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び・び・びのびいすけ

鵜原理想郷 (2015年7月17日)(千葉県勝浦市) 

7月17日 公休日

この日は大多喜町の廃校を巡り、そして勝浦市の廃校も巡っていました。
勢力の強い台風が、四国→中国地方へと本州を縦断し
その影響で、房総半島も雲に覆われ、
雨が降ったり、止んだりとおかしな天気でした。

行川小学校をあとにして、佐倉市の自宅へ帰るべくハンドルを握り、
R128をクルマを走らせていました。

ふと、目に留まった看板。

『鵜原海岸 鵜原理想郷』って書かれている。


そう言えば、そんな所もあったなぁ〜...............


ちょっぴり気になるので、立ち寄った先は...............鵜原理想郷



『鵜原理想郷』は、
太平洋の荒波に浸食された、典型的なリアス式海岸です。
深い入江を覆うように木々や海岸性の植物が、
紺碧の海に突き出た岬の先端まで茂り合っています。
その複雑な自然造形に惹かれ、古くから多くの文人墨客などが訪れ、
数々の作品を残したほど美しく優れた自然景観をもっています。
特に歌人の与謝野晶子は、昭和11年4月~5月に友人画伯らと当地に滞在し、
76首の歌を詠んでいるほどです。

リアス式海岸が続く明神岬一帯は、大正初期にここを別荘地とする計画があり、
「理想郷」と呼ばれるようになりました。
静かな入り江の彼方に青い海が広がり、散策するには格好の景勝地だそうです。




要するに、入江と言うか、風光明媚な岬をハイキングできるコースがあると言う事と解釈し、
雨が降らなきゃいいなぁと思いながら、2kmのハイキングを敢行することに致しました。


こちらが、ハイキングコース。

      20150717鵜原理想郷55


7〜8台停められる無料駐車場に車を停め
ロングリードを装着して、いざ出発です。

      20150717鵜原理想郷01



一周2.3kmのハイキングコース。
スタートはこちらのようです。

      20150717鵜原理想郷54


ホテルと言うか宿泊施設の敷地内を通り抜けて行くようで
案内板を見落とすと大変です。

      20150717鵜原理想郷02


緩い上り坂。
そして、いきなりのトンネル。

      20150717鵜原理想郷03


      20150717鵜原理想郷04


右に行ってしまうと宿泊施設。
ここは左の道を進みます。

      20150717鵜原理想郷05


こんな石造りの案内板が道案内をしてくれます。

      20150717鵜原理想郷06



この日は、朝から雨が降ったり止んだりで、
未舗装路は少しぬかるんでいます。
滑らないように気をつけましょう。

      20150717鵜原理想郷07



緩やかな上り坂。
再びトンネルに遭遇。

まるで素掘りのようなトンネル。
照明は付いているけど中は暗くて、足元は滑りやすい。

      20150717鵜原理想郷08


野生動物の匂いでもするのか?
ひたすら地面に鼻を擦り付け、
匂い嗅ぎをしながら前進する びいすけ 。

      20150717鵜原理想郷09


道もいきなり狭くなり、ハイキングコースを歩いていると言うよりは
どこぞの城址巡りをしているような気がしてきます(笑)。

      20150717鵜原理想郷10



程なくして、ハイキングコースの最高地点に到着。
鵜原理想郷の看板の前で、はいポーズ ☆パチリ。

      20150717鵜原理想郷11



案内板に従って、ハイキングコースを進みます。

      20150717鵜原理想郷12



この先は、『手弱女平』。
うっすらと、鐘のオブジェが見えます。

この辺りから風化によって岩肌が見えています。

      20150717鵜原理想郷13


手弱女平へ向かう途中に、理想郷を詠んだ『篠田悌二郎』句碑があります。

      20150717鵜原理想郷14


雨は止んでいるものの、風は強い。
かすかに見える海の波が高く上がっています。

      20150717鵜原理想郷15



手弱女平には四阿があり、休憩も出来ます。

       20150717鵜原理想郷16



四阿でひと息つく びいすけ 。

      20150717鵜原理想郷17



台風の通過の影響による風。
強いけれど、あったかい。

      20150717鵜原理想郷18


思わず、『 🎶 あったかいんだから〜🎵』。

      20150717鵜原理想郷19



手弱女平から眺める海岸線。

      20150717鵜原理想郷20


なかなか、風光明媚。

『ひとつやま』と呼ばれる小島。
この景色に与謝野晶子は惚れ込んだのだろうか?

      20150717鵜原理想郷21


さらに奥には、鐘のオブジェ。

      20150717鵜原理想郷22


剥き出しの岩肌を歩いて行きましょう。

      20150717鵜原理想郷23


      20150717鵜原理想郷24


鐘のオブジェは、ベンチのようです。

      20150717鵜原理想郷25


さながら、若いカップルが並んで座って鐘を鳴らすのでしょうか?

      20150717鵜原理想郷26

この日は風が強くて、紐を引かなくても、カランカランと鳴っていました。



台地突端から眺める鵜原の海岸線。

      20150717鵜原理想郷27


      20150717鵜原理想郷28


      20150717鵜原理想郷29



勝浦の海中公園も近いようです。

      20150717鵜原理想郷30




先へ進みましょう。


この先が『 毛戸岬 』。

      20150717鵜原理想郷31


鵜原理想郷の最南端にあたる毛戸岬。

      20150717鵜原理想郷32


岬の先端から眺める海は、荒れている?

      20150717鵜原理想郷33



一方、 びいすけ は毛戸岬でも匂い嗅ぎ。

      20150717鵜原理想郷34


ここからの眺めもなかなかのモノ。

      20150717鵜原理想郷35



ユリ系の花だとは思うけれど、花の名前は分かりません。

      20150717鵜原理想郷36

鵜原理想郷は、ヤマユリの花が有名らしいけれど
ヤマユリって白かったんじゃなかったっけ?



さらにハイキングコースを進み、辿り着いたのが『 黄昏の丘 』。

      20150717鵜原理想郷37


ハイキングコースの中で唯一広々とした平地。

      20150717鵜原理想郷38


この頃には、雲の間から太陽が顔を覗かせ
気温もぐっと上がりそう。

      20150717鵜原理想郷39


以前は四阿が在ったようですが、風で倒壊でもしちゃったのか?
今はありません。四阿があれば、陽射しを避けて、ひと休みできるんだけど...............。

      20150717鵜原理想郷42


      20150717鵜原理想郷43



陽射しが出て来ても、相変わらず風は強くて波は高い。

      20150717鵜原理想郷41





さらに、この先が『 白鳳岬 』。

      20150717鵜原理想郷40



白鳳岬からの眺望。

      20150717鵜原理想郷44


      20150717鵜原理想郷45


ハイキングコースの眺望が堪能できるのは、この白鳳岬まで。
あとは一気に下って、また素掘りのようなトンネルをくぐります。

トンネルを抜ければ鵜原海岸。

      20150717鵜原理想郷46


ハイキングコースはまだまだ続いています。
海岸沿いを歩いていきます。

      20150717鵜原理想郷47


      20150717鵜原理想郷48


      20150717鵜原理想郷49



本来は、砂浜が綺麗な(?)鵜原海岸。

      20150717鵜原理想郷50



いつか、その砂浜で びいすけ と遊びたいと思っていましたが
さすがに、この日は風が強く、波も高いのでパス。

      20150717鵜原理想郷51


      20150717鵜原理想郷52

確か、砂浜に鳥居が建っていたんじゃなかったっけ?

いつかまた、この鵜原海岸に来てみたいな。


そんなことを思いながら、最後のトンネルをくぐります。

      20150717鵜原理想郷53


トンネルを抜ければ、間もなくスタート地点に戻ります。


2.3kmのハイキングコース。
約1時間半の散歩。

上り下りの坂や階段があって、ちょっぴり汗もかいちゃいました。

なかなか風光明媚な鵜原理想郷。
ここは個人的にはオススメ。

今度は冬に来てみたいなぁ。






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2015/07/31 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........行川小学校  (2015年7月17日)(千葉県勝浦市) 

7月17日 公休日

この日は勝浦市の廃校巡りをして来ました。

名木小学校跡をあとにして、向かった先は...............勝浦市立行川小学校


行川小学校は

明治8年     浜行川村に浜行川小学校として開校。
明治11年    浜行川村、大沢村、守谷村、鵜原村の4村が連合村となる。
明治15年    興津小学校の分校となる。
明治17年    浜行川村、大沢村、守谷村、鵜原村、興津村の5村が連合村となる。
明治22年    5村の連合村が合併し清海村が発足。
明治40年    清海西尋常小学校と改名。
大正10年    清海村が町制施行して興津町となり、
          興津町立行川小学校と改称する。
昭和22年    新小学校令により、興津町立西小学校と改称する。
昭和30年    興津町が勝浦町、上野村、総野村と合併し勝浦町となり、
          勝浦町立行川小学校と改称する。
昭和33年    勝浦町が市制施行して、勝浦市となり、
          勝浦市立行川小学校と改称する。
平成21年    興津小学校に統合され廃校となる。

と、このような沿革になっています。



勝浦市から鴨川市へはR128号を利用しますが、
勝浦市の興津から行川まではバイパスが出来て便利になったようです。

行川小学校は、R128の旧道とJRの線路の間の小高い台地にありました。


この道を上がった先に行川小学校はあります。

      20150717行川小学校22

海抜20mらしい。
一応、地域の防災避難所になっているようです。


こちらが正門。

      20150717行川小学校01



門柱には、表札がしっかりと残されています。

      20150717行川小学校02

今は廃業してしまいましたが、近くに行川アイランドがあったからか?
フラミンゴのオブジェが正門前に飾られています。



正門をくぐれば、校舎の正面玄関。

      20150717行川小学校03



玄関の壁面には、行川小学校の校章が掲げられています。

      20150717行川小学校19



玄関の脇、邪魔にならないように敷地内の片隅には
防災倉庫が置かれています。

      20150717行川小学校20






校庭の片隅。
こちらの一画には、記念碑、像と言った学校遺構が残っています。

      20150717行川小学校18


こちらが、創立百周年記念碑。

      20150717行川小学校04



ここには、二ノ宮像がありました。

     20150717行川小学校05



勝浦市の廃校で、初めて二ノ宮像に出会えました。

     20150717行川小学校06


こちらは、子供達の卒業制作でしょうか?
小さな港町、漁師の町でもある行川を象徴しているようです。

     20150717行川小学校07



百周年記念碑の奥には古びた石造りの門柱。

      20150717行川小学校08


台地下の旧道から石段を上がってくると辿り着く門柱。
きっと、こちらが以前の正門だったのでしょう。






校庭に残る遊具類。

驚いたことに、全てがステンレス製。

      20150717行川小学校10


      20150717行川小学校11


      20150717行川小学校12


      20150717行川小学校13


      20150717行川小学校14

錆に強いステンレス製だけあって、鈍く光り輝いているのが
やけに印象的でした。



校庭は思ったほど広くはない。
いや、むしろ狭いと言った方が正解。

      20150717行川小学校15



校舎前の国旗掲揚台には、校歌の石板。

      20150717行川小学校16



校舎前を匂い嗅ぎで徘徊する びいすけ 。

      20150717行川小学校17




閉ざされた正面玄関には、勝浦ビッグひなまつり の幟が保管されています。

      20150717行川小学校21


毎年2月下旬から3月3日まで催される『勝浦ビッグひなまつり』の会場の一つとして
この行川小学校の中にお雛様が飾られるようです。

『勝浦ビッグひなまつり』は毎年訪れているけれど
この行川小学校会場には足を伸ばしてはいませんでした。

来年の『勝浦ビッグひなまつり』には、こちらにも足を伸ばしてみることにしよう...............。







2015/07/30 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........名木小学校  (2015年7月17日)(千葉県勝浦市) 

7月17日 公休日

この日は勝浦市の廃校巡りに出かけていました。

台風11号が四国に上陸したこの日、遠く離れた房総半島にも
その影響があり、雨が降ったり止んだりの繰り返し。
荒川小学校をあとにして、勝浦市立名木小学校跡へ向かいました。




名木小学校は

明治7年      上野村名木に名木小学校開校
明治20年     大森小学校を合併し、名木尋常小学校と改称する。
大正6年      上野村立名木尋常小学校と改称
昭和22年     新小学校令により、上野村立名木小学校と改称する
昭和30年     上野村が勝浦町、興津町、総野村と合併し勝浦町となり
           勝浦町立名木小学校と改称する。
昭和33年     勝浦町が市制施行して勝浦市となり、
           勝浦市立名木小学校と改称する。
平成18年     上野小学校に統合され廃校となる。

と、このような沿革となっています。



名木小学校跡地に着いた瞬間に、再び雨が降り出し
車の中で30分近く雨宿りで待機する羽目になってしまいました。

雨も止み、タイミングを見計らって、名木小学校跡地を巡ります。



名木小学校跡地は現在、名木緑風苑と言う老人ホームになっています。
いわゆる民地って言うやつ。


こちらが、老人ホームの入口。

      20150717名木小学校07

まるで、正門跡のようにも見えなくない。


逆アングルから。

      20150717名木小学校05



立派な鉄筋コンクリートの建物。

      20150717名木小学校06

小学校の校舎に見えなくもないが、おそらく近年建てられたモノでしょう。



これまでの経験で勝浦市の廃校は、他に活用されても
記念碑や門柱が残されていたので、ここも期待!

びいすけ を連れて行くわけには行かないので、
入口のゲートで びいすけ は待機。

老人ホームの事務所に顔を出して、話を聞こうとすると
あからさまに迷惑顔。
『名木小学校の記念碑か何か学校関係のモノが敷地内に残っていませんか?』
と聞いてみると、つっけんどんに
『そんなもの無い!』と返され...............

同じ老人ホームでも、こうも応対が違うのかなぁ?と感じてしまいました。




仕方ないので、ぐるっと周辺を回って帰ろうと...............

びいすけ を連れて歩いていると、別な入口を発見。

      20150717名木小学校01



しっかりと門柱があるし...............

      20150717名木小学校02



表札も残っているし...............

      20150717名木小学校03

これって明らかに名木小学校の遺構であり、
名木小学校の面影を残すモノなんだよなぁ。


門柱の先は、老人ホームの敷地。


建物は見方によっては、やはり校舎のように見えなくも無い。

      20150717名木小学校04


ひょっとしたら、中庭にも何か残っているかも知れないけれど
勝手中に入ってトラブルなるのも嫌だから、撤収することに...............


う〜む、民地って色々あって難しい。
いっそのこと、公民館とか、更地なら楽なんだけとなぁ..............................









2015/07/29 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........荒川小学校  (2015年7月17日)(千葉県勝浦市) 

7月17日 公休日

この日は、勝浦市の廃校巡りに出かけていました。

新戸小学校をあとにして、向かった先は...............勝浦市立荒川小学校跡





荒川小学校は

明治9年       荒川村に荒川小学校設立。
明治20年      教則改訂により荒川尋常小学校と改称する。
明治22年      町村制施行により、荒川村が台宿村・大森村・名木村・上植野村・赤羽根村
            中里村・貝掛村・植野村・小羽戸村・中島村・法花村・南山田村・鵜原村飛地
            松部村飛地・浜行川村飛地・守谷村飛地が合併し上野村が発足。
            上野村立荒川尋常小学校と改称する。
昭和22年      新小学校令により、上野村立荒川小学校と改称する。
昭和30年      上野村が勝浦町、興津町、総野村と合併し勝浦町となり、
            勝浦町立荒川小学校と改称する。
昭和33年      勝浦町が市制施行して勝浦市となり、
            勝浦市立荒川小学校と改称する。
平成18年      上野小学校に統合され、廃校となる。

と、このような沿革となっているようです。


R297(大多喜街道)の松野交差点から県道82号線を走って行くと
やがて、こんな信号に遭遇します。
廃校から既に7年も経っていますが、交差点名は変わっていないようです。

      20150717荒川小学校01


『荒川小学校入口』と書かれている以上、近くに小学校はあったはず。
周辺を探してみると、それらしい雰囲気の場所に辿り着きました。

      20150717荒川小学校15



フェンスには、勝浦市営荒川テニスコート と書かれた看板が掲げられています。

      20150717荒川小学校10

実は、荒川小学校は廃校ご、勝浦市営荒川テニスコートとして再活用されています。






勢力範囲の広い台風が四国、中国地域を通過している影響で
時折、雨が降ってきたり、30分もすればまた止んだりと
降っては止みという繰り返し。

小雨になるのを待って見学再開です。



こちらが、テニスコートの入り口。

      20150717荒川小学校09



テニスコートの管理棟が何となく校舎の跡のように見えたりしちゃいます。

      20150717荒川小学校16

きっと、こんな感じで当時の校舎も建っていたのでしょうか?


管理棟の奥にはテニスコート。

      20150717荒川小学校17


雨が降っても、テニス好きには関係ないのかな?

      20150717荒川小学校19






駐車場の一画に、石碑や門柱がまとめられています。

      20150717荒川小学校02


こちらが、荒川小学校跡地の碑。

      20150717荒川小学校03


テニスコートに改変された時に移設されたのでしょうか?
碑には沿革が記されていますが、汚れているのと
アスファルトに埋もれている部分もあり、沿革が読み切れません。

      20150717荒川小学校04


荒川小学校跡の碑の奥にはかつての校門の門柱が建てられています。
二組の門柱の内、一組は折れてしまったのか? 短くなっています。

荒川小学校跡碑の陰に隠れている表札

      20150717荒川小学校05


こちらは、ほぼ原寸の門柱。

      20150717荒川小学校06



こちらにも表札はしっかりと残っています。

      20150717荒川小学校07


しかしながら、駐車場の片隅に追いやられたような感じがしないでもない。

      20150717荒川小学校08


そして、学校遺構はこの一画だけのようです。

      20150717荒川小学校18



これと言った遺構もないので、雨が再び降り出す前に
周辺を散策してみましょう。


学校跡前の道路から眺めてみます。

      20150717荒川小学校11


道路をテニスコート沿いに歩いてみます。

      20150717荒川小学校12


      20150717荒川小学校13


      20150717荒川小学校14


やっぱり、これと言ったモノもなく、
学校を彷彿させるモノもない。

まぁ、駐車場の一画に押しやられた感が強いけれど
一応、記念碑等が残されているだけでも良し!としよう。

いつしか、小雨がパラついてきたので、この地をあとにすることにしました。




2015/07/28 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........新戸小学校跡  (2015年7月17日)(千葉県勝浦市) 

7月17日 公休日

この日は大多喜町の廃校巡りをして、その足で勝浦市の廃校巡りにも出かけました。

又新小学校跡をあとにして、向かった先は...................
勝浦私立新戸小学校跡


新戸小学校は

明治7年     新戸村に新戸小学校創設。
明治15年    新戸小学校、両戸小学校に分離する。
明治20年    新戸小学校、両戸小学校が統合し、新戸尋常小学校となる。
明治22年 町村制施行により、新戸村が松野村・小松野村・中倉村・杉戸村・
          市野川村・市野郷村・佐野村・宿戸村・中谷村・平田村・関谷村・
          白木村・白井久保村・芳賀村・大楠村・蟹田村が合併し、総野村が発足。
          総野村立新戸尋常小学校と改称する。
昭和22年    新小学校令により総野村立新戸小学校と改称する。
昭和30年    総野村が勝浦町・上野村と合併し.勝浦町となり
          勝浦町立新戸小学校と改称する。
昭和33年    勝浦町が市制施行、勝浦市となり
          勝浦市立新戸小学校と改称する。
平成16年    勝浦小学校に統合され、廃校となる。


と、このような沿革となっています。




大多喜町から勝浦市へとR297を車を走らせていると
新戸地区に真新しい鉄筋の建物があります。

この新しい建物のある敷地が、新戸小学校跡地となります。
よくよく見るとその建物は勝浦市の給食センターでした。



こちらが、かつての登校路のようです。

      20150717新戸小学校08

いかにも、正門(校門)へと上がって行く坂道。

      20150717新戸小学校12


坂を上った先にはゲート。
こちらが、かつての正門跡です。

      20150717新戸小学校11


新しい門には、こんな表札。

      20150717新戸小学校13

どうやら、給食センターだけではなく、
勝浦市の福祉避難所と防災備蓄センターを兼ねているようです。


さすがに給食センターの敷地内に犬連れはマズイから
このまま諦めて帰ろうかと思っていたら................

視界にこんなモノが入ってきました。

      20150717新戸小学校14

駐車場の片隅に石碑らしきモノが建っている。

ズームで寄ってみると、やはり石碑っぽい

      20150717新戸小学校15


下から眺めてみると、石碑の他に門柱らしきモノもあるようです。

      20150717新戸小学校09


意を決して、給食センターの事務所に顔を出して
敷地内の見学を頼んでみます。
さすがに犬連れはマズイから、 びいすけ は車の中でお留守番。

こちらが給食センター。事務所は玄関の右側。

      20150717新戸小学校07




事務所の方の応対も親切丁寧。
わざわざ石碑まで案内して頂きました。


廃校記念碑はありませんでしたが
石碑が2基ありました。

こちらが、新戸小学校創立百周年の記念碑。

      20150717新戸小学校01


裏面には沿革が記されています。

      20150717新戸小学校05


そして、こちらが新戸小学校校歌の碑。

      20150717新戸小学校02



校歌の碑のとなりには、かつての門柱。

       20150717新戸小学校03


表札もしっかりと残っています。

      20150717新戸小学校04




案内をして頂いた職員の方は、以前学校関係の部署(教育委員会?)に居たらしく、
新戸小学校の事は良く覚えているとの事でした。

その方の話では、給食センターの事務所前の駐車場辺りに校舎が建って居たそうです。
そして、先程の記念碑や門柱は給食センターを建てる際に移設したそうです。


この辺りに校舎が建って居たようです。

      20150717新戸小学校06



そして、職員の駐車場と給食運搬用のトラックが待機する駐車場のある辺りが
かつての校庭だったそうです。

      20150717新戸小学校10


この給食センターも平成25年に建てられたモノ
給食センターが建てられる前は更地であったそうです。

給食センターが建てられて、かなり雰囲気も変わったと思うから
数年前の更地の時にでも訪れていれば、びいすけ と記念碑の写真も撮れたことだろう。
ちょっぴり残念だけど、対応して頂いた職員の方が良かったから
これも良しとすることにしよう。

又新小学校跡地の老人ホームと言い、新戸小学校跡地の給食センターと言い
応対して頂いた職員の人柄の良さが滲み出ている。
廃校跡地も良い方々の働く職場として、再活用されていることが
ちょっぴり嬉しかったりして..............................。









2015/07/27 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........又新小学校跡  (2015年7月17日)(千葉県勝浦市) 

7月17日 公休日

この日は、大多喜町、勝浦市の廃校巡りに出かけました。

総元小学校をあとにして、向かった先は...............勝浦市立又新小学校跡


又新小学校は

明治6年      市野々村の光栄寺仏殿を仮教場に「市野々小学校」として開校。
明治14年     小学校区を改正し第53番学区又新小学校と改名。
明治19年     小学校令の改正により又新簡易小学校と改正。
明治22年     学区を改正し総野村立又新尋常小学校となる。
昭和22年     新制度が実施され「総野村立又新小学校」と改名。
昭和30年     旧総野村・上野村・興津町・勝浦町が合併。勝浦町立又新小学校となる。
昭和33年     勝浦町が市制施行により勝浦市となり、勝浦市立又新小学校と改称する。
平成元年     総野小学校に統合され、廃校となる。

と、このような沿革となっています。


県道82号線、市之郷交差点の角にあった又新小学校

      20150717又新小学校12


現在、その跡地には勝浦裕和園と言う老人ホームが建っています。

      20150717又新小学校13


      20150717又新小学校14



さすがに、民地となった老人ホームの中に
ズケズケと入っていくのは気が引けます。

最初は周辺からチェックしてみます。


市之郷交差点角にある廃商店。
小学校の対面にあることから、文房具なんかも置いていたんじゃないでしょうか?
小学校の廃校で廃業してしまったのでしょうか?

      20150717又新小学校11



こちらは、かつての登校路
なんとなく校門へと続いていく道に見えなくもない。

      20150717又新小学校02


残念ながら、門柱らしきものはありません。

      20150717又新小学校01




意を決して、敷地内の見学を事務所にお願いしてみると
快く承諾してくれて、建物奥の駐車場に廃校記念碑があると教えてくれました。

      20150717又新小学校10


駐車場に停められた車の奥に石碑らしきものが見えます。

      20150717又新小学校09


石碑が2基並んでいます。

      20150717又新小学校07



こちらが新しい石碑。
新しいといっても平成元年に建てられたもの。

      20150717又新小学校03

      20150717又新小学校04



そして、こちらが古いほうの石碑

      20150717又新小学校05


又新小学校の開校百周年記念の石碑ですね。

      20150717又新小学校06



この石碑以外には、学校遺構は残されていないようです。
もっとも、小学校跡地を民間に転売されてしまったわけだから
それも仕方がないこと。

むしろ、石碑を敷地内の一画に残してくれていることが喜ばしいことです。


石碑前から眺める敷地内。
 
      20150717又新小学校08


老人ホームの管理棟、そして住宅棟と3つの建物が立ち並び
学校遺構は見当たらない。
記念碑が無ければ、学校跡とはわかりづらうだろう。

なかなか入りづらい老人ホームですが
職員の応対も良く、記念碑の見学を許可してくれたことに感謝いたしましょう。











2015/07/26 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........総元小学校  (2015年7月17日)(千葉県夷隅郡大多喜町) 

7月17日 公休日

この日は、大多喜町の廃校へ出かけました。

上瀑小学校をあとにして、向かった先は...............大多喜町立総元小学校


総元小学校は

明治7年    久我原・三又に二村をもって,久我原校開設。
        大戸・石神の二村をもって石神校開設。
        部田・小谷松・堀之内、八声の四村をもって小谷松校開設。
        黒原・佐野・川畑の三村をもって佐野校開設。
明治15年  久我原校を責善小学校と改称
明治18年  小谷松校を上原小学校と改称
明治20年  石神校を大戸尋常小学校と改称
明治22年  三又村、黒原村、大戸村、石神村、堀之内村、久我原村、部田村、
        小谷松村、八声村が合併し総元村誕生。
        大戸尋常小学校と上原小学校を合併し,総元尋常小学校として開設。
        責善小学校を責善尋常小学校と改称。
明治35年  総元高等小学校を開設。
明治41年  責善尋常小学校・総元高等小学校・総元尋常小学校を合併し
        総元尋常高等小学校開設(現在地)
昭和22年  総元村立総元小学校と改称する。
昭和29年  総元村が西畑村、上瀑村、老川村と共に大多喜町と合併し
        大多喜町立総元小学校と改称する。
平成27年  大多喜小学校に統合され廃校となる。

と、このような沿革となっています。




こちらが、総元小学校の正門。

      20150717総元小学校29


廃校からまだ4ヶ月。
門柱には、総元小学校の表札がしっかりと残されています。

      20150717総元小学校27


      20150717総元小学校28


正門を抜け、敷地内に入ってみましょう。

      20150717総元小学校01


校舎正面玄関。

      20150717総元小学校04


正面玄関の壁面に掲げられた総元小学校の校章。

      20150717総元小学校03




こちらは、体育館。

      20150717総元小学校02



体育館横から眺める校庭。

      20150717総元小学校05



校庭の片隅、体育館の脇にある百葉箱。

      20150717総元小学校06




そして、百葉箱の近くにある、子供たちが作った卒業制作。
残念ながら、いつ頃のモノかは分かりませんでした。

      20150717総元小学校07



校庭から眺める校舎。

      20150717総元小学校08


      20150717総元小学校12


校庭から眺める体育館。

      20150717総元小学校11



校庭奥にある裏門。
石造りの年季の入った門柱ですが、
ここ何年もこちら側の門は使われてなかんでしょう。
ね茂みにすっかり覆われています。

      20150717総元小学校09




校庭に残る遊具類。

      20150717総元小学校10


      20150717総元小学校13


      20150717総元小学校14


      20150717総元小学校15


      20150717総元小学校16



遊具類の王者(?)の築山。

      20150717総元小学校19


      20150717総元小学校20



築山の土管で遊ぶ びいすけ 。

      20150717総元小学校17


      20150717総元小学校18



校舎の前を軽快に駆けていく びいすけ 。

      20150717総元小学校21


      20150717総元小学校22


      20150717総元小学校23




各学年ごとの花壇ですが、ほとんど植えられているものはありません。
唯一、3年生の花壇に向日葵の花が咲いていました。

      20150717総元小学校24



校舎の前から校庭を眺めてみると、フェンス沿いには桜の木々。

この大きな木はシンボルツリーだたのですね。

      20150717総元小学校25


体育館脇のこちらの木もきっとシンボルツリーだったのでしょう。

      20150717総元小学校26


残念ながら、二ノ宮像は見当たりませんでしたが、
大多喜町の山あいにある歴史のある小学校。
明治時代には多くの村が学区だった歴史のある小学校でしたが
残念ながら廃校とは、寂しいものです。










2015/07/25 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........上瀑小学校  (2015年7月17日)(千葉県夷隅郡大多喜町) 

7月17日 公休日

台風11号が四国に上陸し本州を突き抜けたこの日、
曇り時々雨と言う天気予報を無視して出かけることにしました。
と言うより曇りの方が晴れより道路が熱くならないから、
却って びいすけ と出かけるには都合良い!て勝手に判断して
大多喜町と勝浦市の廃校巡りに出かけました。

大多喜町では、今年の春に新たに二つの小学校が廃校になりました。
その内の一つ、    大多喜町立上瀑小学校    に訪れました。


上瀑小学校は

明治7年   横山村に横山小学校創設
明治7年   下大多喜村にに下大多喜小学校創設
明治22年   横山村、小土呂村、下大多喜村が合併され上瀑村になり、
       横山小学校は上瀑尋常小学校と改称する。
明治33年   大多喜町に大多喜・上瀑・中川の1町2村による組合立高等小学校を設置。
大正4年    組合立高等小学校の解散にともない、
        上瀑尋常小学校及び下大多喜尋常小学校を統合し、
        新たな規模の上瀑尋常高等小学校を設置。
        上瀑校舎を高等科併設の横山仮教場とし、
        下大多喜校舎を下大多喜仮教場とする。
大正10年   横山566番地に新校舎完成、両教場を統合する。
昭和22年   上瀑村立上瀑小学校と改称する。
昭和29年   上瀑村が総元村、西畑村、老川村と共に大多喜町と合併し
        大多喜町立上瀑小学校と改称する。
平成27年   大多喜小学校に統合され、廃校となる。

と、このような沿革となっています。







当初、こちらが上瀑小学校の正門だと信じていました。

      20150717上瀑小学校01


門柱には、『上瀑ふれあいセンター』と早くも再活用されているのかと思いました。

      20150717上瀑小学校02

平成14年に上瀑小学校敷地内に屋内体育施設としてオープンしたそうです。

普段は上瀑小学校の体育館として活用されていたようです。

      20150717上瀑小学校03



こちらが、上瀑小学校の正門。

      20150717上瀑小学校24


      20150717上瀑小学校25

廃校からまだ4ヶ月。
門柱には、まだ上瀑小学校の表札は残されています。



正門の先の正面口。

      20150717上瀑小学校26



正面玄関のロータリーの一画には、記念碑が建ち並んでいます。

まずはお目当の廃校記念碑。

      20150717上瀑小学校20


      20150717上瀑小学校21



こちらは、上瀑小学校の校歌制定の碑。

      20150717上瀑小学校22



そして、こちらが『上瀑小学校周辺整備記念碑』

      20150717上瀑小学校23

昭和63年に、この周辺は整備されたようです。



ロータリーの芝生にポツンと建つ百葉箱。

      20150717上瀑小学校19


実は、この日は朝5時半に自宅を出て上瀑小学校には7時過ぎに到着しました。
ちょうどスクールバスが児童の送迎にやって来ました。

      20150717上瀑小学校16

廃校になってから、毎日このバスで大多喜小学校へ通うのですね。



バスが立ち去った正面玄関。

      20150717上瀑小学校15


      20150717上瀑小学校17


玄関上部の壁面に掲げられた上瀑小学校の校章。

      20150717上瀑小学校18



こちらが、校庭。
意外に広い。

      20150717上瀑小学校04



校庭に残された遊具類。

      20150717上瀑小学校06


      20150717上瀑小学校07


      20150717上瀑小学校08


      20150717上瀑小学校12




こちらは、校庭奥にある裏門。
正門前の道路が整備される前は、こちらが正門だったかもしれません。

      20150717上瀑小学校29


門柱は月日の流れの中で折れて破損してしまったようです。

      20150717上瀑小学校09

無造作に校庭の片隅に置かれています。



校庭から眺める校舎。

      20150717上瀑小学校10


      20150717上瀑小学校11


そして、体育館(上瀑ふれあいセンター)。

      20150717上瀑小学校05




校舎前には、朝礼台と国旗掲揚用のポール。

      20150717上瀑小学校13


体育館前の校庭の一部はゲートボール場となっています。
廃校前から、上瀑ふれあいセンターとして活用されている名残りでしょう。

      20150717上瀑小学校14



正面玄関脇にある、子供たちの卒業制作。

      20150717上瀑小学校27


昭和52年に卒業した子供たちの作品のようです。

      20150717上瀑小学校28

昭和52年の卒業生は卒業後、この作品を見に来ているのだろうか?


廃校になってしまった上瀑小学校。
すぐさま校舎が取り壊されることは無いと思うけれど
この地にこの校舎とこれらの作品が残されている内に
多くの卒業生が母校を訪れることを期待したい。





     

2015/07/24 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

向日葵@佐倉ふるさと広場 (2015年7月12日)(千葉県佐倉市) 

7月12日 公休日

個人的な連休2日目。

一昨日までの怪しい天気とうって変わり、2日続けての好天気。
この日も昼間は30℃超えの夏日。
思わず、『梅雨明けか!?』と言いたくなるほどです。

昼間は、撮り溜めしていたドラマを見て時間を過ごし、
陽も傾き始めた(?)17時過ぎに出掛けることにしました。

向かった先は...............佐倉ふるさと広場



毎年、この時期には風車のあるふるさと広場に
向日葵の花が咲き乱れています。

8月1日に開催される市民花火大会の会場でもある、ふるさと広場。
花火当日までに、向日葵も刈り取られ花火大会の特等席となるため
向日葵を見に行くなら、この時期となります。


17時過ぎても、まだまだ明るい7月。

      20150712ふるさと広場ひまわり01


春にはチューリップ
秋にはコスモス
そして、夏には向日葵

四季(実際には、春夏秋の三季ですが)の花が植えられ
風車の前で満開になる佐倉ふるさと広場。

一説によれば、5月下旬に2万本の向日葵の種が植えられたそうです。

      20150712ふるさと広場ひまわり02


      20150712ふるさと広場ひまわり03



満開には、気持ち早いかな?って感じはするけれど
風車と向日葵の花。

画になりますねぇ。

      20150712ふるさと広場ひまわり04


びいすけ と向日葵畑を散策いたしましょう。

      20150712ふるさと広場ひまわり05



ふと気付いたのは、東側から風車を眺めているんだけど
向日葵の花が東に向いている。

      20150712ふるさと広場ひまわり06


      20150712ふるさと広場ひまわり07


      20150712ふるさと広場ひまわり08




ワンちゃんを連れて散歩に来られる方も多く
この日も2組のわんこ連れに遭遇しました。

ワンちゃんの残り香が気になるのか?

      20150712ふるさと広場ひまわり10


      20150712ふるさと広場ひまわり14




17時をとっくに過ぎたこの時間帯でも、陽射しはちょっぴりきつい。

      20150712ふるさと広場ひまわり09


      20150712ふるさと広場ひまわり11



びいすけ もちょっぴり舌が長く伸びている。

      20150712ふるさと広場ひまわり12


      20150712ふるさと広場ひまわり13

17時過ぎでもやっぱり陽射しがあると、厳しいのかな?




約2万本と言われる向日葵。
やっぱり、西陽の方角とは違う北や東を向いているモノが多い。

向日葵って、太陽の方に花が向くんじゃなかったっけ?

      20150712ふるさと広場ひまわり15


      20150712ふるさと広場ひまわり16


      20150712ふるさと広場ひまわり17


      20150712ふるさと広場ひまわり18


この向日葵も今月いっぱいの命。
花火大会の会場だから、仕方ないとは言え
刈られてしまうのは残念です。





ふるさと広場近くの印旛沼。

8月1日の夜にはこの湖上をを色とりどりの花火が輝きます。

      20150712ふるさと広場ひまわり19

      20150712ふるさと広場ひまわり20


花火も見に来たいけれど、大勢の人がいるから
犬連れではちちょっと無理かな?

自宅近くにどこか高台でこっそり眺めることにしよう.............。









2015/07/23 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今日の散歩@佐倉城趾公園 (2015年7月11日)(千葉県佐倉市) 

7月11日 公休日

7月に入って、ずっ〜と天気がイマイチだったのですが
この日は、いきなりの好天気。
梅雨明けを思わせる久しぶりの太陽。

11時半に車の修理の持ち込みに印西市のジョイフル本田へ出掛けましたが
いゃあ、暑かった。
修理待ちの1時間、クーラーの効いた店内は天国でした。
びいすけ と買い物のふりをして、涼んでいました。

アスファルトは熱を持ち、とても昼間の散歩は無理。

涼しくなり始めた夕方の17時過ぎに散歩に出掛けました。
休みの日の距離のある散歩と言えば...............佐倉城址公園


自宅から佐倉高校前を通って城址公園へと向かいます。

      20150711佐倉城址公園01


城址公園までは徒歩20分程。
びいすけ のペースで歩いて行きます。

      20150711佐倉城址公02


      20150711佐倉城址公03



佐倉城址公園に到着。
いつものように、菖蒲園側から入って行きます。

      20150711佐倉城址公04


さすがに7月になったから、菖蒲園の菖蒲の花はありません。

      20150711佐倉城址公05



菖蒲園から姥ケ池へと歩いて行きます。

背中に背負ったリュックにロングリードを入れ忘れてしまい、ちょっぴり後悔。

      20150711佐倉城址公06


城址公園みたいに広くてゆったりしている公園には
ロングリードが最適です。

      20150711佐倉城址公07


姥ケ池の前で散歩中のワンちゃんに遭遇。
休みの日ぐらいしか、この時間帯にこの場所を散歩できないから
こうした出会いは貴重です。

      20150711佐倉城址公08



姥ケ池の前で、はいポーズ、パチリ☆。

      20150711佐倉城址公09


前回よりも、さらにスイレンが増えているようです。

      20150711佐倉城址公10



別なアングルから、パチリ☆。

      20150711佐倉城址公11


      20150711佐倉城址公12



何やら、 びいすけ が草むらに行きたがります。
良く良く見たら、姥ケ池から上がって来た亀に遭遇。

      20150711佐倉城址公13


ビビりながらも、亀に顔を近づける びいすけ 。

      20150711佐倉城址公14



姥ケ池から、三の丸方面へと向かいます。

食い違い虎口の土塁。

      20150711佐倉城址公15


三の丸の遊歩道。

      20150711佐倉城址公16

二の丸を抜けて、本丸へと向かいます。


本丸広場。
芝生が映える、緑の絨毯です。

      20150711佐倉城址公19


      20150711佐倉城址公20




いきなり、ゴロ〜んと転げ回り
芝生と土の感触を背中で確認する びいすけ 。

      20150711佐倉城址公17


      20150711佐倉城址公18




本丸の外周を取り巻く土塁の上に移動します。

      20150711佐倉城址公22


      20150711佐倉城址公21



土塁の上にから眺めても、本丸広場に芝生は緑一色で心も映える。

      20150711佐倉城址公23


      20150711佐倉城址公24



陽も陰り始めたので、本丸から二の丸を抜けて、三の丸へと向かいます。

      20150711佐倉城址公25



三の丸の空堀。

      20150711佐倉城址公26



この三の丸の空堀の柔らかな曲線が好きです。

      20150711佐倉城址公27




三の丸の看板の前でポーズ。パチリ☆。

      20150711佐倉城址公28



向かって右側に銀杏並木、そして左側に桜並木が続く大手口。

      20150711佐倉城址公29


この道をまっすぐ行けば、佐倉十一万石の城下。

時刻も19時に近づいたけれど、この時期ならまだ明るい。
逆にこの時間帯でないと、長時間の散歩は厳しい時期となりました。

明日も30℃を超える夏日らしい。

さて、明日(7月12日)の休みは、どこで散歩しようかな...............?






2015/07/22 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit