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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

真壁城址 (2013年2月23日)(茨城県桜川市) 

2月23日 公休日

今日、明日と連休(23日、24日)。

先日、個人的な3連休(2月17日、18日、19日)がありましたが
後半2日間が雨で、出かけることもままならず
じっと大人しくしていました。

今日から、また個人的な連休。


連休初日
ちょっと足を伸ばして茨城県の真壁町に行ってきました。

真壁町は現在は桜川市。
2005年(平成17年)10月1日に
西茨城郡岩瀬町、真壁郡真壁町・大和村が合併して、
桜川市(さくらがわし)が誕生しました。

その真壁で最初に訪れたのは

真壁城址



真壁体育館のある辺りが真壁城址。
現在は国指定史跡として整備され
真壁城址として管理されています。

そしてその真壁体育館が主郭跡に建っているそうです。
残念なことにその体育館の建設で
主郭の多くの部分は破壊されてしまったようです。



真壁城は承安2年(1172年)真壁長幹によって築かれたと言われています。
真壁氏は大掾氏の支流で、
多気直幹の四男長幹が常陸国真壁郡真壁郷を領して
真壁氏を名乗ったことに始まります。

以後、真壁氏は400年余り真壁城を居城として続きますが、
小田氏・江戸氏・結城氏などの狭間にあって領地の維持に奔走しています。
戦国時代には佐竹氏が勢力を拡大し、
また小田原北条氏が関東へ進出するなど巨大勢力が迫る中、
真壁久幹は長男に北条氏政より氏の字受け氏幹、
次男には佐竹義昭より義の字を受け義幹と名乗らせています。
最終的には佐竹氏に属し、佐竹氏に従って出羽国秋田へ移ることになります。

浅野長政が五万石で入封し浅野氏の居城となりましたが
元和8年(1622年)笠間へ転封となり、
寛永元年(1624年)には稲葉正勝が一万石で入封しましたが、
正勝は寛永5年(1628年)に下野国真岡を継ぎ廃藩となり、
その後は徳川幕府天領となって廃城となりました。



真壁体育館の駐車場に車を停めて
散策開始です。


駐車場の一角にある城址碑


      20130223真壁城址01



主郭脇の水堀。
この真壁城は水堀に囲まれた平城。
城内の多くに水堀を残しています。


      20130223真壁城址02


主郭奥には、さらなる別の城址碑がありました。


      20130223真壁城址03



枯れている部分を探し、堀に下りて土塁を見上げてみます。
この辺りは、まだ整備の手があまり入っていないようです。


      20130223真壁城址04


      20130223真壁城址05



主郭と二郭を繋ぐ土橋。


      20130223真壁城址06



土橋から見る水堀
奥に見えるのが真壁体育館


      20130223真壁城址07



二郭から眺める三郭、さらには四郭。
なだらかに傾斜して下っています。


      20130223真壁城址08



二郭と三郭を繋ぐ土橋


      20130223真壁城址09


こちらにもしっかりと水堀が残っています


      20130223真壁城址10



枯れている水堀に下りて眺める土橋。
往時はきっと、この堀ももっと深かったのでしょう
意外に土橋の高さを感じられませんでした。


      20130223真壁城址11


四郭に設けられた土塁
見事と言いたいのですが...........

整備された復元土塁
角ばった形がいかにも復元っていう感じが見え隠れ。
きっと往時はこんな形をしていたのでしょう。

土塁に上がって下さいよと言わんばかりに
階段まで設けられています。


      20130223真壁城址12


お言葉に甘えて(笑)

土塁に登って四郭を眺めます

      20130223真壁城址13



遠くに見えるのは筑波山


      20130223真壁城址14


      20130223真壁城址15



別のアングルからの土塁
高さもしっかりとあり、鉄壁な城塁と化しています。


      20130223真壁城址16



すっかり枯れてしまっていますが
四郭をとりまく水堀跡。


      20130223真壁城址17


四郭の奥には鹿島神社が祀られています。


      20130223真壁城址24


神社の奥の土塁
こちらは往時のものでしょう


      20130223真壁城址18



四廓の虎口
しっかりと枡形が形成されています


      20130223真壁城址19



この辺りに城門が築かれていたのでしょう


      20130223真壁城址20


四郭と三郭を隔てる水堀跡
右側が四郭
左側が三廓


      20130223真壁城址21


広い四郭

広い芝生が.......
おいおい、ここはドッグランじゃないから(笑)
びいすけ のリードを開放したい気分を
グッとグッと我慢します(笑)


      20130223真壁城址25


こちらも四郭と三郭を隔てる水堀
一部整備中のようです


      20130223真壁城址22


四郭と三郭を繋ぐ土橋
さらに奥には三郭と二郭を繋ぐ土橋


      20130223真壁城址23



体育館の裏手
水堀は埋められてしまっているので
おそらく二郭にあたるのでしょうか
往時のものと思われる土塁が残っています


      20130223真壁城址26





歴史の重みのある真壁城址ですが
なぜなんだろうか?
その歴史の重みを感じる事があまりできなかった。

それはきっとあまりにも整備されすぎてしまったからなのだろうか?

国指定史跡として指定され整備・管理されていくことは素晴らしいことだが
復元された見事すぎる土塁を見てしまうと
ほんの少し興覚めしてしまう感もある。

平城で周りに何もないっていうのも味気ないのかもしれない。

贅沢を言えば、もうちょっと荒れた(朽ち果てた)感のある、
歴史の流れに埋もれた感のある城址が個人的に好きなのかもしれない.........。


 
 
 
 
 
 
 
 
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2013/03/06 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit