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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

久留里城址  (2014年11月21日)(千葉県君津市) 

11月21日 公休日

この日は、千葉県君津市城址巡りへと出かけました。

君津市の代表的な城郭といえば..........久留里城址



久留里城は、別名、雨城・霧降城・浦田城とも呼ばれています。

平将門の三男頼胤が築城したという伝説もあるが定かではない。

上総武田氏の祖となった武田信長が康正元年(1455年)に上総国守護代に任ぜられ、
翌康正2年(1456年)に築城したといわれるのが史実に基づく最初の築城である。
戦国時代には、武田氏が戦乱や内紛により弱体化した機に乗じて、
里見氏がこれを抑えた(里見成義がここを開城させたとも、
里見義堯が武田一族であった前城主武田真勝に城を譲らせたともいう)。

天文4年(1535年)里見義堯はこの地を本拠とし、
改めて古久留里城(上の城)の下に新たに現在の城地に久留里城を築いた。
(ただし、年代に異説あり)。
永禄7年(1564年)年、北条軍の上総侵攻により城は一時陥落した。
その後、再び里見氏が奪還した。

天正18年(1590年)豊臣秀吉による小田原征伐の際に、
里見義康は参陣を命じられたが従わず、秀吉の不興を買い安房一国の領有はゆるされたが、
上総の所領を没収された。
この年に徳川家康が関東に入封し久留里城には松平(大須賀)忠政が3万石を与えられ入城した。
忠政は城下町整備に尽力し後の基盤が出来上がった。

その後、江戸時代には久留里藩の藩庁となった。
慶長6年(1601年)松平(大須賀)忠政が関ヶ原の戦いの功により3万石加増の上、
駿河国横須賀城に転封となった。
代わって土屋忠直が2万石で入城した。
土屋氏は延宝7年(1679年)改易となり廃藩、一時廃城となった。
寛保2年(1742年)上野国沼田城より譜代大名の黒田直純が3万石で入城し再び立藩した。
黒田氏は明治維新まで居城し、
明治5年(1872年)廃城令により久留里城の歴史は終わった。

(Wikipedia より引用)




こちらが、久留里城の縄張り図。

      久留里城縄張り図


             ( 余胡くんのHP よりお借りしました。)





何度かR410を走り、久留里城址の案内板を見ながら素通りしたことがありますが
本日のメインは久留里城址。
朝、6:00前に佐倉の自宅を出て、通勤渋滞のR16を走り
市原市姉崎より久留里街道を走ります。

8:30分すぎに久留里城址に到着。
駐車場に車を停めて、攻城開始です。


本来であれば、駐車場から舗装整備された遊歩道を歩けば
二郭(二の丸)跡である久留里城資料館や主郭(本丸)である復刻天守閣に行けますが
それじゃつまらない。
あえて、一度下ってトンネル脇の旧道から登城します。

      20141121久留里城址01



この先が二の丸へと続く旧登城路。

      20141121久留里城址02



程なく登れば、城山神明社。

      20141121久留里城址03

江戸時代に黒田氏がこの地に封じられると、
廃城になっていた久留里城は新藩主黒田直純の手で再普請され、
城山神明社は落成の1745年、城の鬼門封じとして黒田氏によって勧請されました。

      20141121久留里城址04


      20141121久留里城址05


      20141121久留里城址06



こちらの神明社には、狛犬が二組ありました。

      20141121久留里城址07



こちらの狛犬は洋犬のように見えます。
ラブラドール?
垂れ耳が狛犬っぽくない。

      20141121久留里城址08



こちらは、一般的な狛犬。

      20141121久留里城址09




神明社からさらに旧道を上り、二の丸を目指します。

      20141121久留里城址10


帰って来てから、ネットで色々調べていたら
どうやら神明社の裏手から尾根に上がり二の丸とは逆方向に進めば
上総武田氏が築いた久留里古城に向かうらしい。

そちらは、いずれかの機会に訪れることにいたしましょう。



旧道を歩いて(上って)行くと、やがて虎口っぽい場所に出ます。
この辺りは、観光で久留里城に来る人たちはほとんど通らない。
本来の周遊路じゃないから、ヘタに整備されていなくて
城址らしい雰囲気が満載。

      20141121久留里城址11


      20141121久留里城址12




こちらが、火薬庫跡。

      20141121久留里城址13



それなりの広さを持った郭です。

      20141121久留里城址14



大きな堀切。
見事です。

      20141121久留里城址15



墓か何かでしょうか?
上総地区には、こんな横穴が多い。

      20141121久留里城址16




やがて、旧道(登城路)は尾根伝いに歩く形になります。

      20141121久留里城址17



狭い尾根伝いの旧道。
一応フェンスがあるから安心ですが、両脇はそれなりの絶壁。

      20141121久留里城址18



やがて、尾根に削平地が現れました。

      20141121久留里城址19



こちらが、お玉が池。

      20141121久留里城址20


久留里城は、それなりの比高を持つ山城ですが
湧き水が多く、このお玉が池以外にも井戸があったりして
水には困らず、長期の籠城も可能とされていたようです。



お玉が池の近くには、久留里城を詠った歌碑が幾つも建てられています。

      20141121久留里城址21


      20141121久留里城址22


      20141121久留里城址23



こちらが、二の丸の虎口。

      20141121久留里城址24



虎口の側にも歌碑が建ちます。

      20141121久留里城址25




二の丸から突き出るように設けられた薬師曲輪。

      20141121久留里城址36


      20141121久留里城址37

この薬師曲輪がちょっとした展望台になっていて、眺望は素晴らしい。



眼下に広がる、久留里城の三の丸。

      20141121久留里城址26



三の丸全体はこんな感じ。

      20141121久留里城址27



こちらは、内堀跡。

      20141121久留里城址28


      20141121久留里城址29




こちらは、三の丸御殿跡。

      20141121久留里城址30




こちらは、大手門跡。

      20141121久留里城址31




こちらは、久留里妙見。

      20141121久留里城址32


こちらは、里見・北条古戦場跡。

      20141121久留里城址33



そして、こちらが戸張門跡。

      20141121久留里城址34




薬師曲輪には、久留里城主里見氏と北条氏との合戦の歴史を綴った石碑が建てられています。

      20141121久留里城址35



二の丸の一画に建てられた新井白石の像。

      20141121久留里城址38

儒学者であり、一介の無役の旗本でありながら六代将軍・徳川家宣の侍講として
御側御用人・間部詮房とともに幕政を実質的に主導し、
正徳の治と呼ばれる一時代をもたらす一翼を担った新井白石は
18歳〜21歳までの青年期をこの地で過ごしたそうです。

      20141121久留里城址39




二の丸長屋塀跡。

      20141121久留里城址40


復元された長屋塀ですが、ちょうど見頃となった紅葉とのコントラストが映えて
やけに印象的でした。

      20141121久留里城址41




二の丸跡には、久留里城資料館が建っています。

      20141121久留里城址42



こちらが資料館。
入場は無料だけど、犬は入れません(笑)。
仕方ないので、今回は諦めました(涙)。

      20141121久留里城址43



三の丸から二の丸脇へと続く登城路。

      20141121久留里城址44


元々観光客用の道ではないので、整備されておらず
一部崩落しているらしくて(?)、現在は通行止め。

      20141121久留里城址45




二の丸から更に上って、本丸へと目指します。



こちらは、天神曲輪。

      20141121久留里城址46

天神曲輪の奥から、本丸裏手をぐるっと回って駐車場へと下る道があるようだから
帰りはそちらを通りましょう。


本丸手前の井戸。
手前が男井戸。
奥が女井戸。

      20141121久留里城址47



逆側からのアングル。
手前が女井戸。
奥が男井戸。

      20141121久留里城址48

本丸近くだけど、枯れることのない井戸。

この井戸のお陰で、北条氏の攻撃にも籠城出来た訳です。




こちらは波多野曲輪。

本丸直下の郭です。

      20141121久留里城址49

尾根沿いに展開する久留里城には、こう言った腰曲輪が多い。



やっと本丸に到着。
復刻天守閣が待ち受けています。

      20141121久留里城址50



天守閣の脇の紅葉も見事に色付いています。

      20141121久留里城址51




そして天守閣の脇には、説明看板と標柱。

      20141121久留里城址52


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      20141121久留里城址54

二十一世紀への継承遺産。
なんて素敵なフレーズでしょう。

確かに、残して欲しいなぁ。



本丸奥の一段高い土壇から、本丸を眺めます。

      20141121久留里城址55



そして、こちらが本来の天守土台。

      20141121久留里城址56

即ち、元々はこの位置に天守閣が建っていたことになります。




こちらは、本丸北下の弥陀曲輪。

      20141121久留里城址57


      20141121久留里城址58

この曲輪の下は垂直崖。
落ちたら、ひとたまりもありません。




天神曲輪に戻り、林間の道を通って駐車場へと向かいます。

      20141121久留里城址59


シカ、イノシシが出るって..................
一体、どんな道?(笑)

      20141121久留里城址60



こちらは、虎口のように見えなくもない。
ちょうど、本丸か弥陀曲輪の真下になる辺り。

      20141121久留里城址61



北尾根の堀切。

      20141121久留里城址62

こちらも高さが10m近くあって見事です。



この道は本丸からの搦め手になるのだろうか?

土橋がはっきりと残っています。
そして、空堀もしっかりと確認できます。

      20141121久留里城址63



まだまだ駐車場には程遠いようですが
こちらの道も雰囲気はある。

      20141121久留里城址64

山城好きなら、帰りはこちらのルートがお勧めです。


何だかんだと、駐車場に戻ったら腕時計の針は11時を回っていた。
記憶では、8時半ごろに登城開始したので
都合2時間半近く、久留里城を徘徊したことになります。

いやぁ〜、大満足。
いっぱい歩いたけれど、充実した登城、攻城でした...................。



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2014/12/05 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit