FC2ブログ

02 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.» 04

び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 隅田川七福神  毘沙門天  多聞寺 》 (2020年1月7日)(東京都墨田区) 

1月7日

この日は、都内に出かけました。
1月7日のこの日で、今年の七福神巡りが最終日と言う所は多い。
そんな中で訪れたのは、隅田川七福神巡り。

その隅田川七福神、毘沙門天の多聞寺です。

こちらの多聞寺は、隅田川七福神の毘沙門天にあたります。

毘沙門天は、四天王の一仏で、別名「多聞天」とも呼ばれます。
七福神の中で、唯一の武将の姿をしていて、
右手に宝棒、左手に宝塔、足の下に邪鬼天の邪鬼を踏みつけています。
七福神では、融通招福の神として信仰されています。


隅田川七福神は、江戸時代の文化年間に向島百花園に集まる文人たちが、
百花園主の福禄寿を中心に始まった6寺社を巡る七福神巡りで、
全ての寺社が墨田区にあります。

その構成は、
福禄寿       向島百花園
寿老人       白鬚神社
恵比寿 大黒天   三圍神社
布袋尊       弘福寺
弁財天       長命寺
毘沙門天      多聞寺

となっています。

その多聞寺ですが、かつては大鏡山明王院隅田寺と称し、
不動明王を本尊としていましたが、
天正年間(1573~1591年)に、住職鑁海上人が夢のお告げにより、
毘沙門天を本尊として隅田山吉祥院多聞寺と改称したと伝えられています。

古くは隅田堤の外の隅田川神社に近い多聞寺屋敷という所にありましたが、
天正年間(1573~92年)に現在地に移されたそうです。
慶長11年(1606年)に建立され、本尊の毘沙門天像は、
弘法大師の作と伝えられているそうです。



地下鉄本所吾妻橋駅から歩いてスタートした隅田川七福神、
いよいよ最後の多聞寺に到着です。

     20200107多聞寺03



こちらが寺号標。

     20200107多聞寺01


こちらも隅田川七福神の看板がお出迎え。

     20200107多聞寺02




そして、山門。

     20200107多聞寺04


山門脇の碑。

     20200107多聞寺17



山門は、墨田区の文化財に指定されているようです。

     20200107多聞寺18




参道の天水桶。

     20200107多聞寺05

参道に天水桶が在るのに、何故か手水舎がない。



こちらが本堂。

     20200107多聞寺06



本殿正面。

     20200107多聞寺07



本堂正面に掲げられた扁額。

     20200107多聞寺08

毘沙門天と読めますね。


この時期だけの御本尊の御開帳(?)

     20200107多聞寺09



御本尊の毘沙門天。

     20200107多聞寺10


本堂前の常香炉。

     20200107多聞寺14



こちらの多聞寺。
境内には狸の像が多い。

「狸塚」。

     20200107多聞寺11


     20200107多聞寺12


     20200107多聞寺13

実は、多聞寺の狸については
こんな伝承があるようです。

多聞寺のある辺りがまだ草深い里だった頃、
本堂のすぐ前の大きな老松の根本に古狸の夫婦が棲んでいて、
村人をおどろかしたり、いたずらをしていました。
そこで村人達は住持と話し合い、この老松を切りはらってしまいました。
しかし、狸の悪さは一層ひどくなるばかりで因った住持は、
一心に本尊毘沙門天に祈りました。

ある夜、毘沙門天門下の禅尼師童子が現われ、
宝棒で狸を打ちすえる夢を見たそうです。
すると翌朝、庭に二匹の大狸が死んでいたそうです。
この狸を葬った場所に石を立て、狸塚にしたとされています。
狸塚があることからたぬき寺とも言われているようです。

なるほど...............




境内には地蔵、石仏も多い。
まあ寺院だから、それが普通なのかもしれませんけどね。

     20200107多聞寺15


     20200107多聞寺16


     20200107多聞寺19


     20200107多聞寺20



先の戦争の空襲で焼け残った鉄骨。

     20200107多聞寺21


こちらは、焼け残った木材。

     20200107多聞寺22



山門裏手に隠れるように建っていた七福神の碑。

     20200107多聞寺23

確か、弘福寺にもあったような気持ちがする。
ひょっとしたら、隅田川七福神の寺社全てに置かれていたんだろうか.........?



こちらが寺務所。

     20200107多聞寺24

御朱印は、こちらで授与出来ます。


そして、こちらが御朱印。

     20200107多聞寺25


隅田川七福神、これで全て巡ることが出来ました。








スポンサーサイト



2020/02/20 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 隅田川七福神  福禄寿 向島百花園 》 (2020年1月7日)(東京都墨田区) 

1月7日

この日は、都内に出かけました。
1月7日のこの日で、今年の七福神巡りが最終日と言う所は多い。
そんな中で訪れたのは、隅田川七福神巡り。

その隅田川七福神、福禄寿の向島百花園です。
 

向島百花園は、江戸の町人文化が花開いた文化・文政期(1804~1830年)に
それまで骨董商を営んでいた佐原鞠塢なる人物によって造られた庭園です。
彼は交遊のあった江戸の文人墨客の協力を得て、
旗本・多賀氏の元屋敷跡である向島の地に、
花の咲く草花鑑賞を中心とした「民営の花園」を造りました。
そして、開園したのが向島百花園です。

当時有名だった亀戸の清香庵字臥竜梅の梅屋敷に対して
「新梅屋敷」と呼ばれたそうです。
「百花園」の名称は、一説では、「梅は百花に魁けて咲く」
または「四季百花の乱れ咲く園」という意味でつけられたそうです。



そんな中で隅田川七福神は、江戸時代の文化年間に向島百花園に集まる文人たちが、
百花園主の福禄寿を中心に始まった6寺社を巡る七福神巡りです。
その全ての寺社が墨田区にあります。

こちらの向島百花園は、隅田川七福神の福禄寿にあたります。


隅田川七福神。
その構成は、
福禄寿       向島百花園
寿老人       白鬚神社
恵比寿 大黒天   三圍神社
布袋尊       弘福寺
弁財天       長命寺
毘沙門天      多聞寺

となっています。

そして、福禄寿は幸福の福、身分をあらわす禄、寿命を表わす寿の三文字からなり、
中国、道教の長寿神です。南極老人星の化身であり中国の村や町に住み、
人々の信仰を集めたと言われる仙人です。
長い頭、長い顎鬚、大きな耳たぶをもち年齢は千歳と言われ、
長寿、幸福の徳を持ち、鶴と亀を連れて、左手に宝珠、
右手に巻物を括り付けた杖をもつ姿が特徴です。
招徳人望の神様として信仰されています。



白鬚神社を出たあとに途中で向島百花園を抜かして廻って来た事を知り
人の流れとは逆に向島百花園を目指します。
でも入口の反対側に出ちゃったからぐるっとひと回り。
正面入口に着くまで大回りをしちゃいました。
白鬚神社からすぐの距離なのに...............



こちらが、向島百花園の入口。

     20200107向島百花園01


こちらでも隅田川七福神の看板がお出迎え。

     20200107向島百花園02

でも、七福神巡りで社寺仏閣以外の場所になると
ちょっぴり気の持ち方が変わってきちゃう。
社寺仏閣じゃないから、何となく神々しいと言うか、
尊厳さが薄くなっちゃう気がするのは気のせい?

でも、隅田川七福神は、ここ向島百花園から始まったわけだから
おかしくはないんだよね。



確か、七福神巡りの方は入場了解は要らないってネットに書かれていたけど
それは、三ヶ日だけなんだって。

     20200107向島百花園03

しっかり、入場料150円取られました。


いちお、向島って名勝史跡なんですね。

     20200107向島百花園04



では、中に入りましょう。
立派な門を潜ります。

     20200107向島百花園05


こちらの門も趣きがある。

     20200107向島百花園06



園内図を確認。

     20200107向島百花園07

福禄寿は、福禄寿尊堂に祀られているようです。



こちらが、福禄寿尊堂。

     20200107向島百花園11


     20200107向島百花園12



こちらが、授与所。

     20200107向島百花園08

御朱印はこちらで拝受出来ます。



御朱印待ちの人も多い。

     20200107向島百花園09



その隣は売店。

     20200107向島百花園10

簡単な食事も出来るようですが
こちらは閑古鳥が鳴いている。


10分ほど待って、御朱印をいただきました。

せっかく入場料を払ったんだから
せめて150円分は庭園を眺めて元を取りましょう(笑)。

     20200107向島百花園14

     20200107向島百花園13

     20200107向島百花園15


     20200107向島百花園16


     20200107向島百花園17


     20200107向島百花園18

はい、ぐるっと庭園をひと回り。
気持ちだけ楽しませてもらいました。


こちらが、隅田川七福神 福禄寿の御朱印です。

     20200107向島百花園19


さぁ、隅田川七福神巡り。
残すは、あと一つ。
毘沙門天です。


2020/02/20 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 隅田川七福神  寿老人 白鬚神社 》 (2020年1月7日)(東京都墨田区) 

1月7日

この日は、都内に出かけました。
1月7日のこの日で、今年の七福神巡りが最終日と言う所は多い。
そんな中で訪れたのは、隅田川七福神巡り。

その隅田川七福神、寿老人の白鬚神社です。

白鬚神社に訪れるのも、これで2度目。
前回は、隅田川沿いの神社を巡った時に訪れました。
( その時の参拝記事は こちら )


こちらの白鬚神社は、隅田川七福神の寿老人にあたります。

隅田川七福神は、江戸時代の文化年間に向島百花園に集まる文人たちが、
百花園主の福禄寿を中心に始まった6寺社を巡る七福神巡りです。
全ての寺社が墨田区にあります。

その構成は、
福禄寿       向島百花園
寿老人       白鬚神社
恵比寿 大黒天   三圍神社
布袋尊       弘福寺
弁財天       長命寺
毘沙門天      多聞寺

となっています。


そして、寿老人は福禄寿と同じく星の化身で、
にこやかな微笑みをたたえ、手には巻物を括り付けた杖、
そして団扇や桃などを持ち、鹿を従えた姿が一般的に知られています。
団扇は難を払い、桃は長寿のしるしで、鹿もまた長寿の象徴です。
長寿延命、富貴長寿の神として信仰されています。     




社号標。

     20200107白髭神社01



こちらでも、隅田川七福神の看板がお出迎え。

     20200107白髭神社18



神社社頭。

     20200107白髭神社02



一の鳥居。

     20200107白髭神社03



一の鳥居に掲げられた神額。

     20200107白髭神社04



二の鳥居。

     20200107白髭神社05



手水舎。

     20200107白髭神社2



そして、拝殿。

     20200107白髭神社06



拝殿正面。

     20200107白髭神社07

     20200107白髭神社09



別アングルからの拝殿。

     20200107白髭神社10


     20200107白髭神社11



拝殿正面に飾られた提灯。

     20200107白髭神社13



御輿庫。

     20200107白髭神社14



授与所。

     20200107白髭神社15

以前は、こちらで御朱印をいただきましたが
この時期は特設場所に変更のようです。


御朱印は、こちらの社務所にて拝受出来ます。

     20200107白髭神社16


こちらが、隅田川七福神 寿老人の御朱印。

     20200107白髭神社17


本来なら、三圍神社からの順路だと長命寺の次は向島百花園なんだけれど
どうやら間違って、白鬚神社に来ちゃったみたい。
隅田川七福神巡り、まだまだ続きます。




2020/02/19 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 隅田川七福神  弁財天 長命寺 》 (2020年1月7日)(東京都墨田区) 

1月7日  

この日は、都内に出かけました。
1月7日のこの日で、今年の七福神巡りが最終日と言う所は多い。
そんな中で訪れたのは、隅田川七福神巡り。

その隅田川七福神、弁財天の長命寺です。

長命寺の開山は明らかではありませんが、
元和元年(1615年)頃の創建とも伝えられています。
もとは常泉寺と号してたそうです。

寛永年間(1624~44年)に、3代将軍家光が鷹狩の途中、
不意の腹痛のためこの寺に休憩した際、
境内の井戸水を汲み、薬を服用したところ、
たちどころに痛みが消え快癒しました。
喜んだ家光がその井戸に長命水の名を与えたところから、
以後、寺号を長命寺と改めたといいます。
今も残る長命水石文や洗心養神の石碑が、それを物語っています。

境内には、他にも様々な石碑が立ち並んでいます。

こちらの長命寺は、隅田川七福神の弁財天にあたります。

弁財天は、七福神の中で唯一の女神で、元はインド河(水)の神でしたが、
やがて音楽の神・言語の神となり、日本に伝わった当初は、弁才天と呼ばれていました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収され弁財天と呼ばれるようになり、
財宝を授けてくださる神へとなったものとされ、知恵財宝、
愛嬌縁結びの徳があると言われています。


隅田川七福神は、江戸時代の文化年間に向島百花園に集まる文人たちが、百花園主の福禄寿を中心に始まった6寺社を巡る七福神巡りで、全ての寺社が墨田区にあります。

その構成は、
福禄寿       向島百花園
寿老人       白鬚神社
恵比寿 大黒天   三圍神社
布袋尊       弘福寺
弁財天       長命寺
毘沙門天      多聞寺

となっています。



弘福寺からもすぐ近く、道沿いに人の集まりがあるから、何かと思ったら
長命寺の参拝を終えたおじいちゃん、おばあちゃんたちが
門前にたむろしていました。おかげで行き過ぎることもなく到着です。


こちらが、山門。

      20200107長命寺01


やはり、こちらでも七福神の看板がお出迎え。

      20200107長命寺02



寺号標は特になく、石造りの門に寺号が掲げられています。

      20200107長命寺03



手水舎。

      20200107長命寺04


こちらが、本堂。

      20200107長命寺05



本堂正面。

      20200107長命寺07


      20200107長命寺08



弁財天。

      20200107長命寺06

この時期だけの御開帳。

    

境内には碑が多く建ち並ぶ。

      20200107長命寺10


      20200107長命寺12



向かって左側が芭蕉の雪見の句碑。

      20200107長命寺11



筆塚の碑。

      20200107長命寺13



成島柳北の石碑。

      20200107長命寺14



こちらは、橘守部の墓。

      20200107長命寺15


      20200107長命寺16



幼稚園を併設されているようで、こちらは園舎。

      20200107長命寺17

お寺さんに幼稚園が併設されているのって、
地方都市に多いパターンだと思っていたけれど
都心でもあるんですね。

実は、私の通った幼稚園も愛知県のとある地方都市の
お寺に併設された幼稚園でした。





御朱印は、こちらの庫裏の玄関で拝受出来ます。

      20200107長命寺18

臨時の御朱印の授与所になっています。



こちらが、御朱印。

      20200107長命寺19


隅田川七福神 弁財天の御朱印。

      20200107長命寺20



隅田川七福神巡り、まだまだ続きます。


2020/02/19 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 隅田川七福神  布袋尊 弘福寺 》 (2020年1月7日)(東京都墨田区) 

1月7日

この日は、都内に出かけました。
1月7日のこの日で、今年の七福神巡りが最終日と言う所は多い。
そんな中で訪れたのは、隅田川七福神巡り。

その隅田川七福神、布袋尊の弘福寺です。

弘福寺は、黄檗宗大本山、宇治の黄檗山萬福寺の末寺で、
同宗の名僧・鉄牛和尚の手で延宝2年(1673年)に、創建されました。
同じ禅宗の中でも最も中国に近い宗派として名高く、
その建築も重層の屋根、大棟の宝珠、鴟尾、廂の蛇腹天井、細棧の扉、
両翼の円窓、堂前の月台、柱にかかる聯額などを持つ中国風の特色多い寺院です。

境内右手の小祠には咳の爺婆尊の石像が祀られており、
この像は、寛永年間(1624~44年)に風外和尚が真鶴山中で修業中に、
父母に孝養を尽せぬことをいたんで刻んだものと伝えられます。
後に、弘福寺に移されました。風外和尚の両親の像だから風邪にも強かろうと、
爺像は喉頭の病に、婆像は咳止めにご利益あるとして、
今でも風邪除けの信仰を集めています。

佐原菊塢の百花園に集う文人墨客らは、
禅宗に関わりの深い布袋和尚木像が本堂に祀られていることに注目し、
隅田川七福神のひとつとしました。
そんなことから、こちらの弘福寺は隅田川七福神の布袋尊にあたります。

隅田川七福神は、江戸時代の文化年間に向島百花園に集まる文人たちが、
百花園主の福禄寿を中心に始まった6寺社を巡る七福神巡りで、
全ての寺社が墨田区にあります。

その構成は、
福禄寿       向島百花園
寿老人       白鬚神社
恵比寿 大黒天   三圍神社
布袋尊       弘福寺
弁財天       長命寺
毘沙門天      多聞寺

となっています。

布袋尊は、弥勒菩薩の化身と言われ、
いつも笑顔を絶やさず人々に接していた人で、
大きな袋には宝物がいっぱい入っていて、
信仰の厚い人に与えられたということです。
笑門来福、夫婦円満、子宝の神として信仰されています。



三圍神社の前の道を隅田川を上っていくように5分ほど進めば
やがて、弘福寺に到着します。


こちらが寺号標。

     20200107弘福寺01


隅田川七福神の看板がお出迎え。

     20200107弘福寺02



弘福寺の山門。

     20200107弘福寺03

確かに、見た感じも日本の寺院よりも中国の寺院っぽい雰囲気はある。



山門の扁額。

     20200107弘福寺04

余りにも達筆すぎるので判別できないけれど
山号の『牛頭山』と記されているんでしょうか?



山門の先には本堂。

     20200107弘福寺05

弘福寺では大雄寶殿と言うらしい。



屋根瓦の上に掲げられた扁額。

     20200107弘福寺06



本堂正面。

     20200107弘福寺07


     20200107弘福寺08


     20200107弘福寺09



こちらにも扁額。

     20200107弘福寺10

これは何と読むのだろう?




別アングルからの本堂。

     20200107弘福寺11



 
本殿前の天水桶。

     20200107弘福寺17






鐘楼。

     20200107弘福寺13

特徴のある瓦屋根。
両脇の鯱鉾で良いんだろうか?
このアクセントが一際目立っている。



鐘楼の近くには本堂の鬼瓦。

     20200107弘福寺14

以前のものだとは思うけれど、立派な鬼瓦。


こちらが、咳の爺婆尊の石像が祀られた小祠。

     20200107弘福寺15


その説明板。

     20200107弘福寺23




こちらは、隅田川七福神の碑。

     20200107弘福寺16


その近くには、隅田川七福神の案内板。

     20200107弘福寺12

かなり、隅田川七福神に力を入れているようですね。



境内奥の石仏。

     20200107弘福寺18




こちらは、越後与板藩主 井伊家墓所。

     20200107弘福寺19



本堂裏手の門。
寺院の門って基本的には山門と言うようだから
こちらは、裏山門とでも言うべきなんでしょうか?

     20200107弘福寺20




こちらは客殿。

     20200107弘福寺21


御朱印はこちらの授与所で拝受します。

     20200107弘福寺22




この日、弘福寺で拝受できる御朱印は4種類。
全て頂くことにしました。

弘福寺関連の御朱印。


     20200107弘福寺24


     20200107弘福寺25


     20200107弘福寺26



そして、こちらが隅田川七福神 布袋尊の御朱印。

     20200107弘福寺27


隅田川七福神巡り、まだまだ続きます。




2020/02/19 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 隅田川七福神  大黒天 恵比寿 三圍神社 》 (2020年1月7日)(東京都墨田区) 

1月7日

この日は、都内に出かけました。
1月7日のこの日で、今年の七福神巡りが最終日と言う所は多い。
そんな中で訪れたのは、隅田川七福神巡り。

向かった先は............... 三圍神社 。

三圍神社 に訪れるのは、これで2回目。
( 前回の参拝記は こちら ) 

こちらの三圍神社は、隅田川七福神の恵比寿神と大黒天にあたります。

隅田川七福神は、江戸時代の文化年間に向島百花園に集まる文人たちが、
百花園主の福禄寿を中心に始まった6寺社を巡る七福神巡りで、
全ての寺社が墨田区にあります。

その構成は、
福禄寿       向島百花園
寿老人       白鬚神社
恵比寿 大黒天   三圍神社
布袋尊       弘福寺
弁財天       長命寺
毘沙門天      多聞寺

となっています。

恵比寿は、七福神中で唯一の日本の神様。
いざなみ、いざなぎの二神の第三子と言われ、
満三歳になっても歩かなかったため、船に乗せられ捨てられてしまい、
やがて漂着した浜の人々の手によって手厚く祀れれたのが、
信仰の始まりとされています。
左手に鯛をかかえ、右手に釣竿を持った親しみ深い姿の漁業の神で、
特に商売繁昌の神様としても信仰が厚いとされています。

また、大黒天は、大自在天の化身とも言われ、
大国主命と神仏習合したものとされています。
一度仏となったが、人々に福徳を授けるために
再びこの世に現れたとされ、五穀豊穣、
大地を掌握する神様(農業)です。
大きな袋を背負い、打出小槌をもち、
頭巾をかぶられた姿が一般によく知られていて
財宝、福徳開運の神様として信仰されています。




浅草橋から地下鉄に乗り、本所吾妻橋駅で降りて
三圍神社を目指します。

三圍神社に近づくにつれ、こんな幟も目にします。

     20200107三囲神社01

やっぱり地元では、この時期の1番のイベントなんですね。


七福神の道案内を記した看板も立っています。

     20200107三囲神社20



社号標。

     20200107三囲神社02



一の鳥居。

     20200107三囲神社03



大きな看板も立てられています。

     20200107三囲神社04



二の鳥居。

     20200107三囲神社05



二の鳥居に掲げられた神額。

     20200107三囲神社06




手水舎。


     20200107三囲神社13



こちらが拝殿。
やはり、七福神の時期。
1月7日と言ってもまだまだ、参拝客はそれなりにいる。

     20200107三囲神社07



拝殿正面。

     20200107三囲神社08



拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200107三囲神社09



別アングルからの拝殿。

     20200107三囲神社10



そして、こちらが本殿。

     20200107三囲神社11



拝殿前のライオン。
三圍神社と言ったら、やっぱりコレですね。
三越池袋店玄関前に飾られていたライオン。

     20200107三囲神社12



そして、こちらが今回の本命。
隅田川七福神の大黒神と恵比寿神。

     20200107三囲神社14


鳥居には神額。

     20200107三囲神社15


社殿正面。

     20200107三囲神社16


社殿の中には奉納酒がいっぱい並んでいます。

     20200107三囲神社17

信仰の深さを物語っていますね。



こちらが社務所。

     20200107三囲神社18

授与所ではなく、隅田川七福神の御朱印関連は社務所の中での拝受になります。



こちらが、隅田川七福神の御朱印。

     20200107三囲神社19

御朱印は2体(2枚)になるのかなと思っていたら、
恵比寿神と大黒神が一緒になっていました。

御利益が薄くならないかな..............?
そんなことを気にしちゃいます。


隅田川七福神、次へと続きます。









2020/02/18 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 日本橋七福神  弁財天 福禄寿 小網神社 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

茶の木神社をあとにして七福神巡りも終盤。
その最後の神社へと向かいます。
日本橋七福神巡り、その最終章。

向かった先は..............小網神社。

小網神社は、中央区日本橋小網町に鎮座する神社です。

社伝によると、文正元年(1466年)の創建と伝わります。


社地には、古くから恵心僧都の開基と伝わる「万福庵」と云う寺院があったとされ、
「万福庵」は、観世音菩薩と弁財天を安置していて、後に「万福寺」と号されました。
文正元年(1466年)に「万福庵」の周辺で悪疫が流行しました。
その頃、網師の翁が海上で網に掛かった稲穂を持ち「万福庵」を訪問し、数日滞在したそうです。
ある夜「万福庵」の庵主の夢枕に、庵の開基である恵心僧都が現れ、
「網師の翁を稲荷大神として崇めるように」と告げたため、
翌朝になって翁を訪ねると、既にその姿はなかったそうです。
そこで網師の翁を「小網稲荷大明神」として祀ったところ、
暫くして村の悪疫が鎮まったと云うことです。
この網師の翁を小網稲荷大明神として祀ったのが、「小網稲荷社」であり、
のちに小網神社と改称したそうです。


御祭神は、倉稲魂神・市杵島比売神・福禄寿


また、日本橋七福神の弁財天と福禄寿が祀られています。


日本橋七福神は、東京の中央区にある神社8社で構成される七福神巡りです。
多くの七福神めぐりは神社とお寺が混ざっていますが、
神社だけで構成される日本でも珍しい「七福神巡りです。

その構成は

恵比寿神    寳田恵比寿神社
恵比寿神    椙森神社
布袋尊     茶の木神社
大黒天     松島神社
毘沙門天    末廣神社
弁財天     水天宮
弁財天     小網神社
福禄寿     小網神社
寿老人     笠間稲荷神社

と、恵比寿神と弁財天が重複していますが8社を巡っての七福神となります。

弁財天は、七福神の中で、唯一の女神です。
元々はインド河(水)の神でしたが、やがて音楽の神、言語の神となり、
日本に伝わった当初は、弁才天と呼ばれていました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収されて、弁財天と呼ばれるようになり、
財宝を授けてくださる神へとなったとされています。
知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があると言われています。

また、福禄寿は、幸福の福、身分をあらわす禄、寿命を表わす寿の三文字からなり、
中国、道教の長寿神です。南極老人星の化身であり中国の村や町に住み、
人々の信仰を集めたと言われる仙人です。
長い頭、長い顎鬚、大きな耳たぶをもち年齢は千歳と言われ、長寿、幸福の徳を持ち、
鶴と亀を連れて、左手に宝珠、右手に巻物を括り付けた杖をもつ姿が特徴です。
招徳人望の神様として信仰されています。



茶の木神社から小網神社へと向かい、
小網神社に近付き、曲がり角を曲がるといきなりの行列。

目の前には参拝のために並ぶ長い列が出来ていました。

     20200105小網神社01


しかも、その列は半端ない。
神社の前からまっすぐにここまで並び、
ここで、画面右側に列が移動します。

     20200105小網神社02


さらに列は伸びて、次の(手前の)交差点でまた右に移動する。

     20200105小網神社03


さらに列は続き...............

     20200105小網神社04


こちらが、最後尾。

     20200105小網神社05

最後尾まで、ざっと300mほど。



この小網神社。
参拝用の列の他にも列が出来ている。


こちらが、お守りや札を拝受する為の人の列。

     20200105小網神社06

参拝用の列よりは短い。


そして、こちらが七福神巡り(色紙)と御朱印の列。

     20200105小網神社07

実は、この列の並びが1番短い。



それでも、御朱印待ちは10分ぐらい。

     20200105小網神社08



本来は、参拝用の列に並んで参拝するのが筋ですが
この行列に並ぶ勇気と言うか、根性は既に失せています。
列の奥に見えるのが拝殿。

     20200105小網神社09

通りから拝殿を眺め、手を合わせて参拝といたします。



鳥居に飾られた神額。

     20200105小網神社10



鳥居脇に飾られた提灯。

     20200105小網神社11



参拝者の奥に見えるのが神楽殿。

     20200105小網神社13



列の奥が授与所。

     20200105小網神社12

御朱印は、こちらで頒布されています。



そして、こちらが御朱印。

こちらが通常版。

     20200105小網神社14


正月限定。

     20200105小網神社15


正月限定の見開き。

     20200105小網神社16


日本橋七福神 弁財天。

     20200105小網神社17



日本橋七福神 福禄寿。

     20200105小網神社18


いずれも正月のこの時期ですから、書置き対応となります。
まあ、あの列を見たら、書置き対応も仕方がないでしょう。

日本橋七福神巡り、これにて満願となりました。



2020/02/16 Sun. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 日本橋七福神  布袋尊 茶の木神社 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

末廣神社をあとにして七福神巡りは続きます。
日本橋七福神巡り、その第7弾。

向かった先は..............茶の木神社。

茶の木神社は、中央区日本橋人形町に鎮座する神社です。

社地は、下総佐倉藩大名や幕府大老を務めた堀田家の中屋敷地であり、
その守護神として祀られたものだそうです。
社の周囲に植え込まれた茶の木の緑が実に見事であったと伝えられ、
これが社号の由来となったとされています。

堀田家では年一回初午祭の日のみ開門し、一般の参拝を許可していたそうです。
明治維新後は、色々と管理者が変遷し、関東大震災後は喜誠会により社が造営管理され、1現在の茶ノ木神社世話人会へ受け継がれているそうです。

御祭神は、倉稲魂大神。


日本橋七福神の布袋尊となっています。



日本橋七福神は、東京の中央区にある神社8社で構成される七福神巡りです。
多くの七福神めぐりは神社とお寺が混ざっていますが、
神社だけで構成される日本でも珍しい「七福神巡りです。

その構成は

恵比寿神    寳田恵比寿神社
恵比寿神    椙森神社
布袋尊     茶の木神社
大黒天     松島神社
毘沙門天    末廣神社
弁財天     水天宮
弁財天     小網神社
福禄寿     小網神社
寿老人     笠間稲荷神社

と、恵比寿神と弁財天が重複していますが8社を巡っての七福神となります。

また、布袋尊は、弥勒菩薩の化身と言われ、いつも笑顔を絶やさず人々に接していた人で、
大きな袋には宝物がいっぱい入っていて、信仰の厚い人に与えられたということです。
笑門来福、夫婦円満、子宝の神として信仰されています。



水天宮を参拝する(御朱印拝受までの時間を含めて)のに小一時間掛かってしまい、
時刻はお昼を回ったしまいました。
この辺りから、日本橋七福神の神社にも人が多く集まる(並ぶ)ようになってきたようです。


茶の木神社の前にも列が出来ています。

     20200105茶ノ木稲荷神社01



列の最後尾に並び、参拝の順番待ち。

     20200105茶ノ木稲荷神社02



ゆっくりと列が動いて行きます。

     20200105茶ノ木稲荷神社16


     20200105茶ノ木稲荷神社03

10分ほど並んで順番がやって来ます。


鳥居に近づきました。

     20200105茶ノ木稲荷神社04


鳥居に飾られた神額。

     20200105茶ノ木稲荷神社05



手水舎。
     20200105茶ノ木稲荷神社06

この場合は、手水鉢でしょうか?



社殿前には神使いの狐。

     20200105茶ノ木稲荷神社07


     20200105茶ノ木稲荷神社08


社殿正面。

     20200105茶ノ木稲荷神社09



別アングルから。

     20200105茶ノ木稲荷神社10



社殿前には由緒書き。

     20200105茶ノ木稲荷神社11


『日本橋七福神 布袋尊』の幟もはためく。

     20200105茶ノ木稲荷神社12


仮設テントの授与所。

     20200105茶ノ木稲荷神社13

御朱印はこちらで頒布。
順番待ちの番号札。


そか、拝受した御朱印がこちら。

     20200105茶ノ木稲荷神社14



こちらは、『日本橋七福神 布袋尊』の御朱印。

     20200105茶ノ木稲荷神社15


日本橋七福神巡り、あと少しで結願となります。





     
2020/02/15 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 日本橋七福神  弁財天 水天宮 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

笠間稲荷神社東別社をあとにして七福神巡りは続きます。
日本橋七福神巡り、その第6弾。

向かった先は..............水天宮。


水天宮は、中央区日本橋蛎殻町に鎮座する神社です。
福岡県久留米市に鎮座する久留米水天宮の分社とされています。

文政元年(1818年)久留米藩9代藩主・有馬頼徳が
江戸・三田赤羽の久留米藩・江戸上屋敷に邸内社として、
福岡・久留米水天宮の分霊を勧請したのが始まりとされています。

邸内社であったため、一般町民の参拝が許されていませんでしたが、
塀越しに賽銭を投げ入れる人が後を絶たず、ついには、毎月五の日には参拝を願う庶民のため門戸を開放したそうです。

明治4年(1871年)有馬家屋敷の移転とともに赤坂に遷座し、
翌年の明治5年に、有馬家中屋敷のあった現在の日本橋蛎殻町2丁目に遷座しました。


御祭神は、天御中主大神 安徳天皇 建礼門院 二位ノ尼


日本橋七福神として、弁財天が祀られています。


日本橋七福神は、東京の中央区にある神社8社で構成される七福神巡りです。
多くの七福神めぐりは神社とお寺が混ざっていますが、
神社だけで構成される日本でも珍しい「七福神巡りです。

その構成は

恵比寿神    寳田恵比寿神社
恵比寿神    椙森神社
布袋尊     茶の木神社
大黒天     松島神社
毘沙門天    末廣神社
弁財天     水天宮
弁財天     小網神社
福禄寿     小網神社
寿老人     笠間稲荷神社

と、恵比寿神と弁財天が重複していますが8社を巡っての七福神となります。

弁財天は、七福神の中で、唯一の女神です。
元々はインド河(水)の神でしたが、やがて音楽の神、言語の神となり、
日本に伝わった当初は、弁才天と呼ばれていました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収されて、弁財天と呼ばれるようになり、
財宝を授けてくださる神へとなったとされています。
知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があると言われています。



地下鉄の駅前、その名も『水天宮前』駅のすぐそば。
新大橋通りの「水天宮前」交差点。

     20200105水天宮39

立派な社が見えます。



社号標。

     20200105水天宮01



こちらも都内の一等地の神社。
それなりの敷地を有するが社殿以外は、ほぼ4階建て(?)のビル。
境内は2階相当部になります。

ビルの階段のような参道を上がります。

     20200105水天宮02


水天宮の提灯がお出迎え。

     20200105水天宮03



単なる階段だと思っていたら、随身門のようでした。
壁に見える両脇に随身像が鎮座しています。

     20200105水天宮04


     20200105水天宮05


階段を上がれば鳥居。

     20200105水天宮06


そして狛犬。

     20200105水天宮07


     20200105水天宮08

この狛犬は、タイヤで有名なブリジストンの創業者一族である石橋家が奉納したものらしい。


手水舎。

     20200105水天宮09



定番の龍の吐出口。

     20200105水天宮10


こちらが、拝殿。

     20200105水天宮11



やはり、著名な神社。
初詣の参拝者が多い。
5列に並んで参拝の順番待ち。

     20200105水天宮12


拝殿正面。

     20200105水天宮13


     20200105水天宮14


拝殿正面に掲げられた扁額。

     20200105水天宮15


5列に並んでも、列進みは遅い。

     20200105水天宮16

都心のメジャーな神社は、この時期コレだから
正直言って苦手です。



別アングルからの拝殿。

     20200105水天宮17



そして、こちらが本殿。

     20200105水天宮18



拝殿正面から飾られた提灯。

     20200105水天宮19



境内には、拝殿の参拝者土橋べな列も出来ています。

     20200105水天宮20

境内社の宝生辨財天に並ぶ列です。


日本橋七福神巡りに来たんだから、
宝生辨財天も参拝しなくちゃ片手落ち。

     20200105水天宮21


こちらも、それなりに長い列。

     20200105水天宮23


それでも、何とか宝生辨財天も参拝出来ました。

     20200105水天宮24


     20200105水天宮25



宝生辨財天の由緒書きと言うか、説明板。

     20200105水天宮26


社の正面に飾られた提灯。

     20200105水天宮27



境内社。

     20200105水天宮28


     20200105水天宮29



安産子育河童

     20200105水天宮30




こちらが、子宝いぬ

     20200105水天宮31

台座の周囲を取り巻く十二支から自分の干支を撫でると、
安産、子授け、無事成長など様々なご利益があると言われているらしい。


境内に、仮設の授与所(テント)がありましたが、
御朱印は4階の授与所で頒布されています。

     20200105水天宮32



こちらが、水天宮の御朱印。

     20200105水天宮33



期間限定の見開きの御朱印が2種。

     20200105水天宮34


     20200105水天宮35



戌の御朱印。

     20200105水天宮36



宝生辨財天の御朱印。

     20200105水天宮37


そして、日本橋七福神 弁財天 の御朱印。

     20200105水天宮38


拝受した御朱印は、合計6体。
初穂料は4000円。

いやぁ、安くはないですねぇ。



2020/02/15 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 日本橋七福神  大黒天 松島神社 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

末廣神社をあとにして七福神巡りは続きます。
日本橋七福神巡り、その第5弾。

向かった先は..............松島神社。

松島神社は、中央区日本橋人形町に鎮座する神社です。

創建時期は不詳ですが、
鎌倉時代の元享年間(1321~1323年)以前と推定されています。
かつて、この一帯は入り江であり、小島が存在していました。
下総国から柴田家の祖先がこの小島に移り住み、その邸内に諸神を勧請し、
掲げられた燈火が夜間航行の目標とされ、航海の安全を得ていたと伝えられています。

正中元年(1324年)3月2日夜、
柴田家三男柴田権太に百難救助すべしとの神示があり、
この奇得を遠近の諸人が信仰するところとなり、
これにより正一位稲荷大明神の位記を奉られたとされています。
また、天正13年(1585年)には、近隣の住民の希望に従い、
邸宅を公開し参拝の自由を許容すると、
島内には松が鬱蒼と生い茂っていたことに由来し松島稲荷大明神と称されました。
また、権太の木像を安置したことから権太大明神とも俗称されたという事です。
周辺は旧・吉原遊廓を中心とした歓楽街を形成したため、
多くの庶民の参拝により賑わい、
町の中心に位置した松島稲荷に各々が出身地の氏神の合祀を依頼したため、
御祭神が14柱になってしまったそうです。

御祭神は、稲荷大神、伊邪那岐大神、伊邪那美大神、日前大神(天照大神)
     北野大神(菅原道真公)、手置帆負神、彦狭知神、淡島大神、八幡大神
     猿田彦神、琴平大神、天日鷲神(大鳥大神)、大宮能売神(おかめさま)
     大国主神(だいこくさま)。

日本橋七福神では、大黒天として崇拝されています。

日本橋七福神は、東京の中央区にある神社8社で構成される七福神巡りです。
多くの七福神めぐりは神社とお寺が混ざっていますが、
神社だけで構成される日本でも珍しい「七福神巡りです。
その構成は

恵比寿神    寳田恵比寿神社
恵比寿神    椙森神社
布袋尊     茶の木神社
大黒天     松島神社
毘沙門天    末廣神社
弁財天     水天宮
弁財天     小網神社
福禄寿     小網神社
寿老人     笠間稲荷神社

と、恵比寿神と弁財天が重複していますが8社を巡っての七福神となります。


大黒天は、大自在天の化身とも言われ、大国主命と神仏習合したものです。
一度仏となりましたが、人々に福徳を授けるために再びこの世に現れたとされています。
大地を掌握する神様(農業)でもあり、大きな袋を背負い、打出小槌をもち、
頭巾をかぶられた姿が一般によく知られています。
財宝、福徳開運の神様として信仰されています。




神社社頭。

     20200105松島神社01



鳥居に掲げられた神額。

     20200105松島神社02



鳥居に飾られた提灯。

     20200105松島神社03



こちらには、境内社の大鳥神社の名が連なっています。

     20200105松島神社04



手水舎。

     20200105松島神社05



定番の龍の吐出口。

     20200105松島神社06




こちらが社殿。

     20200105松島神社07


この松島神社も都会の神社。
社地はビルの1階。

     20200105松島神社08



その名もズバリ、松島ビルの1階が神社になります。

     20200105松島神社09


外から別アングルで見ると、こんな感じです。

     20200105松島神社11



社殿の隣に授与所。

     20200105松島神社10

御朱印は、この時期だけだと思うんですが、この時期だけだと思うんですが......................
授与所の裏口で頒布されていました。



拝受した御朱印がこちら。


松島神社の御朱印。

     20200105松島神社12



そして、こちらが『日本橋七福神 大黒天』の御朱印。

     20200105松島神社13


先ほど、鳥居にぶら下がっていた大鳥神社の提灯。
気になっていたから訊いてみたら、境内社らしい。
11月の1ヶ月間だけ、大鳥神社の御朱印も頒布されるそうです。

今年の秋は要チェックですね。




2020/02/14 Fri. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 日本橋七福神  毘沙門天 末廣神社 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

笠間稲荷神社東別社をあとにして七福神巡りは続きます。
日本橋七福神巡り、その第4弾。

向かった先は..............末廣神社。


末廣神社は、中央区日本橋人形町に鎮座する神社です。

江戸時代初期に幕府公認の遊郭街である吉原(葭原)が当地に置かれ、葭原八ヶ町の地主神・産土神として信仰されていました。
社号は延宝3年(1675年)の社殿修復時に古い扇の一種の末廣が発見され、氏子達がこれを祝い末廣の二字を冠したとされています。

御祭神は、宇賀之美多摩命・武甕槌命(毘沙門天)。

日本橋七福神では、毘沙門天として崇拝されています。

日本橋七福神は、東京の中央区にある神社8社で構成される七福神巡りです。
多くの七福神めぐりは神社とお寺が混ざっていますが、
神社だけで構成される日本でも珍しい「七福神巡りです。
その構成は

恵比寿神    寳田恵比寿神社
恵比寿神    椙森神社
布袋尊     茶の木神社
大黒天     松島神社
毘沙門天    末廣神社
弁財天     水天宮
弁財天     小網神社
福禄寿     小網神社
寿老人     笠間稲荷神社

と、恵比寿神と弁財天が重複していますが8社を巡っての七福神となります。

毘沙門天は、四天王の一仏で、別名「多聞天」といい、
七福神の中で、唯一の武将の姿をしています。
右手に宝棒、左手に宝塔、足の下に邪鬼天の邪鬼を踏みつけています。
七福神では、融通招福の神として信仰されています。



笠間稲荷神社から、さほど離れていない距離に鎮座する末廣神社。


こちらが、その社頭。

      20200105末広神社01

こちらも、都心の古くからの住宅街に鎮座する神社。
お世辞にも敷地は広くはない。



社頭に飾られた提灯。

      20200105末広神社02



そして、『日本橋七福神 毘沙門天』の幟。

      20200105末広神社17



そのすぐ脇には、由緒書き。

      20200105末広神社03



手水舎。

      20200105末広神社04



狛犬。

      20200105末広神社05


      20200105末広神社06


さすが、日本橋七福神の1社。
七福神巡りの参拝客が多い。

      20200105末広神社07



社殿。

      20200105末広神社08


社殿正面。

      20200105末広神社09



正面中央には、この時期だけご開帳の『毘沙門天』の像。

      20200105末広神社10



境内には、こんな小さな祠や
小さな毘沙門天の像が祀られています。

      20200105末広神社11


      20200105末広神社12



狭い境内だけど、授与所前には御朱印待ちの列も出来る。

      20200105末広神社13


順番待ちの整理番号の札を持って
参拝者の邪魔にならないように隅っこに移動。

      20200105末広神社14



社頭では、樽酒が振る舞われています。

      20200105末広神社15



会津若松市にある末廣酒造の酒ですね。

      20200105末広神社16

日本酒は得意じゃないし、夕方に車で買い物に行くから
やっぱり丁重に辞退いたしました。




そして、こちらが末廣神社の御朱印。

      20200105末広神社18



そして、こちらが『日本橋七福神 毘沙門天』の御朱印です。

      20200105末広神社19


日本橋七福神巡り、まだまだ続きます。




2020/02/14 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 日本橋七福神  寿老神 笠間稲荷神社 東京別社 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

三光稲荷神社神社をあとにして七福神巡りを復活します。
日本橋七福神巡り、その第3弾。

向かった先は..............笠間稲荷神社 東京別社。

笠間稲荷神社 東京別社は、中央区日本橋浜町に鎮座する神社です。

『えっ!? 笠間稲荷神社って茨城県じゃ無いの?』
って思っちゃいますが、東京にも笠間稲荷神社は在ります。

笠間稲荷神社東京別社は、紋三郎稲荷とも称せられ、旧笠間藩主牧野氏の邸内社でした。
今から三百二十五年前の延宝九年に、牧野成貞が五代将軍綱吉から、
下屋敷として拝領した土地になります。

延享4年(1747年)に成貞の長男・牧野貞通が京都所司代から常陸笠間に転封されると、
先例にならい胡桃下稲荷神社(笠間稲荷神社の別称)を祈願所としました。
笠間藩第8代藩主・牧野貞直は1859(安政6)年(1859年)笠間稲荷の御分霊を
江戸下屋敷内の現在地に合祀奉斎し、
初午の日には日本橋界隈の市民に参拝を許可したとされています。

御祭神は、宇迦之御魂神・寿老神。

また、日本橋七福神の寿老人として崇拝されています。

日本橋七福神は、東京の中央区にある神社8社で構成される七福神巡りです。
多くの七福神めぐりは神社とお寺が混ざっていますが、
神社だけで構成される日本でも珍しい「七福神巡りです。

その構成は

恵比寿神    寳田恵比寿神社
恵比寿神    椙森神社
布袋尊     茶の木神社
大黒天     松島神社
毘沙門天    末廣神社
弁財天     水天宮
弁財天     小網神社
福禄寿     小網神社
寿老人     笠間稲荷神社

と、恵比寿神と弁財天が重複していますが8社を巡っての七福神となります。

さて、笠間市にある本社の笠間稲荷神社は常陸七福神の大黒天ですが、
こちらは日本橋七福神の寿老人。


寿老人は星の化身で、にこやかな微笑みを称え、
手には巻物を括り付けた杖、そして団扇や桃などを持ち、
鹿を従えた姿が一般的に知られています。
団扇は難を払い、桃は長寿の証しで、鹿もまた長寿の象徴てされています。
長寿延命、富貴長寿の神として信仰されています。



三光稲荷神社からしばらく歩けば、人形町の交差点。

      20200105笠間稲荷神社01


交差点を左折して、笠間稲荷神社へと向かいます。



こちらが社号標。

      20200105笠間稲荷神社02

わざわざ、別社 と記しているところが憎めない。




神社社頭。

      20200105笠間稲荷神社03


鳥居の脇には、幟もはためく。

      20200105笠間稲荷神社15



鳥居に掲げられた神額。

      20200105笠間稲荷神社04



手水舎。

      20200105笠間稲荷神社05



笠間の笠間稲荷神社と比べると、小ぶりな社殿。

      20200105笠間稲荷神社06



社殿正面。

      20200105笠間稲荷神社07


こちらは、社殿右側。
位置的には北側(になる参道口。)

      20200105笠間稲荷神社08

日本橋人形町から笠間市の方を向いているのでしょうか?



その鳥居に掲げられた神額。

      20200105笠間稲荷神社09



社務所の脇には、多くの狐。

      20200105笠間稲荷神社10

確か、茨城の笠間稲荷神社に本殿裏手にも
多くのキツネが居たんじゃなかったっけ?



こちらは、臨時の授与所。

      20200105笠間稲荷神社12


本来の授与所には、数人の御朱印待ち。

      20200105笠間稲荷神社13



御朱印は、こちらで授与出来ます。

      20200105笠間稲荷神社14



こちらが、笠間稲荷神社 東京別社 の御朱印。

      20200105笠間稲荷神社16



そして、こちらが日本橋七福神 寿老神 の御朱印。

      20200105笠間稲荷神社17


そう言えば、今気づいたんだけど
日本橋七福神では、寿老人ではなく、寿老神なんですね。
やっぱり、神社だけの七福神に展開すると、こうなっちゃうのかな?
恵比寿尊も恵比寿神だしね。



2020/02/13 Thu. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

父さんの都内散歩.............七福神巡り  《 日本橋七福神 恵比寿  宝田恵比寿神社 》 (2020年1月5日)(東京都中央区) 

1月5日

個人的な連休2日目。
この日は、都内に出かけました。

ここ何年か正月期間に七福神巡りを行っています。
以前は びいすけ を連れて、境内に七福神の像のある社寺仏閣を中心に巡っていましたが、御朱印を受けるようになってからは御朱印の頒布されている七福神巡りへと変わりつつあります。

今回は、びいすけ は留守番。日本橋七福神巡りをメインに都内・日本橋への散歩です。

福徳神社をあとにして、日本橋七福神巡りを始めます。
向かった先は...............寳田恵比寿神社。


寳田恵比寿神社は、中央区日本橋本町に鎮座する神社です。

社伝によれば、創建年代は不詳ですが、
徳川家康が江戸入府以前は、宝田村の鎮守として「宝田稲荷」と称され崇敬を集めていたそうです。
元は稲荷信仰の神社でありましたが、慶長11年(1606年)、江戸城拡張のため、宝田村・祝田村・千代田村の三か村が移転を命じられ、馬込勘解由と云う人物が当社を遷座させ、住民を引率して大伝馬町に集団移動したと伝えられています。

御祭神は、宇迦之御魂神・事代主命・少彦名命・大国主神・大己貴命・素盞嗚命


そもそも日本橋七福神は、東京の中央区にある神社8社で構成される七福神巡りです。
多くの七福神めぐりは神社とお寺が混ざっていますが、
神社だけで構成される日本でも珍しい「七福神巡りです。

      20200105宝田恵比寿神社16

その構成は

恵比寿神    寳田恵比寿神社
恵比寿神    椙森神社
布袋尊     茶の木神社
大黒天     松島神社
毘沙門天    末廣神社
弁財天     水天宮
弁財天     小網神社
福禄寿     小網神社
寿老人     笠間稲荷神社

と、恵比寿神と弁財天が重複していますが8社を巡っての七福神となります。


その日本橋七福神の第1弾が寳田恵比寿神社の恵比寿神です。


恵比寿神は、七福神の中で唯一の日本の神様とされています。
イザナミノミコト、イザナギノミコトの二神の第三子と言われ、
満三歳になっても歩かなかったため、船に乗せられ捨てられてしまい、
やがて漂着した浜の人々の手によって手厚く祀れれたのが、
信仰の始まりと伝えられています。
左手に鯛を抱え、右手に釣竿を持った漁業の神ですが、
特に商売繁昌の神様としても信仰が厚いとされています。



こちらが、社号標。

      20200105宝田恵比寿神社01


社号標の前に、御朱印の初穂料が堂々と掲げられていると
若干の興醒めを感じてしまう。

      20200105宝田恵比寿神社02

昨今の御朱印ブームを反映しての事だとは思うけれど、
単純に、七福神巡りをしたい人もいるはず。

まあ、御朱印ブームに乗っかっている私が言う事でもないのかも知れないけどね。





アスファルトの道路とコンクリートの駐車場に囲まれた一角に
ポツンと鎮座している神社。

      20200105宝田恵比寿神社03

意外に小振りな神社。
でも神社は、お社の大きさや、敷地の広さが全てでは無い。
そんなものは関係ないと思っている。



社殿の脇に掲げられた由緒書き。

      20200105宝田恵比寿神社04



改めて、鳥居と社殿。

      20200105宝田恵比寿神社05





鳥居に掲げられた神額。

      20200105宝田恵比寿神社07



社殿正面。

      20200105宝田恵比寿神社06




別アングルから。

      20200105宝田恵比寿神社08


      20200105宝田恵比寿神社09



正面に飾られた提灯。

      20200105宝田恵比寿神社10


      20200105宝田恵比寿神社11



確かに、祭事ではあるが、本来あるべき案内板や説明板を
ポスター等で覆ってしまうのも如何なものか?

      20200105宝田恵比寿神社12

ちょっぴり、こだわり過ぎなのかなぁ?


社殿の奥に恵比寿像がこの期間は御開帳しているそうですが
御朱印の筆耕される氏子さんが居て、中に入るのも躊躇してしまいました。



仮設のテントも張られ、氏子さんたちの七福神巡りの準備も万全のようです。

      20200105宝田恵比寿神社13


      20200105宝田恵比寿神社14



こちらが、拝受した御朱印。

      20200105宝田恵比寿神社15


正月のこの七福神の期間と10月の『べったら市』の時にしか
御朱印は頒布されないようです。

ある意味、貴重な御朱印ですね。
そんな訳で、日本橋七福神巡りは続きます...................。







2020/02/12 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

常陸七福神 弁財天  《 逢善寺 》  (2019年12月25日)(茨城県稲敷市) 

12月25日

城県の鉾田市に出かけたこの日。
その帰り道は、鉾田市から行方市、潮来市、
稲敷市へと抜けて帰ります。

大宮大神をあとにして、向かった先は...............逢善寺。


茨城県で広範囲に点在する常陸七福神。
その常陸七福神の弁財天になるのが、稲敷市の小野にある逢善寺。

昨年から追いかけている常陸七福神巡り。
茨城県の広範囲を巡る七福神で、その構成は、

大黒天   笠間稲荷神社    笠間市
恵比寿   筑波山神社     つくば市
弁財天   逢善寺       稲敷市
毘沙門天  西光院       石岡市
布袋尊   月山寺       桜川市
寿老人   西蓮寺       行方市
福禄寿   長勝寺       潮来市

となっていますが、なぜかそれらに付け加えて

七福神   真延寺       土浦市

と、8ヶ所を巡って結願すると言う七福神となっています。
これまでに 
      毘沙門天(西光院)、
      布袋尊(月山寺)
      寿老人(西蓮寺)
      福禄寿(長勝寺)
      七福神(真延寺)  
      大黒天(笠間稲荷神社)と巡ってきています。 

残すは、恵比寿と弁財天。
その弁財天に訪れました。



寺号標。

      201491225逢善寺01


参道を進みます。

      201491225逢善寺02



仁王門。

      201491225逢善寺03



仁王像。
向かって右側、阿形像。

      201491225逢善寺04

見分け方は、口を開けたのが阿形像。
口を閉じたのが吽形像となります。
これは「狛犬」でも同じらしい。知りませんでした.........。



向かって左側、吽形像。

      201491225逢善寺05



手水舎。

      201491225逢善寺06



由緒書き。

      201491225逢善寺07



そして、本堂。

      201491225逢善寺08


      201491225逢善寺09



本堂正面に掲げられた扁額。

      201491225逢善寺10



本堂正面に置かれた木造。

      201491225逢善寺11


      201491225逢善寺12


      201491225逢善寺13


      201491225逢善寺14



寺院の場合、本堂の中に御本尊が安置されていて、本堂が閉ざされていると
御本尊を拝む事が出来ない。
本堂の中に入れれば問題ないんだけど
勝手に入る訳にはいかないし............
その辺りが寺院の参拝って、難しい。


      201491225逢善寺15



僅かな隙間から中を覗き込み、弁財天を確認。

      201491225逢善寺16



別アングルからの本堂。

      201491225逢善寺17


      201491225逢善寺18



鐘楼。

      201491225逢善寺19



境内のお地蔵さん(?)。

      201491225逢善寺20



仁王門脇の松本楓湖の碑。

      201491225逢善寺21


      201491225逢善寺22



境内に授与所は在るものの、人は居ない。
どうやら、平日は授与所は閉まっているようです。


寺務所に声を掛けて、御朱印をお願いしたら
住職さんは外出されていて、書置きの御朱印になってしまうから
申し訳ないと仰っていましたが、いえいえ、問題ありません。


こちらが拝受した御朱印。

      201491225逢善寺23



そして、こちらが『常陸七福神』 弁財天 の御朱印。

      201491225逢善寺24


常陸七福神巡り、残すは筑波山神社の恵比寿のみとなりました。




2020/02/01 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

とりで利根川七福神 《 大黒天 長禅寺 》(2019年11月12日)(茨城県取手市) 

11月12日


この日は、茨城県の取手市に出かけました。

『茨城百景』で訪れた長禅寺。
実は、『とりで利根川七福神』の一つでもある。


『とりで利根川七福神』とは、
取手市内にある念仏院(福禄寿)、長禅寺(大黒天)、光明寺(寿老人)、普門院(布袋尊)、
明星院(恵比寿)、東谷寺(弁財天)、福永寺(毘沙門天)を巡礼する七福神巡りです。
七福神巡りの多くは新年に催されるモノが多い中、
こちらの七福神は通年行える七福神巡りだと言う事です。

それぞれの寺院の境内に、七福神の像が祀られていると言う事です。


その『とりで利根川七福神』の大黒天が祀られているのが
こちらの長禅寺になります。

       20191112取手七福神 長禅寺01


石段を上がって山門へと進みます。

      20191112取手七福神 長禅寺02



山門の先は、三世堂。
そしてその隣には、取手大師(霊山堂)。

      20191112取手七福神 長禅寺03


      20191112取手七福神 長禅寺04



わずかな隙間から中を覗いちゃいます。

      20191112取手七福神 長禅寺05



天水桶。

      20191112取手七福神 長禅寺09




取手大師の提灯。

      20191112取手七福神 長禅寺10

九曜紋がそそりますねぇ。




そして、大黒天の看板。

      20191112取手七福神 長禅寺08





肝心の七福神の大黒天は、この霊山堂の前に鎮座しています。

      20191112取手七福神 長禅寺06



こちらが、『とりで利根川七福神』の大黒天です。

      20191112取手七福神 長禅寺07



大黒天は、大自在天の化身とも言われ、大国主命と神仏習合したものです。
一度仏となりましたが、人々に福徳を授けるために再びこの世に現れたとされています。
大地を掌握する神様(農業)でもあり、大きな袋を背負い、打出小槌をもち、
頭巾をかぶられた姿が一般によく知られています。
財宝、福徳開運の神様として信仰されています。







こちらが、『とりで利根川七福神 』の大黒天の御朱印。

      20191112取手七福神 長禅寺11


七福神の像を詣り、御朱印を頂く、
こう言う七福神巡りも味があるような気がします。

時間が掛かっても、『とりで利根川七福神』は
結願出来るように頑張ろうと思います。



2020/01/03 Fri. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

常陸七福神 笠間稲荷神社 《 大黒天 》 (2018年12月11日)(茨城県潮来市) 

10月7日


この日は、茨城県の笠間市に出かけました。


御朱印拝受の参拝で訪れた笠間稲荷神社。
実は、ここは常陸七福神の大黒天でもありました。

『常陸七福神』は、茨城県の広範囲を巡る七福神。

その構成は、

大黒天   笠間稲荷神社    笠間市
恵比寿   筑波山神社     つくば市
弁財天   逢善寺       稲敷市
毘沙門天  西光院       石岡市
布袋尊   月山寺       桜川市
寿老人   西蓮寺       行方市
福禄寿   長勝寺       潮来市

となっていますが、なぜかそれらに付け加えて

七福神   真延寺       土浦市

と、8ヶ所を巡って結願すると言う七福神。

これまでに 
      毘沙門天(西光院)、
      布袋尊(月山寺)
      寿老人(西蓮寺)
      福禄寿(長勝寺)
      七福神(真延寺)  と巡ってきています。  


と言う事で、常陸七福神 大黒天の笠間稲荷神社です。



社号標。

      20191007笠間稲荷神社01



鳥居。

      20191007常陸七福神 大黒天01


残念ながら、境内は犬連れ禁止なので、今回は びいすけ は居ません。
( 車の中で待機です)



拝殿。

      20191007笠間稲荷神社14



と、ここまでは大黒天が出てこない。



こちらが、聖徳殿。

      20191007常陸七福神 大黒天02

元々は聖徳太子がお祀りされていますした。
大黒天(大国主大神)、事比羅社(大物主大神)が合殿にてお祀りされ、
こちらが、常陸七福神の 大黒天になります。



大黒天のお参りを済ませて、御朱印を拝受いたします。



こちらが、常陸七福神 大黒天 の御朱印。

      20191007常陸七福神 大黒天03



ありがたく頂戴いたしました。

常陸七福神、結願まであと少し。

筑波山神社の恵比寿と逢善寺の弁財天。
頑張って結願目指しましょう。


2019/11/27 Wed. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐竹七福神 《 福禄寿 大山寺 》(2019年10月2日)(茨城県東茨城郡城里町) 

10月2日

このひは、茨城県の城里町に出かけました。

前回、このブログでアップした大山寺。
元々は佐竹七福神の福禄寿と言う事で訪れましたが
どちらかと言うと、境内の幟や、看板等を見る限り、
『佐竹七福神』より『開運 花の寺めぐり』の方が
推しのように感じてしまったので、主従逆転。
先に『開運 花の寺めぐり』を取り上げてしまいました。

と言うわけで、本日は同じ 大山寺 ですが
こちらは、佐竹七福神 福禄寿 です。


佐竹七福神は、茨城県北部の那珂市、常陸太田市、常陸大宮市、東茨城郡城里町、
久慈郡大子町の5市町にある2社5寺に祀られています。
静神社に恵比寿、立野神社に大黒天、小松寺に毘沙門天、日輪寺に弁財天、
大山寺に福禄寿、 徳蔵寺に寿老人、佐竹寺に布袋尊で、
それぞれに社寺境内には七福神の石像が建立されています。


通称、大山寺。
正式には、『高根山閑心院大山寺』と称します。

      20191002佐竹七福神 大山寺01



石造りの門。

      20191002佐竹七福神 大山寺02



こちらは、仁王門。

      20191002佐竹七福神 大山寺03

さらにその先には、文化財に指定された山門が在る。




こちらが、本堂。

      20191002佐竹七福神 大山寺04

御本尊は、大日如来。


本堂の扁額。

      20191002佐竹七福神 大山寺05



肝心の『 佐竹七福神 福禄寿 』は、
境内に像として祀られています。

      20191002佐竹七福神 大山寺06

福禄寿は、幸福の福、身分をあらわす禄、寿命を表わす寿の三文字からなり、
中国、道教の長寿神です。南極老人星の化身であり中国の村や町に住み、
人々の信仰を集めたと言われる仙人です。
長い頭、長い顎鬚、大きな耳たぶをもち年齢は千歳と言われ、長寿、幸福の徳を持ち、
鶴と亀を連れて、左手に宝珠、右手に巻物を括り付けた杖をもつ姿が特徴です。
招徳人望の神様として信仰されています。




びいすけ と一緒に。

      20191002佐竹七福神 大山寺07

こんな感じで、本堂の中の秘仏を拝む七福神巡りよりも
境内に像として置かれた七福神巡りの方が、個人的には好き。



花の寺でもある大山寺。

      20191002佐竹七福神 大山寺08



こちらが、『佐竹七福神 福禄寿』 の御朱印。

      20191002佐竹七福神 大山寺09


七福神巡りをしていて、なかなか結願していない七福神が多いけれど
頑張って結願したいものです。



2019/11/16 Sat. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

佐竹七福神 《 毘沙門店 小松寺 》(2019年10月2日)(茨城県東茨城郡城里町) 

10月2日

この日は、茨城県の城里町に出かけました。


茨城百景の選定地として訪れた『小松寺』。
知らなかったのですが、ここは、佐竹七福神の『毘沙門天』の地でもありました。
佐竹七福神とは初耳でしたが、各地の七福神巡りをしている身としては、
七福神の名を聞いたからには、素通りは出来ません。

佐竹七福神は、茨城県北部の那珂市、常陸太田市、常陸大宮市、東茨城郡城里町、
久慈郡大子町の5市町にある2社5寺に祀られています。
静神社に恵比寿、立野神社に大黒天、小松寺に毘沙門天、日輪寺に弁財天、
大山寺に福禄寿、 徳蔵寺に寿老人、佐竹寺に布袋尊で、
それぞれに社寺境内には七福神の石像が建立されています。

この七福神のそれぞれの功徳をいただけば、すべての福徳が授かるとされています。





小松寺の参道口。

      20191002佐竹七福神 小松寺01



寺号標。

      20191002佐竹七福神 小松寺02



参道。

      20191002佐竹七福神 小松寺04
      20191002佐竹七福神 小松寺03



小松寺の説明板。

      20191002佐竹七福神 小松寺05



境内案内図。

      20191002佐竹七福神 小松寺06



唐門。

      20191002佐竹七福神 小松寺07


本堂。

      20191002佐竹七福神 小松寺08



そして、こちらが佐竹七福神の毘沙門天。

      20191002佐竹七福神 小松寺09

毘沙門天は四天王の一仏で、別名「多聞天」といい、
七福神の中で、唯一の武将の姿をしています。
右手に宝棒、左手に宝塔、足の下に邪鬼天の邪鬼を踏みつけています。
七福神では、融通招福の神として信仰されています。



住職さんにきいてみると、七福神の御朱印も対応されているらしい
ならば、頂きましょう。


こちらが、佐竹七福神 毘沙門天 の御朱印。

      20191002佐竹七福神 小松寺10


佐竹七福神も、いつか全部巡りきる事が出来るよう頑張りましょう。






2019/11/10 Sun. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪  真延寺  《 常陸七福神 七福神 》  (2019年9月21日)(茨城県土浦市) 

9月21日

この日は、茨城県の土浦市に出かけました。

寺院巡りは、そんなに好きではありませんが
七福神絡みとなると、話は別格。

以前訪れた土浦市の真延寺。
こちらは、常陸七福神の七福神との事でした。

『常陸七福神の七福神』.........?

要するに、恵比寿とか大黒天が単体で祀られているのではなくて
七福神そのものを祀っているようです。
そもそも、常陸七福神は七福神全てが点在して成り立っているんだから
わざわざ常陸七福神に組む込まなくても良いんじゃない? なんて思うんだけど、
そこは大人の事情があるんでしょう。


真延寺 山門。

      20190921真延寺七福神01



こちらの門柱は寺号標を兼ねている。

      20190921真延寺七福神02


反対側には、常陸七福神。

      20190921真延寺七福神03



石段を上がります。

      20190921真延寺七福神04


手水舎(手水鉢)。

      20190921真延寺七福神06


本堂。

      20190921真延寺七福神05


      20190921真延寺七福神07


前回は気付かなかったのか?
はたまた、今回は特別?

本堂前に書き置きの御朱印が置かれています。

      20190921真延寺七福神08

お代は(寺院の場合も初穂料と言うんだろうか?)賽銭箱へ。


本堂は閉まっているけど、お詣りは済ませ
境内の七福神の碑にもご挨拶。

      20190921真延寺七福神09


      20190921真延寺七福神10



こちらが、真延寺の常陸七福神の御朱印。


七福神。

      20190921真延寺七福神11


恵比寿。

      20190921真延寺七福神12


布袋尊。

      20190921真延寺七福神13


大黒天。

      20190921真延寺七福神14


弁財天。

      20190921真延寺七福神15


毘沙門。

      20190921真延寺七福神16


寿老人。

      20190921真延寺七福神17


福禄寿。

      20190921真延寺七福神18


常陸七福神。
個別の七福神はあと3つほど残っている。
全て巡りきるまで頑張りましょう。



2019/10/30 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

鎌倉・江の島七福神........《 江島弁財天 江島神社 》 (2019年6月11日)(神奈川県藤沢市) 

6月11日

この日は、江の島に出かけました。

江の島に鎮座する江島神社。
この江島神社は、鎌倉・江の島七福神の『江の島弁財天』となっています。


弁財天は、七福神の中で唯一の女神で、元はインド河(水)の神でしたが、
やがて音楽の神・言語の神となり、日本に伝わった当初は、弁才天と呼ばれていました。
その後、財宝・芸術に関係深い吉祥天の性格が吸収され弁財天と呼ばれるようになり、
財宝を授けてくださる神へとなったものとされ、知恵財宝、愛嬌縁結びの徳があると言われています。

江島神社の弁財天は、近江の竹生島、安芸の宮島とともに日本三大弁財天の一つに教えられ、
辺津宮横の泰安殿に安置されています。


元々は、江戸時代のお正月行事として一般化した七福神巡り。
数年前から正月期間に びいすけ を連れて、
境内に七福神の像がある社寺を巡っていましたが
近年、御朱印巡りにハマってからは、
御朱印を頂ける社寺も巡るようになりました。
もっともそう言った社寺って言うのは、犬連れNGが多いから
筆舌的に びいすけ は留守番になってしまいますが...............

『鎌倉・江の島七福神巡り』は、正月に限らず、
1年を通して参拝できると言うことだし、この江島神社には
びいすけ も連れて来ちゃったし.............................。

せっかくだから、七福神巡りも済ませちゃいましょう。


江島神社の社号標。

      20190611鎌倉江ノ島七福神 弁財天01



神社社頭。

      20190611鎌倉江ノ島七福神 弁財天02

瑞心門は工事中で白いシートが掛かっているけれど
瑞心門の先には、弁天様がお出迎え。


弁財天童子石像。

      20190611鎌倉江ノ島七福神 弁財天03


こちらが、辺津宮の拝殿。

      20190611鎌倉江ノ島七福神 弁財天04


そして、奉安殿。

      20190611鎌倉江ノ島七福神 弁財天05

この中に、八臂弁財天と、日本三大弁財天の一つである
裸弁財天の妙音弁財天が安置されています。
中に入るには拝観料が掛かりますが犬連れNGの為、
中に入る入れませんでした。


辺津宮の授与所にて拝受した『鎌倉・江の島七福神』江の島弁財天の御朱印。

      20190611鎌倉江ノ島七福神 弁財天06

残りの七福神巡りはいつになるのやら?

いつか機会があったらチャレンジしてみよう。



2019/08/03 Sat. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit