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び・び・びのびいすけ

北総花の丘公園ドッグラン (2013年2月11日)(千葉県印西市) 

2月11日 公休日


個人的な週休二日目。


今日は朝からドッグランへ行く予定にしていました。

祭日のドッグラン
すいらん に行こうか?
北総のドッグランに行こうか?

どっちにしようか悩んだ...........


悩んだ末、北総のドッグランに行くことにした。
理由は簡単。
今日は月曜日。
普段、月曜日は休園の北総花の丘公園のドッグランが
祭日のため開園している。

それだけの理由です(笑)


10:30チョイ過ぎに駐車場に到着。
ランに入ると見覚えのある顔が..........

みるひげさん と JAYくん でした。


以前、すいらんでお会いしたことのある チャミーちゃん も一緒でした。


      20130211北総01





どうやら、今日はこの北総花の丘公園ドッグランでプチオフ会があるようです。
ラッキー!!

偶然ビーグルに遭遇できます(笑)



集合時間(?)の11:00になると、

のあちゃん 
はるちゃん
ダックくん
ジャックくん ダニエルくん   と集まってきました





ダックくん


      20130211北総02




はるちゃん


      20130211北総03



のあちゃん と びいすけ


      20130211北総18


2ショット写真は初めてかも?

って言う事でもう一枚


      20130211北総19


さらにおまけでもう一枚(笑)


      20130211北総20



ジャックくん


      20130211北総10


ダニエルくん


      20130211北総11





JAYくん


      20130211北総08




チャミーちゃん


      20130211北総09



この日は休日だから、来場者もいっぱい。


      20130211北総06


      20130211北総07



この北総でしか見たことのない(他のランでは見たことがありません)犬種
バセットハウンドくん(名前知りません)も来ていました。

      20130211北総05



はるちゃんパパが びいすけ と遊んでくれました。


      20130211北総12


      20130211北総13


       ありがとうございます。






この日、一番遊んでくれたのが

ダニエルくん


      20130211北総17


      20130211北総14



こうやって、ワンコを追い回す びいすけ の姿を
久しぶりに見たような気がします


      20130211北総15


      20130211北総16



こころなしか、 びいすけ も楽しんでくれたような気がします。


      20130211北総04




13時を回り、お腹も空いてきたし
とにかく風が冷たい.........

(まぁ、吹きっさらしの北総のランでは寒いのは常識ですが....)


という訳で解散となりました。



久しぶりに行った北総花の丘公園ドッグラン。
偶然とは言え、たくさんのビーグルに遭遇できて
楽しいドッグランとなりました。

遊んでいただいたビーグル’S
そして飼い主さん

ありがとうございました。



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2013/02/28 Thu. 12:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

森山城址 (2013年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日 公休日



この日は朝から色々と動き回っていて
森山城址に辿りついた頃には陽も傾き始めていました。


しかしながら、毎度のように
ここ森山城址に辿り着くのにも苦労いたしました。

一応、自宅を出るときに参考にしているサイトのハードコピーを持参するのですが
紙の印刷されただけの資料だけだと心細い。
おまけに車のナビでは詳しい場所まで確認できない。
こんな時に ipad が欲しくなってしまいます(笑)。


自転車で移動中の女子中学生に道を尋ね
やっとの思いで説明版のある場所に辿りつけました。


西陽の当たる森山城址の説明版。
地区センタの前に建っています。


      20130211森山城址01


      20130211森山城址02




地区センターの奥にある星宮神社。
かつての妙見神社とのことです。


      20130211森山城址03


      20130211森山城址04


      20130211森山城址05


      20130211森山城址06


      20130211森山城址07




星宮神社の鳥居の脇にある登城口
どうやら、こちらは主郭へと続く搦手口のようです。


      20130211森山城址08




搦手口から森山城へ攻め込んでみます(笑)


      20130211森山城址09


      20130211森山城址10


      20130211森山城址11


      20130211森山城址12


      20130211森山城址13




こちらが搦手側の主郭虎口


      20130211森山城址14


      20130211森山城址15




主郭全景

意外にと言うか、かなり広い主郭です。


      20130211森山城址16


      20130211森山城址17



主郭の虎口土塁には森山城址の標柱が建てられています。


      20130211森山城址18


      20130211森山城址19



主郭と二郭との間の土橋。


      20130211森山城址21



写真では見にくいですが、しっかりと空堀も残っています。


      20130211森山城址20



二郭も広く、現在は畑となっています。


      20130211森山城址22




二郭の一画には牛小屋もあったりします。


      20130211森山城址23


二郭の周りには犬走り?
それとも土塁でしょうか?


      20130211森山城址24



二郭虎口の土塁


      20130211森山城址25




二郭から中の城に至る土橋。


      20130211森山城址26



中の城の郭
こちらもそれなりに広い。


      20130211森山城址27




中の城虎口の土塁


      20130211森山城址28




中の城から三郭へと続く土橋


      20130211森山城址29



こちらは三郭から大手口へと続く土橋


      20130211森山城址30




三郭虎口の土塁


      20130211森山城址31



こちらは大手口の登城道


      20130211森山城址32




夕暮れなので、やたらとトンビが飛び回っていました」。


      20130211森山城址33




車を停めた地区センターまで戻ります。

しかし、車まで遠い
それだけ、この森山城址は広いということです。


一日に数本しか走らないバスのバス停がありました。

根古谷とか根古屋っていうのはよく聞きますが
根古城っていうのは珍しい地名になるんでしょうか?

(根古谷とは山城などの麓の集落や居住部のことを表す城郭用語です)


      20130211森山城址34




バス停付近から見上げた森山城址


      20130211森山城址35




とにかく、この森山城址は広い
夕暮れ間近に訪れたから、駆け足で散策したようなもの
とにかく時間が足りなかった。

本当は時間をかけて、じっくり散策したら
もっともっとこの森山城址の良さを見いだせたと思います。

ここもいつの日か、再訪してみたい城址の一つになりました。



 
 

 
 
2013/02/28 Thu. 01:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

小見川陣屋跡   (2013年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日 公休日



小見川城址を出たあとに、向かった先は.......


小見川陣屋跡


小見川陣屋跡は安房・里見氏の家臣・正木時忠が、
粟飯原氏の居城、小見川城を攻めるときに
この地に築造したものが始めと言われています。

江戸時代になると、1724年、内田正親がここに陣屋を置いたという。
内田氏は1万石の所領であり、内田藩として明治になって廃藩置県が行われるまで
13代に渡って陣屋支配が続いたと言われています。


そもそも 陣屋 とは.........


陣屋とは、元々は平安時代に宮中警護をする衛士の詰所のことであった。
これに由来し、現代において旅館・温泉の名称に「陣屋」を使用するものもある
(例として鶴巻温泉の元湯・陣屋など)。
鎌倉時代には合戦における兵士の臨時軍営を陣屋と呼んだ。
また、地頭の役所を陣屋とも呼んでいた。
近世には民政上の拠点を指す意味が強くなり、
幕藩体制における政庁兼居所・蔵を意味する言葉となった。

一般的に3万石以下の城を持たない大名が陣屋を持った、
また上級旗本も知行地に陣屋を構えた。
さらに大藩の家老の所領地である知行所の政庁が置かれた屋敷も含まれる。
飛地を所領に持つ大名が、現地の出張所として陣屋を設置することもあった。
また、箱館奉行所や長崎奉行所なども陣屋として扱われることがある。
さらには幕府直轄領地である支配所に置かれた代官所を含む場合もある。

陣屋に藩庁を置く大名のことを無城大名あるいは陣屋大名と呼んだ。
無城大名が城主格大名へ昇格した場合、国許の陣屋を城[1]に転換することは許されず、
実際には城門の構築を許されるのみであった。

                             (Wikipediaより抜粋)





実は、この小見川陣屋跡は小見川中央小学校の敷地内にあります。
敷地内といっても校庭のど真ん中で.........


私が育ったのは愛知県の知立市。
通ったのは来迎寺小学校。
時代の違いはあるけれど、当時の来迎寺小学校にはフェンスなるものがありませんでした。
誰でも自由に入れ、休日には近隣の子供達は小学校の敷地内のブランコや
滑り台で遊んでいたものでした。

あの顔からかなりの年月ガ経ち、おかしな人間も増え
最近の小学校は勝手に出入りすることができなくなりました。

ここは大人の対応で........

休日だから無理かなと思っていたら
たまたま、体育館でPTAの催し物が開催されていて
終了した頃に関係者に声をかけて、中に入ることをOKしてもらいました。



      20130211小見川陣屋01


      20130211小見川陣屋02


      20130211小見川陣屋03


こんな感じで、石碑・標柱はグランドのど真ん中に建っています。
残念ながら、土塁等の遺構は全く残されていません。



石碑の前からの校舎風景。


      20130211小見川陣屋04




校舎前には説明版が建っています。


      20130211小見川陣屋05


      20130211小見川陣屋06


      20130211小見川陣屋07


      20130211小見川陣屋08


      20130211小見川陣屋09





校舎前(説明版前)から見た石碑の風景。


やっぱり、校庭のど真ん中にあるのって異様な風景です(笑)


      20130211小見川陣屋10



でも、こういう史跡を見ながら学び、育っていく環境って
ある意味羨ましい........

古きを学び、新しきを知る
そんな聡明な人間に育っていって欲しいなぁ。

小見川中央小学校の生徒諸君!!
多いに学びなさいね(笑)




   


 



2013/02/27 Wed. 20:37 | trackback: -- | 本文: 0edit

小見川城址 <小見川城山公園>                      (2013年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日 公休日


佐原の町で ちょび家 と別れたあとに向かった先は


小見川城址



小見川へ向かう、県道259線沿いに走るJR成田線。
景観の良い沿線には人がいっぱい。
いずれも蒸気機関車(SL)が目的の 撮り鉄くん たちみたいです。
もう少しすれば、この沿線沿いを蒸気機関車が走るようです。



小見川城址は現在、『城山公園』として整備されています。

駐車場に車を停め、城址を散策です。


      20130211小見川城址26


      20130211小見川城址01



二郭への登城口


      20130211小見川城址11


こちらが二郭。

さすがに城山公園として整備されているから
広い芝生広場となっています。


      20130211小見川城址03


      20130211小見川城址04


二郭から見た、小見川市街地の遠景


      20130211小見川城址02


2006年3月27日に近隣の市町村(佐原市、小見川町、山田町、栗源町)が合併して
現在の香取市が成立しました。
それ以前は、千葉県香取郡小見川町。

さらに歴史を遡れば...........

鎌倉時代には千葉氏の勢力下に有り、
その一族である粟飯原朝秀がこの地に城を築きました。
それが小見川城です。

戦国期に入ると安房・里見氏による下総侵攻が始まり、
里見氏家臣・正木時忠によって小見川城も攻撃を受けました。

1590年、秀吉の小田原攻めの際、
千葉氏と共に織田原北条側についた粟飯原氏。
秀吉軍の攻撃を受け、小見川城は落城しました。
徳川家康が天下を取ると、松平家忠が居城としたが、
結局、慶長六年(1601年)に廃城となったと言われています。





しばらくすると..........


『ポォ~、ポォ~』と遠くから汽笛の音。
どうやら蒸気機関車が近づいているようです。

急いで高台を探します。

二郭の奥に物見台があったので、急いで移動。


      20130211小見川城址05


この竹やぶの下を蒸気機関車が走っていますが
視界が悪くて蒸気機関車は見えません。


      20130211小見川城址06


かろうじて、灰色の煙だけが見えます。


      20130211小見川城址07


      20130211小見川城址08


木々の間を蒸気機関車が走り去っていきますが
写真では上手く写っていませんねぇ。

せっかくのシャッターチャンスを逃してしまったようです。


      20130211小見川城址09






物見台から見た、二郭の土塁


      20130211小見川城址10


 

二郭から主郭への土橋。
植垣でよく見えませんが、土橋の脇には深い空堀があります。


      20130211小見川城址12



これが、その空堀。


      20130211小見川城址13




主郭の石碑の前にて


      20130211小見川城址14



主郭は狭い

って言うか、主郭の多くの部分が浄水場として掘削されてしまい
現在残されているのは、ほんの一部。

城山公園としてかろうじて残されています。
 

      20130211小見川城址15




その残されているわずかな遺構である、土塁。


      20130211小見川城址16


      20130211小見川城址17




二郭と主郭の間にある空堀に降りてみました。

この位置からだと土橋もはっきり見えます。


      20130211小見川城址18



主郭下の腰曲輪。


      20130211小見川城址19


      20130211小見川城址20

この腰曲輪は、浄水場の脇を奥まで伸びていますが
竹やぶが進行を妨げ、攻略断念。





さきほど登った物見台。


      20130211小見川城址21





二郭から切り通しの道を挟んだ高台
こちらも以前の城郭の一部だと思いますが
公園化の整備でかなり弄られているようです。


城山公園整備の記念碑。


      20130211小見川城址22


この高台には天満宮があります。
ひょっとしたら往時は、このあたりが三郭だったのでしょうか.....?


      20130211小見川城址23


      20130211小見川城址24


      20130211小見川城址25



小見川城址の裏には小見川高校もあり、
おそらく小見川高校の敷地も城郭の一部だったと思われます。

せっかく城山公園という名前までついて
後世に残そうとされていますが浄水場、そして小見川高校と
城郭の一部を開発されてからでは、ちょっと遅かったかな?

小見川町時代に文化財として保存されることになった小見川城址。
香取市となった現在、このままの形で残されていくことを期待しています..........。



 
 
 
 
 



2013/02/27 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

佐原雛めぐり&蒸気機関車 (2013年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日 公休日


佐原の丸ポスト探しは昨日のブログでアップしましたが
佐原に来た目的はもう一つ


さわら雛めぐり



毎年、2月10日前後から3月3日まで
佐原の約60か所の商店の中に雛人形が飾られています。

まちなみ博物館にも多くの雛人形が飾られています。





      20130210佐原ひなめぐり11



これが、 まちなみ博物館 の雛人形。


      20130210佐原ひなめぐり01


      20130210佐原ひなめぐり02


      20130210佐原ひなめぐり03


      20130210佐原ひなめぐり04


      20130210佐原ひなめぐり05


      20130210佐原ひなめぐり06


      20130210佐原ひなめぐり07


      20130210佐原ひなめぐり08


      20130210佐原ひなめぐり09


      20130210佐原ひなめぐり10



当然 びいすけ は中には入れませんので
入口前で待機です。


      20130210佐原ひなめぐり12





小野川沿いで、ちょびママさん御一行と遭遇しちゃいました。


      20130210佐原ひなめぐり13




小野川沿いにも、こんな感じで雛人形が飾られています。


      20130210佐原ひなめぐり14


      20130210佐原ひなめぐり15





小野川沿いの橋の上には
立派な一眼レフのカメラと三脚の鉄道愛好家(いわゆる鉄ちゃん)がいっぱい。


      20130210佐原ひなめぐり16




小野川沿いをブラブラと散策します。


      20130210佐原ひなめぐり17


      20130210佐原ひなめぐり18




こちらの商店では、ショーウインドウの中に小さな雛人形が飾られています。
光が反射してしまって、うまく写真には写っていませんですねぇ。


      20130210佐原ひなめぐり19




マイペースで歩く、ちょびくん と ピノくん。


      20130210佐原ひなめぐり20


      20130210佐原ひなめぐり21





こちらの店内はワンコOK
しっかり断って写真を撮らせてもらいました。


      20130210佐原ひなめぐり22




東日本大震災からもうすぐ2年の月日が流れますが
未だに、佐原の町にはその傷跡が残っているようです。


      20130210佐原ひなめぐり23


      20130210佐原ひなめぐり24






時刻もお昼を回り、お腹も空いてきたのでランチタイム。

小野川沿いの ワーズワース と言うテラス席のあるお店に入ります。


頼んだメニューが  シーフードピザ。


      20130210佐原ひなめぐり25


      20130210佐原ひなめぐり26



サラダとコーヒーのセットで1480円


正直、味は期待していなかったんだけど
このピザが美味しかった。

シーフードピザだから、エビ、イカぐらいのトッピングかなと思っていたら
カニもしっかり乗っていました。


ピザを食べている時に

『ポォ~、ポォ~』と珍しい汽笛の響き。



そうなんです。
この連休の間、佐原~銚子間で1日1往復、蒸気機関車(SL)が運行されます。

ちょうど、佐原駅に蒸気機関車が到着したようです。


急いで、佐原駅に蒸気機関車を見に行っちゃいました。



駅前は、人、人、人の山。


      20130210佐原ひなめぐり27


      20130210佐原ひなめぐり28


      20130210佐原ひなめぐり29


      20130210佐原ひなめぐり30


      20130210佐原ひなめぐり31


      20130210佐原ひなめぐり32


      20130210佐原ひなめぐり33



蒸気機関車を見に行ったつもりが、どうやら人を見にってしまったようです(笑)







再び、佐原の町を散策します。


      20130210佐原ひなめぐり34




こちらは 蔵元 馬場商店 の雛人形。


      
20130210佐原ひなめぐり35


      20130210佐原ひなめぐり36


      20130210佐原ひなめぐり37




蔵元だから、 びいすけ は入口で待機です。

(やたら吠えまくっていて、うるさかったなぁ......。)
   

      20130210佐原ひなめぐり38






老舗の油屋さん 油茂(あぶも) さんに立ち寄りました。
店内にはお店の由来が..........

元々は千葉一族・国分氏の家臣だったそうです
小田原北条氏滅亡のあと、佐原の町に戻り、帰農したそうです。

佐原に来る直前に国分氏の居城だった本矢作城址、大崎城址と立ち寄ってきたため
思わず、お店の由来に納得してしまいました。

      20130210佐原ひなめぐり39
    


お店の前では威勢良く 餅つき をしていました。


      20130210佐原ひなめぐり40



今年の さわら雛めぐり は、2月9日~4月14日まで開催されています。

この時期にしか見ることのできない佐原の風景もあり
時間があれば、平日の公休日
また、この佐原の町並みをじっくり歩いてみたい...........



   
 
 
 
 





2013/02/26 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

丸ポストを探して.........千葉・佐原(香取市)編                (2013年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日 公休日


世間では3連休の中日だったこの日。
個人的には10日、11日と連休で
この日の最たる目的は、この佐原の町に来ることでした。


千葉県に98基あると言われている丸ポスト。

下総の小江戸と言われる佐原の町には7基の丸ポストがあると言われています。
小見川の方にも2基あり、香取市には合計9基の丸ポストがあるそうです。


そんなわけで、佐原を含めた香取市の丸ポストを探して
小江戸情緒溢れた佐原の町を歩いてみました。


流石に三連休。
あてにしていた駐車場も満車で、車を停めるのに苦労しましたが
無事、車も停められ、じっくりと散策いたします。



まずは、1基目
佐原小学校近くの民家の前にあります。

この民家が味があります
千鳥格子が丸ポストによく似合います。


      20130210佐原丸ポスト01


      20130210佐原丸ポスト02


      20130210佐原丸ポスト03




続いて、2基目は
県道55号線を佐原の町からちょっと香取方面へ歩いた
岡澤商店前の丸ポスト。

なにげに、この道
休日だからだろうか? 車の往来が激しかったりします。


      20130210佐原丸ポスト04


      20130210佐原丸ポスト05


      20130210佐原丸ポスト06




続いて、小野川沿いの丸ポストを探します。

佐原といえば、この小野川無くして語れません。
小野川沿いに昔ながらの古い町並みが並んでいる。
これが佐原の代表的な風景でもあります。



      20130210佐原丸ポスト11


      20130210佐原丸ポスト12


ここでサプライズが.......


実は、前日の10日の夜。
ちょびママさん
『明日か、明後日 佐原に 雛めぐり の下見に行ってきます』とメールをしていました。

そのメールを見た ちょびママさん 御一行と小野川沿いで、ばったりご対面。


前方からビーグル連れが歩いてきたので
ここはご挨拶をと思っていたら.........

『びいすけく~ん!!』と呼ばれ、びっくりしていたら
ちょびママさんでした(笑)


のちほど合流することにして、丸ポストを探します

(ちょびママ御一行との行動は、また明日にでもアップいたします)



小野川沿いには2基の丸ポストがあります。

      
      20130210佐原丸ポスト08


      20130210佐原丸ポスト10


      20130210佐原丸ポスト09





対岸にも、もう1基

絵になる風景ですねぇ。



      20130210佐原丸ポスト07


      20130210佐原丸ポスト13


      20130210佐原丸ポスト14




再び、メイン通り(?)の県道に戻ります。
早良で有名な耳かき屋(?)の前にも丸ポストがあります。

なかなか車の流れも、人の流れも絶えません。


      20130210佐原丸ポスト15


      20130210佐原丸ポスト17


      20130210佐原丸ポスト16


       20130210佐原丸ポスト18





佐原の町では残すはあと2基

その1基は駅前にあります。


駅前はすごい人だかり
(それには理由があるのですが.......)


      20130210佐原丸ポスト19


      20130210佐原丸ポスト20


      20130210佐原丸ポスト21





佐原の町の最後の1基
造り酒屋 馬場商店 の前


白壁に赤い丸ポストは絵になりますねぇ。


      20130210佐原丸ポスト22


      20130210佐原丸ポスト24


      20130210佐原丸ポスト23



佐原の町の丸ポストはこれにて制覇。

香取市内にはあと2基。



残りの2基を目指して、佐原の街をあとにします。
まずは小見川方面へ.......


実は、偶然にも通りかかった道で
丸ポストを見つけてしまいました。

これは事前の情報にも載っていなかったし
丸ポストマップ にも載っていなかった。



      20130210佐原丸ポスト25


      20130210佐原丸ポスト26


      \20130210佐原丸ポスト27


何か得したような気分です





こちらは当初の目標物

潰れてしまった旧サンクス小見川店前の丸ポスト


      20130210佐原丸ポスト28


      20130210佐原丸ポスト29


      20130210佐原丸ポスト30




香取市の最後の1基

香取市貝塚のいしげストア前
ちょうど、来迎寺の前になります。



      20130210佐原丸ポスト31


      20130210佐原丸ポスト32


      20130210佐原丸ポスト33





これで、香取市の丸ポスト制覇。
コンプリートっていうやつです(笑)

思いがけず、1基増えちゃいましたが
千葉県内98基  99基

佐倉市   15基制覇
成田市    9基制覇
富里市    1基制覇
東金市    4基制覇
八街市    1基制覇

そして今日、香取市10期制覇

合計40基制覇したことになります。
残すは59基

頑張ることにいたしましょう!!









2013/02/25 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

大崎城址 (2013年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日 公休日



本矢作城址の次に向かった先は 大崎城址(別名 矢作城址)

本矢作城五代目当主・国分泰胤は、本矢作の地から
この大崎の地に居城を移してきたと言われています。

そもそも国分氏とは千葉一族であり
千葉氏五代目当主・千葉常胤の五男・胤通は、
佐原地方を領し 国分氏を名乗り、それが国分氏の始まりで、
以降戦国末期まで、国分氏は連綿として続いていきます。

しかし、千葉氏と同じように小田原北条氏の家臣として
豊臣秀吉に抵抗したため、1590年秀吉の小田原攻めで大崎城は落城。
国分氏は下総の地から敗走しました。



これが大崎城址の標柱。
本命寺の前の田圃の前にひっそりと建っています。

悲しいかな、長年ほったらかしにされていたようで
今にも倒れそうに朽ちかけています。


      20130210大崎城址01


      20130210大崎城址02



標柱の反対側(本命寺入口前)に説明版が建っています。


      20130210大崎城址03


本命寺の裏山一帯が大崎城址になります。



こちらが登城口


      20130210大崎城址04



      20130210大崎城址05




登城道を登っていきます。



      20130210大崎城址06


      20130210大崎城址07



この曲輪の奥には墓石碑があり、独特の雰囲気。
本命寺のすぐ上なので、墓があっても仕方がありませんが.......


      20130210大崎城址08


      20130210大崎城址09



曲輪の土塁。


      20130210大崎城址10




この奥に見事な空堀があります。


      20130210大崎城址12



これが、その空堀 
写真では見づらいですが、なにげに深い空堀です。


      20130210大崎城址13





麓にある本命寺


      20130210大崎城址14


      20130210大崎城址15




帰ってきて、いろんな城郭関連のサイトを覗いてみたら
この大崎城址はかなり広い城郭で
私と びいすけ が散策していた辺りは三の郭だったらしい。

大崎城址の一番の見所は主郭あとにある二重空堀らしく
一番の見所を見逃してしまった。

本命寺とは堀切の道を挟んだ反対側の山の上にその主郭はあるらしい。

本命寺の脇の説明版のすぐ横に
『さあ、ここから登ってくださいよ!!』と言わんばかりに
道が待ち受けていると、ここが主郭への道と思ってしまいます。


う~ん、..........
いつか、リベンジマッチしなくっちゃ!!




 
 
 
 
 
 
2013/02/24 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

本矢作城址 (2013年2月10日)(千葉県香取市) 

2月10日 公休日



世間では2月9日から11日まで3連休。
個人的には10日、11日の2連休。

当初は旅行の計画をしていましたが
先月中旬から末にかけて体調を崩し
早い時点で(キャンセル料が発生しない時点)でキャンセルしていました。

お陰さまで体調は無事良くなり、連休を迎えましたが
じっとしているのも味気ないので
佐原(千葉県香取市)方面へ出かけることにしました。


まず最初に向かったのは、元矢作城址


香取市といっても成田市との境界線に近いところ。
大まかな住所しか分かっていなかったから
佐原市(佐原市は近隣と合併して香取市になりました)が作成した
城址の標柱を手がかりに周辺を車で走り回ります。
これまた、なかなか見つけ出すことが出来ず、
香取市と成田市の間を行ったり来たり..........

民家の間の狭い路地を入り、
『この先に行って大丈夫? 道があるのかな?』
そんな不安を抱えながら見つけた標柱がこれ


      20130210本矢作城址01



この標柱の建っているあたりが本矢作城址。


      20130210本矢作城址02



標柱のすぐ裏が、かつての主郭だったところ。
現在は梨畑となっています。


      20130210本矢作城址03




本矢作城は源頼朝に仕えて活躍した千葉常胤の五男、
国分五郎胤通が築いたものであると言われ、
国分五郎胤通は、源氏三代に仕え、遠江や三河にも封地を与えられている。
愛知県岡崎市の「矢作」の地名も、国分氏の本拠地矢作にちなむものと言われています。
(私は愛知県生まれで、母親方の実家が愛知県岡崎市でした。)

本矢作城はは浸食谷が入り組んでいる台地上にあるが、見晴らしも悪いので、
国分氏の5代目の当主、国分泰胤のときに、この地より2kmはど先の大崎の地に
新たな城(大崎城)を築いて移っていったと言われています。




梨畑の主郭脇の道を歩き、民間の脇を歩いていくと
やがて大手口と思われる道となります。


      20130210本矢作城址04


      20130210本矢作城址17


      20130210本矢作城址18


      20130210本矢作城址19

 

大手口を下っていけば、知足院と言うお寺に辿り着きます。



知足院山門にて


      20130210本矢作城址09


      20130210本矢作城址08


こちらが本堂


      20130210本矢作城址06



山号は 龍華山


      20130210本矢作城址05


 
      20130210本矢作城址07



たまたま、境内を掃除していた男性(おそらく住職さん)と話をしたら
梨畑の奥に空堀が残っているということらしい。

その空堀を確認するために再び、城址の主郭跡に向かいます。



大手口からではなく、ぐるっと一周して主郭へ戻ります。



本矢作城址 遠景

    

      20130210本矢作城址10



      20130210本矢作城址20



近隣の民家の脇にはこんな立派な土塁が残っていたりします。


      20130210本矢作城址21


      20130210本矢作城址11





こちらが主郭奥の空堀

写真ではちょっと見づらいかな?


      20130210本矢作城址14



      20130210本矢作城址12


      20130210本矢作城址13




主郭奥にはしっかりと土塁も残っています。


      20130210本矢作城址16



物見台なのか?
ちょっとした高台には祠が建っていました。


      20130210本矢作城址15


見所がないと思っていましたが、
主郭跡の梨畑の奥には十分とは言えないけれど
しっかりと遺構も残されていて、 
期待していなかった分だけ特した気分です。
たまたまなんだけれど、知足院の関係者の方と話をして良かった............。




 
 
 
 
 
 
  
2013/02/23 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

丸ポストを探して .........千葉・八街編                    (2013年2月7日)(千葉県八街市) 

2月7日 公休日




千葉県内に98基、現存すると言う丸ポスト。


今までに
   佐倉市      15基
   成田市       8基
   富里市       1基
   東金市       4基 

と29基巡ってきました。

八街市にも1基残っているとういうので
探しに行ってまいりました。


八街市八街ほ と言う住所しか判らず
『八街市八街ほ...、八街ほ?   なんじゃそれ?』 
頼りは大沼商店前という情報のみ。


いや~、これまた苦労しました。
駅前あたりじゃないかと目星を付け
車を停められる場所を探したけれど見つからない
(駅前がやたらに狭い)

車で周辺を回っても見つからない。
おまけに工事中の箇所があって車の流れが悪い。

仕方ないので八街郵便局に行って
ポストの場所を尋ねるけれど
配達・集荷の担当者なら詳しいけれど
切手を売っている おばちゃんたち はよく知らないと言う。

たまたま、別の窓口にいた おばちゃん が
『そう言えば、なんとなく見た気がする』
と場所を教えてくれました。



ありました!



      20130207八街丸ポスト01




このあたりは、さきほど何回も車で回っていましたが
まさか工事中の陰に隠れているとは........

おまけに大沼商店なるものは、もう廃業されているみたいで
建物するありませんでした。

これじゃなかなか見つからないよね(笑)


      20130207八街丸ポスト02


      20130207八街丸ポスト03



これで八街市も制覇。
合計30基の丸ポストにたどり着きました。

残すは68基。


頑張りましょう......?(笑)










 
 
2013/02/22 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

大関城址 (2013年2月7日)(千葉県東金市) 

2月7日 公休日




田間城址を訪れたついでに、
同じ東金市内にある大関城址に立ち寄ってみました。

東金市と言っても、ほとんど九十九里町と言っても良いところ。
東金市依古島の大関神社がある辺りが大関城址と言われています。



これが、その大関神社。


      20130207大関城址01


      20130207大関城址10


      20130207大関城址02


      20130207大関城址03


      20130207大関城址04


      20130207大関城址05


九十九里有料道路によって、大関城址は分断されたというか
破壊されてしまったようです。

かつての主郭跡地が大関神社のようです。


      20130207大関城址06

写真のように、大関神社のすぐ脇を九十九里有料道路が走っています。



大関神社の拝殿の裏に回ってみましたが
この冬の時期でも深い藪で、おまけに心無い人のゴミなんかが散乱していて
とても藪の中に入っていく勇気はありませんでした(笑)。


大関城址の周りをぐるっと散歩してみることにしました。



      20130207大関城址07


奥の森が大関城址です。
周りは田圃に囲まれていますが、
往時はこの一帯は湿地帯だったらしく
南白亀(なばき)川と真亀川に囲まれた標高4~5mの浜堤砂丘地帯に
大関城址はその湿地帯を天然の防御設備として築城されました。

『上総国誌』によれば、元久元年(1204)畠山重忠の支族が安房国から上総国に移り、
畠山重康の代に大関城を造営して武威を伸ばしていたが、
東金酒井氏と相争い、大永6年(1526)12月、酒井隆敏に攻められて大関城は落城、
畠山重康は上谷常福寺に逃れたが、自決し畠山氏は滅亡したといわれています。


      20130207大関城址08


      20130207大関城址09



田圃のあぜ道を通り、城址まで戻ってみました。
ちょうど、大関神社の森&藪を挟んでの裏手にあたります。

かつての堀跡か?


      20130207大関城址11



藪の切れ目から森の中に入ってみると
土塁らしき土盛りがありました。


以前は、大関神社の前に東金市教育委員会が作成した
大関城址の説明版が建っていたらしいのですが
朽ち果ててしまって捨てられたのでしょうか?
今は無くなってしまいました。


昨年末にリニューアルされた東金市のHPにも
東金市の文化遺産として紹介されているんだから
せめて、説明版ぐらいのこしておいて欲しいなぁ.....。



      20130207大関城址12


びいすけ も説明板が無いとつまんないよ~

そんなことを言っているようです............



 
 
 
 
 
 
2013/02/21 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

田間城址 (2013年2月7日)(千葉県東金市) 

2月7日 公休日



東金市にある田間城址に行ってきました。


県道119号線沿いにある田間神社の裏山が田間城址になります。


田間神社の駐車場に車を停めさせてもらって
まずは、田間神社でお参り。


      20130207田間城址01


こちらが一の鳥居
神額にもしっかりと田間神社と書かれています。


      20130207田間城址02


二の鳥居の前にて


      20130207田間城址03


      20130207田間城址04


こちらが拝殿

田間神社って格式のある神社なんですね。


      20130207田間城址05





この祠の脇の道が登城口。
こちらは田間城址の搦手口になります。


      20130207田間城址06



急な山道って言う感じで、ひたすら登っていきます。


      20130207田間城址07


      20130207田間城址08



主郭と二郭との間の堀切
右側が主郭で左側が二郭となっています。

  
      20130207田間城址09



こちらは二郭


      20130207田間城址10


二郭の下には腰曲輪があり、それも広い。
三郭にあたるのでしょう。

腰曲輪から見た二郭の城塁。


      20130207田間城址11



腰曲輪には祠があり、祠の脇には田間城址の標柱が建っています。


      20130207田間城址12


腰曲輪から見た主郭と二郭との間の堀切
先程の写真とは逆方向なので
左が主郭、右が二郭となります。

     
      20130207田間城址13



堀切から見上げる主郭
2mほどの高さがあります。

堀切もかなり埋もれていますので
往時はかなりの高さだったと思います。


      20130207田間城址14



こちらが主郭の虎口


      20130207田間城址15



そして、こちらが主郭


      20130207田間城址16





先程の腰曲輪から大手方面へ下っていきます。
堀切状の登城道を下ると、いくつもの腰曲輪があります。


      20130207田間城址22



腰曲輪と土塁

      20130207田間城址17


      20130207田間城址18





おそらくここが大手口
この先は民家の庭先に出てしまいそうなので.......

この先は遠慮しました(笑)

しかし、土塁が見事です 


      20130207田間城址19



こちらの土塁も見事
びいすけ の大きさから土塁の高さが判ります


      20130207田間城址20


      20130207田間城址21






田間城は 永正6年(1509年)、酒井定隆によって築かれたと言われています。
酒井定隆は土気城からここに移ってきましたが、この城は狭隘だったので、
やがて東金城を築き、そちらへ移っていったということです。

そう言えば、酒井氏の家紋は三つ巴
田間神社の神紋も三つ巴だったような気がする

東金城に居城を移したあとも、田間城は東金城の支城として機能していたそうです。
確かに、東金城と田間城はわずか2kmほどしか離れていまいけれど
大手口が全く逆方向を向いている

激動する房総半島、上総の国で
ある時は安房の里見氏を警戒し
そして、ある時は下総を支配する小田原北条氏を警戒していたのだろうか.....? 

悲しいかな
この田間城も1590年、豊臣秀吉の小田原攻めの際に
東金城とともに落城したそうです...........


 
 
 
 
 
 


    
2013/02/20 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

丸ポストを探して ...........千葉・東金編                   (2013年2月7日)(千葉県東金市) 

2月7日 公休日


先日もブログに記載しましたが、
ネットで、面白いサイトを見つけた。

〒MAP ポストをひたすらマッピング


全国185,409ポストの内、161,605 ポストの所在地 、形状のデータベース。


こちらで丸ポスト(差出箱1号と言うらしい)を検索すると

2月1日現在

   全国で    4658基 あるらしい
   千葉県で    98基 あるらしい

  もちろん網羅率は100%ではないので、漏れ等はあるかと思いますが
  全国の郵便ポストファン(?)が情報を投稿しているようです。

この丸ポスト、探してみると結構おもしろい。

最近は近隣の市町村の丸ポストを調べたりして..........


東金市に丸ポストが4基あるということなので
東金市に丸ポストを探しに行ってきました。




まずは、東金市街地(東金市東金)にある丸ポスト。
県道119号線沿線の福屋という書店の向(道路を挟んだ反対側)
歩行者の通行を妨げ(?)大きな顔をして歩道に建っています


      20130207東金丸ポスト01


      20130207東金丸ポスト02


      20130207東金丸ポスト03

昔ながらの街道沿いの商店街(商店会)の中にありますが
このあたりもシャッター通りと言うか
商店をやめて、一般住宅になっているところが多いようです。





さらに県道119号を西下、
田間のカネハン商店前の丸ポスト


      20130207東金丸ポスト04


      20130207東金丸ポスト05


      20130207東金丸ポスト06



市街地の丸ポストはこの2基


残りの2基はちょっと離れた場所にあります。
いやちょっとではないですね。
かなり離れていました(笑)




東金から九十九里に向かう県道25号線
正木郵便局前にある丸ポスト
東金市といっても、ほとんど九十九里町と言ってもいいくらい(笑)


      20130207東金丸ポスト07


      20130207東金丸ポスト08


      20130207東金丸ポスト09



最後の1基は、さらに遠く.......     
求名駅から1kmぐらいの豊成郵便局前の丸ポスト
こちらは東金市と言っても、ほとんど山武市と言ってもいいくらい。
いやぁ~九十九里から山武まで移動した感じです。


      20130207東金丸ポスト12


      20130207東金丸ポスト10


      20130207東金丸ポスト11




これで、東金市の丸ポストも制覇!!


千葉県の丸ポスト  98基

    佐倉市   15基
    成田市    9基
    富里市    1基
    東金市    4基

都合29基制覇。 残すは69基。


頑張っちゃおうとっ!!


 
 
 
 
 
 
2013/02/19 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

麻賀多神社 <富里・中沢> (2013年2月4日)(千葉県富里市) 

2月4日 公休日


印旛沼周辺にあるという麻賀多18社

成田市    2社

     成田市台方
     成田市船形

佐倉市   11社

     佐倉市鏑木町
     佐倉市大蛇町
     佐倉市岩名
     佐倉市大佐倉
     佐倉市飯田
     佐倉市飯野
     佐倉市江原新田
     佐倉市太田
     佐倉市城
     佐倉市高崎
     佐倉市大篠塚

富里市    2社

     富里市新橋
     富里市中沢

酒々井町   2社

     酒々井町新堀
     酒々井町下台

八千代市   1社

     八千代市神野


今年の目標に 麻賀多18社制覇(?)と言う御旗を掲げています。




麻賀多神社 富里・新橋 から500mほど先に
麻賀多神社 富里・中沢 があります。



ここが参道入口
気をつけていないと気づかず、通り過ぎてしまいます。


      20130204麻賀多神社 富里中沢01



切り通しの中に石段が有り、雰囲気はばっちり。


      20130204麻賀多神社 富里中沢02



石段を登っていると、赤い鳥居が見えてきます。


      20130204麻賀多神社 富里中沢03



朱色の鳥居が薄暗くなってきた周りに異様さを放ちます。


      20130204麻賀多神社 富里中沢04



鳥居には神額も無く、境内も狭く、狛犬もありません。


本殿を覆う鞘殿


      20130204麻賀多神社 富里中沢05


境内の片隅には小さな祠があります。


      20130204麻賀多神社 富里中沢5


      20130204麻賀多神社 富里中沢07



祠の脇には恵比寿と大黒の石像が無造作に置かれています。


      20130204麻賀多神社 富里中沢08



こじんまりとした境内は、まさに村の鎮守様
一説によると500mほど離れた麻賀多神社(富里・新橋)の分社という事らしい。


本殿の裏は深い森で木々もうっそうと茂り
来る者を拒んでいるようです。

      
      20130204麻賀多神社 富里中沢09



今まで巡った麻賀多神社の中で(と言ってもまだ6社ですが......)
一番危ない(?)って言うか、妖しい雰囲気。



      20130204麻賀多神社 富里中沢10





夕暮れの深い森の神社
朱色の鳥居が神秘的というよりは
妖しげな妖艶さを放っているような気がしてしまいました
      

昼間の明るい時間帯に訪れたら
ひょっとしたら、違う感覚を感じるのかもしれない..........。


 
 
 
 
 
2013/02/18 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: 1edit

麻賀多神社 <富里・新橋> (2013年2月4日)(千葉県富里市) 

2月4日 公休日



印旛沼周辺にあるという麻賀多18社

成田市    2社

     成田市台方
     成田市船形

佐倉市   11社

     佐倉市鏑木町
     佐倉市大蛇町
     佐倉市岩名
     佐倉市大佐倉
     佐倉市飯田
     佐倉市飯野
     佐倉市江原新田
     佐倉市太田
     佐倉市城
     佐倉市高崎
     佐倉市大篠塚

富里市    2社

     富里市新橋
     富里市中沢

酒々井町   2社

     酒々井町新堀
     酒々井町下台

八千代市   1社

     八千代市神野


今年の目標に 麻賀多18社制覇(?)と言う御旗を掲げています。


せっかく富里市に来ているんだから
まっすぐ帰るのも芸がない


勢いで立ち寄ったのが、 麻賀多神社 富里・新橋



神社の正面の路肩に車を停めて、散策開始です。


これが鳥居。
意外に新しい。


      20130204麻賀多神社 富里新橋02



鳥居の社額

正一位麻賀多大明神 と記されています。


      20130204麻賀多神社 富里新橋01



鳥居をくぐれば石段が迎え入れてくれます


      20130204麻賀多神社 富里新橋03


      20130204麻賀多神社 富里新橋04




参道の石段を登った先は、割拝殿


      20130204麻賀多神社 富里新橋05


      20130204麻賀多神社 富里新橋06


      20130204麻賀多神社 富里新橋07


      20130204麻賀多神社 富里新橋08



割拝殿の社額にもしっかりと
正一位麻賀多大明神 と記されています。


      20130204麻賀多神社 富里新橋09



割拝殿をくぐれば、さらに石段が待ち構えています。


      20130204麻賀多神社 富里新橋10



本殿を覆う鞘殿


      20130204麻賀多神社 富里新橋11


本殿を覗き込むことは出来ましたが
写真を撮ることはできませんでした。




本店奥には土塁があり
土塁の上に登って境内を見下ろします。



こうやって見ると本殿のある境内が
城郭の郭に見えてしまいます。


      20130204麻賀多神社 富里新橋12



御神木

      20130204麻賀多神社 富里新橋13





こうやって見てみると........
どうしても城址っぽく見えてしまいますが
ここは麻賀多神社です。


      20130204麻賀多神社 富里新橋14



平日だし、夕方だし.......
誰も訪れる気配もない

ひっそりと佇む麻賀多神社。
でも、この雰囲気って何故か惹かれてしまいます。

これって、パワースポットなのかなぁ........?



 
 
 
2013/02/17 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: 2edit

丸ポストを探して...........千葉・富里編 (2013年2月4日)(千葉県富里市) 

2月4日 公休日




千葉県には98基の丸ポストが有ると言われ
先日より丸ポスト探しにハマっちゃいました。

これが意外に楽しかったりします


成田市のお隣り、富里市には
悲しいかな、1基しか残されていません。


唯一残っているのは、富里市七栄の七栄郵便局の前にあります





これが、その丸ポスト。



      20130204富里丸ポスト01


      20130204富里丸ポスト03


        
      20130204富里丸ポスト02


      
そう言えば、この道は国道296
銚子方面に出掛けた時や
飛行機を見にさくらの山に行った帰りに良く通るんだけど………
そして、この辺りはいつも渋滞していて
ノロノロ運転していたはず………


いやぁ~、気付かなかったなぁ。

何気なく普段目にしていた風景も
違った視線で見れば
新しい発見があるんですね。


 
 
 
 
 
 
2013/02/16 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

丸ポストを探して ...........千葉・成田編 (2013年2月4日)(千葉県成田市) 

2月4日 公休日



先月、佐倉市内の15箇所の丸ポストを探してみた。
結構、これが楽しかったりする。


ネット調べてみたら、面白いサイトを見つけた

〒MAP ポストをひたすらマッピング


全国185,409ポストの内、161,605 ポストの所在地 、形状のデータベース。


こちらで丸ポスト(差出箱1号と言うらしい)を検索すると

2月1日現在

   全国で    4658基 あるらしい
   千葉県で    98基 あるらしい

  もちろん網羅率は100%ではないので、漏れ等はあるかと思いますが
  全国の郵便ポストファン(?)が情報を投稿しているようです。


 (ちなみに佐倉市は15基で、先日制覇いたしました。)   


千葉県98基の内、15基は佐倉市にあったわけで
それじゃ、残りの83基も探しちゃおう!! っていう気になり、
成田市を検索。

成田市には9基あるということで.........


成田市の丸ポスト探しの始まりです。



成田市も平成の大合併で広くなりました。
近隣の大栄町や下総町が平成18年(2006年)3月に編入合併して
現在の成田市となっています。




最初の1基は、その編入合併した旧下総町の大和田にある石川酒店前にて


     20130204成田丸ポスト04




      20130204成田丸ポスト01


      20130204成田丸ポスト02


いやぁ~、ここが遠かった。
成田線に沿って車を走らせるものの、あと少し行けば佐原だし....(笑)



残りは8基。
そのうち7基は成田山新勝寺界隈。
あと1基は新勝寺からちょっと離れた寺台にあります。

本当は、昨日の2月3日に丸ポスト探しをしようと思ったけれど
節分で成田山・新勝寺は激混みだろうし
参道を犬連れで歩くのもヒンシュクを買いそうだし........

そんな経緯もあって、大和田(JR成田線 滑河駅近く)から成田市内の
激混み(?)スポットに向かいます。




先に向かったのは寺台の稲垣商店前の丸ポスト。
T字交差点にあるので、少し離れたJAの駐車場を拝借。


こちらが稲垣商店前の丸ポスト
     

      20130204成田丸ポスト05


      20130204成田丸ポスト06


      20130204成田丸ポスト07



新勝寺まではちょっと離れているけれど
ついでだから散歩を兼ねて、次なるポストを目指します。


成田山信徒会館横の丸ポスト


      20130204成田丸ポスト08


      20130204成田丸ポスト09


      20130204成田丸ポスト10





信徒会館の正面は成田山・新勝寺の立派な山門


      20130204成田丸ポスト11


      20130204成田丸ポスト12


      20130204成田丸ポスト13



節分の翌日だから多少は空いていると........
甘い考えでした。

前日(2月3日)、市川團十郎が亡くなり
成田屋を偲ぶ方が来られたのでしょうか?

結構、人が居たなぁ........




その新勝寺の中にも丸ポストはあります。
ひんしゅくを買うのも嫌だから、
びいすけ を抱きかかえて境内に入ります。

光輪閣なる建物を探しますが、どれが、どれだか?判らない
広い境内をウロウロして、やっと光輪閣裏の丸ポストを発見!!


      20130204成田丸ポスト14


      20130204成田丸ポスト15


      20130204成田丸ポスト16



急いで、写真を撮り、 びいすけ を抱きかかえて
ダッシュで境内から抜け出します。
リードをつけて歩かせたら、絶対にマーキングをする.......
バチ当たりな行為は目に見えています(笑)



今度は、参道にある川村佐平治商店を探します。

      20130204成田丸ポスト17


      20130204成田丸ポスト18



見っけ!!


      20130204成田丸ポスト19


川村佐平治商店前の丸ポストです


      20130204成田丸ポスト20


      20130204成田丸ポスト21




今度は、成田近郊では有名な羊羹の米屋
(なごみの米屋で有名ですが.........)
その米屋の本店裏にある 米屋成田羊羹博物館前 にある丸ポスト。

      20130204成田丸ポスト22


      20130204成田丸ポスト23


      20130204成田丸ポスト24





参道からちょっと外れて、幸町の山田屋酒店前


      20130204成田丸ポスト25


      20130204成田丸ポスト26


      20130204成田丸ポスト27




再び、参道に戻り、新勝寺方面へ戻ります。
残すは2基。

でも、ここからがちょっと苦労しました。

東町の青野商店前

      20130204成田丸ポスト28


      20130204成田丸ポスト29


      20130204成田丸ポスト30




最後の1基は、青野商店前の道をさらに進んで.......

民家の前に建っていました。


      20130204成田丸ポスト31


      20130204成田丸ポスト32


      20130204成田丸ポスト33




これで9基全てを制覇
結構歩きました。充分すぎる散歩となりました(笑)

成田市の丸ポスト、コンプリートです。

  
千葉県の丸ポスト 98基

佐倉市     15基制覇
成田市     9基制覇

残すは、あと74基(笑)

う~ん、本気で頑張っちゃおうかな~.......



 
 
2013/02/15 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

庁南城址 (2013年2月3日)(千葉県長生郡長南町) 

2月3日 公休日



睦沢町の勝見城址のあとに向かったのは

長南町の庁南城址



この庁南城址も辿りつくのに苦労しました。
おおよその検討を付けて、近くを徘徊していたのですが
今一歩、それらしきところがなく、
結局、セブンイレブンで買い物ついでに道を聞いて
目標である 太鼓の森 への道順を聞いて走ります。

この案内看板を見つけた時は、ホッとしました。


      20130203庁南城址13





庁南城は千葉氏一族の長南氏がこの地に城を築いたといわれるが
確かではない。
甲斐守護職の武田信満(武田信玄の6代前の武田氏当主)の次男である武田信長が
関東公方・足利成氏の命を受け、上総に進出。
真里谷と庁南に城を作り、上総での基盤を築き上げた。
その後、武田氏は庁南武田氏(嫡流)と真里谷武田氏(分家)に分かれ
武田信長の孫である武田道信が庁南城主になった際に
庁南武田氏と称するようになりました。

激動する戦国時代には安房・里見氏と敵対する小田原北条氏の配下となり
1590年、秀吉の小田原攻めの際、
徳川家康の家臣、浅野長政・本多忠勝の房総別働隊の手によって
上総・下総の多くの城と同じように落城したと言われています。
上総武田氏の嫡流である庁南武田氏は滅亡してしまいました。




長南城もこの地方の城の独特の構造
すなわち、尾根を城塁とする構造の城だと言われています。





この奥の森が太鼓森。


      20130203庁南城址01




しっかりと説明看板が建っています。


      20130203庁南城址02




何かの石碑なのですが........
字がよく読めませんでした。


      20130203庁南城址03



千葉氏ゆかりの妙見社。
大きな鳥居が、私と びいすけ を歓迎してくれています(笑)


      20130203庁南城址04


 

この左の高台の森が 太鼓台



     20130203庁南城址05




妙見社の手前の土塁


      20130203庁南城址06



妙見社の建つ郭
往時はここに居館が有ったのかもしれません。


      20130203庁南城址07


      20130203庁南城址08


      20130203庁南城址09


この尾根に囲まれた谷戸が中城として構築された庁南城。
尾根がやせ細っていて、それだけの郭を構成できないため
独特な構造の城館だったと言われています。


       20130203庁南城址12



この池も防備の一役を買っていたのでしょう 


      20130203庁南城址10


      20130203庁南城址11








織田信長の手によって滅亡された甲斐の武田氏宗家。
そして、信長の家臣だった豊臣秀吉によって滅亡された
小田原北条氏と運命を共にした庁南武田氏。

なんとなく因縁というか、悲しい命運を感じてしまうのは
私だけなのだろうか..........?










 
    
2013/02/14 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

勝見城址 <やすらぎの森>  (2013年2月3日)(千葉県長生郡睦沢町) 

2月3日 公休日



一宮町の高藤山城址を出発して、次に向かったのは
お隣町、睦沢町の  勝見城址


睦沢町森林休養施設 やすらぎの森 勝見城址にあたります。


駐車場に車を入れ、いざ、登城です。


      20130203勝見城址01


勝見城は、高藤山城主であり、
上総一族の主・上総介広常の弟の金田頼次の城であったと伝承されています。

兄である上総介広常とは逆に源頼朝の旗揚げ以前から
三浦氏の居城衣笠城に入るなどして、
頼朝政権の確立に協力し、頼朝の信頼を得ていた。

しかし、寿永二年(1183年)上総介広常の謀殺とともに蟄居を命ぜられ、
その後病死したとされたと言われています。
上総氏滅亡の後は、一族の千葉氏の支配下にもなりしたが、
戦国時代はこの地方で勢力を争っていた上総・武田氏(庁南・武田氏)や
安房国・里見氏の家臣の正木氏の居城となったりもしました。
その後、小田原北条氏の配下の城となり、
秀吉の小田原攻めの際、北条家滅亡と同じくして
勝見城も落城、そして廃城となったと言われています。






上総地方の山城は細く連なった尾根を城塁として活用し
いくつもの郭を有す形態が多いようで
この勝見城もその一つ。

尾根に向かって登っていきます。


      20130203勝見城址02




尾根上に残っている土塁と堀切


      20130203勝見城址03


      20130203勝見城址04


 尾根に登れば高台に祠があります。


     20130203勝見城址05



祠の奥は物見台でしょうか?
視界は抜群!
北方からの敵の襲来に備えていたのでしょう。



      20130203勝見城址06



尾根伝いに、もう一つの祠があります。


      20130203勝見城址07



尾根伝いに歩いていくと
いきなり、橋が現れます。


      20130203勝見城址08


堀切に架かる橋です。
見事な堀切

下まで降りて撮影しましたが
登るのが大変.........
すっべって転びそうになっちゃいました(笑)


      20130203勝見城址09




尾根道の高台
おそらく、ここも物見台だったのでしょう


      20130203勝見城址10



しばらくすると、勝見城址の説明看板がありました。


      20130203勝見城址17


尾根から一度、下に降りれば、観音曲輪。
かつて、ここには観音堂が建っていました


      20130203勝見城址15



観音曲輪は勝見城で唯一の平坦地と言っても過言ではなさそう。
おそらく主郭はこの場所だったのでしょう。


      20130203勝見城址16



公園化された時に建てられた展望台


      20130203勝見城址12



その展望台からの展望
遠く九十九里海岸も視野に入ります。


      20130203勝見城址11



観音曲輪の端には盛土による高台があり
往時のものか? 公園整備の際のものか?

ベンチが置かれ、ハイキングの休憩にはピッタリです(笑)。

      
      20130203勝見城址13



観音曲輪には子供たちが遊べるように
遊具まで用意されています。
完全に公園化されていますね。


      20130203勝見城址14


再び、尾根に戻れば........

北辰妙見碑があります。

     
      20130203勝見城址18



千葉氏ゆかりの城ではご存知、妙見神社。
ここにも、かつてはその妙見神社の祠があったのでしょう。





さらに、その先には尾根を分断する大きく、深い堀切があります。

なんと、吊り橋が掛かっていて驚きです。


      20130203勝見城址19


      20130203勝見城址20



びいすけ は、ビビってなかなか吊り橋を渡ろうとしません。(笑)


      20130203勝見城址21



吊り橋を渡った先は、勝見曲輪


      20130203勝見城址22



こちらは、水生植物園


      20130203勝見城址23


      20130203勝見城址24



勝見城の尾根を降りれば、歓喜寺
ちょうど、この日は節分で、境内でイベントをしていましたが
犬連れは大人しく退散(笑)


      20130203勝見城址25



山門の手前には勝見城址の説明看板が建っていますが
色あせてほとんど読めません。


      20130203勝見城址26


歓喜寺の山門への入口に勝見城址の標柱が
朽ち果てて倒れていました。

睦沢町よ、もうちょっと文化財の管理に目を配りませんか?


      20130203勝見城址27





なかなか歩きごたえのあった勝見城址
ほとんどが尾根歩きとなってしますが
なかなか手強い廃城ですが、見所もいっぱいあった廃城でした.................。



 
 



 
2013/02/13 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

高藤山城址 (2013年2月3日)(千葉県長生郡一宮町) 

2月3日 公休日



昨日のブログで書きましたが、体調を崩していて
1週間近く大人しい生活(?)をしていたため
私も びいすけ も、フラストレーションの昂まりがMAX(?)
休みの日は外へ出かけよう!!


真夏は草が生い茂っている山城も
この時期は枯れて散策しやすくなっている
この時期しか山城散策も楽じゃない(笑)


そんなわけで、下総国・佐倉から上総方面の城址巡りをしてきました。



まず、向かった先は、長生郡一宮町。
目指すは高藤山城址。


おおよその見当をつけ、向かったものの
目指す城址がなかなか見つからない
地図にも載っていないから、ナビでも検索できない。
30分以上かけて周辺をぐるぐる車で走り回り
やっと見つけた、城址の案内看板。

これを見つけたときは、思わずホッとしました。


      20130203高藤山城址01


入り口はこちら

いざ、登城
いざ、まいらん 高藤山城!!


      20130203高藤山城址02


      20130203高藤山城址03



これが登城口
いきなり長い坂道を登っていきます。


      20130203高藤山城址04



息を切らして、登った先は........

しっかりと空堀が迎え入れてくれました。
三郭と主郭との間の堀切です。


      20130203高藤山城址05



主郭には高藤山古城址の説明看板が建っています。


      20130203高藤山城址06




平安時代後期、平常家は上総権介に任ぜられ、
以後60年に渡り、上総平氏の棟梁として勢力を伸ばしていきます。
常家は子供に恵まれず、常家の五弟、常晴を養子にとして迎え、
家督を継いだ常晴が上総氏の始まりでもあります。
常家の次弟の常兼は千葉大夫と号し、この系統が千葉氏となり、
ここに房総平氏は二分されることになったのであります。
もちろん、上総氏の方が嫡流で千葉氏は庶流であります。

平安末期、1180年に源頼朝が挙兵すると、
広常は上総氏全一族を掌握して頼朝の許に駆け付け、
広常は名実とともに上総氏の当主になった。
その後、上総広常は佐竹氏追討等数々の武功を立てたが、
その振る舞いに傲慢な所が多く、頼朝に謀反の疑いを掛けられ、
嫡子・能常と共に1183年に頼朝の意を受けた梶原景時によって斬殺された。


高藤山城は築城年月は不明だが
その上総広重の居城が、この高藤山城と言われています。







主郭には、古蹟の碑があります。

この古蹟の碑は江戸時代の終り頃、文久2(1862)年に
一宮藩主・加納久徴が広常の功績をたたえて石碑を作り、
古蹟の碑とよばれています。      


      20130203高藤山城址11



主郭にて


      20130203高藤山城址07


      20130203高藤山城址08


      20130203高藤山城址09


      20130203高藤山城址10



主郭と三郭との間の堀切

      20130203高藤山城址12



三郭にも城址の説明看板が建っています。


      20130203高藤山城址13



三郭にて


      20130203高藤山城址14


      20130203高藤山城址15



三郭からの展望


      20130203高藤山城址16



高藤山の麓にある妙勝寺。
かつて大手門があった場所だと言われています。


      20130203高藤山城址17


      20130203高藤山城址18



高藤山の尾根沿いに、いくつもの郭を有している高藤山城ですが
主郭、二郭、三郭以外は藪の中。
まあ、登城路も下草が刈られ、ある程度整備されていると言えども
さすがに藪の中は勘弁ということで.........


次なる城址を目指すことにいたしましょう......。




 
 
 

2013/02/12 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: 2edit

麻賀多神社 <佐倉市大蛇町> (2013年2月2日)(千葉県佐倉市) 

2月2日 夜勤明け


1月26日は公休日
1月27日も公休日

実は1月25日からお腹の調子が悪かった。
27日の夜から急激な下痢に苦しみ
1月28日は仕事を休んで病院に行った。

どうやら1月24日に食べた鶏卵に当たったようで.......

結局、1月28日、29日、30日と仕事を休んで下痢に苦しんでいた。

1月31日は当初から公休日。

26日から31日まで6日間仕事から離れていました。


2月1日は当初から夜勤勤務。
そして2月2日は夜勤明け。


結局28日からまともな散歩を びいすけ にさせることができませんでした。



そんなわけで、夜勤明けの2月2日。
散歩を兼ねて、自宅からさほど遠くはない麻賀多神社<佐倉・大蛇町>に行ってみました。



印旛沼周辺にあるという麻賀多18社

成田市    2社

     成田市台方
     成田市船形

佐倉市   11社

     佐倉市鏑木町
     佐倉市大蛇町
     佐倉市岩名
     佐倉市大佐倉
     佐倉市飯田
     佐倉市飯野
     佐倉市江原新田
     佐倉市太田
     佐倉市城
     佐倉市高崎
     佐倉市大篠塚

富里市    2社

     富里市新橋
     富里市中沢

酒々井町   2社

     酒々井町新堀
     酒々井町下台

八千代市   1社

     八千代市神野


今年の目標に 麻賀多18社制覇(?)と言う御旗を掲げ、
頑張ろうと思っているわけでして........

いざ、出発です!!



久しぶりの明るい時間帯の散歩。
ここぞとばかりに びいすけ は、匂いをクンクン。


      20130202麻賀多神社大蛇01


      20130202麻賀多神社大蛇02


いつにも増して、超スローペースな散歩となっています(笑)


それでも何とか、麻賀多神社に到着。

1年以上前、偶然にこの近くに散歩に来たことがありました。
その時にも、この神社に立ち寄りましたが
ここが麻賀多神社だとは知りませんでした。


鳥居前にて
      
      20130202麻賀多神社大蛇04


      20130202麻賀多神社大蛇05


鳥居の神額には しっかりと 麻賀多神社 の文字が記載されています。


      20130202麻賀多神社大蛇06




拝殿には地元の方がお参りしていました。
近所の氏子の方でしょうか....?


      20130202麻賀多神社大蛇07




拝殿前にて


      20130202麻賀多神社大蛇08


      20130202麻賀多神社大蛇09


      20130202麻賀多神社大蛇10


      20130202麻賀多神社大蛇11




拝殿の神紋は 三つ巴。


      20130202麻賀多神社大蛇12


境内には大杉跡の石碑があります。
御神木であった大杉が落雷に遭い、
昭和八年八月、地元の人達に惜しまれつつ伐採されたそうです。


      20130202麻賀多神社大蛇13


こちらは御由緒が記された石碑


      20130202麻賀多神社大蛇15




さほど大きくない境内ですが
この地にも、それなりの樹齢の木々が茂っています


      20130202麻賀多神社大蛇14


      20130202麻賀多神社大蛇16


      20130202麻賀多神社大蛇03


      20130202麻賀多神社大蛇17



この大蛇町の麻賀多神社も地域密着型と言うか
村の鎮守様といった雰囲気がぴったり。

ひっそりと、そして、こじんまりとしていながらも
古き時代から地元の方々に慕われてきたんだろうな.........


 
 
 
 
2013/02/11 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit