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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

伊東公園 (2013年12月25日)(静岡県伊東市) 

12月25日


伊東市内の丸ポストを探しに伊東公園にやって来ました。
本来ならば、丸ポストを見つけたから、次なる丸ポストへ移動となり、
足早に立ち去るのですが、伊東公園前の丸ポストが伊東市最後の丸ポストだったため、
急ぐこともないし、せっかくだから、伊東公園を散策することにしました。

      20131225伊東公園02


      20131225伊東公園25


と、言いながらも伊東公園は現在、一部整備中。
展望台を新設しているようです。

      20131225伊東公園03



公園の案内看板で現在地を確認。
散策ルートを決め込みます。

      20131225伊東公園04



小さな池ですが、雰囲気は良い。

      20131225伊東公園05



池の前で 『はい、ポーズ!』

      20131225伊東公園06




高台の台地頂上を目指して、遊歩道を歩きます。

      20131225伊東公園07


      20131225伊東公園08


知らなかったのですが、伊東公園と李王家とは、それなりの関係があったようです。

      20131225伊東公園09


李王家は

李氏朝鮮の歴代国王を出した家系です。
1910年(明治43年)に、韓国併合条約が漢城(現在のソウル特別市)で調印され、
大日本帝国は大韓帝国を併合し、その領土であった朝鮮半島を領有しました。
李王家は韓国併合後は日本の王公族となり、皇族に準じる待遇を受けたが、
第二次世界大戦後の日本国憲法施行に伴いその身分を失った

その李王家の邸宅は東京都の千代田区に有りました
現在の旧赤坂プリンスホテルの旧館がその邸宅でした。
(赤坂プリンスホテルは廃業して解体されましたが、李王家邸宅であった旧館は残されています)

その李王家の別荘だったのがこの伊東公園です

正確に言えば、李王家の別称跡地を終戦後譲り受け、
伊東公園となりました。

この高台に至る遊歩道の途中に郭のような削平地があり
四阿が建てられています。
その辺りが、李王家の別荘地跡になります。
(写真は撮り損ねてしまいました)

      20131225伊東公園10


朝鮮統合は明治43年だから、それ以前のこの地は何だったのでしょうか?

高台の台地に至る遊歩道には土塁っぽい土壇があり
中世の城館跡に見えなくもないけれど、
そうだったと言う文献もありそうにない。

      20131225伊東公園11


      20131225伊東公園12


      20131225伊東公園13


こちらが、伊東公園の高台の頂上の広場。
完全な削平地。
やっぱり曲輪跡に見えてしまいます(笑)。

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      20131225伊東公園15


      20131225伊東公園16



広場の中央には、地元・伊東市が生んだ偉大な文学者、
木下杢太郎の文学碑が建っています。

      20131225伊東公園17

五双と三双の二つの屏風型をした風格ある石碑には、
杢太郎の「むかしの仲間」(すかんぽ)の詩が刻まれています。


こちらは、杢太郎の碑。

      20131225伊東公園18



伊東公園の高台のから眺める伊東市街。

確かに眺望の良い場所です。

      20131225伊東公園19


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      20131225伊東公園22


こちらが、新たに建設中の展望台。
この工事のため、公園整備中になっているんですね。

      20131225伊東公園20


眼下の広場では、子供たちが遊んでいます。
市民の憩いの場として活用されています。

      20131225伊東公園23


子供達が遊んでいた広場まで降りて、振り返って見ると……………

やっぱり城址っぽく見えてしまう。

      20131225伊東公園24



偶然訪れた公園だけど、なかなか味のある公園。
建設中の展望台が完成したら、
もう一度市街地の眺望を見に来ることにしよう……………………。






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2014/01/16 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit