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び・び・びのびいすけ

ぼく と 父さん と時々 もっちゃん

富士浅間神社 (2018年7月15日)(茨城県龍ヶ崎市) 

7月15日

この日は、我孫子市に予定がありましたが
その前に利根川の川向こう、茨城県の龍ケ崎市に出かけました。

龍ヶ崎八坂神社をあとにして、向かった先は.........富士浅間神社。


富士浅間神社は、龍ヶ崎市八代町に鎮座する神社です。


鎌倉時代の正治2年(1200年)の創建と言われ、
駿河国富士郡浅間神社の神鏡を折半してご神体として祀り、
五穀豊穣・嬰児生育を祈願したと伝えられています。
その際、6月にもかかわらず雪が降り、
その時に雪が積もった地点に神社を建立したとも言われているそうです。

元亀2年(1571年)に龍ヶ崎を治めていた城主・土岐治英の保護のもとに再興されたそうです。

御祭神は、木花開耶姫命。



こちらが一の鳥居。


      20180715八坂富士浅間神社01


近くに社号標は見当たらないけれど
鳥居の柱に社号が記されています。

      20180715八坂富士浅間神社02

富士神社 となっていますね。


参道の太鼓橋。

      20180715八坂富士浅間神社03

この大きさじゃRがキツ過ぎて上れないんじゃ?



参道の境内社。

      20180715八坂富士浅間神社04


そして手水舎。

      20180715八坂富士浅間神社05



龍の吐出口の手水鉢ですが、水は張られていない。

      20180715八坂富士浅間神社06


神門。

      20180715八坂富士浅間神社07


神門左側には由緒書き。

      20180715八坂富士浅間神社08


そして右側にはなぜか祠が置かれています。

      20180715八坂富士浅間神社09


扁額もちょっと変わっている。

      20180715八坂富士浅間神社10


      20180715八坂富士浅間神社11


こちらが、拝殿。

      20180715八坂富士浅間神社12


拝殿正面。

      20180715八坂富士浅間神社13


拝殿に掲げられた扁額。

      20180715八坂富士浅間神社14

こちらには、『富士浅間神社』の文字。



別アングルからの拝殿。

      20180715八坂富士浅間神社15






拝殿前の狛犬。

      20180715八坂富士浅間神社16


      20180715八坂富士浅間神社17



こちらが、本殿。

      20180715八坂富士浅間神社18


本殿の囲いには由緒書き。

      20180715八坂富士浅間神社19



囲いの隙間から覗きこむと、本殿には立派な彫刻。

      20180715八坂富士浅間神社20



境内社の厳島神社。

      20180715八坂富士浅間神社22


      20180715八坂富士浅間神社23



富士浅間神社の言われとなる社殿背後の山。
大きな富士塚になります。

      20180715八坂富士浅間神社24


本殿右脇の鳥居。

      20180715八坂富士浅間神社25


      20180715八坂富士浅間神社26


この鳥居をくぐって上って行こうとしたら、下り口でした。


      20180715八坂富士浅間神社27


ならば、反対側。
社殿の左奥に上り口がありました。

      20180715八坂富士浅間神社28


      20180715八坂富士浅間神社29


      20180715八坂富士浅間神社30


頑張って上がりましょう。

      20180715八坂富士浅間神社31

とは言いながらも、結構急勾配の上り。


息を切らしながら上がると、そこには四阿?

      20180715八坂富士浅間神社32



祠にも見える。
そして、何かがある!

      20180715八坂富士浅間神社33


何と、熊のぬいぐるみ。

      20180715八坂富士浅間神社34

なぜ、こんな場所に熊のぬいぐるみ?
疑問が深まります(笑)。



頂部は凹んでいて、祠が鎮座しています。

      20180715八坂富士浅間神社35



凹みに降りて、お参りします。

      20180715八坂富士浅間神社36



頂上の碑の脇に鎮座する社。

      20180715八坂富士浅間神社37

まるで、富士山の噴火口のようなお鉢に鎮座する。
富士浅間神社なる由縁ですね。



頂部の凹み(お鉢)を取り囲む外周には、小さな祠が点在。

      20180715八坂富士浅間神社38


      20180715八坂富士浅間神社39



境内に戻ると、こんな案内板も建っていました。

      20180715八坂富士浅間神社40

旧暦の6月1日には、子どもの健やかな成長を願って、
誕生から数え年7歳まで毎年続けて裏手にある富士山に見立てた小さな山に登る
「初山参り」が行われるそうです。
親に連れられた子どもたちは、高さ34.8mの「富士山」に登り、
山頂の本殿にお参りした後、噴火口をかたどったお鉢を一巡りして初山参りを終えるそうです。



境内には、新たに社務所が建設中。

      20180715八坂富士浅間神社41

すぐ近くに住む宮司さん宅にて御朱印は頂いたけるようですが
あいにく、この日は留守で不在。
実は、前回もちょうど外出される所で、タイミングが悪かった。

なかなか宮司さんとタイミングが合わないけれど
まあ、これも相性だし縁だから仕方ないですね。



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2018/09/04 Tue. 15:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

再訪 龍ヶ崎 八坂神社 (2018年7月15日)(茨城県龍ヶ崎市) 

7月15日

この日は、我孫子市に出かける予定がありました。。


我孫子市に向かう途中、利根川を渡り茨城県にちょっぴり遠征。
龍ヶ崎市の竜ヶ崎八坂神社に向かいました。。

先日、ネットで竜ヶ崎八坂神社の新しい御朱印の存在を知りました。


竜ヶ崎八坂神社の御朱印は、以前に拝受していますが
書き置きの御朱印だったし、新しい御朱印のデザインが垢抜けているので
やっぱり、気になります。
(前回の参拝記は こちら


と言う事で、完全な御朱印目的の参拝です。



こちらが、竜ヶ崎八坂神社の社号標。

      20180715龍ヶ崎 八坂神社01



一の鳥居。

      20180715龍ヶ崎 八坂神社02



手水舎。

      20180715龍ヶ崎 八坂神社07



定番の龍の吐出口。

      20180715龍ヶ崎 八坂神社08



二の鳥居。

      20180715龍ヶ崎 八坂神社03



こちらが、拝殿。

      20180715龍ヶ崎 八坂神社04


拝殿正面

      20180715龍ヶ崎 八坂神社05


      20180715龍ヶ崎 八坂神社06



別アングルからの拝殿。

      20180715龍ヶ崎 八坂神社09


      20180715龍ヶ崎 八坂神社10



拝殿前の狛犬。

      20180715龍ヶ崎 八坂神社11


      20180715龍ヶ崎 八坂神社12



こちらは、授与所前に居た猫。。

      20180715龍ヶ崎 八坂神社13

なぜか、拝殿前の狛犬と同じポーズ(笑)。



そして、今回拝受した御朱印。

      20180715龍ヶ崎 八坂神社14

龍のいらすとの御朱印。
今年の春から新たに追加となった御朱印です。

この他にも、通常の御朱印の色違いバージョンを月替わりで拝受出来るようです。






2018/09/04 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

茨城百景  《 龍ケ崎観音 》   (2016年10月7日)(茨城県龍ヶ崎市) 

10月7日 公休日

茨城県には、昭和25年に制定された『茨城百景』なるモノがあります。

茨城百景とは、茨城県観光審議会によって昭和25年に選出された茨城有数の景勝地が100ヶ所網羅されています。
時代の移り変わりにより、形状が変更したり、存在しないものもあるそうです。
ネットで調べてみると、昭和25年に選定された地に『茨城百景』の碑が建てられ、
その碑を探し求めて、追いかけている人がかなり居るようです。

実は、私もその一人であり、最近になって茨城百景を追いかけることにいたしました。


と言う事で、この日は茨城百景巡りに出掛けました。


『 茨城百景 大利根の展望 』をあとにして、向かった先は...............茨城百景 龍ヶ崎観音


龍ヶ崎観音は、安産や子育ての観音様として古くから多くの人に親しまれています。
本尊は安産聖観世音菩薩です。

平安の昔、京の都及びその周辺諸国では難産に苦しむ人が多くいました。
天皇は弘法大師空海(774年~835年)に勅して、この難を除かんと欲しました。
大師はこの危難を救う為に、自ら彫刻の志を起こし、観世音菩薩の尊像を成就しました。
日光山を開山した勝道上人(735年~817年)の高弟蓮雪法印は、
これを憂い、大師に乞うて観世音菩薩の尊像を東国に移し、
この地に安置して建立されたのが、龍泉寺(龍ヶ崎観音)の始まりであります。


時は移り、天正年間(1573年~1592年)になると、
龍ヶ崎城主土岐胤倫公の息女、虎姫(お福の方)は、
江戸崎城主である兄、治綱公の嫡男頼英公のもとへ嫁ぎ懐妊します。
しかし、十月十日の臨産に至りますが、出産の気配は無く身体は苦しみ、
医薬を尽くしても効果はありませんでした。
これを聞いた江戸崎不動院住持の慈眼大師天海(後に上野寛永寺を開山)は、
龍泉寺より尊像を請来し、17日間城内にて安産の秘法を修して、
やがて虎姫は玉の様な御男子をご出産されたそうです。
土岐氏はこれを喜び、御堂を造立し、お福の方にちなんで、
東福山水天院の号を比叡山延暦寺より賜ったと伝えられます。



こちらが、龍泉寺の山門。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音01


山門の扁額。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音02

山号である、『東福山』が確認出来ます。



境内と言うか駐車場。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音03


時期的なのか?
七五三の幟が多い。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音04



茨城百景の碑は、境内に片隅に建てられています。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音05



こちらが、『 茨城百景 龍ヶ崎観音 』の碑。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音06



こちらが本堂。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音07

ちょうど、安産祈願を行っているようで、何人かの人が本堂から出入りしていました。

邪魔になるといけないので、早々に本堂前から撤収します。


本堂脇の小さなお地蔵さん。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音08



見る人が見れば分かるお地蔵さん。
不幸にして、生まれてくる事が出来なかった魂を弔うお地蔵さん。

      20161007茨城百景龍ケ崎観音09

正面のお堂の中で熱心にお参りしていた女性の姿を見て
思わず、場違いな場所に来てしまった...............。
場違いな場所に犬を連れて来てしまった...............。

そんな後悔と言うか、懺悔感に支配され
その場から離れる事しか頭に浮かばなかった。

早々にこの場を撤収することにしました。


『 茨城百景 龍ヶ崎観音 』...............個人的にはとても百景ではありませんでした…



2016/11/03 Thu. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて.............馴馬小学校   (2016年7月7日)(茨城県龍ヶ崎市) 

7月7日  公休日

この日は、茨城県の龍ヶ崎市に出かけました。


龍ヶ崎市にはWIkipediaにも記載されず、
ネットで調べてもほとんどヒットしない廃校があり
そちらの廃校を訪ねてみました。

訪れたのは...............龍ヶ崎市立馴馬小学校


ネットで唯一知り得た龍ヶ崎市教育委員会のPDFファイルによると


元々、龍ヶ崎市の平台地区の児童は松葉小学校に就学していました。
平成3年度の松葉小学校の児童数は、約800名(普通学級数22)となっていました。
さらに、小柴地区のステラ周辺に、新たに600世帯の分譲が計画されていたため
保護者からは、「早く学校を作ってほしい。」旨の声が高まっていました。
こうした状況を踏まえ、龍ヶ崎市は北竜台地区を開発した住宅・都市整備公団が
学校用地として予定していた場所に、松葉小学校の分離校として
(仮称)平台小学校を建設する計画を進めることにしていました。

一方、(仮称)平台小学校の建設予定地に近接した馴馬小学校では、
平成3年度の児童数が、約120名(すべての学年が単学級)となっており、
数年後には一部の学年が複式学級になると予想されていたことから、
(仮称)平台小学校に馴馬小学校を統合する検討を行うことになりました。
平台地区の保護者からは、統合に反対する声が上がり、
馴馬地区の保護者からは、新設する学校名に伝統ある馴馬の2文字を残して欲しい等々、
双方の保護者から様々な意見や要望が寄せられました。
苦肉の策(?)として平成5年松葉小学校の分離校として馴馬小学校を統合。
その上で、平台小学校の建設予定地に馴馬台小学校として新たな小学校が新設されました。

まるで、昔の江川のドラフトの時みたい(笑)。


まぁ、簡単に言えば(表向きには)
平成5年に松葉小学校に統合されて廃校となりました。
(馴馬台小学校は同じ時期に松葉小学校から分離したけど...............)
色々複雑な大人の事情があったんでしょうね。

ちなみに、松葉小学校のHPの沿革を見ても
馴馬小学校の統合については一言も記載がありませんでした。
(馴馬台小学校の分離についても同様です)


こちらが、馴馬小学校の正門。

      20160707馴馬小学校01


石造りの立派な、そして年季の入った門柱です。

      20160707馴馬小学校02

大きく『明治四十二年一月』と刻まれています。



対の門柱。
もう1本には寄贈者の名が刻まれています。

      20160707馴馬小学校03

『横田 博』さんから明治42年1月に寄贈されたモノのようです。


廃校時の校舎は健存。

      20160707馴馬小学校04



現在は、龍ヶ崎教育センターと称して不登校児童等の教育施設として
活用されているようです。

      20160707馴馬小学校05



職員の方にお断り(許可をいただき)、敷地内を見学させてもらいます。


まだまだ、建物は十分活用できます。(活用されています。)

      20160707馴馬小学校06


      20160707馴馬小学校07


      20160707馴馬小学校08



施設の一部は、市民活動センターとしても利用されているようです。

      20160707馴馬小学校09


      20160707馴馬小学校10



廃校記念碑や二ノ宮像、遊具類といった廃校遺構は見当たりません。

敷地周辺には古い桜の木が立ち並び、
学校跡を彷彿させてくれます。

      20160707馴馬小学校11



校庭も駐車場と化しているから、殺風景。

      20160707馴馬小学校12



校舎脇に建つ古い小屋?
おそらく倉庫として使われていたのでしょう。

      20160707馴馬小学校13



      20160707馴馬小学校14

この日は、今年最高の暑かった日。
朝8時頃に訪れましたが、すでに陽射しは強く
向日葵の花も見事に咲いていました。



2016/07/27 Wed. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

つくばの里向陽台公園  (2016年4月2日)(茨城県龍ヶ崎市) 

4月2日 公休日

個人的な連休2日目。
この日は茨城県の利根町と龍ケ崎市の廃校巡りに出かけました。

長戸小学校をあとにして、龍ケ崎市森林公園に向かうはずで車を走らせていると
長戸小学校の近くの工業団地の一角に公園らしきスペースと駐車場が視界に入って来た。

ちょっぴり気になったので、立ち寄ってみた先は...............つくばの里向陽台公園




こちらは、工業団地の案内板。

      20160402つくばの里向陽台公園01

右奥に駐車場と公園の一部が見えます。

駐車場前にある公園の案内板。

      20160402つくばの里向陽台公園02



どうやら、縦長になるけど
それなりに広そうな公園です。

      20160402つくばの里向陽台公園03



公園入り口には、3分咲きのソメイヨシノ。

      20160402つくばの里向陽台公園04


      20160402つくばの里向陽台公園05



あまり期待はしないけれど...............
ちょっぴり散策でもしてみましょう。

      20160402つくばの里向陽台公園06



遊歩道が整備され、その整備時に桜の木が植えられたようで
遊歩道沿いに桜の木が並びます。

      20160402つくばの里向陽台公園07


      20160402つくばの里向陽台公園08



さらに進みましょう。

      20160402つくばの里向陽台公園09

しかし、この時点でロングリードに付け替えなかったのをちょっぴり後悔。




まだまだ桜は続きますが、ほとんど咲いていない。

      20160402つくばの里向陽台公園10


やっと、3分咲き程度の桜の木に出会いました。

      20160402つくばの里向陽台公園11


      20160402つくばの里向陽台公園12


      20160402つくばの里向陽台公園13


      20160402つくばの里向陽台公園14


      20160402つくばの里向陽台公園15




さらに遊歩道を進むと、やがて芝生広場。

      20160402つくばの里向陽台公園16

この辺りが公園の中央みたいです。
お弁当を広げられるベンチとテーブルもあるから
ピクニックには最適かな?
この日は天候も曇り空だから、土曜日だけど誰もいませんでした。


改めて、ロングリードしなかったのを後悔。
半径10mの旋回運動をさせられたんだけどなぁ。



いきなり芝生広場で転がる びいすけ 。

      20160402つくばの里向陽台公園17


気持ち良さそうに『うげっ! うげっ!』と奇声を発しながら
背中を芝生に擦り付け、体を振ってます。

      20160402つくばの里向陽台公園18



芝生広場に建つ標柱。

      20160402つくばの里向陽台公園19

どうやら、この公園の桜の木は平成5年に植樹されたモノのようです。


植樹から23年。
順調に桜の木は育ってくれたようです。
ネットで調べてみると、約300本の桜の木が植樹されたようです。


桜の木よりも芝生の匂いが気になる びいすけ 。

      20160402つくばの里向陽台公園20



さすがに300本の桜の木となれば園内の至る所(主に散策路)に
植樹されている意味がわかります。

      20160402つくばの里向陽台公園21



ベンチのある高台。
桜の花が満開なら言うこと無し!

      20160402つくばの里向陽台公園22

まぁ、四阿があればもっと良いんですけどね(笑)。



森の中へと続く道。

      20160402つくばの里向陽台公園23

当然、先へ進んでみましょう。


しばらくすると、稲荷社が現れます。

      20160402つくばの里向陽台公園24



どうやら、幸田稲荷と言うようです。


幸田稲荷の説明板。

      20160402つくばの里向陽台公園25

その先は行き止まりって言うか、完全な藪。
仕方ないから、散策路に戻りましょう。



つくばの里向陽台公園もこの辺りまで。
公園の端は、溜池(名前は知りません)。

      20160402つくばの里向陽台公園26


      20160402つくばの里向陽台公園27


      20160402つくばの里向陽台公園28


たまたま立ち寄った『つくばの里向陽台公園』。
訪れるのが1週間遅かったら、桜が満開に近くなり
桜の木が並ぶ散策路を歩いていても楽しかったんじゃなかろうか?
人も全く居なかったし、完全な穴場の公園を見つけて、ちょっぴり得した気分。
軽い気持ちで立ち寄ったはずが、ゆっくり歩いていたら
1時間半近く時は流れました。
龍ケ崎市森林公園に行くつもりでしたが
それなりに歩き疲れちゃったので、龍ケ崎市森林公園は今日はパス。
でも穴場の公園を発見できたから良しといたしましょう。

楽しみは後日に取っておきましょう。







2016/04/12 Tue. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit

廃校を訪ねて............長戸小学校   (2016年4月2日)(茨城県龍ヶ崎市) 

4月2日 公休日

個人的な連休2日目。

この日は、茨城県の利根町に出かけました。


東文間小学校をあとにして、お隣の龍ケ崎市へとちょっぴり足を伸ばしてみました。
向かった先は...............龍ケ崎市立長戸小学校


長戸小学校は、半田村に創設された半田小学校と
板橋村に創設された板橋小学校がその発祥となります。
明治22年に半田村、板橋村を含む近隣6村が合併し長戸村が誕生しました。

明治25年      半田小学校と板橋小学校を統合し、
            長戸尋常小学校として創立。
明治45年      高等科が設置され、長戸尋常高等小学校と改称する。
昭和22年      長戸村立長戸小学校と改称する。
昭和29年      長戸村が馴柴村、大宮村、八原村、川原代村、北文間村と共に龍ヶ崎町に編入、
            龍ヶ崎町は市制施行して龍ケ崎市となり、龍ケ崎市立長戸小学校と改称する。
平成27年      城ノ内小学校に統合され、廃校となる。

と、このような沿革となっているようです。



こちらが、長戸小学校の正門。

      20160402長戸小学校01


      20160402長戸小学校02


往時の表札は、まだ掲げられています。

      20160402長戸小学校03


この正門は長戸小学校創立百周年を記念して、
平成4年に建てられたモノのようです。

      20160402長戸小学校15




こちらが、校舎。

      20160402長戸小学校12


      20160402長戸小学校04



校舎正面玄関。

      20160402長戸小学校05



正面玄関の庇には大きな校章。

      20160402長戸小学校06



校舎の前には探していた二ノ宮像。

      20160402長戸小学校07


二ノ宮像の脇には教材用の丸ポスト。

      20160402長戸小学校08

なぜか廃品となった赤い丸ポストを教材用として
設置している(設置していた)小学校も多い。



ちょっぴり、ふくよかな二ノ宮像。

      20160402長戸小学校09


台座の文字は『至誠報徳』。

      20160402長戸小学校10

「報徳思想」とは「至誠」を基本とし、
「勤労」「分度」「推譲」を実行するという考え方で、
この「報徳思想」を実践するのが「報徳仕法」です。
二宮尊徳は報徳思想を広め、実践することにより、
飢饉や災害などで困っていた多くの藩や村を復興したとされています。



校舎の前に建つ、長戸小学校の校訓の碑。

      20160402長戸小学校11

『誠実』『感謝』『創造』
いずれも素晴らしい言葉です。


校訓の碑の近くには百葉箱。

      20160402長戸小学校30




こちらは、校庭。      

      20160402長戸小学校13



ずば抜けて広くはないが、小学生のサッカーも出来るし
駆け回って遊ぶには適度な広さ。

      20160402長戸小学校16


校庭の周りを取り囲むように植えられた桜は3分咲き取り囲む言ったところ。

      20160402長戸小学校14

あと1週間位で満開になるんでしょうか?



校庭に残された遊具類。    

      20160402長戸小学校17


      20160402長戸小学校18


      20160402長戸小学校19


      20160402長戸小学校20


      20160402長戸小学校21



校庭の隅にあった、子供達の卒業制作。

      20160402長戸小学校22



校庭の奥には、かつての正門。
古い石造りの門柱が残っています。

      20160402長戸小学校23


表札は残っていないし、造られた年代の文字も
風化していて読み取れません。

      20160402長戸小学校24



この長戸小学校も台地の上部に在り、
隣接する森には、石碑が建っていたりします。

      20160402長戸小学校25


『金 一百圓 』と刻まれているから、
学校関連の石碑かと思ったら違っているみたい。

      20160402長戸小学校26

半分に割れているから、よく分からなかった...............



校庭から眺める校舎。

      20160402長戸小学校27



校庭から眺める体育館。

      20160402長戸小学校28



校舎脇にはタイムカプセルの案内。

      20160402長戸小学校29

ここに埋められたタイムカプセルはいつ掘り起こされるのだろう?



      
正門から狭い通学路を挟んだ向かいにはプール。

      20160402長戸小学校31


      20160402長戸小学校32


プールの施設の壁面にも、子供たちの手書きの絵。

      20160402長戸小学校33

こう言うのを見ると、やっぱり小学校なんだなぁと実感します。



廃校前から地域の避難場所に指定されている長戸小学校。

      20160402長戸小学校34

正門脇の桜はまだまだ。
やっぱり来週辺りが見頃になるだろう。



廃校後、長戸コミュニティセンターと称している長戸小学校。
(でも、敷地内にはコミュニティセンターとは記されてなかったなぁ...............)
この日も、サッカーに興じる親子、犬の散歩に訪れた親子連れ、
体育館を利用している人など、数人の方々が訪れていた。
地域に解放されて、多少は有効に活用されているようです。

犬の散歩に来られた地元の方(お子さんが在校生)に話を伺ったら、
廃校時に関係者にはDVDが作られ配られたということらしいが
廃校記念碑は建てられなかったと言うことでした。

う〜む、お隣の利根町もそうだったけど
この辺りでは、廃校記念碑を建てると言う風習がないのかな...............?






2016/04/11 Mon. 00:00 | trackback: -- | 本文: -- | edit