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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

にっこう へ いこう ②      《 湯ノ湖 》                          (2014年8月22日)(栃木県日光市) 

8月22日 公休日


8月22日〜23日。
1泊2日で日光に出掛けてきました。

『あんよの湯』をあとにして、向かった先は..............


          湯ノ



遠い昔、バイクツーリングで戦場ヶ原まで来たことがありますが、
奥日光の湯元温泉界隈まで来たことはありませんでした。
だから、非常に新鮮って言うか、湯ノの存在さえ知らず
当初は、てっきり中禅寺だと思ってました。




湯ノ(ゆのこ)は

栃木県日光市の西部にある
北東にある三岳火山の噴火によってつくられた堰止である。

日光白根山からの水に加え、湖畔にある日光湯元温泉からの湯が流れ込んでいる。
温泉成分や山からの砂などで水深が浅くなり、湿地化する危機にあったが、
1997年に浚渫工事が行われ、危機を乗り越えた。温泉の湯が流れ込んでいるものの、
水深が浅いため冬季には全面結氷することもある。

湖の南には湯滝があり、戦場ヶ原へのハイキングコースが通じている。
約1時間で一周できる。

                               (wikipedia より引用)




こちらが、湯ノ湖。


      20140822 湯の湖02


      20140822 湯の湖03




かつての湿原の名残りでしょうか?
こんな石碑が建っています。


     20140822 湯の湖01

よくよく調べてみると..............

栃木県日光市にある湯ノ湖、湯川、戦場ヶ原、小田代原のうちの、
260.41ヘクタールが「奥日光の湿原」として2005年、ラムサール条約湿地に登録されました。

それまでは日本の登録湿地は13ヶ所でしたが、
今回の登録で一気に20ヶ所が増え、合計33ヶ所になりました。
「奥日光の湿原」は全域が日光国立公園に指定されており、
自然公園法等によって保全が図られています。
今回の奥日光の湿原の登録により、より責任を持って湿地とその周辺の水系の保全、
あるいはそれらの賢明な利用を進めて行くことを世界に宣言したことになるようです。





湯ノ湖を一周できるハイキングコースの案内図。
一周がちょうど1時間らしいから、散策にはちょうど良いかもしれない。


      20140822 湯の湖04



だけど、この日は予定がビッシリ詰まっている。

湯ノ湖一周のハイキング(散策)は次の機会にして
今回は湖畔で軽く散策です。


ロングリードに付け替えて、 びいすけ のペースで歩かせてみます。


珍しく、水際を歩きます。


      20140822 湯の湖05

海と違って波がないから、湖は大丈夫なのかな?



ここでも、匂いクンクン。


      20140822 湯の湖06



そして、マーキング。


      20140822 湯の湖07



湯ノ湖は試験研究用の湖水のようで、いろんな魚を放流してきたらしい。
どうりで、ボートに乗って釣りをしている人が多い訳です。


      20140822 湯の湖08




こちらは、湯ノ湖に流れ込む川。
湯元温泉の脇を流れてくるから、温かい温水かと思ったら冷たかった。


      20140822 湯の湖09



日光白根山から流れてくるのでしょう。
かなり透き通った清流のようです。


      20140822 湯の湖10


      20140822 湯の湖11


標高1400mの地だから、涼しいかと思っていたけど、
陽射しが強くて、心持ち暑さを感じる。

やっぱり、ワンコ連れは同じ考えのようで、
冷たい川に来ちゃうんですね。


      20140822 湯の湖12



車で湯ノ湖の対岸に移動。
湖畔を歩けば30分(?)のところを数分で移動。


      20140822 湯の湖13



こちらが、湯ノ湖の南側になります。


      20140822 湯の湖14


すなわち、この南側から湯ノ湖の湖水は川の流れとなり、
戦場ヶ原の湿原を抜け、やがて中禅寺湖へと流れて行きます。

湯ノ湖の湖水がどう流れて行くのか?
それを追いかけてみるのも面白いのかもしれない.....................。






2014/09/12 Fri. 16:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

にっこう へ  いこう ①       《 あんよの湯 》                      (2014年8月22日)(栃木県日光市) 

8月22日 公休日


前月(7月)から8月22日、23日、24日と休み希望を出して
今年の びいすけ の誕生日は旅行に行こうと決めていました。

目的地が決まらないまま、日々が過ぎてしまい、
逆に予約の取れる宿泊先が少なくなってきました。


以前から訪れてみたかった日光
1泊2日で出掛けることにしました。


朝、5時に八王子の実家を出発。
国立府中ICから中央道〜首都高速〜東北道〜日光宇都宮道と
順調にかつ、快適に走り日光に到着。


      20140822あんよの湯01


      20140822あんよの湯02


日光と言えは、世界遺産の街。
世界遺産には『日光の社寺』として登録されたようですが、
日光は、世界遺産の社寺だけじゃない。

先ずは、奥日光から攻めてみました。


いろは坂のコーナーを『い〜っ』、『ろぉ〜』、『はぁ〜』.......
と数えながら、アクセル全開。
苦しそうにエンジンは唸り、軽自動車では、ちと辛い。

中禅寺湖を左に眺め、更に奥へと車を走らせます。


向かった先は..............奥日光湯元温泉 あんよの湯



駐車場に車を停め、案内に導かれて、
『あんよの湯』へと向かいます。


      20140822あんよの湯03



こちらが、あんよの湯。


      20140822あんよの湯04


      20140822あんよの湯05



そうです、無料の足湯です。


      20140822あんよの湯06


本当は、何処で散策などをして、ちょっと疲れたなって言う時に足湯に浸かるのが良いのでしょうが
本日の行動予定も詰まっており、順番的に一番遠い所から宿泊地に戻って行くと言う予定なので
足湯が1番最初になってしまいました。


でも朝から200kmぐらいの距離を車で走ってきたので
右足が疲れているって言えば嘘じゃない。


      20140822あんよの湯07

正直言って気持ちいい〜!



無料だからと言っても、一応、公共の施設(本当かな?)。

わんこはNG(のはず?)だから、びいすけ は入れません。


リードを括り付けて、視界の範囲内で待機させます。


      20140822あんよの湯08



しばらくすると、何かを訴えるような顔をして、こちらを見つめてきます。


      20140822あんよの湯09




仕方ないなぁ..............。

もっちゃん と交代で足湯に浸かることに。

(要は、交代で抱っこして待つことに..............。)


      20140822あんよの湯10


      20140822あんよの湯11


      20140822あんよの湯12


      20140822あんよの湯13



流石に、体重13kg。
重いや〜。


お〜い! びいすけ !!
来月から、ダイエット頑張ってみるかい..............?





2014/09/12 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

          8月22日  

8月22日 公休日

今更ですが...................


この日は、びいすけ の誕生日


八王子の実家に居候していた私とびいすけ。
前日の夜勤疲れで、私は21時前にダウン。

妹の もっちゃん が代わりに写真を撮ってくれていました。



日付が変わる前の びいすけ 。

すなわち、この時点では、まだ8月21日。
まだ4歳。


      20140822JUST5歳03



半分寝ています(笑)。

      
      20140822JUST5歳01



しかしながら、この1年で更に顔が白くなりました。


      20140822JUST5歳02






時刻は0:00を回り、8月22日になりました。

びいすけ、5歳になりました。


      20140822JUST5歳04


      20140822JUST5歳05


      20140822JUST5歳06


      20140822JUST5歳07



『何だ、これは?』


      20140822JUST5歳08




本当は、このあと盛り上がる予定(?)でしたが、
私(びいすけ父さん)はイビキをかいて寝てるし(笑)、
朝、5時に出掛ける予定なので、もっちゃん と びいすけ だけのハッピーバースデイ。


      20140822JUST5歳09



ごめんよぉ〜、びいすけ。

お父さんだけ先に寝ちゃって..............。


      20140822JUST5歳10



21日の夕方の買い物で、メロンを2個買ってくれた、もっちゃん。

ありがとう。


      20140822JUST5歳11

このメロンは明日って言うか、朝食べましょう。



ラッピングされた、プレゼントもメロンです。
こちらは、ちょっと高いらしい。
千葉に持って帰って食べましょう(笑)。


おごそかに深夜。
8月22日の真夜中に、プレ誕生日祝いが行われていたようです。

(起こして欲しかったなぁ..............)







2014/09/11 Thu. 13:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

清水入緑地 (2014年8月17日)(東京都八王子市) 

8月17日 公休日


8月28日で車の車検が切れてしまいます。
そんな訳で、いつも車検をお願いしている義弟の会社に
車検をお願いすることにしました。

義弟の会社は東京都多摩市。
実家の八王子市の隣街。

車検ついでに、8月24日まで びいすけ 共々、実家に居候することにしました。


朝10時に、佐倉ICから高速に乗り、東関道〜京葉道〜首都高速〜中央道と
スイスイと流れ、12時少し前に実家に到着。

しかし、実家は留守。
鍵も無いから、中に入れない。
買い物に出掛けた もっちゃん は、しばらく帰りそうもない。


この日は好天気。
とにかく、外は暑い。
涼を求めて向かった先は.....................

           清水入緑地



実は、この清水入緑地、実家から一番近い公園です。

まぁ、公園って言っても、遊具等は無く
多摩ニュータウンの造成時に多摩丘陵の一部をそのまま残し、
遊歩道を整備し、ニュータウンの住民の憩いの場として
整備されたモノのようです。


実家に居候している時の毎朝の散歩は、
この清水入緑地の脇をかすめて歩いています。



こちらが、清水入緑地の入口。

入口は何箇所もあるから、正面入口って言った方が正解かな?


      20140817清水入緑地16



多少の雲があるものの、陽射しが当たれば暑い。
この先の木陰に避難いたしましょう。


      20140817清水入緑地17



苔むした遊歩道を歩いて行きます。


      20140817清水入緑地18



      20140817清水入緑地15




しばらく歩けば、こんな感じで適度な日陰が現れます。


      20140817清水入緑地20



こちらは、団地側の入口。


      20140817清水入緑地01

こちらは高台からのアプローチになるため
こちら側の遊歩道は起伏に満ちたモノとなります。


案内板もしっかり用意されています。


      20140817清水入緑地02



こうやって案内板をじっくり眺めて見ると、
本当に団地に隣接しているのがわかります。


      20140817清水入緑地03



苔むした石段を足元に気をつけながら歩きます。



リードを引っ張り気味な びいすけ を先に行かせると
石段を転びそうになるので、
ゆっくりと写真を撮りながら下って行きます。


      20140817清水入緑地04


      20140817清水入緑地05


      20140817清水入緑地06




森の中を散策していると、いきなり視界に現れたのは..............


      20140817清水入緑地07

野鳥観察の塔です。



石畳の散策路を歩き、さらに石段を下って
緑地公園内をくまなく歩いてみます。


      20140817清水入緑地08


      20140817清水入緑地09


      20140817清水入緑地10



何度か来たことのある、清水入緑地ですが
中腹に広場があることを知りませんでした。


      20140817清水入緑地11



それなりに木々も鬱蒼と茂っていて、陽射しを遮ってくれるので
思ったほど暑くない。


      20140817清水入緑地12



おそらく、この緑地と周辺の団地に住み着いているであろう
野良猫の匂いがするのか?

いつになく、匂い嗅ぎに余念のない びいすけ 。


      20140817清水入緑地13



この坂を下って行けば、正面入口。

そちらには向かわずに別な散策路を選びます。


      20140817清水入緑地14



木々が陽射しを遮っているとは言え、
この日は猛暑日。

熱中症には気をつけましょう。
水分補給もこまめに行いましょう。


      20140817清水入緑地19




案内板によれば、この先に野鳥観察舎があったはず..............


      20140817清水入緑地21




暑苦しい蝉の鳴き声を聞きながら、再び石段を上ります。


      20140817清水入緑地22




やっと見つけた野鳥観察舎。
でも老朽化(?)のためか?
はたまた、危険防止のためか?
フェンスにはしっかりと南京錠が掛かり中には入れません。


      20140817清水入緑地23



何だかんだと、小一時間経ったけど、 もっちゃん は未だ帰ってくる気配なし。
早くクーラーの効いた部屋で涼みたい。

そんな事を考えながら、ひたすら もっちゃん の帰りを待ってる
一人と一匹のお話しでした.....................。





2014/09/11 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

カインズホーム ドッグラン (2014年8月16日)(千葉県佐倉市) 

8月16日 夜勤明け


17時半からの爪切りが、予約時間前に受け付けてくれたため
思ったより早く終える事ができた。

せっかくカインズホームに来たんだから
ドッグランにちょこっと寄ってから帰ろう。
そんな甘い考えを神様は許さなかったのだろうか?

何やら雲行きが怪しくなってきた。

でも、そんな事は気にしない。
しっかりと受付をして、カインズのランに乱入。


      20140816カインズドッグラン08


      20140816カインズドッグラン09



先着のワンちゃんは全て常連さん。
知っている顔ばかり。
(でも、ワンちゃんの名前すら知らない)(笑)

『お久しぶりです。』

人間はしっかり挨拶しているのに
当の びいすけ はワンちゃんに知らん顔。


      20140816カインズドッグラン01



パグくん(名前忘れちゃった.......)が寄ってくれているのに
ひたすら匂い嗅ぎ。


      20140816カインズドッグラン02



      20140816カインズドッグラン04



せっかく、寄って来てくれたのに、知らん顔。

我が道を行く、 びいすけ 。


      20140816カインズドッグラン05


      20140816カインズドッグラン03




この子は、この子はガッツ。
何故だか、何故だか、この子の名前だけは覚えている。


      20140816カインズドッグラン06


      20140816カインズドッグラン07




ランに入場して10分も経たないのに、とうとう雨が降りだしました。


      20140816カインズドッグラン10


      20140816カインズドッグラン11




先着の常連さん達は一斉に撤収。


      20140816カインズドッグラン12



ランに来て、まだ10分。
ひょっとしたら、通り雨かも知れないし
暫く、雨が止むのを待つことにします。


      20140816カインズドッグラン13



先着組は皆さん撤収してしまい、 びいすけ の貸切り状態。


      20140816カインズドッグラン14




視線の先は、止まない雨なのか?
はたまた、誰かが来るのを待っているのか?


      20140816カインズドッグラン15


      20140816カインズドッグラン16



雨足はさらに激しくなり、一向に止みそうにありません。


      20140816カインズドッグラン17




どうやら、撤収するタイミングを間違えてしまったようです。


      20140816カインズドッグラン18




結局、何もすることも無く、何もすることも出来ず、
このまま雨の止むのを待つだけ..............。

意を決し、ずぶ濡れ覚悟で駐車場の車まで戻り
濡れた髪を気にしながら、家路を急ぐのでありました................。


いやぁ、久し振りのドッグランで、久し振りにずぶ濡れ。
こんな事もあるでしょう..............。





2014/09/10 Wed. 14:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

爪切り、肛門線絞り、エトセトラ (2014年8月16日) 

8月16日 夜勤明け



毎月15日前後に、 びいすけ の爪切りと校門線絞りをしています。

正確には、自分では出来ないのでお店でやって貰っているんですが
最近は、カインズホーム佐倉店にあるペットショップでお願いしています。


前日、仕事の休憩時間に電話で予約。
本日の17:30分からの予約です。


少し早目に行ったら、馴染みのお姉さんから声を掛けられ、
時間前ですが、爪切り等々の始まりです。


急いでレジに走り、会計を済ませて戻ります。


      20140816爪切り01



丁度、爪切りの最中でした。


      0140816爪切り02




興奮して暴れるといけないので、びいすけ と目を合わせ無いようにしていましたが..............


      0140816爪切り03




見つかってしまいました。


      0140816爪切り04



一方、お店のお姉さんは、そんな事はお構いなし。
尻尾を振りまくる びいすけ を巧みに抑えて、爪を切ります。


      0140816爪切り05



いつの間にか、 びいすけ も尻尾が下がり
大人しくしています。


      0140816爪切り06




さすが、プロ。
鮮やかに、ちゃきちゃきっと処理して行きます。


      0140816爪切り07


      0140816爪切り08


      0140816爪切り09


      0140816爪切り10


      0140816爪切り11




今度は、耳掃除。


      0140816爪切り12




そして、肉球マッサージ。


      0140816爪切り13



後ろ足からクリームを塗っているようです。


      0140816爪切り14


      0140816爪切り15


      0140816爪切り16


      0140816爪切り17


      0140816爪切り18



最後は、尻尾を押さえて肛門線絞り。


      0140816爪切り19



今月もお世話になりました..............。
またよろしくお願いします。






2014/09/10 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...................川上小学校上砂分校跡                       (2014年8月12日)(千葉県八街市) 

8月12日 公休日

千葉県八街市に昭和40年代に廃校になった分校跡があると知り
訪れてみました。

訪れたのは.............八街町立 川上小学校上砂分校跡


八街市は平成4年に当時の八街町が市制を施行して八街市になりました。
昭和40年代といえば、まだ八街町の頃の話です。


川上小学校上砂分校は

昭和6年    川上村の川上小学校の上砂分校として開校。
昭和22年    教育令により川上村立川上小学校上砂分校と改称。
昭和29年   川上村が八街町と合併して八街町立川上小学校上砂分校と改称。
昭和41年   本校に統合されて廃校となる。


と、このような沿革となっています。


廃校から既に48年。
現在は上砂農村広場となっています。


こちらが分校跡。


      20140812上砂分校跡01



この門は、農村広場になってから設置されたモノのようです。


      20140812上砂分校跡02


門の脇の桜の木。
まさしく学校跡って言う雰囲気が漂います。


      20140812上砂分校跡03



広場にある遊具。
41年前のものなのか......?

微妙...........(違うような気がする?)


      20140812上砂分校跡04


      20140812上砂分校跡05



分校跡に建つ建物


      20140812上砂分校跡06



上砂やすらぎの家 と言う地域の公民館となっています。


      20140812上砂分校跡07

なるほど、廃校のよくある再利用パターンですね。
建物そのものは、廃校後に建て替えられたのでしょう。



こちらが正門。

でも、この門は当時のものではなさそうです。


      20140812上砂分校跡09


と言うのも、廃校は昭和41年。

この門は昭和52年に米田武徳という方から寄贈され、建てられたもののようです。


      20140812上砂分校跡28





こちらの門が道路に面していて、児童たちが毎朝その門をくぐっていったのでしょう。

表札は、紙砂農村公園と張り替えられています。


      20140812上砂分校跡10



正門越しに見るやすらぎの家。
形は違えど、きっと41年前もこんな感じで校舎が眺められたのでしょう


      20140812上砂分校跡11




正門脇にも桜の木。

やっぱり学校の門には桜の木が似合う。

      20140812上砂分校跡12



分校跡の敷地の隅には消防倉庫。
これもよくあるパターン。


      20140812上砂分校跡19



消防倉庫の前から分校跡を眺めてみます。

やっぱり、学校の雰囲気は今なお残っています。


      20140812上砂分校跡14


      20140812上砂分校跡15


      20140812上砂分校跡16



分校跡には数本の桜の木。
その桜の木も前で一枚記念写真、パチリ☆


      20140812上砂分校跡17



校舎っぽい雰囲気を残す、やすらぎの家の間でも一枚、パチリ☆。


      20140812上砂分校跡18


やっぱり、廃校には びいすけ が似合う。
な~んて、親バカ満載。

さ~て、今度はどこの廃校を訪ねてみようか......................?





..

 





2014/09/09 Tue. 16:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸ポストを探して.....................千葉・四街道編 その2                    (2014年8月12日)(千葉県四街道市) 

8月12日 公休日

今年の7月21日に四街道市に新たな丸ポストが設置されたと聞き
その丸ポストも見に行ってきました。

新たに設置された丸ポストは................

四街道文化センター前にありました。


      20140812四街道丸ポスト01


      20140812四街道丸ポスト02


      20140812四街道丸ポスト03


      20140812四街道丸ポスト04



ポストの掲げられた案内


      20140812四街道丸ポスト05

総武鉄道が市川~佐倉 間で開業して今年で120年。
その記念事業の一環として、昭和45年まで四街道駅前に設置されていた丸ポストを
44年ぶりに復活させたようです。

どうせなら鉄道関連の記念行事の一環でもあるのだから
以前あった四街道駅前に設置すればいいのに................. と私は思ったりしちゃいます。



千葉県内に現存する丸ポスト 98基(?)

数多くの丸ポストに会いに行ってきました。
 

佐倉市①   13基制覇
佐倉市②   2基制覇
成田市    9基制覇
富里市    1基制覇
東金市    4基制覇
八街市    1基制覇
香取市   10基制覇
印西市    2基制覇
四街道市 2基制覇
勝浦市    5基制覇
御宿町    2基制覇
山武市    3基制覇 
銚子市    3基制覇
茂原市    4基制覇
白井市①   1基制覇
白井市②   1基制覇
鎌ヶ谷市   5基制覇
習志野市   3基制覇
大多喜町   2基制覇
いすみ市   5基制覇
市原市    1基制覇
袖ヶ浦市   1基制覇
鴨川市    1基制覇  
南房総市   6基制覇
君津市    3基制覇
富津市    2基制覇
木更津市   1基制覇
野田市    2基制覇
我孫子市   1基制覇
柏市     1基制覇

そして、本日 四街道市で新たに 1基制覇

合計98基制覇したことになります。


通便物の収納量の関係と、老朽化の中
撤去されてしまう丸ポストも多いですが
こうやって復活する丸ポストがあると、なぜか嬉しいものです............。



2014/09/09 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

メロンで満足 (2014年7月31日)(東京都八王子市) 

7月31日 公休日


山梨県北杜市からの帰り道。

くだらない(?)事故のお陰て、平日だと言うのに
中央道上りは、小仏トンネルから談合坂SAまで10数キロの大渋滞。
おまけに、首都高4号線も事故で半蔵門から幡ヶ谷まで渋滞。

さすがに中央道の10数キロの渋滞で疲れ、八王子で高速を降り、
八王子の実家で、休憩&時間調整をすることにしました。


仕事帰りの もっちゃん にメールして南大沢駅にて待ち合わせ。
もっちゃんをピックアップして、そのまま買い物。
コストコでピザを買って、本日の夕食決定。


実家に戻って、ピザの夕食。
食後のデザートに出てきた物は..............


      20140731 メロン05

      
20140731 メロン01



たまたま、頂き物の高級メロンが実家にありました。

う〜む、良い時に実家に立ち寄ったんだなぁ(笑)。



メロンと聞いて、黙っちゃいない。
落ち着かない仔がいます(笑)。


      20140731 メロン02




ひたすら匂いを嗅いで..............


      20140731 メロン03




訴えるような眼つきで、ひたすら もっちゃん を見ています。


      20140731 メロン04



『ちょ〜がないなぁ(しょうがないなぁ)』と言いながら、
もっちゃん は、びいすけ にメロンを食べさせてくれます。


      20140731 メロン06


      20140731 メロン07


      20140731 メロン08


      20140731 メロン09


      20140731 メロン10


びいすけ も大満足。



甘い完熟メロン。
本当に美味しかった。

この日、実家に立ち寄って大正解。
高速の渋滞様々かな?(笑)。



そう言えば、犬には味覚が無いって、何かの本で読んだけど
それって絶対に間違っていると思うのは私だけ?
それとも、びいすけ だけなのだろうか?

キュウリは『ぺっ!』って吐き出すけど、
メロンは絶対に吐き出しません..............(笑)。











2014/09/08 Mon. 13:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...................清春小学校                              (2014年7月31日)(山梨県北杜市) 

7月31日  公休日

前日から山梨県北杜市の城址巡り、廃校巡り、丸ポスト探しをしていました。

笹尾砦跡をあとにして向かったのは

北杜市廃校巡り、第14弾。

          旧・長坂町立 清春小学校跡



清春小学校は

明治4年      中丸村に中丸学校発足
明治8年      中丸村・片颪(かたおろし)村・松向村が合併して清春村となる。
明治16年     清春学校と改称。
明治19年     清春尋常小学校と改称。   
大正14年     1村1校の建前から片颪学校と合併
昭和22年     教育令の改正により清春村立清春小学校と改称。
昭和30年      清春村が日野春村・秋田村と合併して長坂町が発足。
           長坂町立清春小学校と改称。
昭和50年      長坂小学校に統合され、廃校となる。




現在は、清春芸術村として再活用されています。

清春芸術村及び清春白樺美術館は、武者小路実篤や志賀直哉を始めとする白樺派同人による美術館構想を、
親交のあった吉井画廊社長(当時)の吉井長三が私財を投じて実現した。

吉井が、清春小学校(きよはる・しょうがこう)跡地を買い取り、
1980年(昭和50年)4月に「清春アートコロニー」(清春荘)、
翌年の1981年(昭和56年)4月にアトリエ「ラ・リューシュ」を建設。
その後も美術館関連施設を順次建設及び移築、
2003年(平成15年)には白樺図書館が開館しました。


ここはかつての通学路。
桜並木が続く清春小学校でした。


      20140731 清春小学校01



売却されてしまった清春小学校跡地。
清春芸術村として、生まれ変わりました。
校門もその際に撤去されてしまったようです。


      20140731 清春小学校02

最初、往時の門柱をそのまま残していると思いましたが、
敷地内に入らずに、桜並木沿いに歩いていると..............

無残にも草むらに放置されていた門柱。


      20140731 清春小学校05

さすがに、門柱のこの姿を見た時は、少し胸が痛んだなぁ。



通学路をさらに進めば、こんな交通標識。
懐かしいなぁ。


      20140731 清春小学校04

でも廃校から39年。
39年前から通学路じゃなくなっているのに
草に隠れるように、この標識は気配を消していたのか?(笑)。

その割りには錆びて、ボロボロです。


道路(かつての通学路)からフェンス越しに敷地内を覗くと、
気になる石碑を発見!


      20140731 清春小学校06

清春小学校 開校百周年記念碑 と刻まれています。


これは、近くに行って拝まなきゃ!(笑)。




さすがに美術館などがある芸術村と言う名に気遅れして、
犬連れで敷地内に入ることに躊躇してしまいますが、
意を決して、敷地内に入ることにしました。




門をくぐれば、りっぱな建物が目の前に現れます。

アトリエ「ラ・リューシュ」と言うそうです。


      20140731 清春小学校03


アトリエ「ラ・リューシュ」は、
フランスのパリ、モンパルナスのアトリエ、ラ・リューシュ(蜂の巣)を模したモノだそうです。


      20140731 清春小学校13



清春芸術村においても有料の貸しアトリエとして利用することができる施設となっているそうです。
いずれにしても、びいすけ連れては中に入れないので、
こちらで、パチリ☆


      20140731 清春小学校14




あまり、敷地内をウロチョロするのも顰蹙を買いそう。
あくまでも目的は先ほどの石碑。

石碑を目指して、ササクサと歩きます。


      20140731 清春小学校07



石碑に到着。


      20140731 清春小学校10


実は、この開校百周年記念碑が建てられたのが昭和50年。


      20140731 清春小学校11



開校百周年の日を建てた年でもありますが、廃校になった年でもあります。
(正確には開校から103年と石碑の裏面には記されています)


      20140731 清春小学校12


大正14年に片颪学校と合併した時に、この地に校舎が建てられたらしい。
その時に子供達と一緒に植樹した桜。

今では、この地区の桜の名所となっています。


      20140731 清春小学校08


      20140731 清春小学校09



今は、すっかり葉桜ですが
桜の花の季節にはきっと綺麗な桜の花が咲き誇るのでしょう。

校舎もなくなって、学校の面影も少ない。
開校百周年の碑と敷地内の桜の木が学校跡を彷彿させている。

この学校を巣立った子供たちは、桜の花を見て
懐かしい当時のことを思い出すのだろうか....?









2014/09/08 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

笹尾砦    (2014年7月31日)(山梨県北杜市) 

7月31日 公休日


前日から山梨県の北杜市に来ています。
この日も山梨県北杜市の城址巡りをしていました。

北杜市城址巡り第6弾。


          笹尾砦


笹尾砦は

山梨県北杜市(旧北巨摩郡小淵沢町)にあった戦国時代の城塞(崖端城)。
同市史跡。
信濃(長野県)との国境に近い、釜無川の左岸の七里岩の断崖上(標高759m、比高110m)に
築かれていた山城(やまじろ)である。
西側は七里岩の断崖絶壁、東側は深い溺れ谷の城沢にはさまれた要害で、
塁(砦)と呼ばれるものの、6つの曲輪(くるわ)を持つ東西80m、南北260mの本格的な城塞だった。
(ただし、現存する城跡は武田氏滅亡後に、北条氏が整備したものとも考えられている)

甲斐の武田氏をはじめ常陸の佐竹氏、
信濃の小笠原氏・平賀氏、陸奥の南部氏などの祖となった新羅三郎義光(源義光)が
他国からの侵攻に備えて家臣に築かせた砦ともいわれるが確証はない。
また、その築城の経緯は明らかにはなっていない。

笹尾塁が歴史に登場するのは、甲斐守護・武田信虎(信玄の父)による甲斐統一前夜のことである。
信虎は1530年(享禄3)、扇谷上杉朝興の叔母で山内上杉憲房の後室を側室に迎えて、
扇谷上杉氏との関係を強化して北条氏と対抗しようとした。
信虎はこれに反対した奉行衆の今井信是、信元と対立して、
信是と信元は翌1531年(享禄4)1月、飫富兵部少輔らとともに甲府を去って御岳に立て籠もった。
この反信虎陣営に有力国人の大井信業・栗原氏らが加わり、
さらに信濃の諏訪頼満(碧雲斎)に援軍を求めたことにより大規模な争乱へと発展した。

信虎はこれに対抗するため笹尾塁を取り立てて整備し、
諏訪下社牢人衆(諏訪氏と対立する諏訪下社の金刺氏とも推定されているが不明)に立て籠もらせたという。
しかし、笹尾塁は諏訪軍の侵攻により戦わず陥落。
反信虎勢力は府中に進軍した。
ピンチに陥った信虎は出陣して、翌2月2日の合戦で乾坤一擲の勝利を収めて大井信業らを敗死させ、
3月3日の韮崎河原辺の合戦では栗原兵庫ら800余人を討ち取って壊滅的打撃を与えた。

その後、今井信元は居城の獅子吼城(同市)に籠もり抵抗を続けたが、
同年9月に降伏・開城し、信虎の甲斐統一が実現した。

『甲斐国志』などによれば、武田晴信(信玄)の時代には、
狼煙台の一つとして使われ、中腹の洞窟には鐘撞き場がつくられ信濃の危急を知らせた。

その後、織田信長により武田氏が滅亡すると、徳川氏(家康)と北条氏(北条氏直)による
甲斐・信濃をめぐる収奪戦(天正壬午の乱)が行われたが、
北条氏は若神子城(同市)とともに笹尾塁を陣地として取り立て徳川氏に対抗した。
その後、笹尾塁は徳川氏の支配下に置かれたが、その後間もなく廃城になったと考えられている。
曲輪、堀切、土塁などの遺構が残っている。


                                   (Kotobank より引用)




こちらが笹尾砦縄張り図


      笹尾砦縄張り図

                  ( 余胡くんのホームページ  よりお借りいたしました )



笹尾砦は現在、城山公園として整備されています。

公園の駐車場からもアプローチはすごく簡単。
案内板が導いてくれます。


      20140731 笹尾砦26

その笹尾砦ですが、笹尾城と呼ぶ方も居れば
笹尾塁と呼ぶ方も居るようです。
地元では、笹尾塁と呼ばれているようです。


いきなりの空堀登場。


      20140731 笹尾砦25



その空堀に架かる土橋がわかるかな?


      20140731 笹尾砦03



土橋を渡った先には、城址説明板。


      20140731 笹尾砦01


      20140731 笹尾砦02




説明板の先を進めば、二郭虎口。


      20140731 笹尾砦04



カメラの位置をちょっと変えてみると
二郭虎口も雰囲気が変わってくる。


      20140731 笹尾砦05



こちらが、二郭。


      20140731 笹尾砦18




二郭には、色々な説明板が建っています。

こちらは、『馬場の里』の説明板。


      20140731 笹尾砦06



こちらは、『城山(じょうやま)』の説明板。


      20140731 笹尾砦07



二郭は、ぐるっと土塁で囲まれています。


      20140731 笹尾砦08


      20140731 笹尾砦09



二郭北側の土塁の上から、空堀を眺めてみます。


      20140731 笹尾砦19


      20140731 笹尾砦20


それなりの深さと広さがあるのですが、
どうしても画像(写真)だとわかりづらい。





二郭には、展望台も有り中々の景色。

考えてみれば、七里岩の断崖絶壁の地を利して造られた砦だから
眺望は良いのは当たり前。


      20140731 笹尾砦10


      20140731 笹尾砦11







こちらが、主郭。


      20140731 笹尾砦21



主郭には、鐘釣穴の説明板。

正確には主郭よりさらに先(下った)の南側の崖の中腹に
洞穴があり、ここに鐘を設置して通信に用いたようで、
釜無川対岸の鳥原砦へ急を告げていたそうです。


      20140731 笹尾砦12



おそらく、この遊歩道の先にあるのでしょうが
さすがに遊歩道を下って行く元気(下ると言うことは必然的に帰りは上りになる)は、ありませんでした。


      20140731 笹尾砦22


      20140731 笹尾砦23




主郭に広がる土塁。


      20140731 笹尾砦13



土塁の上に上がった びいすけ 。


      20140731 笹尾砦14


      20140731 笹尾砦15



こちらが、主郭虎口。

主郭と二郭の土塁が繋がっていたのを切り離したのか?
完全な堀切となって、今尚その姿を留めています。


      20140731 笹尾砦17



堀切はこんな感じで二郭下まで続いています。


      20140731 笹尾砦16


この坂を下って行けば、土橋。
そして駐車場へと続きます。

駐車場のある辺りが三郭。
そして、さらに奥の藪に入れば四郭、五郭、六郭と続くようですが
公園として整備されているのは、主郭と二郭のみ。

敢えて、今回は主郭、二郭以外はパスしちゃいました。

でも、武田信虎の信濃対策の重要拠点でもあった笹尾砦。
それなりに見応えがありました.....................。




2014/09/07 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...................小淵沢西小学校跡                          (2014年7月31日)(山梨県北杜市) 

7月31日  公休日


前日から山梨県北杜市の城址巡り、廃校巡り、丸ポスト探しをしていました。

小淵沢東小学校跡をあとにして向かったのは

北杜市廃校巡り、第13弾。

          旧・小淵沢町立 小淵沢西小学校跡



小淵沢西小学校は、

これまた、詳細が不明な学校です。

旧・小淵沢町は、平成平成18年に北杜市に編入して消滅しました。
昭和29年に小淵沢村と篠尾村が合併して、小淵沢町が誕生しました。


小淵沢西小学校跡地の地番が北杜市小淵沢町2161。
今でこそ大字、小字がありませんが、
かつてこの辺りは小淵沢村。
小淵沢村時代には、村役場もあった地区で
村の中心地区でもあったようです。
その関係で、その昔にあったであろう小淵沢小学校が
色々と変遷したものかもしれません。
(現在の小淵沢小学校とは別モノになりますが.......)

何せ、ネットで調べても詳しい事はわかりませんでした。

ただ、はっきりわかっている事は、
昭和50年に小渕沢東小学校と統合され、新たに小淵沢小学校が誕生。
小淵沢西小学校、小淵沢東小学校は共に廃校となりました。



現在、小淵沢西小学校跡は、小淵沢総合スポーツセンターとなっています。



こちらが、小淵沢総合スポーツセンターのグランド。


      20140731 小淵沢西小学校06


      20140731 小淵沢西小学校01

おそらく、ここがかつての校庭だったのでしょう。




小淵沢総合スポーツセンターと言う仰々しい名称の施設のため、
一瞬構えてしまいますが、さりげなく散歩を装って探索です。

でも立派な名前だから、犬連れでグランドに行くのには
ちょっぴり勇気がいりました。
何せ、併設の体育館で少年たちの競技会が行われていたようで
体育館前で表彰式を行ってました。

目立たないように、グランドの隅っこを歩いたのは言うまでもない(笑)。


広いグランド。
かつての校庭もこれぐらい広かったのでしょうか?


      20140731 小淵沢西小学校07


      20140731 小淵沢西小学校08



グランド内を捜しまくりましたが、残念ながら
廃校記念碑、二ノ宮像もなく、遊具すら残されていませんでした。


      20140731 小淵沢西小学校09



グランドの奥に見えるのが、スポーツセンターの体育館。


      20140731 小淵沢西小学校10



グランドを出て、フェンス越しに学校跡をぐるっと一周してみます。



明らかに、校門に至る階段だとわかります。

この階段の上が校門。
校門をくぐり、校庭を突っ切って通学していたのでしょう。


      20140731 小淵沢西小学校02




大きな桜の木が、学校跡を彷彿させてくれます。


      20140731 小淵沢西小学校03


      20140731 小淵沢西小学校04



こちらは、別な門跡。
通用門だったのでしょうか?

階段は埋め立てて、法面となっています。


      20140731 小淵沢西小学校05



結局、ぐるっと一周してはみたものの、学校遺構は殆んど無く
先ほどの門跡が唯一の学校の面影を残すものでした。

まぁ、廃校から39年。
こればっかりは仕方ないですね










2014/09/06 Sat. 14:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...................小淵沢東小学校跡                          (2014年7月31日)(山梨県北杜市) 

7月31日  公休日

前日から山梨県北杜市の城址巡り、廃校巡り、丸ポスト探しをしていました。

小淵沢の丸ポストをあとにして向かったのは

北杜市廃校巡り、第12弾。

旧・小淵沢町立 小淵沢東小学校跡



小淵沢東小学校は

詳しい沿革はわかりません。
旧・小淵沢町は、平成平成18年に北杜市に編入して消滅しました。
昭和29年に小淵沢村と篠尾村が合併して、小淵沢町が誕生しました。

小淵沢東小学校跡地の地番が北杜市小淵沢町上笹尾。
この『上笹尾』と言う小字が、篠尾村以前からの小字(上笹尾村)であることからして
その昔、篠尾村にあった篠尾小学校が変遷したものかもしれません。
何せ、ネットで調べても詳しい事はわかりませんでした。

ただ、はっきりわかっている事は、
昭和50年に小渕沢西小学校と統合され、新た小淵沢小学校が誕生。
小淵沢東小学校、小淵沢西小学校は共に廃校となりました。


現在、小淵沢東小学校跡は、小淵沢東スポーツセンターとなっています。



こちらが、小淵沢東小学校跡地。


      20140731 小淵沢東小学校跡01

小淵沢東グランドです。

グランド奥に見える赤い屋根の建物は、校舎かと思いきや
市営住宅(建設時は町営住宅)でした。




グランド周囲には、大きな桜の木が並んでいます。

かつての校庭外周には、桜の木がいっぱい有ったのでしょう。


      20140731 小淵沢東小学校跡02



グランド隅には、遊具があります。
小淵沢東小学校の学校遺構なのでしょうか?

昭和50年に廃校だから、廃校から39年。
微妙ですね。


      20140731 小淵沢東小学校跡03


      20140731 小淵沢東小学校跡04




グランドの奥、市営住宅をぐるっとまわって
校地跡を一周してみます。


      20140731 小淵沢東小学校跡07


      20140731 小淵沢東小学校跡08


      20140731 小淵沢東小学校跡09



この木立の奥に何かがあるようです。


      20140731 小淵沢東小学校跡10



石碑には、『小淵沢東小学校跡』

      20140731 小淵沢東小学校跡05



やっぱり廃校跡には、こういった記念の碑がなくっちゃ!


      20140731 小淵沢東小学校跡06



碑の裏面を確認してみます。


      20140731 小淵沢東小学校跡14


      20140731 小淵沢東小学校跡15



詳しい沿革は記されていませんでしたが
開校は昭和11年と刻まれていました。





もう一度、グランドに戻ってみます。


      20140731 小淵沢東小学校跡11


      20140731 小淵沢東小学校跡12


      20140731 小淵沢東小学校跡13



廃校から39年経って、校庭はグランドに変わったようですが
少年野球のグランドとして活用されているのか?

市営住宅もそれなりの月日が流れ、老朽化してきたのだろうか?
意外に空き家が目立っていた。


今一つ、廃校跡地の活用としては実になっていないような気もするけど、
却って上手く活用している方が少ないのが世の現状。

こればっかりは、仕方ないですね.....................。






2014/09/06 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸ポストを探して.....................山梨・北杜編 その2                      (2014年7月31日)(山梨県北杜市) 

7月31日 公休日

前日に続いて、この日も山梨県北杜市の丸ポスト探し。
と言いながらも、残すは1基。

北杜市は、2004年(平成16年)11月1日に 北巨摩郡須玉町・長坂町・白州町・高根町・大泉村・
武川村・明野村の7町村が合併して誕生しました。
その後、2006年(平成18年)3月15日に北巨摩郡小淵沢町が編入して
現在の北杜市に至っています
従って、北杜市はかなり広い市域となっています。


北杜市に現存する丸ポストは5基
そのうち」4基は制覇済み。

残る1基は

旧・小淵沢町上笹尾 ガラス工房DEEN 前の丸ポスト


      20140731 北杜市丸ポスト②01


      20140731 北杜市丸ポスト②02


      20140731 北杜市丸ポスト②03


      20140731 北杜市丸ポスト②04

これで北杜市の丸ポストも5基を完全制覇。


これまでに

鳴沢村     2基
河口湖町    3基
道志村     1基
上野原市    3基
大月市     2基
西桂町     1基
富士吉田市  2基
北杜市その1  4基

と18基の丸ポストを探して巡ってきました。


そして本日、北杜市の丸ポスト1基制覇
合計19基制覇したことになります。

山梨県内の現存する丸ポストは42基(2014年5月31日現在)

残すは23基。
完全制覇も夢じゃないなぁ..........(笑)



 


2014/09/05 Fri. 16:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて.....................小泉小学校                             (2014年7月31日)(山梨県北杜市) 

7月31日 公休日

前日から山梨県北杜市の城址巡り、廃校巡り、丸ポスト探しをしていました。


小泉分校跡をあとにして、旧・小淵沢町の丸ポストを探しに
旧・長坂町域を快調に車を飛ばしておりました。

ナビの案内では、次の交差点(信号)を左折しろと言う。
交差点の名称は『小泉小学校前』。

いざ左折する際に、何気に信号を見たら交差点の名称が違っている

『あちゃ~ 1本道を間違えたか?』

急いでUターンすると、ナビの表示もUターン。

これって道間違っていないじゃん。
って言うことは、交差点名が変わった?

と言うことは、小学校前の交差点が
小学校前じゃなくなった......?


って言うことは..................、もしや..............?

北杜市廃校巡り  その第11弾

訪れたのは.............北杜市立 小泉小学校  です。


これまた、偶然の産物。
交差点名が変わっていなければ、廃校だとは気づかずに
そのまま小淵沢方面へと車を走らせていました。


小泉小学校は

昭和24年   泉小学校小泉分校の新校舎としてこの地に校舎新築
昭和30年   小泉村が長坂町と合併し、泉小学校小泉分校と新磨分校が合併。
         新たに長坂町立小泉小学校として独立。
         この地にその校舎を置いた。
平成16年   長坂町が他の6町村と合併して北杜市誕生。
         北杜市立小泉小学校と改称。
平成25年   旧・長坂町域の小学校3校(長坂小学校、日野春小学校、小泉小学校)が統合。
         新たに長坂小学校となる。
         小泉小学校、日野春小学校は廃校となる。 


と、このような沿革となっています。


実は、この学校の前に立ち寄った廃校が泉小学校小泉分校跡。
この地に分校の新校舎が建てられる前に分校として機能していた学校。    

小泉小学校としての歴史は浅いですが、前身である小泉分校時代を併せれば、
それなりの歴史のあった学校でした。
廃校とは、残念です。



校舎脇の父兄用(来校者用)の駐車場に車を停めて
校内を探索してみます。


校舎脇から、校庭に降りてみます。


      20140731 小泉小学校01



いきなりの石碑登場。


      20140731 小泉小学校02


小泉小学校跡地 と刻まれています。



     20140731 小泉小学校03



裏面には、簡単な沿革と小泉分校の碑に記されていたような
教育の地を記念して碑を建てると言うニュアンスの文面が刻まれています。


      20140731 小泉小学校04




そして、二ノ宮像。


      20140731 小泉小学校05


      20140731 小泉小学校06



二ノ宮像が見守る校舎には、もう児童は居ません。


      20140731 小泉小学校07




こちらは、遊具。


      20140731 小泉小学校08



広い校庭。


      20140731 小泉小学校10



校舎をバックに校庭の びいすけ 。


      20140731 小泉小学校09





こちらが、正門。


      20140731 小泉小学校13



石造りの門柱。

表札もしっかり残っています。


      20140731 小泉小学校12



昭和33年に建てられたモノのようです。


      20140731 小泉小学校11



正門脇に残る遊具類。


      20140731 小泉小学校14



フェンス沿いには、桜の木が立ち並び
春には見事な花を咲かせることでしょう。


      20140731 小泉小学校15



あれ?

鉄棒横に Cマーク?


      20140731 小泉小学校16




これは、検眼用?
校庭のフェンスに取り付けられているから
まさかの、校舎から検眼チエック?(笑)


      20140731 小泉小学校17


逆に、この検眼用のマーク(?)の位置から校舎をながめてみます。

望遠で寄った玄関。


      20140731 小泉小学校18



校舎に近付いてみましょう。


      20140731 小泉小学校19



先ほどの玄関前にて。


      20140731 小泉小学校20



山梨県によく有る緯度・経度の示された校碑。
ここにも有りました。
まさしく、ここは山梨県なり。


      20140731 小泉小学校21


最近、ふと思ったのだが
校舎の玄関って2つあるってパターン。

一つは、校庭に出入りするためのモノ。
確かに、校庭の奥に正門や通用門がある場合が多い。

そして、もう一つは、児童の下駄箱があったりする
来客用?の下駄箱がある玄関。
こちらが、その玄関。


      20140731 小泉小学校22



そして、こちらは体育館。

学校が夏休みのこの時期。
体育館からは子供たちの声が響いてくる。


      20140731 小泉小学校23


廃校後は、地域のスポーツ施設、
体育館として活用されているのでしょうか?



ナビの交差点表示と実際の表示が違っていなければ
おそらく、そのまま通過して気付かなかった小泉小学校。

偶然の産物ですが、結果的には新・旧の小泉分校の地を訪れる結果となりました。

ひょっとしたら、何かの縁があるのかなぁ..............(笑)。






2014/09/05 Fri. 00:28 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて.....................泉小学校小泉分校跡                         (2014年7月31日)(山梨県北杜市) 

7月31日 公休日

前日から山梨県北杜市の城址巡り、廃校巡り、丸ポスト探しをしていました。


深草館跡をあとにして、旧・小淵沢町の丸ポストを探しに
旧・長坂町域を快調に車を飛ばしておりました。

とある交差点で信号待ちをしていたら
何となく、廃校跡に見える風景が目に入った。


      20140731 旧・小泉学校01



直進するはずの交差点。
迷わず右ウインカーを出して、立ち寄ることにしました。

偶然の産物とは言え、ラッキーでした。
右折して、すぐに門柱を確認。
さらには説明版らしきものも目に入った。

狭い道だから車が停められない。
広場を探してちょっぴり無断駐車。
急いで戻った先は...............................

北杜市廃校巡り 第10弾

             泉小学校小泉分校跡



こちらが、正門。


      20140731 旧・小泉学校04

残念ながら、学校名の表札は外されているから
校名はわかりません。



正門脇に建っていた説明板


      20140731 旧・小泉学校02

小泉学校のあゆみ と題された説明板。

明治6年に創設された公立小学校 谷戸学校がその始まりのようです。
(小荒間村、大井ヶ森村、白井沢村、八戸村、西井出村の5村による)

明治7年       小荒間村に公立小学校 新磨学校を創立
明治8年       5村が合併して小泉村発足
明治11年      谷戸学校、井出学校が統合して泉学校となる。
明治20年      大泉村と小泉村が学校組合を設立。
            それまであった泉学校 小泉学校、新磨学校は統合して
            泉尋常小学校となる

そして

大正3年       この地に泉尋常小学校小泉分教場を設立。
昭和22年      学制改革により泉小学校小泉分校と改称。
昭和24年      泉小学校小泉分校移転。5年生以上が通学する
            旧・小泉分校は小泉分校小泉校舎として4年生以下が通学する。
昭和30年      小泉村が長坂町と合併。
            大泉村と小泉村の学校組合は解散。
            泉小学校小泉分校と新磨分校は統合して長坂町立小泉小学校となる。
            小泉分校と新磨分校は廃校となる。

と、まあこのような沿革が説明版に記されていました。

山梨県に限らず村部が多かった地方は明治の大合併、昭和の大合併で
自自体が変遷し、それに合わせるように小学校も統廃合されたり、独立したりと
もうごっちゃごちゃになっている地区も多い。
この山梨県の北杜地区(旧・北巨摩郡域)も例外ではないようです。



廃校後、この敷地は昭和32年に小泉保育所として利用されていました。
その小泉保育所も平成12年に小荒間保育所と統合され、新地へ移転してしまいました。


現在は、介護老人保健施設となっています。


      20140731 旧・小泉学校17



校門の門柱にも介護老人施設の表札が掲げられています。

どこかに小泉分校の名残がないか?
じっくり見てみましたが見つかりませんでした。


      20140731 旧・小泉学校13



正門脇には見事な桜の木。
学校跡の雰囲気は、バッチリです。


      20140731 旧・小泉学校14


      20140731 旧・小泉学校15


正門から校庭越しに校舎跡を眺めてみます。
さすがに廃校から59年。
この建物は当然、当時のものではありません。


     20140731 旧・小泉学校05



さすがに介護老人施設だから、勝手にズケズケと中を徘徊するわけにも行きません

びいすけ を連れて入れるのはここまでか........?


      20140731 旧・小泉学校11



かと言って、敷地内に何やら石碑らしきものがあるし
なんと言っても遊具もしっかり残っている。

フェンスに びいすけ を繋ぎ留め
意を決して、介護施設に声をかけてみます。

たまたま応対に出てくれた男性職員さん。
自宅でビーグルを飼っているということで
『建物の中に入らないなか構いませんよ』と快諾してくれました。

ビーグル飼いに悪い人は居ない!

今日からこの言葉を信条にします(笑)。


ありがたい言葉に甘えて敷地内を探索させてもらいます。



こちらは、遊具類

廃校から59年。
ましてや、廃校後は43年間保育所として活用されていたわけだから
当時のモノかと言えば...........微妙ですね。

      20140731 旧・小泉学校07


      20140731 旧・小泉学校08


      20140731 旧・小泉学校09


      20140731 旧・小泉学校10


      20140731 旧・小泉学校12


敷地内には石碑が2基。

こちらは、文面はわからないけれど
小泉分教場の同窓会が建てた石碑。


      20140731 旧・小泉学校16

大正15年に建てられたモノのようです。

 
そして、こちらが気になっていた石碑


      20140731 旧・小泉学校03

しっかりと、 『小泉学校跡地』 と刻まれている。

裏面にはこんな文面も刻まれています。


      20140731 旧・小泉学校06

『   平成十六年十一月一日長坂町は
    他の六町村(明野村7、須玉町、
    高根町、大泉村、白州町、武川村)と
    合併して北杜市となる。
    この機会にこの地の教育の歴史を
    辿り後日の資とするものである

         平成十六年十月三十一日   
                       長坂町     』

建立日は平成16年10月31日。
すなわち長坂町最後の日。

これって、すごいって思っちゃいます。


平成の大合併で統合され消え去っていく町の名前
そして廃校となって忘れ去られていく学校
いつまでもこの地の人々に、
かつてこの地に、こんな町があり、こんな学校があった。
いつまでも忘れないでいて欲しい...........

そんな想いがこもった石碑なんだなぁ............。

ちょっぴり感動しちゃいました。


偶然、通りすがりに発見した廃校跡ですが
忘れられない出会い。
そして、いつまでも記憶に残る廃校跡でした...............。




2014/09/04 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

深草館跡 (2014年7月31日)(山梨県北杜市) 

7月31日 公休日

前日から山梨県北杜市に来ています。
この日も山梨県北杜市城址巡りをしていました。

北杜市城址巡り第5弾。

                深草館跡


深草館跡は

長坂町大八田の南新居集落の北側にある中世の館跡です。
北、東、南の三方を掘り切って台地から切り放し、
西側は西衣川を堀として利用していて、
堀の内側には高さ1~2メートルの土塁が巡っています。
大きさは東西約50メートル・南北約130メートルで、
現在は南北二つの郭ですが、かつては南郭をさらに分ける土塁がありました。

この館跡は谷戸城に対する居館とも逸見清光の嫡男光長の居館とも伝えられています。
『甲斐国志』には、戦国末期の人物である堀内下総守の居館でしたが
その子主税助のとき疲弊したとあります。
館の外郭部にあたる北東側台地では発掘調査が行われ、
15世紀から17世紀にかけての遺構・遺物が発見されました。

深草館跡は遺構の保存状態が良く、中世の館の姿を今日に伝えています。
また、周辺には国史跡谷戸城跡や
大量の古銭が出土した小和田遺跡といった中世の遺跡が数多くあり、
中世史研究の上でも重要な史跡です。

                    (北杜市HP より引用)




こちらが深草館の縄張り図


      深草館縄張り図

                   ( 余胡くんのホームページ  よりお借りいたしました )




三方を堀り切られ、西衣川を天然の堀として要害性の高い深草館。

西衣川に架かる丸太橋を渡って城内(館内)に入ります。


      20140731 深草館跡01


      20140731 深草館跡19



丸太橋を渡れば、ちょっとした上り。
振り返ってみるとこんな感じ。


      20140731 深草館跡18



そしていきなりの虎口。


      20140731 深草館跡02



そして、虎口の先は土塁にぐるっと囲まれた郭となります。
この郭を主郭とする説とこの奥にある郭を主郭とする説と
諸説はありますが、広さで言ったらこちらの郭の方は狭い。
となれば、こちらが主郭か?

丸太橋を渡った虎口が大手口とするならば
こちらの郭は二郭に当たることになる..............

正直、わかりません。

便宜上、こちらの郭を北郭と呼びましょう。


      20140731 深草館跡03



北郭をぐるっと取り巻く土塁。


      20140731 深草館跡04


      20140731 深草館跡05


      20140731 深草館跡06


こちらの郭を北郭と呼んだからには、奥の郭は南郭。

北郭から見る南郭の虎口。


      20140731 深草館跡07



南郭は北郭よりも広い。

そして、北郭同様に周囲を土塁が取り巻いています。


      20140731 深草館跡08


      20140731 深草館跡09


      20140731 深草館跡10


      20140731 深草館跡12




南郭の びいすけ 。
びいすけ の背後が北郭の虎口。


      20140731 深草館跡11



虎口のズームアップ。


      20140731 深草館跡13


さらに南郭の奥へと進めば土塁。


      20140731 深草館跡17




土塁の奥は堀り切り。

単なる空堀かと思いましたが、水の流れる音がする。
こちらも天然の川を堀としているのかもしれない。


      20140731 深草館跡14


      20140731 深草館跡15


      20140731 深草館跡16





深草館跡から見る谷戸城址。

確かに近い距離にあります。


      20140731 深草館跡20

谷戸城に対する居館とも伝えられている所以は、この距離にもあるのでしょう。

単なる館跡だと思っていた深草館跡。
しかし、四方を土塁で囲まれた、しっかりとした2つの郭を有し
ヘタな城郭よりも要害性に富み、戦国時代から数百年経った今でも
その遺構をはっきりと残す城郭であり、
いいものを見せてもらったと思わずにはいられません......................









2014/09/03 Wed. 16:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

金生遺跡 (2014年7月31日)(山梨県北杜市) 

7月31日 公休日

この日は、前日より山梨県北杜市に出掛けていました。

谷戸城址をあとにして、深草館跡へ向かう途中、
ナビに史跡らしい表示が出た。

『金生遺跡? 何それ?』

思わず、独り言。


どうやら、深草館跡に行くには、金生遺跡の前を通るようだ。

ならば、立ち寄るしかないなぁ..............


と、立ち寄ったのが

          金生遺跡



金生遺跡(きんせい いせき)は、
山梨県北杜市大泉町谷戸寺金生(旧北巨摩郡大泉村)に所在する遺跡。
国指定の史跡である。

縄文時代の集落跡や祭祀施設と、中世の城館跡や集落跡が複合した遺跡。

県北西部に位置し、八ヶ岳南麓の尾根上に立地する。
標高は760-80メートル付近。
旧大泉村域の最南部に位置し、縄文遺跡が集中する北側をA地区、
中世の遺跡が集中する南側をB地区として区分されている。

A地区の縄文遺跡では、住居址群と配石遺構や石組など埋葬施設や
祭祀施設が複合した遺跡であることが特色とする。
八ヶ岳山麓は縄文時代の遺跡が濃密に分布する地域で、
富士山や奥秩父連山をはじめ、後世に信仰の対象となった山々を望むことができる立地にあり、
旧大泉村域でも縄文前期後半の天神遺跡をはじめ大規模な集落遺跡が見られ、
祭祀的遺構も多い。

金生遺跡は気候が寒冷化し遺跡数も減る縄文後晩期の遺跡で、
山梨県内でも同時期には集落跡と祭祀施設が複合した遺跡が出現している。

                           (Wikipedia より引用)


こちらが、金生遺跡。

さすがに国指定の史跡。
看板からして立派です(笑)。


      20140731 金生遺跡01


      20140731 金生遺跡02




案内板によれば、縄文時代の復元住居が有るらしい。


      20140731 金生遺跡03



こちらが、その復元住居。


      20140731 金生遺跡04



何気に近寄ってみます。


      20140731 金生遺跡05




恐る恐る近寄って中を覗く びいすけ 。


      20140731 金生遺跡06



父:『何かあったかい?』

び:「何もないよぉ」

言葉にはしませんが、目でそんな会話をします。
見事なアイコンタクト(冗談です)(笑)。


      20140731 金生遺跡07



いきなり、 びいすけ がゴロ〜ん。
芝生(?)が気持ち良いのか?


      20140731 金生遺跡08



それともミミズでも居るのか?
まさか、縄文時代のミミズ?(そんな馬鹿な?)(笑)


      20140731 金生遺跡09




復元住居は3棟。


      20140731 金生遺跡10



こんな感じで並んでいます。


      20140731 金生遺跡11


金生遺跡そのものは、もっと広いのだろうが
整備されて保存されているのは、この辺りのみ。

周辺は一面の田圃で、むしろ田圃の中にポツンと公園がある。
まさに、そんな感じです。


      20140731 金生遺跡12




まるで公園のような遺跡に入る時には気付かなかったけれど、
入口には門(?)を意図しているのか?
一対の石のオブジェが有りました。


      20140731 金生遺跡13


      20140731 金生遺跡14

何と無く見たようなことがあるような形。

よぉ〜く考えて思い出した。
手塚治虫の漫画『火の鳥』で、こんな形の石って出て来なかったっけ?



そんな事を思いながら、深草館跡を目指すのでした.....................。









2014/09/03 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

谷戸城址 (2014年7月31日)(山梨県北杜市) 

7月31日 公休日

前日から山梨県北杜市に来ています。
この日も山梨県北杜市城址巡りをしていました。

北杜市城址巡り第4弾。

           谷戸城址



谷戸城(やとじょう)は、山梨県北杜市大泉町谷戸にあった城郭。
形式は山城。国の史跡に指定されている。

平安時代には常陸国那珂郡武田郷から源義清・清光親子が
甲斐国市川荘(現在の市川三郷町)へ流罪される。
逸見荘へ拠った逸見清光(冠者)の子孫は甲斐国各地で
勢力を拡大し、甲斐源氏の祖となった。
谷戸城は清光の居城と伝わり、江戸時代に成立した『甲斐国志』によれば
清光は1199年(正治元年)に城内で死去したという。
『吾妻鏡』の治承4年9月15日(1180年10月5日)条に拠れば、
武田信義ら甲斐源氏一党は源頼朝の挙兵に際して「逸見山」に集結し
頼朝からの使者を迎えたとあり、
北杜市域に複数候補のある逸見山所在地のひとつと考えられている。

戦国時代には武田晴信 (信玄)期の信濃侵攻に際して
侵攻ルートの中継地点になっていたとも考えられており、
家臣駒井政武の日記『高白斎記』の天文17年9月6日(1548年10月7日)条に拠れば
「矢戸御陣所」の記述がある。
また、『国志』によれば武田氏滅亡後の遺領を巡る天正壬午の乱に際しては、
1582年(天正10年)に徳川氏と甲斐領有を巡る相模国の後北条氏が入ったといわれる。
1825年(文政8年)の村方明細帳にも記録が残る。

                                   (Wikipedia より引用)



こちらが谷戸城の縄張り図


      谷戸城址縄張り図

                ( 胡くんのホームページ  よりお借りいたしました )






谷戸城ふるさと歴史館の脇に建つ城址碑。


      0140731 谷戸城址02


      0140731 谷戸城址03

どうせなら、歴史館の敷地の隅っこじゃなく、
本丸(主郭)にで〜んと建てれば良かったのに。



城址碑に隣接するように建つ公園案内板。

谷戸城址一帯は、やまなし歴史文化公園として整備されているようです。


      0140731 谷戸城址04




城址入口に建つ説明看板。
縄張り図も載っていて見やすく、親切このうえない。


      20140731 谷戸城址01




城址入口で口を開けている空堀。
雑草に覆われているから画面では確認しづらいけれど
それなりの規模の空堀です。

この辺りが、谷戸城の大手口にあたります。


      0140731 谷戸城址05



大手口からの登城路を上って行きます。

僅かながらの高さの土塁が所々に残っています。


      0140731 谷戸城址06


      0140731 谷戸城址07




こちらが、四郭。


      0140731 谷戸城址08



さすがに、この時期だと雑草が多く今一歩把握しづらい。


      0140731 谷戸城址09



こちらが、五郭。


      0140731 谷戸城址10

同じく雑草に覆われ、郭全体を把握しづらい。




案内板に従い、ニ郭、三郭に向かいます。


      0140731 谷戸城址11


こちらは、二郭虎口。


      0140731 谷戸城址14



そして、こちらが二郭空堀。


      0140731 谷戸城址12


同じく二郭空堀。


      0140731 谷戸城址13



そして、こちらが三郭の空堀。


      0140731 谷戸城址15

下草さえ無ければ、それなりの規模が画面でも伝わるはずなのですが..............。



谷戸城の面白いところは郭の構成。
普通、三郭→ニ郭→主郭と構成されるのに
三郭(主郭西側)→主郭←二郭(主郭東側)と言った構成です。




そして、こちらが主郭。


      0140731 谷戸城址16



やはり、主郭も一面の雑草に覆われています。

奥に見えるのが主郭東側の虎口。


      0140731 谷戸城址17



主郭に立つ びいすけ。


      0140731 谷戸城址18


望遠レンズでズームアップしようと思っていたら
いきなりゴロ〜ん。


      0140731 谷戸城址20

あ〜、やめて!

思わず叫んじゃいます。
数日前にフロントラインをしましたが、
さすがに雑草の中でのゴロ〜んは勘弁してちょ!



こちらが、主郭西側の虎口。


      0140731 谷戸城址21


そして、こちらが主郭東側の虎口。


      0140731 谷戸城址24



こちら側(主郭東側)には説明板も用意されています。


      0140731 谷戸城址22



確かに、虎口の土塁も立派。


      0140731 谷戸城址23



びいすけ も草むらで伏せをしてくつろぎ状態。


      0140731 谷戸城址25


虎口の土塁の上から主郭内部をぐるっと眺めてみます。

主郭を取り巻く土塁が確認出来ます。


      0140731 谷戸城址26


      0140731 谷戸城址27



ガスっていて、視界は良好ではありませんが
雲一つ無い好天ならば、この方角には南アルプスの山々が見えるはず。


      0140731 谷戸城址28



主郭南側下に広がる空堀と帯郭。


      0140731 谷戸城址29


      0140731 谷戸城址30


      0140731 谷戸城址31



帯郭の先は搦め手。

この先を下って行けば、搦め手口。


      0140731 谷戸城址32


      0140731 谷戸城址33


      0140731 谷戸城址35


そして、こちらが搦め手口。


      0140731 谷戸城址36



搦め手口の先には出丸跡。

この出丸にある『丸山のモミ』。
樹齢200年を越す巨木。
旧・大泉村の天然記念物でありました。
現・北杜市の天然記念物でもあります。


      0140731 谷戸城址37


      0140731 谷戸城址38



モミの木の脇に祀られた祠。


      0140731 谷戸城址39



出丸跡から坂道を上り、大手口へと向かいます。

位置的には、三郭の下になるのだろうか?

写真に撮りませんでしたが、北斜面(城塁)が広がっています。


      0140731 谷戸城址40




再び大手口に戻り、空堀に沿って探索します。

かなり埋れていますが、空堀が堀底路として奥まで続いています。


      0140731 谷戸城址41



この辺りは木々も適度に伐採されていて、管理がしっかりされてい感じがします。

やっぱり、下草や雑草がなければ山城は歩きやすいし、
それなりに堪能出来ます。


      0140731 谷戸城址42


      0140731 谷戸城址43




南側からの谷戸城址遠景。


      0140731 谷戸城址44




国の史跡に指定され、公園整備もされ、遺構もしっかりと残されているのですが
いかんせん訪れた時期が悪かったようです。
とにかく草に覆われた城址。
雑草さえ無ければ見応えのある城址。
そんなイメージが強かった谷戸城址です。
それなりの規模で、歩き応えのある城址です。

雑草のない時期にリターンマッチですね。
多くの桜の木が植えられ、春には桜の名所とも言われているようで
再訪するのなら、桜の花の時期に訪れたいものです。


2014/09/02 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

吐竜の滝 (2014年7月31日)(山梨県北杜市) 

7月31日 公休日

1泊2日の北杜市旅行。

題して

『びいすけ と行く北杜市 城址と廃校、そして丸ポスト探しの旅』

2日目の始まりです。

マッキンをあとにして、最初に向かった先は..............

           吐竜の滝





吐竜の滝(どりゅうのたき)は、
山梨県北杜市大泉町西井出にある滝。

清里高原の川俣東沢渓谷自然観察園内にある。
落差10メートル、幅15メートルの滝です。



駐車場に車を停めて、いざ吐竜の滝へ..............


駐車場すぐ近くに建つ看板。


      20140731 吐竜の滝01


      20140731 吐竜の滝02



しっかり案内表示も有るから、迷わずに行けます。


      20140731 吐竜の滝03



吐竜の滝までは、森の中の遊歩道を歩きます。

ちょっとしたハイキング気分に包まれます。


      20140731 吐竜の滝04


      20140731 吐竜の滝05


      20140731 吐竜の滝20




5分ほど歩けば、やがて川俣川のほとりに出ます。


      20140731 吐竜の滝19


この橋を渡れば、間もなく吐竜の滝。


      20140731 吐竜の滝17


      20140731 吐竜の滝18




吐竜の滝が見えて来ました。


      20140731 吐竜の滝06


      20140731 吐竜の滝14


      20140731 吐竜の滝15


水量が少ないのか?
はたまた、元々こう言った流れなのか?

3本の筋の滝の流れです。


      20140731 吐竜の滝12



向かって左の流れ。


      20140731 吐竜の滝09



向かって右の流れ。


      20140731 吐竜の滝10



さすがに水辺に近いからか、この辺りは本当に涼しい。


      20140731 吐竜の滝11



びいすけ もマイナスイオンを体で感じとっているんだろうか?


      20140731 吐竜の滝13



心なしか、気分良さそうな顔をしているようにも見えるのですが..............。


      20140731 吐竜の滝16


いつになく、凛々しい顔付きに見えるのは私だけ?
(これって単なる親バカです)(笑)。



でも暑い夏の日に、ひと時の涼とマイナスイオンを求めて
こうやって滝巡りをするのも、楽しいモノです..............。





2014/09/01 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit