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び・び・びのびいすけ

1日遅れの『うちの仔記念日』 (2014年1月24日) 

1月24日 公休日


本当は前日の昨日(1月23日)が記念日ですが
体調が思わしくなく、買い物にも出掛けず
ひたすら寝てました。

さすがに何日もびいすけをほぼ放ったらかし状態だったため
外出ついでに、千葉ニュータウンのイオンに寄って
びいすけのケーキを買って帰りました。


いろんなケーキがあって目移りしちゃいます

      20140124うちの子記念日01


      20140124うちの子記念日02


      20140124うちの子記念日03



選んだケーキがこちら

      20140124うちの子記念日04



2010年1月23日から家族となった びいすけ 。
一日遅れたけれど、我が仔になってくれて丸4年。

丁度、転勤(職場異動)で生活環境が変わるから
何か今までと違った生活環境に変化を付けたいのと
自分自身の節目の年代を迎えるアニバーサリーに迎え入れた びいすけ 。


長いようで短く、あっと言う間の4年間でした。


しかし、あのままだったら、
きっと味気ない4年間だったと思うけれど
びいすけ のおかげで色々な意味で成長出来た4年間でした。




晩御飯も終えて………

さぁ、びいすけ 。
ケーキの時間だよ。


      20140124うちの子記念日05



『待てだよぉ〜、 まだ待て!』

      20140124うちの子記念日06



ひたすら、『よし!!』のコマンドを待ってます。

      20140124うちの子記念日07



もう、そろそろいいかな?

      20140124うちの子記念日08



『よ〜し!!』

      20140124うちの子記念日09



コマンド確認するや否や、ペロペロモードに突入。

      20140124うちの子記念日10


ひたすら、クリームを舐めまくり
ケーキを堪能しているようです。

      20140124うちの子記念日11

たいした金額のケーキじゃないけれど
びいすけ は、かなり喜んでくれたようです。


う〜ん、
何かの記念日を設けて(勝ってな理由付け)
ちょこちょこケーキでも買ってあげる事にしようかな?



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2014/01/31 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて 布鎌小学校東分校跡 (2014年1月24日)(千葉県印旛郡栄町) 

1月24日 公休日


この日は公休日。
久しぶりの外出となります。

実は、1月5日に脚立から落っこちて
左尾骶骨をしこたま痛打し、痛みに苦しんでました。
おまけに1月16日の夜から38.5℃の熱が出て
どうやら風邪を引いてしまったようで
休みの日(1月17日、18日、23日)もひたすら寝てました。
と言うのも例年1月は毎週末に職場の停電作業(年次法定点検)があって
勤務日に休むわけにも行かず、辛かったぁ
休みの日に体調を戻し、出勤してぶり返すと言う繰り返し。
正直、辛かったなぁ。


体調も何とか平静を保つ(本当かな?)ようになり
フラストレーションの溜まり気味なびいすけを連れて出掛ける事にしました。


向かった先は
印旛郡栄町立布鎌小学校東分校跡


東分校は
明治6年  布鎌村和田地区の浄正寺に東小学校を創設
明治19年  東小学校に尋常科を設置し、布鎌尋常小学校と称する
明治22年  東校を分校とする
明治25年  東校が独立し、東尋常小学校と称する
明治40年  東校を廃止し、布鎌尋常高等小学校分教場とする
        (1学年ないし4学年の単級編成)

昭和30年 布鎌村が安食町と合併し栄町が発足
      栄町立布鎌小学校東分校となる 

平成12年 本校と統合廃校となる


と。このような沿革を経ています。


廃校から既に14年近くが経とうとしています。
校舎は既に解体され、ここが学校跡だったことは
中々、推測することは出来ません。

実は予め住所を調べていたから、ナビにセットしたものの
案内されたのは、お寺の駐車場。
周辺をかなり歩き回って、学校跡らしきモノを探しましたが
何も見つからず、まさかこのお寺の駐車場の周辺が学校跡だとは思いもしませんでした。


近隣を何度も歩き回り
誰かに尋ねようと思ったけれど
誰にも出会わない

そうしていると高台の道から下の原っぱに何かがあるのを見つけた。

      20140124布鎌小学校東分光01


『廃校記念碑か?』と急いで原っぱに駆け下りて確認すると
廃校の碑ではなく、布鎌小学校開校百周年の碑でした。

      20140124布鎌小学校東分光08


      20140124布鎌小学校東分光09


開校百周年の碑があるということは
紛れもなくこの地が東分校跡であるという証
やっと見つけた~っていう感じです。



しかしながら、廃校跡地は完全な荒地
後者は完全に解体されており、
子供たちが遊んだであろう遊具等の残骸もなく
寂しいものです


      20140124布鎌小学校東分光03


      20140124布鎌小学校東分光04




このお寺の山門脇にかつては校舎があったそうです
いまは、更地となってお寺の駐車場になっています

      20140124布鎌小学校東分光05



かつての校庭跡も今は草が茫々。
ちょっと見じゃ、ここが学校跡だなんて分かりません。

      20140124布鎌小学校東分光06


      20140124布鎌小学校東分光07



草が茫々状態でも、ちょっとした空間を探して、はい、ポーズ

      20140124布鎌小学校東分光10


      20140124布鎌小学校東分光11





この辺りにかつての木造校舎が建っていたようです。

      20140124布鎌小学校東分光12


布鎌小学校のHPから借用した、当時の画像がこちら

        東分校


        東分校2






今は山門もポツンと場違いと言うか、
山門だけがポツンと建っていると、
何やら場違いな雰囲気さえ感じてしまいます。

      20140124布鎌小学校東分光13



山門脇のかつての校舎跡から校庭あとを眺めてみます。

      20140124布鎌小学校東分光14


14年前まで、ここに残されていた木造校舎。
いつ頃解体されたかは知らないけれど
地域の公民館とか、交流センターのような形で残せなかったのだろうか?

      20140124布鎌小学校東分光15


      20140124布鎌小学校東分光16


せめて、校舎跡の一角にでも、廃校の碑を残して欲しかった。

地域の人間ではないけれど、
きっと地域の人々もそんな思いはあるんじゃなかろうか.........?


 
 
 
 



2014/01/30 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

今日の散歩@佐倉城址公園  (2014年1月11日) 

1月11日 公休日



1月4日に脚を捻ってしまったようで
この日まで経過を観察していました。

実は、1月5日に仕事中に携帯電話で話しながら脚立に上っていたら
足を踏み外してしまい、1.2mの脚立ごと倒れ、
思い切り、左尾骶骨を痛め、びいすけ共々びっこを引きながら歩く生活を続けています。


そんなこともあって、この日はびいすけの様子の確認も含め、
昼間の明るい内に散歩と相成りました。

と言うのも5日から9日まで5連勤。
散歩は真っ暗な早朝5時頃と、真っ暗な夜8時頃のため
びいすけの歩様がしっかり確認出来ない。

今日は、しっかりと歩様を確認します。


まずは、自宅周辺。

      20140111佐倉城址公園01


      20140111佐倉城址公園02


      20140111佐倉城址公園03

びっこも引かず、大丈夫そう。

階段もリードを引っ張りながら元気に上がって行きます。


      20140111佐倉城址公園04


せっかくだから、駅まで足を伸ばしてみましょう。

      20140111佐倉城址公園05




スタコラさっさと元気良く歩いています。

      20140111佐倉城址公園06


      20140111佐倉城址公園07


大丈夫そうですね。

      20140111佐倉城址公園08


せっかくだから駅を超えて、佐倉城址公園まで足を伸ばしましょう。

      20140111佐倉城址公園09


      20140111佐倉城址公園10


さらに軽快に歩いてくれます。

歩様も問題なさそうです。

      20140111佐倉城址公園11



無事、佐倉城址公園に到着。

      20140111佐倉城址公園12


しかし、この辺りで、私が限界。
左尾骶骨が未だ痛く、びいすけの引っ張るリードの振動が尾骶骨に響きます。


『お〜い びいすけ 。 そんなに強く引っ張っちゃダメ〜!』

そんなお願いをしつつの散歩です。

      20140111佐倉城址公園13



いつもより、距離は短く時間は長く。
そんな佐倉城址公園の散歩と相成りました。


姥が池から梅園を抜け………。

      20140111佐倉城址公園14


      20140111佐倉城址公園15



二の丸から本丸土橋を渡って本丸へ…………。

      20140111佐倉城址公園16


      20140111佐倉城址公園17


こちらは、本丸空堀。

いつ見ても
立派な空堀です。

      20140111佐倉城址公園18



こちらが本丸広場

      20140111佐倉城址公園19



今日はロングリードじゃないし
足が痛くなったら困るから、走らないよ~


      20140111佐倉城址公園20

キョトンとした顔をしています(笑)


こちらは三の丸の空堀

この空堀のなだらかな曲線美が好きです........


      20140111佐倉城址公園21









以前、大手門跡の脇には千葉県営住宅が建っていた。
老朽化もあってか? 取り壊しの工事が始まったのは知っていた。

久しぶりに大手門跡に来たら………。

すっかり取り壊されて、更地になっていた。

      20140111佐倉城址公園22


個人的な意見ではあるが、
何年(いや、何年どころではなかったかも知れない)も誰も住んでいない古びたアパートを残しているよりも
こんな感じで何もないけれど、芝生があって
かつてここに佐倉城の大手門があった。
そんな殺風景な雰囲気だけど、この緑の大手門跡は新鮮だ。

      20140111佐倉城址公園23

このまま、ここには何も建てないで
城址公園の一角として、このままの形で遺して欲しいなぁ………。


そんな事を思いながら
左尾骶骨の痛みに耐えながら、びっこを引きながら
家路を急ぐのでありました。



 
2014/01/29 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

急遽、病院へ..............   (2014年1月4日) 

1月4日 公休日




夕方の16時過ぎに散歩に出掛けました。

散歩の途中で、前を歩く びいすけ が見知らぬオバちゃんに、
いきなり声をかけられました。

『あんよ痛いの?』


『えっ!』って思わず聞き返してしまいました。

『びっこ引いて歩いているから、あんよ怪我していない?』って言われ
その時、初めてびっこを引いていることに気が付きました。

正面から びいすけ を見ていたそのオバちゃんは
びっこを引いていた びいすけ がかなり気になったようでした。

確かに正面に回って、 びいすけ を呼ぶと
多少、右前脚をびっこ引きながら歩いてくる。


ドッグランから駐車場へ向かう導線も
自宅へ戻ってから、部屋の中をウロウロと歩き回っている時も
びっこを引かずに普通に歩いていたから安心していたんだけど…………。


びいすけを抱きかかえて、取るものも取らずに
すぐさま病院へと向かいます。

しかし、この日は1月4日。
まだ新年ボケで近くの二軒の病院も休み。
電灯も灯っていなくて、真っ暗。
私の心も真っ暗な闇に包まれ始めます。


確か、市役所の近くにも病院(佐倉動物病院)があって、
以前フィラリアの予防薬を処方してもらった事がある。
車を飛ばして、病院に電灯が灯っていて一安心。
急遽、診察をお願いすることにしました。


待合室で呼ばれるまで順番待ち。
この待ち時間が意外に長く感じたりして………。


      20140104病院01


当の びいすけ は至って元気そう。
元々、痛みを我慢するのか?
びっこを引いていてもキャンとか泣き声も出さない。

      20140104病院02


その上、興味津々なのか?
やたらと動き回り、落ち着きがない。
おまけに、こういう時は何故か?びっこを引いていない(笑)。

      20140104病院03



順番が来て、いよいよ診察です。

まず、先生と一緒に外に出て、 びいすけ を歩かせます。

先生の所見も確かに右前足をびっこ引きながら歩いていることを確認。


診察室に戻り、触診。

      20140104病院04


痛がる素振りもないから、まず骨折はない。
昼間のドッグランの出来事を話したら、
『おそらく体格差のあるワンちゃんと遊んだ時に軽く脚を捻ったんでしょう。』
と言う事で、一週間様子を見ることになりました。

炎症止めの錠剤を処方して貰い、この日は帰る事になりました。

      20140104病院05



先生からは、一週間から10日は安静。
外出禁止 (えっ! ウンチどうするの?)って言われ
困った顔をしたら、ウンチも極力、家でして欲しいって言われたけれど
びいすけには、それは無理。

この日から、毎朝、毎夜の散歩は隣の公園。
オシッコとウンチをしたら、すぐ帰ると言う味気ないものになりました........。






2014/01/28 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

北総花の丘公園ドッグラン  (2014年1月4日)(千葉県印西市) 

1月4日 公休日


印旛七福神巡りの後に向かったのは

北総花の丘公園ドッグラン。


1月4日と言えば、まだまだ新年の休みの最中の人も多いはず。
ましてや、土曜日だからドッグランに来る人も多いでしょう。
そんな期待を胸に秘め、 びいすけ の走り初めになります。


とは言いつつも、いつものようにフェンス周りの匂い嗅ぎから始まります。

      20140104北総ドッグラン05


      20140104北総ドッグラン06


      20140104北総ドッグラン07


芝生の匂いも確認します

      
20140104北総ドッグラン11



地面もしっかり匂いの確認

      20140104北総ドッグラン12


      20140104北総ドッグラン13




この日は、既に何頭かのワンちゃんが来場していて
見慣れた顔って言うか、見慣れたワンちゃんも多かった。
 
この仔も何度か見かけた仔。
名前は........、毎回聞くのだが、いつも忘れてしまう(笑)おあ

確か、ノア(ちゃん?、くん?)だったような気もするけれど
自信がない..........

      20140104北総ドッグラン01



今日も、びいすけ の事が気になるのか?

      20140104北総ドッグラン02


      20140104北総ドッグラン08



びいすけ の気を引くように盛んに誘ってくれます。

      20140104北総ドッグラン03


      20140104北総ドッグラン04


いつしか、 びいすけ も臨戦モードに突入。
って言っても、ガウガウするわけではなく
ワンプロモードに突入です。

      20140104北総ドッグラン09


      20140104北総ドッグラン10



そう言えば、以前ほどこうやってワンちゃんと遊ぶって言うことが
更に少なくなってきたので、久しぶりに見る光景に心が踊ります。

      20140104北総ドッグラン14


      20140104北総ドッグラン15


      20140104北総ドッグラン16


      20140104北総ドッグラン17




ノアちゃん(? くん?)が びいすけ から離れると
何処かでスイッチが入ったのか?

暫し、激走モードに入ります。

      20140104北総ドッグラン18


      20140104北総ドッグラン19


今年になって初めての激走。

走れ〜! びいすけ!!

      20140104北総ドッグラン20



ボーダーの仔を追いかけ、そして追い越し
またまだ走る気満々?

      20140104北総ドッグラン21


      20140104北総ドッグラン22


健気にこちらに向かって走ってくる姿を見ていると
ついつい、嬉しくなってしまいます。

      20140104北総ドッグラン23



前を遮るワンコが居ようが、ささっと交わして
こちらに走って来ます。

      20140104北総ドッグラン25


      20140104北総ドッグラン26


      20140104北総ドッグラン24



さすがに、これだけ走ったら
体も暑くなるでしょう。

スカジャンを脱いだら、再びノアちゃん(?、くん?)の登場。

      20140104北総ドッグラン27


      20140104北総ドッグラン28

暫し、ワンプロで遊んでいましたが
ワンプロの最中に脚でも捻ったのか?
はたまた先程の激走で肉球でも痛めたのか?
時折、右前足をビッコ引く素振りを見せたので
大事をとって引き上げることにしました。



駐車場へ向かう動線を力強くリードを引っ張る姿を見て少し安心。

久しぶりのドッグランに、少しはしゃぎ過ぎちゃったのかも知れませんね...........。



2014/01/27 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

印旛七福神巡り⑦   寿老人  《東祥寺》  (2014年1月4日)(千葉県印西市)(旧・印旛村) 

1月4日  公休日


現在は印西市になってしまいましたが、旧・印旛村にも
『印旛七福神』と称して、七福神巡りがあるようなので
近場と言うこともあって、印旛七福神巡りをしてみました。
近場と言いながらも、徒歩では回りきれないので
車で七福神巡りと相成ります。

印旛七福神巡り。
続いて訪れたのは、旧・印旛村鎌苅地区にある     東祥寺


ここ東祥寺には七福神の寿老人が祀られています。



この参道の奥が東祥寺

      20140104印旛七福神⑦01


こちらが東祥寺の鐘楼門

      20140104印旛七福神⑦02

万治元年(1658)以前のものであるという。
鐘楼堂と一体になっている山門は珍しく、
東祥寺唯一の古い建物であるとされています。

この鐘楼門が中々味があります。

      20140104印旛七福神⑦04


      20140104印旛七福神⑦11




こちらが、本堂。

      20140104印旛七福神⑦07




こちらが、お目当ての寿老人。

      20140104印旛七福神⑦05


      20140104印旛七福神⑦06



とにかく、この東祥寺は由緒ある寺院であると言われています。


東祥寺は、537年の歴史があり、
大本山總持寺の直末、普蔵院、又末の龍門寺、孫末の長國寺、曾孫末の東祥寺と続く
由緒正しきお寺であるとされています。

東祥寺の末寺は七ヶ寺あり、高岩寺・広済寺・慈眼寺・新願寺・龍淵寺・慶昌寺・慈本寺がありますが、現在、新願寺は廃寺になっています。

高岩寺や慶昌寺もこの東祥寺の末寺だったんですね。


さすが、537年の風格が成せる技なのか?
今回、印旛七福神巡りをした中でも別格な気さえしてきます。

正直言って、鐘楼門は感じるモノがあったけれど
それ以外の建物には感じるモノが無かった。
しかしながら、この東祥寺が持つ空間と言うか
雰囲気と言えばいいのだろうか?
何か感じさせるモノがあった。


それは、このような巨木であったり、

      20140104印旛七福神⑦03



このような土塁であったり、

      20140104印旛七福神⑦08


こんな空間に何かを感じてしまったようです。

      20140104印旛七福神⑦09


      20140104印旛七福神⑦10



こちらが、御神木。
お寺なのに御神木とは『?』って言う感じですが、
鐘楼門の隣にあり、樹齢800年といわれています。

      20140104印旛七福神⑦12



帰りしな、駐車場(って言っても消防団の倉庫脇の空き地)に戻ると
目の前に、東祥寺総門の碑を発見。

537年前には、ここに立派な総門が建っていたのだろうか?

      20140104印旛七福神⑦13

総門が有ったこと自体、かつては大きな寺であっただろう。
そして、それはこの東祥寺が紛れもなく、由緒ある寺院だったことを物語っているのだろう。


そんなことを思いながら、無事、印旛七福神巡りは完了となりました。

七福神巡りって、意外に面白く、病みつきになっちゃうかも...............(笑)


2014/01/26 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

印旛七福神巡り⑥   大黒天  《慶昌寺》  (2014年1月4日)(千葉県印西市)(旧・印旛村) 

1月4日 公休日


現在は印西市になってしまいましたが、旧・印旛村にも
『印旛七福神』と称して、七福神巡りがあるようなので
近場と言うこともあって、印旛七福神巡りをしてみました。
近場と言いながらも、徒歩では回りきれないので
車で七福神巡りと相成ります。

印旛七福神巡り。
続いて訪れたのは、旧・印旛村萩原地区にある     慶昌寺


ここ慶昌寺には、大黒天が祀られています。


こちらが、慶昌寺


石段を登れば、山門。そして本堂。

      20140104印旛七福神⑥01


      20140104印旛七福神⑥02


      20140104印旛七福神⑥03


      20140104印旛七福神⑥04


こちらが、本堂。

      20140104印旛七福神⑥05


本道の脇には大黒天

      20140104印旛七福神⑥06


大黒天は

インド出身の神様。
梵語で摩訶迦羅(マハーカーラ)。マハー(大いなる)カーラ(黒)を漢訳して
大黒天または大黒神といい、仏教に採りいれられ、悪鬼と戦う勇猛な護法の軍神となる。
もともとは甲を付け、右手に鉾、左手に宝塔を持ち邪鬼か岩座の上にたっていた。
鎌倉時代から室町時代にかけて、字音が大黒と大国が同じ事から、
出雲大社の大国主命と結びつき、現在のような打ちでの小槌を持ち、
大きな袋を担ぎ、福徳円満な純和風な大黒天となりました。


      20140104印旛七福神⑥07




こちらが、鐘楼堂
「幸福の鐘」と銘され、誰でも自由に鐘を打てるらしい。

でも。、流石に鐘は打ちませんでしたけど.........

      20140104印旛七福神⑥08



こちらは千手観世音堂

      20140104印旛七福神⑥09


こちらも本堂の裏山はそれらしい雰囲気。
竹藪に入り込んで登っていく道が..........

裏山を探索したい衝動を抑えます(笑)


      20140104印旛七福神⑥10




谷戸を挟んだ反対側の台地は、ちょうど鳥見神社がある辺り。


      20140104印旛七福神⑥11



こちらの墓地の石仏群も地震の影響か?
何体かが倒壊されたままでした。

      20140104印旛七福神⑥12


鐘楼堂の脇には筆塚碑

      20140104印旛七福神⑥13



とりあえず、これで大黒天にも会えました

これまでに、毘沙門天、福禄寿、恵比寿、布袋尊、弁財天、
そして大黒天と出会うことができました。

残すはあと一つ、寿老人。

最後の七福神に会いに行きましょう............。


 
 



2014/01/25 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

印旛七福神巡り⑤   弁財天  《迎福寺》  (2014年1月4日)(千葉県印西市)(旧・印旛村) 

1月4日 公休日


現在は印西市になってしまいましたが、旧・印旛村にも
『印旛七福神』と称して、七福神巡りがあるようなので
近場と言うこともあって、印旛七福神巡りをしてみました。
近場と言いながらも、徒歩では回りきれないので
車で七福神巡りと相成ります。

印旛七福神巡り。
続いて訪れたのは、旧・印旛村吉高地区にある     迎福寺

ここ、迎福寺には弁財天が祀られています。


こちらが、迎福寺。

      20140104印旛七福神⑤01


      20140104印旛七福神⑤02



大きくて、立派な本堂です。

      20140104印旛七福神⑤03



本堂脇に、弁財天の石像。

      20140104印旛七福神⑤04


      20140104印旛七福神⑤05



小さいながらも、ここには七福神もありました。

      20140104印旛七福神⑤06


      20140104印旛七福神⑤07


って言うことは、ここで一発で七福神が出来ちゃうの?

でも、それって有り難みが薄いかも?
やっぱり、七福神全てを回り尽くすと言う行為に価値があると言うか
御利益があるんだよね……?(笑)



本堂の裏山も私を『おいで〜、おいで〜!』と誘っているように
まぁ、いい雰囲気を醸し出している。   

20140104印旛七福神⑤08

この竹藪の奥になにがあるのか?
興味は尽きないところですが…………。


とりあえず、印旛七福神の弁財天にも会えました。

これで、毘沙門天、福禄寿、恵比寿、布袋尊、弁財天と
5つの福神様に会うことが出来ました。

さぁ、次なる福神様に会いに行きましょう。







2014/01/24 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

印旛七福神巡り④   布袋尊  《円蔵寺》  (2014年1月4日)(千葉県印西市)(旧・印旛村) 

1月4日 公休日


現在は印西市になってしまいましたが、旧・印旛村にも
『印旛七福神』と称して、七福神巡りがあるようなので
近場と言うこともあって、印旛七福神巡りをしてみました。
近場と言いながらも、徒歩では回りきれないので
車で七福神巡りと相成ります。

印旛七福神巡り。
続いて訪れたのは、旧・印旛村山田地区にある     円蔵寺


ここ、円蔵寺には布袋尊が祀られています。


こちらが、円蔵寺山門。

      20140104印旛七福神④01


門の前には、仁王像。

      20140104印旛七福神④02


      20140104印旛七福神④03


そして、狛犬。
なぜ?
お寺の山門に狛犬?

先日来(静岡県裾野市 普明寺)から
お寺と狛犬の関係が今一歩理解出来ていません。

(それについては、いずれじっくり調べる事にいたしましょう。)



しかしながら、山門前は賑やかです。(笑)

      20140104印旛七福神④04


山門の瓦には紋まで入ってます。

      20140104印旛七福神④05


さらには、山号まで掲げられています。

      20140104印旛七福神④11

うっ! 読めません(涙)。

(どうやら、 霊岩山 と読むらしい)

正式名称は 霊岩山 円蔵寺 と言うらしい。




しかぁ〜し、立派なのは、ここまで。


ひとたび(一度)山門をくぐれば………………

      20140104印旛七福神④10





あるはずの本堂がない!!

      20140104印旛七福神④08




本当にお寺の建物が無いんだけど?

      20140104印旛七福神④07



かすかに、本堂っぽい面影のある玄関だけど、
こっちは、お寺の関係者の住居部分でしょ?

      20140104印旛七福神④06

まさか、廃寺?

山門に戻ると………………

      20140104印旛七福神④12

朽ち果てた看板が立て掛けてありました。


 

こちらが、本堂の無くなった敷地内の片隅、
ちょうど墓地の脇にある、布袋尊。

布袋尊は
笑門来福、夫婦円満、子授けの神様として信仰されています。
中国出身の禅僧で、唯一実在した人物。
その容姿から知恵を授け、福徳と円満な暮らしを与えてくると言われています。

      20140104印旛七福神④09


      20140104円蔵寺



この廃寺のような状況を見てしまうと、複雑な気分ですが
とりあえず、布袋尊の参拝完了。
これで、印旛七福神、
毘沙門天、福禄寿、恵比寿、布袋尊と4つの福神様に会えました。

さぁ、次なる福神様に会いに行きましょう。



※※後日、ネットで調べたら、円蔵寺の新しい本堂は、
この場所から100mぐらい先に新しく建立されたそうです。
決して、円蔵寺は廃寺ではありませんので、あしからず…………。

2014/01/23 Thu. 17:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

印旛七福神巡り③   布袋尊  《西定寺》  (2014年1月4日)(千葉県印西市)(旧・印旛村) 

1月4日 公休日


現在は印西市になってしまいましたが、旧・印旛村にも
『印旛七福神』と称して、七福神巡りがあるようなので
近場と言うこともあって、印旛七福神巡りをしてみました。
近場と言いながらも、徒歩では回りきれないので
車で七福神巡りと相成ります。

印旛七福神巡り。
続いて訪れたのは、旧・印旛村山田地区にある     西定寺


この西定寺には、布袋尊が祀られています。

って言うか、境内ではなく、駐車場の一角に
布袋尊の石像がありました。

      20140104印旛七福神③01


      20140104印旛七福神③02



どうやら、印旛七福神は石像が境内、
ないしは敷地内に祀られているようです。

この西定寺で七福神巡りは3ヶ所目ですが
初めて、幟を見ました。
これが無いと、どうも活気が無いような気がします。

旧・印旛村がなくなっちゃって印西市に吸収合併されたものの、
元々印西市には、印西七福神って言うモノが有ったから
それで今イチ盛り上がりがないのでしょうか?
何となく、そんな気がしてしまいます。



こちらが、西定寺。

      20140104印旛七福神③03


      20140104印旛七福神③04




西定寺の本堂。

      20140104印旛七福神③05



山号は 華光山

      20140104印旛七福神③06



この辺りは、印旛沼のすぐ近く。
田畑の耕作地が西定寺の近くに多く、
おそらく、江戸時代に印旛沼が開拓されたのだろう。

西定寺本堂の裏手には、小高い台地があります。

      20140104印旛七福神③07


開拓地平野に、ぽっかりと小高い台地。
それが城館跡っぽく見えてしまいます。

      20140104印旛七福神③08


      20140104印旛七福神③09


      20140104印旛七福神③10


台地の一部も農地と化しているため、立ち入り禁止の柵が有って
不必要に入り込めないけれど、土塁っぽい土壇もある。
気になるなぁ………………。



本堂の前には幾体もの観音菩薩。

      20140104印旛七福神③11



でも、1番の発見は ドラえもん のお地蔵さん。

      20140104印旛七福神③12


      20140104印旛七福神③13


ちょっぴり、茶目っ気を感じてしまいました。


さぁ、これで印旛七福神のうち、
毘沙門天、福禄寿、布袋尊と3つを制覇。

次なる七福神を目指しましょう。


2014/01/23 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

印旛七福神巡り②   福禄寿  《高岩寺》  (2014年1月4日)(千葉県印西市)(旧・印旛村) 

1月4日 公休日


現在は印西市になってしまいましたが、旧・印旛村にも
『印旛七福神』と称して、七福神巡りがあるようなので
近場と言うこともあって、印旛七福神巡りをしてみました。
近場と言いながらも、徒歩では回りきれないので
車で七福神巡りと相成ります。

印旛七福神巡り。
続いて訪れたのは、旧・印旛村岩戸地区にある     高岩寺


高岩寺には、福禄寿が祀られています。


福禄寿は
長寿・幸福の徳を持ち、招徳人望の神様として信仰されています。
ご神名は伊装諾尊。
長寿の神ですが、一般には人々の幸福、授かる財物、
人々の寿命を司る神様として親しまれています。


こちらが、高岩寺。
県道64号線沿いに、この高岩寺はありました。

      20140104印旛七福神②05


      20140104印旛七福神②06



石柱の門が山門。


最近知ったのですが………………。

かつて多くの寺が山にあったことから
寺の名称を山号と呼び、寺の門を山門と言うらしい。

てっきり、木製で屋根があって、開閉出来る門を
山門と言うのだと勘違いしていました。


こちらが、本堂。

      20140104印旛七福神②07


本堂の前にある、これは何なんでしょうか?

      20140104印旛七福神②08



本堂脇の石仏群。

      20140104印旛七福神②09


境内の片隅にそっと置かれていた鬼瓦。
昔の本堂にでも飾られていたものでしょうか?

山号が入った珍しい鬼瓦

      20140104印旛七福神②04

正式名称は 梅林山 高岩寺 と言うんですね



境内の駐車場の片隅に、福禄寿の石像。

      20140104印旛七福神②01


      20140104印旛七福神②02


なぜか、お寺の境内に神社が有ったりして………

      20140104印旛七福神②03

朱色の鳥居に神額が飾られていないから
どちらの神様かはわかりませんが………



とりあえず、これで印旛七福神の二ヶ所目を廻り終えたことになります。

毘沙門天、福禄寿と来て、
さぁ次はどの福神様に会うのかな………?






2014/01/22 Wed. 17:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

印旛七福神巡り①   毘沙門天  《万福寺》  (2014年1月4日)(千葉県印西市)(旧・印旛村) 

1月4日 公休日


元旦の日に、佐倉の七福神巡りをしました。

これが意外に面白く、ネットで七福神巡りを調べてみると
千葉県内に七福神巡りが意外に多いのに気づきました。

成田市(旧・下総町)や印西市、白井市や習志野市、
市川市や八千代市にも七福神巡りがあるようです。

現在は印西市になってしまいましたが、旧・印旛村にも
『印旛七福神』と称して、七福神巡りがあるようなので
近場と言うこともあって、印旛七福神巡りをしてみました。
近場と言いながらも、徒歩では回りきれないので
車で七福神巡りと相成ります。


印旛七福神巡り
最初の訪問先は      万福寺



旧・印旛村の吉田地区にある万福寺には
毘沙門天が祀られています。




こちらが、万福寺山門。

      20140104印旛七福神①01


この山門は由緒ありそうですね。

      20140104印旛七福神①02





こちらが毘沙門天。

毘沙門天は
インド出身の神様。
仏教四天王の一人。
多聞天とも言われており、さらに金毘羅の別名もあり、
招福利財・融通招福の神として広く親しまれています。


      20140104印旛七福神①03


      20140104印旛七福神①04



こちらが、ビンズル尊(なでぼとけ)。

      20140104印旛七福神①05

なでぼとけヒンズル尊とは石像の頭をさすった手を自分の頭に当てると
頭が良くなると言われているらしい




山門は古めかしくて、それなりの雰囲気はあるのですが、
本堂は鉄筋造りで、何となく味気ない気がしてしまいます。

      20140104印旛七福神①09


本堂の脇に建つお堂は、時代を感じてしまいます。

      20140104印旛七福神①06



境内を少し散策してみます。

      20140104印旛七福神①08


もう、あの地震から4年近く経ちますが
今だに墓地の墓石が倒壊しています。

      20140104印旛七福神①07



こちらは、山門脇に建ち並ぶ石碑、墓石群。

      20140104印旛七福神①10


      20140104印旛七福神①11




山門の看板には、新年の飾りでしょうか?
真新しい竹が添えられていました

      20140104印旛七福神①12




山門辺りに居たら、近隣のワンちゃんが吠えだし、
世間はまだ、正月気分の抜けない1月4日の朝早くから
界隈に犬の吠え声が響き渡り………………

      20140104印旛七福神①13



早々に撤収と相成りました。

とりあえず、これで印旛七福神の毘沙門天は制覇いたしました。






2014/01/22 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り⑦  布袋尊 寿老人 《宗園寺》 (2014年1月1日)(千葉県佐倉市) 

1月1日 公休日

この日は佐倉七福神巡りをしてみました。

七福神とは、福徳の神として信仰される七神、
一般に大黒天、恵比寿、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋尊をいいます。
福神の信仰は古くからありましたが、室町時代以降に一般化し、
江戸時代後半に特に盛んになりました。
仏教の七難即滅七福即生の思想を受け、
七福神をお参りすると七 つの災難が除かれ、
七つの幸福が授かるといわれています。



麻賀多神社をあとにして、向かった先は 大聖院

大聖院は
鎌倉時代に開山された真言宗豊山派の寺院です。
本尊は大日如来です。
宮小路武家屋敷の奥に位置し参拝客や散策する人々の姿が多く見受けられます。


この大聖院には、佐倉七福神の 大黒天 と 布袋尊 が祀られています。

布袋尊は
笑門来福、夫婦円満、子授けの神様として信仰されています。
中国出身の禅僧で、唯一実在した人物。
その容姿から知恵を授け、福徳と円満な暮らしを与えてくると言われています。



こちらが、大聖院。

      20140101七福神巡り53



佐倉七福神会の立て看板。

      20140101七福神巡り54




山門をくぐって、境内に入ります。

      20140101七福神巡り55


山門の瓦には桜の紋。

      20140101七福神巡り56



こちらが本堂。

      20140101七福神巡り57


本堂の脇には布袋尊の石像。

      20140101七福神巡り59


      20140101七福神巡り58


      20140101七福神巡り60


大黒天は、本堂内に秘仏として祀られているそうです。



これで、佐倉の七福神巡りも完了。

今年も七 つの災難が除かれ、七つの幸福が授かる
そんな1年になることを期待しています。



2014/01/21 Tue. 17:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り⑥  福禄寿 恵比寿  《麻賀多神社》 (2014年1月1日)(千葉県佐倉市) 

1月1日 公休日

この日は佐倉七福神巡りをしてみました。

七福神とは、福徳の神として信仰される七神、
一般に大黒天、恵比寿、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋尊をいいます。
福神の信仰は古くからありましたが、室町時代以降に一般化し、
江戸時代後半に特に盛んになりました。
仏教の七難即滅七福即生の思想を受け、
七福神をお参りすると七 つの災難が除かれ、
七つの幸福が授かるといわれています。


甚大寺をあとにして、向かった先は  麻賀多神社 


麻賀多神社という神社は、この鏑木町の麻賀多神社をはじめとして
佐倉市内に11社・酒々井町2社・成田市2社・富里市2社・八千代市1社を数えます。
一見多く存在するようですが、これを全国的に見ると、
他の地方には見られない、珍しい名前の神社で、
印旛沼の東側から南にかけての地域にのみ存在する神社です。

そして、この鏑木町の麻賀多神社は佐倉藩の総鎮守で祭神は稚産霊命を祀っています。
境内(1235坪)には本殿、幣殿、拝殿、社務所があり、
境内の神社として、稲荷神社他五社を祀っています。
はじめは、この地方に移り住んだ国造多氏の氏神として祀られました。
その後、慶長年間に神社の西方に佐倉城が築かれてから城地鎮護の神として
代々の藩主や家臣にあつく崇敬され、数々の寄進が続きました。
現社殿は天保14年(1843年)、幕府老中首座を務めた堀田正睦により再建されました。
千葉県文化財指定の甲冑「紫裾濃胴丸」は社宝で、最後の藩主・堀田正倫の奉納品です。

                           (麻賀多神社HP より抜粋)


この麻賀多神社には七福神のうち、 福禄寿 と 恵比寿 が祀られています。







さすが、城下町佐倉の由緒ある神社。
初詣客でいっぱいです。

      20140101七福神巡り52


目的は初詣じゃないから、初詣の参拝に並ぶ行列を避け、
境内にある、福禄寿から参拝します。

      20140101七福神巡り51




福禄寿は
長寿・幸福の徳を持ち、招徳人望の神様として信仰されています。
ご神名は伊装諾尊。長寿の神ですが、
一般には人々の幸福、授かる財物、人々の寿命を司る神様として親しまれています。


なぜか、ここ麻賀多神社には、例の佐倉七福神会の立て看板がありません。
代わりに、こんなかわいい案内が有りました。

      20140101七福神巡り43



こちらが、福禄寿。

      20140101七福神巡り44


      20140101七福神巡り42




恵比寿は
日本の神様で、漁業、商売繁盛の神として、信仰されています。
日本古来の神様でご神名は小彦名命(疱瘡神社)。
海の守護と商売繁盛、医療医薬、庶民救済の神として、崇敬されています。


こちらにも、かわいい案内。

      20140101七福神巡り46


こちらが、恵比寿の石像。

      20140101七福神巡り47


      20140101七福神巡り45







とにかく、佐倉市内で1番初詣客の多い場所になるのでしょう。

境内に犬連れはある意味、顰蹙モノでしょう。



とは言いながらも、人の切れ目を見計らって境内を移動。
こういう時に、びいすけ が吠えることなく、
おとなしい仔で良かった。

      20140101七福神巡り48



境内では、氏子たちによる太鼓と舞が演じられていました。

      20140101七福神巡り49


      20140101七福神巡り50


こういう光景を見ると、いつもと違うから
『あ〜、やっぱり新年。正月なんだなぁ………。』
って、思ってしまいます。


とりあえず、これで
毘沙門天、大黒天、寿老人、弁財天、福禄寿、恵比寿と
6福神を巡ったことになります。

残すは一つ。
さぁ、最後の七福神巡りへと向かいましょう。







2014/01/21 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り⑤  毘沙門天 《甚大寺》 (2014年1月1日)(千葉県佐倉市) 

1月1日 公休日

この日は佐倉七福神巡りをしてみました。

七福神とは、福徳の神として信仰される七神、
一般に大黒天、恵比寿、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋尊をいいます。
福神の信仰は古くからありましたが、室町時代以降に一般化し、
江戸時代後半に特に盛んになりました。
仏教の七難即滅七福即生の思想を受け、
七福神をお参りすると七 つの災難が除かれ、
七つの幸福が授かるといわれています。


嶺南寺をあとにして、向かった先は  甚大寺 


甚大寺は
天台宗比叡山・延暦寺の末寺です。
建立は、1615年に佐倉藩主、本尊は十一面世音菩薩です。
堀田家の菩提寺として知られ、金毘羅尊、不動明王、毘沙門天、仁王尊、
健康を願うお身ぬぐい観音が奉られています
。毎月10日は、招福祈願の縁日が開かれます
。佐倉市の重要文化財に指定されています。
甚大寺は佐倉藩主歴代の菩提寺です。


この甚大寺には佐倉七福神の毘沙門天が祀られています

って、毘沙門天って松林寺とダブっていないか?
などと野暮な詮索はやめましょう(笑)


こちらが甚大寺。
実は嶺南寺から歩いて100m足らずの距離。
この辺り半径100m足らずに3件の七福神があるということです

       20140101七福神巡り28



本堂内に毘沙門天が祀られているようですが
犬連れで本堂内には入れないので、境内の例の立て看板、
そう、佐倉七福神会の立て看板を探します。

      20140101七福神巡り29


こちらには境内にも毘沙門天の石像があり、こちらを参拝。

      20140101七福神巡り30


甚大寺の由緒が記された説明看板
佐倉市の指定文化材だけあって、しっかりと管理されているようです

      20140101七福神巡り31



こちらが本堂

      20140101七福神巡り32



本堂裏には歴代の佐倉城主である堀田氏の墓があります。

堀田氏の菩提寺である所以ですね

この堀田氏の墓所は千葉県の指定文化財となっています

      20140101七福神巡り33


こちらが堀田正倫の墓

堀田正倫は
江戸時代末期の大名。
明治時代の伯爵。
下総佐倉藩第6代(最後)の藩主。正俊系堀田家10代当主。

第5代藩主で幕末の老中・堀田正睦の四男。
安政6年(1859年)、父が井伊直弼との政争に敗れて失脚したため、
家督を譲られて藩主となった。
幕府に対する忠誠心は父譲りなのか、慶応4年(1868年)の鳥羽・伏見の戦い後、
徳川慶喜に対して朝廷から討伐令が下ると、上洛して慶喜の助命と徳川宗家の存続を嘆願したが、
新政府から拒絶されただけでなく、京都に軟禁状態にされた。
このため、藩主不在となった佐倉藩は危機を迎えたが、
家老の平野縫殿が新政府軍に与して大多喜藩に出兵したため、何とか改易は免れた。

明治維新後は知藩事となった。
廃藩置県後は東京に移住し、日本の文化活動推進に貢献した。
明治17年(1884年)に伯爵に叙される。
明治23年(1890年)、佐倉に戻って私立の農事試験場設立や
佐倉中学校(現佐倉高等学校)維持発展に寄与するなど地域の発展に尽力した。

                      (Wikipedia より抜粋)

いわば、わが町佐倉をこよなく愛し、
佐倉のために私財を投じて尽力された人物なんですね

      20140101七福神巡り34


      20140101七福神巡り35



こちらが、堀田正睦の墓


堀田正睦は
江戸時代末期の大名・老中首座。
下総佐倉藩の第5代藩主。正俊系堀田家9代当主。


      20140101七福神巡り36


      20140101七福神巡り37



こちらが、堀田正俊の墓


堀田正俊は

江戸時代前期から中期の大名。
3代将軍家光の老中として活躍した佐倉藩主・堀田正盛の三男。
幼い頃に春日局の養子となった。
父と春日局の遺領を継ぎ大名となる。
江戸幕府の老中・大老。上野安中藩主。後に下総古河藩の初代藩主となる。
4代将軍家綱の死去にあたり綱吉を擁立し、
綱吉が5代将軍に就任する功績を挙げた。

正俊系堀田家初代当主。

      20140101七福神巡り38


      20140101七福神巡り39




堀田正俊から数えて5代目になる堀田正亮が佐倉城主(佐倉藩主)になってから
幕末までの122年間を堀田氏が佐倉藩主として君臨していました。

それだけに、この堀田氏歴代の墓所は重みがあるというか
この辺り一帯だけがちょっと違った雰囲気がありました

      20140101七福神巡り40


      20140101七福神巡り41


とりあえず、これで佐倉七福神の5ヶ所を巡ったことになります


さて、次なる七福神へと向かいましょう..................


 

2014/01/20 Mon. 17:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り④  弁財天 《嶺南寺》 (2014年1月1日)(千葉県佐倉市) 

1月1日 公休日

この日は佐倉七福神巡りをしてみました。

七福神とは、福徳の神として信仰される七神、
一般に大黒天、恵比寿、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋尊をいいます。
福神の信仰は古くからありましたが、室町時代以降に一般化し、
江戸時代後半に特に盛んになりました。
仏教の七難即滅七福即生の思想を受け、
七福神をお参りすると七 つの災難が除かれ、
七つの幸福が授かるといわれています。



寿老人のある宗園寺をあとにして向かったのは   嶺南寺


嶺南寺は
寛永19年(1642年)に当時の信濃松本藩主、堀田加賀守正盛の佐倉移封と共に
松本より佐倉に移り建立されました。
本尊は「釈迦牟尼佛」で開山は陽南良雪大和尚です。
本堂内には閻魔大王を安置しています。
境内には作家・吉川英治の母方である山川家の墓があります


そして、この嶺南寺には佐倉七福神の弁財天が祀られています。

弁財天とは
唯一の女神で、知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があるといわれます。
インドの水の神、音楽の神、知恵の神。
本来の姿は、八臂で金剛杵・弓矢・刀などを持ち、水の恵みを与え、
河の怒りをもって水を供給してくれる五穀豊穣の神様でもある。
中世以降では、琵琶を抱える姿が多くなり、音楽や芸能、弁舌の神様となったそうです。



こちらが、嶺南寺。

実は宗園寺の真向かいにあります。
宗園寺からは約5mの距離。徒歩0分(5秒足らず)です。



こちらが、嶺南寺

      20140101七福神巡り21


      20140101七福神巡り22


こちらも弁財天は本堂の中
びいすけ を連れて中へは入れません

ギリギリOK と思われる境内の入口
佐倉七福神会の立て看板で参拝気分。

      20140101七福神巡り23



この辺りが、犬連れでの参拝の限界。
参拝客がいなければ、もうちょっと本堂よりまで行けるかもしれませんが
世の中には犬嫌いな人も居ますからねぇ.........

      20140101七福神巡り24


とりあえず、これで 毘沙門天、大黒天、福禄寿、弁財天と四福神の参拝が完了。

次なる七福神を目指しましょう...........



 

2014/01/20 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り③  寿老人 《宗園寺》 (2014年1月1日)(千葉県佐倉市) 

1月1日 公休日

この日は佐倉七福神巡りをしてみました。

七福神とは、福徳の神として信仰される七神、
一般に大黒天、恵比寿、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋尊をいいます。
福神の信仰は古くからありましたが、室町時代以降に一般化し、
江戸時代後半に特に盛んになりました。
仏教の七難即滅七福即生の思想を受け、
七福神をお参りすると七 つの災難が除かれ、
七つの幸福が授かるといわれています。



佐倉七福神巡りの3ヶ所目は       宗園寺


宗園寺は

寛永16年(1639年)に松本城主、堀田加賀守正盛が松本に建立した円覚山慧光院の境内に
19歳で卒去した正盛の弟堀田佐兵衛安利の冥福を祈り塔頭の寺として建立しました。
寛永19年(1642年)に佐倉の現地に移しました。
墓地には家老・渡辺弥一兵衛の墓(東山千恵子の実家)、執政、香宗我部家の墓、
順天堂創立者・佐藤泰然の墓などがあります。




こちらが、宗園寺

      20140101七福神巡り14



この宗園寺には、佐倉七福神の寿老人が祀れています。


寿老人とは
中国出身の神で、不老不死の霊薬を所持しているといわれています。
人々の健康と長寿の神様として、広く崇敬されています。



こちらが、佐倉七福神会の立て看板

      20140101七福神巡り15


こちらは境内に福禄寿の像があり
ワンコ連れでも気軽に(?)参拝できます

      20140101七福神巡り16





本堂の裏には墓地があり、佐藤泰然の墓があります

      20140101七福神巡り17

佐藤泰然は
文化元年(1804年)、佐藤藤佐の子として、現在の神奈川県川崎市にて誕生。

天保元年(1830年)、蘭方医を志し、足立長雋や高野長英に師事。天保6年(1835年)に長崎に留学し、
天保9年(1838年)に江戸へ戻ると、両国薬研堀に「和田塾」を開いた(和田は母の姓)。

天保14年(1843年)、佐倉藩主堀田正睦の招きで江戸から佐倉に移住。
病院兼蘭医学塾「佐倉順天堂」を開設。また姓も父の佐藤を名乗る。

佐倉順天堂の治療は当時の最高水準を極めていた。
嘉永4年(1851年)、日本初の「膀胱穿刺」手術に成功。
他にも乳癌手術、種痘など蘭学の先進医療を行うとともに医学界を担う人材を育成し、
順天堂は大阪の緒方洪庵の適塾とならぶ有名蘭学塾となった。

嘉永6年(1853年)、功績が認められて、
正式に佐倉藩士に取り立てられ、町医から藩医となりました。

                   (Wikipedia より抜粋)


まるで、テレビドラマ『仁 JIN』の世界のようですね。

      20140101七福神巡り18



こちらが、佐藤泰然の墓

      20140101七福神巡り19



もう一度、境内に戻り、本堂前でパチリ

      20140101七福神巡り20



これで 毘沙門天、大黒天、福禄寿と3福神の参拝終了

次なる七福神を目指しましょう..........


 
2014/01/19 Sun. 17:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り②  大黒天 《妙隆寺》 (2014年1月1日)(千葉県佐倉市) 

1月1日 公休日

この日は佐倉七福神巡りをしてみました。

七福神とは、福徳の神として信仰される七神、
一般に大黒天、恵比寿、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋尊をいいます。
福神の信仰は古くからありましたが、室町時代以降に一般化し、
江戸時代後半に特に盛んになりました。
仏教の七難即滅七福即生の思想を受け、
七福神をお参りすると七 つの災難が除かれ、
七つの幸福が授かるといわれております。



佐倉七福神巡りの2ヶ所目は 妙隆寺



妙隆寺は

久栄山妙隆寺(きゅうえいざんみょうりゅうじ)といい、
山梨県身延町にあります身延山久遠寺(みのぶさんくおんじ)を総本山とする日蓮宗のお寺です。
開創は、本山本土寺(千葉県松戸市・あじさい寺とも呼ばれています)歴代第九世妙高院日意上人によって、
文明3年(西暦1471年)4月になされました。
室町時代のことです。当時は、佐倉城の大手門を出た右手(現在の佐倉市城内町)にありました。
江戸時代初頭に佐倉藩の禄高が上がり侍屋敷を増やすにあたり、
現在の地に移転しました。1680年代には現在地に移転したことが確認されています。


この妙隆寺には大黒天があります。


大黒天とは

インド出身の神様。
梵語で摩訶迦羅(マハーカーラ)。
マハー(大いなる)カーラ(黒)を漢訳して大黒天または大黒神といい、
仏教に採りいれられ、悪鬼と戦う勇猛な護法の軍神となる。
もともとは甲を付け、右手に鉾、左手に宝塔を持ち邪鬼か岩座の上にたっていた。
鎌倉時代から室町時代にかけて、字音が大黒と大国が同じ事から、
出雲大社の大国主命と結びつき、現在のような打ちでの小槌を持ち、
大きな袋を担ぎ、福徳円満な純和風な大黒天となったとされています。



この先に妙隆寺があります。

20140101七福神巡り08


こちらが本堂。

20140101七福神巡り10



本堂の前には大黒天を見学している人が並んでいます。
当然、 びいすけ は近寄れないので、この辺りまで。


20140101七福神巡り12



佐倉七福神会の立看板で我慢しましょう。

20140101七福神巡り11



犬を連れて七福神巡りをされる方も多いようで
こちらにも繋がれた状態で柴系のワンちゃんが暫し待機状態。


20140101七福神巡り13


普段は興味ないくせに散歩の時だけ、ワンコに興味を示す びいすけ。

しばのワンちゃんに近寄って匂いを嗅いでいると
いきなり、ガウッと唸られ、退散することに………(笑)。




じゃぁ、次なる七福神に行きましょう!



2014/01/19 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐倉七福神巡り①  毘沙門天 《松林寺》 (2014年1月1日)(千葉県佐倉市) 

1月1日 公休日


元旦の公休日

昨年の元旦に佐倉の七福神巡りをしてみました。
(昨年の七福神巡りの記事は こちら )

いずれの社寺仏閣も自宅から徒歩圏内。
七福神全部を回っても、コースにもよるけれど
約2.5kmと散歩にはちょうど良い。

今年も佐倉の七福神巡りをしてみました。

七福神とは、福徳の神として信仰される七神、
一般に大黒天、恵比寿、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋尊をいいます。
福神の信仰は古くからありましたが、室町時代以降に一般化し、
江戸時代後半に特に盛んになりました。
仏教の七難即滅七福即生の思想を受け、
七福神をお参りすると七 つの災難が除かれ、
七つの幸福が授かるといわれております。


      20140101七福神巡り61




まずは、自宅から一番近い 松林寺


何と、PCで検索すると、Wikipedia にも登録されていた。
毎日、このお寺の前を通って散歩に行くから
そんなに立派なお寺(由緒あるって意味です。)だとは思わなかった。

Wikipediaによれば

松林寺(しょうりんじ)は、千葉県佐倉市にある浄土宗の寺院。
山号は玉宝山。院号は清光院。
本尊は阿弥陀如来。

この寺は、寛永年間(1624年~1644年)に当時の佐倉藩主土井利勝の開基により、
照誉了学を開山として創建したと伝えられる。

本堂が千葉県指定文化財
佐倉市指定史跡として、土井利勝父母夫人供養塔があるとのことです。





こちらには、佐倉七福神の内、毘沙門天が奉納されています。


毘沙門天は

インド出身の神様。
仏教四天王の一人。多聞天とも言われており、
さらに金毘羅の別名もあり、
招福利財・融通招福の神として広く親しまれています。


普段は一般公開しませんが、
毎年、この時期だけ特別に公開されるそうです。



こちらが、松林寺本堂。

ここに毘沙門天が展示されています。

      20140101七福神巡り05


確かに、千葉県指定文化財と記された説明板が
本堂の脇に建てられていました。


      20140101七福神巡り07




毘沙門天を一目見ようと訪れる人もいます。

      20140101七福神巡り06


犬連れでは、本堂内の毘沙門天は無理だから
佐倉七福神会が準備した立看板を代用とします。

      20140101七福神巡り04



こちらが佐倉市の文化財である土井利勝父母夫人供養塔

      20140101七福神巡り03

東日本大震災の時に倒壊してしまいましたが
現在は、なんとか復旧しています。


さぁ、佐倉七福神巡りもまずは1ヶ所完了。

次なる七福神を目指して、散歩は続きます。


2014/01/18 Sat. 17:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

初詣@弥勒町八幡神社 (2014年1月1日) 

1月1日 公休日

今更ながらでは御座いますが

明けましておめでとうございます。



さて、2014年の元旦は公休日。

今年の初詣は地元の小さな神社に行って来ました。



初詣に選んだのは、弥勒町の 八幡神社。

20140101初詣01


石造りの鳥居の神額も年季が入っていて、味がある(笑)。

20140101初詣02


20140101初詣03



拝殿も新しい注連縄で、いかにも新年っぽい。

20140101初詣04


20140101初詣05



今年は絵馬を奉納してみました。

20140101初詣06


願いごとは、ただ一つ。

20140101初詣07



思い切りの願いを込めて、絵馬を奉納。

20140101初詣08



ご利益があることを期待します。

20140101初詣09



さて、今度は参拝です。

20140101初詣10


20140101初詣11


20140101初詣12


八幡様には願いが届くのかな?

20140101初詣13


本殿にもしっかりとお願いして………

20140101初詣14



狛犬にも、しっかりと願を掛けました。

20140101初詣15


今年も一年間、健康でありますように!!



2014/01/18 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit