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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

景ヶ島渓谷 《景ヶ島九折滝 屏風岩の滝》(2013年12月24日)(静岡県裾野市) 

12月24日 公休日


葛山館跡から千福城址へ移動するのに、川沿いの道を走っていました。
進行方向左側にこんな説明看板を見かけた..........

      20131224景ヶ島渓谷01


すぐさま、Uターン。そして看板を確認。
どうやらこの辺りは、  景ヶ島渓谷  らしい
近くの公園の駐車場に車を停め、散策してみることにしました。

      20131224景ヶ島渓谷02



階段を降りて渓谷に向かうと、すぐに橋があり
橋から小さな滝が見えました。


どうやら、 景ヶ島九折滝  と言うらしい。

      20131224景ヶ島渓谷04

      20131224景ヶ島渓谷03



滝っぽく見えないけれど......
ズームで寄ってみるとこんな感じ

      20131224景ヶ島渓谷22


      20131224景ヶ島渓谷23




橋を渡った先には、こんな標柱が建っています

      20131224景ヶ島渓谷05

裾野市指定の景勝地だそうです


確かに奇岩がゴロゴロとしています

      20131224景ヶ島渓谷06


この写真を撮ったあと、実は苔に滑って びいすけ が川に落ちました(笑)
浅瀬だったので、足の付け根ほどの深さでちょっぴり服も濡れましたが
すぐさまリードを引っ張って事なきを得ました




さらに奥にはお堂が建っています

お堂の壁には古めかしい観光案内の看板
以前はこの辺りは葛山村だったようです。

      20131224景ヶ島渓谷07


お堂だと思っていたら、依京寺と言うお寺でした。

      20131224景ヶ島渓谷08



下流に屏風岩というところがあるようなので
川沿いの道を歩いて行きます

確かにこの辺りは渓谷
それらしい雰囲気が漂っています。

      20131224景ヶ島渓谷21



5分ほど歩けば、屏風岩の説明看板に出会えます

      20131224景ヶ島渓谷09


案内看板に導かれ、川辺へと向かいます

      20131224景ヶ島渓谷20



こちらが屏風岩

      20131224景ヶ島渓谷15


富士山の噴火で玄武岩が急速に固まったため、
岩肌が数え切れない六角形の柱を形成し、柱状節理となっています。
『屏風岩』の『柱状節理』を直接観察できる貴重なものとして学問的にも価値が高く、
平成3年に静岡県指定名勝に指定されているそうです



この屏風岩も素晴らしいが、真の目的はそれじゃない。

実は屏風岩にも滝があるとのことで、
その滝を眺めに来ました



こちらが、 屏風岩の滝

      20131224景ヶ島渓谷14


      20131224景ヶ島渓谷12


      20131224景ヶ島渓谷13



少し距離がありますがズームで撮るとこんな感じ。


      20131224景ヶ島渓谷10


      20131224景ヶ島渓谷11





中洲っぽい砂地があるので、そちらに移動してみました。

      20131224景ヶ島渓谷17


      20131224景ヶ島渓谷18




ズームで寄るとこんな感じ

      20131224景ヶ島渓谷16



そんなに大きな滝ではありませんが
屏風岩の柱状節理の隙間から流れ落ちる滝

      20131224景ヶ島渓谷19



奇岩と滝の組み合わせ
とっても珍しいモノを見せてもらった..........

そんな満足感に心満たされました.............。


 
 
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2014/01/08 Wed. 17:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

葛山館跡 (2013年12月24日)(静岡県裾野市) 

12月24日 公休日


葛山城址のすぐ近く、直線距離でも数百mの距離に
葛山氏の居館跡とされる葛山館跡があります。


葛山館は

葛山氏が平時に居館としていたとされるところで単郭式の城館です。
葛山城が戦時の『詰の城』とされていたようですが築城時期が定かでないのと同様
葛山館も築城時期が定かではありませんが、
室町期に駿東一帯を支配した大森氏が小田原城に本拠を移した際に、
一族の葛山氏がこの地に居住したと言われています。
とは言え、戦国時代の葛山氏は甲斐の武田、駿河の今川、相模の北条という強国に囲まれ、
一族の存続のため、そして生き残りをかけて、当初は今川氏に任え、
北条氏の娘を娶り血縁関係を結び、さらには武田信玄に内通するなど
数奇な運命をたどった日本戦国史の中では特異な武家であったようです。




こちらが、葛山館跡の縄張り図
余胡くんのホームページからお借りしました。)

      20131224葛山氏館跡縄張り図



三方を土塁で囲まれた葛山館跡

北側の道路に面した土塁の前には説明版が建っています

      20131224葛山氏館跡01



案内板の脇に北側の虎口があり、そこから館内に入ります。

      20131224葛山氏館跡02



館内は思ったより広い
100m×100mほどの単郭館です

見所は北側の土塁

      20131224葛山氏館跡03


      20131224葛山氏館跡04


      20131224葛山氏館跡05



高さ2mほどの土塁がしっかりと残されています

      20131224葛山氏館跡06




こちらは北西の虎口

      20131224葛山氏館跡07



西側の土塁
こちらもしっかりと綺麗な形で残されています

      20131224葛山氏館跡08


      20131224葛山氏館跡09




こちらは南西の虎口

      20131224葛山氏館跡10


      20131224葛山氏館跡11




南西の虎口から見た館内
こうやって見ても、やっぱり広く感じます。

      20131224葛山氏館跡12



館内(郭内)は一部畑と化していますが、芝生部分も多い。

      20131224葛山氏館跡13


      20131224葛山氏館跡14




南側の土塁跡(?)
辺りが畑と化しているので土塁が削られてしまったのだろうか?
往時はもっと高さがあったのかもしれない

      20131224葛山氏館跡15




葛山館跡郭内から眺める葛山城址
画像の真ん中が仙年寺。
その背後の山が葛山城址。

      20131224葛山氏館跡16


葛山城址(仙年寺)から車で移動しちゃったけれど、
車を止める場所がなくて路上駐車しちゃいました。
そんなに歩いても距離がないから、仙年寺の駐車場に車を停めて
葛山城址とセットで見学するのが正解ですね............




 
2014/01/08 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit