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び・び・びのびいすけ

丸ポストを探して...............静岡・熱海編 (2015年10月2日)(静岡県熱海市) 

10月2日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。

個人的な3連休の最終日。
伊豆から千葉の自宅へ帰る途中に熱海に立ち寄りました。

静岡県には235基の丸ポストが現存されているとされています。
その内、熱海市には12基の丸ポストが現存されているとされています(2015年9月30日現在)。

せっかく熱海市に来たのだから丸ポストを探すことにいたしました。



それでは、探し当てた熱海の丸ポストの紹介です。


1基目の丸ポスト。

熱海市和田浜南町、サンレモ公園の丸ポスト。

      20151002熱海丸ポスト01


      20151002熱海丸ポスト02


      20151002熱海丸ポスト03


      20151002熱海丸ポスト04

サンレモ公園と言われてもピンと来ない。
相模湾に浮かぶ初島への観光船の発着場近くの公園です。
初島はまだ行った事がないから、いつか行ってみたいと思っています。




2基目の丸ポスト。

熱海市桜町、飯塚食料品店前の丸ポスト。

      20151002熱海丸ポスト05


      20151002熱海丸ポスト06


      20151002熱海丸ポスト07


      20151002熱海丸ポスト08





3基目の丸ポスト。

熱海市清水町、花と緑とインテリアの萌 前の丸ポスト。

      20151002熱海丸ポスト09


      20151002熱海丸ポスト10


      20151002熱海丸ポスト11


      20151002熱海丸ポスト12





4基目の丸ポスト。

同じく熱海市清水町、井上紙店前の丸ポスト。

      20151002熱海丸ポスト13


      20151002熱海丸ポスト15


      20151002熱海丸ポスト16


      20151002熱海丸ポスト14




5基目の丸ポスト。

熱海市東海岸町、古屋旅館前の丸ポスト。

      20151002熱海丸ポスト17


      20151002熱海丸ポスト18


      20151002熱海丸ポスト19


      20151002熱海丸ポスト20




6基目の丸ポスト。

同じく熱海市東海岸町、お宮の松 近くの丸ポスト。

      20151002熱海丸ポスト21

R135沿いの お宮の松 のすぐ近くにありました。


      20151002熱海丸ポスト22


      20151002熱海丸ポスト23


      20151002熱海丸ポスト24



ちなみに、こちらが お宮の松 の 貫一とお宮の像。

      20151002熱海丸ポスト25



そして、二代目お宮の松。

      20151002熱海丸ポスト26




7基目の丸ポスト。

熱海市上宿町、橋の袂の丸ポスト。

      20151002熱海丸ポスト27


      20151002熱海丸ポスト28


      20151002熱海丸ポスト29


      20151002熱海丸ポスト30




8基目の丸ポスト。

熱海市福道町、JR東海道線 来宮駅前の丸ポスト。

      20151002熱海丸ポスト31


      20151002熱海丸ポスト32


      20151002熱海丸ポスト33


      20151002熱海丸ポスト34



9基目の丸ポスト。

熱海市西山町、熱海第一小学校前 野沢橋袂の丸ポスト。

ここの丸ポストは、かなり画になる場所に建っていたなぁ。

      20151002熱海丸ポスト35


      20151002熱海丸ポスト36


      20151002熱海丸ポスト37


      20151002熱海丸ポスト38




10基目の丸ポスト。

熱海市桃山町、山口商店前の丸ポスト。

      20151002熱海丸ポスト39


      20151002熱海丸ポスト40


      20151002熱海丸ポスト41


      20151002熱海丸ポスト42

看板がないから、山口商店さんは廃業しちゃったみたいですね。





11基目の丸ポスト。

熱海市東海岸町、国際医療福祉大学熱海病院敷地内の丸ポスト。

病院敷地内だから、色々と問題が出ても困るから
びいすけ には車の中で待機してもらいました。

1Fの救急外来入口前に丸ポストは建っていました。

      20151002熱海丸ポスト43


      20151002熱海丸ポスト44


実は、この丸ポスト、昨年11月に設置されたのか?
今までその存在が明らかにされていませんでした。

飾り?かなって思っていたら
しっかり集配時間が書かれています。
現役の丸ポストなんですね。

      20151002熱海丸ポスト45



それにしても、根石が埋められていない。
倒れないのかなぁ?

      20151002熱海丸ポスト46





いよいよ最後の1基。
12基目の丸ポスト。

熱海市伊豆山、ハートピア熱海 正面玄関前の丸ポスト。

      20151002熱海丸ポスト51     


      20151002熱海丸ポスト48


      20151002熱海丸ポスト49


      20151002熱海丸ポスト50


ハートピア熱海の駐車場から眺める相模湾。
晴れていたら、もっと綺麗に見えるんだろうなぁ。

      20151002熱海丸ポスト52



これで熱海市の丸ポスト、全12基制覇。


これまでに

駿東郡小山町      1基
御殿場市       1基
沼津市        7基 
伊東市 ①       15基
裾野市         2基
三島市        1基
伊東市②      10基
東伊豆町       3基
伊豆市①       1基
河津町①       1基
伊豆の国市     16基
伊豆市②       2基
下田市①       3基

そして本日、熱海市の丸ポスト12基を制覇して合計75基となりました。

とりあえず
静岡県内には235基の丸ポストがあるようですから
残すは160基。
完全制覇を目指したいところですが、
まだまだ先は長いようです.......。






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2015/10/31 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

来宮神社 (2015年10月2日)(静岡県熱海市) 

10月2日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。

個人的な3連休最終日、長浜海浜公園をあとにして、
向かった先は...............来宮神社



来宮神社は、古くから来宮大明神と称し、熱海郷の地主の神であって、
伊豆の来宮の地に鎮座し、来福・縁起の神として古くから信仰されています。
キノミヤ信仰として知られる、樹木神や漂着神を祀る共通点をもった神社のなかでも代表的な神社です。
御神木「大楠」は樹齢2千年を超え、国指定天然記念物に選定されています。




こちらが来宮神社の入口。

大きな幟が一際目立ってます。

      20151002来宮神社01



鳥居脇に建つ社号標。

      20151002来宮神社02



目を引く赤い鳥居。

      20151002来宮神社04



そして、鳥居に掲げられた社額。

      20151002来宮神社03



境内に一歩足を踏み入れると、来宮神社の由来の記された説明板が目に入ります。
     
      20151002来宮神社05

確かに由緒ある神社なんですね。


来宮神社と言えば、国の天然記念物に指定された『大楠』。
樹齢二千年とも言われています。

境内にも案内板が用意されています。

      20151002来宮神社08



これが、『大楠』?
意外に小っちゃいじゃん って思ってました。

      20151002来宮神社06


      20151002来宮神社07


別な案内板には『第二大楠』と書いてある。

      20151002来宮神社09

な〜んだ! と一人で納得(笑)。




参道の石段を上がれば、その先には拝殿。

      20151002来宮神社10



こちらが、拝殿。

      20151002来宮神社11



こう言った厳かな所に来ると、何故か びいすけ も凛々しく見えます(笑)。

      20151002来宮神社12



目的の『大楠』は拝殿の裏手にそびえ立っています。

『大楠』前の説明板。

      20151002来宮神社13



こちらが『大楠』。

      20151002来宮神社14


確かにデカい。

      20151002来宮神社15

びいすけ が小さく見えます。


楠の木は、常緑樹であるが故に新葉が成長し、古葉が落ちてゆきます。
言い換えれば、親の葉は子の葉の成長を見届けて落ちてゆくのです。
つまり子孫の繁栄、国家の弥栄を象徴しているとも言えます。

      20151002来宮神社16



とにかく、日本屈指のパワースポットと言うことであり、
生命力に満ち溢れている大楠。

健康長寿・心願成就のパワースポット。

幹を1周廻ると寿命が1年延命すると言われ、
心に願いを秘めながら1周すると願い事が叶うとも言われています。

      20151002来宮神社17


当然、 びいすけ と幹周りを一周します。

      20151002来宮神社18


      20151002来宮神社19


      20151002来宮神社20


      20151002来宮神社21


とにかく、その大きさに圧倒されました。



幹周りはどれぐらいあるんだろうか?

      20151002来宮神社22



史跡碑の前でそんなことを考えたりしました。

      20151002来宮神社23



正直言うと、2周しちゃったから
2年長生き、2つの願い事が叶うのだろうか?


とにかく、 びいすけ が、よりいっそう長生きしてくれることが
今現在の願い事です。



2015/10/30 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

長浜海浜公園 (2015年10月2日)(静岡県熱海市) 

10月3日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。

個人的な3連休の最終日。
サンロードを9時前にチェックアウトして出発。
一路、千葉の自宅へ向けてハンドルを握るのですが...............

ハナっから真っ直ぐ帰るつもりは無く、
以前から気になっていた所に立ち寄ることにいたします。

伊東市からR135を北上。
宇佐美(伊東市)、網代(熱海市)と抜け、
熱海市上多賀地区にある長浜海岸を目指します。

向かった先は...............長浜海浜公園


R135経由で伊豆に訪れるたびに、この長浜海浜公園の前を通り、
数年前から、いつかは立ち寄ろうと思ってました。


駐車場に車を停め、ロングリードに付け変えて、
長浜海浜公園の散策開始です。

      20151002長浜海浜公園01



元々、長浜海水浴場を整備して公園化したのでしょう。
駐車場の前が海。
それも砂浜。

これが長浜海岸ですね。

      20151002長浜海浜公園02


      20151002長浜海浜公園03

駐車場から、真っ直ぐに砂浜に向かったので、
実はこの時は気付かなかったのですが
どうやら、長浜海岸(の砂浜)はペット禁止だったようです。


そうとも知らず、砂浜を徘徊する びいすけ を
カメラ越しに追いかけていました。

      20151002長浜海浜公園04


      20151002長浜海浜公園05



いつものように砂の匂いは嗅ぐけれど
決っして波打ち際には近付かない。

      20151002長浜海浜公園06


      20151002長浜海浜公園07



波打ち際に向かっているのかな?と思わせながら、
押し寄せる波を避けるかのように、くるりんと引き戻ります。

      20151002長浜海浜公園08



砂浜の端の方まで歩いて来ました。
所々に草も生えていて、砂浜もこの辺りまで。

確か、この辺りに立て看板で、
砂浜にペットを入れないで下さい。 って書かれていたっけ。

      20151002長浜海浜公園09

言い訳になったちゃうけど...............

砂浜の端っこに看板を建てるなら、駐車場にも注意書きが欲しかったなぁ。




長浜海浜公園は、砂浜を挟むように突き出た遊歩道があります。

こちらは、湯河原側の遊歩道。
すなわち、海岸に向かって左側の遊歩道。

      20151002長浜海浜公園10


海岸線を見ながら、ロングリードを引っ張る びいすけ の歩調に合わせます。

      20151002長浜海浜公園11



雨は止んだものの、爆弾低気圧の影響か?
全国的に強風で、またまだ厚い雲が流れてきます。

      20151002長浜海浜公園12



湯河原側の遊歩道の突端。

      20151002長浜海浜公園13


      20151002長浜海浜公園14




せっかくだから、伊東側の遊歩道にも行ってみましょう。

砂浜近くに戻りましたが、砂浜はペット禁止なので
(禁止って知ったから、もう入りません)
R135に沿って、海浜公園を散策します。

R135沿いにある長浜海岸公園の碑(?)

      20151002長浜海浜公園15

かなり雑草に覆われていて、何とか『長浜』の文字が確認出来ます。



芝生広場を通り抜け...............

      20151002長浜海浜公園16



砂浜沿いの遊歩道を歩きます。

      20151002長浜海浜公園17



伊東市側の遊歩道の突端が見えて来ました。

      20151002長浜海浜公園18


タイルの遊歩道の端っこを歩いています。

      20151002長浜海浜公園19

( 決っして砂浜に入っていませんからね )




広い遊歩道。
まるで、何処かのショッピングモールのプロムナードって感じです。

      20151002長浜海浜公園22



先ほど歩いた、湯河原側の遊歩道を見てみます。

      20151002長浜海浜公園23      

こんな感じ出来ます長浜海岸の砂浜の護岸堤防の役目をしているみたいですね。



この頃に入って、雲の合間から太陽が顔を覗かせ
かなりあるいたからなのか?
長袖の服では、額に汗が浮かんできます。




東伊豆、熱海の長浜海岸。

びいすけ 記念のワン・ショット。
    
      20151002長浜海浜公園20


      20151002長浜海浜公園21




さぁ、いっぱい歩いたし、オシッコもしたし、ウンチもしたし、
朝の散歩がまともに出来なかった分も、これで許して貰えるでしょう。






     



2015/10/29 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

本日のお泊り@サンロード (2015年10月1日)(静岡県伊東市) 

10月1日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。

前日から伊東市にあるサンロードに宿泊しています。
サンロードをベースキャンプ(?)にこの日は下田市へ足を伸ばしましたが
日本列島に迫り来る弾丸低気圧の影響で午後から雨。
早々に下田市から引き上げ、15:00過ぎにサンロードへ戻って参りました。


本日は満室。
と言うのも、この日がサンロードのオープン15周年記念日。
多くのワンちゃんが宿泊しています。

      20151001サンロード19


普段は自宅で留守番していると、昼間はほとんど寝ていると思われる びいすけ 。
昨日、今日とそれなりに動き回っているので、ちょっぴりお疲れモード(?)


部屋に戻ると、ベッドの上で丸まって...............     

やがて寝息が聞こえてきます。

      20151001サンロード02


      20151001サンロード03


この機を逃さず、今日は晩ご飯前にお風呂に入っちゃいましょう。


      20151001サンロード18

ちょっぴり雨に濡れたから、熱い湯船に浸かれば、極楽気分です。


ご飯までは、まだ2時間近くあるから
軽く風呂上がりのビールといきましょう。

     

かなり疲れているのか?
スナック菓子のビニール袋のガサガサ音にも反応しない。

      20151001サンロード01


これはチャンス。
眠っている びいすけ を肴に一人乾杯。

      20151001サンロード04



2本目を飲み始めた頃に、ムクッと起きだした びいすけ 。

      20151001サンロード05


      20151001サンロード06



でも再び、眠りの世界に引き込まれていくようです。

      20151001サンロード07



しかし、スナック菓子のガサガサ音に反応する びいすけ (笑)。

      20151001サンロード08



風呂上がりのビールに心地よい眠気を誘われ
夕食の18時までは びいすけ と一緒に惰眠を貪っていました。




18時になりました。
それでは、本日のお楽しみ。
夕食の時間です。



本日のお品書き

      20151001サンロード20
      前菜     各種盛り合わせ
      刺身     盛り合わせ
      椀物     烏賊吉野
      お凌ぎ    鮭若布ごはん
      温物     豚肉陶板焼き
      焼物     赤魚味噌漬け
      揚げ物    蓮根挟み揚げ 茄子 三つ葉
      煮物     茶碗蒸し
      酢の物    蛸サラダ
      デザート    マンゴーアイス



テーブルに並べられた料理。

      20151001サンロード21

でも、これが全てではありません。




前菜     各種盛り合わせ

      20151001サンロード26



刺身     盛り合わせ

      20151001サンロード22



お凌ぎ    鮭若布ごはん

      20151001サンロード23



煮物     茶碗蒸し

      20151001サンロード24



酢の物    蛸サラダ

      20151001サンロード25



椀物     烏賊吉野
    
      20151001サンロード27

お代わりした白ご飯もあったりして...............




温物     豚肉陶板焼き

      20151001サンロード28

このままじゃ熱いので、しばらく冷まします。


肉が苦手な私は野菜担当。

      20151001サンロード31

(既に、次のお代わりの白ご飯が運ばれています)(笑)。



お肉は びいすけ の口に...............。

      20151001サンロード29


      20151001サンロード30


      
揚げ物    蓮根挟み揚げ 茄子 三つ葉

      20151001サンロード32



焼物     赤魚味噌漬け

      20151001サンロード33



デザート    マンゴーアイス

      20151001サンロード34


本日もしっかりいただきました。
充分に堪能させていただいた夕食でした。
( ご飯3杯もお代わりすれば、そりゃ満足ですねぇ...............)


お腹もいっぱい。

談話室で常連さんが集まって宴会が始まったようですが
昨日、今日と動き回り、ビールの酔いも手伝って
今宵も21時過ぎに早々と深い眠りの底に導かれました。

う〜む、とっても健全な生活(笑)。



翌朝、10月2日。
午前6時、窓の外は雨。

      20151001サンロード09

とても朝の散歩ができる状態ではありません。
とにかく風が強くて、横なぐりの雨。
嵐と言っても過言じゃ無い。


びいすけ には、散歩も雨が止むまで我慢してもらおうと...............


気持ち良く、爆睡しているし(笑)。

      20151001サンロード35



それでも7時過ぎには雨も小降りになり、やがて一瞬だけど陽が射してきた。
天気は快方に向かっています。

      20151001サンロード17



この機を逃さず、朝の散歩。

さぁ、オシッコしなさい。
ウンチもしちゃいなさい。

同じことを考えているようで、
サンロードの敷地内に数頭のワンちゃんが徘徊していました。

      20151001サンロード10



オシッコした後に芝生を蹴る びいすけ 。

      20151001サンロ<br />ード11

普段はしないんだけど...............
ごくたまにドックランで、そんな仕草を見せるんだよなぁ。




雨は完全には止んではいないけれど
館内オールフリー、ノーリードなサンロード。

とりあえず好きなように中庭を徘徊させます。

      20151001サンロード12



小雨に濡れながらも、徘徊を続ける びいすけ 。

      20151001サンロード13



プールが気になるのか?
自らプールサイドを徘徊します。

      20151001サンロード14

そう言えば、今年の夏はプールで泳いでないから
ひょっとしたら、プールに入りたいのかな?

まさか...............ね!(笑)


でも、プールの水に近づいていくんだよなぁ。

      20151001サンロード15


      20151001サンロード16




そうこうしている内に、時刻は8:00。
朝食の時間です。



本日の朝食。
毎回の事ですが、おかずが豊富。

      20151001サンロード36

基本的に朝食は食べない生活をしていますが
旅行の時だけは別。
しっかりとご飯のお代わりも2回して、美味しくいただきました。



いつもなら、チェックアウト時間ギリギリまで居るのですが
この日は、まっすぐ千葉に帰らずに、ちょっぴり寄り道をする予定だったから、
誰よりも早く9時前にチェックアウト。


サンロードのスタッフの皆様、
今回もお世話になりました.............................。





2015/10/28 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸ポストを探して...............静岡・下田編① (2015年10月1日)(静岡県下田市) 

10月1日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。


静岡県には235基の丸ポストが現存されているとされています。
その内、下田市には11基の丸ポストが現存されているとされています(2015年9月30日現在)。

せっかく下田市に来たのだから、下田市の丸ポストを探してみました。


1基目の丸ポスト。
下田市三丁目、了仙寺近くの真木たばこ店前の丸ポスト。

      20151001下田丸ポスト01


      20151001下田丸ポスト02


      20151001下田丸ポスト03


      20151001下田丸ポスト04



2件目の丸ポストは.............
真木たばこ店からさほど離れていない下田二丁目、
ガソリンスタンド サガミシード下田漁港給油所前の丸ポスト

.............のはずでしたが

丸ポストがない!!


      20151001下田丸ポスト08


      07151001下田丸ポスト07

ガソリンスタンドのお兄さんに尋ねてみたら
昨年の6月ごろに撤去されてしまったらしい

う~ん、ここも遅かったか!!



画像の真ん中あたりに丸ポストが建っていたらしい。

      20151001下田丸ポスト05
      

      20151001下田丸ポスト06




気を取り直して...............

2基目の丸ポスト。
下田市二丁目、JA伊豆太陽 下田支店前の丸ポスト。

      20151001下田丸ポスト09


      20151001下田丸ポスト10


      20151001下田丸ポスト11


      20151001下田丸ポスト12




3基目の丸ポスト
東本郷一丁目、下田市役所前の丸ポスト。

      20151001下田丸ポスト13


      20151001下田丸ポスト14


      20151001下田丸ポスト15


      20151001下田丸ポスト16


このあとも下田市の丸ポストを探し続けるつもりでしたが
折しも日本列島の東海域に爆弾低気圧が通過するということで
雨が降り出し、止みそうな気配もない。

残念だけど今回の下田市の丸ポスト探しは3基で断念。
これ以上雨が激しくならない内に、本日の宿に引き上げることにいたしました。


おまけ

下田市下田二丁目にある下田郵便局。
その下田郵便局の入口前にはこんなポストが飾られています。

      20151001下田丸ポスト17


      20151001下田丸ポスト18

江戸時代にペリーの黒船が来航した下田市。
そんな下田市にちなんで、明治時代の郵便ポストを復元して飾っています。

現役のポストではありませんので、くれぐれもポストに投函しないように.........



静岡県に235基現存しているとされる丸ポスト
(既に撤去されているものもあるから、実際には少し減るとは思います)



これまでに

駿東郡小山町      1基
御殿場市        1基
沼津市          7基 
伊東市 ①        15基
裾野市           2基
三島市          1基
伊東市②        10基
東伊豆町        3基
伊豆市①        1基
河津町①         1基
伊豆の国市       16基
伊豆市②        2基


そして本日、下田市の丸ポスト3基を制覇して合計63基となりました。

とりあえず静岡県内には235基の丸ポストがあるようですから
残すは172基。
完全制覇を目指したいところですが、
まだまだ先は長いようです.......。

2015/10/27 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........須原小学校 (2015年10月1日)(静岡県下田市) 

10月1日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。


ペリーロードを歩き、下田の幕末の開国気分(?)を味わったあとに
向かった先は...............下田市立須原小学校


須原小学校は

明治6年      第131番小学稲生舎の分校として、須原村に長松舎が開校。
明治11年     長松舎が分校から独立する。
明治19年     学制改革により、第11学区箕作尋常小学校須原分教室と改称する。
明治22年     町村制施行により、箕作村、須原村、落合村、宇土金村、椎原村、加曽野村、横川村、
           相玉村、北湯ヶ野村、堀之内村、荒増村が合併して稲梓村となる。
           稲梓村立箕作尋常小学校須原分教室と改称する。
明治25年     学制改革により、稲梓村立須原尋常小学校として独立する。
明治34年     高等科を併設して稲梓村立須原尋常高等小学校と改称する。
明治41年     高等科を廃止して稲梓村立須原尋常小学校と改称する。
大正12年     再び高等科を併設して稲梓村立須原尋常高等小学校と改称する。
昭和22年     学制改革により稲梓村立須原小学校と改称する。
昭和30年     下田町、稲梓村、稲生沢村、浜崎村、朝日村、白浜村が合併して新たな下田町が発足。
           下田町立須原小学校と改称する。
昭和46年     下田町が市制施行して下田市が誕生。
           下田市立須原小学校と改称する。

     同年下田市立稲梓小学校に統合され、廃校となる。

と、このような沿革となっています。




須原小学校に着いた頃には、日本列島の東海岸に爆弾低気圧が近づき、
朝の天気予報通りに雨が降り始めました。

こちらが須原小学校の入口。

      20151001須原小学校01

当初、正門跡だと思っていたら、正門は別な場所にありました。


須原小学校は現在、『あずさ山の家』と言う宿泊施設となっています。


校庭は宿泊施設の駐車場となっているようです。

      20151001須原小学校09


      20151001須原小学校10



どう見ても民間の宿泊施設。
無理かなぁと思いながらも、ダメ元で玄関で声を掛けると、
女将さんらしき人が応対してくれて、建物の裏手に何かの碑と像があると教えてくれました。
見学したいと言うと、快諾していただきました。


こちらが、その碑。

      20151001須原小学校02


かなり年代物の石碑です。

      20151001須原小学校03



最初、廃校記念碑か、校舎建立記念碑か何かと思っていましたが
良く良く見ると、『稲葉×吉君碑』と読めます。
書体が今と違うから、詳しい名前までは判読できません。

      20151001須原小学校04

おそらく、須原小学校に尽力を尽くされた方の碑なんでしょう。


大正10年に建てられたモノのようです。

      20151001須原小学校05



少し離れた場所には、何かの像。

      20151001須原小学校06



じっくり見ると、校歌の碑がはめ込まれています。

      20151001須原小学校07

須原小学校の校歌ですね。

躍動する馬の跳ね上がる像のようです。

      20151001須原小学校08


建物の裏手になり、狭い場所ではあるけれど
こういった廃校遺構を撤去せずに残してくれていることが嬉しいですね。


女将さんの話では、学校遺構としては、この2点の他に石造りの校門が残っていると言う。



私が入ってきた入口には無かったから、校門を探しましょう。





こちらが、往時の校門。

      20151001須原小学校11



表札はとっくの昔には外されてしまったようですが
石造りで時代の流れを感じさせる門柱です。

      20151001須原小学校12



校門から眺める校地内部。

おそらく、眼前に校舎が建っていたのだろう。

      20151001須原小学校13


      20151001須原小学校14



この石垣が校舎の基礎部だったのでしょうか?

      20151001須原小学校15


現在の宿泊施設の建物ですが、きっと校舎もこんな感じで建っていたのだろう。

      20151001須原小学校18


校地周りの石垣もいい感じで石が風化して、何とも言えない風情がある。

      20151001須原小学校17


正門近くにそびえ立つ木。
きっとこの学校のシンボルツリーだったのでしょう。

      20151001須原小学校16



雨は止みそうな気配もない。
今回の伊豆旅行には雨が降るなんて思ってもいなかったから
びいすけ の雨合羽を持ってくるのを忘れました。

雨に濡れるのもかわいそうだから
そろそろ撤収いたしましょう..........................................。







2015/10/26 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ペリーロードを歩く (2015年10月1日)(静岡県下田市) 

10月1日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。


個人的な連休2日目のこの日は、下田市へ出かけました。


下田城址(下田公園)にこんな案内板がありました。

      20151001ペリーロード01


ペリーロードって確か聞いたことがある。
でも、どんな通りで、どんな町並みなのかは知らない。

せっかく近くにあるんだから、ちょっぴり足を延ばしてみましょう。


ペリ^ロードは、黒船でやってきたペリー提督が
了仙寺で日米下田条約締結の為に行進した道。
現在は、了仙寺から下田公園への約500m。
平滑川をはさむ石畳の小道沿いにはなまこ壁や
伊豆石造りの風情ある家並みが続いています。




こちらがペリーロードの起点のようです。

      20151001ペリーロード02


では、ペリーロードを散策してみましょう。

      20151001ペリーロード03



川沿いの石畳の道は雰囲気が良い。

      20151001ペリーロード05



柳の木も風情がある。

      20151001ペリーロード04



何よりも平滑川沿いの町並みが風情ある。

      20151001ペリーロード06


      20151001ペリーロード07


      20151001ペリーロード08


      20151001ペリーロード09



気がつけば、ペリーロードも間もなく終わり。

この先が了仙寺。

      20151001ペリーロード10



了仙寺は、寛永12年(1635年)、第2代下田奉行・今村伝四郎正長によって創建されました。

大阪夏の陣の時、目に病を持たれた徳川家康公は、家臣の勧めにより、
当時目の神様として崇められていた身延山久遠寺第十一世の行学院日朝上人に
病気平癒の願をかけられました。
その祈願が成就したため、徳川政権安定の時に寺を建立することを約束されました。

今村正長公によって創建された了仙寺には、
当時の幕府の将軍・徳川家光より朱印状によって領地が与えられ、
家康公の祈願成就に奉じました。
従って、了仙寺の寺紋は徳川家の紋である三つ葉葵です。

1854年、日米和親条約が締結され、ペリー艦隊が開港された下田に入港すると、
了仙寺はペリー一行の応接所兼幕府との交渉場所となり、
和親条約の細かい取り決めである下田条約がここで結ばれました。


こちらは、了仙寺の山門。

      20151001ペリーロード11


山門に掲げられた扁額。
山号は 『 法順山 』と言うんですね。

      20151001ペリーロード12


こちらが本堂。

      20151001ペリーロード13


      20151001ペリーロード14



本堂前には、こんな標柱。

      20151001ペリーロード15



国指定史跡とか記されていると犬連れで入っていいのか?
せんなことを思ったりして、じっくり見学できません。

      20151001ペリーロード16



説明板モデルざっと目を通すのみ。

      20151001ペリーロード17


もう一つの山門。

      20151001ペリーロード18

石造りの門柱も良いけれど、
古刹にはやっぱり先ほどの薬医門の方がいいなぁ




この道を川沿いに歩けばペリーロードになる。
下田公園まで戻りながら歩いてみましょう。

      20151001ペリーロード19


やっぱり石畳の小道と柳の木は風情がある

      20151001ペリーロード20



平滑川沿いの町並みも負けず劣らず風情がある、

      20151001ペリーロード21




ペリーロードの片隅にこんなモノを飾られていました。

1829年製30ポンドカロネード

      20151001ペリーロード22


黒船に搭載されていた大砲なのでしょうか?

      20151001ペリーロード23




ペリーロードからちょっと離れた場所。
下田公園の駐車場近くにある『ペリー上陸記念公園』
ペリー提督が上陸し、開港の歴史の原点の場所であり
ここには、ペリーに関する色々なものが飾られています

      20151001ペリーロード26



ペリーの胸像は、「ペリー上陸記念碑」と呼ばれているらしいが
元々は、『ペリー艦隊来航記念碑』と言うらしい。

      20151001ペリーロード28

横須賀(久里浜)にある「ペリー上陸記念碑」と混同されているようです。

私も勘違いしていたのですが
ペリーが初上陸したのは久里浜であり
ペリー艦隊が来航したのが下田ということらしい。




1966年に制作されたこの記念碑ですが、2002年に、現在の場所に移転されました
この移転地が「ペリー上陸記念公園」という名称であることから
行政を始め、地元の方々も、「ペリー上陸記念碑」と呼ぶようになったそうです。

確かに、現地の案内板も「ペリー上陸記念碑」と標記されています

      20151001ペリーロード27


いずれにしても、この下田の地が『日本最初の開港地』であることは間違いない。

      20151001ペリーロード29



こちらの碑には、日米交流150周年によせて、
第43代アメリカ合衆国大統領の「ジョージ・ブッシュ」から贈られた
メッセージが刻まれたプレートが飾られています。

      20151001ペリーロード24



そして、そのプレートの下には、「日米友好の灯」として、
ペリーの生誕地であるロードアンランド州ニューボートから贈られた灯が焚かれています。

      20151001ペリーロード25

ガラスの中に本当の火(炎)が揺らめいているから、びっくりしちゃいます。



幕末の黒船来航で揺らいだ下田の港。
その下田のペリーロード。
町並みの風情も味わい深いが、
歴史の勉強になったのも味わい深いモノです.......................。






2015/10/25 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

下田城址 《下田公園》 (2015年10月1日)(静岡県下田市) 

10月1日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。

個人的な連休2日目のこの日は、下田市へ出かけました。


登自尋常高等小学校をあとにして、向かった先は..............下田城址




下田城の築城時期等は不明ですが、関東を制覇していた小田原北条氏によって
戦国時代に小田原水軍の根拠地とし、玉縄衆の朝比奈孫太郎が居城し、
やがて豊臣秀吉との関係が悪化すると伊豆衆の清水康英を城将としました。

天正18年(1590年)に豊臣側の加藤嘉明らの率いる淡路水軍が来襲し、
康英は手兵600余で約50日にわたって籠城した後に開城している。
北条氏の滅亡後は徳川家康の家臣・戸田忠次が下田5,000石を治め、当城主となりました。
忠次の子・尊次は慶長6年(1601年)に三河国の田原城へ転封となり、
以後は江戸幕府の直轄領として下田町奉行が支配し、後に廃城となりました。

そもそも、現在の下田港の湾口を扼する西側の岬全体が城地でした。
直径800mの円内に複数の入江が点在する天然の地形を利用し曲輪が配置され、
本丸は東西12m・南北30mの平場で、本丸の北側に2段の天守曲輪があったそうです。
最南端のお茶ケ崎に物見櫓があり、直下の和歌の浦が船溜りとされていたようです。

城址は現在、下田公園となっています。




こちらが下田城の縄張り図

      下田城縄張り図

      ( 余胡さんの お城のページ よりお借りしました )



下田公園として整備され、駐車場も完備している下田城址。
下田公園の駐車場に車を入れ、いざ進軍です。


下田公園入口に建つ城址碑。

      20151001下田城址01



実は、下田公園の碑と並んでいたりして...............。

      20151001下田城址02



公園整備時に拡張された登城路には公園案内板が設けられています。

      20151001下田城址03



親切にも、その案内板には下田城の縄張り図が描かれています。

      20151001下田城址04



石畳となって遊歩道と化した登城路をひたすら上がって行きます。

      20151001下田城址05



下田と言えば、江戸時代にペリーの黒船が来航し、
当時、鎖国であった日本の歴史を変えた町。
当然、その下田のシンボルでもある下田公園には、黒船、ペリー関連の碑などが多い。



こちらは、カーター記念碑

      20151001下田城址06

アメリカの元大統領、ジミー・カーター氏が1979年に下田に訪問したのを記念に建てられたらしい。



さらに進めば、左側に削平地。

      20151001下田城址07

こちらは、開国広場。
おそらく、下田城とは関係なく、公園整備時に削平されたものでしょう。

      20151001下田城址12



城好きが見ると、どうしても曲輪跡に見えてしまう(笑)。

      20151001下田城址08


何やら石碑も建てられ、展望台もある。

      20151001下田城址09


      20151001下田城址10


      20151001下田城址11




開国広場の向いには、開国記念碑。

      20151001下田城址13


      20151001下田城址14


ここから見下ろす下田港は中々のモノ。

      20151001下田城址15





さらに遊歩道を進む(上る)とやがて主郭(本丸)へと導かれます。


主郭下にある城址碑。

      20151001下田城址16



下田城は、別名 鵜島城 とも言います。

      20151001下田城址17



主郭下の少し離れた位置に建つ下田城址の説明板。

      20151001下田城址18


      20151001下田城址19



こちらが主郭。

      20151001下田城址20



確かに、下田港が一望でき、眺望は良い。

      20151001下田城址21


      20151001下田城址22




こちらが、主郭とニ郭を隔てる大堀切。

      20151001下田城址23



そして、その奥には見事な空堀。

      20151001下田城址24


      20151001下田城址25



土橋もしっかり残されてます。

      20151001下田城址26


別アングルからの土橋。

      20151001下田城址27



それにしても見事な空堀です。

      20151001下田城址28




ニ郭と三郭を隔てる堀切。
現在はハイキングコースの通路になっているようです。

      20151001下田城址29


かなり埋まっているけど、こちらも空堀。

      20151001下田城址30



ニ郭虎口。

      20151001下田城址31



ニ郭内部から見た虎口。

      20151001下田城址32



ニ郭はほとんど立ち入る者もいないようで荒れています。

      20151001下田城址33



こちらが三郭。
やはり、ニ郭同様に立ち入る物好きはいないようです。
公園の設備(ポンプ小屋?)が置かれているようです。

      20151001下田城址34



三郭下の空堀。

      20151001下田城址35



こちらは三郭と四郭を隔てる堀切。

      20151001下田城址36

かなり崩れているのか? そんなに高さはない。


こちらは四郭裏手の空堀。

      20151001下田城址37



やはり、四郭も公園設備が置かれていて立ち入る人はいない。

      20151001下田城址38




四郭前の遊歩道には四阿があり、ちょっぴり疲れたので小休止。

びいすけ もオヤツタイムといたしましょう。

      20151001下田城址39



貰うまでは、じっと我慢のお利口さん。

      20151001下田城址40


      20151001下田城址41




とりあえず、四郭まで確認したから戻ることにいたしましょう。

四郭→三郭→ニ郭→主郭。
そして遊歩道を一気に下り、辿り着いたのが下岡蓮杖の碑と像。

      20151001下田城址42


下田城址には直接関連はないけれど、
下岡蓮杖は下田市出身で、わが国の商業写真の開祖と言われています。
幕末開国時に苦労を重ねて写真技術を取得した人物です。

      20151001下田城址43



さらに碑と像のある広場から階段を下って行くと、
下田城址の沿革が記された説明板がありました。

      20151001下田城址44


下田城址は

天正16(1588)年秀吉の侵攻に備え、北条氏直が下田城を水軍拠点とする。
天正18(1590)年城将清水康英は、一万人超の水軍に囲まれ、篭城50日の後、降伏、開城。
江戸時代 下田奉行今村伝四郎が城址に植林。後に幕府の御林となり、一切の伐採が禁じられた。
明治34年公園となる。
明治45年下田町有地となる。

と、まあこんな感じで市民の憩いの場となったようです。

下田城址も色んな変遷を経ているんですねぇ...............。




2015/10/24 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........登自尋常高等小学校跡 (2015年10月1日)(静岡県下田市) 

10月1日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。

個人的な連休2日目のこの日は、下田市へ出かけました。


竜宮窟をあとにして、向かった先は...............登自尋常高等小学校跡



登自尋常高等小学校について色々とネットで調べてみましたが
詳細は不明です。

だだ分かっていることは、
昭和5年 朝日村立登自尋常高等小学校として建築されました。

昭和41年 吉佐美小学校(現:下田市立朝日小学校)との統合により廃校
昭和41年 田牛区公民館として利用
昭和50年下田市青少年海の家として運用。

と、このような沿革となっているようです。


こちらが、登自尋常高等小学校の正門。

      20151001登自尋常高等小学校01



門柱の表札は取り外されていて、往時の名を垣間見ることは出来ません。

      20151001登自尋常高等小学校02



正門から眺める登自尋常高等小学校の校舎。

      20151001登自尋常高等小学校03

昭和5年に建てられた木造校舎が良い味を出しています。


現在は、下田市青少年海の家として再々活用されているようです。

      20151001登自尋常高等小学校04

数年前まで宿泊利用も出来たらしいのですが、現在は日帰り利用のみとなっているようです。



こちらが正面玄関。

      20151001登自尋常高等小学校05



往時の表札かと思ったら、海の家の表札でした。

      20151001登自尋常高等小学校09



決して広くはない校庭。

      20151001登自尋常高等小学校06



びいすけ は芝生の匂いをクンクンと嗅ぎ回ってます。
良い匂いがするんだろうか?

      20151001登自尋常高等小学校07



昭和5年に建てられた木造校舎。
SMAPの中居君主演のテレビドラマ『砂の器』のロケにも使われたそうです。
でも観てないんだよなぁ。

      20151001登自尋常高等小学校08


      20151001登自尋常高等小学校10



一時期、公民館として利用されていたようですが
現在は敷地内に校舎に隣接するように公民館が建てられています。

      20151001登自尋常高等小学校11



校舎の裏手に回ってみましたが、これと言って何もない。

      20151001登自尋常高等小学校13

記念の石碑か何かでもあればいいんだけどなぁ。


これと言った学校遺構はありませんが、この校舎があれば良い。

      20151001登自尋常高等小学校12



こちらの芝生か気に入ったのか?
やたらと芝生に転げまくる びいすけ 。

      20151001登自尋常高等小学校14



うげっ、うげっと奇声を発しながら
背中越しに芝生の感触を味わっているのか?

      20151001登自尋常高等小学校15



起き上がっては、また転がる びいすけ 。

      20151001登自尋常高等小学校16


      20151001登自尋常高等小学校17




単なる匂い付けをしているだけなんだろうか?

      20151001登自尋常高等小学校18


暫し、芝生を転がりまくる びいすけ に見とれてしまい、
なかなかこの場を立ち去ることが出来ませんでした...............




2015/10/23 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

竜宮窟 《竜宮公園》 (2015年10月1日)(静岡県下田市) 

10月1日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。

個人的な連休2日目のこの日は、下田市へ出かけました。


田牛サンドスキー場をあとにして、向かった先は...............竜宮窟


竜宮窟は、
おおきな海食洞の天井が一部崩れて、直径50メートルほどの天窓が開いたものです。
龍宮窟の天窓は伊豆の各地にあるものの中でも最大級であり
、道路沿いの入口から洞窟を通って天窓の下に立つこともできる。
洞窟の壁には、海底火山から噴出した黄褐色の火山れきが美しく層をなし、
天窓の底を満たす青い海水とのコントラストが神秘的な場所です。



竜宮窟に向かったと言うか、
田牛サンドスキー場の隣にあるのが、竜宮窟。
実は、サンドスキー場の駐車場に車を停めていて、いざ出発!
停めていた車に戻った時にこんな看板を見かけました。

      20151001竜宮窟01


『 竜宮窟 ? 』...............なんだそれ?

思わず好奇心が湧き上がって来ます。


すかさず、近くにある説明板に目がいってしまいます。

      20151001竜宮窟02


説明板には、上から見るとハート型に見える洞窟って言うフレーズで
以前、テレビの旅番組か何かで見たことがあるのを思い出しました。


竜宮窟の上部、台地をぐるっと一周することが出来、
そちらが竜宮公園と言うらしい。

なぜか、テンション高く、先を急ぎたがる びいすけ 。

      20151001竜宮窟04

そんなに強く引っ張ったら転んじゃうから、止めさない!!


上り坂の途中から見下ろした竜宮窟。

      20151001竜宮窟03

これだけでも、それなりに凄い。



台地頂部には見晴台のようなモノがあり
説明板もしっかり準備されています。
      
      20151001竜宮窟05

この場所から覗き込むとハート型に見えるらしい。


確かにハート型。

      20151001竜宮窟06

正直言うと、木が少し邪魔。




びいすけ の視線の位置からでは、ハート型には見えないようです。

      20151001竜宮窟07


台地をぐるっと一周してみます。

隣接するサンドスキー場が小さく見えます。

      20151001竜宮窟08




先ほどまでは、台地上部から竜宮窟を眺めてみましたが
今度は竜宮窟の内部に入ってみましょう。

こちらが、竜宮窟の入口。

      20151001竜宮窟09



ゲート(?)脇にも、しっかりと説明板が設置されています。
下田市は親切この上ない(笑)。

      20151001竜宮窟10



この階段を下りたら竜宮窟。

      20151001竜宮窟11



こちらが竜宮窟。

      20151001竜宮窟12



先ほどの見晴台。

      20151001竜宮窟13



ぽっかりと空に穴が開いていると言うか、
周りが壁で目の前には押し寄せる波。
さらに波の先には、ぽっかりと穴が開き、外洋が見える。

う〜む、幻想的な世界。(ちょっぴりオーバーかな?)(笑)


      20151001竜宮窟14


      20151001竜宮窟15


      20151001竜宮窟16


砂浜とはいかないけれど、玉砂利の海岸に腰を下ろし
暫し、波音をBGMに押し寄せる波を眺めていました...............。

いゃあ、癒やされるなぁ〜。






2015/10/22 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

田牛サンドスキー場 (2015年10月1日)(静岡県下田市) 

10月1日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。

個人的な3連休の2日目。

ベースキャンプのサンロードを9時前に出発して、いざ南へ!

一路、下田へと車を走らせます。


まず、最初に向かったのは...............田牛サンドスキー場


田牛サンドスキー場は、
傾斜角度30度、長さ70m、幅100m。
冬の強い季節風によって吹き寄せられた砂が
積みあがってできた天然のサンドスキー場です。
傾斜角度30度、幅100mで長さが約50mで斜面から一気に太平洋に
下っていく感覚は素晴らしいと言うことです。
もちろん、太平洋の景色だけでも素晴らしいと言うことですが...............。

サンドスキー場に下る途中には田牛ハマオモトというハマユウの自生地があり、
静岡県の天然記念物として保護されているそうです。




こちらが田牛サンドスキー場の入口。

      20151001田牛サンドスキー01



既に1組の親子連れが遊んでいるようです。

      20151001田牛サンドスキー02



この階段を下って行きます。

      20151001田牛サンドスキー03



階段を下っていくと、こんな案内板。

      20151001田牛サンドスキー04



さらに下っていきましょう。

      20151001田牛サンドスキー06



事前情報通り、下っていく途中に、田牛ハマオモトの天然記念物の碑が建っています。

      20151001田牛サンドスキー07

でも、田牛ハマオモトってどれ?(笑)


そして、サンドスキー場の前の海岸も良い雰囲気。

      20151001田牛サンドスキー05


      20151001田牛サンドスキー10



確かに斜度は30°のようです。

      20151001田牛サンドスキー08


下から30°の斜面を見上げて見ます。

      20151001田牛サンドスキー11

こりゃ、かなりキツイわ〜。



砂の坂を上がっていく親子を尻目に びいすけ は砂の匂い嗅ぎ。

      20151001田牛サンドスキー09


正面から上がってみようと試みましたが
砂が柔らかくて深い。
足が砂に埋まってしまい、正面からは上がれません。

      20151001田牛サンドスキー22



それならば!とサンドスキー場の左端から上がってみます。

      20151001田牛サンドスキー13




息を切らしながら上がりきった砂山の頂部

      20151001田牛サンドスキー14

意外に高いって言うか、斜度30°のなせる技。


田牛の海岸線も見応えあります。

      20151001田牛サンドスキー15



へっぴり腰の びいすけ 。
一気に30°の斜度を下るかな?って思ったけど...............

      20151001田牛サンドスキー16



結局は上ってきた導線を下って行きます。

      20151001田牛サンドスキー17



こちらは怖くないのか?
ロングリードを引っ張るように一気に下りて行きます。

      20151001田牛サンドスキー18





サンドスキーは諦め、田牛の海を堪能しましょう。

      20151001田牛サンドスキー12


      20151001田牛サンドスキー19



サンドスキー場前の海岸もなかなか趣きがある。

      20151001田牛サンドスキー20


      20151001田牛サンドスキー21



とりあえず、サンドスキー場は堪能した事にしよう。

      20151001田牛サンドスキー23

なぜか海岸(サンドスキー場)から道路へ出る階段を一気に駆け上がる びいすけ 。

やっぱり、サンドスキー場と言えども海だから
ちょっぴり怖かったのかな?




2015/10/21 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

本日のお泊り@サンロード (2015年9月30日)(静岡県伊東市) 

9月30日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。

この日は伊豆市の城巡り、丸ポスト探し、そして廃校巡りと
朝早くから精力的に動き回っていました。


私と びいすけ の伊豆旅行。
今宵もお世話になったのは...........プチホテル サンロード

      20150930サンロード37



本日の宿泊ワンちゃんは、6頭のようです。

      20150930サンロード19



今回もお部屋は102号室。
シングルベッドと畳のスペースのあるお部屋です。

      20150930サンロード01


こらこら! ベッドの上で遊んではいけません!!

      20150930サンロード10


チェックインしたのは17:00過ぎ。
晩ご飯は18:00~7だから、本当は一ッ風呂浴びたいところですが
ゆっくり湯船に浸かるには慌ただしい。

夕食前に びいすけ を軽く散歩でもさせましょう。

1階の部屋だからベランダから外に出ることができます。

      20150930サンロード02


なぜか、プールサイドで匂い嗅ぎ。

      20150930サンロード03


プールの時期はプールサイドを逃げ回るくせに
なぜか、プールの水面を真剣に見つめています。

      20150930サンロード04


そしてプールサイドを徘徊。

      20150930サンロード08


      20150930サンロード09


プールサイドの植え込みの匂いもしっかりチェックします。

      20150930サンロード07


びいすけ が食堂を覗き込んでいます
どうやら晩ご飯の準備が進められているようです。

      20150930サンロード06

『 お~い びいすけ 。 美味しいもの有った~? 』 (笑)
 


この奥にサンロードで飼っているネコ(ニャン太)がいます。

      20150930サンロード05

なぜか、いつもこの場所から動かない びいすけ 。
ネコに夢中です。

『 びいすけ そろそろご飯だよ~!! 』
ご飯の声でやっとこっちを振り返ります(笑)。


時刻も18:00。
晩ご飯の時間です。

食事は旅の楽しみの一つでもあります。
サンロードの夕食はとにかく内容が充実しているから
毎回、ごはんもしっかりお代わりして堪能させてもらっています。

それでは席に座りましょう

      20150930サンロード29



本日のお品書き(メニュー)

      20150930サンロード20

      前菜     各種盛り合わせ
      刺身     盛り合わせ
      椀物     海老しんじょう 三つ葉 木の芽 椎茸
      お凌ぎ    炊き込みご飯
      温物     鶏肉ハリハリ鍋
      焼物     さんま塩焼き
      揚げ物    椎茸肉詰め 茄子 大葉
      煮物     雲丹しんじょう 竹の子 絹さや
      酢の物    海老サラダ
      デザート    レアチョコレート



既にテーブルには夕食が並ばれていますが
これが全てではありません。

      20150930サンロード21



前菜     各種盛り合わせ

      20150930サンロード26



刺身     盛り合わせ

      20150930サンロード22



お凌ぎ    炊き込みご飯

      20150930サンロード23



煮物     雲丹しんじょう 竹の子 絹さや

      20150930サンロード24



酢の物    海老サラダ

      20150930サンロード25



椀物     海老しんじょう 三つ葉 木の芽 椎茸

      20150930サンロード27



ご飯の時間でも外にいるネコが気になる びいすけ 。

      20150930サンロード28



焼物     さんま塩焼き

      20150930サンロード30



揚げ物    椎茸肉詰め 茄子 大葉

      20150930サンロード32



温物     鶏肉ハリハリ鍋

      20150930サンロード31



肉が苦手な私は、鶏肉をとりわけ...........

      20150930サンロード33


びいすけ お肉食べる~?

      20150930サンロード35

食べないわけがありません(笑)


びいすけ の胃袋へと導かれます。

      20150930サンロード34



デザート    レアチョコレート

      20150930サンロード36

白いご飯も2回お代わりして、本日もいっぱい食べました。

う~む、満足!!





部屋に戻ると、さすがに今日一日動き待った(連れ回された) びいすけ 。
最初は落ち着きがなかったんですが、次第にお疲れモードに...............

      20150930サンロード12


      20150930サンロード13


      20150930サンロード14


      20150930サンロード15



この機を逃さず、お風呂に入ります。

広々とした湯船で脚をのばして、極楽、極楽。



風呂から戻って、そっと部屋のドアを開けたのですが
びいすけ を起こしてしまったようです。

      20150930サンロード16



でも、寝ぼけ顔の びいすけ 。

      20150930サンロード17


やがて、再び深い眠りに入って行きます。

      20150930サンロード18



びいすけ のイビキを確認したら...............



風呂上がりのビールです。

      20150930サンロード11

これまた、極楽、極楽。


こんな感じで9月30日、旅行初日の夜は更けていくのでありました...............。





明けて、10月1日。
朝〜!!


いつもより、ちょっぴり寝坊して朝の散歩。

10月の伊豆高原の朝はひんやりしています。


朝のウンチ散歩は、とりあえず大室山方面。

      20150930サンロード38


あんまり遠くまで足を伸ばすと大変だから
適当なところでUターン。

      20150930サンロード39



8時の朝食を待ちわび、そして堪能します。
朝からしっかり3杯飯を食べちゃいました。

      20150930サンロード40


      20150930サンロード41



さて、今日も1日、どこへ行こうか?
雨が降るような事をテレビの天気予報で言っていたから
早めに出かけましょう。

午前9時前にベースキャンプのサンロードを出発するのでありました。









2015/10/20 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........大東小学校 (2015年9月30日)(静岡県伊豆市) 

9月30日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。


八岳小学校をあとにして向かった先は.............伊豆市立大東小学校


大東小学校の詳しい沿革もネットで色々と調べてみましたが
大東小学校』は、明治6年8月学制により第一大学区第三〇番中学区の内、第一〇一番公立小学「大見学舎支校精業学舎」として開設されましたが、それ以降の沿革はわかりませんでした。
平成23年に旧・中伊豆町域の大見小学校、八岳小学校、大東小学校の3校が統合して、
新たに中伊豆小学校が誕生(設備は大見小学校を流用)し、廃校となりました。




こちらが、大東小学校の正門。

      20150930大東小学校01



門柱には、しっかりと大東小学校の校名の入った表札が残っています。

      20150930大東小学校02



実は、こちらに来る前に訪れた八岳小学校の近くに住む方に聞いた話では
大東小学校の建物は現在民間企業に貸し出されているとのことでした。

『まぁ、そんなにおかしな会社じゃないと思うから
声をかければ見学させて貰えると思うよ』

地元の人にそう言われると心強い。


現在、ナチュラルキッチンと言う会社が賃貸されてらいるらしい。

一応、お断りを!と声をかけたら
建物は伊豆市の物だから、伊豆市に許可を取って下さいと言われ、
伊豆市役所の管財課に電話をして、小学校の写真を撮る許可をもらいました。

正直言って、こんな経験初めて...............。
別に建物内に入って何かを触るとか、しないんだけどなぁ。
私の廃校巡りの基本スタンスは、建物内に入らず、
外から校舎や校庭、そして残された学校遺構を記録として写真に収めるっていうパターンなんだけど。

実際、今日だけで伊豆市内の廃校(小学校)は2校校舎が解体され
その姿は今では見ることが出来なくなってしまった。

この大東小学校もいつまで校舎が残っているかわからないけれど
その姿を記録に残しましょう。


気をとり直して、差し支えない程度に大東小学校を見学させてもらいます。




こちらが、校舎。

      20150930大東小学校03



正面玄関。

      20150930大東小学校04



まだ、しっかりと校名は掲げられています。

      20150930大東小学校05



前庭に残された石碑。

      20150930大東小学校06

文字が掠れていて、何の記念碑なのか確認が出来ませんでした。


手入れされていない植木の中に埋もれ始めているオブジェ。
子供たちの卒業記念のモノでしょうか?

      20150930大東小学校07




大東小学校校歌の碑。

      20150930大東小学校08



そして、こちらが 大東小学校創立百周年の碑 。
何処か別の場所に建てられていたのでしょう。
掘り起こされて無造作に置かれていました。

      20150930大東小学校09

何となく、記念の石碑がこんな形に扱われていると
ちょっぴり悲しい気分になります。
いっそのこと、雑草の中に埋もれ隠れている方がまだマシな気がします。





校舎に入って描かれた絵。
躍動する子供たちを表現しているのか?

      20150930大東小学校10



どうやら、校庭には遊具類は残されていないようです。


殺風景と言う表現が適切なのか?

      20150930大東小学校11


      20150930大東小学校12




校舎から眺める校舎。

かなり陽も傾き、西陽となっています。


      20150930大東小学校13



こちらは体育館。
あまり近寄っても、何か言われるのも嫌だから
体育館ほ近寄りません。

      20150930大東小学校14



在りし日の大東小学校の校舎って言うことで、
びいすけ と一緒にパチリ☆。

      20150930大東小学校15


庇には掲げられた、大東小学校の校章。

      20150930大東小学校16



校舎前の水飲み場には、子供たちが描いたと思われる絵。

      20150930大東小学校17


独特なタッチと色使い。

      20150930大東小学校18


この絵もいつまで残っているんだろうか?



この校舎も、この風景もいつまでも変わらないことを願って
大東小学校をあとにしました。
伊豆市役所管財課にお礼の電話を入れたことは言うまでもありません。







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2015/10/19 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........ハ岳小学校 (2015年9月30日)(静岡県伊豆市) 

9月30日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。


月ヶ瀬小学校(跡)をあとにして向かった先は.........伊豆市立八岳小学校


八岳小学校の詳しい沿革はネットで色々と調べてみましたが
明治7年6月1日学制により第一大学区三〇番中学区の内、
第一〇三番公立小学校「八嶽学校」として開設したとのことですが
それ以外の沿革はわかりませんでした。
平成23年に旧・中伊豆町域の大見小学校、八岳小学校、大東小学校の3校が統合して、
新たに中伊豆小学校が誕生(設備は大見小学校を流用)し、廃校となりました。



こちらが、八岳小学校の正門。

      20150930八岳小学校15



石造りの古い門柱。

      20150930八岳小学校16



表札はオーソドックスに校名のみ。

      20150930八岳小学校17

近年、付け替えられたモノでしょう。



反対側の門柱には、こんな表札が掲げられています。

      20150930八岳小学校18

掠れた文字で、かろうじて『静岡県田方郡上大見村公民館』と判別できます。

以前は小学校の敷地内に上大見村の公民館が在ったのでしょう。




正門をくぐってすぐ視界に入るモニュメント。


      20150930八岳小学校19


廃校するにあたり、児童71人が持ち寄った石で柱を造り
この碑を飾っているらしい。

      20150930八岳小学校20

廃校記念碑と言うよりはモニュメントに見えるけど
この碑文を読む限り、これも紛れもない廃校記念碑となるでしょう。



こちらも記念碑。
八岳の心 と刻まれています。

      20150930八岳小学校12

最初、こちらが廃校記念碑かと思いました。



その記念碑の隣には二ノ宮像。
八岳小学校にも二ノ宮像は残っていました。

      20150930八岳小学校13



二ノ宮像が有るのと無いのでは、テンションが変わってきます。

      20150930八岳小学校14




校庭の一画に残る遊具類。

      20150930八岳小学校01


      20150930八岳小学校02


      20150930八岳小学校04





こちらが、校庭。

      20150930八岳小学校10


八岳小学校のシンボルだったクスの木。

      20150930八岳小学校11




校庭から眺める校舎。

      20150930八岳小学校03




校舎に近寄ってみましょう。

      20150930八岳小学校06


玄関前には教材用の丸ポスト。
もちろんとっくに廃止扱い残る丸ポストです。

      20150930八岳小学校07

今まで多くの廃校を巡ってきたけど、
意外に丸ポストを教材用として置いていた小学校って多いんだよなぁ。



玄関の庇には、校名が残されています。

      20150930八岳小学校08

以前は中伊豆町立だった所をさりげなく伊豆市立に変えてますね。



校舎は昭和47年に建てられたモノのようです。

      20150930八岳小学校09




こちらは、体育館。   

      20150930八岳小学校05



体育館の隣にはプール。

      20150930八岳小学校24



 
伊豆半島の中央部。
まだ陽が暮れるには早い時間ですが、
山あいの場所のため陽が傾くのが早く感じます。

      20150930八岳小学校21



何処かを見つめる びいすけ 。

      20150930八岳小学校22



そして、私は陽が陰ってきた校舎をしっかりと瞼に焼き付けます。

      20150930八岳小学校23


 
廃校から4年。
場所にはよっては解体され、新たな建物が建てられる伊豆市内の廃校の中で
役目を終え、ひっそりと佇んでいる八岳小学校。
正直言えば、このままの形で残って欲しいなぁ...............。




  
2015/10/18 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸ポストを探して...............静岡・伊豆編② (2015年9月30日)(静岡県伊豆市) 

9月30日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。

伊豆半島にある伊豆市は平成16年に
修善寺町、土肥町、天城湯ヶ島町、中伊豆町の4町が合併して誕生した市です。

そんな伊豆市内には3基の現役の丸ポストが置かれています。
( 2015年9月30日現在 )
その内の1基は昨年の秋にこの目で確認出来ました。
( そのときの記事は こちら )。

今回、伊豆市に訪れたので、残りの2基も探して見ました。



最初の1基は、旧・土肥町。
土肥新聞販売店前の丸ポスト。


      20150930丸ポスト伊豆01


      20150930丸ポスト伊02


      20150930丸ポスト伊03


      20150930丸ポスト伊04




そして、最後の1基。
旧・修善寺町の修禅寺山門前の丸ポスト。

      20150930丸ポスト伊05


      20150930丸ポスト伊06


      20150930丸ポスト伊07


      20150930丸ポスト伊08



これで伊豆市の丸ポスト、全3基を制覇。


静岡県内には235基の丸ポストが現存されているとされています(2015年9月30日現在)。

これまでに

駿東郡小山町      1基
御殿場市        1基
沼津市          7基 
伊東市 ①        15基
裾野市           2基
三島市          1基
伊東市②        10基
東伊豆町        3基
伊豆市①        1基
河津町①         1基
伊豆の国市       16基

そして本日、伊豆市の2基を制覇して合計60基となりました。

とりあえず静岡県内には235基の丸ポストがあるようですから
残すは175基。
完全制覇を目指したいところですが、
まだまだ先は長いようです.......。



2015/10/17 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........月ヶ瀬小学校 (2015年9月30日)(静岡県伊豆市) 

9月30日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。


湯ヶ島小学校をあとにして、向かった先は...............伊豆市立月ヶ瀬小学校


月ヶ瀬小学校は、

明治5年     学制発布と共に月ヶ瀬村の源仲寺に学校創設。
明治6年     狩野学校の支校となり、狩月舎と称する。
明治12年    嶺北小学校と改称する。
明治19年    小学校令実施に伴い、天城学校の分校となり月ヶ瀬小学校と改称する。
明治22年     町村制の施行により、門野原村、吉奈村、月ヶ瀬村、矢熊村、田沢村、
          市山村、湯ヶ島村が合併して発足。
          湯ケ島尋常小学校の分校となる。    
明治24年    小学校令の改正により独立光となる。
          上狩野村立月ヶ瀬尋常小学校と改称し、持越分教場をおく。
明治39年    持越分教場が独立する。
昭和22年    学制改革により上狩野村立月ヶ瀬小学校と改称する。    
昭和35年    上狩野村と中狩野村が合併し天城湯ヶ島町が誕生。
          天城湯ヶ島町立月ヶ瀬小学校となる。
平成16年    修善寺町、中伊豆町、土肥町が合併して伊豆市が誕生。
          伊豆市立月ヶ瀬小学校と改称する
平成25年    湯ケ島小学校、狩野小学校、月ヶ瀬小学校が統合して
          新たに天城小学校が発足(施設は狩野小学校を流用)して廃校となる。

と、このような沿革となっています。


R414](通称b下田街道)沿いに月ヶ瀬小学校はありました。
以前は国道沿いに看板が建てられていましたが
いつの間にか無くなっていました。

こちらが月ヶ瀬小学校の正門

      20150930月ヶ瀬小学校01



校名の記された表札も外されています。

      20150930月ヶ瀬小学校02

この地区(伊豆市内)の廃校では、
廃校後も表札が掲げられていることが多いから
なんとなく嫌な予感。


この正門の先の坂を下っていけば月ヶ瀬小学校。

      20150930月ヶ瀬小学校03


坂を下っていくと」..................

予感は的中。
校舎が建っていたとされる場所は更地となり
工事関係者の車が駐車しています。

      20150930月ヶ瀬小学校04

ゲートが張られ警備員が近寄ってきて、
『 故事中で立ち入り禁止!! 』と言われてしまいました。

どうやら、ここも訪れるのが遅かったようです。

平成28年度に開設予定の認定こども園と
福祉複合施設の建設が急ピッチで進んでいました

      20150930月ヶ瀬小学校05

月ヶ瀬小学校の校庭跡に新しい建物が建てられるようです。


体育館はそのまま使用されるのでしょうか?
取り壊されずに残っています。

      20150930月ヶ瀬小学校06


昨年夏に浄蓮の滝を訪れた時、
昨年秋に河津7滝(6滝)巡りをした時、
いずれも廃校である月ヶ瀬小学校の存在を知っていて
『あ~、ここに有るんだ。 そのうちに立ち寄ってみよう。』なんて思っていたら
いつの間にか校舎は壊され、社会福祉法人の建物が建つことになってしまいました。
廃校地の再利用という形では有効活用されると思いますが
個人的には、ちょっぴり残念。

姿を残している間に訪れれば良かった.......................

工事が終わって、完成したら
落ち着いた時期にでも、廃校遺構が残っているか?
可能であれば見学させてもらうことにしよう。
新たに管理する社会福祉法人の寛大な許可を願うばかりです...............





2015/10/17 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........湯ヶ島小学校 (2015年9月30日)(静岡県伊豆市) 

9月30日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。


船山小学校をあとにして、向かった先は...............伊豆市立湯ヶ島小学校


湯ヶ島小学校は

明治6年      弘道寺に狩野小学校の分校として、導蒙舎と称して開校。
明治7年      分校から独立して、狩野上小学校と改称する。
明治9年      湯ヶ島村台70番小学校と改称する。
明治12年     湯ヶ島村天城小学校と改称する。
明治14年     公立天城学校と改称する。
明治25年     小学校令施行に伴い、上狩野村湯ヶ島尋常小学校と改称する。
明治30年     高等科を併設し、上狩野村湯ヶ島尋常高等小学校と改称する。
昭和22年     学制改革により上狩野村立湯ヶ島小学校と改称する。
昭和35年     上狩野村と中狩野村が合併して、天城湯ヶ島町が発足。
           天城湯ヶ島町立湯ヶ島小学校と改称する。
平成16年     天城湯ヶ島町、土肥町、修善寺町、中伊豆が合併して伊豆市発足。
           伊豆市立湯ヶ島小学校と改称する。
平成25年     湯ヶ島小学校、月ヶ瀬小学校、狩野小学校が合併して天城小学校が開校。
           (校舎は狩野小学校を流用)
           湯ヶ島小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっています。



こちらが、湯ヶ島小学校の正門。

      20150930湯ケ島小学校04


門柱らしきモノがないから正門っぽく見えません。

     20150930湯ケ島小学校06


でも、すぐ脇にこんな看板が掲げられているから、正門なんでしょう。

     20150930湯ケ島小学校03


     20150930湯ケ島小学校05

 

正門から足を踏み入れると
いきなりこんなオブジェ7?)が現れます

      20150930湯ケ島小学校07


井上靖の『しろばんば』の像のようです。

      20150930湯ケ島小学校08

実は、著名な作家である井上靖はこの湯ケ島小学校の出身らしい。




、そしてその奥には、立派な玄関とシンボルツリー。

      20150930湯ケ島小学校38



シンボルツリーの前には湯ケ島小学校の位置を示した
緯度、経度の記された標柱が建っています。

      20150930湯ケ島小学校37


しろばんばの像の脇から眺める校舎

      20150930湯ケ島小学校09


ここにもありました、二ノ宮像。

      20150930湯ケ島小学校10


      20150930湯ケ島小学校11


やっぱり廃校にはこれがなくっちゃ!!

      20150930湯ケ島小学校12




校庭の方に足を向けてみましょう


校舎脇にある鉄棒。
逆上がりの補助道具も残っていました。

      20150930湯ケ島小学校13



校庭から眺める校舎。

      20150930湯ケ島小学校14


      20150930湯ケ島小学校15



校舎の前には国旗掲揚のポール、
そして、こちらもシンボルとなっていたと思われる木。

      20150930湯ケ島小学校28


狂って30分ほど進んでいる時計の下には
湯ケ島小学校の校章。

      20150930湯ケ島小学校29




校庭の一画には石碑群。
いずれも 井上靖 に関連する記念碑です。

      20150930湯ケ島小学校16


      20150930湯ケ島小学校17


      20150930湯ケ島小学校18



校庭に残された遊具類。

      20150930湯ケ島小学校19


      20150930湯ケ島小学校20


      20150930湯ケ島小学校21


      20150930湯ケ島小学校22


      20150930湯ケ島小学校23


      20150930湯ケ島小学校24




こちらが校庭側の通学路。
この坂を上った先に古い門柱があります。

      20150930湯ケ島小学校25


こちらが、その門柱。

      20150930湯ケ島小学校26

木の陰になって見にくいですが
昔は木の表札が掲げられていたのでしょう。



じっくり見てみると...........
大正13年に建てられたモノのようです。

      20150930湯ケ島小学校27




校庭から校舎をぐるっと回って、中庭を通って正門に戻ります。

こうやって中庭から見ても落ち着いた雰囲気のある学校のような気がします。

      20150930湯ケ島小学校36



校舎の前にある体育館

      20150930湯ケ島小学校30



体育館の前に、なぜか銅像。

      20150930湯ケ島小学校33


銅像脇の説明版によれば、足立顕治氏の銅像です。

昭和11年に、この体育館の前身である講堂を寄贈したり、
湯ヶ島小学校の子供たちの教育に尽力された方らしい。

      20150930湯ケ島小学校34


体育館の窓ガラスから見えた立て看板。

      20150930湯ケ島小学校35

閉校記念式典に使用されたモノですね。





文豪 井上靖 の母校でもありますが、
解剖学ど世界的に名を覇した足立丈太郎博士の母校でもあるようです。

体育館脇に建つ「懸命不動」の文字を刻んだ顕彰碑
      
      20150930湯ケ島小学校31


      20150930湯ケ島小学校32


伊豆半島の中央部、山深きいで湯の里にあった小学校ですが
著名な方を輩出した歴史のある小学校だったんですね..............................。








   


     


2015/10/16 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........船原小学校跡 (2015年9月30日)(静岡県伊豆市) 

9月30日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。

伊豆市立土肥南小学校をあとにして、向かった先は...............旧・天城湯ヶ島町立 船原小学校


船原小学校は

明治6年      大四大区十小区狩野学校分校船原舎と称して開校。
明治22年     本校が中狩野村立中狩野尋常小学校と改称しその分校となる。
昭和35年     中狩野村が上狩野村と合併して天城湯ヶ島町が発足。
           天城湯ヶ島町立船原小学校と改称する。
昭和50年     狩野小学校に統合され、廃校となる。

と、このような沿革となっています。


船原小学校跡地はR136の船原温泉近くの
東海バス 船原保育園バス停付近にあります。

      20150930船原小学校21



バス停脇の坂を上って行けば、船原小学校。
バス停脇の階段を上って行けば、船原保育園のようです。

      20150930船原小学校23


      20150930船原小学校20


      20150930船原小学校22



こちらが船原小学校の正門。

      20150930船原小学校01


往時の校門がしっかり残っていました。

      20150930船原小学校02



門柱には、往時の表札。

      20150930船原小学校03

所々擦れていて、見辛くはありますが
しっかりと
『静岡県田方郡天城湯ケ島町立船原小学校』 と記されています。




もう片方の門柱はと言えば...........................

      20150930船原小学校04



船原小学校跡地 と記されています。

      20150930船原小学校05

この門柱を学校跡地の碑として流用しているようです。



裏面には、沿革も刻まれています。

      20150930船原小学校06



校門〜中に足を踏み入れてみると、
そこは、広い空き地。
考えてみれば、昭和50年に廃校。
廃校から既に40年。とっくに校舎は解体されています。

      20150930船原小学校07


      20150930船原小学校08



校庭跡地(?)の奥に石垣とスロープ。

      20150930船原小学校09


      20150930船原小学校10

ひょっとしたら、このスロープの奥に校舎が建っていたのかもしれません。




敷地内には何やら建物が建っています。

      20150930船原小学校11



建物には、上船原公民館 と看板が掲げられています。

      20150930船原小学校12



バス停から見上げた時に見えた建物は保育園かと思っていたら
どうやら保育園も廃園となり、公民館が建てられたようです。

      20150930船原小学校13

バス停が船原保育園となっているから
まさか閉園になっているとは思いませんでした。
むしろ『旧・船原小学校』とか『船原小学校跡』とかにすれば良いのに。



そして、隣接するように消防倉庫も建てられています。

      20150930船原小学校14

廃校跡に消防倉庫が建てられるってパターンも多いんだよなぁ。



ぐるっと一回りしてみましたが、二ノ宮像や遊具類、
いわゆる学校遺構らしきものは見当たりませんでした。

保育園の園庭だったと思われる場所は
ゲートボール場となっています。

      20150930船原小学校15t="298" />



そして、ゲートボール場脇には藤棚。
錆び具合きから言って、往時のモノでしょう。

      20150930船原小学校25



無造作に置かれたローラー。

      20150930船原小学校16

金具も錆びてしまい、使われなくなってかなりの年数が経っているんでしょう。



R136に掛けられた歩道橋。

      20150930船原小学校17


船原小学校と船原保育園に通う子供たちの専用の歩道橋だったようで
直接、小学校・保育園の敷地内に入れるようになっています。

      20150930船原小学校18

もっとも、今やこの歩道橋を利用する子供たちも居ないことになりますが...............

田舎の小学校、山間部の小学校では敷地内に保育園を併設するって言うパターンが多いけれど
こちらもそのパターンだったようですね。


歩道橋からまっすぐに来ても、バス停脇の階段を上って来ても
こちらに合流します。

      20150930船原小学校19



合流地点には大きな桜の木。

      20150930船原小学校24

毎年、子供たちの成長を見守って来たのでしょう。




      
帰り際にもう一度、船原小学校跡地を眺めてみた。

      20150930船原小学校26


      20150930船原小学校27

確かに何もないけれど
なぜか、この廃校跡地が気に入ってしまいました。

ひょっとしたら、Wikipediaにも載らず、人に知れ渡ることのない廃校。
地元の人しか知らない廃校跡。
そんな廃校跡地であるから気に入ってしまったのかもしれません..............................。





2015/10/15 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........土肥南小学校 (2015年9月30日)(静岡県伊豆市) 

9月30日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。

恋人岬をあとにして、向かった先は...............伊豆市立土肥南小学校


土肥南小学校は

昭和53年      土肥町立八木沢小学校と土肥町立小下田小学校が統合して
            新たに土肥町立土肥南小学校として開校。
平成16年      土肥町、修善寺町、天城湯ヶ島町、中伊豆町が合併して伊豆市が発足。
            伊豆市立土肥南小学校と改称する。
平成22年      土肥小学校に統合され、廃校となる。

と、このような沿革となっています。



車を停めたコンビニの駐車場から見る土肥南小学校。

      20150930土肥南小学校20

まさか、この時点では気がつきませんでした。




正門前に来て、びっくり!!

何と解体工事中。

      20150930土肥南小学校01



解体工事期間 平成27年7月1日〜9月30日まで...............

って、今日までじゃん!

      20150930土肥南小学校02



校舎は解体され、重機が忙しくコンクリートの瓦礫を掘り起こしていました。

      20150930土肥南小学校03


3ヶ月前に訪れていたら、校舎は残っていたんでしょう。
ちょっぴり残念。

工事中で中には入れそうもないから
正門前で写真を撮って帰ることに...............

      20150930土肥南小学校04


ちょうどお昼休みになり、現場監督さんに
『廃校の記念碑みたいなモノはありましたか?』と尋ねたら
「プレハブの現場事務所の裏に石碑があるよ」と教えて貰い、
邪魔にならないことを条件に、廃校の記念碑を見学させて貰うことにしました。


こちらが、その記念碑。

      20150930土肥南小学校06



裏面には、沿革も刻まれています。

      20150930土肥南小学校07


沿革によれば、旧・土肥町立の八木沢小学校と小下田小学校が
合併して出来た小学校らしい。
と言うことは八木沢小学校と小下田小学校は廃校になる。
今回は、この後の予定も詰まっていて時間がないけど
いつかその2校も探し当てて訪ねてみたい。

      20150930土肥南小学校08



記念碑の脇には、こんなモノが...............

      20150930土肥南小学校09

ツリーハウス?
小学校の敷地にこんなモノが?

子供たちが遊んでいたのだろうか?


そして、ツリーハウスの近くには、こんなオブジェ。


      20150930土肥南小学校13

おそらく、キリンだと思うんだけど...............
卒業記念か何かで子供たちが造ったモノでしょうか?





校庭の隅に残っている遊具。

      20150930土肥南小学校10

すぐ側が解体工事エリア。
遊具類もそれなりに解体・撤去されてしまったんでしょう。



唯一残っている建物の体育館。

      20150930土肥南小学校05



体育館だけが残っていると言うことは
地域のスポーツ施設として、このまま使用されていくのだろうか?

      20150930土肥南小学校14



重機のタイヤ跡でグランドはかなり荒れている。

      20150930土肥南小学校15


      20150930土肥南小学校16




解体工事も終焉と言えども、とても今日までで完了しそうもなさそうです。

      20150930土肥南小学校17

唸るような音をたてて、解体工事は進んでいます。


校門の門柱は撤去され、地面に置かれています。

      20150930土肥南小学校18



おそらく、この辺りに門柱が建っていたのでしょう。

      20150930土肥南小学校19


   

小学校の裏手はかつての寺院跡。

      20150930土肥南小学校12


      20150930土肥南小学校11


実は、土肥南小学校を建てるにあたり、廃寺になる予定の寺院が
子供たちの将来のためにと、旧・土肥町に寺院の敷地の一部を譲ったと言うことです。


お寺がなくなって小学校になり、
その小学校もなくなって、校舎もなくなった。
さて、この場所は次は何になるのだろうか...............?



     






     
2015/10/14 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

恋人岬 (2015年9月30日)(静岡県伊豆市) 

9月30日 公休日

9月30日〜10月2日まで個人的な3連休。
この3連休を利用して2泊3日で伊豆へ出かけました。


丸山城址をあとにして、向かった先は...............恋人岬


恋人岬は
旧来より男女二人が互いに鐘を鳴らし、
その愛を確認した場所として伊豆市の廻り崎が民話に語りつがれていました。
これにあやかって観光客が増加したことから、
旧・土肥町が1983年5月に廻り崎の地名を恋人岬に改称したのが始まりであるそうです。

恋人岬にはラブコールベル(愛の鐘)と呼ばれる鐘が設置されており、
この鐘を3回鳴らすと恋愛が成就すると言われているそうです。
また、金の鐘(俗称 幸せの鐘)も設置され、こちらも鳴らした者は愛がかなう、
または幸せになれるとされているようです。
この金の鐘は伊豆の恋人岬が、グアムの恋人岬と提携関係を結んだ際に送られたものであり、
グアムの恋人岬にも伊豆の恋人岬から送られた銀の鐘と呼ばれる鐘があるそうです。
こちらにも同様の言われがあり、伊豆、グアム双方の鐘を愛し合う二人が鳴らすと、
この上ない幸せが訪れるとされているようです。



実は、恋人岬も当初の予定には入っていませんでした。
旅人岬に立ち寄ったこともあって、旅人岬から丸山城址へは向かう際、
R136に『恋人岬 ××Km』の案内を見かけると、やっぱり素通りは出来ません。
丸山城址から逆方向になりますが、西伊豆町方面へとR136を南下します。



恋人岬に到着。

      20150930恋人岬22



ベタな看板が結構あったりします。
都度、それらで写真を撮るのも意外に楽しい(笑)。

      20150930恋人岬23


      20150930恋人岬19


      20150930恋人岬20



こちらは、モニュメント。

      20150930恋人岬21

これって、マコトちゃんの『ぐわしっ!』?




これまたベタなカップル用の絵馬を横目に
恋人岬へと足を進めます。

      20150930恋人岬01



快調に先を進む びいすけ 。

      20150930恋人岬02


      20150930恋人岬03



遊歩道も整備され、案内板もしっかり設けられています。
もはや完全な観光地。

      20150930恋人岬04



さらに、先に進みましょう。

      20150930恋人岬05



どうやら、あれが遊歩道の先端。
愛の鐘のある展望台のようです。

      20150930恋人岬06



愛の鐘のある展望台の手前のもう一つの展望台。
そちらには金の鐘があります。

グアムの恋人岬と提携関係を結んだ際に送られたものです。

      20150930恋人岬07
 
しかし、金の鐘と言いながらも、私には緑青の噴いた銅の鐘のように見えてしまう。


誰が置いたのか?
金の鐘の台座にはコインがハート型に置かれています。

      20150930恋人岬11

5円(御縁)玉は理解できるんだけど
10円玉は縁が遠(10)のくんじゃないのかな?



金の鐘は3回鳴らすのが良いようです。

      20150930恋人岬12

誰もいないのを確認して、そっと心の中で
『 幸せになりたい..........』 そう呟いて鐘を3回鳴らしました(笑)




金の鐘の横には富士見遊歩道記念塔。
通称『めがね記念碑』と言うらしい。

      20150930恋人岬09



この輪っかの中に富士山が見えるのですが
この日はガスっていて、残念ながら富士山は見えません。

      20150930恋人岬08


富士山は見れなくても、この展望からは西伊豆の海岸線の眺望が堪能できます。

      20150930恋人岬10





それでは、愛の鐘のある展望台へ移動いたしましょう


このウオークボード(木の歩道)の終点が展望台。
今年の2月にこのウオークボードと展望台のあるデッキがリニューアルされたそうです。

      20150930恋人岬13

意外に出石は観光に投資しているんだなぁ。



愛の鐘の展望台。

      20150930恋人岬16


展望台と言うだけあって、やはり眺望は素晴らしい。

      20150930恋人岬17


残念ながら富士山は見えません。



こちらが「愛の鐘

      20150930恋人岬15

こちらには数組にカップルがいたので
さすがに一人では鐘を鳴らすのは躊躇してしまいました。



こちらが、恋人像『アモーレ』。

      20150930恋人岬14



ハートマークの前で、はいポーズ☆パチリ。

      20150930恋人岬18


しかし、数組のカップルの中に犬を連れたオジさんが一人。
これは画にならない。
早々に撤収いたしましょう。


     

景観抜群の「恋人岬」ですが、そのそもこの岬が「恋人岬」と呼ばれるようになったのには訳があります。
「恋人岬」の名前が誕生した背景には、
古くからこの地に伝わるひとつの民話があります。

その昔、土肥で漁師をしていた「福太郎」と、
この「恋人岬」のある小下田で畑仕事をしていた「およね」が、
土肥の朝市で偶然知り合い恋に落ちたのですが、
その後それぞれの家庭の事情もあり遠距離恋愛をすることとなりました。

しかしながら、距離が離れていることに加え、
お互い両親の世話をしながら働いていたため、なかなか会えず、
およねは近くの神社で、福太郎との恋の願掛けを行う毎日となりました。

そのおよねの一途な恋心に心を打たれた神様が、
およねに2つの鐘を授け、福太郎と一つずつ持合うと、
福太郎が漁でこの恋人岬沖を通る時に、およねは岬に立ち、
3回ずつ鐘を鳴らし合い、お互いの愛を確かめあったと言われています。

そこから、およねが立った「廻り崎」の岬が、
1983年5月に「恋人岬」となり、
3回ずつ鳴らし合った鐘が、1984年10月に誕生した「愛の鐘」へと姿を変え、
現在に生き続けていることになります。


う〜む、なかなか良い話。
悲話じゃない所に好感がもてますね。

夕陽の名所と言われる『恋人岬』。
いつか、相模湾に浮かぶ綺麗な夕陽を眺めに来たいなぁ...............。





     


     
2015/10/13 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit