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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

大戸城址  (2014年11月21日)(千葉県君津市) 

11月21日 公休日

この日は、君津市城址巡りに出かけました。

千本城址をあとにして、向かった先は..................大戸城址


大戸城は、
築城時期は不明であり、伝承では里見氏の里見義実の築城とされているが、
史実では同氏の天文年間の内紛(天文の内訌)の際に
安房国を追われた当主・里見義豊が、上総国の有力領主である真里谷信清(武田恕鑑)から
滞在先としてこの城を提供されて反抗の拠点にしている事から、
真里谷氏を含めた上総武田氏あるいはその以前の領主によるものと考えるのが
近年の考え方である。

小田原征伐の後、里見氏は豊臣秀吉によって上総を召し上げられたために廃城となる。

( Wikipediaから引用 )



こちらが大戸城の縄張り図

     大戸城縄張り図

                ( 余胡くんのHP よりお借りしました )



この大戸城址に辿り着くのに迷いました。

メジャーな城郭でもないし、観光地でもない。
おまけに人が居そうもない地区にあるため、訪ねようにも人に出会わない(笑)。

周辺を車でぐるぐると回り、それらしい場所にやっと辿り着きました。

      20141121大戸城址15

この落石注意の看板の奥が登城口です。


この時は、まだ此処が大戸城址か否か?
確信が無かったため、半信半疑状態でした。

とりあえず............

いざ、参らん!
大戸城址の攻略開始です。

      20141121大戸城址01



登城路を上って間も無く、土塁が現れます。

      20141121大戸城址02

以前、どこかのサイトでこの土塁を見た覚えがある。
此処が大戸城址であることを確信しました。


さらに、登城路を進みます。

行く手を遮る倒木。

      20141121大戸城址03


さらに、先にも倒木。

      20141121大戸城址04

まるで、私と びいすけ の攻城を拒んでいるかのようです。


やがて、道は八津へと下る道となり
主郭方面から離れてしまいます。

仕方ないから一度戻り、適当な道なき斜面を登っていきます。

前日の雨と元来の粘土質が混じった土で滑りやすくなっています。
足元に注意を払いながら、何とか主郭の台地頂部に到着。

      20141121大戸城址05



こちらは、空堀跡のように見えなくもない。

      20141121大戸城址06



主郭先端部には祠が祀られています。

      20141121大戸城址09


      20141121大戸城址07


      20141121大戸城址08



さらに、その先にも別な祠。

      20141121大戸城址10



そして、その近くには空堀跡。

      20141121大戸城址11


そして、その先は主郭先端部。
おそらく、櫓台跡でしょう。

      20141121大戸城址12



今は、周りに木が茂り眺望は臨めないが
かつては、この場所から敵の侵略とかを確認していたのでしょう。

      20141121大戸城址13



さて、主郭から下っていくのが大変。
道なき斜面を上がって来たから
道なき斜面を下っていくしかありません。

      20141121大戸城址14


細心(?)の注意を払っていたものの
結局、こちらでも2度滑って転びました。

たたでさえ汚れていたズボンがさらに黒く汚れたのは言うまでもありません。


天気がいいからって、山城を舐めちゃいけませんね........................




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2014/12/08 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit