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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

廃校を訪ねて..............番外編   偶然見つけた中学校跡  (2016年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日 公休日

個人的な連休初日。
この日は香取市に出掛けました。

当初の目的地は香取市の佐原。
旧・佐原市になりますが、その旧・佐原市域に妙見神社があるので
そちらに向かって車を走らせていました。
成田市の高地区から香取市の鳥羽地区へと向かう途中で
偶然に廃校跡を見つけちゃいました。

基本的に廃校巡りは小学校と決めていますが
偶然に見つけた廃校跡は、この限りでは無い。

運良く遭遇した廃校は..............旧・佐原市立 旧・佐原第五中学校跡


車で画面右方向にから左方向へと通り過ぎた。
通り過ぎさま、何やら校舎みたいな建物が視界に入った。

50mほど行き過ぎて、慌ててUターン。
この風景が目に入って来ました。

      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡01



紛れもない、廃校の雰囲気満載。
シンボルツリーらしきものもあるし...............。

      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡02

慌てて、スマホで現在地を確認。
Yahoo地図では、『関東農政局両総農業水利事業所佐原支所』となっている。

矢鱈と長ったらしい名称。


しかし、どう見たって、これは廃校でしょう?

      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡03


近くの民家で人が外に出でいれば聞けば良い。
何軒か回って、初老の男性から話を聞くことが出来ました。


かなり前に、新しくできた場所に移転してしまった
香取市立佐原第五中学校の校地だったらしい。
当時はまだ合併前です、佐原市立第五中学校と呼ばれていたそうです。


佐原第五中学校は...............

昭和36年 佐原市立東大戸中学校と瑞穂中学校が合併して
新たに佐原市立第五中学校として開校する。
平成10年 新校舎建築により移転。
平成18年 佐原市、小見川町、山田町、栗源町が合併して香取市誕生。
香取市立佐原第五中学校と改称する

そして、現在に至っています。


即ち、この地に平成10年まで中学生の学び舎があったと言うことです。




小学校と違って中学校の廃校は二ノ宮像とか百葉箱とか遊具類。
いわゆる廃校遺構と言うモノが元来少ないから面白味に欠ける。


こちらの廃校も校舎ぐらいしか、遺構としては残されていない。

      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡04


      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡05



グランドにはたくさんのソーラーパネルが並んでいます。

      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡06



当然、パネルの並ぶフェンスの先は立ち入り禁止。

      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡07


      20160210旧・佐原市立旧・第五中学校跡08


茨城県には、太陽光発電が盛んでソーラーパネルが並んでいるところが多い。
考えてみたら、利根川の向かうは茨城県。
この辺りは千葉県の県境になる。

39年間で、それなりの数の少年・少女達を世に送り出した学び舎は
太陽光を集め、新たなエネルギーを送り出す場所となっていたようです。







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2016/02/19 Fri. 16:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

妙見神社 《 成田・高 》    (2016年2月10日)(千葉県成田市) 

2月11日 公休日

個人的な連休初日。

この日は香取市へ出掛けました。


以前、Yahoo地図を眺めていたら、神埼町に近い成田市の高地区に
妙見神社があるのを見つけた。
それがず〜っと気になっていて、香取市に向かう途中で立ち寄ってみました。


こちらが妙見神社。

      20160210妙見神社 成田・高01



県道161号(旧道の利根水郷ライン)から高地区の集落へと上がって行く
坂道の途中に妙見神社はひっそりと鎮座していました。

      20160210妙見神社 成田・高02


鳥居に掲げられた神額には『妙見神社』の文字。

      20160210妙見神社 成田・高03



そもそも、この北総地区は戦国時代に千葉一族の影響下にあり
その千葉一族は城の鬼門である北東に妙見神社を祀っていました。
と言うのも 千葉一族がそろって信仰していた神が『妙見』です。
『妙見』は、古く奈良時代に大陸から伝わった北極星(北辰)を神格化した神で、
道教や仏教、特に密教の影響を受け、神仏習合のもと妙見菩薩と称されました。
千葉氏は妙見信仰一族結束の根本として鎌倉時代初期から妙見信仰を行い
一族は各地へ移り住み、妙見を勧請して領内に祀って言ったとされています。

即ち、この妙見神社が千葉氏関連のものとすれば
どこかに千葉氏の家紋である月星紋や七曜紋、九曜紋が残っているかも知れない。
神紋が千葉氏の家紋と同じ可能性があります。

仮に千葉氏の家紋があれば、南西の方角に城が有ったかも知れない。

そんなことを考えながら訪れた妙見神社。
しかし、思っていたよりも小さく、また神紋そのものがありませんでした。

      20160210妙見神社 成田・高04



狛犬の前で犬(ビーグル)が鎮座します。

      20160210妙見神社 成田・高05


      20160210妙見神社 成田・高06



本殿の前には亀。

      20160210妙見神社 成田・高07

天体は、東は歳星、西は太白、南は蛍惑、北は辰星と呼ばれます。
北極星は北辰星と呼ばれ、ここから、妙見信仰は北辰信仰とも言われます。

東西南北の方位の四神(守護神)のうち、北は玄武です。
北方の守護神、北方の守護神、玄武(げんぶ)は、
中国の想像上の神獣で、足・首の長い亀に蛇が巻きついた形をしています。
北極星や北斗七星の化身、妙見菩薩の神使は、北の守護神の玄武とされ、
一般には亀が象徴しています。

即ち、この亀は紛れもないこの妙見神社の使いとなるわけです。




どうやら、この妙見神社の鳥居は東日本大震災の時に崩壊してしまったようで
その後、新たに建てられたモノのようです。

      20160210妙見神社 成田・高08



妙見神社の背後は崖。

      20160210妙見神社 成田・高09



びいすけ も覗きこみますが...............

      20160210妙見神社 成田・高10

『 危ないよぉ〜! 』


残念ながら、千葉氏の家紋はありませんでした。
南西の方角は高台。ちょうど高地区の集落が広がっています。

急いでいたので、じっくりと高地区の集落を歩いていませんが
雰囲気的にも城が有った形跡は無さそうです。

スマホを取り出し、勝手に師と仰ぐ余胡さんのHPを確認して
やっぱり近くに城跡が無い事を確認して、この地をあとにすることにした...............。




2016/02/19 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit