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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

やまなみ五湖 丹沢湖  (2013年11月29日)(神奈川県南足柄郡山北町) 

11月29日 公休日

丹沢方面に出かけたこの日。
丹沢湖に立ち寄ってみました。


      20131129丹沢湖02


丹沢湖周辺の紅葉と、朝早くからの移動でちょっぴり疲れた体に
甘いものでもとたい焼きを求めての丹沢湖。

丹沢湖の石碑の脇にある紅葉の木が綺麗に色付いていました。


      20131129丹沢湖01



      20131129丹沢湖03


      20131129丹沢湖04


      20131129丹沢湖05


こちらが丹沢湖

      20131129丹沢湖06




この日は好天気。
紅葉に映える丹沢湖の湖面もそれなりに見栄えがあります。


      20131129丹沢湖07




さてさて、三保小学校前のたい焼き工場に向かいます。

別に工場見学をするわけでもありませんが
丹沢湖に来たら、立ち寄ることにしています。
(と言っても今日で2回目ですが…………)

工場だから目の前で焼いているわけではありませんが
売店があって小売りもしてくれます。

      20131129丹沢湖09


ただし、売店内はワンコNGです。

      20131129丹沢湖10



焼きたて? 出来たて?
でもアツアツの 今川焼き と たい焼き です。

      20131129丹沢湖08


おとなしくしていれば、貰えると思っているから
ここぞとばかりに、おとなしくする びいすけ 。



今川焼き、ほっちい〜?

      20131129丹沢湖11


たい焼き、ほっちい〜?


      20131129丹沢湖12


しっかりと、おすそ分けを貰う びいすけ でした。




丹沢湖畔には、こんな場所もあります。


      20131129丹沢湖13


そう言えば、この看板も別な場所で見たことがある。
いわゆる富士山の景勝地ってやつですね。

こんな看板を見たら、素通りは出来ない。
おまけに、普段は山登りっぽい事を嫌がる もっちゃん が
今日は登る気満々(笑)。

展望台に向けて散策開始です。

      20131129丹沢湖14



ここにも、展望台に行く気満々の仔がいます(笑)。


      20131129丹沢湖15



展望台に向かう途中で、いい感じに色付く紅葉。


      20131129丹沢湖16


雑木林の落ち葉をカサカサと音を立てながら歩くのは
この時期だけの特権ですね。

      20131129丹沢湖17


      20131129丹沢湖18



でも、こんな貼り紙を見たら、ちょっぴりビビっちゃいますね。

      20131129丹沢湖19


最上段の第二展望台。
富士山がバッチリです。

さすが、富士山の景勝地。

      20131129丹沢湖20



肉眼では、うっすら富士山が見えるのに
カメラのレンズを通すと、何故だか飛んじゃってます。

本当なら丹沢湖と富士山の景色なんですが………。

      20131129丹沢湖21


      20131129丹沢湖22


      20131129丹沢湖23


少し下って、第一展望台に移動します。

見事に色付く紅葉。
赤や黄色が映えます。

      20131129丹沢湖24


      20131129丹沢湖25


こちらは、第一展望台から見た丹沢湖。
手前の橋が三保橋。
橋を渡った右側に たい焼き屋さん があります。

      20131129丹沢湖26


第一展望台から眺める富士山。
思い切り望遠で寄って見ました。

      20131129丹沢湖27

冠雪した富士山はやっばり迫力がある。
富士山を見るなら、やっぱり冠雪したこの時期でしょう。

何だかんだと言いながらも、
富士山フリークに成りつつある今日この頃です…………。
2013/12/19 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丹沢湖ダム広場  (2013年11月29日)(神奈川県南足柄郡山北町) 

11月29日 公休日


この日は丹沢方面に足を伸ばしてみました。


足柄城址(足柄峠)、夕日の滝と巡ったあとに向かった先は.......

      ダム広場公園



ここ丹沢湖のダムである三保ダムにある公園。
ちょうど2年ほど前、ここに来てすごく気に入った公園です。


      20131129ダム広場23


      20131129ダム広場21



何が気に入ったかと言えば、この公園の芝生広場。
平日だったこともあり、
雨上がりだったこともあり、
誰も居ない芝生広場は貸し切り状態。
ロングリードで思い切り びいすけ を遊ばせることができました。

この公園に来るのは、これで3回目

今日は先着の方がいましたが、ちょうど帰られるところで
今日も貸し切り状態。

さっそくロングリードに付け替えて
さぁ びいすけ  好きに遊んでいいよ~




まずは、芝生のチェック
匂いをクンクン

いつもの びいすけ のパターンです。


      20131129ダム広場01


そして、いきなりゴロ~ん。


      20131129ダム広場02


      20131129ダム広場14



そして今度はマーキング。


      20131129ダム広場09


そして、再び匂いクンクン......。

      20131129ダム広場03




一通り匂い嗅ぎを終え、今度は びいすけ のスイッチが入ります。


誰も居ない芝生広場をダッシュ


      20131129ダム広場04


      20131129ダム広場05



カメラを構える もっちゃん に向かって猛ダッシュ。


      20131129ダム広場06


      20131129ダム広場07



よっぽど気持ちいいのか?
いつになく走り回っています。


      20131129ダム広場08


      20131129ダム広場10


      20131129ダム広場11


      20131129ダム広場12


      20131129ダム広場13



      20131129ダム広場15


      20131129ダム広場16



丹沢湖周辺の山々は色づいています


      20131129ダム広場17



こちらは三保ダム


      20131129ダム広場18


      20131129ダム広場20



公園内にも色づいた木がありますが
ちょっぴり時期的に遅かったかも..........


      20131129ダム広場19



ひとしきり公園内を散策したから
駐車場へ戻ります


      20131129ダム広場22


さぁ、びいすけ
おやつのたい焼きを食べに行こう!

びいすけ もっちゃん そして私の一行は丹沢湖へ向かいます............。




2013/12/18 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

晩秋の陽射しの中の夕日の滝  (2013年11月29日)(神奈川県南足柄市) 

11月29日 公休日


この日は公休日。
前回の宮沢湖のイルミネーションのために朝早くに家を出て丹沢方面に向かいました。

東名高速から眺める富士山があまりにも綺麗だったので
足柄峠まで足を伸ばしてしまいました。
足柄峠に来たのだから、伸ばしついでにもう一件立ち寄ってみました。

立ち寄った先は........夕日の滝

実は夕日の滝に来るのはこれで2回目(前回の記事はこちら


      20131129夕日の滝14



キャンプ場にある沢の上流に夕日の滝があります


      20131129夕日の滝01


この赤い橋がなぜか印象的に記憶に残っています
 びいすけ も覚えているのかな?


      20131129夕日の滝02



赤い橋から少し歩いて夕日の滝い到着。


そんなにメジャーな滝じゃないから、訪れる人なんていないと思っていたら
なんと先着の方が居たり、私たちのあとから一人訪れたり......
平日の午前中なのに....ひょっとしてメジャーなところなのかな?


      20131129夕日の滝13



こちらが夕日の滝

南足柄市のHPによれば、落差23mと言うことです。


      20131129夕日の滝03



好天気がず~っと続いているからなのか?
心持ち前回よりも水量は少ない気もします。


      20131129夕日の滝04


      20131129夕日の滝05


      20131129夕日の滝06


      20131129夕日の滝07



公称23mの滝を分割して撮してみました


      20131129夕日の滝08


       20131129夕日の滝09



本来は、毎年1月に滝口に有日が沈むこんでいくことから
夕日の滝と名付けられていますが
この日は午前中ですが、まばゆい陽が滝口あたりから差し込み
さしずめ 朝日の滝........
いや時間的に お昼の滝 
ちょっと違うか.....?

昼陽の滝 って言ったところでしょうか....?


      20131129夕日の滝10


      20131129夕日の滝11


      20131129夕日の滝12

でも、それはそれで幻想的な輝きを醸し出しているから
やっぱり、この時期の滝はやっぱり良いですね


駐車場の片隅
無人のみかんの販売所

      20131129夕日の滝15
 


1袋200円と超安い。
しっかりと1袋 お買い上げ。

ちょっぴり甘くて、ちょっぴり酸っぱいみかんをつまみながら
次なる場所へと移動いたしましょう.............



 
2013/12/18 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

富士山が見たくて足柄峠 《足柄城址》  (2013年11月29日)(静岡県駿東郡小山町、神奈川県南足柄市) 

11月29日 公休日

この日は公休日。
先日断念した宮ヶ瀬のイルミネーションを観るために
朝早く(5:30)に千葉県佐倉市を出発。
中央道経由で八王子ち立ち寄り、
妹の もっちゃん をピックアップ。

相模原市から中途半端な圏央道に入り、
海老名から東名高速を走り、丹沢方面へ向かいます。

実は、中央道の国立・府中IC付近で見えた富士山がすごく綺麗で
この日は絶好の富士山の見える日(なんか変な表現)(笑)。

要するに富士山の絶景ポイントに行って、
富士山を眺めよう!

頭の中に浮かんだのは、せっかく丹沢方面に行くのなら
ちょっぴり足を伸ばしちゃえ!

向かった先は 足柄峠 (足柄城址)


      20131129ダム広場01


      \20131129足柄城址02


とにかく、ここは富士山の絶景ポイントだ!と
個人的に一推しの場所です。

今年の9月に来たのですが、
その時は天気は晴れていたものの
富士山には雲が掛かっていて、
その雄大な姿を眺めることが出来ませんでした。
(その時の記事は こちら


これが見たかった!


      \20131129足柄城址03


主郭に建つ足柄城址の碑と富士山。

見事なコラボレーションです。


      \20131129足柄城址04



びいすけ もコラボに参加。

      \20131129足柄城址05


      \20131129足柄城址06


      \20131129足柄城址07


      \20131129足柄城址08

主郭から二郭へと移動してみます。

空堀が見事。

      \20131129足柄城址09



二郭でも、やはり富士山をバックに写真撮りまくり(笑)


      \20131129足柄城址10


      \20131129足柄城址11


      \20131129足柄城址12


      \20131129足柄城址15



二郭から空堀越しに見る主郭


      \20131129足柄城址13


やっぱり、主郭の石碑は絶景ポイントのようで
写真を撮っている人が絶えないようです。





三郭で もっちゃん と遊ぶ びいすけ 。


      \20131129足柄城址14



こちらは二郭と三郭を隔てる空堀
本当に美しい。


      \20131129足柄城址16



前回見損なったエリアにも足を伸ばしてみました


こちらは井戸跡


      \20131129足柄城址17


そして四郭


      \20131129足柄城址18


これ以上先に行っても見所はなさそうなので
主郭へ戻ります

せっかくの富士山の絶景なので
滅多にない びいすけ との2ショット


      \20131129足柄城址19



せっかくだから、足柄峠の関所跡へと散策


例の金太郎

足柄峠のお約束(笑)

      \20131129足柄城址20



そして こんな写真も撮ったりして.......(笑)


      \20131129足柄城址21



とにかく、この日はいい天気。
この富士山が見れて本当に良かった

今日は幸先が良さそうです

さあ、次なる場所へ移動いたしましょう...............。


 
2013/12/17 Tue. 17:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

大沢の滝 (2013年11月23日)(神奈川県愛甲郡愛川町) 

11月23日 公休日


滝の魅力にハマった昨今。
神奈川県愛甲郡愛川町に  大沢の滝  なる滝があります。

県立あいかわ公園から宮ヶ瀬ダムに至る周遊路からしか
眺めることは出来ません。

そんな訳で、あいかわ公園から宮ヶ瀬ダムへ
周遊路を歩いて、大沢の滝を眺めに行きました。


こちらが大沢の滝。

橋の欄干に説明看板が取り付けてあります。


      20131123大沢の滝12


遠目で見るとこんな感じ


      20131123大沢の滝01



望遠レンズっでぐぐっと寄ってみます


      20131123大沢の滝02


一般の人は宮ヶ瀬ダム手前の橋(新石小屋橋)の上からしか眺めることは出来ません。

びいすけ も滝が気になるのか?


      20131123大沢の滝03



はたまた紅葉が気になるのか?


      20131123大沢の滝04



落差、約40mの大沢の滝の全貌


      20131123大沢の滝05



周りの木々も色付いています


      20131123大沢の滝06




どう見ても、橋の欄干が邪魔


      20131123大沢の滝07


ダムの敷地内っていうか、石小屋ダム湖(中津川)に流れ落ちている滝だから
とても滝壺へは行けないし
ましてや、橋以外の場所はフェンスで遮られ立ち入り禁止
この場所でしか見ることはできません


このロケーションと私のカメラの腕じゃ
この写真が精一杯

      20131123大沢の滝08



びいすけ はこの滝を見て何を感じているのだろうか?


      20131123大沢の滝09


      20131123大沢の滝10




滝の周りの木々も色付き
やっぱり、滝見学はこの時期でしょう


      20131123大沢の滝11


滝っていつ見に行くの.......?

やっぱり......今でしょ!!


 




2013/12/17 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

宮ヶ瀬ダム (2013年11月23日)(神奈川県愛甲郡愛川町) 

11月23日 公休日

この日は神奈川県の愛川町に足を伸ばしてみました。

神奈川県の丹沢地方には、やまなみ五湖と称して、
5つのダム湖があります。
相模湖、津久井湖、奥相模湖、丹沢湖、そして宮ヶ瀬湖。

この日は宮ヶ瀬湖のイルミネーションの初日。
愛川町方面に足を伸ばした最大の目的は
宮ヶ瀬湖のイルミネーションを見ること。
でも、時間が早いので宮ヶ瀬ダムにやって来ました。


宮ヶ瀬湖は、相模原市、清川村、愛川町の
3つの市町村にまたがります。
ただ宮ヶ瀬ダムは愛川町になるようです。

宮ヶ瀬ダムへのアプローチは県立あいかわ公園から歩いて行きます。

      20131123宮ケ瀬ダム01


あいかわ公園の駐車場から宮ヶ瀬ダムへは
周遊路が設けられ、山あいの紅葉を楽しみながらの
散策となります。


こちらは、宮ヶ瀬ダムの手前にある副ダムである石小屋ダム。


      20131123宮ケ瀬ダム02

      20131123宮ケ瀬ダム20


神秘的なエメラルドグリーンの湖水です。


さらに周遊路を歩いて、本ダムである宮ヶ瀬ダムを目指します。


とは言いながらも、びいすけの匂い嗅ぎのペースに合わせて
写真を撮ったり、景色を眺めながらの散策です。


      20131123宮ケ瀬ダム03


      20131123宮ケ瀬ダム04


      20131123宮ケ瀬ダム05



ここら辺りまで来れば、宮ヶ瀬ダムはもうすぐ。
びいすけの背後にダムが見えてきました。


      20131123宮ケ瀬ダム06


      20131123宮ケ瀬ダム07


実は、この橋の上から滝を眺めることが出来ます。
その滝については、また明日にでも………




橋の上から眺める石小屋ダム湖。
本当に神秘的な色です。

      20131123宮ケ瀬ダム08


      20131123宮ケ瀬ダム09




周りの景色を眺めながら、ついついペースも遅くなり、
びいすけのペースに合わせていたはずが、
いつの間にか私のゆっくりとしたペースになっていました。

      20131123宮ケ瀬ダム10


      20131123宮ケ瀬ダム11


      20131123宮ケ瀬ダム12




宮ヶ瀬ダムに到着。
下から見上げると、やっぱりでかい!


      20131123宮ケ瀬ダム13



ダムの上まで、エレベーターで移動できるのですが
何と、ペットの乗車も可のエレベーター。
嬉しいじゃないですか!

もちろん、エレベーターに乗りました。

      20131123宮ケ瀬ダム14


      20131123宮ケ瀬ダム15







宮ヶ瀬ダムから宮ヶ瀬湖を眺めます。


      20131123宮ケ瀬ダム17



宮ヶ瀬ダムから眺める石小屋ダムとそのダム湖。


      20131123宮ケ瀬ダム18



山あいの地だから、市街地と比べて陽が傾くのが早い。

宮ヶ瀬湖の夕陽。
実際はもうちょっと明るいんですが、
逆光のため暗く見えてしまいます。


      20131123宮ケ瀬ダム19


      20131123宮ケ瀬ダム16

陽もいい感じで傾き出してきた。
宮ヶ瀬湖のイルミネーションは17時から…………

イルミネーションの会場まで湖畔を半周することになるから
そろそろ車に戻りましょう。


駐車場に戻る途中、デジタル一眼のバッテリーがなくなった………

まじっ!?

せっかく、 綺麗なイルミネーションとびいすけ とのコラボレーションを
写真に収めようと、朝早く千葉の佐倉からこちらに来たのに………。


多いに悩んだが、苦渋の決断。
今夜の宮ヶ瀬湖のイルミネーションは諦めることにしました。


絶対にリベンジするぞぉ!!


2013/12/16 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸ポストを探して...........神奈川・愛川編                    (2013年11月23日)(神奈川県愛甲郡愛川町) 

11月23日 公休日

今年になってからハマっている丸ポスト探し。



神奈川県には115基の丸ポストが現存されていると言われています。
                    (2013年4月15日現在)


相模原市には1基の丸ポストが現存しているとのことで
丸ポストを探しに来ました。 


愛川町に現存する唯一の丸ポスト
それは半原地区の朝日屋前にありました。


      20131123愛川町丸ポスト01


      20131123愛川町丸ポスト02


      20131123愛川町丸ポスト03


      20131123愛川町丸ポスト04




これで、愛川町の丸ポスト制覇。


神奈川県内には115基の丸ポストが現存している

これまでに

松田町     1基
山北町     5基
相模原市    3基

そして本日、愛川町 1基

合計10基の丸ポストに出会いました。

と言うことは、あと105基の丸ポストがどこかの街角に建っている。


う~ん、どんな街角に、どんな感じで建っているんだろう....?


2013/12/15 Sun. 16:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

半原小学校  (2013年11月23日)(神奈川県愛甲郡愛川町) 

11月23日 公休日

はじめに

半原小学校は廃校ではありませんが
木造の廃校舎(旧校舎)があるため、こちらのカテゴリーに分類いたします





この日は、神奈川県の愛川町に足を伸ばしてみました。


愛川町には、大正15年に建てられた木造校舎が残されています。


それは、愛川町立半原小学校旧校舎

残念ながら、現在は校舎としての役目を終え
数年前までは、愛川町郷土資料館として
半原小学校敷地内に置かれていましたが
新しい郷土資料館が別な場所に建てられたため
その役目も終え、現在は中途半端な状態となっています。

こちらが、その旧・校舎。


      20131123半原小学校01


      20131123半原小学校02

      20131123半原小学校04


      20131123半原小学校05



      20131123半原小学校07


      20131123半原小学校08


こちらか正面玄関

      20131123半原小学校11


遠目から見ると、綺麗に見えるパステルピンク色の壁面もそれなりの年季を感じます。

      20131123半原小学校12


      20131123半原小学校13


正面玄関の柱。
朽ちることなく、まだまだその役目を担ってます。

      20131123半原小学校14


実はこの旧校舎、昭和53年に永久保存しようと英断され
一時は愛川町郷土資料缶として活用されていましたが
その後、郷土資料館の移転により、現在の使用目的もなく
そして、この校舎を解体しようという声も上がり
愛川町内でも意見が分かれ、物議を持ち上げているようです。

確かに保存していくのにもお金はそれなりにかかるし
かと言って、解体って言うのも..........

一度なくしてしまったものは、二度とは戻らないからね

難しい問題です。

個人的には何とか、このままの形で残していってほしいのですが..........




こちらは現役の校舎。

実は、半原小学校には木造校舎が2棟あったのですが
この鉄筋校舎を新築する際に、1棟は取り壊してしまったそうです。
そんな経緯もあって、現在の校舎がこちら

      20131123半原小学校06


そしてこちらは体育館


      20131123半原小学校03


校舎に掲げられた半原小学校の校章。

      20131123半原小学校09



そして、ご存知 二ノ宮像

      20131123半原小学校10

やっぱり、小学校にはこれがなくっちゃ!



半原小学校の正門前にて

      20131123半原小学校15







一度、半原小学校の敷地内から出て
小学校周辺をぐるっと散策してみます。


小学校の裏門に回ってみました。

      20131123半原小学校18


鉄筋コンクリートの校舎に改築される前は
こちらが正門だったのでしょうか?
校門の門柱には古い表札が埋め込まれています。


      20131123半原小学校17


裏門越しに旧校舎を改めて眺めてみます。

      20131123半原小学校16

やっぱり、このままの姿をいつまでも残して欲しいなぁ…………。




校舎を眺めていると、声をかけられました。
振り向くと、ビーグルを連れた方がいたので
またまたビーグル談議(笑)。

      20131123半原小学校19


本日二回目の偶然ビーグル。

この仔は11歳の女の仔
名前はロビーちゃん

      20131123半原小学校20

1日に2回も偶然にビーグルに遭遇するのも珍しい。
愛川町ってビーグルが多いのかなぁ?






さらに周辺を散策していると、こんな標柱を発見!


      20131123半原小学校21


      20131123半原小学校22


標柱の文面によれば
明治6年に半原小学校は創設されたらしい。
明治12年にこの地に校舎が建てられたということです

先ほどまで木造校舎を見学していた半原小学校の前身ではあるが
幾度の変遷を経て、現在の愛川町立半原小学校としてその姿を残しているわけです。

      20131123半原小学校23


すなわち、ここは学校跡地になるわけです。

      20131123半原小学校24


      20131123半原小学校25


      20131123半原小学校26

現在の半原小学校から300mほどの距離にある旧・半原小学校跡。
大正15年に手狭になったためにこの地から別な地に移転しました。
そちらの場所は探しきれませんでしたが
いつか機会があれば、探しとみたいものです。

年に現在の地に小学校は移転されたと言います。


明治に創設されて、大正時代の建造物を残す半原小学校。
歴史のある学校だから、やっぱり木造の旧校舎は
いつまでも残して欲しいと言う気持ちでいっぱいです…………。



2013/12/15 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

細野城址 (2013年11月23日)(神奈川県愛甲郡愛川町) 

11月23日 公休日

この日は、神奈川県の愛川町に足を伸ばしてみました。


田代城址から直線でもわずかの距離。
田代城址から中津川を挟んだの対岸にある細野城址を目指します。


細野城は、

田代城と共に小田原北条氏の家臣内藤氏の築いた城であったとされています。
築城時期は不明ですが、中津川西岸の河岸段丘上に、田代城と相対する形で築かれており、
細野城と田代城の2つの城によって中津川の水運を押さえていたものと考えられるています。
1569年の三増合戦の際、田代城と共に武田勢によって落城したと伝えられています。
その後の歴史も田代城と同様、不明です。



愛川町が建てた、細野城址の説明看板。

      20131123細野城址01

愛川町って、メジャーでもない城館跡に
こうした説明看板を建てているから好感が持てます。

えらいぞ! 愛川町 (笑)



バイパスに面した道路沿いに建てられているから
車の駐車に困ります。
たまたま、看板の建っている場所の持主の方が
作業をされていて、快く駐車させてくれました。

      20131123細野城址02


      20131123細野城址03

色々と話を伺うと、『何もないけど、前に来た人が
うちの神社の写真を撮っていたよ』と教えてもらったのが、
こちらの土壇。

      20131123細野城址04


土塁もしっかり残っている。

      20131123細野城址05


      20131123細野城址06


      20131123細野城址07


もうちょっと車を停めさせていただき、
周辺を散策します。



一気にバイパスから旧道を下り、木戸口まで降りてみます。

こちらは、木戸口坂。
細野城址の木戸口へと続く坂道。


      20131123細野城址08


      20131123細野城址09



木戸坂を上がっていくと、それらしい雰囲気になってきます。


      20131123細野城址10


      20131123細野城址11


      20131123細野城址12


      20131123細野城址13



かつての主郭に至る登城路なのか?
はたまた、単なる堀切なのか?


      14




こちらは主郭跡。

一瞬、かつての学校跡かとも思いましたが
近くの民家の方に話をしてみたら、違ってました。

かつての主郭跡は、某企業の社員寮が建てられていました。


      20131123細野城址15


      20131123細野城址16



再び、木戸坂まで戻ってみます。

      20131123細野城址17


      20131123細野城址18


木戸口坂にある神社から眺める田代城址。

      20131123細野城址19

武田信玄により、三増合戦の際に滅ぼされたとされる細野城址と田代城址。
イチョウの黄色く色付いた葉を見るたびに
この城たちを思い出すことにしよう……………。

2013/12/14 Sat. 17:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

塩川の滝 (2013年11月23日)(神奈川県愛甲郡愛川町) 

11月23日 公休日


この日は公休日。
神奈川県愛川町に出かけていました。


田代城址を後にして、中津川の対岸にある城を目指して車で移動。
中津川に架かる橋を渡ったところで

  ←塩川の滝  という標識を見かけた。

急遽、左折して、 塩川の滝 へと向かいます


中津川の支流沿いに走り、塩川の滝に到着。
滝の手前に広場があり、5~6台の車が停められます。

駐車場から歩いてすぐに塩川の滝にたどり着けます。


駐車場(?)と言うか、広場には標柱と説明看板が建てられています。


      20131123塩川の滝01


      20131123塩川の滝02



この赤い橋の向こうが塩川の滝。
左手前は沢の流れで滝ではありません


      20131123塩川の滝03



この赤い橋の奥が塩沢の滝

この橋が展爆台を兼ねています。


      20131123塩川の滝04


こちらが塩川の滝。

橋の上(展爆台)からだと滝全体を一枚の写真に収めづらい。

分割すると........

滝口
勢いよく流れ落ちています。


      20131123塩川の滝07


こちらが滝の上部


      20131123塩川の滝05


こちらが滝の下部

滝壺では流れ落ちる水に打たれている 滝修行 をしている男性がいました。

画像では確認しづらいかな?

      20131123塩川の滝06


滝修行をしている人の邪魔をしちゃいけないから
橋の下の滝壺は諦め、橋の上から何とか 滝とびいすけ を撮してみます。


      20131123塩川の滝08


      20131123塩川の滝09

なかなかこのアングルからだと、
塩川の滝の豪快さが伝わりにくいですね。


      20131123塩川の滝10


      20131123塩川の滝11



滝の反対側の崖には、こんな祠(?)もあったりして、
滝って神秘的でもあり、神がかりな神聖なものでもあるんですね。


      20131123塩川の滝12



中津川の支流のさらに支流の沢にある塩川の滝。

支流から沢に入る道の入口にある塩川の滝の碑。

      20131123塩川の滝13


      20131123塩川の滝14


      20131123塩川の滝15



紅葉が綺麗だったから、写真を撮っていたら、声をかけられて
振り返ると、二匹のビーグル連れの方と遭遇。

いわゆる偶然ビーグルっていうやつ。


      20131123塩川の滝16


      20131123塩川の滝17

こちらのお方、もう一頭ビーグルを飼っていて
この日留守番している、もう一頭のビーグルは実際に狩りに連れて行く
猟犬として育てているようです。
立ち話ですが、色々とビーグル談議が弾み、しばし時を忘れてしまいました。

おそらく、この二頭のビーグルには、よっぽどの事がない限り
再び会うこともないでしょうが………

これも世の常ではあるけれど、またいつか偶然に
出会うことができればいいなぁ…………。


2013/12/14 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

田代城址 (2013年11月23日)(神奈川県愛甲郡愛川町) 

11月23日 公休日

この日は神奈川県愛川町に遠征していました。


旗立の松を後にして、向かった先は…………

田代城址

田代城は
 
小田原北条氏の家臣であった内藤氏が弘治年間(1555~58年)頃に築いた城で、
内藤下野守秀勝、その子三郎兵衛秀行の2代の居城であったとされています。
田代城主・内藤氏は、津久井城主内藤氏の一族であったと考えられ。
1569年の武田氏との三増合戦で、田代城は武田勢に攻め落とされたと伝えられています。
歴史の表舞台にあまり登場していないようで、その他の歴史は不明であるが、
小田原北条氏が武田信玄に敗れた三増合戦の際、廃城となったとされています。




愛川町立愛川中学校のある辺りが城址とされていて
中学校の土手に説明看板が建てられています。


      20131123田代城址01


しかし、ここも場所が悪いというか、
説明看板を読む人のことを考えているのだろうか?
と思える位置にありました。
近視で老眼が最近現れ出した私には、文面を読むのがちょっと辛い。


      20131123田代城址02



中学校前の民家の庭?
それとも畑?
削平地は郭跡の様にも見えますが、気のせい?

     20131123田代城址03


      20131123田代城址04


こちらが、愛川中学校の正門。

      20131123田代城址05


田代城の居館があったのが、この中学校だとも言われています。
すなわち、愛川中学校が田代城の居館跡。

中学校の背後の山が、かつての田代城。

中学校の背後に回ると、いかにも!って感じの道があるので
寸分の迷いもなく、突入します。


      20131123田代城址06


墓地の周りに土塁っぽい土壇。
城郭遺構なのでしょうか?


      20131123田代城址07


さらに進めば、いきなりの平地。
おそらく、郭跡でしょうが、畑として転用されていたようで
これと言った遺構は残されていません。

      20131123田代城址08


      20131123田代城址09


      20131123田代城址10


      20131123田代城址11



田代城址は歴史の表舞台には殆ど登場しないのですが
中学校や民家の開発で遺構も殆ど残っていないとされています。

これ以上奥に入り混んでも何もなさそうなので
すぐさま、撤収開始。

中学校に戻る途中、左奥の森に土塁っぽい土壇を発見。

      20131123田代城址12

往時の遺構ではないかもしれないけれど
元々遺構は残されていないって言うことで
全く期待をしていなかったから、
ちょっとした発見?がちょっぴり嬉しくなったりして………

そんな事を思いながら、車に戻り
次なる目的地へと向かいます…………。


2013/12/13 Fri. 18:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

旗立ての松跡 (2013年11月23日)(神奈川県愛甲郡愛川町) 

11月23日 公休日

この日は公休日。
神奈川県の愛川町に足を伸ばしてみました。

三増合戦跡地から志田峠に至る道の入口に
こんな標柱を発見。

どうやら、志田峠に 武田信玄旗立の松 なるものがあるらしい。

      0131123旗立の松19


詳しい場所が分からないから、たまたまハイキングをしていた人に聞いてみたら
どうやら、地元の人らしい。

その方によれば、車で5分くらいの距離で
それなりに案内板があるとの事。
志田峠を指差し、『あの辺!』と教えていただきました。


あの辺! と指差された志田峠遠景。


      0131123旗立の松20


さらに、ズームで寄ってみました。


      0131123旗立の松21


そうと聞いたら、立ち寄らない訳には行かない。

すぐさま、旗立の松を目指します。


確かに、志田峠の入口にも案内板はありました。


      0131123旗立の松18


案内板に導かれるまま進んで行くと、
やがて東名厚木カントリー倶楽部と言うゴルフ場の敷地内に入ります。


この日は土曜日であり、祝日でもある。
ゴルフ場は盛況。駐車場も満車に近い。

      0131123旗立の松17


駐車場に車を停め、旗立の松目指して進軍開始!


      20131123旗立の松01

とは言いながらも、ここはゴルフ場。
犬連れは、まずいんじゃない?と思いながら
遠慮がちにリードを引っ張る私たちの前を
1台のゴルフカートが通り過ぎます。


      0131123旗立の松16


登り坂を『よいしょ!よいしょ!』と頑張って登って行くと、
一本の松の木と案内板を発見!

やっと到着と思いきや、違うし(笑)。


      0131123旗立の松02


旗立の松じゃないし.......

どうやらもっと先、すなわち峠の上の方のようです。


      0131123旗立の松03



説明看板を発見

すぐそばに旗立の松があるのかと思いきや
さらに奥へ、そして上へと導かれていきます


      0131123旗立の松04



こんな道を上っていくと
旗立の松って武田信玄の陣跡だったということを思い出した。

って言うことは、一時的な仮の山城?


      0131123旗立の松12


ハイキングコースにもなっているため、
こんな休憩用のベンチも登坂道には準備されていました。


      0131123旗立の松13


土塁にも見えなくないし、
この削平地は腰郭に見えなくもない。

      0131123旗立の松14

      0131123旗立の松15



さらに、道は続き、そして登り坂。

      0131123旗立の松05


やっと到着。
削平地の広場は、主郭に見えなくもない。


      0131123旗立の松10

      0131123旗立の松11



こちらが、 信玄旗立の松 の記念碑。


      0131123旗立の松07


記念碑の脇に建つ説明看板。

      0131123旗立の松06


どうやら、合戦時に武田信玄が旗を立てたと言う 旗立の松は
枯れ果ててしまったそうです。

う〜んむ、残念!








記念碑の位置から眺める三増の合戦跡。

      0131123旗立の松08


      0131123旗立の松09


数百年前、この場所で信玄もこの風景を見つめていたに違いない。

志田峠に吹く風は、風林火山の旗をはためかせていたに違いない………。




2013/12/13 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

三増合戦場跡 (2013年11月23日)(神奈川県愛甲郡愛川町) 

11月23日 公休日

この日は公休日。
神奈川県の愛川町に足を伸ばしてみました。


愛川町の三増地区には愛川町指定の史跡あります。
戦国時代にある時には同盟を結び、
またある時には敵対関係にあった相模国と甲斐国。
ご存知、小田原北条氏と甲斐・武田氏である。
その両氏が壮絶な戦いを行なったのが三増合戦。

三増合戦跡地 に訪れてみました。


三増から半原に向かう県道を走っていると
いきなり、広大な平地が広がります。
そこが三増合戦跡。

道路沿いに、いきなり大きな史跡碑が現れます。

      20131123三増合戦場跡02


      20131123三増合戦場跡03


合戦の陣立図も建てられています。

      20131123三増合戦場跡04


すぐ近くには、やはり愛川町が新たに建てた標柱も建てられています。

      20131123三増合戦場跡01

愛川町の史跡や文化財に対するこういう姿勢って好きだなぁ。


とは言いながらも、やたらと碑や説明看板の輩が多い(笑)。

      20131123三増合戦場跡05


      20131123三増合戦場跡06


      20131123三増合戦場跡07


      20131123三増合戦場跡08


      20131123三増合戦場跡09




そもそも、三増合戦とは

戦国期に領国を接する武田氏と北条氏は武田信虎・北条氏綱期には甲斐都留郡において抗争を続けていたが、やがて両者は和睦して甲相同盟が結ばれ、これに駿河今川氏との同盟を結び甲相駿三国同盟の締結に至り、武田氏は信濃侵攻を行い北信地域において越後の長尾景虎(上杉謙信)と抗争し、北条氏は北関東侵攻を行い同じく越後上杉氏と抗争し、両者は相互に協調して上杉氏に対抗していた。

武田氏の信濃侵攻は、5回の川中島の戦いを契機に収束し、武田氏は方針を転換し永禄11年(1568年)12月には同盟を破棄して駿河今川領国へと侵攻を行う(駿河侵攻)。武田氏の駿河侵攻は甲相同盟の破綻をも招き、北条氏は上杉氏と越相同盟を締結し、武田氏に対抗した。

翌永禄12年(1569年)1月に北条氏政は駿河薩埵峠へ着陣し、興津において武田勢と対峙している[2]。同年8月24日に武田信玄は2万の軍勢を率いて甲府を出立、滝山城などの北条方の拠点を攻撃したのち10月1日には北条氏康の小田原城を囲んだ。当時の小田原城は有名な惣構えが着工前であったが、かつて上杉謙信が10万以上の兵力で落とせなかった堅城であった為、城攻めはせず小田原城を包囲し3度にわたって挑発した。しかし北条側は小田原城を出ることはなかった。武田軍は包囲を開始して4日後の10月5日に城下に火を放ち軍勢を引き上げた。

北条氏は後詰めであった甲州街道守備軍の北条氏照、秩父方面守備軍の北条氏邦の軍勢2万[3]が要所である三増峠(相模原市緑区根小屋 - 愛甲郡愛川町三増)に着陣し、甲斐に帰国しようとする武田軍相手に有利に戦端を開いた。さらに北条氏政が2万余りを率いて氏照・氏邦の部隊と武田軍を挟撃、殲滅する作戦であった。10月6日には武田軍と北条軍が対陣することになった。


氏政本隊は到着前であったが、氏照・氏邦の部隊は先手を打って奇襲攻撃を仕掛けようとしていた。これを察知した信玄は部隊を3隊に分けた。北条軍の攻撃を正面に受けつつ他の2部隊は山中に隠れ北条軍を横から急襲する作戦であった。10月8日に両軍は本格的な交戦を開始する。緒戦では北条軍有利に合戦は経過した。そのため武田軍は損害を受け、北条綱成が指揮する鉄砲隊の銃撃により左翼の浅利信種や浦野重秀が討ち死にしている[4]。

しかし、志田峠 (三増峠南西約1km) に機動した山県昌景率いる武田の別働隊が、より高所から奇襲に出ると戦況は一気に武田に傾いた。北条軍は背後の津久井城守備隊の内藤隊などの予備戦力が、武田軍別働隊に抑えられて救援に出なかったこともあり、大きな被害を受けている。大将である浅利が戦死した左翼では、軍監であった曽根昌世が代わりに指揮をとり、綱成の軍勢を押し戻すことに成功している。緒戦では苦戦したものの、終わってみれば武田軍の大勝であった。

また、武田軍が千葉氏が在陣しているところに向かって「千葉氏と言えばかつて北条と対し、互角に渡り合った衆であろう。それが北条に僕として扱われることに不満はござらんのか」と大声で呼びかけ、これにより千葉氏が勢いを鈍らせたとも言われている。

合戦が終わる頃、小田原から追撃してきた氏政の北条本隊2万は荻野(厚木市)まで迫っていたが自軍の敗戦を聞きつけ進軍を停止、挟撃は実現しなかった。もし氏政の部隊が到着していた場合、武田軍は挟撃されて逆に大敗していた可能性もあった。

自軍の勝利を見た信玄は軍勢を反畑(相模原市緑区)まで移動させ、そこで勝ち鬨を挙げた。その後武田軍は甲斐に撤退した。

(Wikipedia より引用)



こちらが志田峠。
武田方の総大将、武田信玄が陣をとったと言われています。

      20131123三増合戦場跡10


牧場跡?とも勘違いしそうな平原。

      20131123三増合戦場跡11


数百年前、戦国時代に兵(つわもの)どもが争った地を
平和な平成の時代に臭いを嗅ぐ びいすけ 。

      20131123三増合戦場跡12


志田峠を背後に立つ びいすけ 。

      20131123三増合戦場跡13


いにしえの古戦場跡の草の匂いを嗅いで
びいすけ は何を感じるのだろうか?

      20131123三増合戦場跡14


      20131123三増合戦場跡15


壮絶であったであろう戦から450年近く経った今、
時代は戦国時代から、平和な平成になった。

こうやって、 びいすけ と古城や古戦場を巡ることが出来るのは
この平和な世のおかげだと思っています。

この時代に生まれ、この時代に育ち、
この時代を生きていることに改めて感謝しなくっちゃ………。



2013/12/12 Thu. 17:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて 三増学校跡 (2013年11月23日)(神奈川県愛甲郡愛川町) 

11月23日 公休日


この日は公休日
神奈川県の愛川町に足を伸ばしてみました。

愛川町三増には明治時代に存続した学校跡があると聞き
訪れたのは........三増学校跡


明治6年   当時の三増村に棟岩院を仮校舎として創設
明治11年   桜山に移転  
明治22年   三増村が角田村と合併し高峰村が発足
明治27年   角田学校と統合され、高峰小学校が創設され廃校となりました


愛川町三増にある棟岩院の門前にかつてこの地が学校跡であった証である
愛川町が建てた標柱が建っています。
      

      20131123三増学校跡04



こちらが、その標柱


      20131123三増学校跡01


      20131123三増学校跡02


側面には沿革が記されています。


      20131123三増学校跡03


棟岩院
正確には 曹洞宗大恵山棟岩院 と言うらしい


      20131123三増学校跡12



こちらが本堂


      20131123三増学校跡08



そして、梵鐘


      20131123三増学校跡09


本堂を仮校舎としたのか?
それとも境内の敷地内に仮の校舎を設けたのか?
詳しいことは分かりませんが.........

現在、駐車場と化している平地

      20131123三増学校跡10


そして、敷地内になるのか?
荒れた畑と化している平地


      20131123三増学校跡11

このあたりに仮校舎が建てられていたのでしょうか.....?


棟岩院の境内には、こんな標柱も建てられています。

時代を感じさせる大クスの木です。

      20131123三増学校跡05


      20131123三増学校跡06

時代を感じさせる大クスの木です。

いずれも推定樹齢100年。
と言っても、それはこの標柱が建てられた時だから
今では、何年になるのだろうか?

標柱が建てられた時期をしっかりチェックしてくれば良かった…………

      20131123三増学校跡07


いずれにしても、この地に明治11年まで学校があったのは事実であり、
それは135年も前の三増村時代のことである。

合併等で自治体が変遷していくと、メジャーでない文化資産等はおざなりになり
いつの間にか忘れ去られてしまうけれど、
愛川町ってこんな立派な石柱を残し、いつまでも後世に語り継いで行こうとする方針に
個人的には好感が持ててしまいます。



2013/12/12 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

小沢城址 (2013年11月23日)(神奈川県愛甲郡愛川町) 

11月23日 公休日

この日は神奈川県の城址巡りをするため相模原市、愛川町に遠征していました。


小沢古城址をあとにして向かった先は......

   400mほど離れたところにある  小沢城址


小沢城は

室町時代後期に武蔵村山党の金子氏がこの地を治め、
その時に小沢城を新たに築き、2つの小沢城が存在するようになったそうです。
1477年にあった長尾景春の乱の際、
相模の領主達はこぞって反乱軍である景春側に加勢したため、
小沢城は太田道灌によって攻め落とされてまいました。
ただその攻め落とされたのが、小沢城なのか、小沢古城なのかは不明のままです。

戦国時代になると、相模国を支配した小田原北条氏の配下となった金子氏が
再びこの地を領地とし、小田原と八王子を結ぶ街道の交通の要衝でもありましたが
秀吉の小田原攻めの際、廃城になったとされています。



愛川町は史跡に対する価値観が高いのでしょうか?
嬉しいことに、こちらの小沢城址にも説明看板が建てられています。


      20131123小沢城址01


しかし、こちらも場所が微妙な位置。
ものすごく見づらい位置に建てられています。


      20131123小沢城址02


      20131123小沢城址03



この坂道が登城路。

さぁ、小沢城址目指して進軍開始!


      20131123小沢城址04


坂を上りながら、振り返れば
やはり相模川の展望が開けます

      20131123小沢城址05


この登城路、適度に斜度があり、
適度に横矢が掛かっていて雰囲気は良い。


      20131123小沢城址06


土塁のような土壇も残っていたりして、期待感を持たせます。


      20131123小沢城址07


      20131123小沢城址08


この日は陽射しもよく、坂道を必死に歩いていると
額にうっすら汗が浮かんでくるような小春日和

ちょっぴり陽射しも毛メラを向ける位置によっては眩しいくらい。


      20131123小沢城址09



こちらが主郭。

残念なことに、小沢城址は主郭は畑に改変され
主郭周辺は開発が進み、宅地化されています。


      20131123小沢城址10



主郭から望む遠景

何かの工事をしているようで
この近隣も色々と開発されていくのだろうか......?


      20131123小沢城址11


主郭に至る切通

向かって左側は民家
向かって右側は往時の土塁跡に見えなくもない。


      20131123小沢城址12


この道を手前側に車を停めたところまで戻ります


城郭遺構がすっかりなくなってしまっているようなので
この道沿いの土壇が遺構っぽく見えてしまいます。


      20131123小沢城址13


      20131123小沢城址14


愛川町に存在する二つの小沢城(小沢城址、小沢古城市)
いずれも開発等によって見所ある城郭遺構が少なく残念ではあるけれど
セットで巡ってみると面白いかもしれません.........。


 
2013/12/11 Wed. 17:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

小沢古城址 (2013年11月23日)(神奈川県愛甲郡愛川町) 

11月23日 公休日


この日は神奈川県の城址巡りに遠征していました。


相模原市の小松城址を制覇(?)したあとに向かった先は
神奈川県の愛川町にある   小沢古城址



小沢古城は

鎌倉時代初期に武蔵七党の一つで
相模国北部までを支配していた横山党の一族である小沢氏の
居城であったと言われています

愛川町には小沢城というのが2つあり、
すぐ近く(400mほど)に小沢城がのちに築城されたため
こちらの小沢城を区別するために小沢古城と呼ばれているらしい。

小沢氏は同じく横山党の田名氏・小倉氏らと共に
相模川上流一帯を支配していたが、
横山党は1213年に勃発した和田義盛の乱において
和田氏に加勢し敗北し、これにより横山党は没落し、
横山党である小沢氏もこの一帯における支配力が急激に弱まり、
やがて滅亡しました。

室町時代後期になると武蔵村山党の金子氏がこの地を治めます。
その時に小沢城を新たに築き、2つの小沢城が存在するようになったそうです。
1477年にあった長尾景春の乱の際、
相模の領主達はこぞって反乱軍である景春側に加勢したため、
小沢城は太田道灌によって攻め落とされてまいました。
ただその攻め落とされたのが、小沢城なのか、小沢古城なのかは不明のままです。

戦国時代になると、相模国を支配した小田原北条氏の配下となった金子氏が
再びこの地を領地とし、小田原と八王子を結ぶ街道の交通の要衝でもありましたが
秀吉の小田原攻めの際、廃城になったとされています。





高田橋近くの諏訪神社の背後の山が小沢古城址になります。



こちらが諏訪神社。

      20131123小沢古城址02


神社の鳥居の脇の土手、ちょうど微妙な位置に
愛川町が建てた説明看板が建ってます。

      20131123小沢古城址03



こちらが、その説明看板。
建っている位置が微妙な所にあるので
写真に収めるにも一苦労(笑)。


      20131123小沢古城址01



神社の境内には時代を感じさせる大きな木が立っています。


      20131123小沢古城址04


拝殿脇の小さな階段が搭城口。

登城路を登れば、相模川の視界が一気に広がります。
さすがに、相模川を挟んだ交通の要所と言われるだけあります。


      20131123小沢古城址05



登城路を更に進めば、尾根沿いの狭い道となります。

      20131123小沢古城址06


城址の多くが土取りのため破壊され、
山の半分がごっそり削り取られたそうです。

そのためなのか?
尾根沿いに断崖絶壁の箇所も…………
落ちたら一溜まりもありません。

      20131123小沢古城址07


やがて尾根沿いの道は無くなり、藪の中を進軍すると
竹藪にぶつかり、竹藪の先には空堀が現れました。

      20131123小沢古城址08

      20131123小沢古城址10


土塁も確認できました。

      20131123小沢古城址09


背後を山に囲まれ、すり鉢状の小沢古城址。
一説によれば、諏訪神社に隣接する環浄寺が館跡とされています。

確かに環浄寺背後はすり鉢状の削平地があり
それも段状の郭跡に見えなくもない。

      20131123小沢古城址11


こちらは環浄寺の参道。
土塁は往時のものなのだろうか?


    20131123小沢古城址12


      20131123小沢古城址16


こちらは環浄寺。

      20131123小沢古城址13



      20131123小沢古城址14


      20131123小沢古城址15



境内の紅葉が綺麗に色付いていました。


      20131123小沢古城址17


確かに、この位置から眺めると、すり鉢状の台地って分かりますね。


      20131123小沢古城址18


何人かなブログを拝見すると、土取りのため、山の半分以上を削り取られ
遺構は殆ど残されていないと記されているけれども
じっくり探索してみると、意外に見つかったりして…………
それはそれで楽しいものです。
しかし、久しぶりの藪への突入、
びいすけ連れての進軍はきつかったぁ………
汗をシコタマ掻いて、暑かったぁ………。

2013/12/11 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

小松城址 (2013年11月23日)(神奈川県相模原市) 

11月23日 公休日


甲州街道をひた走り、調布から鶴川街道を走り多摩川を渡ります。
稲城をを抜け、多摩ニュータウンと通り越し、八王子の隅っこを走り抜け
神奈川県に突入............

向かった先は   小松城址



小松城は

   鎌倉時代初期に永井大膳大夫広秀が片倉城の出城として築いたと言われています。
   戦国時代になると小田原北条氏の支城となり、
   津久井城の支城として、津久井城と片倉城の繋ぎの役目を果たし、
   甲斐武田氏の侵攻に備えたものと考えられています。
   小田原北条氏によって整備されたと思われる城ですがが
   誰が守っていたかは不明であり、廃城時期についてもわかっていないようです。



相模原市緑区にある宝泉寺の裏山が小松城址になります。


宝泉寺の入口には城址碑が建てられています。


      20131123小松城址01


      20131123小松城址02



こちらが宝泉寺


      20131123小松城址03



宝泉寺の墓地越しに見る小松城址。


      20131123小松城址04



城址に行く道は、宝泉寺墓地の脇にあるハイキングコースとなっています


      20131123小松城址05



ハイキングコースを上っていくと、やがて主郭にたどり着きます。

主郭には小さな祠が建てられていました。


      20131123小松城址17


      20131123小松城址18


主郭の奥の土壇は櫓台跡


      20131123小松城址19


櫓台は意外に狭い


      20131123小松城址20



主郭からの展望
遠くに見えるの橋本駅前の高層マンション。


      20131123小松城址21





主郭櫓台から少し下ったところにある説明看板。


      20131123小松城址08

説明看板の縄張り図によると
主郭には三つの堀切があります。


こちらが一つ目の堀切。


      20131123小松城址06



      20131123小松城址07


こちらが、二つ目の堀切。

      20131123小松城址09



そして、三つ目の堀切。

      20131123小松城址10


      20131123小松城址11



バイキングコースになっているので
雑木林の中を落ち葉を踏みしめての散策です。


      20131123小松城址12


堀切から先ほどの説明看板のあるところに戻り、
縄張り図を確認します。

      20131123小松城址13


こちらが空堀。
意外に深い。

      20131123小松城址14


空堀の底に降りて、見上げて見ます。


      20131123小松城址15



こちらは、腰曲輪。


      20131123小松城址16


後で知ったのですが、説明看板のあった場所から
さらに奥に入って行くと、評議ヶ原と言う場所があるらしい。

1590年、小田原北条氏が秀吉に攻められた時
片倉城、津久井城、小松城の城主が集まり、
いつ降伏しようか?と評議した場所らしい。
そこは、紅葉が綺麗な所で、
多くのバイカーがこの時期には訪れるらしい。

そんなことは、露知らないから
小松城址に至るバイキングコースの紅葉をパチリ☆。


      20131123小松城址22


      20131123小松城址23


      20131123小松城址24


      20131123小松城址25


      20131123小松城址26




ハイキングコースの紅葉でも、結構見事な色付きに見えるから
評議ヶ原の紅葉はどんなに凄いのだろうか?

今年はもう無理だから、来年は紅葉を目的に
評議ヶ原に来ることにしよう................。


2013/12/10 Tue. 17:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

丸ポストを探して 東京・調布編 (2013年11月23日)(東京都調布市) 

11月23日 公休日

この日は、当初の予定では宮ヶ瀬湖に行く予定でした。

折しも、11月23日、24日は祭日、日曜日と言う連休。
そして行楽シーズン真っ只中の連休。

朝早く(5:30)に家を出たのに、京葉道は事故で一部通行止め。
東関道経由首都高速湾岸線も渋滞。
おまけに中央道も事故で国立府中から首都高の新宿まで大渋滞。
首都高を永福で降りて、下道(甲州街道)を走ることに………。

甲州街道をひた走り、調布辺りで ふっ と気がついた。

そう言えば、調布市には丸ポストが1基現存していたっけ?

すかさず、iPhoneで検索。


調布市の丸ポスト探しと相成りました。



調布市に唯一現存する丸ポスト。
京王線柴崎駅近く、
甲州街道を渡った先にある菊野台商店会。
その商店会の一角、メガネのヒロ前にありました。


      20131123調布丸ポスト01


      20131123調布丸ポスト02


      20131123調布丸ポスト03


      20131123調布丸ポスト04

これで調布市の丸ポスト制覇。

これまでに東京都の丸ポストは

日野市 5基 を制覇してきました。
本日、調布市 1基を制覇し、合計6基。


東京都には237基の現役の丸ポストがあるそうです。
(2013年4月15日現在)


まだまだ先は長いけれど、
頑張って色々な街角の丸ポストを探し続けて行きたいものです。




2013/12/10 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

養老渓谷八景 梅ケ瀬渓谷 (2013年11月19日)(千葉県市原市) 

11月19日 公休日

この日は公休日。
市原市方面に足を伸ばしてみました。

本来は養老渓谷の紅葉が一番の目的でしたが
朝から城巡り、廃校巡りをしていたら、思いのほか時間が掛かり
養老渓谷に着いた頃には時刻は15時をまわっていました。

日没まで、あと1時間半ほど…………

養老渓谷をじっくり散策したら、
とても時間は足りそうにもない。

手元にあった観光用のパンフレットには梅ヶ瀬渓谷の紅葉が載っていた。
梅ヶ瀬渓谷って聞いたことがなかったけれど、
養老渓谷八景の一つらしい。

どうも、この○○八景、△△八景って言うのに弱いみたいで
ついつい足を向けたくなってしまいます。(笑)

と言うわけで、限られた時間の中で向かった先は

養老八景 梅ヶ瀬渓谷


梅ヶ瀬渓谷へは、林道加茂線を利用しますが
残念ながら車両通行禁止。
林道入口に車を停めて、散策開始です。

      20131119養老渓谷八景 梅ヶ瀬渓谷01


      20131119養老渓谷八景 梅ヶ瀬渓谷02


養老川支流の梅ヶ瀬川沿いに歩きます。


      20131119養老渓谷八景 梅ヶ瀬渓谷03



川沿いの紅葉が色付き始めています。


      20131119養老渓谷八景 梅ヶ瀬渓谷04


      20131119養老渓谷八景 梅ヶ瀬渓谷05


      20131119養老渓谷八景 梅ヶ瀬渓谷06


      20131119養老渓谷八景 梅ヶ瀬渓谷07


歩いていた林道も次第に道幅が狭くなり、
いつしか沢を横切る小径となります。

この木橋辺りから、 びいすけ もペースが遅くなってきます。

どうやら、川の水を警戒しているようです。


      20131119養老渓谷八景 梅ヶ瀬渓谷08



この辺りから、川と言うよりは沢伝いに歩くような感じになります。

      20131119養老渓谷八景 梅ヶ瀬渓谷09


沢を横断すること数回。
びいすけ のテンションも若干下がり気味。


      20131119養老渓谷八景 梅ヶ瀬渓谷10


散策路は明らかに沢を横切ってます。

ここも渡れってか?

      20131119養老渓谷八景 梅ヶ瀬渓谷11


さすがに、 びいすけ の尻尾も下がり気味。

      20131119養老渓谷八景 梅ヶ瀬渓谷12


お父さん、そろそろ帰ろうよ!

そんな風に びいすけ が訴えているような気がします。

      20131119養老渓谷八景 梅ヶ瀬渓谷13


都合、5回ほど沢を横断したあたりでUターン。
車に戻る事にしました。


往路では気が付かなかったけれど
この地区には多い川廻し。

      20131119養老渓谷八景 梅ヶ瀬渓谷14

川廻し(かわまわし)とは、千葉県上総地方で多く見られる、
蛇行した河川を人工的に短絡させて農地に転用する工法である。

(Wikipediaより抜粋)


こんな山奥で農地を作ろうとしたのでしょうか?


林道にもどり、色付く木々を眺めながら車に戻ります。

      20131119養老渓谷八景 梅ヶ瀬渓谷15

      20131119養老渓谷八景 梅ヶ瀬渓谷16

      20131119養老渓谷八景 梅ヶ瀬渓谷17



秋の陽はつるべ落とし。
陽も短くなってきました。

あっと言う間に陽も暮れ、夕方です。

当初は(本来の計画では)、養老渓谷、粟又の滝辺りを
じっくり散策する予定で家を出てきましたが
寄り道、道草が多くて……………

まあ、これはこれで楽しい一日でした。


さあ、びいすけ。
家に帰るよぉ………………


2013/12/09 Mon. 17:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..........朝生原小学校跡 (2013年11月19日)(千葉県市原市) 

11月19日 公休日

この日は公休日。
市原市方面に足を伸ばしてみました。


小湊鉄道の養老渓谷駅近くに廃校跡があると知り、訪れてみました。


訪れたのは........
昭和47年に廃校となった 市原市立朝生原小学校跡




この坂を登りきれば、朝生原小学校跡。


       20131119朝生原小学校跡01



こちらが、朝生原小学校の正門。


      20131119朝生原小学校跡02

ちなみに、正門の奥の建物は学校遺構ではなく、
市原市消防団の倉庫です。




門柱の表札。
『学』の字が旧書体。
時代を感じさせます。


      20131119朝生原小学校跡03


      20131119朝生原小学校跡04



朝生原小学校の沿革は詳しくは判りませんが………

明治6年に創設され、昭和47年に月崎小学校、大久保小学校と共に、
大久保小学校跡に新設された白鳥小学校に統合され、廃校となりました。



このボールの様なモニュメントが廃校の碑。

学び舎あと と記されています。


      20131119朝生原小学校跡05


裏面には、朝生原小学校の沿革が記されています。

       20131119朝生原小学校跡06



廃校跡地に建つ消防団の倉庫。
これも廃校跡では良く見かけるパターン。


      20131119朝生原小学校跡07



門柱脇の二宮像。


      20131119朝生原小学校跡08

      20131119朝生原小学校跡13




こちらは、かつての校庭跡。

奥の方に見える区画された部分はゲートボール場。


      20131119朝生原小学校跡09



そして、こちらがゲートボール場。


      20131119朝生原小学校跡11


ゲートボール場から校庭を振り返って見ると
大きな、大きなイチョウの木。

いやぁ〜、見事です。

      20131119朝生原小学校跡10


イチョウの木の側に、二宮像、校門、廃校の碑と並んでいます。


      20131119朝生原小学校跡12


朝生原小学校の残された数少ない遺構類。
その全てが一枚の写真の中に収まっています。


廃校から41年経った今でも、
こうやって二宮像、校門の門柱と言った学校遺構が残されていると
何となく、嬉しいものです……………。



2013/12/09 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit