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び・び・びのびいすけ

廃校を訪ねて............安飾小学校   (2016年4月15日)(茨城県かすみがうら市) 

4月15日

個人的な3連休の2日目

この日は茨城県のかすみがうら市に出かけました。



平成の大合併で新しい市町村が誕生したものの
合併しようがしまいが、少子化の波は食い止めることは出来ず
ここ数年、かなりの小学校の統廃合が実施されています。

茨城県のかすみがうら市は、平成17年に霞ヶ浦町と千代田町が合併して誕生しました。


合併してから11年後の平成28年3月。
かすみがうら市の旧・霞ケ浦町域の7つの小学校が統合され
新たな2つの小学校へと変貌してしまいました。

と言うことで、この日はかすみがうら市の廃校巡りを行いました。


かすみがうら市の廃校巡り、その第3弾は...............

かすみがうら市立安飾小学校




安飾小学校は、

明治10年   安食村中道に校舎新築、安食小学校と称す。
明治19年   安食尋常小学校と改称する。
明治22年   安食村、柏崎村、岩坪村、下軽部村が合併して安飾村が発足。
        安飾村安飾尋常小学校と改称する。
        宍倉村の分教場を廃止し、柏崎分教場を置く。
明治25年  安飾第一尋常小学校と改称。柏崎分教場は安飾第二小学校として独立する。
明治26年  高等科を併設し、安飾尋常高等小学校と改称する。
明治45年  安飾農業補修学校併設。
昭和22年  学制改革により、安飾村立安飾小学校と改称する。
昭和30年  下大津村、美並村、安飾村、牛渡村、佐賀村、志士庫村が合併して出島村が発足。
         出島村立安飾小学校と改称する。
昭和35年  安飾中学校跡に移転する
昭和44年  柏崎小学校を統合する。
平成 9年   出島村が町制実施。同時に霞ヶ浦町に改称する。
         霞ヶ浦町立安飾小学校と改称する。
平成17年  霞ヶ浦町と千代田町が合併してかすみがうら市が発足。
        かすみがうら市立安飾小学校と改称
平成28年  安飾小学校、佐賀小学校、志士庫小学校が統合し、新たに霞ヶ浦北小学校が誕生。
        安飾小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっています。




狭い県道を走って行くと、宍倉小学校、志士庫小学校と同じような看板が建っているから
安飾小学校までは、迷わずに辿り着けます。

      20160415安飾小学校01



こちらが、安飾小学校の正門。

      20160415安飾小学校02



校名の表札は、まだ外されていません。

      20160415安飾小学校03



正門前の花壇の中に建つ標柱。

      20160415安飾小学校04


出島村立安飾小学校跡 と刻まれています。

      20160415安飾小学校05

昭和35年以降、この地に安飾小学校は在るから
ひょっとしたら、出島村にこだわりがあるのかな?



EXPO70 と書かれていたオブジェ。
どことなく『太陽の塔』のイメージと重なります。
ひょっとしたら、デザイン的にパクリ?(笑)。

      20160415安飾小学校06



では、正門から安飾小学校の敷地内に入りましょう。


正門付近から眺める校舎。
こちらの校舎も二階建て。

      20160415安飾小学校07



敷地内に入ると、すぐ目に入るのがこちら。

二ノ宮像。

      20160415安飾小学校08

かすみがうら市(旧・霞ヶ浦町域)の廃校3校目で、
やっと二ノ宮像に会えました。


二ノ宮像の表情は、学校によって違うから
見比べて行くのも楽しみの一つです。

      20160415安飾小学校09



この二ノ宮像は、昭和10年に建てられたモノのようです。

      20160415安飾小学校10

小学校35年にこの地に移転してきたから
旧・校地から二ノ宮像も一緒に移転してきたのですね。



こちらの石碑は、旧・安飾中学校の校舎建築の際の寄付者が記された碑です。

      20160415安飾小学校11

確かに、この地に安飾中学校が在った証しですね。



安飾小学校の緯度・経度の位置を示した標柱。

      20160415安飾小学校12




校舎に近寄ってみましょう。

      20160415安飾小学校13

    

玄関前にブロンズ像。

      20160415安飾小学校15



少女が優しく手を振っています。

      20160415安飾小学校16


      20160415安飾小学校17



玄関庇に掲げられている校章。

      20160415安飾小学校18



この校舎は、自衛隊の百里基地の騒音対策の補助金で
昭和49年に建てられたモノのようです。

      20160415安飾小学校30



とても、42年前に建てられた校舎には見えません。

      20160415安飾小学校31



こちらは、体育館。

      20160415安飾小学校24




広い校庭。

      20160415安飾小学校14


      20160415安飾小学校19


      20160415安飾小学校20


      20160415安飾小学校21


      20160415安飾小学校22


      20160415安飾小学校23




校庭の遊具類。

      20160415安飾小学校25


      20160415安飾小学校26


      20160415安飾小学校27


      20160415安飾小学校28


      20160415安飾小学校29


これらの遊具で子どもたちが遊ぶことも
もう無くなってしまったんでしょうか?

中学校跡地から小学校へと変貌し、さらには小学校跡地となってしまった。
時代の流れと言ってしまえば一言で済んでしまいますが
何となく寂しいものです...............。



     


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2016/04/30 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さん、病院へ............... (2016年4月28日) 

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2016/04/29 Fri. 13:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて............志士庫小学校   (2016年4月15日)(茨城県かすみがうら市) 

4月15日 公休日

個人的な3連休の2日目

この日は茨城県のかすみがうら市に出かけました。



平成の大合併で新しい市町村が誕生したものの
合併しようがしまいが、少子化の波は食い止めることは出来ず
ここ数年、かなりの小学校の統廃合が実施されています。

茨城県のかすみがうら市は、平成17年に霞ヶ浦町と千代田町が合併して誕生しました。


合併してから11年後の平成28年3月。
かすみがうら市の旧・霞ケ浦町域の7つの小学校が統合され
新たな2つの小学校へと変貌してしまいました。

と言うことで、この日はかすみがうら市の廃校巡りを行いました。

その第2弾...............かすみがうら市立志士庫小学校



志士庫小学校は

明治8年   宍倉村の最勝寺を仮校舎として、宍倉小学校創立。
明治16年  東校と称し、宍倉村杲泰寺に移転する(飯岡に西校創設)
明治22年  明治22年宍倉村、西成井村、上軽部村が合併して志士庫村が発足。
        志士庫尋常小学校と改称する。
明治25年  志士庫第一尋常小学校と改称する。
明治36年  高等科を設置、志士庫尋常高等小学校と改称する。
大正12年  西成井尋常小学校を本校に併合し、分校とする。
昭和22年  学制改革により、志士庫村立志士庫小学校と改称する。
昭和30年  下大津村、美並村、安飾村、牛渡村、佐賀村、志士庫村が合併して出島村が発足。
        出島村立志士庫小学校と改称する。
昭和46年  西成井分校廃校を本校に統合する。
平成9年   出島村が町制実施。同時に霞ヶ浦町に改称する。
        霞ヶ浦町立志士庫小学校と改称する。
平成17年  霞ヶ浦町と千代田町が合併してかすみがうら市が発足。
        かすみがうら市立志士庫小学校となる
平成28年  志士庫小学校、安飾小学校、佐賀小学校が統合し、新たに霞ヶ浦北小学校が誕生。
        志士庫小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっています。



宍倉小学校から県道を直線距離で約3kmほど走れば
やがて志士庫小学校に辿り着きます。
同じかすみがうら市の宍倉と言う字(あざ)だから
そんなに遠く離れてはいないようです。


県道沿いに目立つ看板。

      20160415志士庫小学校01



廃校後(って言ってもまだ半月ちょっと)、
避難場所の名称はマスキングシートで修正しています。

      20160415志士庫小学校02



県道沿いにある旧・正門(?)

      20160415志士庫小学校03


可動式の門扉が付いているから、おそらく廃校まで利用されていたとは思うけれど
校庭を突っ切るように校内に入る形になるから
多分、こちらから入る人は少なかったんじゃないかな?


石造りの立派な門柱。
表札もしっかりと掲げられています。

      20160415志士庫小学校04



こちらが、実用されている通用門。
まぁ、正門って言っても間違いじゃないでしょう。

      20160415志士庫小学校05



表札もしっかり残っています。

      20160415志士庫小学校06


      20160415志士庫小学校07

廃校になったからって、敢えて表札を外さないところが良いなあ。



こちらが校舎。

      20160415志士庫小学校08



こじんまりとした二階建ての校舎は、何となく優しい感じ。
児童数の規模に合わせているから、身の丈に合っている。
色合いも良く見えてしまいます。

      20160415志士庫小学校09



宍倉小学校も似たような配色だったけど、この地域の特色なんだろうか?

      20160415志士庫小学校11



その隣は、体育館。

      20160415志士庫小学校10


      20160415志士庫小学校28



     
こちらは、校舎の正面玄関。 

      20160415志士庫小学校12



玄関の庇に掲げられた校章。

      20160415志士庫小学校14



時計の時刻もきっちり合ってます。

      20160415志士庫小学校13



校舎前には、校歌の碑。

     20160415志士庫小学校29



そして、志士庫小学校の緯度・経度を示す標柱と方角計。

      20160415志士庫小学校30


      


朝礼台と国旗掲揚ポール。

      20160415志士庫小学校15


       20160415志士庫小学校16



こちらは、校庭。

      20160415志士庫小学校17



校庭の奥にあるシンボルツリー。

      20160415志士庫小学校18



校庭に残る遊具類。

      20160415志士庫小学校19


      20160415志士庫小学校20


      20160415志士庫小学校21


      20160415志士庫小学校22


      20160415志士庫小学校23


      20160415志士庫小学校24


      20160415志士庫小学校25


      20160415志士庫小学校26



なぜか? こちらの校庭でも背中から転げまわる びいすけ 。

      20160415志士庫小学校27

気持ち良いのかなぁ?





念入りに探しましたが、志士庫小学校にも廃校記念碑や二ノ宮像はありませんでした。
残念だなぁ...............。


2016/04/29 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて............宍倉小学校   (2016年4月15日)(茨城県かすみがうら市) 

4月15日  公休日

個人的な3連休の2日目

この日は茨城県のかすみがうら市に出かけました。



平成の大合併で新しい市町村が誕生したものの
合併しようがしまいが、少子化の波は食い止めることは出来ず
ここ数年、かなりの小学校の統廃合が実施されています。

茨城県のかすみがうら市は、平成17年に霞ヶ浦町と千代田町が合併して誕生しました。


合併してから11年後の平成28年3月。
かすみがうら市の旧・霞ケ浦町域の7つの小学校が統合され
新たな2つの小学校へと変貌してしまいました。

と言うことで、この日はかすみがうら市の廃校巡りを行いました。

その第1弾は..............かすみがうら市立宍倉小学校


宍倉小学校は

明治16年  宍倉村飯岡の古寺院を校舎として修理し,宍倉西校として創立する。
明治20年  安飾小学校分教場となる。
明治22年   明治22年宍倉村、西成井村、上軽部村が合併して誕生。
        志士庫尋常小学校が設置され、飯岡分教場となる。
明治25年  志士庫第二尋常小学校と改称する。
明治36年  宍倉尋常小学校と改称する。
昭和22年  学制改革により、志士庫村立宍倉小学校と改称
昭和30年  昭和30年 下大津村、美並村、安飾村、牛渡村、佐賀村、
        志士庫村が合併して出島村が発足。
        出島村立宍倉小学校と改称する。
平成9年   出島村が町制実施し、町名を霞ヶ浦町と改称し、
        霞ヶ浦町立宍倉小学校と改称する。
平成17年  霞ヶ浦町と千代田町が合併してかすみがうら市発足。
        かすみがうら市立宍倉小学校と改称する。
平成28年 宍倉小学校、下大津小学校、美並小学校、牛渡小学校が統合し、
        新たに霞ヶ浦南小学校が誕生(施設は美並小学校を利用)し、
        宍倉小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっています。


県道141号線を走っていると、こんな看板が目に入ります。

      20160415宍倉小学校01



こちらが、宍倉小学校の正門。

      20160415宍倉小学校02


半月前までは、現役の小学校。
さすがに、校名の表札はまだ外されていませんでした。

      20160415宍倉小学校03

門扉は閉ざされていますが、脇からちょっと失礼して敷地内に入ります。
それでは、宍倉小学校を見学させてもらいましょう。


まだまだ綺麗な校舎。
二階建ての横長の校舎です。

      20160415宍倉小学校04

デザイン的には、ひと昔前の木造二階建て校舎の雰囲気を残しているのでしょうか?


小学校とは言え、鉄筋の三階建て以上の校舎を見かける事が多いから
逆に二階建ての校舎は新鮮な感じがします。

      20160415宍倉小学校05



色々なアングルから校舎を眺めてみましょう。

      20160415宍倉小学校06


      20160415宍倉小学校07


      20160415宍倉小学校08


      20160415宍倉小学校09



正面玄関。

      20160415宍倉小学校10



玄関の庇の上には、宍倉小学校の校章。

      20160415宍倉小学校11



半月前までは、現役の小学校だったから
当然、時計の時刻はバッチリ合っています。

      20160415宍倉小学校12



校舎の前の像。
一瞬、遠目から見たから二ノ宮像だと思って近づいたら違ってました。

『 はらから 』って意味深なタイトル(笑)。

      20160415宍倉小学校13



校庭の遊具類。

つい、半月前までこれらの遊具で遊んでいた子供達は
もう此処に来ることは殆ど無いでしょう。

      20160415宍倉小学校14


      20160415宍倉小学校15


      20160415宍倉小学校16


      20160415宍倉小学校17


      20160415宍倉小学校18




こちらは、体育館。

      20160415宍倉小学校19



校庭の一角にある校歌の碑。

      20160415宍倉小学校20



特に明記はされていないけれど、校訓でしょうか?

      20160415宍倉小学校21



校舎の前の築山に立つシンボルツリー。

      20160415宍倉小学校22



その近くで転がる びいすけ 。
草の上で転がりたい陽気の季節になって来たようです。

      20160415宍倉小学校23




こちらは、校庭奥に在る古い門柱。
以前は、こちらが正門だったのでしょう。

      20160415宍倉小学校24

石作りの古い門柱ですが、残念ながら作られた年代は不明です。




宍倉小学校に隣接する多聞寺池。

      20160415宍倉小学校25



子どもの森つくり事業として、整備されたようです。

      20160415宍倉小学校26



ベンチもその事業の一環で設置されたようです。

      20160415宍倉小学校27

確かに、学校の敷地の隣に、整備されたちょっとした公園があると
学校に来るのが楽しかったかも知れないなぁ。



でも今は、誰も居なくて...............

      20160415宍倉小学校28


子どもたちが作った手作りの看板(オブジェ?)が
やけに目立っているのが、物悲しくなってしまいます...............。


残念ながら、廃校記念碑はなく
二ノ宮像もありませんでした。

いつまで、この校地がこのままの形で残るか分かりませんが
いつかは校舎も取り壊されてしまうでしょう。
その時にでも記憶に残るよう、記録に残すように
記念碑でも建てて貰えればなあ...............などと思ったりします。







2016/04/28 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて............番外編   旧・佐倉実科高等女学校跡   (2016年4月14日) 

4月14日  公休日

4月14日~16日まで個人的な3連休。
当初は那須高原に旅行に出かける予定で有給を取り
計画も色々と立てていたのですが..................
3月に体調を崩し、病院に通うかもしれなかったので予定をキャンセル。
結果、これと言って予定のない連休となってしまいました。

午前中は雨も降っていたので、グダグダと部屋で過ごし
晴れ間が見えてきた午後、散歩ついでに気になっていた場所に出かけてみた。


以前、誰かに聞いたのですが、佐倉市の中央公民館が、かつての学校跡。
佐倉実科高等女学校(現在の佐倉東高校)の在った場所だと言うことです。


佐倉実科高等女学校は

明治40年     佐倉女子技芸学校開校(佐倉市裏新町4,番地)
明治43年     町立佐倉実践女学校と改称
大正3年      校舎を佐倉市鏑木934番地に移転
大正7年      郡立移管し,印旛郡立佐倉実科高等女学校と改称(5月10日).
大正10年      印旛郡立佐倉高等女学校と改称
大正12年     県立移管し、千葉県立佐倉高等女学校と改称
           校舎を佐倉市鏑木217番地へ新築移転
昭和22年     併設中学校設置
昭和23年     高等学校に昇格し、千葉県立佐倉女子高等学校と改称
昭和27年    千葉郡大和田町(現在の八千代市勝田台南)に夜間定時制の大和田分校を開設すろ
          (現在の県立八千代高等学校)  
昭和36年    千葉県立佐倉東高等学校と改称
昭和42年    新校舎竣工.現在地(佐倉市城内町278番地)に移転

とこのような沿革となり、昭和36年に現在の校名である千葉県立桜東高等学校に改称しています。
長い間女子校でしたが、平成17年4月から男女共学となりました。



自宅から歩いて行ける距離の中央公民館。
何度も公民館の近くを散歩で歩いたことがあります。

午前中外出できず、散歩に出るなり軽快に闊歩する びいすけ 。

      20160414旧・佐倉実科高等女学校跡01


      20160414旧・佐倉実科高等女学校跡02


弥勒町の八幡神社脇の坂を下って行けば、中央公民館はもうすぐそこです。

      20160414旧・佐倉実科高等女学校跡03



確かに、見た感じ校舎のように見えてしまう中央公民館。

      20160414旧・佐倉実科高等女学校跡04


草に隠れて見えないけれど、中央公民館の建物の定礎は唱和51年。

      20160414旧・佐倉実科高等女学校跡05



沿革によれば、この地から移転したのが昭和42年。
と言う事は、移転後に建てられたということは、中央公民館の建物は校舎の再利用ではなさそうです。

      20160414旧・佐倉実科高等女学校跡06

校舎っぽく見えるんだけどなぁ................


こちらは、中央公民館に隣接する佐倉市シルバー人材センター。

      20160414旧・佐倉実科高等女学校跡07



現在は利用されず閉ざされている門。
学校の校門に見えてしまうのは、気のせい.....?

      20160414旧・佐倉実科高等女学校跡08



定礎板が見当たらなかったので建てられた時期が不明だけど
こちらも校舎のように見えてしまうんだけどなぁ............

      20160414旧・佐倉実科高等女学校跡09


      20160414旧・佐倉実科高等女学校跡10


      20160414旧・佐倉実科高等女学校跡11



中央公民館の駐車場に移動します。

駐車場の一画に建てられた説明版

      20160414旧・佐倉実科高等女学校跡12


そして記念碑。

      20160414旧・佐倉実科高等女学校跡13



『旧校地跡記念碑』と刻まれています。

      20160414旧・佐倉実科高等女学校跡14


      20160414旧・佐倉実科高等女学校跡15



以前は、印旛土木事務所や佐倉保育園が在った敷地。
土木事務所は取り壊され移転し、佐倉保育園は数年前に建て替えられました。

      20160414旧・佐倉実科高等女学校跡16


広い駐車場のこの辺りに印旛土木事務所(確か2階建ての建物だったような気がします)が在りました。

      20160414旧・佐倉実科高等女学校跡17

おそらく、校舎を再利用していたのでしょう。



駐車場の奥の建物が新しく建てられた佐倉保育園。

      20160414旧・佐倉実科高等女学校跡18

建て替え前の保育園の前を びいすけ と何度か散歩して
園児に『ワンちゃん、可愛い~』と声を掛けられたこともありました。
急に、そんな事を思い出しました。
佐倉の現住所に住み始めて早10年。
この辺りもかなり様変わりしたような気がします。

      20160414旧・佐倉実科高等女学校跡19


生まれ育った街ではないけれど、10年ちょっとしか住んでいなくても
そんなことを感じてしまう。

佐倉に生まれ、佐倉で育った人。
佐倉で学び、佐倉で青春の過ごした人にとって
この変貌をどう感じるのだろうか..............?








2016/04/27 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

手作りに挑戦..............................犬服 第64作目 (2016年4月14日) 

4月14日  公休日

個人的な3連休初日。

4月14日~16日まで個人的な3連休。
当初は那須高原に旅行に出かける予定で有給を取り
計画も色々と立てていたのですが..................
3月に体調を崩し、病院に通うかもしれなかったので予定をキャンセル。
結果、これと言って予定のない連休となってしまいました。

午前中は天気も雨。
コレといった予定もないし、外は雨だし。
こんな日には犬服でも作っちゃおう!!

と言うことで、犬服作り、その第64作目となります。


今回は、こちらのTシャツを びいすけ のラグラン袖の服にリメイクしてみましょう。

      犬服6401



大雑把にラッシャー鋏で解体。
まずは、後ろ身頃から生地取りします。

型紙を当てて、チャコでマーキング。

      犬服6402

チャコのマーキングに合わせて、ローリングカッターで裁断します。



続いて、前身頃。

同じように型紙を当てて、チャコでマーキングします。

      犬服6403

チャコのマーキングに合わせて、ローリングカッターで裁断します。


続いて、両袖。
生地は、前回使用した(解体した)パーカーの生地を流用します。

型紙を当てて、チャコでマーキング。

      犬服6404

チャコのマーキングに合わせて、ローリングカッターで裁断します。



各パーツの生地取り完了。

      犬服6405



こちらが、後ろ身頃。

      犬服6406



前身頃と両袖。

      犬服6407




それでは、ミシン作業に取り掛かりましょう。


先ずは、前身頃と後ろ身頃を縫い合わせて身頃とします。
直線縫いでカタカタカタ。

      犬服6408



ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      犬服6409



続いて、袖作り。
袖用の生地の端を縫い合わせて筒状にします。

直線縫いでカタカタカタ。

      犬服6410



ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      犬服6411



さらには、身頃に袖を縫い付けます。

直線縫いでカタカタカタ。

      犬服6412



ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      犬服6413



犬服の原形って言うか、ほぼ形は完成。

      犬服6414



とりあえず、 びいすけ に仮試着してもらいましょう。

      犬服6415

尻尾が下がちゃっているから分かりづらいけど、丈がイマイチ。
でも手直しはいたしません。
何とかなるでしょう(笑)。




それでは、リブ作り。
今回は、白いリブにしてみましょう。

      犬服6416




リブの裁断幅は6cmとして
襟口 縫い合わせ寸法18cmだから
    リブ寸法は16cmに
袖口 縫い合わせ寸法11cmだから
    リブ寸法は10cmに
丈裾 縫い合わせ寸法37cmだから
    リブ寸法は30cmに採寸しました

      犬服6417



リブの端を縫い合わせて輪っかを作ります。

      犬服6418



襟口、袖口(2個)、裾周り
各リブの輪っか作り完了。

      犬服6419



では、リブを縫い付けて行きましょう。

先ずは、襟口から。
直線縫いでカタカタカタ。

      犬服6420



ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      犬服6421



続いて、両袖口のリブ付け。

直線縫いでカタカタカタ。

      犬服6422



ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      犬服6423



襟口と袖口のリブ付け完了。

      犬服6424

残すは裾周りのリブ付け。



一気に仕上げちゃいましょう。

直線縫いでカタカタカタ。

      犬服6425



ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      犬服6426



これで、リブ付けも完了。

      犬服6427

一応、これで完成です。



出来上がりは、こんな感じです。

      犬服6428


      犬服6429


      犬服6430



恒例(?)の試着タ〜イム。

      犬服6431


      犬服6432


      犬服6433
   

      犬服6434


気持ち、丈が長い気もするけれど、おかしくは無い。
犬なように見えるけれど、猫のようにも見えるシルエットのイラスト。

まぁ、誰も着ていない柄(?)になるから
ちょっぴり気に入っています。

犬服作り、第64作。完成です!。








2016/04/26 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

利根七福神⑦ 福禄寿  《 早尾天神社 》(2016年4月11日)(茨城県北相馬郡利根町) 

4月11日 公休日

この日は、茨城県の利根町にある『利根七福神』巡りに出かけました。


利根七福神は

毘沙門天 (徳満寺)
恵比寿(布川神社)
布袋尊(円明寺)
福禄寿(早尾天神社)
弁財天(来見寺)
大黒天(蛟網神社)
寿老人(応順寺)

と、このような構成になっています


利根七福神もいよいよ最終章となりました。
円明寺をあとにして向かった先は...............利根七福神巡り 第7弾 早尾天神社福禄寿


早尾天神社は、



こちらが、早尾天神社の正面入口。

鳥居の前で、はいポーズ。☆パチリ。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社01


      20160411利根七福神⑦早尾天神社02


      20160411利根七福神⑦早尾天神社03



逆光と言うか影になって神額は見づらい。
辛うじて、天満宮の文字が読み取れます。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社04


     


こちらが、利根七福神の福禄寿

      20160411利根七福神⑦早尾天神社07



      20160411利根七福神⑦早尾天神社06


      20160411利根七福神⑦早尾天神社08

福禄寿は
長寿・幸福の徳を持ち、招徳人望の神様として信仰されています。
ご神名は伊装諾尊。長寿の神ですが、
一般には人々の幸福、授かる財物、人々の寿命を司る神様として親しまれています。




こちらが、拝殿。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社05




拝殿に掲げられた神額。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社10



そして、こちらが本殿。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社09


    

拝殿脇の境内。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社11


      20160411利根七福神⑦早尾天神社12



境内中央奥にそびえるイチョウの樹。
公孫樹です。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社13



早尾天神社の境内には、石仏、石碑が多い。


スダジイ左に鎮座する石碑群。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社14



スダジイ右に鎮座する石碑群。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社15



拝殿前にも石碑はあります。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社16



早尾天神祠碑

      20160411利根七福神⑦早尾天神社17

早尾天神社縁起、由緒などが記されています。



こちらは、手水舎。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社18


      20160411利根七福神⑦早尾天神社19



そして常夜燈。

      20160411利根七福神⑦早尾天神社20

いい感じで苔生していて、何となく由緒ある天神社の感が強い。


学問の神として、菅原道眞を祀っている天神社。
あまり縁がない神社ですが、少し寂れた感が何処となく趣きがあるような気がします。
得てして、パワースポットってこんなモノかも知れない。
利根七福神巡りをしなければ、この先も訪れることもなかった早尾天神社。
利根七福神巡りをして正解だっかも知れない。

利根七福神巡り、これにて完結です...............。




2016/04/25 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

利根七福神⑥ 布袋尊  《 円明寺 》  (2016年4月11日)(茨城県北相馬郡利根町) 

4月11日 公休日

この日は、茨城県の利根町にある『利根七福神』巡りに出かけました。


利根七福神は

毘沙門天 (徳満寺)
恵比寿(布川神社)
布袋尊(円明寺)
福禄寿(早尾天神社)
弁財天(来見寺)
大黒天(蛟網神社)
寿老人(応順寺)

と、このような構成になっています



蛟網神社をあとにして、向かった先は...............利根七福神 第6弾 円明寺布袋尊


円明寺は、正式名を長根山 地蔵院 円明寺 と呼びます。

山号の『長根山』は、江戸時代初期に寺の南側山麓を
「ナガネ」と称し、これにより現在地の円明寺一帯を
「ナガネヤマ」と称したということです。
院号は「地蔵院」と言い、建長7(1255)年に千葉介頼胤夫人の延明地蔵菩薩(木造)寄進によるとされています。




こちらが、山門前の寺号標。

      20160411利根七福神⑥円明寺01




こちらが、山門。

      20160411利根七福神⑥円明寺02

改修中なのか?
なぜか屋根にはブルーシートが被せられています。


山門の先には、本堂。

      20160411利根七福神⑥円明寺03



山門をくぐって、目の前に現れた本堂。

      20160411利根七福神⑥円明寺04



本堂に掲げられた扁額。

      20160411利根七福神⑥円明寺05



本堂の庇の部分を覗いて見ると...............

見覚えのある紋。

      20160411利根七福神⑥円明寺06



もしや? と思い、屋根を見上げて見ると...............

ありました! 月星紋。

      20160411利根七福神⑥円明寺07



くっきりと輝く月星紋。

      20160411利根七福神⑥円明寺08


鬼瓦にも光り輝く月星紋。

      20160411利根七福神⑥円明寺09


何と、円明寺の寺紋は、千葉氏本家の家紋である月星紋。

      20160411利根七福神⑥円明寺10


実は、千葉氏に所縁のある寺だとは知らなかったので
月星紋を見た時は、思わずガッツポーズ。
こんな場所(って言う表現もおかしいけど)、千葉氏の家紋に出会えるなんて...............

それも、千葉宗家の月星紋だから、やっぱり嬉しいねぇ。

ちょうど、草花に水やりをしていたお寺の方(住職の息子さん?)に話を伺ったら
「千葉氏所縁のお寺で、千葉宗家の家紋と同じものを寺紋として使っています。」と
自慢げ(?)に話されていました。
わざわざ、月星紋を探して、妙見神社巡りをしている身としては
偶然とはいえ、月星紋に出会えるとは嬉しい限りです。




こちらは、鐘楼。

      20160411利根七福神⑥円明寺11



さて、肝心の利根七福神の布袋尊。
なかなか見つけられませんでした。

布袋尊と同じよ背丈の紫陽花の木に隠れていて
何故だか看板もなく、見つけるのに苦労しました。

      20160411利根七福神⑥円明寺12


      20160411利根七福神⑥円明寺13

布袋尊は、笑門来福、夫婦円満、子授けの神様として信仰されています。
中国出身の禅僧で、唯一実在した人物。
その容姿から知恵を授け、福徳と円満な暮らしを与えてくると言われています。




先ほど、話をして伺った円明寺の関係者の方(住職さんの息子さん?)の話では
円明寺そのものは、昔の城址ではないが、
近くには城が在ったと言うことです。



確かに、千葉氏の家紋を見たり、こんな土塁を見たりしちゃうと、
千葉氏関連の城郭跡だったのかな? などと思ったりしちゃいます。

      20160411利根七福神⑥円明寺14


      20160411利根七福神⑥円明寺15


      20160411利根七福神⑥円明寺16


近くに城が在ったと言うことなので、その辺りもじっくり調べて
今度はそちらの城址を訪れてみることにしよう...............。








2016/04/24 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

利根七福神⑤ 大黒天  《 蛟網神社 》(2016年4月11日)(茨城県北相馬郡利根町) 

4月11日 公休日

この日は、茨城県の利根町にある『利根七福神』巡りに出かけました。


利根七福神は

毘沙門天 (徳満寺)
恵比寿(布川神社)
布袋尊(円明寺)
福禄寿(早尾天神社)
弁財天(来見寺)
大黒天(蛟網神社)
寿老人(応順寺)

と、このような構成になっています


応順寺をあとにして、向かった先は...............利根七福神第4弾 蛟網神社大黒天


蛟網神社は、『こうもうじんじゃ』と読みます。

今から約2300年前、孝霊天皇3年(紀元前288)に水神である弥都波能売命を
現在の門の宮の場所に祀ったのがその始まりで、文間大明神ともいわれています。
そして、文武天皇(第42代天皇)2年(698)には土神の波邇夜須毘売命を合祀し、
東の高台(現在の奥の宮)に遷座しました。
このとき、門の宮は、取り壊す予定でしたが、氏子たちの強い要望で、祭神を分祀し、
門の宮となったそうです。

すなわち、蛟網神社は『奥の宮』と『門の宮』の2つが存在します。
とはいえ、そんなことはつゆ知らないので、今回は門の宮にしか訪れていません。
まあ、目的が利根七福神の大黒天だから、仕方がないんですけどね。


こちらが、蛟網神社 門の宮の鳥居。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社01

      20160411利根七福神⑤蛟網神社02
     

鳥居に掲げられた神額。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社03



      
鳥居の脇には説明板。
どうやら、この松の宮周辺には史跡が多いようです。
   
      20160411利根七福神⑤蛟網神社04



もっとも、この『蛟網神社 松の宮』そのものが利根町指定文化財のようです。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社05



さらには、鳥居の反対側にも説明板。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社06

こちらは、立木貝塚の説明板です。



立木貝塚の氷柱の脇に何やら像が見えます。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社07



どうやら、利根七福神の大黒天のようです。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社08



      20160411利根七福神⑤蛟網神社10



      20160411利根七福神⑤蛟網神社09



大黒天のアップです。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社11

大黒天は、梵語で摩訶迦羅(マハーカーラ)。
マハー(大いなる)カーラ(黒)を漢訳して大黒天または大黒神といい、
仏教に採りいれられ、悪鬼と戦う勇猛な護法の軍神となる。
もともとは甲を付け、右手に鉾、左手に宝塔を持ち邪鬼か岩座の上にたっていた。
鎌倉時代から室町時代にかけて、字音が大黒と大国が同じ事から、
出雲大社の大国主命と結びつき、現在のような打ちでの小槌を持ち、
大きな袋を担ぎ、福徳円満な純和風な大黒天となったとされています




大黒天の脇にある石段を上れば拝殿、さらには本殿となります。

     20160411利根七福神⑤蛟網神社12



こちらが、拝殿。

     20160411利根七福神⑤蛟網神社13


     20160411利根七福神⑤蛟網神社14


別アングルから。

     20160411利根七福神⑤蛟網神社15



拝殿前の中臣一万度行事碑。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社16

神前で長い祝詞である中臣祓詞を一万回奏して
罪を祓い清めることを行った記念として建てられた碑とされています。



拝殿に掲げられた神額。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社17



拝殿の彫物。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社18




境内に狛犬が居ないと思ったら拝殿に居たのですね。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社19



こちらが、本殿。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社20



意外にって言う言うか、それなりに立派。
なぜか、厳かな雰囲気が漂う本殿です。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社21






本堂裏にある祠。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社24

石祠など4基が安置されています。



蛟網神社の門の宮そのものが、歴史ある神社だから
無造作にイジられていなくて、周辺はその名残りを残しています。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社22



緑が映える季節になってきたから、緑の起伏のある土壇が美しい。

      20160411利根七福神⑤蛟網神社23


      20160411利根七福神⑤蛟網神社25


この先、ずっとこのままの姿を残してもらいたいものです...............。





2016/04/23 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

利根七福神④ 寿老人  《 応順寺 》(2016年4月2日)(茨城県北相馬郡利根町) 

4月11日 公休日

この日は、茨城県の利根町にある『利根七福神』巡りに出かけました。


利根七福神は

毘沙門天 (徳満寺)
恵比寿(布川神社)
布袋尊(円明寺)
福禄寿(早尾天神社)
弁財天(来見寺)
大黒天(蛟網神社)
寿老人(応順寺)

と、このような構成になっています


利根七福神の第3弾。
訪れたのは...............応順寺寿老人 です。


寿老人は中国出身の神で、不老不死の霊薬を所持しているといわれています。
人々の健康と長寿の神様として、広く崇敬されています。



応順寺は羽立山と号し、 天正16年に開基された浄土真宗のお寺です



こちらが、応順寺の山門。

      20160411利根七福神④応順寺01



正確には、羽立山 應順寺 と言うようです。

      20160411利根七福神④応順寺02

『応』が旧書体の『應』になっているようです。



何やら、句が飾られています。

      20160411利根七福神④応順寺03

月船 とは、布川の文化を担った者の一人である古田月船のことです。
月船は俳人・小林一茶を支援し、また親友でもありました。
一茶の月船亭泊りは49回になるとされています。
利根町(布川)を愛した小林一茶は生涯で布川に289回宿泊されたとされ、
その内の49回が月船亭であることから、一茶と月船の親交度が計り知れます。



山門をくぐれば、正面に本堂。

      20160411利根七福神④応順寺07


      20160411利根七福神④応順寺08



本堂に掲げられた扁額。

       20160411利根七福神④応順寺09

読みづらい書体ですが、羽立山と山号が記されています。




肝心の利根七福神は言えば、山門をくぐって右手側。
鐘楼の手前に祀られていました。

      20160411利根七福神④応順寺05


      20160411利根七福神④応順寺04


      20160411利根七福神④応順寺06

寿老人とは
中国出身の神で、不老不死の霊薬を所持しているといわれています。
人々の健康と長寿の神様として、広く崇敬されています。



      
こちらが鐘楼。

       20160411利根七福神④応順寺10




ちょっと時期を逃してしまいましたが...............

      20160411利根七福神④応順寺11

あと1週間も早く訪れていたら、
山門前の桜もきっと綺麗に咲いていたことでしょう。


利根七福神の寿老人。
これにて制覇です。









2016/04/22 Fri. 00:10 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............番外編 偶然見つけた学校跡地 (2016年4月11日)(茨城県北相馬郡利根町) 

4月11日 公休日

この日は、利根町の『利根七福神』巡りをしていました。

『利根七福神』の弁財天のある来見寺の隣に
布川地区コミュニティセンターがあります。

このコミュニティセンターのある敷地が
フェンスに囲まれた敷地ですが、フェンス沿いの桜の木に
ついてい、学校らしさを感じてしまう。
どう見ても、学校跡地のように見えてしまう。

気に成りだすと、確認したくなるのが私の性分。


敷地内(駐車場脇)の一角には遊具がある。

      20160411旧布川小学校跡09



そして、遊具の側には、こんなオブジェ。

      20160411旧布川小学校跡02



台座をじっくり見てみると...............

      20160411旧布川小学校跡01

何やら文字が刻まれている。



さらに、近づいて見てみると...............

      20160411旧布川小学校跡13

昭和41年度卒業生記念制作 と刻まれています。


まさしく、卒業記念のオブジェ。


って言うことは、ここは学校跡地?
それとも、オブジェを移設したのか?


すぐさま、コミュニティセンターの職員の方に尋ねてみました。

その職員の方の話では昭和40年代半ばまで
この地に布川小学校が在ったそうです。
この地から、布川中学校跡地に新たな校舎を建てて
布川小学校は移転したそうです。

実は、お話を伺った職員の方が、この地に布川小学校が在った時の在校生で
布川小学校を卒業して数年後に移転したそうです。


布川小学校の遺構として、残っているのは、このオブジェだけらしい。


一応、職員の方にお断りをして、敷地内を見学させて貰うことにしました。




この時点では、いつこの場所から移転したのか?
詳しい沿革が判らなかったから、あとで利根町役場の中にある教育委員会を訪ねたら
そちらでも判らなかった。
ただ、教育委員会の方が色々と調べてくれたようで
平成20年に行われた布川小学校の閉校式のパンフレットのコピーを送ってくれました。


そのパンフレットから抜粋すれば


布川小学校の沿革は

明治6年     徳満寺に学校を設置し、『刀陽小学校』と称する。
明治9年     学校所在地の名称を用い、『布川小学校』と改称する。
明治15年    新校舎完成、布川小学校の開校式を行う
           (この時に来見寺隣接地に移転したと思われます)
明治19年    布川尋常小学校と改称する。
明治44年    高等科を設置し、布川尋常高等小学校と改称する。
昭和22年    学制改革により布川町立ふかわ小学校と改称する。
昭和30年    深川町、文村、文間村、東文間村が合併して利根町が誕生。
          利根町立布川小学校と改称する。
昭和48年    中学校深川教場跡に新校舎を建設して移転
平成20年    太子堂小学校と合併して廃校となる。
          尚、新たな組織として太子堂小学校の敷地に布川小学校開校。

とこのような沿革となっています。


不明だった布川小学校の沿革が判りました。
利根町教育委員会の方々、ありがとうございました。




こちらが、旧・布川小学校の正門跡。

      20160411旧布川小学校跡03

いかにも、学校の校門跡って言う感じがします。



フェンス沿いの桜並木。

      20160411旧布川小学校跡04

この桜は布川小学校時代から、ここにあったらしい。
毎年綺麗な花を咲かせているそうです。



敷地内のかなりの部分が駐車場と化していますが
びいすけ の奥、民家の手前辺りに校舎が建っていたらしい。

      20160411旧布川小学校跡05



こちらは反対側にあたる駐車場。

      20160411旧布川小学校跡06

こちらは校庭だったそうです。



現在、敷地には布川地区コミュニティセンターが建っています。

      20160411旧布川小学校跡07



コミュニティセンターに隣接する 利根町民すこやか交流センター。

      20160411旧布川小学校跡08



コミュニティセンターと駐車場の間の一角が
かつての布川小学校を彷彿させる空間のようです。

      20160411旧布川小学校跡10



こちらの銀杏の樹も、数年前に枝を伐採されてしまいましたが
以前は壮大な姿を見せていたそうです。

      20160411旧布川小学校跡11



来見寺との境界にある桜の木。

      20160411旧布川小学校跡12


春には桜の花を眺め、風に桜の花が舞い、
秋には黄金色の銀杏の葉が舞う姿が
昭和40年代のこの布川小学校には、きっと似合っていたのでしょう...............。




  
2016/04/21 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

利根七福神③ 弁財天 《 来見寺 》(2016年4月11日)(茨城県北相馬郡利根町) 

4月11日 公休日

この日は、利根町に出かけました。
先日、利根町の廃校を回った時に、たまたま立ち寄った布川神社で
『利根七福神』の存在を知り、七福神フリークの身としては
知らなかったとは言え、その存在を知ってしまったら
全部見て回らなきゃ気がすまない。
と言うことで、この日は『利根七福神』巡りとなりました。

徳満寺をあとにして、向かった先は...............利根七福神③ 来見寺弁財天



こちらが、来見寺。
寺号標の前で、はいポーズ。 ☆パチリ

      20160411利根七福神③来見寺01



こちらの来見寺には、利根町指定文化財の 赤門 があるらしい。

      20160411利根七福神③来見寺02



どうやら、奥に見える山門が赤門前らしい。

      20160411利根七福神③来見寺03



利根町に289回も訪れたとされている俳句で著名な小林一茶。
ここ、来見寺にも訪れて句を詠んだようです。

      20160411利根七福神③来見寺04



こちらは、指定文化財を示す標柱。

      20160411利根七福神③来見寺05

利根町は、この標柱を用いているようですね。



そして、こちらが赤門。

      20160411利根七福神③来見寺06

確かに赤いが、木造の山門の朱色は褪せてしまっています。



山門(赤門)をくぐった先に現れる『利根七福神』の弁財天。

      20160411利根七福神③来見寺09


      20160411利根七福神③来見寺07


      20160411利根七福神③来見寺08

弁財天とは唯一の女神で、知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があるといわれます。
インドの水の神、音楽の神、知恵の神。
本来の姿は、八臂で金剛杵・弓矢・刀などを持ち、水の恵みを与え、
河の怒りをもって水を供給してくれる五穀豊穣の神様でもある。
中世以降では、琵琶を抱える姿が多くなり、音楽や芸能、弁舌の神様となったそうです。




こちらが、来見寺の本堂。

      20160411利根七福神③来見寺10



本堂から眺める山門(赤門)。

      20160411利根七福神③来見寺11



こちらは鐘楼。

      20160411利根七福神③来見寺12



境内には、家康公ゆかりの『松替の梅』。

      20160411利根七福神③来見寺13


この来見寺。
実は、徳満寺と並んで利根町を代表する寺院で
徳川家康ゆかりの名刹だそうです。
永禄3年(1560年)、府川(布川)城主・豊島頼継が開基したので、
当初、頼継寺と呼ばれていたそうです。


頼継寺3世住職の日山和尚は三河国(現在の愛知県)岡崎生まれで
幼年時から龍海院にて徳川家康公とは筆硯の仲だったそうです。
慶長9年(1604年)、家康公が鹿島神宮参りの折に頼継寺に泊まり旧交を温め、
「我来見の上は、来見寺とつくべし」と頼継寺から来見寺へ改めるよう号しました。
また家康公はこの地を流れる府川の川上に絹川(鬼怒川のこと)があるのだから、
絹にかけて府川を布川にせよと上意されたそうです。

つまり、来見寺の名前の由来も、布川の地名の由来も
徳川家康公によるものだと言うことです。




こちらは、布川台の台地を背にした無縁塔。

      20160411利根七福神③来見寺14

1300余りの無縁仏が祀られているとされています。
元々、布川城主の豊島氏関連の墓石もあるようです。



その脇には台地に上る石段。
せっかくだから、上ってみましょう。

      20160411利根七福神③来見寺15



石段の途中にある常夜燈。

      20160411利根七福神③来見寺16


さらに石段を上ります。

      20160411利根七福神③来見寺17



石段を上りきった先に道了堂。

      20160411利根七福神③来見寺18

道了薩埵という室町時代の曹洞宗の僧を本尊として祀ったお堂です。



先ほどの石段を挟んで道了堂の反対側に在る浅間神社。

      20160411利根七福神③来見寺19

明治以前の神仏習合の名残りでしょうか?
フェンスが張り巡られ、布川台地側からは、この浅間神社に参ることは出来ません。
来見寺の境内から、先ほどの石段を上って参ることが出来ます。



本殿と祭神。

      20160411利根七福神③来見寺20



こちらは拝殿。

      20160411利根七福神③来見寺21



石段を下り、来見寺の境内に戻ります。
墓地横の駐車場に戻ると、駐車場に隣接する敷地が気になった。

気になると確認したくなる性分。
もうちょっと、この地に留まることになりました...............。








2016/04/20 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

利根七福神② 毘沙門天  《 徳満寺 》  (2016年4月11日)(茨城県北相馬郡利根町) 

4月11日 公休日

先日、利根町の廃校を回っている時に、たまたま利根七福神の存在を知りました。
その日は、利根七福神の恵比寿だけをお詣りしましたが
せっかく知りえた利根七福神。
自宅からもズバ抜けて遠い訳でもないから
中途半端な状態も嫌なので、残りの六福神も制覇しちゃいましょう!
と言うことで、この日は利根七福神詣りと相成りました。


利根七福神は

毘沙門天 (徳満寺)
恵比寿(布川神社)
布袋尊(円明寺)
福禄寿(早尾天神社)
弁財天(来見寺)
大黒天(蛟網神社)
寿老人(応順寺)

と、このような構成になっています。


先ずは、利根七福神② 徳満寺毘沙門天 です。


利根川沿いのちょっとした台地の上に
利根七福神の毘沙門天が祀られている徳満寺があります。

      20160411利根七福神②01



こちらが徳満寺の寺号標。

      20160411利根七福神②02

徳満寺には以前訪れた事があります。
実は、徳満寺の在る台地一帯が、かつての布川城。

布川城址に訪問の際、この徳満寺に立ち寄りました。


以前は、この城址碑も目的の一つでしたが
今回はちょっと違う。

      20160411利根七福神②03



とは言いながらも、布川城址の説明板は
しっかりとチェックしちゃいます。

      20160411利根七福神②04



こちらが、徳満寺の山門。

      20160411利根七福神②05



山門に掲げられた扁額。

      20160411利根七福神②06





今回のお目当は、利根七福神の毘沙門天像。


毘沙門天の説明板。

      20160411利根七福神②07


毘沙門天は、インド出身の神様。
仏教四天王の一人。多聞天とも言われており、
さらに金毘羅の別名もあり、
招福利財・融通招福の神として広く親しまれています。



こちらが、利根七福神の毘沙門天。

      20160411利根七福神②08


      20160411利根七福神②09



なぜか、毘沙門天の近くに一回り小さい他の七福神が並んでいます。

      20160411利根七福神②10


      20160411利根七福神②11



ひょっとしたら、この徳満寺で『利根七福神』はクリアーしてしまうのか?

      20160411利根七福神②12

でも、それじゃ意味がない。
やっぱり、7ヶ所の社寺仏閣を回ってこそ意味がある。




以前、布川城址 として紹介した徳満寺ですが
(その時の記事は こちら )
今回は、布川城址については触れません。
単純に徳満寺を紹介していきましょう。


徳満寺は真言宗の寺院で、元亀年間(1570〜)に祐誠上人が中興したとされています。
当初は、今の門前に建てられていましたが、この地を治めていた豊島氏が滅ぶと、
城跡(現在の場所)に寺を移しました。
境内にある地蔵堂には地蔵菩薩が安置され「子育て地蔵」と呼ばれ、親しまれています。
少年期の柳田國男に大きな衝撃を与えたといわれている「間引き絵馬」は本堂廊下に掲げられています。 




徳満寺の境内。

      20160411利根七福神②13



弘法大師に所縁があるのか?
境内には弘法大師に関連する石碑も多く
弘法大師の像まであります。


弘法大師修行像。

      20160411利根七福神②14

平成27年4月に建立された、比較的新しい像。
ちょうど1年経ったようです。



鐘楼堂。

      20160411利根七福神②15

近隣では除夜の鐘として、この鐘の音を聞き慣れているそうです。



客殿

      20160411利根七福神②16

てっきり、本殿と言うモノだと思っていたら、
客殿と言うらしい。



奥にあるのが地蔵堂。

      20160411利根七福神②17

この徳満寺の本尊は延命地蔵尊(地蔵菩薩・子育て地蔵とも呼ばれています)。
その本尊が安置されているところが地蔵堂です。




地蔵堂の脇には石碑が多い。


こちらは、『茨城百景』の碑。

      20160411利根七福神②18



『 茨城百景 大利根の展望 』

      20160411利根七福神②19



石碑の脇には、但し書きの説明文。

      20160411利根七福神②20

この茨城百景の碑は、元々からこの場所に建てられたモノではなく
山門前に建てられていたそうです。
山門改修時に碑は移築され、以来そのままになっているそうです。

すなわち、『 茨城百景 大利根の展望 』は徳満寺の山門から見る景色だったんですね。



こちらが、山門前。

      20160411利根七福神②21

木々が視界を遮っている上に、茨城百景選定時(昭和25年5月)に比べ、
随分と様変わりしたことだと思います。
当時はきっと橋脚などもなく、雄大な利根川が眼前に広がっていたのでしょう。




著名な俳人、小林一茶についても触れています。

      20160411利根七福神②22

日本全国各地を行脚していた一茶ですが、
布川地区での宿泊は、その他の地域より抜きん出て多く、
その数は289回が数えられています。
布川出身の俳人で、一茶の親友でもある古田月船亭の存在もあります。
また、一茶の俳句の師は3人居たようですが、その師の一人が小林竹阿であり、
もう一人は利根町にも足跡を残した溝口素丸であり、布川出身の森田安袋であったとされています。
森田安袋は、元を正せば布川出身の武士だったそうです。


どうやら、小林一茶は利根町と縁あるようです。

その影響でしょうか?
徳満寺の境内、地蔵堂の脇には一茶の句碑が建てられています。

      20160411利根七福神②23



何やら、この徳満寺。
利根七福神だけじゃなく、布川城址だったり、
茨城百景だったり、利根町の文化財が遺されていたりと、
単なる寺院だけじゃないようです。

いずれ、時間を掛けて、じっくる見てみようかな...............?


今日の所は、次なる利根七福神に向かうことにいたしましょう。



2016/04/19 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

手作りに挑戦..............................犬服 第63作目 (2016年4月7日) 

4月7日 公休日

個人的な連休2日目。

朝から雨。
まあ、急遽病院へ行かなければならなくなったから
午前中の雨は好都合。
これでもか!って言うような晴天の日に
病院通いは嫌だけど、雨の日なら気が楽かな...............?


病院からお昼ちょっと前に帰ってきて...............
さて、このあとどうしよう?
雨は一向に止む気配はないし、
取り留めて出かける予定も無い。

こんな時は、テレビを見るか、何かに興じるだけ。
ウダウダとテレビを見て、時間を潰すのなら
びいすけ の服の一枚や二枚、さささっ〜と作っちゃいましょう。
ってことで、犬服作りに挑戦です。

犬服作り、第63作目の奮闘記です。


今回は、3月に妹の もっちゃん が捨てようとしていたパーカーを
びいすけ の服にリメイクしたいと貰って来たモノ。
こちらを びいすけ のラグラン袖の犬服にリメイクしてみましょう。

      20130407犬服6301



大雑把にハサミで解体して、各パーツの生地取りです。
先ずは、後ろ身頃から。

型紙を当てて、チャコでマーキング。

      20130407犬服6302

チャコのマーキングに合わせて、
ローリングカッターで裁断します。



続いて、前身頃。
同じように型紙を当てて、チャコでマーキング。

      20130407犬服6303

チャコのマーキングに合わせて、
ローリングカッターで裁断します。


さらに、両袖の生地取り。
型紙を当てて、チャコでマーキング。

      20130407犬服6304

同じように裁断します。




これで、各パーツの生地取り完了。

      20130407犬服6305




こちらが、後ろ身頃。

      20130407犬服6306




前身頃と両袖

      20130407犬服6307




それでは、ミシン作業に取り掛かりましょう。
先ずは、前身頃と後ろ身頃を縫い合わせて身頃とします。

直線縫いでカタカタカタ。

      20130407犬服6308



ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      20130407犬服6309



続いて、袖作り。
袖用の生地の端を縫い合わせて筒状にします。

直線縫いでカタカタカタ。

      20130407犬服6310



ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      20130407犬服6311




身頃と袖を縫い合わせます。

直線縫いでカタカタカタ。

      20130407犬服6312



ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      20130407犬服6313



これで、おおかたの犬服の形となりました。

       20130407犬服6314



ここで一度、仮試着。

      20130407犬服6315

若干、大きいかな?

かと言っても、せっかく縫い付けちゃったから
解体して手直しなんて致しません。
多少大きくたって、着れるから良いんじゃない?(笑)



それでは、リブの製作です。

今回、リブは解体したパーカーのリブを流用します。
かなり、くたびれた感はありますが、何とかつかえそうです。

      20130407犬服6316



リブは幅はいじらずにそのまま流用して
襟口 縫い合わせ寸法17cmだから
    リブ寸法は15.5cmに
袖口 縫い合わせ寸法11cmだから
    リブ寸法は10cmに
丈裾 縫い合わせ寸法40cmだから
    リブ寸法は32.cmに採寸しました

      20130407犬服6317



端を縫い合わせて輪っかを作ります。

      20130407犬服6318



輪っかを折り曲げたら、リブのパーツは完成。

      20130407犬服6319



それでは、リブの縫い付けに取り掛かりましょう。

先ずは、襟口から。

直線縫いでカタカタカタ。

      20130407犬服6320



ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      20130407犬服6321



続いて、両袖口のリブの縫い付けです。

直線縫いでカタカタカタ。

      20130407犬服6322



ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      20130407犬服6323



襟口と両袖口のリブ付け完了。

      20130407犬服6324

残すは、裾周りのリブの縫い付け。


一気にやっつけちゃいましょう。
直線縫いでカタカタカタ。

      20130407犬服6325



ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      20130407犬服6326

これで全てのリブの縫い付け完了。
すなわち、一応完成となります。

      20130407犬服6327



出来上がりは、こんな感じです。

      20130407犬服6328


      20130407犬服6329


      20130407犬服6330




恒例の びいすけ の試着タ〜イム。

      20130407犬服6331


      20130407犬服6332


      20130407犬服6333


      20130407犬服6334



う〜む、仮試着の時に感じた、『多少大きいかな?』は現実のモノとなりました。
やっぱりブカブカ感は否めない。

でも安心して下さい。
しっかり着させますから...............(笑)。

もっちゃん 安心して下さい。
頂いた服は、しっかり再利用していますから..............................







2016/04/18 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さん、病院へ............... (2016年4月7日) 

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2016/04/17 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

近所の桜    (2016年4月6日) 

4月6日 公休日

個人的な連休初日。

午前中に北総のドッグランに行き、
午後からは、病院に行った(佐倉順天堂医院)。
検査結果を聞いて、多少のショックを感じながらも
平静を取り戻そうと心がけています。

とは、言いながらも、4月に入って初めての好天気のこの日。
まさに花見日和りの日。
地元の佐倉でも桜の花はほぼ満開。
本当は佐倉城址公園の桜でも見に行こうと思っていたけれど
結局、気乗りしなくて、散歩コースにある近場の桜でも見に行くことにしました。



隣のマンションの敷地内にある桜の木。

       20160406桜01



8分咲きと言ったところでしょうか。

       20160406桜0102



いつもの散歩コース。
国道(旧296)沿いの桜の木。

       20160406桜0103


こちらは、ほぼ満開に近い。

       20160406桜0104



数日前にやっと咲き始めたと思っていたら
一気に花が咲き始めた。

       20160406桜0105


       20160406桜0106



春爛漫っていう感じです。

       20160406桜07


       20160406桜08


       20160406桜09


       20160406桜10





国道(旧296)に出る階段のところにある桜の木。

       20160406桜11

こちらもほぼ満開。



佐倉高校の土手。

       20160406桜12



毎年、この景色を眺めながら出勤しています。

      20160406桜13



今年も佐倉高校の佐倉は綺麗に咲いてくれました。

      20160406桜14

以前は、この桜並木の道路を挟んだ向かいに
山桜の木が有りましたが、数年前に伐採されてしまいました。



佐倉地方裁判所の前の桜も見事ですが
今日はパス。

自宅近くの桜の木を眺めてみます。

       20160406桜07



やっぱり、国道(旧296)沿いの桜が1番美しい。

      20160406桜15



何と言っても、朝・夜の散歩。
仕事に行くときの往き還りに必ず通る道だから
親しみも湧いてしまいます。

      20160406桜16


      20160406桜17


      20160406桜18


      20160406桜19




少し気が滅入っていたけど、
桜の花を見て、頑張ろう!と思った。
そんな4月6日の午後でした..............................。


2016/04/16 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

手作りに挑戦..............................犬服 第62作目 (2016年4月6日) 

4月6日

個人的な連休初日。

前日の夜、久しぶりに犬服を作りました(犬服作り第61作目)。

忘れていた何かを思い出したい。
現実から逃げるわけじゃないけど、忘れたい何かがある。

そうだなぁ、その両者が混じりあって
急に犬服作りを始めました。
犬服作り第62作目の記事となります。


今回は、こちらのロングTシャツを
ラグラン袖の びいすけ の服にリメイクしてみましょう。

      20160406犬服6201


ラッシヤはさみで!大胆に裁断(解体して)
各パーツの生地取りです。

先ずは、後ろ身頃から。
型紙を当てて、チャコでマーキング。

      20160406犬服6202

チャコのマーキングに合わせて、ローリングカッターで裁断します。



続いて、前身頃。
やはり、型紙を当てて、チャコでマーキング。

      20160406犬服6203

同じように、チャコのマーキングに合わせて
ローリングカッターで裁断します。



続いて、両袖の生地取り。
型紙を当てて、チャコでマーキング。

      20160406犬服6204

ローリングカッターでチャコのマーキングに合わせて裁断します。



各パーツの生地取り完了。

      20160406犬服6205



こちらが、後ろ身頃。

      20160406犬服6206




前身頃と両袖。

      20160406犬服6207



生地取りも終わったので、ミシン作業に取り掛かりましょう。


前身頃と後ろ身頃を縫い合わせて身頃を作ります。
直線縫いでカタカタカタ。

      20160406犬服6208



ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      20160406犬服6209



続いて、袖作り。
袖用の生地の端を合わせて縫い付けます。

直線縫いでカタカタカタ。

      20160406犬服6210



ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      20160406犬服6211



身頃に袖を縫い付けます。

直線縫いでカタカタカタ。

      20160406犬服6212



ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      20160406犬服6213



身頃に袖を縫い付けて、犬服のほぼ形は出来上がり。

      20160406犬服6214



びいすけ に仮試着をしてもらいましょう。

      20160406犬服6215

気持ち、丈が長いかな?
まぁ、気にしないで先に進みましょう。


続いて、リブ作り。

今回はベース生地と同系色のベージュのリブ生地を用いましょう。
(ちょうど、ベージュのリブ生地を使い切ることが出来そうです)

      20160406犬服6216



リブの裁断幅は6cmとして
襟口 縫い合わせ寸法18cmだから
    リブ寸法は16cmに
袖口 縫い合わせ寸法10cmだから
    リブ寸法は9cmに
丈裾 縫い合わせ寸法36cmだから
    リブ寸法は32.5cmに採寸しました

      20160406犬服6217



リブ生地の端を縫い合わせて、輪っかを作ります。

      20160406犬服6218


半分に折り返し輪っかも完成。

      20160406犬服6219


輪っかになったリブ生地を縫い付けて行きます。

先ずは、襟口から。
直線縫いでカタカタカタ。

      20160406犬服6220



ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      20160406犬服6221



続いて、袖口のリブ付け。
直線縫いでカタカタカタ。

      20160406犬服6222


ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      20160406犬服6223


襟口と両袖口のリブ付け完了。

      20160406犬服6224

残すは、裾周りのリブ付け。
完成は近い。

一気にやっつけちゃいましょう。

裾周りのリブ付け。
直線縫いでカタカタカタ。

      20160406犬服6225



ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      20160406犬服6226


裾周りのリブ付け完了。
すなわち、ほぼ完成。

      20160406犬服6227


出来上がりは、こんな感じ。

      20160406犬服6228


う〜む、裾周りのリブの
仕上がりがイマイチ。

      20160406犬服6229


でも、これが現状の実力。仕方がない。

      20160406犬服6230



恒例の びいすけ の試着タ〜イム。

      20160406犬服6231


      20160406犬服6232


      20160406犬服6233


      20160406犬服6234



画像じゃ分かりづらいけれど、若干丈が長いかな?
丈が長い分だけ、リブの仕上がりの悪さが目立つ気もするけど
細かい事は気にしないことにしよう。

犬服作り、その第62作。完成です。







2016/04/15 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

北総花の丘公園ドッグラン    (2016年4月6日)(千葉県印西市) 

4月6日 公休日

個人的に4月6日、7日と連休。

当初は、旅行でもと考えていましたが
先日の病院の検査結果の日だから、遠出はやめました。

検査結果を聞きに行くだけだから、病院は午後にして
午前中は出かけることにしました。
天気予報では、今月1番の晴天遠出は言うことだし
明日は雨の1日になると言うことらしいから
更新手続き元々完了した 北総花の丘公園ドッグラン へと向かいました。


とは言いながらも、グタグタと準備をしていたから
ドッグランに着いたのは10時半。

今月からドッグランの運用規則が変わり
今までフリーエリアだったのが、中・大型犬エリアに変わりました。

まぁ、前からフリーエリア扱いには不満の声が多かったから
(小型犬は小型犬エリア、フリーエリアのいずれも利用できるけど
中・大型犬はフリーエリアしか使えない。)
正しい運用になったのかも知れない。

中・大型犬エリアには2頭の先着組。
しかし、マイペースな びいすけ は、いつものようにフェンス周りの匂い嗅ぎ。

      20160406北総01



芝生の匂いも確認します。

      20160406北総02



単独で徘徊している びいすけ に寄ってくる1頭。

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何度か、この北総のドッグランでお会いして遊んでもらっている ノアくん。


お互いに匂いを嗅ぎ合います。

      20160406北総04



しかし、ノアくん と会うのも久しぶり。
昨年の秋以来か?
ノアくん の匂いを忘れてしまったのか?
つれない素振りの びいすけ 。

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再び、フェンス周りの匂い嗅ぎ。

但し、今回は ノアくん のお供付き。

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ノアくん が気になるのか?
時折、立ち止まっては後ろを確認する びいすけ 。

      20160406北総08



そして、何事もなかったかのように再びフェンス周りを徘徊する びいすけ 。

      20160406北総09



2頭が同じようなペースで匂い嗅ぎ。
見ていると何となく微笑ましく感じてしまいます。

      20160406北総10


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以前は、 びいすけ の方から、ノアくん に寄って行ったのに
今日は逆パターン。

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逆パターンでも構いません。
飼い主としてみれば、一緒に遊んでくれればそれで良い。



間合いを詰めて...............

      20160406北総14



わんプロの始まりか...............?

      20160406北総15


体格差があるから、 びいすけ が立ち上がってしまうのは仕方がない。
2頭とも頑張れ〜!

      20160406北総16



飼い主の期待も虚しく、わんプロも一瞬。

      20160406北総17

びいすけ が激しく吠えて終了。
びいすけ 、今日激しく気が乗らないのかな?




今度は、ナッツくん が びいすけ の後ろで匂い嗅ぎ。

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タイヤの匂いもチェック。
色んなワンちゃんがマーキングしているから
匂いの宝庫なんでしょう。

      20160406北総18



タイヤを前にして、こちらをチェック。

      20160406北総19

どうやら、タイヤに乗っかれば、オヤツを貰えるのか?
顔で訴えているんでしょうか?


当然、『 びいすけ、タイヤ〜! ジャンプ!!』と声をかけます。

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オヤツを貰えると信じて、タイヤに乗っかる びいすけ 。
他のワンちゃんに見つからないように、オヤツをゲットしたのは言うまでもない。





ドッグランに来ても、他のワンちゃんと遊ぶより
他の飼い主さんに寄り添っているのが好きな びいすけ 。
この日もしっかりと ノアくん のママさんに寄り添って行きます。    

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ノアくん、ママさんに寄り添っている びいすけ にヤキモチ?
それとも、元々気になっているのか?  
  
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再び、ワンプロ〜!

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しばらくして、ノアくんもお帰りになり、
時刻もお昼近くになった。
ドッグランに来て、1時間が過ぎ去りました。
そろそろ、帰りたいモードの びいすけ 。

      20160406北総25

午後からは、父さんの病院の予定があるから
そろそろ帰りましょう。

正直、病院に行くのは気が重いけど、こればっかりは仕方がない。
しかし、この日は晴天で絶好の花見日和。
夕方に、佐倉城址公園の桜でも見に行こうかな?
この時は、そんな事を考えていました..............................。




2016/04/14 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

手作りに挑戦..............................犬服 第61作目  (2016年4月5日) 

4月5日 休日前夜

明日の4月6日、7日と個人的な連休。

休日前夜は、ついつい夜ふかしをしたくなる。


そう言えば、最近犬服を作ってないなぁ...............


そんな事を思い出して、21時過ぎに、急に思い立って犬服を作ってみることにしました。
2ヶ月も犬服を作ってないと、作り方を忘れてしまいそうです(笑)。
犬服作り、第61作目の奮闘記です。



今回は、こちらのロングTシャツを びいすけ のラグラン袖に服にリメイクしてみましょう。

      20160405犬服6101


最初に大まかに裁断して各パーツを取りやすいようにします。

それでは、各パーツの生地取りをいたしましょう。
先ずは、後ろ身頃の裁断。



型紙を当てて、チャコでマーキング。

      20160405犬服6102

チャコのマーキングに合わせて、ローリングカッターで裁断します。



続いて、前身頃の採寸。
同じ様に型紙を当てて、チャコでマーキング。

      20160405犬服6103

チャコのマーキングに合わせて、ローリングカッターで裁断します。


続いて、両袖の採寸。

      20160405犬服6104

同じように裁断します。


一応、生地取り完了。

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こちらが、後ろ身頃。

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前身頃と両袖。

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それでは、ミシン作業に入りましょう。


前身頃と後ろ身頃を縫い合わせて身頃にします。

直線縫いでカタカタカタ。

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ほつれ防止にジグザグ縫いでカタカタカタ。

      20160405犬服6109



続いて、袖作り。
袖用の生地の端を合わせて、縫い付けて筒状にします。

直線縫いでカタカタカタ。

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ほつれ防止の直線縫いもカタカタカタ。

      20160405犬服6111



身頃に袖を縫い付けます。

直線縫いでカタカタカタ。

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ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      20160405犬服6113




とりあえず、大まかな犬服の縫い付け完了。

      20160405犬服6114



びいすけに に仮試着してもらいましょう。

      20160405犬服6115

とりあえずは、問題無さそうです。



続いて、リブ作り。
今回は、無難なグレーのリブにいたしましょう

      20160405犬服6116



リブの裁断幅は6cmとして
襟口 縫い合わせ寸法16.5cmだから
    リブ寸法は15cmに
袖口 縫い合わせ寸法10cmだから
    リブ寸法は9cmに
丈裾 縫い合わせ寸法34.5cmだから
    リブ寸法は31cmに採寸しました

      20160405犬服6117



それでは、リブ作り。

端を合わせて縫い付けて輪っかを作ります。

      20160405犬服6118


輪っかの状態で半分に折り返します。

      20160405犬服6119

リブのパーツの完成。


それでは、リブの縫い付けです。

先ずは、襟口から。
直線縫いでカタカタカタ。

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ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      20160405犬服6121



続いて、袖口のリブ付け。

直線縫いでカタカタカタ。

      20160405犬服6122


ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      20160405犬服6123



襟口と両袖口のリブ付け完了。

      20160405犬服6124

残すは裾周りのリブ付け。
これが一番気を使います。


リブを引っ張りながら、マチ針で固定。
リブを引っ張りながら、ミシンを走らせます。

直線縫いでカタカタカタ。

      20160405犬服6125



ほつれ防止のジグザグ縫いもカタカタカタ。

      20160405犬服6126



裾周りのリブ付け完了。

      20160405犬服6127


一応、これでミシン作業も完了。
すなわち、完成です。



出来上がりは、こんな感じです。

      20160405犬服6128


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      20160405犬服6130



恒例の びいすけ の試着タ〜イム。

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元々、ベースの生地が白に黒っぽいイラスト入りだから
グレーのリブがマッチングしています。
やっぱり、グレーのリブにして正解だったようです。

久しぶりに服を作ったから、段取りや要領を忘れてしまって
ちょっぴり手こずりました。

やっぱり、定期的に作んなきゃダメですね。










2016/04/13 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

つくばの里向陽台公園  (2016年4月2日)(茨城県龍ヶ崎市) 

4月2日 公休日

個人的な連休2日目。
この日は茨城県の利根町と龍ケ崎市の廃校巡りに出かけました。

長戸小学校をあとにして、龍ケ崎市森林公園に向かうはずで車を走らせていると
長戸小学校の近くの工業団地の一角に公園らしきスペースと駐車場が視界に入って来た。

ちょっぴり気になったので、立ち寄ってみた先は...............つくばの里向陽台公園




こちらは、工業団地の案内板。

      20160402つくばの里向陽台公園01

右奥に駐車場と公園の一部が見えます。

駐車場前にある公園の案内板。

      20160402つくばの里向陽台公園02



どうやら、縦長になるけど
それなりに広そうな公園です。

      20160402つくばの里向陽台公園03



公園入り口には、3分咲きのソメイヨシノ。

      20160402つくばの里向陽台公園04


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あまり期待はしないけれど...............
ちょっぴり散策でもしてみましょう。

      20160402つくばの里向陽台公園06



遊歩道が整備され、その整備時に桜の木が植えられたようで
遊歩道沿いに桜の木が並びます。

      20160402つくばの里向陽台公園07


      20160402つくばの里向陽台公園08



さらに進みましょう。

      20160402つくばの里向陽台公園09

しかし、この時点でロングリードに付け替えなかったのをちょっぴり後悔。




まだまだ桜は続きますが、ほとんど咲いていない。

      20160402つくばの里向陽台公園10


やっと、3分咲き程度の桜の木に出会いました。

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さらに遊歩道を進むと、やがて芝生広場。

      20160402つくばの里向陽台公園16

この辺りが公園の中央みたいです。
お弁当を広げられるベンチとテーブルもあるから
ピクニックには最適かな?
この日は天候も曇り空だから、土曜日だけど誰もいませんでした。


改めて、ロングリードしなかったのを後悔。
半径10mの旋回運動をさせられたんだけどなぁ。



いきなり芝生広場で転がる びいすけ 。

      20160402つくばの里向陽台公園17


気持ち良さそうに『うげっ! うげっ!』と奇声を発しながら
背中を芝生に擦り付け、体を振ってます。

      20160402つくばの里向陽台公園18



芝生広場に建つ標柱。

      20160402つくばの里向陽台公園19

どうやら、この公園の桜の木は平成5年に植樹されたモノのようです。


植樹から23年。
順調に桜の木は育ってくれたようです。
ネットで調べてみると、約300本の桜の木が植樹されたようです。


桜の木よりも芝生の匂いが気になる びいすけ 。

      20160402つくばの里向陽台公園20



さすがに300本の桜の木となれば園内の至る所(主に散策路)に
植樹されている意味がわかります。

      20160402つくばの里向陽台公園21



ベンチのある高台。
桜の花が満開なら言うこと無し!

      20160402つくばの里向陽台公園22

まぁ、四阿があればもっと良いんですけどね(笑)。



森の中へと続く道。

      20160402つくばの里向陽台公園23

当然、先へ進んでみましょう。


しばらくすると、稲荷社が現れます。

      20160402つくばの里向陽台公園24



どうやら、幸田稲荷と言うようです。


幸田稲荷の説明板。

      20160402つくばの里向陽台公園25

その先は行き止まりって言うか、完全な藪。
仕方ないから、散策路に戻りましょう。



つくばの里向陽台公園もこの辺りまで。
公園の端は、溜池(名前は知りません)。

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      20160402つくばの里向陽台公園28


たまたま立ち寄った『つくばの里向陽台公園』。
訪れるのが1週間遅かったら、桜が満開に近くなり
桜の木が並ぶ散策路を歩いていても楽しかったんじゃなかろうか?
人も全く居なかったし、完全な穴場の公園を見つけて、ちょっぴり得した気分。
軽い気持ちで立ち寄ったはずが、ゆっくり歩いていたら
1時間半近く時は流れました。
龍ケ崎市森林公園に行くつもりでしたが
それなりに歩き疲れちゃったので、龍ケ崎市森林公園は今日はパス。
でも穴場の公園を発見できたから良しといたしましょう。

楽しみは後日に取っておきましょう。







2016/04/12 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit