FC2ブログ

12 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 02

び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

北総花の丘公園ドッグラン (2013年12月28日)(千葉県印西市) 

新年も明けて、かなりの日数が経ち
今更ですが、未だに昨年の年末の記事になっています。

12月28日 公休日


この日は公休日。
年末が近いって言うか、思い切り年末。
だからと言って、大掃除をするわけではないし
かと言って、盛大に新年を迎えるわけではないけれど、
色々と買っておく物も有るから、ホームセンターに行くことにした。

印西市のジョイフルホンダに行って
アイムスの6.5kgを2袋買って、
暫くは びいすけ のフードに困ることはない。


せっかく印西市まで来たのだから、北総のドッグランに立ち寄ってみた。


さすがに年内の公休日はこの日が最後だから
この日が、2013年走り納めになります。

12月28日ともなれば、御用納めも終わって
年末年始の休みに突入している人も多いでしょう。

この日もそれなりにドッグランの利用者がいました。

しかしながら、いつものようにワンちゃんたちには目もくれず
臭い嗅ぎに精を出す びいすけ 。

      20131228北総ドッグラン01


      20131228北総ドッグラン02


      20131228北総ドッグラン07



マーキングにも精を出しています。

      20131228北総ドッグラン10


      20131228北総ドッグラン11


      20131228北総ドッグラン12





そんな びいすけ にも何頭かのワンちゃんが近寄ってくれます

しかし、当の びいすけ はあまり興味なし


      20131228北総ドッグラン03



イタグレ系のこの仔にもあまり興味なし
1歳ぐらいの時はイタグレの かんちゃん を追いかけて
吠えまくっていた時期もあったんだけど
最近はイタグレ系のワンちゃんにも興味なし.......

      20131228北総ドッグラン24


      20131228北総ドッグラン25


      20131228北総ドッグラン26


この仔を追いかけて行くのかな?と思っていたら
匂いだけ嗅いで、スルーしちゃうし.........

      20131228北総ドッグラン17





しかし、この仔にはどうやら興味がありそうです。

      20131228北総ドッグラン04


って言うか、お互いに意識して匂いを嗅ぎあっています。

      20131228北総ドッグラン05


何となく遊びそうな感じ.......

      20131228北総ドッグラン06


      20131228北総ドッグラン08



この光景を眺めていると
何となく記憶の中で、この仔とも遊んだことがあることを思い出した。

      20131228北総ドッグラン09

確か、以前に(と言ってもかなり前になりますが.......)
名前を聞いたことがあったけれど、その時も忘れてしまいました
(歳を取ると記憶力が悪くなってダメですね.....)


      20131228北総ドッグラン13


      20131228北総ドッグラン14


      20131228北総ドッグラン15


      20131228北総ドッグラン16



そうこうしているうちに
ビーグルが来場


お~い びいすけ!
ビーグルが来たよ!



      20131228北総ドッグラン18


誰だろう.......?

      20131228北総ドッグラン22










JAYくん登場!!

      20131228北総ドッグラン30


みるひげさん と みる夫さん そして、JAYくんが来場しました


      20131228北総ドッグラン19




正直、ワンちゃんよりも、飼い主さんに遊んでもらうのが好きな びいすけ
さっそく、 みる夫さん が遊んでくれました。

      20131228北総ドッグラン20


みる夫さん と びいすけ が遊んでいると
なぜか? JAYくん が びいすけ に体当たり。
偶然かな?って思っていたら
2回目も体当たりして逃げていく.........

      20131228北総ドッグラン21

これって確信犯?


って言うか、自分のお父さんと遊んでいる びいすけ にヤキモチでしょうか?


JAYくん って賢い!

      20131228北総ドッグラン23

でも、しっかりあ母さん(みるひげさん)に『ダメでしょ!!』って怒られていました(笑)




このあとは、同サイズのワンちゃん達とワラワラ状態。


      20131228北総ドッグラン27


飼い主さんたちの足元でワラワラ

      20131228北総ドッグラン28


      20131228北総ドッグラン29


時刻もお昼になったのでお先に撤収することに.......

明日(12月29日)は日勤、明後日(12月30日)は夜勤のため
2013年最後のドッグラン

思い起こせば今年最初のドッグラン(1月4日)で、JAYくん に会った。
そして、今年最後のドッグランでも JAYくん に会った。

北総で始まり、北総で終わった今年のドッグラン
JAYくん に出会って始まり、終わったドッグランでもありました..........

JAY くん2014年もよろしく!!


 
2014/01/17 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

伊東公園 (2013年12月25日)(静岡県伊東市) 

12月25日


伊東市内の丸ポストを探しに伊東公園にやって来ました。
本来ならば、丸ポストを見つけたから、次なる丸ポストへ移動となり、
足早に立ち去るのですが、伊東公園前の丸ポストが伊東市最後の丸ポストだったため、
急ぐこともないし、せっかくだから、伊東公園を散策することにしました。

      20131225伊東公園02


      20131225伊東公園25


と、言いながらも伊東公園は現在、一部整備中。
展望台を新設しているようです。

      20131225伊東公園03



公園の案内看板で現在地を確認。
散策ルートを決め込みます。

      20131225伊東公園04



小さな池ですが、雰囲気は良い。

      20131225伊東公園05



池の前で 『はい、ポーズ!』

      20131225伊東公園06




高台の台地頂上を目指して、遊歩道を歩きます。

      20131225伊東公園07


      20131225伊東公園08


知らなかったのですが、伊東公園と李王家とは、それなりの関係があったようです。

      20131225伊東公園09


李王家は

李氏朝鮮の歴代国王を出した家系です。
1910年(明治43年)に、韓国併合条約が漢城(現在のソウル特別市)で調印され、
大日本帝国は大韓帝国を併合し、その領土であった朝鮮半島を領有しました。
李王家は韓国併合後は日本の王公族となり、皇族に準じる待遇を受けたが、
第二次世界大戦後の日本国憲法施行に伴いその身分を失った

その李王家の邸宅は東京都の千代田区に有りました
現在の旧赤坂プリンスホテルの旧館がその邸宅でした。
(赤坂プリンスホテルは廃業して解体されましたが、李王家邸宅であった旧館は残されています)

その李王家の別荘だったのがこの伊東公園です

正確に言えば、李王家の別称跡地を終戦後譲り受け、
伊東公園となりました。

この高台に至る遊歩道の途中に郭のような削平地があり
四阿が建てられています。
その辺りが、李王家の別荘地跡になります。
(写真は撮り損ねてしまいました)

      20131225伊東公園10


朝鮮統合は明治43年だから、それ以前のこの地は何だったのでしょうか?

高台の台地に至る遊歩道には土塁っぽい土壇があり
中世の城館跡に見えなくもないけれど、
そうだったと言う文献もありそうにない。

      20131225伊東公園11


      20131225伊東公園12


      20131225伊東公園13


こちらが、伊東公園の高台の頂上の広場。
完全な削平地。
やっぱり曲輪跡に見えてしまいます(笑)。

      20131225伊東公園14


      20131225伊東公園15


      20131225伊東公園16



広場の中央には、地元・伊東市が生んだ偉大な文学者、
木下杢太郎の文学碑が建っています。

      20131225伊東公園17

五双と三双の二つの屏風型をした風格ある石碑には、
杢太郎の「むかしの仲間」(すかんぽ)の詩が刻まれています。


こちらは、杢太郎の碑。

      20131225伊東公園18



伊東公園の高台のから眺める伊東市街。

確かに眺望の良い場所です。

      20131225伊東公園19


      20131225伊東公園21


      20131225伊東公園22


こちらが、新たに建設中の展望台。
この工事のため、公園整備中になっているんですね。

      20131225伊東公園20


眼下の広場では、子供たちが遊んでいます。
市民の憩いの場として活用されています。

      20131225伊東公園23


子供達が遊んでいた広場まで降りて、振り返って見ると……………

やっぱり城址っぽく見えてしまう。

      20131225伊東公園24



偶然訪れた公園だけど、なかなか味のある公園。
建設中の展望台が完成したら、
もう一度市街地の眺望を見に来ることにしよう……………………。






2014/01/16 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸ポストを探して 静岡・伊東編Part2 (2013年12月25日)(静岡県伊東市) 

12月25日


静岡県の伊東市には25基の現役の丸ポストが現存していると言われています。
その内の15基を先日巡ってみました。
(その時の記事は こちら )


残りの10基の丸ポストを探してみました。



最初の1基は広野三丁目。
マサキマート前の丸ポスト。

      20131225丸ポスト伊東Ⅱ01


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ02


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ03


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ04




続いて2基目は、瓶山一丁目。
坂道にポツンと建つ丸ポスト。

      20131225丸ポスト伊東Ⅱ05


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ06


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ07


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ08




3基目の丸ポストは弥生町。
白井スポーツ店前の丸ポスト。

      20131225丸ポスト伊東Ⅱ09


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ10

      
      20131225丸ポスト伊東Ⅱ11


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ12




4基目の丸ポストは、桜木町一丁目。
菊谷酒店前の丸ポスト。


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ16


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ13


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ14


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ15




5基目の丸ポストは寿町
勉強堂横の丸ポスト。


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ17


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ18


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ19


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ20




6基目の丸ポストは竹の内二丁目。
サガミ屋前の丸ポスト。


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ21


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ22


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ23


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ24



7基目の丸ポストは銀座元町。
進々堂時計店隣、新紀屋ビル前の丸ポスト。


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ28


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ25


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ26


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ27




8基目の丸ポストは和田一丁目。
伊東市観光会館前の丸ポスト。

      20131225丸ポスト伊東Ⅱ29


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ30


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ31


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ32




9基目の丸ポストは湯川三丁目。
サニークリーニング店前の丸ポスト。


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ33


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ35


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ36


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ34



いよいよ最後。
10基目の丸ポスト(伊東市25基目)は
JR伊東駅裏の伊東公園前の丸ポスト。


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ37


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ38


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ39


      20131225丸ポスト伊東Ⅱ40



これで、本日10基の伊東市の丸ポストを制覇。
都合、伊東市に現存する25基全ての丸ポストを制覇したことになります。


これまでに

駿東郡小山町      1基
御殿場市        1基
沼津市          7基 
伊東市 ①        15基
裾野市           2基
三島市          1基


そして本日、伊東市②として10基制覇して合計37基となりました。


静岡県内には227基の丸ポストが現存しているとされています(2013年8月7日現在)
(えっ!? あと190基もあるの?)

完全制覇は、ちょっと難しいと思われるけれど
一つでも多くの丸ポストを探してみようと思います.............。




 
2014/01/15 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

松川湖 (2013年12月25日)(静岡県伊東市) 

12月25日

対馬の滝をあとにして向かったのは.........

松川湖


本当は............

正直に語ってしまえば、当初は松川湖の予定ではありませんでした。

松川湖の近くにある鎌田城址に行く予定でした。
こちらの鎌田城址も山城で、ハイキングコースとなっている山道を歩いて登ります。
登山口入り口から城址まで40分と事前に調べていました。

今朝は鎌田城址を攻略する気満々でいましたが
いざ、近くに来たら『筋肉痛だし、次回にしよう!』って
軟弱にも予定変更となりました。



はい!
気分を変えてっと。

松川湖の話に戻りましょう。


松川湖は奥野ダムによって生まれた湖が松川湖です。
いわゆるダム湖って言うヤツです。

奥野ダムは、温泉街の中心を流れる伊東大川(通称:松川)の上流に
治水・飲料水の確保のために作られた伊豆半島唯一の本格的ロックフィルダムです。


こちらが奧野ダム。

      20131225松原湖01


ロックフィルダム?

って思う人のために、こんな説明板も用意されています。

      20131225松原湖02

すなわち、大小の石(岩)を用いて川を堰き止め
ダムとして水を貯めているわけです。


こちらが松川湖。

      20131225松原湖03

以前は、ダム湖って所詮、人造湖だから
天然の湖には眺望や風景は勝てないって思ってましたが
ダム湖にはダム湖なりの楽しみ方があると
丹沢地区のダム湖を巡って感じるようになりました。




奥野ダムから長い階段があり、階段の下には公園があるようで
戻り(上り)は大変かな?と思いながらも下って行きます。

      20131225松原湖04


階段を下りながら眺める城山。
そうです! 断念した鎌田城址のある城山です。

      20131225松原湖05



長い階段を降りた先は、おくの公園。

      20131225松原湖06



公園から眺める奥野ダム。
確かに岩(石)がゴロゴロと積まれています。

      20131225松原湖07


そして、おくの公園から眺める鎌田城址。

      20131225松原湖08



公園内をぐるっと一回り。
特に対した物もないので奥野ダムに戻ります。

      20131225松原湖09


道案内の看板に導かれて、ダムを目指します。

      20131225松原湖10


さすがに上りの階段はきつい。

ハァハァと息を切らし、ダムを横目に階段を登ります。

      20131225松原湖11


やっとダム頂上に到着。

駐車場とは反対側に上がってしまったため
ダムを歩きながら駐車場へと向かいます。

      20131225松原湖12



びいすけ は松川湖が気になるのでしょうか?
それとも近くに鳥でも居るのか?
やたらと松川湖を見ています。

      20131225松原湖13


何もないんだけどなぁ………。
(鳥も居ないし………。)

      20131225松原湖14


管理事務所の前には、松川湖の石碑がありました。

      20131225松原湖15


その隣には、奥野ダムの石碑もありました。

      20131225松原湖16



松川湖は一周、4800mのようです。
1時間もあれば一周できるのかな?

      20131225松原湖17

今日は、パスしちゃうけど
いつか一周にチャレンジしてみよう!


湖の反対側には展望台もあると言うことなので
本日は車で移動(笑)。


で、やって来ました展望台。

      20131225松原湖18



展望台から湖畔に降りて行きます。

      20131225松原湖19


湖畔は綺麗な芝生広場。
犬の散歩には最高のロケーション。

      20131225松原湖20


      20131225松原湖21


      20131225松原湖22

地元の人も多く利用しているのかな?
でも、ノーリードで放してしまう人が多いのでしょうか?

こんな看板を見ると、悲しくなります。

マナーを守りましょう。
せめて、ロングリードを着けて遊ばせましょう。

      20131225松原湖23



でも、本当に綺麗な芝生広場。

      20131225松原湖24


びいすけ も芝生を楽しんでいました(笑)。

      20131225松原湖25



芝生広場の先は、ろう梅広場。

      20131225松原湖26


小粒ですが、季節外れの黄色い梅の花が咲いていました。

      20131225松原湖27


こうやって見ると、4800mの距離だけど、見所もそれなりにあって
ぐるっと一周も楽しそう。

いつか、そんなプランも練って、この地を再訪してみたいものです………………。


2014/01/14 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

対馬の滝 (2013年12月25日)(静岡県伊東市) 

12月25日

最近、個人的なマイブームになりつつある滝巡り。
静岡県伊東市にも滝があるので、
惹かれるまま滝巡りに立ち寄ったのは

          対馬の滝


実は、この対馬の滝に来るのは、これが2回目。
(前回の訪問の記事は こちら


さすがに2回目ともなると、勝手知ったる所。
伊豆急行・伊豆高原駅近くの観光客用の無料駐車場に車を停め
勝手知ったる遊歩道を歩いて、滝へと向かいます。

      20131225対馬の滝01


対島川沿いの道を海に向かって歩いて行きます。

      20131225対馬の滝02


この川の流れが海に落ちていくのが 対馬の滝。

      20131225対馬の滝03


こちらが対馬の滝

      20131225対馬の滝04


最近、好天続きだから水量も今一歩。
水量が多ければ、それなりに豪快さがもっとあるかも知れない。
雨の日の翌日が見頃と言うことらしい。

      20131225対馬の滝05


断崖絶壁の場所が観瀑台(?)
但し、足場が悪いから、落ちないように気を使いましょう。

      20131225対馬の滝06


      20131225対馬の滝07



せっかくだから、吊り橋まで足を伸ばしましょう。

吊り橋の手前に大淀小淀と呼ばれる自然の磯の天然プール(磯溜まり)があります。
せっかくだから、そちらも見学いたしましょう。

足元を気をつけながら、磯場まで降りて行きます。

      20131225対馬の滝08


この辺りは城ヶ崎海岸と続いているから
大室山が約4,000年前に噴火したとき溶岩が海に流れ出し、
海の侵食作用で削られてできた、約9kmにわたる雄大な
出入りの激しい溶岩岩石海岸です。
海岸線には絶壁が連なり、幾重にもふところ深く入り組んだ岩礁の眺めは
まさに壮観そのもの。

      20131225対馬の滝09



岩礁の眺めとは裏腹に、この日は穏やかな波。

      20131225対馬の滝10


      20131225対馬の滝11


      20131225対馬の滝12


      20131225対馬の滝13


      20131225対馬の滝14


このまま、ここに座って
ぼぉっ〜と波を眺めているのもいいかも知れない。

      20131225対馬の滝15


でも、先を急ぎましょう。


こちらが、橋立吊り橋。

      20131225対馬の滝16


揺れるからでしょう
ひたすら嫌がる びいすけ を置いて
急いで吊り橋を渡ってカメラを構えたのは言うまでもない(笑)

      20131225対馬の滝17



このあと、恐怖(?)のためか?
頑として歩かない びいすけ を抱きかかえて
吊り橋を渡ったことは秘密にしておこう………………


2014/01/13 Mon. 17:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...........八幡野小学校赤沢分校跡 (2013年12月25日)(静岡県伊東市) 

12月25日


サンロードを出発して、最初に向かったのは伊東市の外れ。
東伊豆町のすぐ近くの赤沢地区。


かつて、この赤沢地区に遥か昔に廃校になった分校があったということで
探しに向かったのは..........


       八幡野小学校赤沢分校跡


実は、サンロードで働いている年配の方に尋ねたけれど
判らないと言われ、現地で年配の方に尋ねれば何とかなるさ!
と気楽な考え方で、まずは赤沢漁港へ向かいます。

たまたま、漁港の駐車場に居た初老の漁師さんに尋ねたら
すぐ近くにあった事を教えてくれました。


国道135号線の赤沢漁港手前のカーブに分校跡はありました。
 
     20131225八幡野小学校赤沢分校01


      20131225八幡野小学校赤沢分校02


現在は伊東市の生涯学習センター赤沢会館が建っています。

      20131225八幡野小学校赤沢分校03



漁師さんの話では、
昭和30年代には、まだ伊東から下田方面に行くには
山間部の旧道を通るしかありませんでした。
伊東から下田を海岸線沿いに走る東伊豆有料道路の建設話が持ち上がり
有料道路建設予定地が分校敷地内にかかってしまうと言うこともあって
廃校になったと言うことらしい。



赤沢分校は

創設時期は不明ですが
八幡野小学校の赤沢地区の分校として、その役目を担っていましたが
昭和36年に本校と統合のため廃校となりました。


この道は有料道路開設以前からある道
おそらく山間部にある下田方面への旧道と
赤沢漁港を結ぶ道だったのでしょう。
ちょうど分校前を通るから、通学路でもあったのでしょうね

      20131225八幡野小学校赤沢分校04


通学路の形から、おそらくこの辺りに校門があったのでしょう。

      20131225八幡野小学校赤沢分校05


かつての東伊豆有料道路(現・国道135号線)が敷地内を分断したのがわかります。

      20131225八幡野小学校赤沢分校06


生涯学習センターの敷地内に廃校記念碑か、何かが残っていないか?
調べて見たけれど何もない。

意を決して、職員の女性に聞いてみたら

『記念碑とかは無いけれど、
分校時代の写真なら残っているよ』と言われ

写真を持って来てくれました。

      20131225八幡野小学校赤沢分校07


昭和の時代を感じさせる、懐かしい白黒の写真。
そこには無邪気な子供たちの姿が残されていました。


二階にも何枚か昔の写真が展示されていて
案内と説明をしてくれました。
ありがとうございました。
(その間、 びいすけ は玄関先で留守番となりましたが………)

その職員の方は地元の方で、
昭和28年生まれで、実際に赤沢分校に通われていて
リアルタイムに廃校になったそうです。

      20131225八幡野小学校赤沢分校08


ちなみに、分校跡地に隣接する三島神社も
東伊豆有料道路建設の煽りを受けたそうです。

      20131225八幡野小学校赤沢分校09

      20131225八幡野小学校赤沢分校10

もっと海沿いに建てられていた鳥居が
道路建設のため、現在地に移設したため
参道の階段も随分短くなったそうです。




この道路が出来て、伊東←→下田間の往来が楽になり
生活環境もかなり変わったことでしよう。

      20131225八幡野小学校赤沢分校11


ちなみに東伊豆有料道路は現在、国道135号線として無料開放されています。





2014/01/13 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

本日のお泊り@サンロード (2013年12月24日〜25日)(静岡県伊東市) 

12月24日


この日は朝早くから行動し、静岡県の裾野市、三島市と回り
前回の反省もあり、早めに宿に行ったほうが良いだろうと
三島市から一気に伊豆の伊東へと向かいました。

何より、山中城址の下り階段で、 びいすけ にリードを引っ張られた拍子に
滑り止めの筈の土嚢に足を滑らせ、すっ転んでしまい
お尻(尾てい骨)を強打し、体が痛い

早くあったかい温泉につかって体を癒したい..........

ついつい、アクセルを踏む右足にも力が入ります。


向かった先は.......

    伊豆高原 プチホテル サンロード


伊豆っていうか、伊東に行った時には定宿となっています。

何より、男一人と一匹の旅でも気兼ねなく泊まれる。
これが一番ですね。



16:00前にサンロードの到着

      20131224~25サンロード02

      20131224~25サンロード01

フロントに顔を出すと

『今日は早いですね。』って言われちゃいました(笑)



今日の宿泊客は2家族
人間3名 5ワンズです

      20131224~25サンロード03



今日のお部屋は102号室

      20131224~25サンロード04


一人用の部屋のようで、
シングルベッドと畳スペースの和のエリアがあります

      20131224~25サンロード05


さっそく、ベランダから外に出る疲れ知らずなやつ

昼寝してないけれど眠くないのかなぁ?

      20131224~25サンロード06


そうこうしているうちに、辺りも次第に薄暗くなり
伊豆高原に夕方が訪れます。

      20131224~25サンロード07



さすがの びいすけ もお疲れモードに突入。


最初はベッドの上。

      20131224~25サンロード08


      20131224~25サンロード09



今度は場所を変え、座布団の上で爆睡モードに突入。

      20131224~25サンロード10


      20131224~25サンロード11




この機を逃さず、そっとドアを開け閉めして
温泉に向かいます。


こちらが、天然温泉。

      20131224~25サンロード12


調子に乗って、山城攻略を3つもチャレンジし
さすがにこの日は疲れました。
おまけに、すっ転んで体の節々が痛いから
温泉は心に体に沁み渡ります。

極楽じゃ〜!!





部屋に戻り、 びいすけ にご飯を軽く食べさせ
18時からは、父さんの晩ご飯です。

って言っても、肉類は びいすけ にお任せしちゃいますけど………(笑)


      20131224~25サンロード14



今日のお品書き。

      20131224~25サンロード13


先ずは、風呂上がりのビールでしょう!

      20131224~25サンロード15


この日は平日でお客さんも少ないから
順番(?)に料理が運ばれて来ます。

      20131224~25サンロード16


こちらは、本日のお造り

      20131224~25サンロード17

生しらす。
なかなか滅多に口には出来ないから
味わって食べたりしちゃいます。

      20131224~25サンロード20




ちょっとお洒落なチラシ寿司。

      20131224~25サンロード18






クリスマスだから、焼物はチキン。

半分は びいすけ のお腹に………………(笑)。

      20131224~25サンロード21

      20131224~25サンロード25

      20131224~25サンロード27




豚肉と白菜のミルフィーユ
お肉は全て びいすけ が担当してくれました(笑)。

      20131224~25サンロード22


      20131224~25サンロード23

      20131224~25サンロード24




蒸し物。
こういった手の凝った料理っていうのは、
普段の生活では縁がないから
どうしても美味しく感じちゃいます。
(でも、本当に美味しいんですよ!)

      20131224~25サンロード26



クリスマスだから、ケーキも出て来ました。

      20131224~25サンロード19




力いっぱい、ご飯も食べてビールもそれなりに飲んで
部屋に戻って横になっていたら、そのまま眠りこけてしまいました。

21:00ごろに眠りこけるなんて、本当に久しぶりでした。






ちなみに、こちらが翌朝の朝食。
ご飯をお代わりしましたが、
さすがに、3回目のお代わりは
そっと小さな声でお願いしました。

      20131224~25サンロード28


チェックアウト時間は10:00までですが
この日も行動予定は満載。
少し早いけれど9:00過ぎにチェックアウトして…………

さあ、 びいすけ !
今日は何処へ行こうか………………………?


2014/01/12 Sun. 17:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸ポストを探して 静岡・三島編 (2013年12月24日)(静岡県三島市) 

12月24日 公休日


静岡県三島市には、丸ポストが1基しか現存していません。
その現存する唯一の丸ポストを探しに来ました。

現役の現存する丸ポストは安久地区の鈴木タバコ店の前にありました。



何ともお洒落って言うか、私好みの店構え。   
ただ、ブロック塀の陰になっていて、丸ポストを見つけにくい。

   20131224丸ポスト三島01


      20131224丸ポスト三島02


      20131224丸ポスト三島03


      20131224丸ポスト三島04



これで、三島市の丸ポスト制覇。


これまでに

駿東郡小山町      1基
御殿場市        1基
沼津市          7基 
伊東市 ①        15基
裾野市           2基

そして本日、三島市1基制覇して合計27基となりました。


静岡県内には227基の丸ポストが現存しているとされています(2013年8月7日現在)
(えっ!? あと200基もあるの?)

完全制覇は、ちょっと難しいと思われるけれど
一つでも多くの丸ポストを探してみようと思います.............。








2014/01/12 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

山中城址 (2013年12月24日)(静岡県三島市) 

12月24日 公休日


この日、駿東地区から伊豆へ出かけた最大の目的は
三島市にある国史跡の城址の見学です


向かった先は..........

     山中城址


山中城は

永禄年間(1558年 - 1570年)に北条氏康により築城される。
北条氏の本拠地である小田原の西の防衛を担う最重要拠点で、
城は東海道を取り込む形で造られていた。

北条氏政の代に豊臣秀吉との関係が悪化すると、
山中城は改修し防備を固めることになるが、
結局間に合わず未完成のまま豊臣軍を迎える。
1590年(天正18年)、小田原征伐で豊臣秀次率いる7万の軍勢が山中城を攻撃、
守将である北条氏勝、松田康長、松田康郷、蔭山氏広、間宮康俊ら4千は奮戦し、
豊臣方も部将の一柳直末など多くの戦死者を出すものの、
猛烈な力攻めの結果わずか半日で落城し、北条方の松田・間宮などの武将や城兵の多くが討死した。
戦後、城は廃止された。

1930年(昭和5年)に国の史跡に指定された。
1973年(昭和48年)から三島市が公園として整備をはじめ、合わせて学術的な調査もなされた。

2006年(平成18年)4月6日、日本100名城(40番)に選定された。

                     (Wikipedia より引用)




こちらが山中城の縄張り図


      山中城祉縄張り図




こちらが山中城址

ちょうど国道一号線沿いにあり、駐車場も完備されています。
駐車場のある辺りが三の丸にあたります。

駐車場に車を停めて、山中城址の攻略開始です

      20131224山中城址01


さすがは、国指定史跡。
説明板が充分過ぎるぐらい準備されています。

山中城址について記されているこの説明板を
10枚近く見たような気がします。

      20131224山中城址02


こちらは、三の丸空堀。

      20131224山中城址03


      20131224山中城址04


こちらは田尻池。
山城だったために、こう言った水の手は必要不可欠なもの
しかし、今も渇れずに残っています。

      20131224山中城址05


田尻池から西の丸を目指します。



こちらは、元西櫓下の堀

      20131224山中城址06


      20131224山中城址07



こちらが、西の丸の空堀。

      20131224山中城址08

この辺りから、山中城址の見所が始まります。

西の丸の空堀は畝堀

空堀内に進入した敵の動きを鈍くさせるため
このように畝を設けています。

      20131224山中城址09

また、堀底に雨を溜めることも出来、
水が貴重な山城での水の補充の役割をしていたとも言われています。

      20131224山中城址10




こちらは、西櫓堀

      20131224山中城址17


9m感覚で8本の畝が堀に対して直角に作られています。

      20131224山中城址11





そして、こちらが障子堀。



手前が西櫓
奥が西の丸
2つの郭をこの障子堀が隔てています

      20131224山中城址12


これぞまさに北条氏の築城の証とも言えるモノ。

      20131224山中城址13


それくらい、小田原北条氏の支城には
畝堀、障子堀の空堀を持つ城は多い。

北条流築城、ここに在り!




こちらは、角馬出。

      20131224山中城址14


馬出とは虎口(曲輪の出入口)に的土という盛土を土塁外側(又は内側)に施し
外側から郭内を覗きにくくしたり、敵の侵入に対し、
城内(郭内)から攻撃しやすくするために設けられたものです。


戦国時代の城は2つの虎口に1つの広場を組み合わせ馬出を構成しています。
甲斐・武田氏は馬出の土塁と堀を丸く造ったので、『丸馬出』と呼ばれ
堀が丸く円弧を描くので『三日月堀』と呼ばれています。

対する小田原北条氏は四角い広場(この場合は西櫓)を構築しているため
『角馬出』と呼ばれています。




この西櫓の芝生は気持ち良さそうだなと思っていたら......

      20131224山中城址15




案の定、芝生にごろ~んと転がっています。

      20131224山中城址16




西櫓の堀沿いに建つ山中城址の碑

      20131224山中城址18



西櫓からは富士山が見えるはずなんですが
この日はあいにく富士山は雲がかかって見えませんでした。
天気はいいんですがねぇ...........

      20131224山中城址19



障子堀を先ほどとは別角度から見ます

やっぱり、美しい
そしてやっぱり、こんな堀を考えるなんて
北条流築城はすごいって思っちゃいます。

      20131224山中城址20



西の丸の畝堀
西の丸はこんな畝堀が三方を取り囲んでいます

      20131224山中城址21



こちらは西の丸

      20131224山中城址22



西の丸の虎口

      20131224山中城址23



山中城は曲輪の四方を土塁が取り囲み、それが綺麗に残されています。

      20131224山中城址24




西の丸と西櫓は架け橋が架けられていたようで
こんな形の橋だったようです

      20131224山中城址25



西の丸の芝生も気持ち良いのか?

目を離すと、いつの間にか芝生にごろ~んと転がっています

      20131224山中城址26



西の丸側からみる障子堀
やっぱり素晴らしい

その言葉しか出てきません

      20131224山中城址27<



西の丸から眺める富士山方面
本当ならバッチリ見えるはずなんですけど.........

      
20131224山中城址28



西の丸見晴台

      20131224山中城址29


      20131224山中城址30



西の丸から北の丸方面へ移動します


西の丸の下にある溜池跡

      20131224山中城址31



溜池の上の空堀(畝堀)は整備中

      20131224山中城址32


北の丸手前の空堀
こちらも畝堀ですが、今一歩畝の状態が確認しづらい。

      20131224山中城址33



北の丸虎口付近

      20131224山中城址34



虎口の土塁もしっかりしています。

      20131224山中城址35



北の丸と本丸を繋ぐ木橋
もちろん復元されたものですが
往時もこんな感じで畝堀に架けられていたようです。

      20131224山中城址36


こちらは、北の丸堀
畝堀ではないけれど、広さ、深さはかなり有り
北側からの敵の侵入を阻みます

      20131224山中城址37


北の丸もそれなりに広い

      20131224山中城址38



秀吉軍との最後の攻防の舞台がこの北の丸であったということで
城将・松田康長は奮戦の末、ここで戦死したと言われています。

      20131224山中城址39



北の丸と本丸・天守台を隔てる空堀

      20131224山中城址40



北の丸も曲輪の周囲を土塁で囲われています

      20131224山中城址41



北の丸から木橋を渡り、本丸へ突入いたします

      20131224山中城址42




こちらは、本丸・天守台

      20131224山中城址43

二層くらいの櫓だ建てられていたと言われています




本丸脇にある 矢立の杉

出陣の際に杉に矢を射立てて勝敗を占っていたと言われています

      20131224山中城址44





本丸は3段の曲輪となっています。


3段曲輪の1番下段には、樹齢約600年のカシの木があります。

      20131224山中城址45



山中城の歴史を今日まで見届けて来たカシの木です。

      20131224山中城址46


カシの木の脇には、駒形諏訪神社がひっそりと鎮座しています。

      20131224山中城址47



本丸と二の丸を隔てる障子堀。

      20131224山中城址48


見事!! っ言うしかない。

      20131224山中城址49




こちらは、二の丸。

奥に見える高台は二の丸櫓台。

      20131224山中城址50


      20131224山中城址51


二の丸櫓台から見下ろす二の丸と架け橋。
さらには畝堀。

      20131224山中城址52


架け橋と畝堀。

      20131224山中城址53


こちらは、二の丸虎口。

手前側の架け橋を渡れば元西櫓。

      20131224山中城址54


二の丸虎口を別角度から

      20131224山中城址55



二の丸から三の丸へと移動します。



こちらは上から見下ろす、田尻の池。

      20131224山中城址56


この辺りの下り道(階段)で、 びいすけ がリードをグイグイ引っ張り
階段の滑り止めの土嚢に足を取られ(って言うか、濡れていた土嚢に滑った)、
すってんコロリン………………
思い切り転んじゃいました。

デジイチカメラ、壊れなくて良かった。
って言うか、カメラを守って思い切りお尻を打って
尾骶骨が痛かったぁ………………。




三の丸の一角には宗閑寺があり、
戦死した将兵の菩提を弔っています。

      20131224山中城址58


宗閑寺には、山中城主・松田兵衛大夫康長、
援軍の将・間宮豊前守康俊、箕輪城主・多米出羽守平長定の墓があります。

      20131224山中城址57

また、北条方だけではなく、討ち死にした豊臣方の武将・一柳直末らの墓が並んでいます。




こちらが、三の丸にある駐車場入口。
目の前を国道1号線が走り抜け、アクセスは抜群。

      20131224山中城址59

裏を返せば、国道1号線が城址を分断している。
良く言えば、国道1号線を城址が取り込んでいる。



こちらは、旧・東海道(旧・箱根街道)
こちらも山中城址は一部として取り込んでいます。

      20131224山中城址60

この石畳みの街道を豊臣軍3万5千の兵が、山中城を目指して、
さらには、小田原を目指して進軍してきたそうです。



国道1号線を挟んで旧東海道の奥には袋先出丸があります。


秀吉との対決が決定的となった天正十五年(1587年)頃から、
三の丸から旧東海道を挟んだ岱先の地を出丸として取り込み
大改築が実施されましたが、普請半ばで秀吉の小田原攻めとなり
未完成のまま秀吉軍の攻撃を受けたと言われます。

出丸と言えば、ちょっとした郭があって、土塁があってというイメージですが
この袋先出丸は規模が違う。
さすがに秀吉の小田原攻めに北条氏が備えようとしただけがあります。
ちょっとした一つの城郭と言っても過言ではありません。




こちらは御馬場曲輪。
確かに広い曲輪です。

      20131224山中城址61


袋先出丸のすり鉢曲輪手前の見張り台

      20131224山中城址62

ここも富士山がバッチリ見えるはずなんですが........
あいにくの雲が恨めしい。
富士山の裾野は何となく確認できるんだけどなぁ......



御馬場曲輪の土塁の上から見下ろす一の堀
これも見事な畝堀

おの畝堀の奥に旧東海道が走っています
さらに奥には国道1号線。

      20131224山中城址63



等間隔に設けられた畝
まさしく北条流築城術の結集とも言えます

      20131224山中城址64


      20131224山中城址65


      20131224山中城址66



こちらが、すり鉢曲輪

廓が中心部に向けてすり鉢状になっています。

      20131224山中城址67



すり鉢部から、御馬場曲輪の見張り台を見上げてみます

      20131224山中城址68



すり鉢曲輪の奥には武者溜り

豊臣軍に備え、ここに多くの兵が待機していたのでしょうか?


      20131224山中城址69



すり鉢曲輪の虎口

      20131224山中城址70



この辺りが袋先出丸の未完成部分と言われています。
ここにも曲輪を構築中だったようです。

      20131224山中城址71



御馬場曲輪の南側の堀
ここも畝堀だったようですが、今は畝がなくなっています
画像では見にくいのですが、わずかに畝跡が一本残っています。

      20131224山中城址72




再び、御馬場曲輪にて

      20131224山中城址73



高くはありませんが北側の土塁
この土塁の下には一の堀
見事な畝堀が待ち構えています。

      20131224山中城址75


      20131224山中城址74




御馬場曲輪から山中城址の本丸方向を眺めます

      20131224山中城址76



何だかんだと山中城址をぐるっと散策したら
駐車場に車を停めてから、2時間が経っていました。

それほど見応えのあった山中城址。

3万5千と言われる秀吉軍の攻撃にたった半日しか持ち堪えられなかったけれど
この城は紛れもなく名城だったと思います。

やっばり、小田原北条氏直轄の支城は味があって面白い。

冬のこの時期、芝生は枯れて茶一色だけど
新緑の時季に緑一色の曲輪や畝堀、障子掘を見に来たいと思います。











  
2014/01/11 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸ポストを探して 静岡・裾野編 (2013年12月24日)(静岡県裾野市) 

12月24日 公休日

静岡県裾野市には3基の丸ポストが現存していると知り、
裾野市の丸ポストを探してみました。



最初の1基は佐野地区。
中川商店前の丸ポスト。

      20131224丸ポスト裾野01


      20131224丸ポスト裾野02


      20131224丸ポスト裾野03


      20131224丸ポスト裾野04



本来なら、この方向にバチッと富士山が見える筈なんですが、
生憎の雲がちょうど、富士山にかかっている。

      20131224丸ポスト裾野05



う〜ん、残念!
これって、日頃の行いのせい?(笑)。




続いて2基目は、平松地区。
と言っても中川商店からは徒歩圏内。
5分も歩けば到着してしまいます。

駿河信用金庫裾野支店駐車場内の丸ポスト。

      20131224丸ポスト裾野06


      20131224丸ポスト裾野07


      20131223裾野丸ポスト


      20131224丸ポスト裾野09

駐車場の端っこに申し訳なさそうに建っていました。





3基目の丸ポストは同じく平松地区。
駿河信用金庫から数百mの場所。
ハローワーク沼津すそのハートワークガーデンシティすその前。


愕然としました。
道路の拡張工事をしています。

      20131224丸ポスト裾野10


2013年の夏頃まで、ここにハローワークがあったそうです。
(かつての中部銀行があったビルだそうです。)

      20131224丸ポスト裾野11


また一つ、昭和の遺産がなくなってしまい、残念です。
もっと早く、裾野市の丸ポストを探しに来ればよかった………。


なくなってしまった物は仕方ない。

これで一応、裾野市の丸ポストは制覇したことになります。

これまでに


駿東郡小山町      1基
御殿場市        1基
沼津市          7基 
伊東市 ①        15基

そして本日、裾野市2基制覇して合計26基となりました。


静岡県内には227基の丸ポストが現存しているとされています(2013年8月7日現在)

完全制覇は、ちょっと難しいと思われるけれど
一つでも多くの丸ポストを探してみようと思います.............。



2014/01/10 Fri. 17:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

五竜の滝 (2013年12月24日)(静岡県裾野市) 

12月24日 公休日


この日は朝早くから、静岡県の裾野市に遠征していました。

裾野市の市街地を目指して車を走らせていると
こんな看板を見かけた。

      20131224五竜の滝01


『五竜の滝』って名前が凄い。
そして、手書きのこの看板も凄い。

こんな看板を見たら、素通りは出来ません。


橋の上から、滝が見えました。

      20131224五竜の滝02


橋からそんなに遠くなさそうだし、
橋を渡った先の路肩のちょっとしたスペースに車を停め、
びいすけ のリードを引っ張りながら
急ぎ足で滝方向へ進みます。

この時点で早くもテンションが上がっています。



じゃ〜ん!
これが 五竜の滝

      20131224五竜の滝03


      20131224五竜の滝04


滝の近くには、説明看板。

      20131224五竜の滝05

どうやら、静岡県の指定天然記念物らしい。

五竜の滝とは、5条の滝の流れがあることから付けられたらしい。
この位置に3条の流れがあり、すぐ近く(対岸)に2条の流れがあるらしい。


遊歩道があるので、3条の滝に近づいてみます。

      20131224五竜の滝06



いやぁ〜、すごい!

落差は10mちょっとだと思うけれど
水量が凄い!

      20131224五竜の滝07


滝壺辺りに虹が見えていました。
辛うじて画像でも確認出来ます。

      20131224五竜の滝08


      20131224五竜の滝09


      20131224五竜の滝10



残りの2条も確認しましょう。

この吊り橋を渡って、対岸に行きます。

      20131224五竜の滝11


      20131224五竜の滝12


かなり揺れるから、 びいすけ はびびりまくり。
中々、吊り橋を渡ろうとはしません(笑)。

      20131224五竜の滝13




残りの2条の滝がこちら

      20131224五竜の滝14


対岸の3条の滝と比べてしまうと
おとなし目と言う表現になってしまいます。

      20131224五竜の滝15


2条の滝近くから眺める3条の滝。

      20131224五竜の滝16


こちらは、吊り橋の上から見る3条の滝。

やっぱり、真正面からだと豪快さがわかります。

      20131224五竜の滝17


市街地を流れる黄瀬川の滝ですが
以前見た鮎壺の滝(静岡県沼津市・駿東郡長泉町)よりも
かなり上流にあるので水質はかなり良い。

この五竜の滝がある辺りは、ちょっとした公園になっていて
駐車場も完備されています。
(そうとも知らず、路肩の空きスペースに車を停めました。
ほぼ、路駐に近い状態でした。)

近くに来たら、ぜひ立ち寄ることをお勧めします.............


 
 

2014/01/10 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

千福城址 (2013年12月24日)(静岡県裾野市) 

12月24日 公休日


裾野市の葛山城址から車で10分ほどの距離の東名高速道路脇に普明寺があります。
普明寺の裏山が  千福城址  と言うことで訪れてみました



千福城は

築城時期は定かではありませんが、葛山城主・葛山氏元により築城されたと伝わります。
1568年、武田信玄によって葛山氏元が諏訪で斬殺されると、
同族の御宿氏が武田氏傘下においてその所領を管理するようになったとされています。

千福城は元亀三年(1572)頃から御宿氏の居城となったとされ、
御宿監物政綱とその子・勘兵衛政友が2代にわたり居城したと言うことです。

御宿勘兵衛政友は後に大坂夏の陣で豊臣方の武将として奮戦します。、
徳川家康にもその剛勇ぶりを評されましたが、大阪夏の陣で敗死しました。
千福城が廃城になった時期は定かではありません




こちらが、千福城の縄張り図
余胡くんのホームページよりお借りしました。)

      千福城址縄張り図




普明寺の背後にある山が千福城址。
普明寺の看板には『信玄ゆかりの寺と千福城跡』と書かれています。

      20131224千福城址01


こちらは、普明寺門前の標柱。
別名『平山城』とも呼ぶらしい。

      20131224千福城址02

      20131224千福城址03



墓地の脇を久保川沿いに歩けば、こんな帯曲輪が待っています。

      20131224千福城址04


縄張り図を見ればわかるけれど、とにかく郭が多い。
正直、登城口が判らずに歩き、やっと見つけた登城路

      20131224千福城址05


と思いきや、縄張り図で言うところの16の郭に出たものの
この先に道がない………………。

      20131224千福城址06


斜面を根性で登り、見つけた石碑。
千福城址の碑だと思ったら、水神宮の碑でした。

      20131224千福城址07



斜面を更に登り、ほんの少しの藪と戦い
なんとか、縄張り図の12の郭に到着。

ここまで来れば、登城路はみつけやすい。

明らかに人の往来のあった道を歩き、主郭を目指します。

      20131224千福城址08


狭い登城路に轍の跡?

どうやら、トラクターか耕運機が走った跡のようです。


坂虎口を登ります。

      20131224千福城址09


坂虎口を抜けると、ちょっと広い郭。

縄張り図で言うところの4の郭に出ます。

      20131224千福城址10

郭には茶畑があり、先ほどのトラクター(?)の轍にも、思わず納得。




この細い階段状の斜面を登れば、主郭。

      20131224千福城址11


主郭はお世辞にも、きちんと整備されているとは言えません。

冬だと言うのに、下草が多い。

      20131224千福城址12





こちらは、主郭と二郭を隔てる空堀。

かなり埋れている上にブッシュ状態。
とにかく雑草が多い。
びいすけ が雑草に隠れるほどです。

      20131224千福城址13


当然、2郭も草茫々の藪状態。
速攻で二郭から撤収です(笑)。

      20131224千福城址14


主郭、二郭と共に草茫々状態のため、下山することにして、
来た道を戻ります。

縄張り図で言うところの12の郭に向かいます。

この登城路は、いかにも城郭っぽい

横矢が掛かっていて、奥に虎口が確認できます。

      20131224千福城址15


12郭の虎口。

      20131224千福城址16



こちらは、12の郭の反対側。
15の郭からの虎口。
どうやら、このルートが正規の登城路のようです。

      20131224千福城址17


こちらは15の郭の虎口。
土塁もしっかりと確認出来ます。

こうやって見ると、この辺りにも遺構は多く残されています。

      20131224千福城址18



17の郭は茶畑と化しています。

      20131224千福城址19



17郭の横堀と切岸。
これが広くて大きい。
かなり埋れているが、往時はもっと深かったのだろう。

      20131224千福城址20

      20131224千福城址21



ぐるっと城址を一回りして、麓の普明寺に戻って来ました。

      20131224千福城址22



普明寺って名前からして、お寺なのに………
なぜ、境内に狛犬があるのだろう?

      20131224千福城址23


そんな疑問もチラっと頭の中に浮かびましたが
約1時間の千福城址の探索も無事終了。

葛山城址、千福城址と続けざまに葛山氏系列の山城を歩き、
ちょっびり心地よい疲れを感じながらも
次なる目的地を目指します………………。






2014/01/09 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

景ヶ島渓谷 《景ヶ島九折滝 屏風岩の滝》(2013年12月24日)(静岡県裾野市) 

12月24日 公休日


葛山館跡から千福城址へ移動するのに、川沿いの道を走っていました。
進行方向左側にこんな説明看板を見かけた..........

      20131224景ヶ島渓谷01


すぐさま、Uターン。そして看板を確認。
どうやらこの辺りは、  景ヶ島渓谷  らしい
近くの公園の駐車場に車を停め、散策してみることにしました。

      20131224景ヶ島渓谷02



階段を降りて渓谷に向かうと、すぐに橋があり
橋から小さな滝が見えました。


どうやら、 景ヶ島九折滝  と言うらしい。

      20131224景ヶ島渓谷04

      20131224景ヶ島渓谷03



滝っぽく見えないけれど......
ズームで寄ってみるとこんな感じ

      20131224景ヶ島渓谷22


      20131224景ヶ島渓谷23




橋を渡った先には、こんな標柱が建っています

      20131224景ヶ島渓谷05

裾野市指定の景勝地だそうです


確かに奇岩がゴロゴロとしています

      20131224景ヶ島渓谷06


この写真を撮ったあと、実は苔に滑って びいすけ が川に落ちました(笑)
浅瀬だったので、足の付け根ほどの深さでちょっぴり服も濡れましたが
すぐさまリードを引っ張って事なきを得ました




さらに奥にはお堂が建っています

お堂の壁には古めかしい観光案内の看板
以前はこの辺りは葛山村だったようです。

      20131224景ヶ島渓谷07


お堂だと思っていたら、依京寺と言うお寺でした。

      20131224景ヶ島渓谷08



下流に屏風岩というところがあるようなので
川沿いの道を歩いて行きます

確かにこの辺りは渓谷
それらしい雰囲気が漂っています。

      20131224景ヶ島渓谷21



5分ほど歩けば、屏風岩の説明看板に出会えます

      20131224景ヶ島渓谷09


案内看板に導かれ、川辺へと向かいます

      20131224景ヶ島渓谷20



こちらが屏風岩

      20131224景ヶ島渓谷15


富士山の噴火で玄武岩が急速に固まったため、
岩肌が数え切れない六角形の柱を形成し、柱状節理となっています。
『屏風岩』の『柱状節理』を直接観察できる貴重なものとして学問的にも価値が高く、
平成3年に静岡県指定名勝に指定されているそうです



この屏風岩も素晴らしいが、真の目的はそれじゃない。

実は屏風岩にも滝があるとのことで、
その滝を眺めに来ました



こちらが、 屏風岩の滝

      20131224景ヶ島渓谷14


      20131224景ヶ島渓谷12


      20131224景ヶ島渓谷13



少し距離がありますがズームで撮るとこんな感じ。


      20131224景ヶ島渓谷10


      20131224景ヶ島渓谷11





中洲っぽい砂地があるので、そちらに移動してみました。

      20131224景ヶ島渓谷17


      20131224景ヶ島渓谷18




ズームで寄るとこんな感じ

      20131224景ヶ島渓谷16



そんなに大きな滝ではありませんが
屏風岩の柱状節理の隙間から流れ落ちる滝

      20131224景ヶ島渓谷19



奇岩と滝の組み合わせ
とっても珍しいモノを見せてもらった..........

そんな満足感に心満たされました.............。


 
 
2014/01/08 Wed. 17:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

葛山館跡 (2013年12月24日)(静岡県裾野市) 

12月24日 公休日


葛山城址のすぐ近く、直線距離でも数百mの距離に
葛山氏の居館跡とされる葛山館跡があります。


葛山館は

葛山氏が平時に居館としていたとされるところで単郭式の城館です。
葛山城が戦時の『詰の城』とされていたようですが築城時期が定かでないのと同様
葛山館も築城時期が定かではありませんが、
室町期に駿東一帯を支配した大森氏が小田原城に本拠を移した際に、
一族の葛山氏がこの地に居住したと言われています。
とは言え、戦国時代の葛山氏は甲斐の武田、駿河の今川、相模の北条という強国に囲まれ、
一族の存続のため、そして生き残りをかけて、当初は今川氏に任え、
北条氏の娘を娶り血縁関係を結び、さらには武田信玄に内通するなど
数奇な運命をたどった日本戦国史の中では特異な武家であったようです。




こちらが、葛山館跡の縄張り図
余胡くんのホームページからお借りしました。)

      20131224葛山氏館跡縄張り図



三方を土塁で囲まれた葛山館跡

北側の道路に面した土塁の前には説明版が建っています

      20131224葛山氏館跡01



案内板の脇に北側の虎口があり、そこから館内に入ります。

      20131224葛山氏館跡02



館内は思ったより広い
100m×100mほどの単郭館です

見所は北側の土塁

      20131224葛山氏館跡03


      20131224葛山氏館跡04


      20131224葛山氏館跡05



高さ2mほどの土塁がしっかりと残されています

      20131224葛山氏館跡06




こちらは北西の虎口

      20131224葛山氏館跡07



西側の土塁
こちらもしっかりと綺麗な形で残されています

      20131224葛山氏館跡08


      20131224葛山氏館跡09




こちらは南西の虎口

      20131224葛山氏館跡10


      20131224葛山氏館跡11




南西の虎口から見た館内
こうやって見ても、やっぱり広く感じます。

      20131224葛山氏館跡12



館内(郭内)は一部畑と化していますが、芝生部分も多い。

      20131224葛山氏館跡13


      20131224葛山氏館跡14




南側の土塁跡(?)
辺りが畑と化しているので土塁が削られてしまったのだろうか?
往時はもっと高さがあったのかもしれない

      20131224葛山氏館跡15




葛山館跡郭内から眺める葛山城址
画像の真ん中が仙年寺。
その背後の山が葛山城址。

      20131224葛山氏館跡16


葛山城址(仙年寺)から車で移動しちゃったけれど、
車を止める場所がなくて路上駐車しちゃいました。
そんなに歩いても距離がないから、仙年寺の駐車場に車を停めて
葛山城址とセットで見学するのが正解ですね............




 
2014/01/08 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

葛山城址 (2013年12月24日)(静岡県裾野市) 

12月24日 公休日

東名高速を裾野ICで降り、向かった先は

葛山城址      


葛山城は

築城時期は定かではないが、
室町期に駿東一帯を支配した大森氏が小田原城に本拠を移した際に、
一族の葛山氏が居住したと言われています。
葛山氏は国人衆として駿河守護職の今川氏の被官となっていましたが、
富士川以東は今川氏の直接支配は及ばず、葛山氏は半独立勢力であったようです。

延徳三(1491)年、興国寺城にいた伊勢新九郎(北条早雲)が伊豆に討ち入り
堀越御所を急襲、足利茶々丸を討った際にも、
葛山氏は今川氏に命じられて援軍として参加しています。
その後、葛山氏は早雲の次男、氏時を養子として迎えています。
永正十一(1514)年には今川氏親が甲斐の内紛に介入し、葛山氏も甲斐に出陣しました。
大永六(1526)年に北条氏綱と武田信虎が籠坂峠で争った際も北条方に与していたと見られ、
葛山氏元はのちに北条氏綱の息女を娶っている。
天文五(1536)年、今川義元が武田信虎と和睦したことに怒った北条氏綱が
駿東に侵出(河東一乱)した際には、北条に与していたと思われます。

永禄十一(1568)年、武田信玄が駿河に侵攻すると、
葛山氏元は朝比奈・三浦・瀬名氏らと武田氏に内通しました。
永禄十二(1569)年には北条方の富士兵部少輔信忠の大宮城を包囲し、開城させています。
その後の蒲原城攻撃でも先方の一翼を担いましたが、武田氏の恩賞に不満を持った氏元は
武田氏に反旗を翻す企てを察知され、幽閉の後、諏訪の地で斬られてしまったということです。
氏元の死後は信玄の六男・信貞が葛山氏を嗣いだが、
天正十(1582)年二月に武田氏は滅び、信貞も甲斐善光寺で自刃し、
葛山氏は滅び、葛山城も廃城となったと言われています。




こちらが、葛山城址の縄張り図
余胡くんのホームページ よりお借りしました。)

      葛山城址縄張り図



縄張り図の下の位置、ちょうど集会所の前に
葛山城址の碑が建っています。

この場所は仙年寺への入り口でもあり、
仙年寺の裏山が葛山城址になります。

      20131224葛山城址01


      20131224葛山城址02


この葛山城址のある一帯の里山を裾野市が
『もののふの里 葛山』と銘し、観光資源として力を入れているようです。

      20131224葛山城址03



幾つかの登城ルートがあるようですが
仙年寺の左手の墓地の奥に続く山道を選び散策開始です。

墓地を右方向に見ながら、ひたすら斜度のある山道を歩きます。
ヒイヒイ言いながら、歩くこと10分ほどで二郭の下辺りに辿り着けます。
このコースは西側の郭から主郭へと続くようです。

目の前にいきなり、こんな堀切が現れます。(六号堀)

      20131224葛山城址04


さらに、もう1本、堀切が並びます。(五合堀)

      20131224葛山城址05


この辺りから、城址の雰囲気満載。
びいすけ の背後にも竪堀が確認できます。(四号堀)

      20131224葛山城址06


西の堀切に登ってみます。
堀切って言ってもこのレベルと傾斜は、もはや竪堀。

      20131224葛山城址07


こちらは西の出丸。
そして西の出丸に鎮座する雷神社。

      20131224葛山城址08



西の出丸から北方向に降りたところが水の手。
山から湧き出る清水がここから沢となり流れていたらしい。

      20131224葛山城址09


今は渇れてしまったが、かつては天然の沢が堀となり
葛山城の要害性を高めていたと言うことです。

      20131224葛山城址10


かつての沢も、今は見事な空堀の様に見えます。

      20131224葛山城址11


      20131224葛山城址12


沢の水を塞き止めていたと思われる水堀堰跡。

      20131224葛山城址13


水の手から沢に沿って10分ほど歩けば
葛山城址の大手口に辿り着けます。

立派な看板も建てられ、本来はこちらが正当な登城口かも知れません。

      20131224葛山城址14


こちらは、大手曲輪。

      20131224葛山城址15



大手曲輪から東曲輪に至る坂道は紅葉の並木道。
紅葉の時期は過ぎてしまったけれど、かなりの落ち葉の量から推測すれば
絶景の紅葉のトンネルだろう。
来年は秋に訪れてみたいものです。

      20131224葛山城址16



こちらは東曲輪。

      20131224葛山城址17



東曲輪の先には、見事な堀切。(一号堀)

      20131224葛山城址18


さらに、もう一本の堀切。

西側だけで無く、東側も二重堀切です。

      20131224葛山城址19



それにしても、見事な堀切てす。

      20131224葛山城址20






こちらが、葛山城址の主郭。

      20131224葛山城址21


こんな看板が有ったり

      20131224葛山城址22


四阿が有ったりします。

      20131224葛山城址23


主郭から眺める富士山は別格らしいが、
残念な事に、早朝ははっきりと見えていた富士山も
雲がかかって見えなくなってしまいました。

      20131224葛山城址24


こちらは、主郭から眺める裾野市街。
確かに眺望は良い。

      20131224葛山城址25



二郭から見上げる主郭虎口。

      20131224葛山城址26


そして、こちらが二郭。

      20131224葛山城址27



こちらは、二郭虎口。

      20131224葛山城址28


      20131224葛山城址29


      20131224葛山城址30


二郭から見る西の堀切。
この位置からだと、はっきりと二重堀切なのが分かります。

      20131224葛山城址31




三号堀(竪堀)の階段を下り、下山します。

堀を下って行けば、葛山城址の南麓。
仙年寺の裏手には葛山氏の墓所があります。

      20131224葛山城址32

今川、北条、武田と戦国の歴史の流れに乗り切れず
悲運の末路をたどった葛山氏の墓所です



こちらは仙年寺の山門。

      20131224葛山城址33



仙年寺越しに見る葛山城址。

      20131224葛山城址34



正直、あまり期待していなくて、
30分位でささぁ〜っと散策して帰るつもりでいましたが
西の出丸から水の手、大手曲輪、東曲輪、主郭、二郭とぐる〜っと廻ったら
何と1時間半もかかってしまいました。
上ったり、下ったりと山城は疲れます。
しかしながら、心地よい疲れと、うっすら額に浮かんだ汗が
充実感を感じさせてくれます。

確かに手応えのあった城址でした。

そして、 びいすけ にも良い散歩になったことでしょう………………。


2014/01/07 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

東名高速(下り)足柄SAドッグラン (2013年12月24日) 

12月24日 公休日  


この日はクリスマス
ひとり暮らしが長いと、こういったイベントは正直言って苦手なところ
まぁ、本来は夫婦やカップルで盛り上がるイベントですからねぇ........

昨年は諸般の事情で中止となりましたが
今年も びいすけ と伊豆の方へ遊びに行ってきました。

平日の朝の首都高速の渋滞を避け、朝4:30過ぎに佐倉の自宅を出発。

佐倉ICから東関道~京葉道路~首都高速~東名高速と走ります。


何だかんだと高速道路を乗り継ぎ走ること2時間近く経つと
トイレ休憩と びいすけ の休憩も必要になります。

と言うことで立ち寄ったのが 東名高速(下り)足柄SA ドッグラン


渋滞に遭遇すること無く、足柄SAには7:00過ぎに到着。
今日も富士山が綺麗です。

ホワイトバランスが悪いのか?
レンズが明るすぎるのか?

画像では確認できませんが
今日も富士山が美しい。

      20131224足柄SAドッグラン01


こちらの画像だとよく分かる。
やっぱり富士山を見るのはこの時期かな.....?

      20131224足柄SAドッグラン02



前回このドッグランに来たとき(12月3日)の時にもあったけど
女芸人、光浦靖子のオブジェ(?)

足柄山のウンタローと言うらしい

      20131224足柄SAドッグラン03


      20131224足柄SAドッグラン04



いつもは、大型犬エリアに行きますが
この時間帯だから、どうせ誰も居ないだろうから
この日は中・小型犬エリアに向かいます。

      20131224足柄SAドッグラン05


予想通り、誰も居ません。

      20131224足柄SAドッグラン06


貸切り状態のドッグランのフェンスの匂い嗅ぎに励む びいすけ。

      20131224足柄SAドッグラン07


ワンコ用にこんな遊具(?)も用意されていますが………

      20131224足柄SAドッグラン08


草むらハードルには全く興味なし。
ひたすら匂い嗅ぎに熱中しています。

      20131224足柄SAドッグラン09



高速道路のSAに併設されたドッグランだから
不特定多数のワンちゃんが利用するから、色んな匂いがあるのでしょうか?
いつもにも増して、匂い嗅ぎで徘徊しています。

      20131224足柄SAドッグラン10



何やら、気になるものが有るようです。

      20131224足柄SAドッグラン11


キノコのポールが並んでいます。
ポールにマーキングする仔が多いのでしょうか?

こちらも、ひたすらに匂いを嗅いでます。

      20131224足柄SAドッグラン12



どうやら、このキノコのポールは遊具の一種で

『きのこのスラローム』と言うらしい。

      20131224足柄SAドッグラン13


しかし、 びいすけ にとってはマーキングポイントであって
匂い以外は興味なし。

      20131224足柄SAドッグラン14


      20131224足柄SAドッグラン15


何だかんだと30分ほどドッグランを徘徊した びいすけ。
とりあえず、オシッコもウンチも済ませたから
当初の目的は完遂。

駐車場へ戻る導線で、こんなオブジェ(?)を見つけた。

      20131224足柄SAドッグラン16


ガリタ食堂でいいのかな?
『めちゃイケ』とのコラボレーションのイベントのようです。

さすがに朝の7:00過ぎでは、まだオープンしていません。

オープンテラスって言うか、屋外の売店だから
ベンチに座れば、ワンコもOKでしょう。
今日は時間的に無理だけど、いつか時間が合えば
1度食べてみたいものです。

コンビニで買ったパンで朝飯を済ませ、
男1人+1匹の旅は始まったばかりです………………。




2014/01/06 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

8種混合ワクチン  (2013年12月16日) 

12月16日 公休日


毎年12月に8種混合ワクチンを接種しています。


この日八王子に行く最大の用事は びいすけ のワクチン摂取でした。

本当は午前中にささっとワクチンを済ませたかったんですが
そうすると午後からそんなに無理が出来ないので
逆に午前中に行きたいところに立ち寄って
夕方からの診察時間(16:00~)に病院へ行ってみました。

千葉県に住んでいますが、昨年までのは
毎月、一週間ほど八王子の実家に遊びいいくという生活を続けていたので
逆に実家近くの信頼の置ける獣医さんを びいすけ の主治医としていました。

幸いなことに、ここ2年病気らしい病気もしていないので
最近はフィラリアの検査とワクチン摂取がメインのお世話となっていますが.......




妹のもっちゃんからは、獣医さんが引っ越したとは聞いていました。
と言っても以前の場所から100mぐらい、南大沢の駅方向に行ったところ。


こちらが移転先の いまい動物病院

      20131216ワクチン01


城址巡りや丸ポスト探しをしていたので
午前中の診察に間に合わず、午後(16:00~19:00)の夕暮れ迫る時間の診察となりました


午後の診察の第一番だから、待ち時間は無し


毎年、獣医さんからワクチンの案内のハガキが届きます
今年の案内には爪切りと肛門絞りのサービス付き。

簡単な検診を兼ねて爪切りから開始です

      20131216ワクチン03


肛門絞り

      20131216ワクチン02



そして検診

      20131216ワクチン04



あっという間にワクチンも完了

      20131216ワクチン05





どこにも異常はないし、本日はこれにて終了

待合室で会計を待ちます。

      20131216ワクチン06


さあ、会計も終わったから、帰りましょう

      20131216ワクチン07


このあと、久しぶりに実家に顔を出そうかと思ったけれど
妹のもっちゃんは外出していて帰りが遅いらしい。

3人いる妹の多摩市に住む長妹の家に立ち寄って、
夕方の首都高速の渋滞時間を避け
22:00すぎに佐倉の自宅へ舞い戻りました。

今日も朝からHardな一日でした.............

 






2014/01/05 Sun. 17:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廿里古戦場跡 (2013年12月16日)(東京都八王子市) 

12月16日 公休日


八王子城址の近く。
都道61号線から高尾街道に合流してJR高尾駅方面に向かう途中に
小田原北条氏と武田信玄が争った古戦場があります。

先日、愛川町にある 三増古戦場跡 に訪れた時に
武田信玄と小田原北条氏の因縁の争いが
幾度とこの地方であったことを知り、立ち寄ったのは………

廿里古戦場跡


廿里古戦場(とどりこせんじょう)は、

戦国時代の1569年(永禄12年)10月1日に武田軍と後北条軍とが戦った古戦場。十十里原古戦場、十々里古戦場とも書く。現在の八王子市廿里町、廿里山(戸取山・鳥取山とも)の南側。現在は、独立行政法人森林総合研究所・多摩森林科学園(サクラの遺伝子保存や森林・林業に関する試験研究機関)がある付近。

後北条氏の本拠・小田原城攻撃に向かう武田信玄率いる甲州勢2万は碓井峠を越え、北条方の支城を攻撃しながら南下し、滝山城の北、拝島に陣を敷いた。一方、武田軍の別動隊で岩殿城主・小山田信茂隊1千は小仏峠から侵入した。これに対し、北条氏照は、家臣の横地監物、中山勘解由、布施出羽守ら2千の兵を派遣し、1569年(永禄12年)10月1日、廿里防塁跡で小山田軍を迎撃したが、待ち伏せの奇計を謀った小山田隊に敗北を喫したとされる。この後、武田軍により、滝山城は三の丸まで攻め込まれたが、かろうじて落城は免れた。北条方は小仏峠からの侵入を予想しておらず、意表をつかれたという。また、加住丘陵を利用した滝山城は南からの攻撃に弱点があることが明らかとなり、小仏峠を睨んだ強力な防衛拠点の構築を急ぎ、急峻な深沢山に八王子城を築き、本拠を滝山城から移転したという。

                               (Wikipedia より引用)
                          




       20131216廿里合戦跡01


『廿里』と書いて『とどり』と読むそうです。

      0131216廿里合戦跡02



残念ながら、現在は独立行政法人森林総合研究所・多摩森林科学園の敷地となっているため
自由気ままに見学する訳にはいかないようです。

      0131216廿里合戦跡03


こちらが、多摩森林科学園。
この日は月曜日で休園日でした。

      0131216廿里合戦跡04

落ち葉の掃き掃除をさしていた、女性職員の方に聞いたら

園内に犬は入れない。
古戦場の事は何も知らない。

と、つれない返事でした。



この台地の奥が古戦場跡なんですけどねぇ………。

      0131216廿里合戦跡05




仕方ないので周辺を散策します。

道路を挟んだ反対側の台地にも、それらしい雰囲気は残ります。

とは、言っても中世の遺構ではなく
近世に改変されたものだとは思いますが………。

      0131216廿里合戦跡06


      0131216廿里合戦跡08


      0131216廿里合戦跡09



こちらは削平地。
住宅地に改変された時のものなのか?
はたまた、この地で『もののふ』たちが争った跡なのか?

      0131216廿里合戦跡07



かつて、この地で武田信玄と戦った北条氏照、そして小田原北条氏。
関東制覇を成し遂げたものの、秀吉によって滅亡された北条氏。
そして織田信長によって滅亡へと追いやられた甲斐・武田氏。

つわものどもの夢の跡

ともにこの地で天下を取ろうという野望を抱いた武者(むさ)が争った。
しかし、その野望はいずれも儚い夢だったようです..............。



 
 
 


2014/01/05 Sun. 06:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

小田野城址 (2013年12月16日)(東京都八王子市) 

12月16日 公休日



八王子の丸ポストを探し、陣馬街道から打越町へ移動するために
都道61号線を走っていると、どこかで見かけたような風景に出会った
と言うか、トンネルをくぐった......。

確か..........
このトンネルの上に城址があったような気がする。

トンネルを抜けた先で住宅街に入り、公園を発見

間違いない!! 
ここは城址だ!


とういうことで立ち寄った先は.......小田野城址




小田野城は

八王子城(1587年(天正15年)頃築城)とほぼ同時期に、八王子城主・北条氏照の家臣である小田野源太左衛門が築城したと伝えられる。「武蔵名所図会」では小田野氏の居館跡であるという。1978年(昭和53年)に八王子市教育委員会の実施した「深沢遺跡及び小田野城遺跡予備調査」でその実在が確認された。1590年(天正18年)の八王子城攻撃の直前、小田野城は上杉景勝の軍勢と大激戦の末、攻め落とされたとも伝わる。その後、小田野源太左衛門は小田源左衛門と改姓して水戸徳川家に仕官した。1983年(昭和58年)八王子城の一部として国の指定史跡となる。

                            (Wikipedia より引用)



こちらが織田の城址の縄張り図    (余湖くんのHP よりお借りいたしました)


      小田野城址縄張り図







こちらが、城山トンネル
このトンネルの上が小田野城址になります。

      20131216小田野城址13


実は、このトンネルは当初は建設予定がありませんでした。
都道61号線を建設する際、当初は山を切り崩す予定でした。
城址保存の運動が起こり、急遽トンネルを作って城址を保存することにしたそうです。
なんともいい話です。



小田野城址に隣接する観栖寺台公園内に設置されている説明看板

八王子城の出城として追加で国指定史跡にされたそうです。

      20131216小田野城址17



説明版に記された縄張り図
こちらはちょっと見づらいですね。

      20131216小田野城址20



小田野城址の入口にある郭
出枡形の機能を有していたと言われていますが
今いち、枡形を感じ取れませんでした。

確かにこうして画像で確認すると
枡形に見えなくもない


      20131216小田野城址01


      20131216小田野城址04

 
      20131216小田野城址02


      20131216小田野城址03



こちらは土橋


     20131216小田野城址18





こちらは、主郭城塁
主郭は思った以上に広い

      20131216小田野城址05


主郭北側の土壇
台地の削平の残り部部が北側の土塁として活用されていたようです

この土壇を天守台か物見台として活用したのでしょうか.....?

      20131216小田野城址06



数羽のカラスに専有されていた主郭
広い主郭の枯れ落ち葉の中を
サクサクと歩きながら匂いチェックする びいすけ

      20131216小田野城址07


明らかに人の手の入った削平地なのが良くわかります。
100m×50mほどの広さがある主郭

      20131216小田野城址08



南側より主郭全体を眺めてみます。
奥に見えるのが北側の土塁と土壇

      20131216小田野城址09


こちらは南側の土塁

      20131216小田野城址10



こちらは北側の土塁

      20131216小田野城址11



腰曲輪沿いに歩いて台地を下ってみます

腰曲輪から見た主郭のある台地

      20131216小田野城址12




車では数十秒でトンネルで台地を超えてしまいます
歩いて台地を超え、トンネルの反対側に来た形になります。

トンネルの反対側の入口近くにはこんな標柱も建っています。

      20131216小田野城址14


      20131216小田野城址15


      20131216小田野城址16



この標柱の先を進めば、先ほどの腰曲輪にぶつかります。


結局、腰曲輪まで戻り、ぐるっと主郭から公園に戻り
小田野城址をあとにすることにいたします。

しかし、小田野城址と観栖寺台公園を隔てる、この谷戸も見応えがあります。
かつては谷戸の一画に池もあったようで
さながら天然の水掘としての役目もあったかもしれない。


      20131216小田野城址19


八王子城の出城として認知された小田野城址。
一説には築城途中であったとも言われています。

主郭の広さを見ても、八王子城主・北条氏照は
この小田野城にかなりの入れ込みがあったのかもしれない。

都道造成で跡形もなく消えてしまわないで、本当に良かった………。



2014/01/05 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

浄福寺城址  (2013年12月16日)(東京都八王子市) 

12月16日 公休日



陣馬高原下から八王子市内へ戻るために陣馬街道を走っていると
左手にお寺が視界に入った。

『浄福寺...........』

何か聞いたことがあるなぁって思っていたら
『新城址入口』って看板に書かれていた。

もしかして? と思いUターン。
道路脇のスペースに車を停め、確認すると
お寺の前に説明版が建っていました。


そこは、いつか訪れようと思っていた  浄福寺城址  でした

      20131216浄福寺城址01


      20131216浄福寺城址02


      20131216浄福寺城址03


この看板に気づかなければ、素通りしていました。

      20131216浄福寺城址05



浄福寺城は

中世山城である。新城(にいじょう)、案下城(あんげじょう)、松竹城(まつたけじょう)、千手山城(せんじゅさんじょう)など様々な別称で呼ばれていた。城の南側、陣馬街道に沿って、大石氏によって開基された浄福寺がある。この寺は、当時武将が待機する居館との説もある。一帯は八王子市の史跡となっている。八王子市教育委員会の説明板によれば、大石氏は系図(山木伊藤家伝)によれば木曾義仲の後裔が信濃国大石郷に住んでいたが、1356年(延文元年)入間・多摩に十三郷を得て多摩に移住し、秋多町(現・あきる野市)の二宮から浄福寺城、高月城(長禄2年)、滝山城(大永元年)と次第に大豪族となり城を移したといわれ、大石氏の経緯を知る上でも貴重な城跡であるという。

1384年(至徳元年)大石信重によって築城されたと言い伝えられる。一方、『新編武蔵風土記稿』によれば、「大石源左衛門尉入道道俊と云もの当所に居城を構へし」(道俊は大石定久といわれる)との記述もある。

後北条氏の時代になると、八王子城の出城として使用されたとされる。

1590年(天正18年)の豊臣秀吉による八王子城攻め、落城とともに浄福寺城も落城、廃城となった。

                           (Wikipedia より引用)


こちらが浄福寺城址の縄張り図 (余湖くんのHP よりお借りいたしました)


      浄福寺城祉縄張り図


こちらが浄福寺参道
これだけでも、城址の雰囲気満載(笑)

それもそのはず、浄福寺は居館跡
そして、浄福寺の裏山が詰めの城と言われているようです。

      20131216浄福寺城址04


      20131216浄福寺城址07


      20131216浄福寺城址06



浄福寺の裏手にあたる墓地の脇から登城します。
寺が城址になっている場合、このパターンが多い。

墓地のすぐ裏に建つ白山神社

この時点では、これから先の山道がいかに苦労するか露知らず
まだまだ元気でした(笑)

      20131216浄福寺城址08


この先を、ひたすら登っていくことになります。

      20131216浄福寺城址09


ほどなく登ると観音堂のある曲輪に到着します。

      20131216浄福寺城址10


こちらが観音堂

      20131216浄福寺城址11



観音堂の背後の土塁

      20131216浄福寺城址12



しばらく尾根伝いに歩き、やがて急斜面の上り坂が続きます。
乾いた土ですが、靴がズルズル滑って歩き辛い道です。


こちらが堀切

主郭はもうすぐです。

      20131216浄福寺城址13


ここを登れば主郭になります

      20131216浄福寺城址14


こちらが主郭
尾根続きの山城にしては30mほどの幅があり、意外に広い。

      20131216浄福寺城址15



こちらは主郭虎口

      20131216浄福寺城址16


主郭中央部には土壇があり、祠が祀られています。
おそらく、往時はここに天守台か何かがあったのでしょう。

      20131216浄福寺城址17


      20131216浄福寺城址18


      20131216浄福寺城址19





主郭から尾根伝いに二郭へと移動します。

この主郭から二郭に至る尾根沿いには城郭遺構の見所があります


こちらは大きな堀切

      20131216浄福寺城址20


尾根を下った先にある別な堀切

      20131216浄福寺城址21


埋もれているものの、それなりの深さのある堀切

      20131216浄福寺城址22



二郭から三郭に至る尾根を下った先にある堀切

      20131216浄福寺城址23


尾根を分断する堀切が幾重にもあるように感じてしまいます。

      20131216浄福寺城址24


      20131216浄福寺城址25


四郭の先の崖の行き止まりまで尾根を下り
再び主郭へと戻ることになります


誰かが道に迷わないように印を付けてくれたのでしょうか?
何本かの木に白いペンキで目印が付けられています。
おかげさまで、戻るときに迷わずに済みました。

      20131216浄福寺城址26



同じ堀切でも往きと還りでは見え方が違うようです。

      20131216浄福寺城址27


      20131216浄福寺城址28

一度下った尾根を再び登っていくのも意外に辛い

何とか再び主郭に戻り、下山いたします

      20131216浄福寺城址29


急な斜面を気をつけて下り、なだらかな尾根に到着
ここまで来れば、多少、気も楽になります。

しかし、脇の下は汗びっしょりです(笑)

      20131216浄福寺城址30



今更ながらに、こお細い尾根の先
そして遥か上に郭を設け城を作ったとは驚きです

      20131216浄福寺城址31



登城開始から約1時間半
浄福寺に戻ってきた時はさすがに疲れ果てました

浄福寺から眺める浄福寺城址

      20131216浄福寺城址32


何気にと言うか、偶然見かけた看板で立ち寄った浄福寺城址
攻略に1時間半もかかるとは思ってもいませんでした。

私にとっては要害と言っても過言ではない山城でした


山城攻略はやっぱり辛い............(笑)






2014/01/04 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit