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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

主石神社 (2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市に出かけました。





主石神社は、鉾田市大和田に鎮座する神社です。


社伝によれば、第29代欽明天皇(在位:540年-571年)の時代に創祀されたとのことです。

村人が、成長する石を発見したとされ、その石は4-5尺あまりの大きさとなり、
光を放ったという事です。さらに、そこへ老翁が出現し、
「吾は大山祇神」と名乗って消失したそうです。
村人は、この石を神と崇め、石上に祠を建てて祀ったということです。
この御神石の上に社殿が建てられ、石の成長は続いている、とされています。


御祭神は、大山祇神。



こちらが社号標。

      20190915主石神社01



神社社頭。

      20190915主石神社02



鳥居。

      20190915主石神社03



鳥居に掲げられた神額。

      20190915主石神社04


参道口には、由緒の記された説明板。

      20190915主石神社05



参道には、先日の台風15号で枝が折れ、横たわっています。

      20190915主石神社06


   

ここにも被害が出ているんですね。

      20190915主石神社07



手水舎。

      20190915主石神社11



参道の狛犬。

      20190915主石神社09


      20190915主石神社10




こちらが、拝殿。

      20190915主石神社08


      20190915主石神社12



拝殿正面。

      20190915主石神社13


びいすけ も参拝します。

      20190915主石神社14



別アングルからの拝殿。

      20190915主石神社15



そして、こちらが本殿。

      20190915主石神社16




社殿背後に聳えるは、御神木。

      20190915主石神社17
      20190915主石神社18



その根元には多くの神像(?)が置かれている。

      20190915主石神社19



神社の西側の丘。
古墳か何かだろうか?

      20190915主石神社20



小さな祠も数基祀られている。

      20190915主石神社21



丘の頂部。

      20190915主石神社22

ちょっとした削平地。
まるで郭のようだが、ここは城址ではなさそうです。



鳥居に脇には青面金剛刻像 。

      20190915主石神社23

神仏習合時の名残りですね。


この主石神社。
歴史のある神社ですが、現在は無人の神社。
茨城町の宮ヶ崎鹿島神社が兼務されているらしい。
御朱印も宮ヶ崎鹿島神社で頂けるようなので、
機会があれば拝受させていただければと思っています。



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2019/10/19 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................大和田小学校 (2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市へ出かけました。

平成17年に鉾田町と大洋村と旭村が合併して誕生した鉾田市ですが
平成28年に5校、平成31年に7校と数年間で12校の小学校が廃校となりました。
今回、その鉾田市の廃校を巡ります。

鉾田市廃校ツアー、その第5弾................鉾田市立大和田小学校。



大和田小学校は、

明治8年     学制発布後、松崎旧・寺堂を借用し、
         大和田小学校と称して開校する。
明治19年     鳥栖尋常小学校紅葉分教場として紅葉に移転する。
明治25年     大和田に移転して、巴第二尋常小学校と改称する。
大正9年      児童数増加のため、現在地に移転する。
昭和22年     学制改革により、巴村立巴第二小学校と改称する。
昭和30年     巴村が鉾田町、徳宿村、新宮村、秋津村と合併して新たな鉾田町となる。
         鉾田町立巴第二小学校と改称する。
昭和45年     鉾田町立大和田小学校と改称する。
平成17年     鉾田町が大洋村、旭村と合併して鉾田市となる。
         鉾田市立大和田小学校と改称する。
平成28年     近隣の5小学校が合併して鉾田市立鉾田北小学校が開校する。
         大和田小学校は廃校となる。


と、このような沿革となっています。



県道沿いに建つ校門。

      20190915大和田小学校01

この門柱は石造りだけど、比較的新しい。


当然、表札も新しく見える。

      20190915大和田小学校02



台地へと続く坂道を上っていくと、その先にも校門。

      20190915大和田小学校03



こちらの門柱も比較的新しく見える。

      20190915大和田小学校04



こちらも既に校舎は解体されていて、ほぼ更地状態。

      20190915大和田小学校11


      20190915大和田小学校12




体育館だけが残っている。

      20190915大和田小学校05


      20190915大和田小学校06



その体育館。

      20190915大和田小学校07


      20190915大和田小学校08



体育館の正面玄関の庇には、大和田小学校の校章。

      20190915大和田小学校09



窓には、文字が貼られている。

      20190915大和田小学校10

おそらく、廃校時に貼られたモノでしょうね。



体育館の脇には藤棚。

      20190915大和田小学校13

廃校後、この藤棚に訪れる人は居るのだろうか?


  

藤棚の奥にはシンボルツリー。
 
      20190915大和田小学校14



廃校記念碑、二宮像、百葉箱に朝礼台、そして遊具類。
よく見かける廃校遺構は見かけられないのは残念。

校舎が解体されているということは
いずれ、何かの施設が建てられるのか?
はたまた、民間企業に貸し出されてしまうのでしょうか?



2019/10/18 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................舟木小学校 (2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日  

この日は、茨城県の鉾田市へ出かけました。

平成17年に鉾田町と大洋村と旭村が合併して誕生した鉾田市ですが
平成28年に5校、平成31年に7校と数年間で12校の小学校が廃校となりました。
その鉾田市の廃校を巡ります。

鉾田市廃校ツアー、その第4段は................鉾田市立舟木小学校。


舟木小学校の詳しい沿革は不明です。
ネットで調べてみましたが、詳しい情報は見つかりませんでした。
明治期にこの辺りは舟木村と称していたことから
明治期に創立された小学校ではないかと思われます。

平成28年春、近隣の5小学校が統合され、新たに鉾田市立鉾田北小学校が開校し
舟木小学校は廃校となってしまいました。




こちらが、舟木小学校の正門。

      20190915舟木小学校01



コンクリート造りの門柱。

      20190915舟木小学校02



門柱には、表札が残っています。

      20190915舟木小学校03



敷地内に入ってびっくり、ほぼ更地です。

      20190915舟木小学校04


      20190915舟木小学校09




2019年9月15日時点でのYahoo!マップの衛星写真では、
しっかりと校舎が映っているんだよなぁ。

      20190915舟木小学校05

ちょっぴり、いや、かなり残念です。



唯一、残っているのがこの体育館。

      20190915舟木小学校06



体育館の前には、記念碑。

      20190915舟木小学校11



校地の中には取り残されたような感じで
ポツンと木が立っている。

      20190915舟木小学校07

シンボルツリーだったのか?



こちらにももう一本。

      20190915舟木小学校10



シンボルツリーをバックに、はいパチリ☆

      20190915舟木小学校12


      20190915舟木小学校13



ほぼ更地の匂い嗅ぎをする びいすけ 。

      20190915舟木小学校08



フェンスに立て掛けられた交通標語。

      20190915舟木小学校14

県道沿いに校地だから、車の往来が多かったのでしょうか?


でも、もう必要がなくなってしまったみたい。
残念と言うか、ちょっびり寂しいですね。


校舎が解体されているということは
いずれ、何かの土地に転用される予定でしょうか?
県道沿いと言う地の利から、民間企業に貸し出されたり
売却してしまうのでしょうか?



2019/10/17 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................徳宿小学校 (2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市に出かけました。

平成28年に5校、平成31年(今年の春ですね)に7校、
ここ数年で12校の小学校が廃校になってしまった鉾田市。
その鉾田市の廃校を巡ってみました。

鉾田市廃校巡り、その第3弾は.................鉾田市立徳宿小学校。


徳宿小学校の沿革は良く分かりません。
残念なことにネット上には、既に徳宿小学校のHPは無くなってしまい
そちらから沿革を確認することは出来ませんでした。

ただ、鉾田市の歴史を紐解き、色々と遡って行くと、
校地のあるこの辺りは、昭和30年に鉾田町と合併する前は徳宿村でした。
その徳宿村は明治初期より存在していたため、
おそらく明治初期に創設された学校ではないかと推薦されます。

いずれにしても、平成28年3月に、近隣の舟木小学校、
巴第一小学校、大和田小学校、青木小学校と統合して、
新たに鉾田市立鉾田北小学校が誕生しました。
その結果、各校は廃校となりました。


こちらが、徳宿小学校の正門。

      20190915徳宿小学校01



門柱。

      20190915徳宿小学校02


この日は、日曜日。
校庭で正念野球の試合が行われていて、駐車場に多くの人車が停まっていました。
ひょっとしたら、普段は門扉は固く閉ざされているのかも知れません。



校舎玄関。

      20190915徳宿小学校03



校舎の玄関を覗き込むとトロフィーが飾られている。

      20190915徳宿小学校17




校舎。

      20190915徳宿小学校04



別アングルから。

      20190915徳宿小学校05


      20190915徳宿小学校06


      20190915徳宿小学校07



水飲み場。

      20190915徳宿小学校09



足洗い場。

      20190915徳宿小学校08



校舎前の国旗掲揚ポール。

      20190915徳宿小学校10



こちらは体育館。

      20190915徳宿小学校11



中庭(駐車場)から校舎を眺めていると........

      20190915徳宿小学校12



二宮像、発見!!

      20190915徳宿小学校13



二宮像の近く、花壇の前には掲示板。

      20190915徳宿小学校18



掲示板には賞状が飾られています。

      20190915徳宿小学校19


      20190915徳宿小学校20



校舎前には、こんな碑も在りました。

      20190915徳宿小学校14



こちらは『経緯度標』。

      20190915徳宿小学校15

校地の緯度・経度表示って茨城県や山梨県の小学校に多いような気がする。



親子のふくろうの像。

      20190915徳宿小学校16





校庭。

      20190915徳宿小学校21

廃校後、遊具は撤去されてしまったようです。



現在は、少年野球のグランドとして利用されているようです。

      20190915徳宿小学校22


この日も、ここで少年野球の試合が行われるようで
数名のお母さん方が応援に来ていました。



そのお母さん方が木陰で陽射しを避けていた立派な木。

      20190915徳宿小学校23


この木は、徳宿小学校のシンボルツリーだったんでしょうね。




2019/10/16 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

徳宿城址 (2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市に出かけました。
鉾田市には、この数年で12校の小学校が廃校になってしまいました。
その廃校になった小学校を廻るべく、車で移動していると
こんな案内看板が目に留まりました。

      20190915徳宿城址01

『徳宿城址...........? 知らないなぁ........』

400mの距離なら、すぐそこでしょう?
多分この森、この台地が城址になるんでしょう。

      20190915徳宿城址02

ならば、目の前の城を攻めちゃいましょう。


急いで、余湖さんのHPをチェック。
規模と縄張りを確認します。

こちらが、徳宿城の縄張り図。

      20190915徳宿城址29

       ( 余湖さんのHP からお借りしました )


徳宿城は、平安時代末期に常陸大掾氏の一族である鹿島成幹の子・徳宿親幹によって築かれました。
文明18年(1486年)、第9代の徳宿道幹の頃に水戸城の江戸通雅から攻撃を受け、
激しい攻防戦の末に敗れ、徳宿氏は滅亡し、徳宿城は廃城となったそうです。




縄張り図で言うところの 虎口2近く。
車道沿いになりますが、ここには城址碑が建てられています。

      20190915徳宿城址03


      20190915徳宿城址04


説明板もありました。

      20190915徳宿城址05



この先が、徳宿城址。

      20190915徳宿城址06

いざ、進軍いたしましょう。



狭い上り坂。

      20190915徳宿城址07


この先が主郭虎口。


そして、主郭が現れます。

      20190915徳宿城址12



主郭には、稲荷神社が鎮座しています。

      20190915徳宿城址08

以前は鳥居も建てられていたようですが
倒壊してしまったんでしょうか?


神社脇。
縄張り図で言うところの 虎口3 辺り。

      20190915徳宿城址09



虎口の奥には、宝篋院塔と『徳宿氏事績考碑』。

      20190915徳宿城址10



その碑文。

      20190915徳宿城址11



主郭の古木。

      20190915徳宿城址13
      20190915徳宿城址14
      20190915徳宿城址15



縄張り図で言うところの 虎口1 辺り。

      20190915徳宿城址16

この先は二重空堀。



一つ目の土橋。

      20190915徳宿城址17



土橋から主郭を振り返ってみた虎口。

      20190915徳宿城址19



一つ目の空堀は草木が茂り、藪状態。

      20190915徳宿城址18



さらにその先は、二つ目の土橋。

      20190915徳宿城址20



土橋の先は、倒木や倒竹の難所。

      20190915徳宿城址22



それらを避けて進みます。

      20190915徳宿城址23


      20190915徳宿城址24



抜け出た先は耕作地。
さらに、その先は民家になります。

      20190915徳宿城址25


振り返ってみると、こんな感じ。

      20190915徳宿城址26

ここは、三郭の虎口になるのか?



その場所から右方向へ移動すると、新たな侵入路?
しかし、この藪の中に入っていく勇気はありません。

      20190915徳宿城址27



その近くに祀られている小さな社。

      20190915徳宿城址28

徳宿氏に関するモノなんだろうか?


当初の予定にはなかった徳宿城址。
偶然、現地で知り訪れた城址ですが、久々の城址巡り。

やっぱり城址巡りも楽しいモノです。






2019/10/15 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................諏訪小学校 (2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市へ出かけました。

平成17年に鉾田町と大洋村と旭村が合併して誕生した鉾田市ですが
平成28年に5校、平成31年に7校と数年間で12校の小学校が廃校となりました。
その鉾田市の廃校を巡ります。

鉾田市廃校ツアー、その第2段は................鉾田市立諏訪小学校。



諏訪小学校は、昭和30年以前に存在していた諏訪村にあった諏訪小学校がその前身のようです。
しかしながら、当初の諏訪小学校は旭村となるため、諏訪小学校は分割されるような形になったようです。

昭和30年     町村合併により、諏訪村は大谷村、夏海村と合併して旭村となり
          諏訪村の一部は鉾田町に編入された。
昭和31年     旧・諏訪小学校の校地、校舎を使用して鉾田町立鉾田第二小学校が開校する。
昭和36年     校舎、講堂を旭村より買収する。
昭和54年     鉾田町立諏訪小学校と改称する。
平成17年     旭村・鉾田町・大洋村が合併して鉾田市となる。
         鉾田市立諏訪小学校と改称する。
平成31年     市内7小学校が統合して新たに鉾田南小学校が開校。
         諏訪小学校は廃校となる。

と、このような沿革となっています。



こちらが、正門。

      20190915諏訪小学校01



石作の門柱。

      20190915諏訪小学校02



門柱には、立派な表札。

      20190915諏訪小学校03




県道に面した校庭側。
こちらにも校門があります。

      20190915諏訪小学校04

当初は、こちらが正門だったのでしょう。



それなりの年代を感じさせる石造りの門柱。

      20190915諏訪小学校05

割と新しそうに見える表札が掲げられています。



校舎全景。

      20190915諏訪小学校06



別アングルからの校舎。

      20190915諏訪小学校07


      20190915諏訪小学校08


      20190915諏訪小学校09


      20190915諏訪小学校16



校舎前には、国旗掲揚ポール。

      20190915諏訪小学校10



こちらは、体育館。

      20190915諏訪小学校11



校庭に残る遊具類。

      20190915諏訪小学校12


      20190915諏訪小学校13


      20190915諏訪小学校14


      20190915諏訪小学校15



百葉箱。

      20190915諏訪小学校17



朝礼台。

      20190915諏訪小学校18



創立百周年記念碑。

      20190915諏訪小学校19

この碑によれば、明治22年に旧・諏訪村に創設し、
安房に分教場を設置したのが始まりだそうです。
明治27年に分教場を統合し、この地に移転したそうです。
その後、旧・諏訪村には諏訪小学校と諏訪東小学校の2校が存在しました。
旧・諏訪村は旭村となりますが、昭和30年に旧・諏訪村の安房、柏熊地区が
旧・鉾田町に合併し、旭村存立諏訪小学校は旧・諏訪村竜浜に移転し
この地に鉾田町立鉾田第二小学校を創設したそうです。

明治27年にこの地に校舎を建て移転した日を起点として
平成5年に創立百周年の記念式典を行ったそうです。
色々と複雑な事情があったのですね。



ブロンズ像。

      20190915諏訪小学校20


校訓(?)の碑。

      20190915諏訪小学校21



校庭の隅には忠魂碑。

      20190915諏訪小学校23

歴史のある古い学校にはこの忠魂碑が在ることが多い。
そういった意味では、町村合併で学校が移転したりはしたが
この小学校も歴史のあった学校になる。



県道側のフェンス沿いに並ぶ桜の木。

      20190915諏訪小学校22

この桜の木下を、子供たちが通学する事も無くなってしまったんですね。



2019/10/15 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................大竹小学校 (2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市に出かけました。

平成17年に鉾田町と大洋村と旭村が合併して誕生した鉾田市ですが
平成28年に5校、平成31年に7校と数年間で12校の小学校が廃校となりました。
その鉾田市の廃校を巡ってみたいと思います。

鉾田市廃校ツアー、その第1段は................鉾田市立大竹小学校。


大竹小学校は、

明治8年     岡堀米の廃寺を利用して大竹小学校を開設
明治9年     白塚宝光院を仮校舎として白塚小学校を開設
明治20年     大竹小学校は汲上小学校の大竹分教場,白塚小学校は新宮尋常小学校分教場となる
明治26年     新宮第二尋常小学校開設
明治44年     現在地に移転。
昭和9年     高等科併置。新宮東尋常小学校と改称
昭和22年     学制改革により、新宮村立新宮東小学校と改称する。
昭和30年     新宮村が鉾田町と合併し鉾田町となる。
         鉾田町立新宮東小学校と改称する。
昭和45年    鉾田町立大竹小学校と改称する
平成17年    旭村・鉾田町・大洋村が合併して鉾田市となる。
         鉾田市立大竹小学校と改称する。
平成31年    市内7小学校が統合して新たに鉾田南小学校が開校。
         大竹小学校は廃校となる。




こちらが、大竹小学校の正門。

      20190915大竹小学校01



半年前までは、子供たちが通っていた小学校。
門中にも表札が残っています。

      20190915大竹小学校02


      20190915大竹小学校03


こちらは、校庭側の門。

      20190915大竹小学校04


かつては、こちらが正門だったのでしょう。
石造りの古い門柱が建っています。

      20190915大竹小学校05


その門柱にも立派な表札が残っています。

      20190915大竹小学校06



こちらが校舎。

      20190915大竹小学校07

鉄筋コンクリートの2階建て。


別アングルからの校舎。

      20190915大竹小学校08


      20190915大竹小学校09


      20190915大竹小学校10


      20190915大竹小学校11




校舎のベランダに掲げられた校章。

      20190915大竹小学校13



校舎前には、国旗掲揚ポール。

      20190915大竹小学校14


二宮像もありました。

      20190915大竹小学校15


      20190915大竹小学校16



こちらは、体育館。

      20190915大竹小学校17


校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下。

      20190915大竹小学校18


      20190915大竹小学校19



こちらは、校庭。

      20190915大竹小学校20

何やら、校庭の真ん中に置かれています。


よく見ると、カボチャ。

      20190915大竹小学校21



俗にいう『おばけカボチャ』ですね。

      20190915大竹小学校22

ハロウィンか何かのイベントでも行うのでしょうか?



校庭に残る遊具類。

      20190915大竹小学校23


      20190915大竹小学校24


      20190915大竹小学校25


      20190915大竹小学校26


      20190915大竹小学校27


      20190915大竹小学校28



百葉箱。

      20190915大竹小学校29



朝礼台。

      20190915大竹小学校30



創立百周年の記念碑。

      20190915大竹小学校31



校庭の隅には、頌徳碑。

      20190915大竹小学校32



校庭の匂いを嗅ぎながら徘徊する びいすけ 。

      20190915大竹小学校33


      20190915大竹小学校34



こちらは、併設されていた大竹幼稚園。

      20190915大竹小学校35

大竹幼稚園は、平成17年に廃園になったそうです。



校舎裏手に無造作に置かれた一輪車。

      20190915大竹小学校36

つい、半年前まではこの一輪車で子供たちが遊んでいたのでしょう。
このまま、ここで朽ちていくのでしょうか.........?









2019/10/14 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

山田貴船神社 (2019年9月4日)(千葉県東金市) 

9月4日

この日は、東金市に鎮座する松之郷 八坂神社に参拝し
そのついでに、幾つかの兼務社を廻ってみました。


大網白里市の宮谷 八幡神社をあとにして、向かった先は..............山田 貴船神社。


山田 貴船神社は、東金市山田に鎮座する神社です。

文治2年(1186年)、西行法師が東遊の際、山部赤人、小野小町の遺跡を訪ねようと、
この山田村に来た時、村名が彼の郷里と同名であったことに心を動かし、
奉持してきた山城国愛宕郡鞍馬の貴舩大明神の分霊を、
村内の坂東谷(ばんどうさく、墨染桜の所在地)に奉祀したのが起源とされています。
その後、文明元年(1469年)、現在の地に遷し、
土気郷大椎城主千葉氏の鬼門鎮護の神として崇敬を集めました。


御祭神は、闇龗神(くらおかみのかみ)  玉依姫命(たまよりひめのみこと)



参道口。

      20190904山田貴船神社01



参道。

      20190904山田貴船神社02



一の鳥居。

      20190904山田貴船神社03



鳥居に掲げられた神額。

      20190904山田貴船神社04



二の鳥居。

      20190904山田貴船神社05



さらに参道を進みます。

      20190904山田貴船神社06



手水舎。

      20190904山田貴船神社07



参道の狛犬。

      20190904山田貴船神社08


      20190904山田貴船神社09



由緒書き。

      20190904山田貴船神社10



こちらが、拝殿。

      20190904山田貴船神社11



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190904山田貴船神社12



別アングルからの拝殿。

      20190904山田貴船神社13



そして、こちらが本殿。

      20190904山田貴船神社15



拝殿前の狛犬。

      20190904山田貴船神社16


      20190904山田貴船神社17



『お的神事』の碑

      20190904山田貴船神社18


毎年1月4日に行われるお的神事。
古来、山田村を中心とする遠郷近在の農、山、漁民の信仰深い民俗行事で、
その起源は慶安四年(1651年)と言われ、「歩射」により、その年の豊作の豊凶を占うもので、
当時制定された諸規約に則り、氏子総体で役割を分担し、これを忠実に伝承し今日に及んでいます。
特に七献の盃、謡、お的を射る等の儀は最も重要視され、格調高く執行され、
神人一如の古い信仰の姿を具現する貴重な民俗文化財とされています。




境内社。
疣を取り去る疣神様。

      20190904山田貴船神社19


同じく境内社。

      20190904山田貴船神社20



こちらが社務所ですが、やはり閉ざされています。

      20190904山田貴船神社14


どうやら、普段から無人の神社ですが、
こちらの神社も雰囲気の良い神社でした。



2019/10/10 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

宮谷八幡神社 (2019年9月4日)(千葉県大網白里市) 

9月4日

この日は、東金市へ出かけました。
以前から気になっていた松之郷 八坂神社を参拝し
そのあとは、松之郷 八坂神社の宮司さんが兼務する神社を廻る事にしました。


求名 熊野神社をあとにして、向かった先は............宮谷 八幡神社。


宮谷 八幡神社は、大網白里市大網に鎮座する神社です。


長享二年(1488年)土気城主・酒井定隆が土気城を再建した時に、、
城の鬼門除けとして長峰から今の所に移したもので、
永禄四年(1561年)坂井家四代城主・酒井胤治の命により、
大網城主・板倉長門守が再建したとされています。

御祭神は、誉田別命(応神天皇)。


中央本社の祭神は、誉田別命(応神天皇)。向かって左の小社は春日大明神、右の小社は天照大神である。県文化財調査員海老名雄二氏の所見によると、柱や蛙股などに永禄の部分が残されているが、主として享保(一七一六年~一七三六年)の頃の再建と見るべきであろうという。風雪にさらされて老朽甚だしく、昭和五十八年に大改修が行われた。小社は部分改修であるが、本社は一部古材を活かし原型に忠実に復元された。


社号標。

      20190904宮谷八幡神社01


神社社頭。
一の鳥居。

      20190904宮谷八幡神社02



一の鳥居脇の説明板。

      20190904宮谷八幡神社03

どうやら、宮谷 八幡神社の本殿は、大網白里市の文化財に指定されているようです。


二の鳥居。

      20190904宮谷八幡神社04


手水舎。

      20190904宮谷八幡神社05



その先は細い参道。

      20190904宮谷八幡神社06



そして、石段。

      20190904宮谷八幡神社07



意外に長い石段。

      20190904宮谷八幡神社08



軽快に駆け上がる びいすけ 。

      20190904宮谷八幡神社09



こちらは、ついて行くのが精一杯。
『遅い!』と言わんばかりの びいすけ 。

      20190904宮谷八幡神社10

今日は、元気が溢れている。


石段を上った先には、拝殿。

      20190904宮谷八幡神社11



ここにも手水舎がありました。

      20190904宮谷八幡神社12



拝殿正面。

      20190904宮谷八幡神社13



拝殿前に鎮座する狛犬。

      20190904宮谷八幡神社14


      20190904宮谷八幡神社15



別アングルからの拝殿。

      20190904宮谷八幡神社16


      20190904宮谷八幡神社17



そして、こちらが本殿。

      20190904宮谷八幡神社19



拝殿前の由緒書き。

      20190904宮谷八幡神社25



拝殿左側(方角で言うと南側になるのか?)の参道口の鳥居。

      20190904宮谷八幡神社20



その鳥居に掲げられた神額。

      20190904宮谷八幡神社21




本殿の両脇に境内社が並ぶ、宮谷 八幡神社。

向かって右側の天照大神。

      20190904宮谷八幡神社22


      20190904宮谷八幡神社23


      20190904宮谷八幡神社24



向かって左側は、春日大明神。

      20190904宮谷八幡神社18


      20190904宮谷八幡神社26



拝殿脇から南側を眺めると、南参道口(?)の鳥居の先に
大網白里市の街並みが見える。

      20190904宮谷八幡神社27



社務所は、参道入口にありますが、閉められています。
平素は無人の神社のようです。

      20190904宮谷八幡神社28

ひょっとしたら宮司さんがいらっしゃるか?
そんな期待もハジけてしまいましたが
宮司さんが居ようが居まいが、そんなことは関係ないと思えるほど
この神社には不思議なパワーを感じました。
これぞ、パワースポットなんですね。


改めて、そんな事を感じました。





2019/10/09 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

求名熊野神社 (2019年9月4日)(千葉県東金市) 

9月4日

この日は、東金市の神社を廻ります。

松之郷 八坂神社をあとにして、向かった先は...............求名 熊野神社。


求名(ぐみょう) 熊野神社は、東金市求名に鎮座する神社です。

詳しい由緒は不明ですが、建立が徳川時代の元文四年(1739年)であったことが
古文書に示されているそうです。

御祭神は、伊弉那美尊、速玉之男命、素盞嗚尊


田圃の中に鎮座する神社で、ウチのクルマのナビはお馬鹿さん。
国道126号から、田圃の畦道を行けと言う。
流石に無理でしょ?

ナビの指示を思い切り無視して、方角だけを頼りに
知らない道をあっちに行ったり、こっちに行ったり........

何とか求名 熊野神社に辿り着けました。
神社手前に2台位は車を停められるスペースがあります。

      20190904求名熊野神社01


神社社頭。

      20190904求名熊野神社02



50mほどの参道。

      20190904求名熊野神社03



手水舎。

      20190904求名熊野神社04



こちらが拝殿。

      20190904求名熊野神社05


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190904求名熊野神社06



別アングルからの拝殿。

      20190904求名熊野神社07


      20190904求名熊野神社08


近年、境内の木々をかなり伐採したのでしょう。
裁断された丸太が多く転がっていました。

こちらは御神木でしょうか?

      20190904求名熊野神社09
      20190904求名熊野神社10


社務所などの建物は無く、本当にこの地区の氏神神社なんでしょうね。
ひょっとしたら、この日は宮司さんが居るかな? なんて思ったけど、
やっぱり無人の神社でした。




2019/10/08 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

松之郷八坂神社 (2019年9月4日)(千葉県東金市) 

9月4日

富里市から東金市へと移動してこの日、
前から気になっていた東金市の神社に立ち寄ってみました。

向かった先は...............松之郷 八坂神社。


松之郷 八坂神社は、東金市松之郷に鎮座する神社です。


伏見天皇の御代の正応2年(1289年)に、
久我台(現在の県立東金商業高等学校校地)の城主、北條武蔵守平久時が
居城鬼門鎮護のため、京都下京区祇園町に鎮座する、官幣大社 『八坂神社』の祭神である
素戔嗚尊の分身を請い、この地に奉祀されたとされています。


御祭神は、健速須佐之男命(素盞嗚尊)。


実は、九十九里方面や山武市方面に行く遊びに行った帰り
この八坂神社の前を何度か通った事があり、
パッと通り過ぎるだけだから、良くは見ていなかったけれど
立派に見える(失礼な表現ですみません。)神社が在った事を覚えていました。



こちらが社号標。

      20190904松之郷八坂神社01



神社社頭。

      20190904松之郷八坂神社02



八坂神社の説明板。

      20190904松之郷八坂神社03


      20190904松之郷八坂神社04



参道。

      20190904松之郷八坂神社05



拝殿。

      20190904松之郷八坂神社06



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190904松之郷八坂神社07



拝殿の背後には本殿。

      20190904松之郷八坂神社-8



本殿正面。

      20190904松之郷八坂神社09


      20190904松之郷八坂神社12


      20190904松之郷八坂神社10



本殿前の天水桶。

      20190904松之郷八坂神社13



手水舎。

      20190904松之郷八坂神社14



境内社。

      20190904松之郷八坂神社15


      20190904松之郷八坂神社16



社務所。

      20190904松之郷八坂神社17

この日は閉ざされている。
普段から無人なんだろうか?



八坂神社の社業。
杉の巨木は御神木。

          20190904松之郷八坂神社18
      20190904松之郷八坂神社19



境内には立派な杉の巨木が多い。

        20190904松之郷八坂神社20
      20190904松之郷八坂神社21


以前、こちらの宮司さんと電話で話す機会があり
その時に御朱印を頂ける神社だと聞いた。
30近くの兼務社を抱え、お忙しいとの事をでした。

この日は不在でお会い出来ませんでしたが
他に3ヶ所の兼務社で御朱印を頂が出来るそうです。

せっかくだから、その3社も廻ってみましょう。








2019/10/08 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................実穀小学校 (2019年8月26日)(茨城県稲敷郡阿見町) 

8月26日

この日は、稲敷市から阿見町へと移動。

鹿嶋大神宮をあとにして、向かった先は....................阿見町立実穀小学校。



実穀小学校は、

明治13年      小池村上小池に小池小学校が創立される。
明治22年      小池村・福田村・上長村・実穀村・吉原村・荒川沖村・
            荒川本郷村・沖新田が合併して、朝日村が発足。
明治34年      現在地(実穀)に移転,朝日尋常高等小学校となる
昭和22年      学制改革により、朝日村立実穀小学校と改称する。
昭和30年      阿見町・朝日村・君原村・舟島村(一部)が合併し、阿見町となる。
            阿見町立実穀小学校と改称する。
平成30年      阿見小学校に統合されて廃校となる。

と、このような沿革となっています。




こちらが、実穀小学校の正門。

      20190826実穀小学校01

普段は、門扉も閉められ、施錠されているようですが、
この日は、ちょっぴり開いている。

石造りの門柱。

      20190826実穀小学校02



大正9年に建てられたモノのようです。

      20190826実穀小学校03



ちょっぴり開いていた門扉から中を覗き込むと
この日は、阿見町の職員の方が業者と思われる方々と
校庭の草刈りを行っていました。
その方々にお断りをして、敷地内を見学することに...................。


校舎。

      20190826実穀小学校04


      20190826実穀小学校05


      20190826実穀小学校06


      20190826実穀小学校07


      20190826実穀小学校08
  

      20190826実穀小学校09




玄関庇に掲げられた校章。

      20190826実穀小学校10



校舎前に建つ、創立百周年記念碑。

      20190826実穀小学校12



校庭。

      20190826実穀小学校15



校庭で遊ぶ子供たちは居ないけれど、
代わりに、今日は草刈り作業の業者(?)の車が並ぶ。

      20190826実穀小学校11


      20190826実穀小学校14



校庭の片隅には朝礼台。

      20190826実穀小学校16




校庭に残る遊具類。

      20190826実穀小学校17


      20190826実穀小学校18


      20190826実穀小学校19


      20190826実穀小学校20



体育館の裏手。

      20190826実穀小学校21

かまぼこ型屋根の体育館って今では珍しい。


こちらも、地域の避難所になっているようです。

      20190826実穀小学校22


この場所を使わなきゃいけないような災害が
起きない事を切に願います。






2019/10/05 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

吉原鹿島神社 (2019年8月26日)(茨城県稲敷郡阿見町) 

8月26日

この日は、茨城県の稲敷市へでかけ、
その後、阿見町へ移動しました。

吉原小学校をあとにして、向かった先は...........吉原鹿島神社。


牛久市から土浦方面に県道34号線を走っていると
吉原十字路手前に、小学校があり、
十字路の先に神社があるのを知っていました。


吉原小学校からもすぐ近く。
せっかくだから、立ち寄ることにいたしました。


吉原鹿島神社は、阿見町吉原に鎮座する神社です。


弘仁5年(814年)の創建と伝えられ、
天正12年(1584年)土岐大膳太夫治英修造の棟札があったとされています。
当初は、『鹿嶋大明神』と称していたようですが
げんざい、茨城県神社庁には『鹿島神社』と登録されているようです。

御祭神は、建御雷之男神。



神社社頭。

      20190826鹿嶋神明宮01


参道を進みます。

      20190826鹿嶋神明宮02



手水舎。

      20190826鹿嶋神明宮03



こちらが、拝殿。

      20190826鹿嶋神明宮04



拝殿正面。

      20190826鹿嶋神明宮05


      20190826鹿嶋神明宮07


拝殿正面に掲げられた扁額。

      20190826鹿嶋神明宮06

扁額には『鹿嶋大明神』と綴られています。



別アングルからの拝殿。

      20190826鹿嶋神明宮08



そして、こちらが本殿。

      20190826鹿嶋神明宮09



拝殿に至る参道脇には、幾多の祠が建ち並ぶ。

      20190826鹿嶋神明宮10


      20190826鹿嶋神明宮11


      20190826鹿嶋神明宮12


      20190826鹿嶋神明宮13


      20190826鹿嶋神明宮14



こちらの鹿島神社には、阿見町指定の古木が在ります。

      20190826鹿嶋神明宮15



御神木のやどり木。

      20190826鹿嶋神明宮17
      20190826鹿嶋神明宮18

杉の巨木ですが、その空洞にスダジイが寄生し成長したため
『鹿島神社のやどり木』として阿見町の天然記念物に指定されています。


こちらの鹿島神社は阿見町の名所百選にも選ばれているようです。

      20190826鹿嶋神明宮19


地元の方に聞いて見たら、宮司さんはすぐ近くに住んでいらっしゃるとのことでしたが
どうやらこの日は留守のようでした。
御朱印拝受の有無は分かりませんでした。





2019/10/04 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて..................吉原小学校 (2019年8月26日)(茨城県稲敷郡阿見町) 

8月26日


この日は、利根川の向こう岸になる茨城県に出かけました。
と言っても、茨城県南になる稲敷市。
そして、稲敷市から阿見町へと移動します。


向かった先は....................阿見町立吉岡小学校。



吉岡小学校は、

明治 8年      吉原村医王寺を仮校舎として設立される
明治12年      現在地に移り吉原小学校が創立される
明治22年      小池村・福田村・上長村・実穀村・吉原村・荒川沖村・
          荒川本郷村・沖新田が合併して、朝日村が発足。
昭和22年      学制改革により朝日村立吉原小学校と改称する。
昭和30年      阿見町・朝日村・君原村・舟島村(一部)が合併し、阿見町となる
          阿見町立吉原小学校と改称する。
平成30年      阿見小学校に統合されて廃校となる。


と、このような沿革となっています。


実は、この吉原小学校の前を走る県道34号線。
土浦方面に遊びに行く時に通っていて
吉原十字路近くに、小学校があるのは知っていました。

いつの間にか、廃校になっていたのですね。


こちらが、正門。

      20190826吉原小学校01


表札は今も掲げられています。

      20190826吉原小学校02



正門の門扉はしっかり閉ざされ、施錠されているから
敷地内には入ることは出来ません。


門扉越しにちょっぴり身を乗り出し
敷地内を覗き込みます。


校庭。

      20190826吉原小学校03



校舎。

      20190826吉原小学校05


      20190826吉原小学校04


      20190826吉原小学校06



校舎の前には、創立百周年の記念碑。

      20190826吉原小学校07


ブロンズ像もありますね。

      20190826吉原小学校08



周りの植栽でよく見えませんが、校歌の碑でしょうか?

      20190826吉原小学校09


校舎の窓には、廃校時の贈る言葉でしょうか
『ずっと大切な場所』と綴られています。

      20190826吉原小学校10



敷地内にはいれないから、吉原小学校の周りをぐるっと回ってみましょう。

      20190826吉原小学校11



こちらは、体育館の裏手。

      20190826吉原小学校12



校舎の裏手。

      20190826吉原小学校13


フェンス越しの校庭。

      20190826吉原小学校16



その遊具。

      20190826吉原小学校14


      20190826吉原小学校15



フェンス越しに眺める校舎。

      20190826吉原小学校17


      20190826吉原小学校18



一応、指定避難所になっているんだけれど................

      20190826吉原小学校19


門扉が施錠されていたら、いざという時に避難所として使用出来るのだろうか?
そんな事を、ふと思ったりもしてしまいました。


2019/10/03 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

大宮大神 (2019年8月26日)(茨城県稲敷市) 

8月26日

この日は、稲敷市に出かけました。

大杉神社をあとにして、向かった先は.................大宮大神。


大宮大神は、稲敷市伊佐部に鎮座する神社です。

創建は、天智帝元年(668年)とされ、
『豊葦原東方の荒ぶる神を征討の当時 大神此の里に御腰を懸けられて
跡を大宮の大神と崇め奉りお祀りされた。』と伝わります。
正徳5年以前は『根崎大宮大明神』と称し、以降は『正一位大宮大明神』、
明治以降は『大宮大神』と称し、通称「椿の宮大宮大神」と呼ばれ親しまれているそうです。


御祭神は、建御雷之命(たけみかづちのみこと)。




社号標。

      20190826大宮大神01



鳥居。

      20190826大宮大神02



参道の狛犬。

      20190826大宮大神03


      20190826大宮大神04



参道を進みましょう。

      20190826大宮大神05


手水舎。

      20190826大宮大神06



竜の吐出口。

      20190826大宮大神07

しかも3つもある。



神門。

      20190826大宮大神08

神門の前には守護神でしょうか?
風神・ 雷神の像が鎮座しています。


向かって左側に雷神。

      20190826大宮大神09



右側に風神。

      20190826大宮大神10



こちらが拝殿。

      20190826大宮大神11


      20190826大宮大神12



別アングルからの拝殿

      20190826大宮大神13


      20190826大宮大神14



そして、こちらが本殿

      20190826大宮大神15



拝殿前の天水桶。

      20190826大宮大神16



本殿と取り巻くように祠が並ぶ。

      20190826大宮大神17


      20190826大宮大神18


      20190826大宮大神19


      20190826大宮大神20



境内社。

      20190826大宮大神21


社務所。

      20190826大宮大神22


以前電話で問い合わせをした時に、
御朱印をいただくことも可能と聞いていましたが
この日は、宮司さんが外出されていて、残念でした。

また、いずれの機会にでも期待いたしましょう。





2019/10/02 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

東條太田城址 (2019年8月26日)(茨城県稲敷市) 

8月26日

この日は、千葉県の利根川の対岸、川向こうの茨城県に出かけました。
茨城県と言っても県南にあたる稲敷市に出かけました。


向かった先は..................東條太田城址。
.

常陸大掾平氏の平国香から6代後の平直幹には長男・義幹、四男・弘幹、五男・忠幹、六男長幹が居ました。
残念ながら次男・三男は居ましたが早世されてしまいました。
直幹は平安後期に長男を除く3子へ順次常陸国内の領地を割譲していき、この一帯は五男・忠幹が譲り受けました。
忠幹は永暦元年(1160)頃、この地に東條城を築いて東條五郎左衞門尉忠幹と名乗り東條氏の始祖となりました。



天正18年(1590年)、秀吉の関東攻めの際、芦名盛重に当主の東條弾正が討たれて落城。
東條氏族の生き残った者は各地へ敗走したとされ、その際に『太田』と改性したとされています。


こちらが、東條太田城の縄張り図。

      20190826東条城址01

                     ( 余湖さんのHP よりお借りしました )


太田小学校背後の大地が東條大田城址ですが、
その太田小学校は数年前に廃校になり、校舎も解体されてしまいました。

      20190826東条城址02




小学校の敷地沿いに沿って、城内へと続く道があります。

      20190826東条城址03



以前、太田小学校訪れた事がありましたから(その時の記事は こちら
更地になった状態を見て、驚きました。

      20190826東条城址04


その昔(昭和22年)、畑であった東條城址に大田中学校が建てられましたが
中学校は統合され昭和37年に廃校となりました。
その後、中学校跡地(東條城址)に建材会社の(株)東海の建材工場が建てられました。

いつの頃か?建材工場も操業を停止してしまい
現在は太陽光発電場として多くのソーラーパネルが並べられているようで
立入禁止となっています。

      20190826東条城址05


      20190826東条城址06

残念ながら、こちらからはこれ以上の進軍は不可。


ならば、別のルートがあるかも?
ぐるっと台地の周りを巡ります。

      20190826東条城址07


目指す台地は、すぐそこなんだけどねぇ。

      20190826東条城址08



見事なまでに更地と化した太田小学校。

      20190826東条城址10



小学校跡地の裏手から、台地へと上る道を発見。

      20190826東条城址11


この道を進軍いたしましょう。

      20190826東条城址12



ネットで東條太田城を調べていると、東條一族の末裔の方のHPに遭遇しました。
いつもは余湖さんの縄張り図を参考にしているのですが
その方は、余湖さんの縄張り図に加筆されたモノをアップされていました。
大変参考になるので、お借りいたします。

      20190826東条城址16




こちらが中段の郭。
共同墓地です。

      20190826東条城址13


      20190826東条城址14


      20190826東条城址15


墓地の先は城塁になっていて、やはりこれ以上の進軍は不可能。

結局、中段の郭までしか行けませんでしたが
私有地だから仕方がない。
しかしながら、紛れもなく東條城址にその一歩を残して来たつもり。
城址巡りも難しいものです。






2019/09/30 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

麻苧の滝 (2019年8月23日)(群馬県安中市) 

8月23日


1泊2日の群馬・長野旅行。
2日目は長野県の軽井沢を巡り、再び群馬県へと移動しました

坂本小学校をあとにして、向かった先は..........................麻苧の滝。


麻苧(あさお)の滝は、一名朝日滝とも呼ばれ、
その源を丁須の西の中間峰より発しています。
信越本線横川駅の南西方に位置し、鼻曲山と鳩胸の間を流れ落ち、
その高さは約40メートル、この断崖から麻の簾を垂らしたような飛瀑から
「麻苧の滝」と名づけられています。
この滝は、古くから山岳信仰の修験場として知られ、
山中には数多くの石仏が散在しています。
信越本線や国道18号線からも近く、裏妙義の奇岩との映りもよく、
増水時などの雄大さは格別なものだそうです。


少し離れた位置になりますが駐車場も完備。
案内板に導かれ、迷うこともなさそうです。

      20190823麻苧の滝 01


但し、別な注意は必要です。

      20190823麻苧の滝02


なんと、熊がでるようです。

      20190823麻苧の滝03

熊除けの鈴を忘れちゃったんだよなぁ。
熊には気を付けましょう。


相変わらず、元気一杯の びいすけ。

      20190823麻苧の滝04


ここでも、我!先へ!! と進んで行きます。

      20190823麻苧の滝05


      20190823麻苧の滝06



麻苧の滝のあるこの辺りは、麻苧自然公園と称し
麻苧の滝の上流、下流合わせて7つの滝があり
それぞれの滝に石造りの七福神が設けられているようです。


さっそく、第一の滝が見えて来ました。


白行滝。

      20190823麻苧の滝07

実は、この下流にももう一つ滝があるようですが(孫滝)、
見落としてしまったようです。


白行滝の近くに鎮座する七福神。
福禄寿。

      20190823麻苧の滝08



目指すは、麻苧の滝。
先に進みましょう。

沢沿いの散策路。

      20190823麻苧の滝09


こんな岩の下も潜ります。

      20190823麻苧の滝10

安産岩と言うらしい。



安産岩の近くにも七福神。暗くて見づらいですが毘沙門天。

      20190823麻苧の滝11



その先、左側の斜面から流れ落ちる滝。

      20190823麻苧の滝12

母滝かと思ったけれど、違うみたい。
前日の雨で現れた滝なんでしょうか?



ここから、再び沢を離れ、斜面を上ります。
斜面に鎮座する七福神、大黒天。

      20190823麻苧の滝13



大黒天の先には、不動明王。

      20190823麻苧の滝26



そして、不動明王の先に麻苧の滝(父滝)が見えてきました。

      20190823麻苧の滝14



さらに近づいてみます。

      20190823麻苧の滝15


沢に降りてみますが、木が視界を邪魔をして
滝の眺望は今一つ。

      20190823麻苧の滝16

もうすこし、沢の上流に移動した方が良さそうですね。


橋を渡って、上流に向かうことに..............

      20190823麻苧の滝24


橋の上からの麻苧の滝。

      20190823麻苧の滝17




橋を渡ると、対岸奥にもう一つの滝。
こちらが母滝になるんだろうか?

      20190823麻苧の滝18



近くには、七福神の恵比寿が鎮座しています。

      20190823麻苧の滝19



橋を渡って大正解。
対岸からぐるっと回り込むような感じで麻苧の滝に近づく事が出来ました。

      20190823麻苧の滝27


      20190823麻苧の滝20

滝壺もしっかりと確認。




びいすけ も嬉しそうな笑顔。

      20190823麻苧の滝21



実は、麻苧の滝は7つの滝の総称で、
落差40mの『父滝』を筆頭に曾滝・祖滝・母滝・自行滝・子滝・孫滝から成っています。

そして、こちらが筆頭の父滝。

      20190823麻苧の滝22

見事な滝です。

しばし、見とれてしまいました。


下りは滑るから、気をつけて下山しましょう。

      20190823麻苧の滝23

熊には遭遇しませんでしたが
熊以外にも気をつけなきゃいけないのが山蛭。
幸いにも山蛭にも遭遇しなく、滝を楽しむ事ができました。


駐車場に戻る途中、吊橋を渡った先にも七福神。

      20190823麻苧の滝25

そう言えば、七福神巡りも中途半端になっちゃいましたね。

7つの滝を全て見ることはできませんでしたが
山蛭が居なくなる晩秋にでも、紅葉を見ながら
そして、七福神を探しながら、7つの滝を堪能するのも面白そうですね。






2019/09/29 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............坂本小学校 (2019年8月23日)(群馬県安中市) 

8月23日

1泊2日の群馬・長野旅行。
2日目は長野県の軽井沢を巡り、群馬県へと移動します。

軽井沢の『ツルヤ』をあとにして、向かった先は..........................安中市立坂本小学校。

坂本小学校は、

明治8年      坂本小学校が開校する。
明治10年     山中学校が開校する。
明治14年     第十学区碓氷第七小学校と改称する。
明治17年     坂本小学校となる
明治19年     坂本尋常小学校となる。
明治29年     坂本尋常高等小学校と改称する。
昭和22年     学制改革により、坂本町立坂本小学校と改称する。
昭和29年     坂本町が松井田町、臼井町、西横野村、九十九村、
         細野村と合併して新たに松井田町となる。
         松井田町立坂本小学校と改称する。
昭和36年     松井田町第三小学校と改称する。
昭和60年     松井田町立坂本小学校と改称する。
平成7年      入牧小学校を統合する。
平成18年     松井田町が安中市と合併して新たに安中市となる。
          安中市立坂本小学校と改称する。
平成24年     臼井小学校に統合され廃校となる。

と、このような沿革となっています。




こちらが、正門跡。

      20190823坂本小学校01



門柱には、往時の表札が掲げられています。

      20190823坂本小学校02


      20190823坂本小学校03



校門をくぐり、坂本小学校へと入っていきます。


事前に坂本小学校のことはよく調べてこなかったので
敷地に入って、ちょっとびっくり!!

      20190823坂本小学校04



そこには、木造の校舎が残っていました。

      20190823坂本小学校05



やっぱり、廃校には木造校舎が似合う。

      20190823坂本小学校06



廃校から7年。
って言うことは、7年前まで現役の校舎だった事になる。

      20190823坂本小学校07



どちらかと言うとあまり広くはない校庭。
前日の雨で所々泥濘んでいる。

      20190823坂本小学校08



その校庭から、再度校舎を眺めてみましょう。

      20190823坂本小学校09



色々と角度を変えて見てみますが、やっぱり画になる。

      20190823坂本小学校10



ガラス越しに校舎の中を覗いてみます。

      20190823坂本小学校11

王子の黒板やストーブが確認できますね。


2階に上がる階段脇には一輪車。

      20190823坂本小学校12

子供達が校庭で遊んでいたのでしょう。






校舎の前には二宮像。

      20190823坂本小学校14


      20190823坂本小学校15



こちらは体育館。

      20190823坂本小学校13



校庭に残る遊具類。

      20190823坂本小学校16


      20190823坂本小学校17


      20190823坂本小学校18


      20190823坂本小学校19




朽ちかけた百葉箱。

      20190823坂本小学校20



校舎前には朝礼台。

      20190823坂本小学校21


校舎裏手の小さな建物。

      20190823坂本小学校22

教職員の宿泊施設なんでしょうか。

そういえば、私の通った小学校にも宿直当番の先生がいて
宿直室なんて言うのもありました。



校庭残る桜の木。

      20190823坂本小学校23


見事な枝っぷり。
きっと春には立派な満開の桜の木々になるんだろう。

      20190823坂本小学校24



中山道の宿場町であった坂本宿。
宿場町として人々の生活が古くからあり、
集落に出来た坂本小学校。

時代は流れ、宿場町も衰退し
人も少なくなって、少子化で廃校となった坂本小学校。

立派な木造校舎、しっかりと拝見させていただきました。



2019/09/28 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

湯川渓谷 (2019年8月23日)(長野県北佐久郡軽井沢町) 

8月23日

1泊2日の群馬・長野旅行。
2日目は長野県の軽井沢に出没しています。
長倉神社をあとにして、向かった先は..........................湯川渓谷。


元々は、湯川渓谷を目的に来た訳ではありません。
本来の目的は こちら ↓

      20190823湯川渓谷01


長野県が誇る地域最大のスーパーマーケット 『ツルヤ』。

      20190823湯川渓谷02

せっかく長野県に来ているんだから
長野県特産の食材を調達したいと言う
もっちゃん のリクエストにお応えです。

ペットは中に入れないから、暑い中外で待っているのも芸がない。
時間を決めて、もっちゃん が買い物をしている間に、
散歩と洒落込みましょう。

何度か、『ツルヤ』には来ているから、
隣接する湯川公園は知ってる庭(?)みたいなモノ。

白糸の滝から流れを発する湯川。
その湯川が、『ツルヤ』の裏を流れ、
木々も茂って木陰を作り、水の流れと一緒に
それなりの涼を与えてくれそうです。


案内板に導かれて先へ進めます。

      20190823湯川渓谷03


湯川は、もうすぐそこ。

      20190823湯川渓谷04


      20190823湯川渓谷05



湯川です。

      20190823湯川渓谷06


軽井沢の町の中を流れている川だから
位置的に清流とは言えないけれど
都会の川に比べれば、まだまだ綺麗な水の流れです。

      20190823湯川渓谷07


      20190823湯川渓谷08


      20190823湯川渓谷09



周りに木々が茂り、陽射しも遮ってくれる。

      20190823湯川渓谷10


湯川沿いに、雑木林の中の散策路が続きます。

      20190823湯川渓谷11


都会のお洒落な街中を散歩するよりも
こう言った川沿いの散策路を散策するのが好き。

      20190823湯川渓谷12



それは、飼い主と愛犬との共通の認識。

      20190823湯川渓谷13



暑さで口角が下がっているからなのか?
はたまた、単純に喜んでいるからなのか?

こんな笑顔を見せてくれると嬉しくなる。

      20190823湯川渓谷14


      20190823湯川渓谷15


      20190823湯川渓谷16


      20190823湯川渓谷17


軽井沢だからと言って、軽井沢銀座を歩くよりも
こう言った雑木林の中の散策路を歩くのが好き。

      20190823湯川渓谷18


きっと、 びいすけ もそうだろう。

      20190823湯川渓谷19



この道をまっすぐに行けば、『ツルヤ』の方になる。

      20190823湯川渓谷20


もっちゃん との約束した時間は、もうすぐ。
さあ、『ツルヤ』に戻りましょう。







2019/09/27 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

本日のお泊り@ブロードウェー (2019年8月22日)(群馬県吾妻郡嬬恋村) 

8月22日

1泊2日の旅行の初日。
この日は、群馬県の東吾妻町をぐるっと巡って嬬恋村にやって来ました。



こちらが、本日のお宿。

      20190822ブロードウェー01


      20190822ブロードウェー02


      20190822ブロードウェー03


群馬県の北軽井沢の犬連れ御用達(?)のペンション。
ブロードウェイさんです。
今回で3回目のお世話になります。


宿泊した部屋は203号室。

      20190822ブロードウェー04


ペット用のウェルカムドリンクも用意されています。

      20190822ブロードウェー05



ペットに飛び乗る びいすけ 対策。
持参したベッドカバーを掛けて、
さあ、寛ぎましょう。

      20190822ブロードウェー06



お風呂は予約制。
チェックインが遅かったから、夕食後になっちゃうけど
その前に、ビールで軽く『お疲れさん!!』。

      20190822ブロードウェー07


      20190822ブロードウェー08


びいすけ も『軽く、オヤツしちゃう?』

      20190822ブロードウェー09


要らない訳がないから
しっかり、もっちゃん から離れません(笑)。

      20190822ブロードウェー10


      20190822ブロードウェー11


実は、8月22日は びいすけ の誕生日。
この日で10歳になりました。

      20190822ブロードウェー12

もっちゃん が、びいすけ のために作ったケーキを持ち込みです。


お父さんたちの御飯の時に びいすけ にもケーキをあげるから
今は写真撮りだから、ちょっと我慢してね。

      20190822ブロードウェー13



しばらくして、夕食の時間です。
旅行において、宿泊先の食事は大切なイベントです。
大きな楽しみでもあります。

      20190822ブロードウェー14

何が出て来るのかな?



今夜のメニューがこちら。

      20190822ブロードウェー15


テーブルの下でおこぼれにあやかろうと、おとなしい びいすけ 。

      20190822ブロードウェー16



前菜(一の皿)

      20190822ブロードウェー17


前菜(二の皿)

      20190822ブロードウェー18



本日の魚料理。

      20190822ブロードウェー19



グリーンサラダ。

      20190822ブロードウェー20



本日の肉料理。

      20190822ブロードウェー21


ライス付き。

      20190822ブロードウェー22

実は、この白飯が超美味い。
思わず、翌朝の朝食は和食を頼んじゃいました。


肉と聞いたら、黙っていないのがココに居る。

      20190822ブロードウェー23


当然、貰えるモノだと思っている視線。
頂戴ビーム炸裂。

『仕方ないなぁ』と言いながら、あげちゃうダメ飼い主。

      20190822ブロードウェー24


      20190822ブロードウェー25


      20190822ブロードウェー26



食事のテーブルには、チェックインの時に撮った写真が飾られています。

      20190822ブロードウェー27



これも、ブロードウェイの楽しみの一つ。

      20190822ブロードウェー28


      20190822ブロードウェー29




そろそろ、 びいすけ が主役の時間となりました。

      20190822ブロードウェー30


この日だけは、我が家の王子様です。

      20190822ブロードウェー31



デザートの時間に合わせて、 びいすけ のケーキ登場です。
(予め、ケーキを厨房に渡しておいて、デザートのタイミングで出して貰います。)

      20190822ブロードウェー32



ケーキの前で、父さんと記念写真。

      20190822ブロードウェー33



この日に限って、カフェマットを忘れちゃったから
ケーキを床にこぼして汚してしまいそう。

予め、ケーキを細かく砕いて食べてもらいましょう。

      20190822ブロードウェー34

どうせお腹の中に入っちゃえば、一緒だからね。(笑)




むさぼりつく びいすけ 。

      20190822ブロードウェー35

食いつきは良いですね。


父さんたちは、デザートの時間です。

      20190822ブロードウェー36



ここで、ブロードウェイさんからバースデーカードを戴きました。

      20190822ブロードウェー37




チェックインの時に撮った写真を加工してくれました。

      20190822ブロードウェー38



お腹もいっぱい。
食事も終わって部屋に戻ります。

交代でお風呂に入って、改めて風呂上がりの一杯です。

      20190822ブロードウェー39

冷たいビールが美味い!!


いっぽう、満腹状態(?)の びいすけ は、そろそろ瞼が重くなる頃。

      20190822ブロードウェー40



ベッドを占領して眠りの底に着きそうです。

      20190822ブロードウェー41


朝早くから、動いていた一行は、今日もお疲れモード。
この夜は22時前に眠りの底に着いてしまいました.........................。





明けて、8月23日。



朝の5時半にいつもの様に目が覚めます。


      20190822ブロードウェー42


どうやら びいすけ は、こんな感じで寝ていた様ですね。

      20190822ブロードウェー43


      20190822ブロードウェー44


朝の散歩に出かけ、二度寝。
7時過ぎに軽く朝風呂に入って、やがて朝食の時間です。


朝食は、和食か洋食を前日の夜に選んで対応してもらいます。
過去2回、洋食を頼んでいましたが、今回初めて和食にしてみました。

      20190822ブロードウェー45


      20190822ブロードウェー46


      20190822ブロードウェー47


      20190822ブロードウェー48

個人的には、これが正解。
なんと言っても、白米が美味しい。
お代わりを2回頼んだ事は秘密にしておこう。


この日も、それなりに予定を組んでいるから
チェックアウトは10時ですが、9時過ぎにチェックアウト。

さあ、今日は軽井沢地区を堪能いたしましょう。


2019/09/22 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit