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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

長浜城址 (2013年12月3日)(静岡県沼津市) 

12月3日 公休日


この日は、静岡県沼津市経由で伊豆方面へ出かけてみました。

獅子浜城址をあとにして半袖1枚で汗が引くのを待ちながら
窓も全開で運転しながら、向かった先は

            長浜城址




長浜城は

駿河湾奥部の内浦湾に面したこの城は、室町時代から北条氏に仕えていた大川氏が居城としていた。その後武田氏が狩野川沿いに三枚橋城(のちの沼津城と同地)を築城したため、水路を絶たれた北条氏が1579年(天正7年)頃、北条水軍の基地として改修したとされる。武田水軍との幾多の戦いの際の発進基地ともなっており、1580年(天正8年)には千本浜沖で、後に駿河湾海戦と呼ばれる大規模な海戦も起こっている。そして、1590年(天正18年)、豊臣水軍の侵攻の際は土侍が敗走、一戦も交えず陥落した。築城時期、終焉時期の明確な記録は不明である

                         (Wikipedia より引用)



地元の観光タクシーなのか?
チンタラチンタラと前を走るタクシーを抜くタイミングを計っていたら
長浜城址を通り過ぎてしまいました(笑)

ナビの位置だと、もうとっくに着いていてもおかしくない?
行き過ぎたことに気づいて、Uターン
それらしい海岸沿いの台地を発見。
向かいのみかん販売所の駐車場の片隅にそっと車を停め
確認すると、この台地が長浜城址らしい。

さっそく、みかん販売所の前にある階段を上っていくと
どうやら、こちらは搦手口のようでした。

散策路をぐるっと回るといきなり二郭(第二曲輪)に出てしまいました。


こちらが第二曲輪

櫓のように見えますが第二曲輪から第一曲輪(主郭)へと繋ぐ階段です。
国指定史跡に指定されているけれど
こういう整備の仕方ってお洒落だなぁ~って思ってしまいます。


      20131203長浜城址01



第二曲輪の説明版


      20131203長浜城址02


第二曲輪の空堀跡

      20131203長浜城址03



第二曲輪はこんな感じ。
長浜城の中でも一番広い曲輪(郭)だったようです。


      20131203長浜城址04



第二曲輪にはこんな説明版も建っています

第二曲輪には堀立柱を用いた居館が建てられていたそうです


      20131203長浜城址05


こちらが復元された堀立柱
往時はこんな感じで柱を建て、居館を建てていたようです


      20131203長浜城址06



さらには土塁と空堀の説明版


      20131203長浜城址07



復元された堀立柱の脇を土塁が張り回されています


      20131203長浜城址08




第一曲輪に移動します

第一曲輪の説明版


      20131203長浜城址09



そして第一曲輪
奥に見える土壇は物見台


      20131203長浜城址10



第一曲輪の眺望はばっちり!
残念なのは、この日の午前中はバッチリ見えていた富士山が
午後からはガスってきて見えなくなってしまいました。

本来ならば、画像の真ん中よりちょっと左に富士山が見えるはずのですが......

      20131203長浜城址11



小田原北条水軍の要の城である長浜城
この第一曲輪からは、各支城が確認できます。


こちらは、重寺城


      20131203長浜城址12



こちらは、鷲頭山砦


      20131203長浜城址13



そして敵対する武田氏の三枚橋城のある辺り


      20131203長浜城址14



眺望の解説台もあるから、お城に詳しくなくても
その眺望を楽しむことが出来そうです。

      20131203長浜城址16



びいすけ は第一曲輪の芝生の上で、ゴロ~ん。
気持ちいいのかなぁ?

      20131203長浜城址15



そして匂いをクンクン。


      20131203長浜城址18



こちらが物見台

      20131203長浜城址17



第一曲輪から移動します

こちらは腰曲輪
大小4個の腰曲輪があります


      20131203長浜城址19


説明版に案内されるように下っていきます

      20131203長浜城址20


腰曲輪の土塁

      20131203長浜城址21



腰曲輪群の下は、かつての船着場

北条水軍の要の水軍基地は、現在多くのヨットが係留されています

      20131203長浜城址22


      20131203長浜城址23




こちらは第三曲輪


      20131203長浜城址24


      20131203長浜城址25



第三曲輪には社が祀られ、社の周りをぐるっと土塁が囲んでいます。


      20131203長浜城址26


      20131203長浜城址27


第三曲輪と第二曲輪は、跳ね橋で結ばれていたようです。

      20131203長浜城址28



こちらは、第三曲輪の虎口


      20131203長浜城址29


左側が第二曲輪、そして右側が第三曲輪
ここに跳ね橋が架けられていたようです。


      20131203長浜城址30




こちらが第四曲輪


      20131203長浜城址31


      20131203長浜城址32


第四曲輪から下って行けば、本来の登城路。

本当は、こちらから登って行った方が分かりやすい。

      20131203長浜城址33


登城路脇の城址碑。

      20131203長浜城址34


      20131203長浜城址35


流石は国指定史跡。
現在も整備中ではあるが、あらかた整備されています。

特に顔とでも言える(この場合、玄関って言う方がてきせつかな?)登城路周辺は
パネルも掲げられた、ちょっとした休憩所や
トイレまでしっかり完備されています。


      20131203長浜城址36


海岸線の県道沿いに建つ古い城址碑。

      20131203長浜城址37

これに気づけば良かったんだけどなぁ



武田氏に対して、西伊豆を海から守る北条水軍の要の長浜城址。
想像以上にきちんと整備され、また眺望も良く気に入りました。

何年か後、更に整備された長浜城址に来て見たい。
その時には駿河湾越しの富士山も見えるといいなぁ…………。


  
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2013/12/24 Tue. 18:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

獅子浜城址 (2013年12月3日)(静岡県沼津市) 

12月3日 公休日

この日は、静岡県沼津市経由で伊豆方面へ出かけてみました。

なかなか千葉の方からでは、そうそう簡単には来れないから沼津の城址巡りをしてきました。

沼津城址をあとにして、向かった先は

            獅子浜城址


獅子浜城は

獅子浜城は、鷲頭山が、西に向かって駿河湾に大きく突出した丘陵を利用して築かれている。館は本能寺境内にあったといわれ、東側は鷲頭山の急崖、北側に砦、南側に詰城が築かれており、三方が要害となっている。このため海上方面の防備、陸上の根拠地として、小田原北条氏の要害地であったと思われる。この地により、南の陸上交通は完全に遮断される。

詰城は館の東南にあり、半独立丘状を呈し、二つの郭で構成されている。砦は東西に伸びる尾根上にあり、空堀で背後の山と区切られている。また、鷲頭山上が見張り台としてり利用されたといわれるが、明確ではない。

創築年代は不明。後北条氏が伊豆に侵攻し領国化した時期には存在したと思われる。天正4年(1576)頃に北条氏の大石越後守が守備していたが、天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原攻めに際し、ここを退去。以後、廃城となった。

                         (沼津市HPより引用)



獅子浜城概念図       (古城を歩くよりお借りいたしました)


      獅子浜城縄張り


獅子浜地区にある本能寺が居館跡とされ
遺構は、城館跡・北遺構・南遺構の3つからなるとされています。



こちらが居館跡とされる本能寺


      20131203獅子浜城址01


      0131203獅子浜城址02

残念ながら、土塁や堀等の城郭遺構は全く残っていません。
せめて城址碑か説明版が有るかと探してみましたが有りません。

お寺の関係者(?)でしょうか?
境内にいた女性に聞いいても、『知らない!』ときっぱり言われてしまいました。


要害とされる北の遺構へと探訪をかけてみます。


こちらが北の遺構への登城口
しろやま荘の看板のあるところが登城口。


      0131203獅子浜城址05


しろやま荘も今や閉ざされ、扉で行く手を遮られます。

      0131203獅子浜城址04


諦めて帰りかけると、隣の民家の犬と遭遇。
民家の方と話をしていたら、気をつけて行けば入ってもいいって言われ
再びチャレンジです。
どうやら、城址碑もあるとのことでした。


こちらが登城路。


      0131203獅子浜城址03


実は、ここはまだマシな方。
この先もっとすごい道(?)になるとはこの時点では思いもしませんでした。



しろやま荘が閉ざされてから、ここに来る人は誰もいないのでしょう
道も次第に細くなり、草が生え、
かろうじて人の踏みしめた跡がかすかに残っている感じで
『不安』の二文字が胸によぎります.......

      0131203獅子浜城址06


      0131203獅子浜城址07


      0131203獅子浜城址08


      0131203獅子浜城址09


斜面は手をつかないと、ずるずる滑ってしまう
何とか城址碑、あで辿り着きたい
そんな思いでいっぱいでした。

さすがに斜面は厳しくて
びいすけ を連れての山城巡りで初めてリードを解放し、
びいすけ をフリーにして手をついて登ります。
びいすけ は軽やかに先に登ってしまいます。

『そっちはダメ~っ!!』
『まて!!』

と叫びながら何とか尾根に到着。




尾根は1.5mぐらいの幅
両脇は絶壁に近い斜面

正直、ビビって足が震えた時もありました........
両脇の木で体を支え、何とか前進可能


      0131203獅子浜城址10


数個お堀切りを抜け、岩場の物見台らしきところに到着。


      0131203獅子浜城址11


      0131203獅子浜城址14



石碑かと思ったけれど、何も彫られていない。
単なる岩?

      0131203獅子浜城址12


さすがに、これ以上は無理と判断し撤収。
下山することにいたしました。


帰りは多少の心のゆとりも出てきたりして.......


この位置からだと、物見台だとわかる岩の高台。


     0131203獅子浜城址13






往路では撮り損ねた堀切り


      0131203獅子浜城址15


正直、山の上で、よくここまで掘ることが出来るなぁと感心です。



一歩一歩、気をつけながら何とか下山
脇の下は汗びっしょり........



先程まで悪戦苦闘していた北の遺構
やっぱり、要害です

      0131203獅子浜城址16


獅子浜城址には南の遺構(詰城)もあるとのことですが
そちらは藪が凄くて草が茫々だという話なので諦めることにしました
って言うか、北の遺構のチャレンジで精魂果てたと言ったところです。

結局、獅子浜城址の城址碑は見つけられませんでした
後で自宅でネットで検索してみたら
どうやら、しろやま荘が建っていたあたりに以前はあったらしい。
しらはま荘を建てた時に撤去されちゃったのかな?



12月といえども、天気が良かったこの日
脇の下に汗をビッチョリ掻き、車の中でフリースとトレーナーを脱ぎ
次なる場所へと、半袖Tシャツ1枚で運転しておりました........






  
2013/12/24 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit