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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

千本城址  (2014年11月21日)(千葉県君津市) 

11月21日 公休日

この日は、君津市城址巡りに出かけました。

向郷陣屋跡をあとにして、向かった先は..................

          千本城址



千本城とは、
築城時期等詳細は不明ですが一説によれば............

里見義尭が久留理城に居城を移した天文16年(1547)頃に、
久留里城の南の防御を目的に支城として築いたとも言われています。

この千本城は里見氏の武将東平安芸守が守り、
その娘か足利義明の娘が里見義弘の男子:梅王丸を生んだようですが、定かではありません。

里見義弘は晩年に安房・岡本城の里見義頼とは不仲であり、
その原因が家督継承にありました。
義頼は里見義尭の子でありましたが、嫡子に恵まれなかった長兄・義弘の養子になっていましたが、
しかし、その義弘に実子である梅王丸が生まれてしまいました。
天正6年(1578)、義弘が没したため、義頼と梅王丸の間で後継者争いが起きました。

義弘は生前、自身の死後は安房国を義頼に与え、
上総国を嫡男・梅王丸(のちの義重)に与えることを約していたが、
この分割相続を義頼は不満に思い、
義弘と義頼の仲は次第に険悪になっていったと言われています。

義弘の死後、梅王丸を担ぐ上総勢力(大多喜城主・正木憲時、造海城主・正木淡路守時盛ら)と義頼は対立し、
天正8年、義頼は東平氏らの拠る千本城・久留理城を始め、造海城も陥落させています。

梅王丸は岡本城で出家させられ淳泰と号し、
梅王丸の母と妹は琵琶首館に幽閉されました。

天正十八(1590)年の小田原の役の際、里見氏は小田原の参陣に遅れ、
豊臣秀吉によって上総を召し上げられたため、千本城も廃城となりました。




こちらが、千本城の縄張り図

千本j城縄張り図

( 余胡くんのhp よりお借りしました )





R410を久留里方面から鴨川方面に車を走らせていると、
国道沿いに、こんな案内板が建っています。

      20141121千本城址01



国道沿いに建つ城址入口の碑。

      20141121千本城址02

城址の碑は良く見かけるけれど、城址入口の碑って初めてかも?




この先(奥)が千本城址。

      20141121千本城址03

狭い道だから、(この先はもっと狭くなります。)
車では入れません。
国道沿いの空き地に車を停めて、いざ攻城です!



民家の間を歩いて行きます。

      20141121千本城址04


狭い道がさらに狭くなります。

      20141121千本城址05



やがて、山へと続いていく道。
その道が荒れてくるのが、分かります。


北野神社と書かれた木製の看板が目印。

      20141121千本城址06

ここから山に入って行きます。

とは言うものの、北野神社へ向かう参道を歩きます。


いきなり、 横穴。
上総地区でよく見かける墓穴なのだろうか?

      20141121千本城址07



千本城址は、さらに先。

ここで二又に道は別れています。
左が男坂、右が女坂。

      20141121千本城址08



とりあえず、男坂から登城します。

      20141121千本城址09


男坂は北野神社の参道になっているから
適度に整備され、ほとんど苦もなく上って行けます。
裏を返せば、遺構らしきモノも無く、面白味に欠けます。

ここが男坂と女坂の合流点。

      20141121千本城址10


眼下には大きな堀切があります。
(女坂を上がって来ると堀切の先に男坂がある。)

      20141121千本城址11



こちらが、主郭虎口。

      20141121千本城址12



主郭には北野神社が鎮座しています。

北野神社の由緒が記された石碑。

      20141121千本城址13

こちらの石碑にも、千本城について少しだけ触れています。



こちらが北野神社。

      20141121千本城址14



鳥居の神額。

      20141121千本城址15



そして、拝殿。

      20141121千本城址16


北野神社の本殿裏に広がる主郭。
思った以上に広い。

      20141121千本城址17


      20141121千本城址19



主郭北側の腰曲輪。

      20141121千本城址18


腰曲輪の先にも行けそうですが、縄張り図を持って来るのを忘れてしまったため
無理はせず、引き返しました。



別アングルの主郭虎口。

      20141121千本城址20




帰り道は、女坂から下りる事にしました。
(それが失敗だったとは、この時は知る由もありませんでした。)

女坂に入ってすぐの堀切。

      20141121千本城址21


間近で見ると、それなりの規模。

      20141121千本城址22



さらに女坂を下って行きますが、普段から人が全く通らない道だから
どこが女坂なのか分からなくなってしまい、
いつの間にか、行き止まり。
どうやら道を間違えたと言うか、へんな処に入りこんでしまったようです。

とりあえず、下に向かって斜面を下りていきますが、
前日の雨で地面は多少濡れている。
粘土質の土だから、滑らないように気をつけて居ましたが..................

思い切り滑って転んでしまいました。

右手に びいすけ のリード、
首には一眼レフをぶら下げ、
左肩は8月末から調子悪い。

一瞬の出来事だったから、手を着くことも出来ず
ズボンは泥だらけ............

仕方ないから、女坂は諦め男坂に戻ることにしたものの
戻る途中で再びすっ転んでしまいました。


散々な思いで、男坂を利用して、女坂の分岐点まで下って来ました。

こちらが、男坂の入口

      20141121千本城址28


そして、こちらが女坂の入口

      20141121千本城址27


やけに女坂にこだわっているように見えますが、
実は、女坂を上がる途中に大きな堀切があり
それが千本城址の一番の見所らしい。


意を決して、女坂を上がって行きます。

      20141121千本城址26



そして、大堀切に到着。

      20141121千本城址23


さすがに、でかい!

      20141121千本城址24



高さが20m近くあります。
びいすけ も見上げる程です(笑)。

      20141121千本城址25



2回も、すっ転んで散々な思いをした千本城址ですが
この大堀切を見ることが出来たから『良し』といたしましょう。

もう、滑って転ぶのも嫌だから大堀切を上って越えることはせず、
潔く来た道を戻り撤退。
駐車場(空き地に路駐?)に戻ることにいたしましょう............。




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2014/12/07 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit