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び・び・びのびいすけ

御朱印巡り...............《 菅原神社 》 (2017年12月21日)(東京都町田市) 

12月21日

関東の富士見百景巡りをしようと、八王子の実家を出たものの
空がガスって来るのが意外に早く、急遽予定を変更して
町田市内の御朱印巡り。
その第三弾は...............菅原神社


菅原神社は、学芸の神として広く知られる菅原道真公を主祭神としてお祀りしており、
古くより原町田の町田天満宮、南大谷の天神社とともに町田三天神の一社として
町田市及び周辺の多くの人々から崇敬されてきた神社です。

実は、何年か前に町田市の城址巡りと称して、この菅原神社に訪れた事があります。

菅原神社が鎮座する地は、東京都旧跡『井手の沢古戦場跡』。
十二世紀末、鎌倉に幕府が設置され鎌倉街道が整備されると、
北関東から鎌倉へ通ずる街道の中でも重要な地点となりました。
府中方面からは、丘陵地で起伏がありますが、ここから鎌倉までは
一気に兵が押し下れるからです。
土地の形状から砦の如き城が築かれていたであろうと推測されています。
鎌倉時代の末期、建武2年(1335年)に足利尊氏の弟直義は、
鎌倉幕府再興を図り信州から一路南下した北条時行の軍をこの地で迎撃し、
激しい戦いの末敗れました。
一時鎌倉を占拠した北条時行も20日にして尊氏に滅ぼされてしまいました。
やがて、室町時代にこの地に天神像が奉安され、
寛永7年(1630年)大沢玄藩により新たに天神像が奉安され、
菅原神社が建立されたとされています。



こちらが、菅原神社の社号標。

      20171221菅原神社01


社号標近くに建つ看板。

      20171221菅原神社02

祭礼や初詣など混んでいる時以外は、
ペットを連れての参拝は大丈夫のようです。



こちらが菅原神社の鳥居。

      20171221菅原神社03

立派な朱色の鳥居。


鳥居に掲げられた神額。

      20171221菅原神社04



社殿へと続く参道。

      20171221菅原神社05


参道脇の由緒書き。

      20171221菅原神社06



参道の先は石段。

      20171221菅原神社07



石段左脇には、境内社の弁天社。

      20171221菅原神社08


御神木。

      20171221菅原神社09

歴史のある神社の割には、小さな御神木。



さあ、石段を上がってしゃでに向かいましょう。

      20171221菅原神社10



石段途中にある手水舎。

      20171221菅原神社11


こちらも、定番の龍。

      20171221菅原神社12



石段を上がれば、狛犬がお出迎え。

      20171221菅原神社13



こちらが拝殿。

      20171221菅原神社14


      20171221菅原神社15



拝殿に掲げられた扁額。

      20171221菅原神社16



神紋は当然、梅の花。

      20171221菅原神社17



拝殿を別アングルから。

      20171221菅原神社18


      20171221菅原神社19



こちらが、本殿。

      20171221菅原神社20


      20171221菅原神社21


本殿の鬼瓦。

      20171221菅原神社22



神楽殿。

      20171221菅原神社23



参集殿。

      20171221菅原神社24



御朱印は、参集殿にある授与所でいただく事が出来ます。

      20171221菅原神社25



何かの社殿かと思ったら、こちらは倉庫。

      20171221菅原神社26

以前、訪れた時は社殿と参集殿が改築工事中だった。
その時には、授与所だったような気がするんだけど...............
記憶違いかなぁ?



参集殿の脇には、古戦場跡。
一応、菅原神社の境内の一部で境内社が多い。


こちらは、愛宕社。

      20171221菅原神社27


      20171221菅原神社28



境内社。

      20171221菅原神社29



そして、井手の澤 古戦場跡の碑。

      20171221菅原神社30


碑の脇には説明板。

      20171221菅原神社31



そして、こちらが菅原神社の御朱印。

      20171221菅原神社32

御朱印の書き手は女性でした。
シンプルな梅の花の御朱印に達筆な墨書き。
これはこれで、素敵な御朱印です。







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2018/02/21 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 母智丘神社 》 (2017年12月21日日)(東京都町田市) 

12月21日

関東の富士見百景巡りをしようと、八王子の実家を出たものの
空がガスって来るのが意外に早く、急遽予定を変更して
町田市内の御朱印巡り。
その第二弾は...............母智丘神社


母智丘神社は、緑豊かな樹木と清らかな清水が
こんこんと湧き出し小川となって流れる町田市民憩いの公園・芹が谷公園に隣接していて
豊受姫大神と大歳神を御祭神として祀っている神社です。
社はくぬぎや楓などが茂る大樹に囲まれ静寂なただずまいの地にあり、
境内には七福神・芸術財福の福神様弁財天をお祀りしています。
由緒によれば...............
大正8年、日向国北諸県郡庄内町地内(現在の宮崎県都城市)の
石峰山山頂に鎮座せる母智丘大神の御神徳を感得せし黒木昇、黒木ハナの両人御分霊を勧請し
自宅に奉斎せしが家屋鳴動し畏懼(いく)の念に堪えず社殿を創建し奉鎮座した。
とされています。



実は、この母智丘神社。
今年(平成29年)の元旦に、原町田七福神巡り際に訪れています。
その時はまだ御朱印巡りに興味が無かったから
御朱印を頂くことは無かったんですが...............

今年(平成29年)の秋から、願を掛ける事があって
多くの神社を巡り、お参りして、御朱印を拝領して
無事、最近になって願いが叶ったこともあり、
最近は、御朱印巡りにハマっています。





こちらが、母智丘神社の社号標(?)

      20171221母智丘神社01



小さな鳥居の脇には、まだ年末なのに
もう初詣の幟が立っています。

      20171221母智丘神社02

まあ、神社やお寺にとって、初詣は年に1回の大きなイベントだから
準備に余念がないのでしょう。


こちらは、由緒書き。

      20171221母智丘神社03



手水舎。

      20171221母智丘神社04



こちらは、拝殿。

      20171221母智丘神社05


前回訪れた時は、元旦だったから茅の輪がどぉ〜んと置かれていました。

      20171221母智丘神社06


母智丘神社の提灯。

      20171221母智丘神社07


こちらが、本殿。

      20171221母智丘神社08



境内には、原町田七福神の弁財天。

      20171221母智丘神社09


      20171221母智丘神社10


こちらが、社務所ですが閉まってます。

      20171221母智丘神社11

御朱印は、本殿隣に住まれる宮司さん宅にて頂くことが出来ます。



こちらが、母智丘神社の御朱印。

      20171221母智丘神社12

小さな神社で社務所も閉まっていたから
ひょっとしたら、書き置きの御朱印かな?と思っていたら
御朱印帳に墨書きして頂きました。






2018/02/20 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 町田天満宮 》 (2017年12月21日)(東京都町田市) 

12月21日 町田天神社

この日は、町田市に出かけました。

当初は、快晴の中、富士山が見える場所を巡って行く予定でしたが
小山田緑地公園で、富士山が見えない事が判り、急遽、予定を変更。
町田市に居るんだから、町田市内にて御朱印巡りをすることにしました。

と言うことで、小山田緑地をあとにして
向かった先は...............町田天満宮



町田天満宮は、町田三天神のうちの一つ(町田天満宮、菅原神社、南大谷天神社)。
天満宮と言う名の通り、菅原道真公を御祭神とする神社です。
いわゆる、学問の神様ですね。
町田村の分村により、原町田が誕生した天正10 年(1582年) 頃の創始と伝わっていますが、
1853年に京都白川殿より「町田天満威徳天神」の社号を賜り、
今日に至っているとされています。
町田駅から徒歩圏という近さもあり、町田市内では参拝客が多い神社の一つです。
昨年の正月の元旦に訪れようと鳥居の近くまで来たのですが、
初詣客が多く、中に入るのに行列が出来ていて、
かなりの時間が掛かりそうなので、諦めて帰った覚えがあります。



こちらが、町田天満宮の社号標。

      20171221町田天満宮01



こちらが鳥居。

      20171221町田天満宮02

見ての通り、町田駅からちょっと歩きますが
JRの跨線橋から天満宮に直接アクセス出来る遊歩道も完備されています。


鳥居をくぐれば、左側には手水舎。

      20171221町田天満宮03


定番の龍。

      20171221町田天満宮04


参道には由緒書き。

      20171221町田天満宮05


臥牛。
天神様と言ったら牛ですね。

      20171221町田天満宮06

菅原道真公と牛との関係は深くて、
『道真公の出生年は丑年である』
『大宰府への左遷時、牛が道真を泣いて見送った』
『道真公園は牛に乗り大宰府へ下った』
『道真公には牛がよくなつき、道真公もまた牛を愛育した』
『牛が刺客から道真を守った』
『道真の墓所(太宰府天満宮)の位置は牛が決めた』
などと牛にまつわる伝承や縁起が数多く存在するそうです。

牛は天満宮においては神使(祭神の使者)とされ、
臥牛の像が決まって置かれているそうです。



びいすけ の背後に見えるのが拝殿。

      20171221町田天満宮07



参道の狛犬。

      20171221町田天満宮08

足元にも小さな狛犬。



参道には狛犬が多く建ち並びます。

      20171221町田天満宮09


二対目の狛犬。

      20171221町田天満宮10


三対目の狛犬。

      20171221町田天満宮11



さらには別な臥牛。

      20171221町田天満宮12



こちらが、拝殿。

      20171221町田天満宮13


拝殿に掲げられた扁額。

      20171221町田天満宮14



拝殿には至る所に梅の神紋。

      20171221町田天満宮15


      20171221町田天満宮16


      20171221町田天満宮17



こちらは、町田天満宮恵比寿神。

      20171221町田天満宮18

原町田七福神の恵比寿です。




神楽殿。

      20171221町田天満宮19



神輿殿。

      20171221町田天満宮20



社務所はこちら。

      20171221町田天満宮21


社務所の一角の授与所にて御朱印をいただくことが出来ます。

      20171221町田天満宮22



境内社の出世稲荷。

      20171221町田天満宮23



同じく境内社の稲荷社。

      20171221町田天満宮24



こちらが、町田天満宮の御朱印。

      20171221町田天満宮25


天満宮と言うだけあって、梅の花をあしらった素敵な御朱印です。





2018/02/19 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 八坂神社 》 (2017年12月18日)(神奈川県秦野市) 

12月18日

この日は、熱海市のパワースポットである来宮神社に行き、
その延長で熱海市、湯河原町、小田原市、秦野市と御朱印巡りとなりました。

神奈川県の秦野市には、出雲大社の相模分祠がらあります。
その出雲大社 相模分祠 に隣接するのが、御嶽神社と八坂神社。

御嶽神社も参拝ささたから、ついでに八坂神社にも参拝してみました。


秦野市平沢にある八坂神社。
詳細は不明。
御嶽神社の境内社と言うことらしい。



こちらが、八坂神社の社号標。

      20171218八坂神社01



鳥居。

      20171218八坂神社02


鳥居に掲げられた神額。

      20171218八坂神社03



拝殿前の石灯籠。

      20171218八坂神社05



こちらが拝殿。

      20171218八坂神社04


拝殿の正面には、文字が消えてしまった扁額?

      20171218八坂神社10


      20171218八坂神社11


  
   
拝殿内部。

      20171218八坂神社06


      20171218八坂神社07



拝殿内部には数枚の扁額。

      20171218八坂神社08


      20171218八坂神社09



別アングルからの拝殿。

      20171218八坂神社12



こちらが、八坂神社の御朱印。

      20171218八坂神社13



      
御嶽神社の拝殿と八坂神社の拝殿がほぼ横並びに並んでいると言うことは、
やっぱり、八坂神社は、御嶽神社の境内社になるんだろうなぁ。

出雲大社の相模分祠がこの平沢の地に鎮座する以前から
この地に鎮座していた御嶽神社と八坂神社。
まさに、平沢の鎮守なんでしょうね。




2018/02/17 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 御嶽神社 》 (2017年12月18日)(神奈川県秦野市) 

12月18日

この日は、熱海市のパワースポットである来宮神社に行き、
その延長で熱海市、湯河原町、小田原市、秦野市と御朱印巡りとなりました。

神奈川県の秦野市には、出雲大社の相模分祠がらあります。
その出雲大社 相模分祠 に隣接するのが、御嶽神社と八坂神社。

せっかくだから、御嶽神社にも参拝してみました。


一応、出雲大社 相模分祠 と同じ敷地内になるみたいなので
びいすけ には申し訳ないけれど、引き続き車の中で留守番をしてもらいます。



御嶽神社の創立年歴は不詳ですが、
建久三年(1192年)の頃より、神社前の参道を御嶽道と称し、
平沢村の鎮守であったそうです。
境内には秦野市文化財指定木である樹齢八百年余りの大けやきが二本あります。
慶長十三年(1608年)踊宮鈴張の地に、家康公が鷹狩りに来た際に、
御嶽神社に参拝し、社殿の改修を命じて翌年に改修したそうです。
昭和51年に本殿を除き全社殿を木造銅板葺としましたが、
本殿は慶長年間に改修された当時のものだそうです。


こちらが、御嶽神社の社号標。

      20171218御嶽神社01


由緒書き。

      20171218御嶽神社02

実は、御嶽神社と八坂神社も隣接しています。



御嶽神社の鳥居。

      20171218御嶽神社03


      20171218御嶽神社04


鳥居に掲げられた神額。

      20171218御嶽神社05



鳥居前の狛犬。

      20171218御嶽神社06



手水舎。

      20171218御嶽神社07



拝殿内部。

      20171218御嶽神社08


拝殿に掲げられた扁額。

      20171218御嶽神社09



拝殿内部の扁額。

      20171218御嶽神社10



別アングルからの拝殿。

      20171218御嶽神社11



神楽殿。

      20171218御嶽神社12


境内社。

      20171218御嶽神社13



境内には、厄除け恵比寿。

      20171218御嶽神社14


      20171218御嶽神社15

この辺りには、こちらの神社を含めて七福神でもあるのだろうか?




神輿殿。

      20171218御嶽神社17


中には立派な神輿が奉納されていました。

      20171218御嶽神社16


     

樹齢800年余りの大ケヤキ。

      20171218御嶽神社18



こちらが、御嶽神社 の御朱印。

      20171218御嶽神社19

御朱印は、出雲大社 相模分祠 の授与所でいただく事が出来ます。



出雲大社 相模分祠 に隣接しているから、出雲大社 相模分祠 の影に隠れがちですが
小さいながらも、なかなかのモノ。
出雲大社 相模分祠 に訪れたなら、こちらにも立ち寄るのが正解かも...............?




2018/02/17 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 出雲大社 相模分祠 》 (2017年12月18日)(神奈川県秦野市) 

12月18日

この日は、熱海市のパワースポットである来宮神社に行き、
その延長で熱海市、湯河原町、小田原市、秦野市と御朱印巡りとなりました。


小田原城をあとにして、向かった先は...............出雲大社 相模分祠


出雲大社は、言わずとも知れた有名な神社。
島根県の出雲市に鎮座する神社ですが、何とその分祠が神奈川県の秦野市にあります。

そもそも、江戸時代までは神社とお寺が一緒になっていたり(神仏習合)、
神社でも神職である宮司が布教活動をする事がありましたが、
明治期になると、神仏分離令やの神官教導職分離令により
神職の布教活動が原則禁止されたため、出雲大社より独立して別組織「神道大社派」を作り
それが、後の『出雲大社教』になったそうです。
全国に数ある出雲大社もこの出雲大社教の活動により分祠が出来てきたと言らしいです。




こちらが、出雲大社 相模分祠 の社号標。

      20171218出雲大社 相模01


参道。

      20171218出雲大社 相模02


こちらの社号標には、出雲大社 相模分院 と記されています。

      20171218出雲大社 相模03

調べてみると................
明治21年に 出雲大社 相模分院 として創立され
平成3年に 出雲大社 相模分祠 に昇格して改称されたそうです。




大鳥居。

      20171218出雲大社 相模04



大鳥居に掲げられた神額。

      20171218出雲大社 相模05


びいすけ は、この鳥居まで。
参拝中は車の中で留守番をしてもらいます。

実は、以前は犬連れでも参拝が可能だったようですが
今は、こんな看板が立てられています。

      20171218出雲大社 相模06

看板の文面によれば...............
3ヶ月に渡り、ほぼ毎日悪質な犬の糞害に悩まされていたそうです。

毎日と言うことは、ご近所の犬の散歩?
犬には罪はないんだけどねぇ。
飼い主のマナーの悪さが世間を狭くしちゃうんだよなぁ。



気を取直して、サクサクっと参拝しちゃいましょう。


手水舎。

      20171218出雲大社 相模07



定番の龍。

      20171218出雲大社 相模08



こちらが、拝殿。

      20171218出雲大社 相模09


      20171218出雲大社 相模10


見事な注連縄。

      20171218出雲大社 相模11

行った事はないけれど、島根県の出雲大社も立派な注連縄なのを
TVが何かで観たような気がします。



拝殿の鬼瓦。

      20171218出雲大社 相模12


拝殿には、なぜか小さな大黒天と恵比寿が飾らせていました。

      20171218出雲大社 相模13



別アングルからの拝殿。

      20171218出雲大社 相模14



こちらは、授与所。

      20171218出雲大社 相模15

御朱印は、こちらでいただく事が出来ます。


御朱印を待つ間、境内を散策、参拝してみます。



さらに別アングルからの拝殿。

      20171218出雲大社 相模16



大鳥居と手水舎。

      20171218出雲大社 相模17



社殿(拝殿、本殿)脇には境内社の 祖霊社 。

      20171218出雲大社 相模18


      20171218出雲大社 相模19


      20171218出雲大社 相模20



摂末社。

      20171218出雲大社 相模21


      20171218出雲大社 相模22



出雲大社 相模分祠 の由緒書き と大國の名水についての説明板。

      20171218出雲大社 相模23


出雲大社 相模分祠 の森は『千年の杜』と言われ
大國の名水と言われる湧水の湧く地。

千年の杜の中にも社があります。

      20171218出雲大社 相模24


      20171218出雲大社 相模25


      20171218出雲大社 相模26


こちらが、その湧水。

      20171218出雲大社 相模27


      20171218出雲大社 相模28

しっかり、ペットボドルに入れ、車で待つ びいすけ の飲み水を確保しました。



こちらが、出雲大社 相模分祠 の御朱印。

      20171218出雲大社 相模29



関東のいずもさん って言う触書きが良いですね。


でも、出雲大社の分院って、東京(六本木?)にも茨城県の笠間市にも無かったっけ?
東京も笠間市も一応、関東なんだけどなぁ...............。



2018/02/16 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 報徳二宮神社 》 (2017年12月18日)(神奈川県小田原市) 

12月18日

この日は、熱海市のパワースポットである来宮神社に行き、
その延長で熱海市、湯河原町、小田原市、秦野市と御朱印巡りとなりました。


湯河原町の五所神社をあとにして、向かった先は...............報徳二宮神社


真鶴町辺りでお昼をと思っていたけれど
犬連れで食べれるお店が無く
どうせ犬連れNGなら、小田原の早川漁港の市場の二階にある食堂に行こう!

びいすけ は、車で留守番。
早川漁港の市場の食堂のご飯は美味かった...............。



お腹も満たされた事だし、報徳二宮神社に向かいます。



二明治27年(1894)4月。
二宮尊徳翁の教えを慕う6カ国(伊勢、三河、遠江、駿河、甲斐、相模)の報徳社の総意により、
翁を御祭神として、生誕地である小田原の、小田原城の二の丸小峰曲輪の一角に神社が創建されました。
これが、報徳二宮神社の始まりとされています。
明治42年、本殿・幣殿を新築し、また拝殿を改築して、神宛を拡張し
現在の社地の景観をを整えました。
報徳二宮神社は、全国でも珍しい、二宮尊徳(金次郎)を御祭神とした神社です。

二宮尊徳は、江戸時代後期の経世家、農政家、思想家ですが、
一般的には二宮金次郎と呼ばれ、幼少期に薪を背負って本を読む勤勉家とされ、
昭和期には、全国の多くの小学校で像が建てられました。
廃校好きには欠かせない二宮像のその人です。



こちらが、二宮報徳神社の参道入口。

      20171218二宮報徳神社01



参道に建つ一の鳥居。

      20171218二宮報徳神社02


まっすぐに伸びた参道。

      20171218二宮報徳神社03



こちらは、二の鳥居。

      20171218二宮報徳神社04



二の鳥居の先には、二宮像。

      20171218二宮報徳神社05

こちらは、幼少期の薪を背負って本を読む姿ではなく
晩年の二宮尊徳の姿か...............?


説明板。

      20171218二宮報徳神社06

尊徳の偉業がさらっと記されています。


気になる、看板。

      20171218二宮報徳神社07

二宮尊徳の像の近くに、ポケモンの注意書き。
時代は変わったんだなぁ...............




手水舎。

      20171218二宮報徳神社08

しっかり清めましょう。



拝殿近くの三の鳥居。

      20171218二宮報徳神社09



狛犬。

      20171218二宮報徳神社10



こちらが、本来の二宮像。

      20171218二宮報徳神社11



やっぱり、薪を背負って本を読んでいなくっちゃ。

      20171218二宮報徳神社12


      20171218二宮報徳神社13



二宮像には、 びいすけ も慣れたもの。
スマした顔で、はいポーズ。

      20171218二宮報徳神社14



ちなみに、こちらの二宮像は、ブロンズ製で昭和3年に1000体作られたそうですが
現存するのは、この1体だけらしい。

      20171218二宮報徳神社15



こちらが拝殿。

      20171218二宮報徳神社16


      20171218二宮報徳神社17


      20171218二宮報徳神社18



拝殿脇の説明板。

      20171218二宮報徳神社19

表参道入口に建つ、一の鳥居の建て替えの様子が説明されています。



拝殿の両脇には、未だになんと言うのか判らない桶?

      20171218二宮報徳神社20


参道の大鳥居(一の鳥居)に用いた木の残骸。

      20171218二宮報徳神社21


こちらが社務所。
御朱印は、こちらでいただく事が出来ます。

      20171218二宮報徳神社22


境内の一角には、金次郎カフェ。

      20171218二宮報徳神社23

カフェの売店でオリジナルの金次郎マークの御朱印帳が販売しています。
欲しかったけど、御朱印帳のみで2000円。
諦めました。


売店に貼られていたポスター。
小田原市内にもしちがあるらしい。

      20171218二宮報徳神社24

いつか、チャレンジしなくっちゃ!



拝殿右脇は、裏参道。

      20171218二宮報徳神社25



裏参道を進めば、小田原城下になります。

こちらが裏参道入口。

      20171218二宮報徳神社26


裏参道の社号標。

      20171218二宮報徳神社27


こちらが、報徳二宮神社の御朱印。

      20171218二宮報徳神社28


廃校マニアにとって二宮尊徳(金次郎)は、やっぱり特別な存在。
その尊徳翁を御祭神とする報徳二宮神社。

報徳二宮神社は、日光市にも在るらしい。
いつか、機会が有れば...............
そちらも奉拝してみたいものです。


2018/02/15 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 五所神社 》 (2017年12月18日)(神奈川県湯河原町) 

12月18日

この日は、熱海市のパワースポットである来宮神社に行き、
その延長で熱海市、湯河原町、小田原市、秦野市と御朱印巡りとなりました。

伊豆山神社をあとにして、向かった先は...............五所神社


五所神社は、社伝によれば天智天皇の御代加賀の国の住人二見加賀之助重行らの手により
この地方が開拓されたとき、土肥郷(吉浜、鍛冶屋、門川、堀ノ内、宮下、宮上)の総鎮守として
天照大神以下五柱の神霊が鎮座されたと伝えられています。
土肥一族を始め藩主、領主、庶民の崇敬厚く、かつて康平三年(1060年)源義家奥羽征討に際し
社家荒井刑部実継神霊の加護により軍功を立て、
治承四年(1180年)八月源頼朝伊豆に挙兵の時、
この地方の豪族土肥次郎実平主公のために戦勝を祈願し佩刀を納めたとされています。



こちらが、五所神社の社号標。

      20171218五所神社01



一の鳥居。

      0171218五所神社02



一の鳥居に掲げられた神額。

      0171218五所神社03


由緒書き。

      0171218五所神社04



手水舎。

      0171218五所神社05


      0171218五所神社06



こちらは、二の鳥居。

      0171218五所神社07


      0171218五所神社08



石灯籠。

      0171218五所神社09


拝殿前の狛犬。

      0171218五所神社10



こちらが、拝殿。

      0171218五所神社11


拝殿の扁額。

      0171218五所神社12



拝殿内部。

      0171218五所神社13


別アングルからの拝殿。

      0171218五所神社14



境内社の山神社。

      0171218五所神社15



御神木。

      20171218五所神社160
      20171218五所神社150

樹齢約850年の楠木。



こちらが、社務所。

      0171218五所神社18


御朱印は、こちらでいただく事が出来ます。

      0171218五所神社19


こちらが、五所神社の御朱印

      0171218五所神社20


この五所神社。
さほど大きな広さの敷地を有しているわけではないけれど
境内の各所に七福神の像を配しています。

1ヶ所で七福神を巡る事が出来、お手軽な七福神。
そちらの様子については、また後ほどにでも...............。





2018/02/14 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 伊豆山神社 》 (2017年12月18日)(静岡県熱海市) 

12月18日

この日は、妹の もっちゃん を引き連れて、 びいすけ と一緒に
熱海市のパワースポットである来宮神社に行き、
その延長で熱海市、湯河原町、小田原市、秦野市と御朱印巡りとなりました。


伊豆山神社は、かつて伊豆御宮、伊豆大権現、走湯大権現、伊豆御宮とも
走湯社とも称され、略して伊豆山、走湯山と呼び親しまれ、
強運守護、福徳和合、縁結びの神様です。
伊豆山大神は霊湯「走り湯」を掌る湯泉の守護神にして
強運・天下取りの神でもあるそうです。
また正しい御縁に導きくださり、一切の災から免れ、
福徳が得られるという御利益があるそうです、ら

平安時代後期、この伊豆山に修行して富士登拝を重ね、
富士上人と呼ばれた末大上人は、鳥羽上皇をはじめ貴族と民衆に勧進し、
富士山に一切経を奉納する偉業を達成したそうです。
伊豆山から富士につながる修行の道は、その後、平治の乱によって
伊豆国に配流された源頼朝が、北条政子とともに深い信仰を寄せ、
平家を打倒し、鎌倉幕府を樹立して征夷大将軍となりました。
鎌倉将軍の参詣で二所詣の聖地となり、威光を輝かし格別の尊崇を集め、
戦国時代には後北条氏、江戸時代には徳川将軍も崇敬して興隆がはかられました。
その後、明治維新の神仏分離令により、伊豆山神社と改称されたそうです。


伊豆山大神は霊湯「走り湯」を掌る湯泉の守護神にして強運・天下取りの神であります。
また正しい御縁に導きくださり、一切の災からまぬがれ福徳が得られるという御利益があります。

ちょっぴり道を間違えて、たどり着くのに苦労した伊豆山神社。

      20171218伊豆山神社01



社号標は見当たらず、石灯籠の前で、はいポーズ。

      20171218伊豆山神社02



こちらが、鳥居。

      20171218伊豆山神社03

てっきり一の鳥居かと思っていたら
どうやら、伊豆山神社の参道は遥か下にある海岸から始まっているらしい。


本当は海岸から上がってくると、かなりの数の石段わ上る事になるのだけれど
この辺りからだって、それなりの数の石段です。

      20171218伊豆山神社04



石段途中の鳥居。

      20171218伊豆山神社05

(この時点では二の鳥居だと思っていた。)



鳥居に掲げられた神額。

      20171218伊豆山神社06


社殿まではまだまだ石段を上ります。


石段途中の境内社の祖霊社。

      20171218伊豆山神社07



さらに、石段の先には同じく境内社の足立権現社。

      20171218伊豆山神社08


さらにその先には、やはり境内社の結明神社。

      20171218伊豆山神社09



頑張って石段を上った先には拝殿。

      20171218伊豆山神社10


こちらは、手水舎。

      20171218伊豆山神社11



手水舎には赤と白の龍。

      20171218伊豆山神社12

伊豆山の地下に赤白二龍交和して臥す。
その尾を箱根の芦ノ湖に付け、その頭は伊豆山の地底にあり、
温泉の湧く所はこの龍の両眼二耳鼻穴口中なり。
と社伝によれば、語り継がれているようです。

赤龍は火、白龍は水の力を掌り、
二龍の力を合わせて温泉を生み出すという最強の守護神だそうです。




境内案内図。

      20171218伊豆山神社13

この絵を見る限り、伊豆山神社の敷地はかなり広い。
本宮は、背後の山の頂部にあるようです。
即ち、背後の山を含めた広い敷地が神域になるようです。



参道の狛犬。

      20171218伊豆山神社14


拝殿が見えてきました。

      20171218伊豆山神社15



こちらが、拝殿。

      20171218伊豆山神社16



拝殿に掲げられた扁額。

      20171218伊豆山神社17



拝殿内部。

      20171218伊豆山神社18


拝殿の注連縄。

      20171218伊豆山神社19



拝殿の飾り。

      20171218伊豆山神社20

やはり、龍。

      20171218伊豆山神社21


      20171218伊豆山神社22



飾りの一部に菊の紋。

      20171218伊豆山神社23


拝殿の鬼瓦にも菊の神紋。

      20171218伊豆山神社24



こちらが、本殿。

      20171218伊豆山神社25



本殿背後には、本宮に至る参道。

      20171218伊豆山神社26

参道と言っても、ほぼ登山道。
ハイキングコースにもなっているようですが
本宮まで片道55分。

      20171218伊豆山神社27

ってことは、本宮まで往復約2時間...............

これはパスですね。




拝殿脇にある腰掛け石。

      20171218伊豆山神社28

源頼朝と北条政子が参拝の際に腰を掛けた石らしい。


説明板によれば、頼朝と政子は境内で恋を語らい、結ばれ、
伊豆山の神の力で鎌倉に幕府を開くことができたのだと伝えられているそうです。

      20171218伊豆山神社29



頼朝と政子の二人は、きっとこんな風景を眺めていたんだろうなぁ。

      20171218伊豆山神社34



境内社の雷電社。

      20171218伊豆山神社30



こちらが、社務所。
御朱印は、こちらでいただく事が出来ます。

      20171218伊豆山神社31


御朱印の書き手はは女性。

      20171218伊豆山神社32


こちらが、伊豆山神社の御朱印。

      20171218伊豆山神社33


ダイナミックで力強いな書体ですが、何と、女性の墨書き。
独特な御朱印ですね。




    


2018/02/13 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 来宮神社 》 (2017年12月18日)(静岡県熱海市) 

12月18日 公休日

この日は、前日の夜に八王子の実家へ移動。

朝、早くに八王子の実家を出て、熱海市へと出かけました。

目的は、熱海市にある来宮神社


来宮神社は、古くから来宮大明神と称し、
熱海郷の地主の神であって来宮の地に鎮座し、
来福・縁起の神として古くから信仰されています。

平安初期の征夷大将軍坂上田村麻呂公は戦の勝利を神前で祈願し、
各地に御分霊を祀ったとも伝えられ、
現在では全国四十四社のキノミヤジンジャの総社として、
信仰を集めております。

来宮神社のご神木「大楠」は樹齢2千年を超え、国の天然記念物に指定され
平成4年度の環境省の調査で、全国2位の巨樹の認定を受けており、
幹周り約24mの迫力に人々は畏怖し、自然と手を合わせます。
大楠に手を合わせれば、悠久の時の流れを感じる人も多いようです。



来宮神社に訪れるのは、これで2回目。
前回は、伊豆旅行の帰り道、パワースポットと言うことで
本殿裏手の『大楠』を目当てに訪れましたが、
今回は、来宮神社の御朱印帳が欲しくて訪れました。



社務所は午前9時からですが、8時に来宮神社に到着。


まずは、参拝しましょう。


こちらが、来宮神社の社号標。

      20171218来宮神社01



こちらが鳥居。

      20171218来宮神社02

朱色の鳥居ですが、両脇の幟の方が目立っている。


来宮神社の由緒書き。

      20171218来宮神社03



来宮神社の境内案内図。

      20171218来宮神社04


参道にで〜んと置かれた岩(石)。
何かのいわれのモノなんでしょうね。

      20171218来宮神社05



境内社の来宮稲荷明神。

      20171218来宮神社06



こちらは、同じく境内社の三峯社。

      20171218来宮神社07



手水舎。

      20171218来宮神社08


      20171218来宮神社09



この参道の先が社殿。

      20171218来宮神社10



御神水。

      20171218来宮神社11



参道の石段を上がれば、その先は拝殿。

      20171218来宮神社12


      20171218来宮神社13


      20171218来宮神社14


      
拝殿内部。
    
      20171218来宮神社15


来宮神社の提灯。

      20171218来宮神社16



拝殿前には、来宮神社の由緒、沿革の碑。

      20171218来宮神社17


拝殿前の狛犬。

      20171218来宮神社18



境内社弁財天

      20171218来宮神社19



弁天岩。

      20171218来宮神社20



こちらは斎館に奉納されている神輿。

      20171218来宮神社21

42歳になる男の人が厄除を祈願して、
毎年7月16日にこの神輿を担いで浜降りするらしい。



境内には、ハート型の落ち葉の飾り。

      20171218来宮神社22

縁結びの神らしい演出。



社殿左奥には、天然記念物の大楠。

      20171218来宮神社23

来宮神社がパワースポットと言われる最たる場所。


説明板。

      20171218来宮神社24



天然記念物と記された石柱。

      20171218来宮神社25



さすが、樹齢二千年と言われるだけある見事な大楠。


       20171218来宮神社26
       20171218来宮神社27



こちらにも、大楠の説明板&由緒書き。

      20171218来宮神社28



とにかく見事。


色んなアングルから写真に収めます。

      20171218来宮神社29
            20171218来宮神社30



      20171218来宮神社31
                20171218来宮神社32



        20171218来宮神社33
      20171218来宮神社34



大楠から少し離れた場所に鎮座する狛犬。

      20171218来宮神社36



拝殿前の狛犬とは、表情が全く違う。
ちょっと、ヤンチャな狛犬って感じかな?(笑)

      20171218来宮神社35



社務所近くから見る拝殿。  
実は、社務所の上は通路になっている。   

      20171218来宮神社37


こちらが、社務所。

      20171218来宮神社38

御朱印はこちらでいただくことが出来ます。
社務所が開く9時まで、ちょっぴり待機。


午前9時。
社務所も開きました。

      20171218来宮神社39



こちらが、欲しかった来宮神社の御朱印帳。

      20171218来宮神社40


ビニールカバーも標準装備。

      20171218来宮神社41



こちらが、来宮神社の御朱印。

      20171218来宮神社42



実は、この来宮神社を含め熱海市への御朱印巡りの日帰りツアー。
私と私の妹の もっちゃん と びいすけ との二人と一頭のお出かけ。

さてさて、熱海市の御朱印巡りは、まだ続きますよぉ〜!




2018/02/12 Mon. 13:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 橘樹神社 》 (2017年12月14日)(千葉県茂原市) 

12月14日

この日は、勝浦市に出かけました。
勝浦市からの帰り道、まっすぐ帰ってもつまらないので
御宿町、いすみ市、一ノ宮町、茂原市と神社を回り
御朱印をいただくことにいたしました。

と言うことで、玉前神社をあとにして向かった先は...............橘樹神社


橘樹神社は、日本武尊が東征した際、相模から上総へ渡ろうとした時に
海上で暴風に遭い、その際に弟橘媛が海に身を投じて日本武尊の難を救ったことから、
日本武尊が弟橘媛の御陵をこの地に作り、弟橘媛の櫛を納めて、
橘の木を植えて祀ったのが始まりと伝えられています。




こちらが、橘樹神社の社号標。

      20171214橘樹神社01



こちらが、一の鳥居。

      20171214橘樹神社02

すぐ背後に二の鳥居や三の鳥居が見えている。


こちらが、二の鳥居。

      20171214橘樹神社03


一つ飛ばして、こちらが四の鳥居。

      20171214橘樹神社04

これだけ鳥居が並んでいると、二の鳥居も四の鳥居も変わらない気がします。
鳥居がたくさんある事に何か意味があるんでしょうか?


参道には、茂原市教育委員会の説明板。
橘樹神社の森は茂原市の天然記念物に指定されているようです。

      20171214橘樹神社05



弟橘媛の御陵のある遺跡も茂原市の指定文化財のようです。

      20171214橘樹神社06



ごちゃごちゃしていなくて、すっきりとした参道。

      20171214橘樹神社07


      20171214橘樹神社08



手水舎。

      20171214橘樹神社09


手水舎の先にある狛犬。

      20171214橘樹神社31



そして、こちらが拝殿。

      20171214橘樹神社10


      20171214橘樹神社11




こちらが、本殿。

      20171214橘樹神社12


元々は弟橘媛の御陵が御神殿のため、以前はこの本殿は無かったそうです。

      20171214橘樹神社13



拝殿前の狛犬。

      20171214橘樹神社14


拝殿前には二対の狛犬があり、
こちらは先程とは別な狛犬。
橘樹神社には三対の狛犬が鎮座しています。

      20171214橘樹神社15


前々から気にはなっていたのだか、調べても名称がわからない。
拝殿脇にある桶のようなモノ。(何と呼ぶのでしょう?)
こちらには橘の神紋。

      20171214橘樹神社16



こちらは、神輿殿。

      20171214橘樹神社17


しっかりと神輿が奉納されています。

      20171214橘樹神社18



境内社。

      20171214橘樹神社19


なぜか、武将の像。

      20171214橘樹神社20

近くにある本納城に所縁のある武将なのか?


さらに別な境内社。

      20171214橘樹神社21



境内の摂末社。

      20171214橘樹神社22

左から、稲荷神社、子安神社、窟戸神社。




本殿の背後には、弟橘比売命御陵とされる古墳が残っています。
本殿が造営されるまで、拝殿から直接古墳を拝む形となっていたということです。

      20171214橘樹神社23


さすがに御陵は神聖な場所。
立ち入り禁止です。

      20171214橘樹神社24




こちらが、吾妻池。
吾妻池は墳墓を掘った跡の穴であると伝えられています。

      20171214橘樹神社25


      20171214橘樹神社26


      20171214橘樹神社27


      20171214橘樹神社28


      20171214橘樹神社29



こちらが、橘樹神社の御朱印。

      20171214橘樹神社30

宮司さんは不在が多くて、この日も書き置きの御朱印。
でも書き置きの御朱印で初穂料500円はちょっとね〜...............
墨書きなら納得できるんだけどなぁ。





      




2018/02/11 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 玉前神社 》 (2017年12月14日日)(千葉県長生郡一宮町) 

12月14日

この日は、勝浦市に出かけました。
勝浦市からの帰り道、まっすぐ帰ってもつまらないので
御宿町、いすみ市、一ノ宮町、茂原市と神社を回り
御朱印をいただくことにいたしました。

と言うことで、出雲大社 上総教会 をあとにして向かった先は...............玉前神社



玉前神社は、永禄年間(1558年〜1570年)の戦火により、
社殿および古記録等が焼失してしまったため、創建年代は不明とされています。
他の文献等によって、少なくとも鎮座以来1,200年以上経過していることは
間違いないとされているようです。
延長5年(927年)成立の『延喜式神名帳』では、
上総国埴生郡に「玉前神社 名神大」と記載され、名神大社に列しているそうです。
また、上総国一宮として崇敬を受けたとされています。

一宮とは、平安時代から中世の頃にできた一種の社格で、
その国々において由緒の深い神社、信仰の厚い神社など、
おのずと序列が出来、その中で首位にあたるものが「一の宮(一宮)」とされたようです。
基本的には一国一宮で、上総国においては玉前神社がその一宮だったと言うことです。
玉前神社のある一宮町の名称は上総国一宮が由来となっているそうです。



こちらが、玉前神社の社号標。

      20171214玉前神社01


こちらが、玉前神社の一の鳥居(?)

      20171214玉前神社02



玉前神社は、境内ペット之立ち入り禁止。

      20171214玉前神社03

びいすけ には申し訳ないけど、車の中で留守番していてもらいます。


長時間、待たせるわけには行かないので
サクサクっと参拝しちゃいましょう。


一の鳥居前の狛犬。

      20171214玉前神社04



二の鳥居の前には、茅の輪。

      20171214玉前神社05


      20171214玉前神社06



こちらが二の鳥居。

      20171214玉前神社07



二の鳥居に掲げられた神額。

      20171214玉前神社08



小ちゃいけれど、こちらが御神木。

      20171214玉前神社09


二の鳥居の先には、変わった表情の狛犬。

      20171214玉前神社10



手水舎。

      20171214玉前神社11


      20171214玉前神社12



さざれ石。

      20171214玉前神社13



奉納酒樽。

      20171214玉前神社14

さすが、上総一宮。
かなりの酒樽です。



3の鳥居。
鳥居の先には社殿。

      20171214玉前神社15




玉前神社の社殿は、千葉県の指定文化財となっています。

      20171214玉前神社16



こちらが、拝殿。

      20171214玉前神社17



実は、平成の大修理と言うことで、
今年(平成29年)の3月に黒塗りの社殿に改修されました。

      20171214玉前神社18


と、言う訳で拝殿の飾りも色鮮やか。

      20171214玉前神社19


      20171214玉前神社20


      20171214玉前神社21



賽銭箱の上には拝礼作法。

      20171214玉前神社22

二拝 二拍 一拝。



これが以前から何て言うのかわからない。

      20171214玉前神社23

社殿の脇にあって、水が溜まっているんだけど...............
きっと、何とか桶とか言うんだろうなぁ。






こちらが、本殿。

      20171214玉前神社24

やはり、黒塗りの本殿です。



授与所もあるのですが、こちらは総合案内所。
御朱印は、こちらでいただく事が出来ます。

      20171214玉前神社25



オリジナルの御朱印帳も販売されています。

      20171214玉前神社26


      20171214玉前神社27



境内社の十二神社。

      20171214玉前神社28



西山(はだしの道)。

      20171214玉前神社29



こちらは、招魂殿。

      20171214玉前神社30


日清・日露戦争から大東亜戦争までの戦没者325柱が祀られているそうです。

      20171214玉前神社31


なぜか、砲弾が祀られています。

      20171214玉前神社32




神楽殿。

      20171214玉前神社33


来たる新年に向けて、早くも色々と準備されているようです。

      20171214玉前神社34



境内社の三峰神社。

      20171214玉前神社35



こちらが、玉前神社のオリジナルの御朱印帳。
白・オレンジ・青の3色がありますが、青色を購入。

      20171214玉前神社36


      20171214玉前神社37



こちらが、玉前神社の御朱印。

      20171214玉前神社38


さすが、上総一宮。
格式高い神社のようです。



2018/02/10 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 出雲大社 上総教会 》 (2017年12月14日)(千葉県いすみ市) 

12月14日

この日は、勝浦市に出かけました。
勝浦市からの帰り道、まっすぐ帰ってもつまらないので
御宿町、いすみ市、一ノ宮町、茂原市と神社を回り
御朱印をいただくことにいたしました。

と言うことで、国吉神社をあとにして向かった先は...............出雲大社 上総教会

まあ、向かったと言うよりは、隣接しているから移動したと言うのが正解。


房総半島に出雲大社? って思ってしまいますが
その由緒を紐解くと...............

幕末の作田村に斧嶽と号する人並みすぐれた怪力と才知の持ち主がおり、
その怪力ぶりは、米俵二俵を背負い、両手に一俵づつさげて持ち、
口に一俵を加えて持ち歩いたと伝えられていました。
長州征伐の際、幕府軍の目付け役となった村の領主は、
強力無双の斧嶽を侍従に選び島根県に到着したが戦いは既に終り、
折しも出雲大社の奉納相撲が催されており、
斧嶽はその相撲に加わり無敵の強さを示しました。
あまりの強さに神業としか思えないと千家宮司より神璽を授かり、
故郷へ帰った斧嶽は仮殿を設け篤く信仰し、
信者は日増しに増え、現在地に神殿が造営されました。
明治25年に遷宮式がおこなわれ、出雲大社と称するようになったそうです。
縁結びの神、福徳、海運の神様として信仰されています。



こちらが鳥居。

      20171214出雲大社 上総教会01


境内には、出雲大社の幟もはためきます。

      20171214出雲大社 上総教会02



島根県の出雲大社同様、縁結びの神とされています。

      20171214出雲大社 上総教会03



社殿前にて。

      20171214出雲大社 上総教会04



こちらが拝殿。

      20171214出雲大社 上総教会05



拝殿に掲げられた扁額。

      20171214出雲大社 上総教会06


      20171214出雲大社 上総教会08



拝殿内部。

      20171214出雲大社 上総教会07


      
出雲大社は、参拝の仕方がちょっと違う。

      20171214出雲大社 上総教会09

二礼、二拍、一礼が通常の参拝作法ですが
二礼、四拍、一礼となっています。

知らなかったぁ。
勉強になります。



本殿の右脇の日御碕神社。

      20171214出雲大社 上総教会10


      20171214出雲大社 上総教会11


本殿左手にある金毘羅社。

      20171214出雲大社 上総教会12



説明板(由緒書き)。

      20171214出雲大社 上総教会13


こちらが、出雲大社 上総教会 の御朱印。

      20171214出雲大社 上総教会14

国吉神社の拝殿前に書き置きのモノを有り難くいただきました。



全国に出雲大社は点在するようで
関東には、東京と相模(秦野市)にしかないとか
諸説があるようですが................
いわゆる大人の事情もあるのかな?


いずれにしても、国吉神社の境内社ではあるが、
由緒正しく出雲大社の称を継承しているようです。
なかなか、島根県の出雲大社には行けないので
千葉県に在って良かった。


2018/02/09 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 国吉神社 》 (2017年12月9日)(千葉県いすみ市) 

12月14日

この日は、勝浦市に出かけました。
勝浦市からの帰り道、まっすぐ帰ってもつまらないので
御宿町、いすみ市、一ノ宮町、茂原市と神社を回り
御朱印をいただくことにいたしました。

と言うことで、玉崎神社をあとにして向かった先は...............国吉神社


千葉県中央部がまだ上総国となる1500年の昔まで、
この地域はいくつもの小国に分れていました。
その中でも長生・夷隅地域を甚国造が治めていました。
第27代安閑天皇の御代に、国造は春日皇后に屯倉を献上し、
現在のいすみ市苅谷の地に勅使を迎える為の仮屋が設けられました。

後に、この仮屋跡に伊甚国造の祖である天穂日命(出雲国造の祖)と
建比良鳥命が仕えた大国主命の御子上である健御名方名が祀られたのが
国吉神社の始まりされています。
さらにさの後、各地の神々が合祀され国吉神社と称されるようになり、
厄除け・八方除け・交通安全・家内安全の神社として信仰されているそうです。



こちらが、国吉神社の社号標。

      20171214国吉神社01


一の鳥居。

      20171214国吉神社02


      20171214国吉神社03


社号標脇の狛犬。

      20171214国吉神社04


参道には国吉神社の幟。

      20171214国吉神社05



国吉神社の由緒書き。

      20171214国吉神社06



こちらが社務所。

      20171214国吉神社07


宮司さんは所用の為、外出中。

      20171214国吉神社08



こちらは、二の鳥居。

      20171214国吉神社09


二の鳥居をくぐって、社殿に向かえば手水舎。

      20171214国吉神社10



拝殿前の狛犬。

      20171214国吉神社11



こちらが、拝殿。

      20171214国吉神社12



拝殿に掲げられた扁額。

      20171214国吉神社13



拝殿内部。

      20171214国吉神社14


拝殿内部にあった、国吉神社の提灯。

      20171214国吉神社15


拝殿を別アングルから。

      20171214国吉神社16


こちらが、本殿。

      20171214国吉神社17


      20171214国吉神社18



本殿脇には御神木。

      20171214国吉神社19


かなり立派な御神木。

      20171214国吉神社20
      20171214国吉神社21



境内社。

      20171214国吉神社22


      20171214国吉神社23



こちらが、国吉神社の御朱印。

      20171214国吉神社24

宮司さんは不在でしたが、拝殿前に書き置きの御朱印が置かれていましたので
そちらを有り難くご拝領いたしました。


2018/02/08 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 玉崎神社 》 (2017年12月9日)(千葉県いすみ市) 

12月14日

この日は、勝浦市に出かけました。
勝浦市からの帰り道、まっすぐ帰ってもつまらないので
御宿町、いすみ市、一ノ宮町、茂原市と神社を回り
御朱印をいただくことにいたしました。

と言うことで、春日神社をあとにして向かった先は...............玉崎神社

玉崎神社は、物部氏一族が創建した歴史ある古社で、
古事記・日本書紀にその名が記されているそうです。
かつては、安房神社・香取神宮と並んで、房総三大神社と呼ばれ、
上総一ノ宮の玉前神社の本宮にあたるそうです。
1200年以上も続く、物部氏直系の子孫が代々神職を務める歴史のある神社で、
春分の日、秋分の日のレイラインの入口にあたる「天道の神社」でもあると言われています。



こちらが、玉崎神社の社号標。

      201710214 いずみ玉崎神社01


一の鳥居。

      201710214 いずみ玉崎神社02



鳥居をくぐって石段を上り、社殿を目指します。

      201710214 いずみ玉崎神社03



石段を上りきると、狛犬が出迎えてくれます。

      201710214 いずみ玉崎神社04

この狛犬ひょうじょが何とも言えません。

ラブラドールに見えてしまうのは気のせい?(笑)

      201710214 いずみ玉崎神社05


      201710214 いずみ玉崎神社06



手水舎。

      201710214 いずみ玉崎神社07



由緒書き。

      201710214 いずみ玉崎神社08



こちらが、拝殿。

      201710214 いずみ玉崎神社09


      201710214 いずみ玉崎神社10


      201710214 いずみ玉崎神社11



拝殿の彫刻。

      201710214 いずみ玉崎神社12


      201710214 いずみ玉崎神社13




別アングルからの拝殿。

      201710214 いずみ玉崎神社14


      201710214 いずみ玉崎神社15



そして、本殿。

      201710214 いずみ玉崎神社16


神楽殿かと思っていたら、どうやらこちらは社務所。
中に女性が2名いて、宮司さんは女性でした。
御朱印は、こちらでいただきました。

      201710214 いずみ玉崎神社17


境内社。

      201710214 いずみ玉崎神社18



こちらが、玉崎神社のパワースポットで有名な琴平神社。

      201710214 いずみ玉崎神社19


確かに、他とは違う何かを感じる一画です。

      201710214 いずみ玉崎神社20



玉崎神社神社周辺の森には、古い椎木が群生していて、
それが、千葉県の天然記念物に指定されているようです。

      201710214 いずみ玉崎神社21



神々しい場所に神々しい椎の巨木。
益々、パワースポットらしさを感じます。

      201710214 いずみ玉崎神社22



こちらが、玉崎神社の御朱印。

      201710214 いずみ玉崎神社23


上総一ノ宮である玉前神社の本宮とされ、数々のパワースポットを有し
神々しさを感じる玉崎神社。
訪れるまで全く何も知らなかったけれど、勉強になりました。









2018/02/07 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 春日神社 》 (2017年12月9日)(千葉県夷隅郡御宿町) 

12月14日

この日は、勝浦市に出かけました。
勝浦市からの帰り道、まっすぐ帰ってもつまらないので
御宿町、いすみ市、一ノ宮町、茂原市と神社を回り
御朱印をいただくことにいたしました。

と言うことで、滝口神社をあとにして向かった先は...............春日神社


御宿町の春日神社は、元々は天養元年(西暦1144年)に神明社として創建されました。
明治初期に春日神を祀ることになり、社格も郷社になり、元々の神様は隠居神となり近くの神社に移ることになり
社号も春日神社に変更になったようです。


県道沿いに建つ立派な一の鳥居。

      20171214春日神社01

社号標を探したけれど、この辺りには見当たりませんでした。



一の鳥居の背後に建つ狛犬。

      20171214春日神社02



参道途中の石灯籠。

      20171214春日神社03



参道には水仙の花。

      20171214春日神社04

ちょっと早い気もするけど、そろそろ水仙の花が咲き出す時期ではある。




こちらが二の鳥居。

      20171214春日神社05



鳥居に掲げられた神額。

      20171214春日神社06

『春日宮』となっています。


小さな神橋を渡り、石段を上り境内へと向かいましょう。

      20171214春日神社07


こちらは、手水舎。

      20171214春日神社08



境内、社殿へと続く石段はかなり急で、幅と言うか足を乗せる部分が短く
気を付けないと足を踏み外しそう。

      20171214春日神社09



石段途中の狛犬。

      20171214春日神社10

なかなかの表情です(笑)。


石段を上りきると、目の前には拝殿が現れますが
なぜか、その前に長い竹に連なるようにぶら下がった瓢箪。

      20171214春日神社11


これは、この地域独特の風習なんだろうか...............?(謎)

      20171214春日神社12


こちらが、拝殿。

      20171214春日神社13

やけに新しい。
どうやら、平成16年に不審火で社殿が焼失してしまい
その後、再建されたそうです。


拝殿に掲げられた扁額。

      20171214春日神社14



拝殿内部。

      20171214春日神社15


拝殿を別アングルから。

      20171214春日神社16


      20171214春日神社17



こちらが、本殿。

      20171214春日神社18



境内の手水舎。

      20171214春日神社19



境内社。
と言うよりは、社殿焼失時には仮宮として使われていたらしい。

      20171214春日神社20


重軽石。

      20171214春日神社21

持ち上げた時に軽く感じたら吉、
重く感じたら凶との事らしい。

持ち上げたら、重く感じた事は内緒にしておこう...............。


こちらは、神輿殿。

      20171214春日神社22

この中に祭礼の神輿が奉納されているのでしょう。



そして、こちらが御朱印。

      20171214春日神社23

社務所には宮司さんが不在。
書き置きの御朱印をいただいて帰りました。





2018/02/06 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 滝口神社 》 (2017年12月14日)(千葉県勝浦市) 

12月14日

この日は、勝浦市に出かけました。

清海小学校をあとにして、向かった先は...............滝口神社


滝口神社は、海沿いを走る国道128号線沿いに鎮座している神社です。

日本武尊の伝説の残る神社です。
社記によると、日本武尊が、東征の際に立ち寄ったとされています。
その日本武尊を御祭神として、延暦元年(782年)に創建されており、
創始は景行天皇41年(111年)にまで遡るそうです。

日本武尊はこの地へ来た時、悪蛇が人を害している事を知り、
自らそれを退治したそうです。
それ以来、里人はこの地を ”蛇原” と呼び、
それがいつしか今の ”部原” に転じたという伝説があるそうです。


国道128号線を勝浦から御宿方面に車を走らせていると
勝浦市の部原と言う海岸線沿いの集落に来ると、
いきなりちょっぴり燻んだ朱色の鳥居が現れます。


こちらが、一の鳥居。

      20171214滝口神社01


緩やかな参道を歩けば、程なく二の鳥居。

      20171214滝口神社02


      20171214滝口神社03


こちらが手水舎。

      20171214滝口神社04



こちらが拝殿。

      20171214滝口神社05


      20171214滝口神社07



拝殿に掲げられた扁額。

      20171214滝口神社06


      
そして、こちらが本殿。

      20171214滝口神社08



拝殿左脇の境内社。

      20171214滝口神社09



拝殿右側の境内社。

      20171214滝口神社10



拝殿から、二の鳥居を見てみると
太平洋の広い海原。

      20171214滝口神社13

滝口神社、なかなかのロケーションです。



そして、境内の向かって左手に高台があり
そこには、浅間神社が鎮座しています。

      20171214滝口神社11



こちらが社務所。

      20171214滝口神社14



こちらが滝口神社の御朱印。

      
20171214滝口神社12

宮司さんが不在でした。
書き置きの御朱印をいただきましたが、日付けが12月10日になっている。
あとで、筆ペンで『四』の字を付け足しておこう。







2018/02/05 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............清海小学校 (2017年12月7日)(千葉県龍勝浦市) 

12月14日

この日は、房総半島の勝浦市に出かけました。

遠見岬神社をあとにして、向かった先は...............勝浦市立清海小学校


清海小学校は、
明治6年      学制により第6大区1小区に第222番中学区第3等小学校守谷校を
         守谷1(大巌寺)に設立。守谷・鵜原の児童を収容する。
明治7年     道路事情等で通学困難のため、支校を鵜原真光寺内におく。
明治16年     小学校令改正により、守谷本校舎に初等中等科をおき、
         鵜原支校に初等科を設置する。
         守谷本校を守谷763番地に移転 
明治20年     小学校令により公立守谷尋常小学校と改称する。
明治22年     清海村立鵜原簡易科小学校は鵜原を学区とする。
         清海村立鵜原尋常小学校は守谷・興津を学区とする。
         守谷本校舎倒壊のため、本校児童を鵜原支校へ収容する。
明治23年     守谷学区児童通学困難の理由を以て守谷分校を設置する。
明治25年     新小学校令により鵜原尋常小学校と改称する。
明治29年     守谷分校を守谷尋常小学校と改称する。
明治40年     鵜原、守谷尋常小学校を廃し、清海東尋常小学校を設置し両学区の児童を収容する。
大正10年     町制施行により、興津東尋常小学校と改称する。
 昭和22年    学制改革により、興津町立東小学校と改称する。
 昭和30年    町村合併により、勝浦町立興津東小学校と改称する。
昭和33年    市制施行のため、勝浦市立清海小学校と改称する。
 平成28年    上野小学校に統合され、廃校となる


と、このような沿革となっているようです。



こちらが、清海小学校の正門。

      20171214清海小学校01


門柱には、まだ清海小学校の表札が残っていました。

      20171214清海小学校02


正門の先にはいきなり体育館。

      20171214清海小学校03


体育館手前には、閉校記念碑。

      20171214清海小学校04



やっぱり廃校に訪れて、この廃校記念碑があるのと、ないのでは
テンションが幾らか変わってくる。

      20171214清海小学校05

当然、今日はテンション高めです(笑)。


閉校記念碑の裏面には、簡略な沿革と校歌が刻まれていました。

      20171214清海小学校06



閉校記念碑の近くには頌徳碑。

      20171214清海小学校07



そして、創立百周年記念の碑。

      20171214清海小学校08


体育館に対座するように建つ校舎。

      20171214清海小学校09


校舎玄関の庇には、校名。

      20171214清海小学校10


そして、壁面には校章が掲げられています。

      20171214清海小学校11



平成28年の春に廃校となった清海小学校。
1年以上たっているのに、なぜか改修工事中。

      20171214清海小学校12


      20171214清海小学校13

何か別な施設に転用される予定があるのでしょうか?



ちょうど、1Fの吹き抜け部分の天井の補修工事の真っ最中。

      20171214清海小学校14



工事関係者の方々の邪魔にならないように校庭側に移動します。


校庭側からの校舎。

      20171214清海小学校15


      20171214清海小学校16


      20171214清海小学校17



校舎全景。

      20171214清海小学校18


      20171214清海小学校19



校舎の前には国旗掲揚台。

      20171214清海小学校20


台座にも、校歌のプレートが嵌め込まれています。

      20171214清海小学校21


広く見える校庭。

      20171214清海小学校30



校庭の遊具類。

      20171214清海小学校22


      20171214清海小学校23


      20171214清海小学校24


      20171214清海小学校25


      20171214清海小学校26


      20171214清海小学校27


      20171214清海小学校28



廃校のお約束?
校庭の隅には防災倉庫。

      20171214清海小学校29



校庭の椰子の木(?)は、見た感じ枯れかかっている。

      20171214清海小学校31

手入れする人もいなくなってしまったからかな?


その奥には朽ちた百葉箱。

      20171214清海小学校32



こちらが、校庭側の門。

      20171214清海小学校33

古い石柱だから、こちら側がかつての正門だったかもしれない。


百葉箱の近くに二宮像を発見。

      20171214清海小学校34



最近、廃校、廃校跡を巡っても
二宮像に出会える事も少なくなってきた気がします。

      20171214清海小学校35


地域的に二宮像が無い地区もあるようだから
これは致し方ない事。


まあ、この清海小学校について言えば
廃校(閉校)記念碑もあったし、二宮像も残っている。
現在、改修工事中と言うことで、他に転用される可能性が極めて高いけど
廃校記念碑と二宮像だけは撤去せずに、
いつまでもこの地に遺してもらいたいモノです。





2018/02/04 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

御朱印巡り...............《 遠見岬神社 》 (2017年12月9日)(千葉県勝浦市) 

12月14日

この日は、房総半島の勝浦市に出かけました。

勝浦市に出かけた最たる目的は、
勝浦市内に鎮座する遠見岬神社の御朱印帳を手に入れる事でした。


遠見岬神社は天富命の終焉の地と言われ、
この地に派遣された勝占斎部須須立命という人が
天富命の霊を祀る「遠見岬神社」を創ったと伝えられています。
この勝占の名が「勝浦」の地名になったと言われています。

神武天皇の側近として活躍した天富命は、阿波の開拓を終えた後、
東国により良い土地を求め阿波忌部氏らを率いて黒潮に乗り、
房総半島南端の布良の浜に上陸しました。
そして祖神である天太玉命を祀る社を建て、安房の開拓を進めましたが
その後、安房の地で没したと言われています。
天日鷲神の後裔のた勝占斎部須須立命は、八幡岬突端富貴島の天冨命の居跡に社殿を建立、
開拓の祖神として祀ったのが遠見岬神社の始まりとされています。

江戸時代までは富大明神と称していましたが、
明治6年(1873年)遠見岬神社と改称し現在に至っています。


毎年、勝浦市のひな祭りに遠見岬神社の石段の雛飾りを見ていますが
遠見岬神社そのものに来るのは初めて。


遠見岬神社の社号標。

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一の鳥居。

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      20171214遠見崎神社03


こちらが社務所。
御朱印はこちらでいただくことが出来ます。

      20171214遠見崎神社04

御朱印を書いていただく間にお参りしちゃいましょう。



ひな祭りの時期には、雛が飾れている石段。

      20171214遠見崎神社05

実は、この石段を上るのも初めて。



石段を上りきると二の鳥居。

      20171214遠見崎神社06



かなり急な石段です。

      20171214遠見崎神社07



二の鳥居の脇には筆塚。

      20171214遠見崎神社08


さらには、古い社号標。

      20171214遠見崎神社09



てっきり、石段を上がったところに社殿があるのかと思っていたら、違っていました。
そこには、筆塚と古い社号標、そして稲荷社。

      20171214遠見崎神社10


遠見岬神社の社殿へは、さらに坂道を上らなければならない。

      20171214遠見崎神社11


ちょっぴり息を切らしながら、上がります。


かなり上って来ました。

      20171214遠見崎神社12


三の鳥居。

      20171214遠見崎神社13


石灯籠の奥に社殿が見えます。

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拝殿前の狛犬。

      20171214遠見崎神社15


こちらが、遠見岬神社の拝殿。

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      20171214遠見崎神社17


拝殿に掲げられた扁額。

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      20171214遠見崎神社19


拝殿内部。

      20171214遠見崎神社20



別アングルからの拝殿。

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こちらは、遠見岬神社の本殿。

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遠見岬神社の提灯。

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本殿奥の高台に鎮座する境内社。

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こちらは神輿殿?

      20171214遠見崎神社26

はたまた、ひな祭りの飾り付け用の雛人形が入っているのか?(笑)




欲しかった遠見岬神社の御朱印帳がこちら。

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      20171214遠見崎神社28

いかにも、勝浦の神社って言うところが好きです。



こちらが、遠見岬神社の御朱印。

      20171214遠見崎神社29


お目当ての御朱印も手に入ったことだし
あと2〜3ヶ所勝浦を回りましょう。



2018/02/03 Sat. 12:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

道の駅  たけわらの里おおたき (2014年12月14日)(千葉県夷隅郡大多喜町) 

12月14日

勝浦市方面へと出かけたこの日。
大多喜街道を走っていると、途中に現れる 道の駅 たけわらの里おおたき に立ち寄りました。

そう言えば何度か、この道の駅に立ち寄ったことはありますが
いつも開店前に来るため、トイレ休憩だけでした。

      20171214たけわらの里おおたき01


      20171214たけわらの里おおたき02


この日は、開店時間もとっくに過ぎている。
どんな道の駅か? じっくりと覗いてみましょう。

      20171214たけわらの里おおたき03


駐車場には、大多喜町周辺の観光案内図。

      20171214たけわらの里おおたき04

大多喜町は、大多喜城のある城下町。
房総の小江戸とも言われているようです。


こちらが、道の駅の施設。

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入り口には、なぜか牛のオブジェ。

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大きな牧場でもあるんだっけ?


こちらが店内。

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開店直後だから、産直の新鮮野菜が豊富。

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特産の加工品も数多く陳列されています。

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こちらがレストラン。

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入り口に、道の駅のスタンプ。

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残念ながら、こちらの道の駅では、道の駅の切符は販売されていない。



レストランのテラス。

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テラス席は準備されていないようなので
ペットと一緒に食事と言う訳には行かないようです。


こちらは、トイレ。

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トイレに限って言えば、それなりに立派。



こちらが道の駅のスタンプ。

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最近、魅力的な道の駅が色々とオープンする中で
可も無く、不可も無い道の駅になるのかな...............?





2018/02/03 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit