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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

本矢作城址 (2013年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日 公休日



世間では2月9日から11日まで3連休。
個人的には10日、11日の2連休。

当初は旅行の計画をしていましたが
先月中旬から末にかけて体調を崩し
早い時点で(キャンセル料が発生しない時点)でキャンセルしていました。

お陰さまで体調は無事良くなり、連休を迎えましたが
じっとしているのも味気ないので
佐原(千葉県香取市)方面へ出かけることにしました。


まず最初に向かったのは、元矢作城址


香取市といっても成田市との境界線に近いところ。
大まかな住所しか分かっていなかったから
佐原市(佐原市は近隣と合併して香取市になりました)が作成した
城址の標柱を手がかりに周辺を車で走り回ります。
これまた、なかなか見つけ出すことが出来ず、
香取市と成田市の間を行ったり来たり..........

民家の間の狭い路地を入り、
『この先に行って大丈夫? 道があるのかな?』
そんな不安を抱えながら見つけた標柱がこれ


      20130210本矢作城址01



この標柱の建っているあたりが本矢作城址。


      20130210本矢作城址02



標柱のすぐ裏が、かつての主郭だったところ。
現在は梨畑となっています。


      20130210本矢作城址03




本矢作城は源頼朝に仕えて活躍した千葉常胤の五男、
国分五郎胤通が築いたものであると言われ、
国分五郎胤通は、源氏三代に仕え、遠江や三河にも封地を与えられている。
愛知県岡崎市の「矢作」の地名も、国分氏の本拠地矢作にちなむものと言われています。
(私は愛知県生まれで、母親方の実家が愛知県岡崎市でした。)

本矢作城はは浸食谷が入り組んでいる台地上にあるが、見晴らしも悪いので、
国分氏の5代目の当主、国分泰胤のときに、この地より2kmはど先の大崎の地に
新たな城(大崎城)を築いて移っていったと言われています。




梨畑の主郭脇の道を歩き、民間の脇を歩いていくと
やがて大手口と思われる道となります。


      20130210本矢作城址04


      20130210本矢作城址17


      20130210本矢作城址18


      20130210本矢作城址19

 

大手口を下っていけば、知足院と言うお寺に辿り着きます。



知足院山門にて


      20130210本矢作城址09


      20130210本矢作城址08


こちらが本堂


      20130210本矢作城址06



山号は 龍華山


      20130210本矢作城址05


 
      20130210本矢作城址07



たまたま、境内を掃除していた男性(おそらく住職さん)と話をしたら
梨畑の奥に空堀が残っているということらしい。

その空堀を確認するために再び、城址の主郭跡に向かいます。



大手口からではなく、ぐるっと一周して主郭へ戻ります。



本矢作城址 遠景

    

      20130210本矢作城址10



      20130210本矢作城址20



近隣の民家の脇にはこんな立派な土塁が残っていたりします。


      20130210本矢作城址21


      20130210本矢作城址11





こちらが主郭奥の空堀

写真ではちょっと見づらいかな?


      20130210本矢作城址14



      20130210本矢作城址12


      20130210本矢作城址13




主郭奥にはしっかりと土塁も残っています。


      20130210本矢作城址16



物見台なのか?
ちょっとした高台には祠が建っていました。


      20130210本矢作城址15


見所がないと思っていましたが、
主郭跡の梨畑の奥には十分とは言えないけれど
しっかりと遺構も残されていて、 
期待していなかった分だけ特した気分です。
たまたまなんだけれど、知足院の関係者の方と話をして良かった............。




 
 
 
 
 
 
  
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2013/02/23 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit