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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

小田城址    (2014年3月9日)(茨城県つくば市) 

3月9日  公休日

この日は茨城県のつくば市に出掛けました。

つくば市には、国史跡である 城郭跡があります。


国史跡であれば、一度は見ておきたい。
そんな思いで向かったのは小田城址




小田城とは
小田城は、鎌倉期から戦国期まで小田氏の居城であり、
その始まりは小田氏の祖八田知家が文治元年(1185年)に常陸守護に任命されて
当地に移って居館を構えたことによると云われる。

その後、南北朝期には、当主小田治久が南朝方に属し、
小田城は常陸南部における南朝方の拠点となり、
北畠親房や春日顕国なども入城している。

下って戦国時代の弘治・永禄年間、当主小田氏治は佐竹氏・多賀谷氏・真壁氏や
越後の上杉謙信、小田原の後北条氏らと抗争を繰り返した。
後北条氏と結んだ小田氏治は、永禄7年(1564年)に山王堂の戦いで上杉謙信に敗れるなど
苦戦を強いられ、激しい小田城争奪戦が繰り広げられる。
天正元年(1573年)の手這坂の戦いに敗れ、小田城は佐竹氏のものとなり、
翌元亀元年に太田資正が城主になり、同三年に資正の子の梶原政景が城主になった。
のち、佐竹氏の一族小場義宗が城主になったが、
慶長七年(1602年)に佐竹氏の秋田移封に伴って廃城になった。

                 (Wikipedia より引用)








小田城址そのものが、この地区では観光資源でもあるため、
小田地区の民家の塀に、大きな案内看板が掲げられていました。


      20140309小田城址01



縄張り図も掲げられていますが、正直言って数百m離れているこの場所より
現地の入口に掲げたらいかがでしょうか?

      20140309小田城址02




こちらが、小田城址の縄張り図

      小田城址縄張り図

          (余胡くんのホームページ からお借りしました)





駐車場がないから、適当な空き地に車を停めて
案内板に導かれるように本丸跡を目指します。

      20140309小田城址20


嫌な予感..............

見たくない部類の看板です。

      20140309小田城址21


肝心の小田城址と言えば..............

      20140309小田城址03

只今、絶賛工事中。

整備工事中のため、中には入れません。


は〜い、思っ切り工事中で
ダンプも虎口を平気で突き抜けて行きます。

      20140309小田城址18


仕方ないので、土塁と掘りの間に設けられたサイクリングロードを
土塁沿いに歩きます。

確かに堀は残されています。

      20140309小田城址04


      20140309小田城址05


この橋も通行止め。
出丸にも行けません。

      20140309小田城址06

さすがサイクリングロードを歩くだけじゃつまらないから
それらしき土壇を見つけると、突撃開始!

      20140309小田城址12


      20140309小田城址13


土壇を登りきった所には、小田城址の碑がありました。


      20140309小田城址07


      20140309小田城址08



確かに、本丸跡も工事中。

      20140309小田城址10


この辺りにあったと思われる小田城址の碑(石柱)も
工事期間中は移設されているようです。

      20140309小田城址09


土壇の上から周辺を眺めてみます。

      20140309小田城址11





土壇から降りて、再びサイクリングロードを歩きます。
城内(郭内)に入れないから何とも言えないけれど、
サイクリングロードから見る城址は見事な土塁、そして堀。

正直、それしか分からない。


ただ、土塁も整備されているから、角々しいと言うか
角ばった感が強く、歴史の重みを今一歩感じ取れない気がする。

      20140309小田城址14


      20140309小田城址15


保育園裏手にある土塁。

こちらは、今回の整備工事には関わりがない場所のようで
年季の入った土塁のように見えます。
近年、人の手が入っていない感がいいですね。


      20140309小田城址16


      20140309小田城址17



縄張り図を見ても、自分が何処にいるのかも
今一歩分かりづらい。

説明看板らしき物も遊歩道に掲げられていますが、
肝心の遊歩道が工事中。
カラーコーンで行く手を阻まれます(笑)。


      20140309小田城址19


とにかく、訪れた時期が悪かった。
せめて工事整備中って知っていれば..............


絶対にリベンジで再訪するぞ!!

そんな決意を胸に、この地をあとにしました。



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2014/03/15 Sat. 14:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............つくば市立大形小学校                            (2014年3月9日)(茨城県つくば市) 

3月9日  公休日


茨城県つくば市には、廃校になった小学校が3校あると知り、
廃校を訪ねてみました。

訪れた廃校は     つくば市立大形小学校



大形小学校は

明治12年    筑波郡大形村に大形小学校として創立。
昭和22年    近隣の村々が合併し小田村となり、小田村立大形小学校と改称。
昭和30年    近隣の町村合併により小田村は筑波郡筑波町と合併し、
          筑波町立大形小学校と改称。
昭和63年    筑波町がつくば市に吸収され、つくば市立大形小学校と改称。

平成20年    小田小学校に統合され、129年の長き歴史の幕を下ろし、廃校となる。




ネットで調べた住所を頼りにナビに案内されるままに運転したら
大形小学校の裏手に着いてしまいました。



      20140309大形小学校01

車で来ると、校門らしき物もなく、
いつの間にか学校に到着って感じです。


体育館脇をぐるっと回って、正面に出ます。




こちらが、小学校跡の石碑。


      20140309大形小学校02


      20140309大形小学校03


石碑の裏には廃校時の文言が記されていますが
御影石だから、写真に私と びいすけ がしっかりと反射して
映り混んでしまってます。


      20140309大形小学校25



こちらは、大形小学校創立百周年の石碑。


      20140309大形小学校04



大形小学校は廃校後、つくば市の総合教育研究所として
再利用されているようです。


      20140309大形小学校05

      20140309大形小学校08




こちらが、体育館。


      20140309大形小学校06



こちらが校舎。


      20140309大形小学校07




校舎全景。


      20140309大形小学校09



校舎の裏手は小高い台地と言うか、大形小学校そのものが台地の上に建ち、
さらに奥には、花崗岩が露出した小さな山があります。


岩崎山と言うようです。


      20140309大形小学校11



お地蔵さんも祀られています。


      20140309大形小学校10



こちらが校庭。


      20140309大形小学校12

残念ながら、鉄棒や滑り台といった遊具は既に撤去されてしまったようです。



こちらがプール。


      20140309大形小学校23


      20140309大形小学校24



プール脇を下る細い道があり、
おそらく児童たちはこの道で通学をしていたのでしょう。

その道を下ってみました。

下り道の途中には鹿島神社が鎮座していました。


      20140309大形小学校13



さらに下ると、こんな石柱が目に止まります。


      20140309大形小学校14

これぞ、学校遺構ですね。

校門ではないけれど、刻まれた文字が時代を感じさせます。




そして、手書きの案内看板。

やはり、この細い道は通学路だったんですね。


      20140309大形小学校15



でも、どう見たって鹿島神社の参道なんですけど.......


      20140309大形小学校16



こちらが、鹿島神社の一の鳥居。
先ほどの大形尋常小学校の石柱の脇に建っています。


      20140309大形小学校17

そして、鳥居の前には石碑群。


せっかくだから、参道を再び小学校に戻る形になるけど歩きます。


      20140309大形小学校18



こちらが鹿島神社の拝殿。


      20140309大形小学校19



拝殿の扁額。


      20140309大形小学校20



そして、こちらが本殿。


      20140309大形小学校21

本殿の背後にかすかに見えるのが、大形小学校の校舎。

大形小学校は鹿島神社の真裏の台地に建てられたんですね。


本殿の隣に見慣れた石像。


      20140309大形小学校22

何と、鹿島神社の境内に(本殿の脇に)二ノ宮像がありました。

えっ!?
鹿島神社って大形小学校の一部?
そんな疑問も湧いたりします。


この坂道を毎日登って通い、そして学び
下校時には、鹿島神社の境内でかくれんぼ。

そんな楽しい小学生生活を大形小学校の児童たちは
過ごして来たのだろうか?

愛知県の田舎で小学生時代を過ごした私たちは
学校近くの神社が遊び場でもありました。
学校帰り、まっすぐに帰らず神社に寄って、
蝉捕りやクワガタ虫捕りに夢中になった遠い昔を思い出してしまいました。


遠い遠い昔の思い出です。




 
2014/03/15 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit