。
レプリカなんだろうか?

      20170111来迎院 恵比寿09

仏教に精通している訳でもないし、信心している訳でもないけれど
不動明王って右手に利剣、左手に縄を持ち、岩上に座して火炎に包まれた姿で、
怒りの形相に表しているから、何と無く力強さを感じて嫌いではない。



さて、肝心の七福神は...............

山門脇に祀られていました。

      20170111来迎院 恵比寿06


こちらが、日光街道すぎと七福神 恵比寿。

      20170111来迎院 恵比寿07


     
とりあえず、これで日光街道すぎと七福神 恵比寿 を制覇しました。





2017/01/26 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

日光街道すぎと七福神めぐり①  《 馬頭院  大黒天 》 (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日 公休日

毎年、1月に集中的に行っている七福神巡り。
今年は元旦の日に原町田七福神巡りをしましたが
1ヶ所(町田天満宮 恵比寿)を残し未達となっています。

その七福神巡りの第2弾。
今回は場所を埼玉県に移し、埼玉県北葛飾郡杉戸町。

日光街道すぎと七福神巡りです。


日光街道すぎと七福神は

弁財天       延命院
毘沙門天      宝性院
大黒天        馬頭院
布袋尊       全長寺
福禄寿       福正院
寿老人       永福寺     
恵比寿       来迎院

と、このような構成となっています。


その第1発目。
日光街道すぎと七福神 馬頭院の大黒天 です。


大黒天は、梵語で摩訶迦羅(マハーカーラ)。
マハー(大いなる)カーラ(黒)を漢訳して大黒天または大黒神といい、
仏教に採りいれられ、悪鬼と戦う勇猛な護法の軍神となる。
もともとは甲を付け、右手に鉾、左手に宝塔を持ち邪鬼か岩座の上にたっていた。
鎌倉時代から室町時代にかけて、字音が大黒と大国が同じ事から、
出雲大社の大国主命と結びつき、現在のような打ちでの小槌を持ち、
大きな袋を担ぎ、福徳円満な純和風な大黒天となったとされています


馬頭院は、正式には旦照山馬頭院と言い、
本尊は馬頭観世音菩薩です。
開山は行基菩薩によるものと伝えられています。



こちらが、馬頭院。

      20170111馬頭院大黒天01

あれっ?
確か、馬頭院ってどこかで聞いたような...............?

それは、後ほど記するとして、
こちらが、馬頭院の説明板。

      20170111馬頭院大黒天02



こちらが、馬頭院の山門。

      20170111馬頭院大黒天03


山門には山号の扁額が掲げられています。

      20170111馬頭院大黒天04



こちらが本堂。

      20170111馬頭院大黒天05


      20170111馬頭院大黒天06


お目当の七福神を発見。

      20170111馬頭院大黒天07


こちらが、馬頭院の大黒天です。

      20170111馬頭院大黒天08



この馬頭院には、杉戸町最古の石塔婆もあります。

文永七年の作とされる石塔婆。

      20170111馬頭院大黒天09


こちらが、その石塔婆。

      20170111馬頭院大黒天10

青石で高さは1mほど。


本堂脇の石仏(?)

馬頭院だから、馬の像?

      20170111馬頭院大黒天11

でも何故か河童と向き合ってます(笑)。



こちらは、護摩

      20170111馬頭院大黒天12

てっきり鐘楼かと思っていたら違っていました。


そして、馬頭観音の碑。

      20170111馬頭院大黒天13

『 馬のこと悪と厄とを食い尽くす 旅をも守る馬頭観音 』



ここからが馬頭院の真骨頂。
七福神巡りで訪れた馬頭院ですが
杉戸町立南小学校の記事でも触れましたが
明治6年(7年の説もあるらしい)に南小学校の前身でもある
『新知学校』の跡でもあります。

      20170111馬頭院大黒天14


境内のこの辺りに新知学校は建てられていたのでしょうか?

      20170111馬頭院大黒天15



墓地の脇にはこんな石碑が建っています。

      20170111馬頭院大黒天16


馬頭院教育史。

      20170111馬頭院大黒天17


この地がかつての堤郷村の教育の発祥の地だったんですね。

かつて、この地に在った学校が移転先で廃校になってしまったのは
やっぱり大黒天も淋しい思いなんだろうなぁ...............。





2017/01/25 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..........杉戸町立南小学校   (2017年1月11日)(埼玉県北葛飾郡杉戸町) 

1月11日  公休日

個人的な3連休の2日目。

さずがにこの日も自宅で待機って言うのも辛いから
何かあった時にすぐ駆けつけられるように、
少しでも実家である八王子に近い埼玉県の杉戸町に出かけました。

昨年の暮れに近くまで来たんだけど時間が無くて、
立ち寄る事が出来なかった廃校にってみました。

と言うことで、訪れたのは...............杉戸町立南小学校跡



南小学校は

明治7年      堤根村の馬頭院に新智学校として開校する。
明治17年     清地学校分校となる。
明治25年     堤郷尋常小学校として九品寺に移転。
明治28年     再び馬頭院に移転。
明治35年     現在地に移転。
明治44年     高等科を併設し、堤郷高等尋常小学校と改称する。
昭和31年     町村合併により杉戸町立南小学校と改称する。
昭和54年     東小学校と合併して新たに杉戸町立第三小学校が開校。
           南小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっています。


こちらが南小学校跡地。

      20170111南小学校跡01



現在は、杉戸町の南公民館となっています。

      20170111南小学校跡02



敷地の一角には、説明板。

      20170111南小学校跡03

杉戸町の学校跡には、このような説明板が建てられているから
親切この上ない。


説明板の隣には、南小学校の校歌の碑。

      20170111南小学校跡04


      20170111南小学校跡05


校歌の碑以外には、これと言った遺構は見当たらない。

      20170111南小学校跡06


公民館の庭が、かつての校庭だったのだろうか?

      20170111南小学校跡07


      20170111南小学校跡08



公民館の隣には、杉戸町立南幼稚園。

      20170111南小学校跡09

公民館の職員の方に話を聞いたら、幼稚園は昨年閉園となってしまったようです。


こちらが、幼稚園跡地。

      20170111南小学校跡10

古めかしい園舎。

もしや?、幼稚園の園舎は昔の南小学校の校舎?
と思って公民館の職員の方に聞いてみたが、
着任してまだ数年で昔の事は分からないらしい。

しかし、園庭に残る遊具は園児には大きすぎないか?

      20170111南小学校跡11

ひょっとしたら?
疑問は多いに残ります。


隣接するテニスコート。

      20170111南小学校跡12


実は、このテニスコートのある場所が
かつての堤郷中学校の跡地らしい。

テニスコートのフェンス沿いに、こんな説明板が建っていました。

      20170111南小学校跡13



テニスコートの奥に見える建物が南公民館。

      20170111南小学校跡14

中学校より気持ち高台に南小学校は在ったようです。


テニスコートに居た年配の方に話を伺ったら

①小学校と中学校は隣接していたらしい。
②幼稚園は当時は無く、小学校が無くなってから
小学校の敷地に幼稚園が出来たらしい。
③幼稚園の園舎は小学校の校舎か否かは分からない。


いずれにしても、園庭に残された遊具類は
南小学校の遊具であったかもしれません。


偶然にも中学校跡まで確認することが出来、
杉戸町の教育委員会が設置した説明板のおかげです。

小学校に限らず、教育の場、学び舎であった学校跡。
その場所を後世にはしっかりと伝えて行く杉戸町教育委員会の姿には脱帽です。




2017/01/24 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

手作りに挑戦............チョーカー編 第19作目  (2017年1月10日) 

1月10日  公休日

個人的な3連休初日。

午前中にチョーカーを1本作り、何故かテンションが高い。
勢いと言うか、
ついでと言うか、
何故か びいすけ 用のチョーカーも作ってみたくなった。


改めて工具と材料を取り出し、気合いを入れます。

      20170110チョーカー19作目01


びいすけ の普段用のチョーカーを作りましょう。

ベースとなる材料はこちら。

      20170110チョーカー19作目02

以前、日暮里で買ってきた革テープ。
幅は20mm。
厚みも3mmほど有り、チョーカー用にと300円ぐらいで買ってきたモノ。
長さは90cmほど有り、チョーカー用には申し分無い。


仕上がりを32cm。
カシメ金具用の折り返し4cm×2
都合40cmでカットします。

      20170110チョーカー19作目03


両端を4cm折り返し、位置がズレないようにテープで仮固定。

      20170110チョーカー19作目04



穴開けペンチでカシメ金具用の穴を開けます。

      20170110チョーカー19作目05



今回は、わざと使い古した感を出したいので
アンティーク調のカシメ金具と飾りカシメを使います。

      20170110チョーカー19作目06


チョーカー金具のD環に革テープを通してカシメ金具で固定します。

      20170110チョーカー19作目07



躊躇せず、ハンマーでカシメます。

      20170110チョーカー19作目08


両端の計4ヶ所をカシメてチョーカー金具を取り付ければ、ほぼ完成。

      20170110チョーカー19作目09


      20170110チョーカー19作目10


      20170110チョーカー19作目11



これだけじゃ味気ないから、飾りカシメでアクセントを付けましょう。

飾りカシメ用のカシメ穴を開けます。

      20170110チョーカー19作目12



カシメ台座の特大サイズを利用して、カシメポンチを使ってカシメます。

      20170110チョーカー19作目13



反対側にも同じように飾りカシメを取り付けます。

      20170110チョーカー19作目14


びいすけ の首の位置になる箇所にも飾りカシメを取り付けましょう。

      20170110チョーカー19作目15


躊躇なく、ハンマーを持つ手に力を入れて叩いてカシメます。

      20170110チョーカー19作目16


飾りカシメの取り付け完了。

      20170110チョーカー19作目17



すなわち、完成です。

      20170110チョーカー19作目18


金具の色合いが中々良い。(自画自賛)(笑)

      20170110チョーカー19作目19


      20170110チョーカー19作目21


ワンポイントのイカリマーク⚓️の飾りカシメもちょっぴりいい感じ。

      20170110チョーカー19作目20


      
さっそく、 びいすけ に装着してみましょう。

      20170110チョーカー19作目22


      20170110チョーカー19作目23


トライカラーの びいすけ には目立たず、派手でも無く
落ち着いた感じで良いんではないかい?

と言うことで、また一つチョーカーが増えました。






2017/01/23 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

手作りに挑戦............チョーカー編 第18作目  (2017年1月10日) 

1月10日  公休日

1月10日から12日まで個人的な3連休。
当初は伊豆に2泊で旅行に行く予定だったんだけど
先週、父親が病気になり緊急入院と緊急手術。
一応、命には問題は無かったけど、1ヶ月ほどの入院になるらしい。
旅行はキャンセルし、この日は自宅で待機。


特に家に居てもすることは無いので
頼まれて居た(?)チョーカーを作ることにしました。

チョーカー作り、その第18作目です。


いつものように、工具、材料を並べて
チェックを兼ねてテンションを高めます。

      20170110チョーカー18作目01



白い革テープがちょうど40cmの余りがある。
この革テープでチョーカーが1本作れます。

      20170110チョーカー18作目02



仕上がりは32.5cmが理想なんだけど、余りの材料だから文句は言えない。
カシメ用の折り返し部を4cmにして2ヶ所。
仕上がりを32cmにすれば、40cmで計算通りになる。

      20170110チョーカー18作目03


この白い革テープ、コバ処理が施してあるから楽です。

革用ペンチでカシメ穴を開け、カシメ作業に入りましょう。

      20170110チョーカー18作目04


端切れを丸めて保管していたから、
ちょっぴり丸まった癖がついてカシメ辛い。

      20170110チョーカー18作目05



まっすぐに伸ばしながら、カシメ作業です。

      20170110チョーカー18作目06



チョーカー金具の片側の取り付け完了。
反対側もカシメ金具でカシメて取り付けます。

      20170110チョーカー18作目07


      20170110チョーカー18作目08



これで一応、チョーカーとしては完成。

      20170110チョーカー18作目09



余りにも殺風景だから、飾りカシメでアクセントをつけましょう。

      20170110チョーカー18作目10



アルファベットの飾りカシメで名前を入れます。

      20170110チョーカー18作目11


アルファベットの文字によってはカシメ穴の位置が違うから
バランスを取りながら、穴開けペンチで穴開けします。

      20170110チョーカー18作目12


文字の傾き、ズレに注意しながらカシメます。
専用ポンチって言うモノが無いから、硬質ゴム板をポンチ代わりにして
ハンマーで叩き込みます。

      20170110チョーカー18作目13


名入れ完了。

      20170110チョーカー18作目14



さらに一手間。
飾りカシメ用のカシメ穴を開けます。

      20170110チョーカー18作目15


飾りカシメも専用のポンチが無いから、ゴム板で代用。

      20170110チョーカー18作目16


     

ここでふと、特大サイズの台座に平丸用のポンチでカシメられることが判った。

      20170110チョーカー18作目18

無事、飾りカシメもカシメ完了。


これで完成。

      20170110チョーカー18作目19


      20170110チョーカー18作目20



ワンポイントに肉球の飾りカシメ。

      20170110チョーカー18作目21


      20170110チョーカー18作目22


このチョーカーは、ダックの元へと渡ります。
実は、ダックの飼い主さんは、私の犬服作りのお師匠さん。

先日、 びいすけ の服を作ってくれる(最初はセーターと言う話だったのだが...............)
と言うになり(犬用のロンパースタイプ)、そのお礼として作ることになりました。

どうやら、お礼の方が先に出来ちゃったかな?
首を長くして、びいすけ の服、待ってますから...............(笑)。





2017/01/22 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit