FC2ブログ

04 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 06

び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

万木城址 《万木城跡公園》 (2013年4月22日)(千葉県いすみ市) 

4月22日 公休日



いすみ市城址巡りシリーズ第2弾


国府台城址をあとにして
向かった先は 万木城址 (別名 万喜城址)



万木城址遠景

中央に見えるのは天守閣のようですが.........
実は天守閣ではありません


      20130422万木城址27



万木城址は現在 万木城跡公園 として整備されています

麓に駐車場がありますが、公園の頂上にも駐車場はあります。


麓の駐車場には 万木城まつり の幟が立っています
毎年5月3日に開催されるようです


      20130422万木城址25




この道を上がれば城址に行けますが
何せ狭い道。片側通行で途中に信号があります


      20130422万木城址26





山頂駐車場から見上げる擬似天守閣

実は天守閣の形をした展望台です


      20130422万木城址01



山頂駐車場から土塁越しに見る眼下の旧夷隅町の町


      20130422万木城址02



駐車場脇に説明看板が建っています


      20130422万木城址03


      20130422万木城址04


万木城は

伝承では応永年間に摂津国から移った土岐時政が築いたとされている。
だが、上総土岐氏の系譜は不明な点が多く、築城年代および築城者は不明である。

具体的な活動が知られるのは土岐為頼の頃からで、
為頼は里見義堯と婚姻関係を結んでいたが、
第二次国府台合戦で里見氏が敗北すると、後北条氏と結んで離反し、
以後一貫した北条方となった。
このため、万喜城周辺はしばしば里見氏や上総武田氏の侵攻を受けた。
特に土岐頼春(為頼の子)の代の天正16年(1588年)から同18年(1590年)にかけて
里見氏による3度の攻勢が行われるが、
いずれも土岐氏の勝利に終わっている(「万喜・長南合戦」)。

天正18年の小田原攻めにおいて北条氏に味方したことから
本多忠勝率いる徳川軍に攻め落とされ、
米蔵跡と推定される場所からは焼米が出土されている。

小田原攻めによって土岐氏は滅亡し、万喜城も廃城になったと考えられてきたが、
近年になって本多忠勝が大多喜城に入る前に
一時的に万喜城を居城としていたことを示す文書の存在が知られるようになり、
実際の廃城は忠勝が大多喜城を居城としていることが確認される天正19年(1591年)頃と
みられている。


                              (wikipediaより抜粋)






江戸時代の剣豪で知られた小野次郎右衛門(神子上 典膳)縁の城ということで
旧夷隅町の建てた説明看板もあります


小野次郎右衛門(神子上 典膳)とは........?


安房国(現千葉県南房総市)に生まれる。
はじめ里見義康に仕え天正17年(1589年)11月、里見家の家来として万喜城攻撃に参加。
正木時堯(正木大膳)と一騎討ちをしたが決しなかったと『里見代々記』にある。
やがて里見家から出奔して伊東一刀斎に弟子入りする。
そしてここで兄弟子に当たる善鬼(姓不詳。小野姓とするのは俗説)を打ち破り、
一刀斎から一刀流の継承者に選ばれたとされる

文禄2年(1593年)、伊東一刀斎の推薦で徳川家康に仕官して200石の禄高を与えられた。
徳川秀忠付となり柳生新陰流と並ぶ徳川将軍家剣術指南役となった。
このとき、名を神子上典膳吉明から小野次郎右衛門忠明と改名した。


                             (wikipediaより抜粋)


      20130422万木城址05


ちなみに小野次郎右衛門(神子上 典膳)の墓は成田市寺台にあります。







擬似天守閣(展望台)に登ってみます


      20130422万木城址06


      20130422万木城址07


展望台から見る風景

晴れた日には運がよければ富士山も見えるそうです

正面が富士山方向ですが、.....

残念!
今日は富士山は見えませんでした。


      20130422万木城址08




毎年、5月3日に催される 万木城まつり では
この広場(二郭)で相撲が行われているそうです


      20130422万木城址09



こちらは主郭にあたる 倉の台


      20130422万木城址10


      20130422万木城址11



主郭の虎口


      20130422万木城址12



二郭脇にある井戸跡


      20130422万木城址13




井戸跡あたりをボランティアの方々が公園整備の一環で
下草刈りをされていました。

ご苦労様です
そして、ありがとうございます。

お陰さまで、犬連れでも快適に散策できます


      20130422万木城址14


      20130422万木城址15



駐車場裏手の四郭にある稲荷社

江戸崎土岐氏でお馴染みですが
土岐氏の城郭には稲荷社が祀られることが多いようです。


      20130422万木城址24



現地の公園案内図では妙見社があると記されていたので
広い敷地内(山内)を 妙見社 目指して散策します。




こちらは二郭の虎口


      20130422万木城址23



てっきり、妙見社 には尾根伝いに行けるのかと思っていたら
一度、山を下って麓に降りていきます。

長~い階段を下りてたどり着いたのが 三光寺

妙見社と言うから小さな祠かと思っていたら
それなりに立派なお寺でした。

正式名は 妙見山三光寺
天台宗のお寺ですが、地元では 「お願い薬師」 「占い妙見様」として
有名なお寺のようです。

薬師には興味がないので、妙見社を覗きます。


      20130422万木城址16


こちらが妙見社本堂(本殿?)


      20130422万木城址17


      20130422万木城址18


      20130422万木城址19



三光寺の駐車場脇には七福神の石像があります

これって、一度で七福神をお参りできるってことでしょうか?

これもエコ?(笑)


      20130422万木城址20


      20130422万木城址21



中池があったりして、意外に三光寺界隈も雰囲気が良い


      20130422万木城址22



しかし、このあと車を停めている万木城跡公園頂上の駐車場まで戻る羽目に......


下りは楽ですが、上りはキツい

額にうっすら汗を浮かべて駐車場に戻ったのは言うまでもありません..........



 
 
 
 
 
スポンサーサイト



2013/05/04 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit