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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

笹尾砦    (2014年7月31日)(山梨県北杜市) 

7月31日 公休日


前日から山梨県の北杜市に来ています。
この日も山梨県北杜市の城址巡りをしていました。

北杜市城址巡り第6弾。


          笹尾砦


笹尾砦は

山梨県北杜市(旧北巨摩郡小淵沢町)にあった戦国時代の城塞(崖端城)。
同市史跡。
信濃(長野県)との国境に近い、釜無川の左岸の七里岩の断崖上(標高759m、比高110m)に
築かれていた山城(やまじろ)である。
西側は七里岩の断崖絶壁、東側は深い溺れ谷の城沢にはさまれた要害で、
塁(砦)と呼ばれるものの、6つの曲輪(くるわ)を持つ東西80m、南北260mの本格的な城塞だった。
(ただし、現存する城跡は武田氏滅亡後に、北条氏が整備したものとも考えられている)

甲斐の武田氏をはじめ常陸の佐竹氏、
信濃の小笠原氏・平賀氏、陸奥の南部氏などの祖となった新羅三郎義光(源義光)が
他国からの侵攻に備えて家臣に築かせた砦ともいわれるが確証はない。
また、その築城の経緯は明らかにはなっていない。

笹尾塁が歴史に登場するのは、甲斐守護・武田信虎(信玄の父)による甲斐統一前夜のことである。
信虎は1530年(享禄3)、扇谷上杉朝興の叔母で山内上杉憲房の後室を側室に迎えて、
扇谷上杉氏との関係を強化して北条氏と対抗しようとした。
信虎はこれに反対した奉行衆の今井信是、信元と対立して、
信是と信元は翌1531年(享禄4)1月、飫富兵部少輔らとともに甲府を去って御岳に立て籠もった。
この反信虎陣営に有力国人の大井信業・栗原氏らが加わり、
さらに信濃の諏訪頼満(碧雲斎)に援軍を求めたことにより大規模な争乱へと発展した。

信虎はこれに対抗するため笹尾塁を取り立てて整備し、
諏訪下社牢人衆(諏訪氏と対立する諏訪下社の金刺氏とも推定されているが不明)に立て籠もらせたという。
しかし、笹尾塁は諏訪軍の侵攻により戦わず陥落。
反信虎勢力は府中に進軍した。
ピンチに陥った信虎は出陣して、翌2月2日の合戦で乾坤一擲の勝利を収めて大井信業らを敗死させ、
3月3日の韮崎河原辺の合戦では栗原兵庫ら800余人を討ち取って壊滅的打撃を与えた。

その後、今井信元は居城の獅子吼城(同市)に籠もり抵抗を続けたが、
同年9月に降伏・開城し、信虎の甲斐統一が実現した。

『甲斐国志』などによれば、武田晴信(信玄)の時代には、
狼煙台の一つとして使われ、中腹の洞窟には鐘撞き場がつくられ信濃の危急を知らせた。

その後、織田信長により武田氏が滅亡すると、徳川氏(家康)と北条氏(北条氏直)による
甲斐・信濃をめぐる収奪戦(天正壬午の乱)が行われたが、
北条氏は若神子城(同市)とともに笹尾塁を陣地として取り立て徳川氏に対抗した。
その後、笹尾塁は徳川氏の支配下に置かれたが、その後間もなく廃城になったと考えられている。
曲輪、堀切、土塁などの遺構が残っている。


                                   (Kotobank より引用)




こちらが笹尾砦縄張り図


      笹尾砦縄張り図

                  ( 余胡くんのホームページ  よりお借りいたしました )



笹尾砦は現在、城山公園として整備されています。

公園の駐車場からもアプローチはすごく簡単。
案内板が導いてくれます。


      20140731 笹尾砦26

その笹尾砦ですが、笹尾城と呼ぶ方も居れば
笹尾塁と呼ぶ方も居るようです。
地元では、笹尾塁と呼ばれているようです。


いきなりの空堀登場。


      20140731 笹尾砦25



その空堀に架かる土橋がわかるかな?


      20140731 笹尾砦03



土橋を渡った先には、城址説明板。


      20140731 笹尾砦01


      20140731 笹尾砦02




説明板の先を進めば、二郭虎口。


      20140731 笹尾砦04



カメラの位置をちょっと変えてみると
二郭虎口も雰囲気が変わってくる。


      20140731 笹尾砦05



こちらが、二郭。


      20140731 笹尾砦18




二郭には、色々な説明板が建っています。

こちらは、『馬場の里』の説明板。


      20140731 笹尾砦06



こちらは、『城山(じょうやま)』の説明板。


      20140731 笹尾砦07



二郭は、ぐるっと土塁で囲まれています。


      20140731 笹尾砦08


      20140731 笹尾砦09



二郭北側の土塁の上から、空堀を眺めてみます。


      20140731 笹尾砦19


      20140731 笹尾砦20


それなりの深さと広さがあるのですが、
どうしても画像(写真)だとわかりづらい。





二郭には、展望台も有り中々の景色。

考えてみれば、七里岩の断崖絶壁の地を利して造られた砦だから
眺望は良いのは当たり前。


      20140731 笹尾砦10


      20140731 笹尾砦11







こちらが、主郭。


      20140731 笹尾砦21



主郭には、鐘釣穴の説明板。

正確には主郭よりさらに先(下った)の南側の崖の中腹に
洞穴があり、ここに鐘を設置して通信に用いたようで、
釜無川対岸の鳥原砦へ急を告げていたそうです。


      20140731 笹尾砦12



おそらく、この遊歩道の先にあるのでしょうが
さすがに遊歩道を下って行く元気(下ると言うことは必然的に帰りは上りになる)は、ありませんでした。


      20140731 笹尾砦22


      20140731 笹尾砦23




主郭に広がる土塁。


      20140731 笹尾砦13



土塁の上に上がった びいすけ 。


      20140731 笹尾砦14


      20140731 笹尾砦15



こちらが、主郭虎口。

主郭と二郭の土塁が繋がっていたのを切り離したのか?
完全な堀切となって、今尚その姿を留めています。


      20140731 笹尾砦17



堀切はこんな感じで二郭下まで続いています。


      20140731 笹尾砦16


この坂を下って行けば、土橋。
そして駐車場へと続きます。

駐車場のある辺りが三郭。
そして、さらに奥の藪に入れば四郭、五郭、六郭と続くようですが
公園として整備されているのは、主郭と二郭のみ。

敢えて、今回は主郭、二郭以外はパスしちゃいました。

でも、武田信虎の信濃対策の重要拠点でもあった笹尾砦。
それなりに見応えがありました.....................。




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2014/09/07 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit