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び・び・びのびいすけ

佐倉ラベンダーランド  (2017年7月1日) 

7月1日  公休日

6月30日、7月1日と個人的な連休でしたが
前日の30日は、朝から曇り空。
雨が降りそうな?降らなさそうな?微妙な天気。
結局、外出しないまま、1日が終わってしまいました。

明けて、7月1日。
朝、5時前に起きると、この日も微妙な曇り空。
土曜日だから、人が来る前に.................

今朝の散歩は車で移動。

佐倉ラベンダーランドに足を伸ばしてみました。



例年、6月に訪れる佐倉ラベンダーランド。
何人かのblogで、満開のラベンダーを確認していました。

『今年はちょっと遅かったかな?』などと思いながらも車を走らせます。


到着した佐倉ラベンダーランド。

      20170701ラベンダー01



やっぱり、ちょっと遅かった。

      20170701ラベンダー02

例年、この看板の周りにラベンダーの花が咲き誇っているんですが
今年は既に刈られたのか?
はたまた、最初からラベンダーの苗木が植えられていなかったのか?

      20170701ラベンダー03



確か、この辺りもラベンダーが咲いているはず...............だったんですが......。

      20170701ラベンダー04



それでも、まだまだ神は見捨てない?

ラベンダーが咲き誇る一画が残されていました。

      20170701ラベンダー05


      20170701ラベンダー06



朝の5時過ぎですが、
晴れていれば、この方角に朝日が昇るはず。

      20170701ラベンダー07



全体的に暗い画像になってしまうのは
カメラの腕の未熟さと曇り空のせい?

      20170701ラベンダー08



唯一、ラベンダー畑を感じさせるのが、この一枚。

      20170701ラベンダー09


      20170701ラベンダー10


      20170701ラベンダー11


まぁ、ラベンダーが目的ですが、朝の散歩も目的の一つ。
しっかり、オシッコもウンチもしてくれたから、一安心。

そうこうしている内に、額にポツリ、ポツリと冷たいものが...............
通り雨のようです。

急いで車に戻り、撤収となりました。


春の桜から続く、地元・佐倉市の花フェスタ。
次はふるさと広場の向日葵になるのかな?







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2017/07/23 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............岩瀬小学校富谷分校(2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日 公休日

この日は、茨城県桜川市に出かけました。

富谷観音で知られる富谷山の麓に、昭和59年に廃校になった分校があります。
その分校は...............旧・岩瀬町立岩瀬小学校富谷分校



富谷分校は
明治7年に富谷村に創設された富谷小学校がその祖とされているようです。

明治19年に近隣の3校(富谷、亀岡、門毛)が統合され、南飯田小学校となる。
明治22年市町村自治制により村名改正し、南飯田小学校は北那珂尋常小学校と改称する。
明治23年富谷分教場を設置。
明治26年北那珂尋常高等小学校富谷分教場と改称する。
昭和22年学制改革により、北那珂村立北那珂小学校富谷分教場と改称する。
昭和30年町村合併により、岩瀬町立南飯田小学校富谷分校と改称する。
昭和50年南飯田小学校から岩瀬小学校に移籍され岩瀬町立岩瀬小学校富谷分校と改称する。
昭和60年本校に統合され廃校となる。

と、このような沿革となっているようです。
(南飯田小学校HP、岩瀬小学校HPより参照)

本校が変わる分校とは珍しい。



こちらが、富谷分校の正門。

      20170626 富谷分校01

残念ながら、門柱には表札が残っていませんでした。



分校跡地は、現在『富谷生活改善センター』と言う名称の
地域のコミュニティセンターとして活用されているようです。

      20170626 富谷分校02

残念ながら校舎も解体され、新しい建物に変わっています。



建物の隣には、立派な石碑。

      20170626 富谷分校03

生活改善センターの建設記念碑ですが、碑文には富谷分校について触れています。


こちらの碑文では、富谷分校の開設が明治29年となっています。
南飯田小学校のHPとは、開設時期が違うようですね。


それよりも驚いたのは、碑に立てかけられた朽ちた標柱。

      20170626 富谷分校04

富谷城址の標柱です。

ひょっとして、ここが富谷城址の中心部?

実は、この後に富谷城址にも行く筈だったんですが
調べていた富谷城址の位置は間違っている?
これは、一度じっくり調べ直そう。



校庭に残る僅かな遊具類。

      20170626 富谷分校05


      20170626 富谷分校06


      20170626 富谷分校07



なぜか、遊具(ブランコ)の脇に一対の門柱。

      20170626 富谷分校08



明らかに門の位置じゃないし。

      20170626 富谷分校09

別な場所(裏門)にでも在ったモノを移設したんでしょうか?



校庭に設置されたバスケットゴール。

      20170626 富谷分校10

この錆具合いが歴史を感じさせます。



生活改善センターの建物が建っている辺りに校舎が在ったのでしょう。
校庭も分校という割には狭くはない。

      20170626 富谷分校11


      20170626 富谷分校12


お約束とも言える、敷地内に建つ消防倉庫。

      20170626 富谷分校13



校舎の裏手は一段高くなっていて、城塁に見えなくもない。

      20170626 富谷分校14



その高台へと向かう導線は、まるで郭へと続く虎口のようにも見える。

      20170626 富谷分校15


やっぱり、ここが富谷城址の中心部なんだろうか?


かつての城郭が役所や学校の敷地になるって言うパターンも多いからねぇ。
ちょっびり、いや、かなり気になります.................(笑)



2017/07/20 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

関東の富士見百景  《 富谷山ふれあい公園 》 (2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日  公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


富谷観音の近くには、富谷山ふれあい公園があります。

富谷山ふれあい公園は、約40本の八重桜(ぼたん桜)が植樹されていて、
ソメイヨシノの開花が終わる頃から入れ替わるように咲始め、
4月中旬~下旬頃に見頃を迎えるそうです。
また富谷山ふれあい公園は、高台にあるため市内を一望することが出来、
天気の良い日には、富士山も望むことが出来るそうです。
その眺望から国土交通省の選定した「関東の富士見百景」に選ばれてます。


さて、その関東の富士見百景ですが、
平成17年に、国土交通省関東地方整備局が主催して選定した、
富士山への良好な眺望が得られる128景233地点です。

関東と言いながらも、信越地方の長野県が入っていたり
百景と言いながらも、128景233地点と100以上だし...............

とは言いながらも、実は「関東の富士見百景」も追いかけていたりする。
でも、なぜか富士山とは相性が悪く富士見百景に来ても、
まともに富士山が見えたことがないことが多い。

この日も朝から曇り空。
つくば市辺りで小雨に降られ、
小雨も止み、晴れ間が広がったものの、西方向は雲が厚い。

期待はしないけど、せっかく「関東の富士見百景」の地の近くに居るんだから
立ち寄らないわけには参りません。


富谷観音からも歩いて行けそうなので
頑張って歩きましょう。

      20170226富谷山ふれあい公園01


      20170226富谷山ふれあい公園02



アスファルトの上り坂を歩きます。

      20170226富谷山ふれあい公園03


アスファルトの道の終点が富谷山ふれあい公園。

芝生の綺麗な公園です。

      20170226富谷山ふれあい公園04



芝生を闊歩する びいすけ 。

      20170226富谷山ふれあい公園05

何となく嫌な予感。


と、思ったら予感的中!

芝生でローリングする びいすけ 。

      20170226富谷山ふれあい公園06


      20170226富谷山ふれあい公園07


      20170226富谷山ふれあい公園08



思い切り転げ回って満足したのか?
再び、芝生広場を闊歩する びいすけ 。

      20170226富谷山ふれあい公園09


      20170226富谷山ふれあい公園10


      20170226富谷山ふれあい公園11



芝生広場の奥には四阿。

      20170226富谷山ふれあい公園12



そして、四阿の先にはお目当の石碑。

      20170226富谷山ふれあい公園13

これぞ、『関東の富士見百景の碑』

石碑にはプレートが埋め込まれています。

      20170226富谷山ふれあい公園14

このプレートを探しに来たと言っても過言ではない。


予想通り...............
富士山方向の雲が厚く、富士山は見えない。

      20170226富谷山ふれあい公園15

まあ、想定の範囲です。



この場所は景観に長けている場所の証し。

こんなモノも設置されています。

      20170226富谷山ふれあい公園19


      20170226富谷山ふれあい公園16


足を指定された方向にしてこの場所に立てば...............


目の前には筑波山。

      20170226富谷山ふれあい公園17



そして、こちらが吾国山。

      20170226富谷山ふれあい公園18


      

別方向にも、同じようなモノが...............

      20170226富谷山ふれあい公園20



こちらは、富士山の位置を示していましたが
残念ながら厚い雲。

      20170226富谷山ふれあい公園21



額にうっすら汗をかくくらいに、陽射しが当たるようになって
茨城県南部は良い天気になったんだけどねぇ。

      20170226富谷山ふれあい公園22


      20170226富谷山ふれあい公園23


芝生広場から富谷観音に戻る途中に展望台があるらしい。
せっかくだから、展望台に向かいましょう。

      20170226富谷山ふれあい公園24



こちらが展望台。

      20170226富谷山ふれあい公園25



馬鹿と煙は高い所に上りたがる。

      20170226富谷山ふれあい公園26

さあ、びいすけ。
上ろうか?(笑)


こちらが展望台最上部。

      20170226富谷山ふれあい公園27



富谷山の高い所に在る展望台だから、かなり景観は良い。

      20170226富谷山ふれあい公園28

おそらく、富谷山で一番の景観の場所でしょう。



残念ながら、こちらでも 富士山は見えません。

      20170226富谷山ふれあい公園29


一応、270mmのズームにしても
見えないモノは見えない!!

      20170226富谷山ふれあい公園30


筑波山はバッチリなんだけどね。

      20170226富谷山ふれあい公園31



まあ、関東の富士見百景の地を訪れて、まともに富士山を拝めることが出来たのは
皆無という言っていい程だから、コレも日頃の行いのせい?


いつか、カラッと晴れた快晴で、雲ひとつ無い空の下
雄大な富士山を眺めてみたいものです。



2017/07/19 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............坂戸小学校大泉分校(2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


桜川市の廃校巡り。
その第4弾は...............旧・岩瀬町立坂戸小学校大泉分校 です。



こちらが、大泉分校の正門。

      20170626大泉分校01


      20170626大泉分校02



石造りの門柱には大正4年建立と刻まれています。

      20170626大泉分校03


      20170626大泉分校04



門柱が残っている大泉分校ですが、校舎は解体され、
その跡地には新たな建物が建てられ、
現在は『大泉農村集落センター』として活用されています。

      20170626大泉分校05



正門脇には、大泉分校跡地の碑。

      20170626大泉分校06


平成10年に、分校が廃校となって15年となり地元の有志がこの碑を建立したらしい。

      20170626大泉分校07



碑の裏面には沿革も刻まれています。

      20170626大泉分校08



その記載によれば...............


明治7年大泉村金性寺に富谷小学校大泉分教場が設置される。
明治9年大泉小学校として独立する。
明治19年飯岡尋常小学校と合併し、飯岡尋常小学校大泉分教場となる。
明治23年村名変更により西那珂尋常小学校大泉分教場と改称する。
明治25年西那珂第一尋常小学校大泉分教場と改称する。
明治26年西那珂尋常高等小学校大泉分教場と改称する。
大正14年町制施行により、岩瀬尋常高等小学校大泉分教場と改称する。
昭和21年学制改革により、岩瀬町立岩瀬第一小学校大泉分教場と改称する。
昭和30年町村合併により、岩瀬町立坂戸小学校大泉分校と改称する。
昭和58年本校に統合され廃校となる。

と、このような沿革となっているようです。



廃校から34年。
校庭には往時のモノと思われる遊具も残されています。

      20170626大泉分校09


      20170626大泉分校10


      20170626大泉分校11




何気なく校庭の一角に足を向けると、そこにも校門が在りました。

      20170626大泉分校12


こちらの門柱には、分校名の入った表札が残っていました。

      20170626大泉分校13

ひょっとしたら、こちらが正門だったかもしれませんね。



その門柱の脇には、お約束の消防倉庫。

      20170626大泉分校14



こちらは、往時のシンボルツリー?

      20170626大泉分校15



校庭跡。

      20170626大泉分校16


おそらく、近隣の子供たちの遊び場になっているのだろうけれど、
少子化の時代。その子供たちもこの地域には居るのだろうか?

      20170626大泉分校17


独立した小学校としては、10年の歴史しかなく
ほとんどが分校として子供たちを見守り、学び舎として送り出した大泉分校。

100年以上の歴史のある分校でした...............。




2017/07/17 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............坂戸小学校下泉分校(2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


桜川市の廃校巡り。
その第3弾は...............旧・岩瀬町立坂戸小学校下泉分校 です。


下泉分校も、全く詳細不明。
坂戸小学校のHPの沿革に、長方分校、大泉分校と一緒に
昭和58年に本校である坂戸小学校に統合されて廃校になりました。

設立時期はおろか、その所在地も分かりませんでした。

300を超える廃校、旧校地巡りをした経験から
公民館とかコミュニティセンターに当たりをつけ、
下泉公民館が学校跡地と予想して訪ねてみましたが、大ハズレ。

たまたま自転車で通りかかった農家のオバちゃんに尋ねたら、
全く別な場所を教えてくれました。


こちらが、下泉分校跡地。

      20170626下泉分校01

石造りの門柱がしっかり残っていました。


正門前がスクールバス乗り場になっているようです。

      20170626下泉分校02



門柱には往時の表札がしっかり残っています。

      20170626下泉分校03



門柱の裏側には建立時期が刻まれていたようですが
文字が風化して判読出来ません。

      20170626下泉分校04



敷地内には、小ぶりな木造の建物。

      20170626下泉分校05

てっきり往時の校舎かと思っていたら、隣に住む方に訊いてみたら
校舎を取り壊した後に建てたモノらしい。

特に名称は無いようで、選挙の時に投票所として利用されているらしい。



校門の脇には桜の木。

      20170626下泉分校06


そして桜の木の下には、オブジェの残骸?

      20170626下泉分校11

ひょっとしたら、二ノ宮像の台座だったのかな?



こちらは、校庭端のシンボルツリー。

      20170626下泉分校07


      20170626下泉分校08



シンボルツリーの下は雑草に覆われ、こんな残骸も顔を覗かせています。

      20170626下泉分校09

『なかよし』と言うことは、子供な像が乗っていたのでしょうか?


こちらも残骸。
ひょっとして、像の足の基台部分?

      20170626下泉分校10


     
廃校記念碑も遊具もなく、どことなく駐車場にさえ見えてしまう校庭。

      20170626下泉分校12



詳しい沿革も分からない下泉分校ですが、
その存在は、分校跡としてしっかりと確認できました...............。



2017/07/16 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............坂戸小学校長方分校 (2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

桜川市を訪れた最たる目的は、桜川市の廃校巡り。
と言っても、平成17年に真壁町と岩瀬町と大和村が合併して誕生したのが桜川市。
その旧・岩瀬町域の廃校を巡ります。

桜川市の廃校巡りの第二弾。
旧・岩瀬町立坂戸小学校長方分校 です。



長方分校の詳しい沿革は不明です。
統合された本校である坂戸小学校のHPを見ても
昭和58年に、当時3校在った分校(長方分校、下泉分校、大泉分校)が
本校である坂戸小学校に統合されたと言う記述しかなく
創立時期等は不明です。



こちらが、長方分校跡。

      20170626長作分校01


廃校から既に34年。
校舎は解体され、新たに『長方南区中泉農村集落センター』の建物が建てられ
地域のコミュニティセンターとして活用されているようです。

      20170626長作分校02



何やら、 びいすけ が建物の1点に注視しています。

      20170626長作分校03



どうやら、縁台の下に猫がいるようです。

      20170626長作分校04



さほど大きな分校ではなかったようで、敷地もそんなに広くはない。
残念ながら門柱や二ノ宮像、遊具等の遺構も無い。

唯一、学校跡を彷彿させるのがこちら。

      20170626長作分校05



この場所に1983年にタイムカプセルを埋めたようですが
30年後の2013年に掘り起こしたようです。

      20170626長作分校06



学校とは関連なさそうな歌碑(句碑)。

      20170626長作分校07

作者もよく分からない。



廃校跡のお約束?
敷地の一角には、消防倉庫。

      20170626長作分校08



敷地をぐるっと囲む石垣は、分校時代のモノ。

      20170626長作分校09



廃校記念碑かと思ったら、農村集落センターの碑。

      20170626長作分校10



先ほどの猫が気になる びいすけ 。

      20170626長作分校11


あぶないから、上っちゃダメですよ。

      20170626長作分校12

そんな注意書きも、今やカスれて読めない。


石垣沿いに、スクールバスのバス停。

      20170626長作分校13

ここからスクールバスに乗って坂戸小学校に通っているんですね。


タイムカプセルを掘り起こして、開封してるしまっても
その場所に碑を残す。
何となく、卒業生のこだわりを感じた長方分校でした...............。






2017/07/15 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

ちょっと寄り道 (2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

桜川市の旧・大和村域にある西大和小学校青木分校をあとにして、
次なる分校を目指し、車で移動中に、JR水戸線の踏切手間で
こんな光景が視界に入って来ました。

      20170626ちょっと寄り道01

何やら、説明板も建てられ、何かの文化財のようです。


車を路肩の空き地に停め、チェックです。
(気になる説明板や標柱、石碑は素通り出来ない性格です。)(笑)


どうやら、二宮尊徳の偉業に顕彰碑が建てられた経緯が記されていました。

      20170626ちょっと寄り道02

要約すると...............

江戸時代の天保年間(1830年〜1844年)に荒廃した青木村を再建した二宮尊徳の偉業を讃えて、
明治31年にゆかりの地に村民たちが建立した碑です。


二宮尊徳って、二ノ宮(二宮)金次郎の事でしょ?
昭和の時代には、全国の多くの小学校には、
薪を背負い、歩きながら本を読む姿の二ノ宮像が建てられました。



二宮尊徳の事を調べてみると...............

二宮尊徳は、江戸時代後期の経世家、農政家、思想家です。

足柄平野の栢山村(小田原市)の比較的裕福な農家の長男として誕生しました。
幼少時から教養のある父に教育を受け、一方では優しい母の慈愛を存分に得て、幸せに育ちました。
しかし、不幸にして異常天候のため酒匂川の氾濫が度重なり、荒廃した田畑の回復もかなわず、
父母は心身疲労で相次いで死去、一家離散という事態に陥りました。

金次郎は伯父万兵衛の家に預けられますが、逆境にもめげず卓越した才能を発揮します。
作業の合間に、稲の捨て苗や菜種を空き地に植えて収穫し、
「積小為大(小を積んで大となす)」の経済原理を体得します。
そして、毎年その収益を増やして田畑を買い戻し、成人後間もなく「わが家の再興」に成功しました。

その後、その手法を生かし、発展させて近親者の家政再建、
若党として仕えた小田原藩家老服部家の財政の建て直し、
窮乏藩士救済のための金融互助組織「五常講」を設立、
さらに藩の年貢徴収用の斗枡の改良統一も達成します。
やがて、そのすぐれた発想と実践力が藩主大久保忠真から見込まれ、
財政難に苦しむ藩主の身内である旗本の野州(栃木県)桜町領の財政再建を託されます。

尊徳はこれを契機に村おこし、国づくりの仕事に邁進することになります。
桜町領再建は苦節10年の難事業でしたが、その成功はたちまち近隣の注目を集め、
諸領諸村からの仕法の要請が相次ぎ、復興事業や飢饉救済に多忙を極めます。
晩年には幕臣に取り立てられ、日光神領をはじめ一部幕府領の再建に総力をあげて取り組みますが、
かたわら優れた弟子たちを介して、諸家、諸領の復興指導も続けました。
安政3年、70歳でその生涯を終えるまで、報徳仕法の手ほどきを受けた地域は600か村に達したといわれています。



青木村(現:桜川市青木)は江戸時代初期から幕府領で、1708年(宝永5年)旗本川副氏の知行地となりました。
青木堰は古くから村の水田を潤してきた重要な施設でしたが、河川が急流であるため増水のたびに流され、
多大な改修費を要していました。
知行1500石余の小旗本であった川副氏は、やがて改修ができなくなり、
堰は壊れたまま放置されるようになりました。
その結果、水不足が慢性化し、米の収穫量は激減しました。

1831 年(天保2年)、青木村の名主である館野勘右衛門他37名は
村の救済を農政家である二宮尊徳に頼みました。
尊徳は、1833年(天保4年)、青木村復興事業の一つとして青木堰の建設に着手し、
元禄期に比べ工期も短く費用も半分以下に抑えるという他に例を見ない工法により青木堰を完成させました。



要するに、荒廃した青木村を二宮尊徳が再建したと言う事です。




この奥に顕彰碑があるようです。

      20170626ちょっと寄り道03

しかし、何故鳥居があるの?



こちらが、顕彰碑。

      20170626ちょっと寄り道04


      20170626ちょっと寄り道05

尊徳を祀る二宮神社が小田原とか、日光にあるから
顕彰碑が信仰の対象になっているのか?



小さな祠も数個在り、この地は信仰が厚い地なのかもしれない。

      20170626ちょっと寄り道06



道路沿いの、この一画だけが森のようになっていて
それらしい雰囲気がある。

      20170626ちょっと寄り道07


      20170626ちょっと寄り道08


      20170626ちょっと寄り道09



時代モノの赤錆びた遊具もあり、
昔から子供たちの遊び場でもあったようです。

      20170626ちょっと寄り道10



何やら、別な石碑を発見!

      20170626ちょっと寄り道11




よく見ると、『北関東自動車道開通記念碑』となっている。

      20170626ちょっと寄り道12

確かに、すぐ近くを高速道路が走っている。



高速道路建設にあたり、先祖代々から受け継いだ土地を提供した方の名が刻まれています。

      20170626ちょっと寄り道13

二宮尊徳の尽力によって豊潤な地と化した青木村でしたが
高速道路の建設で、仕方なく土地を手放した人もいるのでしょう。



それよりも個人的に気になったのが こちら 。

      20170626ちょっと寄り道14

コレって、オリエンテーリングのポストだよね?

っていうことは、この地区にオリエンテーリングのコースがある事になる。

今では、人気がなく、競技人口も少なくなってしまったオリエンテーリング。
過去(かなり昔の話ですが...............)何度かチャレンジしたけど、意外に楽しかった。
気軽に散歩、散策の延長として野山を駆け回ることになるから
びいすけ と、一緒に歩いたら楽しそう。

数年前から、そんなことを考えていました。


今年は、オリエンテーリングにもチャレンジしようかな...............?


2017/07/14 Fri. 14:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて...............大和西小学校青木分校跡 (2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけ、滝を見たり
茨城百景の碑を探したり、
加波山の中腹にある花の入公園を散策したりしていますが
本来の目的は、桜川市の廃校巡り。

その、第1弾は...............旧・大和村立大和西小学校青木分校


桜川市は、平成の大合併で平成17年の10月に
旧・真壁町、旧・岩瀬町、旧・大和村が合併して誕生した市です。


青木分校についての情報は乏しく、ネットで調べても
昭和42年に本校である旧・大和村立西大和小学校に統合されて
廃校になりました。

詳しい場所も分からないから、とりあえず目星を付けて
あとは現地で確認です。
Google mapで、桜川市青木周辺の航空写真で
それらしい跡地を探します。
一応、候補らしきモノを見つけ、現地で確認です。

その内の一つ、青木農村地区センター。

      20170626青木分校06

見た感じ、それっぽい。
300校以上の廃校、廃校跡を見てきたから
ちょっぴり自信があったんだけど...............

なかなか人が通らない中、自転車に乗った初老の男性を発見!

青木分校の事を訊ねたら、思い切り違う場所だった。




青木農村集落センターから100ほど離れたJA倉庫がある場所が
旧・大和村立大和西小学校青木分校跡でした。

      20170626青木分校01



廃校舎を倉庫に利用しているわけではなく
思い切り、倉庫。

      20170626青木分校02




見たまんま、倉庫。

      20170626青木分校03



先ほどの初老の男性の話では...............

まだ、廃校になる前に青木分校は放火で焼失してしまったらしい。
分校を建て直す費用と生徒数のバランスを考えて廃校にしたらしい。

      20170626青木分校04



複雑な大人の事情で廃校になり、跡地にはJAの倉庫が建てられたと言うことです。

      20170626青木分校05




せっかく探し当てた青木分校跡ですが、
学校遺構は全く残っていないし、分校の面影も無い。
確かに有効活用されているようだが、廃校の経緯を聞いたから
何と無く後味が悪い。

せめて記念碑の1本も建っていれば
少しはまた違った印象になったと思うのですが...............

ちょっぴり不完全燃焼状態なのは残念です...............。



2017/07/14 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

花の入公園 (2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


旧・筑波鉄道の樺穂駅跡をあとにして、向かった先は...............花の入公園



花の入公園は、 加波山中腹の自然の地形を活かして造られた公園で、
芝生の広場、四阿、遊歩道、石彫モニュメント、アスレチックなどが整備されています。


だいたいの位置はわかっていたんだけど、ナビには載っていない。
(ホンダ車の純正ナビって、そう言う事が多いと思うのは私だけ?)
ちょっぴり迷いながらも花の入公園に無事到着です。

      20170626花の入公園01


公園案内図で散策路を確認します。

      20170626花の入公園02



1985年に開催された.『つくば科学万博』のタイパビリオン(タイ友好交流センター)が
移築され,自由に見学することができます。
このタイ友好交流センターは,タイ政府が友好記念として桜川市(旧・大和村)に寄付したもので、
異国情緒豊な建物が印象的です。

      20170626花の入公園03


      20170626花の入公園04


      20170626花の入公園05



こちらは、日タイ交流記念の碑。

      20170626花の入公園06


      20170626花の入公園07

旧・大和村の名誉村民である総合病院の院長の延島市郎さんは、
昭和39年までの5年間で73人のタイ人留学生の保証人を引き受けました。
その功績を讃え、日本とタイの友好の証しとして
延島氏の故郷である旧・大和村に建物が寄贈されたと言うことです。



花の入公園は、加波山の自然を生かした公園。
そんなに広くはないけれど、ちょっとした森林公園。
森の中の散策路もあり、軽散歩も出来ます。

      20170626花の入公園08


ロングリードを車の中に忘れちゃったけど、 びいすけ のペースで歩きましょう。

      20170626花の入公園09


      20170626花の入公園10


      20170626花の入公園11


      20170626花の入公園12



四阿も二ヶ所設置され、休憩も出来ます。

      20170626花の入公園13



何と言っても1番のオススメは、なだらかな斜面の芝生広場。

      20170626花の入公園14


      20170626花の入公園15



芝生にゴロリン。
背中をスリスリ。

      20170626花の入公園16

お気に入り(?)の芝生では、びいすけ の恒例行事?


ムクッと起き上がり、背中をプルプルプル〜ゥ。

      20170626花の入公園17



アスレチックっぽい遊具も設置され、小さな子供も遊べます。

      20170626花の入公園18



そして、石の町『真壁』のお膝元。
石造りの動物のモニュメントも多い。

      20170626花の入公園19


      20170626花の入公園20


      20170626花の入公園21


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      20170626花の入公園24


      20170626花の入公園25


      20170626花の入公園26


つくば辺りで、降っていた雨も桜川市に来たら上がり
この花の入公園に来た頃には陽が射して来た。

梅雨の合間の晴れ?


お日様が顔を覗かせれば、気分も晴れてくる。

さてさて、桜川市の廃校巡りと行きましょう...............



2017/07/13 Thu. 16:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

白井不動の滝   (2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日  公休日


この日は、茨城県桜川市に出かけました。

主たる目的は、桜川市(旧・大和村域、旧・岩瀬町域)の廃校巡り。
たまたま、前日の25日に雨が降っていたから、
わずかな期待を持って、桜川市(旧・真壁町域)にある 白井不動の滝
立ち寄ってみました。



こちらが、白井不動の滝への入り口。

      20170626白井不動の滝01

右手の下り坂を進みます。


白井不動の滝は民家のすぐ脇。

斜面に建てられたお不動さんのすぐ奥(裏手と言う表現が適切か?)の川が
一気に落ち込む形の滝となっています。

      20170626白井不動の滝02

他の方のHP等で拝見すると、このお不動さんのある場所も
個人の私有地になるらしい。



お不動さんの石段手前からは、こんな感じで流れ落ちる様が確認できます。

      20170626白井不動の滝03



橋を渡った先は、民家の庭先になってしまうので
橋の上から眺めてみましょう。

      20170626白井不動の滝04



肉眼では上手く確認出来ない。

      20170626白井不動の滝05



270mmの望遠にて。

      20170626白井不動の滝06



お不動さんへ向かう導線から見るのと、あまり変わらない。

      20170626白井不動の滝07



足元に気をつけながら、河原に降りてみます。


正面から。

      20170626白井不動の滝08

白井不動の滝は2段になっている俗に言う段瀑。
上下2段を合わせると約10mほどの滝。

この日は、水量が少なく、上段の滝がイマイチ確認しづらい。



やっぱり、滝も構図が重要。

      20170626白井不動の滝09


      20170626白井不動の滝10


      20170626白井不動の滝11


      20170626白井不動の滝12


この時点での時刻は7時30分頃。

平日の朝早く、民家の庭先近くの河原に
犬連れの怪しいオジさんが居る! と通報されるのも嫌だから
適度に切り上げます。



お不動さんのさらに上の台地には鳥居があって、祠もある。

      20170626白井不動の滝13


      20170626白井不動の滝14


こちらは、弁財天のようです。

弁才天は、もともと河川の神=水の神という性格があるため
水辺に祀られる事が多い。
こちらの弁財天もこの滝があるから、祀られたのかも知れない。


先人の方のHP等を拝見すると、水量はもっと有ったみたい。
雨の翌日で、ちょっぴり期待していたから、
水量か少なくて、ちょっぴり残念でした。




2017/07/12 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit