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び・び・びのびいすけ

廃校を訪ねて...........古里尋常高等小学校川井分教場跡                     (2014年12月7日)(東京都西多摩郡奥多摩町) 

12月7日 公休日

この日は奥多摩町廃校巡りに出掛けました。

大丹波分校跡をあとにして、向かった先は..................

      古里尋常高等小学校川井分教場跡



川井分教場の詳しい沿革は不明ですが、
明治19年に川井村の幡竜院に開設され忠愛学校が
その始まりとされているようです。

明治22年     川井村を含め、近隣7ヶ村が合併して古里村が発足。
明治34年     近隣の4尋常小学校を統合し、古里尋常高等小学校が設立され、
           古里尋常高等小学校川井分教場となる。
大正2年      川井分教場閉鎖となる。

と、こんな感じの沿革のようです。


明治期に創設された小学校は神社や寺院の敷地内に創設されることが多く、
川井分教場も、その前身である忠愛学校が、
やはり幡竜院と言う寺院の敷地内に創設されたようです。


校門に続くような坂道。
この坂の上が幡竜院。

      20141207川井分教場01



坂を上がってみれば、幡竜院の本堂と梵鐘があります。  

      20141207川井分教場08


      20141207川井分教場07



何せ、大正2年と今から82年前の話。
とっくに校舎などありません。

      20141207川井分教場02

何か、碑のようなモノでもあればいいのですが、ありません。


この辺り一帯に分教場があった筈なのですが
今となっては知る由もありません。

こちらは、幡竜院。
古くからある寺院だけど、古さは感じられない。
おそらく、昭和の時代に建て替えられているのでしょう。

      20141207川井分教場03



本堂の山号の書かれた扁額。

      20141207川井分教場05



いわゆる、学校遺構なるモノがまったくありません。

      20141207川井分教場04




古い話だから、推測の域をでないけれど
分教場って言うくらいだから、そんなに大きくなかったはず。

おそらく、駐車場として利用されているこの更地(?)あたりに
校舎が建っていたのでは?

      20141207川井分教場06



日曜日の午前8時過ぎ。
休みの日の朝に近くを歩いている人もいないし、
元々、人の少ない地区だし。
何と言っても82年以上前のことを覚えている人に
出会うことが難しい。

自己完結ではあるが、この場所を川井分教場跡とすることにしました............。








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2014/12/31 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて............古里小学校大丹波分校跡                     (2014年12月7日)(東京都西多摩郡奥多摩町) 

12月7日 公休日

前日の12月6日、東京・稲城市の城址巡りに出かけたら
中央高速の稲城大橋を降りたところで雨............

最近、休みの日に出かけると雨にたたれることが多い。
よっぽど、日頃の行いが悪いのだろうか..................?
八王子の実家に転がりこみ、雨を恨みます。

あけて、7日のこの日。
かねてから行きたかった奥多摩に向けて、朝4時半過ぎに実家を出て
R16、青梅街道と下道を走り、向かった先は..................

     奥多摩町立古里小学校大丹波分校跡



大丹波分校の詳しい沿革は、分かりませんが
明治10年に大丹波村輪光院に開設された大丹波学校が
その始まりのようです。

明治22年      大丹波村を含む近隣の7ヶ村が合併し古里村が発足する。
明治34年      古里尋常高等小学校に合併され、
            古里尋常高等小学校大丹波分教場となる。
昭和22年      学制改革により、古里村立古里小学校大丹波分校と改称。
昭和30年      古里村が氷川町、小河内村と合併し奥多摩町発足。
            奥多摩町立古里小学校大丹波分校となる。
昭和61年      児童数の減少により、本校に統合され廃校となる。

と、このような沿革となっているようです。




西東京バスの八桑バス停前が、かつての分校地。

      20141207大丹波分校01

遠目から見ても、それっぽく見えます。




大丹波集落を縦断するメインの道路(と言っても細い道です)に面していて
道路から見ても、いかにも学校があるって言う感じがします。

      20141207大丹波分校11





こちらが、校門跡。

      20141207大丹波分校02

どんな門柱が建っていたんでしょうか?



一応、チェーンで車等が入って来れないように規制していますが
バス停脇に車を停め、一声掛けて、(と、言っても誰もいませんが.......)
中に入ってみます。

      20141207大丹波分校18




校門跡へと向かうちょっとしたスロープの端は石垣。

その石垣には手形が残されています。

      20141207大丹波分校03


      20141207大丹波分校04



その手形のある石垣の上には石碑が並びます。

      20141207大丹波分校06



こちらが、大丹波分校跡地の碑。

      20141207大丹波分校06



しっかりと、『大丹波分校跡地』と確認できます。

      20141207大丹波分校16




こちらは、学校新築記念碑。

      20141207大丹波分校14



こちらも、しっかりと『学校新築』と読めます。

      20141207大丹波分校15


      20141207大丹波分校17





廃校から既に28年の月日が流れています。

校舎はとっくに解体され、現在は更地。
と言うか、一部はゲートボール場となっています。
要するに地区のちょっとした運動場となっているようです。

      20141207大丹波分校07


      20141207大丹波分校10




まともな遊具として残っているのは、滑り台。

はたして、28年前のモノだろうか?

      20141207大丹波分校08



こちらは、シーソーの一種だろうか?

      20141207大丹波分校09




こちらは、水飲み場。
コンクリートの荒れ具合からみて、廃校当時のモノでしょう。

      20141207大丹波分校12




おそらく、ここに国旗、校旗を掲げるポールがあったのでしょう。

      20141207大丹波分校13




今は、消防倉庫となっていますが、かつては、この場所に教員住宅が建っていたそうです。

      20141207大丹波分校21



帰り間際に、もう1度石垣の手形をじっくり眺めてみました。


先程は気付きませんでしたが、手形の脇に名前が書かれています。
      
      20141207大丹波分校19



      20141207大丹波分校20



政明くんに大介くん。
あやのちゃんになおきくん。

いつの時代の手形なのかは確認出来なかったけれど
過疎の波が激しいこの地区。
手形の4人は、今でもこの地で頑張っているのだろうか..................?






2014/12/30 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

小宮公園   (2014年12月1日)(東京都八王子市) 

12月1日  公休日

11月29日からの個人的な3連休。
そして、この日は3連休最後の日。
八王子の実家に来ていました。


本当は、 びいすけ を12月11日まで
八王子の実家にホームステイさせようかと思っていましたが、
妹の もっちゃん が4日と6日に予定があると言うことで
ホームステイは翌週に持ち越し。
この日は千葉の佐倉に帰ることにしました。

せっかく八王子に来ているんだから、以前から行きたかった場所に行こう!
ってことで、出かけた先は............都立小宮公園



小宮公園(こみやこうえん)は、東京都八王子市の加住丘陵にある都立公園です。
開園以前は「ひよどり山」と呼ばれていたそうです。

丘陵に刻まれた谷戸とその周囲の水源涵養林、
そしてコナラやクヌギなどの雑木林を生かした公園です。
ゾーンを区切って伐採をし、
萌芽を促す(萌芽更新)という昔ながらの里山の管理を行っているため、
美しい雑木林を観賞することができるそうです。



5台ほど停められる駐車場に車を停めて、散策開始です。


こちらが小宮公園の入口。

      20141201小宮公園01



公園案内板で散策ルートをしっかりチエックしましょう。

      0141201小宮公園02



数日前に降った雨や風で、色付いていた葉は落ち、
落ち葉の小径が『おいで〜!』と誘っているようです。

      0141201小宮公園03



案内図を見る限り、それなりに広い公園のようです。

案内図によれば、弁天池があるようなので
まずは、弁天池を目指します。

      0141201小宮公園04




散策路は落ち葉の絨毯。
カサカサと音を立てて びいすけ は闊歩します。

      0141201小宮公園05



びいすけ の背後の朱色の建物が弁天堂のようです。

      0141201小宮公園06


      0141201小宮公園07




紅葉は既に終わり。
多くの広葉樹の葉が枯れ落ちてしまっているようです。

      0141201小宮公園08




弁天池に到着。

説明看板によれば、こちらの弁天様は大谷弁財天と言うらしい。

      0141201小宮公園09



弁天池前にて。

      0141201小宮公園10



朱色が艶やかな弁天堂。

      0141201小宮公園11



弁天堂と弁天池。
そして、 びいすけ 。

      0141201小宮公園12




さらに、散策を続けましょう。

      0141201小宮公園13



かわせみの小径を通って、ひよどり山へ行ってみましょう。

      0141201小宮公園14




かわせみの小径は木道。

      0141201小宮公園15



こんな感じで、深い森の中へと導いてくれます。

      0141201小宮公園16



案内板に誘導されて、ひよどり山へと向かいます。

      0141201小宮公園17



この辺りから、ポツリ、ポツリと冷たいモノが顔に当たりだしました。

      0141201小宮公園18




画面右側のフェンスの先が、ひよどり山。

      0141201小宮公園19

畑が広がる台地です。


小宮公園の最高部も広々とした台地で開放感があります。

      0141201小宮公園20

しかし、次第に雨足が強くなりだします。



四阿(あずまや)でもあれば、雨宿りってことも出来ますが
近くに四阿らしきモノも見当たらない。

公園の出入り口はあるものの、駐車場とは逆方向。

      0141201小宮公園21



結局、急ぎ足で森の中へ台地を下るように入り、
駐車場へと戻るのでありました。


最近、出かけても途中から雨に遭遇するって言うパターンが多い。

よっぽど、日頃の行いが悪いのだろうか..................?(笑)
小宮公園はちょっぴり不完全燃焼。

いつか、リベンジしよう!






2014/12/29 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

鐘山の滝    (2014年11月30日)(山梨県南都留郡忍野村) 

11月30日   公休日


道の駅 富士吉田に車を置いて、散策ついでに訪れたのは..................

鐘山の滝

山梨県富士吉田市と忍野村の市境に
鐘山の滝があります。


鐘山の滝は、鐘の音を響かせるという伝説があります。
それは、武田信玄が烽火(のろし)をあげる時を惜しんで、早鐘を打たせた際、
勢いあまって懸け金がはずれてしまい、つり鐘は転げ落ちて桂川の大滝へと深く沈みいった。
それ以来、滝からは鐘の音が聞こえるという。

忍野八海と新名庄川の水が流れ込む二条の美しい滝です。
秋には紅葉の葉を浮かべ、情緒深い景色となります。
落差は約10メートル程と大きくはありませんが、桂川の上流付近では唯一の滝です。

この滝のことは「甲斐国志(江戸時代に作られた山梨県に関する総合的な地誌)」にも記述されていて、
昔は滝ではなく鐘ガ淵と呼ばれていたようです。
淵と呼ばれていただけあって、この滝つぼは非常に広く深いものです。
滝が流れ落ちる岩は、すべて富士山が噴火したときに流れてきた溶岩です。




知らなかったのですが、この鐘山の滝のある辺りは
『富士見公園』らしい。

とは、言いながら国道138号線より一段低くなっている
鬱蒼とした森が園地だから、果たして富士山は見えるのか?
そんな疑問も残ります。

一応、こんな石碑が建っています。

      20141130鐘山の滝01


      20141130鐘山の滝02



こんな木の案内板もありましたが
悲しいかな、朽ち果ててます。

鐘山の滝
光燐の洞穴 と書かれてあったようです。

      20141130鐘山の滝03



こちらが、鐘山の滝。

      20141130鐘山の滝04



台地の上からだと距離があるから、今一歩迫力が伝わりません。

      20141130鐘山の滝05



川辺に降りて、鐘山の滝に近寄ってみましょう。

      20141130鐘山の滝06




落差約10mの二条の滝。


      20141130鐘山の滝09



近くに寄れば、やはりそれなりの迫力です。

      20141130鐘山の滝07




滝壺近くはヒンヤリとして、身も心も引き締まります。

      20141130鐘山の滝08



暑い時期の滝巡りも良いですが、ぐっと外気が下がってきたこの時期、
身も心も引き締まる思いで眺める滝も乙なモノですなぁ............





2014/12/28 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

道の駅 富士吉田 ドッグラン   (2014年11月30日)(山梨県富士吉田市) 

11月30日  公休日

この日は、河口湖周辺へ出かけていました。

『えにし』で吉田うどんを堪能したあとは
走るか? 走らないか?は、わからないけれど、
ひょっとしたら、偶然ビーグルに遭遇するかもしれないし............

と言うことで、向かった先は.................道の駅 富士吉田ドッグラン




あいにく、ドッグランには誰もいなくて貸切り状態。

そして、予想通りドッグランでは走らない びいすけ 。
フェンス周りの匂い嗅ぎです。

      20141130道の駅富士吉田ドッグラン01



芝生の匂いもクンクン。

      20141130道の駅富士吉田ドッグラン02



久しぶりに びいすけ とドッグランに来た もっちゃん が
びいすけ を呼び寄せます。

      20141130道の駅富士吉田ドッグラン03



『びいすけ〜! こっちにおいで〜ぇ!』

      20141130道の駅富士吉田ドッグラン04



暫し、もっちゃん と戯れる びいすけ 。

      20141130道の駅富士吉田ドッグラン05


      20141130道の駅富士吉田ドッグラン06




せっかくだから、道の駅周辺を散策してみましょう。
(散策のついでに訪れた『鐘山の滝』は後日UPしたします。)

ドッグランの裏手に雰囲気の良さそうな公園を発見!

      20141130道の駅富士吉田ドッグラン07

『富士散策公園』ってお洒落なネーミング。


さっそく、散策でもいたしましょうと中に入ろうとしたら、
こんな看板。

      20141130道の駅富士吉田ドッグラン08



富士吉田市って、何気にペット規制をする公園が多い。

確か、富士浅間神社の近くにあった綺麗な芝生のある公園も
ペットNGだった記憶があります。

ペットの飼い主のマナーが悪いのか?
はたまた、ペットに優しくない市なのか?



気を取り直して、ドッグランに戻ると
大きなワンちゃんがいました。

ベロン、ベロン舐められ、戸惑う びいすけ 。

      20141130道の駅富士吉田ドッグラン09



他所の飼い主さんに近寄って行ったと思えば............

      20141130道の駅富士吉田ドッグラン11



いきなり、激吠え。

      20141130道の駅富士吉田ドッグラン10


怪しい人じゃないよ〜(笑)。




犬種は聞いたんだけど、忘れちゃいました。

それにしても、大きな犬。
もっちゃん と比べると、その大きさがよく分かります。

      20141130道の駅富士吉田ドッグラン12



新たな来場者(犬)登場。

静岡県から来た9歳の女の子。
名前は聞くのを忘れちゃいました。

      20141130道の駅富士吉田ドッグラン14




おいおい! びいすけ 。
レディのおしっこの匂いを嗅いじゃダメですよ!

      20141130道の駅富士吉田ドッグラン13




願ってもない偶然ビーグル。

一緒に遊ぶかな?と暫く眺めていましたが
付かず、離れず。
かと言って絡み合うわけでもない。

      20141130道の駅富士吉田ドッグラン15


結局は、お互いのペースでドッグランを徘徊すると言うパターン。

      20141130道の駅富士吉田ドッグラン16


そうこうしているうちに、旅の途中で立ち寄った静岡のビーグルちゃん。
先を急ぐようにドッグランを立ち去って行きました。


さて、それじゃあ我々も先を急ぎましょう。
何せ、八王子まではまだまだ距離はありますから..................


2014/12/27 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

吉田うどん@えにし       (2014年11月30日)(山梨県富士吉田市) 

11月30日  公休日

※お断り

ドッグカフェではありませんが
ペット同伴可(ただしテラス席のみ)ということで
ドッグカフェのカテゴリーに記載させていただきます



この日、河口湖周辺に遊びに来た理由の一つが吉田うどん。

前回(昨年の夏)、暑い時期に冷たい吉田うどんを食べましたが
寒い時期、温かい吉田うどんを食べたことがなかったので
密かな楽しみにしていました。

ワンコ連れで吉田うどんが食べれるということで

向かった先は................えにし

      0141130吉田うどん えにし08


      0141130吉田うどん えにし09



テラス席(テーブル2卓)がワンコOK。
寒いこの時期はビニールシートで防寒対策もされています。

      0141130吉田うどん えにし10


2回目の来店なので、注文の仕方は周知済み。
伝票にうどんの種類、量、冷たいのか?温かいのか?のチェックを入れ
お店のお姉さん(おばちゃん?)に渡します。

程なくしてうどんが運ばれてきます。

テンションUPの びいすけ。

      20141130吉田うどん えにし01



今回頼んだのは、
   天ぷらうどん(大盛り)
   ちくわの天ぷら
   いなりずし
 
      0141130吉田うどん えにし02


もっちゃん が天ぷらうどん。(画像無し)

びいすけ がトッピング用のキャベツ。

      0141130吉田うどん えにし03



キャベツをむさぼりつく びいすけ。

      0141130吉田うどん えにし04


      0141130吉田うどん えにし05



キャベツだけじゃ物足りません。
そんな事を言いたげな びいすけ。

      0141130吉田うどん えにし06



もっちゃん に宥めすかされ、キャベツだけで我慢する びいすけ。

      0141130吉田うどん えにし07


 
ちょっぴり太めで腰の強い吉田うどん。
讃岐うどんに慣れてしまっている人には、
ちょっぴり異風に感じるかもしれないけれど、
これはこれで、美味しいうどんです。


こちらの えにし に限らず、営業時間が14時までっていうお店が多いから
時間を間違えたり、時間の計算違いをしちゃいうと
食べるチャンスを逸してしまうこともあります。
(事実、過去にそういう経験あり。)


また、こちら方面に来たら、また、この吉田うどんを堪能したいと思います。



2014/12/27 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

河口湖 黄金の七福神巡り  (2014年11月30日)(山梨県南都留郡ふj河口湖町) 

11月30日 公休日

この日は河口湖周辺に遊びに出かけました。


河口湖の湖畔の一画には、黄金の七福神と称して
湖畔沿いの遊歩道を散歩しながら、七福神巡りが出来ます。

以前、テレビの番組か何かで、その存在を知って
七福神巡り好きの身としましては、
いつかは黄金の七福神巡りをしようと思っておりました。


では、その七福神巡りといたしましょう。



もみじの回廊から、駐車場方向に戻らずに
そのまま湖畔の散策路を歩きます。

本来ならば河口湖の湖畔からは雄大な富士山が見えるのですが
この日は生憎な曇り空。
富士山麓近くだというのに全く富士山のかけらも見えません。

      20141130河口湖黄金の七福神巡り07


やっぱり、日頃の行いが悪いのかなぁ?(笑)




すると、赤い幟が視界に入ります。

      20141130河口湖黄金の七福神巡り06


探していた黄金の七福神です。

      20141130河口湖黄金の七福神巡り02



最初に出会った七福神、福禄寿です。

      20141130河口湖黄金の七福神巡り05


     20141130河口湖黄金の七福神巡り01


      20141130河口湖黄金の七福神巡り03


      20141130河口湖黄金の七福神巡り04





さらに、湖畔を歩いてみましょう。

      20141130河口湖黄金の七福神巡り08




富士八景の説明看板。

と言うことは、この辺りは富士山の眺望ポイントということになる。
それなのに、今日は富士山が全く見えない。
本当に残念です。

      20141130河口湖黄金の七福神巡り09





続いての七福神が現れました。

      20141130河口湖黄金の七福神巡り10




寿老人です。

      20141130河口湖黄金の七福神巡り13


      20141130河口湖黄金の七福神巡り11


      20141130河口湖黄金の七福神巡り12




続いての七福神は河口湖の湖畔からは少し離れます。

綾小路きみまろの経営するお店がすぐ近くにあります。
「きみまろ茶屋」というこのお店、「きみまろ亭」という別荘の隣にあります。
「きみまろ亭」は、きみまろの別荘ではありますが、
きみまろ自身の自宅であるようです。

実は、河口湖の黄金の七福神は綾小路きみまろが寄贈されたものです。
そのため、「きみまろ茶や」の駐車場には黄金お七福神の案内看板が設置され、
黄金の七福神も1体置かれています。

      20141130河口湖黄金の七福神巡り14



こちらが、「きみまろ茶や」の七福神、布袋尊です。

      20141130河口湖黄金の七福神巡り18


      20141130河口湖黄金の七福神巡り15


      20141130河口湖黄金の七福神巡り17


      20141130河口湖黄金の七福神巡り16

なぜか、「きみまろ茶や」にあるこの布袋尊だけが
立派に飾られているって感じてしまうのは私だけでしょうか?

これって気のせい?


せっかくだから、「きみまろ茶や」の前でもはい、ポーズ。

      20141130河口湖黄金の七福神巡り19






再び、河口湖湖畔の遊歩道に戻ります。
湖畔の遊歩道を河口湖大橋方面に歩いて行けば、
河口湖オルゴールの森横の弁財天。

      20141130河口湖黄金の七福神巡り23


      20141130河口湖黄金の七福神巡り20


      20141130河口湖黄金の七福神巡り22


      20141130河口湖黄金の七福神巡り21






続いての七福神は、河口湖美術館横の毘沙門天。

      20141130河口湖黄金の七福神巡り24


      20141130河口湖黄金の七福神巡り25


      20141130河口湖黄金の七福神巡り27


      20141130河口湖黄金の七福神巡り26






さらに湖畔の遊歩道を歩けば、河口湖漕艇場横の大黒天。

      20141130河口湖黄金の七福神巡り28


      20141130河口湖黄金の七福神巡り29


      20141130河口湖黄金の七福神巡り30


      20141130河口湖黄金の七福神巡り31




大黒天の裏手の漕艇場脇の芝生広場は、広々として気持ち良い。

      20141130河口湖黄金の七福神巡り32



誰もいないことを確認して、ロングリードを持つ手を離してみました。
気持ち良く芝生を激走する びいすけ。

      20141130河口湖黄金の七福神巡り33



河口湖の北岸の河口エリアにはこの6体。
残りの1体は、河口湖大橋を渡った南岸の梨宮公園内にあります。


歩いて行けない距離ではありませんが、軟弱モノの一行は車で移動。


しかし、梨宮公園近くは、今だマラソンの走行中。

      20141130河口湖黄金の七福神巡り34



マラソンランナーの邪魔にならないように歩きます。

      20141130河口湖黄金の七福神巡り35




こちらが、梨宮公園内の恵比寿神。

      20141130河口湖黄金の七福神巡り36


      20141130河口湖黄金の七福神巡り37


      20141130河口湖黄金の七福神巡り39


      20141130河口湖黄金の七福神巡り38





これで、河口湖湖畔の黄金の七福神制覇。

今年(2014年)も残すところ、あと1ヶ月。
七福神の御利益で無事に過ごせたらいいなぁ......................。



2014/12/26 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

河口湖 もみじの回廊  (2014年11月30日)(山梨県南都留郡富士河口湖町) 

11月30日 公休日

この日は河口湖周辺に出かけました。

しかし、思いもせぬマラソンの開催で、河口湖湖畔が車両規制され
当初の予定が狂ってしまいました。

時間調整のために立ち寄った母の白滝をあとにして、
向かった先は、河口湖湖畔の もみじの回廊


目的地のすぐ側には車が停められないから
少し離れた駐車場に車を停め、歩いて向かいます。

      20141130河口湖紅葉の回廊01



紅葉には、少し遅すぎたか?

でも、視界に入る山は、いい感じで色付いています。

      20141130河口湖紅葉の回廊02



しばらく歩いて、現地に到着。
正式には、『梨川もみじ回廊』と言うらしい。

      20141130河口湖紅葉の回廊26



視界の先に、赤く色付いたモミジがあります。

      20141130河口湖紅葉の回廊03



確か今月末まで、すなわち今日まで
『2014富士河口湖紅葉まつり』だと思っていたら
先週(11月24日)で終わっていた。

思いっきり、勘違いをしていました。

たしかに、ちょっと紅葉には遅かったかもしれない。

      20141130河口湖紅葉の回廊04



そうは言いながらも、まだまだ紅く色付いている木々は健在で
晩秋の紅葉も悪くない。

      20141130河口湖紅葉の回廊05



ここ数日の雨で、葉も落ち赤茶色のカーペット状態。

      20141130河口湖紅葉の回廊06



普段は、 びいすけ と男一人と一匹(一頭)のお出掛けが多いのですが、
今日は、妹の もっちゃん も居る。

たまには、 びいすけ と一緒にカメラの前に立つのもいいでしょう。

      20141130河口湖紅葉の回廊07


      20141130河口湖紅葉の回廊08


      20141130河口湖紅葉の回廊09




この木には見覚えあり!

      20141130河口湖紅葉の回廊10

こちらに来たのは初めてだけど、色々な人のブログで『もみじの回廊』の記事を見ると
なぜか、この木の下で写真を撮っている人が多い。

多分、紅葉の絶頂期には、さぞかし見事なんだろうなぁ。



なぜか、零式52型? の案内があります。

      20141130河口湖紅葉の回廊11


何気に右方向に顔を向けると、
あら! びっくり!

本物?の戦闘機。

零戦ですね。
でも、何故ここに?(笑)

      20141130河口湖紅葉の回廊12







梨川の土手沿いは、楓の並木道となっています。

      20141130河口湖紅葉の回廊13



紅色だけでなく、黄色く色付く木々もある。

      20141130河口湖紅葉の回廊14






こちらは、久保田一竹美術館前。

      20141130河口湖紅葉の回廊15

それっぽい門構え。



そして、門前に色付く木。

      20141130河口湖紅葉の回廊16



紅葉よりも、匂いが気になる びいすけ 。

クンクンと地面の匂いを嗅ぎ嗅ぎ、パトロール?

猫でも見つけたのかな?

      20141130河口湖紅葉の回廊17





梨川の紅葉の切れ目でUターン。
反対側の土手を歩いて戻ります。

      20141130河口湖紅葉の回廊18




遅かったと思った もみじ も、まだまだ見応えあります。

      20141130河口湖紅葉の回廊19




やっぱり、日本の秋っていいなぁ。

      20141130河口湖紅葉の回廊20




もみじの回廊ってネーミングもお洒落。

      20141130河口湖紅葉の回廊21




この辺りは、かなり風雨で紅葉は飛ばされ、
スカスカ状態だけど、きっと真っ赤なトンネルになっていたんだろうな。

      20141130河口湖紅葉の回廊22



堤防の上で一枚。パチリ☆

      20141130河口湖紅葉の回廊23


      20141130河口湖紅葉の回廊24




ベンチの上でも一枚。パチリ☆

      20141130河口湖紅葉の回廊25



晩秋の河口湖。
ちょっぴり紅葉が楽しめました..................。




2014/12/25 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

母の白滝   (2014年11月30日)(山梨県南都留郡富士河口湖町) 

11月30日 公休日

11月29日〜12月1日まで、個人的な3連休。

ちょっぴり遅いかな?と思いながらも
この日は紅葉を眺めに河口湖周辺に行って来ました。


八王子を実家を8時過ぎに出発。
中央道を快調に走り、10時頃に河口湖手前に来たら大渋滞。

どうやら、この日は『第3回富士山マラソン』が開催され
河口湖周辺はマラソンコースになってしまい、時間による交通規制。

      河口湖マラソン1


      河口湖マラソン2



11時半近くまで河口湖湖畔の道は車両通行止め。
本来は、河口湖の湖畔に行きたかったんですが
急遽、予定を変更。
向かった先は............母の白滝


河口湖浅間神社の脇から林道に入り、案内板で終点まで案内され
迷わずに母の白滝へと向かいます。

林道から眺める河口湖。
残念ながら曇り。
富士山も見えません。

      20141130母の白滝01


林道を歩いて数分。
程なく、母の白滝に到着です。

      20141130母の白滝02



画像では見にくいのですが、
この母の白滝は二段の滝となっています。
落差15mとも20mとも言われていますが
二段合わせて20mなんだろうなぁ。

      20141130母の白滝03


左側の木の横に上段の滝がちょっぴり映っているんだけど
見づらいなぁ。



下段の滝の側には説明看板。

      20141130母の白滝04

こう言った文面を読むと、この母の白滝が厳かに感じてしまいます。



尊厳さを尊重して、恐る恐る近づいてみましょう。

      20141130母の白滝05


      20141130母の白滝06


      20141130母の白滝07


      20141130母の白滝08




登山道があり、三つ峠に行けるようですが
とりあえずは上段の滝を確認したしましょう。

      20141130母の白滝09




下段の滝の真ん中あたり。
滝の落ち口が分かります。

      20141130母の白滝10



上段の滝へは、この階段を上ります。

頑張って行きまっしょい!

      20141130母の白滝11



こちらが、上段の滝。

      20141130母の白滝12


下段の滝ほど大きくもなく、
滑り落ちる滝水と言うところでしょうか


母の白滝神社と言うだけあって、
祠と鳥居が滝のすぐ横に鎮座しています。

      20141130母の白滝13




      20141130母の白滝14



さらに、上れば上段の落ち口。

      20141130母の白滝15


ここから母の白滝が始まり、そしてその水の流れは、寺川となり河口浅間神社の脇を流れ
やがて河口湖に流れ込み、富士山と河口湖の眺望に一役を担っている。


そして、この日の1番の残念は曇り空。
(2番目の残念は車両規制で足止めを食らったこと)

本来なら、富士山と河口湖を両方眺める事ができるスポットが
実は、この母の白滝の駐車場の近く。


来年の富士山冠雪後の紅葉の早い時期に、再び訪れることにしよう.............。




2014/12/24 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

岩海岸   (2014年11月26日)(神奈川県足柄下郡真鶴町) 

11月26日  公休日

伊豆旅行の2日目。

千葉の佐倉市へ向けての帰り道。
真鶴町に立ち寄りました。

鵐の窟をあとにして、向かった先は..................



1180年(治承4年)、石橋山の戦いに敗れた源頼朝は、
湯河原の山中に逃れ、一時箱根権現に潜んでいたが、
土肥実平の案内で土肥郷へと移り、この浜から安房へと向かいました。
頼朝に従っていたのは、安達盛長、岡崎義実、新開忠氏、土屋宗遠、土肥実平、田代信綱。
湯河原町の城願寺には、舟出した頼朝主従七騎の伝説が残されています。
また、頼朝の脱出に協力した漁船は、その後長く税が免除されたとも伝えられています。


そんな伝説の岸(浜)も、夏場は水浴場となり
多くの人が泳ぎにくるようです。


岸に至る坂道を下ってくると、茂みに隠れるように小さな石碑に出会います。

『源頼朝船出の浜』の碑。

      20141126岩海岸18



そして裏側にはひと回り、いや、ふた回り大きな別な石碑があります。
こちらが、その石碑。

『源頼朝開帆碑』。

      20141126岩海岸16



民家の隣に植え込みの中にあるような感じなので
最初は碑だとは気付きませんでした。

      20141126岩海岸17


      20141126岩海岸20





こちらが、岩海岸。

      20141126岩海岸19

眼前の橋は真鶴道路の岩大橋。




駐車場近くには、こんな案内看板も設けられています。

      20141126岩海岸01



なかなか、風光明媚な場所のようです。

      20141126岩海岸02



特に、この『弁天島』は雰囲気がいいですね。

      20141126岩海岸15



しかしながら、この岩大橋には威圧感を感じます。

      20141126岩海岸03



夏場は海水浴場として、それなりの数の人が来るようですが
この時期の海にくる人は、ほとんどいません。

せっかくだから、浜辺に降りてみましょう。



流石に波があるから、 びいすけ は必要以上に
波打ち際には近づきません。

      20141126岩海岸04



砂浜をクンクンと匂いを嗅いでいます。

      20141126岩海岸05




これぐらいの距離が限界かな?

せっかくだから、決めポーズ。
(他所行きの顔をして下さいね!)

      20141126岩海岸06


      20141126岩海岸07


      20141126岩海岸08


      20141126岩海岸09


      20141126岩海岸10




この浜を八百数十年前、頼朝が船に乗り、安房国まで逃げ延びた。

      20141126岩海岸11



確かに、千葉までは海を渡れば、そんなに遠くないかも知れない。

      20141126岩海岸12



流刑地ではあるが、14歳から過ごした伊豆の地を逃げ出す時
頼朝はで、どんな思いで船の上から、この岩海岸を見ていたのだろうか?

      20141126岩海岸13




押しては寄せ、引いても寄せる波。

引き際の波に水鳥が戯れていました。

      20141126岩海岸14



頼朝がここから船出して向かった先、千葉・房総半島。
佐倉市って房総半島って言えないけど、一応、千葉県。
ぼちぼち、千葉に向けて陸路で帰りましょう............





2014/12/23 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

鵐の窟(しとどのいわや)                                        (2014年11月26日)(神奈川県足柄下郡真鶴町) 

11月26日  公休日

伊豆旅行の2日目。

千葉の佐倉市へ向けての帰り道。
真鶴町に立ち寄りました。

真鶴岬・三ツ石をあとにして、向かった先は..................鵐の窟



鵐の窟は、
ここ真鶴と湯河原に2つの「しとどの窟」があり、
いずれも治承4年(1180年)の石橋山の合戦で敗れた源頼朝や
土肥実平ら6・7騎ほどの部隊で、敵の追っ手から逃れるために
身を隠した場所であったと伝えられています。

真鶴の『しとどの窟』は『鵐窟』と書きます。
興味深いのは、真鶴も湯河原も史跡としての由来がほとんど同じであり、
いずれも伝承(言い伝え)であることです。




こちらが、鵐の窟。

      20141126しとどの窟03


      20141126しとどの窟08


中を覗きこんでいないから、よく分からないけれど
よくもまあ、こんな狭そうな場所に隠れていたものです。

      20141126しとどの窟09



そして、こちらが説明看板。

      20141126しとどの窟04


鵐の窟(しとどのいわや)
治承4年(1180)8月、源頼朝は源氏再興の為、
伊豆相模の兵300を以て石橋山に陣どり、
平家方大庭景親の兵3000と戦ったが、23日遂に敗北し、
土肥の杉山に逃れ、 28日ようやくこの地に来り、
海路房州に渡りしことは、史実の明らかなことである。
この時、頼朝とともに逃れてくるもの土肥実平、遠平の主従7騎となり、
この岩屋に身をひそめ飢をしのぎ、敵の何をまぬがれし所であると伝える。
頼朝らがこの地にかくれんとした折、
岩屋のうちより鵐(しとど)という鳥が舞い出たといふ所より、
後世この岩屋を鵐窟と伝える。
頼朝は房州に渡ってよりのち、12年たち建久3年志をとけ、
鎌倉幕府を創立するに至ったのであるが、 公の挙兵の当初、石橋山で敗北し、
この岩屋で敵の虎口を脱した開運再生の地として由緒深い所である。

(説明板 原文)



洞窟(?)前に建つ石碑。

      20141126しとどの窟07

文字か読みづらくて文面が判別出来ませんが
やはり、頼朝について触れています。





鵐の窟の脇には、こんな石碑もあります。

『品川台場礎石の碑』

      20141126しとどの窟05



幕府が安政元年(1854年)の冬に完成させた台場です。
品川第2台場が撤去された際、撤去した石垣の一部を
この地に移したモノだそうです。

      20141126しとどの窟06




『品川台場礎石の碑』とは逆側に隣接する貴船神社。

本来の真鶴町ね貴船神社はもう少し山あいの場所だから
分祠が何かでしょうか?

      20141126しとどの窟10


      20141126しとどの窟11



こちらは、貴船神社が建てた『鵐の窟』の碑。

      20141126しとどの窟12



そして、さらに別な『鵐の岩屋』の碑。

      20141126しとどの窟13


      20141126しとどの窟14






鵐の窟のすぐ近くにある真鶴漁港の直売所。

『魚座』(さかなざ)。

      20141126しとどの窟15

一階は、漁港(漁協)の魚市場。

二階には地魚を食べさせてくれお店がらあるようですが、
何と、本日は定休日。
残念!!

      20141126しとどの窟16



魚座前の真鶴漁港。

      20141126しとどの窟01


雨は完全にあがって、波も穏やかです。

      20141126しとどの窟02




同じような由来で二つ存在する『しとどの窟』。
個人的には湯河原の方が真実味が高いような気がしますが..................。


平家の追っ手から逃げている時に潜んだのが、
湯河原の『しとどの窟』。
真鶴の岩海岸から房総半島に船で渡る際に潜んでいたのが
真鶴の『鵐の窟』。

こんな解釈なら双方に角が立たないからいいんじゃないかな?



2014/12/22 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

かながわの景勝50選 《 真鶴岬・三ツ石 》                           (2014年11月26日)(神奈川県足柄下郡真鶴町) 

11月26日 公休日

伊豆旅行の2日目です。

お林展望公園をあとにして、向かった先は..................真鶴岬・三ツ石



真鶴半島の先端になる真鶴岬。
その真鶴岬の最先端に景勝地なる 三ツ石 があります。


三ツ石は、別名笠島とも言い、三つの巨岩が岬の先端に並ぶのが三ツ石です。
かながわ景勝50選にも選ばれており、磯遊びスポットとしても人気があるそうです。






ケープ真鶴前にある案内看板。

      20141126真鶴岬・三ツ石01



三ツ石のある辺りを三ツ石海岸と言うようです。

      20141126真鶴岬・三ツ石02



岬の突端には、江戸時代に建てられた砲台跡が、あります。

      20141126真鶴岬・三ツ石03


      20141126真鶴岬・三ツ石04


      20141126真鶴岬・三ツ石05

幕末には、下田に来航した黒船の脅威からか?
東京湾や相模湾を取り巻く各地に、このような砲台が設けられたようです。




かながわの景勝50選』の石碑だと思ったら違っていました。

      20141126真鶴岬・三ツ石06

「わが立てる 真鶴崎が 二つにす 相模の海と 伊豆の白波」

与謝野晶子が詠んだ歌碑でした。





真鶴岬の突端からの眺望。

雨はあがっているものの、黒い雲は残っています。

      20141126真鶴岬・三ツ石07


      20141126真鶴岬・三ツ石08




ここにありました。
『かながわの景勝 50選』の碑。

      20141126真鶴岬・三ツ石09



そうです。
ここは、『かながわの景勝 50選』の地になります。

      20141126真鶴岬・三ツ石10


まぁ、50選の地だから訪れたって言う背景は隠せません(笑)。




50選の碑の建つ辺りから眺める三ツ石。

      20141126真鶴岬・三ツ石11



近くまでいけるようだから、行ってみましょう。

      20141126真鶴岬・三ツ石12



周遊路を匂いクンクンとテンション高めな びいすけ 。

      20141126真鶴岬・三ツ石13



海岸まで降りて眺める三ツ石。

      20141126真鶴岬・三ツ石14

この位置からだと、二つの石にしか見えません。



ゴロゴロと大小の石が転がっている三ツ石海岸。

      20141126真鶴岬・三ツ石15


      20141126真鶴岬・三ツ石16



海からの突風が びいすけ の大きな耳を揺らします。

      20141126真鶴岬・三ツ石17


      20141126真鶴岬・三ツ石18




三ツ石海岸から望遠で見る熱海の初島。

      20141126真鶴岬・三ツ石21




こちらは、真鶴の町。

      20141126真鶴岬・三ツ石19




そして、三ツ石海岸。

      20141126真鶴岬・三ツ石20



滅多に来れる場所じゃないから
しっかり、この風景を瞼に焼き付けておきましょう..................。


2014/12/21 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

お林展望公園   (2014年11月26日)(神奈川県足柄下郡真鶴町) 

11月26日 公休日

伊豆旅行の2日目。

サンロードをチエックアウトし、雨の中を佐倉市の自宅へ帰るために車を走らせていました。
R135を伊東市、熱海市と抜け、湯河原町辺りで雨が止み出した。

せっかく伊豆に来ているんだし、雨も止んだ事だし、
帰りも何処かに立ち寄りながら帰りましょう。

と、言うことで立ち寄った先は............お林展望公園


お林展望公園は、
平成16年に閉園となったテーマパーク「真鶴サボテンランド」の跡地に整備された公園です。


こちらが、お林展望公園入口。

      20141126お林展望公園02



駐車場の一画には何やら仰々しいスペース。

あの石原プロダクションが真鶴町に寄贈した特殊消防車。

      20141126お林展望公園01

何と、1億円したらしい。
でも、こんな感じで展示されていたら活躍出来ないんじゃ?



そこは、さておき............

公園の散策開始です。

      20141126お林展望公園03



訪れるワンちゃん連れのマナーがよっぽど悪いのか?
ワンコに関する部分が赤く枠まで書かれています。

      20141126お林展望公園04


白い階段を降りて芝生広場に向かいます。

      20141126お林展望公園05



芝生広場はパークゴルフ場になっていて、
芝生内ワンコ立ち入り禁止となっています。

      20141126お林展望公園06

どうやら、ワンコ連れには厳しい公園のようです。


でもパークゴルフって、こんな感じでネットも張られているんだから
芝生に立ち入るって、よっぽどマナー、モラルのない飼い主じゃない?

      20141126お林展望公園08



サボテン公園だった名残もちらほら。

      20141126お林展望公園07


      20141126お林展望公園09


      20141126お林展望公園10



そんな中を歩いて、公園先端の展望エリアに向かいます。

      20141126お林展望公園11



頭上には、トンビがクルリと輪を描き
何かを狙っているんでしょうか?

      20141126お林展望公園12



こちらが展望エリア。
晴れていれば、伊豆大島まで見えるらしい。

      20141126お林展望公園13



展望エリアには石碑がいっぱい。

      20141126お林展望公園14


      20141126お林展望公園15


      20141126お林展望公園16


      20141126お林展望公園17




なぜか、石碑の前で転げ回る びいすけ 。

      20141126お林展望公園18



確かに気持ち良さそうな芝生ですが
さっきまで雨が降っていたんですけど..................。

      20141126お林展望公園19



もうちょっと天気が良ければ芝生の緑も映えそうなんだけど。

      20141126お林展望公園23




芝生にチョコンと座った びいすけ 。

      20141126お林展望公園25



その視線の先には何が有るのかな?

      20141126お林展望公園24


      20141126お林展望公園26




展望台(?)からの眺望はそれなりに良い。
確かに、お林展望公園と名付けたのにも納得できる。

      20141126お林展望公園20



こちらは、熱海の初島。
200mmの望遠でズームアップしてみました。

      20141126お林展望公園21



こちらは、真鶴岬の先端の三ツ石。

      20141126お林展望公園22



雨が止んだから良かったけれど、
展望公園だから、やっぱり晴れていなくちゃ!

もっと空が青くて、海も青ければ
絶景(?)の展望台なのかもしれないなぁ..................





2014/12/20 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

本日のお泊り@サンロード                                       (2014年11月25日〜26日)(静岡県伊東市) 

11月25日 公休日。

11月25日〜26日。休みを取って伊豆に出かけました。

私 と びいすけ との伊豆旅行の定宿といえば、
伊東市の伊豆高原(大室高原)にある   プチホテル サンロード


伊豆の国市で、城址巡り、廃校巡り、丸ポスト探しなどで、ほぼ一日を満喫し
修善寺から伊豆半島を横断するかのように峠越えをして大室高原を目指します。

サンロードに到着したのは16時半過ぎ。


      20141125~26サンロード45


      20141125~26サンロード46




本日の部屋は102号

      20141125~26サンロード15


シングルベッドに3畳の畳のスペース。

      20141125~26サンロード49



1人と1頭にはちょうど良い広さ。

      20141125~26サンロード50

実は、この部屋は意外にお気に入りだったりして................


本日の宿泊は6家族
10頭のワンちゃんがご利用です。

      20141125~26サンロード16



夕食の時間までは1時間以上ある。
小雨の冷たい外気に触れていたから
熱い温泉は天国。

そして、風呂上がりのビール。

      20141125~26サンロード01


      20141125~26サンロード02


至福の時間の瞬間です。


一方、 びいすけ は、と言えば............

      20141125~26サンロード03



この日は、朝4時半からの移動のため
お疲れモード全開。

      20141125~26サンロード04



やがて、ベッドで丸まり夢の世界の扉を叩こうとしています。

      20141125~26サンロード05



試しにオヤツを見せてみると............

      20141125~26サンロード06



顔の表情が変わってきました。
一点に集中しています(笑)。

      20141125~26サンロード07



『よ〜し!』

      20141125~26サンロード08



2本目の缶ビールに手を伸ばす頃には
びいすけ のいびきが聞こえて来ました。

      20141125~26サンロード09




さて、時刻も18時。夕食の時間です。

『ご飯だよ〜ぉ!』

この一声で、ムクっと起き出す びいすけ 。

      20141125~26サンロード11






では、食堂に行きましょう。



      20141125~26サンロード17



本日のメニュー。
このメニューを眺めるのも楽しみの一つ。

      20141125~26サンロード18




全ては出て来てないのですが、ざっとこんな感じ。

      20141125~26サンロード23





前菜(各種盛合せ)

      20141125~26サンロード21



刺身(地魚盛合せ)

      20141125~26サンロード19



左が、蒸し物(金目鯛の煮付け)
右が、お凌ぎ(炊き混みごはん)

      20141125~26サンロード22




酢の物(もずく酢)

      20141125~26サンロード20




椀物(海老しんじょう)と、お代わりした白ご飯(1杯目)

      20141125~26サンロード24



焼き物(鰤カマ塩焼)

      20141125~26サンロード29



揚げ物(蟹さつま揚げ)

      20141125~26サンロード32




温物(牛ロースはりはり鍋)

      20141125~26サンロード25



お肉が苦手な私。
このお肉の行き先は決まっています。

      20141125~26サンロード26

そうです。
このために、テーブルの下でおとなしく待っているのです。



小皿に取り分けて............

      20141125~26サンロード28




私が舐めて余分な味を取りまして............

びいすけ のお腹に入ります。

      20141125~26サンロード27

 
      20141125~26サンロード30


      20141125~26サンロード31

びいすけ 。
お父さんが、お肉苦手で良かったね。




そして、デザート(リンゴコンポート)

      20141125~26サンロード33



本日も美味しくいただきました。
ご馳走様でした。
(白ご飯を3回お代わりしたことは秘密にしておこう............)





夕食後、ロビーから外を眺める びいすけ 。

雨が降っているから、外には行けないよ!

      20141125~26サンロード34




そのまま部屋に戻ると、即効で寝る態勢に入る びいすけ 。
しばらくすると、イビキが聞こえてきます。

3本目のビールを開ける音にも目を覚まさない。

びいすけ の寝顔を見ながら飲むビールも意外にイケる。

      20141125~26サンロード10



程よい酔いも回って、ついに私もダウン。
この日は、22時前に夢の世界に導かれました.............。




明けて26日。
いつものように4時半すぎに目が覚めたものの、外は雨。
二度寝を決め込みます。

7時前にムクッと起きて、外を見てもやっぱり雨。

      20141125~26サンロード12



外に行きたがる びいすけ ですが、もうちょっと我慢。
雨が小降りになるのを待ちます。

      20141125~26サンロード13



オヤツをあげるから、我慢してね。

      20141125~26サンロード14




そうこうしている内に、朝食の時間になりました。

今朝も豪華な食事。
いつもは朝ごはんは食べませんが
旅行の時だけは別。

特にサンロードの朝食は頑張っちゃいます。

      20141125~26サンロード35


      20141125~26サンロード36


      20141125~26サンロード37

今朝もご飯三杯食べました(笑)。



事前に部屋で朝ごはんを済ませている びいすけ 。

テーブルの下で私が食べ終わるまでおとなしく待っています。
ご褒美をあげなくっちゃ!

      20141125~26サンロード38



『欲しい〜?』って要らない訳がない。

      20141125~26サンロード39



待ってましたと言わんばかりに、食らいつきます。

      20141125~26サンロード40






さて、さすがに びいすけ の朝のお務めに出かけない訳には行きません。

雨は幾らか小雨になって来たから、朝の散歩です。

      20141125~26サンロード42



大室山方面に歩いて見ますが、
大室山も雨雲に覆われています。

      20141125~26サンロード41



とりあえずは、 びいすけ の気の向くままに散歩を続けます。

      20141125~26サンロード43




ウンチもしたし、オシッコもしたし、
そろそろ戻りましょう。

      20141125~26サンロード44



サンロードに戻ると中庭に行きたがる びいすけ 。

プールサイドを歩き、食堂を覗きこみます。

      20141125~26サンロード47

『さっき、ご飯食べたでしょう?』って、毎度の光景。


そしてお決まり、お約束の行動。

猫の居る場所が分かっているから、
毎回この場所から離れません。

      20141125~26サンロード48



さてさて、雨もやみそうにもないから
適当な時間にチエックアウトして
一路、千葉の佐倉までゆっくりと帰ることといたしましょう。




2014/12/19 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸ポストを探して..............静岡・伊豆の国編                          (2014年11月25日)(静岡県伊豆の国市) 

11月25日 公休日

静岡県伊豆の国市には、18基の丸ポストが現存していると言うことで、
伊豆の国市丸ポストを探しに行きました。

伊豆の国市って馴染みが薄いのですが
平成17年に伊豆長岡町、大仁町、韮山町が合併して発足した自自体です。



最初の1基は、
旧・韮山町の奈古屋地区
JA伊豆の国奈古屋支店前の丸ポスト

      20141125丸ポスト 伊豆の国01


      20141125丸ポスト 伊豆の国02


      20141125丸ポスト 伊豆の国03


      20141125丸ポスト 伊豆の国04




2基目の丸ポスト
旧・韮山町の原木地区
プロショップタキグチ脇の丸ポスト

      20141125丸ポスト 伊豆の国05


      20141125丸ポスト 伊豆の国06


      20141125丸ポスト 伊豆の国07


      20141125丸ポスト 伊豆の国08





3基目の丸ポスト
同じく旧・韮山町原木地区
火の見櫓前の丸ポスト

       20141125丸ポスト 伊豆の国12


       20141125丸ポスト 伊豆の国09


      20141125丸ポスト 伊豆の国10


      20141125丸ポスト 伊豆の国11



4基目の丸ポスト
旧・伊豆長岡町北江間地区
JA伊豆の国北江間支店前の丸ポスト

      20141125丸ポスト 伊豆の国13


      20141125丸ポスト 伊豆の国14


      20141125丸ポスト 伊豆の国15


      20141125丸ポスト 伊豆の国16




続いては
旧・韮山町土手和田地区
さかや酒店前の丸ポスト..................のはずだったんですが

      20141125丸ポスト 伊豆の国17

どうやら撤去されてしまったようです





5基目の丸ポスト
旧・韮山町山木地区
韮山郷土資料館の向いにある韮山教会前の丸ポスト

      20141125丸ポスト 伊豆の国18


      20141125丸ポスト 伊豆の国20


      20141125丸ポスト 伊豆の国21


      20141125丸ポスト 伊豆の国19





6基目の丸ポスト
旧・韮山町四日町地区
伊豆箱根鉄道 韮山駅前の丸ポスト

      20141125丸ポスト 伊豆の国22


      20141125丸ポスト 伊豆の国23


      20141125丸ポスト 伊豆の国24


      20141125丸ポスト 伊豆の国25

駅前っていう感じがしないので
逆アングルからも一枚。

      20141125丸ポスト 伊豆の国26





7基目の丸ポスト
旧・韮山町四日町地区
吉田ストアー前の丸ポスト

      20141125丸ポスト 伊豆の国27


      20141125丸ポスト 伊豆の国28


      20141125丸ポスト 伊豆の国29


      20141125丸ポスト 伊豆の国30





続いては、旧・韮山町四日町地区
小川薬局前の丸ポストのはずでしたが............

      20141125丸ポスト 伊豆の国31


お店の前は整備され、丸ポストは撤去されていました。

      20141125丸ポスト 伊豆の国32







8基目の丸ポストは旧・韮山町寺家地区。
JA伊豆の国北条支店前の丸ポスト。

      20141125丸ポスト 伊豆の国33


      20141125丸ポスト 伊豆の国34


      20141125丸ポスト 伊豆の国35


      20141125丸ポスト 伊豆の国36






9基目の丸ポストは旧・韮山町寺家地区。
アパート駐車場前の丸ポスト。

ここには以前、桔梗屋と言うお店があったらしい。

      20141125丸ポスト 伊豆の国37


      20141125丸ポスト 伊豆の国38


      20141125丸ポスト 伊豆の国39


      20141125丸ポスト 伊豆の国40




10基目の丸ポストは、旧・韮山町中條地区。
ファミリーマート韮山中條店前の丸ポスト

      20141125丸ポスト 伊豆の国44


      20141125丸ポスト 伊豆の国41


      20141125丸ポスト 伊豆の国42


      20141125丸ポスト 伊豆の国43





11基目の丸ポストは、旧・韮山町南條地区。
JA伊豆の国南條支店前の丸ポスト。

      20141125丸ポスト 伊豆の国45


      20141125丸ポスト 伊豆の国47


      20141125丸ポスト 伊豆の国48


      20141125丸ポスト 伊豆の国46

軽トラックが居なくなるのをしばらく待っていましたが
なかなか動かない。
小雨もパラついているし............




12基目の丸ポストは、旧・韮山町中地区。
松井ストアー&関塾前の丸ポスト

      20141125丸ポスト 伊豆の国49


      20141125丸ポスト 伊豆の国50


      20141125丸ポスト 伊豆の国51


      20141125丸ポスト 伊豆の国52





13基目の丸ポストは、旧・韮山町中地区。
スーパー荻野前の丸ポスト

      20141125丸ポスト 伊豆の国53


      20141125丸ポスト 伊豆の国54


      20141125丸ポスト 伊豆の国70


      20141125丸ポスト 伊豆の国56






14基目の丸ポストは、旧・韮山町中地区。
韮山反射炉の受付前の丸ポスト

      20141125丸ポスト 伊豆の国57


      20141125丸ポスト 伊豆の国58


      20141125丸ポスト 伊豆の国59


      20141125丸ポスト 伊豆の国60



韮山反射炉は幕末期の代官江川英龍(坦庵)が手がけ、
後を継いだその子英敏が完成させました。
反射炉とは、金属を溶かし大砲を鋳造する炉。
稼働した反射炉が現存するのはここ韮山だけだそうです。
現在、世界遺産に登録されるよう色々と地元では活動中のようです。

犬連れは中に入れないから、せめて江川英龍の銅像前で記念写真。

      20141125丸ポスト 伊豆の国61







15基目の丸ポストは、旧・大仁町の宗光寺地区。
石井酒店向かいの丸ポスト。

      20141125丸ポスト 伊豆の国62


      20141125丸ポスト 伊豆の国63


      20141125丸ポスト 伊豆の国64


      20141125丸ポスト 伊豆の国65




そして、16基目の丸ポストは、旧・大仁町の大仁地区。
東海香辛料前の丸ポスト。

      20141125丸ポスト 伊豆の国66


      20141125丸ポスト 伊豆の国67


      20141125丸ポスト 伊豆の国68


      20141125丸ポスト 伊豆の国67




これで、伊豆の国市の丸ポスト16基制覇。
残念ながら2基は撤去されてしまったようで確認できませんでした。

静岡県内に234基現存すると言われる丸ポスト。
(でも伊豆の国市で2基撤去されたから232基?)

これまでに

駿東郡小山町      1基
御殿場市        1基
沼津市          7基 
伊東市 ①        15基
裾野市           2基
三島市          1基
伊東市②        10基
東伊豆町        3基
伊豆市①        1基
河津町①         1基


そして本日、伊豆の国市16基制覇して合計58基となりました。


とりあえず静岡県内には234基の丸ポストが現存していることにして、(2014年10月23日現在)
残すは、あと176基。
完全制覇を目指したいところですが、
まだまだ先は長いようです.......。



2014/12/18 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて............南小学校高原分校 (2014年11月25日)(静岡県伊豆の国市) 

11月25日 公休日

11月25日、26日と個人的な連休を利用して伊豆に旅行に行きました。
今回は伊豆の国市を中心に色々と巡ってみました。


守山城址をあとにして、向かった先は.............

   旧・韮山町立 南小学校高原分校



高原分校は

昭和23年 韮山小学校高原分教場として設立。
昭和24年 韮山小学校高原分校と改称。
昭和37年 町制施行により、静岡県田方郡韮山町立韮山小学校高原分校と改称
昭和58年 共和分校が韮山小学校より分離独立して韮山町立南小学校となり
高原分校は韮山町立南小学校高原分校と改称する。
平成17年 本校に統合されて廃校となる。


と、このような沿革となっています。


高原分校は、韮山の韮山反射炉のさらに奥。
山方面に向けて車を走らすこと15分。
うっそうとした森の中を抜け、少し高台の場所から横道にそれると、
そこにひっそりと建てられています。

さっきまで、ポツリ、ポツリと降っていた雨も
降っているんだか?止んでいるんだか?
どうもはっきりしない中、高原分校近くに辿り着きました。


県道沿いに建つ、分校の案内板。
錆びてしまって、文字の確認もままなりません。

      20141125高原分校20



同じく、案内板。
こちらは手作り。
いかにもって感じがアリアリです。

      20141125高原分校21



いずれの案内板も坂の先を行けと言っているようです。
この坂を下って行けば、分校のようです。

      20141125高原分校22



こちらが、高原分校。

      20141125高原分校01


      20141125高原分校02



校舎の壁に掲げられた、韮山南小学校の校章。

      20141125高原分校19



平屋建てですが、鉄筋コンクリートの校舎。

      20141125高原分校03


      20141125高原分校06



時計は既に止まっています。
廃校と同時に時の流れが止まってしまったようです。

      20141125高原分校05



校庭から逆アングルの校舎。

      20141125高原分校07


      20141125高原分校09



校庭の隅には、シンボルツリーとも言える銀杏寝過ぎて樹。

      20141125高原分校08

見事に色付いています。




校庭に残された遊具。

      20141125高原分校10


      20141125高原分校11


      20141125高原分校12




こちらは、校舎前のゲタ箱。

      20141125高原分校13



廃校の碑かと思ったら違っていた。
江川先生への感謝の文面が綴られた石碑でした。

      20141125高原分校14




こちらは、体育館。
校舎や校庭より1段高い台地の上に建ってます。

      20141125高原分校04


      20141125高原分校15


体育館内部。
まだまだ十分に使えます。

      20141125高原分校18



体育館の前にあった百葉箱。

      20141125高原分校16



体育館の台地から眺めた校舎。

      20141125高原分校17



旧・韮山町の山奥にあった分校。
廃校時の平成17年には生徒数5名だったらしい。

廃校記念碑もなく、二ノ宮像も残っていなくて残念です。












2014/12/17 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

守山城址 (2014年11月25日)(静岡県伊豆の国市) 

11月25日 公休日

11月25日、26日と個人的な連休を利用して伊豆に旅行に行きました。
今回は伊豆の国市を中心に色々と巡ってみました。


北条氏館跡をあとにして、向かった先は.............守山城址


守山城は

室町時代、将軍足利義政の実弟・政知(堀越公方)が築城したと思われ、
山麓にある堀越御所の詰め城と思われる。
延徳3年(1491)、政知病没後に跡を継いだ茶々丸は、
継母、義弟、重臣らを殺害し混乱状態となった。
そこで、興国寺城の北条早雲が伊豆侵攻を企て、堀越御所を攻めた。
その際、茶々丸は守山城に籠ったが、山麓の願成就院で自刃したといわれる。

その後、早雲を初代とする小田原北条氏は韮山城を伊豆支配の拠点とし、
この守山城も韮山城の支城として利用されたものと思われる。

天正十八年(1590)、豊臣秀吉は小田原の北条攻めに乗り出します。
韮山城には四万四千の大軍が押し寄せた。
豊臣勢は上山田陣城などの付城群を構築して韮山城を完全に包囲したが、
この際に守山城は豊臣勢によって利用されたようです。

山頂の主郭を中心に、北・東・西の三方に伸びた痩せ尾根に小さな郭群を設け
北条氏館跡がある西麓には広い郭が設けられています。


堀越御所跡、北条氏館跡の背後にある守山が城址です。




北条氏館跡に隣接する守山西公園から登城となります。

      20141125守山城址01



守山自然公園遊歩道が登城路となります。

      20141125守山城址02



遊歩道を歩き始めてしばらくすると、西麓の西郭。

      20141125守山城址03


思った以上に広い郭。

おそらく、秀吉の北条攻めの際、韮山城を攻略する際に
この守山城を利用し、広い郭を設け兵糧などを蓄えたのでしょう。

      20141125守山城址04


      20141125守山城址05


      20141125守山城址06





西の郭から主郭を目指して進みます。

目の前に現れたのは、長い階段。

      20141125守山城址07



息を切らしながら上って行きます。

      20141125守山城址08



上り切ったと思ったら、再び上り。

      20141125守山城址09


      20141125守山城址10



さらに上りは続きます。

この遊歩道は後に作られたもののようだから
上りの際にも遺構らしきものには巡り会わない。

      20141125守山城址11



長い階段を上り切った先が尾根。
そして主郭。

主郭は意外に狭い。

      20141125守山城址19




尾根の先端に建つ展望台。

      20141125守山城址12



眼下には狩野川の流れ。

      20141125守山城址13



東方向には韮山城。

      20141125守山城址14



生憎の天候で視界はイマイチ。
雨雲がなく、晴れていれば韮山城もバッチリ見えるはず。

      20141125守山城址15



頑張って展望台まで(主郭まで)上ってきたご褒美をあげましょう。

      20141125守山城址16


      20141125守山城址17


      20141125守山城址18




展望台で休憩したあとは、尾根伝いに東側に移動。


この橋の下は堀切。

きっと往時も、こんな感じで堀切に木橋を掛けていたんでしょう。

      20141125守山城址20



東の尾根伝いに下って行くと、こんな道があったりします。
岩を削って作った道。
まぎれもなく、往時のモノでしょう。

      20141125守山城址21


公園として整備し、遊歩道を設けた時に作られた階段。
その階段の脇に先程の岩を削った道があります。

      20141125守山城址22


そのまま下って行けば、守山の麓の子神社の脇に出ます。

本当は守山八幡宮に下って行きたかったのですが
どうやら下る道を間違えてしまったようです。

下り切った道を上って下り直す元気もありません。

駐車場は守山を挟んだ反対側。
ぐるっと守山の麓を歩いて駐車場に向かいます。


たまたま通りかかった真珠院。

何やら案内板があるのでよんでみると............

伊東の八重姫について書かれています。

      20141125守山城址23


八重姫(やえひめ、生没年未詳)は、平安時代末期の女性で、
伊豆国伊東(現・静岡県伊東市)の豪族・伊東祐親の三女。
源頼朝の最初の妻とされています。
頼朝の初子・千鶴御前(千鶴丸)の母。

『曽我物語』によれば、14歳で伊豆国へ流罪となり、
在地豪族の伊東祐親の監視下で日々を送っていた頼朝は、
祐親が大番役で上洛している間に祐親の三女・八重姫と通じ、
やがて男子を一人もうけて千鶴御前と名付けた。
千鶴御前が3歳になった時、大番役を終えて京から戻った祐親は激怒し、
「親の知らない婿があろうか。今の世に源氏の流人を婿に取るくらいなら、
娘を非人乞食に取らせる方がましだ。平家の咎めを受けたらなんとするのか」
と平家への聞こえを恐れ、家人に命じて千鶴を轟ヶ淵に柴漬にして殺害し、
娘を取り返して同国の住人・江間の小四郎に嫁がせた。
さらに頼朝を討つべく郎党を差し向けたが、
頼朝の乳母・比企尼の三女を妻としていた祐親の次男・祐清が
頼朝に身の危険を知らせ、頼朝は祐清の烏帽子親である北条時政の邸に逃れたという。
時政の下で暮らすようになった頼朝は、やがて時政の長女・政子と結ばれることになる。
その後の八重姫については、入水自殺したとも、北条氏や千葉氏と縁を結んだなど、
様々に伝えられる。

(Wikipediaより引用)


頼朝が恋しい八重姫が伊東から山を越え、蛭ケ小島に来てみると
頼朝は政子と夫婦となっていたことを知り、狩野川に入水して命を絶ったと言う。
その入水の地が、真珠院らしい。

ここにも頼朝に関わる伝説(?)があるんですね。

守山地区の中世の史跡、伝承は見応えがある。
やっぱり旧・韮山町は歴史の深い町なんだなぁ..................。




2014/12/17 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

北条氏館跡 (2014年11月25日)(静岡県伊豆の国市) 

11月25日 公休日

11月25日、26日と個人的な連休を利用して伊豆に旅行に行きました。

今回は伊豆の国市を中心に色々と巡ってみました。


堀越御所跡から歩いて向かった先は.............北条氏館跡


北条氏館(北条氏邸)は鎌倉幕府の執権として活躍した北条氏の館があった場所です。

元弘ニ(1333)年、鎌倉幕府の滅亡後、北条一族の妻や娘たちは鎌倉から韮山に戻りました。そして、一族の中の円成尼という女性が中心になって、邸宅の跡に寺院を建て、北条氏の冥福を祈ったのが円成寺です。円成寺は室町時代にも尼寺として続き、江戸時代まで続いたことが分かっています。


北条氏邸跡は北条氏が鎌倉に本拠地を移すまでの館跡と北条氏滅亡後の円成寺跡が発見され、北条氏の興亡を物語る遺跡として国指定史跡に指定されました。



堀越御所跡の入口の向いに建つ、北条政子産湯の井の碑。

      20141125北条氏館跡01



民家脇の道を100mも歩けば、北条政子産湯の井があります。

      20141125北条氏館跡02


      20141125北条氏館跡03



井戸を覗いて見ましたが、草が生えてて、よく見えませんでした。

      20141125北条氏館跡04


北条政子の産湯の井から300mほど歩けば、北条氏館跡。
こちらにも、説明板や案内板が建ち並んでます。

      20141125北条氏館跡05



北条氏館(北条氏邸)跡の碑。

      20141125北条氏館跡06


城郭ファンのサイトを見てみると、この碑の紹介がないから
どうやら、最近建てられたモノのようです。

      20141125北条氏館跡07



元々は、源頼朝の妻、北条政子の父である北条時政

      20141125北条氏館跡08



こちらも広大な敷地だったようですが、一部は民家となっていて
遺構らしきモノは皆無と言っていいようです。

      20141125北条氏館跡09



堀っぽく見えるけれど、単なる小川かもしれません。

      20141125北条氏館跡10



秋深し。
こちらも銀杏の葉が艶やかに黄色く色づいています。

      20141125北条氏館跡11



びいすけ の背後は守山。

      20141125北条氏館跡12



堀越御所の詰めの城とも言われた守山城址となります。

      20141125北条氏館跡13



鎌倉幕府を興した源頼朝。
14歳で伊豆に流刑にされ、蛭ケ小島で17年が過ぎ、
地元の豪族である北条氏の嫁をもらいます。
この嫁がのちの尼将軍北条政子です。
その政子の父親が北条時政。
韮山の目代山木兼隆に政子を嫁がせようとしていましたが、
これを嫌った政子は館を抜けだし、頼朝のもとに行ってしまいます。

山木判官の追求を恐れた二人は伊豆山権現に逃げ込み保護を受けます。
一方の時政は、平家の行く末を鑑み、山木兼隆から頼朝に鞍替えし結婚を許します。

その後、頼朝は北条氏館に住み、政子は子を授かります。
やがて期は熟し頼朝が挙兵し、山木兼隆を討つことになります。
平家討伐に頼朝の家臣として奔走し、また鎌倉幕府では有力御家人として参画し、
頼朝死後は幕府の執権として活躍した北条氏。
その北条氏の原点がここにあったのでしょう。

この地もそう言った意味では源頼朝の所縁の地のようです。

最近は、頼朝にハマっているなぁ............(笑)。



2014/12/16 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

堀越御所跡 (2014年11月25日)(静岡県伊豆の国市) 

11月25日 公休日

11月25日、26日と個人的な連休を利用して伊豆に旅行に行きました。

今回は伊豆の国市を中心に色々と巡ってみました。


蛭ケ小島をあとにして、向かった先は.............堀越御所跡



室町時代、幕府は京都にあり、遠く離れた関東を統治するために
鎌倉に鎌倉府が置かました。その鎌倉府の長官が鎌倉公方と呼ばれ、
関東八カ国に伊豆・甲斐を加えた10カ国を統治していました。
しかしながら、鎌倉公方五代目の足利成氏は、
補佐役である関東管領の上杉憲忠と対立してしまい、
1454年に上杉憲忠を暗殺してしてしまったことから
足利氏と上杉氏との合戦が起こってしまいました。

室町幕府は上杉氏を支持し、成氏討伐を行います。
その結果、成氏は古河に逃れ『古河公方』と称するようになります。

1457年、室町幕府の8代将軍足利義政は、古河の成氏に対抗するため、
異母兄の足利政知を鎌倉公方にすることにします。
政知は渋川義鏡と上杉教朝を伴って京都から鎌倉へ向かいますが、
足利成氏の勢力が強大で鎌倉には入ることが出来ず、伊豆の堀越に留まり、
『堀越公方』と呼ばれます。

1482年、幕府と成氏は、関東を成氏が、伊豆を政知が治めることで和睦している
これにより成氏の鎌倉公方としての地位が承認される形となり、
堀越公方は伊豆国のみを支配することとなりました。

1491年、堀越公方の政知が死去すると、子の茶々丸が後継者となりました。
茶々丸は政知の嫡男として誕生したが、素行不良のため牢に閉じこめられていました。
そのため政知は弟の潤童子を後継と定めていたが、茶々丸は、潤童子と継母(潤童子の母)を殺害して
堀越公方となってしまいました。
さらに、茶々丸は家老の外山豊前守を誅殺するなどの事件を起こし、伊豆国内に内紛を起こしてしまいます。
 
この機に乗じたのが駿河国興国寺城の北条早雲です。
1493年、小田原北条氏の始祖である早雲は、伊豆に攻め入り
堀越御所を攻略し、事実上堀越公方を滅亡させてしまいます。

わずか二代、36年で堀越公方は滅亡してしまいました。




こちらが、堀越御所跡。

      0141125堀越御所跡04


      0141125堀越御所跡05

一部は伊豆の国市の土地となっていますが、
周辺は私有地や住宅地であり、本格的な整備や調査が実施できない状態になっています。
一部が発掘調査されましたが、埋めされて現在は更地となっています。

いずれ、歴史公園にでもなるのでしょうか?
やたらと入口に説明看板が並んでいます。


その中の一枚。
堀越御所の縄張りが記された説明看板。

      20141125堀越御所跡01

それなりに広大な敷地だったようですが、全てを発掘調査したわけではないので
現地の説明看板には『伝堀越御所跡』と記されているようです。



この辺りは、堀越御所以外に北条氏館跡があったりと
守山中世史跡群として、伊豆の国市も力を入れているようです。

      0141125堀越御所跡02


      0141125堀越御所跡03




確かに広い更地。

      0141125堀越御所跡06


何もない

      0141125堀越御所跡07


今のままでも、十分に公園と言っても通用しそうです。

      0141125堀越御所跡08


      0141125堀越御所跡09




この辺りは、以前は電源開発の韮山保養所だったところ。
現在は、どこが管理しているのだろうか?

堀越御所には七つの石が置かれていたそうです。
その中の一つ、亀石。

      0141125堀越御所跡10

亀の形をしているから、亀石と呼ばれたそうです。

根元が折れて、草むらに転がっていた説明看板。
亀石の脇の木に立て掛けておきました。

      0141125堀越御所跡11


もう一つ、鶴石と言うのがあるらしいけれど
そちらは見つかりませんでした。


広い敷地内。
銀杏の葉が艶やかに色付いていました。

      0141125堀越御所跡12


堀越御所跡周辺には中世の史跡が多いから
次なる史跡に歩いて行きましょう..................。

2014/12/16 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

蛭ヶ小島 (2014年11月25日)(静岡県伊豆の国市) 

11月25日 公休日

11月25日、26日と個人的な連休を利用して伊豆に旅行に行きました。

今回は伊豆の国市を中心に色々と巡ってみました。


不動滝をあとにして、向かった先は.............蛭ケ小島


蛭ヶ小島(ひるがこじま)は、
静岡県伊豆の国市の地名。
源頼朝の流刑地として知られる。

しかし、歴史的には「伊豆国に配流」と記録されるのみで、
「蛭ヶ島」というのは後世の記述であり、真偽のほどは不明。
発掘調査では弥生・古墳時代の遺構・遺物のみで、
平安時代末期の遺構は確認されていない。
『吾妻鏡』では頼朝の流刑地について「蛭島」とのみ記し、
当地が比定地であるかは不明。

現在、「蛭ヶ島公園」として整備されている場所は、
江戸時代に学者の秋山富南が「頼朝が配流となった蛭ヶ島はこの付近にあった」と推定し、
これを記念する碑が1790年に建てられた。
これが「蛭島碑記」で伊豆の国市指定有形文化財となっている。
また、公園内には頼朝・政子夫妻の像が作られている。

( wikipediaより引用 )


現在は、歴史公園として整備された蛭ケ小島。
その公園入口には立派なり石碑が建てられています。

      20141125蛭ヶ小島21


今日までって言うか、今朝まで韮山が歴史のある町だって知らなかった。
そんな認識が無かったから、こう言った案内板を見ると
心惹かれます。

      20141125蛭ヶ小島22


ポツリ、ポツリと降っている小雨は中々止まず、
むしろ、雨粒が大きくなってきた気もします。

さっさと、この公園での目的を遂行しちゃいましょう。


画面の右端に注目。

      20141125蛭ヶ小島02

探していたものが見つかりました。



ズバリ!
源頼朝と政子の像。

      20141125蛭ヶ小島03



平成16年に建てられた『蛭ケ島の夫婦』

      20141125蛭ヶ小島04

若きし日の源頼朝と政子の像です。


雨足も幾らか強くなり、カメラのレンズも曇ってしまい、
せっかくの説明板も上手く映っていない。

      20141125蛭ヶ小島05



背面からの頼朝と政子。

      20141125蛭ヶ小島07



ちょっぴり、雨足が強くなって来たので
公園内の四阿で雨宿り。

      20141125蛭ヶ小島10


ついでだから、オヤツの時間にしちゃいましょう。

      20141125蛭ヶ小島11



『おやつ、欲っちい?』って聞くだけ野暮。
要らない訳が無い(笑)。

      20141125蛭ヶ小島12



しっかり、いただきます。

      20141125蛭ヶ小島13



1コで足りる訳もない。

      20141125蛭ヶ小島14


2コ、3コと美味しそうに食べます。

      20141125蛭ヶ小島15



なかなか雨も小降りにならないので、しばらく四阿から出られません。
四阿から公園内を見渡してみます。


広くはないけれど、一応芝生広場がらある。

      20141125蛭ヶ小島08




雨宿りをしている四阿とは別にもう一つ四阿がある。

      20141125蛭ヶ小島09




広くはない公園だけど、こんな休憩所もあります。

「蛭ヶ島茶屋」と言って、無料で茶のサービスが受けられるらしい。

      20141125蛭ヶ小島06

でも、犬連れじゃ中には入れそうもありません。


茶店の暖簾は、当然 源頼朝。

      20141125蛭ヶ小島16



雨も幾らか小降りになって来たので散策再開。


公園中央部にある説明看板。

      20141125蛭ヶ小島19

こちらには、『蛭ケ島』となっている。


公園入口の石碑には『史跡 蛭ケ小島』ときざまれている。

『蛭ケ島』と『蛭ケ小島』。
一体どちらが正しいのだろうか?

      20141125蛭ヶ小島18




この蛭ヶ小島公園は石碑の宝庫とまではいかないが、石碑が多い。


豆州誌稿を増訂した萩原正夫が建てた秋山富南の顕彰碑。
明治26年に建てられたモノのようです。

      20141125蛭ヶ小島01



こちらは、「頼朝と政子 梛(なぎ)の葉の縁結び」の碑 

      20141125蛭ヶ小島17



こちらは、「蛭島碑記」の古碑

      20141125蛭ヶ小島20

伊豆の国市指定有形文化財となっています。



こちらは、「ふるさとは富士の全き良夜かな」と刻まれた句碑

     20141125蛭ヶ小島23




公園の一画は、伊豆の国市歴史民族資料館。
古民家建築物は、1977年に県の有形文化財に指定されたもので、
江戸時代初期の農家であった旧・韮山町土手和田地区の上野家の旧宅を移築し復元したものです。
現存する農家の家屋としては、静岡県内で最古の建築物と推定されるそうです。



     20141125蛭ヶ小島24


      20141125蛭ヶ小島25


こちらが説明看板。

      20141125蛭ヶ小島26



雨宿りを兼ねて、中に入らせてもらいましょう。

      20141125蛭ヶ小島27


ざっと、中はこんな感じ。

      20141125蛭ヶ小島28

古民家に昔の生活道具が置かれている。


それよりも、土間の匂いが気になる びいすけ 。

      20141125蛭ヶ小島29


土間でマーキングしないようにリードを短く持ち
びいすけ を制御していました。

しばらく雨宿りをしていましたが、
雨も小降りから変わらず、止みそうな気配もない。

いつまでも、ここに居たって仕方ない。
次なる場所に移動いたしましょう..................。



2014/12/15 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit