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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

茨城百景 《 稲田御房 西念寺 》(2019年10月7日)(茨城県笠間市) 

10月7日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


数年前から追いかけている(って言うか碑を探している)茨城百景。
昭和25年に茨城県内の100の景勝地が『茨城百景』として選定されました。
選定された景勝地には、茨城百景の碑が建てられています。
(中には、碑が無くなってしまった景勝地もあります)

その茨城百景の地が笠間市には4ヶ所あると言う事です。
ネットで色々調べて、どうやら『茨城百景の碑』も現存しているようです。

ならば、百景の碑を探してみましょう。


笠間市の茨城百景は

笠間稲荷と左白山
笠間附近国宝社寺巡り
稲田御房西念寺
吾国山愛宕山ハイキングコース

この4ヶ所になります。


この日、『笠間稲荷と左白山』『笠間附近国宝社寺巡り』の2ヶ所は
無事、百景の碑を探し出す事が出来ました。

という事で、この日3ヶ所目となる茨城百景 『稲田御房西念寺』です。


浄土真宗の開祖にあたる親鸞聖人は、後鳥羽上皇による「承元の法難」で、
越後国府に流罪となりますが、建暦元年(1211年)に赦免の宣旨が下され、
その後、建保2年(1214年)になると、鎌倉幕府の有力御家人・宇都宮頼綱の弟で、
常陸国稲田郷の領主でもあった稲田九郎頼重に招かれ、彼の地に下向して草庵を開き、
東国での布教活動に専念しました。

西念寺は、親鸞聖人ゆかりの寺院です。浄土真宗の別格本山となります。
親鸞聖人は、健保2年(1214年)この地の領主の招きで草庵を築きました。
40代前半から60代前半までのおよそ20年間この地で暮らし、
常陸国、下野国、下総国への布教の拠点としました。
また、親鸞聖人はこの地で『教行信証』の執筆を始めたとされています。

また、境内にある銀杏の巨樹は、茨城県の天然記念物に指定されています。



国道沿いに建つ大きな看板。
立派な寺号標ですね。

      20191007茨城百景 西念寺01



この聖橋から参道が始まるようです。

      20191007茨城百景 西念寺02



禁制の掲示板。

       20191007茨城百景 西念寺03

特に犬連れ禁止等の触書きはないようです。



御影石の参道。

      20191007茨城百景 西念寺04
      20191007茨城百景 西念寺05
      20191007茨城百景 西念寺06




山門。

      20191007茨城百景 西念寺07



山門の扁額は山号。

      20191007茨城百景 西念寺08



山門前には由緒書き。

      20191007茨城百景 西念寺09



手水舎。

      20191007茨城百景 西念寺10



そして、本堂。

      20191007茨城百景 西念寺11



本堂に掲げられた扁額。

      20191007茨城百景 西念寺12



本堂前の天水桶。

      20191007茨城百景 西念寺13



太鼓堂。

      20191007茨城百景 西念寺14

天保14年(1843)年、により建立されたものです。
堂内には、直径2尺8寸(約84cm)の太鼓が置かれ、
法要の開催などを近在の人々へ伝える際に使用されたそうです。



御葉付銀杏 。

    20191007茨城百景 西念寺15
   20191007茨城百景 西念寺16

推定樹齢は300年以上(一説ではおよそ800年とされる)とされ、
幹回りは約7.5m、樹高約35m、 枝張約23m。
幹回りは茨城県内で最大であり、親鸞聖人自らの御手植えと伝わっているそうです。


御葉付銀杏の説明板。

      20191007茨城百景 西念寺17


      20191007茨城百景 西念寺18



鐘楼。

      20191007茨城百景 西念寺19



太子堂。

      20191007茨城百景 西念寺20


      20191007茨城百景 西念寺21



御頂骨堂

      20191007茨城百景 西念寺22



御頂骨堂の説明板。

      20191007茨城百景 西念寺23




こちらが、茨城百景の碑。

      20191007茨城百景 西念寺27


      20191007茨城百景 西念寺28

以前はJR水戸線の稲田駅前に建てられていたそうですが、
近年、西念寺の駐車場に移設されたそうです。

尚、『茨城百景 稲田御房 西念寺』の包括風景は、
板敷山大覚寺,石切山脈となっている。

いずれもこの場所からは離れていて、板敷山大覚寺は現在の石岡市になる。
いつか機会があれば、これらの包括風景も覗いてみたいものです。


そして、こちらが西念寺の御朱印。

      20191007茨城百景 西念寺29

宿坊の受付で御朱印の対応をしていただきました。



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2019/11/29 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 笠間附近国宝社寺巡り 》(2019年10月7日)(茨城県笠間市) 

10月7日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


数年前から追いかけている(って言うか碑を探している)茨城百景。
昭和25年に茨城県内の100の景勝地が『茨城百景』として選定されました。
選定された景勝地には、茨城百景の碑が建てられています。
(中には、碑が無くなってしまった景勝地もあります)

その茨城百景の地が笠間市には4ヶ所あると言う事です。
ネットで色々調べて、どうやら『茨城百景の碑』も現存しているようです。

ならば、百景の碑を探してみましょう。


笠間市の茨城百景は

笠間稲荷と左白山
笠間附近国宝社寺巡り
稲田御房西念寺
吾国山愛宕山ハイキングコース

この4ヶ所になります。


『笠間稲荷と左白山』の碑は無事探し出す事が出来たので
つづいては、『笠間附近国宝社寺巡り』の石碑を探します。

ネットの情報では、『笠間稲荷と左白山』の近く、
さほど離れていない場所に碑は在るとのことでした。


笠間城址の下屋敷跡(佐白山麓公園 )内にある旧美術館脇に碑は建っていました。

      20191007茨城百景 笠間附近の国宝社寺01


      20191007茨城百景 笠間附近の国宝社寺02

なぜ、この場所に?
タイトルは『笠間附近 国宝社寺巡り』。
どう考えても、社寺の近くではない。

包括風景は、
      楞厳寺
      弥勒寺
      大日堂
      仏頂山
      岩谷寺
      稲田神社

と、いずれもこの碑の建つ場所の近隣ではない。


う〜むと頭をひねりたくなるが
唯一訪れた包括風景の 稲田神社。

     20191007稲田神社01


     20191007稲田神社08


     20191007稲田神社10


いずれ、機会があれば他の社寺も訪れてみたいものです。





2019/11/26 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 笠間稲荷と左白山 》(2019年10月7日)(茨城県東笠間市) 

10月7日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


数年前から追いかけている(って言うか碑を探している)茨城百景。
昭和25年に茨城県内の100の景勝地が『茨城百景』として選定されました。
選定された景勝地には、茨城百景の碑が建てられています。
(中には、碑が無くなってしまった景勝地もあります)

その茨城百景の地が笠間市には4ヶ所あると言う事です。
ネットで色々調べて、どうやら『茨城百景の碑』も現存しているようです。

ならば、百景の碑を探してみましょう。


笠間市の茨城百景は

笠間稲荷と左白山
笠間附近国宝社寺巡り
稲田御房西念寺
吾国山愛宕山ハイキングコース

この4ヶ所になります。

先ずは、『笠間稲荷と左白山』の碑を探しましょう。


ネットの情報によれば、笠間稲荷駐車場の片隅に碑があるとか、
ホテル山乃荘(廃業)の前にあるとか、書かれている。


とりあえず、笠間稲荷の無料駐車場へと向かいます。

      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山04


駐車場に車を停めて、場内を徘徊します。


駐車場の片隅って言うか、ほとんど斜面に何やら石碑が建っている。

      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山01



ビンゴ!!

『茨城百景 笠間稲荷と左白山』

      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山02


      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山03



確かに、笠間稲荷神社の駐車場に建っているから
笠間稲荷には違いないけれど、
やっぱり、笠間稲荷の門前に建っていなきゃダメじゃないのかなて思っちゃうんだけど。


この茨城百景って言うやつは、包括風景なんてややっこしいものもあって
下手したら広範囲になってしまいます。

ちなみに『笠間稲荷と左白山』の包括風景は
左志能神社、佐白観音、笠間城址、大石内蔵之助邸址、萩の井 となっています。


左白山が笠間城址になり、佐白山の頂上に左志能神社が鎮座しています。
そして、笠間稲荷駐車場の先にある公園(佐白山麓公園 )が
笠間藩士の屋敷が在った所です。
また、駐車場の手前には、大石内蔵之助邸址が在ります。


では、一気に一部の包括風景も含めて軽くアップしちゃいましょう。



笠間稲荷神社。

     20191007笠間稲荷神社01


     20191007笠間稲荷神社02


     20191007笠間稲荷神社08


     20191007笠間稲荷神社14





大石内蔵之助邸址

      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山05


      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山06



笠間城址(佐白山麓公園 )

      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山07


      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山08


      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山09


   
これで、『茨城百景 笠間稲荷と左白山』クリアといたしましょう。


2019/11/25 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 石塚薬師と那珂西城址 》(2019年10日)(茨城県東茨城郡城里町) 

10月2日

この日は、茨城県の城里町に出かけました。

城里町には、茨城百景の選定地が二つあり
その一つは小松寺でした。
残るもう一つが、やはり旧・常北町域にある『石塚薬師と那珂西城址』



石塚薬師は、正しくは佐久山多聞院薬師寺と言うそうです。

延暦年間に坂上田村麻呂の創建になると伝えられ、
当初は、真言宗に属し浄瑠璃寺と称していました。
その後、文禄3年(1594年)天台宗に改宗し、薬師寺と称するようになりました。。

昭和32年(1957年)の石塚大火により
天文年間(1532-55)に建てられた寺院は焼失してしまいましたが、
本尊の木造薬師如来および両脇侍像(国重要文化財)は難を逃れ、
再建されたコンクリートの本堂裏の収蔵庫に納められているそうです。




こちらが、薬師寺。


石造りの山門。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址03

本堂の右側にあたるから、
こちらは本来の山門ではないのかも知れない。


こちらが、本殿の正面にあたる四脚門の山門。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址04



山号の扁額も掲げられています。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址05



参道。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址06



手水舎。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址07



薬師寺の説明板。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址15

まぁ、神社で言うところの由緒書きみたいなものですね。



こちらが、本堂。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址08



本堂に掲げられた扁額。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址09



本堂を覗き込むとこんな感じでした。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址10



やくしじには、木造の12体の神将像も安置されているそうです。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址11



こちらは多聞堂。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址12



こちらは弁天堂。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址13



境内の石仏。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址14





肝心の茨城百景の碑ですが、
薬師寺の向かいにある古びた神社(?)の境内らしき場所に
ひっそりと建っていました。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址01


      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址02




さて、碑に刻まれた那珂西城址ですが、
薬師寺からはちょっと離れた場所になります。
4kmぐらい離れているから、車でないとちょっと移動は辛い。


こちら那珂西城址でもある宝憧院。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址16



宝憧院は、応永03年(1396年)、智空上人により開山された真言宗豊山派の寺です。
元禄09年(1696年)徳川光圀が以伝僧正を中興開山として、この地に移したそうです。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址17



山門(四脚門)の脇には立派な土塁が残る。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址18



土塁頂部には城址碑。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址19

那珂西城址については後日、改めて深く突っ込みたいので
今回は軽くさらっと流しましょう。


土塁と空堀跡。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址20



土塁脇には説明板。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址21



以前、この場所にはお堂か何かが建っていたのだろうか?

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址22



こちらは、本堂。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址23



本堂に掲げられた扁額。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址24



境内の地蔵像。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址25



ここで、ふと疑問が..................

茨城百景が選定された昭和25年当時、同じ石塚町にあるのに
那珂西城址が選ばれたのだろう。
薬師寺から4km近く離れているし、
薬師寺の近くには、石塚城址もあったはず。

それだけ、当時の那珂西城址は風光明媚な場所だったのだろうか?







2019/11/11 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 小松寺 》(2019年10日)(茨城県東茨城郡城里町) 

10月2日

この日は、茨城県の城里町に出かけました。

数年前から追っかけているって言うか、
機会があれば訪れることにしている『茨城百景』。

その『茨城百景』が、ここ城里町にもあるという事で
茨城百景の碑を探しに来ました。


『茨城百景』は、昭和25年に茨城県観光審議会が選定した
茨城県内の100の景勝地のことです。
選定された景勝地には、『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探して百景の地を巡っている人もいるようです。
まぁ、私もその一人になるんですが..................

城里町の茨城百景は、昭和25年当時の小松村から1ヶ所、
石塚町から1ヶ所の計2ヶ所が選定されています。

先ずは、旧・小松村から選定された『茨城百景 小松寺』へ向かいます。



小松寺は、城里町にある真言宗智山派の寺院です。
山号は白雲山。院号は普明院。本尊は大日如来。
1180年(治承4年)平貞能が平重盛の遺骨を白雲山に葬り天台宗の寺院を建立し、
自ら出家して以典と号したとされています。
1387年(嘉慶元年)大掾頼幹が宥尊を招いて中興し真言宗の寺となったそうです。




こちらが、小松寺の入り口(山門)。

      20191002茨城百景 小松寺01



寺号標。

      20191002茨城百景 小松寺02



そして、茨城百景の碑。

      20191002茨城百景 小松寺03

百景の碑は山門の左側に建てられていました。


この碑を探すのも茨城百景巡りの楽しみの一つ。

      20191002茨城百景 小松寺04



では、小松寺をお詣りいたしましょう。

      20191002茨城百景 小松寺05



参道は杉の木立。
なかなか迫力あります。

      20191002茨城百景 小松寺06
      20191002茨城百景 小松寺07
      20191002茨城百景 小松寺08



唐門が見えてきました。

      20191002茨城百景 小松寺09



こちらが、唐門。

      20191002茨城百景 小松寺10



その説明板。

      20191002茨城百景 小松寺11



唐門の脇に置かれた鬼瓦。

      20191002茨城百景 小松寺12

以前の本堂に使われていたものでしょうか?




こちらが、本堂。

      20191002茨城百景 小松寺13



こちらが、観音堂。

      20191002茨城百景 小松寺14


その説明板。

      20191002茨城百景 小松寺15


本堂の裏手。
実は思い切りの勘違いを後で気がつきました。

      20191002茨城百景 小松寺16

てっきり、この場所が平重盛の墓だと思って、登った丘を下りてしまいました。
平重盛の墓は、この場所より更に上だったようです。
間際らしい場所に大きな碑が建っている、勘違いしちゃうよなぁ。




せっかくだから、御朱印も頂いていきましょう。
ご朱印はこちらで頂けます。

      20191002茨城百景 小松寺17



そして、こちらが小松寺の御朱印。

      20191002茨城百景 小松寺18

御本尊の如意輪観音です。


茨城百景の碑も見つけたし、御朱印も頂けた。
茨城百景『小松寺』、これでコンプリートです。
残念なのは、平重盛の墓地を間違えた事。

もし、再び機会があれば
その時は間違えずに訪れることにしよう。







2019/11/10 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 北浦の景観と水郷鉾田 》(2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市に出かけました。

数年前から追っかけているって言うか、
機会があれば訪れることにしている『茨城百景』。

その『茨城百景』が、ここ鉾田市にもあるという事で
茨城百景の碑を探しに来ました。


『茨城百景』は、昭和25年に茨城県観光審議会が選定した
茨城県内の100の景勝地のことです。
選定された景勝地には、『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探して百景の地を巡っている人もいるようです。
まぁ、私もその一人になるんですが..................

鉾田市の茨城百景は、『北浦の景観と水郷鉾田』という名称で
包括風景として『烟田城址』が指定されています。


碑のある場所は、おおよそ分かるのですが
なかなか行きづらい場所にあるようです。


この建物の建つ敷地内にあるそうです。

      20190915茨城百景01

そうです。学校です。


茨城県立鉾田第二高等学校の敷地内にあるそうです。

      20190915茨城百景02


廃校ならいざしれず、現役の高校だと、中々敷地内には入りづらい。

      20190915茨城百景03



事務室に声を掛けようと、中に入るも
この日は日曜日で事務室には人が居ない。

部活で登校している高校生に、声を掛けて中に入ります。
ネットの情報では、体育館裏のがけ近くに在ると言う。


体育館の裏手の崖。
フェンスの向こうに碑がありました。

      20190915茨城百景04


      20190915茨城百景05


残念ながら、碑は崖側が正面になり、碑文が読めません。

      20190915茨城百景07



しかし、独特な形状。
そして、側面に刻まれた茨城県知事の名前。

      20190915茨城百景06

これが茨城百景の碑で間違いないでしょう。



さて、その景観ですが................

      20190915茨城百景08

      20190915茨城百景09


茨城百景が選定されたのは、昭和25年。

その当時は、この場所から眺める鉾田の町並みも
今とは違っていただろうし、北浦の眺望も違っていたでしょう。

高台の場所だから、ちょっぴり期待しちゃったけど、
時代の流れは否めない。仕方のない事ですね。







2019/10/24 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 高浜の釣り場 》(2018年5月22日)(茨城県石岡市) 

5月22日

この日は、茨城県の小美玉市に出かけていました。

小美玉市からの帰り道。
石岡市を通過して、佐倉の自宅へと向かいます。
そう言えば、石岡市でも数ヶ所気になっていた場所がある。
せっかくだから、立ち寄って行きましょう。


と言うわけで、立ち寄った先はJR常磐線 高浜駅。
実は、この高浜駅前に茨城百景の碑が在ると言うことです。


駅前のロータリー(?)の片隅に碑を発見!

      20180522高浜の釣り場02



『 茨城百景 高浜の釣り場 』としっかり刻まれています。

      20180522高浜の釣り場01



碑の脇には、周辺の観光案内図。

      20180522高浜の釣り場03

ちょっと古いけれど、参考になります。


とにかく、釣り場と言うからには水辺。
水辺に行かなきゃ話にならない。
先程の地図によれば、近くに恋瀬川が流れ
それが、霞ヶ浦に流入している。
昭和20年代には、恋瀬川は格好の釣り場だったのでしょうか?


恋瀬川目指して歩いてみましょう。

      20180522高浜の釣り場04

初めての場所だから、匂い嗅ぎに夢中な びいすけ のペースに合わせ
恋瀬川方面へと進みます。

10分ほど歩けば、恋瀬川の堤防に出ました。

      20180522高浜の釣り場05



茨城百景が選定されたのが、昭和25年。
あれから、かなりの年月が経ったから景色も様変わりしている事でしょう。


恋瀬川に架かる、こんな橋も無かった事でしょう。

      20180522高浜の釣り場06


      20180522高浜の釣り場07



護岸も改修されて、きっと往時とは変わっているかと思うけれど、
これが、茨城百景 高浜の釣り場 です。

      20180522高浜の釣り場08



茨城百景全てを巡り切るのは、かなり難しいとは思うけれど
一つずつ、クリアしていければ良いなぁ...............。





2018/07/15 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 富谷観音 》(2018年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

旧・真壁町から旧・大和村、そして旧・岩瀬町へと桜川市内を移動してします。

鴨鳥五所神社をあとにして、向かったのは桜川市富谷地区。

実は、昨年の6月に、茨城百景の『謡曲桜川の桜と富谷観音』を訪れた時に
富谷観音の近くにある茨城百景の石碑を探しきれませんでした。
今回、富谷山の近くに来たこともあり、前回のリベンジ。
茨城百景の碑を探します。

茨城百景を追いかけている先人たちのブログをチェック。
その画像や記事から推測して、碑のある場所を推測して探します。

大まかな場所にあたりをつけ、車で徘徊して
見事に碑を発見!

急いで、車を降りて写真撮影です。

      20180216茨城百景 富谷観音01



碑には、小さく 謡曲桜川の桜と富谷観音 と刻まれ
大きく 富谷観音 と刻まれています。

      20180216茨城百景 富谷観音02

この碑を探していたんだよなぁ。


せっかくだから、裏面も撮っちゃいましょう(笑)。

      20180216茨城百景 富谷観音03


よくよく考えたら、茨城百景が制定されたのは昭和25年。
それを記念して設置された碑だから、当然設置される場所は
① ズバリ、その対象物の在る場所。
② その対象物へ行くための最寄りの交通機関の駅やバス停前。
③ その対象物へ行くための道沿い。

これらが考えられます。
昭和25年当時の旧道に碑が在るのは容易に考えられます。
しかし、その旧道の場所が分からないというジレンマはありますが...............


この場所も旧道だったようです。

      20180216茨城百景 富谷観音04

茨城百景の碑の近くに道標となる石碑がありました。


せっかく碑を見つけたんだから
このまま、別な場所に移動しちゃうのも芸がない。

何せ、碑が在るのは、富谷山の麓。
富谷山の中腹にある富谷観音まで
ハイキングコースが整備されているようです。

      20180216茨城百景 富谷観音05



この先はハイキングコースと言うか、
富谷観音の参道になるようです。

      20180216茨城百景 富谷観音06


      20180216茨城百景 富谷観音07


      20180216茨城百景 富谷観音08



麓から歩いて行くのは大変だから、
車でサッと富谷観音まで移動しちゃいます。


富谷観音は、正式には富谷山 小山寺と言います。
天平7年(735年)に聖武天皇の勅願により、
行基を開基として創立されたと伝えられています。
地元では「富谷観音」の愛称で親しまれています。
富谷観音の三重塔は相輪の銘によると、
寛正6年(1465)に多賀谷朝経が大旦那となり、
大工宗阿弥家吉とその息子によって建立されたもので、
国の重要文化財に指定されています。

      20180216茨城百景 富谷観音09



富谷観音の入口。

      20180216茨城百景 富谷観音10



境内の三重塔が国の重要文化財に指定されているから注目を浴びますが
こちらの楼門もそれなりに立派なモノ。

      20180216茨城百景 富谷観音11


      20180216茨城百景 富谷観音12


楼門に掲げられた扁額。

      20180216茨城百景 富谷観音13

悲しいかな、何と書いてあるか...............?
達筆すぎて、私には判別不能。



楼門の仁王像。

      20180216茨城百景 富谷観音14


      20180216茨城百景 富谷観音15



富谷観音(小山寺)には、文化財が多いようです。
さりげなく、楼門前には富谷観音の文化財の説明板。

      20180216茨城百景 富谷観音16



こちらは、手水鉢になるのだろうか...............?

      20180216茨城百景 富谷観音17


楼門の先は、急な石段。

      20180216茨城百景 富谷観音18


石段を上れば境内。


手水舎。

      20180216茨城百景 富谷観音19



こちらが本堂。

      20180216茨城百景 富谷観音21


別アングルからの本堂。

      20180216茨城百景 富谷観音20



さらに別アングルから。

      20180216茨城百景 富谷観音22



本堂の扁額。

      20180216茨城百景 富谷観音23

おそらく、山号だと思うのだけれど、『富谷山』には見えない。
字数も合わないし...............。



こちらは、本堂の左右に飾られた扁額。

      20180216茨城百景 富谷観音24


      20180216茨城百景 富谷観音25



境内と言うか、本堂背後の斜面に祀られた大黒堂。

      20180216茨城百景 富谷観音26



中には大黒天がしっかりと祀られています。

      20180216茨城百景 富谷観音27


こちらは、弁財天。

      20180216茨城百景 富谷観音28

大黒天、弁財天と来たら七福神?
でも他にも七福神らしき影も無い。


こちらが、国指定文化財の三重塔。

      20180216茨城百景 富谷観音29


      20180216茨城百景 富谷観音30


      20180216茨城百景 富谷観音31



鐘楼。

      20180216茨城百景 富谷観音32




桜川市の指定天然記念物。
小山寺の大杉。

      20180216茨城百景 富谷観音33
      20180216茨城百景 富谷観音34


      20180216茨城百景 富谷観音35



基本は神社派ですが...............
せっかく訪れた富谷観音( 小山寺 )。
御朱印をいただく事に。

      20180216茨城百景 富谷観音36


富谷観音の御朱印は、同じ桜川市の月山寺でいただく事が出来ます。

御朱印もいただいたし、茨城百景の碑も見つけることが出来たから
これで本当に『茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音』が制覇出来ました。




2018/04/03 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 峰寺山 (2018年1月18日)(茨城県石岡市) 

1月18日

この日は、茨城県の石岡市に出かけました。

石岡市にも茨城百景の地は何ヶ所かあるのですが
何せ平成17年に旧・八郷町と合併したから、石岡市も広い。

旧・八郷町域には、茨城百景の一つである『峰寺山』があります。

昭和25年に選定された茨城百景。
その一つである『茨城百景 峰寺山』。
そもそも峰寺山は、茨城県石岡市の北西部にある標高379.6mの山です。
石岡市と桜川市の境付近を南北に連なる筑波連山北部の支峰の一つで、
弁天山の東に位置しています。

峰寺山の中腹には、天台宗の古刹西光院とレジャー施設の東筑波ユートピアがあります。
西光院は「関東の清水寺」と呼ばれ、懸造の本堂からは八郷盆地を一望することができます。
また、東筑波ユートピアは猿を中心とした動物公園として知られているそうです。


茨城百景の碑は、西光院の境内に在ると言うことなので
とりあえず、西光院を訪れてみます。

峰寺山の中腹にある西光院。
曲がりくねった道を車を走らせ到着します。

      20180118茨城百景峰寺1



山の中腹にある古刹だから、しっかりとした山門があるのかと思えば
山門は質素なモノ。

      20180118茨城百景峰寺02


山門の脇には、何やら注意書き。

      20180118茨城百景峰寺04


更には、 びいすけ にとっては追い打ちを掛ける非常な注意書き。

      20180118茨城百景峰寺05


仕方がないから、 びいすけ はココまで。

      20180118茨城百景峰寺06

駐車場に停めた車の中で留守番です。


崖に建つ本堂。

      20180118茨城百景峰寺07

ここからの眺望が茨城百景にあたるらしいが
基本的には撮影禁止。

住職さんの奥さんに撮影禁止と言われましたが
『茨城百景を追いかけていて、石碑諸々を撮りに来ました』と言って
今回だけ、許可を頂きました。


こちらが、茨城百景の碑。

      20180118茨城百景峰寺08


『茨城百景 峰寺山』と刻まれています。

      20180118茨城百景峰寺09



庫院の庇にも、手作りの碑(?)。

      20180118茨城百景峰寺10


過去に、観光目的のみで訪れる人が多く
現在は、その眺望を撮影する事が禁止されてしまっています。
確かに、この地は寺院であり.参拝が本来の目的のはずだと言うのは分かるのだが...............。

寺院等の社寺仏閣を百景の地と選定するのは
今の御時世では、無理があるのかも知れないなぁ...............




2018/03/05 Mon. 14:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 山の荘 (2018年1月18日)(茨城県土浦市) 

1月18日

この日は、茨城県の石岡市に出かけました。

千葉県から利根川を渡り、利根町→龍ケ崎市→牛久市→土浦市と抜けて
朝日峠の朝日トンネルを抜ければ石岡市。

朝日トンネルの手前の 小町の里 で小休止。
確か、この近くに 昭和27年に廃校になった山ノ庄村立小野小学校が何処にあるはず。
その場所を調べるのも良いかな?と思ったけれど
冬の田舎の朝の8時半、出歩いている人は誰もいない。

9時近くになって、小町の里 の職員の方が見えられたけど
誰もそんな昔(昭和27年)の事は知らない。

そう言えば、近くの 日枝神社 に茨城百景の碑が在ると聞き
日枝神社に行ってみました。

そもそも茨城百景と言うのは、昭和25年に茨城県観光審議会が選定した
茨城県内の100の景勝地のことです。


茨城百景 山ノ荘 は、包括風景として、清滝観音堂 東城寺 向上庵 御経塚 
駒ケ滝 日枝神社が含まれます。



こちらが、日枝神社の社号標。

      20180118茨城百景山の荘01


      20180118茨城百景山の荘02



そして、一の鳥居。

      20180118茨城百景山の荘03


木々が生い茂り、社殿まで続く長い参道。

      20180118茨城百景山の荘04



この長い参道を利用して、日枝神社の流鏑馬が行われるようです。

土浦の日枝神社の流鏑馬祭は、山ノ荘地区の平和と五穀豊穣を祈願したもので、
毎年4月第1日曜日に行われているそうです。
この流鏑馬は、村人に害をなした大猿を
領主と弓の達人が退治したという室町時代の伝承を基にしたもので、
物語性を持つ珍しい流鏑馬だそうです。

御輿御渡所。

      20180118茨城百景山の荘05


その先には、三の矢場。

      20180118茨城百景山の荘06



二の矢場。

      20180118茨城百景山の荘07



そして、一の矢場。

      20180118茨城百景山の荘08


参道に建てられた日枝神社の説明板。

      20180118茨城百景山の荘09


参道からの二の鳥居。
奥には日枝神社の社殿。

      20180118茨城百景山の荘10



参道の左脇に、茨城百景の碑を発見。

      20180118茨城百景山の荘11


見慣れた茨城百景の碑とは、ちょっと違う。

      20180118茨城百景山の荘12

碑文によれば、本来の茨城百景の碑は、本来は別の場所に在ったらしい。
道路拡張時に誤って破損してしまったらしい。
地元の有志が、この場所に新しい 茨城百景の碑 を記念碑として建てたらしい。


この場所は、日枝神社の境内。
確かに、茨城百景 山ノ荘 の包括地区に日枝神社も盛り込まれているから
この場所に碑が建てられても間違いではない。


日枝神社の流鏑馬の説明板。

      20180118茨城百景山の荘13


その脇には、流鏑馬祭の記念碑。

      20180118茨城百景山の荘14



こちらが手水舎。

      20180118茨城百景山の荘15



二の鳥居。

      20180118茨城百景山の荘16


金網のフェンスに囲まれた茨城県指定の伝統工芸品である石灯籠。

      20180118茨城百景山の荘17



さらには、日枝神社の沿革の刻まれた碑。

      20180118茨城百景山の荘18



狭い境内には、石版や碑が多い。

      20180118茨城百景山の荘19



こちらが拝殿。

      20180118茨城百景山の荘20


      20180118茨城百景山の荘21



別アングルからの拝殿。

      20180118茨城百景山の荘23


見た感じ本殿のようにも見えるけど、おそらく神楽殿。

      20180118茨城百景山の荘22


      
拝殿の奥にある本殿。

      20180118茨城百景山の荘24



本殿の飾り彫刻。

      20180118茨城百景山の荘25


こちらが社務所。

      20180118茨城百景山の荘26

現在は、無住の社務所。
宮司さんも離れた隣の集落に住んでおられるということで
社務所は、パラグライダーの事務所として使われているようです。


小町の里 で見せてもらった新治村史によれば、
かつて、日枝神社の参道近くに、山ノ荘村立小野小学校が在ったらしい。
宮司さんが居れば、詳しい場所が聞けたかも知れないし
ひょっとしたら、日枝神社の御朱印もいただけたのかも知れない。

ちょっぴり残念...............。



2018/03/03 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 新利根川の釣り場 》 (2017年11月11日)(茨城県稲敷市) 

11月11日  

茨城県の稲敷市に出かけたこの日。

稲敷市にある 茨城百景 《新利根川の釣り場 》に立ち寄ってみました。


稲敷市から千葉県の神崎町へと続く県道107号線。
新利根川に架かる幸田橋の袂。

      20171111 新利根川の釣り場01



茨城百景の碑が在りました。

      20171111 新利根川の釣り場02



こちらが、茨城百景の碑。

      20171111 新利根川の釣り場03


      20171111 新利根川の釣り場04


      20171111 新利根川の釣り場05



茨城百景 《 新利根川の釣り場 》の名が示す通り
この辺りは格好の釣り場のようです。

      20171111 新利根川の釣り場06


休日(土曜日)の長閑な午後、釣り糸を垂らす太公望も意外に多い。

      20171111 新利根川の釣り場07


      20171111 新利根川の釣り場08


      20171111 新利根川の釣り場09


      20171111 新利根川の釣り場10


あいにくの曇り空ですが...............

長閑な休日を感じさせる風景です。






2017/12/27 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 阿波の大杉神社 》 (2017年11月11日)(茨城県稲敷市) 

11月11日

この日は、茨城県の稲敷市に出かけました。

稲敷市にある大杉神社。
この大杉神社は茨城百景の一つ、
《阿波の大杉神社》として選定されています。


大杉神社の創建は、神護景雲元年(767年)と伝えられています。
豪奢な社殿を擁することから「茨城の日光東照宮」の異名があり、
『アンバ様』の愛称でも親しまれているそうです。

大杉神社は、かつて「アンバ神」あるいは「アンバに坐す神社」と称されていて、
後に神霊が巨杉に宿ることから「大杉神社」と称されるようになりました。
しかし、多くの人々は愛着を込めて『アンバ様』と称するようになったそうです。

「アンバ神」は房総半島北部域から茨城県東南部一帯を支配していましたが、
後に「悪魔祓のアンバ様」と称されるようになり、生活万般の厄難を消除する御利益から、
厄除・八方除、星除、空亡除(天中殺、大殺界除)の神様として、
また、日本唯一の夢むすび大明神であり、夢叶えの神社として、
多くの人がお詣りに訪れるそうです。

関東や東北地方に分布する約670社を数える大杉神社の総本社であるそうです。



大杉神社の麒麟門の前に、茨城百景の碑は在ります。

      20171111阿波の大杉神社01


こちらが、茨城百景の碑。

      20171111阿波の大杉神社02

   

      20171111阿波の大杉神社03



麒麟門。

      20171111阿波の大杉神社04

平成22年に完成した二階建ての楼門です。




麒麟門の扁額。

      20171111阿波の大杉神社05

「夢顕」と読むらしい。
大杉神社が日本で唯一の夢むすび大明神の異名を持ち、
多くの人々の夢(願い)を顕現したことに由来するそうです。



こちらが、大杉神社の一の鳥居。

      20171111阿波の大杉神社06


鳥居に掲げられた神額。

      20171111阿波の大杉神社07



鳥居の脇には狛犬の代わりか?
かない天狗。

      20171111阿波の大杉神社08

『夢が叶う』をもじっているのでしょう。



こちらが拝殿。

      20171111阿波の大杉神社09



拝殿の扁額には『大杉殿』と記されています。

      20171111阿波の大杉神社10



こちらは、神楽殿。

      20171111阿波の大杉神社11


      20171111阿波の大杉神社12




麒麟門。

      20171111阿波の大杉神社13

背面から見ても煌びやか。
「茨城の日光東照宮」と言われる由縁でしょうか?



この大杉神社、分社も多い。

      20171111阿波の大杉神社14


こちらが、その代表格。
大国神社。金運・財運の神様です。

      20171111阿波の大杉神社15

金運に七福神で有名な大黒天が祀られています。



御神木の三郎杉。

      20171111阿波の大杉神社16 


         20171111阿波の大杉神社17
      20171111阿波の大杉神社18



拝殿脇には、撫桃。

      20171111阿波の大杉神社19


桃の形をした石。

      20171111阿波の大杉神社20

撫でると厄難が解消されると言われているそうです。



旧・護摩堂。

      20171111阿波の大杉神社21


寛政10年(1798)の大火災で消失した本殿の代わりに
一時期、仮本殿としていたらしい。
当時は藁葺き屋根でしたが、現在は瓦屋根。

      20171111阿波の大杉神社22



大杉神社の敷地内にある『最勝稲荷神社』。

      20171111阿波の大杉神社23

大杉神社にある多くの分社に一つ。
何とも言えないネーミング。
最強の稲荷神社でしょうか?


鳥居の神額。

      20171111阿波の大杉神社24



立ち並ぶ朱色の鳥居。

      20171111阿波の大杉神社25

プチ伏見稲荷?


最勝稲荷神社の本殿。

      20171111阿波の大杉神社26


      20171111阿波の大杉神社27


個性の強そうな狛犬ならぬ狛狐。

      20171111阿波の大杉神社28



最勝稲荷神社の隣には『勝馬神社』。

      20171111阿波の大杉神社29


祠の中には馬の像。

      20171111阿波の大杉神社30


祠の扁額。

      20171111阿波の大杉神社31


多くの蹄鉄が奉納されています。

      20171111阿波の大杉神社32

この勝馬神社は多くの競馬関係者がお詣りに来るらしい。
何と言っても中央競馬会の美浦トレーニングセンターは隣町(美浦村)にある。
厩舎の人も神頼み?


意外な発見もある大杉神社。

なりほど...............
厄祓いの神様だけでなく、勝負運の神様でもある訳です。

大杉神社、侮れません。





2017/12/25 Mon. 15:48 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 江戸崎の景観 》 (2017年11月11日)(茨城県稲敷市) 

11月11日

この日は、茨城県の稲敷市に出かけました。

昨年から追っかけている茨城百景。
ここ稲敷市にも何ヶ所か在るので、稲敷市の茨城百景を巡ってみました。

稲敷市は、平成17年に江戸崎町・新利根町・東町・桜川村が合併し誕生しました。
旧・江戸崎町にある 茨城百景 《江戸崎の景観》に向かいました。


県道49号の旧道、江戸崎総合高校近く。
こちらが、茨城百景 《江戸崎の景観》の地。

      20171111江戸崎の景観01



茨城百景の碑の前で。

      20171111江戸崎の景観02



しかし...............


碑のすぐ隣にユンボが無造作に置かれている。

      20171111江戸崎の景観03

碑の在る場所が工事中?


この場所は高台の地になる。
碑の背後の江戸崎の地の景観。

      20171111江戸崎の景観04

眼下に広がるのは稲波干拓。
その昔、干拓される前は榎ヶ浦と言われていた湖だったそうです。

開拓され、水田が広がりますが
秋には稲穂が黄金色になったんでしょうね。

      20171111江戸崎の景観05


      20171111江戸崎の景観06


      20171111江戸崎の景観07



この地は、江戸崎八景の地でもある。

      20171111江戸崎の景観08


それにしても、工事車両のユンボが邪魔。
この日は工事が行われていなかったけれど
一応、観光地(?)の筈。
ユンボの置きっ放しはまずいんじゃない?








2017/12/24 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 鹿島神宮の景勝地 》 (2017年10月4日)(茨城県鹿嶋市) 

10月4日 公休日

この日は茨城県の鹿行地区に出かけました。

潮来市から鹿嶋市へ移動し、鹿嶋市のマンホールカードを入手した後に
向かった先は...............茨城百景 《 鹿島神宮の景勝地 》


個人的に追いかけている茨城百景。
昭和25年に茨城県内の100の景勝地を『茨城百景』として選定しました。
選定された景勝地には、茨城百景の碑が建てられています。
(中には、碑が無くなってしまった景勝地もありますが...............)

そんな訳で、『茨城百景 鹿島神宮の景勝地』の碑は
以前、訪れたことのある塚原卜全の生誕の地に在ります。

鹿島神宮の近くであり、鹿島神宮駅からも近い位置にある公園。
そちらが、鹿島神宮の景勝地だったようです。

      20171004茨城百景鹿島神宮01



茨城百景の地よりも、塚原卜全の生誕の地として知れ渡っているようです。

      20171004茨城百景鹿島神宮02



『塚原卜全公園』だと思っていたら、違っていた。
正式には、『鹿詰公園』と言うらしい。

      20171004茨城百景鹿島神宮03



こちらが、茨城百景の碑。

      20171004茨城百景鹿島神宮04



公園の隅にひっそりと建っています。

      20171004茨城百景鹿島神宮05



そして、茨城百景の碑の隣には、塚原卜全についての説明板。

      20171004茨城百景鹿島神宮12



なぜか、この小さな公園には碑が多い。


こちらが、公園の竣工記念の碑。

      20171004茨城百景鹿島神宮06



そして、この公園のメインとも言える『塚原卜全の像』。

      20171004茨城百景鹿島神宮07


      20171004茨城百景鹿島神宮08



像の隣に建っている碑によれば
塚原卜全の像は、生誕五百年を記念して建立されたモノらしい。

      20171004茨城百景鹿島神宮09



そして、一際大きな碑。

      20171004茨城百景鹿島神宮10

かなり古い碑とは思うけど、碑文が良く読めない。
結局、何の碑かはわからない。



そして、なぜかこの公園にも野口雨晴の詩碑。

      20171004茨城百景鹿島神宮11

やはり、地元・茨城県が生んだ著名な童謡作家だからなんだろうか?



      
肝心の茨城百景の景勝地ですが.................
昭和25年にはこの辺りには何もない原っぱか何かだったのだろう。

でも、現在はと言えば
すっかり様変わりしてしまったことでしょう。
宅地開発され、鹿島神宮の方角には数件の住宅が建っています。

      20171004茨城百景鹿島神宮13


      20171004茨城百景鹿島神宮14




まあ、ここから鹿島神宮は近いから
のんびり歩いてみましょう。



参道で見かけた七福神の布袋尊。

      20171004茨城百景鹿島神宮15


      20171004茨城百景鹿島神宮16


すぐ近くには、サッカーボールの碑。

      20171004茨城百景鹿島神宮17

これは地元のサッカークラブ、鹿島アントラーズからの寄贈品。
Jリーグ創設時からの名門であり、強豪クラブである鹿島アントラーズの
長きに渡る栄誉が讃えられています。

そう言えば、鹿島アントラーズのマスコットキャラクターの『しかお』は
鹿島神宮の鹿をモチーフにしたらしい。




平日だから、鹿島神宮に訪れる人も少なく
参道はひっそりとしています。

      20171004茨城百景鹿島神宮18




参道の先は鹿島神宮。

      20171004茨城百景鹿島神宮19


      20171004茨城百景鹿島神宮20

鹿島神宮には神聖な鹿も居て、境内のペットの立ち入りはNG。

参拝したかったけれど、 びいすけ を置いてまで参拝する気にはなれず
鳥居の前で、二拍二礼をして離れることにいたしました。





2017/10/31 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 水郷潮来 》 (2017年10月4日)(茨城県潮来市) 

10月4日 公休日

この日は、茨城県の鹿行地区に出かけました。


茨城百景 水郷牛堀 をあとにして、向かった先は...............茨城百景 水郷潮来


昭和25年に選定された茨城百景。
茨城県内の100の景勝地を選定して、『茨城百景』としました。

水郷の町として名高い潮来も茨城百景に選定されています。
以前、訪れた 稲荷山公園 が茨城百景の選定地であり、
公園内に百景の碑が建っています。

今回、改めて稲荷山公園に訪れてみました。

      20171004茨城百景潮来01



こちらが、茨城百景の碑。

      20171004茨城百景潮来02


      20171004茨城百景潮来03



稲荷山公園は水郷の郷を見下ろすように高台にあり、
その名が示すように稲荷神社もあります。

ちょっとした四阿もあって休憩も出来ます。

      20171004茨城百景潮来04



四阿の脇から眺望は開けています。

      20171004茨城百景潮来05

ただし、この日は曇り空。
この方向に富士山が見えるようですが...............
やっぱり今日も無理。


敷地の一角に建つ展望台。

      20171004茨城百景潮来06


当然、展望台へも上がります。
富士山は、この先にあるのですが
やはり、厚い雲で見えない。

      20171004茨城百景潮来07

一応、この場所も『関東の富士見百景』の地なんだけどなぁ。



眼下に広がる水郷の町、潮来。

      20171004茨城百景潮来08


      20171004茨城百景潮来09


      20171004茨城百景潮来10




展望台の前に建つ石碑。

      20171004茨城百景潮来11

中山晋平 と 野口雨晴 の詞碑。


こちらは、中山晋平と野口雨晴の詞碑の建立記念の碑。

      20171004茨城百景潮来12

中山晋平は多くの童謡・流行歌・新民謡などを残した作曲家です。

一方、野口雨情は多くの名作を残し、北原白秋、西條八十とともに、
童謡界の三大詩人と謳われた詩人であり、童謡・民謡作詞家でもありました。
名作である童謡『赤い靴』は、野口雨晴の作詞とされています。







稲荷山公園の名の語源となった稲荷神社。

      20171004茨城百景潮来13


      20171004茨城百景潮来14


      20171004茨城百景潮来15



本殿奥の高い2本の杉が御神木。

      20171004茨城百景潮来16



潮来ってまともに観光したことは無かったし
正直、この時点では大したことの無い町だと思ってました。

後に、チョットしたショックと言うか、
驚かされる現実を目の当たりにするんだけど
(ちょっぴり大袈裟かな?)(笑)
それは、また何れかの機会にでも...............。





2017/10/28 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 水郷牛堀 》 (2017年10月4日)(茨城県潮来市) 

10月4日 公休日

10月最初の公休日。
早いもので、今年もあと3ヶ月を切りました。

休みの前に、色々と出かける計画は立てているものの
朝起きたら雨とか、昼から雨が降るなんて言う天気予報だと
心が折れて、出かけるのを躊躇して腰が重くなっていた昨今。
半月(?)振りに霞ヶ浦界隈に出かけることにしました。


曇り空の中、朝6時に自宅を出発。
向かった先は茨城県の潮来市。
そして、訪れたのは...............茨城百景 水郷牛堀


個人的に茨城県の景勝地である茨城百景を追いかけています。
百景の地を訪れ、その景観を眺めるのも当然ですが
茨城百景の碑を探し当てるのも、追いかけてみると楽しみの一つになっています。

ただ、昭和25年に選定された茨城百景。
その後67年が経ち、往時とは景観も変わり
選定記念に建てられた茨城百景の碑も現存しない所も在るようです。

さて、茨城百景 水郷牛堀 ですが...............

江戸時代に日本全国を歩き回った葛飾北斎は富嶽三十六景を描き残しました。
その中の1枚である『常州牛堀』は、権現山からの風景であり、
北斎が『常州牛堀』を描いた場所と言われています。
現在、権現山は権現山公園として市民に開放され、
天気の良い日には、筑波山と富士山を同時に見ることができるそうです。
公園には展望台があり、そこから北斎が目にしたは富嶽三十六景富岳の景色を
偲ぶことが出来るそうです。


こちらが公園入口、

     20171004茨城百景牛堀01


そして、案内板。

      20171004茨城百景牛堀02

実は、この権現山公園に来るのは2回目。
潮来市の公園巡りをしている時に訪れました。
それ以前は、桜の名所だと言うことぐらいしか知らなかった。


桜の名所だけあって、駐車場脇には綺麗目な芝生に桜の木々。

      20171004茨城百景牛堀03



展望台近くに茨城百景入選記念碑。

      20171004茨城百景牛堀04

百景に碑じゃなくて、入選記念碑って言うのが他の百景の地と変わっています。


入選記念碑の前で一枚、パチリ☆。

      20171004茨城百景牛堀05



入選記念碑の隣には、『きずな之像』。名誉市民 森内捷夫氏の像。

      20171004茨城百景牛堀06


旧・牛堀町の町長を務め、潮来市の名誉市民である森内捷夫氏の碑。

      20171004茨城百景牛堀07

『きずな之像』に並ぶように建っています。




これらの碑の正面には、展望台。

      20171004茨城百景牛堀08



筑波山や富士山も見えると言うことですが
生憎の曇り空。

      20171004茨城百景牛堀09



霞ヶ浦を見渡せるこの景色が、『 富嶽三十六景 常州・牛堀 』なんですね。

      20171004茨城百景牛堀10


      20171004茨城百景牛堀11

実は、この地は『 関東の富士見百景 』の一つであるが
例の碑が見当たらない。


公園内を移動しましょう。

      20171004茨城百景牛堀12



潮来の市街地方面も曇り空。

      20171004茨城百景牛堀13



びいすけ は、やっぱり芝生広場かな?

      20171004茨城百景牛堀14



芝生の感触を確かめるかのようにゆっくりと徘徊。

      20171004茨城百景牛堀17



そして、芝生の匂いを必死に嗅いで...............

      20171004茨城百景牛堀19




いきなりのごろ〜ん。

      20171004茨城百景牛堀18


      20171004茨城百景牛堀15


      20171004茨城百景牛堀16


地面に背中を擦り付けてスリスリ。
気持ち良いのかなぁ?      


    
見た感じ、綺麗な芝生広場。

      20171004茨城百景牛堀20

春には満開の桜の花が待っている。
その頃に、もう一度来てみるかな...............。






2017/10/27 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 御前山 》 (2017年9月14日)(茨城県常陸大宮市) 

9月14日 公休日

この日は、茨城県の常陸大宮市に出かけました。


常陸大宮市に那珂川を挟んで隣接する城里町に
茨城百景があると知り訪れてみました。


常陸大宮市から那珂川大橋を渡り、城里町に入った辺りから
眼前に見えるのが、 茨城百景 御前山


茨城百景の碑は、那珂川大橋の近くに在るとのことですが
その辺りに駐車場は無いので、御前山の近くにある、
道の駅『かつら』の駐車場をお借りしちゃいましょう。

      20170914l茨城百景 御前山01


ついでに、ちょっぴり小腹も空いたから
休憩でもしちゃいましょう。

って思っていたら、屋外の売店はちょうど閉店作業中。
16時に店終いのようです。
残念!

      20170914l茨城百景 御前山02


      20170914l茨城百景 御前山03



気を取り直して、茨城百景の碑を探しに行きます。
茨城百景の碑は、御前山バス停近くの斜面に建っているらしい。


バス停、発見!

      20170914l茨城百景 御前山04


近くの斜面に目を移し、茨城百景の碑を探します。

時期が悪いのが?
それとも常陸大宮市の在る場所が悪いのか?
伸びている雑草や木々の茂みに隠れて
肝心の碑が良く見えません。

      20170914l茨城百景 御前山05

画像では見づらいですが、この茂みの中に碑があるのは間違い無い。
うっすらと丸っぽい碑が見えるんだよなぁ...............
よっぽど、日頃の行いが良くないのか?(笑)



碑の建っている斜面の背後が御前山。

      20170914l茨城百景 御前山06

この日は、すでに16時過ぎ。
さすがに、これから山に向かうのは気がひける。


近くの那珂川近辺を散策いたしましょう。

      20170914l茨城百景 御前山07



那珂川大橋越しに眺める御前山。

      20170914l茨城百景 御前山08



那珂川大橋からの那珂川。

      20170914l茨城百景 御前山09



橋の欄干の隙間から覗き込む びいすけ 。

      20170914l茨城百景 御前山10



本当は水が怖いくせに(笑)

      20170914l茨城百景 御前山11



那珂川の河原に降りてみました。

鮎釣りに興じる人もそれなりに居る。

      20170914l茨城百景 御前山12


      20170914l茨城百景 御前山13



御前山のハイキングコースの途中に滝もあるらしいから
本当は御前山のハイキングコースを歩いてみたかったんだけど
今回は断念。

次回にでも、しっかりと茨城百景の碑を確認して
滝の流れでも眺めることにしよう。






2017/10/22 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 鷲尾山と三浦杉 》 (2017年9月14日)(茨城県常陸大宮市) 

9月14日 公休日

この日は茨城県の常陸大宮市に出かけました。

常陸大宮市には、廃校巡りが目的で訪れましたがら
せっかく茨城県に来ているんだから、茨城百景の一つでも
立ち寄ってみないと常陸大宮市に来た意味が無い。

と言うわけで、久しぶりに訪れた茨城百景。

茨城百景 鷲尾山と三浦杉



茨城百景のタイトルでもある三浦杉。

久寿2年(1155年)、相模国の三浦大介義明が勅命により下野国・那須野へ
九尾の狐退治に行く途中で吉田八幡神社に植えた杉のことです。
「われ冥護により よく武運を果し 心願を成就せば この杉 天にそびえよ」
(神のご加護により、武士としての使命を果たし、願いが叶うなら、この杉、天にそびえよ。)
と言ったそうです。
そして、見事に悪狐を退治することが出来ました。
ちなみに、その場所が那須の殺生石のある場所になるそうです。
当初は、この杉を『鎌倉杉』と呼んでいたそうですが、
水戸藩主・水戸光圀が『三浦杉』と改称したそうです。




こちらが『三浦杉』のある吉田八幡神社。

      20170914鷲尾山と三浦杉01

吉田八幡神社は、大同2年(807年)に創建されました。
当初は「八幡神社」としていましたが、
徳川光圀公が「吉田神社」と改め、
昭和12年に「吉田八幡神社」と改称されました。


参道に続く鳥居。

      0170914鷲尾山と三浦杉02


参道には鬱蒼と巨木の杉が立ち並びます。

      0170914鷲尾山と三浦杉03



こちらが、二の鳥居。

      0170914鷲尾山と三浦杉04



そして、鳥居の扁額(神額)。

      0170914鷲尾山と三浦杉05



二の鳥居をくぐって、さらに石段を上れば
明らかに周りの杉の木とは違うオーラを発する杉の巨木。
これが、三浦杉。

      1234


吉田八幡神社の本殿へと続く石段の手前に柵があり
一般客は、これ以上先へは進めません。
どうやら、三浦杉の枯れ枝が落下して怪我をしないようにとの理由らしい。

一応、吉田八幡神社の本殿は、常陸大宮市の指定文化財になっているから
どんな感じなのか?
見てみたかったなぁ...............。

      0170914鷲尾山と三浦杉07



柵の位置から見上げる三浦杉。
石段右側の三浦杉。

      0170914鷲尾山と三浦杉08



石段左側の三浦杉。

      5678



パノラマとはいかないけれど
何枚かに分けて撮ってみました。

           0170914鷲尾山と三浦杉12
        0170914鷲尾山と三浦杉11
      0170914鷲尾山と三浦杉10




根元には手書きの看板。

      0170914鷲尾山と三浦杉13



石碑もありますが、柵があって近寄れない。

      0170914鷲尾山と三浦杉14



吉田八幡神社の近くに、茨城百景の碑が在ると言うことなので、
参道を下って行きます。

      0170914鷲尾山と三浦杉15


      0170914鷲尾山と三浦杉16



周辺を探し回って、碑を見つけました。

      0170914鷲尾山と三浦杉17



こちらが、茨城百景の碑。

『 茨城百景 鷲子山と三浦杉 』

      0170914鷲尾山と三浦杉18



吉田八幡神社から、バイパスを渡り、旧道との交差点に
茨城百景の碑は在りました。

      0170914鷲尾山と三浦杉19



この場所には、他にも碑が建っています。

      0170914鷲尾山と三浦杉22



小田野宿の碑。

      0170914鷲尾山と三浦杉20

この辺りは宿場町だったようです。


そう言われれば宿場町の雰囲気がしなくも無い

      0170914鷲尾山と三浦杉21


でも林業関係の会社が何件もあるようだから
宿場町っていうよりは林業に従事する人の村って言うのが
正直、正解かもしれない。


鷲子山は何処にあるのか分かりませんが
茨城百景 鷲子山と三浦杉、これにて完結です。




     
2017/10/15 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音 《名勝 桜川 》《 磯部桜川公園》(2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

桜川市には、『茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音』と言う景勝地があります。

とりあえず、富谷観音 には足を伸ばしてみたから
これにて完了! と思っていたら、どうやら富谷観音よりも
『桜川』の方が景勝地としては秀でたものがあるようで
『名勝 桜川』と言われるほどだから、素通りは出来ません。
ましてや、茨城百景の碑もあると言う。

と言う事で訪れたのは...............名勝 桜川


『名勝 桜川』は,茨城が誇る桜の名所です。
桜川の桜は,「西の吉野,東の桜川」と並び称されるほど有名で、
平安時代にはすでに多くの人に知られていたそうです。
中でも磯部桜川公園では、天然記念物に指定された11種類の貴重な桜に出会えるそうです。
桜川の桜は、東北産の白山桜が中心で、梅鉢桜・桜川匂・薄毛桜・白雲桜・初見桜・樺匂
青桜・青毛桜・源氏桜・大和桜・初重桜などがあるそうです。
また、水戸藩藩主の水戸光圀公は、水戸の川沿いに桜川のサクラを移植し、
その川を「桜川」と名付けるほど,「桜川のサクラ」がお気に入りだったようです。

室町時代に世阿弥元清が著わした謡曲「桜川」は、
この桜川沿岸の悲話から題材をとったものと言われています。
人買いの手に渡った我が子を探し求めてこの地に来た母が、
磯部寺の僧の弟子になっていた我が子と巡り会う、という話で、
この磯部寺は磯部神社の境内にあったと伝えられています。
水戸光圀公や笠間藩主牧野貞喜らも桜川に度々訪れており、
光圀はこの桜を水戸へ移植して、そばの川を桜川と名付けたという逸話が残されています。
また、将軍・家綱は隅田川堤へ、将軍・吉宗は小金井堤へ桜川の桜を移植させたそうです。




こちらが、『磯部・桜川公園』

      20170626 名勝 桜川01

すなわち、名称 桜川 の地です。


公園入口近くに、立派な説明板。

      20170626 名勝 桜川02



それなりに広そうな公園だから、案内板でしっかりチェック致しましょう。

      20170626 名勝 桜川03



陽射しが強くなって来たけれど、頑張って散策してみましょう。

      20170626 名勝 桜川04



おっと、その前に水分補給も忘れずに。

      20170626 名勝 桜川05



桜の名所だけあって、桜の木が多い。

公園内の遊歩道の両脇にも桜の木があり
生い茂った桜の葉が、適度な日除けとなってくれます。

      20170626 名勝 桜川06



石碑を発見!

こちらは、旧・岩瀬町に住んでいた女流歌人 植田多喜子氏 の歌碑のようです。

      20170626 名勝 桜川07


公園内は芝生の養生をしているのか?
場所によってはロープが張られ、立ち入り出来ない箇所もあるけれど
芝生は、かなり気持ち良さそう。

      20170626 名勝 桜川08



芝生に腹ばいになる びいすけ 。

      20170626 名勝 桜川09



嫌な予感を感じた瞬間...............

お得意のローリングが始まりました。

      20170626 名勝 桜川10


      20170626 名勝 桜川11

『うげっ! うげっ!』と奇声を発しながら
気持ち良さそうに、芝生の上をのたうち回る びいすけ 。



さて、散策を続けましょう。
この公園内のどこかに茨城百景の碑があるはず...............

      20170626 名勝 桜川14



茨城百景の碑を探していたら
こんなモノが目にとまりました。

      20170626 名勝 桜川16

オッ! オリエンテーリングのポスト。
この磯辺・桜川公園もオリエンテーリングのコースの一部になっているんですね。


しばらく進むと、視界に石碑が入って来ました。

      20170626 名勝 桜川15


      
数日前の『富谷観音』の記事に載せてしまいましたが
茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音 の碑です。

      20170626茨城百景 富谷観音20


包括地の 磯部月山寺 も記されています。

      20170626茨城百景 富谷観音21

茨城百景の地に百景の碑が建つ。
これがまさしく王道。
離れた地に石碑を建てても意味が無いはず。



さらに、公園内(名勝 桜川)の散策を続けましょう。

      20170626 名勝 桜川17



ロープで規制された芝生広場に入ります。

      20170626 名勝 桜川18



新たな石碑発見!

      20170626 名勝 桜川19


大正13年に当時の内務省に認定された 『名勝 桜川』の碑。

      20170626 名勝 桜川20



そして、名勝 桜川 の碑の傍らには、石倉翠葉の句碑。

      20170626 名勝 桜川21

明治時代の俳人・文学者で、岩瀬町出身の石倉翠葉は、
当時衰退の危機にあった「桜川のサクラ」を再興しようと、
弱冠20歳にして『櫻川事蹟考』を出版して、「桜川のサクラ」の顕揚に尽力しました。

石倉翠葉による『櫻川事蹟考』の出版と、そのための調査が礎となり、
大正時代になると史跡名勝天然記念物調査員が桜川の調査に訪れます。
桜川には大変貴重な桜が多いことから、大正13年「名勝桜川」として国の指定を受けることとなりました。

この句碑は、桜川の名勝、特別天然記念物の指定を受けることに
結果的に貢献した石倉翠葉の功績を讃えるモノなんですね。



芝生広場には、多くの桜があります。

      20170626 名勝 桜川22



この桜の1本、1本が貴重なモノなんですね。

      20170626 名勝 桜川23



立ち入りをロープで規制している理由がわかりました。

      20170626 名勝 桜川24


春になれば、素晴らしい光景になるんでしょう。


今は葉桜だから、感動も盛り上がりも今一歩なんですけどね...............

      20170626 名勝 桜川25


さて、名勝 桜川もそれなりに堪能出来たから
そろそろ遅くなったお昼ご飯にでもしましょうか...............?


2017/07/21 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 謡曲桜川の桜と富谷観音 》①(2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


昨年から追いかけている『茨城百景』。
桜川市には、『茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音』と言う景勝地が選定されており、
富谷観音に茨城百景の碑が在るということで、富谷観音に訪れてみました。


九十九折りの山道(舗装路)を巧みな(?)ハンドル捌きで車を走らせ
富谷山の頂上近くにある富谷観音にやって来ました。

      20170626茨城百景 富谷観音01


富谷観音は、正式には『施無畏山宝樹院小山寺』と言います。
富谷山に在る観音様という事で富谷観音と呼ばれているのが通称となってしまったようです。

その歴史は古く、天平7年(735年)に聖武天皇の勅願により、
行基を開基として創立されたと伝えられています。
仁王門、本堂、三重塔などで構成された、桜川市を代表する古刹です。
開運・安産・子育てに御利益がある三重の塔は国の重要文化財に指定されています。

この三重塔は相輪の銘によると、寛正6年(1465)に多賀谷朝経が大旦那となり、
大工宗阿弥家吉とその息子によって建立されたものだと言うことです。



富谷観音の入口。

      20170626茨城百景 富谷観音02



それでは、敷地内を散策いたしましょう。

      20170626茨城百景 富谷観音03



桜川市の観光スポットでもあるから、案内板や説明板も多い。

      20170626茨城百景 富谷観音04


      20170626茨城百景 富谷観音05



こちらが、仁王門。

      20170626茨城百景 富谷観音06

立派な風格。



仁王門(山門)の扁額。

      20170626茨城百景 富谷観音07


      20170626茨城百景 富谷観音08



仁王像。
向かって右側だから、開口の阿形像。

      20170626茨城百景 富谷観音09



向かってや左側。口を結んだ吽形像。

      20170626茨城百景 富谷観音10



仁王門をくぐり、石段を上って本堂へと参りましょう。

      20170626茨城百景 富谷観音11



こちらが、本堂。

      20170626茨城百景 富谷観音12


別アングルから。

      20170626茨城百景 富谷観音13


本堂に掲げられた額。

      20170626茨城百景 富谷観音14



そして扁額。

      20170626茨城百景 富谷観音15

朱色の本堂が富谷観音の尊厳さを引き立てている感じがします。




鐘楼。

      20170626茨城百景 富谷観音16



境内には、桜川市で天然記念物の大杉。

      20170626茨城百景 富谷観音17

樹齢700年以上と言われています。



そして、国指定文化財(昔の国宝)の三重塔。

      20170626茨城百景 富谷観音18


      20170626茨城百景 富谷観音19



境内をくまなく探しましたが、茨城百景碑は見つかりませんでした。

後でネットで調べたら、どうやら富谷山の麓。
富谷観音へと続く参道近くに在るようです。

詳しい場所はよく分かりませんが
いつかまた、探しに行きたいと思います。


『茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音』 の碑は、磯部・桜川公園にもあるそうです。


こちらが、その碑。

      20170626茨城百景 富谷観音20


      20170626茨城百景 富谷観音21


こちらの碑には『浪曲桜川と富谷観音 磯部月山寺』となっている。


本当は、この碑じゃないんだよなぁ。
やっぱり富谷観音の碑じゃないと。

いつか、リベンジしなくちゃ!




2017/07/18 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit