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び・び・びのびいすけ

遠部落雁 臼井八景第二景 (2013年1月26日)(千葉県佐倉市) 

1月26日 公休日



臼井八景は印旛沼周辺の風景のうち、臼井城跡付近から眺めた八つの勝景を、
中国の瀟湘八景にならって選び出したものである。
これは臼井城主の子孫にあたる臼井秀胤(号は信斎)と、
円応寺二十四世住職の玄海(号は宋的)とによって
元禄十一年(1698)につくられたと言われています。


 第一景 舟戸夜雨(ふなとやう)      船戸大橋近く
 第二景 遠部落雁(とうべのらくがん)  西印旛沼自転車道路沿い
 第三景 飯野暮雪(いいのぼせつ)    西印旛沼自転車道路沿い
 第四景 師戸帰帆(もろときはん)     船戸大橋近く
 第五景 瀬戸秋月(せとしゅうげつ)   西印旛沼自転車道路沿い
 第六景 城嶺夕照(じょうれいせきしょう)臼井城址(臼井城公園)
 第七景 光勝晩鐘(こうしょうばんしょう) 光勝寺
 第八景 洲崎晴嵐(すざきせいらん)   八幡台第一公園


その臼井八景を制覇しようと、印旛沼まで出かけてきました。


臼井八景制覇シリーズ(?)第2弾


     遠部落雁


臼井八景第二景
 
      

      20130126 遠部落雁01


      20130126 遠部落雁02


手を折りて ひとつふたつと かぞふれば みちてとおべに 落つる雁がね


     鹿島川が印旛沼に流れ込むあたりは、昔から遠部と言われてきた。
     川口一帯には鹿島川が運んできた砂によって広い洲ができ
     そこは鳥たちにとって、この上ない遊び場だった。
     秋になると付近の稲や粟が実って渡り鳥の格好の餌場であり
     安全な休息地でもあった。
     沼辺の芦が枯れ始める頃、列を作って飛んできた鴈の群が
     この砂浜に舞い降りてくる。
     長旅で疲れた翼を休め、餌をついばんで空腹を満たしていた
     
     飛んできた鴈の列を眺めて、指を折りながらその数を
     一つ、二つと数えているとちょうど指いっぱいの十という数になったとき
     鴈たちは遠部の浜に落ちるように舞い降りてきた..........


                    (現地 説明看板より抜粋)




      20130126 遠部落雁03


      20130126 遠部落雁04


      20130126 遠部落雁05


      20130126 遠部落雁06


      20130126 遠部落雁07


      20130126 遠部落雁08


      20130126 遠部落雁09


      20130126 遠部落雁10




この直後、 びいすけ の気配を感じ、水鳥たちが一斉に飛び立ちました。

確かに、この地には水鳥たちが多いようです。



秋の日の夕暮れ、この沼辺に列を作って飛んでいる鴈を見てみたいものです........


 
 
 
 
 
 
 
 
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2013/01/31 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

舟戸夜雨 臼井八景第一景 (2013年1月26日)(千葉県佐倉市) 

1月26日 公休日


私の住んでいる佐倉市には印旛沼があります。



臼井八景は印旛沼周辺の風景のうち、臼井城跡付近から眺めた八つの勝景を、
中国の瀟湘八景にならって選び出したものである。
これは臼井城主の子孫にあたる臼井秀胤(号は信斎)と、
円応寺二十四世住職の玄海(号は宋的)とによって
元禄十一年(1698)につくられたと言われています。



 第一景 舟戸夜雨(ふなとやう)      船戸大橋近く
 第二景 遠部落雁(とうべのらくがん)  西印旛沼自転車道路沿い
 第三景 飯野暮雪(いいのぼせつ)    西印旛沼自転車道路沿い
 第四景 師戸帰帆(もろときはん)     船戸大橋近く
 第五景 瀬戸秋月(せとしゅうげつ)   西印旛沼自転車道路沿い
 第六景 城嶺夕照(じょうれいせきしょう)臼井城址(臼井城公園)
 第七景 光勝晩鐘(こうしょうばんしょう) 光勝寺
 第八景 洲崎晴嵐(すざきせいらん)   八幡台第一公園


佐倉市に住んで10数年
臼井の街にも5年ほど住んでいましたが
臼井八景には一度も訪れたことがありませんでした。


何となく、今年は地元・佐倉を見直してみようよう言う気もあり
臼井八景を制覇してみようと出かけてきました。


まずは、臼井八景第一景

    舟戸夜雨



      20130126 船戸夜雨01




漁する舟戸の浪のよるの雨に ぬれてや網の縄手くるしき   


    舟戸は昔、上総から常陸へ通ずる道の渡船場であった。
    また印旛沼で魚や貝を捕る漁師たちの、船留の場所にもなっていた。
    このあたりは漁師の家が点在する鄙びた小さな漁村であった。
    その昔、舟戸の風景は晴れた日中もよいが、雨の降る夜もまた
    格別の風情があったといわれる。
    しとしと小雨の降る舟戸の夜は物寂しく、
    暗い岸辺の家からは青白い灯がぼんやりと光って見える。
    時折宵闇の湖面から水浴する鴨の声がさわがしく聞こえてくる。
    この雨のなか、漁師の翁が小舟に乗って漁をしている。
    網が雨に濡れ、浪に寄せられて、網をひく縄手が辛そうにみえる、
    と前掲の歌は、雨の夜景を詠んだものである。


                      (現地 説明看板による)
 



      20130126 船戸夜雨02


      20130126 船戸夜雨03


      20130126 船戸夜雨04


      20130126 船戸夜雨05


      20130126 船戸夜雨06


      20130126 船戸夜雨07


      20130126 船戸夜雨08


      20130126 船戸夜雨09


      20130126 船戸夜雨10



450年近く前に作られた和歌の時代とは違ってきているれど
この 舟戸夜雨 の近くにはレンタルボート屋があって
川魚釣りやブラックバス釣りの愛好家が来られているようです。

漁村とは言えないけれど、それなりの風情が今尚、残っているのかな.....?


 
 
 
 
 
 
 
 
2013/01/30 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

麻賀多神社 <成田市船形> (2013年1月23日)(千葉県成田市) 

1月23日 公休日


台方の麻賀多神社の奥宮ということなので
台方の麻賀多神社を出たあと、向かった先は
1kmほど北にある成田市船形の麻賀多神社に足を伸ばしてみました。




あれ?
総社と記されています......

台方の麻賀多神社が総社じゃなかったけ?

不思議です。


      麻賀多神社 成田船形01



麻賀多神社の説明看板。


      麻賀多神社 成田船形02



一の鳥居。


      麻賀多神社 成田船形03




こちらは二の鳥居
奥に見えるのが拝殿


      麻賀多神社 成田船形04



こちらが、その拝殿。


      麻賀多神社 成田船形05



神額にはしっかりと 麻賀多神社 と記されています。


      麻賀多神社 成田船形06



こちらは本殿


      麻賀多神社 成田船形07



本店奥の御神木。


      麻賀多神社 成田船形08


      麻賀多神社 成田船形09



こちらの麻賀多神社も木々が鬱蒼としている中に
静寂が広がっている......

とても雰囲気のいいところ
そして、その静寂さが限りない神秘さを秘めているように感じる。

初詣の喧騒もなく、ひんやりとした境内を びいすけ と歩いていると
静寂さの中に何か言えないモノが導かされてきそうな感じ。

これがパワースポットということなんだろうか?



印旛沼周辺にあるという麻賀多18社

成田市    2社
佐倉市   11社
富里市    2社
酒々井町   2社
八千代市   1社

全部回ってみるのも面白そう..........

今年の目標の一つにしちゃおうっと!!





 
 
 
2013/01/29 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

麻賀多神社 <成田市台方> (2013年1月23日)(千葉県成田市) 

1月23日 公休日


鷺山城址の帰り道。
宗吾街道を走っていると、.........

『東日本一の大杉』の看板が建っていました。
そう言えば、何度も見かけたことのある看板です。

確か、神社か何かの看板だった記憶があったけれど
よくよく見たら、 麻賀多神社でした。

『麻賀多神社.......?』 


確か、佐倉にも摩賀多神社ってあった。
って言うか、佐倉でも摩賀多神社って3箇所くらい見かけた記憶がある。

せっかく近くを通るんだから、そのまま素通りするのも芸がない。
道路脇の駐車場に車を停め、立ち寄ってみました。


      20130123麻賀多神社(成田市台方)01.



石碑の隣の説明看板。


どうやら、摩賀多神社周辺の森は千葉県の天然記念物に指定されているようです。


      20130123麻賀多神社(成田市台方)02



正面の鳥居
奥に見えるのは本殿です。


      20130123麻賀多神社(成田市台方)03



境内に入ってすぐに、この神社の由来が記された石碑があります


      20130123麻賀多神社(成田市台方)04



拝殿前にて


      20130123麻賀多神社(成田市台方)05


      20130123麻賀多神社(成田市台方)06



拝殿


      20130123麻賀多神社(成田市台方)07


こちらが、御神木の大杉

この杉が東日本一の杉らしい。

日本一ではなくて、東日本一って言うところが面白い......(笑)


      20130123麻賀多神社(成田市台方)08


      20130123麻賀多神社(成田市台方)09


      20130123麻賀多神社(成田市台方)10



こちらは本殿


      20130123麻賀多神社(成田市台方)11



本殿裏の土塁
どうしても土塁があると、そちらに気がいってしまいます(笑)


      20130123麻賀多神社(成田市台方)12


こちらは神楽殿


      20130123麻賀多神社(成田市台方)13



神楽殿から見た拝殿


      20130123麻賀多神社(成田市台方)14


絵馬


      20130123麻賀多神社(成田市台方)15



さすがに県指定の天然記念物の森
いい感じに木々が生い茂っていて
散歩するにもいい雰囲気。


      20130123麻賀多神社(成田市台方)16



ちょっぴり足を伸ばして近隣を散歩してみました。


      20130123麻賀多神社(成田市台方)17



歩いて10分程度のところに
佐倉宗吾の旧宅がありました。


      20130123麻賀多神社(成田市台方)18


      20130123麻賀多神社(成田市台方)19




麻賀多神社は印旛沼周辺5市町村に18社あり
それらを称して『麻賀多十八社』と言うらしい。

その麻賀多十八社の総社が、ここ成田市台方にある麻賀多神社ということらしい。


この麻賀多神社にある鳥居は二の鳥居と言って
一の鳥居は印旛沼の湖畔にあるらしい。
きっと昔は大きな神社だったんだろう.....
何せ麻賀多十八社の本家(?)になるんだから。

ここから1kmぐらいのところに奥宮として麻賀多神社があるらしい。
せっかくだし、気になるので、そちらにも足を伸ばすことにした................。


 



 
 
 
 
 
 
 
2013/01/28 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

鷺山城址  (2013年1月23日)(千葉県成田市) 

1月23日 公休日


(この記事は1月23日に作成、予約投稿をしています)

昨日(1月22日)は茎が降ると言う予報だったが降らなかった
明日(1月24日)は朝雪が降りそうだと予報されている。

雪の合間を狙って、近場の城址巡りを........

という訳で、成田市の鷺山城址へ行ってきました。


鷺山城址

  別名  公津城址


鷺山城は、千葉宗胤の子、馬場五郎胤重が築き、
千葉氏宗家の本佐倉城主・輔胤、孝胤、昌胤、良胤代々の隠居城であったと言われています。


実はこの城址にたどり着くまでが大変でした。
確かにネットで調べると、登城口はわかりづらいし
民家の浦庭から入っていくと記されていたが、
その民家が判らず、唯一の情報である西光寺の近くと言うことを頼りに
その西光寺がナビでも検索できず、
畑作業をしていた地元の老人に聞いても知らないと言う.......

1時間近く、周辺を車でウロウロしていて
狭い山道に入り込んで、行き止まり。
バックで300mぐらい戻ったりして..........

やっと見つけた朽ちた標柱。


      20130123鷺山城址01



ここから、民家の裏庭と通らせてもらって鷺山城址に入ります。


      20130123鷺山城址02



ここが登城口


      20130123鷺山城址03


ネットで調べた縄張り図では、おそらくこちらは搦手口
この道は搦手道でしょう。


      20130123鷺山城址04


主郭手前の腰曲輪


      20130123鷺山城址05


主郭と二郭の間の空堀。
意外に深い空堀で、ここが鷺山城城址の一番の見所です。


      20130123鷺山城址06


二郭には成田市教育委員会が設置した標柱があります。


      20130123鷺山城址07


      20130123鷺山城址08


二郭には妙見社が建っています
おそらく近世に建て替えられたものですが
千葉氏ゆかりの城ですから、やっぱり妙見社が無いと絵にならないですね。


      20130123鷺山城址12



二郭奥の腰曲輪。

竹藪と化していますが、先ほどの主郭前の腰曲輪と繋がっています。


      20130123鷺山城址09



腰曲輪から見た、二郭の土塁。

竹藪の奥にうっすらと写っていますが、見づらいですね。


      20130123鷺山城址10



こちらは、三郭。
うっすらと雪がまだ残っていました。


      20130123鷺山城址11



こちらが主郭の虎口。


      20130123鷺山城址19


      20130123鷺山城址20



こちらは主郭の土塁。


      20130123鷺山城址18



主郭には祠があり、どうやら五社神社らしい


      20130123鷺山城址13



主郭にて........


      20130123鷺山城址14


      20130123鷺山城址15


      20130123鷺山城址16


      20130123鷺山城址17




この鷺山城址の近くには宗吾霊堂があります。

1573年、17歳で千葉宗家を継承した千葉胤良は、温厚で蒼明だったと言われています。
中央にも早いうちに目を向け、織田信長に好を通じていたと言われ、
当時、小田原北条氏の配下となり、千葉氏の重臣は北条方で固められ
織田信長に通じる千葉胤良をよく思わない臼井城主・原胤栄の策略で
隠居という名目で佐倉城(本佐倉城)を追われ、
歴代の隠居城の鷺山城に身を寄せることになった。
やがて、鷺山城も追われ、陸奥国伊達郡に追放されたとのことです。

良胤の孫・知胤は、鷺山の家臣団に養育され、
江戸時代を通じて千葉家再興運動を続けたという。
良胤父子を養育したのが木内左馬介であり、
木内左馬介の孫が、宗吾霊堂に祀られている、かの佐倉惣五郎であると言われています。


う~ん、なんとなく断片的に知っていることが繋がってくると
歴史って面白くなってくる。

ますます城址巡りにハマりそうです.........(笑)


 
 
 

 
 
 
2013/01/27 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

謙信一夜城址 <一夜城公園> (2013年1月19日)(千葉県佐倉市) 

1月19日 公休日


丸ポストを探して、志津の町から江原台へ車で移動中
臼井の町を抜けていきます。

その昔、臼井は城下町。
なんてたって今でも臼井城址が公園化されて残っています。


その臼井城を我がモノにしようと
かの有名な武将、上杉謙信が臼井城を攻めました。
永禄9年(1566年)のことです。


その際、上杉謙信が陣を張ったと言われるのが 謙信一夜城。


現在は住宅地の中の小さな公園 一夜城公園 となっています。


      20130119信玄一夜城01


おいおい、 びいすけ 。
そんなところで、おしっこしたらダメでしょ!!


      20130119信玄一夜城02



公園の一角には、 謙信一夜城 の石碑が建っています。


      20130119信玄一夜城03



宅地化された故なのか?
遺構は全く残っていません。


明らかに子供たちが遊ぶ近隣公園となっています。


      20130119信玄一夜城04


      20130119信玄一夜城05



石碑の周辺は住宅街です。


      20130119信玄一夜城06


      20130119信玄一夜城07


京成うすい駅から程ない距離だから
住宅がいっぱい建ってしまうのも仕方がないこと。




この方角の彼方に臼井城があります。


      20130119信玄一夜城08



遥か昔、上杉謙信もこうやって臼井城を眺めていたのでしょうか......?





   






2013/01/26 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

丸ポストを探して..........千葉・佐倉編 PART2    (2013年1月19日) 

1月19日 公休日


すいらん からの帰り道。
まっすぐ家に帰るのも芸がないから
昨日(18日)の丸ポストの残り分
自宅から徒歩じゃちょっと厳しいから
車に乗っている今日がいいチャンス。

ちょっくら足を伸ばしてみました。



まずは、京成志津駅前の丸ポスト


      20130119佐倉丸ポスト2 01


      20130119佐倉丸ポスト2 03



      20130119佐倉丸ポスト2 02


志津駅の北口ですが
こちらもすっかり寂れてしまったみたいです。

志津の町もすっかり変わってしまったような気がします。

と言っても佐倉市民になって、まだ12年。
八王子に住んでいる頃から知っていましたが
唯一の映画館も潰れちゃったし
東武ストアも撤退して、今じゃ大きなパチンコ屋になっている。

変わらないのは、この丸ポストだけなんだろうか........?







続いて、江原台の 聖隷佐倉市民病院前 の丸ポスト。

     
      20130119佐倉丸ポスト2 04


      20130119佐倉丸ポスト2 05


      20130119佐倉丸ポスト2 06



ここはかつて、国立佐倉病院があったところ。
歴史は古く、旧陸軍の時代まで遡る。

当時、佐倉陸軍病院として佐倉城椎木曲輪跡地に建てられた。
第二次世界大戦終了後、陸軍が解体し、厚生省管轄となり
国立佐倉病院として、この地に建てられた病院。

残念なことに、2004年3月1日に国立療養所千葉東病院と統合して移転。
跡地は佐倉市の要請で社会福祉法人聖隷福祉事業団へ経営移譲し、
聖隷佐倉市民病院が開設された。

その当時は佐倉市に住んでいなかったので、よくわからないけれど
地元から国立病院がなくなってしまうっていうのも嫌なものだと思う。

江戸時代、蘭方医学を学んだ佐藤泰然という人がいました。
1838年(天保9年) 佐藤泰然が、江戸薬研堀に蘭方医学塾「和田塾」を創立した
1843年(天保14年) 和田塾が佐倉に移転し、医学塾順天堂を開設した

この和田塾が後の順天堂病院であり、順天堂大学医学部の原点です。

文明開化の蒼明期、日本の医学の発展の原点が佐倉市にあったと私は勝手に思っている。

この丸ポストもひょっとしたら、昭和の時代の佐倉の医学を
ひっそりと見届けていたのかもしれない...............





これで、佐倉の丸ポスト15個 完全制覇。
こうやって、地元の貴重な(?)モノを追いかけるのも面白い。

さて、今度は何を探してみようかな......?


 
 
 
 
 

2013/01/25 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

すいらんグリーンパーク わんわん広場 (2013年1月19日)(千葉県茂原市) 

1月19日 公休日


昨日の8kmほどの散歩で足が未だにパンパン
歳はとりたくないものです......(笑)


15日に降った雪がなにげに駐車場にず~と残っていて
車が出せない状態でしたが
やっと車が出せる状態になった。

スーパーに買い物に行きたいし
灯油も買いに行きたい。

出かける気マンマン。
びいすけ と、どこかの山(城址)に行きたくても
おそらく雪が残っているか?
はたまた、グチョグチョの泥濘も嫌だし
無難に、当初の予定通りドッグランに行くことにした。

今日は土曜日
せっかくだから、偶然ビーグルを求めて、 すいらん に行こう!!

午前中、 すいらん で遊んで、買い物と灯油を買って
ついでに、佐倉市内の残りの2個の丸ポストを探して
合計15個の丸ポストを制覇、コンプリートしちゃおう!!

そんな計画で9:00過ぎに家を出て
すいらん には10:00に到着。

駐車場に着いて嫌な予感.......


なぜなら、駐車場には車が1台しか停まっていない。
おまけに駐車場には雪が積もっていて、車の轍がない......
っていうことは、雪の翌日の火曜日から殆どお客が来ていない?

『そんな、まさか?』

『でも、ビッグワン広場は陽当りがいいから、雪も溶けているだろう.....』


そんなことを思いながら、受付を済ませ
凍結した坂道を上って、目の前に現れた光景は.............



      20130119すいらん01



ビッグワン広場、雪が残っているし.......
それも中途半端に溶けているから
泥でぐちゃぐちゃ。


まぁ、多少汚れるのは致し方ない。
さっそく、ビッグワン広場に入ります。


      0130119すいらん02


いつものように、 びいすけ は匂い嗅ぎに夢中。
でも今日は雪があるから、いつもと勝手が違うかな?


      20130119すいらん03


何頭かのワンちゃん連れが、ぬかるみのビッグワン広場を避け、
雪がいっぱい残る木陰と風の広場に向かっていきます。
慌てて、木陰と風の広場に移動します。
 

      20130119すいらん04


この時点で、本日の すいらん の来場者はすべてここに集まってました(笑)


      20130119すいらん05



相変わらず、びいすけ は走らないし、他のワンちゃんと遊ばないし.......


      20130119すいらん06


履いていたスニーカーが雪に濡れ、冷たいというか痛い。
そのうち、足の指先の感覚がなくなってきます。

白い靴下を履いていきましたが、コーヒー牛乳を浸したように
洗濯が嫌になるような色合いになっていました(笑)

10:30分時点でそろそろ限界、帰ろうかと思いましたが
あと30分......
11:00になっても知っている人が誰も来なかったら帰ろう!!

そんなことを思っていたら、見覚えのある体格の大きな男性と
1頭のレモンビーグルがやってきました。


モルツだ~!!


ほどなく、さくらちゃん&いちごちゃん、ピースケくん、と登場。
マリンちゃん、ふくちゃん、バロン、りき&モコ、サランちゃんファミリーも集まってきました。
どうやら、今日は皆さんで待ち合わせをしていたようです。




ピースケくん


      20130119すいらん07



ふくちゃん


      20130119すいらん08



いちごちゃん


      20130119すいらん09



さくらちゃん


      20130119すいらん10



モルツ


      20130119すいらん12



バロン


      20130119すいらん14



マリンちゃん


      20130119すいらん17



モコ


      20130119すいらん24



りき


      20130119すいらん25




今まで、ほとんど絡んだことがなかった ピースケくん に
びいすけ が擦り寄っていきます。


      20130119すいらん11


  1月2日の北総でも JAYくん と絡んだりして
  今年の びいすけ はちょっと違うか?

  去年とうって変わって、いろんなワンちゃんと絡んでくれると嬉しいなぁ......




      20130119すいらん13



このパグは パスタくん
どうやら びいすえ がお気に入りのようでして........

      
      20130119すいらん15


この子はペンネくん。
今日で会うのは3回目ですが
毎回、 びいすけ を誘ってくれます。


      20130119すいらん16


      20130119すいらん29


      20130119すいらん30



気がつけば時刻は13:00

朝から何も食べていないので、レストハウスでお昼の時間です。


      20130119すいらん18



児湯も びいすけ はおすそわけを狙ってますが
残念でした.....君の分はありません!!


      20130119すいらん19


      20130119すいらん20




ランに戻ると..........
ベンチでつかの間の幸せを味わっている人を発見!(笑)


      20130119すいらん21


      20130119すいらん22

    モルツパパ、風邪ひかないでね!



お久しぶりの うのちゃん も来ていました。
      
  
      20130119すいらん26



これまた、お久しぶりの 星(きら)ちゃん。
レストハウスからランに戻るときに、偶然出会ってしまいました。


      20130119すいらん27


星(きら)ちゃんが居れば、当然 空くんです。


      20130119すいらん28



ビーグルがこんな風に3頭並んでいるのもいいなぁ~

      20130119すいらん23



気がつけば時刻は14:00をとうに回っている。
買い物にも行きたいし
灯油も買って帰らなきゃいけないし
丸ポストも探しに行きたいし.........

何となく、後ろ髪を引かれる思いもしながら
すいらん をあとにした。

おかげさまで、楽しいひと時を過ごすことができました
ありがとうございました。


10:30に帰らなくてよかったぁ~




ちなみに、スニーカーの中はグチョグチョ。
靴下を絞ると、コーヒー牛乳のような泥水が滴り落ち.......

土足禁止の車ではありませんが
靴下を脱いで、素足で運転して帰りました。
裸足で踏むアクセルペダルって、ひんやりとして冷たかった...........(笑)




 
 


 
2013/01/24 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

寝顔 (2013年1月18日) 

1月18日 公休日



この日の午前10:00頃から
丸ポストを探して約2時間半散歩をしてきました。

おそらく距離にしたら8kmぐらいは歩いたのではないでしょうか?
さすがに両足がパンパンです。


びいすけ は..........


午後からずっと爆睡です。

大きないびきをかいて
気持ちよさそうに寝ています。



      20130118寝顔01


      20130118寝顔02


      20130118寝顔03


      20130118寝顔04




明日(19日)も仕事は公休日。
今日はいっぱい歩いたから
明日はドッグランに連れて行こう........


おやすみ~..............


 
 
 
 
  
 
 
2013/01/23 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

丸ポストを探して.......... 千葉・佐倉編 PART1  (2013年1月18日) 

1月18日 公休日


1月14日に雪が降り、なかなか雪が溶け切らないので
朝・夜のの散歩も十分な散歩が出来なかった。

そんなわけで、休みの今日は久々に市内の散歩を考えていました。


たまたまネットでこんなサイトを見かけました

佐倉市民 ハイキングクラブ

佐倉市内の丸ポストの紹介です


2009年当時の情報ですが......
日本全国に丸型ポストが5700本ほど残っていて
佐倉市内には15本現存しているという。
よくよく見ると、その内13本は徒歩圏内にある。

これは散歩がてら、その13本を巡ってみよう


というわけで、本日の散歩

名付けて、 佐倉の丸ポストを探して.........


      丸ポスト


     写真をクリックすると、拡大します
     赤い線が歩いたコース
     黄色い番号がポストの番号です。





さあ、自宅を出発


      20130118丸ポスト散歩01



まだまだ歩道には雪が残っていたりします
慌てると転んじゃんから、ゆっくり行きましょう。


      20130118丸ポスト散歩02



まずは、 ② 本町の伊勢文酒店前の丸ポストを目指します 


道路沿いの保育園のフェンスで.......

覗いたって、誰もいないよ

保育園児が好きなのかな?


      20130118丸ポスト散歩03



伊勢文酒店に到着


      20130118丸ポスト散歩04


      20130118丸ポスト散歩05


      20130118丸ポスト散歩06


成田街道を佐倉市内(佐倉城)方面に歩きます。


弥勒町の ③ 鈴木金物店向いの丸ポストを目指します。


鈴木金物店前に到着。


      20130118丸ポスト散歩07


      20130118丸ポスト散歩08



続いて、同じ弥勒町の ④ 幸田薬局前 の丸ポスト

ここは、いつもの散歩コース
そう言えば、『丸ポストがあったなぁ~』と
今更ながらに思い出してしまいました。


      20130118丸ポスト散歩09


      20130118丸ポスト散歩10


      20130118丸ポスト散歩11



成田街道をそのままお城方面に歩き
新町の ⑤ 市立図書館前に着きました。


      20130118丸ポスト散歩12


ポストの脇がゴミ置き場。
佐倉市もゴミ収集場所をもうちょっと考えましょう。


      20130118丸ポスト散歩13


      20130118丸ポスト散歩14



佐倉街道を市立美術館前で京成佐倉駅方面へ
今は特別養護老人ホームになってしまいましたが
以前はリクルートの女子寮だった建物の前

鏑木町の ⑧ リクルート トレーニングクラブ前 の丸ポスト


以前はリクルートの陸上部の女子寮だったこともあり
メダリストの有森裕子さんもここにいたという話を聞いたことがあります。


      20130118丸ポスト散歩15


      20130118丸ポスト散歩16


      20130118丸ポスト散歩17



京成佐倉駅の反対側(北口)にあるミレニアムセンター前に到着。


宮前の ① ミレニアムセンター前 の丸ポスト

      20130118丸ポスト散歩18


      20130118丸ポスト散歩19


      20130118丸ポスト散歩20



京成電鉄の踏み切りを渡り、R296を西方面へ
国立歴史博物館(歴博)方面へ歩きます。

程なくして、歴博正面正門前に到着。

田町の ⑮ 歴博正門前 の丸ポストです。


      20130118丸ポスト散歩21


      20130118丸ポスト散歩22


      20130118丸ポスト散歩23




歴博正門から歴博へ
ここは佐倉城址公園の一角
佐倉城の椎木曲輪跡地に国立歴史博物館が建っています。

城内町の ⑫ 国立歴博内 の丸ポストです。


      20130118丸ポスト散歩24


      20130118丸ポスト散歩25


      20130118丸ポスト散歩26



せっかく、佐倉城址公園に来たのだから
ゆっくり城址公園の散歩でもしたいのですが
そこをグッと我慢。

城址公園を通り抜け、市役所方面へ向かいます。


海隣寺町の ⑩ 佐倉市役所前 の丸ポストです。


      20130118丸ポスト散歩27


      20130118丸ポスト散歩28


      20130118丸ポスト散歩29



市役所の敷地内に入っていきます。
さすがに市役所庁舎の中に びいすけ は入っていけませんので
玄関前で留守番。


海隣寺町の ⑪ 佐倉市役所内 の丸ポストです。


      20130118丸ポスト散歩32


      20130118丸ポスト散歩31


      20130118丸ポスト散歩30



市役所からは成田街道を歩きます
すぐさま、新町の ⑨ 鈴木書店前 に到着です。


      20130118丸ポスト散歩33


      20130118丸ポスト散歩34


      20130118丸ポスト散歩35




宮小路の ⑦ 麻賀多神社前 の丸ポストです。

元旦の日、この場所は参拝の順番待ちの人の列が出来ていました。


      20130118丸ポスト散歩36
 
 

      20130118丸ポスト散歩38


      20130118丸ポスト散歩37


麻賀多神社からJR佐倉駅方面へ向かいます。

武家屋敷脇を通り、薬師坂を下って鏑木へ

鏑木の ⑥ 岩瀬薬局前 の丸ポストへ到着。 


      20130118丸ポスト散歩39


      20130118丸ポスト散歩41


      20130118丸ポスト散歩40


このあと自宅へ戻りましたが、約2時間半の散歩でした。
さすがに久しぶりに歩いたな~っていう感じで、疲れました。


びいすけ は帰ってから、30分もしない内に
丸まっておとなしくなったと思ったら
日向で横たわって高いびき........

久しぶりの長~い時間の散歩で、きっと満足してくれたでしょう。



これで、とりあえず自宅から徒歩圏内の丸ポスト13個を制覇。


残すは江原台と志津の丸ポストの2個
車での移動になっちゃうけれど、近いうちに制覇しちゃおう!



 
 
 
 
 
2013/01/22 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: 2edit

寝顔    (2013年1月13日) 

1月13日


すいらん から自宅へ帰って........


今日は、朝から出かけていたので
昼寝をしていなかった びいすけ。

17:00過ぎには、いつのまにか聞きなれたあの音が......


『ぐぅ~、ぐぐ~ぅ』


      20130113寝顔01



      20130113寝顔03



      20130113寝顔02



悩みなんか、何一つ無さそうな寝顔(当たり前ですが.....)

この笑顔が癒されるうだよなぁ......


仕事でいろいろと問題はあるけれど
今日みたいに休日は びいすけ と一緒にいらられば
もうちょっと頑張ろうと思える今日このごろです..........。


 
 
 

2013/01/21 Mon. 00:07 | trackback: -- | 本文: 0edit

すいらんグリーンパーク わんわん広場 (2013年1月13日)(千葉県茂原市) 

1月13日 公休日



立山城址を出たあとは当初の目的地のドッグランへ

今年初めてとなる、すいらんグリーンパーク わんわん広場



駐車場に車を停め、受付手続きを済ませ
ビッグワン広場へ.........


ビッグワン広場にはお馴染みの顔が揃っていました

さくらちゃん&母娘

プリンくん
(チョコくん、モカくんも一緒だよ)

サランちゃん&ビートくん・エヴァちゃん・モネちゃん親子
(マロンちゃん一緒だよ)

福ちゃん

そして、バロンくん
(なぜか写真は バロンくん しかない......)(汗)


      20130113すいらん01



せっかく、多くのビーグル、
それも顔なじみのビーグルと遭遇したのに
今年の(も) びいすけ はマイペース。


      20130113すいらん02


誰かと遊ぶわけでもなく、一人でランの中を闊歩しています。


      20130113すいらん03


      20130113すいらん04


しばらくすると、お久しぶりの 茶々くん 登場。

茶々くん が気になるのか?
何気に 茶々くん 寄っていきます。


     20130113すいらん05


      20130113すいらん06


      20130113すいらん07


      20130113すいらん08




茶々くん と遊ぶのか?と思いきや
再び、一人の世界を満喫しています(笑)


      20130113すいらん09


      20130113すいらん10




唯一、遅んだっていうか、一瞬追いかけっこをしたのがこの子。

名前を聞き忘れちゃった。


      20130113すいらん11


そう言えば、朝から何も食べていなかったので
レストハウスへ移動。

遅めの昼食となります。


レストハウスでは、何かおこぼれを貰おうとおとなしくしています(笑)


      20130113すいらん13


      20130113すいらん12



お昼を食べ終わったあとは
再びランに戻って、再びお友達と合流です。

程なくして、 マリン ちゃんもやってきました。


名前を聞いたけれど.......
名前をど忘れしてしまった新しいビーグルにも出会えましたが
飼い主同士で話に夢中になり、写真を撮るのも忘れていました。

オフ会の時もこういうパターンが多くって
ついつい話に夢中になってしまうと
写真を撮り忘れて、帰ってきて後悔してしいまいます。



今日一緒に遊んで頂いた飼い主さん、そしてビーグル’s

ありがとうございました。




今年の初すいらんは多くのビーグルに出会えました。

いつの日か、すいらんが関東のビーグルの聖地になってくれれば.......


そんな願いを胸に、今年も すいらん に通おうと思っています。


 
 
 

2013/01/20 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

立山城址  (2013年1月13日)(千葉県千葉市緑区) 

1月13日 公休日


向砦をあとにして、向かった先は


立山城址



立山城は大椎城の関連の城郭で、大椎城の隠居城であったと言われているが
詳しいことはよくわかっていない。
向砦が土気城の出城であったように
この立山城も戦国期には土気城の出城であったと推測されています。


大椎城からは村田川を挟んだ向かい台地が立山城址と言われています。



向砦からは大椎八幡の脇を通り、車で5分くらいの距離。
土気駅から千葉外房有料道路・大木戸ICへとつなぐバイパス道路脇にあります。


バイパスからちょっと入った山道(?)に車を停め
立山城址の散策です。


坂道を登りきれば、平坦な台地上部となり
いきなり空堀があったのですが..........


      20130113立山城址14


心無い人たちの仕業なのか?
空堀は無残にも粗大ゴミ、放置ゴミが散乱
見るに忍びない状態でした


      20130113立山城址15



林道をほどなく歩くと。携帯電話のアンテナ塔があり
その向かいに立山城址の牌があります。


      20130113立山城址01


      20130113立山城址02



しばらく、木立の中の林道を歩き
やがて台地から坂を下って大木戸集落方面へと向かっていきます

麓には竹林が多く、おそらくこの方角が大手口になるのでしょうか?


竹林の中の堀?
現在は堀底道となっているようです。


      20130113立山城址03


こんな祠も建っています。


      20130113立山城址04



土塁もしっかり残っているようです。


      20130113立山城址05


麓の集落の登城口には

『立山城之護神跡』  なる碑が建っていました。


     20130113立山城址06


      20130113立山城址07




ここが、登城口(と思われる)


      20130113立山城址08


いかにも、山城の大手口って言う雰囲気満載。


      20130113立山城址09



登りきった先は削平地
畑となっていますが、おそらく郭跡でしょう。


      20130113立山城址10



ぐるっと一周をして、車に戻ります。


      20130113立山城址11



杉木立の林道を戻ります。


      20130113立山城址12


      20130113立山城址13



遺構らしいモノは少なく物足りなさを感じたけれど
それ以上に空堀のゴミを見て何とも言えない悲しさを感じてしまった。


以前、この地区(土気周辺)で産業廃棄物処理場予定が
地域住民の反対で計画中止になったということを聞いたことがある。



そのせいなのか?
おそらく地元の人がそんなことをするわけもないから
遠くの人がこっそりゴミを放置していくんだろう。

心無い人たちの許せない行為に腹立たしさを感じてしまうのは
私だけなのだろうか......?




 
 
 
2013/01/19 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

向砦  (2013年1月13日)(千葉県千葉市緑区) 

1月13日 公休日


日曜日の休日
天気予報では明日は天気が崩れるという。

こんな休日はドッグランで遊ぶのも一考。
そう言えば、今年の すいらん での初走りをしていないから
すいらん に出かけることにした。


すいらんに行くのなら、確か すいらん の近くに城址がいくつかあったことを思い出し
行きがけの駄賃ではないけれど、立ち寄ってみることにしました。


最初に立ち寄った先は........


向砦


別名 向城


JR土気駅近くから県道132号線を走ると、法行寺というお寺があります
この法行寺の裏山が向砦となります


伝承によると、土気城主・酒井氏が市原方面に対する防備として
築いたとされているらしい。

砦と名のつくように比高30mほどの台地の上に築かれています。


遊歩道も何もない台地
こんな切り通しを登っていきます。


      20130113向砦01


最近、下草を刈ったようで、思ったよりは管理されているみたいです。
と言いながらも杉の枯れ葉(?)を踏みしめ
根性で登っていきます。



台地の上には、いかにも物見台または、狼煙台というような高まりがあります。


      20130113向砦02


      20130113向砦03



おそらく、ここが向砦の要
この眺望が防御の一端を担っていたのでしょう。


      20130113向砦04



高まり(物見台?)を下りると、削平地があり
おそらく郭跡でしょう。


      20130113向砦05


      20130113向砦06


横堀跡とみられる堀
明らかに人の手が加わった証でしょう。


      20130113向砦07


      20130113向砦08


こちらは空堀
深さもそれなりにあって、郭を区分けしていたのでしょう。


      20130113向砦09




小高い台地に物見台、そして4ヶ所ほどの郭を有する向砦
おそらく現在は私有地であろう山ですが
どうやらNTTドコモのアンテナでも建てられてしまうのでしょうか?

数年前の工事確認表が麓にしっかりと掲げられていました。


      20130113向砦10


いずれ、この台地もアンテナ工事という名のもとに
フェンスで囲まれ、立ち入り禁止になってしまうのでしょうか?



本行寺から県道を挟んで反対側に石碑を発見。


      20130113向砦11


板倉大椎地区土地改良事業竣工記念碑 と刻まれています


      20130113向砦12



この地は村田川が流れる里山地区
近年の農業従事者の減少と高齢化のため
この地区の方々が農業に従事しやすいように
千葉県が土地改良工事を行らしい。



向砦には城址碑も説明看板もなにもありませんが
こじんまりとしていて、地元の方しか知らない
中性の隠れた(そして忘れ去られた)城址のようです...........


 
 
 
 
2013/01/18 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

Mr.Maxでお買い物  (2013年1月11日)(千葉県千葉市中央区) 

1月11日 公休日


小弓城址を散策したあとは
大百池公園のすぐ隣の びいすけ 御用達(?)
Mr.Maxへお買い物




      20130111お買い物01


      20130111お買い物02


ちょうど、ドッグフードが欲しくてお買い物です。
2年前の震災直後、ドッグフードも手に入れづらくなった時期もあって
それ以来、必ず6.5kg入袋の未開封を1袋ストックするようにしました。

2日ほど前に封を切ったので、ストック品の調達です。

さあ、 びいすけ のウマウマはどこかな~?


      20130111お買い物03


こっちのようですね


      20130111お買い物04



レジで会計も済ませ、アイムス青袋をゲット


      20130111お買い物05


カートに乗ってご機嫌な びいすけ


      20130111お買い物06


      20130111お買い物07


そう言えば、今年初めての びいすけ と一緒の買い物でした。
ペット入店可のお店って限られちゃうから
仕方ないって言えば仕方ないんですけどね................

このお店のチェーン店が近くにあれば便利なんだけどなぁ。


 
 
 
 
2013/01/17 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

小弓城址 (2013年1月11日)(千葉県千葉市中央区) 

1月11日 公休日


生実城址から車で10分ほどの移動。
大百池公園の駐車場に車を停め、
大百池脇の小高い台地を目指します。

そう、この台地一帯が小弓城址となります。


大百池をバックにパチリ。


      20130111生実城址01


この左の台地の上を目指します。


      20130111生実城址02


谷津に野生のキジを発見!!


      20130111生実城址03



いよいよ、城址に突入です。
かつて、原氏の居城だった小弓城。
さながら気分は南総・里見氏の気分で突入!


      20130111生実城址04


      20130111生実城址05




台地全体が畑と化していて
遺構はあまり残されていません。


      20130111生実城址06




城郭の中心部分だと言われる八剣神社。


      20130111生実城址07


      20130111生実城址08


      20130111生実城址09




所々に土塁が残されています。


      20130111生実城址10


      20130111生実城址11


      20130111生実城址12


八剣神社脇の切り通しの道
かつての堀で 宮堀 と読んでいたらしい。

左側が八剣神社
右側が古城と呼ばれる台地。


      20130111生実城址23


台地の南西部
古城地区と呼ばれるあたりに墓地があり
その一角に小弓城址の説明看板と城址碑が建っています。


      20130111生実城址13


      20130111生実城址14



台地の北部は小弓城の北門跡。

この坂は北門坂と呼ぶらしい
この坂を上った先に、かつて北門があったらしい。


      20130111生実城址15


台地の北西部に千葉市立埋蔵文化センターがあり
その埋蔵文化センターから城内に入る道にも土塁が残っています。


      20130111生実城址16



畑の中に立つ小弓城址と森台貝塚の石碑。


      20130111生実城址17


      20130111生実城址18


実はこの石碑が見つけられなくて.........

埋蔵文化センターの職員の方に場所を教えてもらって
なんとか見つけることができました。


この石碑近くの民家にはしっかりと土塁が残っています。


      20130111生実城址19


      20130111生実城址20


      20130111生実城址21


      20130111生実城址22


      
この小弓城址も城郭の中の多くは畑であり
数軒の民家も建ってしまって往時の面影はすっかりなくなっています。

なんだかんだと、この地でも1時間以上の散策となり
充分すぎる散歩と相成りました。

往時を偲びながら、こうやってゆっくりと城址を散策するのって
やっぱりいいなぁ...........



 



2013/01/16 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

生実城址 (2013年1月11日)(千葉県千葉市中央区) 

1月11日 公休日


千葉市内には 『おゆみじょう』 と呼ばれる城郭が2つあります

いずれも中央区に有り、その距離はわずか3kmほどである。

小弓城(おゆみじょう) と 生実城(おゆみじょう)
歴史的には小弓城の方が先に築城され、生実城はその後の築城である
従って生実城のことを 別名 北小弓城 とも呼ばれています。

そもそも、この『おゆみ』の地は小田原北条氏と
安房に居を張る南総・里見氏との因縁の地。


千葉氏宗家が千葉城(亥鼻城)を築いた時に守りの城として『おゆみの』の地に
小弓城を築いたとされ、城主に一族の原氏を置いたとされています。

時は室町時代
足利尊氏によって室町幕府が興され、足利一族は公方(くぼう)として
その権力を手中にしていた。
当初は鎌倉公方として東国統治をしていたが足利持氏は永享の乱で幕府に反抗して敗死。
息子の成氏は古河に移ったため古河公方と称するようになった。

1517年、上総・真里谷城主武田氏は古河公方足利高基の弟・足利義明を擁立し
小弓城を襲撃し、1518年小弓城を奪取。
足利義明は小弓公方と称しその勢力を拡大しようとしていた。

小田原北条氏(後北条氏)の家臣となった千葉氏・原氏は
小田原北条氏とともに古河公方を擁立し
ここに古河公方勢力と小弓公方勢力が下総(今の千葉県)で衝突することになります。

戦いの場は国府台(今の市川市)
2度の戦いはいずれも小田原北条側の勝利で終わりますが
最初の戦い(1538年の第一次国府台合戦)で足利義明は敗死。
小弓公方は消滅。『おゆみ』の地は再び原氏の手に戻りました。

その際、今までの小弓城から北方2km程の台地に築城したのがこの生実城です。

しかしながら、1561年に里見氏の家臣・正木氏に攻め落とされます。
関東進出を狙う里見氏と小田原北条氏は再び国府台の地で刃を交えます
これが1564年の第二次国府台合戦です
この戦も北条氏が勝利し、里見氏は安房に撤退することになります。

時代は流れ徳川政権時代になると、徳川幕府はこの『おゆみ』の地に
生実藩を置きます。藩主は森川氏。所領は一万石が配されたそうです。
生実城跡地に陣屋が置かれ、森川陣屋と呼ばれたということです。



前置きが長くなりましたが...........


その生実城址に訪れてみました。

里見氏と後北条氏が争っていた時期から450年近い月日が流れています。
多くの時間が流れ去ったこの時代では、すっかり開発され市街地化しているため
その姿を今に残してはいないようです。

生実神社周辺がかつての城址ということです。


      20130111小弓城址19



生実神社の正面に説明看板が建っています。

生実場址と森川陣屋のことが記されています。


      20130111小弓城址20



正面入口脇の石碑
こちらには城址の縄張り図、陣屋の配置図などが書かれています。


      20130111小弓城址21


生実城址の遺構は、この生実神社の周辺にごく僅かですが残されています。


土塁


      20130111小弓城址22


      20130111小弓城址23


      20130111小弓城址24


      20130111小弓城址25


こちらは生実神社の説明看板


      20130111小弓城址26


そしてこちらが生実神社の本殿


      20130111小弓城址27



生実城址の一番の遺構がこちら

空堀


      20130111小弓城址28



ユニークな形の 空堀の碑


      20130111小弓城址29





生実神社を出て、周辺を散策してみました。



こちらは、本城公園
生実神社の北西にあります。

かつて、このあたりが生実城の主郭があったということですが
周辺は完全な分譲住宅の密集地。
遺構は何もありません。


申し訳なさそうに説明看板が建っていました。



      20130111小弓城址02


      20130111小弓城址03


      20130111小弓城址01



さらに周辺を散策していると
堀っぽい池がありました。


生実池と言うらしい。

一応、生実神社の管理地みたいで、『駐車禁止 生実神社』と看板が建っていました。


      20130111小弓城址04


池のほとりには小さな社が建っています。


      20130111小弓城址05



      20130111小弓城址06




こちらは 重俊院 
森川家代々の菩提寺らしい。

そしてかつての森川陣屋跡でもあります。


      20130111小弓城址07


古びた山門に時代の流れを感じます。


      20130111小弓城址08


      20130111小弓城址09




霊園内は犬の散歩NG

びいすけ には申し訳ないけど、しばし留守番。(柱にくくりつけてお留守番です)


      20130111小弓城址10


こちらが森川家歴代の墓


      20130111小弓城址14

      20130111小弓城址11



      20130111小弓城址13



こちらにも土塁がしっかりと残されていました。


      20130111小弓城址12



      20130111小弓城址15


      20130111小弓城址16


重俊院の入口の石碑


なんと書いてあるのかよくわかりませんでしたが..........


      20130111小弓城址18


裏に回ってびっくり!!

重俊院は森川城址だったようですね
しっかりと石碑に 森川氏城址 と記されておりました。


     20130111小弓城址17


重俊院から生実神社に戻り、さらに東方向に歩いていくと
生実城の大手門跡の石碑があります。

      20130111小弓城址30



      20130111小弓城址31


実は、この石碑を探すために生実神社周辺を散策していましたが
どうしても見つからず諦めようとしていましたが
たまたま通りすがりの初老の男性に訪ねたら、親切に教えていただきました。
ありがとうございました。


ちょっとした親切というか、暖かさを感じて
なんとなく嬉しい気分になったのは言うまでもありません。






なんだかんだと、この生実城址界隈を2時間近く散策していたようです。
せっかく生実城址を散策したのだから
もうひとつの『おゆみじょう』(小弓城)も訪れることにしました。

その様子は、また明日にでも..........


 
 
 
 
 
2013/01/15 Tue. 00:00 | trackback: 0 | 本文: 0edit

木原城址 <木原城址城山公園> (2013年1月10日)(茨城県稲敷郡美浦村) 

1月10日 公休日


この日最後に向かった先は........


木原城址


JRAの競走馬のトレーニングセンターあることで有名な美浦村。
その美浦村に木原城址はあります。


そもそも木原城は築城にあたっては諸説があるようですが
江戸崎城主であった土岐氏が家臣である近藤義勝(利勝)を城主として
江戸崎城の支城としてこの地を支配していたものとされています。

やがて、小田原北条氏の支配下となると、対立する佐竹氏に備えて
城郭は大きなものとなったようです。

江戸崎城と同じように豊臣秀吉の小田原北条氏攻めの際
佐竹氏によって攻め落とされ落城したものとされています。
その後佐竹氏当主佐竹義宣の実弟・芦名盛重の領土となりました
その後、関ヶ原の戦い後、佐竹氏は秋田に転封となり
芦名氏も秋田に帯同し、木原城は廃城となったそうです、

月日は流れ.......現在は、その一部が 美浦村立 木原城城山公園 として整備され
多くの遺構を残す城址となっています。


木原小学校の裏手に木原城址はあり、
大きな看板が建ち、目印となっています。
実は、木原小学校もかつての木原城址の一部でもありました。


      20130110木原城址33


その看板の下にはこんな目印となるものもあります。


      20130110木原城址32



木原城址は広大な城郭を持ち、二郭と主郭部分が木原城址城山公園となっています。

地元の方のためのハイキングコースになっているようです。



      20130110木原城址01


二郭虎口にある模擬冠木門


      
20130110木原城址02


土塁もしっかり残され、管理されています。


      20130110木原城址03


二郭虎口脇の土塁前に建つ往時の縄張り図。
これを見ると木原城がかなり広大な城郭だたことが判ります。


      20130110木原城址04


一見、芝生広場のように見えますが
二郭はほとんどが畑となっています。


      20130110木原城址05



二郭と主郭を繋ぐ土橋と空掘


      20130110木原城址06



これが空掘
写真では判りづらいけれど、かなり大きく深い、見事です!


      20130110木原城址07


土橋を渡れば主郭の虎口
食い違いの見事な土塁が待ち受けます。


      20130110木原城址27



      20130110木原城址08



      20130110木原城址09


これが主郭
芝生広場となっています。




      20130110木原城址10



主郭には櫓風展望台があります。


      20130110木原城址11


      20130110木原城址12


      20130110木原城址13


展望台からの風景

霞ヶ浦腰の筑波山。

      20130110木原城址14


霞ヶ浦の眺望もバッチリです。


      20130110木原城址15


      20130110木原城址16


主郭にはかつてここに存在した旧き路があったようですが
現在は埋め戻されています。


      20130110木原城址17


      20130110木原城址18


主郭をぐるっととりまく土塁。
高いところで2~3mもあり、鉄壁な防御を誇ります。


      20130110木原城址19



主郭の芝生広場でゲートボールに興じるご老人夫婦がいましたが
こちらのお方は芝生広場でゴロンゴロン。


      20130110木原城址20


何が楽しいのか?
はたまた、モグラでもいるんでしょうか?

盛んに芝生でゴロンゴロンしています(笑)


     20130110木原城址21


      20130110木原城址22


      20130110木原城址23


      20130110木原城址24




さぁ、びいすけ
お城の散策を続けるよ~


      20130110木原城址25



主郭の脇には稲荷神社が祀られています。
江戸崎城がそうであったように、江戸崎・土岐氏に関連のある城には
稲荷神社が祀られていることが多いようです。

この稲荷神社のあるあたりが 稲荷曲輪 と呼ばれているらしい。


      20130110木原城址26


こちらは二郭の土塁

    
      20130110木原城址28



先程は気づきませんでしたが
実は三郭から二郭へも空堀があり、土橋があります。

こちらは空堀。


      20130110木原城址29


三郭は本当に広い
ほとんどが畑となり、民家が点在しています


      20130110木原城址30


木原小学校も実は三郭の一部

掘削された広い平坦地は運動場に最適だから
小学校が建てられたんでしょうね。

      20130110木原城址31


三郭から県道を下っていけば永巌寺に辿り着きます
この永巌寺も城郭の一部で 寺曲輪 と呼ばれています。

永巌寺は寺伝によると、
当地域の城主近藤利貞が応永元年(1394)に開いた曹洞宗の寺だそうです


1554年、当時の城主近藤利勝が、娘の時姫の手づくり品を寄進した虎の刺繍が
茨城県の指定文化財に指定され、この寺に保管されているらしい。

   
      20130110木原城址35


木原城主の菩提寺ということで
歴代城主(近藤氏)の墓があるとのことですが、
陽も陰ってきて見つけられませんでした。

寺の入口の山門は江戸時代に作られたものらしい。


      20130110木原城址36


時間があれば、もっと、そして、じっくりとこの木原城址の外郭を
歩いて(散策)してみたかったが冬の夕暮れは早い

いつの日か、再びここ木原城址に訪れてみたい。
そんな思いを胸に木原城址をあとにした............。


 
 
 
 
 
 
 
 
2013/01/14 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

満願寺 (2013年1月10日)(茨城県稲敷市) 

1月10日 公休日


稲敷市の阿波崎城址から美浦村へ移動してすぐに
朱塗りの仁王門に目を奪われた。

阿波崎城址から車で数分
移動してすぐのことでした。


進行方向右手に田圃を見ながら、霞南カントリークラブを超えてすぐに
左て方向に仁王門が見えました。


通り過ぎてしまったため、バックで戻り、
しっかり仁王門脇に車を停めてみました。
先ほど、阿波崎城址へ行くのにこの道を通ったのに
どうやら気がつかなかったようです。


車を降りてみると、どうやら満願寺というお寺のようです。



      20130110満願寺02


お寺の入口に古びた説明看板が建っていました。
どうやら、かなり歴史のあるお寺のようです

ネットで調べてみると.......

約1300年前の740年頃の創建と言われ、
その当時の本尊と言われる釈迦如来立像(18.77cmが残されているという。

また鎌倉時代には北条政子がこの寺に立ち寄り
運慶が彫ったと言われる延命地蔵尊像を寄進されたと言われているらしい


そんなことも露知らず、古びた説明看板には目もくれず
朱色の仁王門に目を奪われていました。



      20130110満願寺01


これがその仁王門


      20130110満願寺03


      20130110満願寺04



ユニークな顔立ち(失礼!)な金剛力士像。
なんと1691年に彫られたものらしい。


      20130110満願寺05


      20130110満願寺06


仁王門の内部。
説明文が掲げられていましたが
よく読めませんでした。


      20130110満願寺07



こちらが北条政子が寄進したと言われる延命地蔵尊像のお堂
内部は見えませんでした。


      20130110満願寺08



何気に、境内に土塁があったりして雰囲気は良い。


      金剛力士像
     


仁王門から本堂を眺めた風景。


      20130110満願寺10



 びいすけ を立たせてみました


      20130110満願寺11


      20130110満願寺12


      20130110満願寺13


      20130110満願寺14


      20130110満願寺15



本堂の右奥には霊園の墓石が立ち並び
山の上に上がっていけそうだったが行き止まり。

でも何となく城址のような雰囲気もあったりして........?


気になったから家に帰ってから色々調べたら
この満願寺も阿波崎城の一部だったらしい


う~ん、なんとなく目が肥えてきたのだろうか(笑)
 
 
 
 
 
2013/01/13 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit

阿波崎城址 (2013年1月10日)(茨城県稲敷市) 

1月10日 公休日


神宮寺城址を出て、向かった先は

阿波崎城址


南北朝時代、劣勢だった後醍醐天皇率いる南朝方は
関東での勢力を拡大するために北畠親房らを関東に派遣しましたが
伊勢から海路を進んだ北畠親房は漂流し、霞ヶ浦に溶着。
常陸の国(現在の稲敷市辺り)に東国経営の基盤を作るべく
神宮寺城を築いたが、北朝方の佐竹氏、結城氏らに攻められ
神宮時城はあえなく落城。
敗走した北畠親房は阿波崎城を築き、ここに居を張り
東国経営の拠点とした。

しかしながら、再び、佐竹氏・結城氏らに攻められ
無残、阿波崎城も落城し、北畠親房は再び敗走。霞ヶ浦を渡り、
現在のつくば市の小田氏の小田城へと身を寄せることになったと言われています。



さて、その阿波崎城址ですが茨城県の指定文化財として登録され
現在は安房崎城址として整備されています。


こんな感じで道沿いに城址の看板と説明看板が建っています。


      20130110阿波崎城址01


      20130110阿波崎城址02


入口はこっちと矢印が案内してくれるので
その方向に向かいます。


民家を数件通り抜けたら、登城口となります。


      20130110阿波崎城址03


こちらは土塁。


      20130110阿波崎城址04



外郭への虎口になるのでしょうか?


      20130110阿波崎城址05



逆光の光の中に びいすけ がいるんだけど、よく見えない。


      20130110阿波崎城址06



こちらが主格と思っていたら、外郭でした。
主郭は隣接するゴルフ場の造営のため
見事なまでに破壊されてしまったそうです。


      20130110阿波崎城址07



外郭には阿波崎城址の石碑が建っています。


      20130110阿波崎城址08


      20130110阿波崎城址09


こちらも城址碑ですが、左の石碑より古い年代ものです。


      20130110阿波崎城址18




さらにその奥には説明看板も建っていますが
随分と年季が入っているようで、文字もかすれてしまっています。


      20130110阿波崎城址11


外郭からの展望はばっちり。
霞ヶ浦が見えます。


      20130110阿波崎城址13


さらに望遠で覗いてみるとこんな感じです。


      20130110阿波崎城址12


外郭には祠(社)も建っています。


      20130110阿波崎城址10


      20130110阿波崎城址16


祠の後方からの外郭


      20130110阿波崎城址14


外郭から腰曲輪のかかる土塁。


      20130110阿波崎城址15


外郭背後にある空掘。
以前はもっと深かったんでしょう。


      20130110阿波崎城址17








      20130110阿波崎城址19


      20130110阿波崎城址20



公園とまではいかないけれど、東屋があってきれいに整備されているけれど
なにぶん主郭はなくなっているし、城址としての遺構は外郭あたりにしか残されてない。

往時の城郭としてはかなりの広さを持ち合わせていたと思われるけれど
現在残されている部分は本の一部でしかない。
綺麗に管理されているだけに、ゴルフ場と化してしまった部分が残念です。


たまたま稲敷市の城址を廻って、神宮寺城址、そしてこの阿波崎城址と
北畠親房の足跡を追う形になってしまった。

う~ん、つくば市の小田城址にも行きたくなっちゃった(笑)

 
 
 
 


 

2013/01/12 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: 0edit