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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

八千代八福神巡り⑧  《 観音寺 布袋尊 》                        (2015年1月27日)(千葉県八千代市) 

1月27日 公休日


この日は、八千代市の 八千代八福神巡り に出かけました。

八千代八福神は
1989(平成元)年11月に設置されたました。
八千代市仏教連合会と八千代市郷土歴史研究会が『八千代の八』にちなみ、
七福神に吉祥天を加えて八福神としたそうです。
同様に七福神に一つ加えて八福神になっている例では、
同じく、吉祥天が加わった八王子などがあるようです。

八千代八福神は

弁財天     長福寺(八千代市米本)
大黒天     妙徳寺(八千代市真木野)
福禄寿     東栄寺(八千代市保品)
寿老人     長福寺(八千代市萱田)
毘沙門天    正覚院(八千代市村上)
恵比寿     貞福寺(八千代市吉橋)
布袋尊     観音寺(八千代市高津)
吉祥天     妙光寺(八千代市小池)

という構成になっています。



正覚印をあとにして、向かった先は.....................
高津地区にある 観音寺の布袋尊


布袋尊は、弥勒菩薩の化身と言われ、
笑門来福、夫婦円満、子宝の神として信仰されています。


いよいよ、八千代八福神の大トリ。
観音寺です。

      20150127八千代八福神 観音寺01



こちらの観音寺も八千代市民が選んだ
『八千代ふるさと50景』の一つに選ばれているようです。

      20150127八千代八福神 観音寺02



観音寺の山門。

      20150127八千代八福神 観音寺03



山門に掲げられた扁額。

      20150127八千代八福神 観音寺04



そして、こちらが本堂。

      20150127八千代八福神 観音寺05



本堂に掲げられた扁額。

      20150127八千代八福神 観音寺09



本堂前に鎮座している布袋尊。

      20150127八千代八福神 観音寺06


      20150127八千代八福神 観音寺07


布袋尊の真ん前に、工事関係の車が停まっていて
ベストポジションが確保出来ません。

      20150127八千代八福神 観音寺08


 
観音寺の墓地にある間宮士信の墓石と墓碑。
 
      20150127八千代八福神 観音寺10

間宮 士信(まみや ことのぶ)は、江戸時代後期の江戸幕府旗本(御書院番)です。
初名は信民。号は白水。通称は初め総次郎であったが、父間宮公信の死後に
その名を継いで庄五郎と名乗りました。
間宮家は、その祖先が伊豆の北条早雲に仕え、それから四代小田原北条氏に仕え、
四代目の康俊が秀吉の小田原攻めで山中城で討死しています。

間宮 士信は、徳川氏に召され幕臣となりました。
そのため士信は北条氏及び徳川氏に厚恩を感じて、
『小田原編年録』を編纂することにしたといわれています。

こちらの墓碑にも、その辺りの経緯が記されていました。

      20150127八千代八福神 観音寺11


意外や意外。
七福神巡り(八千代八福神巡り)をしていたら
小田原北条氏に関する知らなかった史実を知ることができました。

秀吉という大勢力の前に屈してしまった関東の雄・小田原北条氏。
その北条氏のファン(?)でもある私にとっては新たな発見でもありました............。



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2015/02/19 Thu. 18:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

八千代八福神巡り⑦  《 正覚院 毘沙門天 》                        (2015年1月27日)(千葉県八千代市) 

1月27日 公休日


この日は、八千代市の 八千代八福神巡り に出かけました。

八千代八福神は
1989(平成元)年11月に設置されたました。
八千代市仏教連合会と八千代市郷土歴史研究会が『八千代の八』にちなみ、
七福神に吉祥天を加えて八福神としたそうです。
同様に七福神に一つ加えて八福神になっている例では、
同じく、吉祥天が加わった八王子などがあるようです。

八千代八福神は

弁財天     長福寺(八千代市米本)
大黒天     妙徳寺(八千代市真木野)
福禄寿     東栄寺(八千代市保品)
寿老人     長福寺(八千代市萱田)
毘沙門天    正覚院(八千代市村上)
恵比寿     貞福寺(八千代市吉橋)
布袋尊     観音寺(八千代市高津)
吉祥天     妙光寺(八千代市小池)

という構成になっています。


萱田の長福寺をあとにして、向かった先は...............................
村上地区の  正覚院の毘沙門天


毘沙門天は 仏教四天王の一人で七福神中唯一武将の姿をしており
融通招福の神として信仰されています。



正覚院は、八千代市村上にある真言宗豊山派の寺院です。
山号は池證山。寺号は鴛鴦寺となっています。
本尊は釈迦如来。鴛鴦(おしどり)伝説で知られる寺ということです。


その鴛鴦(おしどり)伝説とは、

保元年間(1156年~1159年)平真円というものが、
近くの阿蘇沼と呼ばれる沼でオシドリの雄を射止めた。
その夜に雌のオシドリが人間に姿を変えて真円の家を訪れ、
歌を残して去っていった。
真円は以後殺生を悔い改めて出家し、この寺を立てたと伝えられる..............


こちらが院号標

      20150127八千代八福神 正覚院12


袂には、小さな道祖神の像。

      20150127八千代八福神 正覚院13

これは、鴛鴦(おしどり)伝説に由来するものなんだろうか..........?




山門へと続く参道。
仁王像がお出迎えです

      20150127八千代八福神 正覚院14




こちらが正覚院の山門

      20150127八千代八福神 正覚院01



山門を抜け境内に入ります。

こちらは釈迦堂。
八千代市指定文化財 となっています。

      20150127八千代八福神 正覚院02




釈迦堂の裏手には幟とともに八千代八福神の毘沙門天。

      20150127八千代八福神 正覚院05


      20150127八千代八福神 正覚院03


      20150127八千代八福神 正覚院04



毘沙門天の奥には台地に上がる道。
まるで城址への登城口のように見えてしまいます。

      20150127八千代八福神 正覚院06



台地の上は、正覚院の墓地。

墓地の中に残る宝篋印塔。

      20150127八千代八福神 正覚院07

これまた、八千代市の指定文化財。



毘沙門天を拝みに行った時には気づきませんでしたが
毘沙門天の手前にあった碑。

これが鴛鴦の碑。
鴨鴛の塚です。

      20150127八千代八福神 正覚院08




こちらが本堂

      20150127八千代八福神 正覚院09


      20150127八千代八福神 正覚院10



そしてこちらが鐘楼。

      20150127八千代八福神 正覚院11




駐車場へと戻る途中で、お寺の関係者の方と話すことができました。

八千代s市ふれあい大学校(おそらく八千代市の歴史を勉強する市民セミナー的なものでしょう)の
資料をいただきました。

その資料によれば、この正覚院は鎌倉時代には庵が営まれ、
武士の館が築かれたということです。
また、駐車場の南側(ちょうど仁王像の脇あたり)に土塁が残されているとのことです。


こちらが、その土塁。

      20150127八千代八福神 正覚院15

確かに、土塁は残っていました。

と言う事は、先ほど、墓地へと上がっていく道が
まるで城址の登城路のように見えましたが
間違ってはいなかったようです(?)

詳しい資料がないので、これ以上は推測できませんが
きっと墓地のある辺りが主郭か居館となっていたのでしょう。


さて、八千代八福神巡りもこれで七福神巡りが完了。
残すは、あと一つとなりました。









2015/02/19 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit