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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

茨城百景 《 大宝八幡 》 (2020年2月10日)(茨城県下妻市) 

2月10日 茨城百景 《 大宝八幡 》

この日は、茨城県の下妻市に出かけました。

この日参拝に訪れた大宝八幡宮。

南北朝時代の大宝城跡でもあり、
昭和25年に選定された茨城百景の地でもあります。

茨城百景は、昭和25年に選定された茨城県内の100ヶ所の景勝地。
その茨城百景の選定地には、茨城百景の碑が建てられています。
数年前から、茨城百景に訪れ、その碑を探すのも楽しみの一つにしています。

茨城百景は、下妻市には2ヶ所あり、その一つが大宝八幡宮。





社号標。

     20200210大宝八幡宮01



大宝八幡宮の大鳥居。

     20200210茨城百景大宝八幡03



大鳥居脇の由緒書き。

     20200210大宝八幡宮05



随身門。

     20200210大宝八幡宮07



多くの狛犬に出迎えられる参道。

     20200210大宝八幡宮13



こちらが拝殿。

     20200210大宝八幡宮17



拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200210大宝八幡宮20



国の文化財に指定されている本殿。

     20200210大宝八幡宮24


     20200210大宝八幡宮29


境内の詳細や、大宝城址については、別記事を参照してもらいましょう。



さて、肝心の茨城百景の碑ですが、
大宝八幡宮の境内には在りません。



こちらが、茨城百景の碑。

     20200210茨城百景大宝八幡01


     20200210茨城百景大宝八幡02

大宝駅から大砲八幡宮へ向かう道沿いの民家の陰に
隠れるように建っていました。


『茨城百景 大宝八幡宮』。
簡素な記事になりますが、これにて完了。




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2020/03/25 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 砂沼 》  (2020年2月10日)(茨城県下妻市) 

2月10日

この日は、茨城県の下妻市に出かけました。

多賀谷城址をあとにして、
向かった先は...............茨城百景  《 砂沼 》


茨城県には『茨城百景』と言う、昭和25年に選定された
県内100ヶ所の景勝地があります。
下妻市には、茨城百景の選定地が2ヶ所あり、
その一つが『砂沼』になります。

そもそも『砂沼』とは、周囲6km・面積55ha、
満水時の水深約3mの農業用ため池です。
しかしながら、平成22年に砂沼湖として、
日本のため池百選にも選ばれているらしい。

周辺は「砂沼広域公園」として整備されています。
かつてはプールもありましたが、
施設の老朽化で平成30年廃止されました。
カモ類の絶好の生息地であり、
コガモ・マガモ・カルガモなどが良く見られるそうです。 



砂沼の看板。

     20200210砂沼01

茨城百景とは記されているけれど
目的はこれじゃない。

探すのは、茨城百景の碑。



こちらが砂沼。

     20200210砂沼02



沼沿いにぐるっと一周できる遊歩道が整備されているみたいです。

     20200210砂沼03

一周、約6km。
根性があれば、1時間ちょいで回って来れるとは思うけれど
今日は、その根性がない。
とりあえずは、湖畔に建っているとされる茨城百景の碑を探します。


遊歩道沿いに案内看板を発見。

     20200210砂沼04



そして、その近くに茨城百景の碑を見つけました。

     20200210砂沼05


     20200210砂沼06



とりあえず、これで目的の50%は達成。
砂沼の遊歩道を軽く散策してみましょう。

     20200210砂沼07




ベンチを見つけだから、ちょっぴり『もぐもぐタイム』といたしましょう。

     20200210砂沼11


     20200210砂沼08



『待て!』からの.........

     20200210砂沼09


『良し!!』。

     20200210砂沼10


     

「下妻市観光交流センターさん歩の駅サン・SUNさぬま」
(なんで、こんなに長い名称なんでしょう?)
のテラス席は、恋人の聖地としてPR中。

     20200210砂沼12

そう言えば、この手の『恋人な聖地』って増えたよね。



恋人の聖地に長居をすることもなく
砂沼の湖畔を散策します。

     20200210砂沼13


     20200210砂沼15


     20200210砂沼16



今年は暖冬だから少ないのか?
期待していた水鳥の姿はあまり無い。

     20200210砂沼14


天気が良いから、筑波山もはっきり見える。

     20200210砂沼17



この風景が、茨城百景なんだろうなぁ...............



2020/03/22 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景《吉田神社の見晴し台》    (2020年1月25日)(茨城県水戸市) 

1月25日

この日は、水戸市に出かけました。

御朱印拝受の参拝で訪れた吉田神社。
常陸国三之宮ですが、実はこの地は茨城百景の地でもあります。

昭和25年に茨城県内の100の景勝地が『茨城百景』として選定されました。
選定された景勝地には、茨城百景の碑が建てられています。
(中には、碑が無くなってしまった景勝地もあります)


吉田神社の地は、『茨城百景 吉田神社の見晴台』と言う名称で
茨城百景に選定されています。
また包括風景として、朝日山,薬王院,笠原水源地,吉田古墳,常照寺が
選定されているようです。

この吉田神社の社頭にも碑が建っていますが
残念ながら茨城百景の碑ではありません。

     20200125吉田神社の展望01



一見すると、茨城百景の碑に見えちゃうだけど
どこにも茨城百景の文字が無い。

     20200125吉田神社の展望02

でも、『吉田神社の見晴台』って、茨城百景のタイトルそのもの。
これが、茨城百景の碑なのかなぁ?



吉田神社社頭。

      20200125吉田神社の展望03



参道。

      20200125吉田神社08



参道の御神木。

      20200125吉田神社07



こちらが朝日三角山。

      20200125吉田神社38

そもそも吉田神社は、水戸市中心市街地の南部の小高い丘である朝日山の山上に鎮座する神社。

朝日山は、吉田神社の御祭神である日本武尊が東夷平定の帰途、
この朝日三角山に兵を留めて憩わせたと云われる神域です。
この地より日本武尊は朝日を拝み、
「ここは良い(吉)田が出来るぞ」と言ったことが、
「吉田神社」の由来であるとされています。





      20200125吉田神社14


こちらが拝殿。

      20200125吉田神社18




そして、本殿。

      20200125吉田神社24


後で、気が付いたんだけど
せっかく台地の上にえる吉田神社に行ったのに
水戸の市街地を眺めてくるのを忘れてしまいました。
って言うか、正確には市街地の眺望を
カメラに収めて来るのを忘れてしまいました。
一応、見るには見たんだけど.........


『見晴台』と言えるほどの眺望じゃなかったんだよなぁ.........






2020/03/02 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景《六反田六地蔵尊》    (2020年1月25日)(茨城県水戸市) 

1月25日

この日は、水戸市に出かけました。

数年前から追いかけている『茨城百景』。

昭和25年に茨城県内の100の景勝地が『茨城百景』として選定されました。
選定された景勝地には、茨城百景の碑が建てられています。
(中には、碑が無くなってしまった景勝地もあります)

追いかけていると言っても、その景勝地を訪れ、景観を楽しみ、百景の碑を探すと言った行動ですが、水戸市には数ヶ所の茨城百景の選定地があります。 
その中の一つ、『六反田六地蔵尊』に訪れました。

六反田六地蔵は、水戸市六反田町にある六地蔵寺(真言宗)のお寺の総称です。
山号を倶胝密山、院号を聖宝院と称し、別名「水戸大師」と尊称を頂く真言宗の寺院で、
正式名称は「水戸大師 六地蔵寺(旧称 六蔵寺)」と称し、
大同02年(807年)の開基で、六地蔵菩薩(行基菩薩作)を本尊としてします。

六体の地蔵菩薩を本尊とする寺院は、国内唯一と言われています。
室町時代に恵範法印により中興(復興)され、恵範上人が西国の諸大寺へ遊学し、経典の収集、書写に努めたことにより
多くの学僧、修行僧を排出し、大掾氏、佐竹氏、徳川氏と、歴代の領主から厚遇されできた寺院です。


水戸市と言っても
中心部からは、かなり離れた位置にある六地蔵寺。
とりあえず、駐車場に車を入れます。

      20200125六地蔵寺01



どうやら、境内は犬連れ禁止のようです。
とりあえず、 びいすけ はここまで。

      20200125六地蔵寺02


幸いなことに、茨城百景の碑は駐車場の一角に在りました。

      20200125六地蔵寺03


『茨城百景 六反田六地蔵尊』の碑です。

      20200125六地蔵寺04




第一駐車場入口にしっかりと看板が立てられていましたね。
気がつきませんでした。

      20200125六地蔵寺35

急いで、車を第二駐車場に移動します。



こちらが六地蔵寺の門前。

      20200125六地蔵寺06



やはり、ペットNGのバリケード。

      20200125六地蔵寺07

びいすけ は車の中で留守番してもらいます。


参道に掲げられた六地蔵寺の縁起。
いわゆる由緒書きですね。

      20200125六地蔵寺08



参道。

      20200125六地蔵寺09

橋があって、その先が山門(四脚門)。
神社の場合、こう言った橋を神橋と言うけれど
お寺の場合は、何て言うんでしょうか?



手水舎。

     20200125六地蔵寺05



こちらが、本堂。

      20200125六地蔵寺19



本堂正面に掲げられた扁額。

      20200125六地蔵寺20



別アングルからの本堂。

      20200125六地蔵寺21


本堂前の天水桶。

      20200125六地蔵寺22




そして、こちらが六地蔵寺のメインとも言える地蔵堂。

      20200125六地蔵寺10



赤い幟が参拝者を誘います。

      20200125六地蔵寺11


常香炉。

      20200125六地蔵寺12


地蔵堂内部。

      20200125六地蔵寺13


      20200125六地蔵寺14

 

御本尊、地蔵菩薩。
   
      20200125六地蔵寺15


地蔵堂正面に掲げられた扁額。

      20200125六地蔵寺16



六地蔵寺は通称、『水戸大師』とも呼ばれているようで
提灯も掲げられています。

      20200125六地蔵寺17



地蔵堂前の鬼(?)の像。

      20200125六地蔵寺18

地蔵堂を護っているんでしょうか?



旧・法寳蔵。

      20200125六地蔵寺23



大師堂。

      20200125六地蔵寺24



地蔵堂前には六体のお地蔵さん。

      20200125六地蔵寺25

最初は、六体のお地蔵が地蔵堂の前に居るから
六地蔵寺と勘違いをしてしまいました。




境内の弘法大師像。

      20200125六地蔵寺26


地蔵堂の右側奥にはちょっとした土壇があります。

      20200125六地蔵寺27


ちょっぴり土塁っぽくて、城址の雰囲気もある。

      20200125六地蔵寺28



境内の枝垂れ桜。

      20200125六地蔵寺29

実は、こちらの六地蔵寺は桜の名所としても知られているようです。



境内の杉の木。

      20200125六地蔵寺30

天然記念物として、水戸市の文化財に指定されています。



境内の大銀杏。

      20200125六地蔵寺31

こちらも天然記念物として、水戸市の文化財に指定されています。



こちらが寺務所。

      20200125六地蔵寺32



御朱印は、こちらで頂きます。

      20200125六地蔵寺33



こちらが、六地蔵寺の御朱印。

      20200125六地蔵寺34


桜の時期に訪れるのが、正解かも知れませんね。




2020/02/27 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 番外編...............稲田神社元宮跡 (2020年1月4日)(茨城県笠間市) 

1月4日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

旧・稲田小学校をあとにして、桜川市に向けて国道50号線を移動。
信号で停止したら、こんな石碑を目に留まりました。


      20200104稲田神社奥の院01



茨城百景............稲田神社本宮跡....?

      20200104稲田神社奥の院02


あれ?
茨城百景に稲田神社本宮跡ってあったっけ?



確かに、笠間市には茨城百景は幾つかあるけれど
稲田神社本宮跡って聞いた事がない。

調べてみると、『茨城百景 笠間附近国宝社寺巡り』の中に包括風景として
楞厳寺,弥勒寺,大日堂,仏頂山,岩谷寺,稲田神社が挙げられている。

稲田神社があるから、本宮跡があっても良いのかな?
ならば、その本宮跡を訪ねてみましょう。


この道を上がって行ったところが本宮跡らしい。
民家の庭先を通るけれど、気にしなくて良いらしい。
(稲田神社の宮司さんに訊いちゃいました。)

      20200104稲田神社奥の院03



すると、こんな標柱が目に留まります。

      20200104稲田神社奥の院04


      20200104稲田神社奥の院05


      20200104稲田神社奥の院06

案内板によれば、かつての稲田神社の神宮寺ということもあり、
奇稲田姫命の本地仏聖観音と伝えられる平安時代中期製作の木造観音菩薩立像と、
素戔嗚命の本地仏かは定かではないが、同時期に製作された木造毘沙門天立像が
神宮寺観音堂に安置されています。



この地は稲田神社の御祭神である奇稲田姫命の垂迹地とされており、
祭神降臨伝説の舞台地でもあります。
通称、稲田姫奥の院と呼ばれる所です。

「稲田姫奥の院」とは、稲田神社の本宮跡地のことを指します。
跡地ですので、稲田神社とは全く別のところに位置しています。
森のなかにひっそりと存在している、知る人ぞ知る秘密のスポットとなります。
「稲田」という地名のもとになった神話が生まれた場所でもあります。

      20200104稲田神社奥の院07



小さいながらも、『稲田神社奥の院』の碑も建っている。

      20200104稲田神社奥の院08


石段の上には、社。

      20200104稲田神社奥の院09


扁額は文字がカスれて読みづらい。

      20200104稲田神社奥の院10



しかし、こちらが紛れもなく奥の院。

      20200104稲田神社奥の院11



そして、こちらが観音堂。

      20200104稲田神社奥の院12






手摩乳の祠。

      20200104稲田神社奥の院13


脚摩乳の祠。

      20200104稲田神社奥の院14





奥の院(本宮跡)に行ったのだから
稲田神社を素通りする訳にはいきません。

改めて、稲田神社にも参拝いたします。


社号標。

      20200104稲田神社奥の院15



手水舎。

      20200104稲田神社奥の院16



二の鳥居。

      20200104稲田神社奥の院17

今回は、奥の院から来たため、一の鳥居はパス。



拝殿。

      20200104稲田神社奥の院18



拝殿正面に掲げられた扁額。

      20200104稲田神社奥の院20


別アングルからの拝殿。

      20200104稲田神社奥の院21



そして、こちらが本殿。

      20200104稲田神社奥の院22



びいすけ も参拝。

      20200104稲田神社奥の院19

稲田神社は、コレで2回目の参拝だけど
奥の院もお参りしたから、今回は完璧でしょう(笑)。

茨城県百景 番外編(?)  稲田神社の本宮跡、
コレにて完了です。





2020/02/09 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 無量寿寺 》   (2019年12月25日)(茨城県鉾田市) 

12月25日

この日は、茨城県の鉾田市に出かけました。

秋に鉾田市の廃校を巡りましたが、その時に近くを通りながら
行きそびれた場所が幾つかあり、今回それらに訪れてみました。

向かった先は...............無量寿寺。

無量寿寺はここ数年追いかけている『茨城百景』の一つです。
昭和25年に茨城県内の100の景勝地が『茨城百景』として選定されました。
選定された景勝地には、茨城百景の碑が建てられています。
(中には、碑が無くなってしまった景勝地もあります)


無量寿寺は、大同元年(807)、平城天皇の勅願所として建立されました。
当初は「無量寺」と称していました。
承久3年(1221)、笠間の稲田草庵(西念寺)より鹿島神宮へ参詣する親鸞聖人が
廃寺同様になっていたこの寺に3年間住み、念仏と布教に当たったと言われています。

親鸞聖人は、阿弥陀仏を自ら刻んで本尊とし、浄土真宗の教えを広めたことから、
「親鸞聖人ゆかりの寺」といわれています。
親鸞聖人が3年間の布教を終えてこの地を去るにあたり、
弟子である順信房にこの寺を譲り後を託します。
その時に「無量寿寺」と改称したとされています。



こちらが無量寿寺の山門。

      20191225無量寿寺01

山門って言うと、もっと違った形だと思ったりするけど
寺院の表門を総称して「山門」と呼ばれるらしい。



山門前の掲示板。

      20191225無量寿寺02


そして、説明板。

      20191225無量寿寺03



お目当ての茨城百景の碑は、山門脇に在りました。

      20191225無量寿寺04


      20191225無量寿寺05



敷地内に入ると、すぐ目に入るのは、忠魂碑。

      20191225無量寿寺06

終戦直後、この地区のランドマーク的な存在だったのでしょうね。



本堂に続く石段。

      20191225無量寿寺07



石段を上った先には、薬医門(?)。

      20191225無量寿寺08

こちらが、通称『大門』と言われている門。


そして、門の先には本堂が見えます。

      20191225無量寿寺09



無量寿寺には、国や県の文化財に指定されているモノが多い。

      20191225無量寿寺10



手水舎。

      20191225無量寿寺11



茅葺きの本堂。

      20191225無量寿寺12

こちらは、茨城県の指定文化財。



別アングルから。

      20191225無量寿寺13




向拝の彫刻。

      20191225無量寿寺14



僅かな隙間から覗き込んだ本殿内部。

      20191225無量寿寺15



鐘楼。

      20191225無量寿寺16



境内の親鸞聖人像。

      20191225無量寿寺17



こちらは、慈愛の像。

      20191225無量寿寺18



こちらが、親鸞聖人お手植えとされる菩提樹。

      20191225無量寿寺19

こちらも茨城県の天然記念物に指定されています。


こちらも天然記念物に指定された斑入銀杏。

      20191225無量寿寺20


そして、境内の見事な大樹。

      20191225無量寿寺21
      20191225無量寿寺22

神社の場合、御神木って言うんだけど
寺院の場合は、何て言うんだろう?



寺務所に声を掛けて、御朱印をお願いしたら
住職さんが不在で対応できないとの事でした。

せっかくだし、茨城百景の地だからと御朱印を望んだのですが
不在であれば仕方がない。

これも縁なんですね。


2020/01/29 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 吾国山愛宕山ハイキングコース 》 (2019年11月16日)(茨城県笠間市) 

11月16日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。

この日訪れたのは、笠間市でも旧・岩間町地区を中心に巡りました。
平成18年に旧・笠間市と岩間町、友部町が合併して誕生したのが現在の笠間市です。

そんな岩間地区、JR常磐線岩間駅前に、こんな碑が建てられています。

      20191116茨城百景01


   
『茨城百景 吾国山愛宕山ハイキングコース』の碑です。

      20191116茨城百景02



この日訪れた愛宕神社・あたご天狗の森の駐車場に
『吾国山愛宕山ハイキングコース』の案内板を目にしました。

吾国山愛宕山ハイキングコースは、最寄りの交通機関であるJR常磐線 岩間駅を起点として
愛宕山、吾国山を縦走するハイキングコース。
岩間駅を起点とした場合、ゴールはJR水戸線 福原駅となるようです。

 

岩間駅前のロータリーから眺める愛宕山。

      20191116茨城百景03

岩間駅から愛宕山までは3kmちょっとの距離のようです。



実際にハイキングコースは歩いてはいませんが
ハイキングコースの一部。
ちょうど六所神社の参道入口。

      20191116茨城百景04


ここから、愛宕山まで2.5kmになるようです。

      20191116茨城百景05


こちらが、愛宕山。

      20191116茨城百景06

『愛宕神社』、『あたご天狗の森』があります。



標高305mの愛宕さんからの眺望はなかなかのモノ。

      20191116茨城百景07


      20191116茨城百景08



愛宕山は桜の名所。
春には桜を求めて多くの人が訪れるらしい。

      20191116茨城百景09



こちらは、JR水戸線 福原駅前に建つ碑。

      20191116茨城百景10


      20191116茨城百景11



駅前のハイキングコースの案内板。

      20191116茨城百景12



岩間駅をゴールにするならば、こちらがスタート地点になる。

      20191116茨城百景13


      20191116茨城百景14

駅前からハイキングコースは、要所、要所で案内板が導いてくれているようです。


昭和25年に制定された茨城百景。
かなりの月日が経ち、その風景・眺望はかなり変わってしまったと思うけれど
このハイキングコースは、今の笠間市の多くの自然を残し、変わらずにいて欲しい。

実際に走破していない人間が言うのも気が引けるけど、
多くの人が、このハイキングコースを堪能して貰えればと願います。


2020/01/09 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 大利根の展望 》 3基目の石碑 (2019年11月12日)(茨城県取手市) 

11月12日

この日は、茨城県の取手市に出かけました。


以前、訪れた『茨城百景 大利根の展望』。
そも百景の碑は2ヶ所ありました。
一つは、利根町の徳満寺の境内。
そして、もう一つは利根町の面足神社の裏参道口。

最近、ネットを見ていたら第三の石碑の存在を知りました。

えっ!
まさか!!

この目で見なきゃ!!

って言う事で、やって来たのが取手市の大利根橋。

      20191112茨城百景 大利根01


 

常磐線に並行して伸びる国道6号線の利根川に架かる橋。   

      20191112茨城百景 大利根02



大利根橋周辺をくまなく探し、見つけました!!

      20191112茨城百景 大利根03



『茨城百景 大利根の展望 』 の碑です。

      20191112茨城百景 大利根04



今まで、茨城百景の碑を色々と探してきましたが
包括風景があるから碑は一つだけとは限らず、
2ヶ所に碑が存在していた事もありました。

しかし、3ヶ所となると、ちょっと複雑です。



この場所も、利根川そのものはよく見えないけれど
堤防から見る河川敷。
そして、河川敷に伸びる常磐線の線路橋。

   m  20191112茨城百景 大利根05


      20191112茨城百景 大利根06

茨城百景が選定された昭和25年には、まだ常磐線の線路橋もなかったかも知れない。
ひょっとしたら、一面緑の河原だったかも知れない。
でも、その風景も茨城百景だったのだろう................




2020/01/05 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 長禅寺 》 (2019年11月12日)(茨城県取手市) 

11月12日

この日は、茨城県の取手市に出かけました。


JR取手駅東口近く。
こんもりと樹木の生い繁った小高い丘の上に、
承平元年(931年)平将門が祈願寺として創建したと伝えられる長禅寺があります。
この長禅寺、昭和25年に茨城百景の一つに選定されています。

数年前から『茨城百景』を追いかけている身としては
いつか訪れようと思っていた場所でした。



門扉が半分閉まっていますが、長禅寺門前。
参道口になります。

      20191112茨城百景 長禅寺01



脇には、『茨城百景』碑。

      20191112茨城百景 長禅寺02



この碑を探し求めているわけだから
この時点で、ほぼ目的達成。

      20191112茨城百景 長禅寺03



せっかく訪れたんだから、犬連れだと少し気が引けますが
お詣りして帰らなきゃ!



長禅寺は、大鹿山長禅寺と号し、臨済宗妙心寺派に属しています。
慶安2年(1649年)将軍・徳川家光より寺領5石3斗を賜る朱印状の交付を受け、
以後、明治維新まで歴代の将軍より朱印状を受けていたそうです。



石段を上っていきます。

      20191112茨城百景 長禅寺04



陽射しの加減で見づらいですが、山門が見えてきました。

      20191112茨城百景 長禅寺05



こちらが山門。

      20191112茨城百景 長禅寺06



山門には、『相馬霊場総本地』と掲げられています。

      20191112茨城百景 長禅寺07



山門に掲げられた扁額。

      20191112茨城百景 長禅寺08

これで、『大鹿山』と読むのでしょうか?


手水舎。

      20191112茨城百景 長禅寺09



山門右脇の太子堂。

      20191112茨城百景 長禅寺10

九曜紋が目を引きます。
さすがに将門の伝説が残るお寺です。


光音霊堂。

      20191112茨城百景 長禅寺11



こちらが、三世堂。

      20191112茨城百景 長禅寺12

宝暦13年(1763年)、当時の長禅寺の住職であった幻堂和尚によって建てられました。
全国でも珍しい「さざえ堂」(内部配置の観音像を巡るだけで巡礼ができる回廊)形式となっています。

ちなみに、さざえ堂と言われる建築物は
群馬県太田市の曹源寺、埼玉県本庄市の成身院、
福島県会津若松市の旧正宗寺、青森県弘前市の蘭庭院と、
長禅寺を含めて全国で5棟しか残っておらず、
大変に貴重な建物とされています。



三世堂の扁額。

      20191112茨城百景 長禅寺13


こちらも三世堂の扁額。

      20191112茨城百景 長禅寺14


こちらは、扁額の隣に掲げられています。

      20191112茨城百景 長禅寺17



説明板。

      20191112茨城百景 長禅寺15



入口には、将門の守り本尊『十一面観世音』の看板。

      20191112茨城百景 長禅寺16

こちらに安置されているんですね。
でも、内部には入れないから拝観は出来そうもない。




こちらが、本堂。

      20191112茨城百景 長禅寺18



寺務所。

      20191112茨城百景 長禅寺19

御朱印は、こちらで応対していただけます。



寺務所の中にも九曜紋の提灯。

      20191112茨城百景 長禅寺20

将門の家紋であるが、千葉一族の家紋の一つでもある。
何故か、テンションが上がっちゃいます。



こちらが、長禅寺の御朱印。

      20191112茨城百景 長禅寺21

住職さんが来客の応対中と言うことでも書置きになりますが
御朱印をいただきました。



2020/01/02 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 稲田御房 西念寺 》(2019年10月7日)(茨城県笠間市) 

10月7日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


数年前から追いかけている(って言うか碑を探している)茨城百景。
昭和25年に茨城県内の100の景勝地が『茨城百景』として選定されました。
選定された景勝地には、茨城百景の碑が建てられています。
(中には、碑が無くなってしまった景勝地もあります)

その茨城百景の地が笠間市には4ヶ所あると言う事です。
ネットで色々調べて、どうやら『茨城百景の碑』も現存しているようです。

ならば、百景の碑を探してみましょう。


笠間市の茨城百景は

笠間稲荷と左白山
笠間附近国宝社寺巡り
稲田御房西念寺
吾国山愛宕山ハイキングコース

この4ヶ所になります。


この日、『笠間稲荷と左白山』『笠間附近国宝社寺巡り』の2ヶ所は
無事、百景の碑を探し出す事が出来ました。

という事で、この日3ヶ所目となる茨城百景 『稲田御房西念寺』です。


浄土真宗の開祖にあたる親鸞聖人は、後鳥羽上皇による「承元の法難」で、
越後国府に流罪となりますが、建暦元年(1211年)に赦免の宣旨が下され、
その後、建保2年(1214年)になると、鎌倉幕府の有力御家人・宇都宮頼綱の弟で、
常陸国稲田郷の領主でもあった稲田九郎頼重に招かれ、彼の地に下向して草庵を開き、
東国での布教活動に専念しました。

西念寺は、親鸞聖人ゆかりの寺院です。浄土真宗の別格本山となります。
親鸞聖人は、健保2年(1214年)この地の領主の招きで草庵を築きました。
40代前半から60代前半までのおよそ20年間この地で暮らし、
常陸国、下野国、下総国への布教の拠点としました。
また、親鸞聖人はこの地で『教行信証』の執筆を始めたとされています。

また、境内にある銀杏の巨樹は、茨城県の天然記念物に指定されています。



国道沿いに建つ大きな看板。
立派な寺号標ですね。

      20191007茨城百景 西念寺01



この聖橋から参道が始まるようです。

      20191007茨城百景 西念寺02



禁制の掲示板。

       20191007茨城百景 西念寺03

特に犬連れ禁止等の触書きはないようです。



御影石の参道。

      20191007茨城百景 西念寺04
      20191007茨城百景 西念寺05
      20191007茨城百景 西念寺06




山門。

      20191007茨城百景 西念寺07



山門の扁額は山号。

      20191007茨城百景 西念寺08



山門前には由緒書き。

      20191007茨城百景 西念寺09



手水舎。

      20191007茨城百景 西念寺10



そして、本堂。

      20191007茨城百景 西念寺11



本堂に掲げられた扁額。

      20191007茨城百景 西念寺12



本堂前の天水桶。

      20191007茨城百景 西念寺13



太鼓堂。

      20191007茨城百景 西念寺14

天保14年(1843)年、により建立されたものです。
堂内には、直径2尺8寸(約84cm)の太鼓が置かれ、
法要の開催などを近在の人々へ伝える際に使用されたそうです。



御葉付銀杏 。

    20191007茨城百景 西念寺15
   20191007茨城百景 西念寺16

推定樹齢は300年以上(一説ではおよそ800年とされる)とされ、
幹回りは約7.5m、樹高約35m、 枝張約23m。
幹回りは茨城県内で最大であり、親鸞聖人自らの御手植えと伝わっているそうです。


御葉付銀杏の説明板。

      20191007茨城百景 西念寺17


      20191007茨城百景 西念寺18



鐘楼。

      20191007茨城百景 西念寺19



太子堂。

      20191007茨城百景 西念寺20


      20191007茨城百景 西念寺21



御頂骨堂

      20191007茨城百景 西念寺22



御頂骨堂の説明板。

      20191007茨城百景 西念寺23




こちらが、茨城百景の碑。

      20191007茨城百景 西念寺27


      20191007茨城百景 西念寺28

以前はJR水戸線の稲田駅前に建てられていたそうですが、
近年、西念寺の駐車場に移設されたそうです。

尚、『茨城百景 稲田御房 西念寺』の包括風景は、
板敷山大覚寺,石切山脈となっている。

いずれもこの場所からは離れていて、板敷山大覚寺は現在の石岡市になる。
いつか機会があれば、これらの包括風景も覗いてみたいものです。


そして、こちらが西念寺の御朱印。

      20191007茨城百景 西念寺29

宿坊の受付で御朱印の対応をしていただきました。



2019/11/29 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 笠間附近国宝社寺巡り 》(2019年10月7日)(茨城県笠間市) 

10月7日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


数年前から追いかけている(って言うか碑を探している)茨城百景。
昭和25年に茨城県内の100の景勝地が『茨城百景』として選定されました。
選定された景勝地には、茨城百景の碑が建てられています。
(中には、碑が無くなってしまった景勝地もあります)

その茨城百景の地が笠間市には4ヶ所あると言う事です。
ネットで色々調べて、どうやら『茨城百景の碑』も現存しているようです。

ならば、百景の碑を探してみましょう。


笠間市の茨城百景は

笠間稲荷と左白山
笠間附近国宝社寺巡り
稲田御房西念寺
吾国山愛宕山ハイキングコース

この4ヶ所になります。


『笠間稲荷と左白山』の碑は無事探し出す事が出来たので
つづいては、『笠間附近国宝社寺巡り』の石碑を探します。

ネットの情報では、『笠間稲荷と左白山』の近く、
さほど離れていない場所に碑は在るとのことでした。


笠間城址の下屋敷跡(佐白山麓公園 )内にある旧美術館脇に碑は建っていました。

      20191007茨城百景 笠間附近の国宝社寺01


      20191007茨城百景 笠間附近の国宝社寺02

なぜ、この場所に?
タイトルは『笠間附近 国宝社寺巡り』。
どう考えても、社寺の近くではない。

包括風景は、
      楞厳寺
      弥勒寺
      大日堂
      仏頂山
      岩谷寺
      稲田神社

と、いずれもこの碑の建つ場所の近隣ではない。


う〜むと頭をひねりたくなるが
唯一訪れた包括風景の 稲田神社。

     20191007稲田神社01


     20191007稲田神社08


     20191007稲田神社10


いずれ、機会があれば他の社寺も訪れてみたいものです。





2019/11/26 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 笠間稲荷と左白山 》(2019年10月7日)(茨城県東笠間市) 

10月7日

この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


数年前から追いかけている(って言うか碑を探している)茨城百景。
昭和25年に茨城県内の100の景勝地が『茨城百景』として選定されました。
選定された景勝地には、茨城百景の碑が建てられています。
(中には、碑が無くなってしまった景勝地もあります)

その茨城百景の地が笠間市には4ヶ所あると言う事です。
ネットで色々調べて、どうやら『茨城百景の碑』も現存しているようです。

ならば、百景の碑を探してみましょう。


笠間市の茨城百景は

笠間稲荷と左白山
笠間附近国宝社寺巡り
稲田御房西念寺
吾国山愛宕山ハイキングコース

この4ヶ所になります。

先ずは、『笠間稲荷と左白山』の碑を探しましょう。


ネットの情報によれば、笠間稲荷駐車場の片隅に碑があるとか、
ホテル山乃荘(廃業)の前にあるとか、書かれている。


とりあえず、笠間稲荷の無料駐車場へと向かいます。

      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山04


駐車場に車を停めて、場内を徘徊します。


駐車場の片隅って言うか、ほとんど斜面に何やら石碑が建っている。

      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山01



ビンゴ!!

『茨城百景 笠間稲荷と左白山』

      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山02


      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山03



確かに、笠間稲荷神社の駐車場に建っているから
笠間稲荷には違いないけれど、
やっぱり、笠間稲荷の門前に建っていなきゃダメじゃないのかなて思っちゃうんだけど。


この茨城百景って言うやつは、包括風景なんてややっこしいものもあって
下手したら広範囲になってしまいます。

ちなみに『笠間稲荷と左白山』の包括風景は
左志能神社、佐白観音、笠間城址、大石内蔵之助邸址、萩の井 となっています。


左白山が笠間城址になり、佐白山の頂上に左志能神社が鎮座しています。
そして、笠間稲荷駐車場の先にある公園(佐白山麓公園 )が
笠間藩士の屋敷が在った所です。
また、駐車場の手前には、大石内蔵之助邸址が在ります。


では、一気に一部の包括風景も含めて軽くアップしちゃいましょう。



笠間稲荷神社。

     20191007笠間稲荷神社01


     20191007笠間稲荷神社02


     20191007笠間稲荷神社08


     20191007笠間稲荷神社14





大石内蔵之助邸址

      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山05


      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山06



笠間城址(佐白山麓公園 )

      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山07


      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山08


      20191007茨城百景 笠間稲荷と佐白山09


   
これで、『茨城百景 笠間稲荷と左白山』クリアといたしましょう。


2019/11/25 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 石塚薬師と那珂西城址 》(2019年10日)(茨城県東茨城郡城里町) 

10月2日

この日は、茨城県の城里町に出かけました。

城里町には、茨城百景の選定地が二つあり
その一つは小松寺でした。
残るもう一つが、やはり旧・常北町域にある『石塚薬師と那珂西城址』



石塚薬師は、正しくは佐久山多聞院薬師寺と言うそうです。

延暦年間に坂上田村麻呂の創建になると伝えられ、
当初は、真言宗に属し浄瑠璃寺と称していました。
その後、文禄3年(1594年)天台宗に改宗し、薬師寺と称するようになりました。。

昭和32年(1957年)の石塚大火により
天文年間(1532-55)に建てられた寺院は焼失してしまいましたが、
本尊の木造薬師如来および両脇侍像(国重要文化財)は難を逃れ、
再建されたコンクリートの本堂裏の収蔵庫に納められているそうです。




こちらが、薬師寺。


石造りの山門。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址03

本堂の右側にあたるから、
こちらは本来の山門ではないのかも知れない。


こちらが、本殿の正面にあたる四脚門の山門。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址04



山号の扁額も掲げられています。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址05



参道。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址06



手水舎。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址07



薬師寺の説明板。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址15

まぁ、神社で言うところの由緒書きみたいなものですね。



こちらが、本堂。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址08



本堂に掲げられた扁額。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址09



本堂を覗き込むとこんな感じでした。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址10



やくしじには、木造の12体の神将像も安置されているそうです。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址11



こちらは多聞堂。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址12



こちらは弁天堂。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址13



境内の石仏。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址14





肝心の茨城百景の碑ですが、
薬師寺の向かいにある古びた神社(?)の境内らしき場所に
ひっそりと建っていました。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址01


      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址02




さて、碑に刻まれた那珂西城址ですが、
薬師寺からはちょっと離れた場所になります。
4kmぐらい離れているから、車でないとちょっと移動は辛い。


こちら那珂西城址でもある宝憧院。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址16



宝憧院は、応永03年(1396年)、智空上人により開山された真言宗豊山派の寺です。
元禄09年(1696年)徳川光圀が以伝僧正を中興開山として、この地に移したそうです。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址17



山門(四脚門)の脇には立派な土塁が残る。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址18



土塁頂部には城址碑。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址19

那珂西城址については後日、改めて深く突っ込みたいので
今回は軽くさらっと流しましょう。


土塁と空堀跡。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址20



土塁脇には説明板。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址21



以前、この場所にはお堂か何かが建っていたのだろうか?

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址22



こちらは、本堂。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址23



本堂に掲げられた扁額。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址24



境内の地蔵像。

      20191002茨城百景 石塚薬師 那珂西城址25



ここで、ふと疑問が..................

茨城百景が選定された昭和25年当時、同じ石塚町にあるのに
那珂西城址が選ばれたのだろう。
薬師寺から4km近く離れているし、
薬師寺の近くには、石塚城址もあったはず。

それだけ、当時の那珂西城址は風光明媚な場所だったのだろうか?







2019/11/11 Mon. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 小松寺 》(2019年10日)(茨城県東茨城郡城里町) 

10月2日

この日は、茨城県の城里町に出かけました。

数年前から追っかけているって言うか、
機会があれば訪れることにしている『茨城百景』。

その『茨城百景』が、ここ城里町にもあるという事で
茨城百景の碑を探しに来ました。


『茨城百景』は、昭和25年に茨城県観光審議会が選定した
茨城県内の100の景勝地のことです。
選定された景勝地には、『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探して百景の地を巡っている人もいるようです。
まぁ、私もその一人になるんですが..................

城里町の茨城百景は、昭和25年当時の小松村から1ヶ所、
石塚町から1ヶ所の計2ヶ所が選定されています。

先ずは、旧・小松村から選定された『茨城百景 小松寺』へ向かいます。



小松寺は、城里町にある真言宗智山派の寺院です。
山号は白雲山。院号は普明院。本尊は大日如来。
1180年(治承4年)平貞能が平重盛の遺骨を白雲山に葬り天台宗の寺院を建立し、
自ら出家して以典と号したとされています。
1387年(嘉慶元年)大掾頼幹が宥尊を招いて中興し真言宗の寺となったそうです。




こちらが、小松寺の入り口(山門)。

      20191002茨城百景 小松寺01



寺号標。

      20191002茨城百景 小松寺02



そして、茨城百景の碑。

      20191002茨城百景 小松寺03

百景の碑は山門の左側に建てられていました。


この碑を探すのも茨城百景巡りの楽しみの一つ。

      20191002茨城百景 小松寺04



では、小松寺をお詣りいたしましょう。

      20191002茨城百景 小松寺05



参道は杉の木立。
なかなか迫力あります。

      20191002茨城百景 小松寺06
      20191002茨城百景 小松寺07
      20191002茨城百景 小松寺08



唐門が見えてきました。

      20191002茨城百景 小松寺09



こちらが、唐門。

      20191002茨城百景 小松寺10



その説明板。

      20191002茨城百景 小松寺11



唐門の脇に置かれた鬼瓦。

      20191002茨城百景 小松寺12

以前の本堂に使われていたものでしょうか?




こちらが、本堂。

      20191002茨城百景 小松寺13



こちらが、観音堂。

      20191002茨城百景 小松寺14


その説明板。

      20191002茨城百景 小松寺15


本堂の裏手。
実は思い切りの勘違いを後で気がつきました。

      20191002茨城百景 小松寺16

てっきり、この場所が平重盛の墓だと思って、登った丘を下りてしまいました。
平重盛の墓は、この場所より更に上だったようです。
間際らしい場所に大きな碑が建っている、勘違いしちゃうよなぁ。




せっかくだから、御朱印も頂いていきましょう。
ご朱印はこちらで頂けます。

      20191002茨城百景 小松寺17



そして、こちらが小松寺の御朱印。

      20191002茨城百景 小松寺18

御本尊の如意輪観音です。


茨城百景の碑も見つけたし、御朱印も頂けた。
茨城百景『小松寺』、これでコンプリートです。
残念なのは、平重盛の墓地を間違えた事。

もし、再び機会があれば
その時は間違えずに訪れることにしよう。







2019/11/10 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 北浦の景観と水郷鉾田 》(2019年9月15日)(茨城県鉾田市) 

9月15日

この日は、茨城県の鉾田市に出かけました。

数年前から追っかけているって言うか、
機会があれば訪れることにしている『茨城百景』。

その『茨城百景』が、ここ鉾田市にもあるという事で
茨城百景の碑を探しに来ました。


『茨城百景』は、昭和25年に茨城県観光審議会が選定した
茨城県内の100の景勝地のことです。
選定された景勝地には、『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探して百景の地を巡っている人もいるようです。
まぁ、私もその一人になるんですが..................

鉾田市の茨城百景は、『北浦の景観と水郷鉾田』という名称で
包括風景として『烟田城址』が指定されています。


碑のある場所は、おおよそ分かるのですが
なかなか行きづらい場所にあるようです。


この建物の建つ敷地内にあるそうです。

      20190915茨城百景01

そうです。学校です。


茨城県立鉾田第二高等学校の敷地内にあるそうです。

      20190915茨城百景02


廃校ならいざしれず、現役の高校だと、中々敷地内には入りづらい。

      20190915茨城百景03



事務室に声を掛けようと、中に入るも
この日は日曜日で事務室には人が居ない。

部活で登校している高校生に、声を掛けて中に入ります。
ネットの情報では、体育館裏のがけ近くに在ると言う。


体育館の裏手の崖。
フェンスの向こうに碑がありました。

      20190915茨城百景04


      20190915茨城百景05


残念ながら、碑は崖側が正面になり、碑文が読めません。

      20190915茨城百景07



しかし、独特な形状。
そして、側面に刻まれた茨城県知事の名前。

      20190915茨城百景06

これが茨城百景の碑で間違いないでしょう。



さて、その景観ですが................

      20190915茨城百景08

      20190915茨城百景09


茨城百景が選定されたのは、昭和25年。

その当時は、この場所から眺める鉾田の町並みも
今とは違っていただろうし、北浦の眺望も違っていたでしょう。

高台の場所だから、ちょっぴり期待しちゃったけど、
時代の流れは否めない。仕方のない事ですね。







2019/10/24 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 高浜の釣り場 》(2018年5月22日)(茨城県石岡市) 

5月22日

この日は、茨城県の小美玉市に出かけていました。

小美玉市からの帰り道。
石岡市を通過して、佐倉の自宅へと向かいます。
そう言えば、石岡市でも数ヶ所気になっていた場所がある。
せっかくだから、立ち寄って行きましょう。


と言うわけで、立ち寄った先はJR常磐線 高浜駅。
実は、この高浜駅前に茨城百景の碑が在ると言うことです。


駅前のロータリー(?)の片隅に碑を発見!

      20180522高浜の釣り場02



『 茨城百景 高浜の釣り場 』としっかり刻まれています。

      20180522高浜の釣り場01



碑の脇には、周辺の観光案内図。

      20180522高浜の釣り場03

ちょっと古いけれど、参考になります。


とにかく、釣り場と言うからには水辺。
水辺に行かなきゃ話にならない。
先程の地図によれば、近くに恋瀬川が流れ
それが、霞ヶ浦に流入している。
昭和20年代には、恋瀬川は格好の釣り場だったのでしょうか?


恋瀬川目指して歩いてみましょう。

      20180522高浜の釣り場04

初めての場所だから、匂い嗅ぎに夢中な びいすけ のペースに合わせ
恋瀬川方面へと進みます。

10分ほど歩けば、恋瀬川の堤防に出ました。

      20180522高浜の釣り場05



茨城百景が選定されたのが、昭和25年。
あれから、かなりの年月が経ったから景色も様変わりしている事でしょう。


恋瀬川に架かる、こんな橋も無かった事でしょう。

      20180522高浜の釣り場06


      20180522高浜の釣り場07



護岸も改修されて、きっと往時とは変わっているかと思うけれど、
これが、茨城百景 高浜の釣り場 です。

      20180522高浜の釣り場08



茨城百景全てを巡り切るのは、かなり難しいとは思うけれど
一つずつ、クリアしていければ良いなぁ...............。





2018/07/15 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 富谷観音 》(2018年2月16日)(茨城県桜川市) 

2月16日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

旧・真壁町から旧・大和村、そして旧・岩瀬町へと桜川市内を移動してします。

鴨鳥五所神社をあとにして、向かったのは桜川市富谷地区。

実は、昨年の6月に、茨城百景の『謡曲桜川の桜と富谷観音』を訪れた時に
富谷観音の近くにある茨城百景の石碑を探しきれませんでした。
今回、富谷山の近くに来たこともあり、前回のリベンジ。
茨城百景の碑を探します。

茨城百景を追いかけている先人たちのブログをチェック。
その画像や記事から推測して、碑のある場所を推測して探します。

大まかな場所にあたりをつけ、車で徘徊して
見事に碑を発見!

急いで、車を降りて写真撮影です。

      20180216茨城百景 富谷観音01



碑には、小さく 謡曲桜川の桜と富谷観音 と刻まれ
大きく 富谷観音 と刻まれています。

      20180216茨城百景 富谷観音02

この碑を探していたんだよなぁ。


せっかくだから、裏面も撮っちゃいましょう(笑)。

      20180216茨城百景 富谷観音03


よくよく考えたら、茨城百景が制定されたのは昭和25年。
それを記念して設置された碑だから、当然設置される場所は
① ズバリ、その対象物の在る場所。
② その対象物へ行くための最寄りの交通機関の駅やバス停前。
③ その対象物へ行くための道沿い。

これらが考えられます。
昭和25年当時の旧道に碑が在るのは容易に考えられます。
しかし、その旧道の場所が分からないというジレンマはありますが...............


この場所も旧道だったようです。

      20180216茨城百景 富谷観音04

茨城百景の碑の近くに道標となる石碑がありました。


せっかく碑を見つけたんだから
このまま、別な場所に移動しちゃうのも芸がない。

何せ、碑が在るのは、富谷山の麓。
富谷山の中腹にある富谷観音まで
ハイキングコースが整備されているようです。

      20180216茨城百景 富谷観音05



この先はハイキングコースと言うか、
富谷観音の参道になるようです。

      20180216茨城百景 富谷観音06


      20180216茨城百景 富谷観音07


      20180216茨城百景 富谷観音08



麓から歩いて行くのは大変だから、
車でサッと富谷観音まで移動しちゃいます。


富谷観音は、正式には富谷山 小山寺と言います。
天平7年(735年)に聖武天皇の勅願により、
行基を開基として創立されたと伝えられています。
地元では「富谷観音」の愛称で親しまれています。
富谷観音の三重塔は相輪の銘によると、
寛正6年(1465)に多賀谷朝経が大旦那となり、
大工宗阿弥家吉とその息子によって建立されたもので、
国の重要文化財に指定されています。

      20180216茨城百景 富谷観音09



富谷観音の入口。

      20180216茨城百景 富谷観音10



境内の三重塔が国の重要文化財に指定されているから注目を浴びますが
こちらの楼門もそれなりに立派なモノ。

      20180216茨城百景 富谷観音11


      20180216茨城百景 富谷観音12


楼門に掲げられた扁額。

      20180216茨城百景 富谷観音13

悲しいかな、何と書いてあるか...............?
達筆すぎて、私には判別不能。



楼門の仁王像。

      20180216茨城百景 富谷観音14


      20180216茨城百景 富谷観音15



富谷観音(小山寺)には、文化財が多いようです。
さりげなく、楼門前には富谷観音の文化財の説明板。

      20180216茨城百景 富谷観音16



こちらは、手水鉢になるのだろうか...............?

      20180216茨城百景 富谷観音17


楼門の先は、急な石段。

      20180216茨城百景 富谷観音18


石段を上れば境内。


手水舎。

      20180216茨城百景 富谷観音19



こちらが本堂。

      20180216茨城百景 富谷観音21


別アングルからの本堂。

      20180216茨城百景 富谷観音20



さらに別アングルから。

      20180216茨城百景 富谷観音22



本堂の扁額。

      20180216茨城百景 富谷観音23

おそらく、山号だと思うのだけれど、『富谷山』には見えない。
字数も合わないし...............。



こちらは、本堂の左右に飾られた扁額。

      20180216茨城百景 富谷観音24


      20180216茨城百景 富谷観音25



境内と言うか、本堂背後の斜面に祀られた大黒堂。

      20180216茨城百景 富谷観音26



中には大黒天がしっかりと祀られています。

      20180216茨城百景 富谷観音27


こちらは、弁財天。

      20180216茨城百景 富谷観音28

大黒天、弁財天と来たら七福神?
でも他にも七福神らしき影も無い。


こちらが、国指定文化財の三重塔。

      20180216茨城百景 富谷観音29


      20180216茨城百景 富谷観音30


      20180216茨城百景 富谷観音31



鐘楼。

      20180216茨城百景 富谷観音32




桜川市の指定天然記念物。
小山寺の大杉。

      20180216茨城百景 富谷観音33
      20180216茨城百景 富谷観音34


      20180216茨城百景 富谷観音35



基本は神社派ですが...............
せっかく訪れた富谷観音( 小山寺 )。
御朱印をいただく事に。

      20180216茨城百景 富谷観音36


富谷観音の御朱印は、同じ桜川市の月山寺でいただく事が出来ます。

御朱印もいただいたし、茨城百景の碑も見つけることが出来たから
これで本当に『茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音』が制覇出来ました。




2018/04/03 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 峰寺山 (2018年1月18日)(茨城県石岡市) 

1月18日

この日は、茨城県の石岡市に出かけました。

石岡市にも茨城百景の地は何ヶ所かあるのですが
何せ平成17年に旧・八郷町と合併したから、石岡市も広い。

旧・八郷町域には、茨城百景の一つである『峰寺山』があります。

昭和25年に選定された茨城百景。
その一つである『茨城百景 峰寺山』。
そもそも峰寺山は、茨城県石岡市の北西部にある標高379.6mの山です。
石岡市と桜川市の境付近を南北に連なる筑波連山北部の支峰の一つで、
弁天山の東に位置しています。

峰寺山の中腹には、天台宗の古刹西光院とレジャー施設の東筑波ユートピアがあります。
西光院は「関東の清水寺」と呼ばれ、懸造の本堂からは八郷盆地を一望することができます。
また、東筑波ユートピアは猿を中心とした動物公園として知られているそうです。


茨城百景の碑は、西光院の境内に在ると言うことなので
とりあえず、西光院を訪れてみます。

峰寺山の中腹にある西光院。
曲がりくねった道を車を走らせ到着します。

      20180118茨城百景峰寺1



山の中腹にある古刹だから、しっかりとした山門があるのかと思えば
山門は質素なモノ。

      20180118茨城百景峰寺02


山門の脇には、何やら注意書き。

      20180118茨城百景峰寺04


更には、 びいすけ にとっては追い打ちを掛ける非常な注意書き。

      20180118茨城百景峰寺05


仕方がないから、 びいすけ はココまで。

      20180118茨城百景峰寺06

駐車場に停めた車の中で留守番です。


崖に建つ本堂。

      20180118茨城百景峰寺07

ここからの眺望が茨城百景にあたるらしいが
基本的には撮影禁止。

住職さんの奥さんに撮影禁止と言われましたが
『茨城百景を追いかけていて、石碑諸々を撮りに来ました』と言って
今回だけ、許可を頂きました。


こちらが、茨城百景の碑。

      20180118茨城百景峰寺08


『茨城百景 峰寺山』と刻まれています。

      20180118茨城百景峰寺09



庫院の庇にも、手作りの碑(?)。

      20180118茨城百景峰寺10


過去に、観光目的のみで訪れる人が多く
現在は、その眺望を撮影する事が禁止されてしまっています。
確かに、この地は寺院であり.参拝が本来の目的のはずだと言うのは分かるのだが...............。

寺院等の社寺仏閣を百景の地と選定するのは
今の御時世では、無理があるのかも知れないなぁ...............




2018/03/05 Mon. 14:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 山の荘 (2018年1月18日)(茨城県土浦市) 

1月18日

この日は、茨城県の石岡市に出かけました。

千葉県から利根川を渡り、利根町→龍ケ崎市→牛久市→土浦市と抜けて
朝日峠の朝日トンネルを抜ければ石岡市。

朝日トンネルの手前の 小町の里 で小休止。
確か、この近くに 昭和27年に廃校になった山ノ庄村立小野小学校が何処にあるはず。
その場所を調べるのも良いかな?と思ったけれど
冬の田舎の朝の8時半、出歩いている人は誰もいない。

9時近くになって、小町の里 の職員の方が見えられたけど
誰もそんな昔(昭和27年)の事は知らない。

そう言えば、近くの 日枝神社 に茨城百景の碑が在ると聞き
日枝神社に行ってみました。

そもそも茨城百景と言うのは、昭和25年に茨城県観光審議会が選定した
茨城県内の100の景勝地のことです。


茨城百景 山ノ荘 は、包括風景として、清滝観音堂 東城寺 向上庵 御経塚 
駒ケ滝 日枝神社が含まれます。



こちらが、日枝神社の社号標。

      20180118茨城百景山の荘01


      20180118茨城百景山の荘02



そして、一の鳥居。

      20180118茨城百景山の荘03


木々が生い茂り、社殿まで続く長い参道。

      20180118茨城百景山の荘04



この長い参道を利用して、日枝神社の流鏑馬が行われるようです。

土浦の日枝神社の流鏑馬祭は、山ノ荘地区の平和と五穀豊穣を祈願したもので、
毎年4月第1日曜日に行われているそうです。
この流鏑馬は、村人に害をなした大猿を
領主と弓の達人が退治したという室町時代の伝承を基にしたもので、
物語性を持つ珍しい流鏑馬だそうです。

御輿御渡所。

      20180118茨城百景山の荘05


その先には、三の矢場。

      20180118茨城百景山の荘06



二の矢場。

      20180118茨城百景山の荘07



そして、一の矢場。

      20180118茨城百景山の荘08


参道に建てられた日枝神社の説明板。

      20180118茨城百景山の荘09


参道からの二の鳥居。
奥には日枝神社の社殿。

      20180118茨城百景山の荘10



参道の左脇に、茨城百景の碑を発見。

      20180118茨城百景山の荘11


見慣れた茨城百景の碑とは、ちょっと違う。

      20180118茨城百景山の荘12

碑文によれば、本来の茨城百景の碑は、本来は別の場所に在ったらしい。
道路拡張時に誤って破損してしまったらしい。
地元の有志が、この場所に新しい 茨城百景の碑 を記念碑として建てたらしい。


この場所は、日枝神社の境内。
確かに、茨城百景 山ノ荘 の包括地区に日枝神社も盛り込まれているから
この場所に碑が建てられても間違いではない。


日枝神社の流鏑馬の説明板。

      20180118茨城百景山の荘13


その脇には、流鏑馬祭の記念碑。

      20180118茨城百景山の荘14



こちらが手水舎。

      20180118茨城百景山の荘15



二の鳥居。

      20180118茨城百景山の荘16


金網のフェンスに囲まれた茨城県指定の伝統工芸品である石灯籠。

      20180118茨城百景山の荘17



さらには、日枝神社の沿革の刻まれた碑。

      20180118茨城百景山の荘18



狭い境内には、石版や碑が多い。

      20180118茨城百景山の荘19



こちらが拝殿。

      20180118茨城百景山の荘20


      20180118茨城百景山の荘21



別アングルからの拝殿。

      20180118茨城百景山の荘23


見た感じ本殿のようにも見えるけど、おそらく神楽殿。

      20180118茨城百景山の荘22


      
拝殿の奥にある本殿。

      20180118茨城百景山の荘24



本殿の飾り彫刻。

      20180118茨城百景山の荘25


こちらが社務所。

      20180118茨城百景山の荘26

現在は、無住の社務所。
宮司さんも離れた隣の集落に住んでおられるということで
社務所は、パラグライダーの事務所として使われているようです。


小町の里 で見せてもらった新治村史によれば、
かつて、日枝神社の参道近くに、山ノ荘村立小野小学校が在ったらしい。
宮司さんが居れば、詳しい場所が聞けたかも知れないし
ひょっとしたら、日枝神社の御朱印もいただけたのかも知れない。

ちょっぴり残念...............。



2018/03/03 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 新利根川の釣り場 》 (2017年11月11日)(茨城県稲敷市) 

11月11日  

茨城県の稲敷市に出かけたこの日。

稲敷市にある 茨城百景 《新利根川の釣り場 》に立ち寄ってみました。


稲敷市から千葉県の神崎町へと続く県道107号線。
新利根川に架かる幸田橋の袂。

      20171111 新利根川の釣り場01



茨城百景の碑が在りました。

      20171111 新利根川の釣り場02



こちらが、茨城百景の碑。

      20171111 新利根川の釣り場03


      20171111 新利根川の釣り場04


      20171111 新利根川の釣り場05



茨城百景 《 新利根川の釣り場 》の名が示す通り
この辺りは格好の釣り場のようです。

      20171111 新利根川の釣り場06


休日(土曜日)の長閑な午後、釣り糸を垂らす太公望も意外に多い。

      20171111 新利根川の釣り場07


      20171111 新利根川の釣り場08


      20171111 新利根川の釣り場09


      20171111 新利根川の釣り場10


あいにくの曇り空ですが...............

長閑な休日を感じさせる風景です。






2017/12/27 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit