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び・び・びのびいすけ

茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音 《名勝 桜川 》《 磯部桜川公園》(2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。

桜川市には、『茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音』と言う景勝地があります。

とりあえず、富谷観音 には足を伸ばしてみたから
これにて完了! と思っていたら、どうやら富谷観音よりも
『桜川』の方が景勝地としては秀でたものがあるようで
『名勝 桜川』と言われるほどだから、素通りは出来ません。
ましてや、茨城百景の碑もあると言う。

と言う事で訪れたのは...............名勝 桜川


『名勝 桜川』は,茨城が誇る桜の名所です。
桜川の桜は,「西の吉野,東の桜川」と並び称されるほど有名で、
平安時代にはすでに多くの人に知られていたそうです。
中でも磯部桜川公園では、天然記念物に指定された11種類の貴重な桜に出会えるそうです。
桜川の桜は、東北産の白山桜が中心で、梅鉢桜・桜川匂・薄毛桜・白雲桜・初見桜・樺匂
青桜・青毛桜・源氏桜・大和桜・初重桜などがあるそうです。
また、水戸藩藩主の水戸光圀公は、水戸の川沿いに桜川のサクラを移植し、
その川を「桜川」と名付けるほど,「桜川のサクラ」がお気に入りだったようです。

室町時代に世阿弥元清が著わした謡曲「桜川」は、
この桜川沿岸の悲話から題材をとったものと言われています。
人買いの手に渡った我が子を探し求めてこの地に来た母が、
磯部寺の僧の弟子になっていた我が子と巡り会う、という話で、
この磯部寺は磯部神社の境内にあったと伝えられています。
水戸光圀公や笠間藩主牧野貞喜らも桜川に度々訪れており、
光圀はこの桜を水戸へ移植して、そばの川を桜川と名付けたという逸話が残されています。
また、将軍・家綱は隅田川堤へ、将軍・吉宗は小金井堤へ桜川の桜を移植させたそうです。




こちらが、『磯部・桜川公園』

      20170626 名勝 桜川01

すなわち、名称 桜川 の地です。


公園入口近くに、立派な説明板。

      20170626 名勝 桜川02



それなりに広そうな公園だから、案内板でしっかりチェック致しましょう。

      20170626 名勝 桜川03



陽射しが強くなって来たけれど、頑張って散策してみましょう。

      20170626 名勝 桜川04



おっと、その前に水分補給も忘れずに。

      20170626 名勝 桜川05



桜の名所だけあって、桜の木が多い。

公園内の遊歩道の両脇にも桜の木があり
生い茂った桜の葉が、適度な日除けとなってくれます。

      20170626 名勝 桜川06



石碑を発見!

こちらは、旧・岩瀬町に住んでいた女流歌人 植田多喜子氏 の歌碑のようです。

      20170626 名勝 桜川07


公園内は芝生の養生をしているのか?
場所によってはロープが張られ、立ち入り出来ない箇所もあるけれど
芝生は、かなり気持ち良さそう。

      20170626 名勝 桜川08



芝生に腹ばいになる びいすけ 。

      20170626 名勝 桜川09



嫌な予感を感じた瞬間...............

お得意のローリングが始まりました。

      20170626 名勝 桜川10


      20170626 名勝 桜川11

『うげっ! うげっ!』と奇声を発しながら
気持ち良さそうに、芝生の上をのたうち回る びいすけ 。



さて、散策を続けましょう。
この公園内のどこかに茨城百景の碑があるはず...............

      20170626 名勝 桜川14



茨城百景の碑を探していたら
こんなモノが目にとまりました。

      20170626 名勝 桜川16

オッ! オリエンテーリングのポスト。
この磯辺・桜川公園もオリエンテーリングのコースの一部になっているんですね。


しばらく進むと、視界に石碑が入って来ました。

      20170626 名勝 桜川15


      
数日前の『富谷観音』の記事に載せてしまいましたが
茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音 の碑です。

      20170626茨城百景 富谷観音20


包括地の 磯部月山寺 も記されています。

      20170626茨城百景 富谷観音21

茨城百景の地に百景の碑が建つ。
これがまさしく王道。
離れた地に石碑を建てても意味が無いはず。



さらに、公園内(名勝 桜川)の散策を続けましょう。

      20170626 名勝 桜川17



ロープで規制された芝生広場に入ります。

      20170626 名勝 桜川18



新たな石碑発見!

      20170626 名勝 桜川19


大正13年に当時の内務省に認定された 『名勝 桜川』の碑。

      20170626 名勝 桜川20



そして、名勝 桜川 の碑の傍らには、石倉翠葉の句碑。

      20170626 名勝 桜川21

明治時代の俳人・文学者で、岩瀬町出身の石倉翠葉は、
当時衰退の危機にあった「桜川のサクラ」を再興しようと、
弱冠20歳にして『櫻川事蹟考』を出版して、「桜川のサクラ」の顕揚に尽力しました。

石倉翠葉による『櫻川事蹟考』の出版と、そのための調査が礎となり、
大正時代になると史跡名勝天然記念物調査員が桜川の調査に訪れます。
桜川には大変貴重な桜が多いことから、大正13年「名勝桜川」として国の指定を受けることとなりました。

この句碑は、桜川の名勝、特別天然記念物の指定を受けることに
結果的に貢献した石倉翠葉の功績を讃えるモノなんですね。



芝生広場には、多くの桜があります。

      20170626 名勝 桜川22



この桜の1本、1本が貴重なモノなんですね。

      20170626 名勝 桜川23



立ち入りをロープで規制している理由がわかりました。

      20170626 名勝 桜川24


春になれば、素晴らしい光景になるんでしょう。


今は葉桜だから、感動も盛り上がりも今一歩なんですけどね...............

      20170626 名勝 桜川25


さて、名勝 桜川もそれなりに堪能出来たから
そろそろ遅くなったお昼ご飯にでもしましょうか...............?


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2017/07/21 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 謡曲桜川の桜と富谷観音 》①(2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日 公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


昨年から追いかけている『茨城百景』。
桜川市には、『茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音』と言う景勝地が選定されており、
富谷観音に茨城百景の碑が在るということで、富谷観音に訪れてみました。


九十九折りの山道(舗装路)を巧みな(?)ハンドル捌きで車を走らせ
富谷山の頂上近くにある富谷観音にやって来ました。

      20170626茨城百景 富谷観音01


富谷観音は、正式には『施無畏山宝樹院小山寺』と言います。
富谷山に在る観音様という事で富谷観音と呼ばれているのが通称となってしまったようです。

その歴史は古く、天平7年(735年)に聖武天皇の勅願により、
行基を開基として創立されたと伝えられています。
仁王門、本堂、三重塔などで構成された、桜川市を代表する古刹です。
開運・安産・子育てに御利益がある三重の塔は国の重要文化財に指定されています。

この三重塔は相輪の銘によると、寛正6年(1465)に多賀谷朝経が大旦那となり、
大工宗阿弥家吉とその息子によって建立されたものだと言うことです。



富谷観音の入口。

      20170626茨城百景 富谷観音02



それでは、敷地内を散策いたしましょう。

      20170626茨城百景 富谷観音03



桜川市の観光スポットでもあるから、案内板や説明板も多い。

      20170626茨城百景 富谷観音04


      20170626茨城百景 富谷観音05



こちらが、仁王門。

      20170626茨城百景 富谷観音06

立派な風格。



仁王門(山門)の扁額。

      20170626茨城百景 富谷観音07


      20170626茨城百景 富谷観音08



仁王像。
向かって右側だから、開口の阿形像。

      20170626茨城百景 富谷観音09



向かってや左側。口を結んだ吽形像。

      20170626茨城百景 富谷観音10



仁王門をくぐり、石段を上って本堂へと参りましょう。

      20170626茨城百景 富谷観音11



こちらが、本堂。

      20170626茨城百景 富谷観音12


別アングルから。

      20170626茨城百景 富谷観音13


本堂に掲げられた額。

      20170626茨城百景 富谷観音14



そして扁額。

      20170626茨城百景 富谷観音15

朱色の本堂が富谷観音の尊厳さを引き立てている感じがします。




鐘楼。

      20170626茨城百景 富谷観音16



境内には、桜川市で天然記念物の大杉。

      20170626茨城百景 富谷観音17

樹齢700年以上と言われています。



そして、国指定文化財(昔の国宝)の三重塔。

      20170626茨城百景 富谷観音18


      20170626茨城百景 富谷観音19



境内をくまなく探しましたが、茨城百景碑は見つかりませんでした。

後でネットで調べたら、どうやら富谷山の麓。
富谷観音へと続く参道近くに在るようです。

詳しい場所はよく分かりませんが
いつかまた、探しに行きたいと思います。


『茨城百景 謡曲桜川の桜と富谷観音』 の碑は、磯部・桜川公園にもあるそうです。


こちらが、その碑。

      20170626茨城百景 富谷観音20


      20170626茨城百景 富谷観音21


こちらの碑には『浪曲桜川と富谷観音 磯部月山寺』となっている。


本当は、この碑じゃないんだよなぁ。
やっぱり富谷観音の碑じゃないと。

いつか、リベンジしなくちゃ!




2017/07/18 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 伝正寺と加波足尾 》②  (2017年6月26日)(茨城県桜川市) 

6月26日  公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。



昨年から始めた、『茨城百景』巡り。

百景の石碑を探しながら、景勝地を巡る...............
はたまた、景勝地を巡りながら、石碑を探す...............

実はこれが意外に楽しく、ハマってしまいました。


そもそも『茨城百景』とは、茨城県観光審議会によって昭和25年に選定されたモノで
茨城有数の景勝地が100ヶ所網羅されています。
いわゆる、昭和25年当時の茨城県下の景勝地になります。
当然、時代の移り変わりにより、形状が変更したり、存在しないものもあるそうです。

ネットで調べてみると、昭和25年に選定された地に『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探し求めて、追いかけている人がかなり居るようです。


以前、茨城百景 《 伝正寺と加波足尾 》の碑は、
桜川市にある筑波鉄道の廃線跡の旧・真壁駅跡で見つけましたが
(正確には、『茨城百景 伝正寺と真壁城址』の碑)
どうやら、お隣の駅にあたる旧・樺穂駅にも、茨城百景の碑があるらしいと言うことで
探しにやって来ました。



鉄道の線路(軌道)は撤去されていますが
ホーム跡は健在。

      20170626茨城百景 加波山②01

サイクリングロードになっていますが、
廃線のホーム跡の面影は残っています。



ホーム跡の木々の間の雑草の茂った辺りに石碑か在る?

      20170626茨城百景 加波山②02


曇り空(千葉から車でいどうちゅな雨が降ったりして天候は安定していない)で
薄暗い上に、木々に間でさらに暗い。

      20170626茨城百景 加波山②03



おまけにツタが絡まるように、石碑も雑草に覆われて見づらい。

      20170626茨城百景 加波山②04



近づいて確認すると、『茨城百景』の文字が確認できる。

      20170626茨城百景 加波山②05


加波山 足尾山 の文字も読める。

      20170626茨城百景 加波山②06



これが、『茨城百景 加波山 足尾山』の碑。

      20170626茨城百景 加波山②07


      20170626茨城百景 加波山②08


考えてみたら、旧・真壁駅は伝正寺に近く、
まだ自動車が普及していない昭和25年当時は
筑波鉄道が唯一の交通手段であり、
真壁駅前に『茨城百景 伝正寺』の碑を建てたのでしょう。

また、加波山は樺穂駅が最寄りの駅となるため
こちらに『茨城百景 加波山』の碑を建てたのでしょう。






ホーム跡から見える加波山。

      20170626茨城百景 加波山②09




ふと視界に入った、ホーム跡の雑草の中に小さな碑。

      20170626茨城百景 加波山②11

よく見ると、『かばほのさくら』と刻まれています。

樺穂の桜 と言う意味でしょう。


旧・筑波鉄道の駅跡には古い桜の木が多く残されている。

      20170626茨城百景 加波山②12


鉄道も無くなり、誰も訪れることも無くなった旧・樺穂駅跡。

忘れさられた桜の木々と、茨城百景の碑がポツンと残された姿は
やけに印象的でした...............





2017/07/13 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 雨引観音 》   (2017年2月6日)(茨城県桜川市) 

2月6日  公休日

この日は、茨城県の桜川市に出かけました。


五所駒瀧神社をあとにして、向かった先は...............茨城百景 雨引観音

昭和25年に制定された茨城百景。
そもそも、 つ茨城県観光審議会が選定した100の景勝地です。

桜川市にある雨引観音も茨城百景に選定されています。



雨引観音は正式には雨引山楽法寺と名称で、
中国から帰化した法輪独守居士が587年に開山したと伝えられる古刹です。
聖武天皇、光明皇后の帰依が厚く、その後、弘法大師によって真言宗の道場となりました。
現在は安産子育ての霊場として広く知られる関東屈指のお寺です。
桜の名所でもあり、また6月には「あじさい祭」も開かれます。


『 茨城百景 雨引観音 』の碑は、雨引観音の門前辺りにあるのかと思えば、
それが、また遠く離れた場所に在りました。

旧・筑波鉄道雨引駅跡に在りました。

      20170206茨城百景 雨引観音01



『 茨城百景 雨引観音 』の碑です。

      20170206茨城百景 雨引観音02

良く良く考えてみたら、茨城百景が制定された昭和25年当時は
まだまだ車社会ではなく、鉄道を利用する時代だったんですね。
その為、駅前とか駅のホームに百景の碑が建っていたんですね。


旧・雨引駅にも旧・真壁駅同様、立派な桜の木が多い。

      20170206茨城百景 雨引観音03


雨引駅は、筑波鉄道の廃線後、つくばりんりんロードの
雨引休憩所となっています。

      20170206茨城百景 雨引観音04



ホームの形態は往時のままですね。

      20170206茨城百景 雨引観音05


      20170206茨城百景 雨引観音06



雨引駅から数キロ先。
曲がりくねった道を走り、雨引観音の駐車場に到着。

それなりの高さだから、駐車場からの景観は良い。

      20170206茨城百景 雨引観音07


      20170206茨城百景 雨引観音08



では、雨引観音を探索いたしましょう。


いきなり、視界に入った看板。

      20170206茨城百景 雨引観音09

引き綱(リード)を離すな=ノーリードにするな!と言うことは
基本的には犬連れOKなんですね。
ちょっぴり安心。

社寺仏閣によつては、敷地内ペット禁止なんて言うのもあるからね。



それでは、正面から入りましょう。


立派な薬医門の脇に建つ寺号標。

      20170206茨城百景 雨引観音10



そして薬医門の反対側の脇には、物凄く大きな石灯籠。

      20170206茨城百景 雨引観音11

びいすけ と比較してみると、少しは大きさが分かるかな?


そして、立派な立派な薬医門。

      20170206茨城百景 雨引観音12

実は、この門は真壁城の薬医門。
真壁城が廃城後に移築されたらしい。


城門に相応しい、重厚な門です。

      20170206茨城百景 雨引観音13


      20170206茨城百景 雨引観音14



石段を上って行きましょう。

      20170206茨城百景 雨引観音15

この石段は俗に厄除けの石段と言われ、
一段一段登るごとに「南無観世音菩薩」と称号を唱えて登れば、
145段を登りつめた時、厄が落ちると言われているそうです。

正式には、磴道(とうどう)と言うらしい。



石段途中に見える鐘楼堂。

      20170206茨城百景 雨引観音16


      20170206茨城百景 雨引観音17



石段からちょっぴり脇に逸れれば、子安地蔵堂。

      20170206茨城百景 雨引観音18


      20170206茨城百景 雨引観音19



石段を上って辿り着いた仁王門。

      20170206茨城百景 雨引観音20


      20170206茨城百景 雨引観音21


仁王門の扁額。

      20170206茨城百景 雨引観音22



石段途中で見かけた椎の巨木。

      20170206茨城百景 雨引観音38


『宿椎』と言うらしい。

      20170206茨城百景 雨引観音37




さらに石段を上りきれば、雨引観音の本堂(観音堂)です。

      20170206茨城百景 雨引観音23


      20170206茨城百景 雨引観音24


扁額もズバリ、『観音堂』。

      20170206茨城百景 雨引観音25

そのまんまだし(笑)。


雨引観音の歴史の書かれた説明板。

      20170206茨城百景 雨引観音26


由緒書きの碑。

      20170206茨城百景 雨引観音27



こちらは、東照宮。

      20170206茨城百景 雨引観音29


      20170206茨城百景 雨引観音28


      
こちらは、多宝塔。

      20170206茨城百景 雨引観音30


      20170206茨城百景 雨引観音31

ネットで近隣の大きな寺院を調べてみると
この地域には三重塔のような多宝塔が在る寺院が多いようです。
地元ではあまり見かけないから、ちょっぴり新鮮に感じたりします。



こちらは、奥の院(客殿)。

      20170206茨城百景 雨引観音32




そして、六角堂

      20170206茨城百景 雨引観音33


六角堂の本尊は薬師如来。

      20170206茨城百景 雨引観音34



本坊前の見晴台(展望台)。

      20170206茨城百景 雨引観音35


さすがに景観は良い。

      20170206茨城百景 雨引観音36



時代(月日)が流れて、雨引観音の仏閣が建て変わっても
この場所から眺める景観は、きっと変わらないんだろうなぁ。
この不変さこそ、茨城百景の名に相応しいと感じたりします。







      

2017/03/09 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景 《 伝正寺と加波足尾 》   (2017年2月6日)(茨城県桜川市) 

2月6日  公休日

この日は茨城県の桜川市、旧・真壁町に出かけました。
真壁に来た最たる目的は、『真壁のひなまつり』ですが
車を停めたのは、つくばりんりんロードの真壁休憩所の駐車場。

つくばりんりんロードは、かつて土浦駅と岩瀬駅を結んでいた路線である筑波鉄道の廃線跡で
真壁休憩所は、真壁駅が在った所です。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址01


実は、この旧・真壁駅の構内に茨城百景の碑が建っています。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址02


こちらが、茨城百景の碑。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址03


      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址04

昭和25年に制定された茨城百景では
『伝正寺と加波足尾』の筈?
こちらの碑は『伝正寺と真壁城址』になっている。

いつから変わったんだろう(笑)。


真壁休憩所は、真壁駅の面影を残しています。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址05


      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址06



では、茨城百景を巡りましょう。
本来の『茨城百景 伝正寺と加波足尾』だと包括地区が
真壁城址,加波山神社となっています。


まずは、伝正寺。

伝正寺は、「どっこい真壁の伝正寺」で知られているそうですが
全く知らなかった...............。
1268年、真壁城主・真壁時幹が法心禅師(真壁平四郎)のために建てた寺だそうです。
初代真壁藩主・浅野長政の菩提寺としても有名で、
境内には長政夫妻の墓や浅野本家最後の城主・長勲夫妻の石像があるそうです。


ところが、伝正寺に来てびっくり⁉️。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址07

参道には通行止めの看板。


山門は朽ち果て、雑草が茂り荒廃している。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址08


別な導線があるのかと、回りこんでみると
今度はこんな看板。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址09

どうやら、東日本大震災でかなりのダメージを受けたようです。

とは言っても、あれからもうすぐ6年が経つ。
まだ復旧作業をしているの? と思いながら敷地内に入ってみると...............

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址10



確かに本堂や鐘楼は工事中。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址11

境内には大小様々な石碑類が横倒しになっていました。
まだまだ復旧作業が完了するには時間が必要なようです。



伝正寺は諦め、真壁城址に移動しましょう。


真壁城址は以前訪れたことがあります。
前回はじっくり探索したので、今回は主郭(本丸)周辺をさらっと回ってみます。


二の丸にある真壁城址の看板。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址12


      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址13


この日は風が強かった。

元々、筑波の山から吹きさらす風が強いのか?
いつになく、 びいすけ の耳が揺れています。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址14



加波山をバックに一枚。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址15


二の丸の土塁と空堀。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址16




本丸にて。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址17


説明板の縄張り図。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址18


本丸には二基の城址碑。

こちらは古い方の城址碑。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址19

『真壁城址』と刻まれています。


こちらは、平成6年に建てられた新しい城址碑。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址20

こちらには『真壁城跡』と刻まれています。
実は、この年(平成6年)に真壁城は国指定史跡に登録されました。
その記念に新たに建てられたのでしょう。



本丸と二の丸に架かる土橋。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址21



そして、本丸の土塁。

      20170206茨木百景 伝正寺と真壁城址22


確か、前回訪れたのが2013年。
今から5年前。
あの当時も発掘調査と史跡公園整備事業が進められていたけれど
未だに調査は終わっていないようです。

伝正寺の復旧作業と言い、真壁城址の発掘調査と言い
果たして何年も掛けて行うものなんだろうか?

ひょっとしたら地域性なのかな?などと思いながらも
茨城百景『伝正寺と真壁城址』(?)これにて制覇です。




2017/03/06 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景  《 岡堰 》   (2017年1月31日)(茨城県取手市) 

1月31日  公休日

この日は、廃校巡りに茨城県の取手市に出かけました。

廃校巡りのついでに、城址巡りや茨城百景巡りもしたりして...............。


岡城址からほど近い小貝川。
この小貝川に茨城百景があると言うことで
訪れたのは...............茨城百景 岡堰



岡堰は、江戸時代幕府が成立し、
寛永年間(1624〜1644)に関東郡代となった伊奈半十郎忠治は、
洪水を防ぐために鬼怒川と小貝川を分離しました。
そして現在の取手市戸田井付近の台地を切り開き、
利根川と合流する今のような流路が出来上がりました。
河川の改修事業は、利根川を銚子沖に付け替える東遷事業の一環として行われたもので、
小貝川は鬼怒川と切り離されることで、川筋が一定になります。
そして、寛永7年(1630)に設けられたのが岡堰です。
作られた堰は、水田に水を供給する農業用水路に生まれ変わりました。

岡堰は、上流の福岡堰、下流の豊田堰と共に、関東の三大堰の一つとされています。


岡台地の岡神社(岡城址)から歩いて小貝川の堤防に着きました。

      20170131岡堰01


堤防にどぉ〜んどお建っている茨城百景の碑。

      20170131岡堰02


『 茨城百景 岡堰 』の碑です。

      20170131岡堰03

以前は堤防の入口、民家に脇に建っていたようですが
現在は、堤防の上に移設されたようです。



百景の碑の前には小貝川。

      20170131岡堰06


      20170131岡堰04


中洲に見えるのが、旧・岡堰。

      20170131岡堰05


茨城百景が制定された昭和25年には、まだこちらの岡堰が活用されていましたが
平成8年に新・岡堰が完成し、旧・岡堰はほとんどが解体されてしまいました。    

旧・岡堰があった中ノ島には、岡堰の一部が残されています。

      20170131岡堰07

現在は中ノ島公園となっている中ノ島。
以前は、農暇期の小貝川の水量が少ない時期にしか渡ることが出来ませんでしたが
現在は中ノ島へ渡る橋も出来、簡単に渡ることが出来るようになりました。


旧・岡堰を別アングルから。

      20170131岡堰08


岡堰の一部。
煉瓦が時代を感じさせます。

      20170131岡堰09


中ノ島から眺める小貝川。

      20170131岡堰10


      20170131岡堰11

これこそが、茨城百景なんですね。



こちらが、平成8年に完成した新・岡堰。

      20170131岡堰17


      20170131岡堰12



中ノ島公園には、こんな像があります。

      20170131岡堰13


間宮林蔵の像。

      20170131岡堰14

対岸の旧・伊奈町が間宮林蔵の生まれ育った地。
旧・伊奈町(現在のつくばみらい市)には、間宮林蔵の生家や墓もあるそうです。


こちらは、『間宮倫宗先生發祥地』の碑。

      20170131岡堰15

正確には対岸の町なんだけどね(笑)。

ちなみに倫宗(ともむね)は本名で、林蔵は通称らしい。
でも、通称の『間宮林蔵』の方が一般的ですねー。



中ノ島公園の芝生広場。
何となく嫌な予感はしていたんですが...............

      20170131岡堰16

やっぱり、芝生でローリング。

どうせなら、枯れ芝生の時期じゃなくて
青々とした芝生の上でローリングして欲しいなぁ。

っていうことは、芝生も青々とする時期に
また来ないといけないなぁ................




 



2017/03/01 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景  《 大利根の展望② 》   (2017年1月31日)(茨城県取手市) 

1月31日  公休日

この日は、取手市の廃校巡りに出かけました。


取手市の小文間地区にある小文間小学校をあとにして
次なる廃校に向おうとしていましたが、
小文間公民館の前で、こんな地図を見かけました。

      20170131利根川の眺望②01

『 昔・今 小文間街道マップ 』

小文間地区の名所等が記されている地図です。


その地図に 旧・茨城百景、茨城百景 の記載がある。

『こんな所に茨城百景ってあったっけ?』

素朴な疑問が頭をよぎります。
もし本当に茨城百景ならば、素通りは出来ません。
と言うことで地図の案内を頼りに、その茨城百景なる場所に向かってみました。


県道11号線の馬坂近くに、茨城百景があります。

      20170131利根川の眺望②02


こちらが、その茨城百景の碑。

      20170131利根川の眺望②03



碑には『 茨城百景 大利根の展望 』と刻まれています。

      20170131利根川の眺望②04

あれっ?
『 茨城百景 大利根の展望 』って、確か利根町の布川にある徳満寺の境内に碑がなかったっけ?


よ〜く考えてみたら、茨城百景って包括地区があるから
こちらの茨城百景は包括地区の面足神社からの利根川の展望のようです。
涸沼の時も茨城百景の碑は2ヶ所に在ったから
この場所に在ってもおかしくはない。


この階段を上がっていけば、面足神社。

      20170131利根川の眺望②05

ここまで来て、その展望を確認しないわけにはいきません。


テンポ良く、階段を上がって行く びいすけ 。

      20170131利根川の眺望②06



面足神社の鳥居脇が拓けていて、展望が利く。
ここが 茨城百景 大利根の展望 です。

      20170131利根川の眺望②07



こちらが、面足神社の鳥居。

      20170131利根川の眺望②08


鳥居に掲げられた神額。

      20170131利根川の眺望②09


鳥居脇には、利根川や印旛沼に近い集落に多い庚申塔と二十三夜塔。

      20170131利根川の眺望②10



面足神社の参道。
正面が面足神社の拝殿。

      20170131利根川の眺望②11



こちらが、拝殿。

      20170131利根川の眺望②12



拝殿に掲げられた神額。

      20170131利根川の眺望②13



拝殿脇にも庚申塔や二十三夜塔。

      20170131利根川の眺望②14



鳥居から県道へと続く未舗装の道には、こんな説明板。

      20170131利根川の眺望②16

説明板によれば、面足神社は通称『大六天』と呼ばれていたらしい。
確かに大六天は茨城百景の包括地区になっている。

      20170131利根川の眺望②17




この辺りが、旧・茨城百景の地。

      20170131利根川の眺望②18

県道が拡張された時に、ひょっとしたら百景の碑を移転したのかな?


確かに木々が邪魔して、利根川の眺望は今一歩。

      20170131利根川の眺望②19



思いもしない場所で、偶然見つけた『茨城百景』と百景の碑。
なんか、すごく得した気分です。




2017/02/25 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景  《 水の里安中 》   (2016年11月12日)(茨城県稲敷郡美浦村) 

11月12日  公休日

この日は、茨城県の行方市周辺の茨城百景巡りに出かけました。


茨城百景とは、茨城県観光審議会によって昭和25年に選出された
茨城有数の景勝地が100ヶ所網羅されています。
時代の移り変わりにより、形状が変更したり、存在しないものもあるそうです。
ネットで調べてみると、昭和25年に選定された地に『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探し求めて、追いかけている人がかなり居るようです。

実は、私もその一人であり、最近になって茨城百景を追いかけることにいたしました。


そんな訳で、向かった先は...............茨城百景 水の里 安中


こちらの茨城百景の碑は、事前にネットで調べていたら、
安中地区多目的研修センターの門近くに在ると言う事なので
安中地区多目的研修センターを目指します。


安中地区多目的研修センターに到着。

      20161112茨城百景 水の里安中01

画面中央、研修センターの敷地斜面に石碑が見えます。



近寄ってみましょう。

      20161112茨城百景 水の里安中02



石碑の下部は草に覆われていますが、
『 茨城百景 水の里安中 』の碑です。

      20161112茨城百景 水の里安中03


      20161112茨城百景 水の里安中04


水の里と言う事だが、この辺りは一面の田園風景が広がる長閑な所。

      20161112茨城百景 水の里安中08

さほど霞ケ浦から離れていないから、この辺りも干拓された地なのだろうか?


それよりも気になったのは、安中地区多目的研修センター。

      20161112茨城百景 水の里安中05

入口の門構えが、まるで学校跡のようにも見える。


門柱もそれっぽく見えなくもない。

      20161112茨城百景 水の里安中06



研修センターの奥に建っているシルバー人材センターの建物は
校舎のようにも見えなくもない。

      20161112茨城百景 水の里安中07

この日は、土曜日でシルバー人材センターも休み。
研修センターにも誰も人が居なくて確認出来ず、詳細は不明。
敷地内をぐるっと見て回ったけど、廃校遺構らしきモノは無いから
気のせいかなぁ...............?



研修センターの敷地の斜面には、2つの祠。      

      20161112茨城百景 水の里安中09


      20161112茨城百景 水の里安中10

地域の信仰の対象だったようです。



百景の碑の近くは、コレと言ったモノ、見処は無さそうです。


茨城百景は包括地でもあるから、水の里安中の包括地
(丈六薬師,陸平の貝塚,馬掛一斗落,馬掛不動尊,
不動浦,大山弁天の鼻,弁天山)の中から
馬掛不動尊に行ってみることにしました。

しかし、この馬掛不動尊の場所がよく分からない。

自転車に乗っていた老人に場所を聞いて、何とか辿り着きます。


この石段を上った先に馬掛不動尊はあるらしい。

      20161112茨城百景 水の里安中11


石段手前に碑が在りました。

      20161112茨城百景 水の里安中12


良く見ると...............

『茨城四十五景 馬掛不動尊』 の碑でした。

      20161112茨城百景 水の里安中13

この地は、茨城百景の包括地であるけれど
茨城四十五景の地でもあるんですね。


石段を元気良く駆け上がる びいすけ 。

      20161112茨城百景 水の里安中14


石段を上った先には、お堂が在ります。

      20161112茨城百景 水の里安中15



これが馬掛不動尊。

      20161112茨城百景 水の里安中16


      20161112茨城百景 水の里安中17



馬掛不動尊の背後の山(台地)は、馬掛城址らしい。
確かに、お堂の脇から台地に上って行く登城路らしきものがあるけれど
奥は薮状態で、中に入って行く気にはなれない。

      20161112茨城百景 水の里安中18


馬掛不動尊の在る場所は高台だから、霞ケ浦の眺望が良い筈なんですが
残念ながら繁った木々が邪魔をして、霞ケ浦を望めない。


仕方がないので、台地を下り、霞ケ浦の湖畔へと向かいます。

時刻も陽が陰り出す頃になり、馬掛不動尊の台地が陽を遮り
若干、暗めの画像ですが...............

霞ケ浦の湖畔。

      20161112茨城百景 水の里安中19


      20161112茨城百景 水の里安中20


      20161112茨城百景 水の里安中21


これが、私 と びいすけ にとって水の里になるのかな?

『茨城百景 水の里安中』、これにて制覇といたしましょう。




2016/12/04 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景  《 古渡の湖畔 》   (2016年11月12日)(茨城県稲敷市) 

11月12日 公休日

この日は、茨城県の霞ケ浦周辺の茨城百景巡りに出かけました。


茨城百景とは、茨城県観光審議会によって昭和25年に選出された
茨城有数の景勝地が100ヶ所網羅されています。
時代の移り変わりにより、形状が変更したり、存在しないものもあるそうです。
ネットで調べてみると、昭和25年に選定された地に『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探し求めて、追いかけている人がかなり居るようです。

実は、私もその一人であり、最近になって茨城百景を追いかけることにいたしました。


そんな訳で、向かった先は...............茨城百景 古渡の湖畔


古くは古渡村。
その後、桜川村になり、平成の大合併で稲敷市の古渡になった古渡地区。

実は、古渡に来るのは、これで2回目。
以前は、古渡城址に訪れて( その時の記事は こちら )
茨城百景の碑は確認済み。
迷わずに百景の碑に辿り着けました。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔01


      20161112茨城百景 古渡の湖畔02



茨城百景の碑の在る辺りは、旧・R125沿い。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔03

小野川を渡る新しいバイパスと橋(新古渡橋)が出来て
車はバイパスを通ってしまうけれど
古くからの民家が立ち並ぶ地区です。


近年建て替えられた古渡橋。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔04

この橋を境界線にして、上流(画面左側)が小野川。
下流(画面右側)が霞ケ浦となります。



真新しい橋なのに、心無い盗人にプレートは剥がされています。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔05

3年前にはあったのになぁ。

上流の小野川域を眺めてみましょう。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔06



太陽が小野川の水面に反射してちょっぴり眩しい。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔07



こちらが、霞ケ浦に流れ込む小野川。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔08



流れはゆっくりとしています。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔09



古渡橋の下流域、霞ケ浦の方へと足を向けてみます。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔10


      20161112茨城百景 古渡の湖畔11



3年前は、ほとんど車が通らなかったけれど
それなりにこの橋を渡る車があるようです。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔12



午前中に曇っていた空も青い空に変わっている。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔13



穏やかな霞ケ浦。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔14


冬ともなれば、湖畔を吹きさらす風も冷たく感じるでしょう。

      20161112茨城百景 古渡の湖畔15


      20161112茨城百景 古渡の湖畔16


長閑な霞ケ浦の湖畔。
古渡の湖畔でした...............。




2016/12/03 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景  《 夢の浮島 》   (2016年11月12日)(茨城県稲敷市) 

11月12日  公休日

この日は、茨城県の行方市周辺、及び霞ケ浦周辺の茨城百景巡りに出かけました。


茨城百景とは、茨城県観光審議会によって昭和25年に選出された
茨城有数の景勝地が100ヶ所網羅されています。
時代の移り変わりにより、形状が変更したり、存在しないものもあるそうです。
ネットで調べてみると、昭和25年に選定された地に『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探し求めて、追いかけている人がかなり居るようです。

実は、私もその一人であり、最近になって茨城百景を追いかけることにいたしました。


そんな訳で、舞台を稲敷市に移し向かった先は...............茨城百景 夢の浮島


浮島は古くから霞ヶ浦の中に浮かぶ島だったことから
『浮島』と呼ばれるようになりました。
しかし、霞ケ浦沿岸の干拓によりいつしか陸続きになりました。
霞ケ浦の南東、和田岬から妙岐の鼻(浮島湿原)辺りまでを『浮島』と称していたようです。
和田岬の先端には和田公園があり、手軽にデイキャンプが出来ます。
( 和田公園の記事は こちら

また、妙岐の鼻は浮島の外れにあり、
どこまでも続く湿原は野鳥の宝庫で、
バードウオッチングのメッカとなっています。
( 妙岐の鼻の記事は こちら

確か、和田公園の駐車場近くに『浮島』の立派な看板があったので、
百景の碑も近くにあるんじゃないかと思い、和田公園に向かいます。


こちらが、和田公園駐車場隣の『浮島』の看板。

      20161112茨城百景 夢の浮島01

周辺を探して見ますが、百景の碑は見つかりません。



せっかくだから、和田公園周辺を散策してみましょう。

      20161112茨城百景 夢の浮島02


      20161112茨城百景 夢の浮島03



霞ケ浦沿いの道。

      20161112茨城百景 夢の浮島04



一見、サイクリングロードのように見えるけれど
車も通れる市道。
車に気をつけて歩きましょう。

      20161112茨城百景 夢の浮島05


霞ケ浦の湖畔には野鳥も多い。
杭に珍しい野鳥が止まっていると思ったら...............

      20161112茨城百景 夢の浮島06

黒いビニールでした。(笑)




霞ケ浦の湖畔の景観を眺めながら、和田公園周辺をぐるっと周ってみます。

      20161112茨城百景 夢の浮島07


      20161112茨城百景 夢の浮島08


      20161112茨城百景 夢の浮島09


      20161112茨城百景 夢の浮島10


      20161112茨城百景 夢の浮島11


      20161112茨城百景 夢の浮島12


      20161112茨城百景 夢の浮島13


      20161112茨城百景 夢の浮島14




こちらには、『浮島公園』の看板。

      20161112茨城百景 夢の浮島15


      20161112茨城百景 夢の浮島16

でも、ここは『和田公園』の一画。外周路になります。
この『浮島公園』って間違いじゃないの?



和田公園の中に、1頭のワンちゃんが、こちらを窺っています。

      20161112茨城百景 夢の浮島17



よく見ると、首輪が付いていない。

      20161112茨城百景 夢の浮島18

野良犬?


こちらを窺いながら、少しづつ近寄って来ますが
こちらが近寄っていくと逃げて行きます。
何回か近寄ってみたんですが、繰り返し。

どんな経緯があって野良犬(?)になってしまったかは判らないけれど
保護されて、しっかりとした里親に引き取られる事を願うばかりです。



野良犬(?)くんとは逆の方向へと歩く びいすけ 。

      20161112茨城百景 夢の浮島19



見つからない百景の碑も気になりますが
先ほどの野良犬くんも気になるけど、どうする事も出来ない。

      20161112茨城百景 夢の浮島20

元気で生き延びてくれ! と心の中で思うしかない。


ちょっぴり、足取りも重くなっちゃったから
駐車場に戻りましょう。

      20161112茨城百景 夢の浮島21





しかしながら、探している茨城百景の碑が見つかりません。



iPhoneの登場です。

茨城百景の碑を追いかけている方々のブログをチェックしてみると
やはり、多くの人が和田公園近くを探して見つけられなくて挫折しているようです。

数少ない情報の中から、旧桜川村役場から県道に向かう途中に在ると判り、
旧・桜川村役場(現・稲敷市役所桜川支所)周辺を車で走り回ります。


集落の手前で、何やら石碑っぽいモノを発見。

      20161112茨城百景 夢の浮島22



探していた、『茨城百景 夢の浮島』の碑です。

      20161112茨城百景 夢の浮島23



何とか見つける事が出来ました。

びいすけ と百景の碑。

      20161112茨城百景 夢の浮島24




しかし、現在の浮島の代名詞である『和田公園』から約3.5kmの距離。
これじゃあ、なかなか見つかりません。

      20161112茨城百景 夢の浮島25



確かに浮島は干拓されて陸続きになったと言う事ですが
裏を返せば、茨城百景制定時の昭和25年とか26年では
この辺りは霞ケ浦の畔りだったと言う事なんだろうか?

      20161112茨城百景 夢の浮島26



百景の碑の建つ台地の脇を小さな川が流れているけれど
その川は霞ケ浦の湖畔の名残りなんだろうか...............?

      20161112茨城百景 夢の浮島27



川沿いの遊歩道。
ここもひょっとしたら霞ケ浦の湖面だったかも知れない。

      20161112茨城百景 夢の浮島28


そんな事を思いながら、川沿いの遊歩道を歩いていると
時代の流れを改めて痛感してしまいます。






2016/12/02 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit