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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

田間城址 (2013年2月7日)(千葉県東金市) 

2月7日 公休日



東金市にある田間城址に行ってきました。


県道119号線沿いにある田間神社の裏山が田間城址になります。


田間神社の駐車場に車を停めさせてもらって
まずは、田間神社でお参り。


      20130207田間城址01


こちらが一の鳥居
神額にもしっかりと田間神社と書かれています。


      20130207田間城址02


二の鳥居の前にて


      20130207田間城址03


      20130207田間城址04


こちらが拝殿

田間神社って格式のある神社なんですね。


      20130207田間城址05





この祠の脇の道が登城口。
こちらは田間城址の搦手口になります。


      20130207田間城址06



急な山道って言う感じで、ひたすら登っていきます。


      20130207田間城址07


      20130207田間城址08



主郭と二郭との間の堀切
右側が主郭で左側が二郭となっています。

  
      20130207田間城址09



こちらは二郭


      20130207田間城址10


二郭の下には腰曲輪があり、それも広い。
三郭にあたるのでしょう。

腰曲輪から見た二郭の城塁。


      20130207田間城址11



腰曲輪には祠があり、祠の脇には田間城址の標柱が建っています。


      20130207田間城址12


腰曲輪から見た主郭と二郭との間の堀切
先程の写真とは逆方向なので
左が主郭、右が二郭となります。

     
      20130207田間城址13



堀切から見上げる主郭
2mほどの高さがあります。

堀切もかなり埋もれていますので
往時はかなりの高さだったと思います。


      20130207田間城址14



こちらが主郭の虎口


      20130207田間城址15



そして、こちらが主郭


      20130207田間城址16





先程の腰曲輪から大手方面へ下っていきます。
堀切状の登城道を下ると、いくつもの腰曲輪があります。


      20130207田間城址22



腰曲輪と土塁

      20130207田間城址17


      20130207田間城址18





おそらくここが大手口
この先は民家の庭先に出てしまいそうなので.......

この先は遠慮しました(笑)

しかし、土塁が見事です 


      20130207田間城址19



こちらの土塁も見事
びいすけ の大きさから土塁の高さが判ります


      20130207田間城址20


      20130207田間城址21






田間城は 永正6年(1509年)、酒井定隆によって築かれたと言われています。
酒井定隆は土気城からここに移ってきましたが、この城は狭隘だったので、
やがて東金城を築き、そちらへ移っていったということです。

そう言えば、酒井氏の家紋は三つ巴
田間神社の神紋も三つ巴だったような気がする

東金城に居城を移したあとも、田間城は東金城の支城として機能していたそうです。
確かに、東金城と田間城はわずか2kmほどしか離れていまいけれど
大手口が全く逆方向を向いている

激動する房総半島、上総の国で
ある時は安房の里見氏を警戒し
そして、ある時は下総を支配する小田原北条氏を警戒していたのだろうか.....? 

悲しいかな
この田間城も1590年、豊臣秀吉の小田原攻めの際に
東金城とともに落城したそうです...........


 
 
 
 
 
 


    
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2013/02/20 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit